◆ 特集 ◆ 気象庁における巨大地震対策

令和5年(2023年)は大正12年(1923年)に発生した関東大震災から100年にあたります。その後、昭和19年(1944年)12月7日の東南海地震、昭和21年(1946年)12月21日の南海地震、平成7年(1995年)1月17日の兵庫県南部地震、平成15年(2003年)9月26日の十勝沖地震、平成23年(2011年)3月11日の東北地方太平洋沖地震等、数多くの巨大地震に見舞われました。本特集では、100年前に発生した関東大震災や、その他、節目を迎える大地震を振り返りながら、当庁で実施している南海トラフ沿いや日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震に関する取り組み、防災気象情報の強化や普及啓発の取り組みについてご紹介します。

1 令和5年(2023年)に節目を迎える過去の巨大地震等

(1)関東大震災から100年

ア.関東大震災の概要

 令和5年(2023年)は、甚大な被害をもたらした関東大震災から100年にあたります。大正12年(1923年)9月1日11時58分、神奈川県西部(北緯35度19.8分、東経139度08.1分、深さ23キロメートル)を震源とするマグニチュード7.9の地震(大正関東地震)が発生しました。この地震では、発生が昼食の時間と重なったことから、多くの火災が起きて被害が拡大しました。また、津波、土砂災害等も発生し、死者・行方不明者は10万5千人余(理科年表より)に上りました。この地震によって生じた災害は「関東大震災」と呼ばれています。

当時の被害写真

イ.関東地方で発生する可能性のある地震について

 日本周辺では、複数のプレートによって複雑な力がかかっており、世界でも有数の地震多発地帯となっています。また、南関東地域で発生する地震の様相は極めて多様です。

 首都およびその周辺地域の直下に震源域を持つ地震には、M7クラスの地震と、フィリピン海プレートと北米プレートの境界で発生する海溝型のM8クラスの地震があります。また、地震によっては激しい揺れだけではなく、土砂災害、津波、地割れや、揺れからくる建物被害や火災等、様々な形態の被害が発生するおそれがあります。被害が大きく首都中枢機能への影響が大きいと考えられる都心南部直下地震の場合、地震の揺れによる死者数は最大約2.3万人、被害額は約95兆円に上ると想定されています。(出典:中央防災会議首都直下地震対策検討ワーキンググループ)


コラム

●首都圏に被害をもたらす地震について  

加藤愛太郎

東京大学 地震研究所 教授

加藤 愛太郎


 関東地方の下には,南側の相模トラフからフィリピン海プレートが沈み込み,東側の日本海溝から太平洋プレートがフィリピン海プレートの下側に沈み込んでいます。2つのプレートが陸のプレートの下に沈み込む珍しいテクトニクス環境であり,プレート同士がお互いに作用を及ぼしあうことで,複数の場所で活発な地震活動が長期的に発生しています。

 南側の相模トラフでは,フィリピン海プレートと陸のプレートの境界が固着していることにより,沈み込みに伴って,両プレートの間にはひずみが蓄積されています。このひずみを解放するために,過去にたびたび大地震が起きており,100年前にM8.2の大正関東地震(1923年:関東大震災)が発生しました(①のタイプ)。その5分後にM7.3の地震,翌日にもM7.3の地震が起き,大きな地震が短時間に連発しました。また,1703年には元禄関東地震(M8.5)が起きました。その震源域は,大正関東地震の震源域に加えて,房総半島の東側の沖合にも広がっていたと推定されています。

関東地方で発生する地震のタイプ

 太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界(②のタイプ)では,近年,M6程度の地震が複数発生していますが,津波堆積物を用いた最近の調査により,この境界がM8後半の巨大地震・津波を起こす場所として注意すべきことが指摘されています。太平洋プレートは,より浅い側で陸のプレートと接していますが,この境界(③のタイプ)では,1677年延宝房総沖地震(M8クラス)が起き,津波が房総半島沿岸を襲いました。

 プレート境界の巨大地震に加えて各プレートの内部でも,これまでにM7程度の地震が数多く発生しています(④,⑤,⑥のタイプ)。たとえば,東京の中心部では,1855年安政江戸地震(M7.1)や,1894年明治東京地震(M7.0)などが起きています。また,地震活動に静穏期と活動期があるように見えるという指摘があります。元禄関東地震と大正関東地震の間の220年間でみると,地震活動は,前半は比較的静かですが,後半に活発化しました。また,大正関東地震以降現在に至る100年間でみると,M7程度の地震は1987年千葉県東方沖地震のみであり,静穏な期間が継続しています。大正関東地震から100年が経過し,過去,最短で180年間隔で大地震が起きていたことを考慮すると,次の関東地震の発生に向かって,地震活動が今後活発になると考えられます。

元禄関東地震以降の地震活動(M6以上)

 過密で脆弱な首都では,M6クラスの地震による揺れでも,大きな災害が生じる恐れがあります。たとえば,2021年に発生した千葉県北西部地震(M5.9:気象庁M)(②のタイプ)では,最大震度が5強にもかかわらず,多数の負傷者に加え、各地で交通機関やライフライン等に大きな影響が生じました。強い揺れに見舞われても大きな災害が発生しないように,建物・構造物・ライフライン等の耐震化や,家具等の転倒防止対策,食料・必需品の備蓄など,地震対策を早急に進めることがとても重要です。

 本文中、大正関東地震、元禄関東地震のM は「首都直下地震対策検討ワーキンググループ(内閣府)」報告書を、その他の出典の記載のない地震のMは「相模トラフ沿いの地震活動の長期評価(第二版)について(地震本部)」報告書(表1-1)を参照しました。


