トピックス
Ⅰ 気象情報を様々な形で活用していただくために
トピックスⅠ-1 気象庁ホームページでの情報発信
(1)気象庁ホームページをリニューアル
平成14年(2002年)8月から気象庁ホームページに防災気象情報を掲載しました。その後、頻発する災害に対応するために、気象庁は防災気象情報の改善を進めてきており、それに応じて気象庁ホームページに掲載する防災気象情報もコンテンツを拡充してきました。新たな防災気象情報が提供されるたびに、ホームページの掲載情報が充実した反面、多くの防災情報コンテンツから自身に関係する情報が探しにくいという声を多く頂いていました。また、この間、スマートフォン等のデジタルデバイスの急速な普及により、情報取得環境が大きく変化しました。従来の気象庁ホームページは、その多くがスマートフォンで見やすい表示にはなっていなかったため、スマートフォンで閲覧しやすいコンテンツを求めるご意見も多く寄せられてきました。他方、近年激甚化する気象災害を背景に、住民の一人一人が身に迫る危機感を持つことにつながるよう、ホームページにおいても分かりやすい防災気象情報の提供の必要性が指摘されてきました。これらを受けて、気象庁ホームページの防災気象情報を、スマートフォンでも見やすくなるよう、みなさまの関心のある地域に発表されている防災気象情報を一覧できるような構成に一新し、令和3年2月にリニューアルしました。
主な変更点は、以下のとおりです。
・コンテンツファーストからユーザーファーストへ
みなさまの周囲の状況や気象状況等のこの先の変化が一目で分かり、我が事感を得られるように、選択した都道府県/市町村を対象に1枚のページに複数の情報を並べて一覧できるようになりました。
・スマートフォンで快適に
あらゆる防災情報コンテンツがスマートフォンで見やすくなりました。
・ウェブ地図の採用
これまで「危険度分布」などの一部のコンテンツで提供していたウェブ地図による情報表示を全面的に展開しました。みなさまが日常的に利用して慣れ親しんでいる地図アプリと同様の表示や操作で、気象庁の防災気象情報をご覧いただけます。
・我が町の気象台からの声が届く
他システムで提供していた各気象台・測候所からの解説コメントを、一般にも公開することにいたしました(次ページコラム参照)。
新しくなった気象庁ホームページを普段からご利用いただき、いざというときに、ご自分や大切な人の命を守るためにお役に立てていただければ幸いです。
気象庁ホームページ:https://www.jma.go.jp/
コラム 「気象台からのコメント」を気象庁ホームページに掲載
気象庁ホームページのリニューアルに合わせて、主に防災関係者のみなさまに向けて、地元気象台がお知らせしたいことを「気象台からのコメント」として掲載します。このコンテンツでは、例えば、気象警報や気象情報等の防災気象情報をより効果的に活用いただけるよう、気象警報・注意報を発表する見込みや注目すべき気象資料のページ等について、その地域の気象状況の特徴や防災事項などを踏まえた解説をします。
地域の防災情報のページから、気象警報の発表状況や雨雲の動き、キキクル(危険度分布等)と並べて確認することができますので、ぜひご活用ください。
気象庁は、この「気象台からのコメント」を通して、これまで以上に地域に密着した気象解説に努めてまいります。
コラム 多言語での情報発信
外国人材受入れや観光立国実現に向けた取組が進む中、外国人の方が安心・安全に過ごすことができるよう、防災気象情報を取得しやすい環境を整えることは、ますます重要性を増しています。
このため気象庁では、多言語での防災気象情報の提供に取り組んでいます。その一環として、大雨警報や地震情報などの防災気象情報で用いる用語を14か国語(※)に翻訳した「多言語辞書」を作成・公開するとともに、気象庁ホームページにおいても14か国語での情報提供を行っています。
※日本語、英語、中国語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語、インドネシア語、ベトナム語、タガログ語、タイ語、ネパール語、クメール語、ビルマ語、モンゴル語
(2)「学びのページ」の開設
