気象業務はいま 2022 はじめに 気象庁の任務は、台風・集中豪雨等の気象、地震・津波、火山、さらに気候変動などに関する自然現象の観測・予報等と、その情報の利用促進を通じて、気象業務の健全な発達を図り、これにより安全、強靱で活力ある社会を実現することにあります。 いまだ収束をみせない新型コロナウイルス感染症へ配慮が必要な中、気象庁では、それぞれの現場での創意工夫により、その任務を全うしています。 一方で、昨年も、7月の熱海の土砂災害、8月の大雨などにより多くの被害が発生しました。また、福徳岡ノ場の噴火に伴う軽石被害やトンガの火山噴火に伴う潮位変化による被害も発生しました。災害により犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、災害に遭われました皆様に心よりお見舞いを申し上げます。 気象庁では、これらの災害を受け、線状降水帯の予測精度向上を喫緊の課題ととらえ、産学官連携により観測体制や予測技術開発の強化に取り組んでいるところです。昨年6月から、線状降水帯が発生したことをお知らせする「顕著な大雨に関する気象情報」の提供を開始しました。今年からは発生の可能性に関する情報の提供を開始し、段階的に改善を図って参ります。このほか、トンガの火山噴火の際の潮位変化についてもメカニズムの解明に加え、情報を「どう伝えるのか」について有識者を交え、検討を進めているところです。 また、気象庁防災対応支援チーム(JETT)の派遣等を通じて地方自治体の防災対応をきめ細かく支援するとともに、地域の気象と防災に精通した「気象防災アドバイザー」の拡充・普及も含め、地域防災力のさらなる向上に貢献して参ります。 加えて、気象情報・データを活用した多様なサービスが生まれ、気象業務に関わる人々のネットワークも広がりつつあります。こうした背景を踏まえ、増大・多様化するニーズに産学官全体で対応するための取組を推進しています。 「気象業務はいま」は、災害の予防、交通安全の確保、産業の興隆等に寄与するための気象業務の全体像について広く知っていただくことを目的として、毎年 6 月 1 日の気象記念日に刊行しています。今回より、気象庁の取組をより知っていただくため、特集とトピックスに特化した構成としました。 今回は、静止気象衛星「ひまわり」のこれまでの歩みと後継衛星への期待について特集し、トピックスとして、地域防災支援、線状降水帯、気候変動に対する取組、社会や生活における気象情報の活用に加え、気象や地震・火山の情報改善に関する取組などについて取り上げています。また、今年で百周年を迎える気象大学校についても紹介しています。 多くの方々が本書に目を通され、気象業務への皆様のご理解が深まりますとともに、各分野で活用されることを期待しています。  令和4年6月1日 気象庁長官 長谷川 直之 特集 静止気象衛星「ひまわり」の歩み 1 静止気象衛星「ひまわり」の誕生  気象衛星「ひまわり」は40年以上にわたり、私たちを見守ってきました。「ひまわり」の連続画像は、私たちに天気の変化を非常に分かりやすく見せてくれる、とても身近な気象情報です。同じ領域を途切れなく、高頻度で観測し続けられるのは、「ひまわり」が赤道上空約35,800キロメートルで、地球の自転と同じ周期で地球の周りを回っているためです。今では当たり前の静止気象衛星「ひまわり」ですが、「ひまわり」初号機の運用開始より前の、気象衛星の計画の初期の段階では地球を南北に周回する衛星で、日本付近は1日2回しか観測できない極軌道衛星が検討されており、静止衛星ではありませんでした。ここでは静止気象衛星「ひまわり」が誕生するに至った背景から、「ひまわり7号」までの歴代の「ひまわり」たちのことを振り返ってみたいと思います。 (1)「ひまわり」初号機の打上げまで ~ 一大プロジェクトのスタート ~  気象庁で、日本の宇宙開発の一環としての気象衛星に関連した計画が正式に話題になったのは、昭和40年(1965年)でした。そして、気象衛星計画が初公開されたのは昭和42年(1967年)で、このとき計画された衛星は気象衛星I型(気象観測用)、気象衛星II型(地上の気象観測のデータ収集用)の2つの極軌道衛星でした。一方、世界気象機関(WMO)の世界気象監視(WWW)計画のもとに進められていた地球大気開発計画(GARP)でも、昭和43年(1968年)に世界気象衛星観測システムが示されました。世界も、日本が西太平洋に静止気象衛星を打ち上げてくれるという期待のもとに計画を練っていたのです。このような背景から、気象庁は昭和45年(1970年)3月12日に「気象衛星計画(45.3.12)」を策定して静止気象衛星を検討することを明確化し、その後のGARP計画会議(3月16日から20日)で意思表明をしました。ここから、気象庁開設以来の一大プロジェクトがスタートしました。  衛星の技術的な検討では、気象庁は昭和45年7月に「第1号静止気象衛星の概要(暫定案)」を作成しました。当時、職員の手によって描かれた静止気象衛星(暫定案)の外観図を示します。その後、昭和48年(1973年)に気象庁は宇宙開発事業団(現国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)に衛星の開発を依頼しました。「ひまわり」の開発における宇宙開発事業団との協力関係は「ひまわり5号」まで続きましたが、この間の「ひまわり」は図に示した職員による外観図に近いもので、円筒の形状をしており、「こま」のように回転させて姿勢を安定させるタイプ(スピン型衛星)でした。  静止気象衛星の運用には衛星製造や打上げだけでなく、地上処理システムが必要です。地上システムについては、昭和51年(1976年)に衛星からのデータを受信する施設を埼玉県鳩山町(気象衛星通信所)に、データ処理センターを東京都清瀬市(気象衛星センター)に設置しました。またスピン型衛星は、宇宙空間の衛星位置を正確に測るための地上施設(測距局)が3地点必要で、気象衛星通信所(鳩山町)の他の2地点については、設置のため外国や外務省との調整が必要でした。まずオーストラリア政府の協力を得て首都キャンベラにほど近いオローラル・バレーへの設置が昭和49年(1974年)に事実上決定しました(公文の締結は昭和52年(1977年)7月7日)。もう1地点は、タイとの交渉を長く続けていましたが難航したため昭和50年(1975年)に断念し、石垣島へ設置することになりました。そして全て準備が整った昭和52年7月14日に、日本で初めての静止気象衛星「ひまわり」が米国から打ち上げられました。気象庁が「気象衛星計画(45.3.12)」を策定して静止気象衛星を検討することを明確化してから、わずか7年4か月後のことでした。 (2)「ひまわり」が見せてくれたもの ~ 雲 ~ 「ひまわり」が見せてくれる画像は、人の目で見える可視光線を捉え撮像した可視画像と、可視光線より波長が長い赤外線を捉え撮像した赤外画像です。衛星観測機能の向上に伴い観測の種類と頻度が増えていますが、「ひまわり」が可視光線と赤外線を観測していることは、初号機から現行の8号・9号に至るまで変わりません。 「ひまわり」初号機は昭和53年(1978年)4月6日に本格的な観測を開始しました。初号機は可視1種類、赤外1種類で、フルディスク(全観測対象領域)を3時間に1回観測していました。現行の8号・9号と比較すると貧弱かもしれませんが、初号機の観測以前は見ることができなかった、南半球も含む広範囲の空からの雲の写真を3時間ごとに見ることができるようになった変化は、画期的なものでした。それは昭和34年(1959年)頃に一般家庭に白黒テレビが普及し、突如映像が日常化したときの変化に似ているかもしれません。初号機が本格的な観測を開始してから13日後の、4月19日3時(日本時間)に台風第2号(OLIVE)が発生しました。そのときの初号機の赤外画像は、日本の静止気象衛星が初めて捉えた台風の雲の写真になりました。 (3)「ひまわり」が見せてくれたもの ~ 水蒸気 ~  「ひまわり5号」では、水蒸気に感度のある赤外域(6.5から7.0マイクロメートルの波長の赤外線)の観測が新たに追加されました。その画像は水蒸気画像と呼ばれ、これにより大気中の水蒸気が可視化され、上・中層の大気の流れを把握できるようになりました。図は「ひまわり5号」の運用開始日時である平成7年(1995年)6月21日9時(日本時間)の水蒸気画像です。水蒸気画像の追加により、雲になる以前の、水蒸気の流れを見ることができるようになりました。 (4)「ひまわり7号」までを振り返って  気象庁が誕生して以来の一大プロジェクトとなった静止気象衛星「ひまわり」ですが、初号機から「ひまわり7号」に至るまで、少しずつ進化を重ねながら西太平洋の絶え間ない観測を継続し、WWW計画における自らの役割を着実に果たしてきました。しかしそれは決して楽な道のりではありませんでした。  昭和56年(1981年)8月に打ち上げられた「ひまわり2号」は、昭和58年(1983年)11月に観測機器に不具合が発生し、観測できないケースがしばしば発生するようになりました。このため昭和59年(1984年)1月に運用を中止し、一時的に「ひまわり」初号機による観測に戻すことを行いました。同年6月に再度「ひまわり2号」による観測に戻しましたが、台風が日本付近に接近していない時は観測頻度を減らした6時間ごとの観測を行う運用にし、気象衛星による観測を途絶えさせない取組を行いました。不具合を抱えた「ひまわり2号」は短命となり、実質的な運用期間は約2年でした。  また、「ひまわり5号」の後継機は、気象観測の機能と航空管制の機能を併せ持つ運輸多目的衛星(MTSAT)として運用するはずでしたが、ロケットの不具合により打上げに失敗しました。気象庁は「ひまわり5号」の延命を行いつつ米国政府と調整を重ね、平成15年(2003年)5月から「ひまわり6号」の運用が開始される平成17年(2005年)6月までの約2年間、米国の静止気象衛星「GOES-9」による観測を行いました。これにより、西太平洋の気象衛星観測の中断の危機を回避することができました。  「ひまわり6号」と「ひまわり7号」は、打上げ失敗となった衛星と同じ運輸多目的衛星ですが、この衛星には姿勢安定に三軸制御方式が導入され、衛星を回転させる必要がなくなりました。このため衛星の正確な位置決定のために必要だった3つの測距局は、「ひまわり5号」とともにその役割を終えました。そして「ひまわり7号」は平成27年(2015年)7月7日に、今までにない大きな進化を遂げた「ひまわり8号」に西太平洋の観測を託しました。 コラム ■ひまわり5号後継機の打上げ失敗 気象予報士(元気象庁気象衛星室課長補佐) 吉永 泰祐  平成11年(1999年)11月15日のひまわり5号(以下「5号」という。)の後継衛星の打上げ失敗により気象庁の衛星業務は多くの試練に直面した。打上げ失敗時点で5号は運用開始から5年の設計寿命を経過していたため、次期衛星の運用開始までさらに5年間程度の運用を継続するのは困難であった。主な困難は、軌道や姿勢の制御用燃料の枯渇、観測場所を決めるためにカメラの前にある鏡の制御装置の劣化である。  残燃料節約のため軌道の南北制御を止めた。このため5号は東経140度上の静止位置から徐々に南北にずれ始める。雲画像を受信するために利用者はアンテナを衛星に向けるのだが、その先にあるはずの衛星がずれて画像が受信できにくくなるのである。  画像撮影にも問題が出てくる。スピン衛星である5号は、雲画像を撮影するために北極から南極までを2,500ステップでカメラの前の鏡を動かし、南端まで行ったときには次の観測のため北端に戻す必要がある。このような動きを1時間ごとに5年間行ってきたので、南側には潤滑剤の偏りが発生し、鏡がいつこの偏った潤滑剤に乗り上げて動かなくなるか分からない状況となった。これを回避するために南氷洋以南は撮影をあきらめざるを得なくなり、さらに平成13年(2001年)からは画像の欠ける範囲を徐々に拡大していった。さらには南半球の撮影を毎時間から3時間ごとに減らすこととなった。  衛星を製造した宇宙開発事業団と気象庁は衛星の状態について毎月打合せを行い、事業団からは「まだ大丈夫」という報告を受けていたが、気象庁としてはダメになる前に何らかの手を打つ必要があり、様々な選択肢について検討を重ねていた。  平成13年6月、気象庁長官からの指示で、米国の静止気象衛星の軌道上予備機を活用してバックアップする交渉を行うこととなった。これには次のような様々な課題がある。  ①米国政府の財産を利用するとして政府間の協定の締結と経費の支払い手続き  ②技術的に、どの衛星をどこからどこまでどうやって動かすのか  ③その衛星を誰がどこからコントロールするのか  ④その衛星で撮影した雲画像をどのようにして日本、アジア諸国で見るのか  このうち①は運輸省・気象庁の高官の努力で日米両政府間で交換公文を締結して解決した。私たちは②以下の技術的な問題に対処することとなった。  米国から運用終了後も東太平洋上空にあってまだ使えるGOES9号ならバックアップに活用可能との連絡があった。制御用アンテナはアラスカにある極軌道衛星用のものを日本の経費で改修して使うことになった。難問は、GOESの雲画像のデータ形式が5号のものとは違い、そのままでは「画像が見えない」ことである。各国の約千局のユーザーがそのままでGOESの雲画像を見られる必要がある。このため気象衛星センターにGOES受信アンテナを設置し、雲画像を入手。それを5号のデータ形式に変換して5号に送信し、5号からユーザー向けに雲画像を放送することにした。データ形式変換に要する時間分、いつもより早くGOESは観測を開始する必要がある。GOESのバックアップは平成15年(2003年)5月から開始された。このような複雑な衛星運用は運輸多目的衛星新1号が運用を開始した平成17年(2005年)7月まで続けられた。  打上げ失敗に伴う後処理のうち私が一番苦労したのは、打上げ費用の支払いをどう決着させるかだった。打上げ契約書には失敗したときの費用の支払いについて明文の規定がなかったので、打上げた宇宙開発事業団との支払い交渉は難航した。契約書では、記載がない事項で話し合いで解決できない場合は東京地方裁判所で調停により解決するとあり、宇宙開発事業団が東京地裁に調停を申し立てた。この場合、相手方となった我々は「国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律」に基づき、法務大臣の指揮下に入り、法務省の訴務検事とともに調停に臨んだ。7回目の調停の席で裁判官は「ロケットは完成したが、打上げ役務は完了しなかったので、国はそれに応じた費用を支払う。」という見解を提示した。双方がこれを受け入れ調停が成立したので、これに基づき支払い、顚末を国民のみなさまへ説明した。  一方のGOESに関して私が苦労したのは、GOES9号の運用開始直後の平成15年6月16日に新聞に「ゴーズ危篤」、NASA報告書「余命一日かも」という記事が掲載されたことだった。同紙は5月21日にも「装置障害で寿命寸前…」という記事を掲載していた。これはNASAが発表した公式見解「別の衛星で同じ形式の姿勢制御装置に不具合が発生しているが、この機体については十分な期間運用を継続できる見込み。……別の衛星の経験によれば姿勢制御装置の性能は今後よくなることはなく、時間とともに劣化し続けるだろう」の後半のみを引用したものである。この記事を読んだ様々な方から質問が相次いだが、気象庁は、「運用予定期間中は大丈夫」という説明を繰り返し行ってきた。事実その通り運用を全うできて良かったと思っている。  気象衛星室課長補佐の4年間は、やっていたことが新聞のスクラップや出演したテレビの録画でたどれるほど世間の関心が高く、緊張した日々であった。特に思い出すのは平成15年10月10日のウオールストリートジャーナルに取り上げられたことと、平成13年12月10日号の 「ゴルゴ13」のテーマになったことであった。引退した今思うと当時が最も輝いていたころであった。 2 ひまわり8号・9号 (1)大幅に向上した観測性能  平成26年(2014年)10月7日に打ち上げ、平成27年(2015年)7月7日から運用を開始した「ひまわり8号」は、平成28年(2016年)に打ち上げた「ひまわり9号」との二機体制により、令和11年度(2029年度)頃まで安定した観測を継続する予定です。世界最先端の観測機能を持つ「ひまわり8号・9号」は、それまでの「ひまわり」に比べて観測性能が格段に向上しました。解像度が可視1キロメートル・赤外4キロメートルから可視0.5キロメートル・赤外2キロメートルに、全球観測が1時間ごとから10分ごとに、観測バンド(波長帯)数が5(可視1、赤外4)から16(可視3、近赤外3、赤外10)となったことに加え、2.5分ごとの日本域観測、さらには台風や火山の噴煙など必要に応じて場所を決めて2.5分ごとに観測を行う機動観測が可能となりました。テレビの天気予報コーナーなどで見られる衛星画像の動画が以前に比べてなめらかに見えるようになったのは、この高頻度化によるものです。 (2)観測性能の向上がもたらした様々な効果  以前に比べて高い頻度で、高い解像度で、多くのバンド(波長帯)で観測できるため、これまでに捉えられなかった現象も捉えることが可能になりました。航空機の運航などに影響を及ぼす積乱雲の急発達を検出できるようになったほか、日本域の日照時間も算出できるようになりました。また、複数のバンドによる観測を組み合わせることにより、黄砂や火山灰、流氷の分布、海面水温などを詳細に把握できるようになりました。  気象庁では、「ひまわり」のデータを使って雲や台風の解析などを行うほか、連続した複数枚の観測画像から雲が移動する様子を解析することで上空の風(風向・風速)を算出しています。この風のデータは、海上のように地上の観測所が存在しない地域を含む広い範囲で算出されるため、特に数値予報の精度向上のためになくてはならないデータとなっています。大幅に観測能力が向上した「ひまわり8号・9号」は、気象監視能力を向上させるとともに、数値予報の精度向上にも大きな役割を果たしています。  「ひまわり」のデータは、気象業務のみならず、多様な産業分野でも活用されるようになりました。例えば、「ひまわり」のデータから算出した海面水温や海色の情報は水産業に、日照時間は農業や太陽光発電などの電力業界に利用されています。今後も多種多様なデータと組み合わせた、「ひまわり」データの一層の利活用が期待されます。 (3)国際貢献  「ひまわり」データの利活用は国内にとどまらず、海外でも広く利用されています。「ひまわり」の観測範囲内の多くの国と地域がそのデータを利用しており、諸外国における気象災害リスクの軽減に貢献しています。さらに、各国の防災に一層貢献するため、平成30年(2018年)からは、「ひまわり」の観測機能の一部を使って、各国気象機関からの要請(リクエスト)に応じて、我が国の台風監視等に支障のない範囲で1,000キロメートル四方を2.5分ごとに観測する高頻度機動観測「ひまわりリクエスト」を実施しています。 コラム ■みんなで使うひまわりのデータ 国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 第一宇宙技術部門 地球観測研究センター長 沖 理子  宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、ひまわり8号が正式運用を開始した平成27年(2015年)7月の直後の8月より、「JAXAひまわりモニタ」を一般公開しています。位置づけとしては研究・教育目的のデータ提供サイトの一つですが、大きな特徴は、ひまわりのRGB画像のみならず、JAXAの有する地球観測衛星データ処理技術、特に気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)搭載の多波長光学放射計(SGLI)用の各物理量アルゴリズムをひまわりデータに適用して作成した、JAXA独自のプロダクト(海面水温・クロロフィルa濃度・エアロゾル特性・雲特性・林野火災等)やひまわりデータを同化したモデル出力を公開していることです。海面水温とエアロゾル特性のアルゴリズムは気象庁に提供され、現業利用されています。ユーザーは登録後にFTPでひまわり標準データと共にダウンロードが可能です。  以前のひまわりよりも格段に時間空間分解能が向上した効果が高く、国内では特に海面水温やクロロフィルa濃度プロダクトの水産分野での利用が進んでいます。JAXAの公開プロダクトは、和歌山県や鹿児島県等の各県水産試験場で地域に特化した画像として漁業者向けにインターネット公開されるなど、現業での利用促進に貢献しており、この例のみならずひまわりデータの社会インフラとしての定着は一層進むことと思われます。  またJAXAひまわりモニタは日本語と英語の両方に対応しており、登録ユーザーは約4割が国内、残り6割が海外からで、公開当初から海外での普及度が高くなっています。中でも中国やインドネシア、オーストラリアなど東南アジアやオセアニア地域の気象機関・大学等のユーザーが多く、ひまわりが国際的にも評価され有効に活用されていることが分かります。  JAXAひまわりモニタ  https://www.eorc.jaxa.jp/ptree/index_j.html 3 「ひまわり10号」の整備に向けて (1)大気の状態を常に・広範囲に・立体的に捉えるために ~豪雨の予測精度向上に向けて~  現行の「ひまわり8号・9号」は令和11年(2029年)に設計寿命を迎えることから、宇宙からの気象観測体制を切れ目なく維持していくために、令和10年度(2028年度)にはその後継衛星となる「ひまわり10号」を打ち上げる必要があります。令和2年(2020年)に閣議決定された我が国の宇宙基本計画でも、「ひまわり8号・9号」の後継の静止気象衛星は、遅くとも令和5年度(2023年度)までに製造に着手し、令和11年度(2029年度)頃に運用を開始することとしています。  