はじめに  気象庁の任務は、台風・集中豪雨等の気象、地震・津波、火山、さらに気候変動などに関する自然現象の観測・予報等と、その情報の利用促進を通じて、気象業務の健全な発達を図り、これにより安全、強靭で活力ある社会を実現することにあります。  昨年も、台風や梅雨前線により多くの被害が発生しました。特に、9月の令和元年房総半島台風(台風第15号)や10月の令和元年東日本台風(台風第19号)では、記録的な大雨や暴風により、東日本を中心に甚大な被害が生じました。これらの災害により犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、災害に遭われました皆様に心よりお見舞いを申し上げます。  気象庁では、これらの災害を受け、政府全体の防災対応の取組強化の検討に積極的に参加するとともに、関係省庁とも連携しながら防災気象情報の改善に取り組み、令和2年3月には「防災気象情報の伝え方の改善策と推進すべき取組」を取りまとめたところです。  また気象庁は、このような防災気象情報の改善に取り組むとともに、地域で防災対応を行う自治体等の関係機関を支援する取組を強化しております。平成30年度に創設された「気象庁防災対応支援チーム(JETT)」は、令和元年も各地の被災自治体等の防災対応を支援しました。  今回の「気象業務はいま」では、特集として激甚化する豪雨災害から命と暮らしを守るための防災気象情報の伝え方の改善や、防災気象情報を支える新たな技術を取り上げ、これらの気象庁の取組を紹介するとともに、トピックとして、昨年5月から提供を開始した「南海トラフ地震臨時情報」、津波警報等の視覚による伝達のあり方の検討、雪に関する新たな情報、台風に関するハイレベル東京会議、海域・南極等で地球環境を見守る取組、気象情報やデータのビジネス等での活用等を、また、コラムとして関係者の声や気象庁の最近の動きを取り上げております。  本年に入りましてからは、新型コロナウィルス感染症対策等が進められておりますが、そのような中、原稿作成にご協力いただいた関係機関の皆様に感謝を申し上げます。気象庁では、感染拡大防止対策を講じながら、国民生活に不可欠な防災気象情報の発出を継続してまいります。  多くの方々が本書に目を通され、気象業務への皆様のご理解が深まりますとともに、各分野で活用されることを期待しています。 令和2年6月1日 気象庁長官 関田 康雄 特集 激甚化する豪雨災害から命と暮らしを守るために 1 地球温暖化と大雨リスクの増加  近年、世界各地で大雨による洪水や干ばつなどの自然災害が毎年のように起きています。我が国においても、平成30年7月豪雨や令和元年東日本台風(台風第19号)に伴う豪雨災害などが記憶に新しいところです。これらの近年頻発する豪雨災害や将来の豪雨災害に備える上で、その背景にある地球温暖化の影響を考慮しておく必要があります。  気象庁では、日本の雨の降り方の長期的な変化を監視するため、全国51の観測地点における1901年以降の観測データを解析しています。その約120年にわたるデータによれば、1日の降水量が200ミリ以上という大雨を観測した日数は、増減を繰り返しながらも長期的に見れば明瞭な増加傾向を示しています。1日に200ミリという大雨は、例えば、東京の平年の9月ひと月分の降水量が1日で降ることに相当する災害をもたらしうる大雨です。また、1976年以降と統計期間は短いものの、空間的にきめ細かな観測を行っているアメダス(全国約1,300地点)のデータによれば、「滝のように降る」1時間あたり50ミリ以上の短時間の強い雨の頻度が長期的に増加傾向にあるなど、雨の降り方に変化が見られます。  一方、気象庁がスーパーコンピュータで実施した将来予測においても、二酸化炭素等の温室効果ガスの排出が高いレベルで続いた場合の今世紀末のシミュレーションでは、ほぼすべての地域及び季節において1日の降水量が200ミリ以上という大雨や、1時間当たり50ミリ以上の短時間の強い雨の頻度が増加し、ともに全国平均では20世紀末の2倍以上になるという結果が得られており、今後更なる大雨リスクの増加が懸念されます。このように地球温暖化が進むと大雨の頻度の増加や強度の増大が起きることが予測されており、これまでの強雨の変化傾向も地球温暖化の影響が背景にあると考えられています。ではなぜ、地球温暖化により雨の降り方に変化が起きるのでしょうか。雨は、空気中に含まれる水蒸気が水となって地上に降るものです。空気には、気温が高くなるほど水蒸気を多く含むことができるという性質がありますので、気温が高くなることで、一度の大雨がもたらす降水量は一般的に多くなります。  実際に、気象庁の高層気象観測(国内13地点)によるデータから、上空約1,500メートルの空気中に含まれる水蒸気量は増加傾向にあります。これまでに観測され、また将来にも予測されている大雨の頻度の増加や強度の増大は、気温が上がるほど空気中に含むことのできる水蒸気の量も増えるという性質を反映した、温暖化に伴う気候の変化の一つと考えられます。  平成30年7月豪雨や令和元年東日本台風のような、災害をもたらす異常気象が発生した際は、「この異常気象は地球温暖化のせいで起こったのですか」といった問合せを頂くことがあります。しかし、異常気象をもたらす様々な要因の中から、地球温暖化がどの程度影響したかを抽出し評価することは容易でなく、最新の研究課題として世界中で活発に研究が行われています。気象研究所が行った平成30年7月豪雨を対象とした研究では、近年の気温上昇がなかったと仮定して行ったシミュレーション結果と現在の気候状態の下でのシミュレーション結果を比較し、気温上昇がない仮定の場合では6.5%程度降水量が減少するという結果が得られました(気象業務はいま2019、P39(トピックスⅡ-1コラム「地球温暖化で変わりつつある日本の豪雨」)参照)。  地球温暖化に伴い懸念される大雨リスクに備えるためには、近年の雨の降り方の変化や将来予測等の最新の科学的知見を踏まえて対策を講じていくことが不可欠です。気象庁では今後も地球温暖化に伴うリスクに対応していくため、海洋観測や衛星観測を含む地球観測や気候変動の研究を行う国内外の機関と連携し、最新の科学的知見に基づいた気候変動の監視・予測情報の充実・強化を行い、防災・減災をはじめとする地球温暖化対策に活かされる情報を発信していきます。 2 豪雨災害から命を守るために ~防災気象情報の伝え方改善に向けた取組~  近年の豪雨災害の中でも「平成30年7月豪雨」は死者が200名を超えるなど、その甚大な被害から「平成最悪の豪雨災害」と報道されています。この記録的な災害を受け、気象庁では学識者に加え、報道関係者、自治体関係者、関係省庁による「防災気象情報の伝え方に関する検討会」(以下本特集において「検討会」という。)を開催し、平成31年(2019年)3月に「防災気象情報の伝え方の改善策と推進すべき取組」(報告書)を取りまとめました。この報告書では、この災害における防災気象情報と避難状況等の検証結果を踏まえ、以下の4点を課題として整理しました。気象庁では令和元年(2019年)出水期から課題を解決するための取組に着手しています。 課題1 気象庁(気象台)等が伝えたい危機感等が、住民等に十分に感じてもらえていない 課題2 防災気象情報を活用しようとしても、使いにくい 課題3 気象庁の発表情報の他にも防災情報が数多くあり、それぞれの関連が分かりにくい 課題4 大雨特別警報の情報の意味が住民等に十分理解されていない (1)気象庁(気象台)のもつ危機感を効果的に伝える取組  気象庁では、防災対応を行う市町村をより効果的に支援するため、災害時に気象防災対応支援チーム(JETT)を都道府県や市町村の災害対策本部等に派遣し、きめ細かい気象解説を行うとともに、平時には「あなたの町の予報官」を核とした自治体防災力を向上させる取組等を実施しました。また、住民の防災気象情報に対する理解を促進するための方策として、報道機関や気象キャスターと連携して、情報利用の訓練を行うワークショップを実施しました。さらに、防災情報専用ツイッターによる住民への情報発信や、多言語による防災気象情報の提供を開始するとともに、地方整備局等と気象台による合同説明会を実施する等、気象台のもつ危機感を効果的に伝えるための取組についても実施しました。 (2)防災気象情報をより一層活用しやすくする取組  自らがいる場所の土砂災害の危険度を的確に把握いただき、避難の必要性をより一層認識いただくため、6月28日に土砂災害の「危険度分布」をこれまでの5キロメートル単位から1キロメートル単位に高解像度化しました。また、公募に応じた事業者の協力を得て、「危険度分布」の危険度が高まったときにメールやスマホアプリでお知らせするプッシュ型の通知サービスを7月10日より開始しています。この通知を受信し、居住する市町村内の危険度の高まりを「危険度分布」の地図で確認いただくことで、避難が必要とされる地域を把握することができます。加えて、大雨の危険度とあわせて、洪水や土砂災害等、起こりうる災害も想定できるよう、12月24日から「危険度分布」と各種ハザードマップ(洪水浸水想定区域、土砂災害警戒区域)を重ね合わせて表示するよう気象庁ホームページの改修を実施しました。  さらに、防災気象情報への信頼感を高めるため、河川管理者や都道府県等の関係機関と気象庁が連携して防災気象情報の精度検証や発表基準の改善を適時に行い、広く周知する取組を推進しています。令和元年度は、防災気象情報と被害との関係を分析した結果や、大雨特別警報等を発表した事例における雨量の予測と実際の状況等について速報的にまとめた資料を気象庁ホームページに掲載しました。 (3)各種の防災情報を効果的に分かりやすくシンプルに伝える取組  平成31年(2019年)3月に「避難勧告等に関するガイドライン」(内閣府)が改定され、防災情報を、住民のとるべき行動が分かるよう、5段階の警戒レベルを明示して提供するとされました。このことを受け、防災気象情報についても、令和元年5月から順次、防災気象情報を発表する際に、どの警戒レベルに相当するかが分かるように明示して提供し、住民の自主的な避難行動の判断を支援しています(第1部1章1節(1)参照)。 (4)大雨特別警報について理解を促進するための取組  大雨特別警報の持つ意味について、住民等の理解を促進するため、その位置づけや役割(第1部1章1節(1)参照)について、様々な機会を捉えて周知を強化しています。また、局地的な大雨に対しても大雨特別警報を精度よく発表できるよう、「危険度分布」の技術を活用した土砂災害の新たな基準値を導入し、伊豆諸島北部において、10月11日から先行的に運用を開始しました。 コラム ■緊急時の記者会見に手話通訳を導入  気象庁では、災害の発生が事前に予測される場合や大きな地震が発生した場合などに、マスメディアを通じて気象庁の持つ危機感や防災上注意いただきたい点などを呼びかけるため、夜間休日を問わず、緊急の記者会見を開催しています。  この記者会見では、それをお聞きになった方に即座に避難等の防災対応をとっていただきたい旨を呼びかける場合があります。記者会見での呼びかけは主に口頭で行うため、聴覚に障害をお持ちの方への伝達が課題となっていました。これを改善するため平成31年(2019年)3月から、緊急時に開催する記者会見に手話通訳を導入しました。気象庁では、より多くの方に気象庁の持つ危機感が伝わるよう引き続き改善に努めていきます。 コラム ■台風・高潮災害の怖さを忘れぬために  ~伊勢湾台風60年シンポジウム「台風と高潮」~  伊勢湾台風の来襲からちょうど60年であることを受けて、令和元年(2019年)9月14日(土)に伊勢湾台風60年シンポジウム「台風と高潮」を開催しました。  シンポジウムの前半では、台風の予測技術の変遷や東京湾における高潮防災の取組、防災情報と報道のあり方について講演いただきました。また、後半では出演者の皆様によるパネルディスカッションを行い、高潮災害の特徴について議論が行われました。また、東京湾周辺のゼロメートル地帯における高潮災害を想定した事前避難計画等が紹介され、登壇者はそれぞれの知見から議論を交わしました。  本シンポジウムには約300名が来場し、会場はほぼ満員となりました。参加者からは講演やディスカッションの内容について熱心な質問が飛び交う等、台風や高潮への防災に対する関心の高さがうかがえました。 3 令和元年の風水害と新たな課題への対応 (1)令和元年の災害  令和元年も台風に伴う大雨や暴風等により各地で大きな被害が発生しました。これらの災害への対応において新たな課題も明らかになっており、気象庁では、今後の対応について検討を進めています。 ア.令和元年東日本台風(台風第19号)  10月10日から13日にかけての令和元年東日本台風の接近・通過に伴い、東日本から東北地方を中心に広い範囲で大雨となり、総降水量は神奈川県箱根で1,000ミリに達し、東日本を中心に17地点で500ミリを超えました。これにより、年降水量の平年値の4割を超える大雨となったところがありました。  この令和元年東日本台風により記録的な大雨をもたらした気象要因は、次の3つと考えられます。 (1)大型で非常に強い勢力をもった台風の接近による多量の水蒸気の流れ込み (2)台風北側の前線の形成・強化及び地形の効果などによる持続的な上昇流の形成 (3)台風中心付近の発達した雨雲の直接的影響  この大雨の影響で、東日本を中心に、広い範囲で河川の氾濫が相次いだほか土砂災害や浸水害が発生し、死者104人、行方不明者7人となりました。また、住家の全半壊は約33,000棟、浸水家屋は約31,000棟に達しました。 ※ 被害に関する情報は令和2年4月10日内閣府とりまとめ等による。10月25日からの大雨による被害を含む。  令和元年東日本台風は、10月の三連休に接近または上陸するおそれがあったことから、様々な主体がイベントの中止・延期、計画運休やタイムライン対応などの事前判断が行えるよう、台風上陸の3日前というこれまでにない早いタイミングで記者会見を実施しました。また、台風上陸前日には、予想される雨量が尋常でない記録的なものとなるおそれがあることを示すため、「狩野川台風に匹敵」と甚大な被害をもたらした過去事例を引用し、最大級の警戒を呼びかけました。各地の気象台でも段階的に防災気象情報を発表するとともに、ホットライン等により気象台から直接市町村長等に危機感を伝えました。この記録的な大雨により、13都県に大雨特別警報を発表したほか、15の河川で氾濫発生情報を発表しました。 イ.令和元年房総半島台風(台風第15号)  9月7日から9日にかけての令和元年房総半島台風はその接近・上陸に伴い、各地に暴風をもたらし、東京都神津島で最大風速43.4メートル、最大瞬間風速58.1メートル、千葉県千葉で最大風速35.9メートル、最大瞬間風速57.5メートルを観測するなど伊豆諸島と関東地方南部の6地点で最大風速30メートル以上の猛烈な風を観測し、関東地方を中心に19地点で最大風速の観測史上1位の記録を更新しました。  この影響で、千葉県を中心に住家4,269棟が全半壊、70,397棟が一部破損する被害が発生したほか、千葉県では電柱の倒壊や倒木が相次ぎ、最大約934,900戸で停電が発生しました。また、大雨の影響で浸水害や土砂災害が発生しました。 ※ 被害に関する情報は令和元年12月5日内閣府とりまとめ等による。  この台風は、記録的な暴風となるおそれがあることから、台風上陸前日に記者会見を実施し、首都圏を含め、急激に風が強まることなどについて厳重な警戒を呼びかけたほか、各地の気象台でも段階的に防災気象情報を発表して危機感を伝えました。 ウ.令和元年10月24日から26日にかけての大雨  日本の太平洋沿岸に沿って進んだ低気圧と日本の東海上を北上した台風第21号の影響により、10月24日から26日にかけて、関東地方から東北地方の太平洋側を中心に大雨となりました。特に千葉県や福島県では、当初の予想を上回り、この3日間の総降水量が200ミリを超えたほか、3、6時間降水量の観測史上1位の値を更新する記録的な大雨となり、土砂災害、浸水害、河川の氾濫が発生しました。  令和元年東日本台風の被災地では、少ない雨でも土砂災害や洪水が発生するおそれがあったことから、大雨が予想される前日に報道発表を行い、警戒を呼びかけました。加えて大雨の当日には、当初の予想を上回る記録的な大雨となる旨を、地元の気象台が臨時の図形式情報を発表して呼びかけました。 (2)新たに明らかとなった課題  甚大な水害や土砂災害が広域で発生したこれらの台風等について、令和2年(2020年)1月に改めて検討会を開催しました。検討会では以下のような課題が示されました。 ① 大雨特別警報の解除にあたり、解除後も引き続き大河川の洪水に対する警戒が必要であることへの注意喚起が十分でなく、解除が安心情報と誤解された可能性があった。 ② 「狩野川台風」を引用して記録的な大雨への警戒を呼びかけたが、強い危機感が伝わっていない地域もあった。 ③ 何らかの災害がすでに発生しているという、警戒レベル5相当の状況に一層適合させるよう、大雨特別警報の発表基準や表現の改善が必要。 ④ 「危険度分布」の認知や理解が依然として不十分。 ⑤ 災害危険度の高まりについて、長時間の予測を提供できていない。 (3)新たな課題への対応策  これらの課題について、令和2年1月から3月にかけて検討会において議論いただくとともに、3月31日に報告書がとりまとめられ、それぞれの課題に対応して今後気象庁が取り組むべき対応策が示されました。 ① 大雨特別警報解除後の洪水への警戒を促すため、警報への切替に合わせて、今後の洪水の見込みを発表。また、警報への切替に先立って、本省庁の合同記者会見等を開催することで、メディア等を通じた住民への適切な注意喚起を図るとともに、SNSや気象情報、ホットライン、JETTによる解説等、あらゆる手段で注意喚起を実施。 ② 特定の地域のみで災害が起こるかのような印象を与えないよう、過去事例を引用する際には、災害危険度が高まる地域を示す等、地域に応じた詳細かつ分かりやすい解説を実施。 ③ 大雨特別警報について、警戒レベル5相当の状況に一層適合させるよう、災害発生との結びつきが強い「指数」を用いて新たな基準値を設定し、精度を改善する取組を推進。 ④ 「危険度分布」を住民自ら避難の判断に利活用できるよう、「危険度分布」の認知度・理解度を上げるための広報を更に強化。また、「危険度分布」の通知サービスについて、住民の自主的な避難の判断によりつながるよう、市町村をいくつかに細分した通知の提供に向けて検討。 ⑤ 台風による大雨など可能な現象については、1日先までの雨量予測を用いた「危険度分布」等による、より長時間のリードタイムを確保した警戒の呼びかけを検討。  このほか、暴風災害への呼びかけの改善や警戒レベルにより適合した高潮警報の見直しなどの対応策も示されました。  気象庁では、これらの取組を関係機関と連携して実施し、防災気象情報の伝え方の改善に努めてまいります。 コラム ■台風接近に伴う東海道新幹線の計画運休  東海旅客鉄道株式会社 新幹線鉄道事業本部  指令担当部長  堀部 克実  東海道新幹線における計画運休の考え方は、第一にお客様の安全を確保することです。また、お客様がご乗車いただいている列車を長時間にわたり、途中駅や駅間で立ち往生させることは避けなければなりません。そのため、その時々の気象情報を収集し、可能な限り早い段階でお客様へのご案内を行い、安全に、ご迷惑をおかけしないように運行することを基本としています。  この考え方を基に、台風の接近などに伴い、列車への影響が見込まれる場合、①影響が想定される範囲(台風の大きさ・雨量・風速・進路・速度)②各駅においてお客様を滞留させてしまうリスク③駅間で列車が止まり、長時間足止めを余儀なくさせてしまうリスク等の状況を総合的に勘案し、お客様への早期告知を目的として、事前に計画運休を決定しています。令和元年に発生しました台風第19号は、これまで経験したことのない大型で、特に大雨を伴った台風でした。東海道新幹線では、台風の影響を最も強く受ける10月12日に、ほぼ全面運休としました。運行計画の策定にあたっては、12日が3連休の初日にあたり、多くのお客様のご利用が予想されたことから、極力前広に計画運休の実施とその詳細を明らかにすることが適切と考えました。まず、9日夕刻に計画運休の可能性を発表しました。その後、台風が当初の予想より早く接近することになったため、計画運休も前倒しし、11日午前10時に計画運休の詳細を発表するとともに、ホームページやツイッターなどを通してお客様へのお知らせに努めました。計画運休前日の11日は、元々3連休前の金曜日で大変多くのご予約を頂いている中、更に台風接近のために旅行行程を早められたお客様が加わり、各列車は夕刻より大変多くのお客様で混み合うことが想定されました。そのため、臨時列車を追加で設定し、出来得る限りの対応に努めました。台風が当社エリアを通過した後は、なるべく早い運転再開を目指し、13日未明から設備の損傷確認と線路内の飛来物除去に努めました。結果、13日は始発から列車の運行を行うことが出来ましたが、富士川の水位が高かったことなどにより、一部区間で速度を落として運転したため午前中は遅延が発生しました。  これまでの台風もそうでしたが、刻々と変化する気象情報の把握が最も重要で、その予報が列車の運行計画の判断に大きく影響します。より精度の高いタイムリーな気象予測に期待するとともに、お客様への的確なご案内が極めて大切であると改めて認識し、今後もより適切な対応に努めてまいります。 4 防災気象情報を支える新たな技術  防災気象情報は気象等の観測や予測といった専門的な技術の上に成り立っています。情報の改善には技術の進歩は欠かせません。気象庁ではこれまでも最新の科学技術を導入することにより、情報の改善を図ってきました。ここでは、防災気象情報を支える技術の進歩に関する近年の主な取組を紹介します。 (1)全球モデルの初期値作成処理の高度化  気象庁では、天気予報や大雨・暴風などの注意報・警報等の作成を数値予報に基づいて行っています。数値予報は、地球上の大気を格子点状に分割して気温、湿度、風などの値の時間変化を物理学の法則に基づきスーパーコンピュータを使って計算するものです。この予測計算では、基となる計算を開始する時間の値(初期値)が精度に大きく影響するため、様々な観測データを利用して初期値を作成します。  今般、全球モデルの初期値作成処理において、人工衛星搭載のマイクロ波放射計より得られる観測データを、これまで利用できなかった雲・降水域でも利用できるようにしました。これにより悪天下においても観測情報を反映したより現実に近い初期値の作成が可能となりました。  また、一般に低気圧や前線付近などでは、予測誤差が大きくなる(予測に不確実性がある)ため、観測データをより積極的に利用して初期値作成を行う必要がありますが、従来の手法では、気象条件に応じた予測の不確実性の違いを十分に扱うことができませんでした。今回の改善では、予測の不確実性の把握ができる技術「アンサンブル手法」と従来手法を組み合わせることで、この課題を解決しました。これらを令和元年(2019年)12月に導入し、台風進路予測と降水予測を改善させることができました。  下図は、平成30年7月豪雨で大雨が発生する2日前の時点における、改善前と改善後の予測を示しています。被害の大きかった広島市から呉市付近の24時間最大降水量の予測は、実際に観測された雨量に近いものとなりました。 (2)台風進路予報の改善  台風の進路予報では、予報そのものに加えて予報の信頼度に関する情報もお伝えしています。信頼度は、台風の中心が70%の確率で入ると予想される範囲を「予報円」として表現しています。この予報の信頼度の表現について、令和元年(2019年)6月に改善を実施しました。まず、近年の台風進路予報の精度向上により、最新の進路予報の検証結果から、予報円の半径をこれまでよりも平均して約20%小さくできることが確認できました。これを踏まえ、予報円の絞り込みを実施しました。  また予報円は、従来は主に台風の進行方向と速度ごとに統計的に算出していましたが、数値予報モデルで当該台風の進路予報を複数行った結果のばらつきを基に算出する手法に変更しました。これにより、予報の信頼度をより的確に予報円に反映できるようになりました。 (3)台風5日強度予報の開始  台風予報の精度向上を踏まえ、平成31年(2019年)3月14日から、それまで3日先まで発表していた台風強度予報を5日先まで延長して発表することとしました。これにより、4日先や5日先に台風が日本に接近することが予想される場合、台風接近時の防災行動計画(タイムライン)に沿った自治体等の防災対応を、より早い段階から効果的に支援することが可能となりました。 (4)台風発生前からの台風5日予報の開始  現在、台風になる前の熱帯低気圧に対しては、1日先までの予報を発表していますが、日本近辺で台風となり、その後すぐに日本に接近するような台風については、台風発生前の段階での予報の期間が短いため、この段階での対策が取りにくく、事前の対策が間に合わない可能性があります。このような台風に対しても、事前に十分に具体的な防災対策が取れるよう、令和2年(2020年)9月から、24時間以内に台風に発達すると見込まれる熱帯低気圧に対する5日先までの予報を開始する予定です。 コラム ■災害をもたらした台風の実態に迫る  気象研究所では、令和元年(2019年)に日本に深刻な被害をもたらした台風及びそれに伴う諸現象の実態を解明することを目的として、令和元年10 月15 日に緊急研究を立ち上げました。この研究は、従来の研究部を横断する体制とするとともに、大学等の研究者とも連携して実施しました。この緊急研究で得られた主な成果を、以下に紹介します。  まず、地上観測による令和元年房総半島台風(台風第15号)の最大風速・風向の解析結果から、この台風は、令和元年東日本台風(台風第19号)や平成30年(2018年)台風第21号と比較して、台風中心近傍において強い最大風速が集中していたことが明らかとなりました。また、気象レーダーデータの解析結果から、千葉県南部で地上風が強まっていた時間帯において、高度2キロメートル上空で風速毎秒50メートルを超える風が最大で2時間にわたり吹き続けたことが示されました。この台風が三浦半島及び東京湾を通過する際には、台風の中心付近の降水分布はより円形に近い構造となり、台風の強さは維持されていました。こうした暴風分布と構造変化は近年の日本に上陸した台風には見られない特徴でした。  次に、令和元年東日本台風の降水の特徴について調査した結果を紹介します。この台風は、気象レーダーデータや雷監視システムによる観測結果から雲氷はほとんど見られなかったため、融解層より下での対流により雨量が増大したことが示唆されました。また、日本広域に広がった降水分布における地形の影響を定量的に見積もるシミュレーションを行った結果から、前線の影響により東日本の広域で降水が広がったこと、関東地方の山地から伊豆半島にかけての領域、阿武隈高地や栃木県の山岳の南東から東斜面、新潟県上越地方の山岳の北斜面などで見られた局地的な降水量の増大には、前線よりはむしろ地形の影響があったことが示唆されました。  本緊急研究では、高波、高潮を含む台風及び諸現象に関する観測データや再解析データの収集・即時解析、数値シミュレーションの実施・即時解析を優先して実施しました。今後は、緊急研究で得られた知見を踏まえ、引き続き、台風の発達、構造変化や、大雨、強風、高波、高潮をもたらすメカニズムを解明すべく、研究を進めていきます。これらの研究成果を通じて、強風や豪雨の監視や予報の改善に貢献していきます。 トピックス Ⅰ 自然災害から身を守るための気象業務 トピックスⅠ-1 「南海トラフ地震臨時情報」の提供開始 (1)南海トラフ地震とは  南海トラフ地震は、駿河湾から日向灘沖までの南海トラフ沿いのプレート境界で概ね100~150年間隔で繰り返し発生してきた大規模地震です。過去の事例では、想定される震源域の東側半分の領域で大規模地震が発生し、時間差を持って、残り半分の領域でも大規模地震が発生したことがあるほか、東側と西側で同時に地震が発生したこともあります。  南海トラフでは、前回の昭和東南海地震(1944年)や昭和南海地震(1946年)が起きてからすでに70年以上が経過しており、次の南海トラフ地震の発生の切迫性が高まってきていると考えられています。  南海トラフ全体で想定される最大規模の地震が発生した場合は、静岡県から宮崎県にかけての一部の地域で最大震度7の激しい揺れが、関東地方から九州地方にかけての太平洋沿岸の広い範囲に10メートルを超える大津波の来襲が想定されています。 (2)南海トラフ地震に対する新たな防災対応  平成29年(2017年)9月に中央防災会議は、現時点では、地震の発生時期や場所、規模を確度高く予測することは困難である、つまり、南海トラフ地震を予知することは困難であると整理しました。一方、この報告の中で、確度の高い予測は困難であるものの、南海トラフ地震について「地震発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まっている」と評価することは可能であるとも指摘しました。これを受けて、中央防災会議に設置された「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応検討ワーキンググループ」において、どのような場合に地震発生の可能性が高まっていると評価されるか、また、その際にどのような防災対応をとるべきかについて議論が進められ、平成30年12月に報告がとりまとめられました。この報告では、例えば、南海トラフのプレート境界で、マグニチュード8.0以上の地震が発生した場合は、隣接した領域で更に大規模地震が発生することへの警戒が必要であること、従って、地震発生後の避難では明らかに避難が間に合わない地域で1週間避難を行う等の防災対応が必要であることが示されています。また、マグニチュード7.0以上の地震や通常とは異なる「ゆっくりすべり」(下の質問箱参照)が発生した場合は、日頃からの地震への備えの再確認等の防災対応をとるべきとされました。 質問箱 ゆっくりすべりとは何ですか?  近年、観測網の発達により、プレート境界では通常の地震よりもはるかに遅い速度でゆっくりとずれ動く「ゆっくりすべり」が発生していることが明らかになってきました。ゆっくりすべりは、継続期間によって、数か月から数年間にわたる「長期的ゆっくりすべり」と数日から1週間程度の「短期的ゆっくりすべり」に分類されます。  南海トラフ周辺の長期的ゆっくりすべりは、プレート境界の固着が強いと考えられている領域※より深い場所(深さ20~30キロメートル)で、数年から十年程度の間隔で繰り返し発生しています。また、南海トラフ周辺の短期的ゆっくりすべりは、長期的ゆっくりすべりの発生領域より深い場所(深さ約30~40キロメートル)で、数か月から1年程度の間隔で繰り返し発生しています。そして、短期的ゆっくりすべりの発生とほぼ同じ時期に、そのすべり領域とほぼ同じ場所を震央とする深部低周波地震と呼ばれる、通常の地震より長周期の波が卓越する地震が観測され、これは短期的ゆっくりすべりに密接に関連する現象と考えられています。 ※ 固着が強い領域では、フィリピン海プレートの沈み込みに伴いひずみが蓄積し、地震発生のエネルギーが蓄えられていると考えられています。 (3)「南海トラフ地震臨時情報」の提供開始  中央防災会議に設置された「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応検討ワーキンググループ」の報告(平成30年12月)をもとに、令和元年(2019年)5月31日に南海トラフ地震防災対策推進基本計画が変更されたことを受けて、気象庁では同日より「南海トラフ地震臨時情報」の提供を開始しました。この情報は、南海トラフの半分の領域で大規模な地震が発生し、残る半分の領域でも大規模な地震が発生する可能性が懸念される場合など、南海トラフ沿いで異常な現象が観測され、大規模地震発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まっていると評価された場合に発表されます。また、情報を発表する際は、情報の受け手が防災対応をイメージし適切に実施できるよう、「巨大地震警戒」等の防災対応等を示すキーワードを情報名に付記します。情報の詳細は第1部2章1節(3)をご覧ください。 (4)「南海トラフ地震臨時情報」が発表されたらどうすればよいのか  南海トラフ地震から自らの命を守るためには、家具の固定、避難場所・避難経路の確認、家族との安否確認手段の取決め、家庭における備蓄等の備えを日頃から確実に実施しておくことが重要です。  その上で、「南海トラフ地震臨時情報」を見聞きした際には、あらためて事前の備えを確認しておくことに加え、政府や自治体からの呼びかけがあれば、それに応じた防災対応をとることが大切です。  一方、南海トラフ沿いで異常な現象が観測されず、本情報の発表がないまま、突発的に南海トラフ地震が発生することもあります。このため、実際に大きな地震が発生した場合に避難などの適切な行動ができるよう、緊急地震速報や津波警報等を昼夜問わず見聞きできるようにしておくことも重要です。 コラム ■南海トラフ地震 地域「防災・減災」シンポジウム2019を開催しました  令和元年(2019年)5月から南海トラフ地震に関する新たな情報の提供が始まりました。南海トラフ地震や防災に関する取組などを紹介するとともに、地域の防災に携わる方々と、「南海トラフ地震臨時情報」や緊急地震速報、津波警報などの活用について議論することを目的としたシンポジウムを高知(11月18日)・宮崎(11月24日)・静岡(11月30日)・横浜(令和2年1月22日)の4会場で開催しました(主催:気象庁、内閣府政策統括官(防災担当)、消防庁、一般財団法人気象業務支援センター、緊急地震速報利用者協議会、開催地の地方気象台。後援:地球ウォッチャーズ -気象友の会- ほか)。各会場は、いずれもほぼ満員で、合計1,000名以上の方に参加いただきました。  シンポジウムは各会場とも、基調講演とパネルディスカッションの2部構成で行いました。基調講演ではまず、南海トラフ地震や南海トラフ地震に関連する情報について、気象庁から説明し、それぞれの県の防災対応や地域防災計画について県の防災部局担当者からお話しいただきました。  パネルディスカッションでは、「情報と行動が命を救う」をテーマに、「南海トラフ地震臨時情報」や「南海トラフ地震関連解説情報」等を活用した防災対応・行動のあり方等について、地域ごとの特色を踏まえたキーワードを設定し、それぞれの地域の各分野の有識者により議論いただきました。  シンポジウム全体は、「南海トラフ地震臨時情報」とそれに関わる防災施策、並びにそれを活用して命を守る行動をとる際に重要となる点を参加者に知っていただくことをメインテーマとして行いましたが、それぞれの地域ごとに特色のある意見を多数いただきました。例えば、高知会場では、一人では避難が困難な要配慮者の方の支援に、「南海トラフ地震臨時情報」をどのように活かせるのか、静岡会場では静岡県では東海地震に備えた対策を進めてきたが、それまでの防災対応を大きく見直すことになったこと、宮崎会場では避難する人が障害者、高齢者、子供、LGBT、外国人など多様であり、臨機応変に対応しなければならないこと、横浜会場では、首都直下地震への対応とあわせた防災対策の推進が重要なこと、など活発な意見交換が行われました。気象庁では、今回のシンポジウムで出された意見を踏まえて、「南海トラフ地震臨時情報」、「南海トラフ地震関連解説情報」や大規模地震の際に発表する緊急地震速報、津波警報等とそれらの情報を活用した防災対応・行動、地域防災等の普及・啓発に努めていくこととしています。 コラム ■南海トラフ地震臨時情報を受けた地方自治体の対応 高知県危機管理部南海トラフ地震対策課  高知県では、南海トラフ地震による被害の軽減や地震発生後の応急対策、速やかな復旧・復興に向けた事前準備など、具体的な取組をまとめた南海トラフ地震対策行動計画を定め、様々な対策を実施しています。その中で、「南海トラフ地震臨時情報」に対する対応についても、取組を進めているところです。  平成29年(2017年)11月の「南海トラフ地震に関連する情報(臨時)」の運用に併せ、まずは臨時情報が発表された際の初動体制について、県と市町村が連携して体制を構築しました。  一方で、臨時情報は不確かな情報で、対応が難しいという声もありましたが、県としては、地震対策は突発対応を基本としつつも、臨時情報により一人でも多くの命を救うために、国のワーキンググループでの検討と並行して、平成30年5月に臨時情報による防災対応を検討するための市町村会議を設置し、平成30年11月には、当面の対応方針(上図)を決定しました。  また、この会議の中で、避難所を開設する際の財政負担を心配する声もあったことから、令和元年度(2019年度)から、本県独自の財政支援制度、「高知県南海トラフ地震事前避難対策支援事業費補助金(予算額:500,000千円)」を創設し、臨時情報が発表された際に市町村が開設する避難所の運営費に対する支援策も設けたところです。  平成31年3月の国のガイドラインを踏まえ、市町村の防災対応が進むよう、令和元年7月に県版の検討手引きを策定するとともに、県民や事業者への啓発を進めるため、南海トラフ地震防災対策計画の作成が義務づけられている事業者への説明会を行い、延べ1,446名の方に参加いただきました。翌8月には、広報特別番組も放送するとともに、地域の防災学習会等での説明も継続して行い、臨時情報の周知に取り組んでいるところです。  県では、令和元年11月に臨時情報による防災対応について地域防災計画の改定を行い、全市町村が、令和元年度内に計画改定が行われるよう支援しています。 コラム ■「ゆっくりすべり」を捉える  「ゆっくりすべり」は、プレート境界で発生する通常の地震よりもはるかに遅い速度でゆっくりとプレートがずれ動く現象です(質問箱「ゆっくりすべりとは何ですか?」参照)。南海トラフなどで観測される「ゆっくりすべり」は、大規模地震が発生するプレート境界の固着が強い領域の近くで発生することから、大規模地震の想定発生プロセスに関わっているものと考えられます。「ゆっくりすべり」が大規模地震の発生域内で観測され、それが以前と比べより大きい規模であった場合は、地震発生の可能性の高まりを示す現象であるといえます。したがって、「ゆっくりすべり」がどのような場所で、どの程度の規模で発生しているのかを捉えることは重要です。気象研究所では、「ゆっくりすべり」のプレート境界での面的な分布を詳細に解析するための技術開発を行いました。  「ゆっくりすべり」は通常の地震とは異なり、地震計では捉えることはできませんが、ひずみ計などの地殻変動の観測により捉えることができます。そのような地殻変動観測データの変化をもとに、地下で発生している「ゆっくりすべり」の面的な分布を推定できます(図)。この例では、地下約30キロメートル付近の、深部低周波地震が発生している場所の近くで、短期的ゆっくりすべりが発生していると推定されます。  南海トラフ沿いで大規模地震発生の可能性が高まっていることを的確に検知するためには、「ゆっくりすべり」の発生場所や規模を正確に捉えることが重要です。「ゆっくりすべり」の全貌はまだ十分に捉えられていませんが、その研究を進めることによって、巨大地震への理解も進み、地震発生に伴う災害の防止・軽減に寄与するものと考えられます。 