◆第Ⅴ章◆ 国際協力と世界への貢献
Ⅴ 国際協力と世界への貢献
大気に国境はなく、台風等の気象現象は国境を越えて各国に影響を与えます。このため、精度の良い天気予報とそれに基づく的確な警報・注意報の発表のためには、国際的な気象観測データの交換や技術協力が不可欠です。また、気象分野のみならず、気候や海洋、地震・津波、火山分野においても国際協力が重要です。このため、気象庁は、国連の専門機関である世界気象機関(WMO)等の国際機関を中心として世界各国の関連機関と連携しているほか、近隣諸国との協力関係を構築しています。
このトピックスでは、令和7年(2025年)に開催されたWMOの執行理事会と臨時総会での議論、WMOにおける次世代の国際的気象データ交換の枠組み、地磁気観測に関する国際的な議論といった、最近の国際的な動向について紹介します。
Ⅴ-1 WMOと気象庁の国際貢献
(1)WMO執行理事会第79回会合
令和7年6月16日から20日にかけて、スイスのジュネーブにあるWMO本部において、WMO執行理事会第79回会合が開催されました。執行理事会は4年に一度開催されるWMO総会で選出された37名の各国気象局長官で構成され、気象庁長官は長年にわたって執行理事を務めています。

今回の執行理事会では、人工知能(AI)の気象業務への活用の推進と、そのための官民連携のあり方に関する議論に多く時間が割かれました。議論の結果、WMOのAIに関する活動全体を監視・調整する横断的な諮問部会を設置すること、加盟国・領域間で気象予測データを共有するためのWMO統合処理・予測システム(WIPPS)の今後の方向性に関し、AIの導入を念頭においた新しい戦略を立案することなどを合意しました。
また、令和7年に我が国で気象業務150周年を迎えたという機会を捉えて、会期中のランチタイムに日本が主催するレセプションを開催し、執行理事等200名以上に参加いただきました。会場では、ポスター展示やパンフレットの配布を通して、我が国における150年間の気象業務の歩みや、気象庁と国際協力機構(JICA)の実施している国際協力をアピールしました。

(2)WMO2025年臨時総会
令和7年10月20日から23日にかけて、スイスのジュネーブにあるWMO本部において、WMOの臨時総会が開催されました。
WMOの最高議決機関である総会は4年ごとに開催され、向こう4年間の運営方針・事業計画・予算を決定するとともに、WMOの役員(総裁、副総裁及び執行理事)や事務局長の選出を行います。これに加えて、重要な事項について審議・決定するため、次の総会を待たずテーマを絞って臨時総会を開催することがあります(過去には平成24年(2012年)、令和3年(2021年)に開催されました)。
今回は、国連早期警戒イニシアチブ「すべての人々に早期警戒を(Early Warnings for All:EW4All)」へのWMOの貢献や、2026~2027年のWMOの改定予算案等について審議するために開催され、119の加盟国・領域が参加しました。

EW4Allは、開発途上国を中心に、警報を含む防災気象情報が必ずしも有効に活用されていない、その提供自体ができていないという状況を踏まえ、アントニオ・グテーレス国連事務総長の主導により立ち上げられたイニシアチブで、「2027年までに世界中の人々が早期警戒システムにアクセス(警報等を入手)できる」ことを目指すものです。今回の臨時総会では、各国で提供される警報等の早期警戒サービスが満たすべき基本的な要件を定めた決議を採択し、各加盟国・領域は2027年までにこの要件を満たすべきこと、進捗管理体制の構築などを決定しました。気象庁は、WMOの枠組みの下で様々な全球/地区センターを運営し、アジア・太平洋地域を中心に多くの国の気象業務を支援しています。こうしたWMOセンターとしての活動やJICAを通じて、開発途上国が、今回定められた早期警戒サービスに関する基本的要件を遵守できるよう、支援してまいります。
このほか、WMOとして気象業務におけるAIの利活用推進のため、産学官連携に関する基本的な理念・方策を定めた決議や、WMOや各国気象水文機関の活動へのユース(WMOの定義では18~35歳)の関与を一層促進するための具体的な活動や目標を定めた「WMOユース行動計画」の採択など、今後の気象業務の発展にとって重要な様々な審議が行われました。

