気象業務はいま 2025 はじめに  昨年は、元日に令和6年能登半島地震により甚大な被害が発生し、同じく能登半島で9月に記録的な大雨による災害がありました。また、7月には北日本を中心に大雨となり、8月には台風第10号によって大雨や突風の被害がもたらされました。さらに、今冬には北日本から西日本の日本海側を中心に各地で記録的な大雪となりました。  これらの災害により犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、災害に遭われましたすべての皆様に心よりお見舞いを申し上げます。  気象庁の任務は、災害の予防、交通安全の確保、産業の興隆等に寄与するため、台風・集中豪雨等の気象、地震・津波・火山、さらに気候変動などに関する自然現象の観測・予報等と、その情報の利用促進を通じて、気象業務の健全な発達を図り、これにより安全、強靭で活力ある社会を実現することにあります。  今年は、気象庁の前身にあたる東京気象台が、地震観測と気象観測を明治8年(1875年)に開始してから150周年を迎えます。気象業務はその開始当初から、最新の科学技術を用いて社会に情報を適確かつ迅速に届けることを基本としており、以降150年にわたって、社会情勢の変化や科学技術の進展を踏まえ、業務を着実に充実させてきました。  近年は特に、多くの災害をもたらしている線状降水帯や台風等の予測精度向上のため、観測体制や予測技術開発の強化に注力するとともに、自治体の防災対応をきめ細かく支援するため、「気象庁防災対応支援チーム」(JETT)としての職員派遣に加え、地域の気象と防災に精通した「気象防災アドバイザー」の拡充・普及を推進しています。  本書「気象業務はいま」は、このような気象業務の全体像について広く知っていただくことを目的として、毎年 6 月 1 日の気象記念日に刊行しています。  今回は、気象業務150周年を特集として歴史や記念事業について紹介しています。また、トピックスとして、地域防災支援、線状降水帯や台風等による気象災害への対策、気候変動対策、地震・津波・火山災害に関する情報、国際的な業務に加えて、気象業務全般に係る技術開発や情報利活用促進の取組について紹介しています。  多くの方々が本書に目を通され、気象業務への皆様のご理解が深まりますとともに、各分野で活用されることを期待しています。  令和7年6月1日 気象庁長官 野村 竜一 ◆ 特集◆ 気象業務150周年 ~歩み続けて150年 防ぐ災害・守る未来~  気象庁では、気象、地震、火山などの自然現象を24時間365日、絶え間なく監視し、観測結果を瞬時に集約して解析し、天気予報や、防災のための情報を発表しています。  このような「気象業務」は、明治8年(1875年)の開始以来、令和7年(2025年)に150周年を迎えました。ここでは、気象業務150年の歴史と、関連する記念事業等について特集します。 1 気象業務150年の歴史  気象庁では、気象業務150周年を迎えるにあたり、150年の時代の流れの中で、気象業務がどのような変遷をたどってきたかを記録し、次の50年、100年を見据えて、気象業務の更なる発展の基礎とするため、「気象百五十年史」を編纂しました。 (気象百五十年史)https://www.jma.go.jp/jma/kishou/info/150th/chronicle.html  本節では、気象業務の150年間のおおまかな流れを紹介します。各時代の出来事や、個別の事項の歴史にご興味を持っていただけましたら、より詳しい内容について、ぜひ気象百五十年史をご覧ください。 (1)気象業務のはじまり  日本の気象業務のはじまりは、明治時代のはじめ、西洋の制度や技術を取り入れ、急速に近代化の道を歩んでいた頃に遡ります。測量士として来日していた英国人ジョイネルが気象観測の必要性を訴えたことを契機として、最新の気象測器や地震計が西洋から持ち込まれ、明治8年(1875年)6月1日、東京府第二大区溜池葵町(現在の東京都港区虎ノ門)において、「東京気象台」による地震観測が、同月5日に気象観測が開始されました。  まもなく気象観測の重要性は、特に農業や海難防止の観点で受け入れられ、全国に「測候所」が設立されます。この時代の測候所には、官立のほか、府県立や私立のものもありました。  測候所の観測に基づき暴風警報の発表や天気予報を目指す東京気象台は、ドイツ人クニッピングの知見を頼って雇い入れ、当時の最新技術であった電報を駆使し、全国の測候所から気象データを迅速に収集する体制を整えました。こうして、明治16年(1883年)には天気図の作成と暴風警報の発表を、翌年の明治17年(1884年)には天気予報を開始しました。日本で最初の天気予報は、「全国一般風ノ向キハ定リナシ天気ハ変リ易シ但シ雨天勝チ」という、全国の予想を一文で表現する簡素なものでしたが、最新の技術を活用し、観測、データ集約、予測、情報発表をする理念は、今日まで受け継がれています。  東京気象台は明治20年(1887年)に「中央気象台」と改称し、明治23年(1890年)には法令上も正式な機関として定められます。翌年にはクニッピングの満期解傭に伴い、日本の気象業務は西洋の先達から自立します。 (2)気象業務の展開、戦争の影響  明治末期には火山観測がはじまり、大正時代に入ると海運の発展を背景として神戸に「海洋気象台」が設置されたほか、「高層気象台」、「地磁気観測所」、「測候技術官養成所」(のちの気象大学校)が誕生します。また、第一次世界大戦前後の国際情勢の中で、外地にも気象業務が拡大していきます。  一方で、大正12年(1923年)の関東大震災では南関東を中心に甚大な被害が生じ、中央気象台庁舎も相当な被害を受けました。この震災を踏まえ、地震観測網の更なる拡充に取り組みました。  大正14 年(1925 年)には、無線技術の進展により、中央気象台は気象無線通報を開始し、また、東京放送局(のちの日本放送協会)のラジオ放送がはじまり、気象情報の活用の幅が広がります。  大正後期から民間航空事業が展開されたことを受けて、昭和5年(1930年)に航空機への気象情報の提供がはじまります。昭和初期にはまた、高層気象観測や海洋気象観測の体制が充実し、国際的な研究観測にも参画し、多くの成果が生まれました。その後、戦時体制の拡大に伴い、昭和14年(1939年)までに全気象官署が国営化されます。太平洋戦争がはじまると気象報道管制が布かれ、気象情報が機密扱いとされる中で、観測や予報を継続しました。 (3)戦後復興、気象庁誕生  終戦から1週間後、天気予報のラジオ放送が再開しました。戦後の復興に邁進する中で「気象研究所」が発足する一方で、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の監督下で、戦時中に膨張した組織や人員の整理が敢行されます。サンフランシスコ条約により主権が回復した後には、世界気象機関(WMO)などに加盟し、国際舞台にも復帰しました。  国際機関への加盟のため国内の法整備が必要とされたこと、また、相次ぐ自然災害を踏まえ、気象業務の基本制度を確立する必要が高まったことから、昭和27年(1952年)に「気象業務法」が成立します。無線ロボット雨量計や気象レーダーの運用開始など、豪雨災害対策を進める中で、防災気象業務を重視した気象台の整備や拡充が社会的に強く要請されるようになります。このような背景から、昭和31年(1956年)、中央気象台は「気象庁」に昇格します。  戦後にはまた、電子計算機の実用化が進むとともに、大気現象の理解が進んだことで、気象の数値シミュレーションの技術が急速に発展していました。気象庁は昭和34年(1959年)、日本の官公庁で初めて大型電子計算機を導入し、数値予報を開始します。当時の数値予報は予報官の信頼を得るには至りませんでしたが、時代とともに計算機の性能が飛躍的に向上したこと、数値予報モデルの改良を重ねたことで、現在では、スーパーコンピュータによる数値予報は気象業務の根幹を支えています。 (4)WWWとNWW  昭和34年(1959年)の国連総会にて、当時繰り広げられていた宇宙開発競争を背景に、「宇宙空間の平和利用に関する国際協力」という決議が採択されました。これに伴い、WMOは気象業務における宇宙技術の利用可能性について報告が求められ、昭和38年(1963年)、国際的な観測・予報業務の基礎となる「世界気象監視(WWW:World Weather Watch)」を立ち上げました。  WWW計画において、気象観測データや予報資料などの国際的な交換を行うための通信ネットワークとして「全球通信システム(GTS)」の整備が進められ、東京が主幹線に含まれました。  国内でも情報通信技術を駆使して、頻発する集中豪雨への対策のため、昭和46年(1971年)には全国20か所の気象レーダー観測網を完成させ、昭和49年(1974年)には「地域気象観測システム(アメダス)」の運用を開始しました。  WWW計画ではまた、複数の静止気象衛星の連携により、地球全体にわたる連続した気象観測の構想が示されました。日本も静止気象衛星の打ち上げを決意し、機体の開発に加えて、衛星データの処理を担う「気象衛星センター」を設置するなど着々と準備が進められ、昭和52年(1977年)、静止気象衛星「ひまわり」が打ち上げられました。翌年には観測を開始し、南半球も含む広範囲の空からの雲の写真を3時間ごとに撮影できるようになり、日本周辺の気象監視能力が格段に向上しました。  国際的にはWWW計画が推進される一方で、昭和50年代に気象庁は「国内気象監視(NWW:National Weather Watch)」を企画し、地域的・時間的にきめ細かい量的予報の提供を目指しました。以降平成初期にかけて、NWW計画の下、数値予報技術の発展や気象データ利用の高度化を踏まえ、観測・予測情報や防災気象情報の充実を推進しました。 (5)現代の気象業務  平成初期には官民の役割分担が議論を呼び、平成5年(1993年)に気象予報士制度が創設されました(予報業務の自由化)。一方で、雲仙岳噴火、北海道南西沖地震などの災害が相次ぎ、特に平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災は、政府の災害対策が見直される大きな契機となりました。また、情報通信技術の飛躍的発展により、気象業務においても大容量データの迅速な処理が可能となり、平成19年(2007年)に一般提供を開始した「緊急地震速報」など、防災気象情報の高度化を推進しました。  平成23年(2011年)には戦後最大となる被害をもたらした東日本大震災が発生し、気象庁は津波情報の改善など、多くの課題に取り組みました。平成25年(2013年)には「特別警報」を創設するなど、防災気象情報を充実させ、防災官庁としての役割を深化していきました。  近年は、相次ぐ豪雨災害や台風災害を踏まえ、線状降水帯や台風等の予測精度向上を喫緊の課題とするとともに、防災気象情報がより良く活用されるよう、地域に根差した防災を推進しています。さらに、先端AI技術の導入に向けた取組など、気象業務の最新の話題について、本書「気象業務はいま2025」の各節で紹介しています。 コラム ●NWWシステム計画の頃 元気象庁長官 小野 俊行  1960年代の職場には、熟練の名人が多かった。彦根地方気象台勤務時、無線モールス符号(トン・ツー)を受信して天気図に記入していたが、私は一字一字に全集中で青息吐息、先輩の多くはタバコ片手に、時には雑談しながら悠々とこなしていた。本庁予報課勤務時、台風が発生すると、予報部長、予報課長、天気相談所長が現業室に来て、それぞれの得意技による進路予想図を現場の作業机にさりげなく置いて立ち去る姿を見た。家族的な雰囲気の中で個性豊かに仕事を楽しむ、古き良き時代だったと思う。  1970年に企画課に配属された時は戸惑った。長期計画、総合調整って何? マニュアルは勿論、前例も見当たらない。世界の気象業務は、世界気象監視計画(World Weather Watch)を中心に順調に発展しつつある一方、社会の急速な変化の中で、天気予報は10年1日の感がある。とりあえず、向こう10年内の社会の要求(ニーズ)と技術(シーズ)の接点の手探りからスタートした。ニーズについては、建設・航空・鉄道・道路・農業・環境・電力・報道等の分野の20数名の識者のご意見をいただいた。柳田邦男氏(NHK、後に災害・事故等のノンフィクション作家)の「気象庁は宝(情報)の持ち腐れ」、高秀秀信氏(建設省、後に横浜市長)の「気象庁は伝統の蛸壺に閉じこもりがち」とのご批判が鮮明に記憶に残っている。情報・通信技術については、コンピュータ・通信企業の約10名の専門家のお話を拝聴した。気象庁は、モールス通信からテレタイプ通信に切り替えて間もない時期だったが、コンピュータは、大型と小型に2極化し、独立の計算機械からネットワークシステムへ進展する、通信端末は小型コンピュータ内蔵へ、90年代には小型コンピュータの個人利用が普及する等々、私には目からうろこだった。気象、地震、火山、海洋等の技術については、庁内約250名の専門家を対象として、デルファイ法に準じた収束アンケート調査を行った。庁内作業グループでの検討を経て、報告書「気象業務における諸問題-長期展望」を作成した。やや風呂敷を広げ過ぎたきらいもあり、課題のうち「地域・時間細分した量的予報のシステム(仮称:NWW(National Weather Watch)システム)」にしぼって、次の報告書を作成した。核心は、観測・予測・利用者への情報提供の全過程の迅速化に向けて、自動化・オンライン化を最大限進めることだった。その後、NWW委員会と資料伝送網・コンピュータ総合利用・予測技術開発の三分科会による全庁的な検討を経て、通信・コンピュータ・レーダーデジタル化等の施設整備と数値予報モデルの高解像度化・数値予報から局地予報への客観天気翻訳・短時間雨量予測技術等が進展し、70年代後半から90年代前半にかけて、逐次実用化段階に入った。  半世紀を経た今、当時夢見た、さらには夢にも見なかった気象業務の発展を実感している。近年の私の気象情報利用は、低山徘徊、小旅行、地域の祭り、花火見物等の狭い範囲だが、スマホで、何処でもいつでも多様な気象情報が入手できるのは有り難い。2025年度末には、水平解像度1kmの局地数値予報モデル運用が開始されるとのこと、来春が待ち遠しい。 コラム ●気象業務150周年に寄せて 東京大学名誉教授 新野 宏  今から150年前、東京気象台で気象業務が始まった1875年6月の地上気象観測の記録を、気象庁のホームページで見ると、6月5日からは日降水量、同10日からは日平均気温、日最高気温、日最低気温が観測され始めたのがわかる。以来、科学技術の発展とともに、多くの新しい観測機器が導入され、また電子計算機の性能の向上とともに数値予報モデルもめざましい進歩を遂げた。さらに、携帯電話やインターネット等通信手段の発展により、画像による気象情報の即時的な提供が進んだだけでなく、気象情報を他の情報と組み合わせて、防災・交通・電力などや様々な産業・生活に活用する可能性も拡大してきた。一方、産業革命以来の人間活動による地球環境問題が顕在化し、地球規模の課題となってきている。気象庁では、過去150年にわたり、このように急速に発展する科学技術や変化する社会・環境に対応して、不断の努力により最先端の技術を導入しつつ必要な観測・予報を行い、防災・生活・地球環境変化に関する情報を提供してきた。この間、昼夜を問わずこれらの業務を遂行されてきた気象庁職員の皆様に心より敬意を表したい。  過去150年間に蓄積された観測データは貴重な財産である。例えば、気象庁では2001~2004年に、各官署の観測開始以来の降水データを電子化する作業を行なった。これにより,100年以上にわたる降水強度別の長期変動などが調べられるようになった。現在も蓄積されつつある多くの観測データをいかに広く利用していただける形で保存していくかは重要な課題である。過去の観測データと最新の数値モデルを組み合わせて「データ同化」を行ない、過去から現在に至る大気の状態を最も信頼できる形で推定した「再解析データ」も、全球に対するものから、高解像度の日本域に対するものまで、気象庁が独自に、あるいは他研究機関と協力することにより作成されているが、従来は専門家の利用が中心だったものが、AIの普及により学習データとして、気象業務だけで無く幅広い産業分野で活用されつつある。このように、信頼できる観測データの取得と、より高精度の数値モデル・優れたデータ同化手法の開発は、AIが発達する今後も社会に不可欠であり続けるであろう。  最近、豪雨被害を生ずる線状降水帯の早期予測が大きな課題となっている。数値モデルの精度向上や高解像度化、アンサンブル予報の導入などが進められているが、豪雨のもととなる海上の水蒸気の観測が重要であろう。船舶に搭載したGNSSや人工衛星による水蒸気観測、アメダスの湿度観測などにより、予測の改善が期待される。一方、観測・予報が改善されても、それらに基づく防災情報がわかりやすいものでなければ機能しない。「防災気象情報に関する検討会」で整理されたように、わかりやすい名称の警戒レベル相当情報が考案され、使われるようになることが期待される。  人口が減少し、国の財政が厳しくなって、高度成長時代のインフラの維持が難しくなりつつある現在、ハードに頼るだけでなく、ソフトによって国民の安全・安心を守る気象業務の重要性は一層増していくものと思われる。気象庁の今後の奮闘に期待したい。 コラム ●歴史研究の進展への期待~気象業務150周年に寄せて~ 大東文化大学法学部 准教授 若林 悠  組織にとって活動の節目の年は、それまでの歩みを振り返り、将来の展望に思いを馳せる機会であるが、研究者にとっては歴史研究の状況を進展させる好機でもある。2025年から遡ること50年前の1975年は、気象業務100周年であった。この記念事業として『気象百年史』が刊行され、同書は『測候時報』や『天気』といった資料とともに気象業務の歴史を研究する人たちにとっての参照すべき基礎資料となった。筆者も恩恵を受けた一人である。  だが『気象百年史』は、当然のことながら刊行年に近づくほどその時期に関する記述量が相対的に少なくなり、刊行後の1970年代後半以降のことは書かれていない。同書が充実した資料であるがゆえに、現在に近い歴史を研究する場合は、基本的な史実を押さえていく際に少々困ったことになる。この状況で恐らく真っ先に思い浮かぶ資料であろう『今日の気象業務』(現在の『気象業務はいま』)は、毎年の業務の動向を知るうえで重要な資料である。惜しむらくは『今日の気象業務』の刊行開始が1995年からであるということであろうか。さらに様々な資料も用いて一つずつ史実を明らかにしていったとしても、それらの史実間の関係性を説明できなければ、歴史を叙述することはできない。明治期から昭和戦時期までの近代の気象業務の歩みには、『気象百年史』や様々な歴史研究によって一定程度の参照軸となる通史のようなものがあることに鑑みれば、昭和戦後期以降の気象業務の歩みはそうした参照軸を欠いてきたようにみえる。