特集 地域における気象防災の強化に向けた取組

1 はじめに

 「平成27年9月関東・東北豪雨」や、平成28年の台風第10号に伴う大雨、「平成29年7月九州北部豪雨」による水害・土砂災害等、近年、局地化・集中化・激甚化した大雨等による災害が相次いでおり、また、「平成28年(2016年)熊本地震」や平成27年の口永良部島の噴火、今年の草津白根山の噴火など、各地で地震や火山噴火による災害も発生しています。

近年の主な自然災害

 全国各地の気象台では、従来から、風水害や地震・火山等に対する各種の防災気象情報の発信を行うとともに、自治体等への気象解説・助言や住民への普及啓発等の取組も進めてきています。

 しかしながら、地域の気象防災を一層推進するためには、これまでの防災気象情報等の「発信」の視点に加え、地域の目線に立って自治体や住民等における防災気象情報等の「理解・活用」を支援・促進するなどの取組が一層重要になってきています。

 このため、気象庁では「地域における気象防災業務のあり方検討会」(座長:東京大学大学院情報学環 総合防災情報研究センター長 田中淳教授)を開催し、地域の気象防災に一層資する気象台の業務の方向性や取組について検討いただき、報告書をとりまとめていただきました。

 ここでは、本報告書で示された今後の取組のあり方について解説するとともに、各地の気象台での具体的な取組等について紹介します。


2  地域における気象防災の強化に向けた取組

(1)地域における気象防災業務の方向性

 気象台が発信する防災気象情報等は、市町村長による避難勧告等の的確な発令や住民の主体的避難に活用されるものであり、緊急時にこれら情報が機能するためには、平時から気象台が発信する情報が信頼され理解されるよう取り組むことが極めて重要です。このことを踏まえ、気象台は以下の方向性により、気象防災の取組を進めていきます。

<地域における気象防災業務の方向性>

①気象台は、「防災意識社会」、地域社会を担う一員であるとの意識を強く持ち、市町村、都道府県、関係省庁の地方出先機関等と一体となって、地域の気象防災に一層貢献する。

②気象台は、防災の最前線に立つ市町村において、既存の防災気象情報に加え、“危険度分布”等の新たな情報が緊急時の防災対応の判断に一層「理解・活用」(読み解き)されるよう、平時から信頼関係を構築し、これら情報の読み解きを支援する取組を強化する。

地域における気象防災業務の強化(取組の方向性)

 このため、気象台は市町村や住民等の立場から見た地域のニーズを対話・コミュニケーションを通じて汲み取り、情報や解説等の改善を絶えず考えていく姿勢で取組を進めていきます。

 また、地域が一体となった取組を推進するにあたっては、都道府県や関係省庁の地方出先機関との連携や、大規模氾濫減災協議会、火山防災協議会等の枠組みを活用し、取組がより効果的・効率的に機能するよう工夫しながら取組を進めていきます。加えて、住民も含め地域全体で気象防災力の向上に向けて、市町村や県、関係機関、報道機関等と連携して地域の気象・災害などに係る知識・意識を高める活動を推進していきます。


(2)具体的に推進する取組

 (1)で示された方向性のもと、気象庁の組織力を総合的に発揮し、気象防災の関係者と一体となって、地域の気象防災に一層貢献できるよう、以下の具体的な取組を進めていきます。

 また取組を進めるにあたり、市町村、都道府県、関係省庁の地方出先機関や協議会等に対し、その目的や内容等について丁寧な説明を行い、十分な理解を得つつ、各地域の実情に応じ、可能なものから順次取り組むとともに、先進的な事例や優良事例を全国の気象台に横展開して取組の一層の拡大を図っていきます。

地域における気象防災業務の強化(具体的な取組の例)

① 平時から強化しておくべき取組

ア 防災気象情報等の「読み解き」に資する取組の推進

(ⅰ)自治体向けの研修・訓練等

 市町村において、地域の災害リスクを認知し、緊急時には防災気象情報を読み解き、防災対策に活用されるよう、市町村に向けた平時の解説や研修・訓練等の充実を図っていきます。

 地域の気象特性や災害リスクの認知のためには、市町村の地形・地質、気象・災害特性、過去に発生した災害の状況等について市町村毎に整理した「気象防災データベース」を構築し、市町村訪問等の様々な機会を捉えて気象台と市町村等の認識を共有しておくことが考えられます。

 また、段階的に発表される防災気象情報や災害発生に関連の強い“危険度分布”などの活用が進むよう、各種防災気象情報がどのような背景や意図を持って発表されているかについて、予測技術の現状や限界も含めた知識に加え、実際の情報入手環境を用いた実践的な勉強会や研修等を小まめに開催する取組を進めていきます。

