トピックス

Ⅰ 自然のシグナルをいち早く捉え、迅速にお伝えするために

トピックスⅠ-1 平成30年1月23日に発生した草津白根山(本白根山)の噴火とその対応

(1)草津白根山(本白根山)の噴火の概要

 群馬県にある草津白根山(本白根山)で、平成30年1月23日10時02分頃に噴火が発生しました。

 草津白根山は、有史以来主に白根山山頂周辺で噴火が発生しており、本白根山は約3000年前に噴火の記録があるものの、最近は目立った火山活動はありませんでした。

 1月23日09時59分に振幅の大きな火山性微動が発生し、約8分間観測されました。傾斜計では10時00分から約2分間で本白根山の北側付近が隆起し、その直後の数分間で沈降する変化が観測されました。後日の詳しい解析では、噴火は主に傾斜計で沈降が観測された時間帯に発生したと考えられています。また、噴火した場所は、本白根山の鏡池北火口北側の火口列と西側の火口及び鏡池火口底の火口列と推定され、大きな噴石が火口から1kmを超えて飛散しているのが確認されました。噴火に伴う火山灰などの噴出物量は、火山灰の堆積量の調査から3万~5万トンと推定されています。

平成30年1月23日に噴火が発生した草津白根山(本白根山)の火口の位置

 降灰の聞き取り調査の結果、本白根山から北東に約8kmの群馬県中之条町で降灰を確認しました。また、噴出した火山灰の調査で、マグマが直接噴出したときに見られる噴出物は認められませんでしたが、火山灰の付着成分の分析から、高温の火山ガスの関与が認められました。

 この噴火により、死者1名、負傷者11名(総務省消防庁 平成30年1月29日現在)の人的被害が発生しました。


(2)気象庁の執った措置及び草津白根山(本白根山)の噴火を踏まえた検討

 気象庁は、現地の研究者や草津町からの連絡を受け、噴火の事実を確認した後、1月23日11時05分に噴火に関する火山観測報、11時05分に火口周辺警報(噴火警戒レベル2、火口周辺規制)、11時50分に火口周辺警報(噴火警戒レベル3、入山規制)等を順次発表しました。噴火当日以降、現地災害対策本部へきめ細やかな解説資料の提供を行うとともに、地元自治体に職員が常駐し、火山活動や気象状況の解説を実施し、関係機関と連携して防災活動を支援しました。また、火山機動観測班を派遣し、降灰の状況や噴出物の確認、地震計、空振計、監視カメラを設置し観測体制の強化を図りました。

 本白根山の火山活動について検討するため、1月26日に火山噴火予知連絡会の拡大幹事会を開催し、本白根山では、当面は1月23日と同程度の噴火が発生する可能性があるとの見解をとりまとめました。

 また、草津白根山の今後の活動をより詳細に把握するための観測体制の検討及びきめ細かな火山活動の評価を行うため、火山噴火予知連絡会に「草津白根山部会」を設置するとともに、「火山活動評価検討会」において、常時観測火山を対象に過去の噴火履歴の精査や今後の観測のあり方の検討を進めることになりました。また、噴火を監視カメラで捉えられず、噴火発生の事実確認に時間を要し、噴火速報の発表に至らなかったことから、監視カメラや地震計などで噴火の可能性が否定できないような場合でも、関係者から噴火現象を目撃した旨の通報があるなど、噴火したと推定できる場合には噴火速報を発表することとしました。

※火山噴火予知連絡会:火山噴火予知計画(文部省測地学審議会の建議)により、関係機関の研究及び業務に関する成果及び情報の交換、火山現象についての総合的判断を行うこと等を目的として、昭和49年6月に設置(委員:学識経験者及び関係機関の専門家、事務局:気象庁)


トピックスⅠ-2 南海トラフ地震に関連する情報の運用開始

 南海トラフ沿いでは、駿河湾から静岡県の内陸部を想定震源域とするマグニチュード8クラスの東海地震について、震源域の固着した領域の一部が地震発生前にゆっくりとすべり始める「前兆すべり」を捉えることで確度高く地震の発生を予測することができる、と考えられてきました。気象庁は、関係機関の協力を得て、東海地域とその周辺の地震活動と地殻変動を24時間体制で監視し、観測データに通常とは異なる変化が観測された場合に東海地震に結びつくかどうか調査した結果を「東海地震に関連する情報」として発表してきました。

 現在では、東海地震のみならず、駿河湾から日向灘沖までの南海トラフ沿いのプレート境界で概ね100~150年間隔で繰り返し発生してきた大規模地震である「南海トラフ地震」の切迫性が高まっています。政府は、平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の教訓を踏まえ、科学的に想定しうる最大規模の南海トラフ地震を想定した対策を進めており、この地震による被害を少しでも軽減する観点から、地震発生予測に関する最新の科学的知見を活用した防災対応の検討を進めてきました。このような中で、平成29年8月に中央防災会議防災対策実行会議「南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応検討ワーキンググループ」の下に設置された「南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会」が公表した報告では、地震発生予測に関する最新の科学的知見について、現時点では、地震の発生時期や場所、規模を確度高く予測することは困難であるとする一方、南海トラフ地震については、地震や地殻変動などの監視からプレート境界の固着状態の変化を示唆する現象を検知することができれば、地震発生の可能性が平常時と比べ相対的に高まっていることを評価することが可能である、と整理されました。

南海トラフ地震に関連する情報の種類と発表条件

 気象庁では、平成29年11月1日から「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」を開催し、南海トラフ地震発生の可能性の高まりを評価した結果をお知らせする「南海トラフ地震に関連する情報」の運用を開始しました。南海トラフ地震発生の可能性が相対的に高まっている旨の情報を発表した際に、政府は国民に対して、日頃からの地震への備えの再確認を呼びかけます。なお、この情報の運用開始に伴い、東海地震のみに着目した従来の「東海地震に関連する情報」の発表は行っていません。


コラム

■南海トラフ地震に関連する情報に寄せる期待

南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会会長(東京大学地震研究所教授)

平田 直

南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会会長(東京大学地震研究所教授)平田 直

(1)はじめに

 日本では、これまでに多くの震災に見舞われ、多くの被害が発生しています。1995年阪神・淡路大震災、2011年東日本大震災などの貴重な経験を経て、防災への取り組みが進んできました。自然災害を減らすためには、地震や津波など、現在何が起きているかを正しく認識し、それに備えることが必要です。南海トラフで巨大地震が発生すると、2011年東日本大震災を上回る大震災になることが予想されています。国難となる可能性のある大震災です。しかし、この震災を軽減するために、私たちにできることはたくさんあります。

