トピックス

Ⅲ 気候変動による影響を正しく理解し将来に備えるために

 地球温暖化の進行に伴って、極端な気象現象の頻度や強度が更に増加すると予測されています。気候変動への対応は喫緊の課題であり、気候変動予測の先駆的な研究を行った眞鍋淑郎博士に令和3年(2021年)のノーベル物理学賞が授与されたことも、気候変動の課題の大きさを示しているといえるでしょう。

 気象庁では、気候変動の課題に対応する省庁の一員として、日本の気候変動について、これまでに観測された変化と将来予測をとりまとめ公表しています。こうした情報が気候変動に関する理解の一助になり、気候変動に対応する国内外の関係機関、関係者に広く活用されることを願っています。


トピックスⅢ-1 気候変動対策に資する科学的知見の提供

(1)気候変動に関する国際的な動向

 令和3年(2021年)年10月31日から11月13日までの間、英国グラスゴーで国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第26回締約国会議(COP26)が開催され、パリ協定の、工業化以前と比べた世界平均気温の上昇量を2℃より十分低く抑えるとともに、1.5℃に抑えるための努力を継続する、という長期目標を再確認し、その達成のための努力を継続することなどが合意されました。

 このような気候変動に関する国際的な合意形成において、議論の前提となる参加国共通の科学的な知見を提供しているのが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)です。IPCCは、国連環境計画(UNEP)及び世界気象機関(WMO)によって昭和63年(1988年)に設立された政府間組織で、世界の多くの研究者の協力の下、学術雑誌に発表された査読付論文等の知見を集約し、定期的に評価を行っています。

IPCC AR6 第1 作業部会報告書

 COP26に先立つ令和3年8月9日、IPCCは第6次評価報告書(AR6)第1作業部会報告書(自然科学的根拠)を公表し、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」、「地球温暖化が更に進行するにつれ、極端現象の頻度と強度に予測される変化が大きくなる」などと現状を評価しています。その後、気候変動の影響、適応、脆弱性を扱った第2作業部会報告書が令和4年(2022年)2月に、気候変動の緩和策について扱った第3作業部会報告書が4月に公表されました。さらに令和4年10月には、3つの作業部会報告書を総括する統合報告書が公表される予定です。

 IPCC報告書の作成には高度な専門知識を有する気象研究所の職員が執筆者として参加し、気象庁を含む国内研究機関等による最新の知見を報告書の評価に反映することで、IPCCの活動に貢献しています。さらに、政府の一員としてIPCC総会における議論や原稿の査読に参加するとともに、第6次評価報告書第1作業部会報告書の政策決定者向け要約(SPM)の和訳を作成するなど、気候変動の課題に対応していく際に、最も基盤的で最新の科学的知見を網羅したIPCC評価報告書の国内における周知広報に努めています。

SPM和訳の掲載先

https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar6/index.html


(2)気候変動に関する国内の動向

 令和2年(2020年)10月、政府は「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」、いわゆるカーボンニュートラルを目指すことを宣言し、国内でも更なる気候変動対策が進められています。令和3年(2021年)10月には、「地球温暖化対策計画」、「気候変動適応計画」、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」、「エネルギー基本計画」が改定されました。

 気象庁は、国、地方公共団体、事業者等が各々の分野において様々な気候変動対策を立案する上で科学的な基盤となる、気候変動に関する観測、監視、予測情報を提供しています。令和2年(2020年)12月、気象庁は文部科学省と共に、「気候変動に関する懇談会」の助言を踏まえ、日本における最新の知見を取りまとめて「日本の気候変動2020」を公表しました。この報告書では、気温、降水、海水温など気候システムの諸要素について、観測成果から日本におけるこれまでの変化を確認するとともに、世界の平均気温が工業化以前と比べて2℃上昇した場合(パリ協定の2℃目標が達成された場合に相当)及び4℃上昇した場合(追加的な緩和策を取らなかった場合に相当)にあり得る21世紀末の日本の将来予測をまとめています。

「日本の気候変動2020」の予測の例:21 世紀末の日本の年平均気温

 この報告書は、日本の気候変動に関する気温や降水量の変化などの自然科学的知見について、「これまで」と「これから」を概観できる資料です。気候変動の緩和策、適応策の企画立案・決定や気候変動の影響評価を行う場合の基盤的な情報として、また気候変動に関する入門書の1つとして、ご利用ください。

