◆ トピックス ◆

Ⅵ 気象情報が社会で活用されるために

トピックスⅥ-1 気象分科会提言

(1)交通政策審議会気象分科会「DX社会に対応した気象サービスの推進」(提言)

 気象情報・データは、全国を面的かつ網羅的にカバーするとともに、過去から将来予測に至る内容を含むビッグデータとしての特性を有しています。近年、進化したデジタル技術が社会経済活動をより良い方向に変化させる「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」という概念が注目される中、気象情報・データはDX社会におけるデジタル技術を活用したサービス提供やビジネスモデル開発において基盤的なデータセットとして非常に重要な要素であり、今後、他業界のデータと組み合わせて意思決定や判断を行うサービスが一層発展していくと考えられます。

 こうした状況を踏まえ、交通政策審議会気象分科会では、気象情報・データが社会のソフトインフラとして活用されるため、民間気象事業者等を中心とした気象サービスのあり方とそれに対する気象庁の推進策について審議を重ね、令和5年(2023年)3月に「DX社会に対応した気象サービスの推進」(提言)を公表しました。

 本提言では、気象情報・データの作成から流通、利活用までの各フェーズにおける推進策として、気象庁は民間事業者等による気象情報・データの提供に関する制度の見直しや利活用促進等の取り組みを進めていくべきであるとされています。

DX社会に対応した気象サービス

 分科会での議論を受けて気象庁では、民間事業者等による社会のニーズに対応した高解像度・高頻度の予報サービスの提供が可能となるよう、気象予報士が予測手法や予報を事前及び定期的に確認することにより技術的な裏付けを確保しつつ、予報作業手順において機械化・自動化できる範囲を拡大することも可能とするため、気象予報士の設置人数を緩和する制度改正を令和4年12月に実施しました。また、土砂崩れ・高潮・波浪・洪水の予報業務の許可について、最新の技術を踏まえた許可基準の最適化等を図るため、気象業務法の改正等による制度改善の取り組みを進めています。

 今後も気象庁では、最新の技術に対応した、民間事業者等における観測や予報に関する制度の見直しや、気象情報・データへのアクセス性の向上、気象情報・データの高度な利活用促進等に継続して取り組み、社会的課題の解決や社会経済活動のさらなる発展に一層貢献してまいります。

(2)気象データアナリスト育成講座

 前述のDX社会に対応した気象サービス推進には気象に関する技術や知見を有する人材が必要であり、気象庁では、令和2年度より気象・データサイエンス・ビジネスの各分野について学ぶことができるデータ分析講座「気象データアナリスト育成講座」を認定する取り組みを開始しています。ここでは、その講座の修了者の方々から、受講の感想や今後の気象データ活用について紹介していただきます。


コラム

●気象予報士から気象データアナリストへの第一歩

株式会社ハレックス ビジネスソリューション事業部 業務部 業務課

気象予報士 山田 利恵


 弊社では気象情報の提供のみならず、気象データとお客様のデータを分析して関係を見つけるなど、気象データを活用したご提案をしています。私も気象予報士として気象予測業務に従事する傍ら、データ分析の業務に携わっています。

 データサイエンスを学ぶことは現在の業務に活用できると考え、気象データアナリスト育成講座を受講しました。機械学習やAIについては受講して初めて学び、今後この分野についても積極的に社内で活用していきたいです。

 気象データには様々な特性や種類があります。そこからお客様のデータに組み合わせる最適な気象データをご提案できることが、気象の知見をもつ気象予報士、そして気象データ活用の知見をもつ気象データアナリストの強みだと考えています。

 今後も気象データの活用事例を増やし、お客様のビジネスにおいて『もっと売上を伸ばしたい』、『無駄を省きたい』、『しっかり守りたい』といった課題解決に取り組んでいきます。