(2)「南海トラフ地震に関連する情報」の意義

 これまでの、地震予知に基づく地震防災応急対策には、3つの問題点が指摘されていました。一つは、対象とする地域は東海地域だけで良いのか?南海トラフの他の地域で大地震が発生する可能性を考慮する必要はないのか。二つ目は、厳しい対応を取るための、確度の高い地震予知ができるのか?もし、地震が発生しなくても、厳しい対応を取れば、毎日大きな経済損失が発生します。三つ目は、南海トラフで発生する可能性の高い巨大地震では、事前防災を行っても大勢の犠牲者の発生する可能性があり、これをどうしたら減らすことができるかという問題です。例えば、南海トラフでM9程度の巨大地震が発生すると32万人を超える犠牲者が予想されていますが、耐震化率を100%にし、津波避難タワーなどを適切に利用して津波から早期に避難することができたとすると、犠牲者を約5分の1に減らすことができます。しかし、それでも約6万人が犠牲になるとされています。犠牲になる人を少しでも減らすために、地震の予測可能性に関する最新の科学的知見に基づいた情報の活用が必要なのです。

 気象庁は、このために「南海トラフ地震に関連する情報」を発表することになりました。このうち臨時の情報は、 ① 観測された現象の調査を開始した場合、② 南海トラフ沿いの大規模な地震発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まったと評価された場合、③ 相対的に高まった状態ではなくなったと評価された場合に発表されますが、この③の場合でも決して安全宣言ではありません。平常時においても南海トラフ地震の切迫性は高いのです。

(3)情報の利活用と気象庁への期待

 「大規模地震の発生の可能性が平常時に比べて高まった」という情報が出たときに、どのような対応を取ると定められたのでしょうか。現時点で決まっていることは、この情報が出た時には、「地震の前にやるべきこと、地震が発生したときにやるべきこと」を再確認するということです。例えば、政府は国民に、家具の固定、避難経路の確認等、日ごろからの地震への備えを再確認するように呼び掛けます。海岸に近いところで、避難するのに時間がかかる人は、たとえ予測通りに地震が発生しなくても、発生の可能性がある場合には、早期に避難する必要があります。しかし、これは国が厳しい規制を作って強制するのではありません。一人ひとりが自分のこととして、「可能性が高くなった」時に何をすべきかを考えて、それを確実に実行する必要があります。気象庁は、南海トラフでどのような現象が発生しているかを監視し、地震発生の可能性が通常より高まったと判断して、国民に知らせます。そのために、1日24時間、1年365日、データを常時監視しているのです。今後、この情報が出たときの対応方法に関して、国としてのガイドラインが作成されていきます。このためにも、気象庁の日常業務は、ますます重要になっていきます。


トピックスⅠ-3 平成29年7月九州北部豪雨における「洪水警報の危険度分布」

 平成29年7月5日から6日にかけて、対馬海峡付近に停滞した梅雨前線に向かって暖かく非常にしめった空気が流れ込み、九州北部地方で線状降水帯が形成・維持され記録的な大雨となりました。この大雨により福岡県朝倉市、東峰村及び大分県日田市で死者・行方不明者が計42人(平成30年2月22日 総務省消防庁とりまとめによる)となる災害が発生しました。気象庁はこの豪雨を「平成29年7月九州北部豪雨」と命名しました。

福岡県朝倉市の赤谷川における被害状況

 この災害の特徴として、特に朝倉市の山地部の中小河川では氾濫流により谷全体が川のようになって家屋が流されたことによる犠牲者が多かったことが指摘されています。このような洪水災害は、平成28年にも台風第10号の大雨により岩手県岩泉町の小本川で発生しています。

急激に高まった赤谷川の洪水危険度

 甚大な被害が発生した朝倉市の赤谷川について、洪水危険度の高まりを表す流域雨量指数が急激に上昇している様子を右に示します。この流域雨量指数は、上流域での雨が河川に集まり流れ下る量(m3/s)の平方根で、洪水危険度の高まりを指数化した指標です。5日12時半から13時半にかけて流域雨量指数が急激に上昇しており、13時14分に洪水警報を発表しました。14時50分頃には、重大な洪水災害が発生しうる警報基準を超過し、15時頃にこの地区で浸水が始まった家屋があったことが報告されています(内閣府「平成29年7月九州北部豪雨災害を踏まえた避難に関する検討会」)。その後も流域雨量指数は急激に上昇し、流域雨量指数がピークにさしかかった18時頃、別の家屋が浸水開始後すぐに氾濫流によって崩壊したと報告されています(同)。このとき、流域雨量指数は平成24年7月九州北部豪雨時の値をはるかに上回り、洪水警報基準の約1.6倍もの値となっていました。

過去最大を記録した赤谷川の流域雨量指数

 地図上で、この流域雨量指数の警報基準等への到達状況を5段階に色分けして示したものが「洪水警報の危険度分布」です。流域雨量指数の実況値が警報基準以上となってからでは、氾濫による重大な災害がすでに発生していてもおかしくない状況となるため、災害の発生前に避難等の防災行動がとれるように色分けには3時間先までの予測値を用いています。つまり、「洪水警報の危険度分布」を確認すれば、現在の危険度だけでなく3時間先の未来まで含めた危険度を把握することができます。赤谷川上流部では、13時30分の段階で、3時間先までに重大な災害が発生する可能性が高いことを示す「薄い紫色」が出現していました。実際、危険度は急上昇し、このわずか55分後の14時25分には、赤谷川で氾濫が発生したという通報が住民からもたらされました。

赤谷川における「洪水警報の危険度分布」

 このように、中小河川では洪水危険度が急激に高まるため、水位計などの現地情報に加え、水位上昇の見込みが把握できる予測情報(洪水警報の危険度分布等)も合わせて活用する必要があります。重大な災害がすでに発生しているおそれが高い「濃い紫色」が出現してからでは、氾濫による冠水等で避難が困難となるため、遅くとも「薄い紫色」が出現した時点で、水位計や監視カメラ等で河川の現況も確認し、速やかに避難開始の判断をすることが重要です。

「洪水警報の危険度分布」で予測情報を活用

 九州北部豪雨災害を受け、内閣府において検討会が開催され、内閣府と消防庁から全国の自治体に向けて次の2点の内容を含む通知が発出されました。①水位が急激に上昇する傾向がある山地部の中小河川について、水位計がない場合も、水位上昇の見込みを早期に把握するための情報として「洪水警報の危険度分布」の活用が有効であること。②洪水予報河川・水位周知河川以外の「その他河川」についても、流域雨量指数の予測値(洪水警報の危険度分布)を活用して、住民が安全に避難するための時間を考慮した避難勧告等が発令できる基準を策定すること。この通知も踏まえ、気象庁においても「洪水警報の危険度分布」の理解・活用に結びつく解説を充実し、市町村における避難勧告等の発令基準の策定を促進していきます。このように、今後も関係省庁と連携し、中小河川の洪水対策を推進していきます。