かくして現在に至る50年間の気象業務の歴史的展開を叙述する試みは、史実の積み重ねとその捉えやすい筋道を求めて模索のなかにある。  とはいえ50年の歳月は、気象業務とその取り巻く社会環境を変化させるには十分すぎる時間であった。筆者も調べてきた出来事でいえば、静止気象衛星「ひまわり」の打ち上げ、降水確率予報の開始、気象予報士制度の開始やお天気キャスターの活躍といったように、様々な具体例を挙げることができる。こうした出来事の一つ一つが興味深く、その詳細な経緯や今日的な意義をもっと知りたくもなる。冒頭で触れたように気象業務 150 周年という節目は、当時の関係者による回顧や専門家による業務の検証という機運を今後も創り出していくだろう。本コラム執筆時点(2025年2月)では未見だが、今回の記念事業として刊行される『気象百五十年史』も、昭和戦後期から平成期の気象業務の歩みを捉える参照軸の形成に寄与していくに違いない。気象業務150周年をきっかけにして、歴史研究がさらに進展していくことを期待している。 2 気象業務150周年記念事業  この節目の年を迎えるにあたり、令和6年度(2024年度)から、様々な広報イベントを実施するとともに、令和7年(2025年)6月2日には記念式典を行うほか、150年史の刊行も行います。  これらの記念事業については、気象庁ホームページに特設サイトを設けて、随時最新の取り組みを掲載しています。 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/info/150th/index.html (1)国立科学博物館と連携した企画展の開催 ~企画展「地球を測る」~  国立科学博物館と連携し、令和7年3月25日~6月15日までの期間で企画展「地球を測る」を開催しています。また、期間中は気象庁長官をはじめ、企画展を盛り上げるための気象庁による講演会を同博物館で行っています。  本企画展では、様々な自然現象を観測する手法やその歴史、これまで蓄積されてきた観測データから、地球環境の様子やその変化が明らかになり、また防災・減災にも大きく貢献していることを紹介しています。  具体的には、国立科学博物館の日本館1階中央ホールと企画展示室を利用した大規模な企画展となっています。まず、中央ホールでは、企画展そのもののテーマである「地球を測る」をテーマに、1階から3階までの吹き抜けを使って、地上から上空までの各種観測を高度別にダイナミックに表現した巨大な吊り下げバナーを配置し、これをアイキャッチとして、来館者を企画展に誘因する工夫をしています。中央ホールから企画展示室に入ると、第1章から第4章の構成で動線に沿って楽しめるようになっています。はじめに、第1章「自然現象を測る」では、日本で正式に観測が始まった経緯や、気象庁をはじめどのような機関や施設で観測されてきたのか、各分野(気象、地震、火山、地磁気など)について、観測の始まりや方法の歴史、役割を紹介します。第2章「大気と海を測る」では、様々な気象現象を観測する方法、線状降水帯など近年多く発生する気象災害や、地球温暖化などの気候変動のメカニズムに加え、観測が天気予報や防災にどのように役立っているかについて紹介します。第3章「地球内部を測る」では、地下や海底下で起こる地震や火山噴火、地磁気擾乱など、直接視ることが不可能な現象について、どのようにしてそれらを捉え、測ることができるのかということに焦点をあて、地下の現象を理解するための観測技術やメカニズムに加え、観測が防災にどう役立っているかについて紹介しています。最後に、第4章では「宇宙や空から地球を測る」をテーマとして、人工衛星の登場によって宇宙から地球全体を観測できるようになった現在、150年前では到底捉えることができなかった地球上の様々な現象について、その観測技術とともに解説しています。  「150年間で何が変わったのか」=「人間が地球を観る視点が変わった(目視→自動化、地上→宇宙)」、「測ることを続けることの重要性」=「最新の気象予測シミュレーションも地震や火山活動の評価も、ずっと続けられてきた観測や蓄積されてきた観測データから成り立っている」ということをキーワードに、150周年を迎えた気象業務の歴史を楽しく学び、感じることができる企画展となっています。 (2)「みんなに見せて伝える!防災展示アイデアコンクール」の実施  令和6年7月~9月にかけて実施したこのイベントは、気象業務150周年の関連として、全国小中学生を対象とした防災展示の企画のアイデアを募集するコンクール形式のイベントです。  「自然災害の仕組み」や「災害から命を守る方法」、「気象庁が行っている観測や予報の仕組み」を学習したうえで、その内容をわかりやすく説明する展示や工作物のアイデアの企画を応募していただきました。  全国から106点の応募があり、気象庁長官をはじめ、国立科学博物館などの有識者により「国土交通大臣賞」、「気象庁長官賞」、「はれるん賞」、「気象友の会賞」、「日本気象予報士会会長賞」、各気象台における「気象台長賞」を設け、受賞した児童・生徒の皆さんを表彰しました。  また、国土交通大臣賞をはじめ一部の作品に関しては気象科学館に展示しており、さらに、国土交通大臣賞を受賞したアイデアについては、実際に可搬型の展示として作成し、気象科学館に展示するとともに、今後、全国気象台のイベントなどで活用する計画です。  令和6年度から150周年を迎える令和7年6月まで、作品の募集、審査、表彰式、作品の展示、作品の製作、今後の活用といった形で、節目のタイミングの約1年間、期間を通じて、全国の児童・生徒と気象庁職員と一緒になって防災について盛り上げ、考えたイベントとなりました。 (3)気象科学館の新規展示の製作と公開  令和6年度での「はれるん」誕生20周年や気象業務150周年を迎えるにあたり、気象科学館に「はれるんランド」と「大雨災害サバイバル」の2つの展示装置を新設しました。  「はれるんランド」は、仮想空間での住民への情報伝達に関する防災訓練をイメージしたシューティングゲームです。このゲームのプレイヤーは、気象庁役の「はれるん」として訓練に参加し、様々な自然災害に襲われる住民の方にシューティングゲーム形式で情報を届けます。訓練の登場人物は、気象庁役の「はれるん」の他、情報を受け取る「住民」と、災害が来たことを示す各種の「災害キャラ」で構成されます。「住民」は、目下の災害に対応するための適切な情報が「はれるん」から届けられればニコニコ(笑顔)になり、対処方法をひらめき、避難などの行動に結び付けます。「災害キャラ」たちは、訓練の状況付与として、災害が来たことを住民に知らしめる役として出現します。災害キャラたちは元々が災害ですので、意図せず、災害発生の状況付与を行うのみならず、住民を怖がらせたり、「はれるん」の邪魔をしてしまったりします。  このゲームは、災害に応じた適切な情報を住民に届けなければ、住民は適切な判断ができない仕組みになっていますので、プレイヤーはシューティングゲームという中で、瞬時に災害を見分けて、それに適合する防災情報を選択し、届けるということを行わなくてはなりません。子供達が、ゲームであれば難しい設定や必殺技の特性などを難なく理解することを利用して、気象庁が発表する命を守る防災情報を理解していただこうというものです。  「大雨災害サバイバル」は、線状降水帯をテーマとした展示装置です。線状降水帯のメカニズムや大雨災害について理解を深め、自発的な防災行動に役立ててもらうことを目的として製作しました。プレイヤーは架空の街の住民として、場面に応じて気象情報等を活用して洪水や土砂崩れなどの大雨災害から身を守る体験ができます。 (4)記念切手の発行や気象業務の漫画百科事典の刊行  日本郵便と連携し、令和7年5月28日に気象業務150周年記念切手の発行を行いました。新旧の対比と各種気象業務を切手の図柄に採用した少しマニアックな気象庁らしい記念切手となりました。 (5)気象庁マスコットキャラクターの活動強化  20年間にわたり、気象庁では「はれるん」を用いて広報活動を行い、これまで気象庁の象徴的な存在として、各種の広報事業で活躍しその役割を果たしてきました。21年目からは、心新たに気象業務の重要な使命である「命を守る情報の伝達」と「使命を果たすための技術力発展の推進」をイメージさせるマスコットキャラクターとして、この20年以上に活動の場を広げ、気象業務の周知広報に活用していく計画です。また、もともと鹿児島地方気象台のマスコットキャラクターであった「ぼるけん」については、活動火山対策特別措置法の改正を受けて8月26日の「火山防災の日」が制定されたことに伴い、令和6年度より、気象庁における火山防災の普及啓発を担う「気象庁火山防災マスコットキャラクター」としても活動することとなりました。キャラクターを用いた広報活動は、子どもや子どもを中心としたご家族など、普段防災業務に縁遠いことの多い層に直接アプローチする極めて重要な広報手段となっています。今後さらにキャラクターの活動を様々に盛り上げる演出を強化し、気象庁のキャラクターを見ると、気象庁が行っている様々な防災業務を想起させることができるようにし、さらなるキャラクター広報戦略の強化・推進を行っていく計画です。 3 広報・普及啓発の取組  普及啓発の取組については、より多くの人に関心を持っていただくため、様々なイベントを実施しています。 (1)夏休みこども見学デー  各地の気象台では、防災気象情報の正しい理解と利用を目的として、毎年夏休みの時期に「お天気フェア」を開催しています。ここ数年は、YouTube等を活用したオンライン方式で開催していましたが、令和6年は多くの気象台で実地開催し、一部プログラムではコロナ禍での経験を活かしてオンラインも併用しました。 ○イベント目白押しだった「夏休みこども見学デー」  気象庁本庁では、毎年8月に「夏休みこども見学デー」を開催しています。令和6年(2024年)は2日間で1,368名の方にご来場いただきました。会場では、気象や地震等に関連する実験や工作するブース、イベント会場各所を巡るスタンプラリーのほか、天気予報や地震・火山の情報を発表する各オペレーションルームをめぐる見学ツアー、地方気象台の職員とオンラインで会話できる中継イベント等を実施しました。またはれるんとのコラボイベントとして「熊本県営業部長」兼「熊本県しあわせ部長」であり「復興応援“絆”大使」でもあるくまモンとのステージイベントや、東京消防庁のキュータとのグリーティングも行いました。来場者アンケートでは、9割以上の方が「とても楽しかった」「楽しかった」と回答いただき、大盛況のうちに終えることができました。 (2)はれるんカード  令和4年(2022年)6月より、気象庁の施設を訪れた方が入手できる「はれるんカード」を開始しました。このカードは、施設に掲示されているQRコードから、スマートフォン等を用いてダウンロードできるデジタルカード(画像データ)で、施設の紹介や豆知識を記載しています。   特に、令和7年(2025年)は気象業務150周年のため、150周年版の特別なカードも用意しています。  詳細な情報は以下URLからご覧ください。  https://www.e-watcherstomo.com/はれるんカード/ (3)ポスターコンクール  気象庁では、本庁庁舎の港区への移転を契機に、港区教育委員会・気象友の会と共催し、令和3年(2021年)よりポスターコンクールを実施しています。ポスター作成をきっかけとして防災について家族で話し合っていただくこと等を目的とし、港区立の小中学生を対象として作品を募集しています。令和6年度は、8月26日が「火山防災の日」に制定されたことから、「火山防災の日(火山から身を守る)」をテーマにポスターを募集し、約90作品の応募がありました。共催の三者で4賞ずつ計12賞、これに加えて、優秀な作品を入選とし、ポスターの選定を行いました。令和6年度の受賞作品は以下のとおりです。  令和6年度は「火山について認識を深める」をテーマに、宮城県でも県内の小中学生を対象にポスターを募集しました。受賞作品は以下のとおりです。 ◆ トピックス ◆ Ⅰ 地域防災支援の取組  近年、自然災害が相次いで発生しており、地域における防災対応力の向上が重要となっています。このため全国各地の気象台では、「あなたの町の予報官」や、「気象防災ワークショップ」、首長訪問など地方公共団体や関係機関と一体となって災害に備えた平時の取組を進めるとともに、災害時においては地方公共団体や関係機関と速やかに危機感を共有し、その災害対応を支援するため、市町村長へのホットラインや、気象の見通しに応じた説明会、「JETT(気象庁防災対応支援チーム) 」などの取組を進めています。  これらの取組は、令和5年度(2023年度)に実施された国土交通省の政策レビューにおいて、地方公共団体から概ね役立っていると受け止められ地方公共団体の防災対応に寄与していると評価されました。 トピックスⅠ-1 平時・災害時の地域防災支援の取組 (1)あなたの町の予報官  気象台では、地方公共団体の防災業務を支援するため、管轄する地域内を複数の市町村からなる地域に分け、その地域ごとに3名から5名程度の職員を専任チーム「あなたの町の予報官」として担当する体制を敷き、地方公共団体の地域防災計画や避難情報の判断・伝達マニュアルの改定に際して資料提供や助言等を行うとともに、災害発生時などの対応を気象台と地方公共団体が共同で振り返り、更なる改善につなげていく取組を行うなどしています。  こうした平時における取組を通じて、地方公共団体と気象台の担当者同士で緊密な「顔の見える関係」を構築し、災害時には、この構築した関係性を活かし、地方公共団体の防災担当者のニーズに合わせた説得力のある適時・的確な助言を行っています。 (2)気象防災ワークショップ  「気象防災ワークショップ」とは、時々刻々と変化する気象状況に応じて発表される防災気象情報を踏まえ、避難情報の発令など地方公共団体が講じるべき防災対応を模擬体験するものであり、ワークショップを通じて、防災気象情報を適切に理解するとともに、体制の強化や避難情報の発令の判断のポイントを学ぶことができます。全国各地の気象台では、地方公共団体を対象にワークショップを積極的に開催しており、令和4年度(2022年度)から令和6年度(2024年度)にかけて、1,554市町村に一度はワークショップに参加していただきました。  令和7年度も引き続き、防災気象情報の理解と利用の促進につながるよう、各地でワークショップを開催していきます。 (3)ホットライン、JETT(気象庁防災対応支援チーム)  防災気象情報が地方公共団体の防災上の判断に適切に活かされるよう、気象台では気象の見通しの推移に応じて説明会等を開催し、参加者へ警戒を呼びかけます。また、災害の発生が予想されるような顕著な現象の場合は、気象台が持つ危機感を気象台長から直接市町村長へ電話で伝え、避難情報に関する技術的な助言を行うホットラインを実施します。さらに、気象台からJETT(気象庁防災対応支援チーム)を地方公共団体の災害対策本部等へ派遣し、災害対応現場におけるニーズを把握しつつ、気象の見通し等を解説することにより、災害対応に当たる関係機関の活動を支援しています。  JETTの創設以降、平成30年7月豪雨、令和元年東日本台風(台風第19号)、令和2年7月豪雨、令和6年能登半島地震等の災害において派遣の実績があり、令和7年(2025年)3月末までに延べ8,700 名を超える職員を全国の都道府県や市町村に派遣しました。  令和6年8月8日の日向灘を震源とする地震では、14府県に対し延べ57名をJETTとして派遣しました。現地では、災害対策本部会議等において、発生した地震や南海トラフ臨時情報の意味合いの解説や各関係機関から随時に寄せられる問合せへの対応等を行いました。  また、令和6年9月20日からの前線に伴う大雨への対応では、6県4市町に対し延べ102名をJETTとして派遣しました。特に金沢地方気象台は、9月21日を中心に大雨が見込まれる中、その前の9月19日の段階から石川県庁や令和6年能登半島地震で被災した能登地方の市町に継続してJETTを派遣して大雨に対する危機感を伝えるなど、災害対策本部会議等における気象解説や各関係機関から随時に寄せられる気象の見通しに関する問合せへの対応等を行いました。 トピックスⅠ-2 指定公共機関等との取組  気象庁では、「自らの命は自らが守る」という風土・文化の醸成を目指し、安全知識の普及啓発にも力を入れており、関係機関と連携して、地域防災支援を進めているところです。  この取組の一環として、令和6年(2024年)8月1日、日本郵便株式会社と「気象庁と日本郵便株式会社の連携に関する協定」を締結し、防災気象情報の適切な利用による災害対応に習熟した人材の育成などを進めることを通じ、地域住民の生命・財産の保護を図ることとしました。  地域に根ざした日本郵便の強みを活かし、郵便局と共同した広報活動による全国あらゆる地域への防災知識の普及啓発活動を行い、地域防災支援を効果的・効率的に推進していきます。  また、気象庁では、ホームページの配色指針を制定するとともに、緊急記者会見時の手話通訳や津波フラッグを導入する等、要配慮者に情報が行き届くよう配慮した取組も実施してきました。令和6年4月には改正障害者差別解消法の施行に伴う要領及び指針の見直しにより、職員及び事業者へ配慮の徹底を行いました。引き続き関係団体と連携した要配慮者に係る支援を推進していきます。 トピックスⅠ-3 気象防災アドバイザーの拡充  気象庁では、「自らの命は自らが守る」という風土・文化の醸成を目指し、安全知識の普及啓発にも力を入れており、関係機関と連携し 気象庁では、地方公共団体の防災の現場で即戦力となる気象と防災のスペシャリストである「気象防災アドバイザー」の拡充と活用の促進に取り組んでいます。令和7年(2025年)4月時点で378名の気象庁退職者や所定の研修を修了した気象予報士に、国土交通大臣が気象防災アドバイザーを委嘱しています。令和6年度(2024年度)には、10月時点で74 団体において71名の気象防災アドバイザーが任用され、防災気象情報の読み解きや、それに基づく市町村長に対する避難情報発令の進言、地域住民や地方公共団体職員を対象とした防災出前講座等を行っています。 (1)気象防災アドバイザーの育成  気象防災アドバイザーの一層の拡充に向け、気象庁では令和4年度(2022年度)から気象予報士を対象とした「気象防災アドバイザー育成研修」を実施しています。  近年、急激な河川増水や土石流といった状況の急変を伴う災害で犠牲者が出ていることが課題となっており、地方公共団体の防災の現場では、状況の急変を見越して避難情報発令の迅速な判断を下すことが必要とされています。この必要性に応えられるよう「気象防災アドバイザー育成研修」では、内閣府の「避難情報に関するガイドライン」に基づく避難情報発令の判断方法を習得する訓練等を通じて、地方公共団体の職員として、限られた時間の中で予報の解説から避難の判断までを一貫して扱うことのできる即戦力となる人材を育成しています。 (2)気象防災アドバイザーの活用促進  気象防災アドバイザーの活用を促進するため、気象庁では令和5年度(2023年度)から令和6年度にかけて、地方公共団体の防災対応における課題を抽出し、解決策を試行検証する事業を3団体(北海道滝川市、大阪府高槻市、佐賀県)で実施しました。  ア.北海道滝川市  災害時に自ら避難することが困難な避難行動要支援者の避難を支援するため、個別避難計画の作成が市町村の努力義務となっています。防災を専門としているわけではない介護事業所等に、気象防災アドバイザーが市内の水害リスクや防災気象情報の使い方を解説したことにより、災害時の具体的なイメージを持っていただき、市が事業所等と協働で個別避難計画を作成する取組を前進させることができました。  イ.大阪府高槻市  高槻市内の中小河川は、急激に水位が上昇し、事前の水位予測が困難であるため、避難情報の発令判断が難しいことが課題でした。気象防災アドバイザーが、洪水キキクルの技術を活用して検証したことにより、中小河川の避難情報の発令基準を新たに追加し、水位が高まる危険な兆候をより早くとらえることが可能になりました。  ウ.佐賀県  気象防災アドバイザーが、地元で活躍する地域防災リーダーを対象に、地元の災害事例を題材にして、防災気象情報の具体的な活用方法を解説したことにより、参加者の防災意識の向上に寄与しました。  試行検証に協力いただいた3団体において、気象防災アドバイザーの有用性を実感していただくとともに、その有効性、活用法を全国の地方公共団体に理解いただくことで、これまで以上に活用が進むものと期待しています。 コラム ●気象防災アドバイザー活用促進事業の取組について 高槻市 危機管理監(執筆当時) 松永 正明  高槻市域の南部を流れる淀川(洪水予報河川・国直轄管理)は、流域面積が8,000km2を超える大河川で、本市域内においても複数の中小河川(水位周知河川・大阪府管理)が合流しています。中小河川は水位が短時間で急上昇する特性がありますが、水位予測が実施されておらず、避難情報の発令に係るリードタイムの確保が課題でした。そこで、「中小河川の避難情報発令基準の改善」を図るため、気象防災アドバイザーに専門的な見地から助言等をいただきました。  具体的には、過去の出水における雨量・河川水位と流域雨量指数との分析を基に、淀川増水時における支川のバックウォーター現象に関する危険性や、降雨予測(流域雨量指数)に基づく避難情報の早期発令基準に関する助言をいただき、これらを踏まえ、本市の「避難情報判断・伝達マニュアル」の改善につなげることができました。  さらに、本市職員を対象とした防災研修会を開催し、防災気象情報の活用方法に関する講義や実災害を想定したワークショップを通じて、避難情報発令に関する適切なタイミングを議論するなど、災害対応力の更なる向上を図ることができました。  基礎自治体には、防災と気象に関する専門的な知識を合わせ持つ職員がいないことから、気象防災アドバイザーの活用は大変重要であることを認識いたしました。 ◆ トピックス ◆ Ⅱ 線状降水帯や台風等による気象災害への対策 トピックスⅡ-1 防災気象情報の体系整理と最適な活用に向けて  シンプルでわかりやすい防災気象情報の再構築に向け、情報の体系整理や個々の情報の見直し・改善方策、情報のより一層の活用に向けた取組等について検討を行うため、気象庁と国土交通省水管理・国土保全局が共同で、学識者、報道関係者等を構成員とする「防災気象情報に関する検討会」(以下、「検討会」という)を令和4年1月から開催し、令和6年(2024年)6月に検討の成果が取りまとめられました。気象庁と国土交通省水管理・国土保全局では、この取りまとめを踏まえた新たな防災気象情報について、令和8年(2026年)度出水期の運用開始を目指しています。ここでは、新たな防災気象情報の概要やそのより一層の活用に向けた取組について紹介します。 (1)新たな警戒レベル相当情報  警戒レベル相当情報とは、土砂災害や洪水等の災害に際して住民がとるべき行動が直感的に理解しやすくなるよう定めた5段階の警戒レベルと関連付けた防災気象情報です。現行の警戒レベル相当情報には、「洪水等に関する情報」、「土砂災害に関する情報」及び「高潮に関する情報」があります。これらの情報は、令和元年の警戒レベル導入時に既存の情報を各レベルの相当情報として位置づけたものであり、情報名称がわかりにくい、対象とする現象によってはその警戒レベルによって発表主体や発表基準が異なる、といった課題がありました。検討会では、それぞれの情報の改善に向けて、以下のように整理されました。 ・洪水に関する情報については、氾濫による社会的な影響が大きい河川(洪水予報河川及び水位周知河川)の外水氾濫を対象とした河川ごとの情報として整理し、これまでの市町村ごとの情報発表(洪水警報、洪水注意報)は行わない。洪水予報河川及び水位周知河川以外の河川の外水氾濫については、内水氾濫とあわせて市町村ごとに発表する「大雨浸水に関する情報」として整理する。 ・土砂災害に関する情報については、相当する警戒レベルごとの発表基準作成の考え方を統一(土壌雨量指数と60分雨量)し、災害発生の確度に応じて段階的に発表する情報とする。 ・高潮に関する情報については、陸域の住民への高潮による浸水の影響を考慮し、潮位だけではなく沿岸に打ち寄せる波浪(うちあげ高)を考慮した発表基準をもって運用する。  また、警戒レベル相当情報の名称については、危機感が適切に伝わり、相当する警戒レベルを連想しやすい名称とすることが望まれることから、検討会では、住民アンケートを実施の上この結果を重視することとし、社会に定着した「特別警報」「警報」「注意報」のワードを活かしつつ、名称の「横並び」を揃えることを基本とする案(上の表)が示されました。  なお、検討会では、上の表に示す名称案は「シンプルにわかりやすく」するという観点からは改善の余地があるため、現象を2文字で統一して表現するなど最大限シンプルな形としたものが右の表のとおり示されました。将来的に「警戒レベル」が社会に十分に浸透した際には、このような名称を検討することも一案とされました。  以上の検討会の取りまとめを踏まえ、気象庁と国土交通省水管理・国土保全局では、新たな警戒レベル相当情報の運用の具体や名称の決定に向けた検討・準備を進めています。 (2)新たな気象情報(解説情報)  これまで「気象情報」と総称されてきた各種情報(解説情報)について、検討会では、災害発生の危険度が高まっている状況で警戒感を一段高めて速やかな防災対応や行動の判断を後押しする情報と、現在の気象状況と今後の見込みを伝え災害への備えや今後の防災対応の検討・判断を後押しする情報の、大きく2種類に整理されました。そして、それぞれの情報について、利用者が情報の特性を理解しやすく、また、利用する情報にアクセスしやすくなるよう、情報の性質に応じた統一的な名称として、前者は「気象防災速報」、後者は「気象解説情報」とする案が示されました。加えて、それら名称には、「気象防災速報(線状降水帯発生)」のように、情報内容を把握できるキーワードを付すことによりわかりやすくする案も示されました。  以上の検討会の取りまとめを踏まえ、気象庁では、新たな気象情報(解説情報)の運用に向けた検討・準備を進めています。 (3)防災気象情報のより一層の活用に向けた取組  防災気象情報が改善されたとしても、情報の受け手に適切に活用されなければ意味がありません。気象庁では、検討会で取りまとめられた、以下の取組を進めます。 ・防災気象情報の基盤となるデータの提供の更なる推進と共に、データをコンピュータで容易に処理できるよう機械可読性を改善する。 ・「プッシュ型」の防災気象情報とあわせて、ホームページ等に掲載する「プル型」のコンテンツの活用を推進すると共に、当該コンテンツの充実を図る。 ・防災気象情報を受け取った者が自ら考え主体的に行動することができる社会の実現を目指し、防災気象情報の特徴・特性に対する理解が社会において深まるよう、平時から知見を積み上げられる環境を構築(ホームページへの解説資料の掲載等)すると共に、国のみならず様々な関係主体(教育機関、専門家、報道機関等)による普及啓発活動を推進する。 コラム ●ゲシュタルト心理学から見た防災気象情報 防災気象情報に関する検討会座長(京都大学防災研究所 教授) 矢守 克也  ゲシュタルト心理学(形態心理学)と呼ばれる心理学の一流派がある。ゲシュタルトとはドイツ語で、形態、姿などを意味する。もともとは知覚現象や認識活動を説明する概念で、ある対象の部分(パーツ)を単純に総和しただけではとらえきれない対象の総体(トータル)に備わっている特有の全体的構造のことを指す。個別のエレメントではなく、「まとまり」、「一揃いの全体」を浮き上がらせる特徴のことだと思えばいい。  ゲシュタルト心理学は、こうした「まとまり」を形づくる法則をいくつか提起している。参考図を見てほしい。まず左の図で黒丸が24個並んでいるが、たいていの人は、左側から見て第1列と2列、3列と4列、5列と6列を一つのまとまりとして認識するだろう(中括弧)。点線で囲ったように2列と3列、4列と5列を一かたまりと感じる人はほとんどいないはずだ。近接して配置されているものはまとまりとして感覚されやすい。これを「近接の法則」という。  しかし、中央の図に示した通り、白丸と黒丸という区別(種類)を導入してやると、ここでは「類同の法則」がより強く効き、2と3列と4列と5列(ないし、2-5列)がひとまとまりで、そのまとまりを両側から異質のエレメントである白丸の1列と6列がサンドしているとの全体認識をもつだろう。さらに、―静止図では示しにくいのだが―右の図のように1、2列目を上へと動かし、3から6列を下へと動かしてやると、今度は、「共通運命の法則」、すなわち、同じ動きをするエレメント群をひとまとまりと見る傾向が勝り、それまでとは異なる全体像が浮かび上がる。  さて、今回、筆者が座長を拝命した「防災気象情報に関する検討会」のメインミッションは、「シンプルでわかりやすい防災気象情報の再構築に向け、防災気象情報全体の体系整理や個々の情報の見直し、受け手側の立場に立った情報への改善などを取りまとめ」(「最終とりまとめ概要」)ることだった。このミッションが難題であることは最初から薄々わかっていた。「全体の体系整理や個々の情報の見直し」では、どうしても情報の網羅性、正確性などが重視される。他方で「受け手の立場に立った」を考えれば、情報の簡便化、平易化などを優先する必要がある。この2つのニーズはしばしば葛藤し衝突した。  快刀乱麻を断つことはできなかったが、この葛藤調整で筆者が念頭に置いていたのが、他ならぬゲシュタルトであった。たくさんのエレメント(情報要素)を含む膨大な体系であったとしても、ゲシュタルトの組み上げ方によっては、「シンプルでわかりやすい」全体像を結んでくれるのではないかという見通しである。  最終的な体系整理表で、表の縦横のワーディングの統一にこだわったのは、まさに「近接や類同の法則」を意識したからであった。このポイントで関係各位がギリギリの調整をしてくださったことで全体のゲシュタルトが随分スッキリしたものになった。加えて、最終とりまとめの本文では、「情報発表の検証」がなされている。これは、今回の整理によって、複数の防災気象情報が実際の災害時にどのような順序とタイミングで発表されることになりそうかをケーススタディしたものであり、筆者も「ぜひ力をいれてほしい」とお願いした。  その理由は、「共通運命の法則」である。現実の防災気象情報は静止画のように説明書の中にポツンと置かれているわけではない。時間の経過の中で順に登場し(発表され)、また消えていく(解除される)。この一連の流れの中で、同じ動きをするのはどの情報とどの情報なのか、その時間的なパッケージ化のありようが―個々の情報のワーディングなどよりも―情報のわかりやすさに大きく影響する。このことをゲシュタルト心理学は示唆している。 トピックスⅡ-2 線状降水帯関連の取組  線状降水帯は、次々と発生した積乱雲により、線状の強い降水域が数時間にわたりほぼ同じ場所に停滞することで、大雨をもたらします。現状の観測・予測技術では正確な予測が困難なため、気象庁では線状降水帯を引き起こす水蒸気等の観測を強化するとともに、気象庁スーパーコンピュータやスーパーコンピュータ「富岳」を活用した予測技術の開発、全国の大学や研究機関と連携した機構解明研究等、線状降水帯予測精度向上につながる取組を推進しています。 (1)海上の水蒸気観測について  気象庁では船舶による海上の水蒸気観測を令和3年(2021年)から実施しています。この取組は、気象庁の海洋気象観測船「凌風丸」と「啓風丸」、海上保安庁の測量船4隻、民間企業が所有する大型の貨物船・フェリー10隻の合計16隻に全球測位衛星システム(Global Navigation Satellite System、GNSS)を活用した海上水蒸気観測を行っております。この観測は、単位面積あたりの大気中に含まれる水蒸気量である「可降水量」を測定することにより、線状降水帯の発生原因となる海上での水蒸気の変化を把握するものです。このような船舶を用いた定常的な海上GNSS水蒸気観測は、世界初の取組です。  また、気象庁の海洋気象観測船では、GPSゾンデを用いた高層気象観測も行っており、特に出水期では、海上からの水蒸気の供給が多く予測される海域に移動して機動的に観測しています。こうして得られた海上の水蒸気観測結果は、気象庁の予報現場での実況監視に用いたり、スーパーコンピュータに取り込み数値予報モデルに利用するなど、線状降水帯の予測精度向上に役立てられています。  令和6年(2024年)6月20日から21日にかけて、梅雨前線や低気圧の影響により、鹿児島県を中心に24時間降水量が観測史上1位を記録するなど記録的な大雨となりました。6月21日の明け方には、鹿児島県で線状降水帯が発生しています。気象庁の海洋気象観測船「凌風丸」は、6月17日から21日にかけて東シナ海で海上GNSS水蒸気観測および高層気象観測を実施しました。その期間中に、凌風丸で観測した可降水量によると、線状降水帯の発生に先行して、6月19日以降に急激に増加している様子が確認できます。今回、凌風丸が観測した多量の水蒸気が、線状降水帯の発生を引き起こした一因とみられます。  気象庁では海上GNSS水蒸気観測を継続するために、令和6年3月に新しい凌風丸を就役させました。さらに、現在は啓風丸代替船の建造を計画しています。気象庁では、今後も、線状降水帯の予測精度向上のために、海上GNSS水蒸気観測を続けてまいります。 (2)海洋気象観測船の役割を広く知っていただくために  海洋気象観測船(以下、「観測船」)は、線状降水帯予測のための海上気象観測や、気候変動監視のための海洋観測を行っています。令和6年度は、およそ30年ぶりとなる観測船「凌風丸」の更新や線状降水帯の予測に向けた取り組みなど、大きく注目を浴びたことなどから、その役割を広く知っていただくために、様々な広報活動を実施しています。  観測船を広く一般の方に知っていただく取り組みとして、北九州市において観測船「啓風丸」の一般公開を実施しました。乗船された方々に実際に観測に使用する機器を見てもらいながら、観測船が果たしている役割について理解を深めていただきました。乗船された方の多くから「気象庁が観測船を持っているなんて知らなかった!」というコメントをいただき、改めて周知していくことの重要性を実感しました。  また、報道機関向けの観測船見学会を、東京港や長崎港、鹿児島港、那覇港において実施しました。見学会には多くの報道機関に参加いただき、観測船の見学や船員・観測員へのインタビューなどを通して、観測船が果たす役割について理解を深めていただきました。取材いただいた報道機関の中には、その日のうちにニュースなどで特集を組んでいただくなど、熱心に紹介いただきました。  これからも、観測船の役割を広く知っていただくための広報活動に取り組んでまいります。 (3)スーパーコンピュータ「富岳」を活用した線状降水帯の予測精度向上に向けた取組  気象庁では、線状降水帯の予測精度向上に向けた技術開発を加速化するため、文部科学省・理化学研究所の協力の下、スーパーコンピュータ「富岳」を活用し、以下のような数値予報モデルの高解像度化や数値予報における観測データの利用手法高度化等の技術開発を進めています。  線状降水帯の予測には、観測で捉えた水蒸気のデータをより適切に数値予報に取り入れることが重要です。大学や研究機関が有する先端的な知見も得て、気象庁が整備した二重偏波気象ドップラーレーダーや静止気象衛星ひまわりの観測データを数値予報により有効に活用するため、大学や研究機関との共同研究を令和5年(2023年)から実施しています。共同研究を通じて得られた開発成果については、順次現業数値予報システムに反映させていきます。  また、線状降水帯の予測に用いる局地モデルの水平高解像度化(2→1km)の開発を加速するため、リアルタイムシミュレーション実験を令和6年6~10月の期間、1日4回実施しました。気象庁の線状降水帯予測スーパーコンピュータの計算機特性に合わせた最適化を同型機の「富岳」を活用して進めることで、従来と比べて約半分程度の時間で計算可能となりました。あわせて、線状降水帯が発生する可能性を適切に捉えるため、新たに局地アンサンブル予報システム(水平解像度2km)の開発を進めています。これらのモデル及びアンサンブル予報システムは、令和7年度(2025年度)末に運用を開始させる予定です。 (4)情報の改善  気象庁では、「明るいうちから早めの避難」を促すために半日前程度から線状降水帯による大雨となる可能性を伝える情報と、「迫りくる危険から直ちに避難」を促すために線状降水帯の発生をお知らせする情報を提供しています。線状降水帯による被害軽減のため、これらの情報を段階的に改善しています。  ア.線状降水帯による大雨の半日程度前からの呼びかけ  令和4年(2022年)6月から開始した、半日程度前から線状降水帯等による大雨となる可能性を伝える情報では、線状降水帯が発生して大雨災害発生の危険度が急激に高まる可能性がある程度高いことが予測できた場合に、半日程度前からその旨を呼びかけています。これまでは全国11の地方単位で広く呼びかけていたところ、予測時間を延長した局地モデルやメソアンサンブル予報を用いた危険度分布(キキクル)も活用し、令和6年5月からは対象地域を狭め、府県単位を基本に絞り込んで呼びかける運用を開始しました。  この呼びかけは、大雨に対する心構えを一段高めていただくことを目的としています。この呼びかけだけで避難行動を判断するのではなく、大雨による災害のおそれがあるときは気象情報や早期注意情報、災害発生の危険が迫っているときは、大雨警報やキキクル等、気象台から段階的に提供する防災気象情報や、市町村が発令する避難情報と併せて活用いただくことが重要です。  