コラム

●気象データアナリストとして気候変動対応にアプローチ

塚本 陸

MS&ADインターリスク総研株式会社 リスクマネジメント第五部 サステナビリティ第一グループ

気象予報士 塚本 陸


 気象と社会活動は切っても切り離せない関係にあります。災害や天候デリバティブなど、気象が社会経済に与える影響は大きく、気象データを活用した課題解決に可能性を感じたため、気象データアナリスト育成講座の受講を決めました。講座では統計の基礎からコーディング、レポーティングまで、一連の分析スキルを身につけることができ、特にややクセのある気象データのハンドリングを学べたことは有意義でした。

 私は現在、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の対応支援や気候変動に伴う自然災害リスク定量評価に携わっています。気候と気象は似て非なるものですが、気象データは気候の分野でも使われています。先般、文部科学省と気象庁の主導のもと「気候予測データセット2022」が公開され、気候変動への門戸は格段に広がりました。このようなデータセットと講座で得た知見を活かし、より示唆に富んだ分析や充実したサービスの提供につなげたいです。


(3)季節予報サービスにおける気候情報の活用可能性

 気象庁では、気候情報(天候の見通しや監視のデータ)の利活用促進を目的として、利用者との対話を通じ、その活用実態やニーズ把握を進めています。令和4年(2022年)1月には、気象事業者の方々と会合を開き、気候情報を活用した気象サービスの現状や可能性を議論しました。その結果、当庁による3か月予報の精度向上と事業者による活用促進が今後の課題で、官民の連携がカギと相互に理解できました。ここでは、会合で説明いただいた内容を紹介します。

リモート会合の様子。気象事業者10社20名に出席いただいた

コラム

●企業コンサルタントでの気象情報活用の現状と今後について

小越 久美

一般財団法人 日本気象協会 

社会・防災事業部 気象デジタルサービス課 シニアアナリスト

小越 久美

 弊社での季節予報を使ったサービスで、活用が進んでいるのが製造業です。製造業の生産計画は半年から1年前に立てられることが多く、季節予報は最大の関心事です。多くの製造業が前年実績をベースに生産計画を立てているため、「平年より高い確率〇%」といった過去30年平均との比較や、確率表現ではなく、月平均気温〇℃から〇℃といった具体的な数値で予測を提供します。このことで、前年との比較を可能にし、より精度の高い需要予測ができます。気温は年々の変動が大きいため、前年実績ベースの代わりに気象予測を使うことで気象に伴う需要予測の誤差を3割~4割減らすことが可能です。

 季節予報を活用するための最大のポイントは、リードタイムによって適した業務実装を行うことです。暖冬・冷夏といった季節単位の傾向が分かる半年前には生産計画、月単位の傾向が分かる3ヶ月前には生産調整、週単位の傾向が分かる1ヶ月前には販促タイミングの把握、といった具合です。今後より一層、社会の無駄をなくし生産性を上げて行くために、季節予報の精度を上げていくことはもちろん、精度に合わせた業務変革を推進するのが私たちの役割だと考えています。


コラム

●気象情報活用の現状と今後について

武井 弘樹

株式会社 ウェザーニューズ 環境気象事業部 チームリーダー

武井 弘樹

 弊社では、エネルギー、流通小売、海運、航空、道路・鉄道管理事業者等に計画策定や様々な意思決定を支援する気象サービスを提供しております。お客様が事業を行う上で、経済的な損失を減らすことだけでなく、温室効果ガスの排出量を減らすこともより重要になってきています。精度の高い販売・生産計画を立案し、無駄を少しでも減らすことが必要です。そのために各産業では、事業のタイムラインに合わせて、季節予報や週間予報を活用し、その時点での状況と予測を考慮した計画の立案・修正を行っています。気象事業者には、気象状況の過去から未来への変化傾向とその予測の確からしさを可能な限り定量的に事業計画に合わせて示すことが求められています。それらにより、事業のチャンスやリスク、環境への影響の大きさを都度見積もれるようになります。これらを実現する気象サービスの基盤を官民で協力して構築していくことで、気象情報のより有効な活用が広がると期待しています。


