◆ トピックス ◆

Ⅶ 気象業務の国際協力と世界への貢献

トピックスⅦ-1 国際気象機関(世界気象機関の前身)創立から150周年~気象業務の発展に向けた国際協力の歴史~

 大気に国境はなく、台風等の気象現象は国境を越えて各国に影響を及ぼします。このため、世界の各国が精度の良い天気予報とそれに基づく的確な警報・注意報等の気象情報を発表するためには、気象観測データや予測結果等の国際的な交換や技術協力が不可欠です。

 現在、気象庁を含めた世界各国の国家気象機関は共通の方法で大気や海洋の観測を行い、データを交換していますが、このような国際的なルール作りや、各国の協力による気象業務の発展のために、明治6年(1873年)に国際気象機関(IMO)が創立されました。その役割は昭和25年(1950年)に世界気象機関(WMO)へと引き継がれて、今日まで続いています。令和5年(2023年)は、IMO創立から150周年となる節目の年です。

(1)国際気象機関の創立

 気象は人々の生活に非常に身近な自然現象で、天気予報は古くから経験則として行われてきていました。近代科学の発展に伴って19世紀初頭にヨーロッパで世界初の天気図が作成され、気圧配置と天気変化との関係が明らかになると、科学的に天気が予報されるようになりました。これに伴い気象観測データを国際交換する必要性が高まり、明治6年(1873年)9月にウィーンで20か国の政府代表による国際気象総会が開催され、国際気象機関(IMO)の活動が始まりました。

国際気象総会の様子

(2)国際気象機関から世界気象機関へ

 IMOの活動は、その後各国気象機関の長や研究者等が中心となり運営されていましたが、昭和22年(1947年)にワシントンで開催された国際気象台長会議において、IMOの政府機関への移行が決定され、昭和25年3月23日に世界気象機関(WMO)が誕生しました。翌年、WMOは国際連合の専門機関に加わっています。WMOの加盟国・領域数は、当初の37から現在では193まで拡大しており、日本も昭和28年に加盟しました。

 WMOの活動で重要な成果のひとつは、昭和38年(1963年)の「世界気象監視(WWW)」の開始です。WWWは、世界的に標準化された方法による気象観測や、その観測データ及びそれを基に作成された予測資料の国際交換等を行っており、その継続的な実施、発展は各国の気象業務の基礎となってきました。

 また、昭和46年(1971年)には、熱帯低気圧プロジェクト(現・熱帯低気圧プログラム)を開始し、台風等の熱帯低気圧に対する各国の防災対応の支援に取り組んでいます。その他にも、オゾンホールや気候変動への対応など、WMOは、各国の国家気象機関が協力して科学的な立場から世界的課題に貢献するための枠組みとなってきました。

(3)今後の世界気象機関と気象庁の活動 ~世界の気象業務のさらなる発展に向けて~

 WMOの「2030年までの長期ビジョン」では、国際的な協力により各国気象機関の気象情報の充実や観測の強化等を進め、気象災害や気候変動に強靭な世界を目指すこととされています。また、気候変動により気象災害が激甚化する中、気候変動適応策の一つとして世界的に「防災」に注目が集まっています。これらを背景に、現在WMOでは、開発途上国を含めた全ての国での警報発表の実現と発展、観測や予報における産学官連携の強化等の取り組みが進んでいます。

 これまで気象庁は、世界の中で主要な国家気象機関のひとつとして、WMOの活動に参加するだけでなく活動方針の決定にも関わり、更に、台風やデータ通信、気候等の様々な分野で、アジア各国への支援を責務とするWMO地区センターの運営を行ってきました。また、昭和52年(1977年)に気象衛星ひまわりを打ち上げ、以後、歴代のひまわりの観測データをアジア太平洋の各国に提供してきました。

