◆ トピックス ◆

Ⅱ 線状降水帯や台風等による気象災害への対策

Ⅱ-1 防災気象情報の体系整理と最適な活用に向けて

 シンプルでわかりやすい防災気象情報の再構築に向け、情報の体系整理や個々の情報の見直し・改善方策、情報のより一層の活用に向けた取組等について検討を行うため、気象庁と国土交通省水管理・国土保全局が共同で、学識者、報道関係者等を構成員とする「防災気象情報に関する検討会」(以下、「検討会」という)を令和4年1月から開催し、令和6年(2024年)6月に検討の成果が取りまとめられました。気象庁と国土交通省水管理・国土保全局では、この取りまとめを踏まえた新たな防災気象情報について、令和8年(2026年)度出水期の運用開始を目指しています。ここでは、新たな防災気象情報の概要やそのより一層の活用に向けた取組について紹介します。

防災気象情報に関する検討会

(1)新たな警戒レベル相当情報

 警戒レベル相当情報とは、土砂災害や洪水等の災害に際して住民がとるべき行動が直感的に理解しやすくなるよう定めた5段階の警戒レベルと関連付けた防災気象情報です。現行の警戒レベル相当情報には、「洪水等に関する情報」、「土砂災害に関する情報」及び「高潮に関する情報」があります。これらの情報は、令和元年の警戒レベル導入時に既存の情報を各レベルの相当情報として位置づけたものであり、情報名称がわかりにくい、対象とする現象によってはその警戒レベルによって発表主体や発表基準が異なる、といった課題がありました。検討会では、それぞれの情報の改善に向けて、以下のように整理されました。

・洪水に関する情報については、氾濫による社会的な影響が大きい河川(洪水予報河川及び水位周知河川)の外水氾濫を対象とした河川ごとの情報として整理し、これまでの市町村ごとの情報発表(洪水警報、洪水注意報)は行わない。洪水予報河川及び水位周知河川以外の河川の外水氾濫については、内水氾濫とあわせて市町村ごとに発表する「大雨浸水に関する情報」として整理する。

・土砂災害に関する情報については、相当する警戒レベルごとの発表基準作成の考え方を統一(土壌雨量指数と60分雨量)し、災害発生の確度に応じて段階的に発表する情報とする。

・高潮に関する情報については、陸域の住民への高潮による浸水の影響を考慮し、潮位だけではなく沿岸に打ち寄せる波浪(うちあげ高)を考慮した発表基準をもって運用する。

 また、警戒レベル相当情報の名称については、危機感が適切に伝わり、相当する警戒レベルを連想しやすい名称とすることが望まれることから、検討会では、住民アンケートを実施の上この結果を重視することとし、社会に定着した「特別警報」「警報」「注意報」のワードを活かしつつ、名称の「横並び」を揃えることを基本とする案(上の表)が示されました。

警戒レベル相当情報の体系整理と名称案

 なお、検討会では、上の表に示す名称案は「シンプルにわかりやすく」するという観点からは改善の余地があるため、現象を2文字で統一して表現するなど最大限シンプルな形としたものが右の表のとおり示されました。将来的に「警戒レベル」が社会に十分に浸透した際には、このような名称を検討することも一案とされました。

 以上の検討会の取りまとめを踏まえ、気象庁と国土交通省水管理・国土保全局では、新たな警戒レベル相当情報の運用の具体や名称の決定に向けた検討・準備を進めています。


(2)新たな気象情報(解説情報)

 これまで「気象情報」と総称されてきた各種情報(解説情報)について、検討会では、災害発生の危険度が高まっている状況で警戒感を一段高めて速やかな防災対応や行動の判断を後押しする情報と、現在の気象状況と今後の見込みを伝え災害への備えや今後の防災対応の検討・判断を後押しする情報の、大きく2種類に整理されました。そして、それぞれの情報について、利用者が情報の特性を理解しやすく、また、利用する情報にアクセスしやすくなるよう、情報の性質に応じた統一的な名称として、前者は「気象防災速報」、後者は「気象解説情報」とする案が示されました。加えて、それら名称には、「気象防災速報(線状降水帯発生)」のように、情報内容を把握できるキーワードを付すことによりわかりやすくする案も示されました。