気象研究所では、小・中学生をはじめ、多くの方々に気象研究所で行っている研究について知っていただくために、令和2年(2020年)5月、ホームページ上に「学びのページ」を開設しました。このページでは、気象研究所での見学や一般公開で使用した資料のほか、研究に関わる実験や実験施設について解説した動画などのコンテンツを、「天気」、「地震・火山」、「地球温暖化・海」といった各分野に分けて掲載しています。
以下に、「学びのページ」にしているコンテンツの一部を紹介します。
今後も、幅広い年代の方々に興味をもっていただけるように、楽しく分かりやすいコンテンツを、これからも追加していきたいと考えています。ぜひ「学びのページ」までお越しください。
(URL:https://www.mri-jma.go.jp/Topics/contents/forlearning/forlearning.html)
その他、気象研究所ホームページでは、皆様に知っていただきたい最新の研究トピックスや、一般公開等のイベント情報についても、随時更新しています。常日頃から広く一般の皆様に気象研究所の研究や取組を知っていただけるよう、こうした情報発信にも力を入れていきます。
トピックスⅠ-2 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて
この夏、いよいよ東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が開催されます。大会を円滑に運営する上で台風や大雨、地震への対策はもちろんのこと、夏の暑さへの対策が大きなテーマとなっており、防災気象情報の果たすべき役割は大きなものとなっています。私たち気象庁も、大会開幕に向けて関係する府省庁や組織委員会と協力しながら情報提供の準備を進めてきました。ここでは東京2020オリンピック・パラリンピックに向けた気象庁の取組を紹介します。
まずは円滑な大会運営に向けた取組です。大会期間中は組織委員会に気象情報センターが設置され、アスリートや大会運営者等に対して、競技や会場の運営に必要な気象情報等が提供されます。気象情報センターが提供する情報は競技の中断や延期の判断、緊急時の観客の安全な避難等に用いられる重要な情報です。気象庁では、この気象情報センターが円滑に業務を遂行できるよう職員を派遣しています。また、大会期間中は気象情報センターの業務に必要な競技会場周辺の気象状況や予報に関する情報を提供するとともに、台風が接近する場合等の緊急時には連絡を密にして対応を支援する等、組織委員会と連携しながら大会の円滑な運営に協力していきます。
次に、快適に競技を観戦できるようにするための取組です。夏の高温多湿な気候や、夕立等の急な大雨や台風等は、世界中から訪れる数多くの外国人にとって馴染みのないものです。このため厳しい夏の気候に備え、より安全で快適な競技観戦や各地での滞在に役立てていただけるよう、主だった防災気象情報(※)を多言語で提供します。対応する言語は令和2年(2020年)4月に14か国語まで拡充しています(トピックスⅠ-1コラム「多言語での情報発信」参照)。また、観戦準備のため競技が開催される各地の天気予報等の気象情報をまとめた観戦支援ポータルサイトを令和元年(2019年)7月24日に公開しました(右図)。このサイトでは、日本の地理に詳しくない外国人の方でも、観戦する競技名や競技会場名を選択すれば、目的の競技会場付近の気象情報を一覧で閲覧できるよう構成されています。使用言語は基本的に英語と日本語のみですが、前述の多言語化された防災気象情報も本サイトから閲覧できるようになっています。
※気象警報・注意報、天気予報、台風情報、危険度分布(キキクル)(土砂災害、浸水害、洪水)、地震情報、津波警報等、噴火警報・予報
以上のように、気象庁は大会をホストする国の気象機関として、大会の成功に貢献できるよう取り組んでいます。開幕まで残すところわずかとなりましたが、引き続き一丸となって準備を進めていきます。
コラム 東京2020オリンピック・パラリンピックにおける気象情報への期待
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 スポーツディレクター
ソウルオリンピック シンクロナイズドスイミング ブロンズメダリスト
