第3部 気象業務の国際協力と世界への貢献

 大気に国境はなく、台風等の気象現象は国境を越えて影響します。このため、精度の良い天気予報とそれに基づく的確な警報・注意報の発表のためには、国際的な気象観測データの交換や技術協力が不可欠です。また、気象分野のみならず、気候や海洋、地震・津波、火山分野においても国際協力が重要です。このため、気象庁は、世界気象機関(WMO)等の国際機関を中心として世界各国の関連機関と連携しているほか、近隣諸国との協力関係を構築しています。


1章 世界気象機関(WMO)を通じた世界への貢献

 WMOは、世界の気象業務の調和的発展を目標として設立された国際連合の専門機関の一つです。世界気象会議(全構成員が出席)を4年毎に開催し、向こう4年間の予算や事業計画を審議するほか、執行理事会(世界気象会議で選出された37名が出席)を毎年開催し、事業計画実施の調整・管理に関する検討を行っています。我が国は昭和28年(1953年)の加盟以来、アジア地区における気象情報サービスの要として中心的な役割を果たしてきており、歴代気象庁長官は執行理事としてWMOの運営に参画しています。国際的なセンター業務を数多く担当するほか、気象庁の多くの専門家が専門委員会や地区協会の活動に貢献しています。

WMO の会議の様子

WMO の組織

 世界の国々が効率的な気象業務を行うためには、統一された方法による大気や海洋の観測、データの迅速な交換、高度なデータ処理に基づく気象情報の作成・提供が必要です。

 例えば、気象庁はアジア地区を担当する地区測器センターに指名されており、各国の観測データの品質が保たれるよう、基準となる気象測器の管理や、気象測器の比較校正の支援及び保守等の指導を行っています。この活動は、各国における観測技術の向上に寄与するだけでなく、品質の良い観測データを得ることによって、気象庁が行う天気予報等の精度向上につながるものです。

 観測データ等を国際的に迅速に交換するためには、全世界的な気象通信ネットワークが不可欠です。気象庁は、全球情報システムセンター(GISC東京)及びアジア地区通信中枢(RTH東京)として様々な気象・気候データを確実に流通させ、東アジア地域におけるデータ交換の中継を担っています。また、世界各国との技術協力や主に東南アジア地域を対象とした技術支援を通じて気象通信技術の高度化を推進し、観測データ等の効率的な国際交換・提供に貢献しています。

 こうして収集した世界の観測データ等を活用して気象庁が作成したプロダクトは、再び気象通信ネットワークを通じて各国に提供され、各国が行う気象予測や防災活動のために利用されています。気象庁が、北西太平洋域の熱帯低気圧に関する地区特別気象センター(熱帯低気圧RSMC東京)として提供する情報もその一つです。責任領域内の熱帯低気圧について、解析や予報、予報の根拠、数値予測の情報等をリアルタイムに提供することで、同領域内の各国が行う解析・予報を支援しています。また、地区気候センター(Tokyo Climate Center)として、アジア太平洋地域における気候関連業務に関する技術協力を行うとともに、気候情報に関する研修セミナーの開催を通じて人材育成支援を行っています。

全世界的な気象通信ネットワーク

地区測器センターとしての活動

熱帯低気圧RSMC 東京の責任領域

 このほか、気象庁は温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)として、世界各地で観測された温室効果ガスのデータを収集しています。WDCGGで解析した温室効果ガスの世界平均濃度は、気候変動に関する国際連合枠組条約締約国会議(COP)の交渉などにおいて、重要な科学的根拠として用いられています。

 このように、WMOの枠組みの下で行う国際協力は、気候変動対策をはじめとする国際的な取組に貢献しているほか、世界の観測データ等を確実に入手して精度の良い天気予報等を行い、我が国の防災に資するものです。また、開発途上国等の気象業務サービスの向上を支援することによって、海外で活動する日系企業や在外邦人の安全確保にも貢献しています。


コラム

■世界気象機関(WMO)邦人職員より

世界気象機関(WMO)事務局 開発・地区活動部アジア・南西太平洋地区室

計画管理官 山田 隆司(気象庁より派遣中)

計画管理官 山田 隆司

 WMOでは地域の特性に応じた気象業務の推進を図るため、6つの地区協会を設置し、各地区における気象業務推進のための活動に関する調整を行っています。各地区の当該活動を支援するためにWMO事務局には4つの地区室が設置されており、私が所属するアジア・南西太平洋地区室は6つの地区協会のうち2つの地区(アジア(35の国と領域)と南西太平洋(23の国と領域))を担当し、地区内の各国気象機関の能力向上支援のための調整業務を行っています。具体的には、地区内で開催される会議の準備・運営、会議での決定事項に沿った活動計画の策定、その実施に当たっての各国の気象機関やWMO事務局内の他部局との調整などです。