 以上の検討会の取りまとめを踏まえ、気象庁では、新たな気象情報(解説情報)の運用に向けた検討・準備を進めています。

気象情報(解説情報)の体系整理と名称案

(3)防災気象情報のより一層の活用に向けた取組

 防災気象情報が改善されたとしても、情報の受け手に適切に活用されなければ意味がありません。気象庁では、検討会で取りまとめられた、以下の取組を進めます。

・防災気象情報の基盤となるデータの提供の更なる推進と共に、データをコンピュータで容易に処理できるよう機械可読性を改善する。

・「プッシュ型」の防災気象情報とあわせて、ホームページ等に掲載する「プル型」のコンテンツの活用を推進すると共に、当該コンテンツの充実を図る。

・防災気象情報を受け取った者が自ら考え主体的に行動することができる社会の実現を目指し、防災気象情報の特徴・特性に対する理解が社会において深まるよう、平時から知見を積み上げられる環境を構築(ホームページへの解説資料の掲載等)すると共に、国のみならず様々な関係主体(教育機関、専門家、報道機関等)による普及啓発活動を推進する。


コラム

●ゲシュタルト心理学から見た防災気象情報


防災気象情報に関する検討会座長(京都大学防災研究所 教授)

矢守 克也


 ゲシュタルト心理学(形態心理学)と呼ばれる心理学の一流派がある。ゲシュタルトとはドイツ語で、形態、姿などを意味する。もともとは知覚現象や認識活動を説明する概念で、ある対象の部分(パーツ)を単純に総和しただけではとらえきれない対象の総体(トータル)に備わっている特有の全体的構造のことを指す。個別のエレメントではなく、「まとまり」、「一揃いの全体」を浮き上がらせる特徴のことだと思えばいい。

 ゲシュタルト心理学は、こうした「まとまり」を形づくる法則をいくつか提起している。参考図を見てほしい。まず左の図で黒丸が24個並んでいるが、たいていの人は、左側から見て第1列と2列、3列と4列、5列と6列を一つのまとまりとして認識するだろう(中括弧)。点線で囲ったように2列と3列、4列と5列を一かたまりと感じる人はほとんどいないはずだ。近接して配置されているものはまとまりとして感覚されやすい。これを「近接の法則」という。

 しかし、中央の図に示した通り、白丸と黒丸という区別(種類)を導入してやると、ここでは「類同の法則」がより強く効き、2と3列と4列と5列(ないし、2-5列)がひとまとまりで、そのまとまりを両側から異質のエレメントである白丸の1列と6列がサンドしているとの全体認識をもつだろう。さらに、―静止図では示しにくいのだが―右の図のように1、2列目を上へと動かし、3から6列を下へと動かしてやると、今度は、「共通運命の法則」、すなわち、同じ動きをするエレメント群をひとまとまりと見る傾向が勝り、それまでとは異なる全体像が浮かび上がる。


 さて、今回、筆者が座長を拝命した「防災気象情報に関する検討会」のメインミッションは、「シンプルでわかりやすい防災気象情報の再構築に向け、防災気象情報全体の体系整理や個々の情報の見直し、受け手側の立場に立った情報への改善などを取りまとめ」(「最終とりまとめ概要」)ることだった。このミッションが難題であることは最初から薄々わかっていた。「全体の体系整理や個々の情報の見直し」では、どうしても情報の網羅性、正確性などが重視される。他方で「受け手の立場に立った」を考えれば、情報の簡便化、平易化などを優先する必要がある。この2つのニーズはしばしば葛藤し衝突した。

 快刀乱麻を断つことはできなかったが、この葛藤調整で筆者が念頭に置いていたのが、他ならぬゲシュタルトであった。たくさんのエレメント(情報要素)を含む膨大な体系であったとしても、ゲシュタルトの組み上げ方によっては、「シンプルでわかりやすい」全体像を結んでくれるのではないかという見通しである。

 最終的な体系整理表で、表の縦横のワーディングの統一にこだわったのは、まさに「近接や類同の法則」を意識したからであった。このポイントで関係各位がギリギリの調整をしてくださったことで全体のゲシュタルトが随分スッキリしたものになった。加えて、最終とりまとめの本文では、「情報発表の検証」がなされている。これは、今回の整理によって、複数の防災気象情報が実際の災害時にどのような順序とタイミングで発表されることになりそうかをケーススタディしたものであり、筆者も「ぜひ力をいれてほしい」とお願いした。

 その理由は、「共通運命の法則」である。現実の防災気象情報は静止画のように説明書の中にポツンと置かれているわけではない。時間の経過の中で順に登場し(発表され)、また消えていく(解除される)。この一連の流れの中で、同じ動きをするのはどの情報とどの情報なのか、その時間的なパッケージ化のありようが―個々の情報のワーディングなどよりも―情報のわかりやすさに大きく影響する。このことをゲシュタルト心理学は示唆している。