トピックスⅠ-2 海底から地震・津波を捉える ~海底地震津波観測網による緊急地震速報、津波警報の改善~  気象庁では、海域で発生した地震に対してより早く緊急地震速報を発表するため、近年、国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下「防災科研」という。)により整備された海底地震計のデータを活用するための検証を進めてきました。その結果、海底では地盤の状態が地上とは大きく異なることや地震計がしっかりと固定できないために、震源の近くでは地震の揺れが本来よりも大きく観測される場合があることがわかりました。このため、気象庁と防災科研は協力して、そのような大きな揺れを用いずに適切な揺れだけを解析に利用する技術開発を行い、「地震・津波観測監視システム(DONET)」及び「日本海溝海底地震津波観測網(S-net)」の観測データを令和元年(2019年)6月27日より緊急地震速報の発表に利用し始めました。これにより、緊急地震速報(警報)の発表が、紀伊半島沖から室戸岬沖で発生する地震については最大で10秒程度、日本海溝付近で発生する地震については最大で30秒程度早まることが期待されます。  また、沖合の観測点では沿岸に到達する前に津波を観測できることが多く、気象庁では沿岸に加えてDONETやS-net等で得られる沖合の津波観測データも監視しており、津波警報等の更新や「沖合の津波観測に関する情報」の発表に利用しています。 さらに、平成31年(2019年)3月26日からは、津波警報等の更新に、複数の沖合観測点で観測される津波観測データを用いて、より精度良く沿岸での津波の高さを予想する手法(tFISH※)も活用しています。 ※ tFISHは「tsunami Forecasting based on Inversion for initial sea-Surface Height」の略称です。tFISHは沖合で観測された津波データから津波の発生源(波源)を推定し、沿岸の津波の高さを津波到達前に予測する手法で、気象研究所で開発されました。 コラム ■海底地震津波観測網とは  国立研究開発法人防災科学技術研究所  地震津波火山ネットワークセンター長  青井 真  東日本大震災を引き起こした2011年東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9.0という日本周辺で知られている最大級の地震でした。このような陸から離れた海域で起こる巨大海溝型地震を、陸域における地震観測によるデータだけから即時に推定し警報を出すことは技術的に極めて困難なことであり、地震直後により早く正確な防災情報を出すには海底ケーブル式による定常観測が有効であることがあらためて認識されました。阪神・淡路大震災を契機に、2000年代の初めまでには陸域における地震の観測体制は量・質ともに世界でも類を見ないものとなっていました。一方、海域における地震や津波の観測も、気象庁による東南海沖ケーブル式常時海底地震観測システムなどいくつかの海底地震津波観測網がありましたが、東日本大震災当時の観測網は稠密に空間を覆うかたちでの地震や津波観測体制とはなってはおらず、新たな観測体制の構築が急務でした。  防災科学技術研究所(以下、防災科研)は、東日本地域太平洋岸沖合における地震や津波の早期検知・情報伝達などを目的として、千葉県房総半島沖から北海道沖日本海溝沿いの海域に日本海溝海底地震津波観測網(S-net)を2016年度末に整備しました。S-netは、津波を観測する水圧計と地震を観測する速度計や加速度計を備えた観測点150地点を合計約5,500kmにわたる光海底ケーブルで数珠つなぎに海底に敷設された世界最大規模の海底地震津波観測網です。7,000mを超える高い水圧のかかる深海に設置するため技術的に難易度が高く、故障時の修理が困難であることから様々な技術開発がなされています。また、巨大地震の発生が懸念される南海トラフ沿いにはJAMSTECが整備した地震・津波観測監視システム(DONET)があります。東日本大震災発生当時は、熊野灘沖をカバーするDONET1は整備途中でしたが、その後、紀伊水道沖をカバーするDONET2は東日本大震災の発生を受け整備計画が前倒され、全51点の整備を完了後に防災科研に移管されました。  地震は陸域でも海域でも発生し、海域の地震であってもエネルギーは地震波として陸へ到達して被害を起こします。観測を陸域と海域に分けているのは観測技術の問題に過ぎず、陸域と海域の観測データを統合的に解析することはさまざまなメリットがあります。S-netやDONETは防災科研陸海統合地震津波火山観測網MOWLASとして運用しています。  S-netやDONETのように人が住んでいない海域で観測することで、陸域や沿岸のみで観測する場合と比較して、地震動の検知が最大30秒程度、津波に関しては20分程度早くなります。 S-netやDONETのデータは気象庁にリアルタイムで伝送され、気象庁の緊急地震速報や津波警報などの各種警報業務等の猶予時間の増大や精度向上に貢献しています。また、新幹線をより早く安全に停止するなど民間事業者における防災対策でも活用されています。 トピックスⅠ-3 津波警報等の視覚による伝達のあり方 (1)はじめに  気象庁から津波注意報、津波警報または大津波警報(以下「津波警報等」という。)が発表されたとき、海岸は津波が最初に襲いかかる場所であることから、海の中にいる人は、津波に流されないために直ちに海から上がり、海岸周辺にいる人も含め、海岸から離れることが必要です。このため、海水浴客やマリンスポーツ・海釣りを行う人など、海水浴場等の海岸(以下「海水浴場等」という。)にいる人に対して、津波警報等が発表されたことをいち早くかつ確実に伝える必要があります。一方、平成23年(2011年)の東日本大震災では、岩手県、宮城県及び福島県における聴覚障害者の死亡率が聴覚障害のない人の2倍にのぼったとのデータがあり、このことは聴覚障害者への情報伝達が課題であることを示しています。  気象庁では、平成24年度(2012年度)及び令和元年度(2019年度)に、全国の自治体を対象として、海水浴場等における津波警報等の伝達に関するアンケート調査を実施しました。これによると、津波警報等が発表された際の海水浴場等での避難の呼びかけに関して、「聴覚」による手段に比べ、「視覚」による手段の整備事例は少ない状況であることが分かりました。また、旗を用いて津波からの避難の呼びかけを行っている先進的な自治体があるものの(右図参照)、全国的には統一がなされていない状況にあります。  近年、国や自治体等において、視覚・聴覚障害者等への的確な情報伝達がなされるよう配慮する等の方針が示されています。以上の点を踏まえ、気象庁では、「津波警報等の視覚による伝達のあり方検討会」(座長:東京大学田中淳教授)を開催し、令和元年10月から令和2年2月にかけて、海水浴場等において津波警報等を受ける聴覚障害者の立場を第一に考慮の上、望ましい「津波警報等の視覚による伝達」について検討を行いました。 (2)津波警報等の視覚による伝達のあり方検討会 ア. 検討に当たって  検討会では、既存の取組を考慮し、「旗」を用いた津波警報等の伝達について検討しました。この検討に当たっては、旗の「色彩」について視認性を重視し、その上で色覚の多様性や外国人への配慮の観点も考慮することとしました。また、実際の海水浴場において、有効性の検証を行うこととしました。 イ. 海水浴場における津波警報等の旗による伝達の有効性検証  本検討に当たり、筑波技術大学、公益財団法人日本ライフセービング協会及び一般財団法人全日本ろうあ連盟の協力のもと、神奈川県横浜市の「海の公園」にて、旗を用いた伝達の有効性の検証を行いました。検証に用いた旗は、既存の取組及び色彩学の観点から、赤旗、オレンジ旗及び赤と白の格子模様の旗(国際信号旗の「U旗」)等としました。  検証では、聴覚障害者の方にご協力をいただき、浜辺でライフセーバーにより掲揚された各種旗について、レスキューボートに乗船のうえ、浜辺から100メートル、150メートル及び200メートルの地点からそれぞれ視認性に違いがあるかを調査しました。  その結果、オレンジ旗に比べ、赤旗とU旗の方が遠距離からでも視認性が高いことなどがわかりました。また、より多くの意見を参考にするため、本検証実施時に撮影した写真を用いて、検討会委員の筑波技術大学の井上征矢教授が、聴覚障害者70名及び色の見分けが難しい人6名を対象に、旗の視認性等に関するアンケートを行いました。その結果、海岸での検証と同様に、赤旗とU旗の視認性がオレンジ旗よりも高く、さらにU旗は赤色が見えにくい人であっても視認性が高いことが確認されました。 ウ. 検討結果  検討の結果、「赤と白の格子模様の旗」(U旗)は、赤色が見えにくい人も含め視認性が高く、海からの緊急避難を呼びかけるものとして国際的にも認知されていることを踏まえ、海水浴場等における津波警報等の伝達に用いることが望ましい「旗」として、以下のとおり取りまとめられました。 ・色彩 : 赤と白の格子模様      (国際信号旗である「U旗」と同様の色彩) ・形  : 四角形 ・大きさ: 短辺100センチメートル程度以上とすることが望ましい ※ 津波注意報、津波警報及び大津波警報の伝達は全て同じ旗で行う ※ 解除の際の伝達は必要としない   気象庁では、本検討結果を受け、海水浴場等における津波警報等の旗による伝達が全国的に普及し、「赤と白の格子模様の旗」は「津波警報等」であることを聴覚障害者だけでなく外国人も含め広く理解いただけるよう、関係機関と連携し周知に取り組んでまいります。 コラム ■3月11日の津波、聴覚障害者は「逃げろ!」の声が全く聞こえなかった…  一般財団法人全日本ろうあ連盟  聴覚障害者災害救援中央本部  荒井 康善  2011年3月11日に発生した巨大津波。「逃げろ!」の言葉が届かなかった、逃げようとしたが逃げることができなかった障害者の死亡率は、住民全体に対する死亡率の2倍にも達していました。中でも防災無線が聞こえず、津波が来ることも知らずに亡くなった聴覚障害者が多くいました。  南海トラフ地震では津波の発生により甚大な被害が発生すると想定されています。聴覚障害の方々は災害緊急時に情報がなかなか取りにくいので、危険にさらされることがあります。一方で、もし情報を早くもらえれば、私たちはきこえないだけで身体は動くので、周りの人たちを助けることができます。いつでもどこでも情報にアクセスさえできれば、きこえない私たちも誰かを助けることができるのです。津波災害時に限らず、聴覚障害者に素早く命に関わる情報をどのように伝達すればよいのか、それだけでなく、きこえないということはどういうことなのか、皆さんで考えていただきたいと思います。  気象庁の「津波警報等の視覚による伝達のあり方」の検討により、津波警報等の視覚による伝達が全国的に普及し、津波警報等が聴覚障害者に一層確実に伝わるようになるとともに、津波被害の軽減につながることを期待します。そして、障害があるなしに関係なく、みんなの「命」を守り、安心して生活できる社会になれることを切に願っています。 コラム ■津波警報等の視覚による伝達手段の検討に聴覚障害学生とともに参加して  筑波技術大学産業技術学部  総合デザイン学科教授    井上 征矢  私が所属する筑波技術大学産業技術学部は、聴覚障害のある学生のみを受け入れる学部です。2016年に障害者差別解消法が施行され、障害のある人々への支援や配慮の整備が加速することが期待されています。そのような中、私が常々意識していることは、聴覚障害者を支援する制度や技術が構築される際に、自らも積極的に貢献できるような専門知識や技術力と、それらに裏付けされた発言力を身につけた学生を育てたいということです。  この度、「津波警報等の視覚による伝達のあり方検討会」に聴覚障害のある学生達とともに関わる機会を頂きました。災害時に聴覚障害者の命に関わる重要でかつ急務な検討です。その一環として行われた「海水浴場における旗による伝達の有効性検証」で使用された旗のうち5種類は、「安全色」や「案内用図記号」に関するJIS規格や、色覚の多様性などを考慮し、学生達とともに検討して提案したものです。結果的にそれらの案は採用されませんでしたが、日光、反射、風、揺れ、背景色、視距離などの多くの自然条件が絡む中で、講義室や研究室では分からない学びや発見がありました。また学生達は、自分達の案に固執せず、実効性を重視した公正な視点でその有効性を評価するなど、本検討に大きく貢献してくれました。聴覚障害者の命に関わる意義ある検討に、聴覚障害のある学生達とともに関わる機会を頂けたことに心より感謝申し上げます。  今後、当検討会から提案された「赤と白の格子模様の旗」の意味が周知され、聴覚障害者に限らず、より多くの人々の避難誘導に役立つことを願っています。 トピックスⅠ-4  天気分布予報と地域時系列予報を改良しました  気象庁では熱中症対策をはじめとした地域の防災支援を強化するため、令和2年(2020年)3月より、従来の20キロメートル四方の領域平均の天気分布予報を詳細化し、5キロメートル四方の解像度で提供しています。また、この変更に合わせて予報対象時間を翌日の24時まで延長し、降水量の階級の追加等の変更も行っています。同時に地域時系列予報についても予報期間の延長等を実施しました。今回の高解像度化や予報時間の延長は、平成8年(1996年)3月に「分布予報」の発表を開始して以来、初めての大きな改良となります。  天気分布予報は同じ時刻に発表する府県天気予報とも整合しており、従来提供していた予報よりも、実際の地域特性(地形や標高)に近い明日までの天気、気温(最高気温及び最低気温を含む。)、降水量などを詳しく確認できます。特に夏期に気温を確認いただくことにより、熱中症の防止に役立てていただけるものと考えています。 トピックスⅠ-5 大雪への備え ~雪に関する新たな情報~  平成30年(2018年)1月の首都圏での大雪や2月の北陸地方での大雪など、近年、集中的・記録的な降雪が発生し、大規模な車両渋滞・滞留を引き起こすなど、社会活動への影響が問題となっています。気象庁は、この状況を踏まえ、令和元年(2019年)の冬から雪に関する新たな情報の提供を開始しました。まず、現在の積雪・降雪の分布を推定する情報として、「現在の雪」(解析積雪深・解析降雪量)を令和元年(2019年)11月13日から開始しています。  さらに、大雪の際に各地の気象台が発表する気象情報において、冬型の気圧配置により日本海側で数日間降雪が持続するようなときなど、降雪量について精度良く予測が可能な場合には3日先までの降雪量予測を提供する取組を進めるほか、短時間に記録的な大雪があった際には一層の警戒を呼びかける取組も進めています。 トピックスⅠ-6 台風に関するハイレベル東京会議 (1)会議概要  気象庁は、世界気象機関(WMO)の枠組における熱帯低気圧地区特別気象センター(RSMC)の東京センター(以下「東京センター」という。)として、北西太平洋域の台風の監視を行い、東アジア地域の14の国と地域に対して、台風の進路や強度等の実況や予報を提供するとともに、地域内の予報官を対象とした研修等を実施しています。令和元年(2019年)が同センターの運用開始30周年に当たることを記念して、令和元年(2019年)10月10日(木)・11日(金)に、「台風に関するハイレベル東京会議」及び「熱帯低気圧RSMC東京センター30周年記念式典」を開催しました。  会議は、東京センターの情報を国内の台風防災対応に活用している東アジア各国・地域の気象局長官や、ホノルル(米国)、ラ・レユニオン(フランス)、マイアミ(米国)、ナンディ(フィジー)、ニューデリー(インド)それぞれの熱帯低気圧RSMCの所長、国内の台風防災に関わる機関の関係者を招いて行われました。  会議では、まず内閣府(防災)から法制度や防災計画をはじめとする我が国全体の防災対策の仕組み、国土交通省水管理・国土保全局から同省の水災害対策、東京都から地方公共団体の台風防災への取組を示し、日本の台風防災の全体像を紹介しました。さらに、各国気象機関や各RSMCからの取組の報告を受けて、これまでの30年間で気象現象の観測・予測技術が飛躍的に向上したことを確認しつつ、いまだ台風が甚大な人的・物的被害をもたらしている現状認識を共有しました。そして、今後の被害軽減のために必要な取組として、「早めの避難など、住民の適切な防災行動につながる防災気象情報を、国家気象機関がいかにデザインし発表・伝達すべきか」、「防災気象情報を活用して被害軽減につなげるために、どのような普及啓発活動や人材育成を進めるべきか」の2つのテーマについて、各国・地域の事例紹介と質疑応答を通じた討議を行いました。 台風から命と財産を守る10年ビジョン 国家気象機関が、国全体の防災対応のトリガーという役割を再認識し、水文等の他の科学技術分野、社会科学分野、緊急対応・市民保護部門と協働し、関係機関や住民一人一人の、台風災害から命を守り被害を最小化する意思決定と防災行動につながる情報を提供し、その利活用を促進する。それにより、台風に強い社会を実現する。 (2)東京宣言  2日間の熱心な議論を踏まえ、今後10年間で台風による災害リスク及び損失を大幅に削減するため、従来の自然科学的な観測・予測技術向上に加え、防災情報を適切な避難行動に結び付けるリスク認識や行動科学の理解を踏まえた台風防災への新しいアプローチが必要であることを、「台風から命と財産を守る10年ビジョン」を含む東京宣言としてとりまとめました。この宣言には、国家気象機関が、様々な分野の専門家と協力して適確な防災気象情報を発表する能力を高めるとともに、その防災気象情報を活用して各国・地域の防災関係機関が防災対応を行う際の「トリガー」としての役割を果たす、という会議出席者の決意が込められています。 (3)熱帯低気圧RSMC東京センター30周年記念式典  「台風に関するハイレベル東京会議」に続いて、東京センターの運用開始30周年を祝う「熱帯低気圧RSMC東京センター30周年記念式典」を開催し、東京宣言を発表しました。式典には安倍総理大臣がビデオメッセージを寄せ、東京センターが東アジア地域の防災活動に大きく貢献してきたことを述べるとともに、気象災害が激甚化するなかで、気象災害の軽減に果たすべき各国の気象機関の役割、我が国のイニシアチブがこれまでにも増して重要となっていることを強調しました。また、御法川国土交通副大臣は、令和元年が伊勢湾台風(昭和34年台風第15号)から60年の節目にも当たることに触れ、この台風がもたらした甚大な被害が契機となり政府が「災害対策基本法」を整備し、政府全体で防災対策に取り組んできたことを述べました。そして、その防災対策を更に強化する必要性、及び台風防災における東アジア各国・地域間の一層の協力強化の重要性を指摘しました。ターラスWMO事務局長は、この30年間に成し遂げられた気象現象の監視・予測技術の向上により、熱帯低気圧がもたらす人的被害が大幅に軽減された一方で、1970年から2019年に最も大きな経済的被害をもたらした10の自然災害のうち7が熱帯低気圧によるものであり、熱帯低気圧をはじめとする様々な自然災害に対応できるマルチハザード警報システムの構築が、将来の被害軽減につながるとして、各国・地域の更なる努力を促しました。  同会議と記念式典の開催翌日には、令和元年東日本台風(台風第19号)が関東地方を通過する状況になり、結果的に、会議出席者には防災への日本の姿勢を強く印象付けることになりました。この台風は、広い範囲で記録的な大雨をもたらし、河川の氾濫が相次いだほか、土砂災害や浸水害により甚大な被害が生じました。その後、政府内で、河川や気象の情報の発信や伝達等の課題について検証し改善策の検討が進められました。このような取組も、令和2年10月に開催される第4回アジア・太平洋水サミット等の場を通じて諸外国に共有していきたいと考えています。  気象庁は、「台風から命と財産を守る10年ビジョン」の実現を目指し、東京センターのサービスの拡充、我が国の経験や知見の共有、東京宣言として世界に発信した新しいアプローチに必要な人材の育成等を通じて、東アジアと世界の台風に強い社会実現に引き続き貢献していきます。 Ⅱ 地球環境を見守り、未来に繋げるための気象業務 トピックスⅡ-1  海洋気象観測船が捉えた海洋の深層循環  海洋は、地球温暖化により増加した熱エネルギーの約90%を取り込み、また、排出された二酸化炭素のうち約3割を吸収し地球温暖化を緩和する役割を担っています。こうしたことから、地球温暖化を監視する上で海洋の変動を把握することが重要になります。広い海洋を監視するためには、国際協力の下で衛星や船舶、自動観測装置(アルゴフロート)等を活用した観測が行われており、気象庁も参加しています。気象庁の海洋気象観測船は①台風・豪雨等の防災に向けた気象観測、②日本の気候に影響する海洋の循環を把握するための海洋内部の水温・塩分等の海洋観測、③二酸化炭素をはじめとした温室効果ガス観測、④海洋汚染の原因である海洋プラスチック類の目視観測、などを行っています。  その観測項目の一つに海洋中のフロン類の観測が挙げられます。フロン類はもともと自然界に存在しない人為起源の化学物質であるため、海洋には、海面から溶け込んでその海水が沈み込み海洋内部に運ばれたものしか存在しません。そのため海洋の循環等の追跡に利用できます。これまで太平洋の海底付近でフロン類が観測されたのはすべて南半球においてでしたが、平成30年(2018年)と平成31年(2019年)に行った気象庁の観測航海において、世界で初めて北太平洋の海底付近でもフロン類が検出されました。左下に地球全体の海水の循環のおおまかな模式図を示します。北太平洋の深層水は、南極周辺の海面で冷却された海水が海底付近まで沈み込み、南太平洋を北上してきたものであると考えられています(右下図の薄い青矢印)。今回東経165度線沿いに北半球でフロン類が見つかったことは、海底付近の流れの経路を観測から裏付けるものとなり、その速度は毎秒約1センチメートル(年間約315キロメートル)であることも示しています。  このような観測成果は、海洋大循環モデルの信頼性を高めるために利用され、さらには地球温暖化モデルの将来予測の精度向上に役立ちます。気象庁は、海洋気象観測船による様々な海洋の観測や解析を通じて地球環境を監視し予測情報を充実・強化することで、引き続き気候変動のメカニズム解明に貢献していきます。 トピックスⅡ-2 IPCC海洋・雪氷圏特別報告書の公表  気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、気候変動に関して、研究成果を収集、整理、評価し、成果を提供する政府間機関です。IPCCの報告書は、世界中の研究者が参加して数年ごとに取りまとめられ、各国政府機関等の地球温暖化対策に科学的根拠を与える重要な資料となっており、令和元年(2019年)9月には最新の報告書である「海洋・雪氷圏特別報告書」が公表されました(https://www.ipcc.ch/srocc/)。地球表面の7割以上を占める海洋、及び地球の陸域面積の約10%を占める雪氷圏(高山地域や極域の氷河など)は、地球システムの中で重要な役割を担うとともに海洋の沿岸域や雪氷圏に居住する人々、更に食料、水資源、観光、運輸、貿易などを含めると世界のほとんどの人に影響を与えています。この海洋及び雪氷圏の地球温暖化に伴う過去・現在・将来における変化やその影響に関する最新の科学的な知見を取りまとめた本報告書は、他のIPCC報告書同様、気候変動枠組条約に基づき実施される国際的な枠組や各国が実施する地球温暖化対策の基盤となる資料です。本報告書の作成には、日本からも専門家が参加するとともに、気象庁の海洋気象観測船などによる長期的な観測データや数値シミュレーション実験等も重要な知見として活用されるなど、我が国も貢献しています。  この報告書において、海洋及び雪氷圏の地球温暖化に伴う変化がより加速して変化していること、将来の海面水位上昇の予測がこれまでの見積もりより大きくなっているなどが明らかになりました。実際の報告書は700ページを超える大冊ですが、ここでは主な結果をいくつかご紹介します。 【海面水位】世界の平均海面水位は、グリーンランド及び南極の氷床の減少速度の増大、氷河の質量の減少及び海洋の熱膨張の継続によって、最近数十年加速化して上昇している。将来は海面水位の上昇が加速し、高潮などの極端な現象の頻度が増大すると予測されている。温室効果ガスの高排出シナリオ(RCP8.5)では、海面水位の上昇予測がIPCC第5次評価報告書より大きいものとなっている。 【雪氷圏】過去から現在まで、氷床・氷河の質量、積雪面積、北極域の海氷面積等が減少し、永久凍土の温度が上昇している。将来も気温上昇によって氷床・氷河の質量、積雪面積、北極域の海氷面積の減少が短期的(2031-2050年)に継続し、グリーンランド及び南極の氷床については21世紀中、更にそれ以降も加速して減少すると予測されている。 【海洋】過去から現在まで、海洋は確実に昇温しており、地球の余剰熱の90%以上を吸収している。また、海洋の酸性化及び酸素減少が進行している。将来は、21世紀にわたり水温上昇、酸性化、酸素減少が進むと予測されている。  この他にも、海洋及び雪氷圏の変化の影響として、生態系、漁業、観光、運輸・輸送、インフラ等の影響リスクなどがあげられています。  気候変動対策を進めるには、このような科学的知見が不可欠です。気象庁では、今後もIPCCの活動に貢献するとともに、我が国の地球温暖化対策に必要となる日本の気候変動の実態と見通しについて、最新の知見を取りまとめ情報の充実と発信に取り組んでいきます。 トピックスⅡー3 高層気象台創立100年を迎えて  我が国における高層気象観測は山岳での気象観測として始まり、明治43年(1910年)に茨城県・千葉県を襲った暴風雨により房総沖で漁船の大量遭難が発生したことを契機に、その重要性が広く議論されるようになりました。こうした中、地表から上空までの高層気象を総合的に探求すべく、今から100年前の大正9年(1920年)、茨城県筑波郡小野川村館野番外地(現在のつくば市長峰)に高層気象台が設立されました。  創立期の高層気象台は、凧、測風気球、探測気球、係留気球等を欧米から積極的に取り入れて観測を行い、我が国の高層気象観測の先駆的な役割を果たしました。なかでも、初代台長である大石和三郎は、大正12年(1923年)3月から大正14年(1925年)12月までの1,288回の測風気球を用いた観測を取りまとめ、冬の館野上空10 キロメートルに吹く、毎秒70メートルを超すジェット気流を世界に先駆けて発見するという、大きな功績を残しています。  高層気象台はその後、国際地球観測年(昭和32年~33年(1957年~1958年))を契機に成層圏オゾンと日射放射観測を、平成2年(1990年)に紫外線観測を開始する等観測対象を大気環境分野へと広げつつ、我が国を代表する観測点として精密な高層気象観測を行ってきました。また、これらの観測基準の維持・精度向上等に関する調査研究や技術開発、世界基準器との国際比較観測による国内基準器の維持、南極を含む国内測器の維持管理や技術支援を行うとともに、国内外の職員の研修を実施するなどの役割を担っています。  これら地球規模の気候変動・大気環境監視の基盤となる観測を実施している高層気象台は、世界気象機関による様々な観測計画に参加し、国際的な貢献もしています。例えば、上空の大気(気圧、気温、湿度、風)を観測する機器(ラジオゾンデ)を新しいものに更新する際には、新旧測器の比較観測による系統的な差を把握し、その補正を行うことで長期間均質な高層観測データの提供を行っています。また、オゾンを観測する機器であるドブソン分光光度計のアジア地区基準器を管理し、各国測器と比較観測することにより、アジア地区におけるオゾン観測の精度維持に貢献するとともに、観測データを各国に提供しています。  高層気象台は、今後も日本上空の高層気象観測を高精度に行い、地球規模の気候変動・大気環境の監視に貢献していきます。 トピックスⅡー4 南極昭和基地の60年  我が国の南極地域観測事業は、国際地球観測年(昭和32年~33年(1957年~1958年))を契機として始まり、「南極地域観測統合推進本部」(本部長:文部科学大臣)の下、関係省庁等が連携して実施しています。気象庁は昭和32年(1957年)の第1次観測隊より昭和基地を中心とする気象観測に参加しています。  初期の観測隊における任務は地上気象観測のみでしたが、その後、高層気象観測、オゾン観測及び日射放射観測と徐々に観測要素を増やし、現在は5人の越冬隊員を毎年派遣して観測を行っており、地上気象観測については、これまでに60年以上にわたる精度良い観測データを蓄積してきています。いずれの観測も世界気象機関(WMO)の国際観測網の一翼を担っており、得られた観測データは日々の気象予測に利用されるほか、世界の気象機関・研究者に提供して地球環境問題の解明と予測の基礎資料として活用されています。特に昭和基地でのオゾン観測結果は、南極オゾンホールの発見とその原因究明に大きく寄与したことから高い評価を受けています。  加えて、昭和基地は、50年以上にわたる品質の高い高層気象観測の実績が認められ、平成29年(2017年)に世界気象機関が主導する全球気候観測システム基準高層観測網(GRUAN)に登録されました。引き続き、気候変動・大気環境監視のために信頼できる高品質な高層観測データの長期取得及び世界各国の関係機関への提供を行ってまいります。  近年、昭和基地では各施設が更新時期を迎えており、これまで気象観測の拠点として使われてきた「気象棟」も建設から40年が経過し、老朽化が課題となっていました。令和元年(2019年)12月2日から、新たに建設した「基本観測棟」へ拠点を移し、安定した観測の継続に向けて新たなスタートを切りました。  気象庁は、これからも南極の地から地球環境の問題に取り組んでまいります。 Ⅲ 社会や暮らしの中の気象業務 トピックスⅢ-1  外国人に向けた防災気象情報の提供  近年の訪日外国人や滞日外国人労働者の増加を受け、災害発生時等の緊急時に必要な情報を外国人にも提供できるよう、政府一体となって取り組んでいます。気象庁では、大雨や地震発生時等において、外国人の方々が防災気象情報を入手でき、安全・安心に過ごせるよう、令和元年(2019年)7月に気象庁ホームページ(https://www.jma.go.jp/jma/kokusai/multi.html)において多言語による防災気象情報の提供を開始しました。  現在提供している情報は、地震情報、気象や津波、火山噴火に関する警報・注意報等の主な防災気象情報(下表参照)です。また対応言語は、当初は日本語、英語、中国語(簡体字・繁体字)、韓国語、スペイン語、ポルトガル語の6か国語のみでしたが、現在ではこれらにインドネシア語、 ベトナム語、タガログ語、タイ語、ネパール語、クメール語、ビルマ語、モンゴル語を加えた14か国語による提供を行っています。  また、防災気象情報に使用されている気象用語等の14か国語による訳語をまとめた「多言語辞書」を公開しています。この多言語辞書は、観光庁が監修する外国人旅行者向け情報提供アプリ「Safety tips」においても活用されており、様々な国から訪れる外国人の方々への情報提供に役立てられています。  気象庁では今後も、外国人を含むより多くの方に防災気象情報が活用いただき、災害発生時等の行動に役立てていただけるよう取り組んでいきます。 トピックスⅢ-2 気候予測データを活用した営農支援  気象庁では、全国都道府県の農業試験場や普及指導センター、病害虫防除所を始めとした様々な農業関係機関と、農作物の生産や管理における気候情報の活用について意見交換を行ってきました。その結果は、令和元年(2019年)6月に運用を開始した2週間気温予報を始めとする気候情報の改善に反映させるとともに、例えば水稲の収穫適期における刈り取り作業計画の策定や、果樹の開花時期における受粉作業等での人員配置への気候情報の新たな活用につながっています。以下のコラムでは、沖縄県における病害虫発生の監視と予測の現場での活用について紹介します。 コラム ■気象情報を利用した害虫対策  沖縄県農業研究センター農業システム開発班主任研究員  (前沖縄県病害虫防除技術センター予察防除総括)  真武 信一  沖縄県病害虫防除技術センターでは、農林水産省消費・安全局が定める植物防疫関係の要綱・要領に従って、ミカンコミバエ種群及びウリミバエの再侵入防止対策、ゾウムシ類の根絶事業等の「特殊病害虫防除事業」を実施しています。また、さとうきび、野菜類、果樹、水稲などを加害する主要病害虫の「発生時期と量」を予測し、防除の適期や要否を示した病害虫の「発生予察情報」を提供しています。発生予察情報は、農作物の生育にあわせて病害虫の発生状況を把握する定期調査に加えて気象予報等の蓄積されたデータをもとに毎月発出する定期予報と、臨時情報(警報、注意報、特殊報、技術情報)からなっています。これら情報の根拠として、過去の試験研究によって得られた病害虫の発生量と気象との関係に関する知見や積算温度を利用した病害虫の発生時期の予測モデルを用いており、この際に気象庁の1か月予報や平年値等を参考にしています。  2013年から当県の病害虫防除技術センター予察防除班と地元気象台との対話がはじまり、季節予報の解説や、解釈、気象庁のホームページから入手できるデータの利用方法の助言をいただいています。毎月開催する予察情報作成会議において行われる農業と気象の技術者同士の意見交換の中で、2週間先や1か月間の気温予測データ(確率予測資料)は、当センターのさとうきびの害虫の発生時期に関する情報に活用できることを確認し、それまで行っていた平年値を用いた発生時期の予測の方法を、予測値におきかえることにより、生産現場において防除実施の時期を逸することなく適切なタイミングで情報を発出することが可能となりました。令和元年には、2週間気温予報があらたに運用されたため、病害虫発生予察での活用の広がりや更に先駆的な活用が期待されるところです。  地球温暖化等を背景にした異常気象によるリスクの増大によって、農作物の生育時期や病害虫の発生時期や量の大幅な変動が懸念され、生産現場ではこれまでに経験したことのない極端な天候による様々な影響に対して的確に対応していくことが求められています。天候が平年から大きく異なる場合に防除適期を適切に予測できることは、病害虫発生予察現場における気温の予測値を用いる手法においても大きな利点となることでしょう。  今後の技術の進展によって、気象予測が更に高度で高精度になることを期待するとともに、地域の産業振興を支援する重要なツールとして、活用していきたいと考えます。 トピックスⅢ-3  気象データ利活用の進展  近年のIoT(Internet of Things)や人工知能(AI:Artificial Intelligence)に代表されるビッグデータ解析技術の発展により、多種多量なデジタルデータをリアルタイムで収集・蓄積・分析することが可能となってきています。このような様々なデータと気象データを組み合わせることで新たな価値が創出され、安全・安心や生産性向上を目的とした様々なビジネスの創出や既存のビジネスの強化が可能となります。  以下のコラムでは、IT企業における気象データを活用した取組について紹介します。 コラム ■不確実性の高い分野への気象データ活用の挑戦  株式会社日立製作所  サービス&プラットフォームビジネスユニット  Lumada CoE Scale by Digital推進部  担当部長 立仙 和巳  弊社は、“誰もが快適に、安心して、健やかに暮らせる社会をつくりたい”という想いの下、 持続可能な社会のために“経済価値”、“社会価値”、“環境価値”の向上により世の中を支える社会インフラ実現に向け事業を推進しております。  昨今、「気候変動適応法」の施行や「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」による報告書 (気候変動のリスク・機会を加味した財務諸表への経営戦略開示)など、気候、気象と経営の関係が密接になり、企業の取り組み自体が企業価値評価に反映される時代となりました。  日立グループでは、気象データの活用例として、既に日本で恒常化している課題であるゲリラ豪雨や大型台風による気象災害への対策に貢献するソリューションである「リアルタイム洪水シミュレータ『DioVISTA/Flood』」を(株)日立パワーソリューションズより提供しております。  また、今後の気象データ活用について、人の中に暗黙知として内在している現場ノウハウ(気象データの読み解きや活用方法など)を見える化し、生産性向上に寄与する分野に力を入れていく考えです。 例えば、工場向け設備運用ソリューションでは、季節の転換期(春から夏(冷房)、秋から冬(暖房))に工場内に外気を取り入れるエネルギーマネジメント分野に気象データ活用ノウハウを取り入れてサービス化しております(フリークーリング)。  更に将来に向けた新しいサービスとして、弊社は2019年12月に“インフルエンザ予報(感染症)”というトライアル事業を発表しました。感染症の予報という不確実性が高い分野ではありますが、気象データを活用した更なるサービス向上にチャレンジしていく方針です。 トピックスⅢ-4 AIを用いた竜巻等突風の自動探知・進路予測技術の研究開発  日本では近年、竜巻発生確認数は毎年20件を超えており、竜巻を素早く的確に捉え危険を回避するための気象予測は、気象災害を減らす上で重要な技術です。  空間スケールが小さくかつ急激に発達するために捉えにくい竜巻を早期に探知し、防災や減災を実現するためには、数分で起こっている上空の気流の様相-竜巻に伴う渦パターン-をドップラーレーダーの観測から正確かつ迅速に把握する必要があります。ただし、特に、夏季の竜巻は活発な対流を伴う積乱雲に伴って発生し、周囲に竜巻と紛らわしい多様なパターンが見られることから、渦パターンを正確に把握するためには、①竜巻渦と紛らわしいパターンの除外、 ②竜巻渦のパターンの抽出、の2つが必要となります。これらは、人間の目では見分けがつくものの、定式化した数学モデルに当てはめ一定のしきい値を設け処理する従来の方法では、片方を優先するともう片方が悪くなる、というトレードオフの関係にあり、両者を同時に満たすことは難しいことがわかっています。このため、AI技術の中で特に画像認識分野での実用化が急速に進んでいる深層学習を利用してこれらを判別する方法を開発しています。 深層学習の利用が進めば、竜巻の被害軽減に資するだけではなく、気象衛星ひまわり等における観測への応用にもつながり、従来より精度の高いかつ迅速な防災気象情報の確立が期待されます。 トピックスⅢ-5 気象科学館がリニューアルオープンします  令和2年(2020年)に気象庁本庁庁舎は現在の東京都千代田区大手町から港区虎ノ門に移転します。これに併せて、庁舎移転先である港区との複合施設内に気象科学館がリニューアルオープンします。今回、新しい気象科学館に一足先にお邪魔してきましたので、その模様をレポートします。 編集部(以下、編集):広報室長、今日はよろしくお願いします。 広報室長(以下、広報):よろしくお願いします。 編集:新しい建物できれいですね。天井も高くて大手町の気象科学館よりずっと明るくて広くなった感じがします。 広報:ありがとうございます! たくさんの方に来ていただきたいと思っています。 編集:地上14階、地下2階、延床面積約43,000平方メートルの鉄筋コンクリート造りで、この建物の2階に今回リニューアルオープンしたのが気象科学館なんですよね!