令和11年(2029年)には市町村単位で危険度の把握が可能な危険度分布形式の情報の提供を目指しており、夜間に線状降水帯による大雨の可能が予想された場合などに、明るいうちから早めの避難につなげられるよう、引き続き予測精度の向上に取り組みます。  イ.「顕著な大雨に関する気象情報」のより早い段階での発表  気象庁では、令和3年6月から線状降水帯の発生をお知らせする「顕著な大雨に関する気象情報」を運用しています。この情報は、大雨による災害発生の危険度が急激に高まっている中で、線状の降水帯により非常に激しい雨が同じ場所で降り続いている状況を「線状降水帯」というキーワードを使って解説する情報です。この情報が発表された際は、線状降水帯の雨域を示す楕円を雨雲画像に重ね合わせて表示します。この情報が発表されるときには、既に大雨が降っており、今後さらに大雨が降って災害発生の危険度が急激に高まるおそれがありますので、市町村が発令する避難情報等と併せて、適切な対応をとっていただくことが重要です。   令和5年5月からは、線状降水帯による大雨の危機感を少しでも早く伝えるため、これまで発表基準を実況で満たしたときに発表していたところ、予測技術を活用し、最大で30分程度前倒しして発表しています。この新たな運用の開始以降、実際に前倒しして情報を発表し、危険な状況であることをより早くお知らせすることができるようになりました。さらに、令和8年(2026年)には2~3時間程度早く情報を提供することを目指しています。 (5)機構解明研究の進展  線状降水帯による災害を防止・軽減するためには、早期にその前兆をとらえて高い精度で予測することが求められます。一方で、線状降水帯の発生や停滞等のメカニズムには未解明な点が多く、予測することが困難な事例も数多くあります。このため、気象研究所では、大学や研究機関と連携し、集中観測により線状降水帯の実態を把握するとともに、線状降水帯の機構解明や予測技術向上に資するための研究を進めています。  線状降水帯の発生・停滞・維持等にとって重要である、日本列島に流入する水蒸気をはじめとする気象要素を定量的に把握するため、令和4年の梅雨期には、線状降水帯が多く発生する九州を中心とした西日本において集中観測を行いました。大学や研究機関の協力を得て、ラジオゾンデ観測、各種水蒸気リモートセンシング観測、航空機ドロップゾンデをはじめとする様々な観測を実施し、一部のデータはリアルタイムで気象庁に送られて毎日の数値予報や実況監視に利用されました。令和5年及び令和6年の梅雨期にも観測を継続し、降水粒子を撮影するゾンデによる上空の降水粒子の画像や、船舶による海洋上での海面から大気への水蒸気供給量等、貴重なデータが得られています。集中観測により得られたデータはデータベースに集約して研究参加機関に共有し、線状降水帯の機構解明や予測技術向上に向けた研究に役立てられています。  線状降水帯の機構解明に向けた研究として、観測データや客観解析、数値モデル等を用いて、線状降水帯発生時の環境場や降水システムの内部構造に関する事例解析を多数実施してきています。過去から現在までの様々な事例に関する分析から、線状降水帯は極めて多様であることが分かってきています。線状降水帯を発生形態により分類し、その分類に基づいて線状降水帯を体系的に理解し、予測における課題を明確にして精度向上につなげるため、分類表による知見の集約を進めています。分類表を活用して近年の事例を整理するとともに、大学や研究機関の研究者との意見交換も行いつつ様々な視点を踏まえてその更新に取り組んでいます。さらに、数値予報の予測精度向上に資するために、観測データ等を活用した数値予報システムの改善・高度化に関する研究も進めています。  また、共通の課題意識のもとで連携を推進し効果的に取組を進めるため、「線状降水帯の機構解明に関する研究会」を定期的に開催しています。これまでに10回開催し、気象庁と大学や研究機関の間で研究の進捗や成果を共有して意見交換を行いました。  今後も、大学や研究機関と協力して線状降水帯に関する観測を実施するとともに、これらの観測データも活用した研究を行い、線状降水帯の機構解明や予測技術向上に取り組みます。 (6)令和6年夏(6~8月)の気象場の特徴  気象庁では、令和3年5月から「顕著な大雨に関する気象情報」の提供を開始し、その中で集中豪雨をもたらす線状降水帯の発生を発表しています。夏(6~8月)に台風付近で発生したものを除くと、令和3年から令和5年までの過去3年間で31事例、令和6年には7事例の線状降水帯が発生していました。  例えば山形県に大雨特別警報が発表された令和6年7月25日の線状降水帯周辺では、大気下層の水蒸気の流入量が平均(過去4年間に生じた線状降水帯38事例の気象場から算出)の6割強しかない一方、大気中層の寒気-6.9℃は秋田の高層気象観測平年値を1.5℃下回り、上記の特徴を持っていました。  線状降水帯発生の予測精度向上にはこのような気象場の特徴を整理・蓄積することが必要であり、そのためにより長期の統計期間を対象に解析を行い、実態解明を進めていく予定です。  令和6年は、北緯36度以北で4事例の線状降水帯が発生しましたが、過去3年間に同地域で生じた6事例と比較して規模が小さい特徴がありました。令和6年の4事例の発生時の気象場の特徴を調べると、過去3年間と比較して、大気下層(上空約500m)の水蒸気の流入量が少ない一方、大気中層(上空約5,800m)の寒気は強い場合が多い傾向にありました。このことにより、大気中層の寒気の影響で大気成層が不安定になり積乱雲が発生・発達しやすかったものの、大気下層の水蒸気の流入量がそれほど多くなかったことで、過去3年間の事例よりも局地的な現象になりやすかったと考えられます。 (7)令和6年9月に能登半島で発生した記録的な大雨について  令和6年9月21日から22日にかけて、石川県能登半島北部を中心に、秋雨前線上を東進する低気圧や台風第14号から変わった温帯低気圧の影響により、記録的な大雨となりました。特に21日の午前には線状降水帯が発生し、輪島では1時間降水量の最大が121mm、3時間降水量が220mmで観測史上1位の記録を更新しました。大雨の発生した地域は令和6年元日に発生した能登半島地震の被害域とも重なり、河川の氾濫等による浸水害や土砂災害による甚大な被害が生じました。  線状降水帯が発生した21日には、日本海に秋雨前線が停滞し、前線の南側では太平洋高気圧の縁辺をまわって暖かく湿った南西風が吹いていました。一方、前線の北側では冷涼な北東風が吹いており、前線付近での風の収束が強まり、前線の活動が活発化していました。20日午後に朝鮮半島付近で発生した低気圧が前線上を東進し、21日午前には能登半島に接近しました。前線上の低気圧の接近により、能登半島付近で暖かく湿った南西風が強まり、能登半島への多量の水蒸気流入が持続した結果、発達した積乱雲が次々と発生し、線状降水帯が発生したと考えられます。また、線状降水帯の発生時には、対馬海峡から能登半島沖にかけての海面水温が平年値に比べて5℃程度高くなっており、能登半島付近に流入する空気は日本海から大量の水蒸気供給を受けていました。前線上を東進した低気圧の発達も、高い海面水温の影響によりさらに強められたと考えられます。海面からの水蒸気供給量が増加したことで、大気の状態が非常に不安定となり、また前線上の低気圧の発達が強まって水蒸気流入量がさらに増加したことで、線状降水帯に伴う雨量が増大したと考えられます。 トピックスⅡ-3 台風情報の高度化に関する検討 (1)検討の背景  気象庁では、台風による災害の防止・軽減に資するため、静止気象衛星の整備・強化やスーパーコンピュータを活用した数値予報技術の改善等により、台風の進路・強度予報の期間延長や予報誤差の縮小、暴風域に入る確率の提供開始など、台風情報の精度の向上及び内容の拡充に努めてきました。この台風情報は、誰にでも警戒すべき事項が誤解なく伝わるよう、40年以上にわたって台風の進路や暴風の見通しを予報円と暴風警戒域という形で図表示しています。  一方で、これまでの台風災害を受けて、近年は公共交通機関の計画運休、自治体等によるタイムライン(防災行動計画)の策定や住民の広域避難の検討などが進んでいます。こうした社会の変化に応じて、台風による災害に対し早めの備えを促す情報や、様々な事前対策や防災対応を効果的に行うために必要な台風の特徴を伝えるきめ細かな情報のニーズが高まってきており、技術的な面からもそのような情報の提供が可能になりつつあります。  こうした台風情報を取り巻く状況の変化を踏まえ、令和6年(2024年)3月に開催された交通政策審議会気象分科会では、次世代気象業務の柱の一つとして「社会の防災・経済活動に貢献する台風情報の高度化」、すなわち、社会のニーズの変化に応じ、早めの備えを促す情報や台風の特徴をより適切に伝える情報を提供することについて、さらに検討を深めることとされました。  これを受けて、近年取り組んでいる観測強化や技術開発を踏まえつつ、社会のニーズに応じた様々な時間スケールの台風情報や台風の特徴を伝えるきめ細かな台風情報のあり方について議論を行うため、令和6年(2024年)9月から有識者による「台風情報の高度化に関する検討会」を開催しています。令和7年(2025年)2月までに3回開催して、3月に中間とりまとめを公表しました。今後、同年7月頃までに2回開催し、最終とりまとめを行う予定です。 (2)検討状況  検討会の中間とりまとめにおいては、台風発生前の「早めの備えを促す情報」、台風発生後の「台風の特徴を伝えるきめ細かな情報」、両情報に共通の「新たな台風情報の提供方法」の3つの観点に分け、改善の方向性及び改善案をとりまとめました。引き続き最終とりまとめに向けて検討する予定です。 ①早めの備えを促す情報  現状、台風情報は台風発生の24時間前からしか提供できていませんが、それより前の段階から台風の発生・接近等の見通しを提供する予定です。具体的には、令和12年(2030年)頃までに、シーズンを通した台風発生数の見通し、2週間先までの台風が存在する可能性が高い領域及び1週間先までの熱帯低気圧が台風に発達する可能性を提供し、令和12年頃以降は、シーズンを通した台風発生数の平面分布や日本への台風接近数の見通し、3・4週間先までの台風が存在する可能性が高い領域等を提供します。 ②台風の特徴を伝えるきめ細かな情報  令和12年頃までに、現在の予報円と暴風警戒域の表示方法は維持しつつ、予報の状況によっては、進路の不確実性などについて付加的に解説します。また、予報の時間間隔を現状の24時間刻みから6時間刻みに細かくします。風分布については、新たに強風域の予報を開始するほか、円表示と比較して警戒・注意すべき範囲及び時期が適確に伝わる詳細な風分布情報を提供します。風の確率情報については、「暴風域に入る確率」の予報の時間間隔や風分布の詳細化に伴う改善を実施し、強風域などの閾値の追加や更なる改善を検討するほか、改善した確率情報については、利用者にとって分かりやすい既存の時系列情報に反映します。  波浪・高潮の情報については、予報期間を延長し、予報円との重ね書き等により台風の位置・風分布などと整合した情報を提供するほか、予測の不確実性を考慮した確率的な情報を提供します。令和12年頃以降は、それらの情報の更なる改善を実施します。  なお、①②の情報改善を実施するための基盤となる取組として、静止気象衛星やスーパーコンピュータなど、観測・予測精度向上や技術開発の基盤となる装置等の整備を実施するとともに、数値予報技術の開発(全球アンサンブル予報システムでの大気海洋結合過程の考慮や全球モデルの高解像度化等)や数値予報利用技術(ガイダンス等)の高度化等により予測精度向上を推進していく必要があります。 ③新たな台風情報の提供方法  令和12年頃までに、気象庁ホームページにおいて、台風経路図と既存の様々な情報(キキクル、今後の雨、危険度を色分けした時系列、海上警報、天気図など)を、リンクや横並びなどにより一体的に表示するとともに、文字情報や電文において、民間気象事業者等が様々なニーズに応じた情報を作成・提供できるように、重ね合わせや加工がしやすいデータ形式で提供します。温帯低気圧化後に警戒を呼びかける情報についても、気象庁ホームページの表示だけでなく、文字情報や電文についても台風と温帯低気圧化後の低気圧を結びつけられる形で提供します。 トピックスⅡ-4 竜巻等突風の強さの評定に関する検討会 (1)日本版改良藤田スケールの策定に向けた取組  平成24年(2012年)5月に茨城県等で発生した竜巻被害を受けて、学識経験者及び報道機関等から構成される「竜巻等突風予測情報改善検討会」により、同年7月に「竜巻等突風に関する情報の改善について(提言)」が取りまとめられました。この提言を受け、竜巻等突風現象の実態把握を進めるための検討会として、大学・研究機関等の外部有識者からなる「竜巻等突風の強さの評定に関する検討会」を、平成25年(2013年)7月から令和6年(2024年)3月の約10年にかけて開催しました。  この検討会では、風工学や気象学の研究分野が連携して検討を重ね、それまで竜巻等突風の強さの評定に用いてきた「藤田スケール」を基に、最新の風工学の知見を踏まえ、日本の建築物等の被害に対応するよう改良した「日本版改良藤田スケール(Japanese Enhanced Fujita scale、JEF スケール)」を新たに策定し、その技術的指針である「日本版改良藤田スケールに関するガイドライン」と併せて、平成27年(2015年)12月に公表しました。その後、気象庁の突風調査においては、平成28年(2016年)4月からJEFスケールを使用した突風の強さの評定を開始しました。  平成28年4月以降の検討会では、JEFスケールによる突風の強さの評定事例を基に、JEFスケールの検証や評価を行うとともに、最新の研究成果を踏まえた被害指標や被害度の見直しなど、適宜、JEFスケールの改善を図ってきました。また、本検討会での検討の結果をとりまとめた報告書(※)は令和6年6月に公表しています。 ※竜巻等突風の強さの評定に関する検討会 報告書(https://www.data.jma.go.jp/stats/bosai/tornado/kentoukai/shiryou/20240611_tatsumaki_hyoutei_kentoukai_report_honbun.pdf) (2)日本版改良藤田スケールの特徴  JEFスケールの特徴は以下ア~ウのとおりです。  ア.日本の建築物等に対応した被害指標及び被害度の導入  被害の状況を被害指標(Damage Indicator、「何が」に相当。以下「DI」という。)と被害度(Degree of Damage、「どうなった」に相当。以下「DOD」という。)に分け、30種類(令和6年4月からは31種類)の日本の建築物等を選定し、それぞれのDIに複数のDODを設定しました。  イ.被害指標(DI)及び被害度(DOD)に対応した風速の設定  各DI及びDODについて、最新の風工学の知見を活用し、対応する風速を設定しました。具体的な風速値、風速算定方法の概要、評定に用いるにあたっての解説(運用上の解説)がDI毎にそれぞれ検討され、「日本版改良藤田スケールに関するガイドライン」にすべてまとめられています。同ガイドラインに基づく竜巻等突風の強さの評定の流れは以下とおりです。  ① 竜巻等突風によりもたらされた被害それぞれについて、DI及びDODを決定  ② ①で決定したDI・DODに対応する風速を求める  ③ ②で得られた風速のうち、各被害の中で最大の値を、現象を代表する風速とする  ④ ③で得られた風速に対応するJEFスケールの階級を求める  ウ.統計的な継続性を考慮した階級と風速の対応  JEFスケールと藤田スケールとの統計的な継続性を持たせるため、両スケールで評定した現象の階級ができる限り同じ階級となるように決定しました。この決定により、国際比較や過去の統計との比較が可能となります。  「日本版改良藤田スケールに関するガイドライン」は今後の関連研究の進展に応じて内容を見直し、改善することとしています。今後も風工学や気象学の専門家と情報が共有できる関係を継続して同ガイドラインの改善を図っていきます。 コラム ●気象分野と工学分野のコラボ 竜巻等突風の強さの評定に関する検討会会長(東京工芸大学 名誉教授) 田村 幸雄  2013年7月に始まり2024年3月に終了した「竜巻等突風の強さの評定に関する検討会」は、気象分野のみならず、風工学、構造工学、森林工学など工学分野の方々で構成され、それぞれの専門性を活かした有機的で効率的な議論が行われました。任務の柱が日本の建物等の現状に基づいた日本版改良藤田スケール(JEFスケール)の策定と運用でした。策定中に議論が唯一対立したのは、JEFスケールの意味の根幹に関わるもので、スケール毎の風速範囲の決め方でした。一つは、従来の藤田スケール(Fスケール)のF0からF5まで6段階のスケールと風速範囲は維持して、各被害例の発生風速のみを見直すというものです。作業は単純明快ですが、同じ被害例でも発生風速がFスケールと変わりますので、FスケールでF1と評価されていた被害例が、JEFスケールではJEF2と評価されるというようなことが起こります。もう一つは、従来F1と評価されていた被害例が同じくJEF1と評価されるように、JEF各スケールの風速範囲も一緒に変更するというものです。結果的には、FスケールとJEFスケールが統計的に接続できるということで後者が採用されました。今後も、使い易くより正確なものに改善していく必要があり、気象分野と工学分野の協力体制の維持が強く望まれます。また、各被害の発生風速は空気力学や構造力学の知見に基づいて推定されていますが、正確な推定には実物での破壊試験が必要で、米国IBHSの実大ストームシミュレータのような施設の建設と運用が、日本でも強く望まれます。 トピックスⅡ-5 梅雨期九州の集中豪雨、明け方から朝に頻発、顕著な増加傾向  線状降水帯を含む集中豪雨の予測精度向上は防災面において喫緊の課題であり、特に、夜間から早朝に発生する集中豪雨に対しては事前避難の観点から、その半日前である前日夕方の時点での予測精度向上が求められています。そこで、アメダスの観測データを用いて、集中豪雨事例(3時間降水量130mm以上)の発生頻度の経年変化および日変化を梅雨期(6月と7月)の九州領域に着目して調査しました。  昭和51年(1976年)から令和4年(2022年)までの47年間の集中豪雨事例数の経年変化については、梅雨期に限ると、全国で3.4倍、九州領域では3.5倍(年間を通じてでは全国2.0倍、九州領域2.6倍)の長期増加傾向となり、特に梅雨期の増加傾向が顕著であることが分かりました。  また、集中豪雨事例の出現頻度の日変化については、年間を通じては夜間と夕刻に多く発生していることが分かりますが、極端にその時刻帯が多い訳ではありません。一方、梅雨期に限ると朝(7-9時)の出現頻度が極端に多くなっています。特に、九州領域でその傾向が顕著です。