コラム

●関東大震災から100年のあゆみと未来へ向けて

室谷智子

国立科学博物館 理工学研究部

室谷 智子


 1923年関東大震災から100年を迎える今年、国立科学博物館では関東大震災100年企画展(9/1-11/26,東京・上野公園)を開催します。関東大震災に関連する展示は、2003年の特別展「THE 地震展」以来となります。それから20年経つ間に、私たちは2018年北海道胆振東部地震や2016年熊本地震,2011年東日本大震災などいくつもの大地震に見舞われました。日本では、いつどこで大地震が発生してもおかしくありません。本展では、気象庁をはじめ多くの関係機関にご協力いただき、関東大震災とはどのような地震によって引き起こされた災害だったのか、帝都はどのような街づくりを目指して復興を遂げたのか、この100年間で地震学や防災に関する研究がどのように発展し、現在の私たちの生活に結びついているか、さらには今私たちが考えるべきことなどを紹介します。歴史的な災害史料も展示しながら、どうすれば記憶に残り継承できるか、いろいろと工夫した展示を目指します。皆様にとって人と自然、科学技術との関係について、改めて向き合うきっかけとなれば幸いです。

展示資料調査の様子

コラム

●「関東大震災から100年」特設サイトを開設しました

 令和5年(2023年)は、甚大な被害をもたらした関東大震災から100年にあたります。過去の大災害から学び、地震・津波への備えに活用いただくために気象庁ホームページ内に「関東大震災から100年」特設サイトを開設しました。

 この特設サイトでは、関東大震災の概要や当時の被害、首都直下地震等の関東地方で起こりうる地震の特徴、地震・津波に備えるための知識等を多くのイラストや写真を用いて解説しています。特に、中学生・高校生の皆様にも知っていただけるように紹介しておりますので、学校やご家庭での日頃の災害対策の見直しや、地域の防災教育等にご活用ください。

関東大震災の震度分布図

当時の被害写真

コラム

●横浜地方気象台における関東大震災100年への取り組み

 令和5年は関東大震災から100年にあたります。この地震では関東南部を中心に火災を含め大きな被害が発生しましたが、神奈川県の各所でも大規模な土砂災害や津波の被害が発生したことは、あまり知られていません。そこで、横浜地方気象台では、この震災による県内の被害を多くの方々に知っていただき、日頃からの地震の備えにつながるよう、普及啓発に取り組んでいます。

関東大震災前の神奈川県測候所

 この取り組みとして、まずは令和5年1月に、横浜地方気象台のホームページに特設サイトを設け、当時の被害写真や現在の震災遺構の写真等を掲載しました。引き続き、震災が発生した9月1日を中心に、台内における特別展示をはじめ、防災機関と連携した講演会やワークショップの開催など、地震防災に関連したさまざまな取り組みを進めていく予定です。

 なお、現在の横浜地方気象台は、当時の神奈川県測候所(写真)が震災で焼失し、現在の場所(横浜市中区)に再建されたものです。気象台の建物は横浜市の歴史的建造物に指定されていて、年間を通じて多くの人が訪れる場所となっています。

気象台ホームページ特設サイト

(2)日本海中部地震から40年、北海道南西沖地震から30年

ア.昭和58年(1983年)日本海中部地震

 昭和58年5月26日、男鹿半島の北西約70キロメートルでマグニチュード7.7の地震が発生し、地震及び津波により死者104人、住家全半壊3,049棟、船舶沈没・流失706隻等の大きな被害が生じました。この地震は津波による被害が大きく、日本海沿岸の広い範囲に被害が及び、死者のうち100人は津波によるものでした。この中には、遠足で海岸に来ていた小学生13人が含まれています。一方、地震による被害は秋田県と青森県に集中し、死者4人のほか、建物・道路・鉄道・堤防等に被害がありましたが、各所での液状化の発生により被害が拡大しました。

日本海中部地震の被害写真

イ.平成5年(1993年)北海道南西沖地震

 平成5年7月12日、北海道南西沖でマグニチュード7.8の地震が発生し、地震及び津波により死者202人、行方不明者28人、負傷者323人、住家全半壊1,009棟等の大きな被害が生じました。地震発生後、大きな津波が発生し、北海道や東北地方の日本海側をはじめ、島根県や兵庫県等の西日本や対岸のロシア、朝鮮半島にも大きな被害を与えました。特に北海道の奥尻島には、地震発生からわずか数分で大津波が来襲し、その後発生した火災とともに被害を更に甚大なものにしました。現地調査によって奥尻島の藻内(もない)地区で津波の遡上高が29メートルに達したことがわかっています。

北海道南西沖地震の被害写真

ウ.これらの地震を契機とした津波警報等の迅速化

 昭和58年(1983年)の日本海中部地震を契機に、沿岸地域における津波警戒の徹底が図られ、同年6月には、「海岸で強い揺れやゆっくりとした揺れを感じたときは、すぐさま高台等安全な場所に避難」との呼びかけが行われるようになりました。また、当時、津波警報の発表が地震発生後14分であったのに対し、震源に近い沿岸域では7分から8分後に津波が来襲していました。このため、地震波形データの自動処理等を導入した計算機処理システム(EPOS)を開発し、昭和62年8月からは地震発生後約7分での発表を目指しました。このほか、平成13年(2001年)1月からは、日本海で発生する地震に伴う津波の予想される高さ及び到達予想時刻に関する情報について、国外への提供を開始しています。

 また、平成5年(1993年)の北海道南西沖地震では地震発生後約5分で津波警報を発表しましたが、約3分後には奥尻島に津波が来襲していました。このため、更なる発表時間の短縮を目指し、全国180カ所に60~70キロメートル間隔で新たな地震観測点を配置し、平成6年8月からは、沿岸付近で発生した地震の場合、地震発生後約3分で津波警報の発表を可能としました。現在では、緊急地震速報の技術も活用し、日本近海で発生した地震については、約2分から3分で津波警報等を発表しています。

 これらの地震のように、津波は、地震発生後すぐに襲ってくることがあります。海岸付近で地震の揺れを感じたり津波警報等が発表されたら、直ちに高い場所に避難することが重要です。 


コラム

●日本海中部地震を教訓とした防災への取り組みと対策について

小澤田一志

秋田県 男鹿市 総務企画部 危機管理課 課長(執筆当時)

