特集 静止気象衛星「ひまわり」の歩み

1 静止気象衛星「ひまわり」の誕生

 気象衛星「ひまわり」は40年以上にわたり、私たちを見守ってきました。「ひまわり」の連続画像は、私たちに天気の変化を非常に分かりやすく見せてくれる、とても身近な気象情報です。同じ領域を途切れなく、高頻度で観測し続けられるのは、「ひまわり」が赤道上空約35,800キロメートルで、地球の自転と同じ周期で地球の周りを回っているためです。今では当たり前の静止気象衛星「ひまわり」ですが、「ひまわり」初号機の運用開始より前の、気象衛星の計画の初期の段階では地球を南北に周回する衛星で、日本付近は1日2回しか観測できない極軌道衛星が検討されており、静止衛星ではありませんでした。ここでは静止気象衛星「ひまわり」が誕生するに至った背景から、「ひまわり7号」までの歴代の「ひまわり」たちのことを振り返ってみたいと思います。


(1)「ひまわり」初号機の打上げまで ~ 一大プロジェクトのスタート ~

 気象庁で、日本の宇宙開発の一環としての気象衛星に関連した計画が正式に話題になったのは、昭和40年(1965年)でした。そして、気象衛星計画が初公開されたのは昭和42年(1967年)で、このとき計画された衛星は気象衛星I型(気象観測用)、気象衛星II型(地上の気象観測のデータ収集用)の2つの極軌道衛星でした。一方、世界気象機関(WMO)の世界気象監視(WWW)計画のもとに進められていた地球大気開発計画(GARP)でも、昭和43年(1968年)に世界気象衛星観測システムが示されました。世界も、日本が西太平洋に静止気象衛星を打ち上げてくれるという期待のもとに計画を練っていたのです。このような背景から、気象庁は昭和45年(1970年)3月12日に「気象衛星計画(45.3.12)」を策定して静止気象衛星を検討することを明確化し、その後のGARP計画会議(3月16日から20日)で意思表明をしました。ここから、気象庁開設以来の一大プロジェクトがスタートしました。

世界気象衛星観測システム

 衛星の技術的な検討では、気象庁は昭和45年7月に「第1号静止気象衛星の概要(暫定案)」を作成しました。当時、職員の手によって描かれた静止気象衛星(暫定案)の外観図を示します。その後、昭和48年(1973年)に気象庁は宇宙開発事業団(現国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)に衛星の開発を依頼しました。「ひまわり」の開発における宇宙開発事業団との協力関係は「ひまわり5号」まで続きましたが、この間の「ひまわり」は図に示した職員による外観図に近いもので、円筒の形状をしており、「こま」のように回転させて姿勢を安定させるタイプ(スピン型衛星)でした。

静止気象衛星(暫定案)の外観図

 静止気象衛星の運用には衛星製造や打上げだけでなく、地上処理システムが必要です。地上システムについては、昭和51年(1976年)に衛星からのデータを受信する施設を埼玉県鳩山町(気象衛星通信所)に、データ処理センターを東京都清瀬市(気象衛星センター)に設置しました。またスピン型衛星は、宇宙空間の衛星位置を正確に測るための地上施設(測距局)が3地点必要で、気象衛星通信所(鳩山町)の他の2地点については、設置のため外国や外務省との調整が必要でした。まずオーストラリア政府の協力を得て首都キャンベラにほど近いオローラル・バレーへの設置が昭和49年(1974年)に事実上決定しました(公文の締結は昭和52年(1977年)7月7日)。もう1地点は、タイとの交渉を長く続けていましたが難航したため昭和50年(1975年)に断念し、石垣島へ設置することになりました。そして全て準備が整った昭和52年7月14日に、日本で初めての静止気象衛星「ひまわり」が米国から打ち上げられました。気象庁が「気象衛星計画(45.3.12)」を策定して静止気象衛星を検討することを明確化してから、わずか7年4か月後のことでした。


