◆ トピックス ◆

Ⅲ 気候変動対策への一層の貢献

Ⅲ-1 「日本の気候変動2025」を公表しました

 気象庁と文部科学省は、令和7年(2025年)3月に「日本の気候変動2025 ─大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書─」(以下、「日本の気候変動2025」という)を公表しました。これは、令和2年(2020年)12月に公表した「日本の気候変動2020」の後継となります。いずれも国や地方公共団体、事業者等に気候変動対策を効果的に推進していただくための基礎資料として、平成30年度(2018年度)から開催している「気候変動に関する懇談会」及び同懇談会の下の「評価検討部会」の助言を受けて日本における気候変動の観測結果と将来予測を取りまとめたものです。

 「日本の気候変動2025」は、日本の気候変動に関する基本事項を網羅した「本編」、より専門的に詳しく記載された「詳細編」、特に重要な事項をコンパクトにまとめた「概要版」から成ります。概要版や本編は平易な言葉で書かれており、一般の方々が気候変動を知るきっかけとしても活用いただけます。

日本の気候変動2025

左から、本編、詳細編、概要版。 QRコードは報告書掲載ページのURL

https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/index.html


 「日本の気候変動2025」では、主に日本における気候変動について、温室効果ガス、気温、降水、台風、海水温などの要素ごとに観測結果と将来予測を掲載しています。観測結果については、気象庁がこれまでに観測してきたデータ等を基にした長期間の変化傾向を中心に、その背景なども交えて解説しています。将来予測は、地球温暖化の進行の程度により状況が変わるため、主に2つのシナリオにおける予測を掲載しています。一つは「パリ協定の2℃目標が達成された世界(2℃上昇シナリオ)」、もう一つは「追加的な緩和策を取らなかった世界(4℃上昇シナリオ)」です。これらの各温暖化レベルにおいて、日本の将来の気温だけでなく降水や台風、海面水位などといった要素がどのように変化するかをまとめて掲載しています。

 さらに、より使いやすく充実した内容となるように、新たな予測情報を追加したり、報告書以外のコンテンツ等を拡充したりしましたので、以下でご紹介します。

(1)新たに掲載した情報「XX年に一回の極端な大雨や高温」

 トピックスⅡでも紹介されているように、国内の各地で大雨による災害が発生しており、気象庁の観測データからは、1時間80mmなどの強い雨の発生頻度が1980年頃と比較して2倍程度に増えているとの解析結果が得られています。また、過去に災害をもたらした大雨に地球温暖化が及ぼした影響も解析されています。では、今後地球温暖化が進むにつれて、このような極端な大雨はどのように変わるでしょうか。「日本の気候変動2025」では、100年に一回、50年に一回などの極端な大雨や高温の発生頻度や強度の解析・予測結果を新たに掲載しています。

 工業化以前の時点の気候で100年に一回現れる大雨(日降水量X mmとします)は、地球温暖化が進み世界平均気温が2℃上昇した世界では100年に約2.8回の頻度に増加すると予測されています。世界平均気温が4℃上昇した世界では更に頻度が増えて、100年に約5.3回となる予測です。

 また、日降水量X mmの大雨の頻度が増えて100年に一回ではなくなるということは、100年に一回の頻度で発生する大雨はX mmよりも更に強い雨になると考えられます。世界平均気温が工業化以前より2℃上昇した世界及び4℃上昇した世界では、100年に一回発生する大雨の降水量はそれぞれ約17%及び約32%増加すると予測されています。(いずれも日本国内の平均値。)

 現在までの「100年に一回の大雨」となる日降水量も、全国約1000地点の過去の観測データから算出して、「日本の気候変動2025」及び気象庁ホームページに掲載しています。

 これらの情報は、今後の極端な大雨の増加を考慮したインフラ整備や、高温の発生頻度や強度の増加を踏まえた事業の検討等に利用されることが期待されます。特に、極端な大雨による災害への備えといった防災面における気候変動対策に重要な情報であり、効果的に利用していただきたいと考えています。

100年に一回の極端な大雨の発生頻度と強度の変化

(2)新たに掲載した情報「海洋の貧酸素化」

 海水中に溶け込んでいる酸素の量(溶存酸素量)の減少は世界の多くの海域で観測されており、「貧酸素化」と呼ばれています。地球温暖化に伴う海水温の上昇が貧酸素化の原因であると考えられています。酸素はほとんどの海洋生物にとって生存に必要不可欠であるため、貧酸素化の進行による海洋生態系への影響が懸念されています。「日本の気候変動2025」では、新たに日本周辺の海洋中の溶存酸素量の長期変化傾向を掲載しました。