小谷 実可子
最近のアーティスティックスイミングの大会は、国内では屋内で行われることが多い一方で、ヨーロッパやアメリカなど海外の試合では屋外の炎天下で実施することもあります。本来は、プールに飛び込んだらなるべく泳ぎ進んで、この振りまでに審判の前を通って……とプールパターンを決めて演技をするのですが、屋外だと風に押し戻されて行きたい場所まで行けないとか、採点基準上重要とされるプールをより広く使うことができないとか、大きな影響を受けます。
また、水上に顔を出した時に酸素をどれだけ多く取り込むかが重要なので、雨が降ると、上を向いてたくさん息継ぎをしたいところで顔や口の中に雨粒が当たって呼吸しづらくて大変、といった影響もあります。
それから、日射しも気になります。私は日焼けしやすかったので、日焼けしにくいパートナーと差が出ないように日陰で練習したり……。日焼けの原因となる紫外線について、晴れれば強いと分かっていても、気象庁のオリパラポータルサイトのように色で紫外線の強さが示されると、観客の皆さんも帽子を忘れないようにしようとか日焼け止めをしようとか警戒を怠らないようにしやすいですね。
東京2020大会では、気温や湿度が高い中で競技を実施する可能性があります。コンディションを整えるため、私の経験では、事前の水分補給や移動中に日射しを遮るため帽子を着用するなど対策しましたし、練習後は日焼け止めを怠らないなど、練習の前後もしっかりと備えていました。そして、競技本番に向けては、「ロンドンなら曇り空かな」など開催都市の空模様をイメージしたトレーニングもしていました。
アスリートは本来、湿気を嫌がります。乾燥している方が競技や練習後に疲労から回復しやすいのです。留学したカリフォルニアで練習した際、「同じ演技をしているのに、こんなに疲れないんだ」と練習後に買い物に出かけられる自分にびっくりしたくらいです。逆に、湿度が高い東京での大会に向けて準備している選手に聞くと、高温多湿の場所で走りこんだり、大会時の東京と同じ気温・湿度のテントの中で練習を行ったりして、科学的見地から暑さ・湿度に順応するためのトレーニングを早くから行っているそうです。組織委員会から各国へ提供した東京の過去の気象データを活用して暑さ対策を行ったアスリートはきっと良い成績を残せるでしょうし、気候への順応は金メダルへの近道だと思います。
アスリートは、良いパフォーマンスのために万全の準備をしてきます。しかし、気象条件など人間の力で変えられないことでせっかく準備したパフォーマンスが出せないのが一番残念です。このため、大会時に天気など流動的なことに的確に対処できるよう、アスリートが気象情報を分かりやすく把握できればと考えます。
また、海外の人は地震をとても怖がり、日本に来るのをためらう人もいると聞きます。東京2020大会の選手村は耐震性がありますし、地震について規模によっては安心なことも含めて基本中の基本のポイントを周知するのが大事でしょう。その点は気象庁にも期待したいです。
このように、気象情報の提供はスポーツ界の中でとても大事な要素の一つになっています。組織委員会では気象情報センターを設置し、暑さ対策や天候対策の観点や各競技のきめ細かなニーズに応えるべく大会関係者へ情報提供します。気象関係の専門的な知見はアスリートのパフォーマンス向上のために有効ですので、大会成功に向けてアスリート同様、日本の気象技術としてベストのパフォーマンスが出せるよう期待しています。
トピックスⅠ-3 気象庁は新庁舎に移転しました
(1)気象庁庁舎の歴史
気象庁は当時の赤坂区溜池葵町(現・港区虎ノ門)で業務を開始し、再び145年を経て、令和2年(2020年)に千代田区大手町から港区虎ノ門に戻ることになりました。
(2)虎ノ門庁舎整備事業の経緯
今回の事業は、平成19年(2007年)の「国有財産の有効活用に関する検討・フォローアップ有識者会議」において、虎ノ門地区へ移転するとされたことを受け、日本最初の公立小学校である旧鞆絵(ともえ)小学校跡地を庁舎建設地とし、港区立教育センターとの合築施設によるPFI事業が平成22年(2010年)に締結されたものです。その後、法令変更等により2度の事業中断を余儀なくされましたが、約10年の歳月を経て令和2年(2020年)2月末に竣工されました。虎ノ門庁舎への移転は令和2年12月7日に完了しました。