 アジア・南西太平洋地区室はこれまでスイス・ジュネーブにあるWMO本部に置かれていましたが、地域により密着した活動の促進や地区内の気象機関や国際機関との更なる連携強化を目指して平成30年(2018年)9月にシンガポールに移転しました。

 シンガポールは地域内各国へのアクセスもよく、あまり時差を気にせずに各国に電話連絡できるなどジュネーブ勤務と比較すると様々な点で便利になりました。今後はこの地理的な優位性を生かして、より近くなった各国気象機関の現状やニーズの把握に努め、これまでジュネーブからの参加が困難だった会議に出席するなどより多くの地域内の活動に参画できるものと期待しています。

 気象庁はアジア太平洋地区において観測、予測、通信など様々な分野で地域中枢の役割を務めるとともに、地区内各国の気象機関の職員に対する人材育成・技術協力活動を積極的に行っています。アジア太平洋各国の気象機関の能力向上に向けて、今後も気象庁との連携を通じてWMOとしての使命を果たしていきたいと思っています。

WMO アジア・南西太平洋地区室のスタッフ

コラム

■利用者のニーズに応じた気象観測の世界的な発展に向けて

 今般のセンシングや情報通信に関する技術革新により、従来の気象観測のイメージとは異なる、新たな気象観測と呼べるものが芽生えています。社会には気温や気圧などを測るセンサーが溢れ、中には車に搭載されて移動するものもあるなど、観測場所のみならず観測時刻や精度もまちまちです。監視カメラの画像からは天気も判ります。このように気象観測を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。国内外の現状を見て行きましょう。

CIMO/TECO-2018 の様子

 2018年10月に世界気象機関(WMO)の専門委員会のひとつである測器・観測法委員会(CIMO)の第17回会合と、気象・環境測器観測法に関する技術会合(CIMO/TECO-2018)がオランダ・アムステルダムで開催されました。CIMOは世界中の気象観測技術の向上や標準化を進めている委員会です。一連の会合では、「new data sources(新しいデータ提供元)」や「fit-for-purpose(目的に応じた観測)」というキーワードが頻繁に登場し、簡易な気象計やスマートフォンに搭載された観測装置によるデータなど、今般増大する新たな観測データの「利活用や目的に応じた観測」といった視点から活発な議論が交わされました(写真)。

 これらデータは気象庁の業務にはまだ利用されていませんが、膨大な情報を持つ「ビッグデータ」であり、現在、気象庁を含む世界各国の気象機関で利活用のあり方にかかる調査が進んでいます。当面の利活用方法として、気温や雨の詳細な分布の把握や、峠の雪や濃霧など交通に影響する気象状況の把握に用いる方法などが想定されるほか、平成30年(2018年)8月20日にとりまとめられた交通政策審議会気象分科会の提言では、ウェブカメラの画像をAIで解析して天気の状況をリアルタイムで把握することや、さまざまな予測データとビッグデータとを組み合わせて、避難行動に資する情報として活用するなどの着想も示されています。

 観測データを利用する際は、各々のデータの精度に応じた使い方をすることにより、各々の持つ情報を最大限に引き出すことが大事です。そのためにはデータの「品質の見える化」が重要であり、観測技術のみならず、品質管理や評価の技術を維持・発展させていく必要があります。

気象観測の発展(イメージ)

 この品質管理の観点からは、観測位置や観測環境、校正状態などの「メタ情報」が観測値とセットで提供されれば、従来の観測点を基準とする高密度な観測網の構築も可能となり、観測精度やメッシュの細かさ、更新間隔などの選択肢の拡大を通じて、「利用目的に応じた活用」の裾野が広がることが期待されます。

 観測データがさまざまな形で社会の役に立てば、新たなニーズが生まれ、さらなる技術革新につながります。気象庁は国内外の状況を踏まえ、引き続き、基準となる信頼性の高い観測データを提供する技術を維持・発展させるとともに、多様な観測データの「品質の見える化」を図ることにより、気象業務の発展に取り組んでまいります。



2章 国連教育科学文化機関(UNESCO)を通じた世界への貢献

 UNESCO政府間海洋学委員会(IOC)は、世界気象機関(WMO)とも協力し、各国の海洋に関する科学計画の調整を行っています。気象庁は、海洋・津波分野での技術的貢献をしています。

