予報が難しい現象について (線状降水帯による大雨)

 正確な予想が困難な気象現象で、社会的影響のあった事例等について、予想の難しさなど、予想技術の現状に関する解説を掲載しています。

線状降水帯による大雨について

【線状降水帯に関わる解説】

線状降水帯とは何か

 次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなし数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、長さ50~300km程度、幅20~50km程度の線状に伸びる強い降水域を線状降水帯といいます。線状降水帯による顕著な大雨によって、毎年のように数多くの甚大な災害が生じています。発生メカニズムに未解明な点も多く、今後も継続的な研究が必要不可欠です。

線状降水帯の例

 なお、「線状降水帯」という用語は専門家の間でも様々な定義が使われています。気象庁が発表する「線状降水帯」というキーワードを使って解説する「顕著な大雨に関する気象情報」(令和3年6月から運用開始)は、現在、10分先、20分先、30分先のいずれかにおいて、次の基準をすべて満たす場合に発表します。

  • 1. 前3時間積算降水量(5kmメッシュ)が100mm以上の分布域の面積が500km2以上
  • 2. 1.の形状が線状(長軸・短軸比2.5以上)
  • 3. 1.の領域内の前3時間積算降水量最大値が150mm以上
  • 4. 1.の領域内の土砂キキクル(大雨警報(土砂災害)の危険度分布)において土砂災害警戒情報の基準を超過(かつ大雨特別警報の土壌雨量指数基準値への到達割合8割以上)又は洪水キキクル(洪水警報の危険度分布)において警報基準を大きく超過した基準を超過

線状降水帯の予想はなぜ難しいのか

 線状降水帯の予想が難しい理由として以下の三つが考えられています。

(1)線状降水帯の発生メカニズムに未解明な点がある

 これまでの研究により、線状降水帯の発生メカニズムは概ね以下のように考えられています。

  •   ①大気下層を中心に大量の暖かく湿った空気の流入が持続する
  •   ②その空気が局地的な前線や地形などの影響により持ち上げられて雨雲が発生する
  •   ③大気の状態が不安定な状態の中で雨雲は積乱雲にまで発達し、複数の積乱雲の塊である積乱雲群ができる
  •   ④上空の風の影響で積乱雲や積乱雲群が線状に並び線状降水帯が形成される

線状降水帯の代表的な発生メカニズム

 このように、線状降水帯発生メカニズムの概要はわかっていますが、発生に必要となる水蒸気の量、大気の安定度、各高度の風など複数の要素が複雑に関係しており、そのメカニズムの詳細については不明な点が多いのが現状です。線状降水帯の発生条件や強化、維持するメカニズムは未解明な点が多く、正確な予想が難しくなっています。

(2)線状降水帯周辺の大気の3次元分布が正確にはわかっていない

 線状降水帯の発生を予想するためには、線状降水帯に流れ込む水蒸気量や大気安定度、各高度の風など、線状降水帯周辺の大気の3次元分布の正確な把握が必要です。線状降水帯は海上から陸上にかけて位置することが多く、その場合には大雨のもととなる水蒸気は海上から補給されるため、特に、海上の水蒸気量の把握が重要です。また、周辺の大気の状況については、アメダスや気象台による地上の観測、ゾンデによる高層気象観測、衛星による観測などから得ることができますが、海上では陸上に比べて観測データが十分ではありません。このことが線状降水帯の予想を難しくしている一因となっています。

(3)予想のための数値予報モデルに課題がある

 現在、気象庁で警報、注意報、天気予報の発表など予報作業で利用している数値予報モデルは、最も精細なものでも水平解像度は2kmです。この解像度では個々の積乱雲の発生、発達を十分に予想することはできません。線状降水帯の予想には、解像度を細かくし、さらに数値予報モデルに組み込まれている積乱雲を発生、発達させる仕組みも改善する必要があります。このため、現在、予報作業で利用している数値予報モデルでは線状降水帯を精度良く予想することはできません。