(3)虎ノ門庁舎の概要
新庁舎は防災に重点を置いて建築されており、地下部分の免震層は建物全体の横方向の揺れを軽減し、さらに気象や地震・火山を24時間体制で監視し情報発表等を行うオペレーションルームやサーバー室には床免震構造の採用により上下方向の揺れも軽減するとともに、7日間の業務継続を可能とする燃料タンクや受水槽などが整備され、災害時にも十分な機能性を確保しています。また、「気象科学館」は新庁舎内の港区立「みなと科学館」と併設され、移転より一足早く7月にリニューアルオープンし、防災的かつ科学的な探求心を育む「予報官体験コンテンツ」、日本の四季・自然・気象を体感することができる「気象シアター」などのコンテンツを拡充し、自然災害に対する防災知識の普及・啓発を強化しています。
コラム 新庁舎開庁式典を開催しました
令和2年12月17日に新庁舎3階講堂にて「新庁舎開庁式典」と「気象防災アドバイザー委嘱状交付式」を挙行しました。式典には赤羽国土交通大臣、岩井副大臣、小林大臣政務官、朝日大臣政務官、鳩山大臣政務官をはじめとする国土交通省関係者の皆様と、来賓として「気象友の会」の最高顧問を務める自由民主党の二階幹事長、公明党の山口代表、港区の武井区長、交通政策審議会気象分科会の新野会長、一般財団法人気象業務支援センターの土井会長、大成建設株式会社の村田代表取締役副会長ほか皆様にご出席いただきました。
式典においては、関田長官の式辞として「コロナ禍の中、私たちは先ず医療従事者への感謝と敬意を、自らの生業に困窮している方々には応援の気持ちを持ち続け、その上で感染症対策に万全を期して業務を継続し、国民の安全・安心や社会経済活動に更に寄与してゆく所存です」と述べました。
続いて、赤羽国土交通大臣からは「原点であるこの地に新庁舎を構え145年の礎の上に新たな歴史を刻み、受け継がれてきた良き伝統に立脚し、研鑽を進め国民の皆様へ情報をわかりやすく提供することにより、安全安心な社会作りに貢献していただくことを期待します」とご挨拶をいただきました。
武井港区長からは「みなと科学館及び気象科学館の連携による教育支援、防災知識の普及啓発等、区民の科学への関心及び防災意識の向上に努めるとともに、再開発により大きく生まれ変わる虎ノ門の街で、気象庁が街の魅力の一翼を担い、多くの区民の皆様に愛され、誇りとなることを心から願っております」とご挨拶をいただきました。
自由民主党二階幹事長からは「災害が発生するたびに、この災害にチャレンジして行くぐらいの気持ちを持って、防災対応をしていかなくてはならない」、「気象庁は、国民の皆様の命と暮らしになくてはならない重要官庁であり、今後大臣を中心に私どもも力を尽くしてまいりたい」とご挨拶をいただきました。
また、新庁舎開庁式典に合わせて、気象防災アドバイザー委嘱状交付式を挙行しました。
激甚化・頻発化する風水害等の災害に備えるためには、気象台からのホットライン・JETT派遣等の地方公共団体を支援する取組に加え、地域の気象の専門家が、地方公共団体の防災業務を直接支援できる体制を構築することが重要であることから、今般、新たに29名の気象台OB/OGを、防災気象情報の読み解きやそれに基づく助言を行う「気象防災アドバイザー」として委嘱することとしたものです。
この交付式では、公明党山口代表から「地方自治体のきめ細かな状況に応じた防災対策が必要であるが、自治体には必ずしも専門知識を持った人がいない」「今日、気象防災アドバイザーの委嘱を受けられる方々に大いなる活躍を期待したい」とご挨拶をいただきました。その後、赤羽国土交通大臣から気象防災アドバイザー代表者へ委嘱状が交付されました。
今後も、各地の気象台が地方公共団体のトップを訪問する機会等を通じて、気象防災アドバイザーに関する周知を進め、地方公共団体が気象防災アドバイザーに業務を委任しやすい環境づくりにも取り組んでいくとともに、順次気象防災アドバイザーを拡充していきます。
Ⅱ 毎年相次ぐ豪雨・台風災害を受けた防災気象情報の伝え方の改善
トピックスⅡ-1 近年の豪雨・台風災害を受けた防災気象情報の伝え方の改善に向けた取組
