◆ トピックス ◆

Ⅳ 大雨・洪水・高潮等の情報の改善

トピックスⅣ-1 防災気象情報に関する検討会について

 気象庁では、シンプルでわかりやすい防災気象情報の再構築に向け、防災気象情報全体の体系整理や個々の情報の見直し、受け手側の立場に立った情報への改善等の検討を行うため、令和4年(2022年)1月から、学識者、報道関係者等からなる「防災気象情報に関する検討会」を開催しています。

(1)防災気象情報の体系整理にかかる方向性

 近年のICTの進展や警戒レベルの導入、防災気象情報の利用者のニーズや利用形態の多様化を踏まえ、本検討会では、国等が提供する防災気象情報はどこまでをその役割とすべきか、原点に立ち返って考えるところから検討を始めました。そして、とるべき防災対応が防災気象情報の受け手や状況に応じて多岐にわたるなか、防災気象情報はそれらの防災対応のトリガーとなることから、「防災気象情報とは、気象現象の正確な観測及び予測に閉じるのではなく、どのような状況になり得るか(いま何が起きているのか、今後どうなるのか、いつからいつまで危険なのか、どの程度の確からしさでそのようなことが言えるのか)という情報を科学的に迅速に伝えることで、情報の受け手の主体的な判断や対応を支援することが役割である」と整理し、令和4年(2022年)9月、中間とりまとめを公表しました。

 上述のとおり、防災対応は多岐にわたるため、防災気象情報は、避難行動にとどまらず、社会経済活動に大きく関わる様々な判断を支援する情報であるとも言えます。その役割を果たすため、誰もが直感的に状況を把握し対応を判断できるよう、まずは「対応や行動が必要であることを伝える簡潔な情報」が必要です。一方で、納得感を伴わなければ、簡潔な情報だけではなかなか具体的な対応や行動につながらないため、「対応や行動が必要な状況であることの背景や根拠となる、現在の気象状況とその見通しを丁寧に解説する情報」も必要です。加えて、防災気象情報への多様なニーズに対しては、国等だけでなく社会全体で応えることが有効であると考えられることから、それらの活動を支えるため、利用者が自ら、または民間事業者等を通じて、防災気象情報の基礎となるデータを用いて容易にカスタマイズできるような環境整備を進めていく必要があるとの認識を共有しました。

国等が提供する防災気象情報の基本的な役割

(2)防災気象情報の体系整理にかかる検討課題

 (1)で述べた簡潔な情報には、避難等のとるべき行動に対応する警戒レベルと紐づけられた「警戒レベル相当情報」と、避難行動とは別に社会経済活動に大きく影響する気象現象に対応するための、様々な判断を支援する情報等があります。警戒レベル相当情報は、気象現象(要因)そのものではなく、それにより発生しうる災害を見据えて警戒を呼びかける情報です。土砂災害のように極めて局所的なものや、高潮災害のように台風の進路や速度のわずかな違いによって被害が生じうる場所や時間帯に大きな違いがでるもの等、災害ごとに性質が異なるため、各レベルに最適な基準を設定し、警戒レベル相当情報全体を分かりやすく整理する必要があります。この整理には技術的な検討を伴うため、本検討会の下にサブワーキンググループを設けて検討を進めることとしました。また、警戒レベル相当情報とは別に、避難行動を求めるものではないが、人の命を守るために迅速な対応を要したり、生産活動や生活に大きく影響したりする気象現象に関する情報についても、その現象の特徴やタイムラインも踏まえた危機感の伝え方等を様々に検討していきます。

 (1)で述べた丁寧に解説する情報については、現在提供している全般/地方/府県気象情報をより充実させ、使いやすい形に発展させていくことが考えられます。過去の顕著な災害事例の引用、線状降水帯のようなキーワードの使用等のあり方や、情報の整理・統合について検討し、容易に使える情報を目指します。