コラム

■線状降水帯の発生メカニズム

 集中豪雨発生時には、気象レーダー画像に線状の降水域がよく見られます(上図)。このような線状の降水域は、その見た目の特徴から、最近では「線状降水帯」と呼ばれています。大きな災害をもたらした近年のいくつかの集中豪雨(平成29年7月九州北部豪雨、平成27年9月関東・東北豪雨、平成26年8月の広島県の大雨など)も、線状降水帯によって引き起こされたことがわかっています。現時点で、線状降水帯に厳密な定義はありませんが、気象庁では、線状降水帯を「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50~300km程度、幅20~50km程度の強い降水をともなう雨域」と説明しています。すなわち、線状降水帯は単一の積乱雲の塊ではなく、複数の積乱雲が一列に並ぶことで形成される積乱雲の集合体と言えます。

線状降水帯の例(平成26年8月の広島県の大雨)

 これまでの数多くの研究によって、線状降水帯の発生メカニズムは以下のように考えられています(下図)。

①多量の暖かく湿った空気が、およそ高度1キロメートル以下の大気下層に継続的に流入する。

②前線や地形などの影響により、大気下層の暖かく湿った空気が上空に持ち上げられ、水蒸気が凝結し積乱雲が発生する。

③大気の成層状態が不安定な中で、発生した積乱雲が発達する。

④上空の強い風により、個々の積乱雲が風下側へ移動して一列に並ぶ。

線状降水帯の発生メカニズムの模式図

 一つの積乱雲では寿命は30分~1時間程度で、50ミリ程度の雨しか降らせないのに対し、①~④のメカニズムが持続すると、線状降水帯は長時間にわたってほぼ同じ場所に停滞することとなり、結果として数百ミリの雨をもたらすことになります。ただし、線状降水帯の発生メカニズムにはまだまだ未解明な点も多く、その理解は十分とは言えません。今後も、継続的な研究が必要不可欠です。


トピックスⅠ-4 気象レーダーの観測機能強化~二重偏波レーダーの導入~

 気象庁は、全国20か所に気象ドップラーレーダーを設置して、我が国の陸上全域とその周辺海域における降水の分布やその強さを観測しています。加えて、雨粒等で反射して戻ってくる電波のドップラー効果を利用することにより、雲の中の風の分布も観測しています。気象レーダーによる観測は、防災情報にとってなくてはならないものとなっています。

二重偏波気象レーダーの観測原理

 気象庁は、20か所の気象レーダーのうち、千葉県柏市にある東京レーダーを、平成32年3月までに「二重偏波気象レーダー」と呼ばれる新たな機能を持つレーダーに更新することを計画しています。残りの気象レーダーについても、順次、二重偏波機能を持つレーダーに更新していく予定です。

 従来の気象レーダーは、水平方向に振動する「水平偏波」という電波のみを用いて観測を行っておりましたが、二重偏波気象レーダーは、この水平偏波に加え、垂直方向に振動する「垂直偏波」という電波も同時に発射します。そして、雨粒などに反射して戻ってくる水平・垂直の2種類の電波の違いを解析することで、従来の気象レーダーではわからなかった雨粒などの大きさや形を推定します。これにより、雲の中の雨、雪、あられ、ひょうなど様々な種類の降水粒子の三次元分布を詳細に把握することが可能になり、降水の強さをより高精度に推定することができます。

二重偏波気象レーダーを用いた積乱雲の観測

 二重偏波気象レーダーは、正確な雨量の把握によって防災気象情報の充実に貢献することに加え、雲の中の降水粒子の正確な分布の情報と、ドップラー速度観測により得られる風の三次元データを組み合わせることにより、積乱雲の発達・衰弱といった過程も把握できるようになることから、竜巻や局地的な大雨などの監視や、高解像度降水ナウキャストによる予測の高精度化など、様々な改善がもたらされることが期待されています。


トピックスⅠ-5 緊急地震速報の提供開始から10年

 気象庁は平成19年10月に緊急地震速報の一般提供をはじめました。この一般提供から10年が経ち、緊急速報メールや当時は想像もしなかったスマートフォンの急速な普及によって受信アプリ等が利用されるようになり、誰もがいつでも容易に緊急地震速報を受信できる時代になりました。この10年余りの間に緊急地震速報(警報)は190回、緊急地震速報(予報)は11,901回発表しています(平成29年12月時点)。日本全国のどの都道府県でも3回以上の警報が発表されており、緊急地震速報は国民の90%以上に認知されるようになりました(平成30年1月時点)。

緊急地震速報(警報・予報)の発表回数

CSVファイル[1KB]


緊急地震速報(警報)の都道府県別発表状況

コラム

■PLUM法の導入~緊急地震速報の精度向上(巨大地震への対応)~

 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震はマグニチュード(M)9.0の巨大地震で、震源から遠く離れた関東地方などでも強い揺れを観測しましたが、緊急地震速報ではこの揺れを精度良く予測することはできませんでした。このような巨大地震に対応するため、気象庁はPLUM法を平成30年3月に導入しました。この手法では、震度予測地点周辺で観測した揺れの強さから直接震度を予測します。震源の場所や規模に依存しないため、猶予時間は短くなるものの、巨大地震の場合でも精度良く震度を予測することができます。猶予時間が確保できる従来の震源や規模を用いた震度予測と併せて運用することで、情報発表の迅速さと予測の精度向上の両立を図ります。

PLUM法による改善事例:平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に適用した場合

 また、PLUM法導入とともに、過大な震度予想を防ぐため、従来の手法により推定した地震の震源・規模が妥当かどうかを実際の揺れから評価する機能を緊急地震速報に導入しました。


トピックスⅠ-6 40年にわたり地球を見つめる「ひまわり」

 気象衛星は、地球の広い範囲を一様に観測できることから、全球的な気象監視のために大変有効です。気象衛星による観測は世界気象機関(WMO)の推進する世界気象監視(WWW)計画の最も重要な柱のひとつであり、静止気象衛星や極軌道気象衛星を効果的に組み合わせて地球全体を観測する世界気象衛星観測網が形成されています。

世界気象衛星観測網

 「ひまわり」もこの一翼を担っており、昭和52(1977)年7月14日に我が国初の実用衛星として打ち上げられ、軌道上試験を経て翌年の昭和53(1978)年4月6日より運用を開始しました。その後、ひまわりは観測機能を充実させながら、40年にわたって観測を続け、そのデータはわが国の防災に大きく貢献するとともに、アジア・西太平洋諸国の気象業務にも役立てられています。平成27(2015)年7月7日に世界に先駆けて運用を開始した新世代の静止気象衛星であるひまわり8号は、格段に強化された観測機能により、台風監視能力の向上などに大きな成果を挙げています。