小澤田 一志


 本市は、秋田県臨海部のほぼ中央、日本海に突き出た男鹿半島が市域となっております。その独特な地形と、海と山、そして湖と変化に富んだ美しい自然環境に恵まれていることから、国定公園の指定を受けており、県内を代表する観光地です。その一方では、津波、土砂災害のリスクも懸念されます。

 令和5年(2023年)は、昭和58年(1983年)の日本海中部地震から40年を迎えます。

 日本海中部地震は、秋田県沖を震源としたマグニチュード7.7、最大震度5の地震であり、本市では、遠足に訪れていた小学生の児童が多数、津波の犠牲となるなどの甚大な被害を及ぼし、大変心が痛む災害でした。本市では、二度と同様の惨劇を繰り返さないよう日本海中部地震を教訓とした防災への取り組みを強化して参りました。

 災害に備えるためには、日頃からの訓練が重要であることは言うまでもありませんが、新型コロナウイルス感染拡大を懸念し、近年は防災訓練や講習会等の中止を余儀なくされました。

 しかし、コロナ禍であっても災害はいつ起こるか分かりません。令和4年(2022年)度は、自主防災組織や消防団に所属する地域住民と市職員らが協働で本市の地域特性により想定される災害に対応する訓練や、コロナ禍における避難所開設運営訓練等を行う「男鹿市総合防災訓練」を実施しました。

 加えて、平成23年(2011年)度より実施している「男鹿市防災リーダー認定講習会」を開催し、自主防災組織の方を始めとする地域住民を中心に多数の方々が受講されました。本講習会は、災害が発生した場合に的確に対処するため基礎知識を身に付けた防災リーダーを育成することにより、日頃から自主的な防災意識を持ち、災害に強い地域社会をつくることを目的としており、これまでに延べ約1,200人の方々が認定を受けております。

 災害時には、地域住民と行政が一体となって取り組んでいかなければなりません。豪雨、大規模な地震など激甚化する災害に対応するためには、防災関係機関における公助のみならず、自分の命は自分で守る自助のこころ、地域住民等が互いに協力しながら活動する共助のこころが必要不可欠です。

 今後もより一層、地域との繋がりを大切にし、関係機関・団体と連携を強化するとともに、更なる地域防災力の向上を図って参ります。

令和4年度男鹿市総合防災訓練の様子

コラム

●国立国会図書館における収蔵資料の活用

髙三潴美穂

国立国会図書館 利用者サービス部科学技術・経済課

髙三潴 美穂


 今年2023年は近代日本の首都圏に甚大な被害を与えた関東大震災から100年の節目の年です。この100年の間に我が国では、阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)に代表される大きな被害を伴う災害が度々発生しています。今後の災害対応として、その記録を保存・利用していくことは重要といえます。

 そこで、国立国会図書館として、資料の保存・利用と『知りたい』へのサポートの二点から、各府省庁をはじめとした皆様に納本にご協力いただいている資料を活用して提供しているコンテンツを紹介します。

 資料の保存・利用によるコンテンツには、現在も収集と提供を同時進行しているものと、収蔵資料を活用しているものがあります。

 前者としては、国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(以下、ひなぎく)と国立国会図書館インターネット資料収集保存事業(以下、WARP)があります。

 ひなぎく(https://kn.ndl.go.jp)は、東日本大震災関連のデジタルデータを一元的に検索・活用できるポータルサイトです。東日本大震災に関する様々なテーマについて、音声・動画、写真、ウェブ情報等を包括的に検索できます。

 WARP(https://warp.da.ndl.go.jp/)は、インターネット上の情報を後世に残すことを目的に、国の機関、自治体、法人、大学などのホームページ、電子雑誌などを収集・保存し、公開しており、災害関係資料も多く含んでいます。

国立国会図書館デジタルコレクション

 後者としては、収蔵資料を活用した展示があります。当館では実際の資料展示と国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/)の資料を活用する電子展示を定期的に行っていますが、今回は災害にちなんだ電子展示を紹介します。ミニ電子展示「本の万華鏡」第8回「津波-記録と文学-」(https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/8/)では、気象庁の前身である中央気象台の資料も紹介しています。

 そして、『知りたい』へのサポートとしては、何かを調べる際の参考資料や情報を紹介するデータベース、リサーチ・ナビ(https://rnavi.ndl.go.jp/)の提供があります。提供に当たっては、主にレファレンス担当者が実際のレファレンスから得た知識を基に、調べ方のポイントや参考資料、データベースやウェブサイトの案内など、調べものに役立つ情報をまとめています。災害についても「地震について調べる」、「過去の災害を調べる」、「関東大震災と帝都復興」などを用意しています。

 災害対応を考えるに当たって、上記当館のコンテンツもご活用いただければ幸いです。


2 巨大地震対策

(1)南海トラフ沿いの巨大地震対策

ア.南海トラフ地震とは

 南海トラフ地震は、駿河湾から日向灘沖までの南海トラフ沿いのプレート境界で概ね100から150年間隔で繰り返し発生してきた大規模地震です。過去の事例では、想定震源域のほぼ全域で同時に地震が発生したことがあるほか、東側半分の領域で大規模地震が発生し、時間差をもって残り半分の領域でも大規模地震が発生したこともあります。

過去に発生した南海トラフ地震の震源域の時空間分布

 南海トラフ沿いでは、前回の昭和東南海地震(昭和19年(1944年))や昭和南海地震(昭和21年)が起きてからすでに約80年が経過しており、次の南海トラフ地震発生の切迫性が高まってきていると考えられています。

 南海トラフ全体で想定される最大規模の地震が発生した場合は、静岡県から宮崎県にかけての一部の地域で最大震度7の激しい揺れが、関東地方から九州地方にかけての太平洋沿岸の広い範囲に10メートルを超える大津波の来襲が想定されています。