その一方、近年は、台風のみならず線状降水帯に伴う集中豪雨など極端な気象現象が顕著に現れるようになっています。これらの現象を監視・予測する技術を高め、早期の避難などにつながる情報を提供していくため、大気中の水蒸気などを、立体的に観測することへの期待が高まっています。このため、近年、衛星からの大気の立体観測が可能となる最新の観測センサ「ハイパースペクトル赤外サウンダ」(以下「サウンダ」という。)が世界的に注目されています。  静止衛星である「ひまわり」は、日本を含む西太平洋を広く常時監視できるため、サウンダを「ひまわり」に搭載できれば、大気の状態を常に・広範囲に・立体的に観測することができるようになります。これにより、台風や線状降水帯などの顕著な現象をはじめとする気象現象の監視・予測技術が飛躍的に向上し、早い段階で災害が発生するリスクの高い地域を的確に絞った情報を提供することが可能となります。また、公共交通機関の計画運休など事前の対策を執るべき地域を現在より絞ることができるため、経済損失を大幅に低減することも期待されます。  サウンダ導入の動きは、諸外国も同様です。世界気象機関(WMO)は静止気象衛星への搭載が望ましい観測センサとしてサウンダを挙げており、また、令和2年には、各国の気象衛星運用機関が集う気象衛星調整会議(CGMS)において、地球を取り囲む形で各国の静止気象衛星がサウンダによる観測を行うこと(GeoRing)が重点計画に盛り込まれました。中国は既に現在の静止気象衛星にサウンダを搭載済みで、欧州や米国でも次世代の静止気象衛星への搭載が計画されています。  サウンダは、線状降水帯や台風の予測精度向上のための切り札です。気象庁は、「ひまわり10号」へのサウンダの搭載に関する技術的予備調査や期待される効果の検証などを進めています。 (2)気象衛星「ひまわり」から、みんなの「ひまわり」へ ~幅広い分野での更なる利活用~  次期気象衛星「ひまわり10号」がもたらす最先端のデータやそれを用いた高精度の気象データは、AI(人工知能)を活用したビッグデータ利用技術や情報通信技術のさらなる進展と合わせて、エネルギー産業、農業、水産業、小売業など様々な分野や研究分野において、これまで以上に大きく貢献することが見込まれます。加えて、日本を常時監視可能な東経140.7度の静止軌道上にあるという強みを活かし、気象観測のみならず、他分野での活用を目的とした機能を「ひまわり」に搭載することで、政府や産業界、学術界の多様なニーズに応えることができます。気象庁は、関係府省や産業界、学術界の「ひまわり」に対するニーズを把握して、それらニーズに対応できるよう「ひまわり10号」の機能やデータのユーザビリティについて検討を進めています。  気象庁は、気象業務の更なる推進のために欠かせないものとして、また、国民の共有の財産として、「ひまわり10号」の整備を進めていきます。 コラム ■地球から宇宙へ広がる「ひまわり」の活躍 株式会社ヒンメル・コンサルティング代表取締役 一般社団法人ABLab宇宙天気プロジェクトマネージャ 気象予報士 斉田 季実治  テレビや新聞で毎日のように見ている静止気象衛星「ひまわり」の雲画像ですが、初号機の運用開始は昭和53年(1978年)で、私が3歳になる頃でした。雨や雪を降らせるのは雲、太陽からの日ざしを遮るのも雲であり、天気を決める最も重要な要素は「雲」であることは誰もが知ることだと思いますが、私が生まれたときには他国の気象衛星から雲画像データの一部を得ていた状況だったのです。  「ひまわり」の運用開始から40年以上が経ちました。観測機能の強化に伴って、予測の精度も向上し、「ひまわり」は現在の天気予報にはなくてはならない存在になっています。連続した雲画像から雲が移動する様子が分かるため、上空の風向きや風の強さも知ることができます。この風のデータは、アメダス(地域気象観測システム)やウィンドプロファイラといった観測機器がない海の上を含めて広い範囲で得ることができるため、台風の進路予報にも極めて重要な役割を担っています。  また、現在の「ひまわり8号・9号」はカラー画像になったため、黄砂や火山の噴煙等を識別しやすくなったほか、ことし1月7日に関東平野で雪が積もったとき(下図)には、時間の経過とともに雪が解けていく様子も「ひまわり」から詳細に見ることができました。平成28年(2016年)3月から気象庁が情報提供を開始した「推計気象分布」にも「ひまわり」のデータが使われていますが、毎正時の全国の天気(晴れ・くもり・雨・雪)が詳細に分かるため、テレビの天気予報でも頻繁に使われるようになっています。  令和11年(2029年)をめどに運用が開始される次世代の後継機には、さらに高密度の観測など最新技術が導入される計画で、防災・減災に役立つことが期待されます。例えば、搭載が期待されている「赤外サウンダ」と呼ばれる技術は、気温や水蒸気などの大気の鉛直構造を観測することができます。大雨のもととなる水蒸気の量や分布が立体的にわかれば、台風や線状降水帯の予測精度の向上につながることが考えられます。  さらに、この後継機は「地球の天気」だけでなく、「宇宙の天気」の観測にも利用する計画 となっています。宇宙天気とは、私たちの社会に対して影響を及ぼす宇宙環境の変化のことです。太陽の表面で大爆発が起きると、高速の太陽風や高エネルギー粒子が地球に降りそそぎ、人工衛星や通信、電力にも影響を及ぼすことがあります。また、民間の有人宇宙船の打上げが始まりましたが、宇宙旅行が本格化すれば、放射線による被ばくの問題もでてきます。令和3年(2021年)10月、国連防災機関(UNDRR)は宇宙天気を対処すべき災害の一つに位置づけました。我が国でも宇宙環境観測を強化し、宇宙天気予報の高度化が急がれています。  人類の活動の範囲が広がれば、そこでの環境が人にとっての「天気」です。地球から宇宙へ、 「ひまわり」の活躍の場は、益々広がっていくことになるでしょう。 コラム ■報道からみた「ひまわり」の役割と将来への期待 NHK報道局 災害・気象センター長 藤本 真人  日々の天気予報や防災・減災報道に携わる私たちにとって、静止気象衛星「ひまわり」はとても身近で、なくてはならない存在です。出水期には梅雨前線や線状降水帯の発生状況など、上空の様子を目に見える形にすることで視聴者の理解を助けてくれます。台風の接近前には、雲の画像で強さや大きさを示すことで、あらかじめ警戒すべきポイントを伝えることができます。冬場には日本海側の地域に大雪をもたらす「JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)」といった、やや専門的な用語やメカニズムを解説する際にも頻繁に使用しています。衛星の観測技術の向上は、予報精度に直接かかわってくることから、後継機の開発に大いに期待しています。  農業から宇宙開発まで、様々な産業での利活用が進んでいるところにも高い関心を持っています。産学官による分野を超えた連携は新しいサービスを生み、より安全で安心な暮らしの実現に役立つことでしょう。私たちも「ひまわり」がもたらす膨大なデータを、放送はもちろん、デジタルを含めたあらゆる媒体で発信する防災情報にどう生かしていくか、公共メディアとしてしっかりと考えていきます。  新しい時代の静止気象衛星を「みんなのひまわり」として受け入れてもらうための国民的な議論の場をつくっていくことも大切です。ネットを利用したイベントの開催や、教育現場で子供たちといっしょに活用法を考えるなど、将来的な価値を広く共有する機会を設けることで、「公共財」としての存在感を高めていく活動に、わたしたちも微力ながら力を尽くして参りたいと思います。 コラム ■静止衛星ひまわりのデータを活用した気候変動に対応する農業ソリューション 株式会社天地人  代表取締役 櫻庭 康人  近年、世界規模で気候変動への影響が顕在化し、その対応が様々な産業で求められています。株式会社天地人は、地球観測衛星データや地上データを活用した、土地評価エンジン「天地人コンパス」を提供することで、農業・不動産など様々な産業を支援しているJAXA認定のスタートアップです。天地人コンパスは、農作物に最適な場所を探したり、最適な栽培方法を提案・支援することで、土地のポテンシャルを最大限に活かすための分析・評価サービスです。  天地人では、株式会社神明や株式会社笑農和との協力のもと、温度や日射量といった気象条件の分析による高収量の見込める土地の探索や、分析した気象条件に応じた水温管理の自動化のような宇宙技術を活用した「宇宙ビッグデータ米」の栽培に成功しました。活用した様々な人工衛星のうちの一つに「ひまわり8号」があります。日本全国をカバーするひまわり8号由来の日射量データは農業分野において、極めて有効なデータとなります。そして、もう一つ重要なのが水温(地面の温度)です。温度は熱赤外という観測情報から生成されます。初回の宇宙ビッグデータ米では、このデータを低軌道の地球観測衛星から取得していましたが、実はここでも「ひまわり 8号」の活用の可能性があります。  天地人では、NEDOの研究開発型スタートアップ支援事業「SBIR推進プログラム」にて、 「ひまわり8号」由来の地表面温度プロダクトの開発を行っています。地球周回衛星で課題となる観測頻度が少なく観測時間も限られるという点は、静止衛星を活用することで劇的に進歩させることができます。静止衛星による気象観測は、農業をはじめとする第一次産業で実用レベルのサービスを展開するために必要不可欠な存在です。  今後、民間での研究開発がより進み、静止衛星ひまわりのデータを活用したサービス開発の事例がより多く創出されると予測されます。天地人は、そのトップランナーとして高い技術力とビジネスセンスで、社会課題の解決に貢献していたいと考えています。 コラム ■グローバルな宇宙観測システムの一端を担うひまわり WMO宇宙システム・利用課長 Kenneth Holmlund  近年、世界経済フォーラム(WEF)は、人類にとって最も影響の度合いが大きく、最も可能性の高い世界的なリスクとして、異常気象、自然災害、気候変動を挙げており、これらの異常気象等に関する社会経済的影響・コストは上昇し続けています。これらの課題に対応するためには、持続可能な開発目標(SDGs)、仙台防災枠組、パリ協定などの多くの枠組みを通して、世界各国が一体となって取り組むことが必要で、世界気象機関(WMO)は大きな役割を果たしています。  現在のグローバルな課題には、宇宙と地上からの観測・予測を世界規模で大幅にアップグレードすることが必要です。WMO統合全球観測システム(WIGOS)は、全てのWMO観測システムに対する新しい包括的なフレームワークであり、最新の科学的・技術的進歩を組み込んだ観測に対する統合的なアプローチを提供しています。2040年におけるWIGOSのビジョン*は、今後数十年にわたって全球観測システムの進化を促すためのハイレベルな目標を示しています。このビジョンでは、将来の社会的ニーズを満たすため必要なこととして、現在の衛星観測網を基幹とする こと、新しい観測要素や観測機能を有する衛星を現業利用のために打ち上げていくこと、官に限らず産業界及び学術界も関与することを掲げています。宇宙空間上の気象測器としては、静止軌道上の少なくとも5つの場所にあるイメージャのような、実証済みの測器を維持し続けるとともに、大気を立体的に観測する赤外サウンダの配置も想定しています。  現在の静止気象衛星ひまわりと、ひまわりに搭載されている可視赤外放射計(イメージャ)AHIは、現在のWIGOSの実現に当たって重要な貢献をしており、今後もそうあり続けるでしょう。WIGOSビジョンで想定されているように、将来の静止衛星でもイメージャによる高品質な観測を継続するだけでなく、赤外サウンダの機能を備えることも極めて重要です。そしてここでも、将来のひまわりがWIGOSで中心的な役割を果たすことができるはずです。  もう一つの重要な側面は、観測データへのアクセスです。気象庁が行っている通信衛星を利用 したデータ配信サービス「ひまわりキャスト」を通じて、ユーザーはほぼリアルタイムで観測データへ簡単にアクセスできるため、そこから大きな恩恵を得ています。WMOと気象庁は、「ひまわりキャスト」の受信・表示システムの設置や、受信したひまわりデータの利活用に係る研修を提供するなど、途上国への支援に協力しています。2022年1月15日のフンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山の噴火により、トンガでは業務で利用していたインターネットが使えない状況でも、「ひまわりキャスト」の受信・表示システムが継続的に気象業務に利用されたと聞いています。さらに、外国気象機関が観測したい領域をオンデマンド形式でリクエストすることができる、ひまわりの機動観測「ひまわりリクエスト」は、熱帯低気圧や火山噴火のような顕著現象に関する優れた知見を提供しています。  最後に、ひまわりが地球全体の観測システムにおいて「鍵」となっていることを改めて述べさせていただきます。WMOは、WIGOSの実装に貢献した気象庁に感謝しています。そして、現在、そして将来もひまわりが活躍し続け、国際社会に貢献していくことを楽しみにしています。 * https://public.wmo.int/en/resources/library/vision-wmo-integrated-global-observing-system-2040 トピックス Ⅰ 地域防災支援の取組  各地の気象台では、自治体や関係機関と一体となって、地域の気象防災力の向上を図るため、平時や緊急時において、自治体の災害対応を支援する様々な取組を進めています。 トピックスⅠ-1 平時の地域防災支援の取組 (1)あなたの町の予報官  平成31年(2019年)4月以降、全国の都道府県や市町村の防災業務をより一層支援するため、気象台が管轄する地域を複数の市町村からなる地域に分け、その地域ごとに3名から5名程度の職員を専任チーム「あなたの町の予報官」として担当する体制作りを順次進めています。  この担当チームは、地域の実情をよく理解した「あなたの町の予報官」として、市町村に寄り添って、地域防災計画や避難情報の判断・伝達マニュアルの改定に際して資料提供や助言等に取り組みます。また、教育機関等と連携して、市町村等が実施する地域防災リーダーや一般住民を対象とした防災教育や安全知識の普及啓発にも協力していきます。  こうした取組を推進することにより、担当者同士の緊密な「顔の見える関係」を構築・強化することができるとともに、チーム制という強みを活かして、市町村や気象台の担当者の一部が交代する際も切れ目なく支援を続けます。 (2)気象防災ワークショップ  市町村において避難情報の発令判断や各種防災業務を円滑に実施していただくことを支援するため、時々刻々と変化する防災気象情報を踏まえて講じるべき防災対応を判断していくという体験をしていただく「気象防災ワークショップ」を積極的に開催しています。令和3年度(2021年度)は、コロナ禍の状況も踏まえつつ、対面方式やオンライン会議システムを活用する方式を併用し、延べ1,194市町村(令和3年度末時点)の防災担当職員が参加しました。令和4年度(2022年度)も引き続き、防災気象情報の理解促進につなげていただけるよう、このワークショップを各地で開催していきます。  詳細は気象庁ホームページ「気象防災ワークショップ」をご覧ください。  https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jma-ws2/index.html トピックスⅠ-2 災害時の地域防災支援の取組  防災気象情報が市町村の防災上の判断に適切に活かされるよう、気象台では気象の見通しの推移に応じて説明会等を開催し、参加者へ警戒を呼びかけます。  また、災害の発生が予想されるような顕著な現象の場合は、気象台が持つ危機感を気象台長から直接市町村長へ電話で伝え、避難情報に関する助言を行うホットラインを実施します。さらに、気象台からJETT(気象庁防災対応支援チーム)を都道府県や市町村の災害対策本部等へ派遣し、気象の見通し等を解説することにより、災害対応に当たる関係機関の活動を支援しています。  JETTは、災害対応現場におけるニーズを把握しつつ、気象状況の解説等を通じて自治体の防災対応を支援します。JETTの創設以降、平成30年7月豪雨、令和元年東日本台風(台風第19号)、令和2年7月豪雨等の災害において派遣の実績があり、令和4年3月末までに延べ4,300名を超える職員を全国の都道府県や市町村に派遣しました。 (1)熱海市で発生した土石流災害  令和3年7月上旬には、梅雨前線に伴う大雨への対応として、静岡県熱海市をはじめ12県2市町に延べ156名をJETTとして派遣したほか、ホットライン、オンライン会議システムを活用した解説等、様々な支援を行いました。  特に静岡県熱海市に対しては、7月3日から8月31日の60日間で延べ102名を派遣しました。派遣期間中は、消防等のヘリコプターの運航支援のため、上空の気象状況等について情報提供を行うとともに、救助隊員の熱中症予防のための気温や湿度等の情報、二次災害防止のために設定される雨量等の基準に関する助言等を行ったところです。また、7月7日には、災害応急・復旧対応等に資するよう、被災地周辺(熱海市伊豆山地区)に臨時気象観測所を設置しました。 (2)令和3年8月の大雨  令和3年8月には、台風第9号、第10号及び前線に伴う大雨への対応として26府県8市町村に対し延べ284名を各地の都道府県及び市町村へJETTとして派遣しました。  現地では、朝夕等に開催される災害対策本部会議等における気象解説や各関係機関から随時に寄せられる気象の見通しに関する問合せへの対応等を行いました。  また、オンライン会議システム等を活用して全国20の気象台が今後の気象の見通しに関する説明会を開催して情報提供するとともに、気象台の持つ危機感を都道府県や市町村へ伝えるため、全国の気象台から39都府県578市町村に対してホットライン等により連絡を取り合いました。さらに、地方整備局との合同会見を行うなど、関係機関と連携した防災情報の発信も行いました。 トピックスⅠ-3 気象防災アドバイザーの拡充  気象庁では、自治体の防災業務を支援し、地域防災力の強化に貢献していくため、「気象防災アドバイザー」の拡充と自治体への活用促進に取り組んでいます。この気象防災アドバイザーは、地域の気象と防災に精通する者として、国土交通省より委嘱しており(令和4年5月現在、111名)、自治体において平常時の普及啓発や災害発生が見込まれる際の地域の特性を踏まえた気象解説を実施するなど、気象台と連携して市町村等の防災業務をサポートします。  また、今後の一層の人材確保や会員間での情報交換を行うこと等を目的とした「気象防災アドバイザー推進ネットワーク」を同年1月17日に設立し、気象防災アドバイザーの普及促進に取り組んでいるところです。  以下に、実際に活動されている4名の気象防災アドバイザーの近況を紹介します。 コラム ■大阪府豊中市における気象防災アドバイザーとしての活動について とよなか防災アドバイザー(気象防災アドバイザー) 上田 博康  大阪府豊中市では、地域における防災対策の実践活動を促進し市民の防災力の向上を図るため、防災対策に関する講義又は助言を行う者を市内の地域に派遣する「とよなか防災アドバイザー」制度を令和2年度に立ち上げました。令和4年1月現在でアドバイザーは4名おり、私はその一人です。私は電力会社勤務の経験を活かして、空模様だけでなく水の振る舞いにも注目した解説を得意とします。  活動開始から1年半、私は小学校区での防災講演や、防災訓練運営の支援の機会がありました。土砂災害や洪水のリスクは場所によって大きく異なります。リスクの高い場所にどのようなコミュニティが形成されて、どのような課題を抱えているのかは、市役所各部局や住民のお話を数多く聞かないと見えてきません。今後も、機会があれば現地を歩き回り、皆様に「気づき」を提供することで、災害時の避難に役立てていただければと考えています。 コラム ■石川県金沢市における気象防災アドバイザーとしての活動について 金沢市(気象防災アドバイザー) 山下 光信  私は気象防災アドバイザーとして、大雨・暴風等により災害発生のおそれが高いもしくは避難情報等を発令する場合や、地震発生後の復旧活動において、気象の見通し等を解説・指導するよう金沢市長より任を受けて活動しています。最近では、市が大雨や大雪に備える為の危機管理関係の会議や職員防災訓練で気象状況を説明した他、必要に応じて市長等に直接気象状況を解説しました。また、治水対策を推進するための会議に出席を求められ、線状降水帯や防災気象情報の利活用について説明しました。  説明や解説に当たっては、地元気象台から支援を頂いており、今後も地域の気象防災の専門家として気象台と連携して金沢市の防災業務を支援したいと思っています。また、自主防災組織から「防災気象情報と住民避難について」等の講演依頼もあり、住民自らが命を守るための行動がとれるよう地域の防災士とも連携を深めていきたいと考えています。 コラム ■新潟県三条市における気象防災アドバイザーとしての活動について 新潟県三条市行政課防災対策室(気象防災アドバイザー) 内藤 雅孝  令和元年、先任者の長峰氏から直接指名があり、三条市の防災気象アドバイザー(三条市では以前から「防災気象アドバイザー」の名称を使用)に就任してから3年目となりました。この業務も私で3人目、各先輩が時あるごとに、職員気象研修会を開催しておったようで、私には実際の気象予報の解説業務、出前講座の講師を主としてとの要請。手始めは、市内の名称(町名、道路名、橋の名称、主要河川)は当然ながら、小河川の名等々も。