(2)「ひまわり」が見せてくれたもの ~ 雲 ~

「ひまわり」が見せてくれる画像は、人の目で見える可視光線を捉え撮像した可視画像と、可視光線より波長が長い赤外線を捉え撮像した赤外画像です。衛星観測機能の向上に伴い観測の種類と頻度が増えていますが、「ひまわり」が可視光線と赤外線を観測していることは、初号機から現行の8号・9号に至るまで変わりません。

「ひまわり」が捉えた最初の台風

「ひまわり」初号機は昭和53年(1978年)4月6日に本格的な観測を開始しました。初号機は可視1種類、赤外1種類で、フルディスク(全観測対象領域)を3時間に1回観測していました。現行の8号・9号と比較すると貧弱かもしれませんが、初号機の観測以前は見ることができなかった、南半球も含む広範囲の空からの雲の写真を3時間ごとに見ることができるようになった変化は、画期的なものでした。それは昭和34年(1959年)頃に一般家庭に白黒テレビが普及し、突如映像が日常化したときの変化に似ているかもしれません。初号機が本格的な観測を開始してから13日後の、4月19日3時(日本時間)に台風第2号(OLIVE)が発生しました。そのときの初号機の赤外画像は、日本の静止気象衛星が初めて捉えた台風の雲の写真になりました。


(3)「ひまわり」が見せてくれたもの ~ 水蒸気 ~

 「ひまわり5号」では、水蒸気に感度のある赤外域(6.5から7.0マイクロメートルの波長の赤外線)の観測が新たに追加されました。その画像は水蒸気画像と呼ばれ、これにより大気中の水蒸気が可視化され、上・中層の大気の流れを把握できるようになりました。図は「ひまわり5号」の運用開始日時である平成7年(1995年)6月21日9時(日本時間)の水蒸気画像です。水蒸気画像の追加により、雲になる以前の、水蒸気の流れを見ることができるようになりました。

水蒸気画像

(4)「ひまわり7号」までを振り返って

 気象庁が誕生して以来の一大プロジェクトとなった静止気象衛星「ひまわり」ですが、初号機から「ひまわり7号」に至るまで、少しずつ進化を重ねながら西太平洋の絶え間ない観測を継続し、WWW計画における自らの役割を着実に果たしてきました。しかしそれは決して楽な道のりではありませんでした。

 昭和56年(1981年)8月に打ち上げられた「ひまわり2号」は、昭和58年(1983年)11月に観測機器に不具合が発生し、観測できないケースがしばしば発生するようになりました。このため昭和59年(1984年)1月に運用を中止し、一時的に「ひまわり」初号機による観測に戻すことを行いました。同年6月に再度「ひまわり2号」による観測に戻しましたが、台風が日本付近に接近していない時は観測頻度を減らした6時間ごとの観測を行う運用にし、気象衛星による観測を途絶えさせない取組を行いました。不具合を抱えた「ひまわり2号」は短命となり、実質的な運用期間は約2年でした。

 また、「ひまわり5号」の後継機は、気象観測の機能と航空管制の機能を併せ持つ運輸多目的衛星(MTSAT)として運用するはずでしたが、ロケットの不具合により打上げに失敗しました。気象庁は「ひまわり5号」の延命を行いつつ米国政府と調整を重ね、平成15年(2003年)5月から「ひまわり6号」の運用が開始される平成17年(2005年)6月までの約2年間、米国の静止気象衛星「GOES-9」による観測を行いました。これにより、西太平洋の気象衛星観測の中断の危機を回避することができました。

 「ひまわり6号」と「ひまわり7号」は、打上げ失敗となった衛星と同じ運輸多目的衛星ですが、この衛星には姿勢安定に三軸制御方式が導入され、衛星を回転させる必要がなくなりました。このため衛星の正確な位置決定のために必要だった3つの測距局は、「ひまわり5号」とともにその役割を終えました。そして「ひまわり7号」は平成27年(2015年)7月7日に、今までにない大きな進化を遂げた「ひまわり8号」に西太平洋の観測を託しました。

静止気象衛星「ひまわり」の進化

コラム

■ひまわり5号後継機の打上げ失敗

吉永 泰祐

気象予報士(元気象庁気象衛星室課長補佐)