南海トラフ巨大地震の想定震源域と震度分布・津波高

イ.「南海トラフ地震に関連する情報」と「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」

 平成29年(2017年)9月に中央防災会議は、現時点では、「大規模地震対策特別措置法に基づく警戒宣言後に実施される地震防災応急対策が前提とする地震の発生時期や場所、規模に関する確度の高い予測は困難である」と指摘しました。一方、確度の高い予測は困難であるものの、南海トラフ地震について「地震発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まっている」と評価することは可能であるとも指摘しました。これらを受けて、令和元年(2019年)5月31日に南海トラフ地震防災対策推進基本計画が変更され、気象庁は同日から、南海トラフ全域を対象に地震発生の可能性の高まりについてお知らせする「南海トラフ地震臨時情報」等の「南海トラフ地震に関連する情報」の運用を開始しています。

 「南海トラフ地震に関連する情報」を発表するにあたり、南海トラフ地震発生の可能性の平常時と比べた相対的な高まりや、南海トラフ及びその周辺の地域における地殻活動と南海トラフ地震との関連性について有識者から助言をいただくために、「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」(以下「評価検討会」という。)を開催しています。評価検討会には、異常な現象が観測された場合に南海トラフ地震との関連性を緊急に評価するための臨時の会合と、平常時から観測データの状況を把握するために原則毎月1回開催している定例の会合があります。

「南海トラフ地震に関連する情報」の種類及び発表条件

「南海トラフ地震に関連する情報」発表の基本的な流れ

ウ.「南海トラフ地震臨時情報」に対する心構え

 南海トラフ地震から自らの命や家族の命を守るためには、突発的に地震が発生した場合を想定し、家具の固定、避難場所・避難経路の確認、家族との安否確認手段の取り決め、家庭における備蓄等の備えを日頃から確実に実施しておくことが重要です。

 その上で、「南海トラフ地震臨時情報」が発表された際には、改めて事前の備えを確認しておくことに加え、政府や自治体からの呼びかけ等に応じた防災対応をとることが大切です。さらに、実際に大きな地震が発生した場合に、緊急地震速報や津波警報等を昼夜問わず見聞きできるようにしておくことも重要です。

○南海トラフ沿いで異常な現象が観測されず、本情報の発表がないまま、突発的に南海トラフ地震が発生することもあります。

○地震発生の可能性が相対的に高まったと評価した場合でも南海トラフ地震が発生しないこともあります。

○南海トラフ地震の切迫性は高い状態にあり、いつ地震が発生してもおかしくないことに留意が必要です。

(2)日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対策

ア.日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震とは

 日本は4つのプレートの境界部に位置しており、そのうちの1つである太平洋プレートは日本列島の下に沈み込み、海溝(細長い溝状の地形)を形成しています。房総沖から青森県東方沖の海溝は日本海溝、十勝沖から択捉島沖及びそれより東の海溝は千島海溝と呼ばれています。

 日本海溝及び千島海溝沿いの領域では、マグニチュード7から9の大小さまざまな規模の地震が多数発生しており、平成23年(2011年)に発生した東北地方太平洋沖地震では死者・行方不明者が2万人を超えるなど、主に津波により甚大な被害が発生しました。また、それ以前にも、明治三陸地震(明治29年(1896年))や貞観地震(貞観11年(869年))等、巨大な津波を伴う地震が繰り返し発生しています。

日本海溝・千島海溝沿いで過去に発生した大規模地震の震源域

 内閣府の「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震モデル検討会」の報告によれば、北海道から岩手県の太平洋沿岸地域における津波堆積物から過去の最大クラスの津波は約300年から400年間隔で発生したとされています。直近の発生が17世紀で、すでに300年から400年経過していることを考えると、当該地域では最大クラスの津波を伴う地震発生が切迫している状況にあると考えられています。

 日本海溝・千島海溝沿いで想定される最大クラスの地震が発生した場合、北海道から宮城県の太平洋側の広い範囲で、震度6弱以上の強い揺れが想定されています。また、北海道から千葉県までの広い範囲で高さ3メートル以上の津波が到達することが想定されています。

日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震で想定される津波高及び震度分布

イ.日本海溝・千島海溝沿いにおける後発地震発生の可能性

 日本海溝・千島海溝沿いの領域では、突発的に地震が発生した場合を想定し、平時から事前の防災対策を徹底し、巨大地震に備えることが重要です。また、モーメントマグニチュード(Mw)7クラスの地震が発生した後、数日程度の短い期間をおいて、さらに大きなMw8クラス以上の大規模な地震が続いて発生する事例等も確認されています。実際に後発地震が発生する確率は低いものの、巨大地震が発生した際の甚大な被害を少しでも軽減するため、中央防災会議において、後発地震への注意を促す情報が必要である旨の提言もされました。

※モーメントマグニチュード(Mw)とは、岩盤のずれの規模(ずれ動いた部分の面積×ずれた量×岩石の硬さ)をもとにして計算したマグニチュードのことです。

※ここでは、先に発生したMw7クラス以上の地震の後、短い期間をおいて続いて発生する大規模地震(概ねMw8クラス以上)を「後発地震」と呼ぶ。

日本海溝・千島海溝沿いで、Mw7クラス以上の地震が発生した後に、Mw8クラス以上の後発地震が発生した過去事例

ウ.「北海道・三陸沖後発地震注意情報」とは

 日本海溝・千島海溝沿いの領域で地震が発生すると、その地震の影響を受けて大規模地震が発生する可能性が平常時より相対的に高まると考えられています。このため、気象庁では令和4年(2022年)12月16日から、北海道の根室沖から東北地方の三陸沖の巨大地震の想定震源域及び想定震源域に影響を与える外側のエリアでMw7.0以上の地震が発生した場合に、後発地震への注意を促す情報として「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表することとしています。

Mw7.0以上の地震に続いて、Mw7.8以上の地震が発生した事例のパターン(1904~2017年の世界の事例より)

 全世界の過去の事例から考えると、実際に後発地震が発生する確率は低いものの(Mw7.0以上の地震発生後、7日以内にMw8クラス以上の地震が発生するのは100回に1回程度)、巨大地震が発生した際の甚大な被害を少しでも軽減するために必要な情報です。