それに飽き足らず、市史、産業、地形、地質、2つあるダムとその運用等も調べ、土地勘は市の職員並みとなることを目指しました。電話はお国なまりで。現在はほぼ毎日、3時間ごとの土壌雨量指数(12メッシュ)、ダムの貯水位、流入量、放水量。主要河川の水位(5か所)、小河川の水位(7か所)のデータ(年間分の資料あり)を添えて、1時間ごとの雨量予想(平地と山沿いの2か所)を毎朝提出しています。大雨注意報等が発表されれば、夕方にも同様の報告書を提出します。この報告書を見れば、三条市の気象災害監視用データは全て確認できるようにしています。本来このようなデータは、パソコン上で自動的に情報を収集して関係者で共有すべきなのですが、それは今後の課題。その他天気図の解析も毎日欠かさずやっています。 コラム ■群馬県前橋市における気象防災アドバイザーとしての活動について 群馬県前橋市総務部防災危機管理課 萩原 隆嗣  現在、総務部防災危機管理課に勤務しており、常に天気予報及び週間天気予報を確認し、雨・雪等の予想があれば前橋地方気象台に連絡し、その内容を防災危機管理課職員に共有しています。台風や低気圧等による大雨や大雪が予想され、気象台による説明会が開催される場合、それに出席するとともに、気象台職員から直接情報を得て、状況によっては市役所防災会議の場で説明を行います。住民に対しては、年度初めの各地域自治会向け説明会で気象庁の防災気象情報の変更点等について説明を行うほか、自治会主催の防災訓練等において、該当する地域の防災ハザードマップ及び避難所概要の説明や気象庁ホームページの「キキクル」の利用方法について説明し、早めの避難の大切さを伝えています。また、小・中学校での防災教育や早期避難に関する住民向けワークショップ等においても、他の職員と共に講師として参加し、気象防災の普及に努めています。 Ⅱ 線状降水帯による大雨災害の被害軽減に向けて  近年、線状降水帯による大雨によって毎年のように甚大な被害がもたらされており、平成26年8月豪雨、平成27年9月関東・東北豪雨、平成29年7月九州北部豪雨、平成30年7月豪雨では、線状降水帯による大雨により、土砂災害や河川の氾濫が発生し、多くの人的被害が発生しました。  線状降水帯は、次々と発生した積乱雲により、線状の降水域が数時間にわたりほぼ同じ場所に停滞することで、大雨をもたらします(下図参照)。しかし、その発生を事前に予測することや、発生した線状降水帯による大雨がどの程度継続するのかを予測することは、技術的に困難であり、令和2年7月豪雨では、前日3日の夕方の気象情報において、線状降水帯が発生し特別警報級の大雨になることを伝えることができませんでした。 トピックスⅡ-1 線状降水帯予測精度向上に向けた取組の加速化 (1)これまでの取組  平成30年(2018年)8月に交通政策審議会気象分科会において、「2030年の科学技術を見据えた気象業務のあり方」が示されました。気象庁では、本提言に沿って、令和12年(2030年)を目標として、線状降水帯の発生・停滞の予測精度向上により、集中豪雨の可能性を高い確度で予測し、明るいうちからの避難など、早期の警戒と避難を可能にすることを目標に技術開発を進めてきました。  こうした中、令和2年7月豪雨では線状降水帯が発生し、各地で大雨による被害が発生しました。これを受け、気象庁では線状降水帯の予測精度向上を最優先課題と位置づけるとともに、上記目標に向けた取組の方向性を改めて下記(ⅰ)から(ⅲ)のとおり整理し、(ⅰ)及び(ⅱ)の予測精度向上につながる取組を加速させ、精度を踏まえた情報をできるところから段階的に提供していくこととしました。  (ⅰ) 大気の状態を正確に把握するための観測の強化  (ⅱ) スーパーコンピュータを活用した予測技術の高度化  (ⅲ) 避難行動に結び付くような防災気象情報の改善  大学等研究機関の専門家の協力を得て、線状降水帯に関する最新の研究の知見を取り入れながらこれらの取組を進めるため、令和2年(2020年)12月に「線状降水帯予測精度向上ワーキンググループ」を立ち上げ、これらの取組について助言いただくとともに、線状降水帯の予測精度向上に向けた技術開発における連携について議論いただいています。  令和3年(2021年)6月からは、過去に顕著な災害をもたらした事象を基に設定した降水形状や降水量、危険度等の条件を実況で満たし、実際に線状降水帯が形成されて顕著な災害をもたらすおそれが高まってきた場合に、その様な危機感の高まりをお知らせする「顕著な大雨に関する気象情報」の運用を開始しました(情報の発表例はトピックスⅡ-2(1)参照)。 (2)取組の加速化 ~一日でも早く線状降水帯の予測を実現するために~  線状降水帯が発生していることをいち早くお知らせする情報である「顕著な大雨に関する気象情報」の運用を令和3年(2021年)より開始しましたが、これはあくまでも第一歩であり、線状降水帯による豪雨災害を防ぐには、その予測を一日でも早く実現することが必要です。このため、産学官連携の強化により上記(ⅰ)から(ⅲ)の取組を強化・加速化するとともに、必要な技術開発や情報の伝達・利活用に係る気象庁・気象台の体制を強化することとしました。  観測の強化(上記(ⅰ))については、大気中の水蒸気の分布をより正確に把握するため、気象庁の既存の観測網を強化するとともに、新たな観測機器による水蒸気観測の拡充を進めます。予測の強化(上記(ⅱ))に向けては、大学等研究機関との連携の下、最先端の観測装置等を用いた集中的な観測を実施し、線状降水帯の発生・維持機構を解明するための研究を推進するとともに、文部科学省と連携してスーパーコンピュータ「富岳」を活用した技術開発を進めます。さらに、気象庁スーパーコンピュータの能力を向上させ、これらの研究や技術開発の成果を速やかに実装します。  これら観測・予測の強化の成果を踏まえ、これまで線状降水帯の発生後の情報提供にとどまっていたところを、令和4年(2022年)より、線状降水帯の発生の予測を開始し、その後も情報の改善(上記(ⅲ))を段階的に進めます。 ア.観測の強化  線状降水帯の発生をいち早く捉えるためには、線状降水帯の発生に結び付く大気の状態、特に水蒸気の流入量を面的かつ時間的に連続して観測することが重要です。海上においては、令和3年(2021年)に気象庁の海洋気象観測船と海上保安庁の測量船により、GPS等の全球測位衛星システム(GNSS)を用いた観測を開始しました。今後は、民間船舶の協力も得て、東シナ海から西日本太平洋側までの幅広い海域をカバーするようGNSSを用いた観測を拡充するとともに、海洋気象観測船「凌風丸」を更新し、観測能力を強化します。陸上においては、線状降水帯の発生頻度が高い九州を中心に水蒸気の鉛直分布を連続して観測することができるマイクロ波放射計を展開するとともに、以前より進めてきたアメダスへの湿度計導入や、線状降水帯等の実況監視能力強化のための最新の二重偏波気象ドップラーレーダーへの更新を従来の計画より前倒しして実施します。  また、他国の極軌道気象衛星データの活用等に必要な受信装置の更新強化や、最新の気象衛星搭載センサーのデータを今後の予測情報改善に速やかに活用するための技術開発を進めます。 イ.予測の強化  線状降水帯の予測精度向上に向けて、まずは線状降水帯の発生・停滞・維持等の機構解明や線状降水帯を予測できる精緻な数値予報モデルの開発が必要です。  線状降水帯の機構解明のため、気象研究所が中心となり大学や他の研究機関と連携して梅雨期の西日本域において、船舶や水蒸気ライダーなどを用いた大気中の水蒸気観測等を集中的に実施します。この集中的な観測によって得られた様々な観測データや、観測データ等を用いて作成した数値モデルデータを集約・共有することで、線状降水帯の機構解明及び予測精度向上に資する研究を加速化します。  精緻な数値予報モデルの開発については、文部科学省等の協力を得て、スーパーコンピュータ「富岳」を活用し、解像度1キロメートルの高解像度数値予報モデルの開発や、梅雨期を中心に開発中の数値予報モデルの「富岳」上でのリアルタイム実行を行うなど、開発を加速化します。さらに、大学等研究機関とも連携して、最新の気象衛星搭載センサー等の高密度・高頻度データの同化技術を開発するなど、観測データを数値予報モデルで高度に利用するための開発を進めます。  これらの研究・技術開発の成果を踏まえて高度化した数値予報モデルを実装するため、気象庁の現行のスーパーコンピュータシステムに加えて計算資源を増強します。これにより、局地モデル(下図参照)については、現在10時間先までである予報時間の18時間先までへの延長を、従前の計画より3年前倒して令和5年度(2023年度)末に、現在2キロメートルである水平解像度の1キロメートルへの高解像度化を4年前倒して令和7年度(2025年度)末に、それぞれ実現する計画です。また、局地アンサンブル予報※システムについては、解像度2キロメートル・17メンバーにて令和11年度(2029年度)末の運用開始を目指していましたが、メンバー数を増強した上で4年前倒しすることとし、令和7年度末に解像度2キロメートル・50メンバーでの運用を開始する計画です。  ※アンサンブル予報とは、数多くの数値予報を並行して実行するものです。個々の予測をメンバーといいます。個々のメンバーは、人工的なばらつき(誤差)を初期値に与えること等により、それぞれ異なる数値予報結果となります。メンバー間で予測のばらつきが大きい場合は予測の不確実性が高く、ばらつきが小さい場合は予測の信頼性が高いとみなします。数値予報の初期値には誤差が含まれ、また数値予報モデルの予測計算が完全ではないことから、予測結果には誤差が含まれます。アンサンブル手法から得られる予測のばらつきから、誤差を含む数値予報について確率的な予測が可能になります。 ウ.情報の改善  観測・予測の強化の進展を踏まえ、情報の改善も加速化します。  まず一つ目は、「明るいうちから早めの避難」を促すため、半日前からの「線状降水帯等による大雨となる可能性」を伝える情報を提供します。予定されていた提供開始時期を前倒しして、令和4年(2022年)6月から例えば九州北部地方といった複数の県にまたがる広域を対象に提供を開始しました。その後、技術開発の成果を活用して段階的に対象地域を狭め、令和6年度(2024年度)には県単位で、さらに令和11年度(2029年度)には市町村単位で危険度が把握できるよう地図上に分布形式で示す予測情報の実現を目指します。また、この情報発表を支援するため、令和4年(2022年)の出水期からメソモデル(前ページ下図参照)やメソアンサンブル予報システムを用い、大雨発生確率ガイダンスの運用を開始します。このガイダンスは、3時間積算降水量が100ミリ以上、150ミリ以上となる確率をそれぞれ5キロメートル解像度で予測します。これらの雨量基準は「顕著な大雨に関する気象情報」の発表基準にも用いられています。  二つ目は、「迫りくる危険から直ちに避難」を促すため、「線状降水帯が発生しつつある場所」を伝える情報を提供します。現在は線状降水帯が観測された場合に「顕著な大雨に関する気象情報」として発表しています。これを今後、段階的に予測時間を延ばすことにより、令和5年度(2023年度)には現状より30分程度早く、令和8年度(2026年度)には現状より2から3時間程度早く提供する計画です。 (3)気象庁の体制強化  これらの線状降水帯の予測精度向上に向けた取組を強化・加速化するため、気象庁の体制を強化しました。具体的には、気象研究所の研究体制の強化により、線状降水帯の機構解明及び予測精度向上に資する研究を加速化するとともに、気象庁本庁の技術開発体制の強化により、数値予報モデルの高度化や住民の早期の避難につなげるための情報の改善に係る技術開発を加速化します。  線状降水帯等による豪雨災害の被害を防ぐためには、気象庁の発表する線状降水帯をはじめとする様々な情報を的確に地方自治体等に伝え、住民の避難等に対して効果的に利用できる体制を図ることも重要であることから、予報警報等の発表・解説業務や迅速なJETT派遣などの市町村支援のため、地方気象台を中心とした体制強化などにより、地域防災力向上の推進を図ります。 コラム ■民間船へのGNSS観測装置の搭載  線状降水帯の発生をいち早く捉えるためには、洋上における面的な水蒸気量を把握することが重要です。気象庁では、令和4年度(2022年度)より、東シナ海から西日本太平洋側において定期航路を持つ民間船に観測機器を取り付け、広い海域における水蒸気のデータを取得することを計画しています。  観測装置の設置条件として、「水蒸気の流入把握のために有効な海域に定期航路を持つこと」「船舶の動揺の少ない、ある程度大型の船舶であること」等、いくつかの要件があります。  これらの要件を満たす船舶候補の選定及び船主との調整については、国土交通省内で横断的に対応するため、省内の総合調整を担う総合政策局及び国内の船舶に関する業務を所掌する海事局の協力を得て、連携して事業を進めることで、令和4年度(2022年度)内に10隻の船舶に設置することを目指しています。 コラム ■「富岳」を活用した数値予報モデル開発  気象庁では、国立研究開発法人理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」を用いた線状降水帯予測技術の開発にも取り組んでいます。  気象庁で現在運用している数値予報モデルのうち、最も精緻なモデルである局地モデル(LFM)について、線状降水帯の予測に繫がるように更なる高度化を図るため、「富岳」を用いた開発を進めています。具体的には、LFMの予報時間を現在の10時間から18時間に延長し、水平解像度を2キロメートルから1キロメートルに高解像度化します。さらに、メソモデル等でも用いているアンサンブル技術を用いた運用をLFMに新たに導入する計画です。  線状降水帯を的確に予測できるようにするためには、数値シミュレーションによって過去の特定の事例が再現できるだけではなく、様々な事例で非常に多くの予測実験を行い、総合的に予測精度が向上するか評価を積み重ねる必要があります。アンサンブル技術の実用化に向けて、高解像度化と予測シナリオの増加、また、計算の効率性が必要となりますが、多数の事例による試験で良い予測を行える最適な構成を探る開発には膨大な計算機資源を必要とすることから、世界最速のスーパーコンピュータである「富岳」を活用します。  また、高解像度化したLFMをリアルタイムで運用するためには、計算に要する膨大なデータの準備や計算結果の処理といった、様々な周辺技術の開発も必要となるため、試行的に「富岳」によりリアルタイムで運用し日々の予報で活用する試みにも取り組みます。  アンサンブル技術の開発とリアルタイム運用に向けた開発には、気象庁が60年に及ぶスーパーコンピュータシステムの運用経験の中で培ってきたノウハウを活かしつつ、今回初めてとなる気象庁の外にある計算機をアンサンブル技術の開発及びリアルタイムで活用する試みを、「富岳」を運用している国立研究開発法人理化学研究所と連携し、課題を一つずつクリアしながら実用化につなげます。 コラム ■線状降水帯の予測精度向上への期待 東京大学大気海洋研究所 教授(線状降水帯予測精度向上ワーキンググループ主査) 佐藤 正樹  日本では夏季6月から8月を中心に毎年のように「線状降水帯」による災害が頻発している。気象庁では、大学等研究機関の専門家の協力を得て線状降水帯に関する最新の研究の知見を取り入れ、線状降水帯の予測精度向上に資することを目的として、令和2年(2020年)12月23日に線状降水帯予測精度向上ワーキンググループを発足した。本ワーキンググループの活動を通じて、線状降水帯による今後の災害が軽減されることを願って止まない。線状降水帯ということばが使われるようになったのは比較的最近で、科学的に厳密な定義は存在しない。気象庁では令和3年(2021年)6月17日より「顕著な大雨に関する気象情報」の提供を開始したが、これは、大雨による災害発生の危険度が急激に高まっている中で、線状の降水帯により非常に激しい雨が同じ場所で降り続いている状況を「線状降水帯」というキーワードを使って解説する情報である。これにより、一律な基準のもとで「線状降水帯」が認定されることとなり、今後、この情報をもとに線状降水帯に関する知見が整理されていくことが期待される。気象庁では、2030年を目標に線状降水帯等の予測精度の向上を図り、集中豪雨発生前の明るいうちからの避難等、早期の警戒・避難を実現することを目標とした開発に取り組んでいる。また令和3年度(2021年度)には線状降水帯の予測精度向上等に向けた取組を強化し、目標の実現に向けた開発を加速化している。  線状降水帯は台風に比べて現象が局所的・短時間であるため、正確な予報は難しい。特に、予報の難しさの原因として、水蒸気の鉛直構造や流入量が正確に分かっていないこと、線状降水帯を構成する積乱雲を表現できるほど予測モデルの解像度が高くないこと、線状降水帯が発生し維持されるメカニズムが十分解明されていないことが指摘できる。線状降水帯は大規模場な水蒸気の流入が生じている領域で発生することが知られているが、現状では日本の周囲の海洋上の水蒸気分布の観測は十分でなく、水蒸気流入の予測を難しくしている。線状降水帯では大きさ数キロメートルの積乱雲が次々と生起することが知られているが、気象庁の解像度2キロメートルの局地モデルで正確に表現することは困難である。さらに、局地モデルによる予報時間は10時間であるため、例えば翌日の早朝に発生する現象を、前日の夕方より前の明るい時間に発表することは時間的に難しい。  これらの課題の解決に向けて、まず海洋上の水蒸気の観測の強化が必要である。気象庁では令和3年度(2021年度)より、海洋気象観測船を線状降水帯の予兆が表れた時点で機動的に海洋上に配置し、水蒸気を観測する体制を整備している。観測船による機動観測の効果は、予測精度の向上に一定の効果があることが示されており、引き続きの取組が期待される。今後は、次期静止気象衛星の機能強化により、海洋上の水蒸気の鉛直分布をあまねく観測する手法の検討も進められている。一方でまた、スーパーコンピュータを増強して、線状降水帯の予測に用いる局地モデルの解像度を1キロメートルに高めることも目標としている。これにより線状降水帯の詳細構造がより明瞭に表現されることが期待される。令和4年度(2022年度)には、世界で最高性能を誇るスーパーコンピュータ「富岳」を利用した数値モデルの研究開発も予定されている。  観測と数値モデルの進展に加えて、線状降水帯のメカニズム解明に向けた研究が進展することが予測精度向上のために極めて重要である。特に、線状降水帯が「なぜそこで発生するのか」「なぜ停滞するのか」「なぜ維持されるのか」「いつまで続くのか」についてはよく理解されておらず、さまざまな角度からのメカニズム研究が必要である。このため、気象庁では大学等研究機関と連携し、集中的な強化観測を実施し、得られた観測データを基に数値シミュレーション等の研究を共同で進めていくことを計画している。  今後の地球温暖化の進行に伴い、線状降水帯等に伴う大雨が激甚化することが予想されており、線状降水帯の予測精度の向上が要請されている。社会的な期待の下、気象庁と大学等研究機関が連携して予測向上の課題に立ち向かう必要がある。官学が連携して取り組むことにより、線状降水帯による災害の軽減を目指した活動を進めたい。 トピックスⅡ-2 令和3年8月の記録的な大雨への対応 (1)令和3年8月の記録的な大雨について  令和3年(2021年)8月中旬から下旬は、前線の活動が非常に活発となった影響で、西日本~東日本の広い範囲で大雨となり、総降水量が多いところで1,400ミリを超える記録的な大雨になりました。この大雨の期間(8月11日から26日)で24時間から72時間降水量の多い記録を更新した地点が西日本から東日本で多数みられました。例えば72時間降水量では、68地点でこれまでの多い記録を更新しました。また、西日本の日本海側と太平洋側では、昭和21年(1946年)の統計開始以降、8月として月降水量の多い記録を更新しました。  特に8月12日から14日にかけては、九州北部地方と中国地方で線状降水帯が発生して記録的な大雨となりました。大雨による災害発生の危険度が急激に高まっている中で、線状降水帯による激しい雨が同じ場所で降り続いていたことから、気象庁は「顕著な大雨に関する気象情報」を複数回発表し、更に重大な災害の起こるおそれが著しく大きくなったことから、長崎県、佐賀県、福岡県、広島県を対象とした大雨特別警報を発表しました。  気象庁では、大雨特別警報を発表した際に、報道発表を行うとともに緊急の記者会見を開催し、災害発生の危険度が極めて高まっている気象状況等を、見通しを含めて説明し、メディアを通して最大級の警戒を広く呼びかけました。また、河川を管理する国土交通省水管理・国土保全局との合同記者会見を行い、気象状況と河川の状況とを一体的に説明して河川氾濫への警戒が必要である旨を呼びかけました。  また、各地の気象台では、都道府県や市町村等の防災関係機関、報道機関等に対し、説明会や電話連絡等を通じて、気象の見通しの解説や注意喚起を行ったほか、記者会見などを通して住民に対して最大級の警戒を呼びかけました。加えて都道府県及び市町村の災害対策本部等にJETT(気象庁防災対応支援チーム)として職員を派遣し、地方公共団体の防災対応を支援しました(26府県8市町村の地方公共団体に延べ284人日派遣)。これらの取り組みを通して、地域の自治体等に寄り添った防災対応の支援に組織を挙げて取り組みました。 (2)記録的な大雨をもたらした原因について  気象庁は、社会・経済に大きな影響を与える異常気象が発生した場合、その発生要因について最新の科学的知見に基づいて分析し、その見解を迅速に発表することを目的とした「異常気象分析検討会」を平成19年(2007年)6月より運営しています。