トピックス

Ⅰ 自然のシグナルをいち早く捉え、迅速にお伝えするために

トピックスⅠ-1 相次ぐ台風への対応

 平成30年(2018年)の台風の発生数は29個、日本への接近数は16個で、そのうち5個が上陸し、いずれも平年を上回りました。平成30年の台風の主な特徴は以下のとおりです。

○本土(北海道・本州・四国・九州)および沖縄・奄美への接近数はそれぞれ10個と13個で、ともに2位の多さ

○7個の台風が猛烈な強さ(最大風速毎秒54メートル以上)まで発達。台風の最大風速のデータがある1977年以降最多

○7月に上陸した台風第12号は三重県に上陸後、西日本を東から西に横断した初めての台風

○8月に9個の台風が発生。8月の発生数としては1960年と1966年の10個に次ぐ3位タイの多さ

○夏(6~8月)に18個の台風が発生。夏の発生数としては1994年と並び最多

○9月に上陸した台風第21号は1993年の第13号以来25年振りに非常に強い勢力で上陸した台風

 平成30年の台風第1号は1月3日09時に発生し、台風の統計を開始した昭和26年(1951年)以降、第1号の発生日時としては3番目に早い記録となりました。それ以降、平成30年に発生した29個の台風のうち、猛烈な強さまで発達した台風は7個で、台風の最大風速のデータがある1977年以降、1983年の6個を上回る最多記録となりました。猛烈な強さまで発達する台風が多くなったのは、台風が移動した海域の海面水温が高く、台風が発達しやすい環境であったことや、大気の上層と下層の風向・風速の差があまり大きくなく、台風の発達があまり抑制されなかったことなどによると考えられます。

 夏(6~8月)には18個の台風が発生し、夏の発生数としては1994年と並ぶ最多タイとなりました。そのうち、8月には9個の台風が発生し、8月の発生数としては3位タイの多さとなりました。熱帯域の海面水温が高いことに加えて、モンスーンによる強い南西風がインド洋からフィリピン東方まで流れ込み、その北側で太平洋高気圧の南側を吹く東風との間で反時計回りの流れができることで、台風の発生しやすい状況になっていたためと考えられます。また、北太平洋中・東部で偏西風の蛇行が大きく、南に蛇行した部分が切り離されて低気圧性の渦となって南下、西進し、この渦も台風の発生を促したと考えられます。

平成30年8月の台風発生位置と多く発生した理由

平成30年第12号の経路とその原因

 平成30年は多くの台風が日本に接近・上陸し、本土(北海道・本州・四国・九州)および沖縄・奄美への接近数はそれぞれ10個と13個で、ともに2位の多さとなりました。フィリピンの東で発生したあと北西に進んで沖縄・奄美付近を通って大陸に進んだ台風や、北西に進んだあと太平洋高気圧のまわりを回って北上し、日本付近を北東方向に進んだ台風が多かったため、台風の日本への接近数が多くなったと考えられます。

 平成30年に日本に上陸した最初の台風は第12号で、7月29日に三重県に上陸後、西日本を東から西に横断した初めての台風となりました。このような経路となったのは、太平洋高気圧と上層のチベット高気圧の張り出しにより台風の北上が抑えられたうえ、偏西風の蛇行で切り離された反時計回りの流れをもつ上空の渦が四国沖にあり、その北側を台風が東から西に進んだためです。

 9月4日に徳島県に上陸した台風第21号は、1993年の第13号以来25年振りに非常に強い勢力で上陸した台風となりました。台風第21号は四国や近畿地方を中心に暴風や高潮等による被害をもたらしました。その後、9月30日に和歌山県に上陸した台風第24号では、南西諸島及び西日本・東日本の太平洋側を中心に暴風となり、これに伴い塩害による被害も発生しました。

 今年の台風については第4部第1章も参照してください。


コラム

■記録的な暴風と高潮をもたらした平成30年台風第21号

 気象研究所では、平成30年台風第21号が近畿・四国地方を中心に記録的な暴風と高潮をもたらした要因を調査しました。その結果、9月4日に紀伊水道及び大阪湾の沿岸域で観測した記録的暴風は、台風を押し動かす全体的な風速が強かったことと台風がコンパクトな構造だったため、台風の進行方向右側に強い南風が局在したことが要因であることがわかりました(左下図)。また、同日に大阪湾北部で発生した記録的な高潮は、この強い南風によって海水が北部の沿岸に吹き寄せられて起こりました。一方、大阪湾南部では、風が弱まった後にこの海水が湾内を南に戻る「副振動」によって、再び大きな高潮となったことが明らかになりました(右下図)。

高度2キロメートル付近の風速分布

大阪湾における高潮の変化

コラム

■高潮予報とその利用

 台風が接近すると、暴風による「吹き寄せ効果」と気圧低下による「吸い上げ効果」などにより、高潮が発生します。高潮の予報は、要因となる台風や低気圧の強さと進路の予報誤差を考慮して高潮の規模や発生のタイミングをコンピューターが計算し、台風や低気圧の実際の推移等を踏まえて暴風や高波によって海岸に海水がどれくらい吹き寄せられるか、台風の接近に伴って海水がどれくらい吸い上げられるかを予報官が判断して発表されています。

名古屋の潮位観測

 平成30年(2018年)9月22日にマリアナ諸島近海で発生した台風第24号は、強い勢力を維持して伊勢湾の北を通過することが予想され、気象庁は伊勢湾台風接近時の最高潮位を上回る予想潮位4.1メートルとして記録的な高潮のおそれに対する警戒を呼びかけました。しかし実際には、台風は予想より南を通過し、沿岸部では暴風が吹きませんでした。このため「吹き寄せ効果」が効かず、名古屋港の最高潮位は2.2メートルと、予想よりも2メートル近く低くなりました。高潮を正確に予想するためには台風の進路や中心付近の気圧の変化、周りの風の細かな変化を精度よく予想することが重要です。

 海岸に近い所では高潮による浸水に備えて避難場所と避難経路を日頃から確認しておいてください。気象庁は、高潮が予想されるときには、高潮警報・注意報等を発表しますので、台風等の接近による大雨や暴風の始まる前に早めの行動をお願いします。


コラム

■台風予報の現状

 台風は一つ一つに個性があり、大きさや強さ・進路・雨雲や風の分布が台風によって異なります。個性を生む要因としては、台風周辺の大気や海洋などの環境がそれぞれ異なることが考えられます。

 気象庁では、台風の120時間先までの進路予報(予報円の中心と半径)、強度予報(中心気圧、最大風速、最大瞬間風速、暴風警戒域)を行っています。台風の進路予報の平均誤差は24時間後で約80キロメートル、48時間後で約150キロメートルです。この誤差を東京からの距離に例えると、80キロメートルは箱根町付近、150キロメートルは静岡市付近に相当します。台風の中心が東京、箱根、静岡のどこを通るかで、それぞれの場所で風や雨の様子が全く違うものになる可能性があります。