Ⅱ-2 線状降水帯関連の取組

 線状降水帯は、次々と発生した積乱雲により、線状の強い降水域が数時間にわたりほぼ同じ場所に停滞することで、大雨をもたらします。現状の観測・予測技術では正確な予測が困難なため、気象庁では線状降水帯を引き起こす水蒸気等の観測を強化するとともに、気象庁スーパーコンピュータやスーパーコンピュータ「富岳」を活用した予測技術の開発、全国の大学や研究機関と連携した機構解明研究等、線状降水帯予測精度向上につながる取組を推進しています。

(1)海上の水蒸気観測について

 気象庁では船舶による海上の水蒸気観測を令和3年(2021年)から実施しています。この取組は、気象庁の海洋気象観測船「凌風丸」と「啓風丸」、海上保安庁の測量船4隻、民間企業が所有する大型の貨物船・フェリー10隻の合計16隻に全球測位衛星システム(Global Navigation Satellite System、GNSS)を活用した海上水蒸気観測を行っております。この観測は、単位面積あたりの大気中に含まれる水蒸気量である「可降水量」を測定することにより、線状降水帯の発生原因となる海上での水蒸気の変化を把握するものです。このような船舶を用いた定常的な海上GNSS水蒸気観測は、世界初の取組です。

海上GNSS 水蒸気観測の観測エリア

 また、気象庁の海洋気象観測船では、GPSゾンデを用いた高層気象観測も行っており、特に出水期では、海上からの水蒸気の供給が多く予測される海域に移動して機動的に観測しています。こうして得られた海上の水蒸気観測結果は、気象庁の予報現場での実況監視に用いたり、スーパーコンピュータに取り込み数値予報モデルに利用するなど、線状降水帯の予測精度向上に役立てられています。

 令和6年(2024年)6月20日から21日にかけて、梅雨前線や低気圧の影響により、鹿児島県を中心に24時間降水量が観測史上1位を記録するなど記録的な大雨となりました。6月21日の明け方には、鹿児島県で線状降水帯が発生しています。気象庁の海洋気象観測船「凌風丸」は、6月17日から21日にかけて東シナ海で海上GNSS水蒸気観測および高層気象観測を実施しました。その期間中に、凌風丸で観測した可降水量によると、線状降水帯の発生に先行して、6月19日以降に急激に増加している様子が確認できます。今回、凌風丸が観測した多量の水蒸気が、線状降水帯の発生を引き起こした一因とみられます。

線状降水帯の発生状況と凌風丸の観測結果

 気象庁では海上GNSS水蒸気観測を継続するために、令和6年3月に新しい凌風丸を就役させました。さらに、現在は啓風丸代替船の建造を計画しています。気象庁では、今後も、線状降水帯の予測精度向上のために、海上GNSS水蒸気観測を続けてまいります。

(2)海洋気象観測船の役割を広く知っていただくために

 海洋気象観測船(以下、「観測船」)は、線状降水帯予測のための海上気象観測や、気候変動監視のための海洋観測を行っています。令和6年度は、およそ30年ぶりとなる観測船「凌風丸」の更新や線状降水帯の予測に向けた取り組みなど、大きく注目を浴びたことなどから、その役割を広く知っていただくために、様々な広報活動を実施しています。

海洋気象観測船の一般公開の様子

 観測船を広く一般の方に知っていただく取り組みとして、北九州市において観測船「啓風丸」の一般公開を実施しました。乗船された方々に実際に観測に使用する機器を見てもらいながら、観測船が果たしている役割について理解を深めていただきました。乗船された方の多くから「気象庁が観測船を持っているなんて知らなかった!」というコメントをいただき、改めて周知していくことの重要性を実感しました。

 また、報道機関向けの観測船見学会を、東京港や長崎港、鹿児島港、那覇港において実施しました。見学会には多くの報道機関に参加いただき、観測船の見学や船員・観測員へのインタビューなどを通して、観測船が果たす役割について理解を深めていただきました。取材いただいた報道機関の中には、その日のうちにニュースなどで特集を組んでいただくなど、熱心に紹介いただきました。

 これからも、観測船の役割を広く知っていただくための広報活動に取り組んでまいります。

(3)スーパーコンピュータ「富岳」を活用した線状降水帯の予測精度向上に向けた取組

 気象庁では、線状降水帯の予測精度向上に向けた技術開発を加速化するため、文部科学省・理化学研究所の協力の下、スーパーコンピュータ「富岳」を活用し、以下のような数値予報モデルの高解像度化や数値予報における観測データの利用手法高度化等の技術開発を進めています。