 加えて、研修や訓練をより実践的で効果的に実施できるよう、市町村の防災担当者を対象として、防災気象情報をトリガーとした具体的な対応を実践的にシミュレーションできるワークショッププログラムを関係者と連携して開発し広く展開する取組を推進していきます。


(ⅱ)自治体等を対象とした平時からの気象解説

 市町村等において、日常的に気象や自然災害等への関心を高めていくためには、メールなどにより、地域の気象、地震、火山、海洋、地球環境に関する旬の話題や中長期のリスク、地域における過去の自然災害などを平時から発信・解説する取組も進めていきます。


コラム

■市町村による避難勧告等の発令を支援するための防災訓練(南大東島地方気象台)

 集中豪雨の際や台風の接近・上陸時には、土砂崩れや洪水などが発生して住民の命が危険にさらされる場合があります。気象台では、そのような状況が想定される時に注意報や警報等の「防災気象情報」を発表して、広く注意・警戒を呼びかけます。一方、市町村は、気象台からの防災気象情報を受けて、被害発生のおそれがあると判断した時には、住民に対して「避難勧告」等の発令を行い、地域住民の安全を確保するための行動を起こします。

 南大東島地方気象台は、南大東村、北大東村とともに、台風の接近及びその後の避難勧告発令に至るまでを想定した訓練を実施しました。この訓練では、台風の接近に伴って刻々と悪化する天候のイメージを気象台と村役場で共有しつつ、村の防災担当者は気象資料を確認しながら住民への被害発生のおそれを見きわめます。災害発生の可能性が高まってきたと判断される段階で、村長は避難勧告等を発令する検討を行います。同じ頃には、気象台長は村長に対して災害発生が迫る気象状況となっているという危機感をホットラインで伝え、村長の判断を支援する助言を行いました。最終的に、村長が避難勧告を発令し、村民に対して安全を確保するよう呼びかけました。

 南大東島地方気象台では、普段から村の防災担当者に対して防災気象情報の理解・活用を促すための勉強会を実施しており、また、気象台長は、いざという時のホットラインがうまく機能するように、村長との顔の見える関係を確立しています。このように、南大東島地方気象台では、日頃から地域の防災力を高める活動を行っています。

訓練の様子

イ 地域の気象防災力を向上させるための基盤の強化

(ⅰ)市町村と気象台との「顔の見える関係」の構築

 緊急時における地域の気象防災力の向上のためには、平時に防災対応の最前線に立つ市町村と地元気象台との間の信頼関係を深めていくことが重要であり、気象台は、各市町村の気象・災害特性や過去の災害の発生状況等を熟知するとともに、市町村の防災体制の実情などについて理解する取組を進めていきます。

 このため、気象台長自らが市町村長を可能な限り訪問して「顔の見える関係」を構築し、地域の気象防災に関する共通認識を得るとともに、気象台が提供する様々な情報に加えて緊急時にはホットラインにより直接危機感を伝達することの趣旨などについて十分な理解を得ておくことが重要です。この際、気象台の取組の単なる説明・解説にとどめずに、緊密な対話やコミュニケーションにより気象台の取組への要望等を聞き取って更なる連携強化に繫げていきます。

 また、ホットラインを含めて、緊急時の連携作業が円滑に進むよう、日頃から気象台職員が市町村防災担当者に対し担当者レベルで計画的に訪問して意見交換を行い確認しておくことが必要です。「顔の見える関係」の構築にあたっては、県や関係省庁の地方出先機関等と連携した取組も推進していきます。


コラム

■強風災害を契機とした地元首長及び自治体との連携強化(札幌管区気象台)

 平成29年4月18日、発達した低気圧の通過に伴う強風により、道内では重軽傷者14名、住家・非住家被害319棟に加え、多数の農業施設に被害が発生しました。

 中でも後志地方では、人的被害や住家被害のほか、ビニールハウスの倒壊など農業被害が著しく、後志地方の町村長で構成される後志町村会では強風に対する防災対策の充実を図ることが喫緊の課題であるとの意識が高まりました。

 札幌管区気象台では、これを契機に後志地方への防災対策支援として、自治体の防災担当者や住民が防災気象情報を適切に読み解けるように、後志地方で強風となりやすい気象条件を調査・分析し、「市町村ごとの強風となりやすい地域特性」として取りまとめました。

 さらに、後志町村会の首長や防災担当者を対象とした説明会をそれぞれ開催し、この調査結果を今後の防災対策に活用できる支援資料として提供しました。俱知安町では、この結果を広報誌に掲載して住民に広く周知する予定で、住民への防災啓発にも活用される見込みとなっています。


《説明会参加者のコメント》

• 調査結果を説明いただいたことは、大変ありがたい。今後の防災対応に役立てたい。(後志町村会長)