吉永 泰祐

 平成11年(1999年)11月15日のひまわり5号(以下「5号」という。)の後継衛星の打上げ失敗により気象庁の衛星業務は多くの試練に直面した。打上げ失敗時点で5号は運用開始から5年の設計寿命を経過していたため、次期衛星の運用開始までさらに5年間程度の運用を継続するのは困難であった。主な困難は、軌道や姿勢の制御用燃料の枯渇、観測場所を決めるためにカメラの前にある鏡の制御装置の劣化である。

 残燃料節約のため軌道の南北制御を止めた。このため5号は東経140度上の静止位置から徐々に南北にずれ始める。雲画像を受信するために利用者はアンテナを衛星に向けるのだが、その先にあるはずの衛星がずれて画像が受信できにくくなるのである。

 画像撮影にも問題が出てくる。スピン衛星である5号は、雲画像を撮影するために北極から南極までを2,500ステップでカメラの前の鏡を動かし、南端まで行ったときには次の観測のため北端に戻す必要がある。このような動きを1時間ごとに5年間行ってきたので、南側には潤滑剤の偏りが発生し、鏡がいつこの偏った潤滑剤に乗り上げて動かなくなるか分からない状況となった。これを回避するために南氷洋以南は撮影をあきらめざるを得なくなり、さらに平成13年(2001年)からは画像の欠ける範囲を徐々に拡大していった。さらには南半球の撮影を毎時間から3時間ごとに減らすこととなった。

 衛星を製造した宇宙開発事業団と気象庁は衛星の状態について毎月打合せを行い、事業団からは「まだ大丈夫」という報告を受けていたが、気象庁としてはダメになる前に何らかの手を打つ必要があり、様々な選択肢について検討を重ねていた。

 平成13年6月、気象庁長官からの指示で、米国の静止気象衛星の軌道上予備機を活用してバックアップする交渉を行うこととなった。これには次のような様々な課題がある。

 ①米国政府の財産を利用するとして政府間の協定の締結と経費の支払い手続き

 ②技術的に、どの衛星をどこからどこまでどうやって動かすのか

 ③その衛星を誰がどこからコントロールするのか

 ④その衛星で撮影した雲画像をどのようにして日本、アジア諸国で見るのか

 このうち①は運輸省・気象庁の高官の努力で日米両政府間で交換公文を締結して解決した。私たちは②以下の技術的な問題に対処することとなった。

 米国から運用終了後も東太平洋上空にあってまだ使えるGOES9号ならバックアップに活用可能との連絡があった。制御用アンテナはアラスカにある極軌道衛星用のものを日本の経費で改修して使うことになった。難問は、GOESの雲画像のデータ形式が5号のものとは違い、そのままでは「画像が見えない」ことである。各国の約千局のユーザーがそのままでGOESの雲画像を見られる必要がある。このため気象衛星センターにGOES受信アンテナを設置し、雲画像を入手。それを5号のデータ形式に変換して5号に送信し、5号からユーザー向けに雲画像を放送することにした。データ形式変換に要する時間分、いつもより早くGOESは観測を開始する必要がある。GOESのバックアップは平成15年(2003年)5月から開始された。このような複雑な衛星運用は運輸多目的衛星新1号が運用を開始した平成17年(2005年)7月まで続けられた。

 打上げ失敗に伴う後処理のうち私が一番苦労したのは、打上げ費用の支払いをどう決着させるかだった。打上げ契約書には失敗したときの費用の支払いについて明文の規定がなかったので、打上げた宇宙開発事業団との支払い交渉は難航した。契約書では、記載がない事項で話し合いで解決できない場合は東京地方裁判所で調停により解決するとあり、宇宙開発事業団が東京地裁に調停を申し立てた。この場合、相手方となった我々は「国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律」に基づき、法務大臣の指揮下に入り、法務省の訴務検事とともに調停に臨んだ。7回目の調停の席で裁判官は「ロケットは完成したが、打上げ役務は完了しなかったので、国はそれに応じた費用を支払う。」という見解を提示した。双方がこれを受け入れ調停が成立したので、これに基づき支払い、顛末を国民のみなさまへ説明した。