 気象庁は、国民の安全安心の確保や、アジア・太平洋地域の防災力の向上、さらには気候変動の監視などの国際貢献のため、これからもひまわりの運用に万全を期していきます。

「ひまわり8号・9号」の観測機能向上

コラム

■気象現業と先端研究のはざまで

宇宙航空研究開発機構(JAXA) 地球観測研究センター長

気象学・大気科学国際協会(IAMAS)事務局長

東京大学 名誉教授 中島 映至

宇宙航空研究開発機構(JAXA)地球観測研究センター長 気象学・大気科学国際協会(IAMAS)事務局長 東京大学 名誉教授 中島 映至

 気象庁というのは、つくづく真面目な組織だと思う。1990年代に、エアロゾルの衛星リモートセンシング・アルゴリズムを作ったので、「ひまわり」のデータをくれと言って、気象衛星センターから断られた。大学のわがままな助教授が訳のわからない事を言っているのだから当然である。それでも、コピーに来るならば良いよということで、学生が磁気テープを入れたリュックを背負ってデータをもらいに行った。解析がうまく行って大量データを処理する頃には、国際雲気候計画(ISCCP)プロジェクトにおいて、「ひまわり」データが、気象庁からNASA/GISS研究所にきちんと送られていて、世界の雲統計の作成に大きく貢献していることがわかったので、我々もこのデータを米国経由で入手することを考えた。結局、これはややこしいので断念して、米国海洋気象局のNOAA衛星のデータを米国からたくさん買って、エアロゾルの光学的厚さとオングストローム指数に関する世界初の全球海上分布の導出に成功した。1998年のことだった。気象衛星センターでも、このような大学での仕事を勉強していて、「ひまわり6号」になってからの可視チャンネルデータの放射較正技術を確立すべく、千葉大学や東京大学気候システム研究センターとの共同研究が立ち上がった。

 現在では、新しい「ひまわり8号」のデータがクラウド上に置かれ、非営利であれば誰でもこれらのデータを自由に使えるようになっている。また、気象学会との気象研究コンソーシアムを通して、気象庁のいろいろな解析データも我々が使えるようになっている。隔世の感があるが、当時の、衛星データ頂戴の私のわがままに付き合ってくれた職員の皆さんも含めて、この30年くらいデータ公開について、気象庁が真面目に考えてくれていたような気がする。びっくりするのは、今では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究によって、JAXAのエアロゾル・リモートセンシング・アルゴリズムも気象衛星センターで使われるようになったことである。

 似たようなことを感じたのは 気象研究所の将来構想を議論する場面でもあった。大学では最近、モデリングと応用の研究に力点が置かれて、観測・実験装置の整備やそれを利用した、例えば雲物理のような研究は、すっかり下火になってしまった。ところが、気象研究所の将来構想には、地球温暖化予測と防災気象情報の精度向上のために、エアロゾルや雲の微物理過程の観測・実験が研究項目として、きちんと書き込まれており、実際に雲チェンバーや電子顕微鏡などの機器が整備されて、地道な実験の努力が行われているのである。真面目なものである。このようにして得られる地上と衛星からのデータは、気象データと同様にモデル開発や同化解析にも使われている。こうなると、生真面目な気象職人の凄みを感じたので、気象研究所の会議ではそのような発言をさせて頂いた。

 これからも、このような地道な努力が花開くように、努力を継続してもらいたいと思う。IPCCが設置された1980年台後半以降、地球温暖化研究が盛んになって、どの国の気象機関もものすごく魅力的なスローガンを掲げて、気候研究への予算と組織を拡充して元気である。イギリスでは、ハドレーセンターと大学等、研究コミュニティが共同研究するNERC/NCASが作られていて、気象機関と大学などの基礎研究機関が共同研究をするシステムができている。大学研究者は、公募に応募してイギリス気象局の職人技のモデル・解析ツール・データを利用できる。その分、大学研究者はもっと遠い将来役立つ基礎研究や応用研究に専念できる。その点、日本の気象庁ではそんな大風呂敷を広げるわけでもなく、与えられた自分の任務を果たすべく一生懸命やっているように見える。

 予算縮減と国際環境の大きな変化の中で、我が国の気象業務と先端研究をどのように進めて行くかは、難しいところであるが、1つの方向として、気象庁の職人技を研究機関に開放してもらうことも考えられる。気象場などの同化システムや観測・実験装置の整備と運用などはその最たるものだろう。こんな大変なことは気象庁でしかできない。こうやって考えてくると、気象庁と基礎研究機関がタッグを組んだオールジャパンなシステムづくりのイメージが湧いてくる。おそらく、生真面目な気象庁は、この辺のところもすでに検討していることと思う。


コラム

■ひまわり8号の高頻度観測データによる予報精度向上

 平成27年(2015年)7月に運用開始したひまわり8号では、地球規模での10分毎の通常観測に加えて、日本域を2.5分毎の高頻度観測を実施しています。画像からわかる雲の移動から水平風を求めることが可能で「大気追跡風」と呼びますが、高頻度観測を活用することにより、高精度・高密度な風分布が捉えられるようになりました。数値予報では、ある時刻の大気の状態(初期値)から数値予報モデルを実行して将来の状態を予測しますので、初期値を現実に近づけることが重要です。気象庁では、初期値の作成にひまわり8号の通常観測の大気追跡風を用いることで予報精度を向上させてきましたが、ここでは、さらなる精度向上を目指して行った高頻度観測の大気追跡風の利用結果を報告します。

平成27年9月10日0時の観測された3時間積算雨量の分布

 平成27年(2015年)に発生した関東・東北豪雨の9月10日0時の前3時間積算雨量は、南北にのびる降水域により、栃木県では3時間に100ミリ以上の大雨になりました(上図)。この時刻の12時間前の9日12時の大気追跡風では、関東地方から南にのびる雲域に収束している東側からの南東風と西側からの南南西風について、高頻度観測の方がより明瞭な収束域を捉えています(中央図)。

平成27年9月9日12時の通常観測の大気追跡風と高頻度観測の大気追跡風

 次に、これらの大気追跡風を初期値作成に用いた数値予報モデルの実行結果(下図)と上図を比較すると、南から北にのびる降水域が再現されています。しかし、よく見てみると、通常観測の結果では降水域の位置が西にずれていますが、高頻度観測ではその位置がやや東になって、さらに観測に近づいています。このように、ひまわり8号の高頻度観測データを数値予報に用いることで、豪雨の予測精度がさらに向上していくことが期待できます。気象庁では引き続きひまわり8号の観測データの有効な利用法の開発を推進していきます。

大気追跡風を利用した3時間積算雨量の分布

コラム

■静止気象衛星「ひまわり」による新たな国際協力

 ~外国気象機関からのリクエストに応じた観測サービスの開始~

 静止気象衛星「ひまわり」による新たな国際協力として、外国気象機関からリクエストされた領域に対して、2.5分毎の観測を実施するサービス「HimawariRequest(ひまわりリクエスト)」を、平成30年1月18日から開始しました。