• 良い機会をいただいたことに感謝する。地元自治体では、この様に町村ごとに取りまとめた地域特性が分かる資料を求めていた。(町村会事務局)

• 調査結果から地域の強風特性を良く理解できた。首長もその調査内容に納得し、たいへん喜んでいた。職員はもとより、広く町民に周知するなどにより、地域の防災対策に役立てていきたい。(俱知安町防災担当者)


(ⅱ)市町村毎の気象・災害特性や過去の災害履歴等の把握

 気象台が市町村との対話・コミュニケーションを深めるにあたっては、日頃から市町村のことをよく理解し、市町村の立場に立って何が必要かを考えておくことが重要です。このため、気象台において、各市町村の気象特性、地形・地盤の特性、災害特性、過去の災害の発生状況やその際の気象状況及び地震活動・火山活動の状況、市町村の防災体制やニーズなどの情報を整理した「気象防災データベース」を構築し、関連する防災計画や避難勧告等の判断・伝達マニュアル、ハザードマップ、タイムラインなどと併せて整理します。

 このようなデータベースを市町村訪問等の機会を捉えて共有することで、市町村と気象・災害への認識を共有することができ、より市町村とのコミュニケーションを深めることができます。また、このデータベースは、気象台が地域に根ざした解説を行うためのツールとしての活用も期待されます。

 また、住民等が地域における気象・災害リスクの認知や防災に関する知識習得等に活用できるよう、このデータベースを広く一般に対して提供していきます。


(ⅲ)地域に根ざした気象台職員の育成

 気象台が地域の防災機関として信頼されるため、まずは気象等の専門家として市町村等のニーズに沿って適切に解説できるよう技術力の保持・向上に努め、担当する地域の気象や災害特性を熟知するよう努めます。その上で、地域における自治体や関係機関の防災対応について理解を深めていきます。

 そのため、協議会等への積極的な参画や、地域の気象防災の有識者等の専門家と定常的なコミュニケーションを図り、地域防災に係る人脈や知見を深め、いざというときの対応力を強化していきます。

 また、防災の最前線である市町村を知るには、日頃から市町村の防災の現場に積極的に飛び込んでいくことが有効であり、人事交流等により市町村職員の関心・ニーズなどを把握・理解する取組も推進していきます。

 加えて、気象台の人材育成やキャリアパスにおいて、地域に根ざした気象防災の知見や地域におけるコミュニケーション力を育めるよう配慮していくなど、気象庁全体で組織を挙げて人を育てる取組を進めていきます。


コラム

■「防災気象情報の原理」より「その情報の読み方」の説明を

静岡大学防災総合センター教授

牛山 素行

静岡大学防災総合センター教授 牛山 素行

 「洪水警報の危険度分布」のように、予測技術、情報伝達技術の進歩に伴い、新たな情報が構築、公開されることは無論歓迎できることだ。ただ、まず強調しておきたいのは、防災気象情報(「気象」に限らないが)は、精度向上や表現の改善が、被害軽減に直結するわけではないということである。「改善」した情報を、まずは情報の受け手に知ってもらわなければ何もかもはじまらない。いわゆる「周知広報」という取組が重要だろう。また、そのやり方にはいろいろと工夫が必要だと思われる。

 筆者は各種の会議や研修などで、気象庁の方が防災気象情報についての紹介・説明をする場面に立ち会う機会がしばしばある。その際、大変申し訳ないのだが、「これは本当に聴衆に意味が伝わっているだろうか」と心配になることが少なくない。心配のポイントは下記のようなことである。

• 「聴衆はこれまでの防災気象情報について十分理解している」という前提で、「今回新たに改善した情報」という、いわば「差分の説明」をしていることがよくあるが、その前提は大丈夫だろうか。

• 新たな情報の原理(計算の仕方)から話が始まり、場合によるとそれに終始してしまう。「情報の原理」を理解してもらうことは、短い説明時間の中で重要度の高いことだろうか。「情報の意味、読み方」を知ってもらわねば情報は使われないのではないか。

 防災気象情報の「説明」の場に参加している人々も多様な背景があると思われるが、基本的には「サイエンスのイベント」に来ている人ではない。関心があるから来ているのではなく仕事で参加している人、これまでの経緯などは全く承知していない人も少なくなかろう。そうした人たちに情報を活用してもらうためには、何よりもまず、「情報の読み方、使い方」を、「この情報は何を意味しているのか」を説明しなければならないのではなかろうか。

「危険度分布」の説明例(筆者による)

 とはいえ、その「説明」を具体化するのはなかなか難しい。たとえば右図は、筆者が昨年夏以降に各種講演や研修で用いている、「洪水警報の危険度分布」「大雨警報(浸水害)の危険度分布」を説明する際のスライドである。背景図には気象庁ホームページ内の図を引用している。このスライドで、下記のような説明をしている。