 一方のGOESに関して私が苦労したのは、GOES9号の運用開始直後の平成15年6月16日に新聞に「ゴーズ危篤」、NASA報告書「余命一日かも」という記事が掲載されたことだった。同紙は5月21日にも「装置障害で寿命寸前…」という記事を掲載していた。これはNASAが発表した公式見解「別の衛星で同じ形式の姿勢制御装置に不具合が発生しているが、この機体については十分な期間運用を継続できる見込み。……別の衛星の経験によれば姿勢制御装置の性能は今後よくなることはなく、時間とともに劣化し続けるだろう」の後半のみを引用したものである。この記事を読んだ様々な方から質問が相次いだが、気象庁は、「運用予定期間中は大丈夫」という説明を繰り返し行ってきた。事実その通り運用を全うできて良かったと思っている。

 気象衛星室課長補佐の4年間は、やっていたことが新聞のスクラップや出演したテレビの録画でたどれるほど世間の関心が高く、緊張した日々であった。特に思い出すのは平成15年10月10日のウオールストリートジャーナルに取り上げられたことと、平成13年12月10日号の

「ゴルゴ13」のテーマになったことであった。引退した今思うと当時が最も輝いていたころであった。


2 ひまわり8号・9号

(1)大幅に向上した観測性能

 平成26年(2014年)10月7日に打ち上げ、平成27年(2015年)7月7日から運用を開始した「ひまわり8号」は、平成28年(2016年)に打ち上げた「ひまわり9号」との二機体制により、令和11年度(2029年度)頃まで安定した観測を継続する予定です。世界最先端の観測機能を持つ「ひまわり8号・9号」は、それまでの「ひまわり」に比べて観測性能が格段に向上しました。解像度が可視1キロメートル・赤外4キロメートルから可視0.5キロメートル・赤外2キロメートルに、全球観測が1時間ごとから10分ごとに、観測バンド(波長帯)数が5(可視1、赤外4)から16(可視3、近赤外3、赤外10)となったことに加え、2.5分ごとの日本域観測、さらには台風や火山の噴煙など必要に応じて場所を決めて2.5分ごとに観測を行う機動観測が可能となりました。テレビの天気予報コーナーなどで見られる衛星画像の動画が以前に比べてなめらかに見えるようになったのは、この高頻度化によるものです。

「ひまわり8 号・9 号」の観測性能

(2)観測性能の向上がもたらした様々な効果

 以前に比べて高い頻度で、高い解像度で、多くのバンド(波長帯)で観測できるため、これまでに捉えられなかった現象も捉えることが可能になりました。航空機の運航などに影響を及ぼす積乱雲の急発達を検出できるようになったほか、日本域の日照時間も算出できるようになりました。また、複数のバンドによる観測を組み合わせることにより、黄砂や火山灰、流氷の分布、海面水温などを詳細に把握できるようになりました。

 気象庁では、「ひまわり」のデータを使って雲や台風の解析などを行うほか、連続した複数枚の観測画像から雲が移動する様子を解析することで上空の風(風向・風速)を算出しています。この風のデータは、海上のように地上の観測所が存在しない地域を含む広い範囲で算出されるため、特に数値予報の精度向上のためになくてはならないデータとなっています。大幅に観測能力が向上した「ひまわり8号・9号」は、気象監視能力を向上させるとともに、数値予報の精度向上にも大きな役割を果たしています。

「ひまわり」による令和元年東日本台風の監視

 「ひまわり」のデータは、気象業務のみならず、多様な産業分野でも活用されるようになりました。例えば、「ひまわり」のデータから算出した海面水温や海色の情報は水産業に、日照時間は農業や太陽光発電などの電力業界に利用されています。今後も多種多様なデータと組み合わせた、「ひまわり」データの一層の利活用が期待されます。

「ひまわり8 号・9 号」データの利活用例

(3)国際貢献

 「ひまわり」データの利活用は国内にとどまらず、海外でも広く利用されています。「ひまわり」の観測範囲内の多くの国と地域がそのデータを利用しており、諸外国における気象災害リスクの軽減に貢献しています。さらに、各国の防災に一層貢献するため、平成30年(2018年)からは、「ひまわり」の観測機能の一部を使って、各国気象機関からの要請(リクエスト)に応じて、我が国の台風監視等に支障のない範囲で1,000キロメートル四方を2.5分ごとに観測する高頻度機動観測「ひまわりリクエスト」を実施しています。