コラム

●今後期待される季節予報データとその活用可能性

西川 貴久

日本IBM株式会社 The Weather Companyアジア太平洋気象予報センター ジャパンリーダー

西川 貴久

 農業における冷害対策として1942年に始まった季節予報。今では商品の需要予測に活用される場面も出てきましたが、まだまだ参考情報として扱われる方が多いように感じます。お客様へのヒアリングでも、短期予報に比べて精度が落ちる季節予報は使いづらいという声を耳にします。大切なことは、その季節予報がどれだけ信頼できるかという「不確実性を予測」することです。季節予報に信頼度という付加価値を与えることで深みが増し、意思決定のツールになり得ると確信しています。海外では季節予報は信頼度と組み合わせることで保険や電力需要予測のビジネスに活用されています。なお、IBMでは季節予報をエンジニアやデータサイエンティストの方が扱いやすいAPIで提供するとともに、専門家による信頼度を加えたレポート作成も行うことができます。日本ではまだまだ伸びしろの大きい季節予報。あなたが持つ既存のデータと季節予報、そして信頼度が組み合わさればビジネスチャンスが一気に広がるかもしれません。


コラム

●季節予報解説の現状と課題について

山谷 享

株式会社ウェザーマップ 営業本部兼技術開発事業部 シニアマネージャー

山谷 享

 弊社は流通、小売などの企業に向けて気象データの配信を行うほか、200名近くの気象予報士が、全国各地の放送局で天気予報解説や番組制作サポートを行っています。しかし、多くの天気予報解説で「季節予報の取り上げ機会はほぼ無いか少ない」のが現状です。その理由は主に4つあります。(1)通常の短期や中期予報の作業では見慣れない「平年差の図」の読解力不足のため、自信をもって季節予報を解説できない、(2)季節予報は結果が分かるのが数か月先なため「当たっている感」が得られない、(3)限られた放送時間の中では日々の天気予報や防災情報が主体となり、季節予報は優先度が低くなってしまう、(4)確率予報のため、短い時間では理解が得られにくい、というものです。気象庁の予報官たちとの対話を通じて、季節予報のビジネス利用と必要な解説スキルについて、社内であらためて考えるきかっけになりました。お客様やテレビの視聴者の要望に応えた満足度の高い解説とサービスを展開するには季節予報の翻訳者を増やすことが必要です。そのためには、気象予報士の継続的なトレーニングによって、専門天気図の読解力を向上させる仕組みがカギとなります。予報官との継続的な対話が、全国の気象予報士の季節予報のリテラシー向上のヒント、新たな気象ビジネスとシーズの創出につながると期待しています。


トピックスⅥ-2 「ひまわり8号」から「ひまわり9号」へ

 平成27年(2015年)7月7日から運用を開始した静止気象衛星「ひまわり8号」は、令和4年(2022年)12月13日に、その役割を「ひまわり9号」にバトンタッチしました。ここでは、7年以上の間、上空約3万5800kmの宇宙から地球を見守り続けてきた「ひまわり8号」を振り返ります。

(1)「ひまわり8号」について

 「ひまわり8号」は、「ひまわり7号」以前の気象衛星と比較して、観測性能が格段に向上しています。例えば、搭載されているカメラの性能が向上することで解像度が2倍になり、雲の分布や種類等をより細かく把握できるようになりました。地球全体の観測頻度は6倍に増えて1時間ごとから10分ごとに、日本周辺は30分ごとから2.5分ごとに短縮されました。さらに、台風や火山の噴煙等、必要に応じて場所を設定し2.5分ごとに観測を行う機動観測が可能になりました。また、「ひまわり8号」からは観測バンド(波長帯)数が3倍に増えたことから、数種類の観測画像の情報を1つのカラーに凝縮して表示する技術(RGB合成)を用いてそれまでは白黒だった画像をカラー合成画像で確認できるようになり、黄砂や火山灰も雲と区別することができるなど、様々な現象をより鮮明に観測できるようになりました。このように、世界最先端の観測能力を有し7年以上にわたり国内外の気象観測や防災等に貢献してきた「ひまわり8号」の数多い観測事例の中から、2つの事例をご紹介します。