ひまわり8号及び9号が行う観測のイメージ

 ひまわり8号及び9号では、衛星から見える地球の全ての範囲をカバーする観測(フルディスク観測)を10分毎に実施しており、日本はもとより、東アジア・西太平洋地域内の天気予報や台風・集中豪雨、気候変動などの監視・予測、船舶・航空機の運航の安全確保に貢献しています。また、このフルディスク観測と並行して、日本列島をカバーする観測(日本域観測)と、観測場所が変更可能な観測(機動観測)をそれぞれ2.5分毎に実施しており、これらの高頻度の観測は、火山や熱帯低気圧等の集中的な監視に効果を発揮します。

 ひまわり8号の運用開始以降、機動観測では、主に日本の災害に直結する東アジア・北西太平洋地域の台風等の観測を行ってきましたが、国際的な有効活用をより一層進めるために、世界気象機関(WMO)と協力して検討を進めた結果、外国気象機関からリクエストされた領域に対して機動観測を行うサービス「ひまわりリクエスト」を開始しました。これにより、東アジア・西太平洋各国の火山噴火の早期検出や噴火直後の噴煙、熱帯低気圧の構造変化の機動的かつ詳細な監視能力の向上等が期待されます。

ひまわり8号・9号による機動観測(2.5分毎)の効果(火山噴火と熱帯低気圧の例)

 このほかにも気象庁では、ひまわり8号及び9号のデータ配信サービスとして、それぞれインターネットと通信衛星を用いた「HimawariCloud(ひまわりクラウド)」及び「HimawariCast(ひまわりキャスト)」を外国気象機関等へ提供しており、これらのサービスと共に「ひまわりリクエスト」は、静止気象衛星「ひまわり」による国際協力として、東アジア・西太平洋地域内の災害リスク軽減に貢献しようとするものです。


Ⅱ 長期の監視から地球の今を知り、将来に備えるために

トピックスⅡ-1 気候変動の影響への適応に関する気象庁の取組

○気候変動の影響への適応策とは

 平成28年(2016年)に国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のパリ協定が発効し、平成32年(2020年)から先進国も途上国も含めたすべての国の参加による地球温暖化対策の実施に向けて現在そのルール作りが進められています。パリ協定では、温室効果ガスの排出削減と吸収の対策(緩和策)と気候変動の影響への適応(適応策)のふたつが柱になっています。後者の適応策は、既に現れている、あるいは今後緩和策を実施しても中長期的に避けられない地球温暖化の影響に対して能動的に被害を回避・低減する対策です。具体例には、水稲や果樹の高温品種への改良(農林水産業)、堤防や下水道などの施設の運用・整備による減災(防災)、熱中症対策(健康)などがあり、様々な分野にわたってハード・ソフトの両面からの多種多様な手法により取り組まれています。

パリ協定採択(2015年12月)

○気候変動の影響への適応に関する気象庁の役割

 我が国は、気候変動による様々な影響に対し、政府全体として整合のとれた取り組みを計画的かつ総合的に推進するために「気候変動の影響への適応計画」を策定しました(平成27年11月閣議決定)。この中では、基本的な進め方として、以下①~④のサイクルを繰り返し行うこととされています。

①気候変動の観測・監視や予測を行い、

②気候変動影響評価を実施し、

③その結果を踏まえ 適応策の検討・実施を行い、

④進捗状況を把握し、必要に応じ見直す。

 上記①の気候変動の観測・監視について、気象庁は、陸海空を総合的に捉える観測・監視体制を構築・維持し、世界気象機関(WMO)等の国際的な枠組みの中で、アジアを中心としたデータの標準化、品質管理、データ提供に関する地域センターを運用し、国際的なデータの流通促進、品質向上を図っています。また、これらの高精度な観測データを用いて、気候変動の実態やその要因を解析した成果を「気候変動監視レポート」や「海洋の健康診断表」として、出版物やホームページを通じて国民の皆さんに提供しています。

気象庁の観測・監視

 また、①の気候変動の予測について、気象庁は、気象研究所が開発した気候モデルを使って、温室効果ガスの増加によって地球温暖化が進んだ場合における我が国の気温や降水の将来変化を予測し、その成果を「地球温暖化予測情報」として、観測・監視の成果同様、出版物やホームページを通じて提供し、広く利用いただいています。特に農林水産業、自然災害、健康などの各分野への影響の定量的な評価をするためには、将来どの地域で気温がどのくらい上がるのか、雨の降り方がどのように変わるのかといった予測データが必要であることから、適応計画の作成にとって非常に重要な情報となります。

最も温室効果ガスの排出が多いシナリオで予測した我が国の気温予測(全国平均4.5℃上昇)

○地域の気候変動の影響への適応に関する取り組みと気象庁の貢献

 「気候変動の影響への適応計画」では、地域における適応の取り組みが重要戦略のひとつとして位置付けられています。これは、気候変動の影響は、影響を受ける側の気象、地理、社会経済などの地域特性によって大きく異なるためです。地域における適応の取り組みの中心となる地方公共団体等に対して、環境省、国土交通省、農林水産省の連携による「地域適応コンソーシアム事業」、農林水産省の「ブロック別気候変動適応策推進協議会」など、関係各省は様々な形で支援活動を行っています。

気象台が提供する地域の気候変動に関する情報の例

 気象庁は、地方の気象台を中心として、これらの枠組に積極的に参加し、気候変動の観測・監視を基にした各地域の気候変動の実態やきめ細かで精度の高い気候の将来予測に関する情報の提供や助言などを通じて、適応策の推進に貢献しています。


トピックスⅡ-2 12年ぶりの黒潮大蛇行

 黒潮は、日本の南岸に沿って流れる世界有数の強い海流です。黒潮の流路は、平成29年(2017年)8月下旬以降、潮岬、東海沖で大きく離岸し大蛇行となりました。大蛇行となったのは、平成17年(2005年)8月以来12年ぶりです。気象庁では、海洋気象観測船により大蛇行している黒潮流域の海洋内部の水温や海流等をきめ細かく観測するなど、監視を強化しています。

 黒潮の大蛇行は、海運業、水産業等に影響を及ぼすことが知られています。また、大蛇行期間中は、東海から関東地方の沿岸潮位が上昇する傾向があります。平成29年(2017年)の台風第21号通過時には、大蛇行による潮位上昇に、台風に伴う強風や気圧低下、大潮の時期、満潮時刻が重なり、高潮、高波による被害が各地で発生しました。

 黒潮の大蛇行は、過去の例では、1年から数年程度継続しています。気象庁では、大蛇行期間中、「黒潮の大蛇行関連ポータルサイト」を開設し、最新の解析結果や予測、海洋気象観測船による観測結果等の情報をまとめて掲載します。

(黒潮の大蛇行関連ポータルサイト:

https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/data/db/kaikyo/etc/kuroshio_portal_201710.html

大蛇行期間中の海流実況図(左図)と東経137度線に沿って観測された水温分布(右上図)、黒潮の典型的流路図(右下図)