「ひまわり」のデータを利用している国と地域

「ひまわりリクエスト」の観測例

コラム

■みんなで使うひまわりのデータ

沖 理子

国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構

第一宇宙技術部門 地球観測研究センター長

沖 理子

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、ひまわり8号が正式運用を開始した平成27年(2015年)7月の直後の8月より、「JAXAひまわりモニタ」を一般公開しています。位置づけとしては研究・教育目的のデータ提供サイトの一つですが、大きな特徴は、ひまわりのRGB画像のみならず、JAXAの有する地球観測衛星データ処理技術、特に気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)搭載の多波長光学放射計(SGLI)用の各物理量アルゴリズムをひまわりデータに適用して作成した、JAXA独自のプロダクト(海面水温・クロロフィルa濃度・エアロゾル特性・雲特性・林野火災等)やひまわりデータを同化したモデル出力を公開していることです。海面水温とエアロゾル特性のアルゴリズムは気象庁に提供され、現業利用されています。ユーザーは登録後にFTPでひまわり標準データと共にダウンロードが可能です。

 以前のひまわりよりも格段に時間空間分解能が向上した効果が高く、国内では特に海面水温やクロロフィルa濃度プロダクトの水産分野での利用が進んでいます。JAXAの公開プロダクトは、和歌山県や鹿児島県等の各県水産試験場で地域に特化した画像として漁業者向けにインターネット公開されるなど、現業での利用促進に貢献しており、この例のみならずひまわりデータの社会インフラとしての定着は一層進むことと思われます。

JAXA ひまわりモニタで公開しているひまわりのデータから作成した海面水温データ

 またJAXAひまわりモニタは日本語と英語の両方に対応しており、登録ユーザーは約4割が国内、残り6割が海外からで、公開当初から海外での普及度が高くなっています。中でも中国やインドネシア、オーストラリアなど東南アジアやオセアニア地域の気象機関・大学等のユーザーが多く、ひまわりが国際的にも評価され有効に活用されていることが分かります。

 JAXAひまわりモニタ

 https://www.eorc.jaxa.jp/ptree/index_j.html


3 「ひまわり10号」の整備に向けて

(1)大気の状態を常に・広範囲に・立体的に捉えるために ~豪雨の予測精度向上に向けて~

 現行の「ひまわり8号・9号」は令和11年(2029年)に設計寿命を迎えることから、宇宙からの気象観測体制を切れ目なく維持していくために、令和10年度(2028年度)にはその後継衛星となる「ひまわり10号」を打ち上げる必要があります。令和2年(2020年)に閣議決定された我が国の宇宙基本計画でも、「ひまわり8号・9号」の後継の静止気象衛星は、遅くとも令和5年度(2023年度)までに製造に着手し、令和11年度(2029年度)頃に運用を開始することとしています。

 その一方、近年は、台風のみならず線状降水帯に伴う集中豪雨など極端な気象現象が顕著に現れるようになっています。これらの現象を監視・予測する技術を高め、早期の避難などにつながる情報を提供していくため、大気中の水蒸気などを、立体的に観測することへの期待が高まっています。このため、近年、衛星からの大気の立体観測が可能となる最新の観測センサ「ハイパースペクトル赤外サウンダ」(以下「サウンダ」という。)が世界的に注目されています。

 静止衛星である「ひまわり」は、日本を含む西太平洋を広く常時監視できるため、サウンダを「ひまわり」に搭載できれば、大気の状態を常に・広範囲に・立体的に観測することができるようになります。これにより、台風や線状降水帯などの顕著な現象をはじめとする気象現象の監視・予測技術が飛躍的に向上し、早い段階で災害が発生するリスクの高い地域を的確に絞った情報を提供することが可能となります。また、公共交通機関の計画運休など事前の対策を執るべき地域を現在より絞ることができるため、経済損失を大幅に低減することも期待されます。