気象庁では、平成30年7月豪雨の記録的な災害を受け、学識者、報道関係者、自治体関係者、関係省庁による「防災気象情報の伝え方に関する検討会」を開催し、防災気象情報の伝え方に関する課題を整理し、その解決に向けた改善策を「防災気象情報の伝え方の改善策と推進すべき取組」(報告書)として取りまとめました(詳細は「気象業務はいま2020」特集を参照)。
これらの取組を通して、気象庁は市町村や住民に対する防災支援を進めてきたところですが、令和元年も「令和元年房総半島台風(台風第15号)」や「令和元年東日本台風(台風第19号)」などに伴う大雨や暴風等により、相次いで各地で大きな被害が発生し、防災気象情報の伝え方に関する新たな課題が明らかとなりました。
これを受け、令和元年度(2019年度)も「防災気象情報の伝え方に関する検討会」を開催し、主に以下のような課題が示されました。
課題1 大雨特別警報の解除にあたり、解除後も引き続き大河川の洪水に対する警戒が必要であることへの注意喚起が十分でなく、解除が安心情報と誤解された可能性がある。
課題2 「狩野川台風」を引用して記録的な大雨への警戒を呼びかけたが、強い危機感が伝わっていない地域もあった。
課題3 何らかの災害がすでに発生しているという、警戒レベル5相当の状況に一層適合させるよう、大雨特別警報の発表基準や表現の改善が必要である。
課題4 「危険度分布」の認知や理解が依然として不十分である。
課題5 災害危険度の高まりについて、長時間の予測を提供できていない。
令和2年(2020年)3月の報告書では、これらの課題の解決に向けた今後の改善策について示されました。ここでは実際の実施内容を紹介しつつ、解説します。
(1)大雨特別警報解除後の洪水への警戒の呼びかけの改善
大雨特別警報を大雨警報に切り替えた後においても洪水への警戒が必要な場合は、引き続き警戒していただくために、警報への切り替えに合わせて、今後の水位上昇の見込みなど河川氾濫に関する情報を発表します。また、警報への切り替えに先立って、国土交通省水管理・国土保全局と気象庁との合同記者会見等を開催することで、メディア等を通じた住民への適切な注意喚起を図るとともに、SNSや気象情報、ホットライン、JETTによる解説等、あらゆる手段で注意喚起を行います。
令和2年7月豪雨では、4日に熊本県と鹿児島県に、6日には福岡県、佐賀県、長崎県に、8日には岐阜県、長野県にそれぞれ大雨特別警報を発表する大雨となりました。いずれの場合も大雨特別警報を警報に切り替える際に、河川の氾濫が既に発生している、もしくは発生するおそれがあったため、水管理・国土保全局と気象庁で合同記者会見を開催し、河川の氾濫に引き続き厳重に警戒するよう呼びかけました。
令和2年台風第10号においては、非常に強い勢力で日本に接近し被害をもたらしうることが予想されたため、この取組を更に発展させ、台風接近前から合同記者会見を開催して台風による暴風、高波、高潮への最大級の警戒を呼びかけるとともに、大河川でも氾濫の危険が高まっている旨を説明し、早めの避難を呼びかけました。
(2)過去事例を引用した警戒の呼びかけの改善
過去事例と同様な大雨が降ることなどにより、甚大な災害が発生するおそれがあることを伝える目的で、気象庁(気象台)では過去事例を引用して警戒の呼びかけを行っています。この呼びかけについては強い危機感を伝える上で効果的であったことから継続して実施していくとともに、特定の地域のみで災害が起こるかのような印象を与えないよう、過去事例を引用する際には、災害危険度が高まる地域を示すとともに、気象台等においては地元に特化した詳細かつ分かりやすい解説を実施します。
令和2年の出水期では、過去事例を引用して警戒を呼びかけることはありませんでしたが、非常に強い勢力で南西諸島と九州に接近した台風第10号の記者会見においては、どのような災害が起こり得るかイメージできるよう、過去に発生した災害と当時の風速や潮位を参考に示すなどの工夫を行いました。
(3)大雨特別警報の改善
大雨特別警報について、何らかの災害がすでに発生しているという警戒レベル5相当の状況に一層適合するよう、災害発生との結びつきが強い「指数」を用いて新たな基準値を設定し、精度を改善する取組を推進します。