情報発表条件

エ.「北海道・三陸沖後発地震注意情報」発表時に防災対応をとるべき地域

 「北海道・三陸沖後発地震注意情報」が発表された場合には、日本海溝・千島海溝沿いにおける最大クラスの津波を伴う巨大な地震が発生することを想定し、必要な防災対応をとることが重要です。

 日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震で震度6弱以上、津波高3メートル以上が想定される市町村を基本として、関係道県と調整した上で「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の発表に伴い防災対応をとるべき地域が内閣府により右図のとおり整理されています。

「北海道・三陸沖後発地震注意情報」発表時に防災対応をとるべき地域

オ.「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の発表の流れ

 気象庁において一定精度のMwを推定し、「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の発表条件を満たしているとの判断ができ次第、内閣府と気象庁による合同記者会見が開催されます。合同記者会見では、気象庁から「北海道・三陸沖後発地震注意情報の発表と解説」が行われ、その後に内閣府から「当該情報を受けてとるべき防災対応の呼びかけ」が行われます。

情報発表の流れ(イメージ)

カ.「北海道・三陸沖後発地震注意情報」に対する心構え

 平常時から突発的に地震が発生した場合を想定し、日頃からの地震への備え(事前防災対策)を徹底することが大前提です。その上で、「北海道・三陸沖後発地震注意情報」発表時には、1週間程度、備えの再確認や迅速な避難態勢の準備をすることが重要です。

「北海道・三陸沖後発地震注意情報」発表時の防災対応の例

 「北海道・三陸沖後発地震注意情報」は極めて不確実性が高い情報であるため、それに応じた防災対応は大変難しいという背景があります。この情報を受け取った場合には、下記の留意事項を考慮した上で、必要な防災対応をとることが重要です。

○この情報は、大規模地震の発生可能性が平常時と比べて相対的に高まっていることをお知らせするものであり、特定の期間中に大規模地震が必ず発生するということをお知らせするものではありません。

〇モーメントマグニチュード8 クラス以上の大規模地震は、後発地震注意情報が発表されていない状況で突発的に発生することが多いことに留意し、日頃から地震への備えを徹底することが最も重要です。

〇最大クラスの津波を伴う巨大地震に備えることが大切ですが、最大クラスの地震より規模はやや小さいが発生確率が高い地震や、直上で強く揺れる比較的浅い場所で発生する地震にも備える必要があります。

〇巨大地震の想定震源域(北海道の根室沖から東北地方の三陸沖)の外側でも、先に発生した地震の周辺では、大規模地震が発生する可能性があるので注意が必要です。

〇後発地震の発生可能性は、先に発生した地震が起こってから時間が経つほど、また、先に発生した地震の震源から遠いところほど低くなります。

〇後発地震の発生可能性は、後発地震の規模が大きいほど低くなり、最大クラスの後発地震が発生する可能性はさらに低くなります。


コラム

●南海トラフ地震臨時情報や北海道・三陸沖後発地震注意情報をあなたはどのように活かしますか?

片田 敏孝

東京大学 情報学環総合防災情報研究センター

片田 敏孝


 南海トラフ地震臨時情報や北海道・三陸沖後発地震注意情報は、当該地域で大きな地震が発生した後、それに連動する後発地震が発生しやすい状況や、監視観測の体制が整っている南海トラフ地震においては、観測値に異常な兆候が見られるときに発表され、津波を伴うような大きな地震の発生の可能性が平時に比べて高いことを周知する情報である。

 地震の連動について過去の実績を見ると、2011年3月11日の東日本大震災(M9.0)は、その2日前の3月9日にM7.3の地震の後に発生している。また、南海トラフにおいても1854年の安政東海地震と安政南海地震(ともにM8.4)は、約31時間をおいて相次いで発生しており、大きな海溝型地震が発生したときには、その震源域の周辺で短時間の内に後発地震が発生したことが確認できる。

 しかし、この情報が発表されたとしても大きな後発地震が発生するとは限らない。世界の事例をみると、M8以上の地震が発生した後に隣接する領域でM8クラス以上の地震が発生した事例は、103事例のうち、7日以内に7事例、3年以内に17事例であり、連動するといっても大まかに言えば100回に1回程度のことであり、時間の経過に伴ってその発生可能性は低くなっていく。それであっても確かに大きな地震には連動性が認められるし、大きな地震の後に引き続いて発生する後発地震の可能性は、直近であるほど相対的に高いことは事実であり、その期間において地震臨時情報や後発地震注意情報を発表して、注意や対応のレベルを上げることを促す必要がある。しかし問題はそれほど単純ではない。

 津波の危険地域にあっては、社会経済活動を一時的に停止して事前に避難をすれば安全を確保することはできるが、100回に1回程度の連動に関する情報に対して、毎回避難をするような対応を取り続けることには現実的には無理があると言わざるを得ない。また、いつまで警戒を高く維持すべきかという問題はさらに難しい。後発地震の発生可能性が相対的に高い一週間程度の期間を終えて情報が解除されたとしても、その後においても後発地震の可能性は続き、とても警戒を解除する状況にはならない。しかしその一方で、社会経済活動に大きな制約が加わるような対応をいつまでも継続する訳にもいかない。

 地震臨時情報や後発地震注意情報は、地震の大きさ、発生時期のみならず、発生の有無すら不確実な事象に関する情報であり、それらの情報への対応のあり方すら明示することが難しい情報である。しかしそれであっても大きな地震やそれに伴う津波の発生可能性が平時に比べて高いのであれば、それを国民に周知することは必要である。この情報への対応に正解はなく、発表期間中はすぐに避難できる準備を整えておくことや、南海トラフについては事前避難の推奨等も行われているが、その対応で十分である保証はない。これらの情報が発表された場合にとるべき行動は、自ら決めることは難しいが、行政や専門家を含めて他者に問うても答えが得られるものではない。自らが決める以外にないのだ。この情報をどのように活かすのかは、あなた次第と言わざるを得ない。


