はじめに 気象庁の任務は、災害の予防、交通安全の確保、産業の興隆等に寄与するため、台風・集中豪雨等の気象、地震・津波、火山、さらに気候変動などに関する自然現象の観測・予報等の気象業務を健全に発達させることにあります。この任務を遂行するための気象庁の取組の現状と今後の展望など、気象業務の全体像について広く知っていただくことを目的として、「気象業務はいま」を例年6月1日の気象記念日に刊行しています。 昨年は、4月に「平成28年(2016年)熊本地震」が発生したほか、8月の相次ぐ台風の襲来等により、甚大な災害が数多く発生いたしました。 これらの災害により犠牲になられた方々とその御遺族の皆様に謹んで哀悼の意を表しますとともに、災害に遭われました皆様に心よりお見舞いを申し上げます。 気象庁は、日々自然現象の観測、監視・予測を行い、情報の作成・提供を行っています。気象庁が発信する様々な情報は、防災活動や広範な産業分野、国民の皆様の日々の生活に役立てていただくことを目的としています。このため本誌の特集では、防災活動や産業分野での広範な利用に向けて、情報そのものの充実強化や広範な利用を支える取組などについて紹介しています。 また、気象庁の最新の取組を紹介する「トピックス」では、主な自然災害への対応、地方公共団体の防災対策における気象予報士の活用、防災や船舶の安全な航行等を支える情報の充実・強化や技術開発、地球温暖化予測情報、長期にわたる南極や温室効果ガスの観測などを紹介しています。 多くの方々が本書に目を通され、気象業務への皆様のご理解が深まりますとともに、各分野で活用されることを期待しています。 平成29年6月1日 気象庁長官 橋田 俊彦 特集 防災意識社会や社会の生産性向上に資する気象情報  我が国は、少子高齢化の進行により総人口は減少へと転じ、防災の主たる担い手ともなる生産年齢人口が減少するなど、社会構造の変化が進んでいます。  我が国では、防災施設の整備等により人々が災害に遭う機会が減少する一方で、毎年のように災害による犠牲者が発生しています。  また、近年、ICTなどの進展により、気象データの流通が拡大してきている一方で、様々な産業分野での気象データの高度な利用は非常に少ない状況です。  気象庁は、台風・豪雨等の気象、地震・津波、火山、さらに気候変動などに関する自然現象の観測・予報等を通じて、災害の予防、交通の安全、産業の興隆等に寄与することを任務としています。  本特集では、そのような社会の変化の中で、災害に立ち向かい、今後とも社会経済を維持・発展させていくため、「大災害は必ず発生する」との意識を社会全体で共有し、これに備える「防災意識社会」への転換を支える気象業務や、社会の「生産性向上」を支える気象情報の利用促進の最新の取組を紹介します。 特集Ⅰ 防災意識社会を支える気象業務 1  はじめに  我が国はその自然的条件から様々な災害が発生しやすく、これまで幾度となく大災害を経験してきました。  地球温暖化に伴う気候変動により、さらなる災害の激甚化が懸念されているなか、近年、雨の降り方が局地化、集中化、激甚化してきており、平成27年9月関東・東北豪雨では、記録的な大雨により鬼怒川の堤防が決壊し、大きな被害をもたらしました。また、平成28年8月には4つの台風が上陸(月4つ上陸は最多タイ)し、中でも台風第10号は北海道・東北地方で大きな被害をもたらしました。  一方、平成28年(2016年)熊本地震では、4月14日にマグニチュード6.5の地震が発生した後、2日後の4月16日に更に規模が大きいマグニチュード7.3の地震が発生し、いずれの地震においても最大震度7を観測して、大きな被害をもたらしました。また、平成26年9月には御嶽山が噴火し、火山災害として戦後最悪の人的被害をもたらしました。  国土交通省では、平成27年9月関東・東北豪雨による災害を踏まえ、「水防災意識社会再構築ビジョン」を策定し、施設では守り切れない大洪水は必ず発生するとの前提にたって、逃げ遅れる人をなくす、経済被害を最小化するなど、減災の取組を社会全体で推進していくこととしています。また、このような考えを、洪水のみならず地震や土砂災害など他の災害にも拡大し、ハードを超える巨大災害に立ち向かう「防災意識社会」への転換を図ることとしています。  気象庁では、災害被害を軽減するため、最新の科学技術、社会動向等を踏まえ、技術開発、わかりやすい情報の提供に努めるとともに、そのような情報が防災対策に効果的に活用されるよう、気象庁が発表する防災気象情報の解説や普及・啓発活動にも精力的に取り組んできているところです。  ここでは、社会全体で災害に立ち向かう「防災意識社会」を支えるための、気象庁が発表する防災情報の充実・強化や関係機関との連携等を通じた普及・啓発活動などを中心に、最新の取組を紹介します。 2 気象分野における取組 (1)防災気象情報の高度化と利活用の促進  我が国では、近年、集中豪雨や台風による激しい気象により、平成25年10月の伊豆大島や平成26年8月の広島市で発生した豪雨による土砂災害、平成27年9月関東・東北豪雨、平成28年8月の台風第10号による岩手県や北海道での水害など、大きな被害が発生しています。  このように、雨の降り方が局地化、集中化、激甚化している状況を「新たなステージ」と捉え、国土交通省が平成27年1月に取りまとめた「新たなステージに対応した防災・減災のあり方」を受けて、同年7月、交通政策審議会気象分科会によって今後気象庁が進めるべき防災気象情報の改善と観測・予測技術の向上について提言されました。  この提言では、次の2つの基本的な方向性が示されたうえで、具体的な施策の実施を求めています。 ① 社会に大きな影響を与える現象について、可能性が高くなくともその発生のおそれを積極的に伝えていく ② 危険度やその切迫度を認識しやすくなるよう、さらにわかりやすく情報を提供していく 気象庁では、この提言に沿って、大雨等による危険度の高まりのタイミング、エリアなどを分かりやすく伝えるため、「危険度を色分けした時系列」や「警報級の現象になる可能性」の提供、実況情報の提供の迅速化、災害発生の危険度分布を示すメッシュ情報の充実・利活用の促進など、順次施策の実現に取り組んでいます (メッシュ情報の充実についてはトピックスⅠ-3を参照)。  また、平成28年台風第10号がもたらした水害を教訓とし、避難に関する情報提供の改善方策等について内閣府が検討会を開催し、平成29年1月には、「避難勧告等に関するガイドライン」が改定されました。この改定では、避難情報の名称変更のほか、避難勧告を受け取る立場に立った情報提供の在り方等について内容の充実が図られるとともに、中小河川の水位上昇の見込みを判断するための情報として、平成29年度出水期から提供を開始する流域雨量指数の6時間先までの予測値が位置づけられており、都道府県・市町村等に対してその利用方法について説明を行う等、「理解・活用力向上」のための取組を進めています。加えて、気象庁が発表する防災気象情報が、地方公共団体の防災対策に効果的に活用されるよう、気象予報士等の専門家活用の取組をあわせて進めています。 コラム ■「流域雨量指数の予測値」に寄せる期待 新潟県土木部河川管理課副参事 古川 尚  昨年8月の台風第10号に伴う豪雨では、岩手県管理河川である小本川が氾濫し、沿川の高齢者福祉施設で9名の死者が出るという痛ましい被害が発生しました。この災害を受けて、県管理河川においても「水防災意識社会再構築ビジョン」に基づく取組を強化しようと、新潟県では二級河川についても減災対策協議会を設置し、沿川市町村等(新潟地方気象台にも参画していただいています)と減災のための目的の共有、ハード・ソフト対策の一体的な推進を図っているところです。  ソフト対策の中には、堤防等の施設(ハード対策)では守り切れない降雨が発生した場合、いかに住民の方々に避難行動を取っていただくか、更に、県が管理する中小河川では水位上昇が非常に速いため、水位だけを見ていたのでは市町村や住民に対して洪水危険性の周知が困難という課題があります。  そんな折、気象庁が中小河川の洪水危険度の予測技術として開発を進めている「流域雨量指数の予測値」の存在を知りました。雨の予測のプロがその予測をもとに数時間先の河川ごとの洪水危険度まで予測してしまうという新技術。これなら実際に水位が急上昇する前の早い段階から措置を講ずることが可能となり、減災に大きく寄与するものと思われます。  新潟県では、市町村や新潟地方気象台と連携し、今後、モデル河川における減災対策協議会での議論なども踏まえ、「流域雨量指数の予測値」の防災・減災への活用手法の検討を推進していきたいと考えています。引き続き、本県で特にリスクが高い梅雨前線による集中豪雨の予測精度なども含め、期待を込めて注視していきたいと思います。 (2)気象観測・予測技術の向上  気象災害の被害軽減のためには、観測・予測精度の向上が必要です。このため、研究・開発から実用化までを担う気象庁の総合力を発揮できるよう、全力で確実な取組を進めています。昨年11月には「ひまわり 8号」と同等の世界最先端の観測機能を有する静止気象衛星「ひまわり9号」を打上げ、これら2つの衛星による長期(15年間)の確実な観測体制を確立しました。  また、昨年6月には、ひまわり8号等の新たな観測データの活用や予測技術の改良により台風進路予報の精度が向上したことを踏まえ、台風の進路及び暴風警戒域をより絞り込んで予報する改善を行いました。今後もスーパーコンピュータ等を活用した気象予測の精度向上を進めていきます。 3  地震・津波、火山噴火への取組 (1)地震対策  気象庁では、大きな地震が発生した場合に、直ちに緊急地震速報、津波警報、地震情報(各地の震度や津波発生可能性の有無)などを発表して、緊急の記者会見を実施して地震や津波などへの警戒を呼びかけるとともに、地震・津波の概要や活動状況などの詳しい解説を行っています。  緊急地震速報は、平成19年に提供を開始し、強い揺れが到達する前の身の安全確保や機器の制御など、地震災害の防止・軽減に役立てられています。しかし、従来の予測手法では、ほぼ同時に発生する複数の地震を区別できず過大な震度を予測したり、大規模な地震では過小に震度を予測するといった技術的な課題がありました。このため気象庁では、昨年12月に、同時に発生した複数の地震を分離・識別し、より適切に予測できるよう改善しました。また、巨大地震の際に強い揺れをより適切に予測する技術改善と実際の地震での検証等を進めており、準備が整い次第導入していく計画です(詳細はトピックスⅠ-9を参照)。  また、大地震に伴って発生する長周期地震動は、高層ビル等を大きく揺らし、被害を発生させることがあります。長周期地震動への警戒・注意を呼びかけるため、気象庁では長周期地震動の予測技術、予測情報及び観測情報の提供に関して検討を進めています。今後、長周期地震動に関する情報を有効に活用していただくための普及啓発等にも取り組んでいきます。 (2)津波対策  気象庁では、地震により津波が発生すると予想される場合には、津波警報を速やかに発表するとともに、沿岸や沖合の潮位データを監視して、津波の実況を津波情報として速やかにお知らせします。さらに、観測データに基づいて津波警報の切替えや解除等の判断を行っています。  近年、沖合で津波や波浪の観測を行うため海底津波計やGPS波浪計の導入が進められ、気象庁ではこれらの観測施設のデータを用いて沿岸に到達する前の津波の監視や情報発表に活用しています。昨年7月からは、防災科学技術研究所が保有している日本海溝海底地震津波観測網(S-net)の海底津波計125地点、地震・津波観測監視システム(DONET)の海底津波計31地点のデータの活用を開始しました。これにより、より早く津波警報等の更新や津波の実況をお知らせできるようになりました。気象庁は今後も関係機関の協力をいただきながら、迅速かつ的確な津波情報の提供に努めてまいります。 コラム ■大地震後の呼びかけの改善  短期間で震度7となる地震が近接する活断層で続発し、さらに地震活動が広範囲に拡大した「平成28年(2016年)熊本地震」を踏まえ、政府の地震調査委員会における「大地震後の地震活動の見通しに関する情報のあり方」(平成28年8月19日報告書)に沿って、気象庁では近傍の活断層等の存在にも留意しつつ、次のような内容の防災上の呼びかけを行うこととしました。  ・大地震の発生から1週間程度は、大きな地震が発生しやすいことから、過去事例や地域特性を考慮し、大地震と同程度の地震への注意を呼びかけることを基本とし、あわせて最新の地震発生状況も逐次公表する。  ・大地震の発生から1週間後以降、上記に加え、地震活動の発生傾向から余震の見通しに言及できる場合は、余震発生の可能性について「平常時の△倍」「(大地震発生後)当初の1/○」などの表現を用いて発表する。  気象庁では、昨年10月21日に発生した鳥取県中部の地震(M6.6、最大震度6弱)では、過去の地震発生事例やこの地域の地震活動の特性を踏まえて、地震直後の1週間程度は「同規模程度の地震」への注意の呼びかけなどを行いました。今後も、地震発生場所の過去事例などについての知見や地震活動データのリアルタイム把握・分析に基づいた適切な情報発信に努めていきます。 (3)火山対策  平成26年9月に発生した御嶽山の噴火の直後、火山噴火予知連絡会に設けた二つの検討会「火山観測体制等に関する検討会」「火山情報の提供に関する検討会」の緊急提言(平成26年11月)や最終報告(平成27年3月)に沿って、火山の観測・監視、評価体制の強化や情報提供の改善を進めています。  このうち、火山の観測・監視体制の強化については、水蒸気噴火の兆候をより早期に把握するため火口付近への観測施設を増強するなどの整備を進めており、火山情報の提供については、平成27年8月から新たに噴火速報の発表を開始したり、平成28年3月から噴火警戒レベルの判定基準を、平成28年12月から常時観測火山の観測データを、それぞれ気象庁ホームページで公開するなど順次改善を進めています(トピックス Ⅰ-10参照)。  また、昨年4月には、気象庁本庁に火山監視・警報センターを、札幌・仙台・福岡に地域火山監視・警報センターを設置するとともに、我が国を代表する火山の専門家を気象庁参与として任命したり、職員を対象とした研修の充実・強化を図るなど、火山活動の評価体制の強化にも取り組んでいます。 4  地域の防災力向上を支援する取組  気象庁では、このように最新の科学技術を取り入れつつ、自然現象の監視・予測の成果を情報・知見として発信しています。その発信した情報などが災害の軽減等に繋がるには、わかりやすい内容で適時に発信するとともに、情報の意味や意図が理解され十分に活用されるよう、「伝わる」「使われる」ための取組が極めて重要です。  このため、全国の気象台では、地方公共団体等の防災関係者、報道関係者等との継続的なコミュニケーションと協力により、「信頼」関係の深化を図りつつ、気象庁が発表する情報の防災面での適切・効果的な利用を推進してきています。 (1)地方公共団体の防災対策の支援  地方公共団体は、災害対策基本法に基づき、住民への避難勧告等や災害応急対策等の防災対策を実施しており、気象庁は、その防災対策が円滑に行われるように協力・支援に努めています。  各地の気象台等においては、平常時から地域防災計画の修正への協力や避難勧告等の判断・伝達マニュアルの策定支援、防災訓練への参画等の活動を行っています。引き続き気象庁が発表する防災気象情報が、地方公共団体の防災対策に効果的に活用されるよう「顔の見える関係」を築き、取組を強化していきます。  また、防災対策における気象情報の理解や活用の重要性を実感していただくため、気象庁では、平成28年度に気象予報士が地方公共団体の防災対策において気象情報をより活用できるよう支援するモデル事業を実施しました。今後も気象の専門家の活躍により、地方公共団体の防災対策がより一層強化されることを期待しています(詳細はトピックスⅠ-2を参照)。 コラム ■三重県と津地方気象台との連携強化  政府の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(平成26年12月27日閣議決定)では、津地方気象台における防災支援等の機能の充実強化について、関係機関と協議し、三重県の防災人材育成や住民に対する安全知識の普及啓発の推進等を進めることとされました。  これを受け、三重県における防災対応、人材の育成、安全知識の普及啓発等の防災に係る取組への支援を強化するため、津地方気象台は、三重県と共同で平成28年度に新たに設置する防災施策に関する研究会を通じて、関係者がとるべき防災行動を時系列で整理したタイムラインの策定等を支援することとしました。また、災害時には三重県と協議のうえ県災害対策本部への職員派遣を行います。さらに、みえ防災・減災センターと津地方気象台がそれぞれ取り組んでいる防災を担う人材育成を一体的に実施するとともに、三重県教育委員会が実施する学校における防災教育の取組に対する支援を強化するなどの取組を進めています。 (2)住民の防災力向上を図る取組  防災対策の目標は「災害から住民の生命と財産を守ること」であり、そのため気象庁の発表する防災気象情報は、住民一人ひとりが当事者意識を持って正しく理解でき、適切な安全確保等の判断に結びつくものとなる必要があります。特に、切迫した状況下では、各自の置かれている状況により取るべき行動が異なることから、緊急時に自らの命を守る行動について日頃から考える習慣の醸成が必要です。  そのため、気象庁では地方公共団体と密接に連携し、気象・地震等の現象や防災に関して専門知識を有する団体等とも連携を深めながら、住民への安全知識の普及啓発・防災気象情報の利活用推進に積極的・主体的に取り組んでいます。  このような取組は、学校等の教育機関を通じたアプローチや、出前講座、お天気フェア、各種講演会等の様々な活動を粘り強く継続的・計画的・効率的に行っていく必要があります。  このため気象庁では、教育機関、報道機関、防災機関などと連携して全国で防災に係る知識の普及啓発活動を展開し、住民への指導的な役割を担う機関・人材への支援や働きかけにより普及啓発活動の裾野を拡大させるべく「地域防災力アップ支援プロジェクト」を進めています。プロジェクトにおいては、防災教材の作成・提供、防災リーダーの育成、緊急地震速報を用いた避難訓練の支援などを行っており、裾野の拡大と共に地域住民の防災意識の向上・適切な防災行動がとれるようにするための様々な取組を行っています(詳細は第1部6章参照)。  そのような取組の一環として、気象庁では昨年12月には、シンポジウム「メディアとあゆむ気象情報 いま、そして、これから~いのちを守る情報を手元に~」を開催しました。このシンポジウムでは、現在普及が進んでいるスマートフォンメディアに焦点をあて、新たなステージに向けた防災気象情報の改善、各メディアの情報提供の現状について最新の取組を紹介しました。今後もこのようなイベントを開催することで、防災気象情報を自分のこととして身近に感じていただけるよう取り組んでいきます。 コラム ■黒潮町と高知地方気象台の地域防災コラボ2016 黒潮町情報防災課長 松本 敏郎  東日本大震災の発生から1年後の2012年3月31日、内閣府中央防災会議から南海トラフ巨大地震の新想定が公表され、黒潮町に衝撃的な情報が伝えられました。  その内容は、「黒潮町の最大震度7、最大津波高34.4m、高知県には最短2分で津波が来る」というものでした。多くの住民から「あきらめ」の声が広がる中、黒潮町は「対策」ではなく「思想」から入る防災に取り組むこととしました。その理由は、公表された三情報では対策から入るのは不可能だったからです。  「第一次黒潮町南海トラフ地震・津波防災計画の基本的な考え方」を新想定が公表されてから40日後に公表し、その基本理念を「あきらめない」としました。「あきらめない」ためには、「町は何をしなければいけないのか、地域は何をしなければいけないのか、住民は何をしなければいけないのか。」をそれぞれの立場で考え、具体的な施策へと落とし込む作業を愚直に進めてきたのが黒潮町の取組です。そのために、地域住民とともに実施してきたワークショップ等の回数は、これまでに約1,100回、参加人数約50,000人となっています。  そのような中、2016年4月に発生した三重県南東沖地震及び熊本地震は、南海トラフ地震への警戒を高めている黒潮町に、ただならぬ緊張感をもたらしました。大西町長は、住民に対して注意喚起の特別放送を行ったほどです。この時、さまざまな情報が交錯する中、私たちが拠り所としたのは、やはり高知地方気象台からの正確な情報でした。  黒潮町と高知地方気象台は、ここ2年にわたり、単に首長訪問をしていだだくだけではなく、台長と町長そして職員同士が直接意見交換をし、双方の取組に対する理解が得られ、信頼関係ができていたのです。そのため、三重県南東沖地震の際も熊本地震の際も気兼ねをすることなく、地震の解説等を求め連絡を取り合うことができました。  また、双方の様々なイベントに際しても、互いに協力及び連携をして取り組む関係になっていました。「世界津波の日」元年と言われた2016年は、黒潮町で「世界津波の日」高校生サミットや全町夜間津波避難訓練等が開催されましたが、それぞれの取組に高知地方気象台の支援を得られました。30カ国の高校生が集った「世界津波の日」高校生サミットin黒潮では、緊急地震速報を活用した避難訓練を実施し、高知地方気象台職員の方にその解説と指導を担当していただきました。  それから、町内全域で実施した夜間津波避難訓練においては、夜間の訓練リスクを考慮して、事前学習会を9回実施してまいりましたが、夜間にも関わらず、その全てに荒谷台長と職員のみなさんが往復4時間の道のりを越えて来ていただき、緊急地震速報の活用と地震の揺れに対する備えに絞った講義をしていただきました。その結果、事前学習会に参加した住民は550人、夜間の津波避難訓練へは4,038人(町民の34.5%)が参加する大変中身の濃い訓練となりました。  自然災害に関する情報の収集は、自治体でも様々な方法で行いますが、やはり地元気象台から、顔の見える関係で得られる情報は特別です。黒潮町と高知地方気象台とは、日常的にそういう関係を構築することができていたと思います。  そして、緊急地震速報等の最新技術について、多くの情報に触れることができたことは、「南海トラフ地震では、緊急地震速報の上手な活用がきわめて重要」と考えている黒潮町としては、今後の対策に大きな影響を与えることとなります。 5  今後の取組に向けて  気象庁は、「防災意識社会」を支える観点から、最新の科学技術を取り入れつつ防災気象情報の充実強化を図り、よりわかりやすい情報となるよう不断に取り組むとともに、一人一人が災害を自分のこととして捉えることができるよう、関係機関と連携を図りつつ、普及啓発に努めてきています。  一方で、近年の災害の事例からは、気象庁の発信する情報がまだ十分に活用されているとは言い難い状況にあり、「防災意識社会」への転換に貢献していくためには、さらに取組を強化・進化させていく必要があります。  このため、気象庁では「地域における気象防災業務のあり方検討会」を開催し、気象台の業務のあり方を防災気象情報の「発信」から「理解・活用力の向上」を主軸としたものへと大きく転換を図っていくための気象庁の取組の方向性などについて検討することとしています。 コラム ■「コンテンツ」と「伝達」を担う気象庁への期待 東京国際大学副学長 小室 広佐子  今から16年ほど前になりますが、気象庁の「業務評価」に関する懇談会が立ち上がり、当初より今にいたるまでそのメンバーに加わっています。気象庁の業務が実に多岐にわたることに驚くとともに、気象庁の職員の方々の仕事に対する意識の変化を今、強く感じています。  まだ業務評価の懇談会が立ち上がったばかりのころ、こんな議論をした覚えがあります。「気象庁の情報の出し方は素人にはわかりにくい。もっと簡潔な言葉で手短に伝えられないのか」「いや、そんな短い言葉では正確な情報は伝わらない。我々専門家は正確な情報を伝えたいのだから」「情報は受け手に理解されて初めて意味があるのではないか?」「いや、情報をわかりやすく伝えるのはマスコミの皆さんの仕事で、気象庁はそこまでは…」といった具合でした。あれから10年以上の月日が流れ、その間に、警報や注意報の出し方、あるいは情報を更新した場合にどこが更新されたかを明確にする工夫、発表文に見出しをつけ、リード文をつけて一目でわかりやすくすること等々、一つ一つの情報の出し方を検討する委員会が設置され、成果を積み上げてきました。  同時に、社会の情報伝達の仕組みも変わりました。気象庁は市町村などの自治体、警察消防を初めとする防災に直接関わる機関、テレビ新聞といったマスメディア、それらの気象・災害担当者に情報を伝えることが主であった時代から、そうした機関への情報伝達とともに直接市民に情報伝達する時代に入りました。スマートフォン、パソコン等を通じて、市民一人一人が気象情報を直接入手しています。さらには、必要に応じて情報を取りに行かなくても、災害時に情報が押し寄せてくるような設定も可能になったのです。  2016年12月に開催されたシンポジウム『メディアとあゆむ気象情報  今、そして、これから…~命を守る情報を手元に~』(主催 気象庁、(一財)気象業務支援センター)はまさにそうした時代背景を受けての企画でした。「メディアとあゆむ」「情報を手元に」というテーマは、前述の10年前の議論を思い返すと、実に感慨深いものがあります。情報の内容だけでなく、「伝達」も気象庁の仕事の重要な一分野であると明確に認識されたのです。  個々人が直接情報を入手する時代になると、情報の種類も個々人のニーズに応じて加工が可能です。