同じ建物に港区立みなと科学館もオープンするので、両方をいっしょに回ることで楽しみながら科学を学べるんですよね。 広報:そうなんです。直径15メートルのプラネタリウムもあります。ぜひこれら3つとも見て、感じて、たくさんの学びを体験していただきたいと、港区も気象庁もそろって願っています。 編集:気象科学館がある2階に来ました。気象科学館に入っていきましょう! 入口を入り、少し進むとまず大きな円柱上のディスプレイが現れます。 編集:室長、なんというか……巨大ですね。すごい迫力です。これは何でしょうか。 広報:これは「うずまきシアター」と言いまして、日本の四季の気象現象やメカニズムを最新の映像技術を用いて臨場感たっぷりに紹介する360度体験シアターなんです。 編集:日本の四季ですか。外国人の方に見ていただくのも良さそうですね。東京の新しい観光名所になったりして。ワクワクするなあ。 広報:そうですね、外国の方にも是非来場いただきたいです。  さらに奥に進むと天気図や気象レーダー画像が映ったディスプレイが目に入ってきます。 編集:これは普段、予報の現場でよく見ますね。「あなたも予報官」みたいなコーナーでしょうか。 広報:そのとおりです。ある街に災害のおそれが迫っている、といったシナリオのもと、予報官が行う様々な判断を自ら体験しながら防災気象情報を学んでいただく予報官体験コンテンツです。予報官が普段どんな資料を見て予報を考えているのか、雰囲気だけでも感じていただければと思います。そして気象に少しでも興味を持ってもらえるとうれしいです。 編集:室長、最後に一言お願いします。 広報:はい。リニューアルオープンする気象科学館では、今日ご紹介した新しいコンテンツの他にも、津波シミュレーターや竜巻発生装置など、従来の科学館にあった展示物も引き続き展示します。日本では毎年のように自然災害が起こっています。いざという時、ご自身やご家族の命を守るためにも、社会全体で「防災・減災」への意識を高めていくことが大切です。この新しくオープンする気象科学館で気象の世界の一端を体験いただき、子供から大人まで、多くの方に防災・減災への理解を深めるきっかけにしていただきたいと思っています。みなさんのご来場をお待ちしています。 編集:ご来場お待ちしています!室長、今日はどうもありがとうございました。 気象科学館  東京都港区虎ノ門3丁目6-9 開館時間 午前9時~午後8時 休館日 毎月第2月曜、年末年始(12月29日~1月3日)、臨時休館日あり 入場無料 コラム ■この秋、気象庁は港区虎ノ門に移転します  今秋、気象庁(本庁庁舎)は現在の千代田区大手町から港区虎ノ門へ移転します。気象庁本庁の移転は昭和39年(1964年)以来56年ぶりとなります。また、今回の移転先となる虎ノ門は、明治8年(1875年)に気象庁の前身である東京気象台が我が国の気象業務を開始した気象庁にとって縁のある場所であり、約140年ぶりに戻ることになります。新しい庁舎は港区立教育センターとの複合施設となっており、リニューアルする気象科学館と港区立みなと科学館も併設されています。 半世紀以上を過ごした大手町を離れることになりますが、この地で先人たちが築き上げてきた歴史を引き継ぎ、気象庁は虎ノ門の地で新しい歴史を刻んでいきます。 第1部 国民の安全・安心を支える気象業務 序章 はじめに 1節 気象情報の流れ  気象庁は、気象・海洋や地震・火山などの自然現象を常に監視・予測し、的確な気象情報を提供することによって、自然災害の軽減、国民生活の向上、交通安全の確保、産業の発展などを実現することを任務としています。気象庁では、これらの自然現象に関する防災気象情報を、防災関係機関にオンラインで迅速に伝達すると同時に、テレビ・ラジオやインターネット等を通じて広く国民に発表しています。  気象庁が発表する大雨警報や津波警報などの防災気象情報は、様々な伝達手段を用いて防災機関や住民へ伝達されます。  例えば、気象庁では、防災気象情報をテレビ・ラジオ等の報道機関や気象庁ホームページなどを通じて住民へ提供しているほか、都道府県や消防庁を通じて市町村等防災機関に伝達しています。市町村からは、地域の実情に応じて防災行政無線や広報車の巡回、ケーブルテレビなどを用いて防災気象情報が周知されます。また、携帯事業者の協力を得て、緊急地震速報や大津波警報、津波警報、気象等及び噴火に関する特別警報を、該当する地域にいる一人ひとりの携帯電話に一斉に配信する「緊急速報メール」等を用いた伝達も行っています。さらに、最近では携帯電話やスマートフォンなどの各種アプリケーションを用いて、一人ひとりがその地域で必要な防災気象情報を手軽に手に入れることができるようになっています。  気象庁は、防災気象情報を防災機関や住民に効果的に伝達することにより、地域における防災力の強化や気象災害に伴う被害の防止・軽減を図っています。 2節 気象庁ホームページ  気象庁ホームページでは、大雨、地震・津波、火山噴火等に関する防災情報を掲載しています。掲載している防災情報には、警報・注意報や予報等を文字や表で伝えるものや、いつ、どこで洪水や浸水害発生の危険度が高まるのかがわかる「危険度分布」があります。また、これらの防災情報の解説や効果的な利用方法も合わせて掲載しています。平成30年(2018年)10月に、いま知りたい情報を分かりやすく表示するためトップページをリニューアルし、スマートフォン向けトップページも新設しました。気象庁ホームページは、日頃から防災情報の取得に有効に活用されており、1日で約1,800万ページビュー、特に、台風が接近している時などはアクセス数が増加し、5,000万ページビューを超えることもあります。 3節 防災情報提供センター  国土交通省は、省内の各部局等が保有する様々な防災情報を集約して、インターネットを通じて国民の皆様へ一つのホームページから提供するため、「防災情報提供センター」というウェブサイト(http://www.mlit.go.jp/saigai/bosaijoho/)を運用しており、その運営は気象庁が担当しています。  このウェブサイトからは、気象庁と国土交通省の各レーダーそれぞれの長所を活かして統合した雨の分布に、省内各部局及び都道府県などの雨量情報を重ね合わせて表示可能な「リアルタイムレーダー」をはじめ、河川、道路、気象、地震、火山、海洋などの各種の災害・防災情報を容易に入手することができます。  また、携帯端末向けのホームページ(http://www.mlit.go.jp/saigai/bosaijoho/i-index.html)では、屋外などパソコンが使えないような場所でも、これらの災害・防災情報を入手できるようにしています。 1章 気象の監視・予測 1節 気象の監視と情報発表 (1)気象等の特別警報、警報、注意報及び気象情報 ア.気象等の特別警報・警報・注意報及び気象情報の役割  気象庁は、大雨や暴風などによる災害の防止・軽減のため、気象等の特別警報・警報・注意報及び気象情報などの情報(防災気象情報)を発表しています。災害に結びつくような激しい現象が予想されるときには、まず数日前から気象情報や早期注意情報(警報級の可能性)を発表し、その後の危険度の高まりに応じて注意報、警報、特別警報を段階的に発表することで、都道府県、国の機関等の防災活動、市町村の避難勧告、住民の避難行動等の判断を支援しています。これらの内容や発表タイミングについては、平常時から防災関係機関との間で意見交換を行い、効果的な支援となるよう努めています。  特に、平成31年(2019年)3月に内閣府において「避難勧告等に関するガイドライン」が改定され、災害の危険度の高まりに応じて住民が適時的確な避難行動をとれるよう、防災情報(市町村の避難勧告や気象庁の防災気象情報等の情報)に警戒レベルを明記して防災情報が提供されることとなりました。この警戒レベルは、住民がとるべき避難行動を5段階に分けて表したもので、例えば、避難勧告は警戒レベル4に位置づけられています。気象庁では、この方針を受け、大雨・洪水・高潮の警報等を発表する際にどの警戒レベルに相当するか分かるように提供し、住民自らの判断による避難行動をより一層支援しています。気象に関する防災気象情報の種類を、下に示します。  なお、挙げられた防災気象情報の中でも、特に注目されることの多い大雨特別警報は警戒レベル5相当情報であり、上のような位置づけ・役割を持っています。特別警報の発表を待っていては手遅れになりかねません。大雨の際には、特別警報を待つことなく、避難勧告などに従って避難などを行うことが大切です。 イ.気象等の特別警報・警報・注意報 ○ 気象等の特別警報・警報・注意報及び早期注意情報(警報級の可能性)の発表  警報級の現象は、ひとたび発生すると命に危険が及ぶおそれがあります。このため、警報級の現象が発生すると予想される時間よりも前(最大で6時間程度前)に警報を発表することとしており、警報の発表に当たっては危険な時間帯が一目で分かるよう、警報級、注意報級の現象が予想される時間帯を赤色、黄色で示した時系列の表を付しています。また、警報級の現象が概ね6時間以上先に予想されている場合には、警報の発表に先立って警報に切り替える可能性が高い注意報を発表し、警報級の現象が予想される時間帯を明示しています。こうした、警報等の発表から現象発生までの猶予時間(リードタイム)は、警報等が防災関係機関や住民に伝わり安全確保行動がとられるまでにかかる時間を考慮して設けているものです。ただし、現象の予想が難しい場合にはリードタイムを十分確保できない場合もあります。  また、警報級の現象が5日先までに予想されているときには「早期注意情報(警報級の可能性)」を[高]、[中]の2段階で発表しています。なお、翌日までの早期注意情報(警報級の可能性)は、警戒レベル1に対応します。 ○ 危険度分布  大雨警報や洪水警報が発表された時に、実際にどの地域で危険度が高まっているかを5段階で示す「危険度分布」を発表しています。  5段階の危険度のうち最大の「極めて危険」(濃い紫)が出現した段階では、土砂災害がすでに発生していたり、氾濫した水により道路冠水等が発生して屋外への避難が困難となっていたりするおそれがあります。このため、大雨による災害から命を守るためには、土砂災害警戒区域や浸水想定区域、中小河川沿いにお住まいの方は、避難にかかる時間(土砂災害については約2時間等)を考慮し、遅くとも重大な災害となる可能性があるという基準に到達することが予測された「非常に危険」(うす紫)【警戒レベル4相当】が出現した時点で、速やかに避難開始の判断をすることが大変重要です。例えば、大雨警報(土砂災害)の危険度分布では2時間先までの予測値が土砂災害警戒情報の基準に到達しているタイミングで避難開始の目安となる「非常に危険」(うす紫)【警戒レベル4相当】が出現し、速やかに土砂災害警戒情報が発表されます。さらに、高齢者等の方が避難を開始する目安となる大雨警報(土砂災害)については、避難にかかる時間を考慮して、土砂災害警戒情報よりも1時間程度早く発表できるような基準を設定し、大雨警報(土砂災害)の危険度分布で「警戒」(赤)【警戒レベル3相当】が出現し、速やかに大雨警報(土砂災害)が発表されます。  また、大雨特別警報や大雨、洪水警報・注意報、土砂災害警戒情報が市町村単位で発表されるのに対し、危険度分布は1キロメートルメッシュごとの危険度の高まりを確認することができます。大雨警報等が発表されたときには、自分がいる場所の危険度を危険度分布で把握して、避難勧告等が発令されていなくても自ら避難の判断をしてください。  なお、危険度が高まっていなくても、自治体から避難勧告が発令された場合には、速やかに避難行動をとってください。 ウ.各災害に関する防災気象情報 ○ 土砂災害に関する防災気象情報  土砂災害は、建物に壊滅的な被害をもたらし一瞬のうちに尊い人命を奪ってしまう恐ろしい災害です。大雨によって土砂災害発生の危険度が高まるときには、危険度の高まりに応じて段階的に、大雨注意報【警戒レベル2】、大雨警報(土砂災害)【警戒レベル3相当】、土砂災害警戒情報【警戒レベル4相当】等を市町村単位で発表しています。このうち、土砂災害警戒情報は、命に危険を及ぼす土砂災害がいつ発生してもおかしくない状況となったときに、市町村長の避難勧告や住民の自主避難の判断を支援するために都道府県と気象庁が共同で発表しています。さらに、これらの情報が発表されたときに実際にどこで危険度が高まっているかを把握できるように、地図上で1キロメートル四方の領域(メッシュ)ごとに危険度の高まりを5段階に色分けして表示した「大雨警報(土砂災害)の危険度分布」を常時10分ごとに更新しています。  崖や渓流の付近など、土砂災害によって命が脅かされる危険性があると認められる場所は、都道府県が土砂災害警戒区域や土砂災害危険箇所(以下「土砂災害警戒区域等」という。)に指定しています。こうした区域にお住まいの方は「大雨警報(土砂災害)の危険度分布」を用いて早めの避難を心がけてください。 ○ 浸水害に関する防災気象情報  下水道等で排水しきれないほどの大雨が短時間で降ると、河川の氾濫が発生していなくても、周囲より低い窪地や道路のアンダーパス等に雨水が集まって家屋の床上浸水や道路冠水等の浸水害(いわゆる内水氾濫)が発生します。こうした浸水害の危険度が高まるときには、危険度の高まりに応じて段階的に、大雨注意報【警戒レベル2】、大雨警報(浸水害)等を発表しています。さらに、これらの防災気象情報が発表されたときや雨が強まってきたときに、どこで危険度が高まっているかを把握できるよう、地図上で1キロメートル四方の領域ごとに危険度の高まりを5段階に色分けして表示した「大雨警報(浸水害)の危険度分布」を常時10分ごとに更新しています。住宅の地下室や道路のアンダーパスは特に危険ですので、「大雨警報(浸水害)の危険度分布」を用いて、各自の判断で、こうした場所から離れ、屋内の浸水が及ばない階に移動する等の安全確保行動をとってください。 ○ 洪水災害に関する防災気象情報  河川の上流域における降雨や融雪によって洪水災害発生の危険度が高まるときには、危険度の高まりに応じて段階的に洪水注意報【警戒レベル2】、洪水警報【警戒レベル3相当】を発表しています。また、これらが発表されたときに実際にどの河川のどこで危険度が高まっているかを把握できるように、危険度の高まりに応じて、地図上で河川流路を概ね1キロメートルごとに5段階に色分けして表示した「洪水警報の危険度分布」を常時10分ごとに更新しています。この危険度分布には「指定河川洪水予報」(後述)の危険度も重ねて表示しています。 ・中小河川の洪水災害に関する防災気象情報  中小河川は、流域面積が比較的小さく、上流域に降った雨が河川に集まるまでの時間が短いため、短時間のうちに急激な水位上昇が起きやすい特徴があります。洪水危険度の急激な高まりに気付きにくいため、不意を突かれて逃げ遅れることのないよう早めの避難が必要となります。  中小河川であっても氾濫した際には家屋が押し流されたり、場所によっては浸水の深さが最上階の床の高さにまで達したりするおそれがあります。特に、山間部を流れる中小河川(山地河川)は、勾配が急で流れが速く、氾濫する前から水流によって川岸が削られて川沿いの家屋が押し流されるおそれがあるほか、氾濫した際も幅の狭い谷底平野に流路が限定されるため、谷底平野全体が川のようになって水かさが深くなりやすく、破壊力の大きな氾濫流が生じて家屋が押し流されるおそれもあります。「洪水警報の危険度分布」では、実際に急激な水位上昇が起きるより前の早い段階から、洪水危険度の急激な高まりの見込みを事前に把握できるようにしています。こうした区域にお住まいの方は「洪水警報の危険度分布」を用いて早めの避難を心がけてください。また、上流地点に出現した危険度の高まりは、その後、下流に移動してくる傾向がありますので、上流地点の危険度も含めて確認することで、自らに迫る危険をいち早く覚知して早めの準備や判断ができます。 ・大河川の洪水災害に関する防災気象情報  大河川は流域面積が広く、氾濫が発生すると、大量の氾濫水で周辺の家屋が押し流され、浸水も広範囲にわたり、場所によっては深く浸水した状態が長期間継続します。  流域面積が大きく洪水により大きな損害を生ずる河川については、気象庁は国土交通省又は都道府県と共同で「指定河川洪水予報」を発表しています。発表する情報は、危険度の高まりに応じて「氾濫注意情報」、「氾濫警戒情報」、「氾濫危険情報」、「氾濫発生情報」の4つがあり、河川名を付して「○○川氾濫危険情報」のように発表します。これらの情報と警戒レベルとの対応を図にまとめました。  氾濫が発生したときに水流で家屋が押し流されてしまう場合や浸水の深さが最上階の床の高さまで達してしまう場合等には命に危険が及びます。こうした危険のある家屋等にお住まいの方は自治体の避難情報や河川の水位情報に留意するとともに、指定河川洪水予報の氾濫危険情報が発表された時点で家屋等からの立退き避難を開始し、浸水想定区域の外の安全な場所に避難することが大変重要です。  これら大雨による災害について、危険度の高まりに応じて段階的に発表される防災気象情報、市町村の対応例、住民の方にとっていただきたい行動等の概要を図のようにまとめました。 ○ 気象等の特別警報・警報・注意報の発表区域と発表基準  気象等の特別警報・警報・注意報や土砂災害警戒情報は、おおむね市町村単位で発表しており、災害発生に密接に結びついた指標(風速、潮位や後述の指数など)を用いて発表基準を設定しています。警報・注意報の基準は、市町村ごとに過去の災害を網羅的に調査した上で、重大な災害が発生するおそれのある値を警報の基準に、災害が発生するおそれのある値を注意報の基準に設定しています。例えば、暴風警報の基準は「風速がこの値以上に到達すると重大な災害が発生するおそれがある」という値を設定しています。土砂災害や浸水害、洪水災害発生の危険度を判断する基準には、過去約25年分の災害データを用いています。例えば、土砂災害警戒情報の基準は「この基準を超えると、過去の重大な土砂災害の発生時に匹敵する状況となり、この段階では命に危険を及ぼす土砂災害がすでに発生していてもおかしくない」という基準を設定しています。地盤が崩れやすく土砂災害が発生しやすい地域では、過去の土砂災害履歴に基づき土砂災害警戒情報等の基準が低く設定されています。このように、大雨、洪水警報等や危険度分布の基準には地盤の崩れやすさの違いや河川の貯留施設等の影響なども一定程度反映されています。また、特別警報の基準は、数十年に一度という極めてまれで異常な現象を対象として設定しています。  特別警報、警報、注意報や土砂災害警戒情報は、基準以上に到達する現象が予想されるときに発表します。  なお、強い地震により地盤がゆるんだり、火山噴火により火山灰が積もったりしている地域では、降雨に伴う災害が通常よりも起きやすくなります。このような場合は、通常よりも警戒を高めるため、都道府県などと協議の上で、大雨警報などの基準を暫定的な値に引き下げて運用することがあります。 ○ 高潮災害に関する防災気象情報  台風や低気圧等の接近に伴う海面の上昇により、高潮災害が発生するおそれがあると予想されるときには高潮警報【警戒レベル4相当】や高潮警報に切り替える可能性が高い注意報【警戒レベル3相当】、高潮注意報【警戒レベル2】を発表しています。これらの警報等には、市町村長による避難勧告等の発令区域の判断を支援するため、予想される最高潮位(高潮の高さ)の標高を記載しています。高潮災害で命に危険が及ぶ範囲は高潮の高さによって大きく異なります。自治体のハザードマップなどで潮位(標高)に応じた浸水区域などをあらかじめご確認ください。そして、台風等の接近時に、警報・注意報等で伝えられる予想最高潮位を用いて、どのくらいの高さの高潮が予想されているかを自らご確認ください。高潮発生時に堤防を越えた波浪が家屋を直撃する場合や氾濫した水に家屋が押し流されてしまう場合等には命に危険が及びます。こうした危険のある区域にお住まいの方は、台風や急発達する低気圧の接近が予想されているときには、高潮注意報が発表されたら予想最高潮位の標高を確認し、お住まいの場所が命を守るために家屋等からの立退き避難が必要な場所かどうか確認するようにしてください。  さらに、高潮災害が起こるような台風等の接近時には、潮位の上昇よりも先に暴風が吹き始め、屋外移動が困難となりますので、高潮警報を待つことなく暴風警報が発表された時点で避難を開始する必要があります。そして、暴風が吹き始める段階までには高潮注意報の予想最高潮位に応じた浸水想定区域の外の安全な場所への避難を完了しておくことが大変重要です。 エ.その他の防災気象情報 ○ 台風情報  気象庁では台風や熱帯低気圧の動きを常時監視し、これらの実況(中心位置、進行方向と速度、大きさ、強さ)と予報(進路や強さ)を「台風情報」でお知らせしています。台風については、実況と12時間先、24時間先の予報を3時間ごとに、5日先までの24時間刻みの予報を6時間ごとに発表します。さらに、台風が我が国に近づき被害のおそれが出てきた場合には、様々な防災対策に利用できるよう、上記の情報に加えて、台風の実況と1時間後の推定値を1時間ごとに、24時間先までの3時間刻みの予報を3時間ごとに発表します。熱帯低気圧については、24時間以内に台風に発達すると見込まれる場合に実況と24時間先までの予報を発表していますが、令和2年9月(予定)からは5日先までの予報を発表することとします。台風や熱帯低気圧の予報では次ページ左上の図のように、中心が70%の確率で進む範囲(予報円)と、中心が予報円内に進んだ場合に暴風域(平均風速が毎秒25メートル以上の領域)に入るおそれのある範囲(暴風警戒域)を示します。  台風の勢力は、風速をもとにして台風の「大きさ」と「強さ」で表現します。「大きさ」は平均風速が毎秒15メートル以上の強風の範囲(強風域)を、「強さ」は最大風速を基準にしています。また、5日先までの「暴風域に入る確率」を各地域の時間変化のグラフ(3時間刻み)と日本周辺の分布図で示して6時間ごとに発表します。 ○ (全般・地方・府県)気象情報  低気圧や前線などの災害に結びつくような激しい気象現象について、現象の経過、予想、防災上の留意点などを気象情報(「大雨に関する気象情報」など)として発表します。これらの情報では、図表を用いて最も注意すべき点を分かりやすく示す図形式での発表も行っています。また、少雨、高温、低温や日照不足など、長期間にわたり社会的に大きな影響を及ぼす天候についての解説も気象情報(「高温に関する気象情報」など)として発表します。 ○ 記録的短時間大雨情報   大雨警報の発表中に、数年に一度しか発生しないような短時間の大雨を観測した場合には記録的短時間大雨情報を発表します。この情報が発表された地域では土砂災害や浸水害、中小河川の洪水災害の発生につながるような猛烈な雨が降っていることを意味しています。  この情報が発表されたら、実際にどこで災害発生の危険度が高まっているかを大雨・洪水警報の危険度分布で確認してください。 ○ 雨の実況と予測情報(解析雨量、降水短時間予報、高解像度降水ナウキャスト)  「解析雨量」は、気象レーダー観測で得られた1時間雨量の分布を、アメダスなどの雨量計で観測された雨量で補正し、1キロメートル四方の細かさで解析します。「降水短時間予報」は、解析雨量から雨域の移動や発達・衰弱を推定し、数値予報の予測雨量も用いて、6時間先までの各1時間雨量を1キロメートル四方の細かさで予測します。解析雨量と降水短時間予報は10分間隔で更新します。これに加え、降水短時間予報では、数値予報の予測雨量を用いて、7時間から15時間先までの各1時間雨量を5キロメートル四方の細かさで予測し、1時間間隔で更新します。これらは気象庁ホームページの「今後の雨」で提供しています。  一方、積乱雲などの極めて短時間に雨の強さが変化する雨雲に対応するため、きめ細かな雨の実況と予測情報を提供するのが「高解像度降水ナウキャスト」です(気象庁ホームページの「雨雲の動き」で提供)。5分ごとの雨の強さの分布を250メートル四方の細かさ(30分先まで。35分から60分先までは1キロメートル四方の細かさ)で予測するもので、5分間隔で更新します。高解像度降水ナウキャストでは、全国20か所の気象ドップラーレーダーのデータに加え、気象庁、国土交通省及び地方自治体が保有する全国約10,000か所の雨量計の観測データ、ウィンドプロファイラやラジオゾンデの高層観測データ、国土交通省のXRAIN(国土交通省高性能レーダ雨量計ネットワーク)のデータも活用して、雨域の内部を詳しく解析することにより、きめ細かな解析や予測を実現しています。 ○ 積乱雲に伴う激しい気象現象に関する情報 ・竜巻発生確度ナウキャストと竜巻注意情報  積乱雲に伴う竜巻などの激しい突風から身の安全を確保するための気象情報として、「竜巻発生確度ナウキャスト」と「竜巻注意情報」を提供しています。竜巻発生確度ナウキャストは、気象ドップラーレーダーにより観測される風のデータなどから、竜巻などの激しい突風が発生する可能性(発生確度1・2)を10キロメートル四方の細かさで解析し、その1時間先(10~60分先)まで予測するもので、10分間隔で更新します。竜巻注意情報は、天気予報と同じく各都道府県をいくつかに分けた地域に対して発表します。竜巻発生確度ナウキャストの発生確度2の地域に発表するとともに、竜巻の目撃情報が得られて竜巻の発生する可能性が高いと判断した地域にも発表します。竜巻注意情報が発表されたとき、情報発表から1時間程度は竜巻などの激しい突風に注意が必要です。 ・雷ナウキャスト  落雷による被害を防ぐための気象情報として、「雷ナウキャスト」を提供しています。雷ナウキャストは、雷監視システム(LIDEN)による雷放電の検知や気象レーダーにより観測される雨雲の発達などから、雷の状況を1キロメートル格子の細かさで解析し、その1時間後(10分~60分先)まで予測するもので、10分間隔で更新します。雷の状況は、活動度1~4で表します。このうち活動度2~4のときは、既に積乱雲が発達しており、いつ落雷があってもおかしくない状況です。屋外にいる人は建物の中に移動するなど安全の確保に努めてください。 コラム ■急発達する積乱雲の監視と情報発表  積乱雲が急激に発達すると、急な強い雨、落雷、竜巻・ダウンバーストなどの激しい突風といった気象(シビア現象)を伴うことがあります。このような急速に発達する積乱雲を、全国の3 次元レーダーデータ等の豊富な観測データを用いて全国一元的に集中監視し、効果的かつ効率的に情報発表作業を行うための体制(シビアストーム監視班)を気象庁本庁に新たに整えました。  シビアストーム監視班では、これまで地方気象台等から発表してきた「竜巻注意情報」及び「記録的短時間大雨情報」について、平成31年(2019年)1月29日から関東甲信地方を対象に、そして令和元年(2019年)6 月4 日からは全国を対象として一元的に発表しています。また、全国の警察・消防等から提供される竜巻等突風の目撃情報についても、現在ではシビアストーム監視班が一元的に受領し、竜巻注意情報の発表業務に活用するとともに全国の気象官署へ速やかに共有しています。さらに、積乱雲の発生・発達状況や今後の推移も分析し、その成果を全国の気象官署が行う予報や情報発表に活かしています。  大きな影響をもたらすシビア現象も、狭い地域でみれば発生する頻度は低いものです。このため、シビアストーム監視班が全国のシビア現象を一元的に監視し、多くの事例や知見を蓄積することで、さらに高度な監視に努めてまいります。 (2)天気予報、週間天気予報、季節予報  天気や気温は、日々の生活と密接にかかわっています。例えば、今日は傘を持って行った方がよいか、週末に予定している旅行ではどんな服装をすればよいかといった時に、天気予報が役に立ちます。 ア.天気予報  天気予報は、毎日5時、11時、17時に発表しています。天気予報には、「府県天気予報」、「天気分布予報」、「地域時系列予報」の3種類があります。  「府県天気予報」は、明後日(5時の発表では明日)までの風、天気、波の高さ、最高・最低気温、6時間ごとの降水確率を予報します。対象となる地域の1日ごとの天気をおおまかに把握する場合に適しています。  「天気分布予報」と「地域時系列予報」は、明日24時までの天気などを3時間刻みに予報しますので、府県天気予報よりも詳しい天気を知ることができます。「天気分布予報」では、面的な分布が一目で分かるので、雨が何時ころにどの辺りで降るか、気温が何時ころに何℃になるかといったことを容易に把握することができます。「地域時系列予報」では、対象となる地域の天気、風、気温の時間変化を知るのに便利です。 イ.週間天気予報  週間天気予報では、予報発表日の翌日から1週間先までの日々の天気、最高・最低気温、降水確率を、毎日11時と17時に発表しています。今日や明日の予報に比べ、さらに先の予報については、どうしても不確実性が大きくなります。週間天気予報では、その日の予報がどの程度信頼できるかという情報をお知らせするために、天気の信頼度と最高・最低気温の予測範囲をあわせて示しています。信頼度は、3日目以降の予報での降水の有無について「予報が適中しやすい」ことと「予報が変わりにくい」ことを表す情報で、予報の信頼度が高いほうから順にA、B、Cの3段階で表現します。例えば、2018年1月10日11時発表の島根県の週間天気予報では、14~16日は同じ曇り時々晴れという予報ですが、16日は14,15日よりも信頼度が低く、予報が変わる可能性が比較的高いことを示しています。また、気温の予測範囲は、2日目以降の気温の欄に(11~16)のように括弧を付して記述しています。実際の気温がこの気温の範囲に入る確率はおよそ80%です。 ウ.季節予報  季節予報には、予報期間別に、令和元年(2019年)に新たに開始した2週間先までの気温を予報する2週間気温予報、1か月先までを予報する1か月予報、3か月先までを予報する3か月予報、夏や冬の天候を予報する暖候期予報・寒候期予報があります。そのうち1か月予報、3か月予報、暖候期予報・寒候期予報では、予報対象期間の平均的な気温や降水量などを、予報区単位で3つの階級(「低い(少ない)」、「平年並」、「高い(多い)」)に分け、それぞれの階級が出現する可能性を確率で表現しています。2週間気温予報では、代表地点の最高・最低気温の予報も行います。また、2週間気温予報の対象期間に顕著な高温や低温または大雪が予想されたときには早期天候情報を発表して、注意を呼び掛けています。それぞれの予報の発表日時とその内容は表のとおりです。 (3)その他の情報 ア.光化学スモッグなどの被害軽減に寄与するための情報提供  気象庁は、光化学スモッグなどの大気汚染に関連する気象状況を都道府県に通報するとともに、光化学スモッグが発生しやすい気象状況(晴れて、気温が高く、風が弱いなど)が予想される場合には「スモッグ気象情報」や「全般スモッグ気象情報」を広く一般に発表しています。また、環境省と共同で光化学スモッグに関連する情報をホームページで提供しています。 イ.熱中症についての注意喚起  一般的な注意事項として熱中症も含めた高温時における健康管理への注意を呼びかけることを目的として、高温注意情報や日々の天気概況、気象情報の中でも、熱中症への注意の呼びかけを盛り込んで発表しています。  平成27年度(2015年度)からは、高温注意情報(概ね35℃以上※の高温が予想される場合)の発表を5時頃から17時頃の間に随時発表するように、また、高温注意情報を発表した場合だけでなく概ね真夏日(最高気温30℃以上)が予想される場合にも日々の天気概況で注意を呼びかけています。  さらに、令和元年(2019年)6月からは新たな情報として2週間気温予報の発表を開始し、2週間先にかけての気温を毎日予報するとともに、週に2回(原則として月曜日及び木曜日)、著しい高温が予想される場合は高温に関する早期天候情報を発表して注意を呼びかけています。  地方別、都道府県別の高温注意情報の発表状況、内容、気温予想グラフは気象庁ホームページで確認できます(https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kurashi/netsu.html)。  また、テレビ等の報道機関や関係機関を通じて伝えられますので、暑さを避け、水分をこまめに補給するなど、特に健康管理に十分気をつけてください。  ※一部の地域では35℃以外を用いています。 2節 気象の観測 (1)地上気象観測  気象台や測候所、特別地域気象観測所では、気圧、気温、湿度、風向・風速、降水量、日照時間などの地上気象観測を行っています。また、集中豪雨等の局地的な気象現象を把握することを目的として、これらの気象官署を含む全国各地の約1,300か所で、自動観測を行うアメダス(地域気象観測システム)により、降水量などを観測しています。このうち約840か所では、降水量に加えて、気温、風向・風速、日照時間を、また、豪雪地帯などの約330か所では、積雪の深さを観測しています。  地上気象観測により得られるデータは、防災気象情報の発表等に利用されるほか、ホームページなどを通じて広く提供されています。これらの観測データは、各観測地点における気温や降水量等の情報ですが、気象庁では、「今」の気象状況を、広がりをもった情報として見ることができるよう、「推計気象分布」を合わせて提供しています。推計気象分布は、アメダスの観測データに加えて、気象衛星ひまわりの観測データや解析雨量等を用いて気温と天気のきめ細かな分布を算出したものであり、観測点のない場所も含め、気象状況を面的に把握できるようになっています。 (2)レーダー気象観測  気象レーダーは、水平方向に回転するパラボラアンテナから電波を発射し、雨粒等によって反射されて戻ってくる電波を受信することで、どの位置にどのような強さの降水があるかを観測する装置です。気象庁は、全国20か所に設置した気象ドップラーレーダーにより、我が国の陸上全域と周辺の海上における降水の分布とその強さを5分ごとに観測しています。また気象ドップラーレーダーは、反射されて戻ってくる電波のドップラー効果を利用して、風で流される雨粒や雪の動きを観測する機能も備えています。このうち東京レーダーには、降水の強さをより正確に推定することが可能な「二重偏波気象ドップラーレーダー」を新たに導入しています。これらの観測成果は、気象庁ホームページ等で提供されるほか、天気予報や大雨警報などの気象情報の発表に利用されています。 (3)高層気象観測 ア.ラジオゾンデ観測  天気に影響する低気圧や高気圧などの予測を精度よく行うためには、これらの動きに大きく関連している上空の大気の観測が必要になります。このため、全国16地点で毎日決まった時刻(日本標準時09時、21時)に「ラジオゾンデ」という観測機器を気球に吊るして飛揚させ、地上から約30キロメートル上空までの気圧(高度)、気温、湿度及び風を観測しています。  ラジオゾンデの観測資料は、天気予報のほかに航空機の運航管理などにも利用されています。また、近年は、地球温暖化をはじめとした気候問題への関心が高まり、対流圏や成層圏の気温変化の監視など気候分野においても重要な役割を果たしています。 イ.ウィンドプロファイラ観測  ウィンドプロファイラは、地上から上空に向けて電波を発射し、気流の乱れや雨粒によって散乱されて戻ってきた電波を受信し、ドップラー効果を利用して上空の風向・風速を300メートルの高度間隔で10分ごとに観測します。気象条件によって観測データが得られる高度は変動しますが、最大12キロメートル程度までの上空の風向・風速が観測できます。全国33か所に設置したウィンドプロファイラの観測データは、実況監視や数値予報に利用され、大雨や突風等の解析や予測に必要不可欠なものとなっています。 (4)静止気象衛星ひまわり  気象を観測する衛星には様々なものがあり、目的によって地球を周回する高度や軌道が異なります。赤道上空約35,800キロメートルの静止軌道上に位置する静止気象衛星は、地球の自転周期に合わせて周回するため、同じ地域を連続して観測できることが強みです。気象庁が運用している静止気象衛星「ひまわり」は、常に東経140度付近にあって、日本を含む東アジア・西太平洋地域の広い範囲を24時間、常時観測しており、特に海上の台風の監視などに不可欠な観測手段となっています。  気象庁は、昭和53年(1978年)の初号機の運用開始以来40 年以上、静止気象衛星「ひまわり」による観測を続けてきました。現在は、世界最先端の観測機能を持つ「ひまわり8号・9号」が観測を行っています。「ひまわり8号・9号」の二機体制により、令和11年(2029年)までの長期にわたって安定した観測を継続することにより、国民の安全安心の確保や、アジア・太平洋地域の防災力の向上、気候変動の監視などに貢献します。  気象庁では、「ひまわり」のデータを使って雲や台風の解析などを行うほか、同じ地域を高頻度で常時観測できる「ひまわり」の利点を最大限に活かして、連続した複数枚の衛星画像から雲が移動する様子を解析することで、上空の風(風向・風速)を算出しています。この風のデータは、特に海上のように地上の観測所が存在しない地域を含む広い範囲で算出されるため、数値予報の精度向上のためになくてはならないデータとなっています。  「ひまわり6号・7号」では、5バンド(可視1、赤外4)による1時間ごとの全球観測を行っていましたが、「ひまわり8号・9号」では、16バンド(可視3、近赤外3、赤外10)による10分ごとの全球観測に加え、2.5分ごとの日本周辺観測、さらには台風や火山の噴煙など必要に応じて場所を決め、2.5分ごとに観測を行う機動観測が可能になり、また、空間分解能も可視1キロメートル、赤外4キロメートルから、可視0.5キロメートル、赤外2キロメートルとなりました。  観測機能の向上により短い時間間隔で高い空間分解能の画像を撮影でき、また観測バンドの種類も増えたため、従来よりも高い頻度、高い密度、高い精度で上空の風を算出できるようになり(上図)、これは台風の進路予報等の精度向上につながっています。また、「ひまわり8号・9号」の観測データは、黄砂や火山灰の監視、海面水温の算出や流氷の監視など幅広い用途に利用されています。これらのデータは日本のみならずアジア・太平洋地域を中心とした世界各国でも利用されています。  「ひまわり8号・9号」の機動観測機能については、「ひまわりリクエスト(外国気象機関から要請された領域に対する機動観測)」としてアジア・太平洋域内各国にも利用されており、それらの国における気象等の監視に大きく貢献しています。例えば、令和元年(2019年)よりオーストラリア東部で発生した大規模な森林火災に対しては、オーストラリア気象局の要請を受けて、オーストラリア東部を対象に森林火災を監視するための観測を行いました(右図)。観測データは現地気象局を通じて、オーストラリア政府による森林火災の発生域の特定に大きく役立てられました。  このほか、「ひまわり」には、その観測範囲内であればどこからでもデータを中継できる通信機能があり、国内外の離島や山岳地帯などに設置された観測装置で得られた気象データや潮位(津波)データ、震度データ等の収集に活用されています。 2章 地震・津波と火山の監視・予測 1節 地震・津波の監視と情報発表  地震による災害には、主に地震の揺れ(地震動)によるものと、地震に伴って発生する津波によるものとがあります。これらの災害を軽減するため、気象庁は、地震と津波を24時間体制で監視し、地震や津波が発生した時には、予測や観測結果の情報を迅速に発表します。地震発生直後の地震・津波に関する情報は、防災関係機関の初動対応などに活用されています。 (1)地震に関する情報  気象庁は、全国約300か所に設置した地震計や国立研究開発法人防災科学技術研究所や大学の地震計のデータを集約して、地震の発生を24時間体制で監視しています。また、地面の揺れの強さ(震度)を測る震度計を全国約670か所に設置し、地震発生時には、これらの震度計及び地方公共団体や国立研究開発法人防災科学技術研究所が設置した震度計のデータを集約(全国で合計約4,400か所)しています。気象庁は、これらのデータを基に地震発生時には次の情報を発表しています。 ア.緊急地震速報(地震動特別警報・地震動警報・地震動予報)  緊急地震速報は、地震の発生直後に震源に近い地震計で捉えた観測データを自動的に解析して、震源や地震の規模(マグニチュード)を直ちに推定し、これに基づいて各地での主要動の到達時刻や震度を予測し、可能な限り素早く知らせる情報です。また、観測点に揺れが到達し、周辺地域に強い揺れが来ることが予想される場合は、その旨もあわせてお知らせします。緊急地震速報により、強い揺れの前に、自らの身を守ったり、列車のスピードを落としたり、工場等で機械制御を行ったりして、被害の軽減が図られています。気象庁は、最大震度5弱以上の揺れを予想した際には、震度4以上の揺れが予想される地域に対し、緊急地震速報(警報)*を発表し、強い揺れに警戒する必要があることをテレビ・ラジオ・携帯電話等を通じてお知らせします。また、マグニチュードが3.5以上又は最大予測震度が3以上である場合等には、緊急地震速報(予報)を発表します。民間の予報業務許可事業者は、緊急地震速報(予報)の震源やマグニチュードを用いて、特定の地点の主要動の到達時刻や震度を予報し、ユーザーに対して専用端末等を通じ、音声や文字等で強く揺れることを知らせたり、制御信号を発して機械を自動制御したりするといった個別のサービスを行っています。 *震度6弱以上の揺れが予想される場合は地震動特別警報、それ以外の場合は地震動警報に位置づけています。 イ.地震情報  気象庁は、観測した地震波形などのデータから推定した震源の位置、マグニチュードや観測した震度などの情報を迅速に発表しています。地震発生の約1分半後に震度3以上を観測した地域をお知らせする「震度速報」のほか、震源の位置やマグニチュード、各地域や各市町村で観測された震度などをお知らせする「震源・震度に関する情報」など、観測データを基に順次詳細な情報を発表します。震度の情報はテレビやラジオなどで報道されるだけでなく、防災関係機関の初動対応や災害応急対策の基準としての役割があります。そのため、震度の観測においては地面の揺れを的確に観測できるよう検定に合格した震度計を使用し、設置方法等にも基準を設けています。また、地方公共団体の震度計についても同様の基準を満たすよう、気象台が技術的なアドバイスを行っています。さらに、高層ビル等における地震後の防災対応等に資するため、観測された長周期地震動階級などをお知らせする「長周期地震動に関する観測情報」を、気象庁ホームページで提供しています。 (2)津波に関する情報  気象庁は、地震により発生した津波が日本沿岸に到達するおそれがある場合には大津波警報・津波警報または津波注意報(津波警報等)を発表するとともに、津波の到達予想時刻や予想される津波の高さを津波情報として発表します。また、気象庁や関係機関が沿岸及び沖合に設置した約410か所の観測施設のデータを活用して津波を監視し、津波が観測されるとその観測結果を津波情報として発表します。 ○ 大津波警報・津波警報・津波注意報、津波予報、津波情報  海域で規模の大きな地震が発生し、地殻変動によって海底面が大きく持ち上がったり下がったりすることで、津波が発生します。気象庁は、陸域で浸水などの重大な災害が起こるおそれのある津波が予想される場合には「津波警報」(高さ1~3メートル)を、より甚大な災害となるおそれがある場合は特別警報に位置付けている「大津波警報」(高さ3メートル超)を、海の中や海岸、河口付近で災害が起こるおそれのある津波が予想される場合には「津波注意報」(高さ0.2~1メートル)を全国66に分けた津波予報区単位で発表します。なお、地震発生後、津波が予想されるものの災害が起こるおそれがない場合には、「津波予報」(若干の海面変動、0.2メートル未満)を発表します。  ただし、マグニチュード8を超えるような巨大地震が発生した場合は、地震発生から数分程度では地震の規模を精度よく求めることができないため、その海域における最大級の津波を想定して津波警報の第1報を発表します。このとき、非常事態であることを簡潔に伝えるため、予想される津波の高さを「巨大」(大津波警報の場合)、「高い」(津波警報の場合)という言葉で発表します。このような表現を用いた場合でも、地震発生から15分ほどで地震の規模を精度よく把握し、それに基づき予想される津波の高さを数値で示す津波警報等を発表しなおします。  津波警報等の発表後、沖合や沿岸の潮位データを監視して、津波警報等の切替えや解除等の判断を行っています。加えて、沖合で津波を観測した場合には、間もなく沿岸に津波が到達する可能性が高いことから、その観測点における第一波の到達時刻、最大の高さなどの観測値に加え、その観測値から推定される沿岸での津波の到達時刻や高さの予想を津波情報(沖合の津波観測に関する情報)で発表します。沿岸で津波を観測した場合には、観測した事実を速やかに知らせるため、第一波の到達時刻、最大の高さなどの観測値を津波情報(津波観測に関する情報)で発表します。 (3)「南海トラフ地震に関連する情報」と「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」  令和元年(2019年)5月31日に国の防災対策を検討する中央防災会議において、国の南海トラフ地震に対する防災対策の基本計画(南海トラフ地震防災対策推進基本計画)に、新しい南海トラフ地震に対する防災対応(トピックスⅠ-1参照)が追加されました。これを受けて、国や地方公共団体、企業等が、この基本計画に基づく防災対応をとりやすくするため、気象庁では、同日から「南海トラフ地震臨時情報」等の南海トラフ地震に関連する情報の提供を開始しました。  「南海トラフ地震に関連する情報」を発表するに当たり、有識者から助言をいただくために「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」(以下「評価検討会」という。)を開催しています。評価検討会には、観測データに異常が現れた場合に南海トラフ地震との関連性を緊急に評価するための臨時の会合と、平常時から観測データの状況を把握するために原則毎月1回開催している定例の会合があります。 (4)地震調査研究の推進とその成果の気象業務への活用  「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」(阪神・淡路大震災)を契機に制定された地震防災対策特別措置法(平成7年法律第111号)により、地震に関する調査研究を一元的に推進するため、総理府(現在は文部科学省)の特別の機関として地震調査研究推進本部(通称:地震本部)が設置されました。  また、同法に基づき、気象庁は、平成9年より地域地震情報センターとして、文部科学省と協力して大学や国立研究開発法人防災科学技術研究所等の関係機関の地震観測データを収集・処理しています。これらの収集・処理されたデータは、地震本部の下に設置されている地震調査委員会で行われる各種の地震活動評価や、大学など関係機関での地震調査研究に活用されるだけでなく、気象庁の地震情報等の防災気象業務にも活用され、多方面で防災・減災に役立てられています。 2節 火山の監視と情報発表 (1)火山の監視 ア.111活火山と火山監視・警報センター  我が国には火山噴火予知連絡会(同節(5)参照)により選定された111の活火山があります。気象庁では、本庁(東京)に設置された「火山監視・警報センター」及び札幌・仙台・福岡の各管区気象台に設置された「地域火山監視・警報センター」(両者をまとめ、以下「火山監視・警報センター」という。)において、活火山の火山活動を監視しています。活火山のうち、今後100年程度の期間の噴火の可能性及び社会的影響を踏まえ「火山防災のために監視・観測体制の充実等の必要がある火山」として火山噴火予知連絡会によって選定された50火山については、観測施設(地震計、傾斜計、空振計、GNSS観測装置及び監視カメラ等)を整備し、関係機関(大学等研究機関や自治体・防災機関)からのデータ提供も受け、24時間体制で常時観測・監視しています。  また、50火山以外の火山も含めて、火山監視・警報センターの火山機動観測班が現地に出向いて計画的に調査を行うほか、活動に高まりが見られた場合には、必要に応じて現象をより詳細に把握するため観測体制を強化します。例えば、平成30年の草津白根山(本白根山)の噴火の後、監視カメラや地震計を増設しました。火山監視・警報センターは、全国の活火山について、観測・監視の成果に基づき、火山活動の評価を行い、「警戒が必要な範囲」(生命に危険を及ぼす範囲)を明示して噴火警報を発表しています。 イ.火山活動を捉えるための観測網  噴火の前には、マグマや高温高圧の熱水が地表付近まで上昇するため、普段は見られない様々な現象(地震の群発、微動の発生、地殻変動、噴気温度の上昇、噴煙や火山ガスの増加等)が起きます。こうした現象は先行現象と呼ばれます。  高感度の観測機器を用いて火山現象に応じた適切な監視・観測をすることで、先行現象を捉えることができる場合があります。 ○ 震動観測(地震計による地震や微動の観測)  震動観測は、地震計により、火山体またはその周辺で発生する地震や微動を捉えるものです。地震や微動は、主に地下のマグマや火山ガス、熱水の活動等に関連して発生します。 ○ 空振観測(空振計による音波観測)  空振観測は、噴火等で生じる空気の振動を捉えるものです。天候不良等により監視カメラで火山の状況を監視できない場合でも、地震波形や空振波形により、噴火の発生と規模を検知することができます。 ○ 地殻変動観測(傾斜計、GNSS観測装置等による地殻変動観測)  地殻変動観測は、地下のマグマの活動等に伴って生じる山体の膨張・収縮を観測するものです。傾斜計は山体の傾きを精密に観測することができます。また、GNSS観測装置は、他のGNSS観測装置を組み合わせることで2点間の距離の伸縮を計測し、火山周辺の地殻の変形を検出することができます。いずれも地下のマグマ溜まりの膨張や収縮、熱水の動きを知り、火山活動を評価するための重要な手段となります。 ○ 監視カメラによる観測  監視カメラにより、噴煙の高さ、色、火山噴出物(火山灰、噴石など)、火映などの発光現象等を観測しています。気象庁では、星明かりの下でも観測できる高感度の監視カメラを設置しています。 ウ.現地調査  火山活動に変化がある場合は、現地に機動観測班を派遣し、現地調査を行うことにより、火山活動の正確な把握に努めています。また、全国の活火山について、平常時から計画的に現地に赴き、臨時のGNSS観測、熱や火山ガスなど陸上からの観測に加え、関係機関の協力により、ヘリコプターやドローン(第2部第3章第2節コラム「火口周辺調査に無人航空機(ドローン)を導入」参照)等による上空からの観測等を実施し、カメラや赤外熱映像装置などを用いて、地上からは近づけない火口内や地熱域等の様子や火山噴出物の分布等を上空から詳しく調査・把握するなど、継続的な火山活動の把握・評価に努めています。 ○ 熱観測  赤外熱映像装置を用いて火口周辺の地表面温度分布を観測することにより、温度の高まりなど熱活動の状態を把握します。 ○ 火山ガス観測  火山ガスは、水、二酸化硫黄、硫化水素、二酸化炭素などを主成分としており、これらを測定することで、火山の活動状況や地下のマグマの状態を推定しています。特に、二酸化硫黄は比較的容易に遠隔測定可能であるため、気象庁では火山ガス放出量の指標として火山活動の評価に活用します。 ○ 噴出物調査  噴火が発生した場合には、噴火の規模や特徴等を把握するため、大学等研究機関と協力して降灰や火山噴出物の調査を行い、火山活動の評価に活用します。 エ.災害を引き起こす主な火山現象  災害の要因となる主な火山現象には、大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流、溶岩流、小さな噴石・火山灰、火山ガス等があります。特に、大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流は、噴火に伴って発生し、避難までの時間的猶予がほとんどなく、生命に対する危険性が高いため、防災対策上重要度の高い火山現象として位置付けられており、噴火警報や避難計画を活用した事前の避難が必要です。 ・大きな噴石 噴火によって火口から吹き飛ばされる概ね直径20~30センチメートル以上の、風の影響をほとんど受けずに弾道を描いて飛散する噴石をいいます。 ・火砕流 噴火により放出された破片状の固体物質と火山ガス等が混合状態で、地表に沿って流れる現象です。火砕流の速度は時速百キロメートル以上、温度は数百℃に達することもあります。火砕流から身を守ることは不可能で、噴火警報等を活用した事前の避難が必要です。 ・融雪型火山泥流 火山活動によって火山を覆う雪や氷が融かされることで、火山噴出物と多量の水が混合して地表を流れる現象です。流速は時速数十キロメートルに達することがあり、谷筋や沢沿いを遠方まで流下することがあります。 ・溶岩流 溶けた岩石が地表を流れ下る現象です。流下速度は地形や溶岩の温度・組成にもよりますが、比較的ゆっくり流れますので歩行による避難が可能な場合もあります。 ・小さな噴石・火山灰 小さな噴石は、噴火によって火口から吹き飛ばされる直径数センチメートル程度の、風の影響を受けて遠方まで流されて降るものをいいます。特に火口付近では、小さな噴石でも弾道を描いて飛散し、登山者等が死傷することがあります。火山灰は、噴火によって火口から放出される固形物のうち、比較的細かいもの(直径2ミリメートル未満)をいいます。風によって火口から離れた広い範囲にまで拡散します。火山灰は、農作物、交通機関(特に航空機)、建造物などに影響を与えます。 ・火山ガス 火山活動により地表に噴出するガスのことです。水、二酸化硫黄、硫化水素、二酸化炭素などを主成分としています。火山ガスを吸引すると、二酸化硫黄による気管支などの障害や硫化水素による中毒を発生する可能性があります。 (2)噴火警報と噴火予報  噴火警報は、噴火に伴って、生命に危険を及ぼす火山現象(大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流等、発生から短時間で火口周辺や居住地域に到達し、避難までの時間的猶予がほとんどない現象)の発生やその危険が及ぶ範囲の拡大が予想される場合に、「警戒が必要な範囲」(生命に危険を及ぼす範囲)を明示して全国の活火山を対象に発表します。  例えば、「警戒が必要な範囲」が火口周辺に限られる場合は「噴火警報(火口周辺)」、「警戒が必要な範囲」が居住地域まで及ぶ場合は「噴火警報(居住地域)」として発表し、海底火山については「噴火警報(周辺海域)」として発表します。なお、「噴火警報(居住地域)」は特別警報に位置づけられています。これらの噴火警報は、報道機関、都道府県等の関係機関を通じて住民等に直ちに周知されるほか、気象庁ホームページに掲載されます。  火山活動の状況が静穏である場合、あるいは火山活動の状況が噴火警報には及ばない程度と予想される場合には「噴火予報」を発表します。  また、噴火警戒レベルが運用されている火山においては、地元の火山防災協議会で合意された避難計画等に基づき、気象庁は噴火警戒レベルを付して噴火警報・予報を発表し、地元の市町村等の防災機関は入山規制や避難勧告等の防災対応を実施します。 (3)噴火警戒レベル ア. 噴火警戒レベルの考え方  噴火警戒レベルは、火山活動の状況に応じて「警戒が必要な範囲」(生命に危険を及ぼす範囲)と防災機関や住民等の「とるべき防災対応」を5段階に区分した指標で、平成19年(2007年)12月から運用が開始されたものです。地元の自治体や関係機関で構成される火山防災協議会で、火山活動に応じた「警戒が必要な範囲」と「とるべき防災対応」が市町村・都道府県の「地域防災計画」に定められた火山で運用を開始しています。噴火警戒レベルが運用されている火山では、噴火警報・噴火予報に噴火警戒レベルを付して発表しています。  市町村等の防災機関では、あらかじめ合意された範囲に対して迅速に入山規制や避難勧告等の防災対応をとることができ、噴火災害の軽減につながることが期待されます。 イ.噴火警戒レベルの設定と改善  平成27年(2015年)12月に施行された活動火山対策特別措置法の一部改正により、常時観測火山の周辺地域では、火山防災協議会の設置が義務付けられました。令和2年(2020年)3月現在、48火山で噴火警戒レベルの運用が行われており、気象庁では、地元自治体等での具体的な避難計画の策定への助言を通じて、噴火警戒レベルの設定と改善を地元の火山防災協議会と共同で進めていきます。 (4)その他の情報等  噴火警報・予報以外にも、火山現象に関する予報として降灰予報と火山ガス予報を発表しています。  このほか、火山現象に関する情報や資料を発表して、火山活動の状況等をお知らせしています。 (5)火山噴火予知連絡会  火山噴火予知連絡会は、「火山噴火予知計画」(文部省測地学審議会(現文部科学省科学技術・学術審議会測地学分科会)の建議)の一環として計画を円滑に推進するため、昭和49年(1974年)に発足しました。  連絡会は、火山噴火予知に関する研究成果や情報の交換や、各火山の観測資料を検討して火山活動についての総合的判断、噴火予知に関する研究及び観測体制を整備するための検討を行っています。  連絡会は、学識経験者や関係機関の専門家から構成され、事務局は気象庁が担当しています。  全国の火山活動について定期的に総合的な検討を行うほか、火山噴火などの異常時には、臨時に連絡会や部会を開催し、火山活動の総合判断を行います。 コラム ■桜島と共生する火山防災トップシティとしての取組(鹿児島県鹿児島市)  鹿児島市危機管理局危機管理課  鹿児島市街地から鹿児島湾を挟んだ約4㎞の対岸にそびえる桜島は、60年以上の長きにわたって噴火活動を続けており、昨年は393回の噴火を起こしています。  市民にとって桜島の噴火や降灰は日常の事であり、桜島上空の風向きや降灰予報もニュース等で流れ、ロードスイーパーでの除灰作業が行われるほか、市民も宅地等の灰を「克灰袋」に集めるなど、地域全体で降灰対策に取り組んでいます。桜島島内では、退避壕や退避舎を設置しており、近年増加する海外からの観光客対応のため、4か国語表記での現在地や避難施設等の案内看板設置を行っています。また、令和元年度(2019年度)で第50回を迎えた桜島火山爆発総合防災訓練では、消防、警察、自衛隊等の防災関係機関と連携した実動訓練を実施しており、さらに、2か月に1回程度開催する火山防災連絡会では、気象台、大学(京都大学、鹿児島大学)、国、県、市で情報共有を行うなど、多くの機関と顔の見える関係づくりも行っています。  そうした中、本市では、桜島に対する火山防災対策を世界に発信することにより、国内外の火山災害の被害軽減に寄与できるものと考え、2019年3月には、鹿児島市火山防災トップシティ構想を策定しました。同構想では、市民と地域、事業者、研究機関・行政が一体となって、桜島に対する総合的な防災力の底上げを図るとともに、最先端の火山防災に取り組む「鹿児島市」を、火山の魅力も交えながら世界に発信することにより、交流人口に加え、関係人口の拡大を図ることとしています。  構想の1つ目の柱「大規模噴火でも『犠牲者ゼロ』を目指す防災対策」では、近い将来発生すると言われている桜島の大規模噴火に備え、桜島からの島外避難計画を、バスとフェリーの両方を活用した迅速かつ効率的な避難方法へと見直しました。また、全国に先駆けて大量軽石火山灰に関する本格的な検討を行い、避難対応、保健福祉、救急医療、軽石火山灰除去、ライフライン対策、土石流・河川氾濫対策の各分野に係る対策を、大量軽石火山灰対応計画として策定しています。また、車両走行や道路啓開作業の検証実験を行い、軽石火山灰が堆積した状況下において車両が走行できるか、また、道路啓開にどの位の資機材や作業量等が必要なのかを検証する実験を行いました。  2つ目の柱「次世代に『つなぐ』火山防災教育」としては、小学6年生を対象として、桜島の防災施設や災害遺構等への訪問体験事業のほか、小学校に火山専門家を派遣して講話やワークショップ等を行うとともに、火山防災教育用副読本の作成・配布を行いました。  3つ目の柱「『鹿児島モデル』による世界貢献」では、本市と同様に火山を抱えるインドネシアのスレマン県と、火山防災等の交流促進に関する覚書を締結し、今後、本市の火山防災対策やノウハウの提供を図ることとしています。  以上のように、本市のシンボル・桜島と共生していくため、ハード・ソフトの両面から火山防災対策に取り組んでいますが、より充実した実効性ある火山防災対策を確立できるよう、今後とも、気象台をはじめ関係機関の皆さま方と緊密に連携し、協力をいただきながら対応してまいりたいと考えています。 3章 地球環境の監視・予測 1節 異常気象などの監視と情報発表 (1)異常気象の監視  気象庁は、世界中から収集した観測データなどをもとに、我が国や世界各地で発生する異常気象を常に監視し、週・月・季節ごとに、極端な高温・低温や多雨・少雨などが観測された地域や気象災害をとりまとめた情報を発表しています。また、社会的に大きな影響をもたらす異常気象が発生した場合は、その特徴と要因、見通しをまとめた情報を随時発表しています。  なお、気象庁では、原則として「ある場所(地域)・ある時期(週、月、季節等)において30年間に1回以下の頻度で発生する現象」を異常気象としています。  さらに、我が国への影響が大きな異常気象が発生した場合は、異常気象分析検討会を開催します。異常気象分析検討会では、大学・研究機関等の第一線の研究者の協力を得て、最新の科学的知見に基づいた分析を行い、異常気象の発生要因等に関する見解を迅速に発表します。 (2)エルニーニョ/ラニーニャ現象等の監視と予測  エルニーニョ現象は、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象です。逆に、同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続く現象はラニーニャ現象と呼ばれ、それぞれ数年おきに発生します。エルニーニョ現象やラニーニャ現象が発生すると、日本を含む世界の様々な地域で多雨・少雨・高温・低温など、通常とは異なる天候が現れやすくなります。また、西太平洋熱帯域やインド洋熱帯域の海面水温の状態も日本や世界の天候に影響を与えます。  気象庁では、エルニーニョ/ラニーニャ現象、西太平洋熱帯域とインド洋熱帯域における海洋変動に関する最新の状況と6か月先までの見通しを、「エルニーニョ監視速報」として毎月10日頃に発表しています。 2節 気候変動の監視・予測  気象庁では、地球温暖化はじめ気候変動に係わる問題に対処するため、温室効果ガスの変動や、気温、降水量、海面水位等の長期的な変化傾向を監視して、気候変動の現状に関する情報として提供しています。また、地球温暖化に伴う将来の気候について、数値モデルで予測計算を行い、気候変動の将来予測に関する情報として提供しています。 (1)気候変動の監視  気象庁では、二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素などの温室効果ガスの大気中濃度の観測を行っています。国内3地点(綾里(岩手県大船渡市)、南鳥島(東京都小笠原村)、与那国島(沖縄県与那国町))で地上付近の温室効果ガス濃度を観測しているほか、北西太平洋域において、航空機による上空の温室効果ガス濃度の観測及び海洋気象観測船による洋上大気の二酸化炭素濃度の観測(第3節参照)を行っており、これらのデータを基に我が国周辺の温室効果ガスの変動を監視しています。  上図に示される二酸化炭素等の温室効果ガスの濃度の増加の影響で地球温暖化が進行し、それに伴い、雨の降り方等も変化します。このような気候の変化を監視し、気候変動対策の基盤情報として提供するため、全世界の観測データ等を収集・解析し、その成果を世界の平均気温や降水量の長期的な変化傾向に関する情報として公表しています。また、地球温暖化に伴う国内の気候の変化を監視するため、長期的な観測データ等をもとに、全国・地方を対象に平均気温や降水量、猛暑日や大雨などの極端現象の長期的な変化傾向に関する情報を公表しています。  気象庁では全国の検潮所で観測された海面水位データをもとに、日本沿岸の海面水位の長期的な変化傾向を監視しています。日本沿岸の海面水位は、1906~2019年の期間では上昇傾向は見られないものの、1980年代以降、上昇傾向が見られ、この期間でみると、日本沿岸の海面水位の上昇率は世界平均の海面水位の上昇率と同程度になっています。  IPCC海洋・雪氷圏特別報告書(2019年)(トピックスⅡ-2参照)では、世界平均の海面水位は最近の数十年加速化して上昇しており、今後も上昇速度が増加しながら続いていき、100年に1度発生していた高潮が、2100年頃には毎年どこかで起こるようになるとの予測が示されています。  日本の沿岸でも将来的に海面水位が上昇し、顕著な高潮による災害の頻度が増す可能性もあることから、今後も引き続き海面水位の監視を行うとともに、継続して海面水位に関する情報を公表します。  気象庁は、上記のような我が国と世界の観測に基づく大気や海洋の監視情報を「気候変動監視レポート」として毎年公表しています。 (2)気候変動の将来予測  気候変動対策を講じるためには、将来の気候の状態を予測した情報が必要です。気象庁は、二酸化炭素などの温室効果ガスの増加に伴って、将来の気候がどのように変化するのかを数値シミュレーションモデルを用いて予測し、気温や降水量等に関する日本全国の予測結果を数年ごとに「地球温暖化予測情報」として公表しています。最新の予測情報は、平成29年(2017年)に公表した「地球温暖化予測情報第9巻」です。ここでは、将来の温室効果ガス濃度が最も高くなる想定、すなわち地球温暖化の影響が最も大きくなる想定で、21世紀末の日本の気温や降水量、猛暑日や大雨の頻度等の変化を予測しています。防災分野をはじめとした各分野の気候変動対策に活用されることが期待されます。また、気温の上がり方や雨の降り方の変化は地域によって異なりますので、同様の気候変動の予測データに基づいて、各地方の将来変化に関する予測情報も公表しています。 コラム ■地球温暖化に伴うアジアモンスーン地域の降水変化  日本を含むアジアの多くの国の気候は、大陸・海洋間の温度差から生じるモンスーン(季節風)の影響を強く受けています。夏になると、地上付近では海洋から大陸に向けて水蒸気を多く含んだ風が吹きこみ、大陸やその周辺では大量の雨が降ります。モンスーンは豊富な水資源をもたらす一方で時に水災害をもたらすため、モンスーン地域における降水の将来予測は重要な課題です。ここでは、世界の多数気候モデルによる将来予測(第5期結合モデル相互比較実験)データに基づいて、地球温暖化に伴うアジアの降水の将来変化とその要因分析をした結果について紹介します。  気候モデルの予測によると、温室効果ガスの排出削減対策をとらない場合、21世紀末の雨季の平均降水量は、日本を含む東アジアでは8%(3~17%)増加、南アジアでは13%(7~18%)増加すると予測されています※1。大雨強度※2については、東アジアでは19%(9~33%)増加、南アジアでは22%(12~48%)増加すると予測されており、平均降水量と比べて大きな増加率となっています。アジアのモンスーン地域では世界のモンスーン地域よりも増加率が大きい点が特筆されます。また、温室効果ガスの排出削減対策を十分にとる場合、各指標の変化は温室効果ガスの排出削減対策をとらない場合よりも大幅に小さいことが分かります。   地球温暖化が進行すると、モンスーンは全般的にやや弱まりますが、大気中の水蒸気量が増加するため、海洋から大陸に向かう水蒸気量は増えて、モンスーン地域の降水量は全般的に増加します。ただし、モンスーンの変化には地域性があり、アジアでは、大陸・海洋間の温度差増大によるモンスーン強化の働きにより、降水量の増加率は大きくなります。また、大雨のような短期現象の変化では、水蒸気量増加の影響が卓越するため平均降水量に比べて増加率がより大きくなります。  日本を含むアジアのモンスーン地域では、今後ますます水災害への備えが必要になるでしょう。 ※1 値は多数の気候モデルによる将来予測の中央値と不確実幅で、20 世紀末に対する 21世紀末の値の増加率。 ※2 雨季最大5日間降水量 3節 海洋の監視  地球表面の7割を占める海洋は、人間の社会経済活動に伴い排出される二酸化炭素の約3分の1を吸収するとともに、大量の熱や二酸化炭素を蓄えています。そのため、海洋は大気中の二酸化炭素濃度の増加や、それにより引き起こされる地球温暖化の進行など地球環境や気候変動に大きな影響を及ぼしています。また、海洋の二酸化炭素濃度が増加することで海洋の酸性化が進み、海洋の生態系への影響、ひいては水産業等の経済活動への大きな影響が懸念されています。  気象庁は、世界気象機関(WMO)やユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等による国際的な協力体制の下、海洋がどれだけの二酸化炭素を吸収しているかを調べるため、日本周辺海域及び北西太平洋で海洋気象観測船やアルゴフロートなどによって海洋の観測を実施しています。  海洋気象観測船は、北西太平洋全体の主要な海流を横切るように設定された観測線に沿って、海面から海底までの海流や水温、塩分、二酸化炭素などの温室効果ガスや関連する化学物質(酸素、栄養塩(植物プランクトンが育つための栄養となるリン酸塩、硝酸塩など))の高精度な観測を実施しています。  アルゴフロートは、海面から深さ2,000メートル付近までの水温・塩分の鉛直分布を自動的に観測する機器です。WMO、IOCや各国の関係機関の連携により、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視するとともに、地球温暖化をはじめとする気候変動の実況把握とその予測精度向上を目指す「アルゴ計画」が推進されており、気象庁は、文部科学省などの関係省庁と連携してアルゴフロートによる観測を実施しています。  気象庁では、収集したこれらの観測データなどを用いて、地球温暖化に伴う海洋の変化や、海域ごとの海水温、海面水位、海流、海氷、海洋汚染の状態、変動の要因及び今後の推移の見通しを気象庁ホームページの「海洋の健康診断表」や「海洋の情報」で公表しています。 4節 環境気象情報の発表 (1)オゾン層・紫外線の監視と予測  上空のオゾン層は、太陽からの有害な紫外線を吸収し、地上の生物を保護しています。気象庁は、国内及び南極昭和基地のオゾン層・紫外線の観測結果や、地球観測衛星のデータ等を解析して、オゾン層・紫外線の毎年の状況や長期変化傾向を監視しています。これらの観測・解析の成果は、気象庁ホームページで公表しており、オゾン層保護の取組などに活用されています。  また、毎日の生活の中で紫外線対策を効果的に行えるように、気象庁ホームページにおいて、翌日までの紫外線の強さの実況値・予測値を毎日提供しています。紫外線の強さは、有害紫外線の人体への影響度を示す指標(UVインデックス)を用いています。 (2)黄砂の監視と予測  黄砂現象とは、東アジアの砂漠域(ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠など)や黄土地帯から強風により吹き上げられた多量の砂じん(砂やちり)が、上空の風に乗って運ばれ日本へ飛来する現象で、春に多く見られます。黄砂が発生すると、洗濯物や車が汚れるといった一般生活への影響があるほか、まれに交通障害の原因となり、全国的に大きな影響を与える場合もあります。  気象庁では、黄砂が日本の各地で広く観測され、その状態が継続すると予測される場合には「黄砂に関する気象情報」を発表して注意を呼びかけています。また、気象庁ホームページにおいて、黄砂の解析予測図や気象衛星ひまわりによる画像ご覧いただけます。これら気象庁の提供する黄砂に関する情報は、環境省と気象庁が共同で運用する「黄砂情報提供ホームページ」からも確認することができます。 コラム ■黄砂解析予測図の提供開始  気象庁では、黄砂の飛来に関して注意喚起するための気象情報として、黄砂についての観測、予測分布図及び気象衛星ひまわりの監視画像を気象庁ホームページにて提供しています。  令和2年(2020年)1月から、黄砂の前日の飛来状況から3日先の予測までを連続的かつ面的に表示する「黄砂解析予測図」の提供を開始しました。  さらに、これまで日本とその周辺だった表示対象領域を、ゴビ砂漠やタクラマカン砂漠といった主な黄砂発生源を含む範囲に拡張しました。このことにより、黄砂の発生・飛来の状況を早期から時間を追って広範囲に把握できるようになりました。  この「黄砂解析予測図」は、気象庁と国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)、国立大学法人九州大学が共同で開発を進めてきた、気象衛星ひまわり8号・9号のエーロゾル観測データを黄砂解析予測モデルで活用する新しい手法の実用化により、従来よりも高精度で黄砂の分布を解析・予測することが可能となりました。 (3)ヒートアイランド現象の監視・実態把握  都市化の進んでいる東京、大阪、名古屋などの大都市圏では、アスファルトやコンクリート等に覆われた地域(人工被覆域)の拡大とそれに伴う植生域の縮小や人間活動で生じる熱の影響で、都市の中心部の気温が周辺の郊外部に比べて高くなっており、「ヒートアイランド現象」と呼ばれています。都市化の進展に伴って、ヒートアイランド現象は顕著になりつつあり、熱中症等の健康への被害や、感染症を媒介する蚊の越冬といった生態系の変化が懸念されています。  気象庁では、全国の大都市の気温や熱帯夜日数等の長期変化傾向や、関東・近畿・東海地方等の大都市圏におけるヒートアイランド現象に関する都市気候モデルを用いたシミュレーション結果等、ヒートアイランド現象の実態と最新の科学的知見を気象庁ホームページにおいて公表しています。 5節 地磁気観測  気象庁は茨城県石岡市柿岡に地磁気観測所を置き、女満別(北海道網走郡大空町)、鹿屋(鹿児島県鹿屋市)、父島(東京都小笠原村)の計4地点で定常的な地磁気の観測を行っています。柿岡では大正2年(1913年)以来、高い精度の地磁気観測を続けており、東アジア・西太平洋地域を代表する重要な観測所のひとつとなっています。観測成果は、太陽と地球を取り巻く環境の監視、航空機及び船舶の安全運航の確保、無線通信障害の警報、火山噴火予知等に利用されています。  現在、方位磁針の指す向きは、東京付近で真北から7~8度西にずれています(このずれを偏角と言います。)が、伊能忠敬が地図を作製した200年ほど前はほぼ真北を向いていました。このような長期的な変化は地磁気永年変化と呼ばれ、地球内部の対流に起因しています。地磁気の大きさや向きの分布は一様ではなく、また、地磁気の強弱は地表に到達する宇宙線の増減につながるため、地磁気観測は地球環境が宇宙から受ける影響を監視するためのひとつの手段となっています。  地磁気は短い時間スケールでも常に変化しています。太陽表面の爆発に伴って地磁気が激しく変化する磁気嵐などは、電波通信や送電システムの障害、人工衛星の運用トラブルなど社会生活に影響を与えるため、地磁気観測所では磁気嵐や地磁気活動状況等の情報を公開し、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が行う「宇宙天気予報」の精度向上に貢献しています。  また、火山を構成する岩石は磁気を帯びています。山体内部の温度上昇や圧力増加等により、その磁気は変化する性質があります。この性質を利用し、草津白根山等の活動的火山で地磁気観測を行って火山活動状況の変化を監視し、その観測成果を関係機関に提供しています。 4章 交通の安全などのための取組 1節 「空の安全」に欠かせない気象情報  航空機は大気中を飛行しており、空港での離着陸時を含め常に気象の影響を受けます。上空で乱気流に遭遇すると激しい揺れに見舞われることがあり、滑走路上の見通しが悪かったり横風が強かったりすると、安全に着陸できないことがあります。このように、安全性、快適性、定時性及び経済性が求められる航空機の運航のためには、気象情報が必要不可欠です。  これらの気象情報は管制機関や航空会社等の多くの関係者に正確に伝わることが重要です。気象庁は、国際民間航空機関(ICAO)と世界気象機関(WMO)が定める国際的な統一基準に基づいて国際航空のための気象サービスを行うとともに、国内航空のための独自の気象サービスも実施しています。 (1)空港の気象状況の変化を捉える  航空機の離着陸には、風や視程(見通せる距離)、積乱雲(雷雲)などの気象状況が大きく影響します。気象庁では、全国76空港において気象観測を行い、その成果を管制塔にいる航空管制官や航空会社の運航管理者・パイロットなどの航空関係者へ迅速に提供しています。また一部の空港では、この観測の全てを自動で行っています。  東京や成田などの国内の主要な9空港では、空港気象ドップラーレーダーにより、雷雨の時などに発生する大気下層の風の急変域(低層ウィンドシアー)を監視しています。  さらに、東京、成田、関西の各国際空港においては、空港気象ドップラーライダーを設置して、降水を伴わない場合の低層ウィンドシアーや、離着陸時に影響する建物・地形による滑走路付近の風の乱れを観測しています。低層ウィンドシアーは、離着陸する航空機の安全に影響することから、これらが観測された場合は、低層ウィンドシアー情報として直ちに管制官に通知し、パイロットへ伝達されます。  また、雷監視システム(LIDEN)により、全国30の空港にその検知局を設置し、中央処理局において日本周辺の空域を対象に雷の位置、発生時刻などの情報を作成しています。作成した情報は航空関係者などへ直ちに提供しています。 コラム ■空港低層風情報の提供  空港低層風情報(ALWIN)は、航空機が着陸する経路に沿った各高度の風向風速を示した気象情報です。着陸時に風向風速が変化する高度がわかるため、航空機の安全運航に役立てられています。  ALWINは気象庁と国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同開発したもので、東京国際空港、成田国際空港及び関西国際空港の情報を航空会社等へ提供し、航空会社では着陸する航空機のコックピットに共有する等して利用しています。ALWINによる風向風速の算出には、空港気象ドップラーレーダー、空港気象ドップラーライダー及び風向風速計の観測データを用います。 (2)空港の安全と経済的な運航のために  航空機の飛行計画を立てる際には、出発地の空港、目的地の空港、そして天候不良など何らかの理由で目的地の空港に着陸できない場合に着陸する代替空港の気象情報が必要となります。このため気象庁は、空港の風や雲の量・高さ、視程、天気などの詳細な30時間先までの「飛行場予報」を、国際定期便などが運航している38空港を対象として発表しています。