 サウンダ導入の動きは、諸外国も同様です。世界気象機関(WMO)は静止気象衛星への搭載が望ましい観測センサとしてサウンダを挙げており、また、令和2年には、各国の気象衛星運用機関が集う気象衛星調整会議(CGMS)において、地球を取り囲む形で各国の静止気象衛星がサウンダによる観測を行うこと(GeoRing)が重点計画に盛り込まれました。中国は既に現在の静止気象衛星にサウンダを搭載済みで、欧州や米国でも次世代の静止気象衛星への搭載が計画されています。

 サウンダは、線状降水帯や台風の予測精度向上のための切り札です。気象庁は、「ひまわり10号」へのサウンダの搭載に関する技術的予備調査や期待される効果の検証などを進めています。


(2)気象衛星「ひまわり」から、みんなの「ひまわり」へ ~幅広い分野での更なる利活用~

 次期気象衛星「ひまわり10号」がもたらす最先端のデータやそれを用いた高精度の気象データは、AI(人工知能)を活用したビッグデータ利用技術や情報通信技術のさらなる進展と合わせて、エネルギー産業、農業、水産業、小売業など様々な分野や研究分野において、これまで以上に大きく貢献することが見込まれます。加えて、日本を常時監視可能な東経140.7度の静止軌道上にあるという強みを活かし、気象観測のみならず、他分野での活用を目的とした機能を「ひまわり」に搭載することで、政府や産業界、学術界の多様なニーズに応えることができます。気象庁は、関係府省や産業界、学術界の「ひまわり」に対するニーズを把握して、それらニーズに対応できるよう「ひまわり10号」の機能やデータのユーザビリティについて検討を進めています。

 気象庁は、気象業務の更なる推進のために欠かせないものとして、また、国民の共有の財産として、「ひまわり10号」の整備を進めていきます。

最新の観測センサ「サウンダ」がもたらす効果

サウンダの導入による台風進路予報の向上イメージ

幅広い分野での「ひまわり」の更なる利活用

コラム

■地球から宇宙へ広がる「ひまわり」の活躍

斉田 季実治

株式会社ヒンメル・コンサルティング代表取締役

一般社団法人ABLab宇宙天気プロジェクトマネージャ 気象予報士

斉田 季実治

 テレビや新聞で毎日のように見ている静止気象衛星「ひまわり」の雲画像ですが、初号機の運用開始は昭和53年(1978年)で、私が3歳になる頃でした。雨や雪を降らせるのは雲、太陽からの日ざしを遮るのも雲であり、天気を決める最も重要な要素は「雲」であることは誰もが知ることだと思いますが、私が生まれたときには他国の気象衛星から雲画像データの一部を得ていた状況だったのです。

 「ひまわり」の運用開始から40年以上が経ちました。観測機能の強化に伴って、予測の精度も向上し、「ひまわり」は現在の天気予報にはなくてはならない存在になっています。連続した雲画像から雲が移動する様子が分かるため、上空の風向きや風の強さも知ることができます。この風のデータは、アメダス(地域気象観測システム)やウィンドプロファイラといった観測機器がない海の上を含めて広い範囲で得ることができるため、台風の進路予報にも極めて重要な役割を担っています。

 また、現在の「ひまわり8号・9号」はカラー画像になったため、黄砂や火山の噴煙等を識別しやすくなったほか、ことし1月7日に関東平野で雪が積もったとき(下図)には、時間の経過とともに雪が解けていく様子も「ひまわり」から詳細に見ることができました。平成28年(2016年)3月から気象庁が情報提供を開始した「推計気象分布」にも「ひまわり」のデータが使われていますが、毎正時の全国の天気(晴れ・くもり・雨・雪)が詳細に分かるため、テレビの天気予報でも頻繁に使われるようになっています。

ひまわり8 号から撮影した関東平野の積雪(令和4 年(2022 年)1 月7 日)

 令和11年(2029年)をめどに運用が開始される次世代の後継機には、さらに高密度の観測など最新技術が導入される計画で、防災・減災に役立つことが期待されます。例えば、搭載が期待されている「赤外サウンダ」と呼ばれる技術は、気温や水蒸気などの大気の鉛直構造を観測することができます。大雨のもととなる水蒸気の量や分布が立体的にわかれば、台風や線状降水帯の予測精度の向上につながることが考えられます。