「洪水警報の危険度分布」

•これまでのレーダーの図(解析雨量)では「今までにどこでどのくらい雨が降ったか」が表示されている。

• 雨は降ったところにとどまらず、低いところに流れて集まり被害をもたらす。「洪水警報の危険度分布」では雨がどこに流れ集まるかが河川ごとに表示される。

• つまり「大雨が降っている場所」ではなく「川が溢れそうなところ(今・これから危険な場所)」、「洪水による被害が出そうなところ」が示される。

• 水位計のない中小河川についても情報が得られるところもメリット。

「大雨警報(浸水害)の危険度分布」

• 「洪水警報の危険度分布」と同様に、「今までにどこでどのくらい雨が降ったか」ではなく「どこに水が集まりそうか」がわかる情報。

• 「洪水警報の危険度分布」とは異なり、「川が溢れそうなところ」ではなく、「付近で降った雨が溜まっていそうな場所」が示される。

• 内水氾濫(一般的によく見られる浸水現象)の危険があるところと考えてもよく、アンダーパス、地下空間などが要注意となる。

 おそらく「なんと乱暴な説明か」と思われる方もいるのではなかろうか。「それは違う」と思われるかもしれない。筆者も決してこれが万全な説明とは思わない。これは算数と理科が嫌いな筆者が模索した雑な説明例であり、各位においてよりよい説明を考案していただきたい。

 正直なところ、「洪水警報の危険度分布」と「大雨警報(浸水害)の危険度分布」が別の図になってしまったことは残念だと思う。似たような情報が増えることは、それだけ情報を処理する(人間の)手間が増えることになり、必ずしもよいことではない。まず見るべきは「洪水警報の危険度分布」かな、とも思うが、このあたりはさらに情報の整理、改善があると良いのかもしれない。

 まだまだ課題はあるにせよ、せっかく姿を現した新たな情報である。ぜひ最大限に生かされて欲しいと思う。


ウ 防災の現場における気象防災の専門家の活用促進

 平成28年度に実施した「地方公共団体の防災対策支援のための気象予報士活用モデル事業」では、市町村の防災対応の現場において、平時からの気象解説や勉強会等を通じ防災気象情報の「理解・活用」を推進することや、緊急時の防災対応を解説等で支援することにより、気象の専門知識だけでなく自治体の防災対応にも詳しい気象予報士等の気象の専門家がいることの有効性が確認されました。

 このため、地域の防災力の向上のため専門家が活用されるよう、当該事業の成果を積極的に市町村に周知するとともに、市町村の防災対応の現場で即戦力となるような「気象防災の専門家」の育成にも関係機関と連携して取り組んでいきます。


コラム

■気象防災の専門家の育成 ~気象防災アドバイザー育成研修~

 気象庁は、平成28年度に、「地方公共団体の防災対策支援のための気象予報士活用モデル事業」(本モデル事業の詳細は、https://www.jma.go.jp/jma/press/1704/27a/yohoushi_project.htmlをご覧ください。)の

実施に際し、派遣気象予報士が派遣市において市町村の防災対応を適切に支援できるようにするため、派遣気象予報士に対し事前研修等を実施し、市町村の防災対応の現場で必要となる防災に関する知識等についても習得させました。今後多くの市町村において、防災に関する知識を兼ね備えた、市町村の防災対応の現場で即戦力となるような気象予報士が活躍できるようにするため、気象庁では平成29年度に「気象防災アドバイザー育成研修」を実施しました。

研修実施の様子

 気象防災アドバイザー育成研修は、気象予報等について高度な知識を持つ気象予報士や気象業務経験者等気象の専門家に対して、我が国の防災制度や地方公共団体の防災対応、最新の防災気象情報の実践的な活用方法等を習得させるための研修で、別表に示す3コースを2~3月の10日間をかけて実施しました。

研修コースの概要

 今後気象庁では、気象防災の専門家の活用を希望する地方公共団体に対し、本研修の実施により育成した気象防災アドバイザーのリストを提供します。また、地域の防災イベント等における講師など、多様な場面における気象防災アドバイザーの活用を図っていきます。

 このような気象防災アドバイザーの活用を通じて地域の防災力の強化に貢献してまいります。


② 緊急時における市町村等の防災対応を一層支援する取組

ア 緊急時における気象解説の充実・強化

 平時に蓄積した知見・共通認識等を十二分に活用し、防災気象情報が市町村の防災対応の判断に活かされるよう、現象の推移に応じて、台風説明会や「予報官コメント」等の既存の場・ツールを活用しつつ、ポイントを絞った解説を行っていきます。特に、社会に大きな影響を与える現象が予見される際には、その可能性が高くなくとも、予測の困難性・不確定性も含めて早い段階からその旨を解説し、危機感を共有します。この際、休日・夜間の市町村の対応に配慮するとともに、市町村が緊急性を把握できるよう、緊急時における気象台長から市町村長への電話連絡(ホットライン)の徹底や、緊急時の「予報官コメント」の工夫にも取り組んでいきます。