梅雨期以外では、集中豪雨事例の発生は夜間に多くなりますが、顕著な日変化は無く、九州領域に限ればほとんど日変化が見られません。  更に、梅雨期の明け方から朝(4-9時)に発生した集中豪雨事例の47年間の増加傾向を他の時間帯や梅雨期以外と比較しました。特に、九州領域で4-9時に発生した集中豪雨事例の増加割合は、梅雨期以外の1.35倍に対し梅雨期は7.47倍と、99 %以上の信頼度で有意に大きくなっていました。つまり、梅雨期に集中豪雨事例が長期的に増加傾向にあることの大部分は、特に九州地方で明け方から朝にかけて降る大雨が増加していることによって説明ができます。なお、その要因については現在、調査を進めているところです。 ◆ トピックス ◆ Ⅲ 気候変動対策への一層の貢献 トピックスⅢ-1 「日本の気候変動2025」を公表しました  気象庁と文部科学省は、令和7年(2025年)3月に「日本の気候変動2025 ─大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書─」(以下、「日本の気候変動2025」という)を公表しました。これは、令和2年(2020年)12月に公表した「日本の気候変動2020」の後継となります。いずれも国や地方公共団体、事業者等に気候変動対策を効果的に推進していただくための基礎資料として、平成30年度(2018年度)から開催している「気候変動に関する懇談会」及び同懇談会の下の「評価検討部会」の助言を受けて日本における気候変動の観測結果と将来予測を取りまとめたものです。  「日本の気候変動2025」は、日本の気候変動に関する基本事項を網羅した「本編」、より専門的に詳しく記載された「詳細編」、特に重要な事項をコンパクトにまとめた「概要版」から成ります。概要版や本編は平易な言葉で書かれており、一般の方々が気候変動を知るきっかけとしても活用いただけます。  「日本の気候変動2025」では、主に日本における気候変動について、温室効果ガス、気温、降水、台風、海水温などの要素ごとに観測結果と将来予測を掲載しています。観測結果については、気象庁がこれまでに観測してきたデータ等を基にした長期間の変化傾向を中心に、その背景なども交えて解説しています。将来予測は、地球温暖化の進行の程度により状況が変わるため、主に2つのシナリオにおける予測を掲載しています。一つは「パリ協定の2℃目標が達成された世界(2℃上昇シナリオ)」、もう一つは「追加的な緩和策を取らなかった世界(4℃上昇シナリオ)」です。これらの各温暖化レベルにおいて、日本の将来の気温だけでなく降水や台風、海面水位などといった要素がどのように変化するかをまとめて掲載しています。  さらに、より使いやすく充実した内容となるように、新たな予測情報を追加したり、報告書以外のコンテンツ等を拡充したりしましたので、以下でご紹介します。 (1)新たに掲載した情報「XX年に一回の極端な大雨や高温」  トピックスⅡでも紹介されているように、国内の各地で大雨による災害が発生しており、気象庁の観測データからは、1時間80mmなどの強い雨の発生頻度が1980年頃と比較して2倍程度に増えているとの解析結果が得られています。また、過去に災害をもたらした大雨に地球温暖化が及ぼした影響も解析されています。では、今後地球温暖化が進むにつれて、このような極端な大雨はどのように変わるでしょうか。「日本の気候変動2025」では、100年に一回、50年に一回などの極端な大雨や高温の発生頻度や強度の解析・予測結果を新たに掲載しています。  工業化以前の時点の気候で100年に一回現れる大雨(日降水量X mmとします)は、地球温暖化が進み世界平均気温が2℃上昇した世界では100年に約2.8回の頻度に増加すると予測されています。世界平均気温が4℃上昇した世界では更に頻度が増えて、100年に約5.3回となる予測です。  また、日降水量X mmの大雨の頻度が増えて100年に一回ではなくなるということは、100年に一回の頻度で発生する大雨はX mmよりも更に強い雨になると考えられます。世界平均気温が工業化以前より2℃上昇した世界及び4℃上昇した世界では、100年に一回発生する大雨の降水量はそれぞれ約17%及び約32%増加すると予測されています。(いずれも日本国内の平均値。)  現在までの「100年に一回の大雨」となる日降水量も、全国約1000地点の過去の観測データから算出して、「日本の気候変動2025」及び気象庁ホームページに掲載しています。  これらの情報は、今後の極端な大雨の増加を考慮したインフラ整備や、高温の発生頻度や強度の増加を踏まえた事業の検討等に利用されることが期待されます。特に、極端な大雨による災害への備えといった防災面における気候変動対策に重要な情報であり、効果的に利用していただきたいと考えています。 (2)新たに掲載した情報「海洋の貧酸素化」  海水中に溶け込んでいる酸素の量(溶存酸素量)の減少は世界の多くの海域で観測されており、「貧酸素化」と呼ばれています。地球温暖化に伴う海水温の上昇が貧酸素化の原因であると考えられています。酸素はほとんどの海洋生物にとって生存に必要不可欠であるため、貧酸素化の進行による海洋生態系への影響が懸念されています。「日本の気候変動2025」では、新たに日本周辺の海洋中の溶存酸素量の長期変化傾向を掲載しました。  気象庁が海洋気象観測船で長期間にわたり実施してきた海洋観測で得られたデータから日本南方海域における溶存酸素量の状況を調査した結果、10年あたり0.5~0.6%低下していることが明らかになりました。また、将来においても、2℃上昇シナリオ及び4℃上昇シナリオの両方で、21世紀末まで減少し続けると予測されています。気象庁では今後も監視を続け、貧酸素化の現状把握により、海洋生態系への影響評価や水産資源の管理等に利用していただきたいと考えています。 (3)報告書と共に都道府県別の情報や解説動画なども公開  「日本の気候変動2025」については、報告書の他に、解説動画と都道府県別リーフレットも用意しています。これらは、より多くの人に気候変動を身近なものとして知っていただくための入門資料として、気候変動の概要を紹介したり、都道府県別の情報を掲載したりしています。また、気象庁以外の方々が自ら普及啓発を行う際などにも活用いただけるように、報告書概要版と解説動画の関連付けや、素材の提供も行っています。 コラム ●「日本の気候変動2025」への期待 長野県環境保全研究所 自然環境部 部長 浜田 崇  近年、気候変動による自然災害や健康などへの影響が各地で顕在化し、このような影響に対し備えることで被害を最小限におさえる適応策が進められています。気候変動による影響の現れ方は地域によって異なるため、影響の頻度や規模などを考慮しながら地域毎に取るべき適応策の優先順位を決めることが重要となります。そのためにはまず地域における気候変動の実態とその影響に関する情報が必要です。気候変動適応法では、このような地域の気候変動に関する情報収集・発信の拠点として地域気候変動適応センター(以下、センター)を設置することとしていて、2025年1月現在、センターは全国45の都道府県と22の市区町村に設置されています。適応策を検討するために必要な地域の気候変動に関する情報発信の体制が整ってきたといえます。一方、気候変動に関する情報は専門的な内容が多く、センターは政策決定者や県民・市民、事業者などに対して情報をいかにわかりやすく発信できるかが大きな課題となっています。  気象庁では日本の気候変動の概要を示す報告書を定期的に発行しています。多くのセンターではこれらの報告書に掲載されている情報を、一般対象の講演会から自治体内部の説明にいたるさまざまな場面で活用しています。今回公表された新しい報告書「日本の気候変動2025」は最新の気候予測情報に更新されただけではなく、表現をわかりやすくするなどセンター職員が使いやすいように多くの工夫がなされています。たとえばその作成の過程において、気象庁ではセンター職員を対象にしたアンケート調査を行い、本報告書の一つ前のヴァージョンとなる「日本の気候変動2020」の利活用の状況や改善の要望などを把握したうえでその意見を取り入れました。アンケートに寄せられた意見には、分析結果の信頼性が高いことや専門知識がなくてもわかりやすいといった意見がある一方で、統計や気象の専門的な用語などの表現がわかりにくい、より地域特性がわかるような情報を提供してほしいなどの課題もあげられていました。センター職員の多くは、行政の環境部局の職員や気候変動を専門としない地方環境研究所の研究員であるため、センター職員自身がまず理解しやすい内容や表現であることが、報告書に掲載された情報をわかりやすく伝えるための第一歩になってくるのです。  気候変動適応法が施行されて6年が過ぎ、これから多くの自治体において行政計画である地域気候変動適応計画の改定時期を迎えます。そのような局面において「日本の気候変動2025」はこの計画改定における重要な基礎資料となってくるでしょう。この報告書が各地の気候変動適応の推進に役立つことを確信するとともに、現時点では技術的に難しい課題とされた市町村別の気候変動情報が掲載されることを次期の報告書に期待したいと思います。 トピックスⅢ-2 気候変動対策に資する科学的知見の提供 (1)気候変動対策に資する情報提供  国内における2050年ネット・ゼロ(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)実現に向けて、政府は令和7年(2025年)2月に、日本の温室効果ガスの排出削減目標「2035年度に60%削減」を、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」に基づき国連に提出しました。  このように、国全体として気候変動対策のための取り組みが進められる中、気象庁は、国、地方公共団体、民間企業などが各分野において様々な気候変動対策を立案する上で科学的な基盤となる、気候変動に関する観測結果及び将来予測を気象庁ホームページで提供しています。令和7年3月には、気象庁ホームページ上の気候変動に関連するコンテンツの刷新を行いました。  気象庁が発信する気候変動に関する情報を一覧としてまとめた「気候変動ポータル」を設け、トップに気候変動関連の新着情報を確認できるようにしました。そして、「日本の気候変動2025」については、本編のウェブコンテンツを新たに提供しています。  気候変動ポータル https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/menu/index.html  また、気候変動に関する観測や監視等の成果を取りまとめた年次報告書「気候変動監視レポート」は、これまでPDFの冊子形式で提供していましたが、令和7年からはウェブサイトとして提供することとしました。これにより、各要素の統計情報や観測データの掲載されているウェブページへ直接アクセスでき、最新のデータを確認・取得することができるようになります。  気候変動監視レポート https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/monitor/index.html (2)気候変動に関する国際的な動向  令和6年(2024年)11月に、アゼルバイジャン共和国(バクー)で国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第29回締約国会議(COP29)が開催され、途上国への資金支援目標の3倍への引き上げが合意されたほか、パリ協定第6条(いわゆる市場メカニズム)の詳細ルールの決定が採択されました。  このような気候変動に関する国際的な合意形成で求められる科学的な基礎として、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)はこれまで6回にわたって評価報告書を提供しており、現在、第7次評価報告書の作成に向けた議論が始まっています。  令和6年9月12日には、環境省、経済産業省及び文部科学省と共同でIPCCシンポジウム『IPCC 第7次評価報告書に向けて~暑すぎる地球で暮らす私たちにできること~』を開催しました。このシンポジウムには第7次評価報告書の議長団メンバーを招き、第6次評価報告書の国内執筆者を交えて、第7次評価報告書の作成に当たっての取組や展望について議論いただきました。気象庁は、政府の一員として、IPCCが引き続き気候変動対策のための最新の科学的知見を提供し国際的な気候変動対策の強化・推進の原動力となるよう、取り組んでいきます。 トピックスⅢ-3 令和6年夏から秋にかけての日本の顕著な高温の要因  令和6年(2024年)夏から秋にかけては全国的に記録的な高温となりました。6月から9月にかけて、全国で猛暑日(日最高気温が35℃以上)を観測した地点数の積算は、比較可能な平成22年(2010年)以降で最も多く、総務省によると5月から9月の熱中症搬送者数の合計は平成20年(2008年)以降で最多となるなど、国民生活にも大きな影響が出ました。こうしたことから、令和6年夏の高温の発生要因について「異常気象分析検討会」で分析・検討を行い、令和6年(2024年)9月にその結果を公表しました。気象庁では、社会・経済に大きな影響を与える異常気象が発生した場合、その発生要因について最新の科学的知見に基づいて分析し、その見解を迅速に発表することを目的として、平成19年(2007年)6月より「異常気象分析検討会」(大学・研究機関等の気候に関する専門家で構成)を運営しています。  本検討会では、令和6年夏の全国的な顕著な高温は、次に挙げるいくつかの要因が重なってもたらされたと分析されました。 ①日本付近での亜熱帯ジェット気流の持続的な北への蛇行による、背の高い暖かい高気圧の強まり、②日本近海の顕著に高い海面水温、③春まで続いたエルニーニョ現象の影響等による対流圏の顕著な高温、④長期的な地球温暖化、などです。こうした特徴の多くは秋にも共通していました。  なお、本検討会のあとも記録的な高温が続いたことから、本検討会委員の助言をいただきながら、気象庁でその要因をとりまとめ、10月に今後の見通しを含めた報道発表を行いました。気象庁では、今後も大学・研究機関等の専門家と連携しながら、異常気象の分析に関する情報発信に取り組んでまいります。 トピックスⅢ-4 記録的に高かった日本近海の海面水温 (1)令和6年(2024年)の海面水温の状況  令和6年(2024年)の日本近海の海面水温は、記録的に高かった令和5年(2023年)を超える高さとなりました。特に10月は日本近海の海面水温平年偏差が+1.8℃となり、気象庁が海面水温の監視のために設定している10の海域のすべてで、昭和57年(1982年)以降1位の高い海面水温となりました。  令和6年の日本近海の海面水温が記録的に高くなったのは、夏から秋にかけて暖かい空気に覆われやすかったことに加え、令和5年春以降、黒潮から続く日本の東の海流(黒潮続流)が三陸沖まで北上した影響も大きかったと考えられます。 (2)黒潮続流の北上と釧路沖の暖水渦  令和5年春頃から、例年房総半島沖を東に流れる黒潮続流が三陸沖まで北上している状況が続いています。令和6年春には三陸沖で黒潮続流の蛇行が大きくなって渦(暖水渦)として切り離され、その後釧路沖に移動しましたが、黒潮続流が北上している状況は令和6年末現在でも続いています。黒潮続流の暖かい海水が三陸沖まで北上したこと、切り離された暖水も暖水渦として釧路沖に存在したことは、令和6年の日本近海の海面水温が記録的に高かったことの一因となりました。  黒潮続流が三陸沖まで北上している状況は、令和6年5月と12月に気象庁の海洋気象観測船「啓風丸」、「凌風丸」によって直接観測されました。黒潮続流の蛇行の内側では、海水温が海の中まで周囲よりも高くなっており、深さ200m程度まで広く20℃以上となっていました。 ◆ トピックス ◆ Ⅳ 地震・津波・火山に関するきめ細かな情報の提供 トピックスⅣ-1 初めての「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」発表 (1)はじめに  令和6年(2024年)8月8日16時42分、日向灘(宮崎県の沖合)でマグニチュード(M)7.1の地震が発生しました。この地震により、宮崎県日南市で震度6弱の非常に強い揺れとなったほか、東海地方から奄美群島にかけて震度5強から1の揺れを観測しました。また、四国から九州にかけて津波注意報を発表しており、宮崎県の宮崎港では51cmの津波を観測しました。  この地震に伴い、南海トラフ地震防災対策推進基本計画等に基づく「南海トラフ地震臨時情報」(以下、「臨時情報」という)を令和元年(2019年)5月の運用開始以降初めて発表しました。この臨時情報の発表やそれに基づく政府からの防災対応の呼びかけ、対応の振り返りなど、一連の動きについてご紹介します。 (2)南海トラフ地震臨時情報発表に至るまでの対応  このM7.1の地震の発生を受け、有識者からなる「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」(以下、「評価検討会」という)の臨時会を開催しました。評価検討会の中では、気象庁の観測結果だけではなく各関係機関のデータを踏まえて、南海トラフ地震の想定震源域で新たな巨大地震の発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まっているかどうかについて検討が行われました。またその時点で得られるデータの範囲で、南海トラフ地震の想定震源域全体での地震活動状況などの確認を行いました。これらの検討を経て、この地震の発生に伴って南海トラフ地震の想定震源域では大規模地震の発生可能性が平常時に比べて相対的に高まっていると考えられたことから、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表しました。 (3)南海トラフ地震臨時情報の解説と防災上の呼びかけ  臨時情報発表後、平田直評価検討会会長と気象庁の束田進也地震火山技術・調査課長(当時)による記者会見を開き、最初に発生した地震(最大震度6弱)に続いて大きな地震(M8クラス以上)が発生する可能性や発生した場合の津波や揺れへの備えなどについて解説を行いました。  また、政府による1週間の「特別な注意の呼びかけ」により、社会経済活動を継続した上で、「日頃からの地震への備え※」の再確認、すぐに逃げられる態勢で就寝、非常持出品の常時携帯、などが呼びかけられました。 ※日頃からの地震の備え:家具等の固定、避難場所・避難経路の確認、非常食など備蓄の確認、ご家族との連絡手段の確認など  臨時情報を発表した8日以降は、15日まで毎日、南海トラフ地震関連解説情報を発表して地震活動や地殻変動の状況をお知らせしました。そして、あらかじめ定められた1週間が経過した8月15日17時をもって「特別な注意の呼びかけ」は終了し、内閣府と気象庁で合同記者会見を行いました。