この検討会は大学・研究機関等の気候に関する専門家から構成されています。この記録的な大雨についても、その発生中から気象庁と検討会は分析に取りかかり、大雨の発生要因についての議論を進めました。9月13日に異常気象分析検討会の会合をオンライン開催し、その要因についての分析結果を取りまとめ、同日報道発表と記者会見を通してその見解を発表しました。  異常気象分析検討会における分析から、この記録的な大雨には日本を取り囲む広い地域の大気の流れの変動が影響していたことが分かりました。まず、8月初め以降、東シベリア上空で発達したブロッキング高気圧(中・高緯度の上層の強い偏西風(ジェット気流)が南北に大きく蛇行した際に発生・停滞することがある大規模な高気圧)に伴って、日本の北で地表の冷たいオホーツク海高気圧が持続的に強まりました(図中①)。同時に、太平洋高気圧が平年より南に偏って日本の南海上に張り出しました。このため、盛夏期にもかかわらず梅雨の後半のような大気の流れとなり、日本付近に前線帯が形成されました。さらに、中国大陸から、また太平洋高気圧の縁辺に沿って、多量の水蒸気が前線帯に集中的に流れ込む状態が続いたことで、広範囲で持続的な大雨となりました(②)。このとき、対流圏上層(上空10キロメートル付近)では、東アジアから日本上空で亜熱帯ジェット気流が全般に平年より南に位置し日本の西方で著しく南に蛇行していました。その影響で、上空の気圧の谷が日本の西方に位置する状況下で、西日本から東日本では上昇気流が起きやすく、降水活動が維持されやすい状況となっていました(③)。7月中旬から8月上旬前半の熱帯の海面水温は、平年と比べてスマトラ島の南西で高く(④)、インド洋西部で低くなっており、これに対応してアジアモンスーン域の対流活動は南シナ海~フィリピンの東で平年よりも不活発となり、活動の中心が平年よりも南及び西に偏っていました(⑤)。統計的な調査からは、不活発で南西に偏ったアジアモンスーンの活動が東アジア上空の亜熱帯ジェット気流を全体的に南下させ、日本の西方での気圧の谷の形成に影響した可能性が示唆されています。  こうした大きな大気の流れを背景に、九州北部地方及び中国地方において8月12日から14日に線状降水帯が発生し、特に8月14日の未明から明け方にかけては、九州北部地方で線状降水帯による非常に激しい雨や猛烈な雨が降り続きました。この期間は、九州西方海上の前線付近に多量の水蒸気が流れ込み、前線付近で上昇流が強まるとともに前線の南側で下層風が強まって積乱雲が発達しやすい環境となっていました。これに加え、東シナ海の前線上に小スケールの低気圧が発生し、その東側にあたる九州の西の海上では多数の積乱雲が線状降水帯として組織化しやすい環境となっていたと見られます。 Ⅲ 気候変動による影響を正しく理解し将来に備えるために  地球温暖化の進行に伴って、極端な気象現象の頻度や強度が更に増加すると予測されています。気候変動への対応は喫緊の課題であり、気候変動予測の先駆的な研究を行った眞鍋淑郎博士に令和3年(2021年)のノーベル物理学賞が授与されたことも、気候変動の課題の大きさを示しているといえるでしょう。  気象庁では、気候変動の課題に対応する省庁の一員として、日本の気候変動について、これまでに観測された変化と将来予測をとりまとめ公表しています。こうした情報が気候変動に関する理解の一助になり、気候変動に対応する国内外の関係機関、関係者に広く活用されることを願っています。 トピックスⅢ-1 気候変動対策に資する科学的知見の提供 (1)気候変動に関する国際的な動向  令和3年(2021年)年10月31日から11月13日までの間、英国グラスゴーで国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第26回締約国会議(COP26)が開催され、パリ協定の、工業化以前と比べた世界平均気温の上昇量を2℃より十分低く抑えるとともに、1.5℃に抑えるための努力を継続する、という長期目標を再確認し、その達成のための努力を継続することなどが合意されました。  このような気候変動に関する国際的な合意形成において、議論の前提となる参加国共通の科学的な知見を提供しているのが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)です。IPCCは、国連環境計画(UNEP)及び世界気象機関(WMO)によって昭和63年(1988年)に設立された政府間組織で、世界の多くの研究者の協力の下、学術雑誌に発表された査読付論文等の知見を集約し、定期的に評価を行っています。  COP26に先立つ令和3年8月9日、IPCCは第6次評価報告書(AR6)第1作業部会報告書(自然科学的根拠)を公表し、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」、「地球温暖化が更に進行するにつれ、極端現象の頻度と強度に予測される変化が大きくなる」などと現状を評価しています。その後、気候変動の影響、適応、脆弱性を扱った第2作業部会報告書が令和4年(2022年)2月に、気候変動の緩和策について扱った第3作業部会報告書が4月に公表されました。さらに令和4年10月には、3つの作業部会報告書を総括する統合報告書が公表される予定です。  IPCC報告書の作成には高度な専門知識を有する気象研究所の職員が執筆者として参加し、気象庁を含む国内研究機関等による最新の知見を報告書の評価に反映することで、IPCCの活動に貢献しています。さらに、政府の一員としてIPCC総会における議論や原稿の査読に参加するとともに、第6次評価報告書第1作業部会報告書の政策決定者向け要約(SPM)の和訳を作成するなど、気候変動の課題に対応していく際に、最も基盤的で最新の科学的知見を網羅したIPCC評価報告書の国内における周知広報に努めています。 SPM和訳の掲載先 https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar6/index.html (2)気候変動に関する国内の動向  令和2年(2020年)10月、政府は「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」、いわゆるカーボンニュートラルを目指すことを宣言し、国内でも更なる気候変動対策が進められています。令和3年(2021年)10月には、「地球温暖化対策計画」、「気候変動適応計画」、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」、「エネルギー基本計画」が改定されました。  気象庁は、国、地方公共団体、事業者等が各々の分野において様々な気候変動対策を立案する上で科学的な基盤となる、気候変動に関する観測、監視、予測情報を提供しています。令和2年(2020年)12月、気象庁は文部科学省と共に、「気候変動に関する懇談会」の助言を踏まえ、日本における最新の知見を取りまとめて「日本の気候変動2020」を公表しました。この報告書では、気温、降水、海水温など気候システムの諸要素について、観測成果から日本におけるこれまでの変化を確認するとともに、世界の平均気温が工業化以前と比べて2℃上昇した場合(パリ協定の2℃目標が達成された場合に相当)及び4℃上昇した場合(追加的な緩和策を取らなかった場合に相当)にあり得る21世紀末の日本の将来予測をまとめています。  この報告書は、日本の気候変動に関する気温や降水量の変化などの自然科学的知見について、「これまで」と「これから」を概観できる資料です。気候変動の緩和策、適応策の企画立案・決定や気候変動の影響評価を行う場合の基盤的な情報として、また気候変動に関する入門書の1つとして、ご利用ください。  また、令和4年(2022年)3月には、地方公共団体等による気候変動適応策の立案に 資するため、都道府県ごとに情報をまとめたリーフレットも公表しています。 https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/index.html  さらに、「日本の気候変動2020」などを基に、将来の気温や降水量などに関する予測や、大雨や高温などの極端現象における気候変動の影響について解説した動画も気象庁のYouTubeチャンネルにて公開しています。報告書と併せて、こちらもご活用ください。 https://www.youtube.com/watch?v=n7DHKYNdY3g&list=PLulV_CmWlZHP0tsinKgypEgN7p0B1_Zgr コラム ■気候関連情報開示と防災関連データの貢献 TCFDコンソーシアム事務局(株式会社三菱総合研究所) 阿由葉 真司 1. 気候関連情報開示とTCFD提言  産業界では、現在、企業が自社の気候関連リスクや機会を投資家などに向け情報発信する気候関連情報開示が大きな関心を集めている。  気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)と呼ばれる国際イニシアチブが、パリ協定の「産業革命前からの世界の平均気温上昇を「2℃未満」に抑える」目標達成に寄与するために、気候変動要因が事業活動に与える影響を評価し情報開示するための枠組みを提言している。TCFD提言と呼ばれるこの情報開示フレームワークは、企業の気候変動に対する取組みを積極的に開示できるメリットが受け入れられ、世界で2,972社(令和4年1月27日時点)が賛同するなど、設立から約6年で実質的な世界標準に発展している。  世界的な自然災害の多発を背景に、こうした気候関連情報開示の義務化も進んでいる。例えば、英国政府は令和2年(2020年)11月にロンドン証券取引所に上場する企業に対して2025年までに段階的にTCFD提言に基づく情報開示を義務化することを決定した。日本も金融庁が令和3年(2021年)6月にコーポレートガバナンス・コードの改訂を通じて、TCFD提言に基づく情報開示をプライム市場への移行条件として位置づけている。  さらに、日本は経済産業省の支援の下、TCFDコンソーシアムを設立した。官民共同でTCFD提言に関する情報共有を進めたことが奏功し、TCFD提言の賛同社数は現在687社(令和4年1月27日時点)と、2位の英国(413社)、3位の米国(374社)を抑え日本は世界最大の賛同国となっている。 2. TCFD提言の概要と防災関連データの貢献  TCFD提言は賛同企業に対し、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4項目に関する情報開示を推奨している。特に、戦略では、国際エネルギー機関(IEA)や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)などが作成する長期気温上昇予測を基にした脱炭素社会に向かう1.5℃シナリオと脱炭素社会への移行が遅れる4℃シナリオという2つのシナリオの下、2030年、2050年という長期の気候関連リスクと機会が自社業績に与える影響(財務インパクト)を定量的に把握し開示することが求められる。  シナリオ分析と呼ばれるこの分析を用いて賛同企業は、炭素価格導入などの移行リスクと風水害などによる事業資産の棄損といった物理的リスクを定量化することとなる。このシナリオ分析の際に防災関連データが大きく貢献している。物理的リスクの評価では、事業施設の風水害リスクの推定の際にハザードマップが不可欠な情報源となっている。具体的には、事業所や担保物件の立地とハザードマップの情報を基に、気候シナリオで想定する風水害の激甚化度合いを勘案して、直接的な被害額や事業停止による販売減といった間接影響額を推定している。 3. 気候関連リスクの増大と防災関連データの重要性  自然災害の多発は気候関連リスクの増大を通じて実業にも影響を与えている。例えば、損害保険会社は自然災害の増加に伴う保険料支払で業績悪化に見舞われ、現在、損害保険料の値上げを計画している。この動きは金融機関、事業会社双方で事業資産の風水害等リスクを見直す契機となり、より正確に事業資産の気候関連リスクを測定するニーズが高まっている。企業は引き続き気候関連リスクの把握に努める必要があり、防災関連データの重要性は今後、高まる方向にある。それゆえ、利用者に対する利便性の向上も期待されている。 (3)地球温暖化の進行と気候モデルの発展の歴史  地球温暖化の予測に用いる気候モデルの研究開発は、地球温暖化の進行と並行して発展してきました。下図は、観測された気温の上昇傾向に世界の地球温暖化に関する主な出来事と気象研究所における気候モデルによる地球温暖化研究の歴史を重ねたものです。1970年代までは地球温暖化がまだ顕著ではありませんでしたが、眞鍋淑郎博士は、昭和42年(1967年)に二酸化炭素増加に対する気温の応答を物理的なモデルを用いて評価しました。さらに、昭和50年(1975年)には現在の気候モデルの先駆けとなるモデルを開発し、地球温暖化による気温や降水、雪氷などの変化の様々な特徴を明らかにしました。眞鍋博士のこれら初期の業績は、二酸化炭素増加による地球温暖化を広く国際社会に知らせた昭和54年(1979年)の「チャーニー・レポート」の発表や、昭和63年(1988年)の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」設立へとつながっていきました。  IPCCは、平成2年(1990年)の第1次から令和3年(2021年)の第6次まで、5年から8年の間隔で、気候変動に関する最新の科学的知見を結集した評価報告書を出版してきました。これに歩調を合わせるように、世界の数多くの研究機関において気候モデルが開発されており、これらを用いた地球温暖化予測に関する最新の研究成果が各評価報告書に反映されてきたところです。  気象研究所では、昭和55年(1980年)頃から気候モデルの開発を開始しました。気候モデルは地球温暖化に関する科学の発展とともに高度化され、最近では森林破壊による二酸化炭素吸収量の変化や海洋酸性化なども予測できる地球システムモデルへと発展してきています。モデル開発にあたっては、過去及び現在の気候の再現精度に重点を置いており、最新の地球システムモデルMRI-ESM2.0では、それらをより高精度で再現可能となったことで、将来の地球温暖化予測への高い信頼性が得られるようになりました。気象研究所では、これら歴代のモデルを用いて常に最新の温暖化予測データを提供し、IPCCの各評価報告書に貢献してきています。 トピックスⅢ-2 世界で発生する異常気象 (1)世界の異常気象  社会経済活動の国際化により、世界各国で発生する異常気象が、その国だけでなく、日本の社会経済にも大きな影響を与えるようになっています。このため、気象庁では世界の異常気象等に関する情報を逐次提供しています。  令和3年(2021年)にも、世界各地で、人的・経済的被害を伴う異常気象が多く発生しました。例えば、6月下旬には、北半球の各地(ヨーロッパ東部からロシア西部、東シベリア及びカナダ西部から米国北西部)で顕著な高温となりました。カナダ西部のリットン(Lytton)では、6月29日に日最高気温49.6℃を記録し、カナダにおける最高気温の記録を更新しました(カナダ気象局)。このほか、ロシアのモスクワでは6月23日に34.8℃、ロシア東部のビリュイスクでは6月22日に36.5℃、米国のオレゴン州ポートランドでは6月28日に46.7℃の日最高気温が観測されました(ロシア水文気象センター、米国海洋大気庁)。この顕著な高温は、北半球全体で偏西風の蛇行が大きくなったためであり、また、顕著な高温の背景には地球温暖化に伴う全球的な気温の上昇傾向も影響したと考えられます。  その他、7月中旬にはヨーロッパ中部で、寒気を伴った上空の低気圧が停滞したことによる大雨による洪水が発生して大きな人的・経済的被害が生じました。7月下旬から8月中旬にはヨーロッパ南部を中心として、背の高い高気圧に覆われたこと等により顕著な高温となり、山火事の被害も発生しました。 (2)世界の天候データツール(ClimatView)  気象庁では、世界各地で発生する異常気象等に関する気候情報の拡充を目的として、世界中の観測地点における最新の気象データ(気温・降水量)を収集し、気象庁ホームページの「世界の天候データツール(ClimatView)」を通じて公開しています。日別値と月統計値の2種類があり、ClimatView日別値では、世界各地の毎日の日平均気温、日最高・最低気温及び日降水量を準リアルタイムに知ることができます。また、ClimatView月統計値では、世界各地の月平均気温・降水量やそれらの平年値、平年差(比)、干ばつの状況把握に用いられる指数を確認できます。日別値、月統計値ともに、ツールの簡単な操作により、気温・降水量の地図上での分布図、時系列グラフや数値データの表が得られ、数値データはテキスト形式でダウンロードすることもできます。  ここで、前述の令和3年6月下旬にカナダ西部から米国北西部で見られた顕著な高温に関連する気象状況を、ClimatView日別値を用いて見てみます。令和3年6月29日の日最高気温(左図)は、北米西部を中心にかなり高く、カナダ西部から米国北西部では最高気温が40℃以上の地点も見られ、広く高温となっています。また、気温の時系列(右図)より、カナダ西部のリットン(Lytton)では6月21日以降、日平均気温が平年より高い状態が続き、6月29日には日最高気温が49.6℃に達したことが分かります。  海外の気象データは、世界各地で活躍している邦人や日本企業にも役立つ情報であり、本ツールが、気温と農産物の生産量との関係等、リスク管理技術の調査に利用された例も存在します。気象庁が推進する「気象ビジネス市場の創出・拡大」の取組の一環として、本ツールがビジネス分野でもさらに有効活用されることが期待されます。 (3)WMO「アジアの気候2020」刊行  地球温暖化に伴う気候変動は世界規模の課題ですが、その影響の現れ方は地域によって異なります。世界気象機関(WMO)では、今般、アジアにおいて初めて、令和2年(2020年)を対象とした報告書「アジアの気候2020」(State of the Climate in Asia 2020)を作成し、令和3年(2021年)10月26日に刊行しました。報告書の作成には、気象庁を含むアジア各国の気象機関に加えて、国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)、国連食糧農業機関(FAO)、国連高等難民弁務官事務所(UNHCR)等の国際機関や研究機関も参画しました。気象庁は、前述の機関の専門家からなる報告書作成チームを主導するなど、報告書作成に大きく貢献しました。  この報告書は、令和2年(2020年)のアジア地域の気候の特徴や発生した異常気象とその社会的影響がまとめられています。アジア地域で平均した令和2年(2020年)の年平均気温は1900年からの統計開始以降で最も高く、同年6月20日にはロシアのベルホヤンスクで最高気温が38.0℃に達し北極圏内での最高気温の記録を更新しました。この年の北極海の海氷域面積の年最小値は、人工衛星による観測が行われている昭和54年(1979年)以降で2番目に小さいものでした。また、夏季モンスーンの時期には、東アジアでの顕著な長雨と南アジアでの大雨が発生し、洪水と土砂崩れによって大きな社会経済的な影響がもたらされました。この年に起きた洪水と嵐により、約5,000万人が影響を受け、約5,000人が亡くなったと見積もられています。新型コロナウイルス感染症は防災対応を複雑化し、各国はパンデミックと気候関連の災害の二つの困難に直面しました。例えば、観測史上最も強い部類のサイクロン・アンファンが、新型コロナウイルス感染症の感染が急速に広がっていた令和2年(2020年)5月にバングラデシュとインドの人口密集域に影響し、このために対応がより困難となったと報告されています。  地域ごとの気候に関する報告書はアジア以外の地域でも進められました。その取組の成果が気候変動対策に活かされるよう、令和3年(2021年)秋に開催された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第26回締約国会議(COP 26、英国・グラスゴーで開催)の場で対話イベントやポスターセッションが開かれました。そこでは報告書の概要が報告され、COP26に参加していた各国の交渉官らと活発な質疑応答が行われました。  気候変動や異常気象に対応し、その影響を軽減するためには、気象機関だけではなく様々な国際機関との協力が必要です。この報告書の作成の過程自体が、そうした機関間の協力の一つの成果と考えられます。こうした関係を深めていけるよう、気象庁は今後も「アジアの気候」の作成に貢献していきます。 トピックスⅢ-3 季節予報の精度向上に資する技術開発・研究 (1)新しい大気海洋結合モデル(第3世代)の運用開始  「大気海洋結合モデル」とは、海洋変動に対する大気の応答や大気の流れが海洋に与える影響などの大気と海洋の相互作用を組み込んだ計算モデルであり、令和3年(2021年)にノーベル物理学賞を受賞された眞鍋淑郎博士によって開発されました。大気海洋結合モデルは、その後多くの専門家によって改良が続けられ、近年の計算機技術の目覚ましい進展もあって、今世紀に入ってからは、人為的な温室効果ガスの増加に伴う数十年から百年規模の気候変動ばかりでなく、我が国の気候に大きな影響を与えるエルニーニョ現象等の数か月から数年規模の自然現象の予測にも利用されています。  気象庁では、平成22年(2010年)2月より、エルニーニョ現象の予測や3か月以上先を予測する季節予報の作成に大気海洋結合モデルを利用しています。このたび、約6年ぶりとなる更新を行い、令和4年(2022年)2月以降に発表するエルニーニョ監視速報、3か月予報と暖・寒候期予報から、第3世代となる新しい大気海洋結合モデルの利用を開始しました。