(3)防災気象情報の最適な活用に向けて

 適切な防災対応の実現には、防災気象情報の改善だけでなく、それら活用の最適化に向けた平時からの取り組みが必要です。従来の防災気象情報の普及啓発にとどまらず、例えば、過去情報のアーカイブ、平時でも大雨等の切迫感をもって活用できるコンテンツの充実や訓練の実施等、平時に、緊急時を想起しながら、防災気象情報やそれを活用した対応に関する知見を積み上げられるような環境構築の重要性、加えて、防災気象情報の内容や活用方法の説明等、防災気象情報の普及啓発を進めることの重要性について認識を共有しました。

防災気象情報に関する検討会

 このように、本検討会では、まずは防災気象情報の基本的な役割、位置づけを検討したうえで、「対応や行動が必要な状況であることを伝える簡潔な情報」と「その背景や根拠を丁寧に解説する情報」の2つに大別する認識を新たにしました。今後、(2)、(3)に述べた取り組みや、様々な防災対応や利用ニーズを想定した民間も含めた情報提供についても、引き続き検討を進めていきます。


コラム

●防災気象情報に関する検討会 サブワーキンググループに寄せて

牛山 素行

防災気象情報に関する検討会サブワーキンググループ座長

(静岡大学防災総合センター 副センター長 教授)

牛山 素行


 「わかりやすい防災気象情報を」 おそらく、気象情報に関わるほとんどの人がこう考えるのではなかろうか。高精度でだれもが的確に理解できる防災気象情報ができればと筆者も心から願うが、そのための「うまいやり方」がどこかにあるわけではない、ということも痛感している。

 情報を「わかりやすく」するために、情報を要約することがよく考えられる。しかし、情報を要約するということは、情報量を減らすことでもある。情報量の「減らし方」次第では、本来必要な情報がそぎ落とされ、あらたな誤解を生むようなことも考えられる。たとえば「顕著な大雨に関する気象情報」が発表された際、気象庁ホームページ「雨雲の動き」画面等でいわゆる線状降水帯の雨域が赤楕円で表示されるが、あれは「複雑な形状をした線状降水帯」という情報を楕円という形で要約したものと言える。確かに「わかりやすく」なるとは思うが、楕円から外れた場所での豪雨の危険性という情報が軽視される懸念もある。情報利用者に赤楕円の範囲外であれば安全だと捉えられる傾向があるとの調査(本間、2021)があり、実際の豪雨災害時に「線状降水帯の楕円にかかっていないからまだ大丈夫だと思っていた」との自治体関係者の声を筆者自身も聞いている。

 また、防災気象情報はわかりやすければそれでよいわけではない。技術の進歩により「新しい気象情報」が出せるようになったとしても、その情報が出た場合にどのような災害(自然現象ではなく社会的な被害という意味で)が起こりうるのかの客観的・具体的な説明がないと「防災のための情報」としては使い物にならないのだが、これがなかなか難しい。たとえば天気予報の精度評価に使う「スレットスコア」のように、防災気象情報についてもその情報が出た際に何らかの被害が出たか否かを評価したいが、どのような被害がいつ、どこで発生したのかといった情報の整理と防災気象情報との突合が、実は容易にできるものではないという問題にぶつかる。

 気象災害につながる様々な現象の時空間的な特性が微妙に異なる上に、それぞれの現象に対し異なる部署が歴史的に様々な取り組みを重ねてきたこと(それは必要なことであり、間違ったことをしてきたわけではないが)が情報の「わかりやすさ」を難しくさせる面もある。たとえば危険性の度合いを分類する際、ある現象に対しては「わかりやすい」分類が、別の現象に対してはうまくあてはまらないといったことは、具体的な整理を考えていくとしばしば直面する。また、これまで構築されてきた情報体系を乱暴にいじると、改善のはずが逆に大きな混乱を招くことも懸念される。