その後も8月22日、29日、9月6日と継続して臨時情報に伴う一連の南海トラフ地震関連解説情報を発表し、地震活動や地殻変動の状況の解説を行いました。 (4)振り返りや課題  臨時情報の発表に伴う政府の呼びかけや自治体等の防災対応等については、内閣府主導のもと自治体や事業者に対するアンケート等の結果も踏まえて「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」で検証が行われました。この中で、「とるべき行動が分かりにくかった」等の反応も多く、地震発生の可能性が相対的に高まっているという不確実性を含む状況において、平時の取組に加えてどのような行動をとるべきなのかが分かりにくかったことが課題としてあげられました。ワーキンググループでの議論を受け今後の改善方策として平時からの周知・広報の強化、臨時情報発表時の呼びかけの充実等が内閣府(防災担当)より示されたことから、気象庁はこれを踏まえ、今後、臨時情報の制度そのものの周知・広報に加え、特に平時との違いを明確にした上で、臨時情報発表時の行動をあらかじめ自ら考えておくようにすることを目指した周知・広報を強化していきます。また、臨時情報発表時に政府の呼びかけが十分に理解されていなかったことを踏まえ、今後は、内閣府と気象庁が合同で記者会見を開催し、情報の内容や防災対応について、分かりやすい情報発信を行うこととしています。 (5)巨大地震対策に関する平時からの普及啓発の取り組み  気象庁ではこれまで、内閣府等と連携したリーフレット・マンガ冊子の配布、SNSによる情報発信、デジタルメディアと連携したインフォグラフィックの作成、ホームページでの解説、報道機関や自治体と連携した取組、地域の避難訓練や防災研修の機会を活用した取組等、様々な普及啓発を行ってきました。加えて、令和6年8月の初めての臨時情報発表を受けて、気象庁ホームページの臨時情報のページを同年12月にリニューアルしており、情報が出た際にとるべき防災対応について重要なポイントを記載するなど充実を図っています。  昭和19年(1944年)の昭和東南海地震から80年の節目を迎えた令和6年12月7日には、「過去の南海トラフ地震を知り、将来の巨大地震・津波に備える」をテーマとして巨大地震対策オンライン講演会を開催しました。本講演会では、地震・津波に関する情報や防災対応等に加えて、巨大地震・津波のメカニズムや、歴史資料からわかる過去の南海トラフ地震とそれを踏まえた将来への備えについて講演いただきました。各講演の動画は、令和7年(2025年)1月から1年間、YouTubeにてアーカイブ配信しています。  https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jishin/jishin_bosai/r6_lecture.html#archive  また「南海トラフ地震臨時情報」と同様、巨大地震発生の可能性が平時よりも相対的に高まっていることを伝える情報である「北海道・三陸沖後発地震注意情報」は、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震を対象としており、地域が異なりますが、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」とその枠組みに類似点が多いことを踏まえ、普及啓発を加速しています。  「南海トラフ地震臨時情報」と「北海道・三陸沖後発地震注意情報」は、情報の発表がないままに突発的に地震が発生することもある、情報が発表されても大規模な地震が発生しないこともある、といった留意点があります。しかしながら、巨大地震はひとたび発生すると甚大な被害をもたらすものです。少しでもその被害を軽減するため、気象庁が発表する各種情報を最大限活用いただけるよう普及啓発を進めるとともに、地震は突発的に発生するという前提に基づく“日頃からの備え”の重要性についてもしっかりと周知を行っていきます。 コラム ●地震・津波の知識を学べる短編動画  地震や津波についてより多くの皆様に知っていただけるように、小学校高学年以上の方を対象とした30秒~1分程度のショート動画をシリーズで公開しています。気象庁マスコットキャラクター“はれるん”も登場しており、はれるんと一緒に地震や津波について学習することができる動画です。地震の揺れを経験して浮かぶ疑問に気象庁の専門家がわかりやすく答える「はれるんと地震を学ぼう!」シリーズを令和6年(2024年)3月に公開し、気象庁の職員から出される津波の知識を学ぶミッションに挑戦しはれるんと一緒に“津波マスター”を目指す「はれるんと目指そう!津波マスター」シリーズを令和7年(2025年)3月に公開しました。  動画はスマートフォンでも見やすい縦長形式としており、1分という短い時間の中にわかりやすい言葉での説明を盛り込みました。多くの方にご覧いただき、「わかった!」と思っていただけるとありがたいです。 トピックスⅣ-2 令和6年能登半島地震の振り返り (1)地震の概要  石川県能登地方では、令和2年(2020年)12月から地震活動が活発になっており、活動当初は比較的規模の小さな地震が継続する中、令和4年(2022年)6月にM5.4の地震(最大震度6弱)、令和5年(2023 年)5月に M6.5の地震(最大震度6強)などの規模の大きな地震が発生し、令和6年(2024年)1月には、一連の活動の中で最大規模となるM7.6の地震(最大震度7)が発生しました。この地震に伴い、石川県能登に平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)以来となる大津波警報を発表しました。  その後、M7.6の地震の地震活動域では、時間の経過とともに活動が徐々に低下してきていますが、2024年6月にM6.0の地震(最大震度5強)、11月にM6.6の地震(最大震度5弱)が発生するなど、引き続き規模の大きな地震が発生しています。  今もなお能登地方全体では地震活動が続いていますが、これを踏まえた津波観測体制の強化の取組について振り返りたいと思います。 (2)津波観測体制の強化  内閣府により政府全体の令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応の在り方についてとりまとめが行われ、全国の津波観測体制の強化について提言されました。気象庁では、令和6年能登半島地震における日本海沿岸の津波被害や東日本大震災以降の津波防災の知見を踏まえ、国の防災対応の初動のために、全国の津波観測装置の更新の一環として巨大津波観測計を追加整備し、日本全国で大津波を適切に観測可能な体制を構築することとしています。 トピックスⅣ-3 『津波フラッグ』による津波警報等の伝達 (1)津波フラッグとは  「津波フラッグ」は大津波警報、津波警報、津波注意報(以下、「津波警報等」という)が発表されたことをお知らせする旗です。赤と白の格子模様の旗である津波フラッグは遠方からでも視認性が高く、その色彩は国際信号旗の「U旗」として国際的にも認知されています。このため、聴覚に障害のある方や、波音や風で音が聞き取りにくい遊泳中の方、さらには外国人の方にも津波警報等の発表をお知らせすることができます。  津波フラッグは、海岸においてライフセーバー等により掲出されることもあれば、海岸近くの建物から垂れ下げて掲出されることもあります。海水浴場等で津波フラッグを見かけたら、速やかに避難を開始してください。 (2)津波フラッグの周知・普及活動  令和2年(2020年)6月に、新たに津波警報等の伝達手段として津波フラッグが定められて以降、多くの自治体の海水浴場で津波フラッグが活用されることを目指して、気象庁では普及活動を全国的に進めています。令和7年(2025年)1月末現在では、海水浴場を有する自治体のうち72%(284市区町村)で津波フラッグが導入されています。こうした中、令和6年(2024年)4月に発生した台湾付近の地震に伴って津波警報が発表された際には、沖縄県内においてライフガードがビーチで津波フラッグを掲出して遊泳者に退水を呼びかけて避難誘導するなど、実際に活用された事例もありました。  また、より多くの方に津波フラッグを覚えていただくために、気象庁では、津波フラッグの周知にも努めており、全国各地の機関・団体と連携して、海開き・避難訓練にあわせた津波フラッグのデモンストレーションや、学校などでの出前講座を行うなど、様々な機会を捉えた周知活動を行っています。また、津波からの避難と津波フラッグについてわかりやすく解説した冊子等を制作して気象庁HPで公開しています。  令和6年度に気象庁が実施した「気象情報の利活用状況に関する調査」では、津波フラッグの認知度について「津波フラッグを知っていて、その意味も知っている」と回答した割合は全体のわずか4.0%に留まっており、「知らない」と回答した割合は81.6%でした。海水浴場への導入は進んでいる中で、継続的に津波フラッグを運用していただく取り組みも重要です。津波フラッグのさらなる認知度向上に努めてまいります。 トピックスⅣ-4 阪神・淡路大震災から30年 (1)阪神・淡路大震災の概要  平成7年(1995年)1月17日05時46分、淡路島北部(震央地名:大阪湾)の深さ16kmを震源とするマグニチュード7.3の地震が発生しました。この地震により、兵庫県の神戸市と洲本市で震度6を観測したほか、東北地方南部から九州地方にかけての広い範囲で震度5から震度1を観測しました。さらに、その後の現地調査によって、神戸市・芦屋市・西宮市・宝塚市・淡路市(旧北淡町・旧一宮町・旧津名町)の一部地域では震度7に相当する揺れが発生していたことが判明しました。総務省消防庁の統計によると、この地震による被害は、死者6,434名、行方不明3名、負傷者43,792名、住家全壊104,906棟、住家半壊144,274棟、全半焼7,132棟にのぼりました。  気象庁は、この地震の名称を「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」と定めました。また、政府は、被害規模の大きさに鑑みて、この地震によって生じた災害を「阪神・淡路大震災」と呼称することを閣議口頭了解しました。 (2)阪神・淡路大震災を契機とした地震業務の改善  兵庫県南部地震の発生当時は「震度7」の判定は現地調査により決定することとなっていました。しかし、当時「震度7」の判定に時間を要したことを踏まえ、震度計による観測で迅速に「震度7」を発表するとともに、気象庁以外の機関が整備した震度計のデータも取り込むことで、きめ細かい震度情報を発表できるようになりました。また、この地震をきっかけに、政府の地震調査研究推進本部が設置されたことを受けて、気象庁では各機関の地震観測データの一元的な収集や精密な解析処理を行うこととなり、我が国の地震調査研究にも貢献しています。 (3)阪神・淡路大震災特設サイトをリニューアル  令和7年(2025年)1月17日は、甚大な被害となった阪神・淡路大震災(平成7年(1995年)兵庫県南部地震)から30年の節目となりました。  気象庁ホームページでは、過去の災害に学び、今後の地震に備えていただくため「阪神・淡路大震災」特設サイトをリニューアルしました。この特設サイトでは、阪神・淡路大震災を振り返るとともに、将来起こりうる地震に適切に備えていただくために必要な防災知識等の情報を掲載しています。また、大阪管区気象台、神戸地方気象台でも特設サイトを開設しており、当時の被害写真や災害対応に当たられた消防局職員の方のインタビュー記事なども掲載していますので、ぜひご覧ください。  過去の地震災害は、地震や津波の普及啓発のきっかけとして非常に有効となるものです。地震はいつどこで発生するか分からないため、このような節目を契機として気象庁が発表する情報を知っていただくとともに、地震への備えを進めていただく取組を継続していきます。 阪神・淡路大震災関連の特設サイト (気象庁) https://www.data.jma.go.jp/eqev/data/1995_01_17_hyogonanbu/index.html (大阪管区気象台) https://www.data.jma.go.jp/osaka/jishinkazan/19950117_hanshinawaji/index.html (神戸地方気象台) https://www.data.jma.go.jp/kobe-c/koho/19950117/19950117.html トピックスⅣ-5 広域降灰対策に資する降灰予測情報に関する検討会  気象庁では、全国の火山を対象とした大規模噴火時の新たな火山灰予測情報の具体的な内容について検討を行うために、令和7年(2025年)1月から3月にかけて、火山や防災情報に関する学識者や報道機関、情報伝達事業者、地方公共団体、関係省庁からなる「広域降灰対策に資する降灰予測情報に関する検討会」を開催しました。 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/shingikai/kentoukai/2025kouhai/kouhaikentoukai.html (1)検討の経緯・背景  広域に降り積もる火山灰対策については、令和2年に、中央防災会議の防災対策実行会議の「大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ」において、富士山の宝永噴火規模の噴火をモデルケースとして対策の基本的な考え方について報告書が取りまとめられました。その後、令和6年から内閣府の「首都圏における広域降灰対策検討会」において、火山灰の状況等に応じた広域に降り積もる火山灰対策の基本方針等が検討され、この中で、被害の様相に応じた住民の行動の考え方が議論されるとともに、大規模噴火時の火山灰への対応のトリガーとなる大規模噴火発生の情報や噴火の推移に応じた火山灰の見通しに関する情報の必要性や検討の方向性が議論されました。 (2)検討課題  本検討会では、内閣府の「首都圏における広域降灰対策検討会」における検討内容を踏まえたうえで、全国の火山を対象にした大規模噴火時の広域に降り積もる火山灰に対応する新たな火山灰予測情報について検討しました。具体的な検討事項として、火山灰の深さに応じた呼びかけ内容、警報として発表すべきかどうか、自治体や関係機関が広域に降り積もる火山灰の防災対応を開始するために気象庁が発表すべき情報内容、噴火の推移に応じた火山灰の見通しに関する情報内容等について議論を行いました。 (3)広域に降り積もる火山灰対策に資する火山灰予測情報の改善に向けて  例えば、富士山で宝永噴火規模の噴火が発生した場合には、首都圏において火山灰により木造家屋倒壊の可能性や、交通機関、ライフライン等に大きな影響が生じると想定されています。本検討会では、情報の改善にあたって、首都圏のような火山灰になじみのない地域の方にも必要な内容が伝わるように、シンプルな情報体系とすることや、火山灰の影響や取るべき行動を端的に伝えることが重要であるとの認識が共有されました。本検討会の検討結果を踏まえ、引き続き、広域に降り積もる火山灰対策に資する火山灰予測情報の改善を進めていきます。 トピックスⅣ-6 火山噴火予知連絡会50年を振り返って (1)火山噴火予知連絡会の発足  昭和48年(1973年)、噴火活動が活発になった桜島火山の活動に鑑み、火山研究の成果を火山防災に役立てるとともに科学的な根拠に基づく火山噴火予知の実現を目指して、文部省測地学審議会(現 文部科学省科学技術・学術審議会測地学分科会)において「火山噴火予知計画の推進について」がまとめられ、関係大臣に建議されました。その建議に基づき、火山噴火の予知に関する観測の情報を交換するとともに、それらの情報の総合的な判断を行い、かつ研究・観測の体制を調整し、それぞれの立場における研究及び業務を円滑に進めるため、大学、気象庁並びに関係省庁間に火山噴火予知連絡会を設け、事務局は気象庁に置くこととなりました。これを受け、昭和49年(1974年)6月に火山噴火予知連絡会が発足し、以降年に3回(令和元年(2019年)以降は2回)の定例会を開催しました。 (2)火山活動への対応  火山噴火予知連絡会では、研究成果を実社会に応用することを念頭に、観測データや現地調査の成果に基づき、火山学の知見を用いた火山活動の科学的な評価を行い、統一見解やコメントなどといった形で発表し、火山災害の軽減に資する情報発信に努めてきました。例えば、平成12年(2000年)有珠山噴火に際しては、地元の火山噴火予知連絡会委員が火山噴火の可能性を地元自治体に伝え、住民避難のきっかけを作るなど、防災対応を支援する役割を果たしてきました。また、必要に応じて部会や観測班などを設置して、気象庁や大学等による観測を強化し、火山活動を集中的に検討し、きめ細かい判断を行ってきました。 (3)検討会による提言  火山噴火予知連絡会の下に設けられた各検討会等では、活火山の定義の見直しや活火山の選定のほか、中長期的な噴火の可能性の評価に基づく火山防災のために監視・観測体制の充実等が必要な火山(現在51火山)の選定等、様々な検討を行ってきました。  最近では、平成26年(2014年)の御嶽山噴火や平成30年(2018年)の草津白根山(本白根山)の噴火を受けて、火山観測体制等や火山情報の提供、調査研究のあり方の検討を行い、火山活動の評価や観測等の体制強化、火山防災情報の改善、火山防災に関する情報共有の強化等の必要性について提言しました。 (4)火山噴火予知連絡会のあり方の検討  平成13年(2001年)以降、国立大学や国立試験研究機関の法人化、噴火警報業務の開始等の社会情勢の変化により、火山噴火予知連絡会が継続的に火山防災に貢献していくには仕組みを大きく見直す必要がありました。そのため、令和元年に「あり方検討作業部会」を設置し、今後の火山噴火予知連絡会のあり方についての検討が進められました。令和4年(2022年)に最終報告がまとめられ、それを具体化するための「あり方報告の具体化作業部会」において、各検討会の構成や開催条件などが検討されました。これらの検討を経て、令和5年度(2023年度)から、火山活動評価検討会等からなる新体制による運営を開始しました。 (5)火山調査研究推進本部の設置など活動火山対策のより一層の充実  一方、令和5年に改正された活動火山対策特別措置法に基づき、火山に関する観測、測量、調査及び研究を推進することにより、活動火山対策の強化に資することを目的として、令和6年(2024年)4月に火山調査研究推進本部が文部科学省に設置され、我が国の司令塔として火山調査研究が一元的に推進されることとなりました。  火山調査研究推進本部の取組をふまえ、火山噴火予知連絡会では役割の見直しについて検討を行いました。火山噴火予知連絡会の機能のうち、調査研究の推進や顕著な火山災害時等の火山活動評価については火山調査研究推進本部において実施されることになりました。