 また、令和4年(2022年)3月には、地方公共団体等による気候変動適応策の立案に

資するため、都道府県ごとに情報をまとめたリーフレットも公表しています。

https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/index.html


 さらに、「日本の気候変動2020」などを基に、将来の気温や降水量などに関する予測や、大雨や高温などの極端現象における気候変動の影響について解説した動画も気象庁のYouTubeチャンネルにて公開しています。報告書と併せて、こちらもご活用ください。

https://www.youtube.com/watch?v=n7DHKYNdY3g&list=PLulV_CmWlZHP0tsinKgypEgN7p0B1_Zgr


IPCC AR6 WG1 における地域の記述と「日本の気候変動2020」

コラム

■気候関連情報開示と防災関連データの貢献

阿由葉 真司

TCFDコンソーシアム事務局(株式会社三菱総合研究所)

阿由葉 真司

1. 気候関連情報開示とTCFD提言

 産業界では、現在、企業が自社の気候関連リスクや機会を投資家などに向け情報発信する気候関連情報開示が大きな関心を集めている。

 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)と呼ばれる国際イニシアチブが、パリ協定の「産業革命前からの世界の平均気温上昇を「2℃未満」に抑える」目標達成に寄与するために、気候変動要因が事業活動に与える影響を評価し情報開示するための枠組みを提言している。TCFD提言と呼ばれるこの情報開示フレームワークは、企業の気候変動に対する取組みを積極的に開示できるメリットが受け入れられ、世界で2,972社(令和4年1月27日時点)が賛同するなど、設立から約6年で実質的な世界標準に発展している。

 世界的な自然災害の多発を背景に、こうした気候関連情報開示の義務化も進んでいる。例えば、英国政府は令和2年(2020年)11月にロンドン証券取引所に上場する企業に対して2025年までに段階的にTCFD提言に基づく情報開示を義務化することを決定した。日本も金融庁が令和3年(2021年)6月にコーポレートガバナンス・コードの改訂を通じて、TCFD提言に基づく情報開示をプライム市場への移行条件として位置づけている。

 さらに、日本は経済産業省の支援の下、TCFDコンソーシアムを設立した。官民共同でTCFD提言に関する情報共有を進めたことが奏功し、TCFD提言の賛同社数は現在687社(令和4年1月27日時点)と、2位の英国(413社)、3位の米国(374社)を抑え日本は世界最大の賛同国となっている。


2. TCFD提言の概要と防災関連データの貢献

 TCFD提言は賛同企業に対し、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4項目に関する情報開示を推奨している。特に、戦略では、国際エネルギー機関(IEA)や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)などが作成する長期気温上昇予測を基にした脱炭素社会に向かう1.5℃シナリオと脱炭素社会への移行が遅れる4℃シナリオという2つのシナリオの下、2030年、2050年という長期の気候関連リスクと機会が自社業績に与える影響(財務インパクト)を定量的に把握し開示することが求められる。

 シナリオ分析と呼ばれるこの分析を用いて賛同企業は、炭素価格導入などの移行リスクと風水害などによる事業資産の棄損といった物理的リスクを定量化することとなる。このシナリオ分析の際に防災関連データが大きく貢献している。物理的リスクの評価では、事業施設の風水害リスクの推定の際にハザードマップが不可欠な情報源となっている。具体的には、事業所や担保物件の立地とハザードマップの情報を基に、気候シナリオで想定する風水害の激甚化度合いを勘案して、直接的な被害額や事業停止による販売減といった間接影響額を推定している。


3. 気候関連リスクの増大と防災関連データの重要性

 自然災害の多発は気候関連リスクの増大を通じて実業にも影響を与えている。例えば、損害保険会社は自然災害の増加に伴う保険料支払で業績悪化に見舞われ、現在、損害保険料の値上げを計画している。この動きは金融機関、事業会社双方で事業資産の風水害等リスクを見直す契機となり、より正確に事業資産の気候関連リスクを測定するニーズが高まっている。企業は引き続き気候関連リスクの把握に努める必要があり、防災関連データの重要性は今後、高まる方向にある。それゆえ、利用者に対する利便性の向上も期待されている。