 線状降水帯の予測には、観測で捉えた水蒸気のデータをより適切に数値予報に取り入れることが重要です。大学や研究機関が有する先端的な知見も得て、気象庁が整備した二重偏波気象ドップラーレーダーや静止気象衛星ひまわりの観測データを数値予報により有効に活用するため、大学や研究機関との共同研究を令和5年(2023年)から実施しています。共同研究を通じて得られた開発成果については、順次現業数値予報システムに反映させていきます。

 また、線状降水帯の予測に用いる局地モデルの水平高解像度化(2→1km)の開発を加速するため、リアルタイムシミュレーション実験を令和6年6~10月の期間、1日4回実施しました。気象庁の線状降水帯予測スーパーコンピュータの計算機特性に合わせた最適化を同型機の「富岳」を活用して進めることで、従来と比べて約半分程度の時間で計算可能となりました。あわせて、線状降水帯が発生する可能性を適切に捉えるため、新たに局地アンサンブル予報システム(水平解像度2km)の開発を進めています。これらのモデル及びアンサンブル予報システムは、令和7年度(2025年度)末に運用を開始させる予定です。

「富岳」による予測結果

(4)情報の改善

 気象庁では、「明るいうちから早めの避難」を促すために半日前程度から線状降水帯による大雨となる可能性を伝える情報と、「迫りくる危険から直ちに避難」を促すために線状降水帯の発生をお知らせする情報を提供しています。線状降水帯による被害軽減のため、これらの情報を段階的に改善しています。

 ア.線状降水帯による大雨の半日程度前からの呼びかけ

 令和4年(2022年)6月から開始した、半日程度前から線状降水帯等による大雨となる可能性を伝える情報では、線状降水帯が発生して大雨災害発生の危険度が急激に高まる可能性がある程度高いことが予測できた場合に、半日程度前からその旨を呼びかけています。これまでは全国11の地方単位で広く呼びかけていたところ、予測時間を延長した局地モデルやメソアンサンブル予報を用いた危険度分布(キキクル)も活用し、令和6年5月からは対象地域を狭め、府県単位を基本に絞り込んで呼びかける運用を開始しました。

 この呼びかけは、大雨に対する心構えを一段高めていただくことを目的としています。この呼びかけだけで避難行動を判断するのではなく、大雨による災害のおそれがあるときは気象情報や早期注意情報、災害発生の危険が迫っているときは、大雨警報やキキクル等、気象台から段階的に提供する防災気象情報や、市町村が発令する避難情報と併せて活用いただくことが重要です。

 令和11年(2029年)には市町村単位で危険度の把握が可能な危険度分布形式の情報の提供を目指しており、夜間に線状降水帯による大雨の可能が予想された場合などに、明るいうちから早めの避難につなげられるよう、引き続き予測精度の向上に取り組みます。

呼びかけのイメージ

 イ.「顕著な大雨に関する気象情報」のより早い段階での発表

 気象庁では、令和3年6月から線状降水帯の発生をお知らせする「顕著な大雨に関する気象情報」を運用しています。この情報は、大雨による災害発生の危険度が急激に高まっている中で、線状の降水帯により非常に激しい雨が同じ場所で降り続いている状況を「線状降水帯」というキーワードを使って解説する情報です。この情報が発表された際は、線状降水帯の雨域を示す楕円を雨雲画像に重ね合わせて表示します。この情報が発表されるときには、既に大雨が降っており、今後さらに大雨が降って災害発生の危険度が急激に高まるおそれがありますので、市町村が発令する避難情報等と併せて、適切な対応をとっていただくことが重要です。

  令和5年5月からは、線状降水帯による大雨の危機感を少しでも早く伝えるため、これまで発表基準を実況で満たしたときに発表していたところ、予測技術を活用し、最大で30分程度前倒しして発表しています。この新たな運用の開始以降、実際に前倒しして情報を発表し、危険な状況であることをより早くお知らせすることができるようになりました。さらに、令和8年(2026年)には2~3時間程度早く情報を提供することを目指しています。

雨量予測を用いた線状降水帯の雨域の気象庁ホームページでの表示例

(5)機構解明研究の進展

 線状降水帯による災害を防止・軽減するためには、早期にその前兆をとらえて高い精度で予測することが求められます。一方で、線状降水帯の発生や停滞等のメカニズムには未解明な点が多く、予測することが困難な事例も数多くあります。このため、気象研究所では、大学や研究機関と連携し、集中観測により線状降水帯の実態を把握するとともに、線状降水帯の機構解明や予測技術向上に資するための研究を進めています。