コラム

■秋田地方気象台長から市町村長へのホットライン

 平成29年7月22日、東北地方に停滞する梅雨前線の影響で、秋田県内では朝から激しい雷雨となっていました。午後には雨が一層強まり、19時10分の「洪水警報の危険度分布」では、大仙市南部の楢岡川ならおかがわの上流で、過去の重大な洪水災害発生時に匹敵する“極めて危険”な状況を示す濃い紫色が出現していました。「人命に関わる事態だ。いま電話をかけないと大変なことになる。」と、秋田地方気象台の和田台長は当時をそう振り返ります。和田台長は19時25分に大仙市長に直接電話をして「非常に激しい雨を降らせる雷雲が大仙市にかかり停滞しています。気象庁の「洪水警報の危険度分布」では大仙市の南部(楢岡川の上流)に“極めて危険”を示す濃い紫色が出現しています。隣接する市町村では避難指示(緊急)が発令されているところもあります。」と伝えました。直後の19時45分に大仙市では災害対策本部が立ち上げられ、20時15分に避難勧告が発令されました。一連の大雨で和田台長がこのように「洪水警報の危険度分布」等の活用を呼びかけ、直接電話で危機感を伝えたのは7市5町にのぼっています。秋田県では総雨量300ミリを超える記録的な大雨となり、図の楢岡川を含む多くの中小河川に加え、大河川の雄物川でも氾濫が発生し、計2000棟以上の住宅が被害を受けましたが、死者やけが人が出ることはありませんでした。

気象台長の電話により危機感を市町村長と共有

 和田台長は前年(平成28年)に盛岡地方気象台の台長を務めており、岩手県岩泉町で甚大な洪水災害となった平成28年台風第10号の際、町長に直接危機感を伝えることができませんでした。この教訓から、秋田地方気象台長就任後すぐに県内の全市町村を回り、5月までに市町村長と携帯電話の番号を交換し終えました。また、記録的な大雨を想定したホットラインの訓練を県内の市町村長と行うなど、平常時から「顔の見える関係」が構築できていたことが緊急時に活かされました。

大仙市への電話連絡直前の洪水警報の危険度分布

 全国の気象台でも、このように地域の防災をこれまで以上に支援する取組を進めていきます。


コラム

■防災判断の支援に向けた防災機関向け「予報官コメント」の改善について(広島地方気象台)

 気象台では、市町村や防災機関に防災気象情報を伝達するため、防災情報提供システムを用いてリアルタイムに情報を提供しています。予報官が特に注目してほしいポイントや今後の見通し等の解説を、「予報官コメント」としてこのシステムに随時掲載し、防災機関に伝えています。

 従来の広島地方気象台の予報官コメントは、警報等の発表状況のお知らせなどホームページから確認できる「事実の記載」をお知らせすることが多い状況でした。このことに対して、平成28年度に気象庁が実施した「地方公共団体の防災対策支援のための気象予報士活用モデル事業」により広島県廿日市市に派遣された気象予報士と意見交換を行った際、「自治体が各種の防災判断をするためには、伝達される警報文だけでは判断が難しい場合がある。予報官の考えをもっとダイレクトに伝えて欲しい。」といった、予報官コメントへの改善が要望の一つとしてあげられました。

 これを受け、広島地方気象台では、予報官コメントをより分かりやすく、使っていただきやすくするための改善に向けた検討を進め、平成28年11月から次のような見直しを行いました。

◯大雨等の警報・注意報の発表・解除の具体的な見通しを中心に、「いつ頃、どこに注意報の発表を検討中」、「どの地域には注意報の可能性はない」など、できる限り時間帯や場所を明示する。

◯警報・注意報に関するコメントは、警戒が必要な段階に応じて背景色を変えることにより分かりやすくする(例:注意報段階は黄色、警報段階は赤色など)。

◯雨が降り止んでも大雨警報・注意報が継続する場合は、その理由を記述する。

◯「警報級の可能性」について、警戒を要する想定時間をより詳しく記述する(通常の「6時間単位(明日まで)」「1日単位(明後日以降)」の幅を、より短く区切って解説する)。

◯極端な大雨が予想される場合には、予報官が持つ危機感をしっかりと伝えるために、具体的により強く印象づけられる表現を用いて記述する(例:「平成○年○○豪雨に匹敵する大雨となる可能性がある」など)。

改善後の予報官コメント例(平成29年台風第5号接近時)

 気象台からの予報官コメントは、「地域における気象防災業務のあり方(報告書)」(平成29年8月)においても、緊急時における市町村等の防災対応を一層支援するツールとして更なる工夫を加えていくように提言されています。