3 防災気象情報の強化

(1)長周期地震動に対応した防災気象情報の強化

 長周期地震動とは、大きな地震で生じる、ゆっくりとした大きな揺れ(周期の長い揺れ)のことをいいます。高層ビル等では、長周期地震動により大きく長時間揺れ続けることがあります。長周期地震動は、高層ビルだけではなく低い建物でも免震構造の場合や、コンビナート等の石油タンクや長い橋等の長大構造物等にも影響を与えるため、そのような施設についても注意が必要となります。また、規模の大きい地震ほど長周期地震動が大きくなり、周期の短い揺れに比べ減衰しにくいため遠くまで伝わりやすいという特徴があります。このため、巨大地震が発生した場合には、広い範囲で長周期地震動による被害の発生が想定されます。この長周期地震動による被害の軽減に資するため、気象庁では令和5年(2023年)2月1日から、下記①、②の防災気象情報の強化を実施しました。

 ①緊急地震速報の発表基準に長周期地震動階級を追加

 ②長周期地震動に関する観測情報の発表を迅速化

ここでは上記2つの取り組みや、事前の対策の重要性及び緊急地震速報を見聞きした時の行動について紹介します。

ア.緊急地震速報の発表基準に長周期地震動階級を追加

 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震において、長周期地震動により大都市圏に立地する高層ビル内で、人の行動が困難となったり、家具類が転倒・移動するといった被害が発生しました。このような過去の長周期地震動による被害を踏まえ、「長周期地震動に関する情報検討会」を平成24年から開催し、長周期地震動に関する情報のあり方の検討を行ってまいりました。検討の結果、平成28年度の報告書では、近年の高層ビルの増加により長周期地震動の影響を受ける人口が増加していることや、長周期地震動により人命に係る重大な災害が起こるおそれがあることなどから、広く国民に警戒・注意を呼びかける予測情報を気象庁が発表することが必要とされました。

 また、予測情報の発表の仕方としては、複数の異なる警報を出すことは受け手側の対応が困難になることや、とるべき行動に大きな違いがないことから、地震動に対する警戒を伝える緊急地震速報の発表基準に加えることが妥当とされました。その後、社会実装に向けた実証実験等を経て、令和5年(2023年)2月から緊急地震速報の発表基準に長周期地震動階級を追加することになりました。

緊急地震速報(警報)の発表基準

イ.長周期地震動に関する観測情報の発表を迅速化

 長周期地震動による高層ビルにおける人の行動の困難さの程度や、家具やオフィス機器等の移動・転倒等の被害の程度が、震度では分かりにくいという特徴があります。このため、気象庁では、高層ビル等における地震後の防災対応等の支援を図るため、長周期地震動による揺れに対する指標として長周期地震動階級を定め、長周期地震動による高層ビル内での被害の発生可能性等についてお知らせする長周期地震動に関する観測情報を平成25年(2013年)3月より試行として気象庁ホームページに掲載し、平成31年3月に本運用へ移行しました。

 これまで、長周期地震動に関する観測情報の発表には地震発生から20から30分程度を要していましたが、令和5年(2023年)2月からは地震発生から10分程度で発表しています。これまでよりも迅速に情報を発表できるようになったことで、地震発生後早期に高層階での被害の可能性を把握するなど、様々な防災対応に活用いただけます。

長周期地震動の特徴及び長周期地震動階級の説明

ウ.事前の備えや緊急地震速報を見聞きした時の行動

 地震はいつどこで起きるかわからないため、事前に備えておくことが重要です。家具類の固定や配置、安全スペースの確保等、普段から地震対策を行うことで被害を軽減することができます。特に長周期地震動の場合は、キャスター付きの家具類は大きく動きますので、使わない時などは固定するなどの処置も有効です。

家具類の固定

 長周期地震動階級の予測が緊急地震速報の発表基準に加わりましたが、緊急地震速報を見聞きした時の行動はこれまでどおり、慌てずにまずは身の安全を確保いただくことに変わりはありません。また、短時間で的確な行動をとるためには、あらかじめとるべき行動を決めておくことが重要です。

 緊急地震速報については気象庁ホームページで詳しく解説していますので、是非ご覧ください。

※https://www.data.jma.go.jp/svd/eew/data/nc/index.html


コラム

●長周期地震動階級の予測と超高層建築の対策

久田 嘉章

工学院大学 建築学部

久田 嘉章


 令和5年(2023年)2月より緊急地震速報に長周期地震動階級の予測情報が追加されたが、この機会にぜひ超高層建築の安全対策を推進して頂きたい。南海トラフ沿いの巨大地震や南関東地震などが発生した場合、数百キロメートルの遠方でも長周期地震動により超高層建築物に被害が生じるが、事前に十分な対策を行なっていれば、被害を大きく低減させることができる。

 長周期地震動により超高層建築は大きく揺れ、被害は必ず発生する。超高層建築は周期2秒程度以上の固有周期の柔構造であり、短周期地震動が卓越する「普通の地震動」に対しては高さ方向に揺れの振幅を左右に分散させることができる。一方、継続時間が非常に長い「長周期・長時間地震動」に対しては建物の固有周期との選択共振により、高層階ほど大きく揺れ、場合により1から2メートル程度の振幅になる可能性がある。但し、超高層建築は巨大であり、かつ、高い耐震性があるため、極端に悪い条件が重ならない限り、倒壊する可能性は低い。但し、人間スケールでは極めて大きな揺れであり、対策を怠れば深刻な被害が発生する。写真は平成23年(2011年)東日本大震災の際の東京・西新宿の超高層建築の高層階の被害と対応の様子である。振幅は最大で30センチメートル程度であったが、10分間は揺れ続け、固定していない重い本棚が転倒し、間仕切壁に寄りかかって倒壊させそうなった。幸いにも怪我人はなく、つっかえ棒で壁の転倒を抑えようとしている。