新しい大気海洋結合モデルでは、エルニーニョ現象をはじめとする大気と海洋の変動の予測精度を改善しています。  新しい大気海洋結合モデル(第3世代)では、表に示すように、これまでの大気海洋結合モデル(第2世代)に比べて、水平解像度を高解像度化し鉛直層数も増強しました。また、初期条件作成に使われる大気データとその手法を高度化したほか、積乱雲の発生・発達の計算過程等についても精緻化することによって、大気と海洋の相互作用をきめ細かく計算することが可能となり、季節現象に大きな影響を及ぼす赤道季節内振動や熱帯域の海面水温の変動などの再現性が向上し、3か月予報や暖・寒候期予報、エルニーニョ現象の予測精度が向上しました。  これらの改善に加え、これまでの5日に1回の実行から毎日実行する運用に変更することで、より新しい時刻での大気と海洋の初期条件を、3か月予報や暖・寒候期予報、エルニーニョ予測の作成に活用できるようになりました。  今後、季節予報が、農業等における気候リスクの軽減や、消費・販売が気象・気候の影響を受ける製品の生産・流通計画の最適化など、社会経済活動により一層活用されることが期待されます。気象庁では、平成30年(2018年)に策定した「2030年に向けた数値予報技術開発重点計画」に基づき数値予報の技術開発を推進しています。令和12年(2030年)に向けて、大気海洋結合モデルで予測する長期の予測を社会経済活動でも活用していただけるよう、更なる改良を進めていきます。 (2)夏季アジアモンスーンの長期予測に向けて  毎年夏季(6月から8月)に、インド洋や西太平洋などに面した南アジア、東南アジア、東アジアに及ぶ広い地域には、夏季アジアモンスーンと呼ばれる季節風が吹きます。この季節風の変動は、雨や気温に年々の変動を引き起こし、人間の営みに大きな影響を与えることから、これを予測することはとても重要です。このため、気象庁では平成22年(2010年)に大気と海洋の変化を同時に予測する「大気海洋結合モデル」を季節予報に導入し、夏季アジアモンスーンの予測精度向上に取り組んできました。  この取組の一環として、気象研究所と東京大学の共同研究チームは、気象庁の季節予報モデルを用いて大規模なアンサンブル計算(多数のシミュレーション計算)を行い、従来の予報期間を大幅に超える1年先の夏季アジアモンスーンの活動が再現できることを実証しました(下図)。エルニーニョ現象が発生した冬の翌夏には、熱帯インド洋の海面水温が高くなります。これによって、熱帯北西太平洋の洋上では、対流活動が平年より弱まり、フィリピン付近の海面気圧が高くなります。大気と海洋のこうした変動は、北西太平洋域の夏の台風活動や、南アジアと東南アジア域における高温や長江域の多雨などに関係しています。このように、本研究は観測された変動をモデルが再現できることを示しました。この研究成果は、季節予報の更なる精度向上の可能性を示すものであり、国際的な学術誌のNature Communications誌に掲載されて学術界で注目されました。農業や水資源管理分野における季節予報の活用等、今後の応用研究の発展も期待されます。 Ⅳ 社会や生活の中で活かされる気象情報 トピックスⅣ-1 気象予報士と気象データアナリストの活躍 (1)気象予報士の現況  気象、波浪、高潮の現象の予想を行うには、数値予報資料の解釈など高度な技術を要するため、予報業務許可事業者がこれらの予報業務を行う際は、予報に必要な知識や技能を問う気象予報士試験に合格し気象庁長官の登録を受けた気象予報士が、現象の予想をする必要があります。令和4年(2022年)4月1日現在、11,251人が気象予報士として登録されています。  気象庁では、今後の民間気象事業の振興策や気象予報士の更なる活躍の場の検討の基礎資料とするため、令和2年度(2020年度)に、気象予報士全員を対象に、気象予報士の現況に関するアンケート調査を行いました。調査の結果、気象予報士の75%が就業し、全体の12%が予報業務許可事業者に就業していることが分かりました。また、全体の8割は気象予報士の資格に満足しており、全体の6割が気象予報士の資格取得が業務や社会活動に役立ったと回答しました。気象予報士の資格は、気象等の現象の予想に加えて、教育活動、報道機関における情報伝達や気象解説、地方自治体における防災の現場でも役立てられていることがわかります。  また、今回の調査結果からは、地域における防災活動に気象予報士の資格を役立てたいと考えている方が多いことや、気象予報士の資格を防災関連の資格だけでなくデータ分析・情報処理系の資格と組み合わせて活用できると考える方が一定程度いることも分かりました。 気象予報士資格と組み合わせて活用できると考える資格等
46  今後、気象予報士の方々が、その専門的な知見を活かして、地域における防災活動を支援したり(トピックスⅠ-3「気象防災アドバイザーの拡充」参照)、産業界の気象データ利活用の分野でも活躍する((2)「気象データアナリスト」参照)機会が広がっていくことが期待されます。気象庁では、こうした気象予報士の活躍を後押しする取組を今後も進めていきます。  気象予報士に関する現況調査結果については、次のURLをご覧ください。  https://www.jma.go.jp/jma/kishou/minkan/yohoushi.html#6 (2)気象データアナリスト  気象データアナリストとは、企業におけるビジネス創出や、持続可能な生産消費や脱炭素といった社会課題解決ができるよう、気象データの知識とデータ分析の知識を兼ね備え、気象データとビジネスデータを分析できる人材のことです。  気象庁では、気象データアナリストの育成を推進するべく、令和3年(2021年)2月より「気象データアナリスト育成講座認定制度」を開始しました。この制度は、気象・データサイエンス・ビジネスの各分野について学ぶことができる民間のデータ分析講座を「気象データアナリスト育成講座」として気象庁が認定する仕組みで、令和4年(2022年)4月現在、3つの民間講座が開講されています。  この制度を創設した背景には、産業界全体において気象データやその活用方法が知られていないこと、また、気象データが利活用できる人材が不足していることなどが挙げられます。  気象データアナリスト育成講座の活用や、これまであまり気象データが活用されてこなかった業種において気象データアナリストと連携することで、新たなビジネスチャンスや、より効率的な経営やコスト削減につながることが期待されます。  「気象データアナリスト育成講座認定制度」については、次のURLをご覧ください。  https://www.jma.go.jp/jma/kishou/shinsei/wda/index.html コラム ■気象データアナリストのすすめ 株式会社データミックス「気象データアナリスト養成講座」 講師 加藤 芳樹、加藤 史葉  気象データアナリストとは、気象の探究でなく、気象から影響を受けることにより返ってくる反応とその結果についてデータから探究し、課題解決へ導くという新しい技術職です。  気象から影響を受けることとは、私たちの日常生活における些細な意思決定から、企業の売上変動、防災や気候変動に対応する国家政策まで、その領域は幅広いうえ多岐に渡ります。  例えば、気象による人の意思決定とその背景にある[欲求・バイオリズム・環境条件]などにフォーカスするビジネスを考えるとき、スマホからの情報等も取り込むことで、気象現象の先にある個人のニーズへ個別具体的なソリューションを提供し、ひとりひとりの「天気×SoWhat?」に応えられる可能性を秘めています。  つまり、気象に左右される数多くの産業全て、それぞれの現場にあるデータやドメイン知識と気象データを掛け合わせることで、生産性を高めたり新たな価値・新たなビジネスを創ることができるかもしれません。  幸いなことに、気象データは気象庁により厳重に品質管理されており、何十年も前から綺麗なデータが蓄積され続け、未来もそれが続けられます。  こんなに利用価値の高い気象データをフル活用しない手はない、そして多種多様でバラエティに富んだ気象データについて深い理解をもって適切に自在に扱う気象データアナリスト人材が、様々なビジネスの更なる発展やSDGs達成にも大きな貢献をしていくだろうと確信しています。 コラム ■気象データアナリスト講座講師から~気象データ活用の可能性と受講生に期待すること~ スキルアップAI株式会社 「基礎から学べる気象データアナリスト実践講座」 講師 小縣 信也  気象の影響を受ける業種は6割以上もあると言われるくらい、気象はさまざまな産業活動と関わっています。気象データをうまく活用できれば、産業活動におけるさまざまなリスクを低減できる可能性がありますし、将来の需要を精度良く予測できる可能性もあります。特に、交通・運輸業、流通業、製造業、農業そして観光業では、気象データを活用できる場面が多くあります。しかしながら、気象データを扱うには専門的な知識が必要となるため、産業界での活用はまだ十分には進められていません。  昨今、産業の発展や企業の競争力アップのためにはDX(デジタルトランスフォーメーション)が不可欠と言われていますが、自社のデジタルデータと気象データを掛け合わせれば、ビジネスの可能性が大きく広がります。例えば、流通業の場合は気象データを用いることで配送の効率化を図ることができますし、製造業の場合は気象データを用いることで生産計画を最適化できます。  日本では、データサイエンス人材が大きく不足しています。このため、データサイエンスの技術をもち、かつ、気象データを扱える人材はとても貴重な存在です。すでにデータサイエンスの技術をもっている方は、気象データの知識を身に付けることで、仕事の幅を広げることができます。まだデータサイエンスをやったことがない方は、気象データを中心としたデータサイエンスを学ぶことで、新しい業務に挑戦することができます。  スキルアップAIでは、こういった方々に向け、気象データを学ぶための講座をつくりました。この講座は気象庁の認定を受けています。この認定講座では、プログラミングの基礎から気象データをビジネスに活用するための勘所までを学びます。講座の中には、実際の気象データを用いたノートブック演習があり、この演習に取り組むことで、気象データ分析の実践力を養っていただくことができます。  本講座の修了生には、現場で実務をたくさん経験し、ロールモデルとなるような成功事例をどんどん産み出していってくれることを期待しています。 トピックスⅣ-2 産業での気象情報・データ活用 (1)WXBCと連携したオンラインを活用した利活用促進の取組  産業界と気象サービスのマッチングや気象データの高度利用を進める上での課題解決を行うため、平成29年(2017年)に、産学官連携の気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)が設立されました。気象事業者に加えて、情報通信、農業、小売、金融等の関係する産業界や先端技術に知見のある学識経験者等を構成員とし、会員数は、設立当初は215者、令和4年(2022年)4月には1,170者を超えるなど順調に増えています。  気象庁では、WXBCと連携して、産業界における気象データの利活用促進に関する取組を進めており、その一環で、気象データのビジネス活用に結び付くよう、セミナーやフォーラムといったイベントを開催しています。  これらのイベントは、従来は会場で開催していましたが、新型コロナウイルスの感染拡大のため、令和2年度(2020年度)からオンラインでの開催としています。その結果、会場収容人数の制約がなくなったため、従来と比較して聴講者数が大幅に増えたほか、どこからでも視聴できるオンライン開催の利点もあって、全国各地からご参加いただけるようになり、気象データの活用について知っていただく機会が増えるとともに、産学官の関係者の対話の場が広がっています。  令和3年度(2021年度)は、「気象データのビジネス活用セミナー」として、気象データを活用したデータ分析手法の解説や、気象衛星「ひまわり」から取得できるデータの紹介、海洋気象データとして気象庁の日本沿岸海況監視予測システムの紹介を行うとともに、企業の方々から、これらのデータなどを活用したビジネス事例をご紹介いただきました。  また、令和4年(2022年)2月に開催した「第6回気象ビジネスフォーラム」では、「気象データとグリーン社会」をテーマに、気候変動に関する最新の知見やグリーン社会実現に向けた産業界の取組について、各分野の方からご紹介いただいたほか、産学官それぞれの立場から、グリーン社会に向けた企業の取組と気象の関わりについて活発な議論を行いました。 (2)気候予測データの産業での活用とその可能性について  気象庁では、様々な分野の利用者との協力の下、意思決定に活用しやすい気候情報(天候の見通しや監視のデータ)を提供するための応用技術の開発と普及を目的として、農業やアパレル・ファッションや家電、清涼飲料といった様々な産業分野との対話を通じ、気候情報に対するニーズや活用実態の把握と、事業計画などに従来の平年値の代わりに気候予測を用いることの有効性や可能性について検討しています。令和3年(2021年)1月には、「様々な産業界における気候情報の活用可能性」のテーマで、飲食料品の小売り・流通や観光、家電製造といった3か月予報などの季節予報の活用が生産性向上に資することが期待される業界の方々と検討会を開き、気候情報の活用状況やニーズ等について実務者レベルで意見交換を行いました。ここでは、各産業分野の方々に、活用の現状と今後の期待、課題について紹介していただきます。 コラム ■小売り・流通、観光、家電製造での気候予測データの活用と期待 一般社団法人 全国スーパーマーケット協会 事務局長 島原 康浩  当協会は、全国の中堅中小食品スーパーマーケットを中心とした小売業約302社の正会員と、食品メーカー、店舗設備・設計業、情報・販売促進業等約997社の賛助会員を有した小売業の業界団体です(令和3年12月31日現在)。主な事業内容は、スーパーマーケットの販売統計・景況感調査といった統計調査、展示会やセミナー・ビジネスマッチング等の開催、機関誌「セルフサービス」の発行等をしています。天候(気温)によって消費者の暮らしや食生活は大きく変化します。このため、商品仕入現場では、明日や明後日の天気予報や最高・最低気温からお客様ニーズを予測し、気象会社とも提携して仕入れや販売に活かすウェザーマーチャンダイジングを実施しているケースもあります。温度と商品の関係から気温が上がるにつれて売れる昇温商品と、気温が下がるにつれて売れる降温商品の2つに分類し、気温予測を基に販売計画・仕入計画を作成します。季節と売場の関連から週ごとの販売促進計画や棚割計画はマニュアル化もされています。最近は2週間気温予報なども利用できるので、店舗では、これまでの週間天気予報よりも先を見通した作業計画や販売促進も可能になってきています。スーパーマーケットに並ぶ商品選定を行うバイヤーは、品揃え計画、棚割計画、販促計画、仕入計画等を作成するに当たって、特に長期天候(気温)予測を活用しています。このように店舗とメーカーでは、それぞれの対策の準備期間が異なりますが、約半年先の長期間を見据えた気象予測の双方での共有認識は、生産から流通までのサプライチェーンに効率化をもたらし、ついては食品ロスの軽減につながります。長期間の気象予測については、その経済効果が推定しにくく、実利用に至るケースは少ないのが現状ですが、今後の気象予測精度向上と解説充実に期待しています。 公益社団法人 日本観光振興協会 観光情報部長 森岡 順子  当協会は、我が国の観光事業に関する中枢機関として、観光立国の実現に向けた取組や内外の観光振興による地域の活性化、さらに観光交流による国民の生活、文化向上に寄与することを目的として活動しています。主要取組の一つである「価値創造とイノベーションの追求」の中で、最新のマーケティングデータを活用した「観光予報プラットフォーム」の運営に取り組んでいます。複数の旅行会社が持つ個人宿泊実績や予約のビッグデータによる宿泊実績、動向、6か月先の宿泊予測、属性が市町村ごとに分析可能です。伊勢で100年続く老舗飲食店の来客予測アルゴリズム開発や湯河原町など多くの地域において観光戦略に活用されています。飲食店の来客数予測を行うことは、経営、生産性向上の観点からも不可欠であり、食材の仕込みの目安、提供時間の短縮、結果的にフードロス対策にもつながります。更に先の1週間、1か月の見通しも立てられ、人材配置や休業日設定の指標にもなります。飲食店をはじめ地域や観光関係事業者において、これまでの来客・宿泊者数予測は、現場で長年の経験を持つ者が自身の経験に基づいて判断してきましたが、ビッグデータ、オープンデータ活用の時代となり、様々なデータの融合によるデータ根拠に基づく戦略が進められています。平成30年、気象庁との連携事業にて、スノーリゾートエリアに焦点を当てた気象データを取り込んだAI機能による宿泊需要予測システムを構築し、予測の精度の向上、観光産業の業務効率化に寄与しました。本予測システムは他エリアにも拡大しています。気象情報の利便性と観光客の動向と気象データの親和性が高いことから、今後、観光分野において、半年程度の長期気象予測を活用した需要予測システムにより、営業、仕入れ、人員配置など業務の効率化の実現が期待されます。 一般財団法人 家電製品協会 管理部長 梅本 佳伸  家電業界では、エアコンや暖房器具といった季節商品の販売量は、夏冬の気候により大きく左右されます。例えばエアコンでは、7月が猛暑か冷夏による販売量の差は、冬場1か月の販売量に相当することがあります。猛暑の場合、在庫が品薄になるだけでなく据付工事も追い付かなくなり、本来商品が必要とされる暑い時期に据付が間に合わないという事態になります。昨今、熱中症の問題もクローズアップされており、潤沢な商品供給が望まれています。家電製品は、部品点数が多く、部品の中には長納期部品があり、海外から調達する部品も多くあります。さらに、海外で生産し国内に持ち帰る製品もあります。このような中、家電メーカーは、半年以上前から各社の事業計画や経験則等をもとに生産計画を立案し、部品を発注し人員計画を策定しています。そして、気象庁発表の暖・寒候期予報や3か月予報、1か月予報等を参考に生産計画を見直し、部品や人員の調整を行い、需要期に潤沢に商品を供給できるよう努めています。過去の気象データと今後の気象予報は、非常に重要な指標になっており、いかに有効活用するかが各社の課題になっています。そのような中、生産計画は半年以上前から立案するため、より長期の気象予報が望まれます。現在、気象庁から6か月先までを見通した暖・寒候期予報を発表いただいていますが、9か月先までの予報を是非検討いただきたいと考えています。また、気象予報の精度向上と、定性的な予報から定量的に活用できる予報の検討を期待しています。家電製品協会としましても、より有効活用できる気象予報になるよう、気象庁と連携して参ります。  最後に、夏場のエアコンの故障による熱中症対策として、4月から5月の夏シーズン前にエアコンの試運転をお願いします。異常があれば、家電販売店やメーカーサービスに早めにご相談願います。 トピックスⅣ-3 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を支援しました  令和3年(2021年)7月から9月にかけて、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が開催されました。大会の安全で円滑な運営を支援するため、気象庁は、東京2020大会組織委員会や関係省庁と協力しながら様々な取組を行いました。ここでは代表的な取組を紹介します。  まず、大会運営に当たっては、競技の安全で公平な実施をはじめ多くの場面できめ細かな気象情報が求められます。そこで、気象庁は、組織委員会に職員4名を派遣し、大会運営に不可欠な気象情報等の提供の中核を担いました。また、気象庁では、急発達する夏の積乱雲(雷雲)をいち早く捉えるために、静止気象衛星「ひまわり」により30秒間隔で観測を行いました。さらに、気象の影響を受けやすいセーリング等の一部の競技会場について、気温や風を詳しく予測しました。これらの観測データや気象予測資料は、組織委員会の気象情報センターに提供され、同センターでの気象情報等の作成・提供を通して、時々刻々と変わる気象条件を踏まえた競技運営の判断に活かされました。  また、気象庁では、観客など多くの方に、各競技会場周辺の気象状況や天気予報、紫外線情報等を手軽に確認していただけるよう、ポータルサイトを開設しました。ポータルサイトは、日本の地理に不慣れな海外の方も利用しやすいよう、日英2言語に対応したほか、数字やアイコン等で直感的に内容が分かるように配慮しました。大会期間中は、大会関係者も含めて多くの方にご覧いただきました。  こうした気象庁の取組は、国際オリンピック委員会(IOC)と組織委員会が共同で実施した記者ブリーフィングや、世界気象機関(WMO)のウェブサイト・ツイッターでも紹介されました。  大会閉幕後には、組織委員会の小谷実可子スポーツディレクターが気象庁を来訪され、正確な気象情報は我が国の大きな強みであるとの評価をいただきました。オリンピック・パラリンピック大会では、関連する取組を一過性のものとせず、有益な遺産(レガシー)として発展させていくことが奨励されていますが、「我が国の大きな強み」である気象情報が、スポーツ分野でも一層活用されるよう、気象庁は、大会に携わったスポーツ関係者や民間気象事業者などとの連携を更に深め、今後も分かりやすい情報の提供と利活用促進に取り組んでいきます。 