 台風の強度予報の精度もまだ十分ではありません。台風は、一般的には台風の進路にあたる海洋の表層水温が高ければ水蒸気が豊富に補給され発達します。台風の発達の仕組みは複雑で、現在の技術ではまだ正確な予報は困難なことが多いのが実情です。

 平成30年(2018年)8月3日に南鳥島近海で発生した台風第13号は、8月6日15時に発表した予報では、48時間後の8日15時には東経140度付近に達し、中心気圧970hPa、最大風速毎秒35メートルで、関東地方を北上する予想となりました。実際には、予報より50キロメートルほど東へずれて、千葉県外房沿岸から茨城県沿岸を北上しました。

 気象庁は7日夕方時点では関東地方に大雨を予想しましたが、台風が上陸しなかったことから、発達した雨雲が陸上にかからず、大雨とはなりませんでした。9日6時の関東地方付近の雨雲を見てみると、台風の中心(銚子市付近)から東側の海上に存在し、陸上には発達した雨雲がほとんどかかりませんでした。

 気象庁では、これら台風予報の誤差が大きくなった事例の分析等を進め、引き続き台風予報の精度を高める技術開発等の努力を重ねていきます。

平成30年台風第13号の進路予報(8月6日15時発表)

8月9日6時の関東地方付近の雨雲

トピックスⅠ-2 平成30年夏の記録的な高温

 平成30年(2018年)夏は、太平洋高気圧とチベット高気圧の張り出しがともに強く、晴れて気温が顕著に上昇する日が多かったため、東・西日本を中心に記録的な高温となりました。

 7月23日には熊谷(埼玉県)で、全国歴代1位となる日最高気温41.1℃を記録するなど、各地で40℃を超える気温が観測されました。猛暑日(日最高気温が35℃以上)となった地点も7月中旬以降急激に増加し、6~9月の猛暑日となった地点数の合計は、これまで最も多かった平成22年(2010年)を大幅に超えました。この記録的な高温を背景に、平成30年は、6~9月に全国で熱中症により救急搬送された人数の合計が平成22年以降で最も多くなりました(総務省消防庁による)。

予報官による記者会見の様子

平成30年6~9月に猛暑日となった地点数の積算の推移

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 このような状況の中、気象庁では、高温注意情報、高温に関する気象情報、高温に関する異常天候早期警戒情報など、高温に関する様々な情報を発表するとともに、7月13日と7月23日には、この記録的な高温と今後の見通しについて報道発表を行いました。この報道発表では、熱中症など健康管理に十分注意し、水分や適切な塩分補給などを心がけて欲しいこと、特に平成30年7月豪雨の被災地では、熱中症にかかるリスクがより高くなっていたことから、できる限りの対策を行って欲しいことをお伝えしました。

平成30年夏(6~ 8月)の平均気温平年差

 地球温暖化が進行する中、平成30年夏のようにこれまでに経験したことのない高温が、日本のどの地域でも発生しうると言えます。また将来地球温暖化が更に進行した場合、全国的に気温が上昇し、猛暑日のような極端に暑い日の日数が増加すると予測されています(気象庁「地球温暖化予測情報第9巻」)。気象庁では、今後も熱中症についての注意喚起に努め、適時的確な情報発表を行っていきます。


コラム

■地球温暖化が平成30年夏の高温に及ぼした影響

 発生した異常気象に対して地球温暖化などの要因がどの程度影響を与えていたかを定量的に示すことをイベント・アトリビューションと呼びます。特に地球温暖化の影響に注目する場合、最先端の気候モデルを用いて、現実の世界と、産業革命以降の地球温暖化が起こらなかったと仮定した世界の二つの世界をコンピューター上に作り出し、それぞれについて異常気象の発生確率を比較する、という手法を用います。平成30年(2018年)7月の猛暑について、この手法を適用して比較したところ、現実の世界では、このような猛暑の発生確率は約20%と見積もられましたが、地球温暖化が起こらなかったと仮定した世界では、その発生確率がほぼ0%となり、人間活動による地球温暖化がなければこのような猛暑は起こり得なかったことが示されました。現在、世界各地で発生する異常気象を取り上げてイベント・アトリビューションが実施されていますが、「地球温暖化が無ければほぼ起こらなかった」という事例が見られるようになったのはここ数年のことです。地球は温暖化の新しいステージに差し掛かっているのかもしれません。

平成30年7月の気温の発生確率

トピックスⅠ-3 相次ぐ被害地震

 平成30年(2018年)は、最大震度5弱以上を観測した地震が11回発生し、中でも最大震度6弱を観測した6月の大阪府北部の地震と最大震度7を観測した9月の平成30年北海道胆振東部地震では、複数の死者が出るなど大きな被害が発生しました。


(1)2018年に発生した主な被害地震

①平成30年6月18日の大阪府北部の地震

 6月18日07時58分に、大阪府北部を震源とするM6.1の地震が発生し、大阪府北部で震度6弱を観測、また周辺の4府県でも震度5弱以上を観測しました。この地震ではブロック塀の倒壊などが発生し、死者6人、住家全壊18棟などの被害が生じました(平成30年11月6日現在、総務省消防庁による)。

大阪府北部の地震による震度分布図

②平成30年北海道胆振東部地震

 9月6日03時07分に、胆振地方中東部を震源とするマグニチュード(M)6.7の地震が発生し、北海道厚真町(あつまちょう)で震度7を観測したほか、北海道から中部地方の一部にかけて震度6強~1を観測しました。震央付近の地域では広い範囲で大規模な土砂災害が発生し、また札幌市では顕著な液状化現象もみられました。その後の活動を含めた一連の地震活動により死者42人、住家全壊462棟などの被害が生じ(平成31年1月28日現在、総務省消防庁による)、気象庁はこれら一連の地震活動の名称を「平成30 年北海道胆振東部地震」と定めました。気象庁が地震に対し名称を定めたのは、「平成28年(2016年)熊本地震」以来2年ぶりです。

「平成30年北海道胆振東部地震」による震度分布図

(2)気象庁の対応

 大阪府北部の地震や平成30年北海道胆振東部地震において、気象庁は緊急地震速報や地震情報等を発表するとともに、記者会見で今後の地震活動などについて注意を呼びかけました。また、気象庁防災対応支援チーム(JETT)を関係する市町村等地方公共団体に派遣し地震活動や気象状況について解説を行い、地方公共団体における防災対応を支援しました。さらに、気象庁ホームページに特設ページを設置し、地震回数表や気象支援資料を掲載し情報提供体制を強化しました。その他、気象庁では、これらの地震の地震動による被害状況や震度観測施設の状況を調査するため気象庁機動調査班(JMA-MOT)を派遣しました。