具体的には、令和2年7月29日より土砂災害の発生との結びつきが強い指数を用いた新しい基準値の大雨特別警報の運用を全国で順次開始しました。これにより、10月10日の台風第14号による大雨では、これまでの基準では発表することが困難であった局所的な大雨(東京都三宅村、御蔵島村)に対して大雨特別警報を発表し、最大級の警戒を呼びかけることができました。
また、平成25年(2013年)の特別警報の運用開始より「台風や集中豪雨により数十年に一度の降雨量となる大雨が予想される場合(雨を要因とする基準)」と「数十年に一度の強度の台風や同程度の温帯低気圧により大雨になると予想される場合(台風等を要因とする基準)」に気象庁は大雨特別警報を発表してきました。
その後、令和元年に「警戒レベル」が導入された際、実際の運用状況を踏まえて前者は「警戒レベル5相当」と位置付けられた一方、後者は、「警戒レベル3相当」の大雨警報を大雨特別警報として発表し、早い段階から警戒を呼びかけるものと整理されました。
そこで気象庁では、大雨特別警報と「警戒レベル」の関係が、予測されている大雨をもたらす現象によって異なり、利用者に分かりにくいものとなっていることを踏まえ、「警戒レベル」に基づく自治体や住民の防災行動をよりいっそう的確に支援するため、8月24日より大雨特別警報の発表基準を雨を要因とする基準に一元化しました。
さらに、大雨特別警報の予告等の際には、特別警報を待ってから避難するのでは命に関わる事態になるという「手遅れ感」が確実に伝わる表現を用いることとしました。
実際に大雨特別警報発表後の会見では、「(大雨特別警報が発表された地域では)命を守るために最善を尽くさなければならない状況です」、「今後、他の市町村にも大雨特別警報を発表する可能性があります。特別警報が発表されてから避難するのでは手遅れとなります」などと呼びかけを行いました。
(4)危険度分布の利活用促進
住民自らの避難判断に「危険度分布」をより一層活用していただくため、災害発生の適中率の向上を目指すとともに、「危険度分布」の認知度・理解度を上げるための広報を更に強化します。
また、気象庁ホームページで提供している洪水警報の危険度分布について、令和2年5月28日から本川の増水に起因する内水氾濫の危険度の表示ができるように改善を行いました。さらに、「危険度分布」の通知サービスについて、住民の自主的な避難の判断によりつながるよう、政令指定都市において危険度分布の通知が区ごとに行われるよう準備を進めています。
コラム 令和2年7月豪雨における気象庁防災対応支援チーム(JETT)の派遣
気象庁では、令和2年7月3日から7月31日までの間、17府県30市町村に対して気象庁防災対応支援チーム(JETT)を派遣しました(延べ479人の職員)。
JETTとして派遣された職員は、現地で開催される災害対策本部会議等に出席し、今後の気象の見通しに関する解説や各関係機関から寄せられる気象に関する問い合わせへの対応など、自治体の防災対応を支援する活動を行いました。また、自衛隊・警察・消防等による救助活動等を支援するため、ヘリコプター等の運行に係る上空の気象状況等の情報提供や、雨や風に関する情報に加え熱中症対策を踏まえた注意喚起も行いました。
トピックスⅡ-2 令和2年度の防災気象情報の伝え方に関する新たな課題への対応
令和2年度は、令和2年7月豪雨では線状降水帯による大雨により甚大な被害が発生し、令和2年台風第10号では、台風接近のかなり前の段階から記者会見を実施し、「特別警報級の台風」という表現を用いて、早めの警戒を呼びかけました。これらの事例における防災気象情報の伝え方について、線状降水帯による大雨への注意喚起や「特別警報の可能性が小さくなった」という表現が安心情報として受け取られた可能性があるなど、新たに様々な課題が明らかとなりました。
内閣府「令和元年台風第19号等を踏まえた避難情報及び広域避難等に関するサブワーキンググループ」(以下「内閣府SWG」という。)においては、警戒レベル5の状況が「災害発生」だけでなく「切迫」も加わるとともに、警戒レベル4の避難情報が避難指示に一本化される方針が示されました。また、警戒レベル3相当情報である大雨警報(土砂災害)について、災害発生を見越したものになっているかとの指摘がなされました。
