◆ トピックス ◆

Ⅱ 線状降水帯による大雨災害の被害軽減に向けて

 気象庁では、集中豪雨の可能性を高い確度で予測し、明るいうちからの避難など早期の警戒と避難を可能にすることを目標に、線状降水帯の予測精度向上につながる取り組みを進めています。


トピックスⅡ-1 線状降水帯予測精度向上の取り組み

(1)集中観測の実施状況とその結果

 気象研究所では、大学や研究機関と連携して、海上および陸上で様々な測器を用いた観測により、線状降水帯の発生・停滞等に関する重要な要素を定量的に把握するため、令和4年(2022年)梅雨期に東シナ海から九州を中心に集中観測を実施しました。この集中観測では、気象レーダー、ウィンドプロファイラ等の気象庁の地上観測、海洋気象観測船によるGNSS水蒸気観測やラジオゾンデ観測の実施に加え、大学等の練習船・調査研究船、気象庁の通常観測点や臨時の地上観測点で追加のラジオゾンデ観測を行いました。また、航空機からのドロップゾンデ観測や、大学等の船舶や複数の陸上地点でマイクロ波放射計による観測も実施されました。気象庁の臨時のラジオゾンデ観測に加え、大学等研究機関によるラジオゾンデ、ドロップゾンデ、マイクロ波放射計等の一部の観測データは、リアルタイムで気象庁に送られ現業の数値予報や実況監視に利用されました。

ラジオゾンデ観測、航空機ドロップゾンデ観測実施マップ

 さらに、鹿児島大学、長崎大学および三重大学の3船合同による東シナ海での毎時観測の結果を用いた解析により、海面水温の前線による下層大気の気温・風速場の変化が、大雨をもたらす積乱雲の発生に大きく影響する可能性が分かってきました。また、線状降水帯を構成する積乱雲中の降水粒子を直接撮影可能な新しいビデオゾンデを用いた観測では、観測データを用いた解析に初めて成功しました。これらの成果は、線状降水帯の発生メカニズムの理解につながることが期待されます。

 線状降水帯の発生要因となる現象は、低気圧、前線、台風等様々であり、これらの現象ごとに必要な条件を詳細に調査するためには更なる観測が必要であることから、今後も、共同研究や各種プロジェクトによる連携も視野に、大学等研究機関と協力して観測を実施します。

九州付近の観測マップ

(2)線状降水帯の予測精度向上に向けた水蒸気観測データの活用

 線状降水帯の予測精度向上に向けて、線状降水帯の発生に結び付く大気の状態、特に水蒸気の流入の観測・予測が重要であることから、気象庁では、新たな観測機器による水蒸気観測の拡充を進めるとともに、新たな観測データの数値予報モデルでの活用に向けた開発を進め、順次利用を開始しています。

 海上での水蒸気量の観測の強化として、令和3年(2021年)に気象庁の海洋気象観測船と海上保安庁の測量船により、GPS等の全球測位衛星システム(GNSS)を用いた観測を開始しました。令和4年からは民間船舶の協力も得て、東シナ海から西日本太平洋側、東海、関東に至るまでの幅広い海域をカバーするようGNSSの観測を拡充しています。これらの観測データは順次品質を確認したうえで、数値予報モデルで利用しています。

船舶GNSS観測データの利用による数値予報の改善事例

 また、令和3年(2021年)3月から順次整備を進めているアメダス湿度計の観測データの数値予報モデルでの利用に向けた技術開発を行い、令和5年3月に利用を開始しました。さらに、上空の水蒸気量を連続して観測することができるマイクロ波放射計を令和4年度に西日本/太平洋南側沿岸域の17か所に整備し、数値予報モデルでの利用に向けた開発も進めています。

 新しい観測データを数値予報で利用する際は、季節ごとの長期間の観測データを蓄積し統計調査を行うなどデータの特性を入念に把握した上で、利用する数値予報モデルの解像度や特性に合った利用手法を開発する必要があります。そのような中、線状降水帯の予測を早期に実現するため、新たな水蒸気観測データの取得開始後速やかに数値予報モデルでの利用を開始できるよう、過去に研究観測として実施した同種の観測データを入手して利用手法の開発を行うなど取り組みを加速化しており、今後も引き続き、観測データの利用拡充に向けた技術開発に取り組んでまいります。