 気象庁が海洋気象観測船で長期間にわたり実施してきた海洋観測で得られたデータから日本南方海域における溶存酸素量の状況を調査した結果、10年あたり0.5~0.6%低下していることが明らかになりました。また、将来においても、2℃上昇シナリオ及び4℃上昇シナリオの両方で、21世紀末まで減少し続けると予測されています。気象庁では今後も監視を続け、貧酸素化の現状把握により、海洋生態系への影響評価や水産資源の管理等に利用していただきたいと考えています。

(3)報告書と共に都道府県別の情報や解説動画なども公開

 「日本の気候変動2025」については、報告書の他に、解説動画と都道府県別リーフレットも用意しています。これらは、より多くの人に気候変動を身近なものとして知っていただくための入門資料として、気候変動の概要を紹介したり、都道府県別の情報を掲載したりしています。また、気象庁以外の方々が自ら普及啓発を行う際などにも活用いただけるように、報告書概要版と解説動画の関連付けや、素材の提供も行っています。


コラム

●「日本の気候変動2025」への期待


長野県環境保全研究所 自然環境部 部長

浜田 崇


 近年、気候変動による自然災害や健康などへの影響が各地で顕在化し、このような影響に対し備えることで被害を最小限におさえる適応策が進められています。気候変動による影響の現れ方は地域によって異なるため、影響の頻度や規模などを考慮しながら地域毎に取るべき適応策の優先順位を決めることが重要となります。そのためにはまず地域における気候変動の実態とその影響に関する情報が必要です。気候変動適応法では、このような地域の気候変動に関する情報収集・発信の拠点として地域気候変動適応センター(以下、センター)を設置することとしていて、2025年1月現在、センターは全国45の都道府県と22の市区町村に設置されています。適応策を検討するために必要な地域の気候変動に関する情報発信の体制が整ってきたといえます。一方、気候変動に関する情報は専門的な内容が多く、センターは政策決定者や県民・市民、事業者などに対して情報をいかにわかりやすく発信できるかが大きな課題となっています。

 気象庁では日本の気候変動の概要を示す報告書を定期的に発行しています。多くのセンターではこれらの報告書に掲載されている情報を、一般対象の講演会から自治体内部の説明にいたるさまざまな場面で活用しています。今回公表された新しい報告書「日本の気候変動2025」は最新の気候予測情報に更新されただけではなく、表現をわかりやすくするなどセンター職員が使いやすいように多くの工夫がなされています。たとえばその作成の過程において、気象庁ではセンター職員を対象にしたアンケート調査を行い、本報告書の一つ前のヴァージョンとなる「日本の気候変動2020」の利活用の状況や改善の要望などを把握したうえでその意見を取り入れました。アンケートに寄せられた意見には、分析結果の信頼性が高いことや専門知識がなくてもわかりやすいといった意見がある一方で、統計や気象の専門的な用語などの表現がわかりにくい、より地域特性がわかるような情報を提供してほしいなどの課題もあげられていました。センター職員の多くは、行政の環境部局の職員や気候変動を専門としない地方環境研究所の研究員であるため、センター職員自身がまず理解しやすい内容や表現であることが、報告書に掲載された情報をわかりやすく伝えるための第一歩になってくるのです。

 気候変動適応法が施行されて6年が過ぎ、これから多くの自治体において行政計画である地域気候変動適応計画の改定時期を迎えます。そのような局面において「日本の気候変動2025」はこの計画改定における重要な基礎資料となってくるでしょう。この報告書が各地の気候変動適応の推進に役立つことを確信するとともに、現時点では技術的に難しい課題とされた市町村別の気候変動情報が掲載されることを次期の報告書に期待したいと思います。


Ⅲ-2 気候変動対策に資する科学的知見の提供

(1)気候変動対策に資する情報提供

 国内における2050年ネット・ゼロ(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)実現に向けて、政府は令和7年(2025年)2月に、日本の温室効果ガスの排出削減目標「2035年度に60%削減」を、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」に基づき国連に提出しました。

 このように、国全体として気候変動対策のための取り組みが進められる中、気象庁は、国、地方公共団体、民間企業などが各分野において様々な気候変動対策を立案する上で科学的な基盤となる、気候変動に関する観測結果及び将来予測を気象庁ホームページで提供しています。令和7年3月には、気象庁ホームページ上の気候変動に関連するコンテンツの刷新を行いました。

気候変動ポータル

 気象庁が発信する気候変動に関する情報を一覧としてまとめた「気候変動ポータル」を設け、トップに気候変動関連の新着情報を確認できるようにしました。そして、「日本の気候変動2025」については、本編のウェブコンテンツを新たに提供しています。

 気候変動ポータル https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/menu/index.html


 また、気候変動に関する観測や監視等の成果を取りまとめた年次報告書「気候変動監視レポート」は、これまでPDFの冊子形式で提供していましたが、令和7年からはウェブサイトとして提供することとしました。これにより、各要素の統計情報や観測データの掲載されているウェブページへ直接アクセスでき、最新のデータを確認・取得することができるようになります。

 気候変動監視レポート https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/monitor/index.html