例えば、川の近く、あるいは崖下に住んでいる住民は、雨量、川の水位、土砂に関してきめ細かい情報の入手を希望するでしょう。情報のパーソナルなものへの加工は、まずはメディアの側に求められています。ネットによる防災情報を発信しているメディアは、特定の地域への防災情報発信方法など、工夫を凝らし始めています。  そしてもう一つのニーズは、コンテンツの個々人向け加工だけでなく、表現形態の多様化です。災害情報は文字情報に依存することが多くなりますが、図形、音声、点字、多言語化での発信も求められています。しかし、実は多言語化一つをとっても、日本語をそのまま翻訳すればよいというわけではありません。まず、わかりやすい日本語で最低限必要なことを伝えなくてはなりません。災害に関する日本語は難しいのですが、「わかりやすい日本語」は外国人にとって有益であると同時に、高齢者や子どもにもわかりやすく伝わりやすく、いわば「ユニバーサルな日本語」となるのです。先日、地震直後の津波からの避難に関して、テレビ局は一斉に「逃げろ」とわかりやすい日本語を採用し、その成果の一端が見られました。多言語化、すなわち外国人への情報伝達で注意すべきもう一つの点は、簡単な日本語になおしたとしても、理解されないことがたくさんあるということです。大学で災害情報についての講義をこれまで日本人学生に行ってきましたが、今年は欧州、アメリカ、アジア、中東と多様な国からきた学生を相手に防災についての授業を行いました。話が全くつうじない場面が幾度もありました。「先生、日本人は地震の後、なぜ避難所へ行くんですか?外で寝れば広々として暖かく、何も問題がないのに」。防災用品の備蓄を訴え、特にトイレは被災後の大きな問題となると説明しても、「外は広いし問題ない」とのこと。自分の国には地震も洪水もないと主張する留学生も多くいました。こうした災害に対する経験や社会の仕組みの違いから、日本での災害に関する情報と対応は、万国共通のものではなく、かなり独自性の強いものなのかもしれません。そう考えると、災害時の彼らへの情報伝達はさらに難しくなります。  もちろん、上記に述べたような情報のパーソナル化、表現形態の多様化は、まずはメディアが取り組む課題であり、実際取組を始めています。しかし、そうしたニーズがあり、応えていかなくてはならないということは、情報の出し手であり、今や「伝達も任務のうち」と自負する気象庁にも、今後、念頭に置いていただきたい課題です。  情報の伝達についての期待と感慨を述べてきましたが、自然現象の観測、監視という気象庁の基本業務への期待も一層高まっていることは言うまでもありません。気温、雨量などがこれまでになく振れ幅が大きくなり、我々の社会生活が緻密になった分、大雨、台風、雷、竜巻などによる被害は甚大になっています。それを少しでも軽減するのは、自然現象の観測と予報精度向上のための研究です。火山や地震についても同様です。地震学の専門家でない我々は、地震直後にテレビが震源やマグニチュードを速報してくれるため、地震が起きたら即座に地下で何が起 こったか手にとるようにわかると思いがちです。しかし、実はそうでもないと最近改めて伺いました。例えば、南海トラフ大地震規模の地震が起きたとき、海底のどこがどのよう割れて、どこが割れ残っているという地下の状況が瞬時に分かるわけではないと。地震の予測はもとより、実際の地震後の現状把握さえ、実は簡単ではないということです。発災後、情報が途絶えた中で社会は何を優先的に対応すべきか判断するために、自然現象の現状解析、そして次に起こる事象の予測はこれまで以上に求められています。気象庁は今、基本の観測と予測研究による気象情報の精緻化と、その効率的確実な伝達という両側面を担うことが期待されています。 特集Ⅱ 社会の生産性向上に資する気象データとその利用の推進 1  はじめに  IoT(Internet of Things)、ビッグデータ、人工知能、ロボット・センサーの技術的ブレークスルーを活用する 「第4次産業革命」により、社会的課題の解決や、消費者の潜在的ニーズを呼び起こす、新たなビジネスの創出が期待されています。  「日本再興戦略2016」では、この「第4次産業革命」を最大の鍵として、新たな価値の提供や社会的課題の対応により、潜在需要を開花させるとともに、人口減少社会での供給制約を克服する「生産性革命」を強力に推進することとしています。国土交通省においても、平成28年を「生産性革命元年」と位置づけ、社会全体の生産性向上に繋がる施策を推進しており、国土交通省の「生産性革命プロジェクト」のひとつとして、「気象ビジネス市場の創出」が選定されました。  気象庁では、産業界と気象サービスのマッチングや気象データの高度利用を進める上での課題解決を行う 「気象ビジネス推進コンソーシアム」を立ち上げるとともに、利用者にとって使い勝手のよい気象情報の提供や気象サービスを支援する環境整備など、新たな気象ビジネス市場の創出・活性化を促進する取組を進めることとしており、ここでは気象データの活用状況の現状と、利活用促進等に向けた最新の取組を紹介します。 2  産業界での気象データの活用状況 (1)ビッグデータ化する気象データ  気象庁は、日々自然現象の観測を行い、観測データの収集を行い、データ解析による監視・予測を行い、情報の作成・提供を行っています。気象データは、アメダス、天気予報、警報・注意報など、個々の容量は小さいが日本全国に広がりデータの種類や数が多いものや、気象衛星データや数値予報データなど、面的・立体的(メッシュ状・3次元)な広がりを持ち、近年の気象観測・予測技術の高度化に伴い、より高頻度・高解像度なデータで容量が大きいものがあります。  例えば気象衛星は、平成27年7月より正式運用を開始した静止気象衛星「ひまわり8号」により、搭載されたカメラのバンド数が従来の5バンドから16バンドに増加するほか、観測間隔も従来の30分毎から10分毎(日本域は2.5分毎)に高頻度化、水平分解能も従来の2倍になり、世界最高水準の観測機能を有しています。そのデータ量は1日分で数百GBに達し、飛躍的に増加しています。  これらのデータは、機械判読に適した形式(XML形式、CSV形式等)や国際ルールに基づいた形式 (BUFR形式、GRIB形式等)で提供しており、データ自体は無償で、商用利用や二次配布に制限を設けていません。気象データは、オープン化された公的データであるとともに、まさにビッグデータと言えます。 (2)先端技術を用いた気象データの活用事例  近年のAI、IoT、ビッグデータ解析技術の発展により、多種多量なデータをリアルタイムで収集・蓄積・分析することが可能となってきており、利用者個々のニーズに即したサービスの提供や業務運営の効率化等により、新産業の創出や生産性の飛躍的向上等が期待されています。  また、気象は、個人の日々の行動や農業、製造、交通等の各種社会経済活動に大きく影響を与え、物理法則に基づいた予測可能性があるとともに、そのデータはオープン化されたビッグデータであるため、多様な現象を分析する際の基盤的なデータとして活用することが可能です。  近年、気象データを、POSデータ、SNSデータ、位置データ、農業関連データ等の多様なデータと組み合わせて分析することにより、生産・供給管理や需要予測等を行い、生産・製造・物流・販売等のサービス全体のプロセスの最適化を目指す取組が進み始めており、このような取組が今後さらに拡大していくことが期待されています。 コラム ■国家プロジェクトを追い風に 転換期を迎える気象ビジネス市場 (株)三井物産戦略研究所 技術・イノベーション情報部 知的財産室 シニアマネージャー 平田 祥一朗  昨年11月、気象庁は、国土交通省による「生産性革命プロジェクト」の一環として、気象ビジネス市場の創出を推進するための新たなプロジェクトの立ち上げとともに、本年3月に、産学官で「気象ビジネス推進コンソーシアム」を新たに組織し、気象事業者と企業のビジネスマッチングを促進する計画を発表しました。  気象データは、以前より農業をはじめとする特定の産業において活用されてきましたが、総務省が発行した「情報通信白書(平成27年度)」によると、「データ分析を行っている企業」のうち、「顧客データ」は46.7%の割合で活用されている一方、「気象データ」は1.3%に留まっており、幅広い産業において十分に活用されているとは言えないのが現状です。  しかし、ここ数年、気象データに基づいた高度な予測を行う企業が登場し、にわかに注目を集めています。例えば、AIを活用して、気象データを他のデータと併せて解析することにより、気温などに売上げが左右されやすい飲食料品の廃棄ロスを削減することに成功した取り組みや、交通機関の利用者数を予測する取組等が挙げられます。  また、国内外において、これまであまり見られなかった業界再編の動きも活発になっています。特に、昨年、世界最大のIT企業が人工知能システムを活用した高精度な気象予報サービスの提供を発表したことは、気象データのポテンシャルが広く一般に認識されるに至った証左と言えます。  米国では、気象の影響を受けやすい産業はGDPの約30%を占め、気象の変化による経済効果は4,850億ドルに上ると試算されており、気象が与える経済的影響は非常に大きいことが知られています。今後は、イノベーションの創造や社会ニーズの変化等に対応するために、気象データを活用した新たなビジネスの創出が予想されます。各国の気象事業者がしのぎを削る中、日本でも国が主導する取組等により、気象ビジネス市場の更なる拡大が期待されます。 (3)気象データの活用状況と課題  このように、先端技術を用いた気象データの利用が進められつつあることと、情報通信技術の発展を背景に、平成27年版情報通信白書(総務省)における我が国企業のデータ流通量の推計結果によると、気象データの流通量は年々増加していることが分かりました。一方で、企業等がどのような種類のデータを分析に活用しているかの調査では、気象データを活用している企業の割合は1.3%と、GPSデータやセンサーデータなどの機械同士が人間を介在せずに相互に情報交換するM2M(Machine to Machine)が得意な他のデータとともに、その割合がとても少ないことが分かりました。  気象データは、先端技術や他データと組み合わせた活用による生産性向上の潜在力はあるが、使われてない「ダークデータ」の状況にあると言えます。気象庁では、この課題を克服するためには、産業界が求める気象 データを活用したビジネス支援サービスの提供や、IoT・AI技術等を駆使し、気象データを高度利用した産業活動を実現する対話・連携を促進することが重要と考えています。 3  気象データの利活用促進による社会の生産性向上に向けた取組の推進 (1)国土交通省生産性革命プロジェクト「気象ビジネス市場の創出」  国土交通省では、我が国が人口減少時代を迎える中、経済成長の実現に向け、関係部局の緊密な連携の下に、生産性革命に資する国土交通省の施策を強力かつ総合的に推進するため、「国土交通省生産性革命本部」を設置し、省を挙げて「社会のベース」、「産業別」、「未来型」の3つの分野の生産性向上に取り組み、我が国経済の持続的で力強い成長に貢献します。  気象庁は、ビッグデータの一つである気象データを分析している企業の割合が低い状況を、社会経済活動の生産性を高めることができる伸び代と捉え、「気象ビジネス市場の創出」として課題解決に向けた取組を実施し、新たな気象ビジネス市場の創出・活性化を強力に推進していきます。 (2)気象ビジネス推進コンソーシアムの設立  特に、産学官関係者の対話・連携の強化を図り、新たな気象ビジネスの創出を実現するため、平成29年3月7日に、気象事業者に加えて、情報通信、農業、小売、金融等の関係する産業界や先端技術に知見のある学識経験者等を構成員とした「気象ビジネス推進コンソーシアム」が207者の会員により設立されました。  コンソーシアムでは、IoT、AI等の先端技術を活用した先進的なビジネスモデルを創出するため、気象衛星・レーダー等の技術的進歩に対応した新しい気象情報の利活用を促進し、世界最高水準の気象ビジネスへと展開するとともに、気象情報高度利用ビジネスを推進するため、継続的な情報改善や人材育成などの環境整備を実施していきます。当面は会員と気象庁が連携して、気象データに関する概要や利活用方法のセミナー等を開催し、気象データの情報・知見を共有していきます。また、気象データ利用の先端事例の創出を目指した実証実験や、気象データ利活用に向けた課題に関するヒアリングと対応策の検討、コンソーシアム活動の全国展開等を進めていきます。  また、産学官関係者が一堂に会する対話の場を設け、気象事業者と産業界のマッチングを図るため、気象ビジネスフォーラムを開催します。第1回フォーラムは平成29年3月7日に開催しました。コンソーシアム会長の東京大学越塚登教授による基調講演、パネルディスカッションを含めたシンポジウム、気象に関する取組・サービスを紹介する展示会が催され、約400名の参加者による情報共有・交換が行われました。 コラム ■データオリエンテッドからビジネス・サービスオリエンテッドへ 株式会社三菱総合研究所 社会ICT事業本部ICT・メディア戦略グループ 主席研究員 村上 文洋  2017年3月7日、気象ビジネス推進コンソーシアムが正式に発足し、気象ビジネスフォーラムが開催されました。フォーラム後半のパネルディスカッションでは、(株)ローソンの秦野さんから、2016年からローソンが導入した、気象データなど約100のパラメータを使った半自動発注システムが紹介されました。また、(株)ハレックスの越智さんからは、気象データと手持ちの洋服の情報をもとに、着ていく服のアドバイスをしてくれるウェブサービスが紹介されました。これまで私たちは、天気予報などの気象データを見て、商品の発注量や着ていく洋服を考えていましたが、その判断を機械が支援してくれる時代になったわけです。  これからは、「気象データをどう使うか」ではなく「業務システムやサービスに気象データをどう組込むか」へと視点を変える必要があります。ビジネスやサービスの観点から、気象データの新しい価値や活用方法を発見するわけです。換言すれば、データオリエンテッドから、ビジネス・サービスオリエンテッドへの発想の転換です。気象データは、判断やサービスを行うために用いる多種多様なデータのひとつ(しかし最も重要なデータのひとつ)となります。農業、運輸、教育、医療、介護、観光、子育て、働き方、行政など、今後、様々な分野で、気象データの活用が急速に進む可能性があります。  そしてそのためには、気象データのAPI(Application Programming Interface= コンピュータ同士が自動でやりとりする仕組み)提供を充実させていく必要があります。業務システムやサービスに気象データを組込むためには、人の介在なしにコンピュータ同士でデータを自動的にやりとりする必要があるからです。  今回、設立された気象ビジネス推進コンソーシアムは、気象庁や気象サービス会社などの気象データ提供側と、製造業、サービス業など様々な分野の気象データ活用企業が一堂に介して、気象データを活用したビジネスの創出・高度化を考える場でもあります。2020年の東京オリン ピック・パラリンピック開催時には、今では予想もつかなかった新しいサービスが多数登場して、世界の人々を驚かせるのではないでしょうか。 (3)気象データ利用環境の高度化  気象データを活用した新たなビジネスを作り出すためには、担当者が商品・サービス等の開発時に、まずは気象データに触れて、理解することが重要です。これまでも、気象庁には手軽に気象データに接することができる環境や、気象データの解説資料の提供に関する要望が多く寄せられていました。  そこで気象庁は、気象ビジネス推進コンソーシアムの取組や気象情報利用促進を支援するため、平成29年3月3日に、気象庁ホームページに新たに「気象データ高度利用ポータルサイト」を開設しました。 本ページでは、「気象庁が発表する気象データ」「気象データの取得」「気象データと組み合わせて利用するデータ」「気象データの利活用事例」のコンテンツを提供しています。  一つ目のコンテンツでは、気象庁が提供する各種情報を整理した「気象庁情報カタログ」や、気象庁が提供する情報の技術的な解説資料である「配信に関する技術情報」を掲載しています。二つ目のコンテンツでは、気象警報や天気予報をはじめとするXMLフォーマットの気象データを逐次掲載するとともに、Atomフィードで更新情報も掲載していますので、発表後のデータを利用者が容易に取得することができます。また、アメダス観測データや1か月予報に関する気温予測データをCSV形式で取得できるほか、数値予報データのファイル形式等を確認して頂く為にサンプルデータを掲載しています。三つ目及び四つ目のコンテンツでは、気象庁の気象観測地点の位置情報や、気象庁がこれまで関連団体と取り組んできた気候リスク評価に関する調査・研究結果について掲載しています。  今後も、気象ビジネス推進コンソーシアムの取組等を通じて把握した利用者の意見など踏まえて、コンテンツの拡充や気象庁の持つ情報の利用環境改善を進めていきます。 4  今後の取組に向けて  気象データは、既に様々な分野において利用が進んでいますが、今後のICTの発達等により、益々その重要性は増し、一層利用が拡大していくことが期待されます。国土交通省は平成29年を生産性革命「前進の年」としています。気象庁は、気象データの高度利用の拡大による産業活動の創出と活性化を一層推進するため、気象ビジネス推進コンソーシアムの活動が発展するよう支援するとともに、利用者との対話・連携を通じて、気象データのこれまで以上に利用しやすい形での提供と、利用しやすい環境の整備に取り組んでいきます。 トピックス Ⅰ 自然のシグナルをいち早く捉え、迅速にお伝えするために トピックスⅠ-1  相次ぐ台風の襲来(台風第10号等)  平成28年の台風の特徴を以下に記します(記録は昭和26年(1951年)統計開始以降が対象)。  ・台風第1号の発生は7月3日で、平成10年(1998年)の7月9日に次ぐ2番目に遅い記録  ・8月に4個の台風が上陸。ひと月に4個の台風が上陸したのは最多タイ記録   (過去には昭和29年(1954年)9月と昭和37年(1962年)8月)  ・8月と9月あわせて6個台風が上陸したのは最多記録(これまでの最多記録は   昭和29年(1954年)、昭和41年(1966年)、平成16年(2004年)の各5個)  ・北海道に年間に2個、再上陸も含めて3個の台風が上陸したのはともに初めて  ・台風第10号が岩手県に上陸したが、台風が東北地方太平洋側から上陸したのは初めて  8月は、相次いで発生した台風が北日本に襲来し、大きな被害をもたらしました。まず、台風第7号、第11号が、それぞれ8月17日、21日に北海道に上陸しました。続いて、台風第9号が22日に千葉県に上陸し、翌23日に北海道に再上陸しました。さらに、台風第10号が、30日に暴風域を伴ったまま岩手県大船渡市付近に上陸し、東北地方を通過して日本海に抜けるという特異な進路をたどりました。北日本に接近する台風が相次いだのは、偏西風の蛇行により、太平洋高気圧が平年より北東に偏って位置し、日本付近は気圧の谷となり、太平洋高気圧の西の縁を回るように台風が日本の東を北上したためと考えられます(左下図)。  これらの台風等の影響で、東日本から北日本を中心に広い範囲で大雨となり、特に北海道では、アメダス225地点中89地点で8月の降水量が極値(歴代1位)を更新する記録的な大雨となりました(右下図)。また、台風第10号の影響により、岩手県沿岸北部では、宮古市宮古、久慈市下戸鎖で1時間80.0ミリを観測するなど、30日夕方から夜のはじめ頃にかけて局地的に猛烈な雨が降り、記録的な大雨となりました。(次頁コラム参照)  平成28年の台風による災害等については、第4部1章3節も参照ください。 コラム ■台風第10号に伴う大雨によって発生した洪水害を踏まえた今後の気象庁の対応  平成28年8月30日に岩手県に上陸した台風第10号に伴う大雨により、岩手県や北海道等では多くの中小河川が氾濫し、深刻な被害が発生しました。特に、多くの方が犠牲となった岩手県岩泉町の小本川では、急激な増水となったため事前に十分な時間的余裕を持って避難行動をとることができなかったことが課題とされました。一般に、山地等を流れる中小河川は流域面積が狭く、勾配が急であるため、流れが速くなりやすく、大雨が降ると急激な増水を伴うという特徴があります。こうした中小河川の氾濫による洪水害は、平成27年9月関東・東北豪雨の時にも宮城県の渋井川や茨城県の宮戸川等で発生しており、中央防災会議の「水害時の避難・応急対策検討ワーキンググループ」の報告においても、実際に河川の水位が急上昇するよりも早い段階から避難行動を開始できるよう、中小河川の洪水発生の危険度を予測する技術の必要性が指摘されていました。  気象庁では「洪水警報の危険度分布」の提供を平成29年夏から開始します。これは、従来の雨量予測だけでなく、都市化率や地質、傾斜、河川流路などの国土に関するデジタル数値情報も駆使して、降雨が時間をかけて河川に流れ出し、地表面を流れ下る量を指数化した「流域雨量指数」の予測技術による、新たな「危険度分布」の予測です(トピックスⅠ-3)参照)。これにより、中小河川における急激な増水も数時間前から予測できるようになるなど、早い段階から雨量予測に基づく個々の中小河川の洪水発生の危険度の高まりを確認できるようになります。また、内閣府の「避難勧告等に関するガイドライン」が改定され、中小河川において急激な増水となる前の早い段階から避難準備・高齢者等避難開始等の発令を可能とするため、流域雨量指数の予測値を用いた発令基準が新たに追記されました。  今後、事前の防災行動計画(タイムライン)において流域雨量指数の予測値の活用を位置づけることや、大雨時において流域雨量指数の予測値に基づく市町村へ電話による助言を実施することなど、中小河川の洪水に対する水防活動の支援やさらなる情報改善についても、河川管理者(国土交通省、都道府県)や水防管理者(市町村)と協力して推進していきます。 トピックスⅠ-2  地方公共団体の防災対策支援のための気象予報士活用モデル事業 (1)概要  気象庁では、平成28年度に気象予報士を活用した「地方公共団体における気象情報活用支援モデル事業」を実施しました。本モデル事業は平成28年6月から9月までの4か月間、地方公共団体に気象予報士を派遣し、防災対応の現場で防災気象情報の効果的な利用についてアドバイス等を行うことにより、地方公共団体の防災対応力の向上を支援するものです。気象予報士を派遣した地方公共団体は、龍ケ崎市(茨城県)、三条市(新潟県)、伊豆市(静岡県)、廿日市市(広島県)、諫早市(長崎県)、出水市(鹿児島県)の6市です。 (2)派遣した市からのコメント  派遣された気象予報士は、大雨等の際には、気象状況及びその状況に応じて発表される各種防災気象情報を地域特性を踏まえ市の防災担当者に解説する役割を担いました。派遣期間中、台風の接近・上陸、前線による大雨などがあり、6市においては、合計で50回を超える大雨警報が発表され、避難勧告、避難準備情報が発令されました。気象予報士は、警報発表時には、夜間早朝休日においても直ちに出勤し、防災担当者に対し、今後の雨の見通しや土砂災害警戒判定メッシュ情報の解説等を行い、必要に応じて、気象台に状況等を確認し、市の防災対応を支援しました。  また、平常時には、市役所内での日々の防災気象情報の解説、防災担当者に対する防災気象情報に関する講習会の実施や気象情報の利用方法についてのマニュアルの作成、防災訓練への協力、さらに学校、地域住民に対する普及啓発活動などを行いました。  気象予報士を派遣した市からは、気象の専門家による気象情報の解説は信頼でき、市長等幹部に対する解説も適切で説得力があり、的確な防災体制の判断に役立った、また、防災気象情報を適時的確に解説する専門家がいることにより、防災対応輻輳時にも、市の防災担当者は防災体制の構築や避難勧告等の発令についての的確な判断に注力することができたとのコメントを頂いています。また平常時の活動については、職員の防災気象情報に関する理解が深まるとともに情報の利活用が進み、市の防災対応能力が高まった、との評価をいただきました。 (3)今後に向けて  平成29年1月に改定された「避難勧告等に関するガイドライン(内閣府)」では、本事業の成果等を踏まえ、市町村が防災体制等を検討するにあたって参考とすべきこととして、防災知識が豊富な専門家等の知見を活用できるような体制の構築が新たに示されました。  本事業については、「地方公共団体の防災対策における気象情報利活用検討会(座長:牛山素行静岡大学教授)」においてご意見を伺ったうえで報告書としてとりまとめ、気象庁HPで公開しました。  今後は、本事業の成果を全国の地方公共団体に広くお知らせし、関係省庁と連携して気象予報士等防災気象の専門家の活用による市町村の防災体制の強化を支援してまいります。 コラム ■気象予報士の助言は、避難勧告等発令の判断・決心の振幅を狭めた 茨城県龍ケ崎市長 中山 一生  龍ケ崎市は、光栄にも気象庁の「地方公共団体の防災対策支援のための気象予報士活用モデル事業」において全国の6つの市町村の中の一つに選ばれ、日本気象予報士会 前会長の酒井重典さんの派遣を受けました。  私は、平成25年10月の台風第26号による市内12箇所で発生したがけ崩れを教訓に、市民の人的被害の絶無を図るため、「避難勧告等は、明るいうち、暴風雨が来る前に発令する。避難勧告等は空振りでもよい」を方針に風水害による災害対策を命じ、防災の備えを強化してまいりました。  このような中で、4か月という短い期間ではありましたが、気象予報士の派遣をいただき、職員の気象に関する知識は格段のスキルアップを感じ、水戸地方気象台にお話を伺うときには、前よりも数段深い意味で気象情報を受けられる環境が出来ました。  