 世界各国での気象業務の発展は、各国の観測の改善等を通じて巡り巡って日本国内の気象情報の改善につながります。気象庁は引き続き、積極的に国際的な役割を果たしてまいります。


コラム

●気象業務の官民連携推進に向けたWMOの取り組み

木村 達哉

世界気象機関(WMO) 官民連携室 室長

木村 達哉


 世界気象機関(WMO)では、2019年の第18回総会で「ジュネーブ宣言2019」を採択し、極端な気象、気候、水等に関連するグローバルな社会的課題に官民(産学官)が包括的に連携して対応していく方向性を打ち出しました。同時に、官民連携の強化に向けた「オープン諮問プラットフォーム」の立ち上げを主導し、ハイレベル会合の開催、世界各国の先進的事例の共有、白書の共同執筆等を行っています。背景には、気象等の事象が地球温暖化、防災等の持続可能な開発に関わる多くの社会的課題に密接に関係すること、高度化・多様化・増大するニーズのすべてに国家気象水文機関が単独で対応していくことの難しさなどがあります。

第3回オープン諮問プラットフォームの様子

 例えば日本の場合、国(気象庁)が基本的な観測や防災気象情報の発表を担い、それに加えて民間気象事業者が付加価値のついた気象サービスを行っており、官民の連携により社会への多様なサービス提供が行われています。しかし両者の役割が明確になっていない開発途上国等では、国家気象水文機関が国民の生命・財産の保護のために担うべき重要な役割(気象の観測や警報・予報の発表等)が社会から理解されなくなってしまうことが懸念されています。一方、民間気象事業者側からは、WMOの官民連携の推進により各国で気象業務関連の法制度が改善されれば、きめ細かなニーズに対応した活動をしやすくなるとの期待があります。

 これらの懸念や期待に応えるべく、WMOでは、官民の信頼の醸成、加盟国への支援、ガイドラインの策定等に努めており、官民連携を強化して世界中で最高レベルの気象・気候・水等に関するサービスが提供されるよう取り組んでいます。


トピックスⅦ-2 JICA課題別研修「気象業務能力向上」コースの対面研修再開

(1)国際協力機構(JICA)との協力

 開発途上国の国家気象機関の技術向上のための協力は、その国の防災活動の強化にとって重要であるだけでなく、精度ある観測データが地球全体で充実することを通じて、日本国内の予報精度の向上にもつながります。気象庁は、気象、海洋、地震・火山関連業務における開発途上国での気象業務能力向上及び日本の技術移転を促進するため、外務省、国土交通省及びJICAと協力して、JICAの無償資金協力、技術協力プロジェクトや課題別研修等において、研修員の受け入れや専門家の派遣を行っています。

(2)JICA課題別研修「気象業務能力向上」コース

 JICAが各国から希望者を募って実施する気象分野の研修は昭和48年度(1973年度)に始まり、現在はJICA課題別研修「気象業務能力向上」コースとして、約3か月、気象庁にて研修を実施しています。

 本研修では、現場で働く気象庁職員等が、開発途上国の気象機関からの研修員に対し、気象や気候の観測・予測についての総合的な知識や技術を講義及び実習を通じて指導するとともに、現場での防災対策の制度や実施状況を解説します。さらに、本研修の後半では各国の気象機関の能力や国民のニーズに基づいた気象情報の発表のため、業務改善計画を研修員自らが考え作成・報告する発表会を開催します。研修員の帰国後にも、母国での実際の業務改善や組織での知識・技術の普及に役立てられるよう、フォローアップを行っています。研修後のアンケートでは参加者からの評価も高く、国際会議等で再会した際にも研修で多くのことを学べたことに感謝を寄せられています。

 令和4年度(2022年度)までの参加者は計77か国377名に上り、帰国後に気象機関の幹部になるなど、母国の気象業務の推進に主導的な役割を果たしています。

(3)令和4年度対面研修再開

 このJICAによる研修は40年以上の長きにわたり継続して毎年実施しましたが、新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大により、令和2年度(2020年度)は延期、令和3年度は期間を2週間に短縮してのオンライン開催となりました。