北海道災害対策本部におけるJETT の活動の様子

コラム

■可搬型の気象観測機器の設置による災害時等の観測体制の確保

 気象庁では、大雨や土砂災害、地震災害、火山活動の活発化などによる自然災害や、それらに伴う電力・通信障害の影響により地上気象観測ができなくなる場合を想定し、可搬型の気象観測機器(下左図)を用いた臨時気象観測所を設置して、災害の復旧支援の活動や国民生活に対して適切な観測情報の提供を継続する体制を取っています。

 可搬型の気象観測機器は、地域気象観測システム(アメダス)で使用されている気象観測機器と同等の性能を持ち、太陽光発電パネルによる独自電源も備えていることから、速やかに気象観測を開始できます。最近の設置例としては、平成30年北海道胆振東部地震による災害の状況を踏まえ、大きな被害を受け、二次災害も心配される地域の周辺における雨量観測体制を強化するため、平成30年(2018年)9月27日~11月20日の期間、北海道胆振地方の厚真幌内に臨時の雨量観測所を設置しました(下右図)。

可搬型気象観測装置の外観

可搬型雨量観測装置の設置作業(厚真幌内)

トピックスⅠ-4 気象庁防災対応支援チーム(JETT)の活動

 気象庁は平成30年(2018年)5月1日に気象庁防災対応支援チーム(JETT)を創設しました。気象台は災害が発生した、または発生が予想される場合に、あらかじめ定めた応援計画に基づき都道府県または市町村に気象台職員をJETTとして迅速に派遣します。JETTは、災害対応現場におけるニーズを把握しつつ、気象状況を解説するなど自治体の防災対応支援を実施します。

 JETTの創設以降、平成30年6月18日に発生した大阪府北部を震源とする地震、西日本を中心に記録的な大雨となった平成30年7月豪雨、そして平成30年北海道胆振東部地震の対応のほか、台風の接近が予想された場合についても積極的にJETTの派遣を行いました。


コラム

■平成30年北海道胆振東部地震における気象台からの支援(北海道厚真町)

北海道厚真町総務課

北海道厚真町総務課

 平成30年9月6日午前3時7分に発生した胆振中東部を震源とする「平成30年北海道胆振東部地震」で、厚真町は北海道で初めて観測された震度7の激震に見舞われました。この地震により北海道全域が被災地となり、多くの地域で甚大な被害が発生しました。厚真町は地震動により3,230haにも及ぶ山腹崩壊で土砂崩れが発生し36名の尊い命が失われ、また、建物や社会基盤・生活基盤に甚大な被害を受けました。

 発災後、札幌管区気象台や室蘭地方気象台からJETTが直ちに派遣され、9月7日から10月9日まで常駐していただきました。発災直後の初動段階では人命救助が最優先となることから、毎日、朝と夕方の2回、救助活動終結後は毎日1回、多くの機関で構成する関係機関調整会議の中で最新の気象情報をきめ細かく解説していただき、捜索活動や復旧活動などに役立てさせていただきました。また、個別に関係機関のニーズに合った気象情報を随時提供していただきました。

厚真町役場における会議の様子

 また、厚真町では大規模な土砂災害を受け、大雨に備えたタイムラインの作成を進めていました。そのような中、台風第24号・第25号の接近に伴い、台風が上陸した場合の土砂災害に備え、関係機関と連携し初めて「厚真地区緊急対応タイムライン」を運用しました。タイムライン運用会議では、テレビ会議システムを用いて室蘭地方気象台からいち早く今後の気象状況の説明をいただきながら、町の初期行動やその後の避難勧告等の発令などに素早い対応を執ることができました。

 3月から4月にかけて、震災後初めての融雪期を迎えましたが、山腹崩壊がどのような影響を及ぼすかわかりませんでしたので、土砂災害などに備えたタイムラインの作成を気象台の意見をいただきながら各関係機関と協議を進めたところです。

 終わりになりますが、大規模な自然災害を経験した厚真町は、復旧・復興作業を加速させ、災害に強くしなやかな町づくりの取り組みを進めているところです。関係機関の皆さんの温かいご支援と激励を賜り感謝申し上げますとともに、今後ともご協力くださいますようお願い申し上げます。


コラム

■西日本豪雨における気象台からの支援(広島県呉市)

呉市総務部危機管理課 課長 岩田 茂宏

呉市総務部危機管理課 課長 岩田 茂宏

 平成30年7月の西日本豪雨では7月3日から7月8日にかけて降った雨は、市内に設置された気象庁の雨量計で24時間降水量が309ミリを観測し、当地点の観測史上1位を記録。また、広島県が設置した野呂川ダムの雨量計では、累計の降水量が677ミリに達しました。

 この豪雨で、市内の各所で山腹崩壊を伴う土石流や崖崩れが発生し、25人の尊い命が失われました。また、河川の氾濫などで家屋や土地などに多くの被害を受け、現在もその爪痕は残っています。

気象台職員による情報提供

 今回の災害では、災害発生前から広島地方気象台とのホットラインでアドバイスをいただいていました。そして、発災直後にいち早く災害対策本部に常駐の予報官を派遣していただき、毎日数回の天候状況の解説やその後たびたび近づいた台風の予測など、災害対応や復旧に欠かせない情報を提供いただきました。さらに現在でも不安が残る地域などのため、気象支援資料の提供を続けてもらっており、行政のみならず住民の安心にも繋がっているところです。

 今回の経験から、危機管理・防災体制の充実には、気象台等との連携がますます重要で、さらに気象状況によっては早くから気象の専門家の派遣などについても協議が必要だと思っています。

 最後になりますが、今回の災害で多くの関係者の皆様にご支援をいただき感謝いたすとともに、今後ともご協力をお願いいたします。


コラム

■JETTのロゴマークを作成しました

JETTロゴマーク

 JETTの活動における共通の目印を定め、自治体をはじめとする関係機関に親近感をもっていただくことを目的に、ロゴを作成しました。愛称「JETT」が持つ迅速性、推進力、読み解きといったイメージをテーマとしてロゴを作成しました。このロゴは、積乱雲(左上)、空(背景)、水(背景)、マグマ溜まり(右下)、断層運動(中央のズレ)を表現しています。


コラム

■市町村の防災業務を支援するチーム「あなたの町の予報官」

 気象庁は、地域における気象、地震、津波、火山等の防災対応力の向上により一層貢献するため、各気象台が担当する府県内を複数の市町村からなる地域に分け、その地域毎に3~5名程度の職員を担当として割り当てる体制作りを順次進めています。

あなたの町の予報官

 この担当チームは地域の実情をよく理解した「あなたの町の予報官」として、気象台が発表する各種の防災気象情報が持つ意味や利用・活用の方法について、市町村の立場に寄り添ってレクチャーするとともに、市町村が地域防災計画や避難勧告等の判断・伝達マニュアルを改定する際に協力していきます。また、関係機関と連携して、市町村等が実施する地域防災リーダーや一般住民を対象とした防災教育や安全知識の普及啓発にも協力していきます。