トピックスⅡ-3 太陽フレアによる地磁気変化がもたらす社会への影響と情報提供

 平成29年(2017年)9月6日20時53分にX9.3の大規模な太陽フレアが観測されました。X9クラスの太陽フレアはおよそ11年ぶりのことです。太陽フレアとは、太陽表面のコロナ(大気)の中で起こる爆発現象のことで、強い紫外線、X線、電波などの電磁波が放射されます。これらが地球の電離層(高度80km以上)の大気を電離させ荷電粒子が増加し、その領域を伝わる通信電波が吸収されて通信障害を発生させたりします。これをデリンジャー現象といいます。地球が太陽に面している昼側では、電離層に流れる電流による地磁気の日変化が毎日見られます。太陽フレアが発生すると、強い電磁波を受ける昼側の電離層内では荷電粒子が増加し電流が大きくなって、地磁気も特徴的な変化をします。

太陽フレアに伴うX線強度と地磁気の変化

 また、太陽フレアが発生した際に、非常に高いエネルギーを持ったガスのかたまりが磁力線といっしょに噴出されることがあります。これらが1日から数日かけて地球に到達すると、地磁気と相互に作用して磁気嵐を起こす原因となります。磁気嵐が発生すると電波障害が起きたり、地磁気の急変化に伴って送電線に大電流が流れ電源設備に障害を与えたりすることがあります。また、放射線(高いエネルギーを持つ粒子)が地球近くまで侵入してくるため、人工衛星の運用や航空機の運航が影響を受けたり、GPS測位の誤差が大きくなる場合もあります。地磁気観測所では、顕著な太陽フレアに伴う地磁気変化を観測した際には、磁気嵐に備えて情報を提供しています。

太陽フレアに続く磁気嵐 (地磁気・水平成分) 平成13年(2001年)4月10日12時~13日06時

 太陽フレアの規模は、放射されるX線強度の小さな方からA → B → C → M → X の順にクラス分けされ、ひとつ上位のクラスになる毎にX線強度は10倍になります。文字に続く数字は倍数を表わし、例えばM3.2はM1.0の3.2倍となります。


トピックスⅡ-4 小笠原諸島における気象業務50年

 気象庁は、小笠原諸島が日本に返還された昭和43(1968)年に父島と南鳥島に気象観測所を設置しました(※1)。日本最東端にある南鳥島や台風の日本接近ルート上にある父島は、北西太平洋上の貴重な定常観測点として、地上気象観測、高層気象観測を実施しています。また、南米チリ等の遠地で発生する地震による津波をいち早く捕らえ津波注意報・警報を迅速に発表するため、父島は昭和50(1975)年、南鳥島は平成8(1996)年から潮位観測もしています。

父島と南鳥島の位置(距離は国土地理院HPにて計算)

 これに加えて一般住民が居住しない南鳥島では、人間活動の影響を直接受けないことから、平成5(1993)年より温室効果ガスなど地球環境の観測を開始しており、地球環境の長期変化を監視する世界的にも貴重なデータの提供を続けています。

父島気象観測所

 こうした観測を続けるためには、本土と異なり、島内の発電、上下水道等生活するために必要な施設の維持管理も行わなければなりません。食料や燃料の補給時には、当庁職員と自衛隊員等の全員が協力して炎天下の中、観測業務以外にも作業を行っています。また、位置的に台風の影響を受けることも多く、島の面積が1.51平方キロメートルで、もっとも標高が高いところでも9メートルの南鳥島では、台風の接近により大きな被害が見込まれた際の全島避難をこの50年の間に2回経験しています。特に被害の大きかった平成18(2006)年は屋外の観測機器などが海水に浸かり、観測を再開するまでに約1ヶ月を要しました。

南鳥島全景(○印は観測所の位置)

 年間通して温暖で、島々の美しく豊かな自然を大切にしつつ、これからも高精度で信頼性の高いデータを提供していきます。

 注)※1:太平洋戦争以前の父島では明治29(1896)年から気象観測をおこなっています。

気象庁職員及び海上自衛隊員等による燃料油送作業(南鳥島)

Ⅲ 気象情報の活用により、より豊かな暮らしを実現するために

トピックスⅢ-1 気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)セミナー等の開催

 WXBCの人材育成ワーキンググループ(WG)では、気象データを活用したビジネスの構想と実現に必要な3つのスキル(①気象データ理解力、②IT活用力、③ビジネス発想力)を身に付けていただけるような人材の育成策として、セミナー・勉強会を企画・実施しています。2017年は、セミナーを東京で5回、札幌・仙台・名古屋・大阪・福岡・那覇で計7回開催し、全国で約1,200名にご参加いただきました。また、気象データとオープンデータを掛け合わせて実際に分析を行うテクノロジー研修第一弾「気象データ分析チャレンジ!」を東京で開催しました。いずれも参加者から好評をいただいており、引き続き、人材育成のための取り組みを進めていきます。

WXBCセミナーの様子

コラム

■人材育成WGの取り組みを通して

WXBC人材育成WG座長(先端IT活用推進コンソーシアム副会長)

田原 春美

WXBC人材育成WG座長(先端IT活用推進コンソーシアム副会長)田原 春美

 平成29年6月に人材育成WGが発足して8ヶ月、気象ビジネスの創出と市場拡大の礎となる人材の育成を目指し、WXBCセミナーの全国展開に加え、「気象データ分析チャレンジ!」の研修パッケージ開発から実施まで、WG全員で全力疾走してきました。想定以上に忙しくも活気溢れるスタートアップとなりましたが、それは気象庁様が全庁あげて気象データの利用推進に本気で取り組んでおられる熱い思いが我々を突き動かしたからに他なりません。WGの活動を全力で支えてくださった総務部情報利用推進課を核とする事務局の皆様、ご協力くださった本庁各部署そして管区気象台の皆様に心から御礼申しあげます。WGにとって初年度はまさに試行錯誤の連続でしたが、これまでお付き合いのなかった様々な業種や職種の方々と出会い、刺激的な協業を楽しみながら、沢山の「学び」と「気付き」を得ることができました。2年目はこの「学び」と「気付き」を糧に、セミナーでは対象者を明確にし業務に役立つ情報のご提供、勉強会では気象データ分析を中心にIoTやAIにも取り組むなどして、人材育成のための活動を進化・深化させていきたいと考えています。

 気象データは万人にとって生活と命に直結する最も身近な情報であるだけに、気象ビジネスの源泉はその一人一人にあり、関係する人の多様性こそが重要だと考えます。昨年の「気象データ分析チャレンジ!」には男性に加え、多くの女性に参加いただきました。また、年齢や経験といった点でも多様な方々が参加され、データ分析のグループワークでは性別や年齢の多様性を活かしつつ、アイデアを出し合いながら仮説検証を繰り返し、本質の理解に近づこうとする協働作業を目の当たりにしました。2年目は同様の勉強会を全国展開し、多様な方々が様々な「気付き」を得、他者と共有いただくことで、それぞれの特性や感性を活かした気象ビジネスを発想するきっかけにできたらと考えています。