 さらに、この後継機は「地球の天気」だけでなく、「宇宙の天気」の観測にも利用する計画

となっています。宇宙天気とは、私たちの社会に対して影響を及ぼす宇宙環境の変化のことです。太陽の表面で大爆発が起きると、高速の太陽風や高エネルギー粒子が地球に降りそそぎ、人工衛星や通信、電力にも影響を及ぼすことがあります。また、民間の有人宇宙船の打上げが始まりましたが、宇宙旅行が本格化すれば、放射線による被ばくの問題もでてきます。令和3年(2021年)10月、国連防災機関(UNDRR)は宇宙天気を対処すべき災害の一つに位置づけました。我が国でも宇宙環境観測を強化し、宇宙天気予報の高度化が急がれています。

 人類の活動の範囲が広がれば、そこでの環境が人にとっての「天気」です。地球から宇宙へ、

「ひまわり」の活躍の場は、益々広がっていくことになるでしょう。


コラム

■報道からみた「ひまわり」の役割と将来への期待

藤本 真人

NHK報道局 災害・気象センター長

藤本 真人

 日々の天気予報や防災・減災報道に携わる私たちにとって、静止気象衛星「ひまわり」はとても身近で、なくてはならない存在です。出水期には梅雨前線や線状降水帯の発生状況など、上空の様子を目に見える形にすることで視聴者の理解を助けてくれます。台風の接近前には、雲の画像で強さや大きさを示すことで、あらかじめ警戒すべきポイントを伝えることができます。冬場には日本海側の地域に大雪をもたらす「JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)」といった、やや専門的な用語やメカニズムを解説する際にも頻繁に使用しています。衛星の観測技術の向上は、予報精度に直接かかわってくることから、後継機の開発に大いに期待しています。

 農業から宇宙開発まで、様々な産業での利活用が進んでいるところにも高い関心を持っています。産学官による分野を超えた連携は新しいサービスを生み、より安全で安心な暮らしの実現に役立つことでしょう。私たちも「ひまわり」がもたらす膨大なデータを、放送はもちろん、デジタルを含めたあらゆる媒体で発信する防災情報にどう生かしていくか、公共メディアとしてしっかりと考えていきます。

 新しい時代の静止気象衛星を「みんなのひまわり」として受け入れてもらうための国民的な議論の場をつくっていくことも大切です。ネットを利用したイベントの開催や、教育現場で子供たちといっしょに活用法を考えるなど、将来的な価値を広く共有する機会を設けることで、「公共財」としての存在感を高めていく活動に、わたしたちも微力ながら力を尽くして参りたいと思います。


コラム

■静止衛星ひまわりのデータを活用した気候変動に対応する農業ソリューション

櫻庭 康人

株式会社天地人  代表取締役

櫻庭 康人

 近年、世界規模で気候変動への影響が顕在化し、その対応が様々な産業で求められています。株式会社天地人は、地球観測衛星データや地上データを活用した、土地評価エンジン「天地人コンパス」を提供することで、農業・不動産など様々な産業を支援しているJAXA認定のスタートアップです。天地人コンパスは、農作物に最適な場所を探したり、最適な栽培方法を提案・支援することで、土地のポテンシャルを最大限に活かすための分析・評価サービスです。

 天地人では、株式会社神明や株式会社笑農和との協力のもと、温度や日射量といった気象条件の分析による高収量の見込める土地の探索や、分析した気象条件に応じた水温管理の自動化のような宇宙技術を活用した「宇宙ビッグデータ米」の栽培に成功しました。活用した様々な人工衛星のうちの一つに「ひまわり8号」があります。日本全国をカバーするひまわり8号由来の日射量データは農業分野において、極めて有効なデータとなります。そして、もう一つ重要なのが水温(地面の温度)です。温度は熱赤外という観測情報から生成されます。初回の宇宙ビッグデータ米では、このデータを低軌道の地球観測衛星から取得していましたが、実はここでも「ひまわり