 こうした取組を推進することにより、担当者同士の緊密な「顔の見える関係」を構築・強化することができ、チーム制という強みを生かして、市町村や気象台の担当者の一部が交代する際も切れ目のない的確な支援を継続的に行うことが可能となります。

 緊急時には、平時に構築した「顔の見える関係」を生かして、「あなたの町の予報官」が中心となり、説得力を持った適時・的確な気象解説等を実施することにより、市町村の防災対応を支援しますが、災害の危険度・切迫度に応じて、必要であれば他の地域を担当するチームの応援を得るなどして、気象台の総力を挙げて対応します。


トピックスⅠ-5 平成30年冬の大雪を受けた情報の改善

 平成30年(2018年)1月から2月にかけて各地で発生した大雪による災害、特に2月上旬の福井県を中心とした大雪において、幹線道路における大規模な車両滞留等による通行止めや農業施設の損壊等、社会的に大きな影響が生じました。このことを踏まえ、関係機関の防災対応を支援するための大雪に関する情報の内容や発表タイミングについて、各地の気象台では大雪事例の分析を行うとともに、関係機関にヒアリングを行うなど、気象台の抱いている危機感や切迫度を防災関係機関や住民へどう伝えるかという課題について検討を行いました。

 これらの検討結果を踏まえ、大雪警報が対象としている現象を上回り、大規模・長時間の交通障害や孤立集落の発生を引き起こすおそれのある集中的な大雪に対して、以下のように府県気象情報で一層の警戒を呼びかけることとしました。

① 重大な災害の発生する可能性が高まり、一層の警戒が必要となるような短時間の大雪となることが見込ま  れる場合に、「大規模な交通障害が発生するおそれ」があることなど、厳重な警戒を呼びかける(北陸地  方の各気象台で試行的に実施)。

② 降雪が大雪警報の基準を大幅に上回る場合や、普段雪の少ない地域で大雪警報級の降雪が予想され、  一層の警戒が必要となる場合は、「不要不急の外出を控える」などを呼びかける(全国で実施)。

 これらの情報は、防災関係機関において、大雪警報よりも一段上の対応をとる目安として活用いただくことを想定しています。

 気象庁では、防災関係機関がとる大雪に対する対応を支援するため、防災関係機関からの意見を伺いつつ、引き続き気象情報の改善に取り組んでまいります。

段階的に発表される防災気象情報(大雪関係)

トピックスⅠ-6 気候リスク低減と生産性向上に向けた2週間気温予報の提供開始

 気象庁では、平成20年(2008年)に「異常天候早期警戒情報」の提供を開始し、2週間先までに顕著な天候が見込まれる場合に注意喚起を行ってきました。その後、各種産業分野の利用者からいただいたご意見や、近年の数値予報技術の進展を踏まえ、同情報の改善について検討を行い、令和元年(2019年)6月より新たな情報として「2週間気温予報」の提供を開始します。

 これにより2週間先までの気温の推移を把握することが可能となり、熱中症や農作物被害に対して早めに対策をとることができます。また、小売分野等での販売計画や在庫管理、日常生活における旅行やイベントの検討、衣替えや冷暖房器具の準備などへの活用が期待されます。地球温暖化の進行により顕著な高温の発生頻度が増大し、また高齢化や人口減少に伴い生産性の向上が重要な課題となる中、これらの情報により幅広い分野における気候リスクの軽減と生産性向上が進むと期待されます。

 2週間気温予報では、8~12日先の各日を中心とする5日間平均について、地域平均気温の階級及び代表地点の最高・最低気温を毎日予報します。気象庁ホームページでは、最近1週間の実況と向こう1週間の気温を日別で、その後2週間先までは各日を中心とした5日間平均の気温を一括で表示します。また、階級による色分けやグラフ化により、気温の変動を感覚的につかんでいただけるようにします。

2 週間気温予報のイメージ

トピックスⅠ-7 南海トラフ地震への備え

 切迫性が指摘されている南海トラフ地震が発生した場合に想定される被害の甚大さを踏まえ、平成30年(2018年)12月25日に、政府の中央防災会議「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応検討ワーキンググループ」が報告書を公表しました。また、平成31年(2019年)3月29日には内閣府(防災担当)から「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン」が公表されました。南海トラフ沿いで異常な現象が観測され、南海トラフ地震発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まっていると評価される典型的な3つのケースについて、住民や企業等の防災対応の方向性及び最も警戒する期間等、防災対応の基本的な考え方がまとめられました。

防災対応が検討された3つのケース

 具体的には、①南海トラフ地震の想定震源域内のプレート境界でマグニチュード(M)8.0以上の地震が発生した場合(半割れケース)には、地震を起こさなかった領域で引き続き大規模地震が発生する可能性があるとして最も警戒する期間は1週間を基本とし、地震発生後の避難では明らかに避難が完了できない地域の住民は避難、不特定多数の者が利用する施設等では施設点検を確実に実施する。②想定震源域内で①を除くM7.0以上の地震が発生した場合等(一部割れケース)には最も警戒する期間は1週間を基本とし、必要に応じて自主的に避難を実施することも含め日頃からの地震への備えを再確認する等、警戒レベルを上げる。③短期間にプレート境界で通常とは異なるゆっくりすべりを観測した場合(ゆっくりすべりケース)には、すべりの変化していた期間と概ね同程度の期間が経過し、新たな変化がないと評価されるまで、日頃からの地震への備えを再確認する等とされています。

 気象庁では、南海トラフ沿いで発生した異常な現象の観測結果や分析結果について、平成29年(2017年)11月1日から当面の間、「南海トラフ地震に関連する情報」により発表することとしています。一方で、平成31年(2019年)3月に内閣府が公表した「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応ガイドライン(第1版)」を踏まえ、気象庁は今後、これらの現象の観測結果や分析結果について、「南海トラフ地震臨時情報」及び「南海トラフ地震関連解説情報」として発表することとしました。なお、南海トラフ地震は、地震発生の可能性が高まった旨の情報を発表しても発生しない場合や、情報の発表がないまま突発的に発生する場合も考えられます。このため、日頃から南海トラフ地震への備えを実施しておくことが重要です。また、高層ビル等に影響を及ぼす長周期地震動の発生も懸念されることから、気象庁では、地震発生後の防災対応等に資する長周期地震動に関する観測情報をホームページで提供するとともに、高層ビル等に滞在される方の身の安全の確保やエレベーター等の制御に資する予測情報の提供に向けた準備を進めています。