(3)地球温暖化の進行と気候モデルの発展の歴史

 地球温暖化の予測に用いる気候モデルの研究開発は、地球温暖化の進行と並行して発展してきました。下図は、観測された気温の上昇傾向に世界の地球温暖化に関する主な出来事と気象研究所における気候モデルによる地球温暖化研究の歴史を重ねたものです。1970年代までは地球温暖化がまだ顕著ではありませんでしたが、眞鍋淑郎博士は、昭和42年(1967年)に二酸化炭素増加に対する気温の応答を物理的なモデルを用いて評価しました。さらに、昭和50年(1975年)には現在の気候モデルの先駆けとなるモデルを開発し、地球温暖化による気温や降水、雪氷などの変化の様々な特徴を明らかにしました。眞鍋博士のこれら初期の業績は、二酸化炭素増加による地球温暖化を広く国際社会に知らせた昭和54年(1979年)の「チャーニー・レポート」の発表や、昭和63年(1988年)の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」設立へとつながっていきました。

 IPCCは、平成2年(1990年)の第1次から令和3年(2021年)の第6次まで、5年から8年の間隔で、気候変動に関する最新の科学的知見を結集した評価報告書を出版してきました。これに歩調を合わせるように、世界の数多くの研究機関において気候モデルが開発されており、これらを用いた地球温暖化予測に関する最新の研究成果が各評価報告書に反映されてきたところです。

 気象研究所では、昭和55年(1980年)頃から気候モデルの開発を開始しました。気候モデルは地球温暖化に関する科学の発展とともに高度化され、最近では森林破壊による二酸化炭素吸収量の変化や海洋酸性化なども予測できる地球システムモデルへと発展してきています。モデル開発にあたっては、過去及び現在の気候の再現精度に重点を置いており、最新の地球システムモデルMRI-ESM2.0では、それらをより高精度で再現可能となったことで、将来の地球温暖化予測への高い信頼性が得られるようになりました。気象研究所では、これら歴代のモデルを用いて常に最新の温暖化予測データを提供し、IPCCの各評価報告書に貢献してきています。

世界の気温変化と地球温暖化研究の歴史

トピックスⅢ-2 世界で発生する異常気象

(1)世界の異常気象

 社会経済活動の国際化により、世界各国で発生する異常気象が、その国だけでなく、日本の社会経済にも大きな影響を与えるようになっています。このため、気象庁では世界の異常気象等に関する情報を逐次提供しています。

 令和3年(2021年)にも、世界各地で、人的・経済的被害を伴う異常気象が多く発生しました。例えば、6月下旬には、北半球の各地(ヨーロッパ東部からロシア西部、東シベリア及びカナダ西部から米国北西部)で顕著な高温となりました。カナダ西部のリットン(Lytton)では、6月29日に日最高気温49.6℃を記録し、カナダにおける最高気温の記録を更新しました(カナダ気象局)。このほか、ロシアのモスクワでは6月23日に34.8℃、ロシア東部のビリュイスクでは6月22日に36.5℃、米国のオレゴン州ポートランドでは6月28日に46.7℃の日最高気温が観測されました(ロシア水文気象センター、米国海洋大気庁)。この顕著な高温は、北半球全体で偏西風の蛇行が大きくなったためであり、また、顕著な高温の背景には地球温暖化に伴う全球的な気温の上昇傾向も影響したと考えられます。

令和3年6月20日~ 29日における気象実況(分布図)

 その他、7月中旬にはヨーロッパ中部で、寒気を伴った上空の低気圧が停滞したことによる大雨による洪水が発生して大きな人的・経済的被害が生じました。7月下旬から8月中旬にはヨーロッパ南部を中心として、背の高い高気圧に覆われたこと等により顕著な高温となり、山火事の被害も発生しました。


(2)世界の天候データツール(ClimatView)

 気象庁では、世界各地で発生する異常気象等に関する気候情報の拡充を目的として、世界中の観測地点における最新の気象データ(気温・降水量)を収集し、気象庁ホームページの「世界の天候データツール(ClimatView)」を通じて公開しています。日別値と月統計値の2種類があり、ClimatView日別値では、世界各地の毎日の日平均気温、日最高・最低気温及び日降水量を準リアルタイムに知ることができます。また、ClimatView月統計値では、世界各地の月平均気温・降水量やそれらの平年値、平年差(比)、干ばつの状況把握に用いられる指数を確認できます。日別値、月統計値ともに、ツールの簡単な操作により、気温・降水量の地図上での分布図、時系列グラフや数値データの表が得られ、数値データはテキスト形式でダウンロードすることもできます。