8号」の活用の可能性があります。

 天地人では、NEDOの研究開発型スタートアップ支援事業「SBIR推進プログラム」にて、

「ひまわり8号」由来の地表面温度プロダクトの開発を行っています。地球周回衛星で課題となる観測頻度が少なく観測時間も限られるという点は、静止衛星を活用することで劇的に進歩させることができます。静止衛星による気象観測は、農業をはじめとする第一次産業で実用レベルのサービスを展開するために必要不可欠な存在です。

 今後、民間での研究開発がより進み、静止衛星ひまわりのデータを活用したサービス開発の事例がより多く創出されると予測されます。天地人は、そのトップランナーとして高い技術力とビジネスセンスで、社会課題の解決に貢献していたいと考えています。


コラム

■グローバルな宇宙観測システムの一端を担うひまわり

Kenneth Holmlund

WMO宇宙システム・利用課長

Kenneth Holmlund

 近年、世界経済フォーラム(WEF)は、人類にとって最も影響の度合いが大きく、最も可能性の高い世界的なリスクとして、異常気象、自然災害、気候変動を挙げており、これらの異常気象等に関する社会経済的影響・コストは上昇し続けています。これらの課題に対応するためには、持続可能な開発目標(SDGs)、仙台防災枠組、パリ協定などの多くの枠組みを通して、世界各国が一体となって取り組むことが必要で、世界気象機関(WMO)は大きな役割を果たしています。

 現在のグローバルな課題には、宇宙と地上からの観測・予測を世界規模で大幅にアップグレードすることが必要です。WMO統合全球観測システム(WIGOS)は、全てのWMO観測システムに対する新しい包括的なフレームワークであり、最新の科学的・技術的進歩を組み込んだ観測に対する統合的なアプローチを提供しています。2040年におけるWIGOSのビジョン*は、今後数十年にわたって全球観測システムの進化を促すためのハイレベルな目標を示しています。このビジョンでは、将来の社会的ニーズを満たすため必要なこととして、現在の衛星観測網を基幹とする

こと、新しい観測要素や観測機能を有する衛星を現業利用のために打ち上げていくこと、官に限らず産業界及び学術界も関与することを掲げています。宇宙空間上の気象測器としては、静止軌道上の少なくとも5つの場所にあるイメージャのような、実証済みの測器を維持し続けるとともに、大気を立体的に観測する赤外サウンダの配置も想定しています。

 現在の静止気象衛星ひまわりと、ひまわりに搭載されている可視赤外放射計(イメージャ)AHIは、現在のWIGOSの実現に当たって重要な貢献をしており、今後もそうあり続けるでしょう。WIGOSビジョンで想定されているように、将来の静止衛星でもイメージャによる高品質な観測を継続するだけでなく、赤外サウンダの機能を備えることも極めて重要です。そしてここでも、将来のひまわりがWIGOSで中心的な役割を果たすことができるはずです。

 もう一つの重要な側面は、観測データへのアクセスです。気象庁が行っている通信衛星を利用

したデータ配信サービス「ひまわりキャスト」を通じて、ユーザーはほぼリアルタイムで観測データへ簡単にアクセスできるため、そこから大きな恩恵を得ています。WMOと気象庁は、「ひまわりキャスト」の受信・表示システムの設置や、受信したひまわりデータの利活用に係る研修を提供するなど、途上国への支援に協力しています。2022年1月15日のフンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山の噴火により、トンガでは業務で利用していたインターネットが使えない状況でも、「ひまわりキャスト」の受信・表示システムが継続的に気象業務に利用されたと聞いています。さらに、外国気象機関が観測したい領域をオンデマンド形式でリクエストすることができる、ひまわりの機動観測「ひまわりリクエスト」は、熱帯低気圧や火山噴火のような顕著現象に関する優れた知見を提供しています。

 最後に、ひまわりが地球全体の観測システムにおいて「鍵」となっていることを改めて述べさせていただきます。WMOは、WIGOSの実装に貢献した気象庁に感謝しています。そして、現在、そして将来もひまわりが活躍し続け、国際社会に貢献していくことを楽しみにしています。

* https://public.wmo.int/en/resources/library/vision-wmo-integrated-global-observing-system-2040

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