(2)気候変動に関する国際的な動向

 令和6年(2024年)11月に、アゼルバイジャン共和国(バクー)で国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第29回締約国会議(COP29)が開催され、途上国への資金支援目標の3倍への引き上げが合意されたほか、パリ協定第6条(いわゆる市場メカニズム)の詳細ルールの決定が採択されました。

 このような気候変動に関する国際的な合意形成で求められる科学的な基礎として、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)はこれまで6回にわたって評価報告書を提供しており、現在、第7次評価報告書の作成に向けた議論が始まっています。

 令和6年9月12日には、環境省、経済産業省及び文部科学省と共同でIPCCシンポジウム『IPCC 第7次評価報告書に向けて~暑すぎる地球で暮らす私たちにできること~』を開催しました。このシンポジウムには第7次評価報告書の議長団メンバーを招き、第6次評価報告書の国内執筆者を交えて、第7次評価報告書の作成に当たっての取組や展望について議論いただきました。気象庁は、政府の一員として、IPCCが引き続き気候変動対策のための最新の科学的知見を提供し国際的な気候変動対策の強化・推進の原動力となるよう、取り組んでいきます。


Ⅲ-3 令和6年夏から秋にかけての日本の顕著な高温の要因

 令和6年(2024年)夏から秋にかけては全国的に記録的な高温となりました。6月から9月にかけて、全国で猛暑日(日最高気温が35℃以上)を観測した地点数の積算は、比較可能な平成22年(2010年)以降で最も多く、総務省によると5月から9月の熱中症搬送者数の合計は平成20年(2008年)以降で最多となるなど、国民生活にも大きな影響が出ました。こうしたことから、令和6年夏の高温の発生要因について「異常気象分析検討会」で分析・検討を行い、令和6年(2024年)9月にその結果を公表しました。気象庁では、社会・経済に大きな影響を与える異常気象が発生した場合、その発生要因について最新の科学的知見に基づいて分析し、その見解を迅速に発表することを目的として、平成19年(2007年)6月より「異常気象分析検討会」(大学・研究機関等の気候に関する専門家で構成)を運営しています。

全国のアメダスで観測された猛暑日地点数の積算

CSVファイル[5KB]


 本検討会では、令和6年夏の全国的な顕著な高温は、次に挙げるいくつかの要因が重なってもたらされたと分析されました。

①日本付近での亜熱帯ジェット気流の持続的な北への蛇行による、背の高い暖かい高気圧の強まり、②日本近海の顕著に高い海面水温、③春まで続いたエルニーニョ現象の影響等による対流圏の顕著な高温、④長期的な地球温暖化、などです。こうした特徴の多くは秋にも共通していました。

 なお、本検討会のあとも記録的な高温が続いたことから、本検討会委員の助言をいただきながら、気象庁でその要因をとりまとめ、10月に今後の見通しを含めた報道発表を行いました。気象庁では、今後も大学・研究機関等の専門家と連携しながら、異常気象の分析に関する情報発信に取り組んでまいります。

7月の顕著な高温をもたらした大規模な大気の流れ

Ⅲ-4 記録的に高かった日本近海の海面水温

(1)令和6年(2024年)の海面水温の状況

 令和6年(2024年)の日本近海の海面水温は、記録的に高かった令和5年(2023年)を超える高さとなりました。特に10月は日本近海の海面水温平年偏差が+1.8℃となり、気象庁が海面水温の監視のために設定している10の海域のすべてで、昭和57年(1982年)以降1位の高い海面水温となりました。

 令和6年の日本近海の海面水温が記録的に高くなったのは、夏から秋にかけて暖かい空気に覆われやすかったことに加え、令和5年春以降、黒潮から続く日本の東の海流(黒潮続流)が三陸沖まで北上した影響も大きかったと考えられます。

令和6年10月の日本近海の海面水温平年偏差

CSVファイル[1KB]


(2)黒潮続流の北上と釧路沖の暖水渦

 令和5年春頃から、例年房総半島沖を東に流れる黒潮続流が三陸沖まで北上している状況が続いています。令和6年春には三陸沖で黒潮続流の蛇行が大きくなって渦(暖水渦)として切り離され、その後釧路沖に移動しましたが、黒潮続流が北上している状況は令和6年末現在でも続いています。黒潮続流の暖かい海水が三陸沖まで北上したこと、切り離された暖水も暖水渦として釧路沖に存在したことは、令和6年の日本近海の海面水温が記録的に高かったことの一因となりました。

日本近海の10月の平均海面水温平年偏差の推移

 黒潮続流が三陸沖まで北上している状況は、令和6年5月と12月に気象庁の海洋気象観測船「啓風丸」、「凌風丸」によって直接観測されました。黒潮続流の蛇行の内側では、海水温が海の中まで周囲よりも高くなっており、深さ200m程度まで広く20℃以上となっていました。

気象庁海洋気象観測船による観測
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