平成23年東日本大震災における東京都新宿における超高層建築の高層階の被害の様子

 長周期地震動に対する代表的な対策を紹介したい。まず建物のハード対策として、様々な制振装置が開発されており、既存の建物にも設置可能である。但し、揺れの振幅と継続時間は低減できるが、それでも大きく揺れるため、自助・共助による対策が必須となる。まず行うべきは全ての地震対策に共通な家具・什器・天井等の転倒・落下の防止による室内被害の低減策である。長周期地震動ではコピー機などキャスター付きの重い機器が大きく移動するため、移動防止も必須である。次に様々な被害(小火・負傷者・閉じ込めなど)を想定した事前の対応策も重要である。大地震後には建物内で同時多発する被害が生じ、エレベータは停止し、電話も輻輳するため、防災センターの職員や管理人は高層階に駆け付けることはできない。従って、その階にいる住民が自分たちで目の前の被害に対応する必要がある。通常の防災訓練は火災による避難訓練が行われるが、並行して初期消火や救援救護の訓練をぜひ実施して頂きたい。小火の際は消火器や屋内消火栓を使える、閉じ込めの際はバール等でドアをこじ開けたり、重い家具の下敷きとなった住民を助け出す、負傷者の際は応急救護や担架搬送ができる、などである。そのための必要な機材・備蓄は高層階にも配備しておく必要がある。火災や深刻な建物被害が無ければ、安全性が高く多数の住民を抱える超高層建築では「帰らない・逃げない」ことが求められている。仮に高層階が使えなくても、低層階の共用スペースなどを活用し、その後の復旧活動をスムースに行える準備をして頂きたい。最後に、遠方の巨大地震であれば長周期地震動の予測情報は非常に有効になる。大きな揺れに成長するまでに十分な余裕的時間があるので、身の安全を確保する前に部屋のドアを開けたり、エレベータでは最寄り階に停止したり、油を使った料理中のガスを止めるなどの対応も可能になる。超高層建築の住民は縦に長いまちの運命共同体であり、普段から円滑なコミュニティーの形成が重要になる。それが無いと災害後の緊急対応ができないだけでなく、その後の修繕計画や費用負担などの合意形成も非常に困難になる。


(2)推計震度分布図の改善

 推計震度分布図は、実際に観測された震度等を基に、地表付近の地盤の揺れやすさ(地盤増幅度)を使用して震度を推計し、震度計のない場所も含めて面的な分布図で震度を表したものです。気象庁は、令和5年(2023年)2月1日より、従来よりも高解像度化・高精度化した推計震度分布図の提供を開始しました。具体的には、使用する地盤情報を1キロメートルメッシュ(1キロメートル四方の領域)から250メートルメッシュに変更して高解像度化したほか、緊急地震速報の震度予測技術を用いることにより、停電等で震度データが入手できない観測点があった場合も高い精度の推計震度分布図を作成・提供できるようになりました。250メートルメッシュごとに推計した震度情報は、地図データとして活用可能な形式で提供しています。このため、地図に重ね合わせて利用することで様々に活用いただけます。気象庁ホームページでは地図と重ね合わせて掲載しますので、揺れが強かった地域を一目で確認したり、震度計がない地域の震度を速やかに把握したりすることが可能です。

 推計震度分布図は、地震発生直後の、応急対応すべき優先箇所の判別に活用可能です。また、迅速かつ適切な救難ルートの選定や避難場所の選定等にも活用いただけます。さらに、メッシュデータを用いることで、ある地域の建物の被害を推計することや、企業活動において被災地域に立地する拠点・事業所のBCP対応の判断材料として活用いただくこともできます。

 ある震度が推計された地域において、どのような現象や被害が発生すると想定されるかについては、気象庁震度階級解説表(気象庁ホームページ)をご参照ください。

推計震度分布図のイメージ

 ※利用上の留意事項

 推計震度分布図で示す個々のメッシュの震度は、各メッシュの四角形内が同一震度であることを示すものではなく、またメッシュの境界線が震度の境界でもありません。したがって、分布図を必要以上に拡大してメッシュの境界線を強調してもあまり意味がありません。図を活用する場合、大きな震度の面的な拡がり具合やその形状に着目していただくことが重要です。また、推計された震度の値は、場合によっては1階級程度異なることがあります。


4 普及啓発の取り組み

 地震・津波の普及啓発の取り組みについては、より多くの人に関心を持っていただくため、様々なメディアを活用するとともに、デジタルメディアとも連携しながら進めています。

 例えば、日々の普及啓発の取り組みとしては、気象庁防災情報Twitterで地震・津波に関する情報を積極的に投稿しています。投稿する内容は時期に合わせて決めていますが、6月から9月は海水浴シーズンにあたりますので、聴覚に障害のある方に津波警報等をお知らせする「津波フラッグ」の投稿を平日ほぼ毎日行いました。その結果、ニュースサイトに取り上げられたり、「広報活動として効果的だ」というような応援ツイートがあったりと、大きな反響がありました。「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の運用開始前には、多くの方に興味を持っていただけるようクイズ形式にしてこの新しい情報を紹介しました。

 また、幅広い世代に興味を持っていただけるような取り組みとして、マンガ小冊子を制作しています。「津波フラッグ」のマンガ小冊子では、小冊子の内容を幅広く周知するべく、クロスメディアによるプロモーションを行うため、TwitterやYouTubeに掲載可能なマンガ動画も制作しました。Twitterでは動画のリンクを貼ったツイートよりも、動画を直接掲載したツイートの方がより視聴回数が上がることから、動画掲載時間上限の2分20秒に収まるように、小冊子の内容を基に再編集しました。実際に、Twitterに掲載した動画の視聴回数は、YouTubeに掲載したマンガ動画と比較して約50倍(ともに令和5年(2023年)1月末現在の視聴回数を比較)となり、これまで以上に多くの方に視聴いただきました。

 さらに、気象庁では、デジタルメディアと連携した防災情報の普及啓発にも取り組んでいます。例えば、ヤフー株式会社が制作するインフォグラフィックについて、当庁が監修の立場で加わり、地震・津波に関する防災情報の図解については、これまでに「津波フラッグ」「長周期地震動階級」「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を制作しました。本図解は、当庁での活用はもちろん、Yahoo!ニュースで関連記事が取り上げられる際のトピックスページに掲載され、これまで以上に皆さまの目に触れる機会が増えました。当庁の取り組みを皆さまに知っていただけるよう、今後も、情報伝達のプロフェッショナルの方々との連携等を通じ、より一層伝わりやすい普及啓発に努めてまいります。