 広島地方気象台においても、防災機関の支援のため、引き続き予報官コメントの改善に努めていきます。


イ 気象台職員の自治体への迅速な派遣

 自治体における災害対応に一層積極的に貢献するため、災害が発生した、または発生が予見される場合に、都道府県や市町村の災害対策本部等に気象台職員を迅速に派遣し、災害対応現場におけるニーズや各機関の活動状況をリアルタイムに把握しつつ、気象状況等をきめ細かに解説する体制を構築します。

 このため、現地の気象台を中心として、地域を熟知した管区や近隣の気象台等の職員で構成する「気象庁防災対応支援チーム:JMA Emergency Task Team(JETT)」を、平成30年5月に創設しました。また、派遣を迅速に行うため、予め専門分野や勤務経験等をもとに派遣職員の候補者リストを作成するとともに、派遣時の手続き、気象庁本庁・管区気象台・現地気象台等の役割分担、派遣職員の役割等を定めました。またJETTは、国土交通省のTEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊)の一員として活動することとしています。


コラム

■平成29年7月九州北部豪雨における気象支援について(朝倉市総務部防災交通課)


 平成29年7月5日、筑後地方から大分県西部にかけて線状降水帯が形成され、九州では初めて大雨特別警報が出されるなど記録的な大雨となりました。今回「線状降水帯」という言葉が話題となり、市内に設置されているアメダス雨量計では、時間雨量129.5ミリ、日降水量516.0ミリを観測し、当地点の観測史上1位を記録しています。また、山間部にある福岡県設置の雨量計でも時間雨量124.0ミリ、累積雨量で800ミリを超える数値を観測しています。

 この山間地を中心とした豪雨により多数の山腹崩壊が発生し、大量の土砂と流木が市街地に流入し、被害拡大の要因となりました。これらの被害は甚大で、33人(関連死含む)の尊い命が失われ、2人の行方不明者、そして多くの家屋や施設が被害を受け、市の主要産業である農業にも大きな爪痕を残しています。

災害対策本部会議における気象解説の様子

 今回の災害では、福岡管区気象台から予報官の方に来ていただき、災害対策本部会議の中ではもちろん、常駐していただき随時気象情報の提供を受けました。発災時から自衛隊をはじめ多くの機関が入り、捜索活動・復旧活動を行う中、災害対策本部会議の中で天候について毎日解説していただいたのはもちろん、詳細な情報も見せていただき大変参考になりました。また、発災後の雨や台風接近時についても常時情報を提供していただき、大変心強かったです。予報官の方の常駐については、7月9日から8月16日までと1か月以上におよび、その間、各機関も個別に問い合わせをされていました。発災後の不安定な天候のみならず、夏場はかなりの猛暑となり、熱中症についても助言頂きました。その後も電話による定時の気象解説を出水期が過ぎる10月末までしていただきました。

個別の気象解説の様子

 現在本市では、復旧作業が急ピッチで行われていますが、災害の規模があまりに大きく今年の出水期までに対応することは難しい状況であり、ソフト面での2次災害防止の対応が求められています。また当分の間は、出水期に最大限の注意を払う必要があり、関係機関による協議も始めています。気象台の皆さんにもご協力いただきながら対応を進めていきたいと考えています。

 最後になりますが、今回の災害に際し多くの関係者の皆さんにご支援いただいておりますことに感謝申し上げるとともに、今後ともご協力の程よろしくお願いします。


③ 災害後における緊急時の対応の「振り返り」

 緊急時の対応について更なる改善を進めていくためには、気象台がどのような情報提供や解説を行い、それらの技術上の限界はどうだったのか、また、市町村がそれらの情報を防災対応の判断にどのように活用できたのか等、当時の状況やお互いの対応について、気象台と市町村が共同でレビューすることが重要です。その際、より効果的に実施できるよう、県や関係省庁の地方出先機関等の関係者の参画や、協議会等の場を活用することも考えられます。

 このような「振り返り」の作業を通じ、市町村と気象台がお互いをより深く知り、具体的な課題を共有し、対応の流れや内容(タイムライン)についてより実効的な工夫を検討することで、地域全体で共に育ち、気象防災力の向上につなげていきます。その際、可能であれば市町村長にも参加を呼びかける場面を設けていきます。また、実際には被害に遭わなかった近隣の市町村にも、「振り返り」への参加を呼びかけ、その好事例や課題等の成果を共有することにより、地域全体での防災意識の向上につなげていきます。加えて、気象庁全体で「振り返り」の成果を共有・確認し、それを踏まえてニーズを把握して、緊急時の気象解説等の内容やタイミングについて更なる充実強化を図るとともに、技術開発や情報改善につなげていきます。