 近々、今後の目玉となる新しい活動を開始します。それは「WGメンバーによる、WGメンバーのための学びの場」であり、人材育成WG自体が人材育成の場となることを目指すものです。「人材育成」を命題とするこのWGなら「個々のビジネスの枠を超えて、考え、協力し合う」ことが可能なはずです。多くの新しいメンバーをお迎えし、更にパワーアップ!WGメンバーの知見と総力を結集し、気象ビジネスの構想と実現のため有用性の高い活動へ進化させていきたいと祈念しております。


トピックスⅢ-2 お天気データで未来を描くアイデアコンテストの開催

 気象庁と気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)は、2018年1月19日に「降っても晴れてもHAPPY♪ お天気データで未来を描くアイデアコンテスト」を開催しました。これは、気象情報を活用して人々の生活を豊かにする未来のサービスやビジネスソリューションを考えるワークショップ形式のアイデア創出イベントです。

アイデアコンテストの模様

 コンテストでは、学生、WXBC会員企業及び気象予報士からなる8つのグループを作り、楽しみながらチーム毎にアイデアを考えました。考案されたアイデアの中には、天気や気温の変化に合わせて最適な旅行プランを提案するスマホアプリや、傘や家電製品にセンサーを埋め込み日々の生活を便利にするためのサービスアイデアなど、とても斬新で柔軟な面白いアイデアが発表されました。

 WXBCでは、今後もこのようなイベントの開催を通じて気象データの活用の場を拡大していきます。


コラム

■アイデアコンテストに参加して ~気象予報士からの視点~

株式会社ウェザーマップ

長谷部 愛

株式会社ウェザーマップ 長谷部 愛

 今回、コンテストに参加してみて、年代や職種を超えて話し合う場がとても有意義であることを実感しました。私達のグループでは、気象の過去から現在までを知ること、実際に見て触れることが出来ることという2点を強く意識して「クラウドボール」というものを発想しました。手の中で地球を再現し、雲、虹など天気の流れを知ることが出来る他、その場所の気温や匂い、更に、雪や霜柱等にも実際に触れることもできるなど、五感で天気を感じられるアイデアです。実現することは難しくも思えるのですが、一つ一つはすでに実現されていたり、実現可能なものとなっています。子どもたちの防災教育、観光誘致など様々な利用方法がありますが、何よりも楽しさを通して気象の魅力を感じてもらうことを大切にし、「気象の世界に多くの人を引き込むきっかけを作りたい」という思いを込めました。

WXBC会長賞

 こうした発想に至ったのは、グループだったからこそだと思っています。一人が出した意見を、他者がさらに高めることで一つのアイデアとして昇華させることができました。また、気象予報士や社会人としての考え、大学生の柔軟な発想などそれぞれの立場ならではの意見を生かすことができました。

 気象予報士は、情報を提供する先、メディアならば視聴者や聴衆者と近い場所にいて日々、どのような情報を届けるか試行錯誤をしています。その中で発想の種は蓄積されていますが、普段の業務では、主に予報業務に向き合っていたり、現場には気象予報士が一人ということが多く、意見を交わす機会はあまりありません。今回の試みは、それぞれの中に眠っているものを掘り起こし、さらに、世代と職種の壁を越えて話し合うことで社会に役立つ画期的なアイデアを生みだすことができるものだと思います。


コラム

■飲料事業者からみた気象情報の活用と今後の期待

一般社団法人 全国清涼飲料連合会

環境部長 瀧花 巧一

一般社団法人 全国清涼飲料連合会 環境部長 瀧花 巧一

 飲料製造事業者や飲食料品小売業において気象の影響が大きいことは容易に推定できるが、過去のデータや経験、勘で対応していることも多い。そのような中、気象庁の事業で、清涼飲料自動販売機の管理に気候情報をどう活かすかという検討に取り組むことができた。この分析によると、屋外自動販売機の販売数と気温との相関関係は他の要素と比べても特に高く、再認識させられる結果となった。また、需要を2週先までの気温予測も用いてより正確に予測し、自動販売機のHOT・COLD販売の切り替え等の事前判断に使うといった気象情報の活用検討も行なった。その結果、販売機会ロス・商品廃棄ロスの削減につなげる可能性も知ることができ、経済効果も大きいことが示され、大きな成果となった。

 全国清涼飲料連合会は気象庁を事務局とする産官学連携組織「気象ビジネス推進コンソーシアム」に発起人として参画し、また多くの飲料事業者もメンバーとして参加している。飲料の生産調整や物流、マーケティングなど一貫した事業活動の中でより精度の高い気象情報を活用し、予測誤差によるミスマッチを減らし、製品廃棄や返品などのムダをなくすことによって、より持続可能社会の実現を目指すべきという使命感をもってこの取組を業界あげて推進したいと思っている。


コラム

■家電業界における気象データの利活用

大手家電流通協会

事務局長 髙橋 修

大手家電流通協会 事務局長 髙橋 修

 平成28年より2年間にわたり気象庁の皆様と「家電流通分野における気候リスク管理技術に関する調査」について取り組んで参りました。夏はエアコン、冬は暖房器具などを「季節商品」と名づけて販売管理をしています。当然、夏は暑く、冬は寒ければ売上は伸びます。毎年、猛暑なのか冷夏なのか、寒冬なのか暖冬なのか、で一喜一憂することから電気屋は“天気屋”などとも揶揄されます。このように家電業界の売上は気候に大きく左右されることから、エルニーニョ現象といった気象用語は他の業界の方々よりも身近な用語となっています。そういった意味合いからも今回、家電流通業界における気象データの利活用を調査検討するということについては大変期待感を持って取り組みさせていただきました。調査は、気温が何℃になると売れ始めるのかといった販売のピークを割り出すことで、機会ロスを減らすことにつなげられないか、というのが主眼でした。検証では気候予測データを用いた販売予測に基づき、在庫の持ち方や広告媒体への反映、店頭演出や人員配置の事前準備等、活用が実感できたことは大きな成果だったと思います。現段階では2週間先の予測の活用ですが、流通サービス産業の生産性向上が叫ばれる中、1か月、3か月と更に長期で確度の高い予測が可能となれば、間違いなくサプライチェーン全体の生産性向上につながりますので、今後の長期予報の改善に期待しています。


Ⅳ 最新の科学技術を導入し、気象業務の健全な発達を図るために

トピックスⅣ-1 オールジャパンでの数値予報モデル開発

 数値予報は、日々の天気予報や防災気象情報の基盤技術であり、年々高度化・複雑化しています。これに対して気象庁では、気象庁がみずから行う開発にとどまらず、大学等の研究機関が持つ最新の研究成果や知見を結集して数値予報モデル開発に取り組み、数値予報の精度向上に資することを目的として、平成29年から、大学等研究機関の専門家による「数値予報モデル開発懇談会」(会長:新野宏 東京大学大気海洋研究所客員教授)を開催しています。