線状降水帯の機構解明研究の概要図

 線状降水帯の発生・停滞・維持等にとって重要である、日本列島に流入する水蒸気をはじめとする気象要素を定量的に把握するため、令和4年の梅雨期には、線状降水帯が多く発生する九州を中心とした西日本において集中観測を行いました。大学や研究機関の協力を得て、ラジオゾンデ観測、各種水蒸気リモートセンシング観測、航空機ドロップゾンデをはじめとする様々な観測を実施し、一部のデータはリアルタイムで気象庁に送られて毎日の数値予報や実況監視に利用されました。令和5年及び令和6年の梅雨期にも観測を継続し、降水粒子を撮影するゾンデによる上空の降水粒子の画像や、船舶による海洋上での海面から大気への水蒸気供給量等、貴重なデータが得られています。集中観測により得られたデータはデータベースに集約して研究参加機関に共有し、線状降水帯の機構解明や予測技術向上に向けた研究に役立てられています。

実施した観測の例

 線状降水帯の機構解明に向けた研究として、観測データや客観解析、数値モデル等を用いて、線状降水帯発生時の環境場や降水システムの内部構造に関する事例解析を多数実施してきています。過去から現在までの様々な事例に関する分析から、線状降水帯は極めて多様であることが分かってきています。線状降水帯を発生形態により分類し、その分類に基づいて線状降水帯を体系的に理解し、予測における課題を明確にして精度向上につなげるため、分類表による知見の集約を進めています。分類表を活用して近年の事例を整理するとともに、大学や研究機関の研究者との意見交換も行いつつ様々な視点を踏まえてその更新に取り組んでいます。さらに、数値予報の予測精度向上に資するために、観測データ等を活用した数値予報システムの改善・高度化に関する研究も進めています。

令和6年度に実施した主な観測

 また、共通の課題意識のもとで連携を推進し効果的に取組を進めるため、「線状降水帯の機構解明に関する研究会」を定期的に開催しています。これまでに10回開催し、気象庁と大学や研究機関の間で研究の進捗や成果を共有して意見交換を行いました。

 今後も、大学や研究機関と協力して線状降水帯に関する観測を実施するとともに、これらの観測データも活用した研究を行い、線状降水帯の機構解明や予測技術向上に取り組みます。

(6)令和6年夏(6~8月)の気象場の特徴

 気象庁では、令和3年5月から「顕著な大雨に関する気象情報」の提供を開始し、その中で集中豪雨をもたらす線状降水帯の発生を発表しています。夏(6~8月)に台風付近で発生したものを除くと、令和3年から令和5年までの過去3年間で31事例、令和6年には7事例の線状降水帯が発生していました。

 例えば山形県に大雨特別警報が発表された令和6年7月25日の線状降水帯周辺では、大気下層の水蒸気の流入量が平均(過去4年間に生じた線状降水帯38事例の気象場から算出)の6割強しかない一方、大気中層の寒気-6.9℃は秋田の高層気象観測平年値を1.5℃下回り、上記の特徴を持っていました。

2021~2024 年夏の線状降水帯発生分布

 線状降水帯発生の予測精度向上にはこのような気象場の特徴を整理・蓄積することが必要であり、そのためにより長期の統計期間を対象に解析を行い、実態解明を進めていく予定です。

 令和6年は、北緯36度以北で4事例の線状降水帯が発生しましたが、過去3年間に同地域で生じた6事例と比較して規模が小さい特徴がありました。令和6年の4事例の発生時の気象場の特徴を調べると、過去3年間と比較して、大気下層(上空約500m)の水蒸気の流入量が少ない一方、大気中層(上空約5,800m)の寒気は強い場合が多い傾向にありました。このことにより、大気中層の寒気の影響で大気成層が不安定になり積乱雲が発生・発達しやすかったものの、大気下層の水蒸気の流入量がそれほど多くなかったことで、過去3年間の事例よりも局地的な現象になりやすかったと考えられます。

線状降水帯発生時の気象場(大気下層の水蒸気の流入量と大気中層の寒気)

(7)令和6年9月に能登半島で発生した記録的な大雨について

 令和6年9月21日から22日にかけて、石川県能登半島北部を中心に、秋雨前線上を東進する低気圧や台風第14号から変わった温帯低気圧の影響により、記録的な大雨となりました。特に21日の午前には線状降水帯が発生し、輪島では1時間降水量の最大が121mm、3時間降水量が220mmで観測史上1位の記録を更新しました。大雨の発生した地域は令和6年元日に発生した能登半島地震の被害域とも重なり、河川の氾濫等による浸水害や土砂災害による甚大な被害が生じました。