また、気象庁が噴火警報等の火山情報を発表するにあたり火山専門家から火山活動評価等について技術的な助言を受ける機能は「火山情報アドバイザリー会議」として運用するとしたことから、令和6年11月27日に開催した第154回定例会をもって火山噴火予知連絡会は終了しました。気象庁では、新たに運用を開始した「火山情報アドバイザリー会議」からの助言をいただきながら、火山調査研究推進本部等とも連携し、火山災害の防止軽減のため、引き続き、適時適確な火山情報の提供及びこれに必要な火山の監視能力・活動評価能力の向上に努めていきます。 コラム ●火山噴火予知連絡会の発展的解消と火山噴火予知の今後の展望 九州大学名誉教授(火山噴火予知連絡会 6代目会長) 清水 洋  火山噴火予知連絡会(以下「予知連」と略記)は、火山噴火予知に関する「研究・業務成果の情報交換」と「研究観測体制の整備の検討」、「火山活動の総合判断」を任務として、我が国の火山防災対策を推進する中核的役割を50年にわたり果たしてきました。しかし、国として火山調査研究を一元的に推進するための司令塔である火山調査研究推進本部(火山本部)が令和6年度に発足し、これまで予知連が担ってきた火山活動の総合的な評価についても、火山本部において実施されることになりました。このため、予知連は役割の見直しを行い、予知連を発展的に解消して新たに「火山情報アドバイザリー会議」の運用が開始されることになりました。今後気象庁は、火山本部の火山活動評価も参考にしながら、アドバイザリー会議における火山専門家の科学的助言を活用して、火山情報の高度化を推進していくことが期待されます。  火山噴火予知に関する研究については、これまで建議に基づく予知計画によって年次的に進められてきましたが、それに加え、今後は火山本部の総合的な基本施策や調査観測計画に基づいて推進されることになります。火山噴火予知はまだ道半ばであり、火山に関する総合的な評価に資する観測・研究を国として長期継続的に推進する必要があります。さらに、それらを活動火山対策に活かすための研究に分野横断で取り組むことが望まれます。 コラム ●「火山防災シンポジウム」を開催しました  火山噴火予知連絡会50年の歩みと火山防災への展望というテーマで、「火山防災シンポジウム」を令和7年(2025年)2月19日(水)に開催し、歴代会長の方々から以下のとおり講演いただきました。 ・井田喜明(東京大学名誉教授)火山噴火予知連絡会が行ってきた噴火対応:伊豆大島、雲仙岳、有珠山、三宅島の噴火 ・藤井敏嗣(東京大学名誉教授)浅間山、霧島山、御嶽山など21世紀の噴火対応 ・石原和弘(京都大学名誉教授)桜島の活動での対応、予知連設立の経緯や火山噴火予知計画 ・清水 洋(九州大学名誉教授)火山噴火予知連絡会の発展的解消と火山噴火予知の今後の展望  会場には歴代の火山噴火予知連絡会の関係者が参加されたほか、一般の方も含めて多数の方にオンラインで視聴いただきました。 ◆ トピックス ◆ Ⅴ 気象庁の国際協力と世界への貢献  大気に国境はなく、台風等の気象現象は国境を越えて各国に影響を及ぼします。世界各国が精度の良い天気予報とそれに基づく的確な警報・注意報等の気象情報を発表するためには、気象観測データや予測結果等の国際的な交換や技術協力が不可欠です。このため、気象庁は、世界気象機関(WMO)等の国際機関を中心として世界各国の関連機関と連携しているほか、近隣諸国との協力関係を構築しています。  このトピックスでは、令和6年(2024年)の第3回WMO専門委員会、オーストラリア気象局との「気象衛星の利用に関する協力覚書」の締結、第6回世界気候研究計画(WCRP)再解析国際会議といった気象業務に関する最近の国際的な動向について紹介します。 トピックスⅤ-1 WMO専門委員会と気象庁の貢献 (1)WMO専門委員会について  我が国を含む世界各国の気象業務は、大気や海洋の観測データの国際交換など、様々な国際協力の上に成り立っており、世界気象機関(WMO)が作成する国際的な規則に従って行われています。  WMOの規則等について技術的な検討を行うため、「観測・インフラ・ 情報システム委員会(インフラ委員会:INFCOM)」と「気象・気候・水文・海洋・環境サービス及び応用委員会(サービス委員会:SERCOM)」の2つの専門委員会が設置されています。インフラ委員会は、情報通信、数値予報、観測等の分野について、サービス委員会は、航空気象、気候、防災・公共、水文、海上気象・海洋などの分野におけるサービスについて、技術規則の作成等を任務としています。また、この2つの専門委員会の下には、多くの専門家チーム等が設置されており、これらのメンバーは、それぞれの専門分野ごとに各国が推薦した候補者からジェンダーや地域バランスも配慮しつつ選出されます。  専門家チーム等で作成された技術規則等の草案は、専門委員会で審議された後、最高意思決定機関である「総会」(全加盟国参加のもと4年に一回開催)あるいは、総会で選出された国家気象水文機関の長等で構成される「執行理事会」(1年に一回開催)に諮られて、承認されます。 (2)第3回専門委員会  令和6年3月に第3回サービス委員会がインドネシア・バリにて、同年4月に第3回インフラ委員会がスイス・ジュネーブにてそれぞれ開催され、我が国からも代表団が出席して議論に貢献しました。これらの会合では、早期警戒システム(警報等の防災気象情報を提供する仕組み)によりすべての人々を気象災害等から守ることを目指して立ち上げられた国連早期警戒イニシアティブ「すべての人々に早期警戒を(EW4All)」に関連するWMOの取組、ビッグデータ・AI等の新たな技術の気象業務への活用、次世代のWMOの情報通信システムなど、将来のWMOの基盤となるシステムや各国の気象業務の方向性に関わる議論が行われました。また、専門家チームの構成等も今後4年間のWMOの重要事項に沿って一新され、そのメンバーに気象庁からは約30名が選出されました。  気象庁は、WMOの枠組の下で多くの全球/地区センターを運営し、アジア・太平洋地域を中心に多くの国の気象業務を支援しています。全球/地区センターの活動も専門家チームの重要議題の一つであり、これらのセンター業務により得られた知見も活かして専門家チームの活動に貢献していくことが期待されています。  世界の気象業務の一層の発展には、各国の観測データの品質改善や国際交換、気象業務に関する専門的知識の共有等の促進が不可欠です。気象庁は引き続き、積極的に国際協力を推進してまいります。 コラム ●気象予測プロダクトの円滑な提供に向けたWMOの取り組み 世界気象機関(WMO)インフラ部データ・予測システム部門 WMO統合データ処理・予測システム課長 本田 有機  WMO統合データ処理・予測システム(WMO Integrated Processing and Prediction System, WIPPS)は、加盟国の現業予報センターを中心とした国際的なネットワークで、日々の気象業務に不可欠な、様々な予測プロダクト等を国際的に提供するために構築されたWMOの全球的な基盤システムの一つです。  WMOでは、加盟国の様々な分野の予報業務を支援するために、全球数値予報、台風予報や環境緊急対応など、30以上の分野で予測プロダクトの提供等を推進しており、その役割を担うことができるセンターをWIPPS指名センター(WIPPS-DC、別名は地区特別気象センター(RSMC))として指名しています。センターの活動の内容やプロダクトについては、WMOの専門家が現在の科学技術のレベルや利用者のニーズを踏まえて検討し、インフラ委員会で精査された上で、WMO総会又は執行理事会において承認されています。これらセンターの予測プロダクトの一部である数値予報プロダクトは、国連早期警戒イニシアティブ「すべての人々に早期警戒を」(EW4All)の目的達成のために見直され、特に開発途上国のニーズを踏まえて、大幅に拡充されることが昨年決まりました。気象庁は、世界気象センター(WMC)、波浪数値予報RSMC、ナウキャストRSMC、熱帯低気圧予報RSMC、地区気候センターなど、多くの重要なWIPPS指名センターを担っています。気象庁が、これらセンターの活動として提供する、先進的な地球システム予測技術を駆使した高品質な解析・予測プロダクトは、開発途上国を含む各国の気象予報、季節予報、海況予報や関連する警報発表業務等に大きく貢献しています。  一方で、WIPPSには、プロダクトがWMOの全加盟国に必ずしも十分に認知・有効利用されていないという課題があります。このため、WIPPSプロダクトへのアクセス改善と利用推進を目指し、WIPPS指名センターの情報を集約したポータルサイトの立ち上げ、WIPPSの最新の動向を伝えるニュースレターの発行やWIPPS指名センターと連携したウェブセミナーの開始、オンライン研修資料の整備などを進めています。  全てのWMO加盟国が有益な予測情報をタイムリーに得られるように、人工知能などの科学技術の進展を踏まえ、今後もWIPPSの更なる発展に努めていきます。 コラム ●ともに立ち上がろう フィリピン気象局(DOST-PAGASA)気象スペシャリストI ロバート・B・バドリーナ  フィリピンは環太平洋火山帯に位置する7000以上の島々からなる群島国で、日本に匹敵する国土面積と人口を有しています。そして、20以上の活火山が位置し、年間20前後の熱帯低気圧に見舞われるなど、熱帯低気圧、火山噴火、地震などの災害と常に直面しており、日本と似た境遇にあることから、日本の防災対策の知識や経験がとても役立っています。  気象庁は、WMOの枠組において多くの国際的なセンターを運営し、フィリピンを含む開発途上国の国家気象機関が熱帯低気圧やモンスーンなどの気象現象の監視や予測を行うために不可欠なデータを提供するとともに、研修等を通じた人材育成の支援を行っています。  例えば、気象庁が運営する熱帯低気圧に関する地区特別気象センターは北西太平洋の台風の解析・予報や高潮予測に関する情報を周辺国に提供するなど、台風災害を軽減するための中核を担っています。フィリピン気象局では、これらの情報を活用しつつ、気象庁の高潮の専門家である高野洋雄氏の技術指導のもとで気象庁の高潮モデルを運用しています。2013年にフィリピンを襲った台風ヨランダ(平成25年台風第30号、国際名:ハイヤン)の際には、この高潮モデルの計算結果も活用して、高潮の高さを予測することができました。  私は、令和6年度のJICA(国際協力機構)課題別研修「気象業務能力向上」のプログラムに参加する機会を得て、気象庁から気象業務に関する多くの知見を得ることができました。この研修で得られた知見や多くの気象庁職員とのつながりは、私個人の日常業務だけではなく、フィリピン気象局の気象サービスの一層の強化に役立つと確信しています。  フィリピンでは、親しみを込めて兄のことを「クヤ」と呼びます。気象庁は私たちにとって「クヤ」のような存在であり、災害に直面する私たちにいつでも手を差し伸べてくれます。この場を借りて深く感謝します。 トピックスⅤ-2 オーストラリア気象局と「気象衛星の利用に関する協力覚書」を締結  気象庁は、令和6年(2024年)11月11日に、日本やオーストラリア、またアジア・オセアニア地域における災害リスクの更なる軽減に貢献することを目的として、オーストラリア気象局と「気象衛星の利用に関する協力覚書」を締結しました。オーストラリア気象局とは、気象庁が「ひまわり」初号機の運用を開始した昭和53年(1978年)以来、約半世紀にわたって、衛星分野における気象庁の重要なパートナーとして協力関係を築いてきましたが、この協力覚書の締結は次期静止気象衛星「ひまわり10号」の観測機能の向上を契機としてさらに協力関係を強化するものです。ここでは、両気象局が衛星分野において取り組んできた協力の歴史を振り返ってみたいと思います。 (1)「ひまわり」初号機の時代から動き出した衛星分野における協力  我が国初となる静止気象衛星「ひまわり」の開発は、昭和48年(1973年)までに気象庁が進めてきた技術調査をもとに、宇宙開発事業団(現国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA))によって、作業が進められました。昭和52年(1977年)7月14日には、アメリカ・フロリダ州ケープカナベラルから「ひまわり」初号機が打ち上げられ、翌年の昭和53年4月6日に本格的な観測運用を開始しました。  衛星の運用には、地上システムが必要であり、衛星からのデータを受信する気象衛星通信所(埼玉県鳩山町)やデータ処理センター(東京都清瀬市)を設置しました。また、宇宙空間にある衛星の詳細な位置を把握するため、当時の衛星では、衛星と通信可能な地理的範囲内に地上施設(測距局)を3地点設け、衛星と各測距局間で電波をやり取りし、それに要した時間から衛星の正確な位置を決定する必要がありました。  そのため、国内に限らず国外でも測距局の設置可能性を探るべく、昭和46年(1971年)にオーストラリアに測距局を設置することを要請し、前向きな回答を得ました。その後も、オーストラリアとの対話を続けながら、外務省をはじめとする国内関係機関との調整を進めることで、昭和49年(1974年)、オーストラリア政府の協力を得て首都キャンベラに近いオローラルバレーに測距局を設置することが事実上決定しました。そして、昭和52年7月7日には、政府間での交換公文が締結され、同時に当局間での実施取極めを締結し、正式にオーストラリアが3地点の測距局のうち1地点を担うことになりました(ほか2地点は気象衛星通信所及び石垣島)。  「ひまわり6号」以降は、衛星の正確な位置決定に必要な測距局が3地点から1地点となったため、オーストラリアの測距局は「ひまわり5号」とともにその役割を終えました。 (2)現行衛星「ひまわり8号・9号」によるデータ利活用における協力  気象庁では、平成30年(2018年)から「ひまわり8号・9号」の観測機能の一部を使って、各国気象機関から要請された領域に対して、1,000km四方を2.5分ごとに観測する高頻度機動観測「ひまわりリクエスト」を実施しています。この取組の開始以降、観測範囲内の諸外国において、「ひまわり」の観測データが、火山噴火や大雨などの自然災害への一層のリスク軽減のために活用されています。特に、オーストラリア気象局は、オセアニア地域の調整役として「ひまわりリクエスト」の効率的な運用に関して気象庁と連携するとともに、「ひまわりリクエスト」を積極的に活用するユーザーとして、その観測データを森林火災や熱帯低気圧などの災害リスクの軽減に役立てています。 (3)次期静止気象衛星を契機とした気象衛星分野における新たな協力  気象庁では、現在、線状降水帯等の予測精度の向上に向けて、最新技術を導入した次期静止気象衛星「ひまわり10号」の運用開始に向けた整備を進めています。これを契機に日本やオーストラリア、またアジア・オセアニア地域における災害リスクの更なる軽減に貢献することを目的として、令和6年11月11日に、オーストラリア気象局と「気象衛星の利用に関する協力覚書」を締結しました。署名式には、オーストラリア気象局のJohnson長官が来庁し、またオーストラリア大使館からJustin Hayhurst駐日オーストラリア大使も臨席されました。  今回の協力覚書の締結により、両気象局は、ひまわりの観測データや観測機能のより一層の利用、アジア・オセアニア地域における国際協力の更なる強化などについて協力して取組みを進めていきます。また、「ひまわり10号」では、特定の領域を高頻度で観測する機能によりオーストラリアにおける森林火災や大雨などの自然災害に対して、画像を提供していく予定です。  今後は、ひまわり10号のデータの利活用をさらに広げるとともに、オーストラリアをはじめとするアジア・オセアニア地域への国際協力に一層取り組んでまいります。 トピックスⅤ-3 第6回世界気候研究計画(WCRP)再解析国際会議の開催  気象庁は、世界気候研究計画(WCRP)、「地域気象データと先端学術による戦略的社会共創拠点」(ClimCORE)、及び東京大学との共催により、第6回WCRP再解析国際会議を令和6年(2024年)10月28日~11月1日に東京で開催しました。  最新の数値予報技術を活用し、過去の気象状態(気温、風等)を再現する技術である「再解析」によるデータは、気候変動の監視・分析などに不可欠であるとともに、近年、気象予測分野でも活用が広がりつつある人工知能(AI)の機械学習における学習データに利用されています。再解析国際会議は、世界各国の再解析に関する専門家や再解析データの利用者の会議として、約5年おきに欧州、米国、日本で開催されており、今次会議は平成20年(2008年)の第3回以来16年ぶりの日本開催となりました。  会議には、世界27の国・地域(日本、米国、ドイツ、中国等)から約200名が参加し、再解析に関する最新の技術的知見を交換するとともに、今後の課題や将来展望に関する議論が行われました。このうち気象庁からは、過去約75年を対象として気象庁が実施した最新の再解析である「気象庁第3次長期再解析 (JRA-3Q)」等の報告を行いました。また今次会議では、「領域再解析」のセッションが再解析国際会議では初めて設けられ、東京大学が中心となり気象庁を含む産学官が参画するClimCOREの下で進める「日本域気象再解析」(日本域の気象状態を高品質・高解像度で再現する再解析データの作成とその利活用を進めるプロジェクト)の講演が行われました。その他にも世界各国の参加者から、再解析の実施状況や計画、手法、評価等の技術的知見が共有されるとともに、AI気象予測の機械学習や再生可能エネルギー分野など、多様な分野での再解析データの利用状況が紹介されました。  会期最終日のパネルディスカッションでは、将来の再解析に向けた議論が行われました。このなかでは、気候変動問題に直面する社会への科学的情報提供の手段として再解析の重要性が確認されるとともに、将来に向けて再解析の有用性をさらに高めるため、大気・海洋間など地球全体の気候システムの一貫性や極端現象の再現性能の向上、多様化するニーズに応えるための取り組みの必要性などが議論されました。  気象庁では会議で得られた成果を踏まえて、今後の気象業務及び国際的な気象・気候研究の発展に資する再解析の取り組みを進めるとともに、再解析データの社会での幅広い利活用に貢献していきます。 ◆ トピックス ◆ Ⅵ 次世代に向けた基盤的な技術開発と官民連携の推進 トピックスⅥ-1 気象庁の中長期的な施策の方向性  気象庁では、気象業務における様々な課題に対応するため、「交通政策審議会気象分科会」を随時開催し、有識者からのご意見をいただきながら施策の検討をしています。  近年は、2018年(平成30年)8月の気象分科会提言「2030年の科学技術を見据えた気象業務のあり方」(以下、「2030年提言」という)を中長期的な気象業務の指針とし、「観測・予測精度向上のための技術開発」と「気象情報・データの利活用促進」を車の両輪として一体的に推進するとともに、これらの相乗効果による「防災対応・支援の推進」を図っています。  