以上の点から、現在の観測、予想技術では、いつどこで線状降水帯が発生し、どのくらいの期間継続するのかを、事前に正確に予想することはできません。

平成29年(2017年)7月の線状降水帯による九州北部地方の大雨の予報が難しかった事例

(概要)平成29年(2017年)7月5日から6日にかけての九州北部地方を中心とした大雨が予想できなかった主な要因は次のとおりです。

  • 同じ場所に猛烈な雨を継続して降らせる線状降水帯が発生したこと。
  • 線状降水帯は、大気の状態が不安定な状態の中、東シナ海から大量の水蒸気が流れ込み、地形や地表付近の冷気塊により発生・強化・維持されたが、数値予報モデルでは予想できなかったこと。

 7月5日は朝鮮半島南部から中国地方にのびていた梅雨前線がゆっくり南下し、6日昼過ぎにかけて九州北部付近に停滞しました。5日から6日は福岡県から大分県にかけて、線状降水帯が形成されて猛烈な雨が降り続き、福岡県、大分県では大雨特別警報を発表しました。朝倉(福岡県)では、これまでの極値を更新する1時間129.5ミリの猛烈な雨を観測し、福岡県、大分県、佐賀県では3県合計で18回の記録的短時間大雨情報を発表しました。5日から6日までの総降水量は多いところで500ミリを超え、7月の月降水量平年値を超える大雨となったところがありました。また、福岡県朝倉市や大分県日田市等で24時間降水量の値が観測史上1位の値を更新するなど、これまでの観測記録を更新する大雨となりました。

平成29年7月の九州北部地方の大雨

朝倉の降水量時系列

 気象庁(気象台)では、災害に結びつくような顕著な現象の発現が予想される場合などに、円滑な防災活動を支援するため、気象情報を発表して現象の経過や予想、警戒すべき事項等を解説します。大雨となった前日の4日時点で、九州北部地方には大雨に警戒を呼びかける気象情報は発表していませんでした。大雨直前の5日昼前に発表した気象情報では、予想降水量は1時間に40ミリ、6日12時までの24時間に100ミリ程度で、5日から6日の記録的な大雨を予想することはできませんでした。

 防災気象情報等を作成するための予報作業に利用した数値予報モデル(水平解像度5kmのメソモデル(MSM))では、線状降水帯の予想はもとより、大雨となる予想はありませんでした。また、大雨直前に利用可能なより精細な数値予報モデル(水平解像度2kmの局地モデル(LFM))では、九州北部地方に帯状の降水域を予想していましたが、実際に線状降水帯が形成された場所とは位置がずれており、降水量も少なく不十分でした。

 このように、線状降水帯による大雨の予想は、場所、時間を正確に予報することは困難といえます。

数値予報モデルと実況

 事後の調査により、この大雨の要因は以下のように考えられています。

  • 対馬海峡付近に停滞した梅雨前線に向かって大気下層に大量の暖かく湿った空気が流入するとともに、上空に平年よりも気温が低い寒気が流入したため、大気の状態が非常に不安定となっていた。
  • このような大気状態が持続する中、地表の温度傾度帯(冷たい空気と暖かく湿った空気の境界)付近で積乱雲が次々と発生した。
  • 上空の寒気の影響でそれらが猛烈に発達し、東へ移動することで線状降水帯が形成・維持され、同じ場所に猛烈な雨を継続して降らせた。線状降水帯のこのような形成過程を「バックビルディング型形成」と呼ぶ。

大雨発生要因の概念図

 この例からもわかるように、線状降水帯による大雨を正確に予想するには、海上から流れ込む大量の水蒸気を正確に把握することが重要です。また、線状降水帯の発生、強化、維持のメカニズムを解明して数値予報モデルで再現できることが必要です。この事例では、前日段階では、数値予報モデルでも線状降水帯の発生を示唆する予想はありませんでした。また、九州の西から接近する積乱雲の集団も見られない中、突然、積乱雲が非常に発達し始め線状降水帯が形成されました。このように線状降水帯による大雨は、現在の観測・予想技術では予想が非常に難しい現象となっています。

 一方、線状降水帯が発生すると、大雨災害発生の危険度が急激に高まることがあるため、心構えを一段高めていただくことを目的として、線状降水帯による大雨の半日程度前からの呼びかけを令和4年6月から開始しました。気象庁では、観測と予想技術の両面から強化をはかり、予想精度の向上に努めていきます。

参考 線状降水帯が発生した顕著な大雨事例(「災害をもたらした気象事例」へのリンク)