航空関係者へ提供される飛行場予報は、航空機材の運用計画や地上作業員の安全確保などに利用されています。また、飛行場予報を発表している空港において、強風や大雪などにより地上の航空機や空港施設及びその業務に悪影響を及ぼすおそれがある場合は、「飛行場警報」を発表し、航空関係者に対して警戒を促します。  このほか、航空関係者に対して、各空港や航空路上の気象状況や今後の予想について解説などを行っています。また、日本の空の交通を計画的に管理する業務を行っている航空局航空交通管理センター(福岡市)に対しては、気象庁の航空交通気象センターより、航空交通管理のために必要な気象情報の提供や解説を行っています。 (3)飛行中の航空機の安全を守るために ア.空域の気象情報  飛行中の乱気流や火山灰との遭遇、機体への落雷や着氷の発生は、航空機の運航の安全性と快適性に大きく影響します。気象庁は、このような大気現象について日本や北西太平洋上空の監視を行い、雷電、台風、乱気流、着氷、火山の噴煙等に関する観測・予測情報を「シグメット情報」として随時発表しています。また、約6時間先のジェット気流の位置や悪天域を図によって示した「国内悪天予想図」や悪天の実況を解説した「国内悪天解析図」を提供して運航の支援を行っているほか、小型機の安全と効率的な運航の支援を主な目的として、下層空域の悪天を対象とした「下層悪天予想図」の提供を行っています。 コラム ■航空気象用積乱雲情報・霧監視プロダクトの提供  気象庁では、ひまわり8号の観測データを利用して、航空機の安全運航に役立つ様々な気象情報(プロダクト)を作成・提供しています。ここでは、積乱雲と霧に関するプロダクトについて紹介します。積乱雲によって短時間の大雨や雷、突風などが発生する場合がありますが、飛行機に落雷すると機体に損傷を与える可能性があり、また、突風などの気流の乱れは航空機の運航に大きな影響を与えます。さらに、航空機の安全な離着陸には空港周辺の見通しが良いことが必要ですが、空港周辺で霧が発生すると、見通しが悪くなり、離着陸ができなくなる場合もあります。このため、これらの現象を的確に把握することは、航空機の運航において非常に重要です。  積乱雲に関するプロダクト(積乱雲情報)については、平成24年(2012年)にひまわり6号の高頻度観測を利用して提供を開始し、現在はひまわり8号の多種類で高頻度な観測データを利用して提供をしています。積乱雲情報は「積乱雲域(発達した積乱雲のある地域)」、「積雲急発達域(1時間以内に急発達するような地域)」及び「中下層雲不明域(衛星から中下層の雲が見えない地域)」の3種類の雲情報で構成されています。  また、霧監視プロダクトは霧の有無を示す情報で、平成31年(2019年)3月より日本周辺の領域を対象として提供しています。霧の有無の判定には、ひまわり8号の観測データだけでなく、数値予報モデルの地上付近の気温や湿度の情報も利用して精度を高めるようにしています。  これらのプロダクトは、「航空気象情報」のページ(https://www.data.jma.go.jp/airinfo/index.html)で閲覧することができます。  気象庁ではこれからも、航空機の安全運航のために、最新の技術を取り入れたプロダクトを作成・提供していきます。 イ.航空路火山灰情報  火山灰は、航空機のエンジンに吸い込まれるとエンジンが停止したり、機体前面に衝突すると操縦席の風防ガラスがすりガラス状になり視界が利かなくなったりするなど、航空機へ多様な影響を与えます。気象庁は、航空機の安全な運航を確保するために、東京航空路火山灰情報センターを運営し、火山噴火と火山灰の監視を行い、火山灰に関する観測・予測情報を「航空路火山灰情報(テキストと図情報)」として発表しています。 (4)より役立つ情報提供を目指して ア.数値予報モデルを用いた精度向上  訪日外国人旅行者数を大幅に増やす政府の目標達成のため、首都圏空港の機能を強化する等の取組が進められています。こうした取組によりさらに増大する航空交通需要に対応するために、気象庁は航空気象情報の更なる高度化を図っています。  例えば、もし予期しない強い横風や雷雨などの悪天によって空港に着陸ができなくなる事態が発生した場合、たちまち多数の航空機が空中で待機したり引き返したりすることとなり、航空機の流れを円滑に保つことが極めて困難になります。このため気象庁は、緻密な数値予報モデル(局地モデル)を利用して、飛行場予報や空域の気象情報の精度向上に取り組んでいます。 イ.気象衛星データによる火山灰監視の高度化  東京航空路火山灰情報センターでは、静止気象衛星ひまわりの衛星画像を利用して火山灰の監視を行っています。ひまわり8号・9号は、これまでの静止気象衛星と比べ、高解像度・高頻度の観測が可能となり、観測画像の種類も増加しました。これらの新しい観測データを活用し、より迅速で的確な情報発表を目指していきます。 (5)ISO9001 品質マネジメントシステムの導入  気象庁では、ICAOやWMOからの求めにより、航空機の安全及び経済的な運航のため、航空気象部門にISO9001に準拠した品質マネジメントシステムを導入しています。  ICAOやWMO、航空気象情報の利用者からのニーズは、時代の流れや技術の進歩とともに変化していくことから、品質マネジメントシステムの仕組みの下、適時適切な航空気象サービスを提供し続けられるように努め、また、誤りを低減・防止する取組や情報内容の充実といった改善を重ねることにより利用者の満足度向上を目指した活動を行っています。 2節 船舶の安全などのための情報  船舶の運航には、台風や発達中の低気圧などによる荒天時の安全性の確保のほか、海上輸送における経済性や定時性などの確保が求められるため、気象の情報が欠かせません。このため、国際的な取組として「1974年の海上における人命の安全のための国際条約」(SOLAS条約)に基づき、世界各国が協力して船舶の安全な運航を図るための気象情報の提供を行っています。気象庁は日本近海に加えて北西太平洋などを担当しており、海上予報、海上警報などを発表しています。これらの情報を、テレビやラジオ、インターネットのほか、外洋の船舶に提供するための通信手段として無線や通信衛星(インマルサット)による衛星放送などにより、さまざまな機関と協力して提供しています。 (1)日本近海を対象とした情報  日本の近海については、沿岸から300海里(およそ560キロメートル)以内を12の地方海上予報区に分け、さらにそれぞれの海域を複数に細分した海域を対象に、地方海上予報・警報を発表しています。また、津波や火山現象に関する予報や警報も提供しています。  日本近海で操業する漁船向けには、台風、高気圧、低気圧、前線などの実況と予想、気象の実況情報を、NHKラジオを通じて提供しています(ラジオ天気図とも呼ばれています。)。また、漁業用海岸局を通じて、天気概況や気象実況、海上予報・警報などを無線通信で提供しています。   これらの海上予報・警報を補足する情報として海上分布予報があります。24 時間先まで6時間ごとの風、波、霧、着氷、天気の分布の予想図を提供しており、気象庁ホームページから見ることができます。 (2)外洋を対象とした情報  気象庁は北西太平洋など(概ね赤道から北緯60 度、東経100 度から180 度に囲まれる海域)を対象として、低気圧や台風に関する情報や、海上の強風・暴風や濃霧の警報を、通信衛星(インマルサット)を介して、セーフティネット気象予報警報(無線英文放送)として船舶関係者向けに提供しています。  この他に、低気圧や台風などの位置や海上警報の内容を掲載した実況天気図、海上の悪天(強風・濃霧・海氷・着氷)の予想を掲載した予想天気図や、台風、波浪、海面水温、海流、海氷などの実況図や予想図を提供しています。これらは、短波の無線FAX放送による気象庁気象無線模写通報(JMH)で提供しているほか、気象庁ホームページからも閲覧することができます。中でも実況天気図や予想天気図は、テレビなどにおける気象解説にも用いられており、広く親しまれています。 (3)沿岸防災のための情報  気象庁では、高潮、副振動、異常潮位、高波等による沿岸の施設等への被害の防止・軽減のため、全国各地で潮位(潮汐)と波浪の観測を行っています。潮位の観測は検潮所や津波観測点の観測装置、波浪の観測は沿岸波浪計、ブイ、観測船を活用して行っています。また、他機関の観測データも活用してきめ細かい実況の監視に努めています。  一方、スーパーコンピュータを用いた高潮モデルや波浪モデルにより、それぞれ潮位や波浪の予測値を計算しています。これらの資料と実況監視データを用いて、各地の気象台では、高潮特別警報・高潮警報・高潮注意報、波浪特別警報・波浪警報・波浪注意報、気象情報や潮位情報を発表し、沿岸域での浸水等の被害や船舶の海難事故に対する注意・警戒を呼びかけています。 5章 産業の興隆などのための取組 1節 生産性向上に向けた取組 (1)はじめに  IoT(Internet of Things)、ビッグデータ、人工知能(AI)、ロボット・センサーの技術的ブレークスルーを活用する「第4次産業革命」により、社会的課題の解決や、消費者の潜在的ニーズを呼び起こす新たなビジネスの創出が期待されています。  また、「成長戦略フォローアップ」(令和元年(2019年)6月21日閣議決定)では、Society5.0が目指す経済発展、社会課題の解決の実現に向けて、都市の管理や産業活動などにおいて気象データを用いたAIによる分析を容易に行うことができるよう、ニーズの高い気象データの提供とともに、気象データ利活用のための人材育成の仕組みについて「気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)」(以下「WXBC」という。)の活動を通じて検討を進めています。さらに、「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」(令和元年(2019年)6月14日閣議決定)では、気象情報の利活用の促進の一環として、産学官によるWXBCの取組や、基盤的な気象観測・予測データの公開を通じ、観光、物流、農業など様々な産業分野での気象情報の利活用を促進することとしています。  このように、様々な産業活動における気象データの利活用が注目されています。 (2)産業界で進む気象データの活用 ア. ビッグデータである気象データ  気象庁は、日々自然現象を観測し、収集したデータを解析することにより、状況の把握や予測を行い、様々な情報を作成・提供しています。気象データには、アメダス、天気予報、警報・注意報など、個々の容量は小さいものの多くの領域や地点に分かれているデータや、気象衛星データや数値予報データなど、面的・立体的(メッシュ状・3次元)な広がりを持つ容量の大きいデータがあります。近年の気象観測・予測技術の高度化に伴い、データが高頻度・高解像度になったり、新たなデータが追加されてきたりしています。  例えば静止気象衛星「ひまわり8号・9号」は、搭載されたセンサーのバンド数が16バンド、観測間隔も10分ごと(日本域は2.5分ごと)と、観測の種類や頻度において世界最高水準の機能を有しています。そのデータ量は1日分で数百GBに達し、前世代の静止気象衛星に比べて飛躍的に増加しています。また、令和元年(2019年)6月には2週間気温予報、11月には解析積雪深・解析降雪量など、農業、小売、物流等の様々な業種での利活用が想定される新たな気象データの提供が開始されています。  気象データは、オープン化された公的データであるとともに、まさにビッグデータと言えます。 イ. Society5.0における気象データ  Society5.0とは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会(Society)です。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、我が国が目指すべき未来社会の姿として、第5期科学技術基本計画において、初めて提唱されました。  Society5.0 では、フィジカル空間のセンサーから膨大な情報がサイバー空間に集積されます。サイバー空間では、この膨大なビッグデータを人間の能力を超えたAI が解析し、その解析結果がフィジカル空間の人間に様々な形でフィードバックされ、これまでにはできなかった新たな価値が産業や社会にもたらされることになります。  気象データが、社会における様々なビッグデータや、Society5.0における先端技術と組み合わせて活用されることにより、様々な産業分野で高度な利活用が進み、経済活動等におけるイノベーションが可能となります。例えば、交通分野では道路状況に応じた自動運転等の安全で快適な交通の確保、海上・航空における安全で効率的な運行、太陽光発電や風力発電等を考慮した的確な需給計画、製造や物流、小売業における最適なバリューチェーンの展開、超省力・高生産の農業やスマート農業など、交通や農林水産業、インフラ、物流・小売、観光等の様々な産業分野において多様なサービスが創出され生産性の向上が実現します。 ウ. 気象データの活用の状況と課題  気象庁では、令和元年度(2019年度)に産業での気象データの利活用実態を調査するため、様々な産業の10,000社を対象としたアンケート調査を行いました。その結果、回答のあった企業のうち約7割が事業活動に気象の影響を受けていることがわかりました。また、そのうち約半数は影響を受けることを認識していても気象に応じた事業活動の変更を行っておらず、変更を行っている企業も、大半が経験と勘をもとにしたもので、気象データを定量的に分析してサービスを変更する等の事業運営を行えている企業は全体の約1割と多くないことがわかりました。気象データが十分に企業で活用されていない課題として、気象データを扱える専門的な人材の不足や気象データの利活用方法がわからないこと等が挙げられ、気象データの利活用に関しては大きな伸びしろがあることがわかりました。  気象庁では、このような課題を克服し、企業における気象データの利活用を促進するため、「気象ビジネス市場の創出」に取り組んでいます。具体的には、基盤的気象データのオープン化・高度化に取り組みつつ、WXBCと連携して、気象データを扱える人材育成のためのセミナー開催とともに、気象データの利活用に関して提言・助言等を行える専門技術者の育成や確保の仕組みについても検討を進めています。また、全国各地でのセミナー等を通じて気象データを利活用した気象ビジネスの普及啓発や、気象ビジネスの創出・強化のため企業間マッチングの場の提供等にも取り組んでいます。 (3)気象データ利活用促進による社会の生産性向上に向けた取組の推進 ア. 基盤的気象データのオープン化・高度化  気象庁では、気象情報の利活用を促進するため、気象庁ホームページに「気象データ高度利用ポータルサイト」を設けています。このページには、気象庁が提供する各種情報を整理した「気象庁情報カタログ」、技術的な解説資料である「配信資料に関する技術情報」、アメダス観測データや1か月予報に関する気温予測データ(CSV形式)、数値予報データのサンプルファイル、気象庁の気象観測地点の位置情報や気象庁防災情報XMLで用いるコードが示す地域のGISデータ(シェープファイル形式)、気候リスク評価に関する調査・研究の結果についても公開しています。特に「配信資料に関する技術情報」については、令和元年度(2019年度)に、これまでのものを整理し、利用者が容易に最新の技術的な解説資料を得られやすくする工夫を行いました。引き続き、利用者の意見を把握しつつ、これらの取組の更なる推進や新たなデータの提供等の基盤的データのオープン化・高度化の取組を進めていきます。 イ. 「気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)」と連携した気象データ利活用の促進  産学官関係者の対話や連携を強化して、新たな気象ビジネスの創出を実現するため、平成29年(2017年)3月にWXBCが設立されました。気象事業者に加えて、情報通信、農業、小売、金融等の関係する産業界や先端技術に知見のある学識経験者等を構成員とし、会員数は、設立当初は215、 令和2年3月には800者を超えるなど順調に増えています。  WXBCでは、二つのワーキンググループ(WG)を設置しています(人材育成WG、新規気象ビジネス創出WG)。人材育成WGでは、ビジネス発想力・気象データ理解力向上を目指し、気象データに関する概要や利活用方法に関するセミナーを全国各地で開催するとともに、気象データとオープンデータを掛け合わせてデータ分析を行う勉強会等を開催しています。新規気象ビジネス創出WGでは、気象データを利活用したビジネス事例の創出を目指し、企業等の出会いの場としてマッチングイベントの開催、気象データの利活用方法を紹介した「気象データの利活用事例集」の作成に取り組んでいます。  特に、前述の課題に応えるべく、両WGと気象庁が連携して、実務に役立てられるような、気象データと他のデータを組み合わせた分析を行う人材の育成について検討しています。どのような人材をどのように育てるか等について、産業界のニーズを踏まえつつ、早期に実現できるよう取り組んでいます。  また、産学官関係者が一堂に会する対話の場を設け、気象事業者と産業界のマッチングを促すものとして、「気象ビジネスフォーラム」を毎年開催しており、令和2年(2020年)2月4日に第4回気象ビジネスフォーラムを開催しました。今回のフォーラムでは、気象データを活用したビジネス事例の紹介のほか、今後の気象ビジネスの展望に関して気象データとの付き合い方をテーマとして、産学官によるトークセッションが行われました。また会場では、WXBC会員企業等による気象に関する取組・サービスを紹介するブース展示も開催し、参加者間の活発なビジネス交流の場となりました。フォーラムの参加者は約400名にのぼり、会場は熱気に包まれました。 ウ. 民間気象事業者等に対する支援  気象庁は、自らが保有する観測・解析・予報等の成果及びこれらの作成過程で得られる数値予報資料や解説資料等の気象情報を、民間気象業務支援センターを通じて、気象サービスを提供する民間の事業者(以下「民間気象事業者」という。)等へ提供しています。これら、気象庁の保有する気象情報は、民間気象事業者が行う予報業務の基礎資料となるほか、個別企業や個人のニーズに対応した情報に加工されることによって、産業界の多様な活動や社会サービスの基盤としても活用されています。  また、気象庁による数値予報等の予測技術の高度化に伴い、それを民間気象事業者に更に活用されるよう、気象庁では、民間気象事業者を対象に最新の技術や気象情報について解説する講習会を開催しています。  観測・予測技術の進展等により民間でも高頻度の降水短時間予報の提供が可能になり、また、研究開発の成果を公表するために予報業務許可を受ける研究機関が増えるなど、近年、予報業務の態様が変化しています。制度面からもビジネス利用を促進するため、「気象業務法施行規則」や「予報業務許可等に関する審査基準」の一部を令和元年(2019年)6月に改正し、気象予報士の設置基準を一部緩和するなど、予報業務許可に関する規制の一部を見直しました。 コラム ■気象ビジネス推進コンソーシアムの活動に参加して  WXBC新規気象ビジネス創出WG副座長  菅波 潤  (富士通(株)DSSBG 事業推進統括部業務支援部シニアマネージャー)  WXBCが設立され3年、会員数は800を超え、未だ増加の勢いは衰えません。デジタルトランスフォーメーション(DX) に向けた気象データへの期待の大きさの表れだと思います。  昔から気象は、農業・漁業・小売・航空・保険など様々な分野で重要な情報として活用されてきました。なぜ今、あらためて気象データへの期待が高まっているのでしょうか?背景として、IoTセンサー等により取得できるデータが増え、AI等の先端技術によりこれらのビッグデータを扱える環境が整い、ロボットやドローンや自動運転等の活用の場が増えてきたことがあります。それに加えて、気象データの強みは、「過去の蓄積」と「現在の状況」がしっかりある上で、「未来の予測」であることです。時空間的に揃ったデータが確実に配信され、絶えず精度向上されていること、これが他のデータに比べ圧倒的に期待される要因だといえます。  ビジネスで大事なのは儲けを生み出す「先手」です。未来が判れば先手が打てます。諺「風が吹けば桶屋が儲かる」を例に、どうすればよいかを見てみましょう。桶屋が常に強風を見越して大量の在庫を抱えていては、強風が吹かなかった際、仕掛金や保管費の増大、劣化品処分の発生などで大損です。かといって在庫がないと、強風特需に対応できず他社の後塵を拝します。強風が吹くことを事前に予測できれば、生産計画、在庫確保、先手を取った桶提供までを実現し儲けることができそうです。しかし、強風といってもどんなものでしょう。どの位の瞬間風速や平均風速なのか、どの位の広さで発生したのか、どの位の時間継続したのか、風向の変化によるものなのか等が関係しそうです。加えて、その前後の湿度や地面の状態(表面雨量指数や土地利用情報)等も土埃発生に関係しそうですね。  このように因果関係のある説明変数(気象データなど)と目的変数(目に障害を与えるほどの土埃の発生)の関係性を「過去の蓄積」からAI等で分析できると、KKD(勘と経験と度胸)に頼らず「現在の状況」をもとに客観的な需要予測が「未来の予測」として実現できます。ただし、「未来の予測」は完璧ではありません。どの位前にどの位の精度で当てられるか、を考える必要があります。例えば、寒暖候期予報で事業計画、3か月予報で仕入計画、1か月予報で生産計画を立て、そして、週間予報、天気予報と必要に応じて竜巻発生確度ナウキャストなどで稼働調整を行う、といった形です。また、外れるリスクも確率的に定量化できるため、リスクヘッジ検討も具体化しやすくなります。このように桶屋さんは、気象データを活用したDXで先手を取り、利益拡大ができそうですね。  諺からの例示でしたが、気象データにはまだまだ沢山の種類と組み合わせがあり、より高度な利活用が可能です。しかし、時空間的なデータの種類とその量の多さ故、扱いの難しさがあります。そのため、WXBCでは気象データの利用方法などのセミナーや勉強会を開催しスキルアップを図り、気象データを活用したビジネス強化・創出のための会話と実践ができるようになると確信しています。  私たちは、WXBC創設の初年度よりそのための共創の場をご提供してきております。DXの要といえる気象データの活用をこれからも支え、みなさんと一緒に邁進したいと考えています。 2節 民間の気象事業  気象等の現象は、交通、電力、農業、食品や衣料品販売等様々な産業に影響を与え、国民の生活に密接に関わっており、国民及び産業界には気象情報に対する幅広いニーズが存在しています。また、近年では、高速インターネットやスマートフォンをはじめとする携帯端末の普及等、情報通信技術の目覚ましい発展と相まって、多くの国民が、情報を一方的に受けるだけでなく、自らの判断で必要とする情報を入手できるようになってきました。このような社会情勢を踏まえた多様なニーズに応えるため、様々な民間気象事業者が活躍しており、今後、その役割はますます重要になってきます。  ここでは、民間気象事業者による適切な気象サービスの提供を支える、予報業務の許可制度や気象予報士制度について解説します。 (1)予報業務の許可制度  気象等の情報は国民の生活に深く関わりがあり、社会の混乱を防ぐため、民間気象事業者から提供される情報は技術的に裏付けられたものである必要があります。そこで、民間気象事業者が気象、波浪、地震動、火山、津波の現象の予報業務を行う場合は、事前に施設、要員、技術上の基準等を審査する予報業務許可制度を設けており、様々な事業者が許可を取得しています。  気象庁では、観測・予測技術の進展や社会情勢の変化に応じて予報業務許可に関する規制の一部を見直す取組を進めており、令和元年(2019年)には民間気象事業者による高潮の予報も可能となりました。 (2)気象予報士制度  気象、波浪、高潮の現象の予想を行うには、数値予報資料の解釈など高度な技術を要します。このため、民間気象事業者がこれらの予報業務を行うためには、予報に必要な知識や技能を問う気象予報士試験に合格し、気象庁長官の登録を受けた気象予報士に現象の予想を行わせなければなりません。また、気象予報士には、報道等を通じた解説や住民を対象とした防災講演会に加え、気象データの分析を経営に生かすビジネス分野での活躍も期待されています。令和2年(2020年)4月1日現在、10,693人が気象予報士として登録されています。  なお、地震動、火山、津波の予報業務については、気象予報士ではなく技術上の基準を定めています。民間気象事業者が予報業務を行うためには、この基準を満たす必要があります。 6章 地域の防災力向上へ向けた取組  中央防災会議は、「平成30年7月豪雨による水害・土砂災害からの避難に関するワーキンググループ」の報告書(平成30年(2018年)12月26日公表)において、これまでの「行政主導による防災対策強化」という方向性を根本的に見直し、住民が「自らの命は自らが守る」意識を持って自らの判断で避難行動をとり、行政はそれを全力で支援することで、「住民主体の取組強化」による防災意識の高い社会の構築を目指すとしています。  気象庁では、全国の気象台で気象や地震などを観測し、予報・警報などの防災気象情報を発表、解説するとともに、情報の意味や意図が十分に理解され活用されるよう「伝わる」、「使われる」ための様々な取組を、地方公共団体及び関係省庁の地方出先機関等と一体となって推進しています。 1節 災害に備えた平時の取組 (1)実際の防災行動を行う住民等への普及啓発  住民が「自らの命は自らが守る」意識を持つためには、住民自身が、平時から「災害リスクを正しく知ること」、「リスクに応じた避難行動を考えておくこと」が重要です。このため気象庁では、住民等を対象とした出前講座やリーフレット等の作成・配布など、様々な普及啓発活動に取り組んでいます。しかし、自治会等が組織した自主防災組織だけでも全国に約16万5千も存在し、気象庁だけではやれることに限りがあることから、様々な機関と連携した取組を進めています。  例えば、文部科学省、国土交通省及び国土地理院と共同で、教科書・教材出版社を集めた説明会を開催するほか、各地の教育委員会や、「気づき、考え、実行する」を目標に掲げて活動する日本赤十字社等と連携し、児童生徒や教職員を対象とした防災教育の普及に努めています。また、防災・地球環境を含む気象知識の教育・普及に取組む一般社団法人日本気象予報士会や、防災・交通安全などの様々な啓発活動を行っている一般社団法人日本損害保険協会等とも連携し、地域住民等を対象とした防災知識の普及啓発にも取り組んでいます。さらには、自治体が行う防災知識の普及啓発活動に積極的に関わるとともに、その活動を支援するため、気象予報士等の専門家をリスト化し都道府県及び市町村へ共有するなどの取組も進めています。  その他、学校や自主防災組織等の各種活動で自由にご利用いただけるよう、防災教育に使える副教材・副読本を対象年齢別、現象別、形態別、作成者別に整理して気象庁ホームページ(https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/fukukyouzai/index1.html)で公開しています。そのなかには、グループワーク形式で状況に応じた安全行動をシミュレーションする「気象庁ワークショップ『経験したことのない大雨その時どうする?』」のように、参加者が「受け身(一方的に『聴く側』)」とならないよう、積極的に参加し、脳をアクティブにして学べる教材も含まれています。 (2)防災の最前線に立つ市町村等への支援  住民に対する避難勧告等の発令など災害時の現場での意思決定は市町村長の責務です。平時における災害リスク等の住民周知や、緊急時における避難場所の開設なども市町村の役割となっています。このため、市町村が避難勧告等を発令する判断力や平時からの災害への対応力を底上げすることが非常に重要になってきます。  これらを支援するため、気象庁では地方公共団体職員に対して、防災気象情報を活用し、避難勧告等の発令など災害発生時の市町村の防災対応を疑似体験していただく「気象防災ワークショップ」を、関係機関と連携し積極的に開催しています(詳細は気象庁ホームページで公開 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jma-ws2/index.html)。令和元年度(2019年度)は、のべ706市町村から防災担当者が参加し、防災気象情報を理解しその活用方法を学んでいただきました。  加えて、市町村等の活動をより一層支援するため、地域ごとの専任チーム「あなたの町の予報官」を割り当てる体制づくりを順次進めています。さらに、気象予測に関する高度な技術と防災の知見を兼ね備えた「気象防災アドバイザー」を育成(平成29年度事業)し、市町村等の防災対応能力向上に活用いただけるよう広報活動を進めています。 コラム ■「あなたの町の予報官」  気象台が担当する府県内を複数の市町村からなる地域に分け、その地域ごとに3~5名程度の職員を担当として割り当てる体制作りを順次進めています。  この担当チームは地域の実情をよく理解した「あなたの町の予報官」として、市町村の立場に寄り添って、市町村が地域防災計画や避難勧告等の判断・伝達マニュアルを改定する際に協力していきます。また、関係機関と連携して、市町村等が実施する地域防災リーダーや一般住民を対象とした防災教育や安全知識の普及啓発にも協力していきます。  こうした取組を推進することにより、担当者同士の緊密な「顔の見える関係」を構築・強化することができ、チーム制という強みを活かして、市町村や気象台の担当者の一部が交代する際も切れ目のない的確な支援を継続的に行うことが可能となります。  緊急時には、平時に構築した「顔の見える関係」を活かして、「あなたの町の予報官」が中心となり、説得力を持った適時・的確な気象解説等を実施することにより市町村の防災対応を支援しますが、災害の危険度・切迫度に応じて、必要であれば他の地域を担当するチームの応援を得るなどして、気象台の総力を挙げて対応します。 2節 災害時の市町村等の防災対応を支援する取組  気象台では、平時に蓄積した知見等を十二分に活用し、防災気象情報が市町村の防災対応の判断に活かされるよう、現象の推移に応じて台風説明会を実施することなどにより、警戒を呼びかけます。  また、災害の発生が予想される場合などにおいては、気象台の危機感を直接市町村長へ伝えるため、気象台長よりホットラインを実施し、市町村が発令する避難に関する情報へ助言しています。加えて、JETT(気象庁防災対応支援チーム)を災害対策本部等へ派遣し、気象の見通しなどを解説することにより、災害対応に当たる関係機関の活動を支援しています。 コラム ■気象庁防災対応支援チーム(JMA Emergency Task Team:JETT)  気象台は災害が発生した、または発生が予想される場合に、あらかじめ定めた応援計画に基づき都道府県または市町村に気象庁防災対応支援チーム(JETT)として気象台職員を迅速に派遣します。  JETTは、災害対応現場におけるニーズを把握しつつ、気象状況を解説するなど自治体の防災対応支援を実施します。  JETTの創設以降、平成30年7月豪雨、平成30年北海道胆振東部地震、令和元年房総半島台風(台風第15号)、令和元年東日本台風(台風第19号)などの災害に対して積極的にJETTの派遣を行い、これまで延べ2,800人日を超える職員を各地の自治体に派遣しました。 3節 次の災害に備えて  緊急時の対応について更なる改善を進めていくためには、気象台がどのような情報提供や解説を行い、それらの技術上の限界はどうだったのか、また、市町村がそれらの情報を防災対応の判断にどのように活用できたのか等、当時の状況やお互いの対応について、気象台と市町村等が共同で振り返ることが大切です。気象台ではこの「振り返り」についても、積極的に実施しています。  このような「振り返り」の作業を通じ、市町村等と気象台がお互いをより深く知り、具体的な課題を共有し、対応の流れや内容について実効的な工夫を検討することで、平時、緊急時を問わずお互いの取組改善に活かし、地域全体の気象防災力の向上につなげていきます。 コラム ■地域防災の責務を果たすために ~市町村の活動に『気象予報士』の活用を~  長野県伊那市総務部危機管理課(令和2年1月現在)  吉田 桂子  伊那市は、南アルプスと中央アルプスに挟まれ、天竜川やその支川の三峰川(みぶがわ)をはじめとする多くの中小河川の浸食・堆積により形成された複雑な地形をしています。これまで多くの土砂災害や水害に遭ってきました。私は、昭和57年・58年の台風で2年続けて自宅を濁流に流されそうになりました。川が決壊し道路や田畑は削り取られ、流木や土砂が人里を襲いました。この災害で同級生は家を失い、集落移転で引っ越しました。復旧工事が進むなか、仮設の歩道を歩いて通学したことは忘れられません。令和元年の台風第19号による大雨は、当時の状況を彷彿とさせるものだったのです。  台風が伊那市に近づく時、いつもなら山岳にぶつかりながら勢力を落とします。しかし今回の台風は、海面水温の高い海上で大量の水蒸気を蓄え、今までにない大型で強い勢力を維持したまま伊那市に近づいてきました。「猛烈な雨域は南アルプスを越える。経験したことがないことが起こる」と直感し、緊張が走りました。気象庁は異例の早さで記者会見を開き『大雨特別警報』発表の可能性に言及しました。『気象予報士』の資格を持ち、市の危機管理課に所属している私は、甚大な災害の発生を想起し危機感をつのらせました。大雨は、台風が伊那市に接近する半日前から激しく降り続きました。そして、伊那市に初めて『大雨特別警報』が発表される事態となりました。三峰川の上流では、24時間600ミリを超える記録的な大雨となり、この川にある美和ダムが、流れ込んだ水量をそのまま放流する「異常洪水時防災操作」を行うとの通知が入った時は慄然としました。私は、気象観測・予測資料や防災気象情報、河川事務所やダム管理所など関係機関からの情報をもとに、災害をイメージし対応にあたりました。対応が後手に回る事は避けなければなりません。改めて、身近にどのような災害リスクがあるのか認識し、資料や情報を読み解く力の重要性を痛感しました。  近年、風水害の危険性は、ある程度予測できるようになりました。地元気象台はきめ細かい情報提供に努め、不明な点は丁寧に解説してくれます。しかし、市町村は、気象情報を住民の命に直結する避難情報等の発令判断に活用しようとしているのです。予測される現象のパターンは複数存在するのが一般的です。予測と実際の現象にはズレが生じるので、それにいち早く気づき、速やかに必要な判断をしなければなりません。そのためには、市町村の職員にも、住民の皆さんが持っている以上に、気象の資料や情報を読み解く知識が必要だと思います。  市町村などの自治体に『気象予報士』がいると、周囲の職員もテレビ等では得られない、詳しい気象解説に触れる機会が多くなります。気象の知識が広まり対応できる職員が増えると、住民の安全安心に資する適切かつ速やかな応急対応だけでなく、住民への防災知識の普及啓発活動の拡大が期待されます。地域に係る防災の責務は市町村にあります。風水害は、更に激甚化、広域化、頻発化するといわれています。市町村の職員だけでなく、住民の皆さんにも、気象情報や避難に関する情報、取るべき避難行動についてまだまだ知っていただく必要があります。市町村全体の防災能力底上げのため、是非ひとつでも多くの市町村で『気象予報士』の活用を進めてほしいと思っています。私自身も『気象予報士』としての知識を、なお一層業務に役立たせたいと考えています。 第2部 気象業務を高度化するための研究・技術開発 1章 大気・海洋に関する数値予報技術 1節 数値予報とは  数値予報とは、計算機(コンピュータ)を用いて地球大気や海洋・陸地の状態の変化を数値シミュレーションによって予測するものです。具体的には、最初に地球大気や海洋・陸地を細かい格子に分割し、世界中から送られてくる観測データに基づき、それぞれの格子に、ある時刻の気温、風などの気象要素や海面水温・地面温度などの値を割り当てます。次に、こうして求めた「今」の状態から、物理学や化学の法則に基づいてそれぞれの値の時間変化を計算することで「将来」の状態を予測します。この計算に用いるコンピュータプログラムを「数値予報モデル」と呼んでいます。  数値予報を日々の予報作業で利用するためには、複雑かつ膨大な計算を短時間に行う必要があることから、高速なコンピュータ(スーパーコンピュータ)を活用しています。気象庁は昭和34年(1959年)に我が国の官公庁として初めて科学計算用の大型コンピュータを導入し、数値予報業務を開始しました。その後、数値予報技術や気象学などの進歩とコンピュータの技術革新によって高精度できめ細かな予報が可能となり、今日では数値予報は気象業務の基盤となっています。 2節 数値予報モデルの現状 (1)全球モデル、メソモデル、局地モデル  気象庁では予測対象にあわせて複数の数値予報モデルを運用しています。「全球モデル」は、地球全体を対象領域として大気の状態を予測する数値予報モデルで、明後日までの府県天気予報、台風予報、週間天気予報や1か月予報、航空機や船舶向けなどの予報に利用しています。「メソモデル」及び「局地モデル」は、全球モデルより計算を行う格子を細かくし、日本周辺を対象として大雨や暴風などの災害をもたらす現象の予測を行う数値予報モデルで、警報・注意報など防災気象情報や、飛行場予報・悪天予想図など航空機の安全運航のための気象情報の作成などに利用しています。 (2)季節予報モデルと長期再解析  1か月を超える時間スケールの予報では、大気の変動と海洋の変動は互いの影響を強く受けます。このため、3か月予報、暖候期予報、寒候期予報やエルニーニョ現象を予測する「季節予報モデル」には、大気と海洋の変動を一体として予測する大気海洋結合モデルを使用しています。  また、異常気象の分析を含めた気候の監視や季節予報をより的確に行うためには、過去の気候もできるだけ正確に把握しておく必要があります。このため、過去数十年にわたって蓄積した観測データを、最新の数値予報技術により分析する「長期再解析」にて過去の気候データを作成し、気候の監視や季節予報に活用しています。長期再解析JRA-55では昭和33年(1958年)以降の気候データを作成し、平成26年(2014年)から利用しています。 (3)海に関する数値モデル  海洋の様々な現象を把握・予測するために、「波浪モデル」、「高潮モデル」、「海況モデル」、「海氷モデル」といった各種のモデルが使われています。「波浪モデル」は、海上の風の予測値を用いて、海上における波の発達・減衰やうねりの伝播などを予測し、高波時に発表される波浪警報・ 注意報や、毎日の波浪予報、船舶向けの波浪図などに利用しています。「高潮モデル」は、台風の接近時などに海面気圧の変化と海上の風の予測値から潮位の上昇量を予測し、高潮災害が危惧される場合に、高潮警報・注意報が発表されます。「海況モデル」は、黒潮や親潮等の日本周辺の海流や海水温の状態を予測し、 海面水温・海流1か月予報の発表、また水産業等でも使用されています。「海氷モデル」は、オホーツク海南部の1週間先までの海氷密接度の分布を予測して海氷予報や船舶向けの海氷予想図に利用し、海氷の範囲等を発表しています。 (4)物質輸送モデル  大気中の物質の変化や移動などを数式で表した物質輸送モデルを用いて地球環境や気候に影響する二酸化炭素、黄砂、紫外線などの監視と予測を行っています。「二酸化炭素輸送モデル」は、二酸化炭素の世界の大気中の分布状況を図示する情報の作成に利用されています。「黄砂解析予測モデル」は、大陸などでの黄砂の舞い上がり、風による移動、雨などによる地上への降下を考慮して、大気中の黄砂の量や分布を解析、予測し、黄砂情報の作成に利用しています。「化学輸送モデル」は、オゾンやその変化にかかわる物質の風による移動、地上への降下、化学物質や光による反応を通じた変化などを考慮して、上空や地上付近のオゾン濃度を予測し、紫外線情報やスモッグ気象情報の作成に利用しています。 3節 数値予報の技術向上と精度向上  防災気象情報の的確な提供や天気予報の精度向上のためには、その基盤となる数値予報技術の向上が不可欠です。数値予報は、1節で述べたコンピュータの性能向上を背景に、数値予報モデルの開発改良によってたゆまぬ進歩を遂げてきました。気象庁では、最新の科学技術を取り入れ、数値予報の更なる精度向上を図る取組を続けています。  その一つは、規模の小さい現象を予測するためにモデルの計算を行う格子の間隔を細かくすること(高解像度化)と、下図に示すような大気、海洋、陸地で発生する様々な過程をより正確に再現する改良です。高解像度化によって計算量が大きく増えるため計算に要する時間が長くなりますが、その一方で、防災気象情報や天気予報で計算結果を用いるためには、所定の時間内に計算を終了させる必要があります。このため、膨大な計算を高速化する方法や、様々な過程を精度良くかつ効率的に計算する方法の開発に取り組んでいます。さらには、これらの過程は互いに影響を及ぼし合っているため、それぞれの過程自体を精度良く扱うだけでなく、それらの相互作用についても考慮し、数値予報モデル全体として予測精度を向上させるための取組も行っています。  さらに、世界中から様々な観測データを集めて「今」の大気の状態を精度よく数値予報モデルに取り込むためのデータ同化技術の高度化も併せて行っています。特に、ひまわりをはじめとする気象観測衛星や地球観測衛星などの人工衛星、航空機、ウィンドプロファイラ、ドップラーレーダーなどから刻々と送られてくるデータをより有効に利用する手法の開発・改良に重点的に取り組んでいます。 4節 地球温暖化予測  気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、5~7年おきに、気候変動に関する3つの作業部会(1:自然科学的根拠、2:影響・適応・脆弱性、3:緩和)で、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行い、その結果を評価報告書としてとりまとめています。これらの報告書は、国内外の地球温暖化対策に科学的根拠を与える重要な資料となっており、平成25~26年(2013~2014年)にIPCC第5次評価報告書が公表されました。現在の第6次評価サイクルでは、ホーセン・リー議長をはじめとする新体制の下、各作業部会の報告書のアウトラインや執筆者が決定し、令和3~4年(2021~2022年)の報告書公表に向けて活動中です。世界の研究機関ではこのIPCCの活動にとって必要な地球温暖化予測の情報を提供するために、最新の気候モデルによる予測実験を実施しています。  気象研究所では、大気モデルと海洋モデルを結合した気候モデルに、エーロゾル、オゾンや炭素の循環を表現するモデルを組み合わせた地球システムモデルを開発しています。令和2年度(2020年度)は、IPCC第6次評価報告書に向けて改良したモデルを用いた過去から現在に至る歴史再現実験や21世紀末までの将来予測実験を終え、その結果を公開しました。現在、世界中の研究者が、気象研究所をはじめとした研究機関から提供された予測実験結果の解析を進めています。  また、アジアをはじめとした地域的な気候表現を更に高精度化したモデル実験をもとに、台風の発生頻度や降水現象の将来変化などの研究を進めて、アジア各国の研究者による地球温暖化研究に貢献します。さらに、日本域の詳細な地球温暖化予測を可能とする高解像度の地域気候モデルを開発し、温暖化に伴う地域気候の将来変化を予測することにより、我が国の政府機関や地方公共団体等による温暖化への適応策の策定や立案に貢献していきます。 2章 新しい観測・予測技術 1節 船舶搭載GNSSによる水蒸気観測  米国のGPS等全球測位衛星システム(GNSS)は、国土地理院の電子基準点からスマートフォンの位置情報ツールまで幅広く使われています。GNSSでは測位衛星の送信電波が受信機に到達するまでの時間を利用して位置を解析します。電波は大気中の水蒸気が多いほど遅れるため、その遅れを解析することで、受信機上空の水蒸気の総量(可降水量)を推定できます。気象庁は、国土地理院が全国約1,300地点で運用している地上GNSS観測網である電子基準点の観測データから可降水量を算出しており、これを数値予報モデルに活用して、降水予報精度の向上に役立てています。  気象研究所では日本の測位衛星である準天頂衛星等、新しい測位衛星から得られる情報を活用し、海洋を航行している船舶上での可降水量解析技術を開発しました。この技術を用いて、大雨との関連性が指摘されている、海上の大気下層からもたらされる湿った空気の寄与について調査するため、平成30年(2018年)12月より、船舶8隻にGNSS装置を順次搭載し、東シナ海での水蒸気観測を開始しました。得られたデータは、高層ゾンデ観測や衛星搭載マイクロ波放射計等、他の水蒸気観測との比較を行い、陸上の観測点と同等の精度を有することが確認できました(左下図)。令和元年(2019年)6月末~7月初めの九州地方の豪雨の事例では、陸上の観測点より西方海上で、陸上より早期に水蒸気量が増加していたことが分かりました(右下図)。 2節 AI技術の活用による「統合型ガイダンス」の開発  気象庁は、2030年までに気象観測・予測の精度を大きく向上させることを目的として、気象の観測や予測への人工知能(AI)技術の活用に向けた共同研究を、平成31年(2019年)1月に国立研究開発法人理化学研究所革新知能統合研究センター(理研AIP)と開始しました。  本共同研究の研究開発テーマの一つとして、「統合型ガイダンス」の開発に取り組みます。気象庁では、1章で説明した数値予報をもとに気象の予報を行っていますが、数値予報モデルの分解能より細かい地形の影響や数値予報モデルの系統的な誤差等があるため、それだけでは精度に限界があることなどから、過去の数値予報と実際の気象の状況の比較によって数値予報データを統計的に補正したガイダンスと呼ばれる予測データを活用しています。このガイダンスも、気象状況によって、もとになる数値予報モデルの得意、不得意などがあり、現状では、その日の状況により、予報官がいくつものガイダンスを使い分けて予報を発表しています。  「統合型ガイダンス」とは、これらのガイダンスを最適に組み合わせて一つに統合したガイダンスのことです。  組合せの手法にAI技術を活用することで、より高精度な統合型ガイダンスを開発することが可能となると期待しており、5年後を目処に特別警報級の豪雨となる確率情報等、早めの防災対応に資する新たな予測情報の提供を目指します。 3章 地震・津波、火山に関する技術開発 1節 地震や津波の災害軽減のための技術開発  気象研究所では、大規模地震発生の切迫性が指摘されている、南海トラフ周辺のプレート境界における深部低周波地震やゆっくりすべりなどの様々な現象に対する検知・解析能力を高めるための研究を行っています(トピックスⅠ-1コラム「ゆっくりすべりを捉える」も参照)。また、大地震の規模やすべり範囲の早期推定、緊急地震速報の迅速化・精度向上、長周期地震動の予測精度向上の研究を行っています。  さらに、沖合でいち早く観測された津波波形データを使って沿岸に押し寄せる津波を即時に精度よく予測するための手法の開発や、津波警報等を適切なタイミングで解除するための研究に取り組んでいます。 2節 火山監視・予測のための技術開発  気象研究所では、火山活動の監視・予測に関する研究を行っており、その一つとして、気象レーダーを用いた火山噴煙の観測技術の開発を進めています。平成28年(2016年)10月8日に阿蘇山で噴火が発生した時には、噴火に伴う噴煙が気象庁の気象レーダーによって捉えられ、上空の風に流され四国上空を通過する様子が確認されました。この噴火事例では、気象レーダーによって噴煙の流される方向や高さを把握することができ、噴火の検知の可能性が改めて示されました。  また、気象研究所では、噴火による火山灰(火山礫も含む。)の拡散予測モデルの開発・改良も進めています。この予測では、日々の天気予報等のために計算されている風の予測結果を用いて、火山灰がどのように流されるかを、スーパーコンピュータを用いて計算します。上述の阿蘇山の噴火の事例では、気象レーダーによる結果を用いて、火山灰が上空の風によって流される様子が精度良く再現されることを確認しています。  気象研究所では、今後も引き続き、気象レーダーを用いた噴火監視技術や火山灰の拡散予測モデルの開発・改良を進め、降灰や大気中の火山灰の予測の精度を高めるための研究に取り組んでいきます。 コラム ■火口周辺調査に無人航空機(ドローン)を導入  火山活動を評価する上で、地熱域の広がりや噴火による噴石・火砕流の影響範囲など火口周辺の状況を詳細に確認することが重要です。一方、火山活動が高まって噴火が発生するおそれがある火山では、火口付近に近づくことが危険になります。このような状況においても、可視カメラと赤外カメラを搭載したドローンを用いることで、危険な場所に立ち入らずに、火口周辺の状況を詳細に把握することが可能となります。このため、気象庁では、令和元年度(2019年度)から民間のドローンを用いた火口周辺調査を開始し、これまでに草津白根山、霧島山、阿蘇山、口永良部島の4火山で実施しました。  一例として、令和元年(2019年)9月24日に草津白根山の湯釜付近を対象として実施した火口周辺調査を紹介します。ドローンの離発着は湯釜火口から約1.5キロメートル離れた立入規制(火口周辺から概ね1キロメートル)の範囲外で行い、火口周辺の噴気の状況や湯釜火口内及びその周辺の地熱域の広がりを詳細に把握することができました。 4章 大学や研究機関と連携した研究・技術開発  数値予報は日々の天気予報や防災気象情報の基盤技術であり、年々高度化・複雑化しています。気象庁は、気象・気候予測の根幹である数値予報の技術開発を推進していくため、平成30年(2018年)10月に「2030年に向けた数値予報技術開発重点計画」を策定しました。この計画は、平成30年8月に交通政策審議会気象分科会からご提言いただいた「2030年の科学技術を見据えた気象業務のあり方」に示された気象・気候分野に関する技術開発を推進するための計画にもなっています。気象庁は、この計画に基づき、集中豪雨発生前に早期避難を実現するための「豪雨防災」、数日先予測の高精度化を目指した「台風防災」、生産・流通計画の最適化等に役立つ高精度な気象・気候予測を実現する「社会経済活動への貢献」、国や自治体当の適応策策定に貢献する「温暖化への適応策」を重点分野として、数値予報の高度化・精度向上の取組を強力に推進しています。  数値予報の更なる精度向上を目指すには、気象庁内の開発のみならず、大学等研究機関が持つ最新の研究成果や知見を結集して数値予報モデル開発に取り組むことが不可欠となっています。このため、気象庁では国内の大学等の研究機関や諸外国の気象機関などとも情報や意見の交換を行いながら研究・技術開発を進めています。また、数値予報モデルの技術開発の向上のため、様々な連携を行っています。  例えば、我が国の気象研究の発展、大学等における気象研究分野の人材育成及び気象庁の数値予報の精度向上を目的として、公益社団法人日本気象学会と、気象庁データの利用に関する枠組みである「気象研究コンソーシアム」を運営しています。「気象研究コンソーシアム」の参加者は、気象庁が保有する数値予報による解析・予測データや、気象衛星による観測に基づくデータ等の提供を受け、気象学に関する様々な研究に活用することができます。気象研究コンソーシアムでは約50の研究課題が実施されており、これらの研究が、気象庁による一層精度の高い気象情報の提供や、気象学の将来を担う人材の育成につながることが期待されます。また、数値予報モデル開発に関しては、気象予測や数値シミュレーションのために数値予報モデルを利用する研究者に対し、気象庁が実際の予報に使用している数値モデルを貸与し、数値予報技術を用いた研究を推進しています。さらに、毎年「気象庁数値予報モデル研究会」を開催し、大学等研究機関の研究者との交流を図っています。平成29年からは大学等研究機関の専門家による「数値予報モデル開発懇談会」を開催し、数値予報の精度向上や気象庁と大学等研究機関の連携強化のための貴重なご意見をいただいています。特に、「数値予報技術開発重点計画」の策定に当たっては、最新の科学的知見に基づくご検討をいただきました。令和元年(2019年)12月に開催した「数値予報モデル開発懇談会(第4回)」では、「数値予報技術開発重点計画」や大学等研究機関との連携に関する気象庁の取組について、「気象庁が持つ課題と大学等研究機関の研究とのマッチングのための意見交換を通じて、意思疎通を深めて共同研究を実施していくことが重要」等の様々なご意見をいただきました。気象庁は、これらのご意見を踏まえて、大学等研究機関との一層の連携強化を進めてまいります。  また、気象庁は、猛暑や豪雪等の社会・経済に大きな影響を与える異常気象が発生した場合に、その発生要因について最新の科学的知見に基づく分析結果を発表するため、大学等研究機関の専門家と連携して分析を行う「異常気象分析検討会」を運営しています。 コラム ■気象研究所中期研究計画  気象研究所は、気象庁の施設等機関として、気象庁が発表する各種情報の改善に資する研究や、気象業務の将来を見据えた基盤的な研究など、我が国の気象業務を支える科学技術を研究・開発の面で担う研究機関です。  平成29年(2017年)からの2年間だけをとっても、平成29年7月九州北部豪雨、平成30年7月豪雨、平成30年台風第21号などにより、洪水・土砂・暴風・高潮などによる大きな災害が発生しています。また、平成30年の夏は、地球温暖化の影響も受けた「災害級」の異常高温となりました。地震については、平成30年6月の大阪府北部の地震、平成30年北海道胆振東部地震が発生しました。さらに、火山については、草津白根山(本白根山)、霧島山(新燃岳)、口永良部島の噴火など活動が活発になっています。  このように災害を引き起こす様々な自然現象が頻繁に発生している状況を背景に、平成30年8月には交通政策審議会気象分科会から、2030年を展望し、科学技術の進展を見据えた気象業務のあり方について提言をいただきました。提言では、観測・予測精度向上のための技術開発、気象情報・データの利活用推進、及びこれらを「車の両輪」とする防災対応・支援の推進について取組を進める旨が示されています。自然災害や地球温暖化といった国民的課題を見据え、この提言に応えていくために、研究開発を担当する気象研究所の役割はきわめて大きいものがあります。  一方、科学技術を取り巻く環境は、ビッグデータを創出する新たな観測手段の出現と計算科学の進展、人工知能(AI)技術の進展に伴うデータ利用に関する応用分野が急速に拡大しています。気象研究分野でも、このように急激に変化する環境への速やかな対応が求められています。  このような近年の気象庁を取り巻く状況の急速な変化を踏まえ、気象研究所は気象庁の技術基盤の研究開発の中核を担う施設等機関として気象業務への実用的技術の提供を目指し、令和元年度(2019年度)から令和5年度(2023年度)までの5年間を対象とした新たな気象研究所中期研究計画を策定しました。新たな中期研究計画では、台風・集中豪雨等対策、気候変動・地球環境対策及び地震・津波・火山対策の強化に資する研究を遂行するため、基盤技術研究、課題解決型研究、応用気象研究の3つに分類される研究を、最新の科学技術を反映した世界最高の技術水準で取り組んでいます。 ・基盤技術研究:最先端の科学技術を2030年の気象業務に応用するための先進的・基盤的研究 ・課題解決型研究:災害の防止・軽減や地球温暖化への対応等の気象庁が取り組むべき喫緊の課題に貢献する研究 ・応用気象研究:現業機関の持つ観測・予測基盤から得られるビックデータや研究成果を用いた生産性向上に関する社会応用を促進する研究  また、この中期研究計画の遂行に当たり、様々な研究分野を有機的に結合し効果的に研究を実施するため、研究部の組織を図のとおり再編しました。さらに令和2年(2020年)3月には、スーパーコンピュータを更新して、研究体制を整えました。  新たな中期研究計画では、図に示す経常的な研究課題の分野融合かつ手法連携による効率的・効果的な研究推進を目指して、研究部の組織を越えた横断的な相互連携を推進し、各研究部の総力を挙げて実施します。また、実用化を目指す研究課題の実行に当たっては、気象庁各部とも密接に連携し、気象業務におけるニーズを的確に把握して研究課題に反映させていきます。さらに、共同研究などの制度を活用し、国内外の大学や研究機関との円滑かつ緊密な連携を推進し、効果的、効率的な研究を進めます。その他、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)や官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)などの他省庁が総括する大型研究プロジェクトにも積極的に参画し、研究開発を進めていきます。  このように、気象研究所は、新しい組織で新たな研究計画に取り組むことで、地球科学分野における我が国の総合的専門家集団として研究能力の一層の向上を図りつつ、気象業務の発展を研究・開発面から支えてまいります。また、自然災害や地球環境に関する国民へのアウトリーチ活動や気象データ・情報の産業界等における利活用推進について、専門的な知見を踏まえた役割を果たし、国民の皆様の期待に応えられるよう、努力してまいります。 第3部 気象業務の国際協力と世界への貢献  大気に国境はなく、台風等の気象現象は国境を越えて各国に影響を与えます。このため、精度の良い天気予報とそれに基づく的確な警報・注意報の発表のためには、国際的な気象観測データの交換や技術協力が不可欠です。また、気象分野のみならず、気候や海洋、地震・津波、火山分野においても国際協力が重要です。このため、気象庁は、世界気象機関(WMO)等の国際機関を中心として世界各国の関連機関と連携しているほか、近隣諸国との協力関係を構築しています。 1章 世界気象機関(WMO)を通じた世界への貢献  WMOは、世界の気象業務の調和的発展を目標として設立された国際連合の専門機関の一つです。世界気象会議(全構成員が出席)を4年ごとに開催し、向こう4年間の予算や事業計画を審議するほか、執行理事会(世界気象会議で選出された37名が出席)を毎年開催し、事業計画実施の調整・管理に関する検討を行っています。我が国は昭和28年(1953年)の加盟以来、アジア地区における気象情報サービスの要として中心的な役割を果たしてきており、歴代気象庁長官は執行理事としてWMOの運営に参画しています。また、気象庁は国際的なセンター業務を数多く担当するほか、当庁の多くの専門家が専門委員会や地区協会の活動に貢献しています。  世界の国々が効率的な気象業務を行うためには、統一された方法による大気や海洋の観測、データの迅速な交換、高度なデータ処理に基づく気象情報の作成・提供が必要です。  例えば、気象庁はアジア地区を担当する地区測器センターに指名されており、各国の観測データの品質が保たれるよう、基準となる気象測器の管理や、気象測器の比較校正の支援及び保守等の指導を行っています。この活動は、各国における観測技術の向上に寄与するだけでなく、品質の良い観測データを得ることによって、気象庁が行う天気予報等の精度向上につながるものです。  観測データ等を国際的に迅速に交換するためには、全世界的な気象通信ネットワークが不可欠です。気象庁は、全球情報システムセンター(GISC東京)及びアジア地区通信中枢(RTH東京)として様々な気象・気候データを確実に流通させ、東アジア地域におけるデータ交換の中継を担っています。また、世界各国との技術協力や主に東南アジア地域を対象とした技術支援を通じて気象通信技術の高度化を推進し、観測データ等の効率的な国際交換・提供に貢献しています。  こうして収集した世界の観測データ等を活用して気象庁が作成したプロダクトは、再び気象通信ネットワークを通じて各国に提供され、各国が行う気象予測や防災活動のために利用されています。気象庁が、北西太平洋域の熱帯低気圧に関する熱帯低気圧地区特別気象センター(RSMC)東京センターとして提供する情報もその一つです。責任領域内の熱帯低気圧について、解析や予報、予報の根拠、数値予測の情報等をリアルタイムに提供することで、同領域内の各国が行う解析・予報を支援しています。また、地区気候センター(Tokyo Climate Center)として、アジア太平洋地域における気候関連業務に関する技術協力を行うとともに、気候情報に関する研修セミナーの開催を通じて人材育成支援を行っています。  このほか、気象庁は温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)として、世界各地で観測された温室効果ガスのデータを収集しています。WDCGGで解析した温室効果ガスの世界平均濃度は、気候変動に関する国際連合枠組条約締約国会議(COP)の交渉などにおいて、重要な科学的根拠として用いられています。  このように、WMOの枠組みの下で行う国際協力は、気候変動対策をはじめとする国際的な取組に貢献しているほか、世界の観測データ等を確実に入手して精度の良い天気予報等を行い、我が国の防災に資するものです。また、開発途上国等の気象業務サービスの向上を支援することによって、海外で活動する日系企業や在外邦人の安全確保にも貢献しています。 コラム ■第18回世界気象機関(WMO)総会  世界気象機関(WMO)の最高議決機関である世界気象会議(以下「総会」と言う。)は4年ごとに開催され、向こう4年間の運営方針・事業計画・予算を決定するとともに、総裁・副総裁・事務局長・執行理事の役員の選出を行います。第18回総会は、令和元年(2019年)6月3日から6月14日まで、スイス・ジュネーブにおいて開催され、我が国から関田康雄気象庁長官を首席代表とする政府代表団が出席しました。  総会では、令和2年(2020年)から令和5年(2023年)の事業計画や予算を決定し、①社会ニーズに対応したより良いサービス、②地球システム観測・予測、③ターゲット研究の推進、④サービス能力の向上、⑤WMO組織の戦略的再編成(第1章「WMOの新組織」参照)の5つの長期目標のもと活動することを決定しました。  また、近年、気象分野においても民間部門が活躍する機会が広がっていることを踏まえ、政府部門と民間部門そして学術部門が調和しつつ協力を推進することを目的とした「ジュネーブ宣言-2019:気象、気候及び水の行動のためのコミュニティの構築」を20年ぶりに採択しました。  役員の選出では、事務局長に現職のPetteri Taalas氏が再任、総裁にはドイツ気象局長官のGerhard Adrian氏が選出され、当庁関田長官は執行理事に選出されました。  総会では、上記の重要議題を含め様々な議題において我が国から積極的に発言を行い、大いに存在感を示すことができたと思います。また、会期中に在ジュネーブ国際機関日本政府代表部 伊原純一特命全権大使主催のレセプションを開催し、防災先進国としての我が国の貢献及び先駆性をアピールすることができました。気象庁は、世界的にも先進的な技術・知見を生かし、今後とも我が国及び世界の気象業務の発展・改善に積極的に貢献していきます。 コラム ■世界気象機関(WMO)による開発途上国支援  元 WMO事務局 開発・地域活動部  上級調整官(地域・技術統合担当)  信太 邦之  世界の193の国と地域が加盟する国際連合の専門機関であるWMOは、世界的に統一のとれた気象・水文観測の実施、観測データの国際交換、それらのさまざまな分野(航空、海運、農業等)での利用、研究や研修の促進を目的として昭和25年(1950年)に設立され、今年で設立70周年になります。しかし、多くの開発途上国ではWMOの推進する科学技術計画に沿った事業を行うことが困難であることから、WMOはこれらの国々に対して様々な支援を行っています。ここでは、私の担当した事例も含め、WMOがどのような支援を行っているかをご紹介します。 【信託基金によるプロジェクト】 WMOでは日本を含む先進国が任意に拠出した資金により種々の信託基金を設立し、これらにより途上国の気象観測・通報や予報・警報業務の向上に資するプロジェクトを実施しています。また、産油国等が自国の資金で信託基金を設立し、自国のためのプロジェクトをWMOが実施する場合もあります。私は、気象庁とWMOが共同でアジア・太平洋14か国に気象衛星ひまわりのデータ受信・解析装置の設置と運用支援を行うプロジェクトや、アラブ諸国を対象とした種々のプロジェクトを担当しました。 【WMO篤志協力計画】 WMO篤志協力計画(VCP)では、加盟国からの要請に基づき、日本を始めとした先進国の篤志拠出(機材や基金)により、機材の供与、専門家派遣、研修への参加等を支援しています。数年前、モンゴルの気象局の国際気象データ通信装置が老朽化して、外国からのデータが入らなくなり予報・警報業務に支障をきたす恐れがでたため、VCPにより必要な機材を供与し、日本の業者に現地で機器の設置・調整を行っていただき、同国の予報・警報業務を継続することができました。 【災害復旧支援】 顕著な災害や内乱等により、気象・水文機関が多大な被害をこうむった際には、WMOは現地調査団を組織し、被害の復旧と当該機関の業務向上方策の提言をとりまとめ、当該国政府や援助機関に支援を要請することがあります。私は、平成25年(2013年)台風第30号(アジア名ハイヤン)がフィリピンとベトナムに襲来した後、気象庁や台風委員会等の専門家とともに現地入りし、両国の気象・水文機関の業務向上方策を提言しました。 【教育・研修】 WMOは途上国の気象・水文機関の職員に気象学、水文学等に関する研修等の機会を提供するWMO教育・研修計画を実施しています。実際の研修等はWMO加盟国が運営している地区研修センター、同計画に協力している大学(日本では京都大学)や研究機関が実施しています。 【部外資金による支援】 従来からの気象・水文分野に加えて近年増加している防災や気候にかかわる途上国からの支援要請に応えるため、WMOは世界銀行や地域開発銀行、緑の気候基金等から部外資金を導入し、種々のプロジェクトを実施しています。 2章 国連教育科学文化機関(UNESCO)を通じた世界への貢献  UNESCO政府間海洋学委員会(IOC)は、世界気象機関(WMO)とも協力し、各国の海洋に関する科学計画の調整を行っています。気象庁は、海洋・津波分野で技術的貢献をしています。 (1)北東アジア地域海洋観測システム(NEAR-GOOS)地域リアルタイムデータベースの運営  中・韓・露と協力して、北東アジア域の海洋と海上気象のデータの収集・解析・提供を行っています。 (2)北西太平洋津波情報センター(NWPTAC)の運営  北西太平洋における地震を監視し、津波を発生させるおそれのある大きな地震が発生すると、地震や津波に関する情報を速やかに周辺各国に提供しています。その情報は、各国の津波防災対応に活用されています。 3章 国際民間航空機関(ICAO)を通じた世界への貢献  国連の専門機関の一つである国際民間航空機関(ICAO)は、国際民間航空業務の健全な発達のために設立されました。気象庁は、ICAOが主催する航空気象に関する会合に積極的に参加し、航空気象業務の国際的な統一基準の策定や高度化に向けた検討に参画しています。また、ICAOの指定を受けて、航空路火山灰情報センター(VAAC)、熱帯低気圧情報センター等の国際的なセンター業務を担当し、世界の航空機の安全運航に貢献しています。 4章 各国気象機関等に対する人材育成支援・技術協力  気象庁は、開発途上国に対し、上で述べた様々な枠組みや国際協力機構(JICA)等と協力して専門家派遣や研修等の実施により、気象、海洋、地震・火山などの様々な分野における人材育成支援・技術協力を行っています。 (1)WMO等の活動を通じた協力  気象庁は、WMOのセンター業務(第1章参照)の一環として、開発途上国への技術支援を行っています。具体的には、アジア地区の気象機関職員を主な対象とし、熱帯低気圧の解析・予測、気候情報の利活用についての研修をそれぞれ毎年気象庁において実施しているほか、気象データの国際交換、気象測器の精度確保等に関するワークショップや専門家派遣を実施しています。  また、WMOの様々なプロジェクトに参画し、アジア太平洋地域を中心に、各国気象機関の観測、解析、数値予報等の技術の向上に取り組んでいます。特に、大雨による洪水や土砂災害等の被害が多く見られる東南アジア地域を対象に、同地域における気象レーダー観測ネットワークの構築を目指すプロジェクトを主導し、東南アジア諸国連合(ASEAN)の気象プロジェクトとも連携しながら、研修ワークショップの開催、専門家交流、技術移転等を積極的に進めています。 (2)国際協力機構(JICA)と連携した協力  JICAの課題別研修の一つである「気象業務能力向上」では、各国気象機関の職員を毎年8名程度、約3か月間にわたって気象庁にて受け入れ、気象庁職員が講師となり、気象業務に直結する技術の習得及び研修成果の母国での普及を目的として、講義・実習を行っています。受講者数は、研修を開始した昭和48年度(1973年度)以降、計77か国356名にのぼり、その多くは帰国後、母国の気象業務の発展に主導的な役割を果たしています。  また、JICAは、各国気象機関の現状を確認しつつ、観測機器の設置に係る協力や、「気象観測・予報・警報能力向上」などの技術協力プロジェクトを進めており、その中で気象庁は、各プロジェクトのコンサルタントとも連携しながら専門家派遣や研修を行っています。令和元年度(2019年度)はベトナム、モーリシャス、ミャンマー、フィジーを中心とする大洋州諸国を対象のプロジェクトに協力をしました。 (3)気象衛星「ひまわり」を活用した協力  気象衛星「ひまわり」は、広く東アジア・太平洋を観測し、観測データは約30か国で利用されています。気象庁は、WMO・JICAと連携して、開発途上国20か国に観測データの受信環境を整備しました。また、世界最先端の観測機能を持つ気象衛星「ひまわり」の観測データを効果的に活用して気象現象等の監視・予測及び防災活動に役立ててもらえるように、気象庁は職員を諸外国に派遣し、実例を用いた解析や、提供した気象衛星画像等の表示解析ソフトの使い方などの研修を行いました。本研修は各国から歓迎され、今後も継続して行うこととしています。  また、平成30年(2018年)1月から、気象衛星「ひまわり」による新たな国際協力として、外国気象機関からリクエストされた領域に対して2.5分ごとの観測を実施するサービス「HimawariRequest(ひまわりリクエスト)」を行っています。この高頻度観測は熱帯低気圧や火山等の集中的な監視に効果を発揮します。令和元年(2019年)11月以降は、オーストラリア気象局からの要望に応じて同国の森林火災を対象とした集中観測を継続的に実施し、同国から謝意が寄せられました。 コラム ■大洋州における人材育成支援  日本気象協会 海外事業推進課 技術調査役  元 国際協力機構(JICA) 長期専門家  元 世界気象機関(WMO)事務局 熱帯低気圧計画課長  黒岩 宏司  2019年5月、世界気象機関(WMO)に193番目の新しい加盟国が誕生しました。南太平洋の小さな島国、ナウルです。この国に気象技術者を養成し、気象業務の立上げを支えたのが、国際協力機構(JICA)が2014~18年に実施した大洋州気象人材育成能力強化プロジェクトです。私はこのプロジェクトでチーフアドバイザーを務めました。プロジェクトの目的は、WMO熱帯低気圧RSMC(地区特別気象センター)ナンディセンターとして南太平洋のサイクロンの解析・予報をリードするフィジー気象局の研修能力を強化し、この地域の気象人材育成の拠点とすることです。研修対象はナウルのほか、トンガ、キリバスなど計10ヶ国で、4年間で延べ24回にわたり実施した研修は、大洋州の人材育成に多くの実績を上げました。そして、その実績が認められ、私は2019年にJICA理事長賞を受賞しました。今回の受賞の背景として気象庁専門家の強力な支援があったことがあげられます。測器の保守・校正、気象衛星ひまわりデータの利用、高潮予報など、各分野の我が国の技術は、プロジェクトを通じて南太平洋の気象業務の中に着実に浸透し、各国の技術レベルの向上に寄与しました。また、これらの活動を通じて西太平洋の南北二つのRSMC(東京/ナンディ)の協力関係が大きく前進したことは、今後の大洋州支援に新しい展望をもたらしました。 5章 我が国の質の高い観測機器の海外展開支援  日本の気象レーダーメーカー各社は、従来のものより“低ランニングコスト、安定運用、電波資源の有効利用”等の特長を持つ「固体素子気象レーダー」の製造・販売を世界に先駆けて開始しました。また、空港周辺の風を観測する「空港気象ドップラーライダー」、小型で安価な高層気象観測機器「ラジオゾンデ」等も、日本が世界をリードする優れた観測機器です。気象庁は、政府全体で進める「質の高いインフラ」の海外展開の一環として、気象庁が行う観測・予報等の技術支援と組み合わせながら、これら企業による海外展開の支援に取組んでいます。 コラム ■気象レーダーセミナーの開催 ~アジアにおける日本製気象レーダー等の普及を推進~  気象庁は、我が国が持つ防災インフラの海外展開に向けた取組として、先進的な性能を有する日本製気象レーダー及びライダー(以下「気象レーダー等」という。)の海外展開を推進しています。  その一環として、令和元年(2019年)11月に、アジアを中心とした6か国の気象機関から気象レーダー等の導入・配置・運用の企画・立案を行う観測部門の責任者を招聘し、「気象レーダーセミナー」を東京の気象庁本庁で開催しました。本セミナーでは、気象庁や気象レーダー等のメーカー等から、我が国が優位性を持つ二重偏波レーダー・固体素子レーダーのメリットやデータの利活用技術を紹介しつつ、東京国際空港における運用状況についての見学も行い、先進的な製造技術から運用におけるノウハウまでを一貫して有している我が国の強みを紹介しました。また、各国参加者とのディスカッションも行い、各国が持つ課題や要望等の情報を頂きました。  今後も、我が国が持つ気象レーダー等の性能及び活用に係る知見を提供しつつ、将来の我が国の気象レーダー等の海外展開につなげていく予定です。 第4部 最近の気象・地震・火山・地球環境 1章 気象災害、台風など 1節 平成31年/令和元年(2019 年)のまとめ  8月26日から29日にかけて、九州付近に停滞していた前線の影響で、九州北部地方を中心に大雨となり佐賀県を中心に河川の氾濫、浸水害、土砂災害が発生しました。  9月8日から9日にかけて、千葉市付近に上陸した令和元年房総半島台風(台風第15号)の影響で、関東地方南部や伊豆諸島を中心に暴風となり、千葉県では電柱の倒壊が相次ぎ、広い範囲で停電が発生しました。  10月12日から13日にかけて、令和元年東日本台風(台風第19号)が伊豆半島に上陸した後、関東地方を通過しました。この影響で、静岡県や新潟県、関東甲信地方、東北地方を中心に広い範囲で記録的な大雨となり、河川の氾濫が相次いだほか、土砂災害や浸水害が発生しました。  10月24日から26日にかけて、低気圧等の影響により、関東地方から東北地方の太平洋側を中心に大雨となり、千葉県や福島県を中心に土砂災害、浸水害、河川の氾濫が発生しました。 2節 平成31年/令和元年(2019 年)の主な気象災害 ・前線による大雨(8月26日~8月29日)  8月26日から29日にかけて、九州付近に停滞していた前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込み、九州北部地方を中心に大雨となりました。26日から29日までの総降水量は長崎県平戸で626.5ミリ、佐賀県唐津で533.0ミリに達するなど、8月の月降水量平年値の2倍を超える大雨となったところがありました。特に、28日明け方には九州北部地方に線状降水帯が形成・維持されたため、佐賀県を中心に3時間降水量等の観測史上1位の値を更新する記録的な大雨となりました。  この大雨について、気象庁は28日05時50分に佐賀県、福岡県、長崎県に大雨特別警報を発表し、最大級の警戒を呼びかけました。 ・令和元年房総半島台風(台風第15号)による暴風等(9月8日~9月9日)  令和元年房総半島台風は、9月8日に非常に強い勢力で伊豆諸島に接近した後、9日03時前に三浦半島付近を通過して、9日05時前に強い勢力で千葉市付近に上陸しました。その後、日本の東を北東に進み、10日09時に温帯低気圧に変わりました。  令和元年房総半島台風の接近・通過に伴い、関東地方南部や伊豆諸島を中心に暴風、大雨となりました。東京都神津島で最大風速43.4メートルを観測するなど6地点で最大風速30メートル以上の猛烈な風を観測し、千葉県を中心に19地点で最大風速の観測史上1位の記録を更新しました。また、8日から9日までの総降水量は静岡県天城山で442.0ミリに達し、東京都大島や静岡県湯ヶ島で300ミリを超える大雨となりました。 ・令和元年東日本台風(台風第19号)による大雨等(10月10日~10月13日)  令和元年東日本台風は、一時大型で猛烈な勢力に発達して日本の南を北上した後、10月12日19時前に大型で強い勢力で伊豆半島に上陸しました。その後、関東地方を通過し、13日12時に日本の東で温帯低気圧に変わりました。  令和元年東日本台風やその周辺の湿った空気の影響で、広い範囲で大雨、暴風、高波、高潮となり、10日から13日までの総降水量が神奈川県箱根で1,000ミリに達したほか、東日本を中心に17地点で500ミリを超えました。特に静岡県や新潟県、関東甲信地方、東北地方の多くの地点で3、6、12、24 時間降水量の観測史上1 位の値を更新するなど記録的な大雨となりました。  この大雨について、気象庁は12日15時30分から順次、静岡県、神奈川県、東京都、埼玉県、群馬県、山梨県、長野県、茨城県、栃木県、新潟県、福島県、宮城県、岩手県の1 都12 県に大雨特別警報を発表し、最大級の警戒を呼びかけました。  また、風については東京都江戸川臨海で最大瞬間風速43.8メートルとなり観測史上1 位を更新し、関東地方の7か所で最大瞬間風速40メートルを超えたほか、台風の接近に伴って大気の状態が非常に不安定となり、千葉県市原市では竜巻と推定される突風が発生しました。 ・低気圧等による大雨(10月24日~10月26日)  10月24日から26日にかけて、低気圧が西日本、東日本、北日本の太平洋沿岸に沿って東に進みました。この低気圧に向かって南から暖かく湿った空気が流れ込むとともに、日本の東海上を北上した台風第21号周辺の湿った空気が流れ込み、大気の状態が非常に不安定となりました。