コラム

■平成29年7月九州北部豪雨の「振り返り」

 平成29年7月九州北部豪雨では、記録的な大雨となり、福岡県朝倉市・東峰村、大分県日田市において甚大な被害が発生しました。政府は、この災害を教訓とし、特に住民等の避難行動に関し、今後対応すべき事項を明らかにするため、内閣府(防災担当)に「平成29年7月九州北部豪雨災害を踏まえた避難に関する検討会」を設置しました。

 当検討会では、有識者のほか、内閣府をはじめとする関係省庁が参加し、現地調査・ヒアリングを行い、そこで得られた情報等を基に当時の状況を振り返りながら、今後取り組むべき事項について議論が行われました。気象庁は、防災を担う省庁の一員として、現地調査・ヒアリングや当検討会に積極的に参加し、当時の気象状況の説明や当時の対応の振り返り等を行いました。

平成29年7月九州北部豪雨災害

 12月に報告された当検討会のとりまとめでは、気象庁に係る取組として、「洪水警報の危険度分布」等の理解・活用に向けた平時からの取組の促進やホットラインによる直接的な助言の促進などが打ち出されています。気象庁では、平成29年7月九州北部豪雨の経験を踏まえ、これらの取組を推進していくほか、今後もこのような検討会などの場を活用し、関係機関と共同で災害発生時の振り返りを行い、緊急時の対応について更なる改善を進めてまいります。


④ 住民等を対象とした地域全体の気象防災力向上に向けた取組

 これまで、主として、地域における防災の最前線である市町村を対象とした取組について紹介してきましたが、「防災意識社会」への転換・貢献の観点からは、最終的な安全確保行動をとる主体である住民の視点は極めて重要です。これは、自然災害とそれに対する住民の心構えや知識が、緊急時における住民の行動に大きく影響するためです。

 このため、気象台においては、ホームページなどを活用し、防災気象情報の「理解・活用」に資する解説等を定期的に発信するとともに、関係機関と一体となって住民への周知広報や地域における気象防災力向上の取組への支援をより広範かつ効果的に実施していきます。その際、旅行者や外国人等の地元住民以外の者に対する周知広報についても留意しながら取り組んでいきます。

 また、住民へ情報を伝える、住民の主体的な行動を促すためには、気象台と報道機関等との連携が非常に重要です。緊急時においては、後述の市町村と同様、報道機関においても情報の洪水に見舞われる懸念があります。そのような場面において、報道機関が様々な機関から寄せられる点と点の情報を結び、その先にあるリスクを住民にわかりやすいメッセージとして伝えることも重要であることから、平時から気象台や地域の関係機関、報道機関等が集う勉強会などを定期的・継続的に開催し、地域における気象・災害リスクについて共通認識を図ることを推進していきます。


コラム

■みんなで作ろう!マイ・タイムライン(水戸地方気象台)

 平成27年9月の関東・東北豪雨による鬼怒川の氾濫を受け、平成28年度に下館河川事務所、常総市、警察署、消防署、茨城県、学識者及び水戸地方気象台は連携して、住民一人一人が「自分の逃げ方」を手に入れることを目的とする検討会を設置し、マイ・タイムラインの検討を行ってきました。

マイ・タイムラインの作成

 マイ・タイムラインとは、住民一人一人が自分自身に合った避難に必要な情報・判断・行動を把握して作成する避難計画のことです。住民自らが、この検討会が作成したマイ・タイムラインノートという専用ノートを用いて、次の3ステップでマイ・タイムラインを作成していきます。

 STEP1:自分たちの住んでいる地区の洪水リスクを知る。

 STEP2:洪水時に得られる情報を知り、タイムラインの考え方を知る。

 STEP3:マイ・タイムラインを作成する。

 ステップどおりに作業を進めることで、洪水のリスクや洪水時に得られる情報を知り、避難すべき場所、避難の手段、避難に要する時間、及び避難時の必需品などに気づくことができ、自分の逃げ方を整理したマイ・タイムラインが完成します。また、マイ・タイムラインの作成を通じて、最近の雨の降り方や傾向、洪水時に得られる情報と読み解き方を知ることもできます。

 マイ・タイムラインは、鬼怒川の氾濫により甚大な被害を受けた茨城県常総市の住民の皆さんの協力を得て作成され、その後は他の自治体への広がりも見せています。引き続き気象台は、河川事務所や関係機関と連携して、地域の防災力を高める取組を推進していきます。

 マイ・タイムラインの詳細は下館河川事務所のホームページに掲載されています。

<下館河川事務所 みんなでタイムラインプロジェクト>

http://www.ktr.mlit.go.jp/shimodate/shimodate00285.html


⑤ 都道府県や関係省庁の地方出先機関、既存の協議会と一体となった効果的・効率的な取組の推進

 これまで紹介してきた取組について、気象台単独の取組では、地域の防災力向上の効果は限定的です。市町村や、都道府県、関係省庁の地方出先機関、また大規模氾濫減災協議会、火山防災協議会等の既存の協議会など、地域の関係機関が連携し、一体となって取り組むことで初めて地域全体としての防災力向上につながっていきます。