コラム

■長周期地震動の観測・予測情報に期待すること

三菱地所株式会社 ビル運営事業部 ビル安全管理室長 大庭 敏夫

ビル安全管理室長 大庭 敏夫

 首都圏でのビル事業の開発並びに運営管理における地震対策の課題として、首都直下地震への対策に加え、切迫性が指摘されている南海トラフ地震など遠隔地で発生する巨大地震による長周期地震動への対策があげられます。首都直下地震については震源までの距離が近いため緊急地震速報の猶予時間が短く活用が難しいことは容易に想定されますが、その点、特に、南海トラフ地震などの遠隔地の地震では、気象庁で発表を計画されている長周期地震動に関する予測情報は猶予時間が長く有効に活用できると期待されます。当社では平成19年(2007年)の丸ビル再開発をはじめビルの超高層化を進めており、2027年の常盤橋再開発プロジェクトでは国内最高の高さ390メートルの複合施設竣工を計画しています。これらのビル超高層化に伴い長周期地震動の影響は益々大きくなることから観測・予測情報に対する期待は大きいです。具体的な活用法として、多くのビルで下階に位置する防災センターでは長周期地震動の状況を認識しにくくセンター要員の行動も後手となることから、本情報を活用することで事前周知が可能となり、利用者のパニック防止につなげられると考えます。また、エレベーターについては、現状の長周期センサーとシステム連動させることで閉じ込め防止をはじめ、揺れが発生する前に変位が少ない階へ移動することで走行路内での被害防止となり早期復旧に期待ができます。ビル利用者にとっても超高層ビルの縦移動の健全性は最重要課題であり早期復旧の期待は大きいと言えます。さらに、建設現場やゴンドラ等による高所作業における活用を図ることで更なる減災行動に期待ができます。


Ⅱ 長期の監視から地球の今を知り、将来に備えるために

トピックスⅡ-1 気候変動に関する適応策への貢献

 近年、猛暑や豪雨などの極端な気象現象は増加傾向にあり、地球温暖化の進行に伴い、今後さらに増加すると予測されています。こうした中、平成30年(2018年)に「気候変動適応法」が成立・施行され、国、地方公共団体、事業者、国民が一丸となって気候変動の影響を回避・軽減するため、適応策に取り組むこととなりました。

 気象庁では、気候変動の影響を評価するための基盤となる気候変動に関する観測・監視(実態)や数値モデルによる将来予測(見通し)に関する情報を発表するとともに、地方公共団体への解説や講演会・ワークショップなどでの国民への普及啓発等により、気候変動適応への支援に取り組んでいます。また、様々な研究プロジェクトを推進する文部科学省と連携して「気候変動に関する懇談会」を立ち上げ、きめ細かく活用しやすい情報の提供やその活用に係る施策について総合的に検討しています。今後も地域の実情に応じた防災、農林水産業、健康などの様々な分野での対策に利用しやすいきめ細かい情報の一層の充実を図るとともに、関係省庁や地方公共団体と連携し、適応策の推進に積極的に貢献していきます。


コラム

■埼玉県における適応策への取り組み(埼玉県環境部温暖化対策課)

埼玉県環境部温暖化対策課 小林 健太郎

埼玉県環境部温暖化対策課 小林 健太郎

 本県は、平成21年(2009年)に埼玉県地球温暖化対策推進条例を制定し、地球温暖化対策として「適応」を位置付け、同年に策定した地球温暖化対策実行計画にも「地球温暖化への適応策」を章立てするなど、全国に先駆けて適応策を推進しています。

 平成24年(2012年)には庁内で適応を推進する体制として「適応策専門部会」を設け、関係各課との検討のもと、平成28年(2016年)に適応計画「地球温暖化への適応に向けて~取組の方向性~」を策定しました。

 主な適応策の事例としては、コメの高温耐性品種「彩のきずな」の開発や、熱中症対策の一環として外出時の休憩所として店舗等に御協力いただく「まちのクールオアシス」などの取組が挙げられます。「彩のきずな」は日本穀物検定協会の2017年産米の食味ランキングで最高ランク「特A」を獲得し、暑さに強いだけでなく美味しいお米としての普及も進んでいます。

 環境に関する先端の研究機関である埼玉県環境科学国際センターでは、温室効果ガス排出量の推計や適応策など、地球温暖化に関する研究を行っています。平成30年(2018年)12月に気候変動適応法が施行されたことに合わせ、同センターを「地域気候変動適応センター」として位置付けました。収集した気候等の実態に関する情報や将来予測に関する情報などを、県民・事業者等にも広く提供し、適応に関する理解の促進を図っていきます。

 適応策推進の基礎となるのは様々な気象データであり、今後、更に気象庁との連携を密にして気候変動対策を進めていきたいと考えています。


コラム

■気候変動に関する政府間パネル(IPCC)「1.5℃特別報告書」

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、平成30年(2018年)10月に「気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から1.5℃の地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC特別報告書」(1.5℃特別報告書)を公表しました(https://www.ipcc.ch/sr15/)。

気候変動に関する政府間パネル

 この報告書は、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組であるパリ協定で「世界の平均気温上昇を産業革命前に比べて1.5℃に抑える努力を追求」と決定されたことを踏まえ、気候変動枠組条約(UNFCCC)の要請により、IPCCが我が国からの4名を含む91名の専門家の協力を得て作成したものです。

 報告書では、地球温暖化が現在の速度で進行すると2030年から2052年の間に1.5℃に達する可能性が高いと予測しています。また、気温の上昇を産業革命前と比べて1.5℃に抑えることによって多くの気候変動の影響が回避・軽減できることが示されています。仮に気温が2℃上昇する場合、東アジアなどにおける強い降水現象によるリスクや熱帯低気圧に伴う強い降水が更に増えると予測されるとともに、生態系、食料システム及び健康システムへの影響への適応が困難になると予想されています。

 この報告書は、今後の世界の気候変動対策の検討に役立てられます。


コラム

■「気候変動に関する懇談会」への期待

気候変動に関する懇談会会長(東北大学名誉教授)花輪 公雄

気候変動に関する懇談会会長(東北大学名誉教授)花輪 公雄

 地球温暖化をはじめとする気候変動に対し、適応策を適切に講ずることで、影響の低減を図り、国民が健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とした「気候変動適応法案」が、平成30年(2018年)6月に、衆参両議院とも全会一致で可決成立した。この法案では、政府に適応計画を策定することを義務付けるとともに、各地方自治体も適応計画を策定することが努力目標として掲げられた。

 この動きを受けて気象庁は「気候問題懇談会」を発展的に改組し、文部科学省とともに「気候変動に関する懇談会」を設置した。任務は,気候変動の実態と見通しについての最新知見を総合的に検討のうえ、取りまとめた情報を提供することで、我が国の気候変動対策の推進に資することにある。さしあたり、気候変動の実態と見通しに関する統一的な見解をまとめたレポートを2020年度に公表することを目標とし、懇談会の下に設置した「評価検討部会」で既に検討に入っている。

 進行しつつある地球温暖化は長期の気候変化であるが、その影響は熱波や集中豪雨、あるいは台風などの極端な気象現象にも影響している。さらに海洋においても水位の上昇をはじめとし、海水の高温化・酸性化を通じて生態系への大きな影響も懸念されている。最新の知見を速やかに、そして地域に即し、きめ細かく提供することで、適切な適応策の策定に資することが求められる。本懇談会ならびに評価検討部会の役割は極めて大きいものがある。