この影響で、関東地方から東北地方の太平洋側を中心に広い範囲で大雨となりました。特に千葉県や福島県では、24日から26日までの総降水量が200ミリを超えたほか、3、6時間降水量の観測史上1位の値を更新する記録的な大雨となりました。 3節 平成31年/令和元年(2019 年)の台風  平成31年/令和元年(2019年)の台風の発生数は平年より多い29個(平年値25.6個)でした。2019年春まで続いたエルニーニョ現象の影響で3~6月頃は北西太平洋熱帯域で対流活動が抑制され台風が発生しにくい環境だったことから3~6月中旬は台風の発生がありませんでした。一方で、7月以降の発生数は26個と平年値21個を上回り、特に11月には6個の台風が発生し、台風の統計を開始した1951年以降、11月の発生数としては1964年、1991年に並び最多となりました。  日本への接近数は平年より多い15個(平年値11.4個)でした。上陸数は、平年値2.7個より多い5個(第6号、第8号、第10号、第15号、第19号)でした。 コラム ■平成31年/令和元年(2019年)の台風の特徴  平成31年/令和元年(2019年)の台風の特徴は以下の通りです。 ・ 台風第1号の発生は1月1日15時で、1951年以降で最も早い発生。 ・ 台風第2号は2月に発生した台風としては最も強い最大風速55m/sまで発達。 ・ 2019年春まで続いたエルニーニョ現象の影響で3~6月中旬は台風の発生なし。 ・ 11月に6個(平年値2.3個)の台風が発生。11月の発生数としては最多タイ(過去には1964年、1991年)。 ・ 9月9日に千葉県千葉市付近に上陸した令和元年房総半島台風(台風第15号)は、上陸時の最大風速が40m/sで、統計の残る1991年以降において、最も強い勢力で関東に上陸した台風となり、房総半島を中心に暴風による被害をもたらした。 ・ 10月12日に伊豆半島に上陸した令和元年東日本台風(台風第19号)は、上陸時の最大風速が40m/sで、東日本に上陸した台風の強さとしては1位タイの記録となり、東日本や東北地方を中心に大雨による被害をもたらした。  平成31年/令和元年(2019年)春まで続いたエルニーニョ現象の影響で3月~6月は北西太平洋域で対流活動が抑制され台風が発生しにくい環境でした。令和元年房総半島台風や令和元年東日本台風が日本に接近した9月上旬、10月上旬は日本の南海上で平年よりも海面水温が高く、令和元年房総半島台風や令和元年東日本台風が強い勢力を保って日本に上陸した要因の一つと考えられます。また、11月に台風が多く発生した要因として、赤道から北緯20度付近までの海域において海面水温が高い状態であったことと、赤道付近で西風が吹きやすい状況にあり、その北側の偏東風との境目で低気圧性の渦ができやすい状況であったことなどが考えられます。 2章 天候、異常気象など 1節 日本の天候  平成31 年/令和元年(2019年)は、全国的に気温の高い状態が続き、低温は一時的でした。特に冬の沖縄・奄美、秋の東・西日本は、季節平均気温が昭和21年(1946年)の統計開始以来、最も高くなりました。このため、年平均気温は全国的にかなり高く、東日本では平年差+1.1℃と1946年の統計開始以来、平成30年(2018年)と並び最も高くなりました。また、夏から秋にかけては、前線や台風、低気圧の影響で記録的な大雨となったところがありました。9月は、令和元年房総半島台風(台風第15号)の影響により千葉県を中心に記録的な暴風となり、10月は令和元年東日本台風(台風第19号)の影響により、東日本から東北地方にかけて記録的な大雨となり広い範囲で河川の氾濫が相次ぐなど、大きな被害が発生しました。全国のアメダスの日降水量400ミリ以上の年間日数は47日で、昭和51年(1976年)の統計開始以来平成23年(2011年)に次いで2番目に多くなりました※。  ※アメダスの地点数は一定でないため、概ね現在の地点数に相当する1,300地点当たりに換算した値で比較しました。 平成31 年/令和元年(2019 年)の各季節の特徴は以下のとおりです。 ① 冬(2018年12月~2019年2月)は、北からの寒気の影響が弱く、東日本以西では冬の平均気温がかなり高くなりました。特に、沖縄・奄美では冬の平均気温の平年差が+1.8℃となり、冬の平均気温として最も高くなりました(統計開始は昭和21/22年(1946/47年)冬)。日本海側の冬の降雪量はかなり少なく、特に、西日本日本海側の冬の降雪量は平年比7%となり、冬の降雪量として最も少なくなりました(統計開始は昭和36/37年(1961/62年)冬)。 ② 春(3月~5月)は、北・東・西日本では、期間を通して高気圧に覆われる日が多く、春の日照時間はかなり多くなりました。北・東・西日本日本海側と北日本太平洋側では、昭和21年(1946年)の統計開始以来、春の日照時間として最も多くなりました(西日本日本海側は1位タイ)。また、春の降水量は北日本日本海側でかなり少なくなりました。全国的に、晴れて日射の影響を受けたことや、暖かい空気が流れ込みやすかったため、春の平均気温は北・西日本と沖縄・奄美でかなり高く、東日本で高くなりました。 ③ 夏(6~8月)は、梅雨前線の北上が平年より遅かったため、梅雨明けは平年より遅れた地方が多く、7月は東・西日本を中心に気温が低く、日照時間が少ない不順な天候となりました。7月末から8月前半にかけては、東日本を中心に太平洋高気圧に覆われて晴れて厳しい暑さが続きました。夏の平均気温は、北・東日本と沖縄・奄美で高くなりました。西日本では、前線や台風の影響により、たびたび大雨となり、特に、九州南部では7月に、九州北部地方では7月と8月に、それぞれ記録的な大雨となり、土砂災害や河川の氾濫など大きな被害が発生しました。また、西日本太平洋側では夏の降水量はかなり多くなりました。沖縄・奄美では、梅雨前線や台風、湿った空気の影響を受けやすかったため、夏の降水量はかなり多く、夏の日照時間はかなり少なくなりました。 ④ 秋(9月~11月)は、全国的に暖かい高気圧に覆われやすかったため、気温が高くなりました。特に南から暖かい空気が流れ込みやすかった東・西日本の気温は、昭和21年(1946年)の統計開始以来、秋の平均気温として最も高くなりました。また、秋の日照時間は北・東・西日本で多くなりました。9月上旬は、令和元年房総半島台風の影響で、東日本太平洋側を中心に大雨や記録的な暴風となり、千葉県などで大きな被害が発生しました。10月中旬は、令和元年東日本台風の影響で、東日本から東北地方の広い範囲で記録的な大雨となり、河川の氾濫が相次ぐなど、大きな被害が発生しました。10月下旬には、低気圧の影響で、関東甲信地方や東北地方で再び大雨となり、河川の氾濫や土砂崩れなど大きな被害が発生しました。沖縄・奄美では、この秋に5個の台風が接近・通過し、大雨や大荒れとなった所がありました。 2節 世界の主な異常気象  平成31年/令和元年(2019年)は、1年を通して世界各地で異常高温が発生しました(図中②③⑤⑨⑪⑫⑯⑱⑳㉔㉕㉗)。ヨーロッパでは南部を中心として6~12月に異常高温となり(図中⑫)、ドイツとフランスの2019年の年平均気温は、それぞれ、1881年以降で2番目、1900年以降で3番目に高くなりました。またヨーロッパ北部から中部では6~7月に熱波が発生し(図中⑭)、フランスでは少なくとも1,400人が死亡したと伝えられました(フランス政府)。6月28日に46.0℃の日最高気温を観測したフランスをはじめ、6か国で気温の国内最高記録を更新しました。米国アラスカ州では、2~3、6~7、9月に異常高温となり(図中⑳)、年平均気温は1925年以降で最も高くなりました。オーストラリアでは、1、3、7、9~12月に異常高温となり(図中㉗)、年平均気温は1910年以降で最も高くなりました。  米国中西部から南東部では2、4~5、9~10月に異常多雨となりました(図中㉒)。米国本土では、冬(2018年12月~2019年2月)の3か月降水量は1896年以降で最も多く、年降水量は1895年以降で2番目に多くなりました。一方、マレー半島中部からジャワ島では6~7、9~11月に異常少雨となりました(図中⑥)。また、オーストラリアでは、年降水量が1900年以降で最も少なくなりました。  南アジア及びその周辺では、7~10月の大雨により(図中⑧)、合計で2,300人以上が死亡したと伝えられました(インド政府、パキスタン政府、欧州委員会)。東アフリカ南部では、3月のサイクロン「IDAI」と4月のサイクロン「KENNETH」により(図中⑲)、合計で1,000人以上が死亡したと伝えられました(欧州委員会)。バハマでは、9月のハリケーン「DORIAN」により(図中㉓)、34億米国ドルにのぼる経済被害が発生したと伝えられました(米州開発銀行)。オーストラリアでは、9~12月に大規模森林火災が発生し、600万ヘクタール(日本の国土面積の約16パーセント)以上が焼失したと伝えられました(国際赤十字・赤新月社連盟)。 3節 世界と日本の平均気温  世界の年平均気温は、長期的には100年当たり0.74℃の割合で上昇しています。令和元年(2019年)の世界の年平均気温の基準値(昭和56年(1981年)~平成22年(2010年)の30年平均値)からの偏差は+0.43℃で、統計を開始した明治24年(1891年)以降で2番目に高い値となりました。最近5年(平成27年(2015年)~平成31年/令和元年(2019年))は、すべて歴代5位以内でした。  日本の年平均気温は、長期的には100年当たり1.24℃の割合で上昇しています。令和元年の日本の年平均気温の基準値からの偏差は+0.92℃で、統計を開始した明治31年(1898年)以降、2016年を上回り最も高い値となりました。 4節 大雨・短時間強雨  国内51観測地点における明治34年(1901年)~令和元年(2019年)の119年間の観測値によると、日降水量100ミリ以上及び200ミリ以上の大雨の年間日数は長期的に増加しています。  全国約1,300地点のアメダスによる昭和51年(1976年)~令和元年(2019年)の44年間の観測値によると、1時間降水量(毎正時における前1時間降水量)50ミリ以上及び80ミリ以上の短時間強雨の年間発生回数は増加しています。1時間降水量50ミリ以上の場合、最近10年間(平成21年(2010年)~令和元年(2019年))の平均年間発生回数(1,300地点当たり約327回)は、統計期間の最初の10年間(昭和51年(1976年)~昭和60年(1985年))の平均年間発生回数(1,300地点当たり約226回)と比べて約1.4倍に増加しています。ただし、大雨や短時間強雨の発生回数は年々変動が大きく、それに対してアメダスの観測期間は比較的短いことから、長期変化傾向を確実に捉えるためには今後のデータの蓄積が必要です。 5節 大雨・短時間強雨  二酸化炭素は、化石燃料の消費や森林破壊といった人間活動から生じ、地球温暖化への影響が最も大きな温室効果ガスです。大気中の二酸化炭素の世界平均濃度は工業化(18世紀後半)以前は280 ppm※程度でしたが、人間活動により増加を続け、平成30年(2018年)には工業化前の1.5倍ほどの407.8 ppmに達しました。世界各地の観測データを緯度20度ごとに平均した二酸化炭素濃度のこれまでの変化を見ると、化石燃料が多く消費されている北半球で南半球より全般的に濃度が高くなっています。また植物の光合成活動などが原因で起こる季節による濃度変動も森林の多い北半球で大きくなっています。 ※ppm(ピーピーエム)は、大気中の分子100万個中にある対象物質の個数を表す単位です。 6節 その他の温室効果ガス  二酸化炭素の他に地球温暖化に影響を及ぼす温室効果ガスとして、メタン、一酸化二窒素があります。これらも人間活動に伴い増加しており、大気中の濃度は工業化前の2.6倍、1.2倍にそれぞれ達しています。  また、エアコンや冷蔵庫で空気を冷却するために使われてきたクロロフルオロカーボン類(いわゆるフロン類:CFC-11、CFC-12、CFC-113など)には、オゾン層を破壊する性質とともに強い温室効果があります。これらは生産や使用の規制により大気中の濃度が近年減少傾向にあります。一方、フロン類の代わりとして使用されているハイドロクロロフルオロカーボン類(HCFC-22など)やハイドロフルオロカーボン類(HFC-134aなど)は、オゾン層を破壊しにくい(あるいは破壊しない)ものの、いずれも強力な温室効果ガスで、これらの大気中の濃度は増加を続けています。 7節 海面水温  令和元年(2019年)の世界の年平均海面水温の平年差(昭和56年(1981年)~平成22年(2010年)までの30 年平均値からの差)は+0.33℃で、統計を開始した明治24年(1891年)以降では平成28年(2016年)と並んで最も高い値となりました。世界の年平均海面水温は、数年から数十年に及ぶ時間規模の海洋・大気の変動や地球温暖化等の影響が重なりながら変化していますが、長期的には100 年当たり+0.55℃の割合で上昇しています。数年から数十年の時間規模では、1970年代半ばから2000 年前後にかけて顕著な上昇が見られた後、2010年代前半までは停滞していましたが、平成26年(2014年)から平成28年(2016年)まで3年連続で統計開始以降の最高記録を更新しました。その後の2年は連続して下降しましたが、平成30年(2018年)秋から令和元年(2019年)夏にかけて発生したエルニーニョ現象等の影響もあり、令和元年は上昇に転じました。  令和元年(2019年)の日本近海の海面水温は、日本海北部や紀伊半島の南から東海沖南部を除き広く平年より高くなりました。1~3月は日本海南部や東シナ海、日本の南を中心に、平年よりかなり高い海域が広くみられました。4~6月に関東南東方で、6~7月に東シナ海で平年より低い海域がみられたものの、5~8月に北海道南東方で平年よりかなり高い海域が広くみられました。8月には本州東方、関東南東方、日本海、東シナ海にも平年よりかなり高い海域がみられ、9月以降は北緯45度以南でおおむね平年より高く、平年よりかなり高い海域も広くみられました。紀伊半島の南から東海沖南部では、黒潮大蛇行の影響で平年よりかなり低い海域がしばしばみられた一方で、関東の東や遠州灘から熊野灘では黒潮や黒潮からの暖水の影響で平年よりかなり高い海域がしばしばみられました。 8節 海洋中の二酸化炭素  海洋は、人間活動により放出された二酸化炭素の約3分の1を吸収していると見積もられており、地球温暖化の進行を緩和しています。気象庁の海洋気象観測船「凌風丸」と「啓風丸」は、昭和59年(1984年)から30年以上にわたって北西太平洋で表面海水中と大気中の二酸化炭素濃度を観測しています。東経137度線に沿った日本の南から赤道域までの海域においては、毎年冬季(1~2月)に表面海水中の二酸化炭素濃度が大気中の濃度より低いことが観測されており、海洋が大気中の二酸化炭素を吸収しています。また、北緯7度から33度で平均した二酸化炭素濃度は、昭和59年(1984年)から平成31年/令和元年(2019年)まででみて、大気中で1年に1.9ppm、表面海水中で1年に1.8ppmの割合で増加しています。 9節 オホーツク海の海氷  令和元年から令和2年(2019~2020年)のオホーツク海の海氷域面積は、12月上旬から1月上旬まで平年より小さく、1月中旬から3月中旬まではおおむね平年並で推移しましたが、3月下旬以降は、オホーツク海全域で海氷の融解が急速に進み、海氷面積は平年より小さく経過しました。シーズンの最大海氷域面積は105.61万平方キロメートルで、平年の90%でした。  オホーツク海の海氷域面積は年ごとに大きく変動していますが、最大海氷域面積は昭和46年(1971年)の統計開始以来、10年当たり6.2万平方キロメートル(オホーツク海の全面積の3.9%に相当)の割合で減少しています。 3章 地震活動 1節 日本及びその周辺の地震活動  平成31年/令和元年(2019年)に震度5弱以上を観測した地震は9回(平成30年は11回)、震度1以上を観測した地震は1,564回(平成30年は2,179回)でした。国内で被害を伴った地震は6回(平成30年は4回*)でした。日本及びその周辺で発生した地震でマグニチュード6.0以上の地震は18回(平成30年は16回)でした。また、日本で津波を観測した地震は1回(平成30年は1回)でした。  主な地震活動は下図及び次ページの表のとおりです。 *平成30年9月6日以降に、北海道胆振地方で発生した一連の地震活動(「平成30年北海道胆振東部地震」)により生じた被害については1回として扱った。 2節 世界の地震活動  平成31年/令和元年(2019年)(以下、日本時間を基準とする。)に発生したマグニチュード7.0以上または死者(行方不明者を含む。)を伴った地震は20回でした。また、マグニチュード8.0以上の地震はありませんでした。最も規模の大きかった地震は、5月26日にペルー北部で発生したMw7.9(気象庁による。)の地震でした。海外の地震により日本で津波を観測した地震はありませんでした。  主な地震活動は表のとおりです。 4章 火山活動  平成31年/令和元年(2019年)は、浅間山、硫黄島、西之島、阿蘇山、桜島、薩摩硫黄島、口永良部島、諏訪之瀬島の8火山で噴火が発生しました。また、火山活動の推移に伴い、8火山に対して火口周辺警報を計13回発表しました。  平成31年/令和元年の日本の主な火山活動は以下のとおりです。そのほかの最新の火山活動のとりまとめについては、気象庁ホームページに掲載している火山活動解説資料をご覧ください(https://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/monthly_v-act_doc/monthly_vact.php)。 ○ 吾妻山  平成30年5月頃から続いていた大穴火口周辺の隆起・膨張を示す地殻変動は、平成31年2月から4月にかけて概ね停滞し、地震活動も低下傾向となりました。これらのことから4月22日に噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。その後、4月末頃から大穴火口付近浅部の膨張を示す地殻変動が観測され、火山性地震が多い状態で経過する中、5月9日に大穴火口方向上がりの明瞭な傾斜変動が観測されるなど、再び火山活動の活発化が認められたことから、同日、噴火警戒レベルを1(活火山であることに留意)から2(火口周辺規制)に引き上げました。その後、地震活動が徐々に低下し、静穏化したことから、6月17日に噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。火山ガスの放出を伴う噴気や高温域などの地熱活動は、やや低下したものの継続しました。 ○ 草津白根山(白根山(湯釜付近))  平成30年10月上旬から湯釜浅部の膨張を示す地殻変動が観測されていましたが、平成31年4月中旬頃からは季節変動を超える変化は認められなくなりました。湯釜付近浅部を震源とする火山性地震が増減を繰り返しながら推移する中で、6月30日には振幅の大きな低周波地震が発生しました。低周波地震の発生後、湯釜湖面では一時的に明瞭な変色域が観測されました。9月上旬頃からは湯釜付近浅部を震源とする火山性地震がやや増加し、地震活動とほぼ同時期から湯釜浅部の膨張を示す地殻変動が観測されました。湯釜湖水中の高温の火山ガス由来成分の濃度は高い状態が続き、10月と11月に実施した全磁力観測では、水釜周辺地下の温度上昇を示唆する変化が観測されました。これらのことから、火山活動は高まった状態で経過していると考えられ、噴火警戒レベル2(火口周辺規制)を継続しました。 ○ 草津白根山(本白根山)  平成30年1月の噴火以降、噴火は発生していません。また、同年2月下旬以降、噴気は観測されておらず、本白根山火口付近の地震は、同年12月以降は少ない状態で経過しました。これらのことから、平成31年4月5日に噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。その後も火山活動に特段の変化はなく、静穏に経過しました。 ○ 浅間山  8月7日に小噴火が発生し、今後、居住地域の近くまで影響を及ぼす噴火の可能性があることから、噴火警戒レベルを1(活火山であることに留意)から3(入山規制)に引き上げました。その後、火山活動のさらなる活発化は認められないことから、8月19日に噴火警戒レベルを3(入山規制)から2(火口周辺規制)に引き下げました。8月25日にも小噴火が発生しましたが、その後、噴火は発生しませんでした。2回の噴火の後も、噴煙量及び火山ガス(二酸化硫黄)の放出量は概ね少ない状態で経過し、火山性地震は10月上旬から少ない状態で経過しました。噴火前後を含め、深部からのマグマ上昇を示す地殻変動は観測されませんでした。これらのことから、火山活動が低下していると判断し、11月6日に噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。これ以降も、火山活動に特段の変化はなく、低調に経過しました。 ○ 箱根山  3月中旬頃から大涌谷周辺の隆起・膨張を示す地殻変動が認められ、4月下旬頃から火山性地震が増加する中で、5月中旬に火山性地震が急増し、火山活動が高まったことから、5月19日に噴火警戒レベルを1(活火山であることに留意)から2(火口周辺規制)に引き上げました。その後、地震活動は増減を繰り返しながら継続しましたが、9月以降、5月の地震活発化の前の状態に戻り、地殻変動も停滞したことから、10月7日に噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。その後、火山活動に特段の変化はありませんが、大涌谷周辺の想定火口域では、活発な噴気活動が継続しました。 ○ 西之島  平成30年7月下旬以降、噴火は確認されず、気象衛星ひまわりの観測でも、西之島の地表面温度は周囲とほとんど変わらない状態となっていましたが、令和元年12月5日に地表面温度が明瞭に高い状態が観測され、噴火が開始したと推定されました。このことから、同日、火口周辺警報(火口周辺危険)から火口周辺警報(入山危険)に引き上げ、警戒が必要な範囲を500mから1.5kmに拡大しました。12月6日に海上保安庁が実施した上空からの観測では、島の中央部やや南に位置する火砕丘の山頂火口から噴石が飛散し、東山腹からは溶岩が流出しているのが確認されました。12月15日に海上保安庁が実施した上空からの観測では、北山腹からも溶岩が流出し、海に達していることが確認されたことから、12月16日に警戒が必要な範囲を山頂火口から2.5kmに拡大しました。今回の噴火は、平成25年以降のこれまでの噴火活動と同様に、火砕丘の山頂火口とその周辺で発生しており、噴火様式はこれまでとほぼ同様と推定されます。その後、活発な噴火活動が継続し、地表面温度は、島の南と西に大量の溶岩を流出した平成29年噴火時よりも高い状態が続きました。 ○ 硫黄島  7月から8月の現地調査では、北ノ鼻海岸や馬背岩付近に新たに噴火口を確認しました。北ノ鼻海岸の噴火口は、前回の調査(3月)以降に形成されたものと推定されます。また、GNSS連続観測では、島全体の隆起がみられている中、10月10日から14日にかけて主に硫黄島北部が沈降する短期的な変化がみられました。硫黄島の島内は全体的に地温が高く、多くの噴気地帯や噴気孔があり、火山活動はやや活発な状態で推移しました。これらのことから、火口周辺警報(火口周辺危険)を継続しました。 ○ 阿蘇山  2月以降、火山ガス(二酸化硫黄)の放出量がやや多い状態となり、火山性微動の振幅が増大しました。3月11日夜からは、火山性微動の振幅が更に大きくなるなど、火山活動の活発化が認められたことから、3月12日に噴火警戒レベルを1(活火山であることに留意)から2(火口周辺規制)に引き上げました。3月15日以降は火山性微動の振幅は小さい状態で経過し、火山活動に伴う特段の地殻変動は認められないことから、3月29日に噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。その後、火山ガス(二酸化硫黄)の放出量が多い状態で経過している中、4月14日未明から火山性微動の振幅が大きくなるなど、火山活動の活発化が認められたことから、同日、噴火警戒レベルを1(活火山であることに留意)から2(火口周辺規制)に引き上げました。4月16日には中岳第一火口で噴火が発生し、その後も断続的に噴火が継続しました。傾斜計では、火山活動の更なる活発化を示唆する変化は認められないものの、GNSS連続観測では、深部にマグマだまりがあると考えられている草千里を挟む基線において、平成30年後半頃から緩やかに伸びの傾向が継続しました。 ○ 霧島山(えびの高原(硫黄山)周辺)  硫黄山の南側の噴気地帯及び西側500m付近では活発な噴気活動が継続しましたが、1月以降は更なる規模の拡大は認められず、硫黄山付近のごく微小な地震を含む火山性地震は2月頃から減少し、4月以降少ない状態で経過しました。GNSS連続観測では、硫黄山近傍の基線で伸びの傾向は2月頃からは概ね停滞しました。これらのことから、4月18日に噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。その後も、硫黄山では活発な噴気活動が続きましたが、火山ガス(二酸化硫黄)の放出量は、1日当たり10トン未満と少なく、火山性地震も少ない状態で経過し、現地調査や地殻変動観測でも特段の変化は認められませんでした。 ○ 霧島山(新燃岳)  新燃岳火口直下を震源とする火山性地震は平成30年11月中旬頃から減少し、山体膨張を示す変化は認められず、火山活動が低下したことから、平成31年1月18日に噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。2月下旬から火山性地震が増加したことから、2月25日に噴火警戒レベルを1(活火山であることに留意)から2(火口周辺規制)に引き上げました。その後、火山性地震が減少したことから、4月5日に噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。11月中旬から再び火山性地震が増加したことから、11月18日に噴火警戒レベルを1(活火山であることに留意)から2(火口周辺規制)に引き上げましたが、火山性地震が減少したことから、12月20日に噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。GNSS連続観測では、霧島山の深い場所でのマグマの蓄積を示すと考えられる基線の伸びは平成31年2月以降停滞しました。 ○ 桜島  南岳山頂火口では、噴火活動が平成30年11月頃から平成31年1月頃にかけて活発となり、その後はやや低下していましたが、9月以降は再び活発な状態となりました。年間で噴火が393回発生し、このうち爆発は228回でした。噴煙は最高で火口縁上5,500mまで上がりました。弾道を描いて飛散する大きな噴石は最大で4合目(南岳山頂火口より1,300~1,700m)まで達しました。また、同火口では高感度の監視カメラで火映を時々観測しました。一方、昭和火口では、噴火は観測されませんでした。火山ガス(二酸化硫黄)の放出量は、9月以降多い状態で経過しました。鹿児島県が実施している降灰の観測データから推定した桜島の火山灰月別噴出量は、噴火活動が活発となった9月以降、やや増加しました。桜島島内の傾斜計及び伸縮計では、9月上旬頃から山体の隆起及び膨張と考えられる変化がみられました。GNSS連続観測では、桜島島内の基線で9月頃から山体膨張と考えられる変化が継続しました。広域のGNSS連続観測では、姶良カルデラ(鹿児島湾奥部)の地下深部の膨張を示す一部の基線で、9月以降わずかな伸びが認められており、姶良カルデラ(鹿児島湾奥部)の地下深部では、長期にわたり供給されたマグマが蓄積した状態が継続しました。これらのことから、噴火警戒レベル3(入山規制)を継続しました。 ○ 薩摩硫黄島  11月2日に硫黄岳で噴火が発生しました。噴火に伴う灰白色の噴煙が火口縁上1,000mをわずかに超える程度まで上がりましたが、火砕流や噴石は観測されませんでした。今後、火口から1km以内の範囲に噴石を飛散させる程度の小規模な噴火が発生する可能性があることから、11月2日に噴火警戒レベルを1(活火山であることに留意)から2(火口周辺規制)に引き上げました。11月3日に第十管区海上保安本部の協力により実施した上空からの観測や、11月5日から7日にかけて実施した現地調査では、噴煙の状況や地熱域の分布などに特段の変化は認められませんでしたが、火山ガス(二酸化硫黄)の放出量はやや多い状態でした。傾斜計やGNSS連続観測では、火山活動に伴う特段の変化は認められませんでした。その後、噴火は発生しておらず、地震や微動の発生状況や地殻変動の状況に特段の変化はありませんが、夜間に火映が観測され、時折噴煙が高くなるなど、長期的には熱活動が高まった状態が継続しました。 ○ 口永良部島  1月17日に新岳で噴火が発生し、新岳火口から大きな噴石が約1,800m飛散するとともに、火砕流が北西側約1,900m及び南西側約1,600m流下するなど平成30年10月以降の噴火活動で最も規模の大きな噴火となりました。その後も断続的に噴火が発生しましたが、2月3日以降噴火は観測されませんでした。新岳火口付近のごく浅い場所を震源とする火山性地震が2月以降減少し、火山活動がやや低下したため、6月12日に噴火警戒レベルを3(入山規制)から2(火口周辺規制)に引き下げました。10月には新岳火口付近の浅い場所を震源とする規模の大きな地震や新岳の西側山麓のやや深い場所を震源とする火山性地震が発生し、火山活動の活発化が認められたことから、10月28日に噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から3(入山規制)に引き上げました。その後も、12月にかけて時々火山性地震が増加し、新岳火口付近の浅い場所を震源とする規模の大きな地震が発生するなど、活発な地震活動が継続しました。 ○ 諏訪之瀬島  御岳火口では、噴火が時々発生し、爆発は15回(1月:1回、8月:4回、12月:10回)で、活発な火山活動が継続しました。これらの爆発に伴い、監視カメラで火口付近に飛散する噴石を時々確認しました。11月以降、諏訪之瀬島付近を震源とする規模の大きな地震が増加し、最大のものは、11月6日に島内の震度観測点で震度3を観測しました。火山性微動は時々発生しました。GNSS連続観測では、火山活動によると考えられる変化は認められませんでした。これらのことから、噴火警戒レベル2(火口周辺規制)を継続しました。 5章 黄砂、紫外線など 1節 黄砂  平成31年/令和元年(2019年)の国内のいずれかの気象台で黄砂現象を観測した日数(黄砂観測日数)は8日でした。  日本への黄砂の飛来は、例年3月~5月に集中しています。この時期は、①東アジアの砂漠域のような黄砂の発生源となっている地域で地面を覆う積雪がなくなる一方、まだ植物が芽吹いていないため乾燥した地面がむき出しで、砂じん(砂やちり)が舞い上がりやすいこと、②大量の砂じんを舞い上げ、運ぶ強風の原因となる低気圧が通りやすい季節であることから、黄砂が多く飛来します。この時期以外にも、黄砂の発生源となっている地域が乾燥していて上空の風が日本へ向いて吹いているなどの条件がそろえば、日本に黄砂が飛来します。  平成31年/令和元年の月別黄砂観測日数は、10月~11月にかけて平年を上回ったものの、その他の月では平年を下回りました。 2節 オゾン層・紫外線  上空に存在するオゾンは、フロン等による大規模なオゾン層破壊の影響で、1980年代から1990年代半ばにかけて世界的に大きく減少しました。その後は、国際的なオゾン層保護の取組により、わずかに回復しています。国内でも、つくばなどの地点で地上から上空までのオゾンの総量(オゾン全量)を観測していますが、同様な傾向が見られます。(第1部3章4節「環境気象情報の発表」参照)。また、オゾン層破壊の指標である南極オゾンホールの平成31年/令和元年(2019年)の面積は、大規模なオゾンホールが継続してみられるようになった平成2年(1990年)以降で最も小さくなりました。南極域上空の気温が高く推移したことなど、気象状況が主な要因とみられます。  紫外線の人体への影響度を示す紅斑(こうはん)紫外線量は、国内では観測を開始した1990年代初めから緩やかに増加しています。一般に、上空のオゾン量が減少すると地表に到達する紫外線は増加しますが、この期間、国内ではオゾン量は減少していません。大気中の微粒子が減少して紫外線が地上に到達しやすかったことなどが紅斑紫外線量の増加の原因と考えられています。 3節 日射と赤外放射  地球の大気や地表は、太陽からの放射(日射)によって暖まり、大気外への地球放射(赤外放射)によって冷えます。大気中にわずかに含まれる二酸化炭素やメタン等の温室効果ガスは、地表面から地球の外に向かう赤外放射を吸収し、再びあらゆる方向に赤外線を放射しています。そのため、温室効果ガスが増加すると、これまで地球の外に出ていた赤外放射の一部が地表面に戻り(地表面に向かう(下向き)赤外放射が増加し)、地表面や大気が暖まります。一方、地表面に達する日射の量は、雲、水蒸気、エーロゾルなどの量によって変わります。例えば、火山噴火で成層圏のエーロゾルが大幅に増加すると、噴火後数年間にわたって地表面に到達する日射が減少し、全球の平均気温が低下することがあります。日射及び赤外放射の変化は、気候変動の要因のひとつですが、そのメカニズムについてはまだ十分に解明されていません。  日射及び赤外放射の地球環境や気候への影響を把握するため、気象庁では、1931年から行ってきた日射観測の観測要素を拡充した精密日射放射観測(直達日射、散乱日射、下向き赤外放射)を2010年に国内5地点(札幌、つくば、福岡、石垣島、南鳥島)で開始しました。これらの観測データは、世界気象機関(WMO)をはじめとした国内外の関係機関にも提供され、気候変動の監視や温暖化予測モデルの精度向上に貢献しています。また、温暖化対策や再生可能エネルギーに関する研究や技術開発にも信頼性の高い高精度なデータの提供を通じて貢献しています。  世界の多くの地域における全天日射量は、1960年頃から1980年代後半まで減少し、その後、2000年頃まで急激に増加し、その後は大きな変化が見られないという傾向が報告されています。  日本における変化傾向(国内5地点平均)を見ると、1970年代後半から1990年頃にかけて急激に減少し、1990年頃から2000年代初めにかけて急激に増加し、その後は大きな変化は見られません。これは、世界的な変化傾向とほぼ整合しています。 全国気象官署等一覧 気象官署名 郵便番号 所在地等 電話番号 気象庁 100-8122 千代田区大手町1-3-4 03-3212-8341 気象研究所 305-0052 つくば市長峰1-1 029-853-8552 気象衛星センター 204-0012 清瀬市中清戸3-235 042-493-1111 高層気象台 305-0052 つくば市長峰1-2 029-851-4125 地磁気観測所 315-0116 石岡市柿岡595 0299-43-1151 気象大学校 277-0852 柏市旭町7-4-81 04-7144-7185 札幌管区気象台 060-0002 札幌市中央区北2条西18-2 011-611-6127 函館地方気象台 041-0806 函館市美原3-4-4 函館第2地方合同庁舎 0138-46-2214 旭川地方気象台 078-8391 旭川市宮前1条3-3-15 旭川合同庁舎 0166-32-7101 室蘭地方気象台 051-0012 室蘭市山手町2-6-8 0143-22-2598 釧路地方気象台 085-8586 釧路市幸町10-3 釧路地方合同庁舎 0154-31-5145 網走地方気象台 093-0031 網走市台町2-1-6 0152-44-6891 稚内地方気象台 097-0023 稚内市開運2-2-1 稚内港湾合同庁舎 0162-23-6016 仙台管区気象台 983-0842 仙台市宮城野区五輪1-3-15 仙台第3合同庁舎 022-297-8100 青森地方気象台 030-0966 青森市花園1-17-19 017-741-7412 盛岡地方気象台 020-0821 盛岡市山王町7-60 019-622-7869 秋田地方気象台 010-0951 秋田市山王7-1-4 秋田第2合同庁舎 018-824-0376 山形地方気象台 990-0041 山形市緑町1-5-77 023-624-1946 福島地方気象台 960-8018 福島市松木町1-9 024-534-6724 東京管区気象台 204-8501 清瀬市中清戸3-235 042-497-7182 水戸地方気象台 310-0066 水戸市金町1-4-6 029-224-1107 宇都宮地方気象台 320-0845 宇都宮市明保野町1-4 宇都宮第2地方合同庁舎 028-633-2766 前橋地方気象台 371-0026 前橋市大手町2-3-1 前橋地方合同庁舎 027-896-1190 熊谷地方気象台 360-0814 熊谷市桜町1-6-10 048-521-7911 銚子地方気象台 288-0001 銚子市川口町2-6431 銚子港湾合同庁舎 0479-22-0374 横浜地方気象台 231-0862 横浜市中区山手町99 045-621-1563 新潟地方気象台 950-0954 新潟市中央区美咲町1-2-1 新潟美咲合同庁舎2号館 025-281-5873 富山地方気象台 930-0892 富山市石坂2415 076-432-2332 金沢地方気象台 920-0024 金沢市西念3-4-1 金沢駅西合同庁舎 076-260-1461 福井地方気象台 910-0857 福井市豊島2-5-2 0776-24-0096 甲府地方気象台 400-0035 甲府市飯田4-7-29 055-222-3634 長野地方気象台 380-0801 長野市箱清水1-8-18 026-232-2738 岐阜地方気象台 500-8484 岐阜市加納二之丸6 058-271-4109 静岡地方気象台 422-8006 静岡市駿河区曲金2-1-5 054-286-6919 名古屋地方気象台 464-0039 名古屋市千種区日和町2-18 052-751-5577 津地方気象台 514-0002 津市島崎町327-2 津第2地方合同庁舎 059-228-4745 成田航空地方気象台 282-0004 成田市古込字込前133 成田国際空港管理ビル内 0476-32-6550 東京航空地方気象台 144-0041 大田区羽田空港3-3-1 03-5757-9674 中部航空地方気象台 479-0881 常滑市セントレア1-1 0569-38-0001 大阪管区気象台 540-0008 大阪市中央区大手前4-1-76 大阪合同庁舎第4号館 06-6949-6300 彦根地方気象台 522-0068 彦根市城町2-5-25 0749-23-2582 京都地方気象台 604-8482 京都市中京区西ノ京笠殿町38 075-823-4302 神戸地方気象台 651-0073 神戸市中央区脇浜海岸通1-4-3 神戸防災合同庁舎 078-222-8901 奈良地方気象台 630-8307 奈良市西紀寺町12-1 0742-22-4445 和歌山地方気象台 640-8230 和歌山市男野芝丁4 073-432-0632 鳥取地方気象台 680-0842 鳥取市吉方109 鳥取第3地方合同庁舎 0857-29-1312 松江地方気象台 690-0017 松江市西津田7-1-11 0852-21-3794 岡山地方気象台 700-0984 岡山市北区桑田町1-36 岡山地方合同庁舎 086-223-1721 広島地方気象台 730-0012 広島市中区上八丁堀6-30 広島合同庁舎4号館 082-223-3950 徳島地方気象台 770-0864 徳島市大和町2-3-36 088-622-2265 高松地方気象台 760-0019 高松市サンポート3-33 高松サンポート合同庁舎南館 087-826-6121 松山地方気象台 790-0873 松山市北持田町102 089-941-6293 高知地方気象台 780-0870 高知市本町4-3-41 高知地方合同庁舎 088-822-8883 関西航空地方気象台 549-0011 大阪府泉南郡田尻町泉州空港中1番地 072-455-1250 福岡管区気象台 810-0052 福岡市中央区大濠1-2-36 092-725-3601 下関地方気象台 750-0025 下関市竹崎町4-6-1 下関地方合同庁舎 083-234-4005 佐賀地方気象台 840-0801 佐賀市駅前中央3-3-20 佐賀第2合同庁舎 0952-32-7025 長崎地方気象台 850-0931 長崎市南山手町11-51 095-811-4863 熊本地方気象台 860-0047 熊本市西区春日2-10-1 熊本地方合同庁舎 096-352-7740 大分地方気象台 870-0023 大分市長浜町3-1-38 097-532-0667 宮崎地方気象台 880-0032 宮崎市霧島5-1-4 0985-25-4033 鹿児島地方気象台 890-0068 鹿児島市東郡元町4-1 鹿児島第2地方合同庁舎 099-250-9911 福岡航空地方気象台 812-0005 福岡市博多区大字上臼井字屋敷295 福岡空港統合庁舎 092-621-3945 沖縄気象台 900-8517 那覇市樋川1-15-15 那覇第1地方合同庁舎 098-833-4281 宮古島地方気象台 906-0013 宮古島市平良字下里1020-7 0980-72-3050 石垣島地方気象台 907-0004 石垣市字登野城428 0980-82-2155 南大東島地方気象台 901-3805 沖縄県島尻郡南大東村字在所306 09802-2-2535 用語集 C COSMETS(Computer System for Meteorological Services)  気象資料総合処理システム。