(2)平成28年(2016年)台風第18号

 1つ目は台風の事例です。平成28年(2016年)9月28日にトラック諸島近海で発生した台風第18号は、10月3日18時(日本時間)に中心気圧905ヘクトパスカル、最大風速毎秒60メートルに発達し、猛烈な強さで沖縄に接近しました。この台風の影響で沖縄には特別警報が発表され、沖縄県久米島空港では最大風速毎秒48.1メートル(最大瞬間風速毎秒59.7メートル)を記録しました。

 右の画像は、10月3日12時00分(日本時間)に「ひまわり8号」が捉えた日本列島と台風中心部に近接した画像です。台風の眼がはっきりと確認できます。

「ひまわり8号」が捉えた台風第18号画像

 台風第18号の動画は以下のURLからご覧ください。

 https://www.data.jma.go.jp/sat_info/himawari/kanshi.html#typhoon


 多くの場合、台風は日本の南に位置する熱帯地方の海上で発生しています。しかし、海上には観測点が少ないため、台風を観測するためには、宇宙から広範囲に観測することができる気象衛星ひまわりが不可欠です。「ひまわり8号」に搭載された高精細なカメラにより、渦巻く雲と中心の眼の状態を確認し、台風の強度を推定することができます。さらに、任意の位置を設定して台風を追跡しながら2.5分ごとに観測を行う高頻度撮影により、台風の中心位置や強さをより精度よく解析できるようになり、気象災害のリスクに素早く備えることができます。このように、ひまわりの観測データは、台風の発生、移動、強さ等を把握するために活用されています。

(3)フンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山噴火

 2つ目は火山噴火の事例です。令和4年(2022年)1月15日13時頃(日本時間)、南太平洋トンガ沖の海底火山フンガ・トンガ-フンガ・ハアパイで、大規模な火山噴火が発生しました。噴火によって引き起こされた津波と降灰によるトンガの被災者は推定8万7,000人で、総人口の84%にのぼると報告されています(トンガ政府報告)。噴火に伴い発生した津波は、トンガだけでなく約8,000キロメートルも離れた日本を含む諸外国にまで到達し、港や船への影響をもたらしました。

 「ひまわり8号」が捉えた以下の画像は、大規模噴火により生じた気圧波がフンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山付近から同心円状に地球規模で伝播していく様子を鮮明に現わしています。

フンガ・トンガ- フンガ・ハアパイ火山噴火による気圧波の伝播

 上記の火山噴火による気圧波の伝播動画は以下のURLからご覧ください。

 https://www.data.jma.go.jp/sat_info/himawari/obsimg/image_volc.html#obs_j20220115


 この大規模噴火で生じた噴煙は、成層圏を突破して上空約57キロメートルの中間圏に達していたという分析結果を、英オックスフォード大学等のチームが令和4年(2022年)11月3日付の科学誌「Science」で報告しました。噴煙が成層圏を貫く様子が観測されたのはこれが初めてで、57キロメートルは噴煙の正確な測定結果としては過去最高の高さになります。噴煙の高度推定には「ひまわり8号」「GOES-17(アメリカ)」「GK-2A(韓国)」の異なる位置で撮影した噴煙画像を使い、人間が両目で奥行きをとらえる視差効果と同じ仕組みを用いた、新たな計測手法で行われました。この手法には高頻度かつ詳細な画像が必要で、「ひまわり8号」をはじめとする新世代の静止気象衛星観測(網)の観測能力の向上が、正確な高度測定に貢献した例とも言えそうです。

(4)「ひまわり9号」へ

 現在観測を行っている「ひまわり9号」は「ひまわり8号」と同じ性能を持っており、引き続き宇宙から様々な気象現象を高頻度・高精度で監視しています。「ひまわり8号」もバックアップ機として緊急時に備えて軌道上で待機しており、これからも2機体制で国内外の気象や防災等に欠かすことのできない観測データを届けていきます。

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