ClimatView で閲覧可能な気象要素

 ここで、前述の令和3年6月下旬にカナダ西部から米国北西部で見られた顕著な高温に関連する気象状況を、ClimatView日別値を用いて見てみます。令和3年6月29日の日最高気温(左図)は、北米西部を中心にかなり高く、カナダ西部から米国北西部では最高気温が40℃以上の地点も見られ、広く高温となっています。また、気温の時系列(右図)より、カナダ西部のリットン(Lytton)では6月21日以降、日平均気温が平年より高い状態が続き、6月29日には日最高気温が49.6℃に達したことが分かります。

気温の分布図

CSVファイル[2KB]


気温の時系列

 海外の気象データは、世界各地で活躍している邦人や日本企業にも役立つ情報であり、本ツールが、気温と農産物の生産量との関係等、リスク管理技術の調査に利用された例も存在します。気象庁が推進する「気象ビジネス市場の創出・拡大」の取組の一環として、本ツールがビジネス分野でもさらに有効活用されることが期待されます。


(3)WMO「アジアの気候2020」刊行

 地球温暖化に伴う気候変動は世界規模の課題ですが、その影響の現れ方は地域によって異なります。世界気象機関(WMO)では、今般、アジアにおいて初めて、令和2年(2020年)を対象とした報告書「アジアの気候2020」(State of the Climate in Asia 2020)を作成し、令和3年(2021年)10月26日に刊行しました。報告書の作成には、気象庁を含むアジア各国の気象機関に加えて、国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)、国連食糧農業機関(FAO)、国連高等難民弁務官事務所(UNHCR)等の国際機関や研究機関も参画しました。気象庁は、前述の機関の専門家からなる報告書作成チームを主導するなど、報告書作成に大きく貢献しました。

 この報告書は、令和2年(2020年)のアジア地域の気候の特徴や発生した異常気象とその社会的影響がまとめられています。アジア地域で平均した令和2年(2020年)の年平均気温は1900年からの統計開始以降で最も高く、同年6月20日にはロシアのベルホヤンスクで最高気温が38.0℃に達し北極圏内での最高気温の記録を更新しました。この年の北極海の海氷域面積の年最小値は、人工衛星による観測が行われている昭和54年(1979年)以降で2番目に小さいものでした。また、夏季モンスーンの時期には、東アジアでの顕著な長雨と南アジアでの大雨が発生し、洪水と土砂崩れによって大きな社会経済的な影響がもたらされました。この年に起きた洪水と嵐により、約5,000万人が影響を受け、約5,000人が亡くなったと見積もられています。新型コロナウイルス感染症は防災対応を複雑化し、各国はパンデミックと気候関連の災害の二つの困難に直面しました。例えば、観測史上最も強い部類のサイクロン・アンファンが、新型コロナウイルス感染症の感染が急速に広がっていた令和2年(2020年)5月にバングラデシュとインドの人口密集域に影響し、このために対応がより困難となったと報告されています。

 地域ごとの気候に関する報告書はアジア以外の地域でも進められました。その取組の成果が気候変動対策に活かされるよう、令和3年(2021年)秋に開催された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第26回締約国会議(COP 26、英国・グラスゴーで開催)の場で対話イベントやポスターセッションが開かれました。そこでは報告書の概要が報告され、COP26に参加していた各国の交渉官らと活発な質疑応答が行われました。

 気候変動や異常気象に対応し、その影響を軽減するためには、気象機関だけではなく様々な国際機関との協力が必要です。この報告書の作成の過程自体が、そうした機関間の協力の一つの成果と考えられます。こうした関係を深めていけるよう、気象庁は今後も「アジアの気候」の作成に貢献していきます。