(3)線状降水帯予測スーパーコンピュータの稼働開始

 気象庁では、令和5年(2023年)3月1日に「線状降水帯予測スーパーコンピュータ」を稼働開始しました。このスーパーコンピュータは、現在運用中の第10世代となるスーパーコンピュータシステムの約2倍の演算性能を持っています。また、令和6年には、第11世代のスーパーコンピュータシステムの運用を開始する予定です。これらを利用することにより、令和6年には局地モデルの予報時間を当初計画より3年前倒しして、現在の10時間から18時間に延長するとともに、令和8年には局地モデルの水平解像度の2kmから1kmへの高解像度化や、水平解像度2kmの局地アンサンブル予報システムの運用を当初計画より4年前倒しで開始する予定です。

(4)「富岳」を活用した開発とリアルタイムシミュレーション実験

 数値予報モデルの技術開発においては、様々な状況を想定して予報実験を行うため、多くの計算資源が必要となります。気象庁では、線状降水帯の予測精度向上に向けた数値予報モデルの技術開発を加速化するため、文部科学省・理化学研究所の協力により世界トップレベルの性能を有するスーパーコンピュータ「富岳」を活用した数値予報モデル開発を進めています。これにより、線状降水帯を構成する積乱雲を数値予報モデル内でより良く表現することを目指している水平解像度1kmの局地モデルや局地アンサンブル予報システムの開発の加速化を図っています。この富岳で開発中の水平解像度1㎞の局地モデルについて、その精度確認と更なる改善を図るため、令和4年(2022年)6月1日から10月31日までの期間、リアルタイムで予報実験(リアルタイムシミュレーション実験)を実施しました。

「富岳」リアルタイムシミュレーション実験による線状降水帯の予測

 「富岳」リアルタイムシミュレーション実験による開発中の水平解像度1kmの局地モデルの予測結果の例として、下図に令和4年(2022年)7月5日に高知県付近で発生した線状降水帯の事例を示します。開発中のモデルの15時間前からの予測結果では、現時点で15時間前からの予測が利用可能なメソモデル(水平解像度5㎞)よりも実際の現象に近い強雨域が表現されています。このように、高解像度化によって降水の予測精度が向上する傾向が確認されていますが、実際の現象よりも強い降水を予測する事例も見られています。今後は、水平解像度1kmに適した雲や降水等に関わるプロセスの改良を進め、令和8年の運用開始に向けて、線状降水帯の予測精度の更なる向上を図っていきます。


トピックスⅡ-2 線状降水帯に関する各種情報

(1)線状降水帯による大雨の半日程度前からの呼びかけ

 気象庁では、令和4年(2022年)6月より、「顕著な大雨に関する気象情報」の発表基準を満たすような線状降水帯による大雨の可能性がある程度高いと予測できた場合に、半日程度前からその旨を呼びかける運用を開始しました。全国を11のブロックに分けた地域(地方予報区)単位で広く呼びかけることを基本とし、気象情報の見出しにおいて線状降水帯による大雨の可能性を呼びかけるとともに、線状降水帯が発生した場合は予想していた雨量よりさらに多くの雨が降る可能性がある旨も併せて伝えます。

 この呼びかけは、大雨に対する心構えを一段高めていただくことを目的としています。この呼びかけだけで避難行動を判断するのではなく、大雨による災害のおそれがあるときは気象情報や早期注意情報、災害発生の危険が迫っているときは大雨警報やキキクル等、気象台から段階的に提供する防災気象情報や、市町村が発令する避難情報と併せて活用いただくことが重要です。

 今後、段階的に対象地域を狭めていき、夜間に線状降水帯による大雨の可能性が予想された場合などに、明るいうちから早めの避難につなげられるよう、引き続き予測精度の向上に取り組みます。

気象情報における呼びかけの例

(2)「顕著な大雨に関する気象情報」のより早い段階での発表

 気象庁では、令和5年(2023年)5月から、「顕著な大雨に関する気象情報」をより早い段階から提供する運用を開始しました。この情報は、大雨による災害発生の危険度が急激に高まっている中で、線状の降水帯により非常に激しい雨が同じ場所で降り続いている状況を「線状降水帯」というキーワードを使って解説する情報で、令和3年6月より運用しています。これまでは実況の雨量等に基づく情報提供にとどまっていたところ、防災対応のための時間を少しでも長く確保できるよう、予測技術を活用し、これまでより最大30分程度早く発表しています。同時に、雨雲画像に重ね合わせ表示される線状降水帯の雨域を示す楕円についても表示します。

 この情報が発表されるときには、既に大雨が降っており、今後さらに大雨が降って災害発生の危険度が急激に高まるおそれがありますので、市町村が発令する避難情報等と併せて、適切な対応をとっていただくことが重要です。

気象庁ホームページの表示例(イメージ)
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