コラム

■地球温暖化で変わりつつある日本の豪雨

 日本では日降水量100ミリ以上の大雨を観測した日数が増加しており、これには地球温暖化の影響が懸念されています。平成30年(2018年)に甚大な被害をもたらした平成30年7月豪雨も、地球温暖化の影響を受けていたのでしょうか。「もし近年の気温上昇がなかったら」と仮定し、平成30年7月豪雨のシミュレーションをすることで、この答えに近づくことができます。まず、現在の気候状態で今回の豪雨を再現すると、雨量はやや少なめですが、大雨のタイミングをよく再現できます。この結果と、近年の気温上昇がなかったと仮定して行ったシミュレーションとを比較すると、気温上昇がない仮定の場合では6.5%程度降水量が減少しました。6.5%と聞くと小さいと感じるかもしれませんが、無視できる数字ではありません。今回の豪雨では全国125地点で48時間積算降水量の記録を更新しました。もし、近年の気温上昇による降水量の増加分がなければ、記録を更新した地点は100地点を下回っていた可能性があります。地球温暖化はすでに日本の豪雨を変えはじめているのです。

東日本と西日本で平均した降水量の時間変化

トピックスⅡ-2 世界気象機関(WMO)による石垣島地方気象台の「百年観測所」の認定

 世界気象機関(WMO)は、気候の監視にとって大切な、長期間にわたる質の高い気象観測データの意義と、そのような気象観測を着実に行っている観測所の重要性を世の中に広く知ってもらうため、「百年観測所」の認定を行っています。石垣島地方気象台は、明治29年(1896年)に、当時の中央気象台付属の石垣島測候所として正式に気象観測を始めて以来、これまで100年以上にわたり同じ場所で長く途切れることなく、質の高い気象観測を続けていることが評価され、平成29年(2017年)5月に我が国で初めて「百年観測所」として認定されました。石垣島地方気象台では、百年観測所の認定プレートを構内に設置して、平成30年12月5日の122年目の創立記念日に合わせて、除幕式を行いました。

百年観測所認定プレート

百年観測所認定プレート除幕式の様子

Ⅲ 気象情報の活用により、より豊かな暮らしを実現するために

トピックスⅢ-1 新たな気象ビジネスの誕生

 近年のIoT、AI、ビッグデータ等に関する技術の発展により、多様な産業においてデータを収集・分析することが可能となってきています。また、国及び地方公共団体においては、官民データ活用推進基本法(平成28年法律第103号)により保有するデータのオープンデータ化が進められており、産業界が利活用できるデータも増えつつあります。

 数あるデータの中で、気象データについては、過去から現在までの観測データのみならず未来の予測データがあり、また、気象庁が作成・提供するデータのほか、民間気象事業者等が独自の分析・観測データによりユーザーのニーズに合わせて扱いやすいフォーマットで提供している詳細なデータなどがあるなど、用途に応じた様々なデータを入手することが可能となっています。

気象ビジネスマッチングフェアの様子

 そのような中、産学官関係者の対話・連携の強化を図り、新たな気象ビジネスの創出を実現するため、平成29年(2017年)3月に産学官の連携のもとで「気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)」が設立されました。WXBCでは、主な取り組みの一つとして、気象データをビジネスに役立てていただくため、データ理解力、IT活用力、ビジネス発想力を身につけられるようなセミナー等を東京及び地方都市で開催し、またもう一つの主な取り組みとして、気象データを提供する企業や気象データをビジネスに活用したい企業等の出会いの場として、平成30年(2018年)11月に「第1回気象ビジネスマッチングフェア」を開催しました。セミナー等は開催するたびに多くの方にご来場いただきました。また、気象ビジネスマッチングフェアには245名の方にご来場いただき、企業同士のマッチングが120組成立するなど、気象データの利活用への関心の高まりがうかがえました。

産業界における気象データ利活用事例

 気象データの利活用への関心の高まりに合わせて、過去の気象データを様々な企業独自のデータと組み合わせて分析し、その関係性を用いてリアルタイムの気象の観測・予測データ等を用いる新たなビジネスが誕生しつつあります。例えば、電力分野での電力需要予測、アパレル分野でのコーディネートを提案するサービス、農業分野での生産プロセスの最適化、物流分野での販売機会ロス削減、観光分野でのダイナミックプライシングや地域の魅力的な観光資源活用への応用等の様々な産業分野での気象データの利活用の動きが見られます。

 このような動きの拡大・加速を支援するため、気象庁では、ビジネスにおける気象データの有用性確認(仮説の検証等)のハードルを下げるべく、令和元年度(2019年度)に試行実験として、過去の気象データを機械が読みやすい形で提供する環境の構築を行います。また、気象データへの理解促進のため、例えば農業分野では「農業に役立つ気象情報の利用の手引き」を作成するなど、様々な産業分野における利用推進に取り組んでいます。

 また、現在、気象予報に係る予報業務の許可等の制度についての検証と可能な見直しを進めており、気象データの利活用を促す環境整備にも努めています。


コラム

■小規模事業者こそデータの活用を!

WXBC 新規気象ビジネス創出WG座長 村上文洋

(三菱総合研究所 社会ICTイノベーション本部 主席研究員)

新規気象ビジネス創出WG座長 村上文洋

 気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)が設立されて2年が経ちました。この間、コンソーシアム全体や、新規気象ビジネス創出WG参加企業も増え、気象データに対する企業の関心の高さを感じています。

 オープンデータ活用事例でよく取り上げられる「The Climate Corporation」の農業保険サービス(現在は、農業事業者支援サービスに転換)は、Googleを退職した人が設立したベンチャー企業ですが、アメリカ政府が公開している膨大な土壌情報、過去の農作物の収穫量や気象データを活用して独自のアルゴリズムで作物被害を予測し、農業保険料の算出に活用しました。

 コンビニエンスストアチェーンでは、過去の売上データ、周辺のイベント情報、気象データなどから商品の売上予測を行い、これに基づき日々の発注量を決めています。

 一方、小規模な飲食店や小売店でも、気象データを含む様々なデータを活用して、売上予測を行うところが出てきました。三重県伊勢市にある「ゑびや」は、市内で土産物屋と食堂を営む老舗ですが、過去の売上、気象データ(天気予報)、曜日、近隣の宿泊客数などから、翌日の来客者数を予測する「来客予測AI」を自社開発・導入することで、売上高、利益率、従業員の給与を大幅にアップすることができました。

 様々なIT開発ツールやクラウドなどの開発・運用環境が安価に提供されるようになり、オープンデータでデータの入手・活用が簡単になったことが背景にあります。もはやIT活用は大企業だけのものではなく、むしろ現場の意見を直接システム開発に反映できる小規模な事業者のほうが、スピード感や柔軟性などの点で優っているかもしれません。気象データを、もっと多くの方々に使っていただくために、WXBCの活動が、その一助になればと思っています。

【参考文献】“老舗ベンチャー”ゑびや大食堂が「的中率9割」のAI事業予測をサービス化!