コラム
●日本でのWMOユースフォーカルポイント調整会合

WMO事務局
Theophilus Wellington
私にとって、2026年1月に日本で開催された「WMOユースフォーカルポイント調整会合」は、WMOのユースコーディネーターとして2回目の外国出張で、初めてのアジア、そして日本への訪問となり、公私ともに意義深い経験となりました。最も印象に残ったのは、組織においてガバナンスが、いかに中核的な役割を担っているかということです。WMO2025年臨時総会でユース行動計画が採択され、今後の活動の進め方を調整する「WMOユースフォーカルポイント調整会合」の日本開催まで、組織化された協議が、WMOの重視する加盟国主導の正式な意思決定へと発展していく過程を目の当たりにしました。
そして、4日間にわたるユースフォーカルポイント調整会合で議事を進行する中で、調整とは議題に沿って進行するだけではなく、異なる声、現状、各国の視点に耳を傾けることだと気づかされました。異なる背景を持つ人々が率直に経験を共有することで、議論はより豊かになり、意思決定はより強固でバランスの取れたものになるのです。多様性は、ガバナンスを遅らせるのではなく、むしろ強化するものだとはっきりと理解しました。
私にとってのハイライトは、会合初日の議論終了後に気象庁が開催したレセプションで、まさに、WMOにとって画期的な出来事が起こっていると実感したことを覚えています。これまでオンラインで顔を合わせていた参加者が初めて対面で語り合い、気象庁からの温かい歓迎も受け、特別な時間になりました。ユース行動計画は、若手専門家のためだけのものではなく、WMOの活動がこの先の数十年にわたって、活発で革新的であり続けるための基盤となるものだと感じました。
準備段階から気象庁と密接に協力できたことは光栄でした。気象庁の方々のきめ細かな対応によって、会合は成功裏に終了しました。また、真剣さと熱意を持って新たな役割に取り組み、充実した4日間の議論に貢献してくれた地区ユースフォーカルポイントにも感謝しています。
ユース行動計画に関する調整は、責任感を感じるとともに名誉なことでもあります。この計画が、紙上の枠組みから、WMO全体にわたって意義のあるユースの行動へと発展していくことを楽しみにしています。
ありがとうございました。
コラム
●JICAプロジェクトを通した気象庁の開発途上国支援について

元JICA国際協力専門員
石原 正仁
気象庁は国際協力の一環として、独立行政法人国際協力機構(JICA)と連携し、気象・地震・火山・海洋・地球温暖化の分野で、技術支援や人材育成を通じて国際協力を行っています。ここでは気象分野の国際協力についてお話しします。
JICAは技術協力、資金協力、ボランティアを軸として政府開発援助(ODA)を実施している機関です。その一環として気象庁と連携した課題別研修「気象業務能力向上」を実施しています。JICAは運営や宿泊施設の提供を担当し、気象庁は研修の実務を分担しています。1973年から始まったこの研修には、近年では毎年10~12名ほどの各国気象機関の職員が来日し、2025年までに79か国・計413名が参加しました。約3か月間にわたるこの研修で、最新技術の習得から地方官署の運営状況の視察まで幅広く学び、最後には自国に適した将来計画を立案します。そして、彼らは帰国後、自国の気象業務の発展を支えています。私が海外気象機関に訪れた際、そこに研修参加経験者がおり、「あの研修では技術習得はもちろんだったが、他国の仲間と親しくなれたことがとても有意義だった。」と笑顔で語ってくれたことが深く印象に残っています。気象庁の現役職員が日常業務の傍ら、汗を流して講師として臨むこの研修は、まさに「人と人の交流」の大切さを実感させてくれる場です。
気象の専門家が数年間にわたり日本と相手国を往来して実施する「技術協力プロジェクト」も、JICA事業の重要な柱です。2005年以降、アジア、大洋州、アフリカの計13か国において、各国の気象機関の現状に即したきめ細かな技術支援を展開してきました。こうしたプロジェクトでは、気象庁の現役職員が最新の気象技術を指導するため短期的に渡航するとともに、気象庁を定年退職した専門家が参画しており、気象庁の業務を通じて培ってきた技術と豊富な経験は、相手国の能力向上を支える大きな力となっています。
資金協力の面では、JICAは1980年代からアジアを中心に「無償資金協力」事業による気象レーダーの整備を推進してきました。これまで8か国に延べ29台の気象レーダーを設置し、それらはサイクロンや大雨の監視に威力を発揮してきました。この協力事業では、気象庁の現役職員が計画段階の現地調査に加わり、世界をリードする日本の気象レーダー技術をもとに、最適な設置場所や技術仕様の選定に協力してきました。
こうした国際協力によって開発途上国の能力向上を支える力となることは、現役の気象庁職員だけでなく私のように気象庁を退職した者にとっても、気象業務の醍醐味を感じられる絶好の機会だと思います。世界の気象業務がさらなる発展を遂げるためにも、日本の気象分野に携わる多くの方々が、一人でも多く国際協力の舞台へ参加してくださることを切に願っています。
Ⅴ-2 次世代の国際的気象データ交換の枠組(WIS2.0)の実現に向けて
(1)国際的な気象データ交換の協力
地球上の大気は国境を越えてつながっていて、気象予測のためには地球全体の気象状態を把握する必要があります。世界気象機関(WMO)の枠組みのもと、世界各国の気象機関は観測データや予測情報を迅速に共有しています。
全球気象通信網(GTS:Global Telecommunication System)は各国が分担して構築した各国を一対一で結ぶ通信網を活用して気象情報を共有する枠組みで、昭和42年(1967年)に初めて計画が採択されて構築されてきました。その後、観測技術の進歩により取り扱うデータの種類や量が急増しているなかで、従来の一対一の通信方式のため各国との個別調整やデータが届かない場合の状況把握に手間を要するようになり、円滑なデータ交換が難しくなってきました。これをふまえWMOは平成24年(2012年)に、GTSでのデータ交換は継続しつつ、インターネットを活用することで気象だけでなく海洋や気候などの新たなデータも交換できる「WMO情報システム(WIS)」の運用を開始しました。
これまでのWIS(通称WIS1.0)ではGTSの仕組みを維持しつつデータカタログなど最低限の機能拡充を行ってきましたが、GTSの従来型の仕組みは専用技術に依存しており、増え続けるデータ量や新たなニーズの中で持続が難しくなりつつあります。そこでより簡潔で拡張しやすい次世代の通信技術標準「WIS2.0」への移行が令和15年(2033年)までの計画で進められています。
(2)現行システムと次世代システム
WIS1.0は、全球情報システムセンター(GISC:Global Information System Centre)がハブとなって国家センター(NC:National Centre)やデータ収集・作成センター(DCPC:Data Collection or Production Centre)が発信するデータを中継します。中継は多くの国が運営するセンターが関わるため、どのデータをどこに送るかという設定は自動化された仕組みではなく各国間でやりとりしながら人手で調整してきました。このため設定の追加や変更に時間がかかったり、全体の経緯がわかりづらくなることが課題とされてきました。
WIS2.0は、インターネットで実証済みの技術を活用し、図のようなグローバルサービスを組み合わせてより簡明で効率的な構造に再設計されています。無制約で配布可能なデータは、提供者からグローバルキャッシュが取得(図の①)し、世界中のデータコンシューマーが取得します(②)。この流れに先立ちグローバルデータカタログへの掲載(③)が必須とされているため、データの利用制約や問合せ先が把握できる状態が担保されます。継続的に取得すべき情報はグローバルブローカーが中継する更新通知を契機として取得することにより、送信に近い即時性が確保できます。データ取得や更新通知はいずれも、従来の送信と異なり利用側が接続を開始して要望するデータを指示する手順なので、利用者が欲しいデータを流通経路の各機関との設定変更調整を要さずに取得開始・終了することができるなどの効果が期待されています。