 このような状況を経て、令和4年度(2022年度)は11か国11名の研修員を日本に招聘できることとなり、2週間のオンライン研修を加えた3年ぶりの対面研修を9~12月にかけて実施しました。なお、今回の研修は、令和2年の気象庁の虎ノ門庁舎移転後初めて研修員を本庁舎に招いての実施でもありました。

 日本での対面研修が再開したことで、研修員は気象庁の業務や施設に実際に触れ、また、研修員と気象庁職員が対面でコミュニケーションをとることにより、気象機関どうしの繋がりを深めることができました。

 現在、国連により「すべての人々に早期警戒を」イニシアティブが立ち上げられ、開発途上国の気象局能力向上に向けた活動が世界的にも注目されています。気象庁は今後もJICA等との連携を深め、開発途上国への国際貢献を続けていきます。

JICA課題別研修の様子


コラム

●私の「気象業務能力向上」への考え

Saroj Acharya

令和4年度研修参加者 ブータン気象局気象水文官

Saroj Acharya

 ブータンは様々な気候特性を持ったヒマラヤ山脈東部の小さな国です。この国は大雨による地滑りや洪水、さらには氷河湖が決壊して発生する洪水などの災害に対して非常に脆弱です。気候変動の一つの結果として、これらの災害が発生するリスクが高まっています。このため、ブータンでは災害への早期警戒を強化することが極めて重要になっています。今回、JICA課題別研修「気象業務能力向上」のプログラムに参加し、日本から多くの知識を得ることができたことを大変うれしく思います。気象学のほぼすべての分野がこの研修でカバーされており、受講当初の期待をはるかに超えるものでした。災害への早期警戒を改善するために、私たちの組織は観測をはじめ、予報したものを利用者へ提供するまで、多くの領域で改善が必要であることを知りました。日本で学んだことをブータンの職場の同僚と共有したいです。この研修で得た知識は、私個人の日常業務だけでなく、ブータン気象局の気象サービスを強化するための長期的な戦略的計画の立案にも役立ちます。この研修プログラムがこれからも世界中の予報官をずっと育て続け、人々の命を救うための早期警報システム強化に与することを願っています。


コラム

●対面での研修の再開に寄せて

曽根 栄理

JICA研修監理員(兼通訳)

曽根 栄理

 70年代から始まった気象庁での研修は現在、JICAの課題別研修というカテゴリーに分類され、気象分野の多岐にわたる技術、情報、考え方を途上国の専門家に提供しています。この研修も新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、対面プログラムは3年ぶりの実施となりました。こうした中、久しぶりに研修員と接して気づいた点がありました。それは、彼らの参加意識が上がっていたことです。「研修に参加することが目的の人」よりも「研修から何かを学び、業務に役立てようという意欲がある人」が増えている、と表現した方がわかりやすいかもしれません。

 現在、研修は先進国だけでなく、途上国間でも実施されています。こうした中、ますます参加者の満足度を上げるプログラムが望まれているように感じます。満足度は提供される内容やその伝え方だけでなく、研修を受ける側の期待値や経験、知識、置かれた環境にも大きく左右されます。また、国によって状況が異なるため、講義内容を参加者のニーズにぴったり添わせるのは至難の業です。しかし、前もって彼らの現状を調べ、彼らの視点で研修内容を考察してみると、光の当て方が大きく変わってくるのではないかと思います。他方、参加者は自分たちのことを理解してもらえているという安心感から、抱えている問題を自分の言葉で語りやすくなり、互いに好循環が生まれてくるかもしれません。

 この他、失敗談や成功に至った紆余曲折も、参加者にとっては興味深い内容です。この研修が参加者にとって、問題解決のための小さな足がかりを見つけるきっかけになることを期待しています。

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