(1)北東アジア地域海洋観測システム(NEAR-GOOS)地域リアルタイムデータベース

  日・中・韓・露が協力し、北東アジア域の海洋、海上気象データの収集、解析、提供を行っています。

(2)津波の警報に関する国際協力

  北西太平洋における地震を監視し、津波を発生させるおそれのある大きな地震が発生すると、地震や津波に関する情報を速やかに周辺各国に通知するとともに、各国からの情報を収集して国内の津波防災情報に役立てています。

日本周辺海域の海面水温

津波発生時に津波情報を各国に提供する日本の担当海域

3章 国際民間航空機関(ICAO)を通じた世界への貢献

 国際民間航空機関(ICAO)は国連の専門機関の一つであり、国際民間航空業務の健全な発達のために設立されました。気象庁は、ICAOが主催する航空気象に関する会合に積極的に参加し、航空気象業務の国際的な統一基準の策定や高度化に向けた検討に参画しています。また、ICAOの指定を受けて、航空路火山灰情報センター(VAAC)、熱帯低気圧情報センター等の国際的なセンター業務を担当し、世界の航空機の安全運航に貢献しています。

世界の航空路火山灰情報センターの責任領域図

4章 国際的な技術開発・研究計画との連携

 気象業務の充実・改善のためには、数値予報モデルの開発・改良に代表される技術開発が不可欠です。気象庁は、各国と協力して様々な国際的な研究計画を進めています。

 地球温暖化問題については、昭和63年(1988年)に設立された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の活動に対し、気候モデルによる地球温暖化予測をはじめとする研究成果が評価報告書に盛り込まれる等、積極的に貢献しています。


5章 開発途上国への人材育成支援・技術協力について

 気象庁は、開発途上国に対し、上で述べた様々な枠組みを通じ専門家派遣や研修等を実施しており、気象、海洋、地震・火山などの様々な分野における人材育成支援・技術協力を行っています。

 こうした活動のうち、独立行政法人国際協力機構(JICA)課題別研修の一つである「気象業務能力向上」では、各国気象機関の職員を毎年8名程度、約3か月間にわたって気象庁にて受け入れ、気象庁職員が講師となり、気象業務に直結する技術の習得及び研修成果の母国での普及を目的として、講義・実習を行っています。受講者数は、研修を開始した昭和48年度(1973年度)以降、計77か国347名にのぼり、その多くは帰国後、母国の気象業務の発展に主導的な役割を果たしています。

JICA 課題別研修「気象業務能力向上」

 また、平成27年度から29年度にかけ、世界最先端の気象衛星「ひまわり8号」の観測データの受信環境をWMO・JICAと連携して20か国に整備しました。併せて、気象庁職員を各国気象機関に派遣し、同観測データをより効果的に活用して気象現象等の監視・予測及び防災活動に役立ててもらえるように、気象衛星画像等の表示解析ソフトの使い方、実例を用いた解析など、可能な限り多くの講義や実習を行いました。本研修は各国から歓迎され、今後の研修も多く要望されています。

 このほか、大雨による洪水や土砂災害等の被害が多く見られる東南アジア地域を中心に、気象レーダー利用に関する技術支援を行っており、平成30年(2018年)2月には、WMO及び東南アジア諸国連合(ASEAN)と連携して、「気象レーダーデータ利用に関する研修ワークショップ」をタイで開催しました。東南アジアでは、気象レーダーを十分に気象現象の監視等に利用する技術を持たない気象機関が多いことから、気象庁をはじめとした我が国の専門家が講師となり、地域内10か国の気象機関から参加した30名に対してレーダーデータの精度向上技術等に関する研修を行いました。

 気象庁では、様々な活動を通じて各国気象機関との協力関係を強化しながら、世界の気象防災の推進に貢献しています。


コラム

■2018年9月にインドネシアで発生した地震・津波災害を受けての国際協力

 2018年9月28日19時02分頃(日本時間、以下同じ。)インドネシア・スラウェシ島付近でマグニチュード7.5の地震が発生し、これに伴う津波がパル等の沿岸域に来襲しました。インドネシア気象気候物理庁は同日19時07分に津波警報を発表しましたが、死者2,000人を超える甚大な被害が発生しました。この津波は、通常想定される地震活動による津波に加え、液状化による海岸沿いの土砂の海中への崩落や、海底での大規模な地すべり等の複合的な原因により発生したものと考えられています。

 この災害を受け、インドネシアから日本に対し、地震や津波の観測・情報発表に係る技術支援の要請がありました。これを踏まえ、独立行政法人国際協力機構(JICA)は、2019年より、同国を対象とした「地震・津波観測能力向上プロジェクト」を実施することとしています。気象庁では、これに先立ち、2018年11月に地震・津波分野の専門家を現地に派遣しました。今後は、これまでに得られた地震・津波観測及び津波警報発表の経験や知見を踏まえ、本プロジェクトのもと、同国に対し地震・津波観測データの安定取得や利用の強化、津波警報の運用改善等に向けた技術支援を行う計画です。