コラム ■東京2020大会 気象情報提供業務体験記 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 気象情報センター長(大会当時) 西潟 政宣  前ページに記載のように、東京2020大会では大会組織委員会に気象庁職員が派遣され、その一人として気象情報の提供業務に従事することとなりました。  屋外会場の競技は天気の影響を受けやすいですし、競技によってはわずかな雨でも滑りやすくなり安全性が、また、風の向きや強さの変化によって公平性がそれぞれ確保できなくなることから、詳細な気象観測・予測が必要とされます。加えて、大規模大会ゆえに膨大な選手・関係者が行動するため、屋内会場であっても台風や雷雨、強風、暑さ等による影響がとても大きくなります。  これらの観点から、組織委員会に気象情報センターが設置され、全43競技会場や選手村を対象としたピンポイントかつ1時間ごとの気象予測を行いました。また、大会運営本部で1日5回実施される定例会議において気象情報センター長から解説を行うなど、大会運営全体を俯瞰する視点で、組織委員会各部局が把握すべき重要な気象の見通しを報告しました。大会期間中、台風や暑さなど様々な気象条件となった中で、IOC、国際競技連盟、競技会場担当者、大会運営本部など組織委員会各部局が連携し、臨機応変に競技日程が変更(オリンピックで10回、パラリンピックで3回)されるなどして、大会期間中に全ての競技を実施することができました。特に、数日後に天気が悪化との予測を踏まえ、競技日程を延期ではなく前倒しの変更を行ったケースは、予定どおりの日程で進行したいはずの競技責任者が、気象予測に信頼を重く置いて果敢に判断したからこそ実現した、と考えています。  このように気象の影響を最小限にできた要因の一つとして、大会前に組織委員会や大会関係者で数多く実施したテスト大会や訓練を通じて、気象情報を利活用するスキルが高まっていたと考えられます。各部局で気象情報の意味合いが的確に理解され、いつどのように判断すると円滑に大会が運営できるかといった“相場観”が共通の認識となっていた点が大きかったです。  オリンピック開会式の5日前(7月18日)には、メインプレスセンターでの記者会見において新型コロナ対策や暑さ対策とともに、気象情報提供に関する組織委員会の取組を紹介しました。気象庁の協力による「ひまわり」30秒間隔特別観測などを用いた、より正確な予測やタイムリーな伝達といった技術活用はオリンピック・パラリンピック史上初の取組であり大会運営に貢献できる旨を説明したところ、報道機関のみならずIOCから強い関心が寄せられ、後日の会見でもIOCは折に触れて日本の気象技術の高さを評価していました。上述した競技日程の変更にあたりIOCがスムーズに理解したのは、気象技術に対する信頼を得たからでは、と想像しています。  こうした日本の気象技術は、気象庁だけでなく、気象情報センターで精緻かつ的確な気象情報の作成・提供に従事した民間気象事業者の日頃の努力で積み上げられたものです。大会を通じて得た組織・人とのつながりを活かしながら、スポーツさらにはその他の分野で気象情報が今後更に利活用されるよう努めていきたいと考えています。 トピックスⅣ-4 コロナ禍における情報発信・普及啓発 (1)オンライン会議システム等を活用した地域防災支援の取組  オンライン会議システムは、コロナ禍のため現地へ移動し直接顔を合わせながら活動することが困難な場合でも、気象台内において迅速かつ円滑に市町村等とコミュニケーションを取ることができるため、市町村等の防災業務を支援していく上で有効なツールとなっています。また、交通事情等により気象台から迅速に現地へ駆けつけられないような状況下でも有効です。  各地の気象台では、対面でのコミュニケーションに加え、オンライン会議システムも活用して市町村や関係機関との情報交換を推進しています。 ア.平常時の取組み  各地の気象台は、気象台長と市町村長との意見交換をはじめ、市町村の防災担当者がプレイヤーとなって時々刻々と変化する気象情報に応じて防災対応の判断を疑似体験していただく「気象防災ワークショップ」の実施、防災気象情報の利活用方法に関する説明会や自治体における災害対策本部設置訓練等の様々な場面において、地元関係機関と連携しつつオンライン会議システムを活用しています。  また、自治会、学校等の地域の関係機関が防災教育の観点で様々な場面において有効に活用いただけるよう、気象庁で作成したテキスト、パンフレット、ワークショップの教材等の資料や動画のデータは気象庁ホームページ等で公開しています。 イ.災害時の取組み  災害発生時又は災害の発生が予想される場合、気象台長から直接市町村長へ電話連絡(ホットライン)を実施するとともに、オンライン会議システムやメール等も活用し、都道府県・市町村や関係機関が迅速かつ的確な防災対応を行えるよう、今後の気象の見通し等について解説を行っています。 (2)オンラインでの広報・普及啓発の取組  新型コロナウイルス感染症の拡大やこれに伴うオンラインサービスの普及を受け、各地の気象台でも、オンラインによる様々な広報・普及啓発活動を行っています。  例えば、防災気象情報の正しい理解と利用のために、各地の気象台では、毎年夏に「お天気フェア」を開催していますが、令和3年(2021年)は、YouTube等を活用したオンライン方式により開催しました。気象の監視や予報の発表等を行う現業室の様子や、ラジオゾンデを気球により飛揚する様子など、オンラインでの動画配信の良さを活かし、普段なかなか見ることができない場面も紹介しました。 ○オンラインを活用した「夏休みこども見学デー」  気象庁本庁では、毎年8月に「夏休みこども見学デー」を開催しており、令和3年(2021年)は虎ノ門庁舎移転後初めての開催となりました。虎ノ門庁舎は、港区立みなと科学館が併設されており、「気象庁・みなと科学館 夏休みこども見学デー2021」として、共催で執り行いました。もう一つの新たな試みとして、新型コロナウイルス感染予防対策のため、オンラインを活用したイベント開催となりました。  イベントは、YouTubeを用いたライブ配信により行いました。普段立ち入ることのできない長官室や南極昭和基地、天気予報や地震火山の情報を出す仕事の様子を中継でお届けするなど、オンラインならではのイベントとなりました。チャット機能を用いて、全国からの質問にリアルタイムでお答えするなど、気象庁や防災について楽しく知っていただく良い機会となりました。また、たくさんの質問や楽しいコメントも寄せられ、盛況のうちに終えることができました。 (3)緊急記者会見の改善(口元の見えるマスクの着用)  気象庁では、緊急記者会見の際に平成31年(2019年)3月より、手話通訳者を配置しています。昨年、耳の不自由なみなさまから「会見者の口元が見えるようにして欲しい。」等のご要望をいただき、令和3年10月以降、口元の見えるマスクの着用を開始しました。  口元の見えるマスクによって、新型コロナウイルス感染予防対策の徹底を図ると同時に、会見者の表情や発言内容をより分かりやすく伝えられるようになりました。口元の見えるマスクの使用開始以来、新聞やネットニュースなど様々なメディアでこの取組が取り上げられ、好意的な反応が寄せられています。 Ⅴ 大雨・洪水・雪等の情報の改善 トピックスⅤ-1 大雨や台風に備える防災気象情報の改善  気象庁は、災害に結びつくような激しい現象が予想されるときには、危険度の高まりに応じて注意報、警報、特別警報を段階的に発表して、市町村、都道府県、国の機関等の防災関係機関の活動や住民の主体的な安全確保行動の判断を支援しています。住民の皆さまが主体的に避難行動をとっていただく判断をしやすくなるよう、とるべき行動が5段階に分けられた「警戒レベル」が令和元年(2019年) から導入されており、気象庁から発表される警報等もこのレベルと結び付けられています。詳細は気象庁ホームページ「防災気象情報と警戒レベルとの対応について」をご覧ください。  https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/alertlevel.html  さらに、最新技術の進展を踏まえて、避難が必要な状況であることをより明確に伝えて、より安全なタイミングで避難を判断いただくための情報発信を強化する取組を進めています。その最新の取組内容をご紹介します。 (1)「キキクル(大雨警報・洪水警報の危険度分布)」の進化  キキクルは、大雨警報や洪水警報等が発表されたときや雨が強まってきたときに、どこで危険度が高まっているかを把握できるよう、雨量予測データから算出した危険度の高まりを1キロメートル四方の区域ごとに5段階に色分けして表示します。大雨による災害からより多くの皆様の命を守るため、キキクルは進化を続けています。 進化①:危険な場所を一目で分かりやすく  いざというときに避難するためには、もともと災害が発生しやすい場所(地域における災害リスク)について日頃から理解するとともに、緊急時にも簡単に確認できることが重要です。  気象庁ホームページでは、市町村のハザードマップにも用いられる「重ねるハザードマップ」の災害リスク情報を、キキクルと重ね合わせて表示できるようにしています。土砂キキクルでは土砂災害警戒区域等が、洪水キキクルでは浸水想定区域が、リアルタイムの危険度の高まりと一緒に確認できます。 進化②:より多くの方に気付いていただけるように  キキクルは10分ごとに更新していますが、地図情報のため、キキクルの危険度(色)が変わって危険度が高まってもすぐに気付くことができないことがあります。このため、危険度の高まりを確実にお届けできるよう希望者向けにスマホアプリやメールでプッシュ通知するサービスを、民間事業者の協力を頂いて令和元年(2019年)7月から開始しています。令和3年(2021年)6月からは政令指定都市において区単位の通知を開始しました。 進化③:とるべき行動をより分かりやすくお伝えするために  キキクルにも、注意報や警報と同様に、危険な場所からの避難が必要とされる「警戒レベル4」や高齢者等の避難が必要とされる「警戒レベル3」に相当する危険度(色)が結び付けられています。  また、令和3年(2021年)5月に災害対策基本法が改正され、市町村が発令する避難情報の位置付けが変更となったことに合わせて、キキクルにも「災害切迫」(黒)を「警戒レベル5」相当として新設するとともに、これまでの「非常に危険」(うす紫)と「極めて危険」(濃い紫)を統合し「警戒レベル4」相当の「危険」(紫)に一本化します(令和4年(2022年)6月より)。「災害切迫」(黒)は災害がすでに発生している可能性が高い状況ですので、これを待つことなく「危険」(紫)が出現した段階で速やかに安全な場所に避難することが極めて重要となります。 (2)気象特別警報・警報・注意報のさらなる改善 ア.とるべき行動に見合った呼びかけができるように  特別警報・警報・注意報は市町村単位で発表しており、災害発生に密接に結びついた指標(キキクルに用いている指数や、風速、潮位等)に基づき発表します。この基準は、市町村ごとに過去の災害をくまなく調査した上で重大な災害が発生するおそれのある値に設定しています。例えば、暴風警報の基準は「風速がこの値以上に到達すると重大な災害が発生するおそれがある」です。この発表基準は、インフラの整備等により災害の起こりやすさが変更となった場合等には必要に応じて見直しています。 イ.主体的な避難の判断に一層使っていただけるように  警報等は、防災関係機関や住民に伝わり安全確保行動がとられるまでにかかる時間を考慮して、現象発生までの猶予時間(リードタイム)を確保できるように発表しています。台風や発達した低気圧等の接近に伴う高潮災害では、潮位が上昇する前に風が強まり屋外への立退き避難が困難な状況となることがあります。このような場合、暴風が吹き始める前に避難を完了することが重要です。このため、避難指示(警戒レベル4)を発令する目安となる高潮警報について、暴風が吹き始める時間帯も考慮して十分なリードタイムを確保して発表する改善を令和3年6月に実施しています。 ウ.大雨特別警報の改善  大雨特別警報は警戒レベル5に相当し、発表時には何らかの災害がすでに発生している可能性が極めて高い状況です。この警戒レベル5相当の状況に一層適合させるよう、雨量に替わり災害発生との結びつきが強い「指数」により新たな基準値を設定するとともに、基となるデータを5キロメートル四方から1キロメートル四方に高解像度化することで、発表対象地域を大幅に絞り込んで空振り(特別警報を発表したが重大な災害は発生しないこと)を少なくする改善を推進しています。令和2年(2020年)7月から大雨特別警報(土砂災害)についてキキクルの技術を用いた指標による全国的な運用を開始し、令和4年(2022年)6月からは大雨特別警報(浸水害)についても同様に改善する予定です。 コラム ■「気象台からのコメント」始めました  令和3年(2021年)2月のリニューアルに合わせて、気象庁ホームページに「気象台からのコメント」の掲載を始めました。このコンテンツは、気象警報や注意報、情報等の防災気象情報をより効果的に活用いただけるよう、詳細な気象状況や今後の情報発表の見通しを解説することで「気象台が今持っている危機感」をお伝えするものです。具体的には、「〇〇までに大雨警報を発表する可能性が高い」「〇〇となった場合は、大雨警報を発表する可能性がある」「大雨のピークは〇〇頃である」といった警報等の発表の見込みや現象のピーク、警報等の解除の見込みや現時点で注目してもらいたいコンテンツなど、地域の防災に係る内容のうち、その時々に最も伝えたいことを選んで簡潔に記述しています。図は東京都の例ですが、背景色も、警報発表中や発表の可能性が高いときは赤、警報発表の可能性があるときは黄色、警報の発表可能性が低く注意報も発表されていないときは青として、ひと目でどれくらい状況が切迫しているかがわかるようになっています。  「気象台からのコメント」は、基本的に1日3回の天気予報発表時にあわせて更新しており、状況が変わった場合はその都度更新しています。ぜひ、ご活用ください。 (3)下層悪天予想図(詳細版)の提供  顕著な災害発生時の救助・救難活動で利用される小型航空機の多くは、常に操縦士の目視により飛行するため、運航可否の判断や安全な飛行には気象状況がとても重要です。これらの同一都道府県内を飛行する小型航空機等の運航を支援するため、気象庁では、おおむね府県単位に分割した全国64領域を対象に、地上5,000フィート(約1,500メートル)の風や領域内の雲域、雷電、地上の見通し等の航空機の運航に重要な影響を及ぼす悪天を1時間ごとに予想する下層悪天予想図(詳細版)を令和4年(2022年)3月から気象庁ホームページ(https://www.data.jma.go.jp/airinfo/index.html)で提供しています。  日本を北海道、東北、東日本、西日本、奄美、沖縄の6つの領域に分けて3時間ごとに予想する下層悪天予想図によりおおまかな気象状況の推移を把握いただき、下層悪天予想図(詳細版)で時間的・空間的にさらに詳細な予想を確認するというご活用方法が有効です。  なお、下層悪天予想図、下層悪天予想図(詳細版)ともに各地の気象台が発表する最新の予報や警報、注意報などと合わせてご活用下さい。 (4)防災気象情報に関する検討会  気象庁では、防災気象情報全体の体系整理や個々の情報の抜本的な見直し、受け手側の立場に立った情報への改善などの検討事項を中心に議論を行うため、学識者、報道関係者等による「防災気象情報に関する検討会」を開催しています。 ア.防災気象情報の現状と課題  気象庁及び国土交通省水管理・国土保全局等では、注意報、警報、土砂災害警戒情報、特別警報、指定河川洪水予報など様々な防災気象情報を段階的に発表し、大雨等によって引き起こされる災害への警戒を呼び掛けています。また、各種防災気象情報は令和元年度(2019年度)より導入された警戒レベルの相当情報として位置付けられ、市町村の防災対応や国民の避難行動の判断等に活用されています。  これまでも、大きな災害が発生した際には災害対応を振り返り、有識者検討会における議論等を踏まえ、明らかとなった課題に対して改善を重ねてきました。しかし、長年の改善の中で、防災気象情報の種類が増えて分かりにくくなった等の課題も明らかになったほか、先述の警戒レベルの導入のように、社会も日々、取り組みを進化させていることから、防災気象情報をいまいちど見直し、内容の過不足なくシンプルかつ適切なタイミングで受け手に「伝わる」よう整理することとしました。  また、令和3年(2021年)4月に取りまとめられた「防災気象情報の伝え方に関する検討会」の報告書において、「防災情報全体の体系整理、及び個々の防災気象情報の抜本的な見直しを行うべき時期に来たと捉え、中長期的に腰を据えて検討していくべきである。」との提言がなされたところです。 イ.防災気象情報に関する検討会の立ち上げ  こうした警戒レベルの導入や情報体系整理の必要性の高まりを受け、防災気象情報全体の体系整理や個々の情報の抜本的な見直し、受け手側の立場に立った情報への改善などの検討事項を中心に議論を行うため、学識者、報道関係者等による「防災気象情報に関する検討会」を開催することとなりました。 ウ.防災気象情報体系整理にあたっての視点  これまでの検討会では、防災気象情報の体系整理についての基本的な方向性について議論されました。  防災気象情報のターゲット及び役割を改めて整理しつつ、警戒レベルを軸とした分かりやすい情報体系の素案を基に討議が行われましたが、検討会委員からは「防災気象情報に関する課題の整理と改善の方向性については、気象庁が担う防災気象情報について細部にとらわれない大局的な議論を行うべき」、「避難に関して防災気象情報だけで人を動かすことはできないので市町村との連携、鉄道事業者や道路会社との連携も考慮すべき」といった意見が出されました。これらを踏まえて、今後も引き続き検討を進めていくこととなります。 エ.今後の予定  防災気象情報の体系整理にあたっては、多くの課題・検討事項を抱えていることから、「防災気象情報の伝え方に関する検討会」の報告書にもあるとおり、「中長期的に腰を据えて検討していく」ため、計10回程度開催し、令和5年度(2023年度)の秋から冬頃に取りまとめる予定です。 コラム ■「防災気象情報に関する検討会」に期待すること 防災気象情報に関する検討会座長 (東京大学大学院 情報学環 総合防災情報研究センター 特任教授) 田中 淳  災害が発生するたびに、防災行政は新たな課題を突き付けられてきた。そして、これまで気象庁は、精度の改善とともに、技術的に提供可能となった新たな情報を発表することで、社会的要請に対応してきた。その一方で、結果として防災気象情報は複雑になり、わかりにくいといった指摘を耳にするようになってきた。それらの指摘を受けて、「防災気象情報の改善に関する検討会」(平成25年(2013年)9月)では、警戒レベルの導入等防災気象情報の体系の改善を求めていた。  防災気象情報の改善は、個別の情報の改善、まして名称を変えることだけでは解決できない。もっと体系的に、情報と行動との関係ならびに情報と情報との関係に分析を深める必要があると当時から考えていた。このうち情報と行動との関係については、レベル化-とるべき行動からレベルを規定し、そのレベルと情報とを結びつけること-で、情報と行動との関係性を明示できるのではと考えていた。また、情報と情報との関係については、警報よりも切迫性が高い状況になっているにもかかわらず、「〇〇情報」として発表されるのは、情報の順序性からわかりにくく、改善の余地がある。  今回の検討会では、これらの点に加えて、新たな視点から見ることができればと思う。まず情報と行動との関係については、行動を促す土俵づくりへの配慮が一層求められると感じている。一般的に、人は情報だけで避難等防災行動に移ることは容易ではなく、周囲の人の行動や呼びかけが重要である。これらの行動を促すすべての試みの中で、情報の役割を再考していく必要がある。また、行動に移す動機を高めていくため、切迫性を徐々に高めていくなど一連の情報戦略が必要である。これら行動を促す全体の中で、気象庁が果たすべき役割を明確に位置付け、さらにその役割を果たすために情報はどうあるべきかを包括的にみていくことが、今後の防災気象情報には望まれる。  もうひとつの情報と情報との関係については、情報の特質を明確にしていく枠組み作りが必要だと感じている。たとえば、「台風」という気象場が「大雨」を降らせ、河川のはん濫や土砂災害などの「災害」を引き起こす。この3段階のいずれを中心とした情報体系とするのか整理が必要だと考えている。大雨を降らせる原因はたくさんあり、大雨によって生じる災害も多様である。その考え方を整理し、その中に警報や気象情報を位置付けていくことが望まれる。  いずれにせよ、社会が成熟すれば、あるいは技術が進展すれば、防災気象情報の適切さも変わっていくだろう。したがって、この防災気象情報のあり方の検討は常に継続していく必要があり、この検討会がその場に結びついていければと願う。 トピックスⅤ-2 洪水及び土砂災害の予報のあり方に関する検討会  ひとたび発生すると人命に関わる重大な災害を引き起こす洪水や土砂災害については、現在、市区町村の防災対応や住民等の避難に資するよう、国や都道府県が予報を提供しています。一方で、近年頻発・激甚化する災害を受けて、より局所的・短時間の予報やより広範囲・長時間の予報が求められるなど、洪水や土砂災害の予報へのニーズが多様化しています。またそれらを背景として、研究機関等において予測に関する様々な研究や新たな技術開発が進展してきています。これら新たな技術も活用し、洪水及び土砂災害に対する的確な防災対応や避難の促進、多様化するニーズへの対応のため、有識者からなる「洪水及び土砂災害の予報のあり方に関する検討会」を令和3年(2021年)1月から8月まで国土交通省水管理・国土保全局と共同で開催し、10月5日に報告書がまとまりました。 (1)社会の適切な防災行動や多様なニーズへの対応に向けた予報のあり方  検討会で実施した洪水及び土砂災害の予報のニーズに関するヒアリングでは、市区町村から、避難指示等の判断に資するより詳細な地域の予報やより長時間先の予報へのニーズがありました。市区町村からは、それらに加えて、命を守る避難に直結する洪水及び土砂災害の予報は公的機関の情報が基本だという意見や複数から異なる予報が提供された場合の住民の混乱や問合せの殺到を懸念する意見も多くありました。また、民間企業等から、事業所や施設等の所在地の防災対応や事業継続計画に対応した予報へのニーズがありました。  これらニーズや市区町村からの防災上の懸念も踏まえつつ、社会に対し予報が適切かつニーズに沿って提供されるよう官民の役割分担の必要性が示されました。  国等は、市区町村の防災対応や住民等の避難に資する役割を引き続き担っていくため、新たな技術も取り入れつつ、洪水及び土砂災害の予報の継続的な高度化を進め、広く一般に対し洪水及び土砂災害の予報を単一の発信元からの責任と一貫性を有する提供(いわゆるシングルボイス)を行うこととされました。また、研究機関や民間気象事業者等は、防災上の考慮をしたうえでの多様なニーズに応える予報を提供するとともに、新たな技術の研究開発を進めることとされました。 (2)国等による洪水及び土砂災害の予報の高度化に向けた具体的な取組  洪水予報の高度化に向けた取組として、国や都道府県の水位観測網や河道等の情報を一体的に取り扱い予測する「水系・流域が一体となった洪水予測」を実現することにより、精度向上、予測時間の延長、提供河川の拡大が期待できます。また、洪水予測の入力となる降水予測についても更なる高度化を推進していく必要があります。さらに、観測の充実や受け手に分かりやすく「伝わる」情報提供、技術開発に関する国と研究機関、民間気象事業者等の連携推進などの取組を進めていくことが示されました。  土砂災害の予報の高度化に向けて、災害事例や地域の降雨特性等を踏まえた検証・発表基準の改善等による精度向上の取組や、研究機関等と連携し新たな研究・開発の有効性の確認・技術導入に向けた検討などを進めていくことが示されました。加えて、研究機関等と互いに連携し技術を高めていくため、国等における研究機関等の多様な予測技術の活用に向けた評価・社会実装体制の強化や、研究機関等における研究や技術開発の更なる推進に向け国等が保有するデータの提供を進めていくべきと示されました。 (3)民間による洪水及び土砂災害の予報に関する具体的な取組  これまで洪水及び土砂災害の予報業務許可は、防災との関連が強いことに加え、インフラの整備・運用状況等に影響を受けるため技術的に的確な予測を行うことが困難であるとして実施されていませんでした。民間気象事業者等が防災上の考慮をしたうえで予報を提供していくためには、技術的水準を確保し利用者のニーズに寄与できるよう、国は予報の許可に係る条件や技術上の水準を定める必要があります。今般、洪水及び土砂災害の予報業務許可に当たって、予報に利用する降水予測の技術的担保に加え、水文学・水理学・砂防学の観点も含めて技術的な水準を担保しうる基準を定めて審査できるような制度の構築が求められました。また、国等は、民間気象事業者等による予報業務の実施のため、河川の水位等のデータを効率的・安定的に提供できるよう進めていくべきと示されました。 (4)提言  報告書では提言として、「国等による水系・流域が一体となった洪水予測の実施」「国等による土砂災害警戒情報などの更なる精度向上」「民間による洪水及び土砂災害の予報の提供に向けた制度の構築」「研究者や民間気象事業者等における技術開発や予報業務を推進する環境整備」の取組を進めていくことが示されました。提言を受けて、気象庁と水管理・国土保全局は、緊密に連携しながら、これらの施策の実施に向けて具体的な検討を進めています。 トピックスⅤ-3 新しい雪の予報「今後の雪」  気象庁は、集中的・記録的な降雪による大規模な車両渋滞・滞留など、大雪が社会活動に与える影響が問題となっている近年の状況を踏まえ、現在の積雪の深さと降雪量の分布を1時間ごとに約5キロメートル四方で推定する「解析積雪深・解析降雪量」の提供を令和元年(2019年)11月に開始し、気象庁ホームページの「現在の雪」ページで公開してきました。また、雪による交通への影響等を前もって判断いただくための情報を拡充するため、令和3年(2021年)11月より新たに、6時間先までの1時間ごとの積雪の深さと降雪量を予測する「降雪短時間予報」の提供を開始し、「今後の雪」ページで公開しています(「現在の雪」からリニューアル)。 (1)解析積雪深・解析降雪量  解析積雪深は、積雪の深さの実況を1時間ごとに約5キロメートル四方で面的に推定したものです。積雪内部の物理量の変化を計算する積雪変質モデルに、解析雨量(気象レーダーとアメダスなどの降水量観測値から作成した降水量分布)や数値予報モデルの気温などを与えて積雪層内の雪質や密度などを計算し、その結果得られた積雪の深さを積雪計の観測値で補正しています。解析積雪深が1時間に増加した量を1時間の解析降雪量とし、減少した場合の解析降雪量は0となります。 (2)降雪短時間予報  降雪短時間予報は、6時間先までの1時間ごとの積雪の深さと降雪量を約5キロメートル四方で面的に予測するもので、1時間ごとに更新されます。積雪変質モデルに解析積雪深や降水短時間予報(解析雨量や数値予報モデルの降水量を利用して予測した降水量分布)、数値予報モデルの気温などの予測値を与えて積雪の深さを計算した後、積雪の深さの増加量を統計的に補正して予測します。降雪量は、積雪の深さの1時間ごとの増加量とし、減少が予測される場合は0とします。 (3)気象庁ホームページ「今後の雪」  解析積雪深・解析降雪量と降雪短時間予報は、気象庁ホームページ「今後の雪」(URL : https://www.jma.go.jp/bosai/snow/)で公開しています(令和3年(2021年)11月に「現在の雪」からリニューアル)。「今後の雪」では、積雪の深さ及び降雪量の24時間前からの実況と6時間先までの予測を、地図上でシームレスに確認いただくことができます。表示要素は積雪の深さ、3、6、12、24、48、72時間降雪量を用意しており、利用者のニーズに応じて選択いただけます。1時間ごとに更新されますので、最新の情報をご利用ください。  冬の外出前には交通情報とともに気象庁ホームページ「今後の雪」をご覧いただくことにより、目的地までの経路が大雪になっていないか、この先大雪の恐れがないかなどを確認いただけるほか、除雪判断など交通障害の備えにもご活用いただけます。近年の大雪による社会活動への影響を受け、気象庁では引き続き、解析積雪深・解析降雪量、降雪短時間予報の精度向上に努めていきます。 Ⅵ 地震・津波・火山に関するきめ細かな情報の提供 トピックスⅥ-1 「津波フラッグ」による津波警報等の伝達に係る周知・普及について (1)津波フラッグとは  気象庁が発表する大津波警報、津波警報、津波注意報(以下「津波警報等」という)は、テレビやラジオ、携帯電話、サイレン等様々な手段で伝達されますが、令和2年(2020年)6月から、海水浴場等における津波警報等の伝達に、赤と白の格子模様の旗である「津波フラッグ」が活用されるようになりました。色彩は遠方からでも視認性が高く、国際的にも認知されています(国際信号旗の「U旗」と同様の色彩)。このため、津波フラッグを用いることで、聴覚に障害をお持ちの方や、波音や風で音が聞き取りにくい遊泳中の方はもちろんのこと、外国人の方にも津波警報等の発表を視覚的にお知らせできるようになりました。  津波フラッグは、海岸や津波避難ビル等においてライフセーバー等により掲出されます。また、海岸近くの建物から垂れ下げられる場合もあります。海水浴場や海岸付近で津波フラッグを見かけたら、速やかに避難を開始してください。 (2)津波フラッグの周知・普及  気象庁では、より多くの海水浴場等で津波フラッグが活用されるよう、また、より多くの方々に津波フラッグを覚えていただけるよう、津波フラッグの周知・普及活動を全国的に進めています。関係機関・団体と連携した活動も推進しており、関係機関と共同でポスターやリーフレットを作成し、全国の気象台で掲示や配布するなど周知・広報をしています。また、各地での講演会や防災イベント等の他、SNSも活用して積極的にお知らせするようにしています。  公益財団法人日本ライフセービング協会とは、津波フラッグの一層の普及に向けた連携を強化することを目的とした協定を締結しており、令和3年(2021年)3月に映像資料「津波フラッグは避難の合図」を共同制作し、気象庁のYouTubeチャンネルで公開しました。また、同じく令和3年3月に元ビーチバレーのオリンピック日本代表選手である朝日健太郎国土交通大臣政務官(当時)と、公益財団法人日本ライフセービング協会、一般社団法人日本デフサーフィン連盟の関係者が、聴覚障害者の安心・安全のための視覚による情報伝達の重要性や、津波フラッグの普及に向けた方策等について意見交換をしました。さらに、令和3年7月に公益財団法人日本ライフセービング協会と共同で、港区立みなと科学館でミニ講演会を行うなど、連携して周知・広報の取組を進めています。  この他、地方気象台と各都道府県ライフセービング協会等においても連携を強化して、各都道府県独自の取組を行っています。  気象庁では引き続き、関係機関と連携して、津波フラッグの全国的な普及に向け、リーフレットやポスターを充実させて全国の海水浴場で配布・掲示したり、講演会を開催して津波フラッグを含めた津波防災に関するお話しをしたり、防災イベントや企画展等で津波フラッグを展示したりするなど、しっかりと取組をすすめていきます。 トピックスⅥ-2 都市の地震災害への対応 (1)令和3年10月7日の千葉県北西部の地震  令和3年(2021年)10月7日22時41分に千葉県北西部の深さ75キロメートルでマグニチュード5.9の地震が発生し、埼玉県川口市、宮代町及び東京都足立区で震度5強を観測したほか、東北地方から近畿地方にかけて震度5弱から1を観測しました。この地震により、重傷者6人、軽傷者43人などの被害が生じました。また、火災、ブロック塀倒壊、鉄道の脱輪、停電被害のほか、エレベーターの閉じ込めや帰宅困難者の発生等の都市特有の災害も発生しました(被害に関する情報は令和3年11月26日消防庁とりまとめによる)。今回の地震の震源付近では、平成17年(2005年)7月23日にもマグニチュード6.0の地震が発生しています。この際も東京都内で震度5強を観測し、負傷者38人などの被害が出ています(被害に関する情報は平成17年10月17日消防庁とりまとめによる)。  首都圏を襲った巨大地震である大正12年(1923年)の関東大震災が発生してからもうすぐ100年です。関東大震災の死者・行方不明者は10万人以上、その9割が大規模火災による犠牲者でした。また家屋の倒壊も10万棟以上発生しています。当時は木造の住家が多く、このことが被害を大きくする要因となりました。火災や建物の倒壊による被害だけではなく、土砂災害、津波などによる様々な被害が発生しています。関東大震災からおよそ100年が経ち、建物の耐震性は向上してきましたが、通電火災(地震等に伴う停電から復旧した際に生じる火災)による新たな被害が懸念されています。また、戦後、首都圏の開発が急速に進み、高層ビルが増加しています。関東大震災クラスの巨大地震では、高層ビルなどを大きく長く揺らす長周期地震動による被害が指摘されるようになってきました。大きな地震が起きてもしっかり対応出来るよう、日頃からの備えを再確認しておきましょう。 (2)長周期地震動の情報提供 ア.長周期地震動とは  大きな地震による揺れには、周期(揺れが1往復するのにかかる時間)が長い大きな揺れが含まれます。この長い大きな揺れを「長周期地震動」といいます。この揺れには、地震の規模(マグニチュード)が大きいほど発生しやすい、短い周期の揺れよりも収まりにくい、遠くまで伝わりやすい等の特徴があり、高層ビル等を大きく揺らし、被害を発生させることがあります。平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震では、東京都内や大阪市内の高層ビルが長周期地震動により大きく長く揺れ、高層階で家具類の転倒・移動等の被害があったことが確認されています。近年、高層ビル等のような長周期地震動の影響を受けやすい構造物が増加していますが、一方で、このような長周期地震動による被害は、震度から把握することは困難です。 イ.長周期地震動の情報提供に関する検討の経緯  気象庁は、長周期地震動の特徴を踏まえ、平成23年度以降、長周期地震動に関する有識者による検討会等を開催し、長周期地震動に関する情報のあり方を検討してきました。平成25年(2013年)には、地震時の人の行動の困難さの程度や、家具類の移動・転倒などの被害の程度を基に長周期地震動による揺れの大きさを4つの階級に区分した「長周期地震動階級」を導入しました。平成29年(2017年)には、長周期地震動の観測結果について、平成25年に開始していたホームページでの提供に加え、オンラインでの提供の必要性が示されました。また、地震発生直後に強い揺れを予測する緊急地震速報と同様に、長周期地震動による揺れの予測については、南海トラフ沿いの巨大地震で想定されるような重大な災害が起こるおそれのある長周期地震動による揺れを予測し、気象庁が国民に警戒や注意を呼びかける予測情報を発表することのほか、高層ビル等の在館者への情報提供、高所作業の安全確保、エレベーター等の制御など多様なニーズに対応するために、個々の高層ビル等の特性まで考慮した詳細な揺れの予測情報が必要であり、民間の役割が重要とされました。 ウ.長周期地震動に関する予測情報 ~緊急地震速報への長周期地震動による発表基準の導入~  長周期地震動に対して、揺れの予報を発表することにより、高層ビル内等の方々の安全の確保等が図れることが期待されること、また、長周期地震動の揺れの大きさを予測する技術が実用化していることから、イで述べたとおり予測情報について検討してきました。また、気象庁が高層階の揺れを再現して行った長周期地震動のシミュレーションや、国立研究開発法人防災科学技術研究所が行った実験によると、長周期地震動階級3及び4で家具類の移動や転倒が発生して重大な災害につながるおそれがあることが示されました。  このうち、多様なニーズに対応する予測情報においては、民間の役割が重要であることから、令和2年(2020年)9月24日から、民間事業者による予報業務の許可を開始しました。これにより、許可を受けた民間事業者は長周期地震動の予報業務を行うことができるようになりました。  また、国民に広く警戒・注意を呼びかける予測情報については、令和4年度(2022年度)後半に、気象庁が発表する緊急地震速報の発表基準に長周期地震動階級3以上の予測を加え、長周期地震動で大きな揺れが予測された場合にも緊急地震速報として警戒・注意を呼びかける予定です。長周期地震動に対しても従来の緊急地震速報と同様に安全な場所で揺れに備えることが重要です。 エ.長周期地震動に関する観測情報  長周期地震動に関する観測情報は、高層ビル等における地震後の防災対応等の支援を図るため、長周期地震動による高層ビル内での被害の発生可能性等についてお知らせするものです。  平成25年(2013年)3月より、気象庁ホームページへの掲載を開始しました。令和4年度後半には、オンライン配信での情報提供を予定しています。 コラム ■長周期地震動と高層ビル 名古屋大学 名誉教授 福和伸夫  私が初めて長周期の揺れを体験したのは昭和58年(1983年)日本海中部地震のときでした。当時、私は大手建設会社に勤めており、東京・内幸町に建つ29階建て、高さ120メートルのビルの27階で耐震研究を行っていました。東京は震源から500キロメートルも離れていたので、震度は発表されませんでしたが、正午過ぎにブラインドが大きく揺れ始め、とても驚いたのを覚えています。減衰の小さい高層ビルが、長周期地震動で揺さぶられやすいことを実体験しました。  その後、大学に異動して、東海地震対策などに関わり、平成15年(2003年)十勝沖地震での 石油タンク火災などを経験する中、私は、長周期地震動の予測や、高層ビルや免震ビルの地震対策に取り組んでいました。そして、平成23年(2011年)3月11日を迎えます。  私は、東北地方太平洋沖地震が起きたとき、東京・青山にある23階建ての高層ビルの15階で、建築構造技術者向けに高層ビルの長周期地震動対策の講義をしていました。最初はとても小さな揺れでしたが、徐々に揺れが強くなり、最後には恐怖を感じるような揺れになり、いつまでも 揺れ続けました。まさに、低減衰長周期構造物の揺れの特徴で、講義で解説した通りの揺れでした。震源から700キロメートル以上離れた大阪では、地表の震度は3だったのですが、ある高層ビル(写真)は、共振によって1.4メートル弱も揺れました。このため、震災後には、高層ビルの長周期地震動対策が本格化しました。  規模の大きな地震は、長周期の揺れをたっぷり放出します。長周期の揺れは波長が長いので、減衰せずに遠くまで伝わります。そして、堆積層が厚い大規模平野は長周期の揺れを大きく増幅させます。そこに大都市があり、長周期で揺れやすい高層ビルが林立しています。気象庁が発表する震度は、人間が感じやすい周期の揺れの強さを表すので、震源から離れた場所では、地表の震度は小さいのに、高層ビルだけが強く揺れるようなことが起きます。  そういった高層ビルが激増しています。私が最初に長周期の揺れを体験した昭和58年には、高さ100メートル以上の超高層ビルの数はわずか50本程度でした。それが、十勝沖地震があった平成15年に約500本、東日本大震災があった10年前に約850本、現在では1,150本以上になりました。今では、長周期の揺れに影響される人の数は、一般の県の人口を上回っています。日本一高い「あべのハルカス」は、高さ300メートルで、固有周期は5.6秒です。このため、こういった長周期の揺れの強さを示す新たな指標が必要になりました。  そこで、気象庁は、東日本大震災以後、長周期地震動の情報提供について検討を始め、平成25年(2013年)から4階級の「気象庁長周期地震動階級」を導入し、観測情報を試行的に運用しました。そして、平成31年(2019年)から本運用を開始し、昨年令和3年(2021年)2月13日の福島県沖地震で本運用後はじめて「階級4」を観測しました。この地震では、首都圏のタワーマンションの 住民の多くが、長周期地震動による揺れの怖さを感じたようです。  残念ながら、長周期地震動階級は、地震が発生してからしばらくたった後にしか発表されません。今後、南海トラフ地震を始め、巨大地震の発生が心配されます。南海トラフ地震では、高層ビルが林立する三大都市が長周期の揺れに揺さぶられます。早期に緊急行動がとれるよう、長周期地震動の影響を考慮した緊急地震速報の実現が望まれます。 トピックスⅥ-3 火山に関する情報の改善 (1)噴火警戒レベルの運用状況と判定基準の公表について  噴火警戒レベルは、火山活動に応じた「警戒が必要な範囲」と「とるべき防災行動」を5段階に区分した指標です。各レベルにキーワードを設定し、火山周辺の住民、観光客、登山者等のとるべき防災行動を一目で分かるようにしています。噴火警戒レベルにより、住民や登山者等は速やかに火山の状況を把握することができ、また、市町村等の防災機関でも、あらかじめ地域で統一的な防災対策として合意した対応を行うことができます。  噴火警戒レベルは、平成19年(2007年)の導入以降、地元の自治体や関係機関で構成される火山防災協議会で協議され、レベルに則した防災対応が定められた火山において順次運用されています。令和4年(2022年)3月には、活動火山対策特別措置法に伴う火山災害警戒地域に指定されている49火山全てで運用しています。  噴火警戒レベルは、噴火警報・予報に付して発表されますが、レベルの引上げ・引下げは、それぞれの火山において、各レベルに対し想定する火山活動に基づいて定めた火山性地震の回数等の基準(噴火警戒レベルの判定基準)により判定しています。この基準については、平成26年(2014年)9月の御嶽山の噴火を受け、最新の科学的知見を反映するなどの精査を行うとともに、どの様な場合に引き上げ、引き下げられるか、住民や登山者等に確認いただけるよう公表を進めてきました。令和4年3月現在、噴火警戒レベルを運用している49火山全てにおいて、噴火警戒レベル判定基準とその解説を気象庁ホームページに掲載しています。  噴火警戒レベルについては、引き続き、火山防災協議会における検討・協議を通じた改善を図るとともに、活動に関する知見の蓄積に合わせた判定基準の見直しを実施します。これに加えて、協議会構成機関と連携した噴火警報等の利活用のための普及啓発等、火山災害の軽減のための取組を進めます。 コラム ■北海道における火山防災対策 ~火山噴火総合防災訓練~ 北海道総務部危機対策局危機対策課(執筆当時) 主査 平山陽介  北海道には北方領土を含め31の活火山があり、この内9火山(アトサヌプリ、雌阿寒岳、大雪山、十勝岳、樽前山、俱多楽、有珠山、北海道駒ヶ岳、恵山)が常時観測火山に位置付けられ、道や市町村、防災関係機関、火山専門家等で構成される各火山防災協議会により、警戒避難体制の整備や訓練の実施等、火山防災対策が進められています。  こうした中、平成12年(2000年)有珠山噴火災害の教訓を踏まえ、平常時からの噴火災害に対する地域住民の防災意識の向上、防災関係機関相互の連携体制の充実・強化を図ることを目的として、平成13年度(2001年度)から、いくつかの常時観測火山の持ち回りで、「火山噴火総合防災訓練」を実施しています。  