また、昨年は8月以降、台風が日本列島に6つも上陸し、本市は避難準備情報3回と避難勧告1回を発令しました。私自身、これまではかなり迷いながら判断してまいりましたが、酒井さんの分かりやすい解説と助言をいただくことにより、避難情報を発令するなら、ここしかないというような、かなり確度の高い形で発令できたと強く感じました。  災害対策本部長(市長)として最終判断で迷うこともありますけれども、酒井さんは、専門家としての領域を超えないというのでしょうか、プロフェショナルでその最後、足を踏み出すときに背中を押すようなことは決してしませんでした。自分で足を出すときの、足を踏み出すべき方向を決めるべき情報は与えてくれました。ですから、少し不安なときもあったのですが、酒井さんの持つ知識や考えに触れるにつれ、酒井さんの言わんとすることが、だんだん分かるようになってきました。以前は、大きな振幅のどこかで判断しなければいけなったのですが、その振幅がかなり狭まったので、これ以上心強いことはありませんでした。  やはり、自治体の長にはこの感覚を実際に体験してもらいたいです。そうすると、自治体の長にとって本当に力強い応援になるのではないかと思います。  今後の本モデル事業の施策への期待ですが、龍ケ崎市は、気象予報士が自治体にいる場合に、どのくらい有益であるか、ありがたさを体験することができましたので、何らかの形でこの体制は継続していけたらいいのではないかと検討を進めております。また、龍ケ崎市は人口約8万人の都市でありますが、稲敷地方広域市町村事務組合による7つの市町村による広域での消防等対応を行っていますので、こうした広域的な、あるいは風土の同じ近隣の複数の自治体で共同で活用しても良いのではないかと思います。そのエリアを担当する気象予報士がいて気兼ねなく相談できるような体制が平素からあれば、自治体の防災担当の職員はもちろん、首長が判断を下すときの貴重な情報源になると思います。また気象台からの情報を得るにしても、いつでも相談できる体制にあるのは、あるべき姿と思います。 トピックスⅠ-3  災害発生と関連の高い指標の開発と危険度分布の提供開始 ○災害発生との相関が高い3つの指標(土壌雨量指数、表面雨量指数、流域雨量指数)  降った雨は地中に浸み込んだり地表面を流れるなどして川に集まります。大雨時には、雨は地中に浸み込んで土砂災害を発生させたり、地表面に溜まって浸水害をもたらしたり、川に集まって増水することで洪水害を引き起こしたりします。気象庁では、このような雨水の挙動をタンクモデルを用いて模式化し、それぞれの災害リスクの高まりを表す指標として表現した土壌雨量指数、表面雨量指数、流域雨量指数の技術開発を進めてきました。これらの3つの「指数」を用いることによって、災害リスクの高まりを「雨量」そのものよりも適切に評価・判断することができるようになり、より的確な警報発表につながります。  土壌雨量指数は、大雨による土砂災害リスクの高まりを把握するための指標です。降った雨が土壌中にどれだけ溜まっているかを数値化したものです。  表面雨量指数は、短時間強雨による浸水害リスクの高まりを把握するための指標です。降った雨が地中に浸み込みやすい山地や水はけのよい傾斜地では、雨水が地表面に溜まりにくいという特徴がある一方、地表面の多くがアスファルトで覆われている都市部では、雨水が地中に浸み込みにくく地表面に溜まりやすいという特徴があります。表面雨量指数は、こうした地面の被覆状況や地質、地形勾配など、その土地がもつ雨水の溜まりやすさの特徴を考慮して、降った雨が地表面にどれだけ溜まっているかを数値化したものです。  流域雨量指数は、河川の上流域に降った雨により、どれだけ下流の対象地点の洪水害リスクが高まるかを把握するための指標です。降った雨が、地表面や地中を通って時間をかけて河川に流れ出し、さらに河川に沿って流れ下る量を、運動方程式等も用いて数値化したものです。  気象庁では、大雨により、土砂災害のおそれがあるときに大雨警報(土砂災害)を、浸水害のおそれがあるときに大雨警報(浸水害)を、洪水害のおそれがあるときに洪水警報を発表しています。大雨警報(土砂災害)については、土壌雨量指数を発表基準に用いて発表判断を行っています。また、大雨警報(浸水害)については、これまで、「雨量」そのものを発表基準に用いてきましたが、平成29年出水期からは、表面雨量指数を基準に用いて発表判断を行います。洪水警報については、これまで、長さ15km以上の河川を対象に流域雨量指数を計算して発表基準に用いてきましたが、平成29年度出水期からは、長さ15km未満の中小河川に対象を拡大して、流域雨量指数を用いて発表判断を行います。  さらに、現在、土砂災害について、警報・注意報が発表されたときに、どこで「指数」の予測値が警報・注意報の基準に到達したかが一目で分かる「危険度分布」(土砂災害警戒判定メッシュ情報)を提供しており、これに加え、浸水害や洪水害についても、「危険度分布」の提供を開始しま す。このことについて以下に詳しく解説します。 ○短時間強雨に伴う浸水害発生の危険度分布 ~大雨警報(浸水害)の危険度分布~  平成29年度出水期から、1時間先までの雨量予測を用いた表面雨量指数の予測値が大雨警報(浸水害)等の基準に到達したかどうかを、地図上に5段階で色分け表示した「大雨警報(浸水害)の危険度分布」を提供します。これにより、大雨警報(浸水害)等が発表されたときに、実際にどこで浸水害発生の危険度が高まっているのかが一目で把握できます。  表面雨量指数は、値が大きいほど浸水害リスクが高まることを示す相対的な指標であり、重大な浸水害のおそれがあるかどうかを判断するには、これだけでは十分ではありません。浸水害への脆弱性は、地形のほか、下水道や排水ポンプ等のインフラの整備状況に応じて地域毎に異なることから、表面雨量指数の値を危険度に翻訳するためには、地域の実情に応じた適切な基準を設定する必要があります。このため、過去に浸水害が発生した際の表面雨量指数の値を20年分以上にわたって網羅的に調査し、「表面雨量指数がこの数値を超えると重大な浸水害がいつ発生してもおかしくない」という数値を大雨警報(浸水害)の基準(危険度分布において赤色(警戒)を表示する基準)として設定するなど、危険度を段階的に判断するための基準を設定しています。このようにして設定した基準値は、インフラの整備状況等を反映した適切なものとなるようメンテナンスしていくことも重要です。このため、インフラ整備後の浸水害発生履歴データなど最新のデータを用いて定期的に基準の見直しを実施していきます。 ○中小河川の洪水害発生の危険度分布 ~洪水警報の危険度分布~  平成29年度出水期から、3時間先までの雨量予測を用いた流域雨量指数の予測値が洪水警報等の基準に到達したかどうかを地図上に5段階で色分け表示した「洪水警報の危険度分布」を提供します。これにより、洪水警報等が発表されたときに、実際にどの河川で洪水害発生の危険度が高まっているのかが一目で把握できます。  流域雨量指数そのものは、値が大きいほど洪水害リスクが高まることを示す相対的な洪水害リスクを示した指標です。洪水害への脆弱性は、ダム等の人為的な流水の制御、潮位や支川合流の影響、インフラの整備状況の違いなどによって地域ごとに異なることから、流域雨量指数の値を危険度に翻訳するため、過去20年分以上にわたって洪水害発生時の流域雨量指数値を網羅的に調査し、「流域雨量指数がこの数値を超えると重大な洪水害がいつ発生してもおかしくない」という数値を洪水警報等の基準(危険度分布において赤色 (警戒)を表示する基準)に設定するなど、危険度を段階的に判断するための基準を設定しています。 ○危険度分布の技術を活用した大雨特別警報の発表対象区域の改善  災害発生の危険度の高まりを面的に評価・判断することができる危険度分布の技術は、大雨特別警報の発表対象区域の判断に活用することができます。これまで述べた「危険度分布」の技術向上により、危険度が著しく高まってはいない地域の分布がこれまでより詳細にわかるようになったことから、大雨特別警報の発表基準である数十年に一度の大雨が予想される場合に、警報の危険度分布を活用し、危険度が著しく高まっている市町村をより明確にして大雨特別警報を発表します。一定程度の広がりを持って50年に一度の大雨となり、かつ、さらに雨が降り続くと予想されるときに発表するという、特別警報の考え方や発表を判断するタイミングはこれまでと変わりませんが、危険度が著しく高まってはいないと判断できる市町村には特別警報は発表せず、これまで以上に信頼性を確保して特別警報を発表できるようになります。 トピックスⅠ-4  台風進路予報の改善  気象庁では、台風の進路予報において、台風の中心が70%の確率で入ると予想される範囲を「予報円」として、台風の中心が予報円内に進んだ場合に風速25メートル以上の暴風となるおそれのある範囲を「暴風警戒域」として示しています。  台風が進む方向や速度に応じて予報円の大きさをあらかじめ設定しており、台風の進路予報の際には、それらの予報円を表示しています。台風の予報円の大きさは、過去数年間の台風の進路予報の成績を踏まえて随時見直しを行っており、最近では平成28年(2016年)台風第1号か ら、台風進路予報の精度向上を踏まえ、予報円の大きさを改善して、より小さくしています(前回の見直しは平成20年(2008年))。  具体的には、近年の数値予報モデルの改良やひまわり8号等の新たな観測データの活用により台風進路予報の精度が向上したことを踏まえ、平成23~27年の過去5年間の台風進路予報の成績を検証した結果、予報円の半径を従来に比べて約20~40%小さくしています。これに伴い、暴風警戒域についてもより絞り込んだ予報となっています。今後も数値予報の精度向上を図るなど、台風進路予報の改善に努めてまいります。 トピックスⅠ-5  竜巻注意情報の改善  気象庁では、竜巻などの激しい突風が起きる可能性を10km格子ごとに1時間先まで予測する竜巻発生確度ナウキャストを気象庁ホームページで公開しています。また、竜巻発生確度ナウキャストにおいて竜巻などの激しい突風が起きる可能性が高まった地域に、竜巻注意情報を発表し注意を呼びかけています。従来、竜巻注意情報は概ね県単位で発表してきましたが、発表対象地域が広く、また捕捉率が約40%、適中率が約3%と予測精度が低いことが課題でした。  この竜巻注意情報の予測精度を向上させ、天気予報と同じ発表単位(一次細分区域)に絞り込んで発表する改善を平成28年12月15日に行いました。過去事例のデータによる検証では、一次細分区域単位の発表で捕捉率が約70%、適中率が約14%に向上するとともに、よりリードタイムを確保して迅速に発表できることが確認されています。  このような大幅な予測精度の向上は、竜巻発生確度ナウキャストにおいて、竜巻等の突風発生後の現地調査結果や竜巻の発生メカニズムに関する最新の研究成果を取り込むことにより、リードタイムを確保しつつ竜巻等の突風が発生する可能性のある地域を絞り込めるようになったこと、竜巻の前兆現象である積乱雲の回転(メソサイクロン)の検出に気象庁のドップラー気象レーダー(20基)に加えて、国土交通省が運用する高性能レーダ雨量計ネットワーク(XRAIN)のデータの一部を追加して検出能力を向上させたことなどにより実現しました。 トピックスⅠ-6  船舶の安全な航行を支援する情報の充実 (1)地方海上分布予報の充実  気象庁では、日本近海における船舶の安全運行に資するよう、文字形式の「地方海上警報」及び「地方海上予報」を発表するとともに、その内容の詳細なイメージを補足するために、分布図形式の「地方海上分布予報」を提供しています。  地方海上分布予報では、これまで対象海域を緯度経度1度格子単位で区切り、「風、波、視程(霧)、着氷」の予報要素の分布図として提供していましたが、平成28年5月より0.5度格子単位に高解像度化しより詳細な分布情報としました。  さらに、平成29年3月より「天気」の予報要素を追加しました。これによって、海上の気象の分布をより具体的に把握することができるようになりました。これらの内容について、24時間先まで6時間間隔の分布図を1日4回(6、12、18、24時頃)発表します。  地方海上分布予報は、船舶の運航において警戒するべき時間・場所を明確に把握するために、役立つと考えています。 (2)波浪予想図の改善  気象庁は、船舶の航行や漁業等の海上作業における安全のため、気象無線模写通報(JMH)等で、各種波浪図の提供を行っています。単純な一方向からの高波のほかにも、複数方向から波が来るなど海面の変化が複雑になると、船が大きく不規則に揺れて航行や海上作業に支障をきたし、時にはいわゆる「三角波」などの突然の大波が発生して危険となります。気象庁は、このような海域を特定する技術を開発したことから、平成29年3月より波浪予想図に、航行に危険な海域の情報を追加しました。 トピックスⅠ-7  数値予報の幅広い利用に向けたシンポジウムの開催  気象庁では、日々の天気予報や防災気象情報の基盤である数値予報(第2部1章1節参照)への理解を深めていただくきっかけとなるよう、平成29年1月28日(土)に星稜会館(千代田区永田町)において、シンポジウム「数値予報~日々の生活に密着したソフトインフラ~」を開催し、気象分野に限らず様々な分野・職種から多数のご参加をいただきました。シンポジウムでは、日本テレビの鈴江奈々アナウンサーによる司会進行のもと、東京大学の新野宏教授による基調講演に始まり、その後パネルディスカッションとして、数値予報の更なる利用拡大や、今後目指すべき技術開発等について議論しました。 (1)基調講演  はじめに、新野教授から、「数値予報の過去・現在そして未来」と題して、そもそも数値予報とは何かというところから始まり、これまでの技術開発の歴史、現状と課題、及び最新の研究とそれらから期待される数値予報の将来展望についての基調講演を頂きました。続いて、気象庁予報部数値予報課の松村崇行課長より、気象庁における数値予報の運用と利活用、及びそれを支える技術開発への取組について紹介しました。 (2)パネルディスカッション  講演に続いて、「数値予報への今後の期待」と題したパネルディスカッションを行いました。ここでは、「防災」と「社会経済活動」の2つの分野それぞれにおける数値予報の利用の現状や可能性について、パネリストからの話題提供を踏まえ議論を行いました。  防災分野については、まず、和歌山県の和歌哲也危機管理監から数値予報の地域防災対応への活用に関する取組について、さらに、NHKの山﨑登解説主幹からは、防災気象情報を伝える報道機関の立場から、数値予報のもたらした効果と今後の期待についての話題提供をいただきました。この中で、数値予報による気象予測の数値化や可視化が、防災に大きく貢献していることが示されました。また、今後の期待として、更なる予測精度向上に加えて、現状の予測可能性や限界等について利用側に対して分かりやすく説明・解説すること や、数値予報を基にした予測情報の伝え方を更に工夫することが必要であるといった意見が挙がりました。  社会経済活動分野については、日本気象協会の丹治和博技術統括から、社会の多くの場面で展開中の気象サービスにおける数値予報を活用した取り組みと今後の期待について、さらに、中部電力株式会社中央給電指令所の父母靖二所長から、電力分野での数値予報の利活用と今後の期待について話題提供をいただきました。この中で、電力分野を始め様々な分野で数値予報が利活用されていることや、今後の期待として、これまで気象と直接関連しなかった分野でも、データの組み合わせにより新たなビジネス創出の可能性があることなどが示されました。  最後に、パネルディスカッション全体の議論を受け、新野教授から、我が国の数値予報技術を更に向上させるためには、気象庁は大学等の研究機関と連携し、オールジャパンで技術開発に取り組むことが重要との見解が示されました。  数値予報への今後の期待として、会場からも、更なる予測精度向上、数値予報データを閲覧・活用できる環境の充実、様々なビジネスにおける数値予報の活用例を紹介してほしいといった声がありました(会場内アンケートによる)。  数値予報は、下図のとおり、日々の天気予報や防災気象情報のみならず、様々な社会経済活動を支援する基盤技術です。本シンポジウムで示された数値予報への期待を受け、気象庁では、今後一層幅広い分野で数値予報を利用いただけるよう、関係機関とも連携し取り組んでまいります。 コラム ■数値予報の活用状況及び今後の期待 中部電力株式会社中央給電指令所長  父母 靖二 1 中央給電指令所の業務における数値予報の活用状況  大量に貯めておくことができない電力は「発電即消費」という特性から、電力需要に合わせて発電しなければなりません。中央給電指令所では、「電気の使用量に合わせて発電機の出力をリアルタイムで調整することで、周波数を適正な範囲に保つ」ということを行っています。このためには、需要に合わせて調整できる発電機の準備が必要となることから、電力需要の予測と発電計画の両方が重要になります。このとき「数値予報」を活用しています。電力需要は冷暖房の影響が大きく、予測では天候や気温などの予想を活用します。発電計画では、天候によって出力が変化する太陽光発電などの再生可能エネルギーが含まれることから、出力予測のために日射量予測などを活用します。 2 数値予報の必要性  日射量予測は特に重要です。中部電力エリアの愛知、静岡(富士川以西)、三重、岐阜、長野の5県では、約600万kW(H28.12末現在)の太陽光発電設備が導入されています。平成28年には、晴天日と曇天日では最大400万kW程度の出力差が発生。安定した電力を安価にお届けするため、天候により変化する太陽光発電出力を考慮して、発電計画を策定する必要があることから、日射量予測を用いた太陽光発電出力の予測が欠かせないものとなっています。 3 現状の数値予報(精度)に関する課題  太陽光発電実績が予測値を下回ると、火力機などで補う必要がありますが、新たに火力機を運転するとなると半日程度要することもあり、早い段階で予測外れのリスクを踏まえた運転判断が必要です。現状、日射量予測の予測外れは不可避であるため、リスク対応としての追加の発電コストが発生します。 4 数値予報への今後の期待  今後も太陽光発電の導入量は増加するため、日射量予測外れの影響が拡大し、リスク対応としての発電機を準備する機会も多くなります。この機会を少しでも減らすため、日射量予測の精度向上が課題となっています。他にも、電力需要の予測のために天候や気温、防災のために発雷や台風進路など、様々な気象予測データを活用していることから、これら「数値予報」についての予測精度の向上や、リスク管理しやすい形でのデータの提供を期待します。 トピックスⅠ-8  相次ぐ被害地震  平成28年は、国内で被害を伴った地震が7回発生しました。また、これらの地震を含み、最大震度1以上を観測した地震が6,587回、最大震度5弱以上を観測した地震が33回、最大震度6弱以上を観測した地震が10回発生しました。 平成28年に発生した主な被害地震 (1)「平成28年(2016年)熊本地震」  平成28年4月14日21時26分に、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード(M)6.5の地震が発生し、熊本県益城町で震度7を観測したほか、九州地方から中部地方にかけて震度6弱~1を観測しました。また、4月16日01時25分には、熊本県熊本地方を震源とするM7.3の地震が発生し、熊本県益城町と西原村で震度7、南阿蘇村、菊池市、宇土市、大津町、嘉島町、宇城市、合志市、熊本市で震度6強を観測したほか、九州地方から東北地方にかけて震度6弱~1を観測しました。これらの地震をはじめとする一連の地震活動は、熊本県熊本地方、熊本県阿蘇地方、大分県中部などにかけての広い範囲で活発に推移し、震度1以上を観測した地震は平成29年4月4日までに4,287回発生しました。また、過去約20年間に内陸及び沿岸で発生した主な地震の地震回数(M3.5 以上)を比較すると、今回の活動は最も回数が多くなっています。この地震活動により、死者225人、負傷者2,747人、住家全壊8,689棟などの被害が生じました(平成29年3月31日現在)。気象庁は、この一連の地震活動を「平成28年(2016年)熊本地震」と命名しました。  地震活動の領域には、布田川断層帯、日奈久断層帯、別府-万年山断層帯が存在しています。4月14日21時26分の地震(M6.5)は日奈久断層帯の一部の活動、4月16日01時25分の地震(M7.3)は主に布田川断層帯の一部の活動によると考えられます(地震調査研究推進本部地震調査委員会による)。 (2)平成28年10月21日の鳥取県中部の地震  平成28年10月21日14時07分に、鳥取県中部を震源とするM6.6の地震が発生し、鳥取県倉吉市、湯梨浜町、北栄町で震度6弱を観測したほか、関東地方から九州地方にかけて震度5強~1を観測しました。その後、活発な地震活動が見られ、平成29年4月4日までに最大震度1以上を観測した地震が453回(震度6弱:1回、震度4:8回、震度3:35回、震度2:103回、震度1:306回)発生しました。この地震により、負傷者31人、住家全壊18棟、住家半壊290棟などの被害が生じました(平成29年3月31日現在)。 ※「平成28年(2016年)熊本地震」と鳥取県中部の地震による被害状況は、総務省消防庁による。 トピックスⅠ-9  緊急地震速報の新しい予測手法の開発  気象庁は、緊急地震速報の更なる高度化のために、「IPF法(Integrated Particle Filter法)」及び「PLUM法(Propagation of Local Undamped Motion法・プラム法)」という、2つの新しい予測手法の開発・導入を進めています。これらの新手法の導入で、ほぼ同時に複数の地震が発生した場合や巨大地震が発生した場合に、従来手法より精度の良い緊急地震速報が発表できるようになります。気象庁では、IPF法を平成28年12月に導入し、運用を開始するとともに、PLUM法の導入に向けて開発・検証を進めています。 (1)IPF法 ~ほぼ同時に複数の地震が発生した場合における精度の向上~  「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」や「平成28年(2016年)熊本地震」の一連の活発な地震活動では、ほぼ同時に発生した複数の地震を1つの地震として処理したために、正しい震源位置及び規模が求められず、過大な震度を予測する事例がありました。従来手法では、地震計から送られてくる観測データの時刻情報(地震の検知時刻)だけを頼りに地震の識別を行っていました。そのため、複数の地震の発生タイミングが偶然重なってしまうと、それらの地震は1つの地震と見なされてしまうという技術的な課題がありました。  IPF法は、この技術的課題を解決するための新しい震源決定手法です。IPF法では、1つの地震か否かを判別する際、観測データの時刻情報だけではなく、揺れの大きさの情報も活用する方法を採用しています(右図①)。これにより、複数の地震の発生タイミングが偶然重なったとしても、それらを高い確度で識別できるようになりました。また、従来別々に用いられていたデータや手法を統合的に用いることで(右図②)、 より安定して精度の良い震源を推定できるようになりました。これにより、たとえ地震の識別が完全にはできなかったとしても、大きく離れた位置に震源を決めてしまうことが少なくなりました。「平成28年(2016年)熊本地震」では、最大震度3以下の地震に対して過大な震度を予測し警報を発表する事例が3回ありましたが、いずれの事例もIPF法の導入で改善することが確かめられました。前ページ下図はその一例です。 (2)PLUM法の概要 ~巨大地震が発生した場合における精度の向上~  「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」においてマグニチュード9.0の巨大地震が発生した際、震源から遠く離れた関東地方でも大きな揺れを観測しましたが、従来手法ではこの強い揺れを精度良く予測することができませんでした。従来手法や前述のIPF法では、震源を「点」と見なして震度を予測しているため、震源域が百キロメートルを越えるような巨大地震では、精度良く震度を予測できない場合があります。  PLUM法は、巨大地震が発生した際でも精度良く震度が求められる新しい予測手法です。PLUM法では、震源や規模の推定は行わず、地震計で観測された揺れの情報(震度に相当する値)から直接予測したい地点の震度を求めます(右図)。これは「予測地点の付近の地震計で大きな揺れが観測されたら、その予測地点も同じように大きく揺れる」という考えに従った予測であり、予測してから揺れがくるまでの時間的猶予は短時間となりますが、広い震源域を持つ巨大地震であっても精度良く震度を予測できます。「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」で発生したマグニチュード9.0の地震にPLUM法を適用すると、震源から離れた関東地方の強い揺れも精度良く予測できることを確認しました(下図)。  PLUM法は、開発及び検証等が完了次第、予測精度と揺れまでの時間的猶予の双方の効果をあげるようにIPF法と組み合わせた形で運用を開始する予定です。 トピックスⅠ-10  常時観測火山の追加と噴火警戒レベル判定基準の公表  気象庁では、御嶽山の噴火を受け火山予知連絡会の下に設置された検討会からの緊急提言(平成26年11月)及び最終報告(平成27年3月)を踏まえ、火山観測体制の強化や分かりやすい火山情報の改善(特集も参照)の一環として、常時観測火山の追加と噴火警戒レベル判定基準の公表を進めています。 (1)常時観測火山の追加  気象庁では、110の活火山のうち、今後100年程度の期間の噴火の可能性及び社会的影響を踏まえ「火山防災のために監視・観測体制の充実等の必要がある火山」として火山噴火予知連絡会によって選定された47火山を常時観測火山として、24時間体制で火山活動を監視してきました。これに加え、火山噴火予知連絡会検討会の緊急提言及び最終報告において、近年、火山活動の高まりがみられた八甲田山、十和田、弥陀ヶ原の3火山を常時観測火山とするよう提言がなされました。  この提言を踏まえ気象庁では、これら3火山に地震計や傾斜計、空振計、GNSS、監視カメラといった各種火山観測装置の整備を進め、平成28年12月1日から常時観測火山に追加し、24時間体制での監視を開始しました。これにより、気象庁が常時観測火山として監視する火山は50となりました。 (2)噴火警戒レベル判定基準の公表  火山噴火予知連絡会の最終報告では、火山ごとの活動の特徴を改めて整理し、御嶽山のような水蒸気噴火の可能性も踏まえ、噴火警戒レベルの引き上げや引き下げの基準(以下「噴火警戒レベル判定基準」という。)の精査を行うとともに、分かりやすい火山情報の改善の一環としてどの様な場合に噴火警報が発表されるか登山者等が認識できるよう、噴火警戒レベル判定基準を公表するよう提言がなされました。  これを受け気象庁では、噴火警戒レベルが導入されている全国の火山について、火山専門家の意見を伺いながら、最新の科学的知見を反映する等の精査作業を進めているところです。  これまで、岩木山、蔵王山、日光白根山、浅間山、御嶽山、伊豆大島、三宅島、鶴見岳・伽藍岳、阿蘇山、霧島山(えびの高原(硫黄山)周辺)、桜島の11火山(平成29年3月31日現在)で噴火警戒レベル判定基準の精査作業が完了し、気象庁ホームページにおいて公表しています。平成28年10月8日に爆発的噴火があった阿蘇山では、今回の噴火で得られた知見も加味し、噴火直前と同様な現象が発生した場合において、事前に噴火警戒レベルを3に引き上げることを可能とするなどの精査作業を行い、平成28年12月20日に公表したところです。  気象庁では、引き続き、残る全ての常時観測火山について、噴火警戒レベル判定基準を順次、公表して参ります。  公表している噴火警戒レベル判定基準は、以下のURLからご覧いただくことができます。  http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/keikailevelkijunn.html トピックスⅠ-11  口永良部島における地域に密着した火山防災の取組  口永良部島では、平成27年5月の噴火により噴火警戒レベル5(避難)に引き上げた後、平成28年6月に噴火警戒レベル3(入山規制)に引き下げましたが、依然として活発な火山活動が継続しています。  火山活動の高まりが見られた平成27年3月以降、職員を現地に長期派遣し、火山ガスや熱映像等の観測・調査を現地で行うとともに、地元自治体や住民へ火山活動の状況を解説するなどの対応を行ってきました。特に、平成27年5月噴火の 直前に、比較的規模の大きな震度3の地震が島内で観測された際には、派遣された職員が地元自治体や住民への説明を密にし、噴火の際の避難行動等の確認を行いました。噴火後に、口永良部島全島に対して避難指示が発令された後も、屋久島に職員を常駐させ、観測体制を強化するとともに、火山活動や気象状況に関する解説を行うなど、口永良部島の帰島へ向けた対応の支援も実施しました。住民が帰島した後も、これらの取組を継続的に行うとともに、地元自治体をはじめとした地域との連携を一層強化するため、平成28年10月1日付で、屋久島町役場庁舎内に「口永良部島火山防災連絡事務所」を設置しました。火山防災連絡事務所は、既に設置されている浅間山、伊豆大島、三宅島、阿蘇山に続いて5箇所目です。  口永良部島火山防災連絡事務所には職員2名が勤務しており、主に口永良部島の火山活動の解説や火山観測、火山観測機器の点検・保守を行っています。地元自治体(屋久島町)をはじめとする防災関係機関に対して、定期的に口永良部島の火山活動を解説しているほか、火山性地震の多発など火山に異常がみられた場合には、その都度、解説を行っています。火山観測については、月1~2回の頻度で火山ガスや熱活動などの観測を行うほか、火山活動に変化がみられた場合には臨時観測も行います。  口永良部島は、未だ火山噴火への警戒が予断を許さない状況にあります。いざというときに、地元自治体や住民が、気象庁からの情報をもとに的確な対応を取るには、火山への正しい理解や避難訓練等の平素からの備えが重要です。また、地元自治体や住民と気象庁との間の信頼関係も大切です。口永良部島は人口130人ほどの小さな島ではありますが、住民のほとんどが噴火を間近で経験しており、屋久島町及び住民一人一人の火山への関心は非常に高いものがあります。口永良部島火山防災連絡事務所では、日ごろから地元自治体へ火山活動の解説を行うほか、口永良部島で住民説明会や出前講座を開催するなど、地元自治体・住民の火山への正しい理解を支えていきます。そして、気象庁との顔の見える信頼関係の構築に努めていきます。 Ⅱ 長期の監視から地球の今を知り、将来に備えるために トピックスⅡ-1  地球温暖化予測情報第9巻の刊行  気象庁は、地球温暖化の緩和策や適応策の検討に資すること、また、地球温暖化に係る科学的知識の普及を目的に、平成8年度より、数値モデルによる地球温暖化の予測結果を「地球温暖化予測情報」として公表しています。平成29年3月には、文部科学省委託事業である気候変動リスク情報創生プログラムによる予測結果を用い、最新となる「地球温暖化予測情報第9巻」を取りまとめ公表しました。平成25年に公表した「地球温暖化予測情報第8巻」では、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が想定する温室効果ガスの排出シナリオのうち、中程度に相当する温室効果ガスの排出が続くと想定した場合の予測を行いましたが、「地球温暖化予測情報第9巻」では、防災上の意識を高める観点等から、IPCCが想定する温室効果ガスの排出シナリオのうち、最も高い水準で温室効果ガスの排出が続くと想定した場合の予測を行い、年による変動の幅や信頼度の評価結果も加えて提供しています。  その中では、21世紀末頃の日本は20世紀末頃と比べて、年平均気温が地域によって+3.3~+4.9℃と大幅に上昇するほか、猛暑日(日最高気温35℃以上)の日数が大幅に増加、真冬日(日最高気温0℃未満)の日数が大幅に減少すると予測しています。また、日降水量200mm以上の大雨の日数は2倍以上、滝のように降る雨(1時間降水量50mm以上の短時間強雨)の年間発生回数も2倍以上になるなど、大雨や短時間強雨の頻度は全国的に増加すると予測しています。一方、無降水日数も全国的に増加すると予測しており、水資源管理等への影響も考えられます。降雪については、本州日本海側で大きく減少するほか、降雪期間が短くなると予測していますが、一方で、21世紀末においても20世紀末と同程度の降雪量となる年もあると予測していることから、大雪への備えも引き続き必要です。 トピックスⅡ-2  南極昭和基地開設60周年  南極地域観測は昭和32(1957)年から昭和33年12月までの国際地球観測年(IGY)の一環として始められた学術的な事業です。我が国は昭和30(1955)年11月の閣議決定に基づき南極地域観測への参加を決め、IGY観測参加12カ国の一員となりました。昭和31(1956)年11月8日に南極観測船「宗谷」が東京晴海埠頭を出港し、一路南極へと向かった第1次南極地域観測隊は、翌32(1957)年1月29日、リュツォ・ホルム湾東岸、南極大陸氷縁から西に4kmのオングル群島に上陸し、この地に昭和基地を建設しました。この時、越冬した気象隊員は1名で、2月9日00UTCから3時間おきに気温の観測を開始しました。気象庁は第1次観測隊より現在越冬中の第58次観測隊に至るまで、昭和基地を中心とする気象観測に参加し堅実な発展をとげています。当初は地上気象観測のみを行い、その後、徐々に観測要素を増やし、現在では5人の越冬隊員を毎年派遣して、通年で地上気象観測(目視1日8回)、高層気象観測(1日2回)、オゾン観測及び日射放射観測を実施しています。これらの観測は、世界気象機関(WMO)の国際観測網の一翼を担って実施されており、得られた観測データはすぐに各国の気象機関に送られ、日々の気象予報に利用されています。また、極寒の地で延べ269名に及ぶ気象隊員の努力により、約60年にわたる観測データが蓄積され、そのデータは地球温暖化やオゾンホール等の地球環境問題の解明と予測の基礎データとして利用されています。基地開設当初、建物はわずか4棟178㎡、越冬隊員は11名でしたが、開設60年を経た昭和基地は、現在、建物68棟7479㎡、越冬隊員は33名(第58次)と拡大・高度化しています。  この秋出発する第59次隊は、現在、各種研修や機器の整備を行い越冬観測に備えています。この隊は気象庁から気象観測5名のほかに、越冬隊長も派遣します。気象庁はこれまで、第20次、第36次、第52次と3人の越冬隊長を派遣しています。このほか、第30次ではあすか基地、第38次では「南極料理人」で有名なドームふじの越冬副隊長も派遣しています。今回の派遣の経緯として、第59次隊は現在建設中の基本観測棟の建設期間のうち、今後予定されている気象棟からの移転及び既存施設の解体、新しい観測業務体制の検討など、現地で総合的に検討・判断する必要がある主要な工事年度のため、この隊の越冬隊長を気象庁から派遣することが妥当であると極地研究所は結論付け、隊長を派遣することとなりました。これまで気象庁から派遣された越冬隊長は、隊長になる前に気象隊員として越冬経験があります。今後も、経験豊富な隊員が越冬隊長として派遣されることが期待されます。 コラム ■60周年を迎えた南極昭和基地における気象定常観測の意義 国立極地研究所および総合研究大学院大学 名誉教授 山内 恭  地球温暖化がじわじわと進む中で、南極・北極の温暖化はどうなっているのでしょうか。近年、北極では全球平均の2倍以上の昇温が進んでいます。一方、南極では、南極半島や西南極では著しい温暖化となっています。ところが、南極大陸・氷床の本体である「東南極」では温暖化は顕著には現れていないのです。昭和基地におけるこの60年におよぶ観測からも、有意な昇温は認められません。このように、地球環境・気候研究に重要な役割を果たしている南極観測の中で、気象定常観測は特に根幹をなすものです。  昭和基地における気象観測は、第1次隊で越冬隊員1名の地上気象観測から始まりました。3次隊では、越冬隊員の最終メンバー14人目として2人目の気象担当隊員の越冬がかない、高層気象観測を始めることができました。その後、第7次隊の南極観測再開以降、恒常的に実施する必要のある「定常観測」として位置づけられました。5次隊の越冬後、昭和基地の再開まで、4年間ブランクがあるものの、以後1日も欠かすことなく連綿として観測が続けられています。南極で、地上気象観測はいざ知らず、高層気象観測(ゾンデ観測)を毎日2回、通年にわたって完遂しているのは、今や、わが昭和基地とオーストラリアのケーシー基地だけであるとは、まことに驚きです。南極観測が本格的に始まった60年前には、南極内の17基地で高層観測が行われていましたが、それも今や12基地に縮小しています。オゾン観測に至っては、観測が盛んに行われる様になった1960年代からずっと継続してきたのは昭和基地だけなのです(オゾンホールが有名になった1980年代半ばからは多くの観測が再開)。第23次隊で越冬した忠鉢繁氏(元気象研究所)のオゾンホール発見に役立ったとともに、米スーザン・ソロモン博士のオゾンホール成因解明やオゾンホール解消の兆し確認にも大いに貢献しています。  現在、南極観測では、定常観測、モニタリング観測の他、研究観測が行われています。第Ⅷ期南極観測計画(52次~57次)の中でも、「南極域から探る地球温暖化」のテーマの下、大型大気レーダー(PANSY)を中心とした大気観測、海洋の温暖化・酸性化を解明する観測、氷床コアから過去の気候を読み解き将来を予測する雪氷・地学の観測などが行われました。しかし、これらを通して南極の温暖化を明らかにするには、長年の観測データを蓄積してきた定常気象観測が基になりました。こつこつと同じ型の観測を毎年継続するということで、一見地味ではありますが大変貴重なのです。  私は南極研究科学委員会(SCAR)やWMOの活動に参加させていただいたりしています(半分は気象庁の名代として、半分は研究のため)が、そういう中で、わが国の気象観測・研究の国際的な場でのリーダーシップやプレゼンスが弱いと感じることが多いです。しかし、基本となる観測をきちんとやってきたのは、昭和基地だけだと言っても過言ではありません。また、日本のように気象庁のベテランが担当しているような基地は少ないのです。それだけ、観測データの質も優れているということです。もっと自慢していただいて良いと思います。この観測の優位性を見たら、我々はもっと積極的に主張して良いし、すべきではないでしょうか。40年近くにわたって、極域気象・気候研究を生業(なりわい)としてきた私自身にとっても、定常気象観測なくして研究はあり得ませんでした。全く感謝の次第です。 トピックスⅡ-3  30周年を迎えた気象庁の大気中の温室効果ガス観測  世界気象機関(WMO)は、昭和44(1969)年、世界的な 大気汚染の深刻化を背景に大気バックグランド汚染観測網(BAPMoN)を設立しました。気象庁はこの観測点として、昭和51(1976)年に大気バックグランド汚染観測所(現大気環境観測所)を岩手県気仙郡(現大船渡市)三陸町綾里に開所し、地球温暖化問題に世界的関心が高まってきた昭和62 (1987)年には、二酸化炭素濃度の定常観測をアジア地区で初めて開始(世界で14番目)しました。  その後、平成元(1989)年にBAPMoNの発展的枠組みとして設立されたWMO全球大気監視(GAW)計画の下、平成 5(1993)年に南鳥島、平成9(1997)年に与那国島にGAW観測所を開設し、フロン類やメタン等の観測を順次開始しました。さらに平成23(2011)年には、防衛省の協力の下、航空機による上空の温室効果ガス観測も開始しています。  大気中の二酸化炭素濃度は、人類の社会経済活動の影響により年々増加しています(コラム参照)。年2ppm(大気の 100万分の2の濃度)程度の非常に小さい濃度変化を正確に捉えるためには、世界共通の方法を用いて長期間にわたり高精度に観測を行う必要があります。気象庁は、地球温暖化対策の立案やその実行に貢献するため、今後も二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスの観測を着実に続けて、高精度で信頼性の高いデータを提供していきます。 コラム ■世界の年平均二酸化炭素濃度が400ppmに到達  気象庁は、世界気象機関(WMO)の温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)を運営しており、世界中の温室効果ガス観測データを収集、解析しています。WDCGGの最新の解析結果では、平成27年(2015年)に世界の年平均二酸化炭素濃度が観測史上初めて400ppmの大台に達したことがわかりました。  これまで特定の場所や月に400ppmを超えることはありましたが、世界全体の年平均で400ppmに達したのは、産業革命以降では初めてです。大気中の二酸化炭素の濃度は、産業革命前にはおよそ280ppmでしたが、人間活動による排出で1.4倍ほどにまでに増えています。 コラム ■気象庁の温室効果ガス観測への貢献・重要性について 東北大学大学院 理学研究科 大気海洋変動観測研究センター 名誉教授・客員教授 中澤 高清  地球温暖化に対応するためには、原因となっている大気中の二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスが地球上にどのように分布し、どのように変動しているかを明らかにし、それをもとに温室効果ガスの発生・消滅(すなわち循環)や温暖化に伴う循環の変化を解明する必要があります。しかし、地球が広大であり、その表層には温室効果ガスに関与する諸要素が複雑に存在しているため、温室効果ガスの分布を詳細に把握することは容易でなく、国際協力の下に観測を進めなければなりません。また、温室効果ガスの変動は小さなものであり、それを精確に測定することによって意味のある情報が得られるので、高度な計測技術を要します。  気象庁は、昭和62(1987)年1月に岩手県大船渡市綾里で二酸化炭素の連続観測を開始し、その後、与那国島及び南鳥島での地上観測、西太平洋上の中部対流圏での航空機観測へと拡大するとともに、メタンなど他の温室効果ガスの観測も実施するようになりました。気象庁は、世界気象機関(WMO)を構成する一員として、同機関の全球大気監視(GAW)計画で合意された手順にしたがって温室効果ガスの観測を行っています。しかし、気象庁は、この手順を単に踏まえるだけでなく、内部で技術レベルの向上を図り、外部から参考意見を求めるなど、高精度データの取得とその品質管理のためにさらに努力し、信頼性の高いデータを蓄積、提供しています。同時に、温室効果ガス観測に不可欠な標準ガスの相互比較やデータベースの作成など、国内外の観測データの標準化にも大きな貢献を果たしてきました。  気象庁が観測を実施している地点は、経済発展が著しいアジア、特に東アジアの影響を強く受けています。東アジアは現在世界の人為起源二酸化炭素の30%以上を排出しており、メタンの排出も20%以上に及んでおり、大気中の温室効果ガスの実態や今後の動向を見きわめる上で最も重要な地域の一つです。したがって、気象庁が今後も高精度観測を長期に継続され、東アジアにおける今後の排出量変化の監視とその原因の理解に貢献することが強く望まれます。長期にわたる高品質データは、温暖化に伴って変化する温室効果ガスの循環を解明する上でも不可欠です。さらに、南アジアや東南アジアからの温室効果ガスの排出が今後大幅に増加すると考えられますので、これまでに観測経験がほとんど無い当該地域の国々への技術的助言・支援を行うことも重要な課題です。 第1部 気象業務の現状と今後 1章 国民の安全・安心を支える気象情報 1節  気象の監視・予測 (1)気象の警報、予報などの発表 ア.気象等の特別警報・警報・注意報などの防災気象情報  気象庁は、大雨や暴風などによって発生する災害の防止・軽減のため、気象等の特別警報・警報・注意報 (以下「特別警報・警報・注意報」)や気象情報などの防災気象情報を発表しています。さらに、常に市町村、都道府県、国の機関、報道機関等の防災関係機関との間で意見交換を行い、情報の内容や発表タイミングの改善を進め、効果的な防災活動の支援を行っています。 ○防災気象情報の種類  気象庁は、防災関係機関の活動や住民の安全確保行動の判断を支援するため、発生のおそれがある気象災害の重大さや可能性に応じて特別警報・警報・注意報を発表しています。また、災害に結びつくような激しい現象が予想される数日前から気象情報を発表し、現象の経過、予想、防災上の留意点等を解説します。このように防災気象情報は危険度の高まりに応じて段階的に発表されます。特別警報・警報・注意報及び気象情報には、以下のようなものがあります。 ○特別警報・警報・注意報 ・特別警報・警報・注意報の種類  現在、気象等に関する特別警報は6種類、警報は7種類、注意報は16種類あります。 ・特別警報・警報・注意報の発表区域と発表基準  特別警報・警報・注意報は、市町村単位で発表しており、発表基準は災害発生に密接に結びついた指標(風速、潮位や後述の雨量指数など)を用いて設定しています。警報・注意報の基準は、市町村ごとに過去の災害を網羅的に調査した上で、例えば「風速がこの値以上に到達すると命に危険が及ぶような重大な災害が発生するおそれがある」という値を暴風警報の基準に設定するなど、重大な災害の発生するおそれのある値を警報の基準に、災害の発生するおそれのある値を注意報の基準に設定しています。また、特別警報の基準は、数十年に一度という極めて希で異常な現象を対象として設定しています。そして、特別警報、警報、注意報は、基準に到達する現象(特別警報級、警報級、注意報級の現象)が予想されるときに発表しています。  なお、強い地震が発生したことにより地盤が脆弱となっている可能性の高い地域や、火山噴火により火山灰が堆積した地域等では、降雨に伴う災害が通常よりも起きやすくなりますので、通常よりも警戒を高めるため、都道府県などと協議の上で、大雨警報などの基準を暫定的な値に引き下げて運用することがあります。近年の例では、平成28年(2016年)熊本地震の発生により、一部の市町村で大雨警報・注意報及び洪水警報・注意報の基準を通常よりも引き下げて運用しています。 ・特別警報・警報・注意報及び警報級の可能性の発表  警報は、重大な災害が発生するような警報級の現象が概ね3~6時間先に予想されるときに発表することとしています。また、注意報は、注意報級の現象が概ね3~6時間先に予想されるときに発表するほか、警報級の現象が概ね6時間以上先に予想されているときには、警報の発表に先立って、警報に切り替える可能性が高い旨に言及した注意報を発表することとしています。例えば、翌日明け方に警報級の現象が予想される場合には、夕方の時点で「明け方までに○○警報に切り替える可能性が高い」のように発表しています。なお、こうした猶予時間(リードタイム)は、気象警報・注意報が防災関係機関や住民に伝わり安全確保行動がとられるまでにかかる時間を考慮して設けていますが、現象の予想が難しい場合には、リードタイムを確保できない場合もあります。  特別警報・警報・注意報は、特別警報級、警報級、注意報級の現象が予想される時間帯をそれぞれ紫、赤、黄色で表示するなど、危険度とその切迫度が一目で分かる色分け表示を行い、雨量、風速、潮位などの予想値も時間帯ごとに明示します(平成29年出水期より)。  また、警報級の現象が5日先までに予想されているときには、その可能性を「警報級の可能性」として[高]、[中]の2段階の確度を付して発表します(平成29年出水期より)。警報級の現象は、ひとたび発生すると命に危険が及ぶなど社会的影響が大きいため、可能性が高いことを表す[高]だけでなく、可能性が決して高くはないが一定程度認められることを表す[中]も発表しています。なお、[高]や[中]が発表されていなくても、天候の急激な変化に伴って警報発表となる場合もありますので、いつ警報発表となっても対応できるように、警報発表時の対応は普段から考えておくことが重要です。 ○土砂災害に関する防災気象情報  大雨によって土砂災害発生の危険度が高まるときには、危険度の高まりに応じて段階的に、大雨注意報、大雨警報(土砂災害)、土砂災害警戒情報等を発表しています。このうち、土砂災害警戒情報は、大雨警報(土砂災害)が発表されている状況で土砂災害発生の危険度がさらに高まったときに、市町村長の避難勧告や住民の自主避難の判断を支援するよう、対象となる市町村を特定して厳重な警戒を呼びかける防災情報で、都道府県と気象庁が共同で発表しています。さらに、大雨警報(土砂災害)等が発表されたときに実際にどこで危険度が高まっているかを面的に把握できるように、5km四方の領域ごとに危険度を5段階で表示した「土砂災害警戒判定メッシュ情報」を10分毎に発表しています。  大雨に伴って発生する土砂災害には、現在降っている雨だけでなく、これまでに降った雨による土壌中の水分量が深く関係しており、大雨警報(土砂災害)や土砂災害警戒情報等を発表する判断基準には、降った雨が土壌中に浸み込んで溜まっている量を指数化した「土壌雨量指数」を用いています。特に、土砂災害警戒情報の基準は、過去の土砂災害を網羅的に調査した上で「この基準を超えると過去の土砂災害発生時に匹敵する極めて危険な状況となり、この段階では命が奪われるような土砂災害がすでに発生していてもおかしくない」という基準を設定しており、この基準に到達するまでに安全な場所への避難行動を完了する必要があります。そこで、土砂災害警戒情報・大雨警報(土砂災害)・大雨注意報は、情報が発表され防災関係機関や住民に伝わり避難行動がとられるまでにかかる時間を確保するよう、2時間先までの土壌雨量指数等の予想を用いて発表の判断をしています。また、大雨警報(土砂災害)は土砂災害警戒情報よりも1時間程度前に、大雨注意報は大雨警報(土砂災害)のさらに1時間程度前に発表できるような基準を設定しています。  土砂災害は、建物に壊滅的な被害をもたらし一瞬のうちに尊い人命を奪ってしまう恐ろしい災害です。崖や渓流の付近など、土砂災害によって命の危険が及ぶおそれがあると認められる場所は、都道府県によって土砂災害危険箇所や土砂災害警戒区域等(以下「土砂災害警戒区域等」)に指定されています。  これらの区域等にお住まいの方は、自治体から発令される避難情報に留意するとともに、大雨警報(土砂災害)を参考に早めの自主避難を心がけてください。さらに、土砂災害警戒判定メッシュ情報において「土砂災害警戒情報の基準に到達すると予想」される薄い紫色が出現した場合、土砂災害がいつ発生してもおかしくない非常に危険な状況となっていて、まもなく土砂災害警戒情報が発表されます。土砂災害警戒区域等にお住まいの方は速やかに避難を開始し、「土砂災害警戒情報の基準にすでに到達」したことを示す濃い紫色が出現するまでに土砂災害警戒区域等の外の少しでも安全な場所への避難行動を完了しておくことが大変重要です。  