 より効果的・効率的に取組を進めるため、関係機関との一層の連携を図り、地域における信頼関係の構築、勉強会・研修の実施、タイムラインの策定やそれに基づく訓練の実施等により、気象情報だけでなく様々な関係機関から提供される情報と防災対応の関係や課題などを、平時から関係者間で認識を共有しながら取組を進めていきます。


3  おわりに

 自然災害が頻発する中、地域の気象防災力を総合的に高め、「大災害は必ず発生する」との意識を社会全体で共有し、これに備える「防災意識社会」への転換に貢献していくため、地域の気象防災に一層資する気象台の業務の方向性や取組について検討し、「地域における気象防災業務のあり方」がとりまとめられました。

 各地の気象台では、地域に寄り添い自治体や住民等の防災対応を支援・促進できるよう、この報告書で示された内容に沿って、着実にたゆむことなく取組を実施していきます。

 一方、各地の気象台が、市町村や地域住民からの信頼や期待に継続的に応えていくためには、その基盤となる観測・予測技術の向上について、最新の科学技術の進展を取り入れながら不断の努力を積み重ねていく必要があります。

 このため、交通政策審議会気象分科会では、本年1月から「2030年の科学技術の進展を見据えた気象業務のあり方」について審議されており、本年夏頃を目途に提言をいただく予定です。


コラム

■これからの市町村支援を考える

東京大学大学院情報学環 総合防災情報研究センター長・教授

田中 淳

東京大学大学院情報学環 総合防災情報研究センター長・教授 田中 淳

 平成 29 年8月 に「地域における気象防災業務のあり方」に関する報告書が公表されました。この報告書のとりまとめに際して、個人的に感じていた論点をこの場を借りて整理しておきたいと思います。

 ここ2・3年、市町村の判断を支援することへの社会的要請は高まって来ていると感じています。命を守る行動のきっかけとして、避難勧告や避難指示の発令は現実的には大きな役割を果たしていますし、マスメディア等でも注目を集めているからです。しかし、適切に市町村の判断を支援するためにはいくつか留意すべきことがあるようにも感じていました。第1に、市町村の処理能力には限界があるという実態を踏まえて、適切な支援策を考えないと役に立たないということです。これまで多くの被災地に伺い、実態を見てきた経験から、警報が発表されてから被害が出始める時期には、気象庁や河川管理者から予警報や情報が伝えられ、加えて住民から多くの情報が市町村に寄せられます。個々の情報や支援は役に立つことなのですが、すべてを受け取る現場の負担が大きくなります。その緩和には、日ごろから情報の活用を気象台と市町村とで共有しておくことが不可欠だと思っています。その意味で、今回の報告書に平時から信頼関係の構築や実践的な勉強会の実施など、緊急時の情報を活かす平常時の取り組みが書き込まれました。個人的には、加えて国や都道府県などは情報を出したり、伝えたりする際にできるだけまとまった情報へと一元化していくべきだと思っています。河川管理者と共同して地域協議会を活用することは、市町村の負担を減らすために有効な取り組みでしょう。

 第2に、気象台が発表できる情報内容や表現と受け手の求める情報内容や表現とが完全には一致していないということです。予測で示される地域的な広さであったり、予測の精度であったり、緊迫感の差であったりします。それらのある部分は現在の技術的な限界に由来しますが、情報の説明の仕方や表現などで緩和されるものもあると感じています。そのためには発表の伝え方などを、現場の実態から不断の見直しが必要でしょう。その意味で、災害後に顕著現象発生当時の対応について気象台と市町村等が共に振り返りを行うフィードバックが報告書に明示されたことは画期的な方向性だと思います。ただし、この取り組みを活かすには、気象台が単なるデータ解析を超えて、予報・解説能力を高めていくことこそ重要だと思います。

 最後に、気象現象や地震・火山噴火の予測には技術的な限界もあり、すべての事例で避難勧告や避難指示が間に合うわけではないということを前提に、防災情報の利活用を考えておく必要があるということです。気象庁はこれからも技術開発に努めていくべきですが、同時にできることとできないことを明確に社会に示していく一層の努力を期待します。別の言い方をすれば、異常現象が発生しないと予測できるから情報が発表されないのか、それとも予測自体が難しいから発表できないのかを明示し、そのうえで予測が難しい現象について気象台が危機感を感じているならば、どこまで踏み込んで伝えていけるのかが市町村に最後まで寄り添う支援だと思うからです。

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