令和3年度(2021年度)は、火山防災協議会の主催により、10月15日に有珠山で本訓練を開催し、道及び関係市町、防災関係機関、住民等約600名のほか、火山専門家や感染症対策に係る有識者にもご参加いただき、情報伝達や初動体制の構築、広域避難を含めた住民避難、感染症対策を講じた避難所の開設・運営、現地災害対策本部設置・運営等に係る訓練を実施しました。  有珠山では、令和元年度(2019年度)末に噴火警戒レベルが改定され、令和3年7月に避難計画が策定されたところ、今回の訓練はその検証も兼ねており、地元の伊達市防災センターで実施した現地災害対策本部設置・運営訓練では、改定された噴火警戒レベルに応じた各機関の防災対応について改めて確認することができました。また、有珠山は、約30年周期で噴火を繰り返すと言われており、前回の噴火から20年余りが経過、令和3年3月には一時的な火山性地震の増加等もあり、次の噴火への備えと火山防災対策の一層の充実・強化に向けた積極的な取組の必要性を関係機関共通の認識としたところです。  北海道では、近年、大きな火山災害は発生しておりませんが、火山防災対策の実効性を高めるうえでも訓練を通じて課題等を把握し、必要な対策を講じていくことが極めて重要であると考えておりますので、今後も火山噴火総合防災訓練の一層の充実を含め、火山防災に係る訓練の促進を図ることとしています。訓練の実施にあたり、気象台にはこれまでもシナリオの検討等ご協力いただいているところ、今後も引き続き、気象台をはじめとする防災関係機関や住民等と連携した、より実践的な訓練の実施を通して、北海道における火山防災対策の更なる推進に取り組んでいきたいと考えています。 (2)降灰予報の改善について  火山噴火に伴い空から降る火山灰(降灰)は、上空の風に運ばれることにより広い地域に及びます。その影響は、降灰量によって異なり、積もった灰の重みによる建物の倒壊、路面や線路に灰が積もること等による交通障害、作物に灰が付着すること等による農林水産業の被害、水道の濁りや下水道の詰まり、停電等ライフラインへの影響、呼吸器系疾患の悪化のような健康被害など多岐にわたります。また、小さな噴石が風に流されて落下し、窓ガラスが割れるなどの被害も生じます。  このような降灰による被害の防止・軽減や周辺住民への生活情報提供を目的として、気象庁では、降灰量や風に流されて降る小さな噴石の落下範囲を予測する「降灰予報」を運用しています。  これまでの降灰予報では、例えば阿蘇山では「中岳第一火口」といった、各火山における代表的な火口からの噴火を対象としていました。しかし、平成30年(2018年)の草津白根山の噴火において、有史以来噴火の記録がなかった「本白根山」から噴火したことを受け、代表的でない火口からの噴火に対しても、より的確な降灰予報を発表することが必要となりました。そこで、噴火した火口の位置に関わらず降灰予報を発表できるようシステムを更新するとともに、監視カメラ等を用いて速やかに火口位置を推定して降灰予報を発表する体制の整備を進め、令和3年(2021年)6月から、代表的でない火口から噴火した場合でも、実際の噴火状況に即した降灰予報を直ちに提供できるようになりました。  代表的な火口(山頂の火口)とは異なる火口(山腹の火口)から噴火した場合に、降灰の予測とそれによる影響の想定がどのように改善するか、下図を使ってイメージしてみましょう。山頂の火口を対象とした予測(左:改善前)では山体東側を中心に降灰が予想されていますが、地上からの高さによって風向・風速が変化することなどが要因となり、山体北側を中心とした実際の降灰分布と予想が大きく異なっています。一方、山腹の火口を対象とした予測(右:改善後)をみると、実際の降灰分布に近い予想となっており、降灰によって今後生じ得る影響のより正確な把握につながることがわかります。  このように、気象庁では、降灰予報の改善を通じて、住民や登山者の避難行動支援や、自治体による救助・救難活動支援に、一層貢献していくことを目指しています。 トピックスⅥ-4 福徳岡ノ場の噴火対応 (1)福徳岡ノ場の噴火について  福徳岡ノ場は、東京から南へ約1,300キロメートル、小笠原諸島にある海底火山です。この福徳岡ノ場で、令和3年(2021年)8月13日から15日にかけて大規模な海底噴火が発生しました。噴煙高度は気象衛星「ひまわり」の観測から52,000フィート(16,000メートル)以上に達したと見られます。噴火は、初めは連続的に、その後は間欠的になって、2日半ほど継続しました。  この噴火は激しいものであったため、約50キロメートル離れた硫黄島の火山観測点でも、噴火活動に起因すると思われる地震動が観測されました。また、約320キロメートル離れた父島の検潮所では、消長を繰り返しながら継続する微弱な潮位変化(噴火に伴うとみられる津波)がみられました。  福徳岡ノ場は、これまでにも上空からの観測で海面に変色水が確認されることがしばしばあり、海底では火山活動が活発であるとみられていたことから、噴火警報の運用を開始した平成19年(2007年)以来、小規模な海底噴火への警戒を促す噴火警報(周辺海域)を発表していました。今回、8月13日から活発な噴火活動が継続し、今後も継続する可能性があることから、海底噴火による浮遊物(軽石等)への警戒だけでなく、噴火に伴う大きな噴石やベースサージ(横なぐりの噴煙)への警戒が新たに必要となり、8月16日に噴火警報(周辺海域)の内容を切り替えました。  今回の噴火では、大量の軽石が噴出しました。噴出物の総量は、産業技術総合研究所の推定によれば、1億から5億立方メートルにも及び、20世紀以降に発生した日本の噴火では、大正3年(1914年)の桜島の大正噴火に次ぐもので、過去100年間に発生した日本国内の噴火では、最大規模であったと言えます。  噴火に伴う大量の噴出物によって、直径1キロメートルほどの馬蹄形の新島が作られたことが、8月15日の海上保安庁の観測で確認されました。福徳岡ノ場で噴火によって新島が出現したのは昭和61年(1986年)以来のことです。その後、噴火は確認されておらず、新島は、波浪によって消滅しつつあり、12月下旬には衛星から確認するのが困難なほど小さくなっています。 (2)福徳岡ノ場の噴火による軽石への対応  気象庁では、福徳岡ノ場の噴火によって海面に漂う軽石について、令和3年8月中に海洋気象観測船「啓風丸」により採集しました。採取した軽石の大きさは最大で約40センチメートルで、主に白色、灰色及び暗灰色であり、表面には気泡が見られました。それらの特徴は、昭和61年の福徳岡ノ場の噴火による噴出物に類似しています。  これらの軽石は、海流等によって福徳岡ノ場から西に流され、10月上旬には沖縄県の北大東島・南大東島や鹿児島県の奄美群島喜界島等に多量の軽石の漂着が確認されました。その後も長期間にわたり沖縄県付近に滞留したほか、本州付近にも流され静岡県や東京都へ漂着しました。軽石の漂着や漂流により、定期航路の運休や水産業被害の発生など、地域の経済活動・生活に大きな影響をもたらしました。このため、港湾管理者等である地方自治体では、軽石の侵入を防ぐオイルフェンスの設置や港湾等に漂着した軽石の除去等の対応に追われました。気象庁としても、これらの方々を支援するため、被害が本格化した10月下旬にポータルサイト「福徳岡ノ場の軽石漂流の関連情報」を開設し、情報提供を開始しました。ポータルサイトでは、沖縄県や鹿児島県のニーズに応じて、時系列の天気予報などをまとめた気象支援資料や、海流予想図、海上分布予報、潮位観測情報、軽石等の漂流物をとらえる可能性のある気象衛星「ひまわり」の画像等を広く提供しています。引き続き、関係機関とも連携し、気象庁として対応可能な協力・支援を最大限実施していきます。 トピックスⅥ-5 フンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山の噴火に伴う潮位変化と気象庁の対応 (1)観測された噴火現象  トンガ諸島付近のフンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山において、令和3年(2021年)12月から令和4年(2022年)1月にかけて噴火が発生しました。一連の噴火活動は12月20日の爆発的な噴火で始まり、1月に入って活動は低下したものの、1月14日、15日に規模の大きな噴火が発生し、その際の噴煙は気象衛星「ひまわり」でも観測されました(下図)。  特に、15日の噴火は非常に大規模であり、ニュージーランドのウェリントン航空路火山灰情報センターによると、噴煙は高度約52,000フィート(約16,000メートル)に達し、また、噴煙の上部が直径600キロメートル以上にも広がりました。米国スミソニアン自然史博物館によれば、この噴火により、フンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山から70ないし100キロメートル東にある島々において、かなりの降灰があったと報告されています。 (2)観測された潮位変化とそれに基づく情報発表  フンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山近傍のヌクアロファ(トンガ)で15日13時25分頃(日本時間)から火山噴火に伴うとみられる潮位変化が観測されました。日本でも潮位変化が生じる可能性が予想されたことから、気象庁は、同日18時00分に遠地地震に関する情報(日本への津波の有無を調査中)を発表しました。その後、日本への伝播経路上の海外の潮位観測点での潮位変化は小さかったことから、同日19時01分に遠地地震に関する情報(日本沿岸で若干の海面変動あり)及び19時03分に津波予報(若干の海面変動)を発表しました。ところが、日本国内の潮位観測点で、通常の地震による津波から予想される到達時刻よりも2時間以上も早く潮位変化が観測され始め、これらの潮位変化が大きくなる傾向が見られました。このため、災害が発生するおそれがあり、警戒・注意を呼びかける必要があることから、16日00時15分に奄美群島・トカラ列島に津波警報、北海道太平洋沿岸部東部から宮古島・八重山地方までの太平洋沿岸などに津波注意報を発表しました。さらに、同日02時54分には岩手県の津波注意報を津波警報に切り替え、同日04時07分に長崎県西方と鹿児島県西部に津波注意報を発表しました。その後、潮位変化が小さくなったことから、同日07時30分に奄美群島・トカラ列島の津波警報を津波注意報に、同日11時20分には岩手県の津波警報を津波注意報に切り替えました。そして、さらに潮位変化が小さくなったため、同日14時00分に全ての津波予報区に対して津波注意報を解除し、津波予報(注意喚起付きの海面変動)へ切り替えました。その後も海面変動は続いたことから、1月17日、18日にも津波予報(若干の海面変動)を継続して発表しました。この潮位変化を津波の高さの測定方法で測ると、鹿児島県の奄美市小湊で134センチメートル、岩手県の久慈港(国土交通省港湾局所属)で107センチメートルを観測するなど、全国で潮位変化が観測されました(右図参照)。国土交通省災害情報(令和4年1月17日)によれば、この潮位変化に伴い複数の県で船舶の被害が確認されました。  今回の潮位変化は、通常の地震による津波到達時間よりも2時間以上も早かったこと、トンガから日本への経路上の観測点での潮位変化が小さかったことなどから、通常の地震に伴う津波とは異なるものでありましたが、国民に防災行動を呼びかけるため、津波警報等の仕組みを利用して警戒を呼びかけました。なお、潮位変化が観測された時刻において、日本の地上気象観測点で約2ヘクトパスカルの気圧の変化が観測されました。 (3)その後の気象庁の対応  今回の一連の対応では、観測された時点では潮位変化のメカニズム等が明らかでなかったため津波警報等の発表までに時間を要したことや、噴火発生から津波警報等の発表までの間の情報発信が不十分だったこと等の課題がありました。  気象庁では、これらの課題を踏まえ、当面の対応として、海外で大規模噴火が発生した場合や、大規模噴火後に日本へ津波の伝わる経路上にある海外の津波観測施設で潮位変化が観測された場合に、「遠地地震に関する情報」により、日本でも火山噴火等に伴う潮位変化が観測される可能性がある旨をお知らせする措置を2月から講じており、3月8日のマナム火山(パプアニューギニア)の噴火の際に、このお知らせを発表しました。また、今般の噴火を踏まえた火山噴火等に伴う潮位変化に対する情報のあり方の議論に資するよう、今回の潮位変化がどのようなメカニズムで発生したのかを「津波予測技術に関する勉強会」にて検討いただき、今回の潮位変化が海洋と大気の相互作用によって発生したと考えられること等が報告書として4月にとりまとめられました。この報告書を踏まえ、5月から、大規模噴火等が発生した際の潮位変化に関する情報のあり方について、津波、火山、防災情報等に関する有識者や自治体の防災関係者、情報を伝える報道関係者も参加した検討会において検討を進めています。 トピックスⅦ 世界気象機関(WMO)が気象データに関する新たな方針を採択  大気に国境はなく、台風等の気象現象は国境を越えて各国に影響を及ぼします。このため、世界の各国が精度の良い天気予報とそれに基づく的確な警報・注意報などの気象情報を発表するためには、気象観測データや予測結果等の国際的な交換や技術協力が不可欠です。気象庁は、世界気象機関(WMO)等の国際機関を中心として世界各国の関連機関と連携するとともに、近隣諸国との協力関係を構築しています。  WMOは、世界の気象業務に係る調和的発展を目的として設立された国際連合の専門機関の一つであり、我が国は昭和28年(1953年)に加盟しました。4年ごとに開催する世界気象会議(以下「総会」という。)で向こう4年間の予算や事業計画を審議し、執行理事会において事業計画実施の調整・管理に係る検討を毎年行っています。我が国はWMOの主要な資金拠出国であるとともに、アジア地区における気象情報サービスの要として国際的なセンター業務を数多く担当するなど中心的な役割を果たしています。また、歴代気象庁長官は執行理事としてWMOの運営に参画しているほか、気象庁の多くの職員も専門家として専門委員会や地区協会の活動に貢献しています。  世界の国々が効率的な気象業務を行うためには、統一された方法による大気や海洋の観測、観測や予測データの迅速な交換・共有、高度なデータ処理に基づく気象情報の作成・提供が必要です。特に、精度の良い天気予報や防災情報等が提供されるためには、解析や予測に必要な観測データが確実に各国で交換・利用されることが重要です。  一方、データ交換に関する考え方は各国で異なるのが実際です。自国で所有する気象データを基本的に公開する国もあれば、気象データを販売して利益を得たいと考える国もあります。そのような背景の中、WMOは、平成7年(1995年)に開催された第12回総会にて気象データの国際交換に関する基本的な方針(データポリシー)を採択し、各国はこのポリシーを踏まえて気象データの国際交換を実施してきました。しかし、その後の観測技術や通信技術、数値予報技術などの科学技術の進展に伴う気象業務に利用可能な観測データの増加により、従来のデータポリシーを見直す必要が生じてきました。このため、WMOは気象に限らず様々な分野も含めたデータの国際交換に関するポリシーの検討を行い、令和3年(2021年)10月にオンラインで開催された臨時総会において、WMOの新たなデータポリシーが採択されました。  今回採択されたデータポリシーでは、気象、気候、水文、大気組成、雪氷圏、海洋、宇宙天気の7分野を対象とし、あらゆる気象業務の基盤となる全球数値予報に必要不可欠な観測データと、全球数値予報による予測結果(プロダクト)の世界的な共有を目的とし、各分野における国際交換されるべきデータの要件が定められました。これらの要件の具体は、WMOが管理する技術規則に定められ、科学技術の進展や気象業務に必要なデータのニーズ等を踏まえ、必要な改定を行っていくことになっています。新しいデータポリシーに基づいたデータの国際交換は、民間と公的部門双方によるより良いサービス実現を促し、社会経済活動の発展につながるとともに、技術研究の更なる推進が期待されます。  本臨時総会には、我が国は長谷川直之気象庁長官を首席代表とした政府代表団が出席し、本データポリシーに関する議題を含めた様々な議題において積極的に議論に参加し発言を行うなど存在感を示しました。気象庁は、世界的にも先進的な技術・知見を生かし、今後とも我が国及び世界の気象業務の発展・改善に積極的に貢献していきます。 トピックスⅧ 気象大学校100周年  気象大学校は、令和4年(2022年)にその前身の「測候技術官養成所」の設置から100年を迎えます。名称や構成、教育内容の見直しをしながら、気象業務の中核を担う人材を養成する場として、その役割を果たしてきました。自然災害が頻発している今日の状況の中、気象業務の重要性や防災に対する気象庁への期待が高まっています。これに対応できるよう、今後も人材養成の役割を果たしていきます。 (1)創立の経緯  気象大学校「大学部」の前身にあたる中央気象台附属「測候技術官養成所」の設置に尽力した岡田武松博士は、次のような言葉を残しています。   大正八年頃に地方技術職員待遇法がきまり、高等農林学校を出た人々は技師まで昇れるが、測候所には之に相当する高等専門学校がないので、依然として技師になる途はない。之では大変だと云うので、気象の高等専門学校である技術官養成所を中央気象台附属として設立することになった。  「創立当時の気象技術官養成所」『研修時報』昭和27年12月 このように養成所の設置は、全国各地の技術職員が技師まで昇進するために必須とされた「高等専門学校」を気象の分野にも設け、これにより優れた人材を全国的に確保する、という考えによるものでした。 (2)沿革  修業年限3年の高等科(1年以下の職員研修を行う専修科と対比して「本科」と呼ばれています)の授業が中央気象台庁舎内で大正11年(1922年)に開始された10月10日を創立記念日としています。その後、気象技術官養成所への改称を経て、昭和26年(1951年)に廃止のうえ中央気象台研修所設置、昭和31年(1956年)に中央気象台が気象庁となったことに伴い気象庁研修所と改称、2年制の高等部が設けられた後、気象大学校となり、昭和39年(1964年)に現在の4年制の大学部となりました。  校舎が千葉県柏市(当時柏町)に新設されたのは昭和18年(1943年)で、これに伴い当初東京品川に設けられていた寄宿舎「智明寮」も現在地に移りました。現在の校舎は平成元年(1989年)に完成したものです。 (3)現在とその使命 〇大学部 4年制 定員60名  「国家公務員気象大学校学生採用試験-高等学校卒業程度-」によって採用された1学年平均15名の学生に対する手厚い教育を行っています。カリキュラムは、気象業務の基盤となる地球科学、基礎学術、一般教養に加えて、防災行政などの知識・技術の授業、さらに、気象業務への理解を深めるため、観測実習や気象庁本庁・地方気象台などでの職場実習も行っています。これらにより、将来の気象庁の中核職員として職務遂行に必要な素養を培うとともに、気象業務に関する技術開発や企画・指導に寄与しうる能力を養う教育方針です。 〇研修部  全国の気象台等の職員を対象に、気象業務に必要な専門知識の習得と技術向上のための研修を行っています。令和4年度は、初任職員から管理職員まで計13コースの研修をオンラインまたは集合方式で実施しています。 気象大学校の施設や学生生活など詳しい情報はこちらのホームページから   https://www.mc-jma.go.jp/mcjma/index.htm   在校生が当校を志望した理由などが書かれた受験体験記もあります。 学生採用試験に関する情報や気象大学校パンフレットはこちらから   https://www.mc-jma.go.jp/mcjma/educational/adopt.htm   パンフレットでは気象業務の最前線で活躍する卒業生からのメッセージをご覧になれます。 「気象業務はいま2022」の利用について 「気象業務はいま2022」に掲載されている図表・写真・文章(以下「資料」といいます。)は、第三者の出典が表示されているものを除き、資料の複製、公衆送信、翻訳・変形等の翻案等、自由に利用できます。ただし、以下に示す条件に従っていただく必要があります。 利用の際は、出典を記載してください。 (出典記載例) 出典:気象庁「気象業務はいま2022」より 資料を編集・加工等して利用する場合は、上記出典とは別に、編集・加工等を行ったことを掲載してください。また編集・加工した情報を、あたかも気象庁が作成したかのような様態で公表・利用することは禁止します。 (資料を編集・加工等して利用する場合の記載例) 気象庁「気象業務はいま2022」をもとに○○株式会社作成 第三者創作図表リストに掲載されている図表または第三者の出典が表示されている文章については、第三者が著作権その他の権利を有しています。利用に当たっては、利用者の責任で当該第三者から利用の許諾を得てください。お問い合わせ先 内容等についてお気付きの点がありましたら、下記までご連絡ください。 □内容について 〒105-8431 東京都港区虎ノ門3-6-9 気象庁総務部総務課広報室 電話03-6758-3900(代表) 気象庁ホームページ https://www.jma.go.jp ご意見・ご感想はこちらから https://www.jma.go.jp/jma/kishou/info/goiken.html □製品・販売について 研精堂印刷株式会社 〒101-0051 東京都千代田区神田神保町3-5 住友不動産九段下ビル8F 電話03-3265-0157 ホームページ https://www.kenseido.co.jp/