地震・津波が発生したインドネシア・スラウェシ島

津波により海岸に打ち上げられた客船

コラム

■静止気象衛星「ひまわり」による国際協力~外国気象機関のリクエストに応じた観測を初めて実施~

 気象庁では、外国気象機関からの要請があれば、静止気象衛星ひまわり8号による2.5分毎の機動観測(約1,000キロメートル四方)を行う「HimawariRequest(ひまわりリクエスト)」を平成30年(2018年)より実施しています。

 平成30年10月15日、オーストラリア気象局からの要請に応じて、オーストラリア北部のダーウィン付近を対象に積乱雲の急発達の機動観測を実施し、画像データをオーストラリア気象局にリアルタイムで提供しました。これが、初めてのひまわりリクエストの実施になります。また、平成30年12月には、インドネシアからの要請に応じて、同国のクラカタウ火山監視のため機動観測を実施しました。

 このように、ひまわりリクエストは、当該国における気象・火山災害リスクの軽減等に活用されます。平成31年1月末現在、アジア・太平洋地域の18の気象機関がこのひまわりリクエストの利用登録を行っており、今後の活用が期待されます。

オーストラリア北部で発生する積乱雲

コラム

■ひまわり8号はオーストラリア気象局の予報官の業務をいかに革新したか

オーストラリア気象局研修センター 教官

ボードー・ゼシケ

オーストラリア気象局研修センター 教官 ボードー・ゼシケ

 海に囲まれた広大な国土を持つオーストラリアでは、地上の観測がまばらにしかありません。このため、オーストラリア気象局の予報官が質の高い予報を提供するためには静止気象衛星による観測データが極めて重要です。同局では、ひまわり8号のデータを2015年から利用しています。ひまわり8号では従来の静止衛星と比べて時間、空間の分解能及び観測バンドの数が飛躍的に向上し、同局の気象業務に大きな変革をもたらしました。ひまわり8号の飛躍的に向上した観測性能による効果を評価するため、同局の中で予報官を対象にアンケート調査が2017年に行われ、全予報官の約50%にあたる115人から回答がありました。以下に概要を紹介します。

 第一に、ひまわりを以前よりも効果的に利用できるようになりました。ひまわりの観測が10分毎になり、地上の観測と同程度の観測頻度となったため、それらを容易に組み合わせて利用できます。予報官は、解像度が高く色彩豊かなひまわりの画像とプロダクトを利用することにより、災害をもたらす気象の発達段階だけではなくその要因についても、容易に把握できるようになりました。また、ひまわりの動画の速度を変化させることにより、メソスケールの気象の推移をこれまでになく深く理解できるようになりました。第二に、ひまわりの有用性が以前よりも大きくなり、予報作業の工程に変化をもたらしました。これにより予報官は「観測が第一、数値予報データはその次」という基本的な予報作業をより実践できるようになりました。例えば実際に、激しい雷雨をもたらす積乱雲が急速に発達し始める段階において、地上の観測データよりもひまわり8号のデータのほうがしばしば利用されています。第三に、ひまわり8号のデータは以前に比べ誤信号やノイズが少なく、画像の品質が高いため、予報官がより確信を持って現在の気象状況を解析できるようになりました。多くの場合、ひまわりの画像を確認することで、地上の観測による気象状況の理解が正しいかどうかの確証を得ることができます。これは、悪天候で緊張を強いられる予報官にとって負担の一つとなっていた現象理解の不確実性を減らすことになりました。第四に、より利用者のニーズに合った気象情報を提供することが可能となりました。予報官がひまわりの観測をより信頼できるようになることで、気象情報が改善され、利用者はより容易に意思決定できるようになります。ひまわりが観測する詳細な情報が、最新の予報や警報の迅速な提供を可能にしています。また、ひまわり8号のデータから作成した目を見張るようなインパクトのある動画は、予報官を満足させるとともに、一般の人々に気象情報を明確かつインパクトを持って伝えるため様々なメディアで利用されています。

 オーストラリア気象局では引き続き、ひまわり8号によるデータを最大限、効果的に利用できるよう、継続的な研修、衛星画像に含まれる情報をカラーで可視化した「RGB画像」とその派生プロダクトの改良や新規開発、大容量データのスムーズな可視化といったデータ利用のための開発を行っていきます。

オーストラリア気象局の予報作業の様子
Adobe Reader

このサイトには、Adobe社Adobe Readerが必要なページがあります。
お持ちでない方は左のアイコンよりダウンロードをお願いいたします。

このページのトップへ