これらを踏まえ、気象庁では、平成30年度、令和元年度に続き、「防災気象情報の伝え方に関する検討会」を開催しました。検討会では以下のような課題が示されました。
課題1 甚大な被害をもたらし得る線状降水帯について情報発信をするとした場合、有効に活用してもらうためにはどのように伝えるのが良いか。
課題2 台風情報や会見などで「特別警報級の台風」という表現を繰り返し用いていたが、何に警戒すべきか十分には伝わらなかったのではないか。
課題3 「特別警報を発表する可能性は小さくなりました」という文言が、一部で安心情報として受け取られたのではないか。
課題4 大雨特別警報(警戒レベル5相当)と台風等を要因とする特別警報(高潮は警戒レベル4相当、暴風、波浪は位置付け無し)では住民の取るべき行動や市町村が発令すべき避難情報に違いがあることから、住民や地元自治体の防災対応に混乱が生じたのではないか。
課題5 (防災気象情報の信頼度を維持する上での課題)今後も特別警報級の台風が接近した場合などに、多くの方に早めの避難をしてもらうためにはどうすべきか。
課題6 警戒レベル5の状況として「災害発生」に加え「切迫」を含めるとともに、警戒レベル4の避難情報が避難指示に一本化する方向性が示されたことを踏まえ、警戒レベル相当情報をどう整理すべきか。
課題7 住民の避難行動により一層つながる警戒レベル相当情報とするためには、情報全体の体系や個別の情報についてどうあるべきか。
これらの課題について、令和2年12月から令和3年4月にかけて計4回開催された検討会において議論いただくとともに、4月28日に報告書が取りまとめられ、これらの課題について今後気象庁が短期的に取り組むべき対応策と中長期的に検討していくべき事項について示されました。
(1)線状降水帯がもたらす降り続く顕著な大雨への注意喚起
線状降水帯はそれによる大雨で甚大な災害が起こりうる危険な現象であることが認知されつつあることを踏まえ、大雨による災害発生の危険度が急激に高まっている中で、線状の降水帯により非常に激しい雨が同じ場所で降り続いている状況を「線状降水帯」というキーワードを使って解説する情報を提供。中長期的には、記録的短時間大雨情報等の情報と統合して一体的に情報発信していくことも検討するとともに、線状降水帯による大雨を含めた数時間先までの降雨予測の精度向上に努め、半日前から線状降水帯による大雨の可能性について情報提供。
(2)顕著な台風等が接近した際の呼びかけ方の改善
「特別警報級の台風」、「特別警報の可能性が小さくなりました」という表現を使用する場合は、降雨や暴風等によってどのような災害が想定されるのかがより伝わるよう解説を一層強化するとともに、平時と緊急時で伝え方を変えるなど、状況に応じた効果的な解説を一層強化。さらに台風のように長時間のリードタイムを確保できる現象では、社会の関心が高まっているタイミングでしっかりと解説。また、詳細な情報を住民自ら取得してもらえる解説を強化するとともに、安心情報と誤解されないよう、起こり得る災害や引き続き避難行動が必要とされる状況であることの解説を強化。
(3)防災気象情報の信頼度を維持するため、社会的に大きな影響があった現象について検証の実施・公表
令和2年台風第10号においては、台風が接近する前の早い段階から記者会見等を行い、警戒を呼びかけていたことにより、多くの住民が台風への備えや避難行動をとり、広域避難を実施した市町村もあった。しかし、結果として想定されたような被害は発生しなかった。今後、再び同程度の勢力の台風が接近した際に、今回と同様、適切な避難行動をとってもらうためには、気象台等が発表する情報の信頼感を維持或いは高めていく必要があり、社会的に大きな影響があった現象について検証の実施・公表。
(4)内閣府SWGを受けた警戒レベル相当情報の見直しなど
大雨特別警報を警戒レベル5緊急安全確保の発令基準設定例として位置付けるとともに、危険度分布の警戒レベル4相当の紫への一本化・警戒レベル5相当の黒の新設。高潮氾濫危険情報の警戒レベル5相当への変更及び「災害発生の切迫」を含めた高潮氾濫発生情報への名称の一本化。さらに、避難情報の対象とならない地域への大雨警報・洪水警報等の発表を抑止する取組の推進。