令和6年9月21日から22日の積算雨量

 線状降水帯が発生した21日には、日本海に秋雨前線が停滞し、前線の南側では太平洋高気圧の縁辺をまわって暖かく湿った南西風が吹いていました。一方、前線の北側では冷涼な北東風が吹いており、前線付近での風の収束が強まり、前線の活動が活発化していました。20日午後に朝鮮半島付近で発生した低気圧が前線上を東進し、21日午前には能登半島に接近しました。前線上の低気圧の接近により、能登半島付近で暖かく湿った南西風が強まり、能登半島への多量の水蒸気流入が持続した結果、発達した積乱雲が次々と発生し、線状降水帯が発生したと考えられます。また、線状降水帯の発生時には、対馬海峡から能登半島沖にかけての海面水温が平年値に比べて5℃程度高くなっており、能登半島付近に流入する空気は日本海から大量の水蒸気供給を受けていました。前線上を東進した低気圧の発達も、高い海面水温の影響によりさらに強められたと考えられます。海面からの水蒸気供給量が増加したことで、大気の状態が非常に不安定となり、また前線上の低気圧の発達が強まって水蒸気流入量がさらに増加したことで、線状降水帯に伴う雨量が増大したと考えられます。

線状降水帯が発生した時間帯における水蒸気流入量の推定値

Ⅱ-3 台風情報の高度化に関する検討

(1)検討の背景

 気象庁では、台風による災害の防止・軽減に資するため、静止気象衛星の整備・強化やスーパーコンピュータを活用した数値予報技術の改善等により、台風の進路・強度予報の期間延長や予報誤差の縮小、暴風域に入る確率の提供開始など、台風情報の精度の向上及び内容の拡充に努めてきました。この台風情報は、誰にでも警戒すべき事項が誤解なく伝わるよう、40年以上にわたって台風の進路や暴風の見通しを予報円と暴風警戒域という形で図表示しています。

 一方で、これまでの台風災害を受けて、近年は公共交通機関の計画運休、自治体等によるタイムライン(防災行動計画)の策定や住民の広域避難の検討などが進んでいます。こうした社会の変化に応じて、台風による災害に対し早めの備えを促す情報や、様々な事前対策や防災対応を効果的に行うために必要な台風の特徴を伝えるきめ細かな情報のニーズが高まってきており、技術的な面からもそのような情報の提供が可能になりつつあります。

 こうした台風情報を取り巻く状況の変化を踏まえ、令和6年(2024年)3月に開催された交通政策審議会気象分科会では、次世代気象業務の柱の一つとして「社会の防災・経済活動に貢献する台風情報の高度化」、すなわち、社会のニーズの変化に応じ、早めの備えを促す情報や台風の特徴をより適切に伝える情報を提供することについて、さらに検討を深めることとされました。

 これを受けて、近年取り組んでいる観測強化や技術開発を踏まえつつ、社会のニーズに応じた様々な時間スケールの台風情報や台風の特徴を伝えるきめ細かな台風情報のあり方について議論を行うため、令和6年(2024年)9月から有識者による「台風情報の高度化に関する検討会」を開催しています。令和7年(2025年)2月までに3回開催して、3月に中間とりまとめを公表しました。今後、同年7月頃までに2回開催し、最終とりまとめを行う予定です。

(2)検討状況

 検討会の中間とりまとめにおいては、台風発生前の「早めの備えを促す情報」、台風発生後の「台風の特徴を伝えるきめ細かな情報」、両情報に共通の「新たな台風情報の提供方法」の3つの観点に分け、改善の方向性及び改善案をとりまとめました。引き続き最終とりまとめに向けて検討する予定です。

①早めの備えを促す情報

 現状、台風情報は台風発生の24時間前からしか提供できていませんが、それより前の段階から台風の発生・接近等の見通しを提供する予定です。具体的には、令和12年(2030年)頃までに、シーズンを通した台風発生数の見通し、2週間先までの台風が存在する可能性が高い領域及び1週間先までの熱帯低気圧が台風に発達する可能性を提供し、令和12年頃以降は、シーズンを通した台風発生数の平面分布や日本への台風接近数の見通し、3・4週間先までの台風が存在する可能性が高い領域等を提供します。

②台風の特徴を伝えるきめ細かな情報

 令和12年頃までに、現在の予報円と暴風警戒域の表示方法は維持しつつ、予報の状況によっては、進路の不確実性などについて付加的に解説します。また、予報の時間間隔を現状の24時間刻みから6時間刻みに細かくします。風分布については、新たに強風域の予報を開始するほか、円表示と比較して警戒・注意すべき範囲及び時期が適確に伝わる詳細な風分布情報を提供します。風の確率情報については、「暴風域に入る確率」の予報の時間間隔や風分布の詳細化に伴う改善を実施し、強風域などの閾値の追加や更なる改善を検討するほか、改善した確率情報については、利用者にとって分かりやすい既存の時系列情報に反映します。