(3)気象庁の貢献
気象庁は、WIS2.0のグローバルサービスの一つであるグローバルキャッシュを担当し、世界の気象データ流通の安定性を確保する役割を果たしています。これにより、世界のデータ流通に貢献するとともに、世界中のデータを当庁が収集・利用できる環境を担保できるようになります。
また、WIS2.0ではGISCの役割が再定義され、責任域内の諸国に対する技術指導が中心となりました。気象庁はこの責務を果たすため、アジア諸国を対象に定期的にワークショップを開催し、移行に必要な知識や技術を共有しています。
(4)ワークショップの取組
令和7年(2025年)11月、東京で開催された第8回WISワークショップには東南アジアを中心とした9か国が参加しました。対面及びオンラインのハイブリッド形式で実施されたこのワークショップでは、WIS2.0のアーキテクチャやグローバルサービス、メタデータ要件(WCMP2)、移行タイムラインについて解説し、WIS2.0の機能を有するソフトウェアを用いた演習を通じて、データ公開や検索の実務を体験しました。
参加国からは、インフラの質的不足や人材不足といった課題が報告され、気象庁は今後も技術支援を継続することを表明しました。WIS2.0への移行は、気象の国際協力を維持発展させていくための重要なステップであり、気象庁はその実現に向けて積極的に貢献してまいります。