大雨による土砂災害について、危険度の高まりに応じて段階的に発表される防災気象情報、市町村の対応例、住民の方にとっていただきたい行動等の概要を図のようにまとめました。 コラム ■大雨警報(浸水害)の改善効果 ~浸水害発生に密接に結びついた表面雨量指数の導入~  気象庁では、大雨警報(浸水害)・大雨注意報の改善に向けて、平成29年度出水期から、これまで発表基準に用いてきた雨量そのものよりも浸水害発生に密接に結びついた表面雨量指数を発表基準に用いることを計画しています(トピックスⅠ(3)参照)。平成13年から24年にかけて発生した浸水害に対して、雨量基準と表面雨量指数基準の災害捕捉状況を比較検証したところ、表面雨量指数基準は、これまでの雨量基準に比べて、より多くの浸水害を捕捉できるようになり、また、警報・注意報が発表されたときに浸水害が発生しないという状況(空振り)を大幅に減らすことができることが分かりました。  実際の事例で大雨警報(浸水害)の改善効果を見てみます。平成26年9月10日に、東京都23区を中心に雷を伴った猛烈な雨が降り、千代田区大手町では1時間に71.5ミリの非常に激しい雨を観測しました。この大雨で、23区を中心に浸水害が発生し、特に江戸川区では数多くの浸水害が発生しました。当日の雨量予想(23区:90ミリ、多摩北部・南部:60ミリ、多摩西部:40ミリ)に基づき、表面雨量指数基準による大雨警報(浸水害)・大雨注意報の発表シミュレーションを実施すると、これまでの雨量基準では警報発表となっていた多摩北部・南部では警報発表が回避され、23区に絞り込んで警報を発表できるという結果が得られます。さらに「大雨警報(浸水害)の危険度分布」では、実際に浸水害が発生した領域を取りこぼすことなく、危険度が高まっている領域を絞り込んで表示できることが分かります。  このように、表面雨量指数を導入することで、より的確に大雨警報(浸水害)・大雨注意報が発表されるようになります。 ○洪水害に関する防災気象情報  河川の上流域における降雨や融雪によって下流で洪水害発生の危険度が高まるときには、危険度の高まりに応じて洪水警報・注意報を発表しています。また、防災上重要な河川については、増水や氾濫などに対する水防活動や住民の自主避難の判断を支援するよう「指定河川洪水予報」を発表しています。 ・指定河川洪水予報  指定河川洪水予報は、あらかじめ指定した河川(洪水予報河川)について、区間を決めて水位または流量を示して行う洪水の予報で、河川管理者(国土交通省水管理・国土保全局、都道府県)と気象庁が共同で発表しています。気象庁は気象(降雨、融雪など)の予測、国土交通省や都道府県は水文状況(河川の水位または流量)の予測を担当して、緊密な連携のもとで洪水予報を行っています。洪水予報の標題は、洪水の危険度の高い順からそれぞれ「氾濫発生情報」「氾濫危険情報」「氾濫警戒情報」「氾濫注意情報」を河川名の後につなげたものです。また、洪水の危険度と水位を対応させて数値化した水位危険度レベルを情報に記載するなど、分かりやすい情報を目指しています。  想定される河川の氾濫が発生したときに氾濫した水によって押し流されてしまう家屋や最上階まで浸水してしまう家屋など、洪水予報河川の氾濫で命に危険が及ぶ場所にお住まいの方は、自治体から発令される避難情報に留意するとともに、指定河川洪水予報を参考に早めの自主避難を心がけてください。遅くとも氾濫危険情報が発表された時点で建物からの立退き避難を開始し、浸水想定区域の外の安全な場所に避難することが大変重要です。 ・洪水警報・注意報と洪水警報の危険度分布  洪水警報・注意報を発表する判断基準には、河川毎に上流域の降雨が地表面や地中を通って時間をかけて河川に流れ出し、さらに河川に沿って流れ下る量を指数化した「流域雨量指数」を用いており、例えば、洪水警報の基準は、過去の洪水害を網羅的に調査した上で「A川の流域雨量指数がこの値を超えると命に危険が及ぶような重大な洪水害が発生するおそれがある」という値を設定しています。洪水警報・注意報が発表されたときに、指定河川洪水予報の発表対象ではない水位周知河川やその他河川についても、どの河川のどの場所で洪水警報・注意報の基準に到達したかを面的に把握できるよう、洪水害発生の危険度の高まりを5段階に色分け表示した「洪水警報の危険度分布」を10分毎に発表します(平成29年出水期より)。山間部の流れの速い河川で水流によって川岸が削られて押し流されてしまう沿川の家屋、河川の氾濫が発生したときに最上階まで浸水してしまう家屋など、想定される中小河川の氾濫で命に危険が及ぶ家屋にお住まいの方は、自治体の避難情報や河川の水位情報に留意するとともに、実際に河川の水位が上昇するより前の早い段階から「洪水警報の危険度分布」を参考に早めの自主避難を心がけてください。「洪水警報の危険度分布」は、自分がいる場所に命の危険を及ぼす可能性のある河川の危険度を、上流地点の危険度も含めて確認してください。薄い紫色の危険度が出現した場合には、重大な洪水害がいつ発生してもおかしくない非常に危険な状況です。速やかに避難を開始し、濃い紫色の危険度が出現するまでに安全な場所への避難行動を完了しておくことが大変重要です。 ○高潮災害に関する防災気象情報 ・高潮警報・暴風警報等  台風や低気圧等の接近に伴う異常な海面の上昇により高潮災害が発生するおそれがあると予想されるときには高潮警報等(特別警報・警報・注意報)を発表しています。高潮警報等では、市町村長による避難勧告の発令区域の判断に資するよう、予想される最高潮位の標高(高潮の高さ)を明示しています。  高潮災害で命に危険が及ぶ範囲は高潮の高さによって大きく異なります。自治体のハザードマップなどで潮位(標高)に応じた浸水区域などをあらかじめご確認ください。高潮発生時に堤防を越えた波浪が直撃する家屋や氾濫した水に押し流されてしまう家屋などでは命に危険が及びます。そうした家屋にお住まいの方は、台風や急発達する低気圧の接近が予想されているときには、自治体から発令される避難情報に留意するとともに、高潮注意報が発表されたら予想最高潮位(高潮の高さ)を確認し、早めの自主避難を検討してください。避難する場合は予想最高潮位に応じて想定される浸水区域の外の安全な場所に避難することが大変重要です。  また、高潮災害が起こるような台風等の接近時には、潮位の上昇よりも先に暴風が吹き始め、屋外への立退き避難が困難となりますので、高潮警報を待つことなく、暴風警報が発表された時点で高潮災害から命を守るために必要な避難行動を開始することが重要です。なお、暴風警報は、暴風の吹き始める概ね3~6時間前に、暴風の吹き始める時間帯を明示して発表しています。 ○台風情報  台風がいつ頃どこに接近するかをお知らせするのが「台風情報」です。この情報は、様々な防災対策に利用できるよう、台風が我が国に近づくにつれてきめ細かく頻繁に発表します。気象庁は台風を常時監視しており、通常は3時間ごとに台風の中心位置、進行方向と速度、大きさ、強さの実況と最大3日先までの予報を、観測時刻の約50分後に発表します。予報では、台風の中心が70%の確率で進む範囲(予報円)と、台風の中心が予報円内に進んだ場合に暴風域(平均風速が毎秒25メートル以上の領域)に入るおそれのある範囲(暴風警戒域)を示します。更に、3日先以降も台風であると予想される場合には5日先までの進路予報を6時間ごとに行い、観測時刻から約90分後に発表します。  台風の勢力を示す目安として、風速をもとにして台風の「大きさ」と「強さ」を表現します。「大きさ」は平均風速が毎秒15メートル以上の強風の範囲(強風域)を、「強さ」は最大風速を基準にして表現を使い分けています。  台風が我が国に近づき、被害のおそれが出てきた場合には、上記の情報に加えて、台風の実況と1時間後の推定値を1時間ごとに、24時間先までの3時間刻みの予報を3時間ごとに発表します。また、72時間先までの「暴風域に入る確率」を各地域の時間変化のグラフ(3時間刻み)と日本周辺の分布図で示して6時間ごとに発表します。 ○(全般・地方・府県)気象情報  低気圧や前線などの災害に結びつくような激しい気象現象について、現象の経過、予想、防災上の留意点などを「気象情報」(「大雨に関する気象情報」など)として発表します。これらの情報では、図表を用いて最も注意すべき点を分かりやすく示す図形式での発表も行っています。また、少雨、高温、低温や日照不足など、長期間にわたり社会的に大きな影響を及ぼす天候の状況についても「気象情報」(「高温に関する気象情報」など)として発表します。 ○記録的短時間大雨情報  大雨警報の発表中に、数年に一度しか発生しないような短時間の大雨を観測した場合には「記録的短時間大雨情報」を発表します。この情報が発表された地域では土砂災害や浸水害の発生につながるような猛烈な雨が降っていることを意味しています。地元自治体の発令する避難に関する情報に留意し、速やかに安全確保行動をとってください。 ○雨の実況と予測情報(解析雨量、降水短時間予報、高解像度降水ナウキャスト)  「解析雨量」は、雨量分布を把握できるように、気象レーダー観測で得られた雨の分布を、アメダスなどの雨量計で観測された実際の雨量で補正し、1時間雨量の分布を1km四方の細かさで解析し、30分間隔で発表します。  「降水短時間予報」は、目先数時間に予想される雨量分布を把握できるように解析雨量をもとに、雨域の移動、地形による雨雲の発達・衰弱や数値予報の予測雨量などを考慮して、6時間先までの各1時間雨量を1km四方の細かさで予測し、30分間隔で発表します。  さらに、極めて短時間に変化する雨にも対応するため、より即時的にきめ細かな予測情報を提供するのが「高解像度降水ナウキャスト」です。5分ごとの降水量と降水の強さの分布を250m四方の細かさ(30分先まで。35分から60分先までは1km四方 単位)で予測するもので、情報は5分間隔で更新されます。また、30分後までの「強い降水域」や、竜巻・落雷の危険が高まっている「竜巻発生確度2又は雷活動度4」等の領域を1枚の画像に重ねて表示することができます。さらに、スマートフォンからアクセスした場合は、自動的にスマートフォン用ページが表示されます。高解像度降水ナウキャストの解析・予測には全国20カ所の気象ドップラーレーダーのデータに加え、気象庁・国土交通省・地方自治体が保有する全国約10,000カ所の雨量計の観測データ、ウィンドプロファイラやラジオゾンデの高層観測データ、国土交通省のXバンドMPレーダのデータも活用しています。また、最新の技術を用いて降水域の内部を立体的に解析することにより精度向上を図っています。 ○積乱雲に伴う激しい気象現象に関する情報 ・竜巻発生確度ナウキャストと竜巻注意情報  積乱雲に伴う竜巻などの激しい突風から身の安全を確保していただくための気象情報として、「竜巻発生確度ナウキャスト」及び「竜巻注意情報」を発表しています。「竜巻発生確度ナウキャスト」は、気象ドップラーレーダーの観測などを基に、竜巻などの激しい突風が発生する可能性の程度を10km格子単位で解析し、その1時間後(10~60分先)までの予測を行うもので、10分ごとに発表します。  「竜巻発生確度ナウキャスト」を利用することにより、竜巻などが発生する可能性の高い地域や刻々と変わる状況を詳細に把握することができます。「竜巻注意情報」は、竜巻発生確度ナウキャストで発生確度2が現れた地域に発表しているほか、目撃情報が得られて竜巻の継続や新たな竜巻の発生するおそれが高い状態が続くと判断した場合にも発表しています。竜巻注意情報が発表されたときには、情報の発表から1時間程度は竜巻などの激しい突風に対する注意が必要です。 ・雷ナウキャスト  落雷による被害を防ぐための気象情報として、「雷ナウキャスト」を発表しています。「雷ナウキャスト」は、雷監視システムによる雷放電の検知及びレーダー観測などを基に、雷の激しさや雷の可能性を1km格子単位で解析し、その1時間後(10分~60分先)までの予測を行うもので、10分ごとに発表します。雷の激しさや雷の発生可能性は、活動度1~4で表します。このうち活動度2~4となったときには、既に積乱雲が発達しており、いつ落雷があってもおかしくない状況です。屋外にいる人は建物の中に移動するなど安全の確保に努めてください。 ○防災気象情報の伝達と自治体支援の取組  気象庁が発表する特別警報・警報・注意報や気象情報などの防災気象情報は、テレビ・ラジオ等の報道機関や気象庁ホームページ等を通じて住民に提供しているほか、都道府県や消防庁を通じて自治体等の防災関係機関に伝達しています。気象災害の被害軽減のためには、防災気象情報が自治体などに迅速かつ確実に伝わることはもとより、情報の受け手がその意味を正しく理解して避難勧告等の発令を判断するなど、適切な防災対応につなげることが非常に重要です。各地の気象台では、自治体が防災に関する計画や避難勧告等の発令基準を定める際に、防災気象情報の活用方法について個別にアドバイスを行ったり、自治体等の防災担当者に対する説明会や研修などで情報の活用について積極的に説明を行ったりしています。また、台風の接近など災害の発生が危惧される場合には、自治体等の防災関係機関に対して気象状況の事前説明を行い、電話等で気象状況や今後の見通しを積極的に伝え、事態の推移によっては自治体の災害対策本部に気象台から直接出向いて説明するなど、気象台が持つ危機感を常に共有することで適切な防災対応につながるよう自治体を支援しています。 (2)天気予報、週間天気予報、季節予報  天気は、日々の生活と密接にかかわっています。例えば、今日は傘を持って行った方がよいかとか、週末に予定している旅行はどんな服装をすればよいかといった時に、天気予報が役に立ちます。 ア.天気予報  天気予報には、「府県天気予報」、「地方天気分布予報」、「地域時系列予報」の三つの種類があります。「府県天気予報」は、今日から明後日までの一日ごとの天気をおおまかに把握するのに適しています。 「地方天気分布予報」は、天気などの面的な分布が一目でわかるので、例えば府県天気予報で「曇り時々雨」となっていた場合、雨がどの地域でいつごろ降るのかといったことを把握するのに適しています。「地域時系列予報」は、ある地域の天気や気温、風の時間ごとの移り変わりを知るのに便利な予報です。また、平成29年度からは、翌日までの警報級の現象の発生のおそれを積極的に伝えるため、府県天気予報の発表に合わせて、警報級の現象になる可能性を[高][中]といった可能性の度合いを付して提供します(56ページ参照)。 イ.週間天気予報  週間天気予報は、発表日の翌日から1週間先までの毎日の天気、最高・最低気温、降水確率を、1日2回、11時と17時に発表しています。週間天気予報では、今日や明日の予報に比べてさらに先を予報するので予報を適中させることが難しくなります。このため天気については信頼度を、気温については予測範囲をあわせて示しています。信頼度は、3日目以降の降水の有無について、「予報が適中しやすい」ことと「予報が変わりにくい」ことを表し、予報の確度が高いほうから順にA、B、Cの3段階で表現します。気温の予測範囲は、「24℃~27℃」のように予想される気温の範囲を示しており、実際の気温がこの気温の範囲に入る確率はおよそ80%です。これらの情報によって、例えば同じ晴れ時々曇りという予報 でも、どれくらいの確度の予報かを知ることができます。また、平成29年度からは、明後日から5日先までの警報級の現象の発生のおそれを積極的に伝えるため、週間天気予報の発表に合わせて、警報級の現象になる可能性を[高][中]といった可能性の度合いを付して提供します(56ページ参照)。 ウ.季節予報  季節予報には、予報期間別に、2週間程度先までを予報する異常天候早期警戒情報、1か月先までを予報する1か月予報、3か月先までを予報する3か月予報、6か月先までを予報する暖候期予報・寒候期予報があり、それぞれの期間について、平均的な気温や降水量などを、予報区単位で予報しています。平均的な気温や降水量などは、3つの階級(「低い(少ない)」、「平年並」、「高い (多い)」)に分け、それぞれの階級が出現する可能性を確率で表現しています。「異常天候早期警戒情報」については、2週間程度先までの7日間平均気温や7日間降雪量が平年から大きく隔たる可能性が高いと予測した場合に発表します。それぞれの予報の内容と発表日時は表のとおりです。また、地方季節予報で用いる予報区分は図のとおりです。 (3)船舶の安全などのための情報  船舶の運航には、台風や発達中の低気圧などによる荒天時の安全性のほか、海上輸送における経済性や定時性などの確保が求められます。  このため、日本近海や外洋を航行する船舶向けに、海上における風向・風速、波の高さ、海面水温、海流などの予報や強風・濃霧・着氷などの警報を、通信衛星(インマルサット)による衛星放送、ナブテックス無線放送、NHKラジオ(漁業気象通報)などにより提供しています。さらに、平成27年(2015年)3月から、気象現象の空間的な分布や推移を分かりやすく示した、図形式の地方海上分布予報を提供しています。 ア.日本近海に関する情報  日本の沿岸から300海里(およそ560キロメートル)以内を12に分けた海域ごとに、低気圧などに関する情報とともに、天気や風向・風速、波の高さなどの予報、強風・濃霧・着氷などの警報を発表しています。これらの予報や警報などは、地方海上予報や地方海上警報として、ナブテックス無線放送(英文・和文放送)によって日本近海を航行する船舶に提供しています。ナブテックス無線放送では、これらの予報や警報に加えて、津波や火山現象に関する予報や警報も提供しています。  主に日本近海で操業する漁船向けには、台風、高・低気圧、前線などの実況と予想、陸上や海上における気象の実況情報を、漁業気象通報としてNHKラジオを通じて提供しています。また、天気概況や気象の実況情報、海上予報・警報などを、漁業無線気象通報として漁業用海岸局を通じて提供しています。  また、地方海上予報・警報の内容の詳細なイメージを補足する情報として24時間先までの風、波、視程(霧)、着氷、天気の分布予想を図形式にした地方海上分布予報を気象庁ホームページに掲載しています。  さらに、海上の警報の内容も記述した実況天気図や、海上の悪天(強風・濃霧・海氷・着氷)の予想も記述した予想天気図(海上悪天24時間予想図、同48時間予想図)、台風(120時間先までの進路予報及び72時間先までの強度予報)、波浪、海面水温、海流、海氷などの実況や予想などの図情報を、短波放送による気象庁気象無線模写通報(JMH)により提供しています。 イ.外洋に関する情報  「1974年の海上における人命の安全のための国際条約」(SOLAS条約)に基づき、気象庁の責任分担海域である北西太平洋(概ね赤道から北緯60度、東経100度から180度に囲まれる海域)を対象に、緯度・経度で地域を明示して、低気圧や台風に関する情報とともに海上の強風・暴風や濃霧の警報を、通信衛星(インマルサット)を介して、セーフティネット気象予報警報(無線英文放送)として船舶関係者向けに提供しています。 (4)その他の情報 ア.光化学スモッグなどの被害軽減に寄与するための情報提供  気象庁は、晴れて日射が強く、風が弱いなど、光化学スモッグなどの大気汚染に関連する気象状況を都道府県に通報するとともに、光化学スモッグが発生しやすい気象状況が予想される場合には「スモッグ気象情報」や翌日を対象とした「全般スモッグ気象情報」を広く一般に発表しています。また、環境省と共同で光化学スモッグに関連する情報をホームページで提供しています。 イ.熱中症についての注意喚起  一般的な注意事項として熱中症も含めた高温時における健康管理への注意を呼びかけることを目的として、高温注意情報、異常天候早期警戒情報や日々の天気概況、気象情報の中でも、熱中症への注意の呼びかけを盛り込んで発表しています。  平成27年度からは、高温注意情報(概ね35℃以上※の高温が予想される場合)の発表を5時頃から17時頃の間に随時発表するように、又、高温注意情報を発表した場合だけでなく概ね真夏日(最高気温30℃以上)が予想される場合にも日々の天気概況で注意を呼びかけるよう改善を図りました。  地方別、都道府県別の高温注意情報の発表状況、内容、気温予想グラフは気象庁ホームページで確認できます(http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kurashi/netsu.html)。また、テレビ等の報道機関や関係機関を通じて伝えられますので、暑さを避け、水分をこまめに補給するなど、特に健康管理に十分気をつけてください。  ※ 一部の地域では35℃以外を用いています。 2節 気象の観測・監視と情報の発表 (1)地上気象観測  気象台や測候所、特別地域気象観測所では気圧、気温、湿度、風向・風速、降水量、日照時間などの地上気象観測を行っています。また、集中豪雨等の局地的な気象の把握を目的として、これらの気象官署を含めた全国各地の約1,300か所で、自動観測を行うアメダス(地域気象観測システム)により、降水量などを観測しています。このうち、約840か所では降水量に加えて、気温、風向・風速、日照時間を、また、豪雪地帯などの約320か所では積雪の深さを観測しています。 (2)レーダー気象観測  全国20か所に設置した気象レーダーにより降水の観測を行っています。気象レーダーは、パラボラアンテナから電波を発射し、雨などによって反射された電波を受信することにより、どの位置にどの程度の強さの降水があるかを把握することができます。各レーダーの観測結果を組み合わせることにより、日本の陸域とその近海における降水の分布と強さを5分ごとに観測しています。また、電波のドップラー効果を利用して、風で流される雨粒や雪の動きを観測できる機能も備えており、集中豪雨や竜巻などの突風をもたらす積乱雲内部の詳細な風の分布の把握を行っています。観測成果は、気象庁ホームページ等で提供される他、天気予報や大雨警報などの気象情報の発表に利用しています。 (3)高層気象観測 ア.ラジオゾンデ観測  天気に影響する低気圧や高気圧などの予測を精度よく行うためには、これらの動きに大きく関連している上空の大気の観測が必要になります。このため、全国16地点で毎日決まった時刻(日本標準時09時、21時)に「ラジオゾンデ」という観測機器を気球に吊るして飛揚させ、地上から約30キロメートル上空までの気圧(高度)、気温、湿度及び風を観測しています。  ラジオゾンデの観測資料は、天気予報のほかに航空機の運航管理などにも利用されています。また、近年は、地球温暖化をはじめとした気候問題への関心が高まり、対流圏や成層圏の気温変化の監視など気候分野においても重要な役割を果たしています。 イ.ウィンドプロファイラ観測  ウィンドプロファイラは地上から上空に向けて電波を発射し、気流の乱れや雨粒によって散乱されて戻ってきた電波を受信し、ドップラー効果を利用して上空の風向・風速を300メートルの高度間隔で10分毎に観測します。気象条件によって観測データが得られる高度は変動しますが、最大12キロメートル程度までの上空の風向・風速が観測できます。全国33か所に設置したウィンドプロファイラの観測データは、実況監視や数値予報に利用され、大雨や突風等の解析や予測に必要不可欠なものとなっています。 (4)静止気象衛星観測  気象庁は、昭和52年(1977年)の初号機の打上げ以来40 年にわたって、静止気象衛星「ひまわり」による観測を続けてきました。平成27年(2015年)7月7日からは「ひまわり8号」が観測を行っています。さらに、平成28年(2016年)11月2日には後継機である「ひまわり9号」を打ち上げました。平成34年(2022年)からは、「ひまわり8号」と役割を交代して、「ひまわり9号」が観測を行う予定です。「ひまわり8号・9号」の二機体制により、平成41年までの長期にわたって安定的に観測を継続します。  静止気象衛星の最大の利点は、同じ地域を常に観測できるという点です。東経140度付近の赤道上空約35,800キロメートルの静止軌道上にあることで、地球の自転周期に合わせて周回することとなり、日本を含む東アジア・西太平洋地域の広い範囲を、24時間常時観測することができます。特に、観測地点が少ない海上の台風を監視するために不可欠な観測手段となっています。  同じ地域を常に観測できる「ひまわり」の利点を活かして、連続した衛星画像から雲の移動量を解析することにより、上空の風(風向・風速)を算出できます。この風の分布は、気象の観測所が存在しない地域や海上においても算出可能なため、数値予報における重要なデータとなっています。「ひまわり8号」では、短い時間間隔で高い分解能の画像を撮影でき、さらに、画像の種類も増えたため、この観測データを活用することで、従来より高い頻度、高い密度、多様な高度、高い精度で上空の風を算出できるようになりました(下図)。  このほかにも、「ひまわり」の観測データは、上空の黄砂や火山灰の監視、海面水温の算出や流氷の監視などに幅広く利用されています。さらに、この観測データは、日本のみならずアジア・太平洋地域を中心とした世界各国でも利用されています。  また、「ひまわり」にはデータを中継する通信機能もあり、国内外の離島などに設置された観測装置の気象データや潮位(津波)データ、国内主要地点の震度データなどの収集に活用されています。 コラム ■「ひまわり」衛星データの活用 ~高分解能雲情報~  気象衛星センターでは、「ひまわり」が観測したデータを数値予報データなどと組み合わせて、各種気象情報作成の基となる「衛星プロダクト」として、世界中に配信しています。  平成27年(2015年)7月からは「ひまわり8号」で新たに追加された多数の波長帯(バンド)の高解像度な観測データを活用して、従来の「雲量格子点情報」を高度化した「高分解能雲情報」を提供しています。