ITビジネスに参入決断した「その理由」(CNET Japan)

https://japan.cnet.com/extra/ms_ebiya_201710/35112861/


コラム

■農業分野での新たな気象データ利活用の始まり

株式会社ハレックス

常務取締役 足海 義雄

常務取締役 足海 義雄

 気象データを活用することで、天候による農作物へのリスクを減らすなどの取り組みが広がりつつある中、北海道浜頓別町の酪農家様から、「牧草を刈り取る際に霧で湿ってしまうと、牧草の品質が著しく低下し、大きな損害を受ける。なんとかして霧の予測を正確に行い、牧草の刈取り計画に役立てたい。」という相談がありました。雨の予報なら牧草の刈取り作業は行いません。しかし、霧は晴れ予報でも発生し、当社の熟練した気象予報士による判断を仰いだとしても、特定の牧草地での霧の発生予測は非常に難しいです。

 そこで、WXBC会員の皆様及び気象庁様のお力添えを賜り、平成30年(2018年)3月に「霧プロジェクト」を発足。霧プロジェクト参加企業の皆様から様々な知見やご提案をいただき、センサーデータやライブカメラ映像、気象衛星画像の活用、さらには、人工知能を駆使し、特定の場所の霧予測が可能かの検討を始めました。昨年度は、主に数値予報データを用いて霧予測の可視化ツールの開発を試み、今年度は、参加企業様との連携を深めながら、更なる精度向上を目指しています。実証実験を繰り返しながら、特定の酪農家様のニーズに寄り添いお応えすることができたら、その実績を様々な分野に広げていきたいと考えています。霧プロジェクトの活動を通じ、気象データ利活用の価値をより多くの分野の方々にご認識いただけるよう、今後もWXBC会員の皆様及び気象庁様とともに活動を進めてまいります。


コラム

■笑顔を売る人が笑顔でいられる世の中に。地方の老舗食堂のIT事業

株式会社EBILAB

代表取締役CEO 小田島 春樹

代表取締役CEO 小田島 春樹

 サービス産業を見渡すと、価格競争や働き手の不足に頭を悩ます経営者や、過酷な労働環境や将来が見えない閉塞感に意欲をそがれているスタッフが沢山います。商売の基本である、「お客さまを笑顔にしたい」、「笑顔を売る人がもっと笑顔になれるように」という想いから、中小規模の飲食・小売店をはじめとするサービス産業のための経営支援AI「TOUCH POINT BI」を作成・提供しています。

「TOUCH POINT BI」では、時間別の来客数・年代比率・商品別販売数など、店舗のコンディションを可視化する様々なデータを自動で収集・分析して来客予想等を行うことで、人員配置の適切化や仕込み量のロス削減が可能になり、効率的で収益性の高い店舗運営をサポートします。「TOUCH POINT BI」にとって、天気や気温といった気象データは欠かせないデータの一部です。気象データは毎日のお客さまの来客数に影響を与えることは勿論のこと、よく売れるメニューにも大きく影響を与えています。

 創業100年の老舗食堂である「ゑびや」では、2012年から先述の様々なデータを収集・分析しはじめ、平成29年(2017年)から「TOUCH POINT BI」を活用・実践しています。結果、7年間で売上高約4.4倍、客単価約3倍、米の廃棄約1/4と効率的で収益性の高い店舗運営を体現しました。また、スタッフの長期休暇取得率100%や残業ゼロも実現し、従業員満足度も向上させました。

 みなさんも、気象データを商売の現場で存分に活用し、「商売」を「笑売」にしてみませんか?


コラム

■気象データに付加価値を

株式会社ルグラン

共同CEO 泉 浩人

共同CEO 泉 浩人

 株式会社ルグランでは、気象ビッグデータを活用し、最適なコーディネートをレコメンドするファッションテックサービス「TNQL」(テンキュール)を提供しています。最大の特徴は、AIがユーザーの好みのスタイルを把握し、天気とユーザーの好みにあったコーディネートレコメンドを実現していることです。

 TNQLは、気象データに「コーディネートを提案する」という付加価値をつけ、忙しい女性のサポートをするサービスです。

 気象データから消費者の行動を予測することで、最適な商品や情報を販売・提供できる、天候ドリブンなマーケティングを可能にできます。これにより、企業がユーザー・消費者と毎日、対話ができるプラットフォームになり得ると考えます。

 気象は社会の基本インフラとも言うべき、価値の高いデータです。気象データの意味を理解するだけではなく、さらに付加価値を付け、視覚化して伝える能力が求められている時代に突入していると思います。


コラム

■ひまわり8号のデータ利活用をテーマにセミナーを各地で開催しました

 世界最高性能を有する「ひまわり8号」は、国内外における気象等の現象を高頻度・高解像度で観測しています。可視域・近赤外域・赤外域の計16バンドのセンサーで霧や黄砂の判別が容易になったほか、森林火災や火山の噴火・噴煙の様子までも捉えることができるようになりました。そして、ひまわり8号から得られた情報は、GISなど他のデータと重ね合わせることで、様々な産業界における新たな気象ビジネスの基盤となる情報となる可能性を含んでいます。

 このひまわり8号のデータのビジネスへの利活用が一層進むよう、気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)では、平成30年(2018年)度に、産学の気象情報利用者と連携して、東京をはじめ、札幌、仙台、新潟、大阪、福岡、那覇の6つの地方都市においてもひまわりの利活用に焦点をあてたセミナーを順次開催しました。セミナーでは、ひまわり8号のデータの活用事例として、地方特有の事例を参照しながら、霧や下層雲、積乱雲等の見え方のほか、RGB手法と呼ばれるデータの加工処理、データ取得の方法について紹介が行われました。いずれの会場も多数の参加があり、参加者同士の名刺交換・意見交換も行われ、業種をまたいだビジネスが生まれる種になったものと期待されます。

WXBC 地方セミナーのようす(福岡)

Ⅳ 最新の科学技術を導入し、気象業務の健全な発達を図るために

トピックスⅣ-1 第10世代スーパーコンピュータの運用開始

 気象庁では、より高精度の気象予測を行うために、第10世代となるスーパーコンピュータシステムを平成30年(2018年)6月5日から運用開始しました。このスーパーコンピュータは2台で構成され、平成30年6月現在の世界ランキング(TOP500による: https://www.top500.org/)で25、 26位の演算性能を持っています 。