「津波フラッグ」マンガ小冊子
Yahoo! ニュースと連携した図解

コラム

●令和4年度 巨大地震対策オンライン講演会

 南海トラフや日本海溝・千島海溝沿いでは、巨大地震の発生が懸念されています。気象庁は、こうした巨大地震発生時には緊急地震速報や津波警報等を発表するほか、もしも巨大地震発生の可能性が平時より相対的に高まった時には、「南海トラフ地震臨時情報」や「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表します。これらの情報を被害軽減のために最大限活用いただけるよう、「巨大地震に関する地震津波情報を最大限に活用するために~巨大地震・津波のサイエンスと防災対応~」というテーマで令和5年2月にオンライン講演会を開催し、Zoomウェビナーにより行ったライブ配信では全国から581人に参加いただきました。各講演の動画を令和5年3月から1年間の予定で、YouTubeでアーカイブ配信しています。

ライブ配信の様子

ライブ配信スタジオの様子

コラム

●高知地方気象台における南海トラフ地震臨時情報の認知度向上に向けた取り組み

 南海トラフ沿いで想定される最大規模の地震が発生した場合、高知県でも強い揺れと大津波により甚大な被害の発生が想定されています。

 高知県内の地元自治体や防災関係機関等による様々な対策・取り組みが進められている中、高知地方気象台は「緊急地震速報」や「南海トラフ地震臨時情報」等を住民のみなさまに適切に利活用いただけるよう、ホームページや講演会等を通じて普及に努めているところです。特に「南海トラフ地震臨時情報」に関しては滅多に発表されない情報ということもあり、その認知度・理解度の向上が急務となっています。

 このため、「まずは情報を知っていただく」ことを主眼に、令和4年度の取り組みの1つとして、地元ラジオ局であるFM高知にご協力をいただき、番組内のコーナーに当台職員が3回にわたって出演し、ラジオパーソナリティとの問答形式で「南海トラフ地震」そのものや、「南海トラフ地震臨時情報」について解説を行いました。

 今後とも地元関係機関のご協力をいただきながら、各種情報が適切に利活用され、被害の軽減に結びつくような取り組みを進めていきます。

FM高知スタジオでの番組収録の様子

コラム

●防災報道におけるアナウンサーの「命を守る呼びかけ」

矢島 学

日本テレビ放送網株式会社 アナウンサー(防災報道担当)

矢島 学


 2018年10月から気象庁記者クラブに登録し、日本テレビの防災報道に携わっています。私の本職はアナウンサーですが、日頃から記者として、予報官や地震火山部の担当者を取材し、会見にも出席しています。クラブ登録をした目的は、自分自身が直接取材することで、防災気象情報に関する理解を深めることでした。

東日本大震災後に日本テレビは、「命を守る報道」を災害時の大方針に掲げました。震災以前は「被害を伝えること」が主題でしたが、震災後は「被害を出さないこと」を目指し、身の安全確保と迅速な避難行動を呼びかけることに重点を置いています。災害時に日本テレビでは、報道番組の担当アナウンサーは勿論、情報番組やバラエティ、スポーツなど、生放送に関わる全てのアナウンサーが「命を守る呼びかけ」をすることを基本としています。例えば、緊急地震速報や津波警報、噴火速報といった突発災害への備えは、新人アナウンサー研修で最初に習う分野です。また、近年激甚化している豪雨災害では、線状降水帯の発生や大雨特別警報、河川の氾濫やダムの緊急放流などへの対応も必須です。

 このように、アナウンサーは常に「もしかしたら自分の生番組中に災害が起きるかもしれない。」という意識を持って放送に臨んでいます。そして、気象庁や自治体が発表した情報を伝える際は、予報官や首長が抱いている危機感をアナウンサー自身が理解した上で、本質的な「命を守る呼びかけ」を行うことが求められます。そこで、日頃の気象庁取材で得た情報をアナウンス部に持ち帰って部員に共有し、全てのアナウンサーが有事対応出来るように研修を続けています。

 一方、防災報道への意識は、在京キー局のアナウンサー間で飛躍的に高まっています。東日本大震災から10年となった2021年、民放 NHKの在京キー局による6局共同プロジェクト「キオク、ともに未来へ」が立ち上がりました。プロジェクトでは、各局間での震災映像の貸し借りや共同取材、6局のアナウンサー共演などが実現しました。これを機に、「6局のアナウンサーで一緒に防災報道を学ぼう」という声が上がりました。いつもはライバル関係にありますが、人命を守る防災の分野では自ずと一致団結し、全局のアナウンサーが賛同しました。こうして2021年4月に「在京6局防災報道アナウンサー勉強会」が発足したのです。

 2か月に一度のペースでリモート開催している勉強会の目玉は、外部講師を招いた合同講義です。アナウンサーにとって、専門家の話を直接聞ける機会は非常に関心が高く、多い時には100人以上のアナウンサーが参加しています。これまで気象庁の方には「線状降水帯の情報」や「南海トラフ臨時情報」、「キキクルの使い方」、「北海道・三陸沖後発地震注意情報」、「長周期地震動の情報」の計5回にわたり講師を務めて頂きました。局の垣根を超えた防災勉強会での意見交換を通じ、6局のアナウンサーが防災報道の知識と意識を高めています。

 今年2023年は、10万人以上が亡くなった関東大震災から100年という節目の年です。100年前は、テレビも緊急地震速報も無い時代でした。今後発生が懸念されている首都直下地震に対し、我々テレビ局は、最新の報道技術と防災情報を駆使し、重責を果たしていきたいと考えています。そして、その実現の為に、アナウンサー自身が防災を学び、「命を守る呼びかけ」に磨きをかけていきます。

在京6局防災アナウンサー勉強会の様子
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