トピックスⅢ-3 季節予報の精度向上に資する技術開発・研究

(1)新しい大気海洋結合モデル(第3世代)の運用開始

 「大気海洋結合モデル」とは、海洋変動に対する大気の応答や大気の流れが海洋に与える影響などの大気と海洋の相互作用を組み込んだ計算モデルであり、令和3年(2021年)にノーベル物理学賞を受賞された眞鍋淑郎博士によって開発されました。大気海洋結合モデルは、その後多くの専門家によって改良が続けられ、近年の計算機技術の目覚ましい進展もあって、今世紀に入ってからは、人為的な温室効果ガスの増加に伴う数十年から百年規模の気候変動ばかりでなく、我が国の気候に大きな影響を与えるエルニーニョ現象等の数か月から数年規模の自然現象の予測にも利用されています。

 気象庁では、平成22年(2010年)2月より、エルニーニョ現象の予測や3か月以上先を予測する季節予報の作成に大気海洋結合モデルを利用しています。このたび、約6年ぶりとなる更新を行い、令和4年(2022年)2月以降に発表するエルニーニョ監視速報、3か月予報と暖・寒候期予報から、第3世代となる新しい大気海洋結合モデルの利用を開始しました。新しい大気海洋結合モデルでは、エルニーニョ現象をはじめとする大気と海洋の変動の予測精度を改善しています。

大気海洋結合モデルによる季節予報の予測精度

 新しい大気海洋結合モデル(第3世代)では、表に示すように、これまでの大気海洋結合モデル(第2世代)に比べて、水平解像度を高解像度化し鉛直層数も増強しました。また、初期条件作成に使われる大気データとその手法を高度化したほか、積乱雲の発生・発達の計算過程等についても精緻化することによって、大気と海洋の相互作用をきめ細かく計算することが可能となり、季節現象に大きな影響を及ぼす赤道季節内振動や熱帯域の海面水温の変動などの再現性が向上し、3か月予報や暖・寒候期予報、エルニーニョ現象の予測精度が向上しました。

 これらの改善に加え、これまでの5日に1回の実行から毎日実行する運用に変更することで、より新しい時刻での大気と海洋の初期条件を、3か月予報や暖・寒候期予報、エルニーニョ予測の作成に活用できるようになりました。

 今後、季節予報が、農業等における気候リスクの軽減や、消費・販売が気象・気候の影響を受ける製品の生産・流通計画の最適化など、社会経済活動により一層活用されることが期待されます。気象庁では、平成30年(2018年)に策定した「2030年に向けた数値予報技術開発重点計画」に基づき数値予報の技術開発を推進しています。令和12年(2030年)に向けて、大気海洋結合モデルで予測する長期の予測を社会経済活動でも活用していただけるよう、更なる改良を進めていきます。

大気海洋結合モデルの仕様比較

(2)夏季アジアモンスーンの長期予測に向けて

 毎年夏季(6月から8月)に、インド洋や西太平洋などに面した南アジア、東南アジア、東アジアに及ぶ広い地域には、夏季アジアモンスーンと呼ばれる季節風が吹きます。この季節風の変動は、雨や気温に年々の変動を引き起こし、人間の営みに大きな影響を与えることから、これを予測することはとても重要です。このため、気象庁では平成22年(2010年)に大気と海洋の変化を同時に予測する「大気海洋結合モデル」を季節予報に導入し、夏季アジアモンスーンの予測精度向上に取り組んできました。

 この取組の一環として、気象研究所と東京大学の共同研究チームは、気象庁の季節予報モデルを用いて大規模なアンサンブル計算(多数のシミュレーション計算)を行い、従来の予報期間を大幅に超える1年先の夏季アジアモンスーンの活動が再現できることを実証しました(下図)。エルニーニョ現象が発生した冬の翌夏には、熱帯インド洋の海面水温が高くなります。これによって、熱帯北西太平洋の洋上では、対流活動が平年より弱まり、フィリピン付近の海面気圧が高くなります。大気と海洋のこうした変動は、北西太平洋域の夏の台風活動や、南アジアと東南アジア域における高温や長江域の多雨などに関係しています。このように、本研究は観測された変動をモデルが再現できることを示しました。この研究成果は、季節予報の更なる精度向上の可能性を示すものであり、国際的な学術誌のNature Communications誌に掲載されて学術界で注目されました。農業や水資源管理分野における季節予報の活用等、今後の応用研究の発展も期待されます。

夏季アジアモンスーンの活動のシミュレーション結果
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