(5)警戒レベルを軸としたシンプルでわかりやすい防災気象情報体系へ整理・統合
今後中長期的に、住民の避難行動の支援と密接に結びついた警戒レベルを軸として防災気象情報全体の体系を整理するとともに、個々の防災気象情報がより実効性のある避難情報の発令や住民の主体的な避難等の防災対応につながるよう、発表手法や基準等について見直し。
気象庁では、これらの取組を関係機関と連携して実施するとともに、防災気象情報の伝え方の改善に努めてまいります。
コラム 危険度分布の愛称が「キキクル」に決定しました
気象庁では、土砂災害や洪水など大雨による身の回りの危険が一目で分かる「大雨・洪水警報の危険度分布」を提供していますが、より多くの皆さまに「危険度分布」を知っていただき、活用していただくため、愛称を募集することにしました。
募集は、令和2年(2020年)9月17日から10月7日にかけて実施し、1,271通もの応募をいただきました。応募いただいた案について、特別選考委員の天達武史さんと井田寛子さんを交えて選考を行い、愛称が「キキクル」に決定しました。
「キキクル」という愛称は、「危機」が「来る」に由来しており、選考に当たっては危険が迫っていることが分かりやすい点や文字数が少なく視認性に優れるため覚えやすい点などが評価されました。愛称の決定を受け、気象庁ではこれまで以上に「キキクル」(危険度分布)の認知度向上及び利用促進に力を入れていきます。
Ⅲ 気候の変動や海洋の動きを捉え対応するために
トピックスⅢ-1 気候変動を監視する
(1)「日本の気候変動2020」の公表
文部科学省と気象庁は、「気候変動に関する懇談会」の助言を踏まえ、令和2年(2020年)12月、「日本の気候変動2020-大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書-」を公表しました。
この報告書では、大気中の温室効果ガス及び気温、降水、海水温など気候の諸要素について、観測事実から日本におけるこれまでの変化を確認し、世界の平均気温が工業化以前と比べて2℃(パリ協定の2℃目標が達成された場合に相当)又は4℃(現時点を超える追加的な緩和策を取らなかった場合に相当)上昇した場合における21世紀末の日本の将来予測をまとめています。
この報告書は、日本における気候変動に関する自然科学的知見について、「これまで」と「これから」を概観できる資料です。気候変動緩和・適応策の立案・決定や影響評価を行う場合の基盤情報として、また気候変動に関する入門書の一つとして、ご利用ください。
(2)IPCC第6次評価報告書がまもなく公表されます
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では第6次評価報告書の作成作業が進められており、令和3年(2021年)後半以降、自然科学的根拠に関する第1作業部会、影響・適応・脆弱性に関する第2作業部会及び気候変動の緩和に関する第3作業部会の各報告書並びにこれらを総括する統合報告書が公表されます。
IPCCは、国連環境計画(UNEP)及び世界気象機関(WMO)により昭和63年(1988年)12月に設立された政府間機関で、世界の多くの研究者の協力の下、研究論文誌などに発表された査読付論文の知見等を集約して定期的に評価を行っています。平成25年(2013年)から平成26年(2014年)にかけて公表された第5次評価報告書では「気候システムの温暖化には疑う余地がない」としており、第6次評価報告書では更に最近の気候の変化やその原因、予測されるリスクに関する最新の評価などが取りまとめられる見込みです。
気象庁は、主に第1作業部会について、政府の一員として総会における議論や原稿のレビューに参加し、国内における周知啓発に努めるほか、専門知識を有する職員が執筆者としても貢献しています。その1人である気象庁気象研究所の石井雅男研究総務官(第1作業部会報告書第5章主執筆者(LA))は、「第1作業部会による今次報告書の執筆は、世界各国から選ばれた約200名のLAらにより、平成30年(2018年)6月に始まりました。以降、専門家や政府関係者による査読と最新の科学的知見を踏まえた改訂を3回繰り返し、多角的で充実した最終稿の作成を鋭意進めています」と意気込みを語っています。