これは「ひまわり」が観測したデータを用いて、「雲の有無、ダストの有無、雪氷の有無、雲型、雲頂高度」を赤外画像の1画素分に相当する緯経度0.02度(赤道直下で2km)格子で推定したものです。従来よりも空間分解能が向上し、さらに、提供領域も拡大しました。この情報は国内の気象官署や民間気象事業者等に加えて海外の気象機関にも配信され、気象の実況監視や予報等に活用されています。 (5)潮位・波浪観測  気象庁では、高潮・副振動・異常潮位・高波等による沿岸の施設等への被害の防止・軽減のため、全国各地で潮位(潮汐)と波浪の観測を行っています。潮位の観測は検潮所や津波観測点の観測装置、波浪の観測は沿岸波浪計、ブイ、観測船を使用して行っています。また、他機関の観測データも活用してきめ細かい実況の監視に努めています。  一方、スーパーコンピュータを用いた高潮モデルや波浪モデルにより、それぞれ潮位や波浪の予測値を計算しています。これらの資料と実況監視データを用いて、各地の気象台では、高潮特別警報・高潮警報・高潮注意報、波浪特別警報・波浪警報・波浪注意報、気象情報や潮位情報を発表し、沿岸域での浸水等の被害や船舶の海難事故に対する注意・警戒を呼びかけています。 (6)地磁気観測  気象庁は、地球環境の変動を監視するために、茨城県石岡市柿岡に地磁気観測所をおき、女満別(北海道網走郡大空町)、鹿屋(鹿児島県鹿屋市)、父島(東京都小笠原村)の計4地点で定常的な地磁気の観測を行っています。柿岡では1913年以来、高い精度の地磁気観測を続けており、東アジア・西太平洋地域を代表する重要な観測所のひとつとなっています。観測成果は、太陽と地球を取り巻く環境の監視、航空機及び船舶の安全運航の確保、無線通信障害の警報、火山噴火予知等に利活用されています。  現在、方位磁針の指す向きは、東京付近で真北から約7度西にずれていますが、伊能忠敬が地図を作製した200年ほど前はほぼ真北を向いていました。このような長期的な変化は永年変化と呼ばれ、地球内部の対流に起因しています。地磁気の大きさの分布は一様ではなく、また、地磁気の強弱は地表に到達する宇宙線の増減につながるなど、地磁気観測は地球環境に与える影響監視のためのひとつの手段となっています。  地磁気は短時間の間にも常に変化しており、太陽表面の爆発に伴って地磁気が激しく変化する磁気嵐などは、電波通信や送電システムの障害、人工衛星の運用トラブルなど社会生活に影響を与えるため、磁気嵐や地磁気活動状況等の情報を公開し、NICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)が行う「宇宙天気予報」の精度向上に貢献しています。  また、火山を構成する岩石は磁気を帯びています。山体内部の温度上昇や圧力増加等により、その磁気は変化する性質があります。この性質を利用し、草津白根山等の活動的火山で地磁気の観測を行って火山活動状況の変化を監視し、その観測成果を関係機関に提供しています。 3節 異常気象などの監視・予測 (1)異常気象の監視  気象庁では、原則として「ある場所(地域)・ある時期(週、月、季節等)において30年間に1回以下の頻度で発生する現象」を異常気象としています。  気象庁では、世界中から収集した観測データ等をもとに、我が国や世界各地で発生する異常気象を監視して、極端な高温・低温や多雨・少雨などが観測された地域や気象災害について、週ごとや月ごと、季節ごとにとりまとめて発表しています。また、社会的に大きな影響をもたらす異常気象が発生した場合は、特徴と要因、見通しをまとめた情報を随時発表し、気象庁ホームページでも公表しています。 例えば、平成28年(2016年)は、東南アジアの少雨や中国長江流域の多雨に関する情報等を発表しました。  さらに、我が国への影響が大きな異常気象が発生した場合は、異常気象分析検討会(写真)を開催し、大学・研究機関等の第一線の研究者の協力を得て最新の科学的知見に基づいた分析を行い、異常気象の発生要因等に関する見解を迅速に発表します。最近では、平成25年(2013年)夏の日本の極端な天候や平成26年(2014年)8月の不順な天候に関して異常気象分析検討会を開催し、分析結果を発表しています。 (2)エルニーニョ/ラニーニャ現象等の監視と予測  エルニーニョ現象は、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象です。逆に、同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続く現象はラニーニャ現象と呼ばれ、それぞれ数年おきに発生します。エルニーニョ現象やラニーニャ現象が発生すると、日本を含む世界の様々な地域で多雨・少雨・高温・低温など、通常とは異なる天候が現れやすくなります。また、西太平洋熱帯域やインド洋熱帯域の海面水温の状態も日本や世界の天候に影響を与えます。  気象庁では、エルニーニョ/ラニーニャ現象、西太平洋熱帯域とインド洋熱帯域における海洋変動に関する最新の状況と6か月先までの見通しを、「エルニーニョ監視速報」として毎月10日頃に発表しています。 4節 気象庁の基盤情報システムとインターネットを通じた情報発信  気象庁では、国内外の関係機関から気象などの観測データを収集し、これを解析、予測することで、特別警報・警報・注意報などの防災気象情報を作成し、防災関係機関や報道機関を通して広く国民に伝達しています。観測データの収集や情報伝達、解析や予測には気象資料総合処理システム(COSMETS)を使用しています。気象資料総合処理システムは解析や予測を担うスーパーコンピュータシステムと通信機能を担う気象情報伝送処理システムの2つのシステムで構成されています。スーパーコンピュータシステムは、世界各地の観測データ、気象衛星(ひまわり)の観測データなどを使って気圧や気温など大気の状態を詳しく解析し、さらに解析結果から物理法則に基づくモデル計算により大気の今後の変化を予測します。気象情報伝送処理システムは、最新の地上・高層気象観測や気象レーダー観測のデータ、沿岸波浪計や潮位計、船舶などによる海洋観測のデータ、震度観測データなどのほか、都道府県などが行う雨量観測や震度観測などのデータを収集しています。また、世界の気象機関が協力して運用する全球通信システム(GTS)の通信中枢として関係国と観測データの交換を行っています。これらの観測データ、解析・予測の情報、地震・津波や火山に関する情報を、国内の気象官署や防災関係機関、外国の気象機関などに提供するとともに、民間気象業務支援センターを通じて民間の気象事業者や報道機関などに提供しています。各気象台との情報伝達経路となる国内の基盤通信網を2重化していることに加え、東日本と西日本にそれぞれ中枢を持つ気象情報伝送処理システムは相互バックアップ機能を有しており、大規模災害時にも安定して各種観測データの収集や予報、防災情報などの伝達を継続できるように信頼性の向上を図っています。 (1)WMO情報システム(WIS)  WMO情報システム(WIS:WMO Information System)は、気象に関するデータやプロダクトなどの情報を国際的に効率よく交換・提供するために、WMOが新たに構築した基盤情報網です。従来のGTSに各種気象情報を統合し、統一された情報カタログを整備することで検索やアクセスが容易になり、気象情報の有効活用が図られています。  WISは、中核となる全球情報システムセンター(GISC:Global Information System Centre)、各種気象情報を提供するデータ収集作成センター(DCPC:Data Collection or Production Centre)、各国気象局など(NC:National Centre)から構成されます。  世界中のデータやカタログの管理・交換を行うGISCは、気象庁を含め世界に15か所配置され、責任地域を分担してWMO各地区をカバーしています。気象庁は、このGISCと8つのDCPCの運用を、世界に先駆けて平成23(2011)年8月から開始しました。  気象庁は第Ⅱ地区のカンボジア、タイ、ベトナム、ミャンマー、ラオスおよび第Ⅴ地区ながら台風などで連携の強いフィリピンをGISC東京の責任域国とし、WISに関する技術支援を積極的に行い、国際貢献と我が国の国際的プレゼンスの向上を図っています。 (2)気象庁ホームページ  気象庁ホームページでは、大雨、地震・津波、火山噴火等に関する防災情報を掲載しています。掲載している防災情報には、警報・注意報や予報等を文字や表で伝えるものに加え、降水の実況と短時間予報を好みの範囲で表示させることが出来る高解像度降水ナウキャストといった図情報も豊富にあります。また、これらの防災情報の解説や効果的な利用方法も合わせて掲載しています。台風が接近している時などは、気象庁ホームページへのアクセスが急増し、1日で5,000万ページビューを超えることもあります。 (3)防災情報提供センター  国土交通省は、省内の各部局等が保有する様々な防災情報を集約して、インターネットを通じて国民の皆様へ一つのホームページから提供するため、「防災情報提供センター」というウェブサイト(http://www.mlit.go.jp/saigai/bosaijoho/)を運用しており、その運営は気象庁が担当しています。  このウェブサイトからは、国土交通省の各部局等や都道府県などの雨量情報を一覧できる「リアルタイム雨量」や国土交通省内の各レーダーそれぞれの長所を活かして統合した「リアルタイムレーダー」をはじめ、河川、道路、気象、地震、火山、海洋などの各種の災害・防災情報を容易に入手することができます。  また、携帯端末向けのホームページ(http://www.mlit.go.jp/saigai/bosaijoho/i-index.html)では、屋外などパソコンが使えないような場所でも、気象警報、竜巻や降水のナウキャスト情報などの気象情報のほか、津波警報や潮位情報等の防災情報を入手できるようにしています。 2章 地震・津波と火山に関する情報 1節 地震・津波に関する情報の発表・伝達及び利活用  地震による災害には、主に地震の揺れ(地震動)によるものと、地震に伴って発生する津波によるものとがあります。これらの災害を軽減するため、気象庁は、地震と津波を24時間体制で監視し、その発生時には、予測や観測結果の情報を迅速に発表します。地震発生直後の地震及び津波の情報は、防災関係機関の初動対応などに活用されています。 (1)地震に関する情報  気象庁は、全国約300か所に設置した地震計や国立研究開発法人防災科学技術研究所や大学の地震計のデータを集約して、地震の発生を24時間体制で監視しています。また、地面の揺れの強さ(震度)を測る震度計を全国約670か所に設置し、地震発生時には、これらの震度計及び地方公共団体や国立研究開発法人防災科学技術研究所が設置した震度計のデータを集約(全国で合計約4,400か所)しています。気象庁は、これらのデータを基に地震発生時には次の情報を発表しています。 ア.緊急地震速報(地震動特別警報・地震動警報・地震動予報)  緊急地震速報は、地震の発生直後に震源に近い地震計で捉えた観測データを解析して、震源や地震の規模(マグニチュード)を直ちに推定し、これに基づいて各地での主要動の到達時刻や震度を予測し、可能な限り素早く知らせる情報です。この情報により、強い揺れの前に、自らの身を守ったり、列車のスピードを落としたり、工場等で機械制御を行ったりして、被害の軽減が図られています。気象庁は、最大震度5弱以上の揺れを予想した際には、震度4以上の揺れが予想される地域に対し、地震動特別警報(震度6弱以上の揺れが予想される場合)・地震動警報に相当する緊急地震速報(警報)を発表し、強い揺れに警戒する必要があることをテレビ・ラジオ・携帯電話等を通じてお知らせします。また、マグニチュードが3.5以上又は最大予測震度が3以上である場合等には、緊急地震速報(予報)を発表します。民間の予報業務許可事業者は、緊急地震速報(予報)の震源やマグニチュードを用いて、特定の地点の主要動の到達時刻や震度を予報し、ユーザーに対して専用端末等を通じ、音声や文字等で知らせたり、機械を制御する信号を発したりする個別のサービスを行っています。 イ.観測した結果を整理した情報  気象庁は、観測した地震波形などのデータから推定した震源の位置、マグニチュードや観測した震度などの情報を迅速に発表しています。地震発生の約1分半後に震度3以上を観測した地域をお知らせする「震度速報」のほか、震源の位置や震度3以上を観測した市町村名などをお知らせする「震源・震度に関する情報」など、観測データを基に順次詳細な情報を発表します。震度の情報はテレビやラジオなどで報道されるだけでなく、防災関係機関の初動対応や災害応急対策の基準としての役割があります。そのため、地面の揺れを的確に観測できるよう検定に合格した震度計を使用し、設置方法等にも基準を設けています。また、地方公共団体の震度計についても同様の基準を満たすよう、地方気象台が技術的なアドバイスを行っています。さらに、高層ビル等における地震後の防災対応等に資するため、観測された長周期地震動階級などをお知らせする「長周期地震動に関する観測情報」を、気象庁ホームページで平成25年3月から試行的に提供しています。 (2)津波に関する情報  気象庁は、地震により発生した津波が日本沿岸に到達するおそれがある場合には津波警報等を発表するとともに、津波の到達予想時刻や予想される津波の高さを津波情報として発表します。また、気象庁や関係機関が沿岸及び沖合に設置した約380か所の観測施設のデータを活用して津波を監視し、津波が観測されるとその観測結果を津波情報として発表します。沖合の津波観測施設としては、ケーブル式海底津波計やGPS波浪計を活用しています。 ① 津波警報・注意報、津波予報、津波情報  海域で規模の大きな地震が発生し、地震と同時に発生する地殻変動によって海底面が大きく持ち上がったり下がったりすると、津波が発生します。気象庁は、陸域へ浸水するなど重大な災害が起こるおそれのある津波が予想される場合には「津波警報」(高さ1~ 3メートル)を、より甚大な災害となるおそれがある場合は特別警報に位置付けられている「大津波警報」(高さ3メートル超)を、海の中や海岸、河口付近で災害の起こるおそれのある津波が予想される場合には「津波注意報」(高さ0.2~1メートル)を全国66に分けた津波予報区単位で発表します。なお、地震発生後、津波が予想されるものの災害が起こるおそれがない0.2メートル未満の高さの場合には、「津波予報」(若干の海面変動)を発表します。  ただし、マグニチュード8を超えるような巨大地震が発生した場合は、地震発生から数分程度では地震の規模を精度よく求めることができないため、その海域における最大級の津波を想定して津波警報の第1報を発表します。このとき、非常事態であることを簡潔に伝えるため、予想される津波の高さを「巨大」(大津波警報の場合)、「高い」 (津波警報の場合)という言葉で発表します。このような表現を用いた場合でも、地震発生から15分ほどで精度よく地震の規模を把握し、それに基づき津波警報を更新し、予想される津波の高さを数値で発表しなおします。  津波警報等の発表後、沖合で津波を観測した場合には、間もなく沿岸に津波が到達する可能性が高いことから、その観測点における第一波の到達時刻、最大の高さなどの観測値に加え、その観測値から推定される沿岸での津波の到達時刻や高さの予想を津波情報(沖合の津波観測に関する情報)で発表します。  また、沿岸で津波を観測した場合には、観測した事実を速やかに知らせるため、第一波の到達時刻、最大の高さなどの観測値を津波情報(津波観測に関する情報)で発表します。 (3)地震・津波に関する地方公共団体との連携・協力 ア.地震・津波災害発生時の地方公共団体への協力  日本は、世界でも有数の地震大国であり、日本とその周辺で発生する地震は年間約10万回、震度1以上の地震は、約2,000回発生しています。そのうち、地方公共団体が防災対応をとる目安となる震度4以上の地震は、年間およそ30~60回ほど発生しています。  地震や津波の発生により、国内で被害が予想される場合や被害が発生した場合に、自治体や防災機関が災害応急対策や災害復旧・復興を迅速かつ的確に検討・実施するためには、地震・津波の発生状況や今後の見通し等を迅速かつ的確に把握する必要があります。  このことから気象庁は、自治体や防災機関が行う防災対応を支援するため、地震発生後、速やかに地震や津波の情報を発表するほか、最大震度が4以上の地震が発生した場合あるいは津波注意報以上を発表した場合には、地震や津波警報等の概要、震度分布図や推計震度分布図等、全体の把握に役立つ図表を取りまとめて、地震解説資料(速報版)を地震発生から30分程度を目処に提供しています。  さらに最大震度が5弱以上あるいは津波注意報以上を発表した場合等では、自治体の災害対策本部等で災害応急対応やその後の災害復旧・復興対策を検討する可能性が高まることから、地震や津波のより詳しい状況等を取りまとめ、地震解説資料(詳細版)または報道発表資料を地震発生から1~2時間を目処に提供しています。また、状況によっては、自治体へ直接電話をかけたり災害対策本部等へ気象庁職員を派遣したりし、地域特性や今後の見通し、警戒すべき事項等の詳しい解説を行っています。 イ.平時における地域防災力の向上の取り組み ○防災知識の普及啓発  地震や津波は突発的に発生することから、被害の防止・軽減を図るためには、まず住民自身が自分の身を守り、さらに地域住民で助け合うことが大変重要となります。気象庁では、地方公共団体等と連携した住民に対する防災知識の普及啓発に積極的に取り組んでおり、これらを通じた自助・共助の高まりによって地域防災力の向上を図っています。平成28年度には、豊島区や日本赤十字社、内閣府、文部科学省との共催により、大地震への備えを呼びかける体験型の防災イベントを実施しました(第1部6章コラム参照)。このように地震・津波災害への理解を深め平時からの備えについて考える防災講演会や防災イベントは、全国の気象台でも地元の防災関係機関と連携して実施しています。また、緊急地震速報の訓練を全国的な訓練として実施することや、地方公共団体が実施する防災訓練がさらに実践的な訓練内容となるよう協力すること等を通じて、地方公共団体と連携した地域防災力の向上に積極的に取り組んでいます。 ○陸域の浅い地震への備え  「平成28年(2016年)熊本地震」は、「陸域の浅い場所」で発生した地震で、甚大な被害が発生しました。このことを踏まえて、住民一人ひとりが「陸域の浅い地震」というものをよく理解して、事前の備えを進めていただけるよう、文部科学省と気象庁が共同で普及啓発資料「活断層の地震に備える-陸域の浅い地震-」を作成しました。この資料は、全国版と地方版(全国を8地域に分割)の2種類があり、陸域の浅い地震が起こる仕組みや主要活断層の評価、過去の被害などを説明し、地方版では更にその地域にある活断層や予想される揺れなど、地域の特徴を詳しく解説しています。  文部科学省と気象庁では、この資料をもとに「陸域の浅い地震」に対する事前の備えが進むよう、平成29年2月に東京都豊島区で防災イベントを実施して、住民の方々に活用を呼びかけました。また、今後は自治体の防災担当者を対象とした勉強会などを実施して、自治体から地域住民への普及啓発にも本資料を活用していただけるよう働きかけを行います。更に、学校関係者にも広くお知らせして、学校での防災教育にも活用していただきたいと考えています。 コラム ■「陸域の浅い地震」  「平成28年(2016年)熊本地震」は、陸域の浅い場所で発生し、熊本県から大分県にかけての広範囲で甚大な被害をもたらしました。 (1)陸域の浅い地震とは  日本列島周辺では、複数のプレートがぶつかりあっており、岩盤の中に大きなひずみが蓄えられています。そのため、海のプレート境界やプレート内のほか、陸域の浅い所(深さ約20kmより浅い所)でも多くの地震が発生します。これを「陸域の浅い地震」と呼びます。  ~陸域の浅い地震と活断層~  過去に繰り返し地震を起こし、将来も地震を起こすと考えられている断層を「活断層」と言います。  日本の周辺には約2,000もの活断層があり、それ以外にもまだ見つかっていない活断層が多数あると言われています。  「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」(阪神・淡路大震災)や「平成28年(2016年)熊本地震」も活断層の動きによって発生した地震です。 (2)陸域の浅い地震の特徴と被害  「平成28年(2016年)熊本地震」のように震源が陸域で浅い場合には、海溝型の巨大地震に比べて地震の規模が小さくても、住宅や構造物、ライフライン等が大きく破壊され、甚大な被害が発生することがあります。また、隣接する活断層に影響を及ぼし、広範囲で地震活動が活発化する場合があります。地震が連続して発生することで建造物の耐震強度が弱まる等で、倒壊の危険性が高まるなどの二次災害の発生の危険性もあります。 (3)事前の備え  陸域の浅い地震では、緊急地震速報が間に合わないことがあります。このため、突然の揺れに十分に身構えることが難しい場合を想定した事前の備えがとても大切です。  自分の住んでいる地域の過去の地震やその被害を知って、陸域の浅い地震でどのようなことが起こるのかを想像しながら、事前の備えを行いましょう。自宅や学校・職場など、普段の自分の行動範囲を考えながら、どのような危険が起こりうるか考えて備えることが大切です。  陸域の浅い地震だけでなく地震全般への備えとしては、具体的には建物の耐震補強、家具の固定、水や食料等の備蓄、避難場所の確認などがあります。家族と相談しながら備えを進めましょう。 コラム ■緊急地震速報(予報)を活用しましょう!  緊急地震速報には、テレビ、ラジオ、携帯電話等で見聞きする警報の他に予報があることをご存じでしょうか。予報には、以下のような3つの特徴があります。  1つめは、欲しい場所の情報を受け取ることが出来る点です。  自宅やオフィス等、どのくらい揺れるか知りたい場所を予想の対象地点とすることが出来ます。  2つめは、報知させたい予想震度を自由に設定出来る点です。  例えば、小さなお子さんがいるご家庭等、少しの揺れでも心配だという場所では、震度2からでも報知することが出来ます。  3つめは、揺れの到達予想時刻が分かる点です。  そのため、対応行動についてあらかじめ考えておけば、揺れるまでの猶予時間が短ければその場で身を守る、長ければ安全なスペースへ逃げるということも出来ます。  予報は、これらの特徴をいかして、デパート等の自動館内放送や、列車やエレベータの緊急停止等に活用されています。また個人でも、民間の予報業務許可事業者と個別に契約し、専用の受信端末やパソコン、スマートフォンのアプリケーション等を通じて入手することができます。  警報は、精度を高めるため2観測点での揺れの検知から発表しますが、予報は、1観測点での検知から発表します。このため、発表は迅速ですが、地震以外の揺れ(雷や機械の故障等)による可能性もあり、情報としての精度は落ちます。しかし、そのような可能性を考慮しても、少しでも早く情報を知りたいというニーズのあるところ、例えば工場の生産ライン停止等、機械制御の分野では活用されています。  予報には警報にはない特徴があることから、活用次第ではより防災効果を上げることが出来ます。予報と警報それぞれの特徴を知って、上手に活用し、揺れから身を守るために役立てましょう。 (4)東海地域の地震・地殻変動の監視と情報提供  東海地震は、駿河湾から静岡県の内陸部を震源域とし、いつ発生してもおかしくないと考えられている大規模な地震で、現在、科学的な直前予知の可能性がある地震と考えられています。東海地震は陸側のプレート(地球表面を覆う厚さ数十~百キロメートル程度の岩石の層)とフィリピン海プレートの境界で起こる地震です。プレート境界には、普段は強くくっついている領域があります。東海地震の前にはこの領域の一部が少しずつすべり始め、最終的に急激に大きくずれて強い揺れを発生させ、東海地震になると考えられています。この少しずつすべり始める現象を「前兆すべり(プレスリップ)」といいます。東海地震の予知は、この前兆すべりに伴う地盤の伸び縮み(地殻変動)を捉えることで行います。気象庁は、東海地震の発生を予知し、国民の防災・減災行動に役立てるため、関係機関の協力を得て、東海地域とその周辺に展開された地震計やひずみ計などのデータを収集し、この地域の地震と地殻変動を24時間体制で監視しています。  気象庁は、観測データに異常が現れた場合、地震学等の専門家から構成される地震防災対策強化地域判定会(判定会)を開催し、東海地震に結びつくかどうかを3段階からなる「東海地震に関連する情報」で発表します。防災機関等はこの情報内容に応じた段階的な防災対応をとります。  ただし、前兆すべりの規模が小さい場合などには、前兆現象を捉えることができず、上記の情報を発表できないまま東海地震が発生する可能性もあります。 (5)地震調査研究の推進とその成果の気象業務への活用  「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」(阪神・淡路大震災)を契機に制定された地震防災対策特別措置法(平成7年法律第111号)により、地震に関する調査研究を一元的に推進するため、総理府(現在は文部科学省)の特別の機関として地震調査研究推進本部(通称:地震本部)が設置されました。  また、同法に基づき、気象庁は、文部科学省と協力して、平成9年より地域地震情報センターとして大学や国立研究開発法人防災科学技術研究所などの関係機関からの地震観測データを収集・処理しています。  