 更新後、1日4回計算を行う全球モデルのうち、午前3時、午前9 時、午後3 時を初期値とするプロダクトの予測時間を、84時間(3.5日)から132 時間(5.5 日)に延長しました(午後9時初期値のものは従前から264時間(11日)まで予測)。これにより、平成31年3月には、台風の強度予報(中心気圧や最大風速等)の予報期間を3日先から5日先まで延長しました。また、平成31年3月には、午前9時、午後9時に行うメソモデルの予測時間を51時間に延長し、朝5時発表の天気予報において明日の24時までの予報にメソモデルの結果を利用することができるようになるなど、天気予報のための数値予報資料の利用における一貫性が向上しています。さらに、メソモデルの予測時間延長と同時に、航空交通管理のための気象情報の改善のために、局地モデルの予測時間を10時間に延長しています。

第10世代スーパーコンピュータシステム

 令和元年(2019年)6月には、メソモデルで行うメソアンサンブル予報システムの運用を開始する計画です。メソモデルに対し、複数の客観的な予測結果を得られるため、予測が難しい気象現象の発生を確率的に捉えることが可能となります。例えば大雨や暴風など災害をもたらす激しい気象現象が発生する可能性について、一つのメソモデルの予測結果では把握できなくても、複数の予測結果を用いることによって、早い段階で把握することができるようになります。

メソアンサンブル予報システムのイメージ

 今後も、台風の影響や集中豪雨の発生可能性等を早い段階から精度良く把握できるように、数値予報モデルの高度化など予報技術の向上に向けた改良等を行い、防災・日常生活・社会経済活動の様々な場面で幅広く利活用される各種気象情報の更なる改善に取り組んでいきます。


コラム

■2030年に向けた数値予報技術開発重点計画

 気象庁は平成30年(2018年)10月に、気象・気候予測の根幹である数値予報の技術開発に関する「2030年に向けた数値予報技術開発重点計画」を策定・公表しました。これは、平成30年8月の交通政策審議会気象分科会提言「2030年の科学技術を見据えた気象業務のあり方」(特集2参照)に示された気象・気候分野に関する課題に取組む計画にもなっています。この策定にあたっては、昨年度から開催している「数値予報モデル開発懇談会」において最新の科学的な知見に基づくご検討をいただきました。

キャプション

 気象庁は、この計画に基づき、数値予報の高度化・精度向上の取組を強力に推し進めてまいります。

https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/tecdev/nwp_strategic_plan_towards_2030.html 参照)


トピックスⅣ-2 多様な観測データを高度に活用した気象技術開発の推進

 気象庁では、従来の気象観測に加えて、静止気象衛星ひまわり8号・9号や二重偏波気象レーダーの導入など観測網の高度化を進めており、観測データの種類やデータ量を飛躍的に充実させています。

 この多様な観測データを総合的かつ高度に活用するため、 平成30年(2018年)4月、気象技術開発室を設置し、面的な推計気象分布(天気・気温)の精度向上や二重偏波レーダーデータから雲内部の降水粒子の種類を判別するアルゴリズムの開発などを進めました。今後も、気象庁内外の研究開発機関とも連携しながら、面的な推計気象分布への新たな要素の追加やAIを活用した観測データの品質管理手法の開発など、最新技術も導入して、防災や経済活動をはじめ様々な分野で幅広く使っていただける新たな気象データを開発・提供してまいります。

気象庁による気象観測

コラム

■気象測器歴史館

 茨城県つくば市にある気象測器検定試験センターでは、全国の気象官署で明治以降に使用した約150点の気象測器を展示する気象測器歴史館を、平成29年(2017年)8月にオープンしました。

気象測器歴史館

 展示品には、海外から輸入され、初期の気象観測に用いた晴雨計(気圧計)や温度計、日射計、さらに大正時代に高層気象観測に用いた観測機器など、他ではなかなか見ることのできない機器が数多く揃っています。

 毎年、4月と8月に開催する一般公開日のほか、事前の申込みにより見学いただくことが可能です。実際に使用した歴史的価値のある様々な気象測器をご覧いただくとともに、気象観測技術の歴史を感じてみるのはいかがでしょうか。

【お問い合わせ先:気象測器検定試験センター、住所:つくば市長峰1-2、電話番号:029-851-4121】

展示している気象測器の例

コラム

■我が国の「質の高い」観測機器の海外展開支援の取組

 我が国には優れた観測機器を製造する企業が多くあり、気象庁も日々の業務にそれらの機器を活用しています。我が国は成長戦略の一環として政府全体で日本の技術力・知見を生かした「質の高いインフラ」の輸出拡大を進めており、気象庁もこれら企業による海外展開の支援に取組んでいます。

固体素子気象レーダー

 日本の技術が世界をリードする一例として、今や気象観測には欠かすことの出来ない「気象レーダー」が挙げられます。日本のメーカー各社は、従来のものより“低ランニングコスト、安定運用、電波資源の有効利用”等の特長を持つ「固体素子気象レーダー」と呼ばれる気象レーダーの製造・販売を、世界に先駆けて開始しました。気象庁は、このような技術的に優れた観測機器の海外展開を支援するため、関係省庁とも連携した情報共有、海外要人とのミーティング機会の創出等に取組んでいます。また、観測機器の展開に併せて、海外気象機関への技術協力等を通じて各国が最新の機器を使いこなす能力の向上を図っています。

 質の高い観測機器が世界に広く普及することは、各国における気象業務の質の向上にもつながります。我が国の経済成長だけでなく世界の気象業務の発展への貢献を目指して、気象庁はこの取組を更に進めていきます。


トピックスⅣ-3 ひまわり黄砂監視画像の提供開始

 気象庁は、地方自治体や住民の皆様が効果的に黄砂対策をとることができるよう、気象庁ホームページにおいて、気象衛星ひまわりによる「ひまわり黄砂監視画像(トゥルーカラー再現画像、ダスト画像)」の新規提供を平成31年(2019年)1月から開始しました。1時間ごとの画像が掲載されますので、動画等で確認することによって黄砂の発生・飛来の様子を直観的により把握しやすくなります。人間の目で見たような色合いを再現するトゥルーカラー再現画像は、日中の黄砂監視において特に有用です。ダスト画像は、昼夜を問わず24時間連続的に利用可能で、黄砂領域が赤紫色で表現されます。

ひまわり黄砂監視画像(トゥルーカラー再現画像)の例

 平成30(2018)年3月28日から29日にかけて日本付近に黄砂が飛来した際、28日15時のトゥルーカラー再現画像では、地上気象観測結果(上図、右の赤破線内)に対応して、大陸(黄河下流域)から日本海、北日本にかけて茶色の黄砂領域が見られました(上図、左の白破線内)。前日夜の27日21時のダスト画像では、中国東北区付近にある濃い黄砂領域を捉えることができました(下図、左の白破線内、右の赤破線内)。

ひまわり黄砂監視画像(ダスト画像)の例

「ひまわり黄砂監視画像」は、気象庁ホームページでご覧いただけます。

https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/kosa/himawari/

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