国内外の気象などの観測データを集信し、大気の状態を解析・予測し、その結果を国内外に配信する総合的な電子計算機システム。気象資料の編集・中継などの通信処理、端末でのデータ利用のための業務処理をするための気象情報伝送処理システム(アデス)と、解析・予測をするためのスーパーコンピュータシステムから構成されている。 E EPOS(Earthquake Phenomena Observation System)  地震活動等総合監視システム。気象庁において日本全国における地震や津波等の観測データをリアルタイムで監視し、緊急地震速報、津波警報・注意報、南海トラフ地震に関連する情報や地震・津波に関する情報等を防災機関、報道機関等に迅速に発表するシステム。 G GISC(Global Information System Centre)  全球情報システムセンター。WMO情報システム(WIS)において世界の気象通信網の中核をなし、気象に関する各種データの交換や資料の管理を行う。気象庁はWMOからの指名を受け、世界に先駆けて平成23年8月から運用を開始した。 GNSS(Global Navigation Satellite System(s))  GPS(全地球測位システム)をはじめとする衛星測位システム全般を示す呼称。人工衛星を用いて位置を決定するシステムで、一般にはカーナビゲーションシステムへの利用でなじみ深い。高い精度での位置決定が可能なGNSSを用いることにより、地震あるいは火山現象などに伴う地殻変動の観測やラジオゾンデによる高層観測に利用している。また、大気中の水蒸気により電波の遅延が生じることを利用して、このシステムから得られる水蒸気に関する情報を数値予報に活用している。 GTS(Global Telecommunication System)  全球通信システム。世界気象機関(WMO)の世界気象監視(WWW)計画の下で、気象資料の国際的な交換、配信を行うために構築された全世界的な気象通信ネットワーク。 I ICAO(International Civil Aviation Organization)  国際民間航空機関。昭和19年(1944年)の国際民間航空条約(シカゴ条約)に基づいて設立された、民間航空に関する国際連合の専門機関の一つ。 IOC(Intergovernmental Oceanographic Commission)  政府間海洋学委員会。昭和35年(1960年)、国連教育科学文化機関(ユネスコ)内に設立された機関。海洋と沿岸域の性質と資源に関する知識を深め、その知識を加盟国における海洋環境の管理と持続可能な開発、保護及び政策決定プロセスに適用するために、国際協力を推進し、関連の研究やサービス及び能力開発のプログラムを調整している。 IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)  気候変動に関する政府間パネル。世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により、昭和63年(1988年)に設立された。各国の科学者や専門家で組織され、気候変動の(1)自然科学的根拠、(2)脆弱性・影響・適応策、(3)緩和策の評価を行い、報告書をとりまとめている。その報告書の内容は、地球温暖化に関する条約交渉の際などに、共通認識の情報として取り扱われている。 J JETT(JMA Emergency Task Team)  →気象庁防災対応支援チーム(JETT:JMA Emergency Task Team)参照 L LIDEN(Lightning Detection Network System)  雷監視システム。雷により発生する電波を受信し、その位置、発生時刻等の情報を作成するシステム。 N NEAR-GOOS (North-East Asian Regional Global Ocean Observing System)  北東アジア地域海洋観測システム。全球海洋観測システム(GOOS)の北東アジア地域プロジェクトであり、参加各国が行った海洋観測のデータなどを即時的に国際交換するためのデータベースを運用している。日本、中国、韓国、ロシアが参加している。  GOOSは全世界の海洋の環境や変動を監視してその予測を可能にするための長期的で系統的な海洋観測システムを構築する国際的な計画であり、国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間海洋学委員会(IOC)、世界気象機関(WMO)などが共同で推進している。 NWPTAC(Northwest Pacific Tsunami Advisory Center)  北西太平洋津波情報センター。政府間海洋学委員会(IOC)の下部組織である太平洋津波警戒・減災システムのための政府間調整グループ(ICG/PTWS)の枠組みにおける地域津波情報センターとして、平成17年(2005年)に気象庁に設置された。北西太平洋における地震・津波を24時間体制で監視し、北西太平洋沿岸各国に津波情報を提供している。 P PLUM 法(Propagation of Local Undamped Motion 法)  緊急地震速報の震度予測に用いる手法のひとつ。震源の位置や規模の推定を行わず、観測された揺れの強さから直接、予測地点の震度を推定する。「予測地点の付近の地震計で強い揺れが観測されると、その予測地点も同じように強く揺れる」という考え方に従っている。 R RSMC(Regional Specialized Meteorological Centre)  地区特別気象センター。担当地域内の気象機関を支援するため、気象・台風の解析・予報資料の提供、研修、環境緊急対応の活動等を行っている。気象庁は主にアジア地区でRSMCを担っている。 V VAAC(Volcanic Ash Advisory Center)  航空路火山灰情報センター。国際民間航空機関(ICAO)は世界気象機関(WMO)の協力の下、世界に9か所のVAACを指名し、国際的な航空路火山灰の監視体制を構築している。気象庁は、東アジア、北西太平洋及び北極圏の一部を担当する東京VAACとして、民間航空会社、航空関係機関、気象監視局などに航空路火山灰情報(VAA)を提供している。 VOIS(Volcanic Observation and Information System)  火山監視情報システム。気象庁において日本全国の火山活動をリアルタイムで監視し、噴火警報、噴火速報等を防災機関、報道機関等に迅速に発表するシステム。 W WDCGG(World Data Centre for Greenhouse Gases)  温室効果ガス世界資料センター。世界気象機関(WMO)の全球大気監視(GAW)計画の下に設立された世界資料センターの一つで、気象庁において運営している。大気や海洋で観測された温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、フロン類等)と関連するガス(一酸化炭素)のデータを収集・保管・配布している。 WMO(World Meteorological Organization)  世界気象機関。世界の気象事業の調和的発展を目標とした国際計画の推進・調整を行うため、昭和25年(1950年)に世界気象機関条約に基づいて設立され、翌昭和26年(1951年)に国際連合の専門機関となった。令和2年(2020年)4月1日現在、187か国と6領域が構成員として加盟している(日本は昭和28年(1953年)に加盟)。事務局本部はスイスのジュネーブに置かれている。 WXBC(Weather Business Consortium)  →気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC:Weather Business Consortium)参照 ア アデス  気象庁本庁及び大阪管区気象台に設置された気象情報伝送処理システム。気象資料の編集・中継などの通信処理、端末でのデータ利用のための業務処理を行っている。 アメダス(AMeDAS:Automated Meteorological Data Acquisition System)  全国約1,300か所に設置した観測所で、気温や降水量などを自動的に観測するシステム。アメダスはこのシステム(地域気象観測システム)の英語名の頭字語である。 アルゴ計画  世界気象機関(WMO)及び国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間海洋学委員会(IOC)などの協力の下、国際的な枠組みにより、世界の海洋を内部(海面から深さ2,000メートル)まで含めて常時観測するシステムとして、気候に大きく影響する海洋の状況をリアルタイムに把握することを目的に、アルゴフロート(中層フロート)を全世界の海洋におよそ4,000台投入している。アルゴとは、ギリシャ神話に出てくる船の名前(Argo)にちなんだもの。  アルゴフロートから通報されたデータは、直ちに気象データ交換のための全球通信システム(GTS)を通じて国際的に交換され、海水温予測やエルニーニョ現象の監視・予測などの気象・海洋業務に利用されている。 アンサンブル手法  初期値に含まれる誤差や数値予報モデルが完全ではないことにより生じる、予測結果の不確実性に関する情報を、多数の予測計算から抽出する方法。初期値の誤差を考慮する手法を「初期値アンサンブル手法」、数値予報モデルの不完全性を考慮する手法を「モデルアンサンブル手法」と呼ぶ。気象庁では初期値アンサンブル手法とモデルアンサンブル手法の両方を用いている。 イ 異常気象  一般に、過去に経験した現象から大きく外れた現象のこと。大雨や強風等の激しい数時間の現象から数か月も続く干ばつ、極端な冷夏、暖冬なども含む。また、気象災害も異常気象に含む場合がある。気象庁では、気温や降水量などの異常を判断する場合、原則として「ある場所(地域)・ある時期(週、月、季節等)において30年間に1回以下の頻度で発生する現象」を異常気象としている。 異常潮位  高潮や津波とは異なり、比較的長期間(1週間から3か月程度)継続して、潮位が平常より数十センチメートル程度高く(もしくは低く)なる現象。原因は、気圧配置・海水温・海流の変動など多岐にわたり、これらが複合して発生すると考えられている。 ウ ウィンドシアー(wind shear)  大気中の2地点で風の強さや向きが異なる状態のことで、風の空間的な急変域をいう。航空機の飛行に大きな影響を与える場合があり、航空路や空港での観測や予測が重要とされている。 ウィンドプロファイラ(wind profiler)  電波を地上から上空に向けて発射し、主に乱流に起因する空気屈折率の不均一によって後方に散乱された電波を受信し、処理することにより、観測点上空の風向・風速を測定するレーダー。 エ エーロゾル(aerosol)  大気中に浮遊している固体あるいは液体の微粒子。地表や海洋から舞い上がるものや、工業活動によって排出される煤煙などがある。太陽光の吸収・散乱や雲の生成などに影響する。 エルニーニョ現象  太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象で、数年おきに発生する。エルニーニョ現象は、日本を含め世界中での異常な天候の要因となり得ると考えられている。 オ オゾンホール(ozone hole)  フロンガスなどのオゾン層破壊物質の排出により、1980年代初めから南極域で春季にあたる9、10月頃を中心に成層圏のオゾン量の顕著な減少が観測されるようになり、この現象は、南極大陸を中心にオゾン層に穴のあいたような状態となることからオゾンホールと呼ばれている。 温室効果ガス  地表面から放出される赤外線を吸収して大気を暖める効果(温室効果)をもつ気体(ガス)の総称。水蒸気、二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素などがある。このうち、水蒸気を除くガスは人間活動に伴って増加しており、地球温暖化の原因物質として知られている。 カ 解析雨量  アメダスや自治体等の雨量計による正確な雨量観測と気象レーダーによる広範囲にわたる面的な雨の分布・強さの観測とのそれぞれの長所を組み合わせて、より精度が高い、面的な雨量を1キロメートル格子で解析したもの。 ガイダンス  天気、最高気温、雨量などの予報要素を直接示す予測資料。数値予報データ及び観測・解析データを利用し、統計手法を用いて作成される。 海氷  海に浮かぶ氷の総称。ただし、国際的には海水が凍結したものを海氷と分類し、氷山など淡水由来の氷と区別することもある。 海洋気象観測船  海洋及び海上気象等の観測を行う船。気象庁では、地球温暖化の予測精度向上につながる海水中及び大気中の二酸化炭素を監視し、海洋の長期的な変動を捉え気候変動との関係等を調べるために、北西太平洋及び日本周辺海域に観測定線を設け、凌風丸及び啓風丸の2隻の海洋気象観測船によって定期的に海洋観測を実施している。 海洋の酸性化(海洋酸性化)  大気中に放出された二酸化炭素を海洋が吸収することにより、海洋の水素イオン濃度指数(pH)が長期間にわたって低下する現象。現在の海水は弱アルカリ性(海面においてはpH約8.1)を示しているが、二酸化炭素は水に溶けると酸性としての性質を示し、pHを低下させる。大気中の二酸化炭素濃度は増加し続けていることから、海洋はさらに多くの二酸化炭素を吸収することになるため、より酸性側になることが懸念されている。 海流  海洋のほぼ決まった場所をほぼ定常的に流れる大規模な流れ。代表的なものに日本の南岸を流れる黒潮や北大西洋のメキシコ湾流がある。 火映  高温の溶岩や火山ガス等が火口内や火道上部にある場合に、火口上の雲や噴煙が明るく照らされる現象のこと。一般的には夜間に観察される。 火砕流  噴火により放出された破片状の固体物質と火山ガス等が混合状態で、地表に沿って流れる現象のこと。火砕流の速度は時速数百キロメートル以上、温度は数百℃に達することもあり、破壊力が大きく、重要な災害要因となりえる。 火山ガス  火山活動により地表に噴出する高温のガスのこと。噴火によって溶岩や破片状の固体物質などの火山噴出物と一体となって噴出するものを含む。「噴気」ともいう。水、二酸化硫黄、硫化水素、二酸化炭素などを主成分とする。火山ガスを吸引すると、二酸化硫黄による気管支などの障害や硫化水素による中毒等を発生する可能性がある。 火山性微動  火山体またはその周辺で発生する火山性地震よりも継続時間の長いもの。振動の始まりと終わりがはっきりしない。地下のマグマや火山ガス、熱水などの流体の移動や振動が原因と考えられるものや、微小な地震が続けて発生したことによると考えられるものがある。火山活動が活発化した時や火山が噴火した際に多く観測される。 火山噴火予知連絡会  火山噴火予知計画(昭和48年文部省測地学審議会(現文部科学省科学技術・学術審議会測地学分科会)建議)により、関係機関の研究及び業務に関する成果及び情報の交換、火山現象についての総合的判断を行うこと等を目的として、昭和49年に設置された。この連絡会は、学識経験者及び関係機関の専門家から構成されており、気象庁が事務局を担当している。 ガストフロント  積雲や積乱雲から吹き出した冷気の先端と周囲の空気との境界で、しばしば突風を伴う。地上では、突風と風向の急変、気温の急下降と気圧の急上昇が観測される。水平の広がりは竜巻やダウンバーストより大きく、数十キロメートル以上に達することもある。 活火山  概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山(火山噴火予知連絡会によって、平成15年(2003年)に定義)のこと。日本には111の活火山がある。 キ 気候変動  ある地点や地域の気候が変わること。ある時間規模から見て一方向に変化することを「気候変化」、可逆な変化を「気候変動」として区別することもある。地球の気候システムの内部変動に起因する数年規模の変動から、外部強制力による数万年以上の規模の変動までを含む。 気候モデル  気候を形成する大気、海洋、陸面などの諸因子を数値モデル化し(それぞれ大気大循環モデル、海洋大循環モデル、陸面モデルという)、これらを組み合わせコンピュータで計算して気候を予測する数値予報モデル。 気象庁防災対応支援チーム(JETT:JMA Emergency Task Team)  近年相次ぐ災害をふまえて、地方公共団体の防災対応への支援を強化すべく、気象庁が平成30年5月に創設したチーム。災害が発生した場合または災害の発生が予想される場合に、都道府県や市町村の災害対策本部等へ気象庁職員を派遣し、現場のニーズや各機関の活動状況を踏まえ、防災気象情報等の「読み解き」の支援や市町村長が避難勧告等を行う際の助言等、地方公共団体や各関係機関(自衛隊、警察、消防等)の防災対応を支援する。なお、気象庁防災対応支援チームは国土交通省の緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE)の一員である。 気象防災アドバイザー  地方公共団体の防災の現場で即戦力となる人材の育成を目的に気象庁が開催した「気象防災アドバイザー育成研修」を受講した気象防災の専門家。 気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC:Weather Business Consortium)  産業界における気象データの利活用を一層推進するとともに、IoT・AI技術を駆使し、気象データを高度利用した我が国における産業活動を創出・活性化するため、平成29年3月7日に産学官連携で設立された。事務局は気象庁が担っている。 緊急地震速報  地震波は主に2種類の波があり、速いスピード(毎秒約7キロメートル)で伝わる波をP波、伝わるスピードは遅い(毎秒約4キロメートル)が揺れは強い波をS波という。緊急地震速報は、P波とS波の伝わる速度の差を利用して、震源に近いところにある地震計がP波を検知すると、震源の位置や地震の規模、震度等を瞬時に計算して予想し、S波が伝わってくる前に強い揺れが来ることをお知らせするもの。また、観測点に揺れが到達し、周辺地域に強い揺れが来ることが予想される場合は、その旨あわせてお知らせする。 ク 空振  噴火などによって周囲の空気が振動して衝撃波となって大気中に伝播する現象のこと。空振が通過する際に建物の窓や壁を揺らし、時には窓ガラスが破損することもある。火口から離れるに従って減速し音波となるが、瞬間的な低周波音であるため人間の耳で直接聞くことは難しい。 クロロフルオロカーボン類(chlorofluorocarbons)  塩素、フッ素、炭素からなる化合物で、オゾン層を破壊する性質とともに強い温室効果がある。代表的なものとしてCFC-11、CFC-12などがある。フロン類ともいう。 ケ 傾斜計  地盤の傾斜を精密に計測する機器のこと。火山体直下へのマグマの貫入等により山体の傾斜変化が観測されることがある。 コ 光化学スモッグ  大気が安定で、風が弱く、日射が強く、気温が高いなどの気象条件下で、光化学反応により地表付近の光化学オキシダント濃度が高くなるようなときに視程が悪くなる現象。 黄砂  アジア域の砂漠地帯(ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠)や黄土高原などから舞い上げられた砂塵が、上空の強い風によって東方へ輸送され、徐々に降下する現象。日本における黄砂現象は、春先から初夏にかけて観測されることが多く、空が黄褐色に煙ることにより、一般にもよく知られた現象である。現象が著しいときは、視程の悪化により交通機関へ影響を与える場合がある。 シ 地震計  地震動を計測する機器。複数の観測点における、地震波が到達した時刻や地震波の振幅などから、地震の発生場所、深さ、規模(マグニチュード)が推定できる。 地震動  地震波が地表に到達したときの地面の揺れ。 地震波  地下で生じる岩盤の破壊は、ある面(断層)を境に互いがずれるように起こる。これを断層運動といい、それに伴い地震波が生じる。地震波は、地球の内部を伝わる縦波(P波)と横波(S波)、地球の表面に沿って伝わる波(表面波)に大別できる。 震源  断層運動の際に、岩石の破壊(ずれ)が始まり地震波を発生させた最初の地点。震源域は、断層運動により地震波を発生させた領域全体を指し、断層運動によって生じた岩石の破壊面とほぼ同じである。震源域の長さ(差し渡し)は、マグニチュード7の地震で数十キロメートル程度、マグニチュード8では100キロメートルを超えることがある。 震度  地震動の強さを表す尺度であり、地表での揺れの程度を意味する。震度は揺れの強い方から「7」、「6強」、「6弱」、「5強」、「5弱」、「4」、「3」、「2」、「1」、「0」の10段階の階級で表現する。一般に、地震の震源域に近い場所ほど震度は大きく、またマグニチュードが大きい地震のときほど、各地の震度は大きくなる。 震度計  地震動を計測し、観測地点における震度(計測震度)を自動的に算出する機器。計測震度の算出には、計測した地震動の加速度の振幅や周期等を用いる。 深部低周波地震(微動)  深さ約30~40キロメートルで発生する、周波数の低い(周期の長い)波が卓越する地震のことを言う(P波やS波が明瞭でなく震動が継続するものは「深部低周波微動」と呼ばれる)。長野県南部~日向灘にかけてのプレート境界では、深部低周波地震(微動)が見られる。 ス スーパーコンピュータシステム  数値予報モデル等による解析・予測および静止気象衛星(ひまわり)に代表される衛星データ処理に用いるスーパーコンピュータを中核としたシステム。 数値予報  物理の法則に基づき、将来の気温、気圧、風などの大気や海洋の状態を数値として予測する技術。この計算には、膨大な演算処理が必要であるため、スーパーコンピュータが使われる。計算に用いられるプログラムを数値予報モデルと呼ぶ。 セ 静止気象衛星  赤道上空約35,800キロメートルの高さにあって、地球の自転と同一周期で地球を周回しながら、常に地球上の同じ場所の気象観測を行う衛星。我が国の「ひまわり」のほか、米国のGOES、欧州のMETEOSATなどが運用されている。 静止気象衛星「ひまわり」(Himawari)  気象庁の運用する静止気象衛星「ひまわり」8号及び9号を指す。従来の「ひまわり」という和名の愛称を受け継ぎ、8号及び9号から英名も「Himawari-8」「Himawari-9」とした。「ひまわり」8号及び9号の気象観測機能は、「ひまわり」6号及び7号と比べ、画像分解能が向上、観測間隔が短縮、画像の種類が増加し、防災のための監視機能を強化すると共に、気候変動や地球環境の監視機能も強化する。8号を平成26年(2014年)に、9号を平成28年(2016年)に打ち上げ、2機あわせて15年間の観測を行う。 成層圏  対流圏と中間圏の間にある大気圏。昭和36年(1961年)に世界気象機関(WMO)は、「対流圏界面(高さ6~18キロメートル)と成層圏界面(50~55キロメートル)との間にあり、一般に気温が高さとともに高くなる領域」と定義した。 世界気象機関  → WMO(World Meteorological Organization)参照 積乱雲  強い上昇気流によって鉛直方向に著しく発達した雲。雲頂の高さは1万メートルを超えて、成層圏まで達することもある。夏によく見られる入道雲も積乱雲の一つである。  一つの積乱雲の水平方向の広がりは数キロメートルから十数キロメートルの大きさで、単独の積乱雲からもたらされる現象は、短時間で局地的な範囲に限られる。一方で、発達した積乱雲により非常に強い雨や、竜巻などの激しい突風、雷やひょうなどの激しい現象が発生する場合がある。 線状降水帯  次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50~300キロメートル程度、幅20~50キロメートル程度の強い降水をともなう雨域。 全磁力  地磁気の強さのこと。岩石磁気(磁性)は、温度や応力によって変化するため、地下の岩石の温度や応力状態の変動に伴って地上の全磁力が変化する場合がある。日本付近の火山では火口直下で温度が上昇すると、全磁力値が火口の北側で増加し、南側で減少する。 タ 台風  北西太平洋または南シナ海に存在する熱帯低気圧のうち、低気圧域内の最大風速がおよそ毎秒17メートル以上のもの。 タイムライン  災害の発生を前提に、防災関係機関が連携して災害時に発生する状況を予め想定し共有した上で、「いつ」、「誰が」、「何をするか」に着目して、防災行動とその実施主体を時系列で整理した計画のこと。防災行動計画あるいは災害対応プログラムとも。 ダウンバースト  積雲や積乱雲から生じる強い下降気流を指し、地面に衝突し周囲に吹き出す突風を生じる。地上では、発散性の突風のほか強雨・ひょうとともに露点温度の下降を伴うことがある。被害域は円または楕円状となることが多い。また、強い低層ウィンドシアーを起こす現象の一つであり、航空機の離発着に大きな影響を与える。周囲への吹き出しが4キロメートル未満のものをマイクロバースト、4キロメートル以上のものをマクロバーストとも呼ぶ。 高潮  台風や発達した低気圧などに伴う気圧降下による海面の吸い上げ効果と風による海水の吹き寄せ効果のため、海面が異常に上昇する現象。 竜巻  積雲や積乱雲に伴って発生する鉛直軸を持つ激しい渦巻きで、漏斗状または柱状の雲や、陸上では巻き上がる砂塵、海上では水柱を伴うことがある。地上では、収束性や回転性を持つ突風や気圧降下が観測され、被害域は帯状・線状となることが多い。 チ 地磁気永年変化  主に地球内部の鉄やニッケルの対流の変化によって生じる数年から数十年以上の時間スケールでの緩やかな地磁気の変化。数万年から数十万年ごとに地磁気の南北が逆転している。 潮位  基準面から測った海面の高さで、波浪など短周期の変動を除去したもの。 長周期地震動  大きな地震が発生したときに生じる、周期が長い揺れ。長周期地震動により、高層ビルは大きく長時間揺れ続ける。また、長周期地震動は遠くまで伝わりやすい性質があり、地震が発生した場所から数百キロメートル離れたところでも大きく長く揺れることがある。長周期地震動による大きな揺れにより、家具類が倒れたり・落ちたりする危険に加え、大きく移動したりする危険がある。 長周期地震動階級  長周期地震動の揺れの大きさの指標で、高層ビルの高層階における人の行動の困難さの程度や家具類等の移動・転倒などの被害の程度から区分したもの。揺れの大きい方から「階級4」、「階級3」、「階級2」、「階級1」の4段階で表現する。 ツ 津波  海底下の浅いところで大きな地震が起きると、海底が持ち上がったり下がったりする。その結果、周辺の広い範囲にある海水全体が短時間に急激に持ち上がったり下がったりし、それにより発生した海面の変動が波として周囲に広がっていく現象。津波が陸地に近づき水深が浅くなると、速度は遅くなるとともに、津波の高さは急速に高くなる。 テ データ同化技術  気象台などが行う地上気象観測や高層気象観測のように、ある決まった時刻に行われる観測に加えて、衛星観測のように特に観測時刻が定まっていない観測など、様々な観測データを数値予報の「初期値」(予測計算を開始する時刻の気温や風速などの大気の状態を表す物理的な数値)として活用するための手法。 ナ 南海トラフ地震  駿河湾から日向灘沖にかけての南海トラフ沿いのプレート境界を震源域として発生する大規模な地震。概ね100~150年間隔で繰り返し発生しており、昭和東南海地震(1944年)及び昭和南海地震(1946年)が起きてから70年以上が経過した現在では、次の南海トラフ地震発生の切迫性が高まってきていると考えられている。発生する地震の震源域には多様性があると考えられており、従来想定されてきた東海地震の震源域も含まれる。 南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会  気象庁が南海トラフ全域を対象として地震発生の可能性を評価するにあたって、有識者から助言いただくために開催する。学識経験者(現在は6名)から構成され、異常な現象を観測した際に開催する臨時の会合と、毎月開催する定例の会合がある。 ネ 熱帯低気圧  熱帯または亜熱帯地方に発生する低気圧の総称。低気圧域内の最大風速がおよそ毎秒17メートル未満で台風に満たないものを指すこともある。 ハ ハザードマップ(hazard map)  ある災害に対する危険な地区が記入されている地図。火山噴火、地すべり、山崩れ、洪水、高潮、土石流、なだれなどの現象に対して、それぞれ作成されている。 波浪  海面の波のうち、風によって引き起こされるものの総称。その場所で吹いている風によって起った「風浪」と、他の場所で風によって生じた波がその場所まで伝わって来た「うねり」がある。 ヒ ひずみ計  地下の岩盤の伸び・縮みを非常に高感度で観測する装置。気象庁では、南海トラフ地震発生の可能性が相対的に高まったと評価されるようなプレート間の固着状態の変化を示唆する地殻変動を捉えることを目的として、地下数百メートル程度の深さに円筒形のセンサーを埋設し、周囲の岩盤から受ける力によって変形する様子を極めて高い精度で検出し、監視している。センサーには、変形による体積の変化を測定する体積ひずみ計と、水平面内の方位ごとの変形の量も測定できる多成分ひずみ計がある。 ヒートアイランド現象(heat island phenomenon)  人工的な熱の排出や、人工的な地表面及び建築物の増加により、都市の気温が周囲よりも高い状態になる現象。等温線が都市を丸く取り囲んで、気温分布が島のような形になることから、このように呼ばれる。 フ プレート  地球表面を覆う厚さ数10キロメートルから100キロメートル程度の固い岩石の層。地球表面は大小合わせて十数枚のプレートで覆われており、日本周辺は、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレート、ユーラシアプレートの4枚のプレートが接する境界に位置している。 噴火警戒レベル  火山活動の状況に応じて「警戒が必要な範囲(生命に危険を及ぼす範囲)」と、防災機関や住民等の「とるべき防災対応」を5段階に区分した指標のこと。噴火警報、噴火予報に付して発表する。各火山の地元都道府県等が設置する火山防災協議会で検討を行い、噴火警戒レベルに応じた「警戒が必要な範囲」と「とるべき防災対応」が市町村・都道府県の地域防災計画に定められた火山で運用を開始する。 噴火警報  噴火に関する重大な災害の起るおそれのある旨を警告して行う予報のこと。生命に危険を及ぼす火山現象(大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流等、発生から短時間で火口周辺や居住地域に到達し、避難までの時間的猶予がほとんどない現象)の発生が予想される場合やその危険が及ぶ範囲の拡大が予想される場合に火山名、警戒が必要な範囲(生命に危険を及ぼす範囲)等を明示して発表する。噴火警戒レベルを運用している火山では、噴火警戒レベルを付して発表する。 噴火速報  登山者や周辺の住民に対して、噴火の発生を知らせる情報のこと。火山が噴火したことを端的にいち早く伝え、身を守る行動を取っていただくために発表する。 噴石  気象庁では、噴火によって火口から吹き飛ばされる防災上警戒・注意すべき大きさの岩石を噴石と呼んでいる。火山に関する情報では、防災上の観点から、「大きな噴石」および「小さな噴石」に区分して使用している。 ヘ 平年値  西暦年の1位が1の年から数えて、連続する30年間について算出した累年平均値。その時々の気象(気温、降水量、日照時間等)や天候(冷夏、暖冬、少雨、多雨等)を評価する基準として利用されるとともに、その地点の気候を表す値として用いられる。10年ごとに更新し、現在の平年値は、1981年~2010年の資料から算出したものである。 ホ 暴風域  台風の周辺で、平均風速が毎秒25メートル以上の風が吹いているか、地形の影響などがない場合に、吹く可能性のある領域。通常、その範囲を円で示す。 マ マグニチュード(magnitude)  地震(断層運動)の規模の尺度。一般にMという記号で表され、観測された地震波をもとに算出される。Mの値が1大きくなると地震のエネルギーは約30倍になる。 ミ 民間気象業務支援センター  気象庁は、予報業務許可事業者その他民間における気象業務の健全な発達を支援し及び産業、交通その他の社会活動における気象情報の利用促進を図るため、「民間気象業務支援センター」を指定できることになっている。現在、一般財団法人気象業務支援センターが気象庁長官よりその指定を受けている。 ユ 有害紫外線  紫外線の中でも特に、波長280~315ナノメートル*の紫外線(B領域紫外線、UV-B)は、オゾンによる吸収が大きいことからオゾン層の破壊の影響を最も強く受け、かつ、生物にとって有害であることから、一般に有害紫外線と呼ばれている。オゾン層破壊に伴い、地上に到達する有害紫外線量の増加による皮膚がん、白内障など健康被害の増加が懸念されている。 *:1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1(10億分の1メートル) ラ ライダー(lidar:Light Detection and Ranging)、ドップラーライダー  レーザー光の短いパルスを大気中に発射し、雲、エーロゾル、大気分子からの散乱光を受信することによりそれらの濃度の高度分布を遠隔測定する装置のことをいう。レーザーレーダーとも呼ばれる。また、ドップラー効果を利用して上空の風の情報を得る機能を備えた装置をドップラーライダーという。 ラジオゾンデ(radiosonde)  センサーと無線発信器を一体とした気象測器のこと。水素又はヘリウムを詰めた気球に吊して上空に飛揚し、気圧・気温・湿度・風など大気の状態の測定に使用する。 ラニーニャ現象  エルニーニョ現象(エの項を参照)とは逆に、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より低くなり、その状態が1年程度続く現象で、数年おきに発生する。ラニーニャ現象は、日本を含め世界中での異常な天候の要因となり得ると考えられている。 レ レーダー(radar:Radio Detection and Ranging)、ドップラーレーダー、二重偏波気象レーダー  パルス状の電波を大気中に発射し、雨粒や雪からの反射波を受信することにより降水の水平分布や高度などを遠隔測定する装置のことをいう。また、降水の分布や強さなどの観測に加え、電波のドップラー効果を利用して上空の風の情報を得る機能を備えたレーダーをドップラーレーダーという。さらに、水平方向と垂直方向に振動する電波(水平偏波、垂直偏波という。)を用いることで、雲の中の降水粒子の種別判別や高精度な降水の強さの推定が可能なレーダーを二重偏波気象レーダーという。 「気象業務はいま2020」の利用について  「気象業務はいま2020」に掲載されている図表・写真・文章(以下「資料」といいます。)は、第三者の出典が表示されているものを除き、資料の複製、公衆送信、翻訳・変形等の翻案等、自由に利用できます。ただし、以下に示す条件に従っていただく必要があります。 ・利用の際は、出典を記載してください。  (出典記載例)  出典:気象庁「気象業務はいま2020」より ・ 資料を編集・加工等して利用する場合は、上記出典とは別に、編集・加工等を行ったことを掲載してください。また編集・加工した情報を、あたかも気象庁が作成したかのような様態で公表・利用することは禁止します。  (資料を編集・加工等して利用する場合の記載例)  気象庁「気象業務はいま2020」をもとに○○株式会社作成 ・ 第三者創作図表リストに掲載されている図表または第三者の出典が表示されている文章については、第三者が著作権その他の権利を有しています。利用にあたっては、利用者の責任で当該第三者から利用の許諾を得てください。 お問い合わせ先 内容等についてお気付きの点がありましたら、下記までご連絡ください。 □内容について 〒100-8122 東京都千代田区大手町1-3-4 気象庁総務部総務課広報室 電話03-3212-8341(代表) 気象庁ホームページ https://www.jma.go.jp ご意見・ご感想はこちらから https://www.jma.go.jp/jma/kishou/info/goiken.html □製品・販売について 研精堂印刷株式会社 〒102-0072 東京都千代田区飯田橋3-11-14 GS千代田ビル2F 電話03-3265-0157 ホームページ http://www.kenseido.co.jp/