 「防災気象情報に関する検討会サブワーキンググループ」では、防災気象情報に関わる様々な側面に目を配りつつ、こうした問題に取り組んできた。誰もが納得するような「わかりやすい」情報体系の構築はなかなか難しいが、現状の混沌とした状況を少しでも整理できればと願っている。

 引用文献:本間基寛「線状降水帯情報に対する住民の受け止め方に関する調査」日本災害情報学会第23回研究発表大会予稿集、pp.8-9、2021


トピックスⅣ-2 防災気象情報を支える技術開発

(1)全球モデルの高解像度化

 台風に伴う大雨、暴風、高潮等の予測精度を向上させ、防災気象情報を改善していくためには、数値予報モデルによる台風の進路(位置や進行)や強度(中心気圧)の予測をより良くすることが必要です。台風は熱帯から中緯度までといった広範囲の風の流れの影響を受けるため、その進路の予測においては、地球全体の大気を予測する「全球モデル」が中心的役割を担っています。

地形表現の改善

 全球モデルによる台風進路の予測精度向上は、気象庁が「2030年に向けた数値予報技術開発重点計画」で示した目標の一つである「台風防災」の基本となります。気象庁では、台風進路予測等の精度向上を目指して、令和5年(2023年)3月に全球モデルの水平解像度を20キロメートルから13キロメートルに高解像度化しました。この高解像度化は平成19年(2007年)以来となりますが、全球モデルを高解像度化する際には、単に地形や大気のメッシュを細かくするだけではなく、モデル内での雲や降水等の計算方法についても解像度に適したきめ細かな改良が併せて必要となります。この高解像度化によりモデル内の地形は標高の起伏や海岸線等これまでより明瞭に表現されます(上図)。今回の更新では、この高精度な地形表現に併せて、雲による光や熱の反射・吸収の改良、大気と地表面の間の摩擦の取り扱いの改良等の改善を行いました。

 全球モデルの更新により、台風進路予測や降水予測の精度が向上した例として、下図に令和3年(2021年)台風第14号の予測結果の変化を示します。この事例では、更新後の台風進路予測が実際の台風進路に近づいたことや、高解像度化により降水の表現が向上したことで、降水予測が観測と近い場所で強まっているなど改善しています。

台風に伴う降水予測の改善例(令和3年台風第14号)

(2)高潮の早期注意情報を支える技術~日本域台風時高潮確率予報システム~

 気象庁では、5日先までに起こりうる警報級の現象の発生確率を予測し、大雨、大雪、暴風、波浪の警報級の現象が予想されるときには、その可能性を「早期注意情報(警報級の可能性)」として発表しています。

 高潮については、台風をはじめとする低気圧の僅かな進路や勢力の違いによって発生する場所や規模が大きく変わるため、これまではその発生確率を適切に捉えることは困難でしたが、高潮予測技術の改善により、台風に伴う高潮予測の精度が向上し、また、台風以外の要因による高潮も含め警報級の高潮となる可能性をより具体的に評価することが可能となったことから、令和4年(2022年)9月8日に高潮についての早期注意情報の運用を開始しました。

 高潮予測技術の改善の1つとして、「日本域台風時高潮確率予報システム」の開発があります。(次ページ表)。日本域台風時高潮確率予報システムでは、まず台風予報円の情報を基に、台風進行の横方向に進路を等間隔にずらした計21通りの台風進路を作成し、21通りの高潮予報計算を高潮モデルで実行します(下図)。その後、台風進行速度の不確実性について、高潮予報結果の時間をずらす処理を実施することにより21×21=441通りの高潮予報を作成し、更には潮汐も加算することで、高潮確率予報を作成します(次ページ図)。この様に、441通りという非常に数多くの計算を行うことで、台風進路の僅かな違いによる高潮の規模の違いや、台風進路の不確実性に伴う高潮予測の不確実性を評価することが可能になりました。

日本域台風時高潮確率予報システムでの台風進路の与え方の概念図

日本域台風時高潮確率予報システムから高潮確率予報を計算する概念図

日本域台風時高潮確率予報システムの仕様
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