懇談会(第1回)の様子

 これまで、平成29年7月20日(木)に第1回、同年12月26日(火)には第2回懇談会を開催しました。これらの懇談会では、台風・集中豪雨の予測に関する社会の要請を受けて目指すべき目標設定、その実現に向けた課題、評価の指標、開発を進めるための計算機や体制等の基盤を強化する必要について意見が交わされると共に、それらの課題に大学等研究機関と気象庁が緊密に連携して取り組んでいくために、海外気象機関の例や連携形態の整理、人材交流や共通の作業基盤等に関する議論が行われています。

懇談会の説明資料の一部

 本懇談会は、今後も継続的に開催し、引き続き、気象庁の数値予報モデル開発に関する計画や具体的な開発課題に関する懇談をいただく予定です。気象庁は、本懇談会の議論を踏まえ、社会の要請に基づく目標を達成するための数値予報の精度向上に向けて、数値予報技術開発を引き続き推進していくと共に、大学等研究機関の研究成果や知見を活用するための連携強化に資する方策を進めて行きます。そして、本懇談会の運営を通じて、本懇談会が大学等研究機関と気象庁の連携強化のかなめとなり、数値予報技術開発に関するオールジャパン体制創出の原動力となっていくことを目指します。

 なお、数値予報モデル開発懇談会の詳細は、気象庁ホームページでご覧いただけます

https://www.jma.go.jp/jma/kishou/shingikai/kondankai/suuchi_model_kondankai/suuchi_model_kondankai.html)。


コラム

■「数値予報モデル開発懇談会」への期待

数値予報モデル開発懇談会会長(東京大学大気海洋研究所客員教授)

新野 宏

数値予報モデル開発懇談会会長(東京大学大気海洋研究所客員教授)新野 宏

 数値予報は、大気の複雑な物理法則を表現する数値モデルと全球の観測データにもとづき、スーパーコンピュータを使って客観的に将来の大気の状態を予測する手法であり、現在の天気予報の根幹をなすものです。数値モデルは、また、時々刻々、地球上の様々な場所で観測される多様な気象要素と組み合わせることにより、「客観解析データ」と呼ばれる、ある時刻の最も信頼できる大気の状態を求める上でも本質的な役割を演じています。この「客観解析データ」は、気象学・大気科学の様々な現象を研究する上でかけがえのない基盤的データセットです。従って、より優れた数値モデルの開発とその数値モデルを稼働させる最先端のスーパーコンピュータの整備は、天気予報の精度向上と気象学の発展の両方にとって不可欠です。また、気象庁の数値モデルは、様々な気象条件において、長期間にわたって、日々その予報精度が検証されるため、大気中で起きる諸現象のメカニズムの理解にとっても貴重なデータを与えます。

 現在、日本の気象庁を含め、独自の数値モデルを開発・保有する世界の主要な気象予報センターでは、予報精度の向上にしのぎを削り、互いに情報交換を行いつつも切磋琢磨しています。各センターでは、予報センターを管轄する省庁と大学等研究機関が共同で研究センターを作るなど、各国それぞれの方法で、人材交流・データの相互利用・最新の気象学や数値モデルの信頼できる初期値を作成するデータ同化の研究成果の現業数値予報への導入、などを円滑に行う体制の整備に努めています。

 2016年度の本書のコラム欄でも触れましたように、世界と肩を並べる天気予報と気象学研究を続けていくためには、我が国でも気象庁と大学等研究機関の協力をより一層強化して、数値モデルやデータ同化手法、予報の不確定性の情報を与えるアンサンブル予報手法などの改善を進めていくことが必要ではないかと思います。「数値予報モデル開発懇談会」が、コミュニティや組織の垣根を越えて、我が国の気象業務と気象学研究の推進に貢献し、将来の防災気象情報や社会活動に有用な情報の改善に寄与することに期待しています。


トピックスⅣ-2 海上の水蒸気観測による豪雨予測精度向上

 カーナビなどで利用されているGPS(全球測位システム)等測位衛星から送られる電波は、地上の受信装置に到達するまでの時間が、大気中に含まれる水蒸気の量が多くなると遅れるという性質があります。受信した複数衛星の電波の遅れを組み合わせることによって、受信装置の真上にある水蒸気の総量(可降水量)を得ることができます。気象庁では、国土地理院が全国約1,300地点で運用している電子基準点(GPS衛星等からの電波を連続的に観測する施設)の観測データから可降水量を算出し、数値予報モデルに活用することにより、降水予報精度の向上に役立てています。

豪雨をもたらす湿った空気の海上での観測

 海に囲まれた日本では、海上から近づく湿った空気が豪雨等をもたらすことが多く(右図)、海上での水蒸気観測は重要な課題です。GPS等による可降水量の解析では、受信装置の正確な位置が必要で、これまでは陸上に固定された受信装置(陸上固定点)で行われてきました。気象研究所では、準天頂衛星等新しい測位衛星から得られる情報を活用することで、海洋を航行している船舶上での可降水量解析技術を開発しました(左下図)。この技術によって得られた解析データは、気球に取り付けた気象測器を用いた高層ゾンデ観測と比較することで、陸上固定点と同等の精度であることが確認できました(右下図)。

 これらの成果を踏まえ、平成30年(2018年)度より複数の船舶を利用した可降水量の解析から、豪雨の予測精度向上に関する研究開発を開始します。

測位衛星を利用した船舶上での可降水量解析

船舶上での可降水量解析の精度

トピックスⅣ-3 長周期地震動の実証実験

 気象庁は、高層ビルなどを大きく揺らす長周期地震動に関する情報の提供についてこれまで検討を進めてきました。高層ビルでの長周期地震動による揺れの大きさは、震度では十分に表現できないため、4つの階級に区分した「長周期地震動階級」という別の指標で表すこととし、平成25年3月から、観測された長周期地震動階級などを気象庁ホームページで試行的に提供しています。

長周期地震動階級と揺れ等の状況(概要)

 また、気象庁では、重大な災害を引き起こす長周期地震動の発生が予想される場合には、今後、緊急地震速報として警戒を呼びかけることを検討しています。また、個別のビルなどの予測情報の提供においては、民間の役割が重要です。このため、国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下、防災科研)と共同で、平成29年から長周期地震動の予測情報を提供する実証実験を行っています。 

 実証実験は、防災科研が開発したシステムを利用し、気象庁が発表する緊急地震速報をもとに推定された長周期地震動階級の予測結果等をリアルタイムで利用者に提供しています。実証実験には、長周期地震動モニタというwebページを活用した実験と、数値データとして長周期地震動の予測結果等を提供し、参加者でデータを加工してどのような利用が可能かなどについて検討する実験の2種類があります。

 気象庁ではこれらの実験の成果を平成30年度中に取りまとめ、長周期地震動の予測情報の利活用方法や提供する際の課題などの整理に用いたいと考えています。

長周期地震動の予測情報に関する実証実験
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