Ⅴ-3 第21回IAGAワークショップの国内開催への取組
令和6年(2024年)5月、太陽フレアに伴う強力な太陽風が地球に到達し、大規模な磁気嵐が発生したことで、国内でも広範囲にわたってオーロラが見られました。地磁気は地球や宇宙環境との相互作用によって絶えずダイナミックに変動していますが、私たちの日常ではほとんど意識されることのない存在です。しかし、現代のデジタル生活を支える無線通信、人工衛星、航空、測位、電力網といった社会基盤は、磁気嵐をはじめとする宇宙天気現象に対し非常に脆弱な側面を持っています。こうした現象を的確に監視するため、気象庁では所掌業務の一つとして地磁気の定常観測を実施してきました。また、各国の地磁気観測機関が一堂に会する 「IAGA地磁気観測所観測機器、データ取得・処理に関するワークショップ」(以下、「IAGAワークショップ」という)にも継続して出席し、国際的な連携も積極的に進めてきました。この度、気象庁が主体となりこのIAGAワークショップを20年ぶりに柿岡へ招致することとなりましたので、本稿ではその開催に向けた取組と、国際的な枠組みの中での地磁気観測所の発展について紹介します。
(1)ワークショップ概要と準備
国際地球電磁気学・超高層物理学協会(IAGA)は、地磁気を通じて地球と宇宙の環境を監視する国際的な基盤を築くため、昭和61年(1986年)にカナダ・オタワで第1回IAGAワークショップを開催しました。以来、このワークショップは隔年で各国の観測機関が招致し、観測機器の相互検定や観測技術の向上を目的とした技術会合として発展してきました。次なる第21回は、令和8年(2026年)10月25日から30日にかけて、地磁気観測所が所在する石岡市で開催される予定です。
IAGAワークショップでは、地磁気観測従事者、地球科学者、測器開発業者など多様な参加者が国境や専門分野を越えて交流し、地磁気観測機器の開発や観測データの処理・配信技術に関する最新の成果を交換します。石岡市の会場で行われる学会形式の講演会では、データ標準化、機器性能の向上、解析手法の革新などに関する最新の研究成果が議論され、参加者が協力して観測の質を高めることを目指します。一方、地磁気観測所の構内では、観測網の整備が遅れている国々の人材育成を支援する技術研修や、各国が持ち寄った観測機器の比較観測による相互検定が実施されます。
既に開催年に入り、主催者であるIAGAや国内有識者からなる国内組織委員会と連携し、準備作業を急ピッチで進めています。技術研修と相互検定の会場となる地磁気観測所では、職員が自ら新たな観測設備の整備・調整を行っています。また、地元・石岡市の後援を受け、講演会会場となる公共施設の準備も進行中です。さらに、海外参加者が地域の産業や文化に触れられる体験型エクスカーションや、市内での交流を深めるレセプションの企画も進めており、充実した受け入れ体制の構築を図っています。海外からの参加者を温かく迎える日本らしいおもてなしを通じて、柿岡ひいては気象庁の存在感を一層高めるとともに、地磁気観測の国際的枠組みにより深く貢献できるよう、万全の準備を進めてまいります。

(2)地磁気観測所のあらましと国際貢献
地磁気観測所は、明治16年(1883年)に第1回国際極年(1stIPY)に呼応する形で東京・赤坂の臨時観測所で始めた地磁気観測を起源としています。当時より地磁気は気象観測の重要な項目の一つと考えられていました。明治30年(1897年)には皇居の旧本丸の中にあった中央気象台構内へ移り、そこで本格的な観測を開始しました。しかし、都市の発展に伴って電気雑音が増え、精密な観測が難しくなったため、大正元年(1912年)に現在の茨城県石岡市柿岡へ移転し、翌年から観測を始めました。その後、大正13年(1924年)に当時の国際学術協会によって早くも国際標準観測所の一つに認定されています。戦前・戦後を通じて観測内容は拡大し、地磁気だけでなく地電流や空中電気、地震などの観測も行うようになりました。さらに昭和47年(1972年)には独自開発による革新的なデジタル収録を実現する総合観測システムを導入し、翌年には地球規模の地磁気擾乱を示す指数を決定する世界4観測所の一つとなりました。現在、柿岡は世界的にも最高品質の地磁気データを提供する観測拠点として高く評価され、女満別と鹿屋の観測所、および父島の無人観測点とともに、地球磁場の変動を長期的かつ高精度に記録し続けています。また、日本で唯一の磁気計測器の検定機関としての重要な役割も担っています。

こうした長い歴史と高い観測精度を背景に、地磁気の全球的な観測体制の中でも大きな貢献をしています。柿岡・女満別・鹿屋は、世界中の観測機関が共通の基準でデータを交換する国際地磁気リアルタイム観測ネットワーク計画(INTERMAGNET)の認定観測所として、それらの地磁気観測データは準リアルタイムで世界へ提供されています。また、IAGAに対しては、国際標準地球磁場モデル(IGRF)の作成に欠かせない地磁気の確定データを提供し、地球規模の地磁気基準点として貢献しています。そして平成16年(2004年)には、日本学術協会と連携して第11回IAGAワークショップを開催しました。INTERMAGNETとIAGAは互いに連携しながら地磁気観測の標準化や拡充を進めており、その中で“Kakioka”は世界の行政機関や研究者が信頼する中核的な観測拠点として重要な役割を果たしています。