これらの収集・処理されたデータは、地震本部の下に設置されている地震調査委員会で行われる各種の地震活動評価や、大学など関係機関での地震調査研究に活用されるだけでなく、気象庁の地震情報等の防災気象業務にも活用され、多方面で防災・減災に役立てられています。 2節 火山の監視と防災情報 (1)火山の監視 ア.110活火山と火山監視・警報センター  我が国には火山噴火予知連絡会により選定された110の活火山があります。気象庁では、本庁(東京)に設置された「火山監視・警報センター」及び札幌・仙台・福岡の各管区気象台に設置された「地域火山監視・警報センター」(両者をまとめ、以下「火山監視・警報センター」という。)において、これらの活火山の火山活動を監視しています。110の活火山のうち、今後100年程度の期間の噴火の可能性及び社会的影響を踏まえ「火山防災のために監視・観測体制の充実等の必要がある火山」として平成21年6月に火山噴火予知連絡会によって選定された47火山及び平成26年11月の同連絡会の検討会で追加すべきとされた八甲田山、十和田、弥陀ヶ原については、噴火の前兆を捉えて噴火警報等を的確に発表するために、観測施設(地震計、傾斜計、空振計、GNSS観測装置及び監視カメラ)を整備し、関係機関(大学等研究機関や自治体・防災機関等)からのデータ提供も受け、火山活動を24時間体制で常時観測・監視しています。(トピックスⅠ-10参照)  また、50火山以外の火山も含めて、火山監視・警報センターが火山機動観測として現地に出向き計画的に現地調査を行っており、火山活動に高まりが見られた場合には、必要に応じて現象をより詳細に把握するため観測体制を強化します。例えば、平成27年5月29日に噴火警戒レベル5(避難)の噴火警報を発表した口永良部島では、噴火による噴石で観測施設が使用できなくなったため、現地に臨時の地震計を設置するなどしました。  火山監視・警報センターは、全国の活火山について、観測・監視の成果に基づき、火山活動の評価を行い、噴火発生が予想された場合には「警戒が必要な範囲」(この範囲に入った場合には生命に危険が及ぶ)を明示して噴火警報を発表しています。 イ.火山活動を捉えるための観測網  火山噴火の前には、マグマや高温高圧の水蒸気が地表付近まで上昇するため、普段は見られない様々な現象(地震の群発、火山性微動の発生、地殻変動、噴気温度の上昇、噴煙や火山ガスの増加など)が起きます。  こうした現象は先行現象と呼ばれ、高感度の観測機器を用いて火山現象に応じた適切な監視・観測をすることで捉えることができる場合があります。 ○震動観測(地震計による火山性地震や火山性微動の観測)  震動観測は、地震計により、火山体内部で発生する微小な地震(火山性地震や火山性微動)を捉えるものです。マグマの移動や、それに伴う岩石の破壊、マグマに溶け込んでいる気体の発泡などにより発生すると考えられています。 ○空振観測(空振計による音波観測)  空振観測は、火山の爆発的噴火などで生じる空気の振動をとらえるものです。天候不良等により監視カメラで火山の状況を監視できない場合でも、地震計による地震記録や空振計による空振記録等より、噴火の発生と規模をいち早く検知することができます。 ○地殻変動観測(傾斜計、GNSS等による地殻変動観測)  地殻変動観測は、地下のマグマの活動等に伴って生じる地盤の傾斜変化や山体の膨張・収縮を観測するものです。傾斜計では火山周辺で発生するごく微小な傾斜変化をとらえることができます。また、GNSS観測装置では、複数のGNSS観測装置を組み合わせることで2点間の距離の伸縮を計測することから火山周辺の地殻の変形を検出することができます。いずれも地下のマグマ溜まりの膨張や収縮を知り、火山活動を評価するための重要な手段となります。 ○監視カメラによる観測  監視カメラにより、定まった地点から、噴煙の高さ、色、噴出物(火山灰、噴石など)、火映などの発光現象等を観測しています。気象庁では、星明かりの下でも観測ができる高感度の監視カメラを設置しています。 ウ.現地調査  気象庁では、火山活動に変化がある場合は、現地に機動観測班を派遣し、火山機動観測を行うことにより、火山活動の正確な把握に努めています。また、全国の110の活火山について、平常時から計画的に現地に赴き、臨時のGNSS観測、熱や火山ガスなど陸上からの観測やヘリコプターによる上空からの観測等を実施し、継続的な火山活動の把握・評価に努めています。 ○熱観測  赤外熱映像装置を用いて火口周辺の地表面温度分布を観測することにより、温度の高まりなど熱活動の状態を把握します。 ○上空からの観測  関係機関の協力により、ヘリコプター等を用いてカメラや赤外熱映像装置により、地上からでは近づけない火口内の様子(温度分布や噴煙の状況)や噴出物分布を上空から詳しく調査・把握し、火山活動の評価に活用します。 ○火山ガス観測  火口から放出される火山ガスには、水蒸気、二酸化炭素、二酸化硫黄、硫化水素など様々な成分が含まれています。気象庁では、小型紫外線スペクトロメータ(COMPUSS)という装置を用いて火山ガス(二酸化 硫黄)の放出量を観測し、火山活動の評価に活用します。 ○噴出物調査  噴火が発生した場合には、噴火の規模や特徴等を把握するため、大学等研究機関と協力して降灰や噴出物の調査を行い、火山活動の評価に活用します。 (2)災害を引き起こす主な火山現象  火山は時として大きな災害を引き起こします。災害の要因となる主な火山現象には、大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流、溶岩流、小さな噴石・火山灰、土石流、火山ガス等があります。特に、大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流は、噴火に伴って発生し、避難までの時間的猶予がほとんどなく、生命に対する危険性が高いため、防災対策上重要度の高い火山現象として位置付けられており、噴火警報や避難計画を活用した事前の避難が必要です。 ・大きな噴石 爆発的な噴火によって火口から吹き飛ばされる大きな岩石等(概ね50センチメートル以上の岩 石)は、風の影響を受けずに弾道を描いて飛散して短時間で落下し、建物の屋根を打ち破るほどの破壊力を持っています。大きな噴石による被害は火口周辺の概ね2~4キロメートル以内に限られますが、過去、登山者等が死傷する災害が発生しており、噴火警報等を活用した事前の入山規制や避難が必要です。 ・火砕流 高温の火山灰や岩塊、空気や水蒸気が一体となって急速に山体を流下する現象です。規模の大きな噴煙柱や溶岩ドームの崩壊などにより発生します。大規模な場合は地形の起伏にかかわらず広範囲に広がり、通過域を焼失させる極めて恐ろしい火山現象です。流下速度は時速数十から百数十キロメートル、温度は数百℃にも達します。火砕流から身を守ることは不可能で、噴火警報等を活用した事前の避難が必要です。 ・融雪型火山泥流 積雪期の火山において噴火に伴う火砕流等の熱によって斜面の雪が融かされて大量の水が発生し、周辺の土砂や岩石を巻き込みながら高速で流下する現象です。流下速度は時速60キロメートルを超えることもあり、谷筋や沢沿いをはるか遠方まで一気に流下し、大規模な災害を引き起こしやすい火山現象です。積雪期の噴火時等には融雪型火山泥流の発生を確認する前にあらかじめ避難が必要です。 ・溶岩流 マグマが火口から噴出して高温の液体のまま地表を流れ下るものです。地形や溶岩の温度・組成にもよりますが、流下速度は比較的遅く基本的に徒歩による避難が可能です。 ・小さな噴石・火山灰 噴火により噴出した小さな固形物で、粒径が小さいほど遠くまで風に流されて降下します。小さな噴石は10キロメートル以上遠方まで運ばれ降下する場合もありますが、噴出してから地面に降下するまでに数分~十数分かかることから、火山の風下側で爆発的噴火に気付いたら屋内等に退避することで身を守れます。火山灰は、時には数十から数百キロメートル以上運ばれて広域に降下・堆積し、農作物の被害、交通障害、家屋倒壊、航空機のエンジントラブルなど広く社会生活に深刻な影響を及ぼします。 ・火山ガス 火山地域ではマグマに溶けている水蒸気や二酸化炭素、二酸化硫黄、硫化水素等の様々な成分が気体となって放出されます。ガスの成分によっては人体に悪影響を及ぼし、死亡事故も発生しています。 (3)噴火警報と噴火予報  気象庁は、噴火災害軽減のため、全国110の活火山を対象として、観測・監視・評価の結果に基づき噴火警報を発表しています。噴火警報は、噴火に伴って発生し生命に危険を及ぼす火山現象(大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流等、発生から短時間で火口周辺や居住地域に到達し、避難までの時間的猶予がほとんどない現象)の発生やその危険が及ぶ範囲の拡大が予想される場合に、「警戒が必要な範囲」(生命に危険を及ぼす範囲)を明示して発表します。  例えば、「警戒が必要な範囲」が火口周辺に限られる場合は「噴火警報(火口周辺)」、「警戒が必要な範囲」が居住地域まで及ぶ場合は「噴火警報(居住地域)」として発表し、海底火山については「噴火警報(周辺海域)」として発表します。「噴火警報(居住地域)」は特別警報に位置付けられています。  これらの噴火警報は、気象庁ホームページで掲載するほか、報道機関、都道府県等の関係機関を通じて住民等に直ちに周知されます。  また、噴火警報を解除する場合等には「噴火予報」を発表します。 (4)噴火警戒レベル ア.噴火警戒レベルの考え方  噴火警戒レベルは、内閣府が平成18年から開催した「火山情報等に対応した火山防災対策検討会」の報告に基づき、火山活動の状況に応じた「警戒が必要な範囲」と防災機関や住民等の「とるべき防災対応」を5段階に区分した指標で、平成19年12月から運用が開始されたものです。地元の自治体や関係機関で構成される火山防災協議会で火山活動に応じた「とるべき防災対応」が定められた火山で運用が開始され、市町村・都道府県の「地域防災計画」にも定められます。  噴火警戒レベルを付した噴火警報・噴火予報により、市町村等の防災機関では、合意された範囲に対して迅速に入山規制や避難勧告等の防災対応をとることができ、噴火災害の軽減につながることが期待されます。 イ.噴火警戒レベルの設定と改善  平成27年12月に施行された活動火山対策特別措置法の一部改正により、全ての常時監視火山の周辺地域では、火山防災協議会の設置が義務付けられました。平成29年1月現在、38火山で噴火警戒レベルの運用が行われており、気象庁では、地元自治体等での具体的な避難計画の策定への助言を通じて、噴火警戒レベルの設定と改善を地元の火山防災協議会と共同で進めていきます。 (5)降灰と火山ガスの予報  噴火警報等で扱う火山現象以外にも、火山現象に関する予報として降灰予報と火山ガス予報を発表しています。 (6)火山現象に関する情報  噴火警報や上記の予報のほか、火山現象に関する情報を発表することにより、火山活動の状況等をお知らせしています。 (7)火山噴火予知連絡会  火山噴火予知連絡会は、「火山噴火予知計画」(文部省測地学審議会(現文部科学省科学技術・学術審議会測地学分科会)の建議)の一環として計画を円滑に推進するため、昭和49年に発足した組織です。連絡会は、火山噴火予知に関する研究成果や情報の交換や、各火山の観測資料を検討して火山活動についての総合的判断、噴火予知に関する研究及び観測体制を整備するための検討を行っています。  連絡会は、学識経験者や関係機関の専門家から構成され、事務局は気象庁が担当しています。  定例会を年3回開催し、全国の火山活動について総合的に検討を行うほか、火山噴火などの異常時には、気象庁長官の招集による幹事会や臨時部会を開催し、火山活動の総合判断を行うほか、火山の活動評価に関する資料の収集・解析を行うため、機動的な総合観測班を設置し現地に派遣します。 コラム ■火山の監視体制の充実と課題 京都大学名誉教授/気象庁参与 石原 和弘  平成19年の噴火警報・噴火警戒レベルの運用開始に続き、平成21年から地中地震計・傾斜計などが整備され、平成28年には常時観測火山が50、平成19年以前の約2倍になりました。また、本庁と札幌、仙台及び福岡の3つの管区気象台に火山監視・警報センターが設置され、予報官を新設するなど火山担当職員は約1.5倍に増員されました。火山業務を担当する職員全員が、火山現象の特質と噴火警報の目的を理解し、細心の注意を払って火山の動静を見守ることが大切です。そこで、気象庁職員の能力向上のため、大学で火山の観測研究を30年以上行ってきた5名の研究者が気象庁参与として、火山活動評価や火山観測等の業務の指導・助言や職員研修に当たることになりました。  火山噴火は地球深部から上昇して火山の地下に蓄積したマグマやガス・熱水が地面を突き破り噴出する現象です。噴き上がった岩塊は火口周辺に落下し、レキや火山灰は風に流され遠方まで達します。火砕流や溶岩流は斜面や谷筋を流れ下ります。火口周辺や火砕流などの流路となる場所に滞在している時に噴火に遭遇すると命が危険にさらされます。火山監視と噴火警報の目的は、噴火の規模や時期を言い当てるという「予知」でなく、火山の挙動を監視し、ハザードマップや活動履歴を参考に、その時点で危険性のある区域からの事前の「退避」を促し、人的被害を最小限にとどめることです。  火山の監視にあたっては、地震計、傾斜計、GPSや監視カメラをモニターしていれば、センターで全て把握できるといった考えは、正しくありません。ハワイやイタリア、インドネシアでは、専門家や観測員が現地の観測所に駐在し、計器観測や種々の調査を行いながら火山の挙動を見守っています。気象庁の担当職員は、機動観測や火山防災協議会へ参加する場合などさまざまな機会を利用して、対象火山の地形・地質と活動履歴、火山と人とのかかわり、観測施設の状況などを現地で調査・確認したうえで、火山監視と噴火警報業務にあたっていただきたいと考えています。  有感地震が多発して数日で噴火に至る有珠山などの例から、噴火予知は地震予知に比べて簡単と信じている人もいますが、全くの誤解です。多くの火山は、マグニチュード1以下の微小地震の発生頻度の増減、小さな噴火や噴気の活発化を幾度か繰り返したのちに、直前の火山性地震の急増など明瞭なサインなしに噴火することがしばしばあります。平成23年1月の霧島・新燃岳噴火、平成26年8月の口永良部島や同年9月の御嶽山噴火などがその例です。  明治以降に犠牲者が出た噴火の多くは前兆がとらえにくい小規模な噴火です。しかも、火山の活動サイクルは長く、ほとんどの場合、住民も気象庁職員も初めて噴火に直面することになります。噴火の規模や時期を言い当てる「予知」はできなくとも「火山活動の異常な状態が継続している」ことを周知し、火山と適当な間合いを保つことにより人的被害の防止・軽減を図ることが噴火警報導入の狙いです。気象庁職員には、「噴火警報」と「予知」とは異なるものであると考えて、業務を遂行していただきたいと考えています。平成27年7月に改正された活動火山対策特別措置法により常時観測火山を抱える自治体には火山防災協議会の設置が義務化されました。火山防災協議会の主要構成員である気象庁は、噴火警報や火山活動の解説だけでなく、活動履歴、噴火予測の困難さや噴火警報の目的について協議会関係者や住民・国民の理解が深まるようにしていくことが重要であると、日頃より気象庁職員に指導しているところです。 3章 地球環境に関する情報 1節 地球温暖化問題への対応 (1)気温や海面水位の監視と地球温暖化に伴う気候などの将来予測  気象庁では、気温や海面水位の長期的な変化傾向を監視して、地球温暖化の現状に関する情報を提供しています。また、将来の気候を数値モデルによって予測し、地球温暖化に伴う気候の変化に関する予測情報を提供しています。  世界の平均気温については、全世界の千数百か所の観測所における観測データや海面水温データを収集して、長期的な変化傾向を監視しています。また、日本国内の気象庁の観測点のうち、都市化の影響が比較的小さく、特定の地域に偏らないように選定した15か所の観測データをもとに、日本の年平均気温の長期的な変化傾向を監視しています。  さらに、海面水位については、潮位や地盤変動の観測から得られたデータに加え、海洋気象観測船で観測した水温・塩分のデータや、人工衛星から観測された海面高度データをもとに、海洋の数値モデルも活用して海面水位の変動の実態を分析して、地球温暖化による海面水位の上昇について情報を発表する計画です。  気候変化の予測については、現在以上の政策的な温室効果ガス排出削減を行わず、今後も高い水準で温室効果ガスの排出が続くことに相当する将来のシナリオに基づいて、日本周辺の気候をきめ細かくシミュレーションできる気候モデルを用い、21 世紀末頃における我が国の気温や降水量などの変化を計算しています。得られた予測結果は、地球温暖化予測情報として作成しており、平成29年(2017年)3月に「地球温暖化予測情報第9巻」を発表しました(トピックス2(1)参照)。  気象庁は、これらの業務を通じて、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が平成25~26年(2013 ~14 年)に公表した第5次評価報告書にも貢献しています。  2節 海洋の監視と診断 (1)海洋の監視  地球表面の7割を占める海洋は、人間の社会経済活動に伴い排出される二酸化炭素の約3分の1を吸収するとともに、大量の熱や二酸化炭素を蓄えています。そのため、海洋は大気中の二酸化炭素濃度の増加や、それにより引き起こされる地球温暖化の進行など地球環境や気候変動に大きな影響を及ぼしています。また、海洋の二酸化炭素濃度が増加することで海洋の酸性化が進み、海洋の生態系への影響、ひいては水産業等の経済活動への大きな影響が懸念されています。  気象庁は、世界気象機関(WMO)やユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等による国際的な協力体制の下、海洋がどれだけの二酸化炭素を吸収しているか、気候変動にどれだけ影響を与えているかを調べるため、日本周辺海域及び北西太平洋で海洋気象観測船や中層フロートなどによって海洋の観測を実施しています。  海洋気象観測船は、北西太平洋全体の主要な海流を横切るように設定された観測線に沿って、海面から海底までの海流や水温、塩分、二酸化炭素などの温室効果ガスや関連する化学物質(酸素、栄養塩(植物プランクトンが育つための栄養となるリン酸塩、硝酸塩、ケイ酸塩など))の高精度な観測を実施しています。  中層フロートは、海面から深さ2,000メートル付近までの水温・塩分の鉛直分布を自動的に観測する機器です。WMO、IOCや各国の関係機関の連携により、中層フロートを全世界の海洋に常時約3,000台稼働させ、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視するとともに、地球温暖化をはじめとする気候変動の実況把握とその予測精度向上を目指す「アルゴ計画」が推進されており、気象庁は、文部科学省などの関係省庁と連携して中層フロートによる観測を実施しています。 (2)海洋の健康診断表  気象庁では、海洋気象観測船等による観測データに加え、地球観測衛星等の観測データを収集し、それらを基に解析した結果を、「海洋の健康診断表」として、気象庁ホームページで公表しています。この中で、地球温暖化に伴う海洋の変化や、海域ごとの海水温、海面水位、海流、海氷、海洋汚染の状態、変動の要因及び今後の見通しについて、グラフや分布図を用いてわかりやすく解説しています。平成28年度には、静止気象衛星ひまわりを用い、海面水温画像の提供を開始したほか、海面水温分布図の高精度・高解像度化を行いました。 3節 環境気象情報の発表 (1)オゾン層・紫外線の監視と予測  気象庁は、自ら実施している国内及び南極昭和基地のオゾン層・紫外線の観測結果に加え、収集した地球観測衛星のデータ等も利用して、オゾン層破壊の実態を調査解析しています。これらの観測・解析の成果は、オゾン層や紫外線の長期変化傾向などの調査結果も含め気象庁ホームページで公表しており、オゾン層保護対策などの資料として活用されています。  また、毎日の生活の中で紫外線対策を効果的に行えるように、翌日までの紫外線の強さを予測し、有害紫外線の人体への影響度を示す指標であるUVインデックスを気象庁ホームページで毎日発表しています。 (2)黄砂の監視と予測  黄砂は、ユーラシア大陸の黄土高原やゴビ砂漠などで風によって上空高く舞い上がった無数の細かな砂じんが、上空の風に乗って日本へ飛来する現象で、春に多く見られます。黄砂が発生すると、洗濯物や車が汚れるといった一般生活への影響があるほか、まれに交通障害の原因となり、全国的に大きな影響を与える場合もあります。  気象庁では、黄砂が日本の広域にわたって観測され、その状態が継続すると予測される場合には「黄砂に関する気象情報」を発表して注意を呼びかけています。また、気象庁ホームページには毎日の黄砂の観測・予測結果を掲載しています。平成29年(2017年)2月22日には、黄砂予測モデルの改良を行い、大陸で舞い上がる砂じんの量の予測精度を向上させるとともに、これまで約120kmだった解像度を約50kmに高解像度化し、より高精度できめ細かな黄砂予測情報の提供を可能としました。これら黄砂に関する様々な情報は、環境省と共同で運用する「黄砂情報提供ホームページ」(http://www.data.jma.go.jp/gmd/env/kosateikyou/kosa.html)からも取得することができます。 (3)ヒートアイランド現象の監視・実態把握  都市化の進んでいる東京や大阪などの大都市圏では、都市の中心部の気温が周辺の郊外部に比べて高くなっており、「ヒートアイランド現象」と呼ばれています。都市化の進展に伴って、ヒートアイランド現象は顕著になりつつあり、熱中症等の健康への被害や、感染症を媒介する蚊の越冬といった生態系の変化が懸念されています。  気象庁では、都市気候モデルを用いたシミュレーションによって、水平距離2キロメートルごとの気温や風の分布の解析を行っています。解析の成果は、最高・最低気温や熱帯夜日数の観測値の経年変化などとともに、「ヒートアイランド監視報告」として平成16年度(2004年度)から公表しています。平成28年度(2016年度)は、「ヒートアイランド監視報告2015」を刊行し、関東、東海、近畿地方の三大都市圏を対象として、太平洋高気圧に覆われ各地方とも猛暑日の続いた2015年8月上旬にヒートアイランド現象による平均気温の上昇が明瞭に現れていたことを示しました。 4章 航空の安全などのための情報  航空機の運航においては、空港での離着陸時を含めて気象の影響を常に受けているため、その安全性、快適性、定時性及び経済性の確保には、気象情報が重要な役割を担っています。気象庁は、国際民間航空機関(ICAO)や世界気象機関(WMO)が定める国際的な統一基準に基づいて国際航空のための気象業務を行うとともに、国内航空のための独自の気象業務も実施しています。  航空機が出発する前に立てる飛行計画では、目的空港の天候から空中での待機や代替空港への着陸の可能性を判断し、燃料の搭載量を決定します。また、上空の風の予想や悪天の予想図から、飛行中乱気流による揺れの少ない高度や場所、燃料が節約できる高度や航空路、到着予定時刻などを決定します。気象庁が提供する各種情報がこうした判断に使われています。 1節 空港の気象状況等に関する情報  航空機の離着陸には、風や視程(見通せる距離)、積乱雲(雷雲)などの気象状況が大きく影響します。気象庁では、全国81空港において、1時間又は30分ごとに定時観測を行い、また気象状況を監視し、それらの情報を管制塔にいる航空管制官や航空会社の運航管理者・パイロットをはじめとする航空関係者へ迅速に通報しています。また一部の空港では、この観測の全てを自動で行っています。  東京や成田などの国内の主要な9空港では、空港気象ドップラーレーダーにより、雷雨の時などに発生する大気下層の風の急変域(ウィンドシアー)を監視しています。  また、東京・成田・関西の各国際空港においては空港気象ドップラーライダーを設置して、降水を伴わない場合の低層のウィンドシアーや、離着陸時に影響する建物・地形による滑走路付近の風の乱れを観測しています。これらにより、離着陸する航空機の安全に影響する低層のウィンドシアーが観測された場合は、ウィンドシアー情報として直ちに管制官を通じてパイロットへ伝達されます。  さらに、雷監視システムにより雷が発する電波を受信し、その位置、発生時刻などを求めて情報を作成しています。作成した情報は航空会社などに直ちに提供されます。 コラム ■空港気象ドップラーレーダーの二重偏波化  気象庁では、航空機の離着陸が多い9空港に空港気象ドップラーレーダーを設置し、空港周辺の降水の強さを観測しています。また、レーダーから発射した電波が雨粒等に反射される際のドップラー効果を利用することで、航空機の離着陸に重大な影響を及ぼす低層ウィンドシアー等、降水域内の風を観測しています(詳細は第1部 第4章 第1節 「空港の気象状況等に関する情報」を参照)。  これらのレーダーのうち、関西・東京(羽田)・成田の各国際空港では、「二重偏波ドップラーレーダー」と呼ばれる新たな機能を持つレーダーに更新のうえ、運用を行っています。  従来のレーダーは水平方向に振動する電波(水平偏波)のみを発射していましたが、新しいレーダーは、この水平偏波に加えて、垂直方向に振動する電波(垂直偏波)を発射し、水平偏波と垂直偏波の反射波を組み合わせて解析することで、落下する雨粒や雪の大きさや形を推定できるようになります。  