 波浪・高潮の情報については、予報期間を延長し、予報円との重ね書き等により台風の位置・風分布などと整合した情報を提供するほか、予測の不確実性を考慮した確率的な情報を提供します。令和12年頃以降は、それらの情報の更なる改善を実施します。

 なお、①②の情報改善を実施するための基盤となる取組として、静止気象衛星やスーパーコンピュータなど、観測・予測精度向上や技術開発の基盤となる装置等の整備を実施するとともに、数値予報技術の開発(全球アンサンブル予報システムでの大気海洋結合過程の考慮や全球モデルの高解像度化等)や数値予報利用技術(ガイダンス等)の高度化等により予測精度向上を推進していく必要があります。

③新たな台風情報の提供方法

 令和12年頃までに、気象庁ホームページにおいて、台風経路図と既存の様々な情報(キキクル、今後の雨、危険度を色分けした時系列、海上警報、天気図など)を、リンクや横並びなどにより一体的に表示するとともに、文字情報や電文において、民間気象事業者等が様々なニーズに応じた情報を作成・提供できるように、重ね合わせや加工がしやすいデータ形式で提供します。温帯低気圧化後に警戒を呼びかける情報についても、気象庁ホームページの表示だけでなく、文字情報や電文についても台風と温帯低気圧化後の低気圧を結びつけられる形で提供します。

台風情報の改善案

Ⅱ-4 竜巻等突風の強さの評定に関する検討会

(1)日本版改良藤田スケールの策定に向けた取組

 平成24年(2012年)5月に茨城県等で発生した竜巻被害を受けて、学識経験者及び報道機関等から構成される「竜巻等突風予測情報改善検討会」により、同年7月に「竜巻等突風に関する情報の改善について(提言)」が取りまとめられました。この提言を受け、竜巻等突風現象の実態把握を進めるための検討会として、大学・研究機関等の外部有識者からなる「竜巻等突風の強さの評定に関する検討会」を、平成25年(2013年)7月から令和6年(2024年)3月の約10年にかけて開催しました。

 この検討会では、風工学や気象学の研究分野が連携して検討を重ね、それまで竜巻等突風の強さの評定に用いてきた「藤田スケール」を基に、最新の風工学の知見を踏まえ、日本の建築物等の被害に対応するよう改良した「日本版改良藤田スケール(Japanese Enhanced Fujita scale、JEF スケール)」を新たに策定し、その技術的指針である「日本版改良藤田スケールに関するガイドライン」と併せて、平成27年(2015年)12月に公表しました。その後、気象庁の突風調査においては、平成28年(2016年)4月からJEFスケールを使用した突風の強さの評定を開始しました。

日本版改良藤田スケールにおける階級と風速の関係

 平成28年4月以降の検討会では、JEFスケールによる突風の強さの評定事例を基に、JEFスケールの検証や評価を行うとともに、最新の研究成果を踏まえた被害指標や被害度の見直しなど、適宜、JEFスケールの改善を図ってきました。また、本検討会での検討の結果をとりまとめた報告書(※)は令和6年6月に公表しています。

※竜巻等突風の強さの評定に関する検討会 報告書(https://www.data.jma.go.jp/stats/bosai/tornado/kentoukai/shiryou/20240611_tatsumaki_hyoutei_kentoukai_report_honbun.pdf


(2)日本版改良藤田スケールの特徴

 JEFスケールの特徴は以下ア~ウのとおりです。

 ア.日本の建築物等に対応した被害指標及び被害度の導入

 被害の状況を被害指標(Damage Indicator、「何が」に相当。以下「DI」という。)と被害度(Degree of Damage、「どうなった」に相当。以下「DOD」という。)に分け、30種類(令和6年4月からは31種類)の日本の建築物等を選定し、それぞれのDIに複数のDODを設定しました。

 イ.被害指標(DI)及び被害度(DOD)に対応した風速の設定

 各DI及びDODについて、最新の風工学の知見を活用し、対応する風速を設定しました。具体的な風速値、風速算定方法の概要、評定に用いるにあたっての解説(運用上の解説)がDI毎にそれぞれ検討され、「日本版改良藤田スケールに関するガイドライン」にすべてまとめられています。同ガイドラインに基づく竜巻等突風の強さの評定の流れは以下とおりです。