一方で、「2030年提言」以降これまでの間に、先端AI技術が飛躍的に進歩するなどの技術的進展があったことに加え、相次ぐ自然災害を踏まえ、政府や自治体、民間において災害対策の強化が図られるなど、様々な変化がみられます。  このような近年の技術的進展や社会動向を踏まえて気象業務が社会的課題の解決に一層貢献していくため、気象庁は現在、「2030年提言」を基礎としつつ、追加的に強化していくべき施策について、特に①台風情報の高度化、②気候変動情報の高度化、③大規模地震・噴火対策の推進、④先端AI技術の活用、⑤面的気象情報の拡充の5つの課題を中心に、気象分科会における議論を踏まえて施策の検討を進めています。  各施策について、より詳しい情報や関連する話題は、それぞれ以下の記事に掲載しています。  ①…II-3(41頁) ②…III-1(46頁) ③…IV-5(58頁) ④…VI-2(70頁) ⑤…VI-3(71頁) トピックスⅥ-2 先端AIと協調した気象業務の強化 (1)これまでのAIの利用  気象庁のAI技術の利用開始は早く、1970年代から数値予報の応用プロダクトであるガイダンスの作成に古くからあるAI技術の1つである機械学習技術の利用を開始しています。ガイダンスとは過去の数値予報の計算結果と実際の観測結果等との関係性から、数値予報の計算結果の補正や数値予報が予測していない要素の作成を行うもので、これまでも継続的に新たな技術を導入し改良を繰り返してきました。また、解析・推定分野でも、観測点の気温や震度などの観測データから広がりを持った分布を推定することなどにもAI技術を活用しています。 (2)先端AIの活用に向けて  2010年頃には深層学習技術が進展したことにより第3次AIブームを迎え、社会でさまざまなAI活用が広がりましたが、さらに近年では対話型の生成AIが急速に普及しています。気象分野でも数値予報モデルの解析値を学習データとして予測を行うAI気象モデルが登場するなど、AI技術の進展は著しくその応用は急激に広がりつつあります。  気象庁ではこうした第3次AIブーム以降の先端的なAI技術(ここでは「先端AI」という)を気象観測・予測で活用するため、平成31年(2019年)から令和5年(2023年)にかけて、理化学研究所革新知能統合研究センターと共同研究を実施し様々な知見を得ました。また、令和6年(2024年)には、技術進展が著しい先端AIをさらに広い範囲で活用するために、気象庁業務のあらゆる分野における先端AIの活用可能性を検討しました。  さまざまな学習データから高度な推論を行うことができる先端AIを活用することで、従来の数値予報モデルに新たにAI気象モデルを組み合わせることによる気象予測の高精度化や、気象庁の業務の根幹となる観測データの品質向上、観測データを基にした解析や推定の高精度化、AIによる作業支援など、気象庁のさまざまな業務を強化することができる可能性があります。一方で、AIの使用には処理の過程がブラックボックスになり判断基準の説明が困難になるといったようなリスクがあることも分かっています。気象庁では、人や自然科学の知見を活かすことでAIのリスクや課題に対応しつつ先端AIを活用し、災害をもたらす自然現象の予測精度向上や防災気象情報の高度化を行うことで、自治体の防災対応などを強力に支援していくことを目指しています。 トピックスⅥ-3 面的気象情報の拡充と利活用の推進  近年、進化したデジタル技術が社会経済活動をより良い方向に変化させる「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」という概念が注目されています。DX社会におけるデジタル技術を活用した新たなサービスの提供やビジネスモデルの開発においては、全国を面的かつ網羅的にカバーするとともに、過去から将来予測に至る内容を含むビッグデータとしての特性を有する気象情報やデータが基盤的なデータセットとして非常に重要です。  現在、気象庁では、アメダスや気象衛星による観測データ等を基に天気や気温、降水量等のきめ細かな分布を算出し、地図上に表示することで視覚的に把握できる面的気象情報(以下、「面的情報」という)を基盤的なデータセットとして拡充し、その利活用の促進に取り組んでいます。  この取組の一環として、任意の地点の気象データを面的情報から容易に閲覧することが可能な「デジタルアメダスアプリ」を令和6年(2024年)4月に北海道で先行して一般公開し、令和7年(2025年)4月からは全国に展開しています。このアプリを通じて、様々な産業分野や生活情報として面的情報を広く活用いただくとともに、面的情報の利活用状況やニーズを調査し、情報のさらなる利便性の向上に取り組みます。 コラム ●スマート農業への面的気象情報の利用 帯広市川西農業協同組合 営農振興部 営農振興課 営農広報係長 黒田 紘平  少子高齢化により農業における生産者人口が減少する中、農業分野における生産効率の向上のためスマート農業の展開が急務となっています。帯広市川西農業協同組合では、様々な関係機関と協力し、無人ロボットトラクタの同時制御や、ドローンとAIによる映像解析を組み合わせた巡回作業の代替など、最先端のスマート農業技術の導入に挑戦しています。  農業にとって、気象は最も重要な情報です。農作物の生育を左右することはもちろんのこと、肥料や農薬は降雨や風の状況に応じて適切に散布する必要がありますし、降雨や高温、雷などで農作業が制約されます。スマート農業と気象データをうまく組み合わせることで農業の生産性を一層向上させることができると期待されます。  農業における気象データの活用については、これまでの研究や調査による知見があります。例えば、小麦の生育と積算気温には密接な関係がありますので、気温の推移を確認することで小麦の収穫期を予測し、適時に準備を行うことができます。あるいは、長いもの規格外品を防ぐため、6~7月の降水量が一定量より多くなり土中の窒素濃度が低下した場合にのみ、肥料の追加を行うことで、過剰な肥料投入を抑え、費用や環境負荷を低減することができます。  農業現場でのデータ活用は増えてきたものの、まだまだ浸透していないのが実情です。データに基づく農業が進まない要因は様々ありますが、農家が気軽に利用できるデータがないことも一因と考えられます。  「デジタルアメダスアプリ」は、1kmメッシュの面的気象情報から自分の圃場に着目して容易に気温や降水量を確認することができます。弊組合では、先に例示したような知見とアプリによる気象データに基づく農作業について組合員に推進しています。このような取り組みを通じ、まずは農家が気象データを身近に感じ、成果に繋がる実感をすることが重要と考えています。  今後、人口減少や温暖化の影響がより深刻になることが懸念されることから、スマート農業の実用化やデータに基づく農業の導入を加速させる必要があります。面的気象情報メッシュデータの利便性充実によりスマート農業との融和性が高まり、作業の効率化や適時実施が促進され、農家経営が前進することに期待しています。 トピックスⅥ-4 気象ビジネスにおけるデータ利活用促進の取り組み (1)気象データ利用ガイド  気象庁及び気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)は、ビジネスにおける気象データ活用を促進するため、気象データの活用事例や利用手順、入手方法等をとりまとめた「気象データ利用ガイド~先を読むビジネスへ~」を令和6年(2024年)3月に公開しました。 https://www.data.jma.go.jp/developer/weatherdataguide/index.html  本サイトでは、データの基本的な使い方、個別データの解説、実際の活用事例など、気象データをビジネスに活用するためのヒントを多数紹介しています。これから気象データを活用したビジネスを始める方、業務で気象データを使っている方など、幅広い分野で活躍される皆さまの一助となるよう、内容の充実を図ってまいりますので、本サイトをぜひご活用ください。 (2)気象データアナリスト  令和2年(2020年)に行った「産業界における気象データの利活用状況に関する調査」で、産業界全体において、自社の事業が気象の影響を受けると考えている企業は約 6割、その中で、気象情報・気象データを事業に利活用している企業は約3割、さらに気象データを収集・分析し、事業に利活用している企業は全体の約1割しかいないことがわかりました。この調査から、気象データの利活用がビジネスに有効であることがわかっているものの、データの扱い方がわからないため、十分に活用できていない企業が多くあるという実態がわかりました。こうした課題を解決するための「気象とデータサイエンス」の双方に精通した専門人材を育成するため、令和3年(2021年)2月に気象庁が認定する「気象データアナリスト育成講座」が開設されました。令和7年1月現在、3事業者で5つの「気象データアナリスト講座」が開講中で、これまでに143名が本講座を修了し、105名が受講中です。  今後ますます「気象データアナリスト」の幅広い業種での活躍が期待されます。 コラム ●視界を切り開く:気象データアナリストを受講して The Weather Company LLC Lead Meteorologist 西川 貴久  The Weather Companyの気象予報士として航空気象予報に従事しており、世界中の空港の飛行場予報(TAF)を作成しています。  中東の空港では、冬季に煙(FU)の影響で視程やシーリングが急激に悪化することがあります。これにより航空機の運航に重大な影響が生じ、航空会社は目的地の変更を余儀なくされることもあります。そのため、低視程・シーリングとなる時間帯の高精度な予報が不可欠です。  現在の弊社気象モデルをさらに改善し、低視程・シーリング状態をより正確に予測したいという思いが、気象データアナリスト講座受講のきっかけとなりました。  講座では、まず課題設定力と仮説思考力を養い、統計学や機械学習を体系的に学びました。その上でPythonやRのプログラミングスキルを習得しました。最終ステップでは、実際のビジネスデータと気象データを用いたケーススタディに取り組み、課題設定から前処理、モデル構築、レポート作成までの一連のプロセスを実践的に学べました。特に、GRIB2形式のGPVデータを抽出して分析に利用できるようになったことは大きな収穫でした。さらに、受講中は異業種の受講生との交流を通じて、新たな視点やアイデアを得ることもできました。  講座での学びを活かして、私はウズベキスタンの主要空港における低視程・シーリング予測モデルを構築しました。その結果、従来の予報と比べて見逃し率を約7割下げることに成功しました。また、受講中に学んだデータ分析スキルを用いて低視程状態が発生しやすい気象条件も特定できるようになりました。今後は対象を中東だけでなく、アジアの他地域や北中米にも広げて、より精度の高い予報を提供することで、効率的で安全な航空運航に貢献したいと考えています。同時に、チーム全体で活用できるモデルの構築を目指して、今も学習を継続しているところです。  気象庁のHPでは、気象データアナリスト講座の対象者を「ビジネスにおいて気象データの活用に興味関心がある方」としていますが、私のような気象予報業務従事者にとっても非常に有意義なカリキュラムとなっています。  気象モデルの構築というと、従来は大企業や気象庁などの政府機関の専門領域とされてきましたが、例えばとある空港、任意の地点というローカルなものであれば、生成AIも活用しつつ高精度な予測モデルを構築できるのではないかと考えています。また精緻な気象予報とビジネスデータを組み合わせることで、お客様に付加価値の高い情報を提供できるようになります。気象データを活用する企業は着実に増加していますが、気象データアナリストの制度はまだ発展段階にあると感じています。私は現在の所属企業への貢献にとどまらず、社会全体に新たな価値を創出できる気象データアナリストを目指しています。日々の研究と学びを通じてアイデアを形にし、次世代の気象データアナリストが活躍できるような実践例を示していきたいと考えます。 コラム ●気象データを航空業界から幅広い業界へ コンサルタント 気象予報士 遠藤 昌樹  私は元々航空会社で飛行計画を作成する運航管理者として勤務し、同時に気象予報士としての業務にも従事していました。航空機の運航は、風の強さや向き、視程、降雪、積乱雲の発生状況など、さまざまな気象要素に大きく左右されます。そのため、日々の業務では膨大な気象データをもとに、最適なルートの選定や安全な運航の確保に努めていました。  また運航管理者の業務とは別に、事業計画の策定や現場の業務改善にも関与しており、その際にはデータを用いた論理的な説明が求められました。当時の私は、気象に関する知識には自信があったものの、データを効果的に活用するスキルが不足しており、提案がうまく受け入れられないことが多々ありました。例えば、ある空港の特定の気象条件に基づく運航リスクを軽減する提案をした際、明確なデータ分析に基づいた説明ができず、納得を得られなかった経験があります。このとき、データを的確に活用し、説得力のある根拠を示すことの重要性を痛感しました。  この悔しい経験をきっかけに、「気象に精通しながらデータも扱える人材になりたい」という思いが強まりました。そこで、気象データアナリストの講座を受講することを決意しました。学習を進める中で、単なるデータの扱い方だけでなく、近年急速に発展している深層学習についても学ぶ機会を得ました。特に、Pythonを用いたデータ処理や可視化の手法を身につけたことで、これまで苦手意識のあったプログラミングにも自信がつきました。受講中の課題では、空港において風向を予測するモデルの構築を行い、実際の業務に応用できる可能性が無限に広がっていることを実感しました。  現在は、データ分析力に加え、その結果を事業に活かすための提案力を向上させるべく、コンサルティング会社に転職しました。ここでは、企業のデータ活用戦略の策定や、新規事業の創出にも携わっています。相手の真のニーズをくみ取ったうえで、データから導き出されるインサイトを提案する難しさに日々苦戦しております。ただ、自身で必死に考えた提案に納得してもらえた時はとても嬉しいです。  今後の展望としては、気象データを航空業界にとどまらず、幅広い分野で活用できるようにしたいと考えています。例えば、気象データを活用した農業の最適化や、エネルギー需要予測、災害リスクマネジメントなど、多くの分野でその有用性が期待されています。これらの分野での実用的な活用方法を模索しながら、最新のトレンドをキャッチアップし、自身のデータスキルをさらに磨いていきたいです。 トピックスⅥ-5 民間気象事業者との気候情報活用促進の取組について (WXBC人材育成グループ「季節予報勉強会」の立ち上げ)  気象庁では、気候情報(天候の見通しと実況経過のデータ)の利活用促進を目的として、これまで農業や家電、飲料、流通の分野といった様々な産業分野の利用者との対話を通じ、その活用実態やニーズの把握を進めてきました。  令和6年(2024年)1月には、季節予報サービス促進のための民間気象事業者との連携をテーマに、民間気象事業者の季節予報サービス担当者や、WXBC人材育成ワーキンググループの講師らをお招きして、産学官の連携・役割について議論を行いました。その中で、3か月予報をはじめとする季節予報は様々な産業で活用が期待されている一方で、提供されている季節予報サービスとの間にギャップがあることが課題として挙げられました。そのギャップを縮めるためには季節予報の提供者の解説技術の向上を図るとともに、季節予報の提供者、利用者の双方が参加し季節予報への理解を深める機会を設けることなどが提案されました。  これらの議論を受けて、産学官が参画しているWXBC人材育成ワーキンググループの6番目の勉強会として令和6年4月に「季節予報勉強会」が立ち上げられました。この勉強会は、季節予報に関するサービスやデータが社会でより一層活用されるようになることを目的としており、季節予報の提供者である気象庁や民間気象事業者に加え、利用者である農業、建設、保険・金融、IT関連など様々な産業分野の方が参加しています。勉強会では、気象庁の季節予報担当者が実際に予報を発表した際に予報資料をどのように解釈したかといった解説や、予報結果の検証を通じて専門天気図の読解技術や予測精度に関する知識の向上に努めるとともに、民間気象事業者が実施しているサービス、産業分野におけるニーズの紹介など季節予報の活用価値の創出につながるような内容が取り上げられました。勉強会の参加者からは「気象庁担当者が予報をどのように検討しているかがわかり今後の解説の参考になる」「予測できていたこと、できていなかったことが整理できて理解が深まった」「様々な業種に興味を持つことでビジネスチャンスが生まれると感じる」などの声が聞かれています。気象庁は、今後も季節予報をはじめとした気候情報が社会でより活用されるよう取り組んでいきます。 「気象業務はいま2025」の利用について  「気象業務はいま2025」に掲載されている図表・写真・文章(以下「資料」といいます。)は、第三者の出典が表示されているものを除き、資料の複製、公衆送信、翻訳・変形等の翻案等、自由に利用できます。ただし、以下に示す条件に従っていただく必要があります。 ・利用の際は、出典を記載してください。  (出典記載例)  出典:気象庁「気象業務はいま2025」より ・資料を編集・加工等して利用する場合は、上記出典とは別に、編集・加工等を行ったことを掲載してください。また編集・加工した情報を、あたかも気象庁が作成したかのような様態で公表・利用することは禁止します。  (資料を編集・加工等して利用する場合の記載例)  気象庁「気象業務はいま2025」をもとに○○株式会社作成 ・第三者創作図表リストに掲載されている図表または第三者の出典が表示されている文章については、第三者が著作権その他の権利を有しています。利用に当たっては、利用者の責任で当該第三者から利用の許諾を得てください。 お問い合わせ先 内容等についてお気付きの点がありましたら、下記までご連絡ください。 □内容について 〒105-8431 東京都港区虎ノ門3-6-9 気象庁総務部総務課広報室 電話03-6758-3900(代表) 気象庁ホームページ https://www.jma.go.jp ご意見・ご感想はこちらから https://www.jma.go.jp/jma/kishou/info/goiken.html □製品・販売について 研精堂印刷株式会社 〒101-0051 東京都千代田区神田神保町3-7-4 プレシーズタワー8F 電話03-3265-0157 ホームページ https://www.kenseido.co.jp/