 ① 竜巻等突風によりもたらされた被害それぞれについて、DI及びDODを決定

 ② ①で決定したDI・DODに対応する風速を求める

 ③ ②で得られた風速のうち、各被害の中で最大の値を、現象を代表する風速とする

 ④ ③で得られた風速に対応するJEFスケールの階級を求める

竜巻等突風の強さの評定の流れ

 ウ.統計的な継続性を考慮した階級と風速の対応

 JEFスケールと藤田スケールとの統計的な継続性を持たせるため、両スケールで評定した現象の階級ができる限り同じ階級となるように決定しました。この決定により、国際比較や過去の統計との比較が可能となります。

 「日本版改良藤田スケールに関するガイドライン」は今後の関連研究の進展に応じて内容を見直し、改善することとしています。今後も風工学や気象学の専門家と情報が共有できる関係を継続して同ガイドラインの改善を図っていきます。


コラム

●気象分野と工学分野のコラボ


竜巻等突風の強さの評定に関する検討会会長(東京工芸大学 名誉教授)

田村 幸雄


 2013年7月に始まり2024年3月に終了した「竜巻等突風の強さの評定に関する検討会」は、気象分野のみならず、風工学、構造工学、森林工学など工学分野の方々で構成され、それぞれの専門性を活かした有機的で効率的な議論が行われました。任務の柱が日本の建物等の現状に基づいた日本版改良藤田スケール(JEFスケール)の策定と運用でした。策定中に議論が唯一対立したのは、JEFスケールの意味の根幹に関わるもので、スケール毎の風速範囲の決め方でした。一つは、従来の藤田スケール(Fスケール)のF0からF5まで6段階のスケールと風速範囲は維持して、各被害例の発生風速のみを見直すというものです。作業は単純明快ですが、同じ被害例でも発生風速がFスケールと変わりますので、FスケールでF1と評価されていた被害例が、JEFスケールではJEF2と評価されるというようなことが起こります。もう一つは、従来F1と評価されていた被害例が同じくJEF1と評価されるように、JEF各スケールの風速範囲も一緒に変更するというものです。結果的には、FスケールとJEFスケールが統計的に接続できるということで後者が採用されました。今後も、使い易くより正確なものに改善していく必要があり、気象分野と工学分野の協力体制の維持が強く望まれます。また、各被害の発生風速は空気力学や構造力学の知見に基づいて推定されていますが、正確な推定には実物での破壊試験が必要で、米国IBHSの実大ストームシミュレータのような施設の建設と運用が、日本でも強く望まれます。


Ⅱ-5 梅雨期九州の集中豪雨、明け方から朝に頻発、顕著な増加傾向

 線状降水帯を含む集中豪雨の予測精度向上は防災面において喫緊の課題であり、特に、夜間から早朝に発生する集中豪雨に対しては事前避難の観点から、その半日前である前日夕方の時点での予測精度向上が求められています。そこで、アメダスの観測データを用いて、集中豪雨事例(3時間降水量130mm以上)の発生頻度の経年変化および日変化を梅雨期(6月と7月)の九州領域に着目して調査しました。

 昭和51年(1976年)から令和4年(2022年)までの47年間の集中豪雨事例数の経年変化については、梅雨期に限ると、全国で3.4倍、九州領域では3.5倍(年間を通じてでは全国2.0倍、九州領域2.6倍)の長期増加傾向となり、特に梅雨期の増加傾向が顕著であることが分かりました。

アメダスで見た梅雨期の集中豪雨事例の経年変化

CSVファイル[2KB]


 また、集中豪雨事例の出現頻度の日変化については、年間を通じては夜間と夕刻に多く発生していることが分かりますが、極端にその時刻帯が多い訳ではありません。一方、梅雨期に限ると朝(7-9時)の出現頻度が極端に多くなっています。特に、九州領域でその傾向が顕著です。梅雨期以外では、集中豪雨事例の発生は夜間に多くなりますが、顕著な日変化は無く、九州領域に限ればほとんど日変化が見られません。

 更に、梅雨期の明け方から朝(4-9時)に発生した集中豪雨事例の47年間の増加傾向を他の時間帯や梅雨期以外と比較しました。特に、九州領域で4-9時に発生した集中豪雨事例の増加割合は、梅雨期以外の1.35倍に対し梅雨期は7.47倍と、99 %以上の信頼度で有意に大きくなっていました。つまり、梅雨期に集中豪雨事例が長期的に増加傾向にあることの大部分は、特に九州地方で明け方から朝にかけて降る大雨が増加していることによって説明ができます。なお、その要因については現在、調査を進めているところです。

アメダスで見た集中豪雨事例の時刻別発生数

CSVファイル[1KB]

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