この技術により、雨の強さについてより正確に観測することが可能となり、また降水粒子(雨、雪、雹(ひょう))の判別が可能となることから、新たなレーダー情報の提供を目指し、開発を推進しています。 <参考> ・ 空港気象ドップラーレーダーによる観測   http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kouku/2_kannsoku/23_draw/23_draw.html ・ (参考)ドップラー効果   http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kouku/2_kannsoku/24_lidar/index7.html ・ (参考)航空機の離着陸時における風との関わり   http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kouku/2_kannsoku/24_lidar/index8.html 2節 空港の予報・警報に関する情報  航空機の飛行計画を立てる際、出発前に、出発地の空港、目的地の空港、そして天候不良など何らかの理由で目的地の空港に着陸できない場合の代替空港の気象情報が必要となります。このため気象庁は、空港の風や雲の量・高さ、視程(見通せる距離)、天気などの詳細な予報(飛行場予報)を30時間先まで、国際定期便などが運航している37空港に対して発表しています。飛行場予報は、国内外の航空会社の運航管理者・パイロットをはじめとする航空関係者へ提供し、運航計画などに利用されています。また、飛行場予報を発表している空港において、強風や大雪などにより地上の航空機や空港施設及び業務に悪影響を及ぼすおそれがある場合、「飛行場警報」を適宜発表し、航空関係者に対して警戒を促しています。  このほか、航空管制官やパイロットなどの航空関係者に対して、各空港や航空路上の気象状況や今後の予想について解説などを行っています。 3節 上空の気象状況に関する情報 (1)空域の気象情報  飛行中の乱気流や火山灰との遭遇、機体への落雷や着氷の発生は、航空機の運航の安全性と快適性に大きく影響します。気象庁は、このような大気現象について日本や北西太平洋上空の監視を行い、雷電、台風、乱気流、着氷及び火山灰の拡散状況に関する観測・予測情報を「シグメット情報」として随時発表しています。また、約6時間先のジェット気流の位置や悪天域を図によって示した「国内悪天予想図」や、悪天の実況を解説した「国内悪天解析図」を提供して、運航計画の支援を行っています。  さらに、平成26年(2014年)から、小型機の安全と効率的な運航の支援を主な目的として、下層空域の悪天を対象とした「下層悪天予想図」の提供を行っています。 (2)航空路火山灰情報  火山灰は、航空機のエンジンに吸い込まれるとエンジンが停止したり、機体前面に衝突すると操縦席の風防ガラスが擦りガラス状になり視界が利かなくなったり、飛行場に堆積すると離着陸ができなくなったりするなど、航空機への影響は多岐にわたります。このため航空機の安全な運航を確保するうえで、火山灰の情報は大変重要です。  気象庁は国際民間航空機関(ICAO)からの指名を受けて、東京航空路火山灰情報センター(東京VAAC)を運営しています。同センターでは、アジア・北西太平洋域及び北極圏の一部における火山灰雲の状況を監視し、火山灰の分布に関する観測・予測情報(航空路火山灰情報)を国内外の航空関係者に提供しています。 4節 より精度の高い予測を目指して  東京国際空港では平成22年(2010年)に新滑走路の供用が、また、平成23年(2011年)には国際定期便の運航がそれぞれ開始され、首都圏空域における航空交通量はますます増加しています。このような状況下で、もし東京国際空港が強い横風や雷雨などの悪天によって着陸ができなくなるような気象状態となった場合、たちまち多数の航空機が空中で待機することとなり、航空機の流れを円滑に保つことが極めて困難になることが予想されます。このため気象庁は、東京国際空港などの飛行場予報の精度向上を図るべく、飛行場の予報に適した緻密な数値予報モデル(局地モデル)の開発に平成20年度(2008年度)から取り組み、平成24年度(2012年度)からは首都圏空域を対象により詳細な気象情報の提供を開始しました。この技術開発の成果等を踏まえ、さらに平成28年(2016年)からは対象を全国の主要空港を中心とした空域に拡大しました。今後も、航空機の安全で効率的な運航により役立つよう、航空気象情報の更なる高度化を図ります。 5節 航空関係者に利用される航空気象情報  気象庁は、空港内などで業務を行っている航空関係者に対して、空港の気象観測の結果や予報、上空の風や気温、悪天の予想図などの気象情報を提供しています。空港の観測値や予報などの航空気象情報は、国内外の航空関係者に提供しているほか、主要な空港や空域の気象情報は、飛行中の航空機に対して、短波放送や国土交通省航空局の無線通信(対空通信)などを通じて提供しています。また、日本の空の交通を計画的に管理する業務を行っている航空局航空交通管理センター(福岡市)では、管制官と同じ運用室で、気象庁の航空交通気象センターの予報官が、管制官などに対して航空交通管理のために必要な気象情報の提供や解説を行っています。さらに、平成26年(2014年)から、航空交通気象センター首都圏班を東京国際空港内に設置し、過密化する首都圏周辺の空域に関する詳細な気象情報の提供を行っています。 6節 ISO9001 品質マネジメントシステムの導入  航空気象業務は、国際民間航空機関(ICAO)や世界気象機関(WMO)による国際的な要求事項や利用者からの要求事項を満たした気象観測や予報などを行う必要があります。このため、気象庁では航空気象部門にISO9001に基づく品質マネジメントシステムを導入して、航空気象情報の適時適切な提供を継続するとともに、利用者の満足度向上を目指した活動を行っています。 5章 民間の気象事業  気象等の現象は、交通、電力、農業、食品や衣料品販売等様々な産業に影響を与え、国民の生活に密接にかかわっており、国民及び産業界には気象情報に対する幅広いニーズが存在しています。このような個々のニーズに応えるため、気象サービスを提供する民間の事業者(以下、民間気象事業者)が活躍しています。また、近年では、高速インターネットやスマートフォンをはじめとする携帯端末の普及等、情報通信技術の目覚ましい発展と相まって、多くの国民が、情報を一方的に受けるだけでなく、自らの判断で必要とする情報を入手できるようになってきました。このようなICTの進展に伴い、国民及び産業界のニーズは、今後、より多様化・個別化することが見込まれることから、民間気象事業者の役割はますます重要になっています。  ここでは、民間気象事業者による適切な気象サービスの提供を支える、予報業務の許可制度や気象予報士制度について解説するとともに、民間気象事業者の活動を支援するために気象庁が行なっている取り組みについて紹介します。 1節 予報業務の許可制度  民間気象事業者のサービスは、創意工夫により様々な取り組みがなされていますが、サービスを利用する国民の側からみると、その精度や提供主体の技術力について判断することは困難です。このため、民間気象事業者が、気象や波浪、地震・火山等の現象の予報業務を行おうとする場合には、警報等の防災気象情報との整合性や、国民の期待する「正確な気象情報の提供」を確保できるよう、気象庁長官の許可が必要です。  予報の精度は、現象の予想をどのような方法で行うかに左右されます。気象や波浪の現象の予想には、数値予報資料の解釈など高度な技術を要することから、民間気象事業者が気象などの予報業務を行う際には気象予報士に現象の予想を行わせることが義務付けられており、これにより民間が行う予報の一定の技術水準を担保しています。また、地震動と火山現象、津波の予報業務を行うときは、技術上の基準に適合した手法で現象の予想を行うことを義務付けることにより、予報の一定の技術水準を担保しています。 2節 気象予報士制度  国家資格である気象予報士になるためには、業務に必要な知識及び技能について試験を行う気象予報士試験に合格し、気象庁長官の登録を受ける必要があります。気象予報士には平成29年4月1日現在、9,833人が登録されています。また、気象予報士は、民間気象事業者が行う予報業務の中核となる技術者としてだけでなく、報道等を通じた解説や防災関係者・一般住民を対象とした講演会等、様々な場面で防災知識の普及・啓発にも貢献しています。 3節 民間気象事業者等に対する支援  気象庁は、自らが保有する観測・解析・予報等の成果及びこれらの作成過程で得られる数値予報資料や解説資料等の気象情報を、(一財)気象業務支援センターを通じて民間気象事業者等へ提供しています。これら、気象庁の保有する気象情報は、民間気象事業者が行なう予報業務の基礎資料となる他、個別企業や個人のニーズに対応した情報に加工されることによって、産業界の多様な活動や社会サービスの基盤として活用されています。また、数値予報等、気象庁による予測技術の高度化に伴い、民間気象事業者の技術の高度化も益々必要となっていることから、気象庁では、民間気象事業者を対象に最新の技術や気象情報について解説する講習会の開催の他、(一財)気象業務支援センターや(一社)日本気象予報士会が行う講習会等への講師派遣などの協力・支援を行っています。 6章 住民への安全知識の普及啓発に関する取り組み 1節 地域防災力アップ支援プロジェクト  気象庁では、これまでも住民等を対象とした出前講座や講演会、リーフレットやDVDの作成・配布など、様々な普及啓発活動に取り組んできました。平成23年3月の東日本大震災などの近年の災害をきっかけとして、住民等への自助・共助意識の啓発や防災教育の重要性が政府の有識者会議などで報告されています。このことを踏まえ気象庁では、様々な機関と連携・協力しながら、安全知識の理解や気象情報の利活用をより効果的に推進するための様々な取り組みを「地域防災力アップ支援プロジェクト」として進めています。  気象庁では、今後も関係機関と連携しながら、気象や地震などの自然現象に対して住民自らの判断で的確な防災行動がとれるような防災意識の醸成を目指し、また、防災意識社会が構築できるよう、安全知識の普及啓発に取り組んでいきます。 2節 より効果的な取り組みへの発展に向けて  気象庁では、「地域防災力アップ支援プロジェクト」として全国の気象台で進めている数ある取り組みの中で、多くの官署で参考となる取り組みについて発表し、防災・教育・報道・広報の各専門家から助言や講評などをいただくための「ミーティング」を平成24年度から実施しており、平成28年度は平成29年2月13日に開催しました。   【専門家(五十音順、敬称略)】    報道分野 時事通信社 解説委員 中川 和之    広報分野 (株)電通PRコミュニケーションデザイン局         エグゼクティブ・アドバイザー 花上 憲司    防災分野 神戸学院大学現代社会学部 客員教授 松山 雅洋    教育分野 東京都板橋区教育委員会安全教育専門員/鎌倉女子大学 講師 矢崎 良明  ミーティングでは「教師による防災授業 地震から命を守る」「報道機関等との出前勉強会」「教育機関や民間団体と連携した防災知識の普及啓発」など6事例について、取り組みを実施している気象台から概要、工夫した点などのアピールポイント、成果や課題、今後の展開などについて発表を行いました。  専門家からは、「過去の優良事例を使って展開しているのは良い」、「連携と継承という二つの共有理念が重要なこと」といった評価のほか、「テレビでメッシュ情報を伝えることで、住民の避難行動が増えることが期待できる」、「ワークショップの前段に津波の知識を学ぶ部分を加えると、より学習効果が上がることが期待できる」など多くの助言をいただきました。これら助言を踏まえ、今後のより効果的な取り組みへの発展や新たな展開に繋げていきます。 3節 関係機関と連携・協力した普及啓発の取り組み  気象庁と日本赤十字社は、相互に協力してそれぞれが行う防災教育をはじめとする安全知識の普及啓発を一層充実し、継続的な活動とするため、平成26年3月に「防災教育の普及等の協力に関する協定」を締結しています。これにより気象庁と日本赤十字社との連携だけでなく、全国の気象台と日本赤十字社の各都道府県支部が連携して様々な普及啓発活動を行っています。  また、平成22年度に日本気象予報士会との連携事業「防災プロジェクト」を立ち上げ、日本気象予報士会が出前講座等で使用する資料の作成支援や資料作成の基礎となる気象庁の最新技術や取り組みについて情報提供を行い、日本気象予報士会の普及啓発活動を支援しています。 4節 気象庁ワークショップ 「経験したことのない大雨 その時どうする?」  災害から身を守るためには、気象台から発表する警報や注意報等といった防災情報のタイミングや意味等を体系的に理解し、積極的に入手して利活用することが必要です。また、自宅周辺にある危険箇所の有無や住居の構造、家族構成等によっても必要な対応が異なるため、それぞれの状況に応じて、災害から身を守るための行動のシミュレーションを事前に行うことが有効です。  このため気象庁では、グループワーク等のコミュニケーションを活用し、深い理解を導くための能動的な学習プログラム「気象庁ワークショップ『経験したことのない大雨 その時どうする?』」(以下ワークショップ)を開発し、これを用いた普及啓発活動を全国の気象台で実施しています。  このワークショップでは、参加者は大雨による災害の種類と危険性、気象台から発表される防災情報の意味や発表のタイミング、入手方法、身近に潜む危険を知ることの大切さなどの安全知識のレクチャーを受けた後、数人のグループに分かれ仮想の街で大雨が降り続く中、気象台が発表する防災情報を活用してグループ毎に違う状況(周辺地形、住居構造、家族構成等)に応じた安全行動についてシミュレートし、話し合ってまとめます。  平成28年度は、各地の気象台のほか、学校や大学、日本赤十字社・日本気象予報士会等の団体等によって自主的に開催され、全国で約100回のワークショップが開催されました。参加者から「日頃、大雨の中での避難はかえって危険ではないかと感じていたが、「どのタイミングで」という設定はとても参考になった」、「避難情報の具体的な例が現実的な災害を想定できて役に立った」などの感想が聞かれ、アンケート結果からはワークショップに参加する前後で安全知識や防災対応力が向上するなど効果が認められています。  このワークショップの運営マニュアルやワークショップで使用する資料一式は気象庁ホームページでも公開されており、自由にご利用いただけます。(http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jma-ws/) コラム ■「知って」「そなえる」体験型防災イベント「大地震へのソナエ」    ~あなたの「たいせつ」を守るために~  気象庁では、「首都直下地震」を含む陸域の浅い地震やその被害を正しく理解し、事前の備えと地震発生時の正しい避難行動などの知識を高めていただくため、防災関係機関と連携して、都内で防災イベントを実施しています。   平成28年度は、平成29年2月18日に日本赤十字社、内閣府、文部科学省、豊島区の共催により、豊島区池袋のサンシャインシティの展示ホールで開催しました。会場内は、ステージでのトークショー、体験型のワークショップ、そして各機関の展示ブースの3つに分かれており、来場した方々は、「自分が気になるソナエ」に参加したり、熱心に見入ったりしている姿が見られました。  実際の防災では、女性の役割が重要なことから女性や子育て世代の方々に多く参加していただくため、「地震防災実験ショー」や「避難時に役立つ美容法」のワークショップなど、子どもや女性にも興味をもっていただける内容を多く取り入れました。また、会場内はベビーカーを押しながらでもゆっくり見られるよう通路幅を広くするなどの工夫をこらした結果、来場者の半数以上が女性となり、年代別に見ると30代~40代の子育て世代の方々に多数来ていただくことができました。  オープニングでは、豊島区立富士見台小学校5年生の皆さんが、このイベントに向けた防災メッセージを会場の方々に呼びかけ、続けて震災復興の応援歌である「花は咲く」などを合唱してくれました。  また、会場には気象庁の「はれるん」をはじめ、日本赤十字社の「ハートラちゃん」、東京都の「防サイくん」、豊島区の「としま ななまる」や「そめふくちゃん」の5つのキャラクターが集合して、イベントムードを高めてくれました。  イベントに参加いただいた方々からは、防災への意識が高まったなどといった感想やご意見を多数いただき、本イベントの目的であった「大地震へのソナエ」について考えていただく良い機会になったのではないかと思います。  気象庁では、今後も防災関係機関と連携して、楽しみながら防災に関する知識を高めていただけるようなイベントを開催し、将来起こる大地震の被害が少しでも減るように地震防災への普及啓発に取り組んでいきたいと考えています。 【アンケートのご意見から抜粋】 ・防災について未だに危機感がない自分がいたが、これを機に色々と備えが必要だと実感しました。(30代) ・子供の事を考え、防災へのそなえの大切さを再確認できました。(30代) ・防災は大事なことだとわかっていても、具体的にどうしたら良いか実感がわかないため、こういったイベントがあるとより意識が高まり「備え」る行動ができる気がします。(40代) ・このようなイベントは、人々の生命や生活を守るうえで大変重要な催事だと思う。今後も続けてもらいたいです。(40代) 第2部 気象業務を高度化するための研究・技術開発 1章 大気・海洋に関する数値予報技術 1節 数値予報とは  警報・注意報や各種の天気予報では、目先の大気の状態から明日・明後日、さらに先の大気の状態を予測しています。大気や海洋の現象は物理や化学の法則に基づいて起こっていますので、この法則を用いて大気などの「今」の状態から「将来」を数値的に予測することができます。この手法を「数値予報」と言い、気象庁の予報業務の基盤技術となっています。数値予報は、大気や海洋・地表面での様々な振る舞いを物理や化学の法則で表現したコンピュータプログラム(数値予報モデル)の開発・改良により予測精度の向上が図られてきました。また、数値予報を予報業務に使うには、膨大な計算を短時間に処理する必要があり、このため気象庁では昭和34年(1959年)に、我が国の官公庁として初めて科学計算用のコンピュータを導入し、以来、常に世界最高レベルのコンピュータに更新しています。数値予報モデルは、予測する期間の長さや対象領域などに応じて様々な種類がありますが、いずれも、大気や海洋を水平方向・鉛直方向に格子状に区切り、それぞれの格子で物理や化学の法則に基づいて計算を行い、将来の状況を予測します。 2節 数値予報モデルの現状 (1)全球モデル、メソモデル、局地モデル  気象庁では予測対象にあわせて複数の数値予報モデルを運用しています。「全球モデル」は、地球全体を対象領域として大気の状態を予測する数値予報モデルで、明後日までの府県天気予報、台風情報、週間天気予報や1か月予報、航空機や船舶向けなど広い領域を対象とする予報に利用しています。一般に予測時間が長くなるとともに誤差が大きくなるため、週間天気予報や1か月予報では、「アンサンブル予報」という複数の予測計算を行う手法で確率による予報なども行っています。「メソモデル」及び「局地モデル」は、日本周辺を対象として大雨や暴風などの災害をもたらす現象の予測を行う数値予報モデルで、警報・注意報など防災気象情報や航空機の安全運航のための気象情報の作成などに利用しています。メソモデルでは、全球モデルより計算を行う格子を細かくし、積乱雲の集団に伴う上昇気流や、雲・降水粒子の発生・成長・消滅などの現象を精密に取り扱っています。局地モデルでは、メソモデルよりも格子をさらに細かくすることで、よりきめ細かい地形の取り扱いや個々の積乱雲の表現も可能となり、風や気温、及び積乱雲に伴う雷や短時間の強い雨などの予測精度を向上させています。 (2)季節予報モデルと長期再解析  1か月を超える時間スケールでは、大気の変動と海洋の変動は互いの影響を強く受けます。このため、3か月予報、暖候期予報、寒候期予報やエルニーニョ現象の予測には、大気と海洋を一体として予測する大気海洋結合モデルを使用しています。  また、異常気象の分析を含めた気候の監視や季節予報をより的確に行うためには、過去の気候も出来るだけ正確に把握しておく必要があります。このため、過去数十年にわたって蓄積した観測データを、最新の数値予報技術により分析する「長期再解析」にて過去の気候データを作成し、気候の監視や季節予報に活用しています。長期再解析JRA-55では昭和33年(1958年)以降の気候データを作成し、平成26年(2014年)から利用しています。 (3)海に関する数値モデル  海洋の様々な現象を予測するために、「波浪モデル」、「高潮モデル」、「海況モデル」及び「海氷モデル」があります。「波浪モデル」は、海上の風の予測値を用いて、海上の様々な場所での波の発達・減衰やうねりの伝播などを予測し、高波時に発表される波浪警報・注意報や、波浪予報などに利用しています。「高潮モデル」は、台風などによる海面気圧と海上の風の予測値から潮位の上昇量を予測し、この結果をもとに浸水害がおこるおそれのある場合には、高潮警報・注意報を発表しています。「海況モデル」は北西太平洋域や、黒潮・親潮等の日本周辺の海流や海水温の状態を予測し、海面水温・海流1か月予報に使用しています。「海氷モデル」は、オホーツク海南部の1週間先までの海氷密接度の分布を予測し、海氷予報や船舶向けの海氷予想図に利用しています。 (4)物質輸送モデル  大気中の物質の挙動を数式化した物質輸送モデルを用いて地球環境や気候に影響する黄砂、オゾン、二酸化炭素などの監視と予測を行っています。「二酸化炭素輸送モデル」は、過去30年間の大気中の二酸化炭素分布情報を作成するために利用されています。「黄砂予測モデル」は、黄砂発生域での黄砂の舞い上がり、風による輸送・拡散、雨などによる地上への降下を考慮して、大気中の黄砂の量や分布を予測し、黄砂情報に利用しています。「全球化学輸送モデル」は、オゾンやその生成・消滅にかかわる物質の風による輸送・拡散、雨などによる地上への降下、化学反応や光化学反応による生成・変質・消滅などの過程を考慮して、成層圏及び対流圏のオゾン濃度を予測し紫外線情報に利用しています。東アジア領域を対象とした「領域大気汚染気象 予測モデル」は、スモッグ気象情報及び全般スモッグ気象情報の作成に利用しています。 3節 数値予報の技術開発と精度向上  防災気象情報や天気予報の精度を高めるためには、その基盤となる数値予報技術の向上が不可欠です。  数値予報は、1節で述べたコンピュータの性能向上を背景に、数値予報モデルの開発改良によってたゆまぬ進歩を遂げてきました。下図は、全球モデルの予測誤差(北半球5日予測の精度)の経年変化です。数値予報モデルの予測誤差は3分の2に減少するなど、この20年間で予測精度は大きく向上していることがわかります。この間、モデルの分解能の向上や物理過程の改良、初期値を作成する技術の改善、気象衛星などによる新たな観測データの利用開始など、多くの技術の進展がありました。気象庁では、最新の科学技術を取り入れ、数値予報のさらなる精度向上を図る取り組みを続けています。  その一つは、規模の小さい大気現象を予測するために計算を行う格子の間隔を細かくすること(高解像度化)です。格子の間隔を細かくすると計算量が大きく増えるため計算に要する時間が長くなりますが、その一方で、防災気象情報や天気予報で計算結果を用いるためには、所定の時間内に計算を終了させる必要があります。このため、膨大な数の格子での計算を高速化する方法や大気中の雨や雲の状態を精度良くかつ効率的に計算する方法の開発に取り組んでいます。  また、数か月以上先の予測には、大気だけでなく海洋の影響が大きくなることから、大気と海洋を同時に取り扱う数値予報モデルの開発・改良を進めています。  さらに、世界中から様々な観測データを集めて「今」の大気の状態を精度よく数値予報モデルに取り込む技術(これを「データ同化技術」と言います。用語集参照)の開発も併せて行っています。特に、ひまわりをはじめとする気象観測衛星や地球観測衛星などの人工衛星、航空機、ウィンドプロファイラ、ドップラーレーダーなどから刻々と送られてくるデータをより有効に利用する手法の開発・改良に重点的に取り組んでいます。 4節 数値予報の利活用  このように、数値予報からは天気、降水量、気温、風など様々な計算結果が得られます。また、数値予報は黄砂や波浪、高潮などの予測にも活用されています。これらのデータは気象業務支援センターを通じて提供され、防災をはじめ、様々な社会経済活動において利用されています。 地球温暖化予測  気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、平成25~26年(2013~2014年)に、三つの作業部会報告書及び統合報告書からなる第5次評価報告書を順次公表しました。この評価報告書は、地球温暖化に関する最新の知見を取りまとめており、国内外の地球温暖化対策に科学的根拠を与える重要な資料となっています。現在は、ホーセン・リー新IPCC議長をはじめとする新たな体制の下、第6次評価報告書作成に向けた検討が行われています。  気象研究所では、最新の大気モデルと海洋モデルを結合して新たに開発した気候モデルに、これまでの気候モデルで扱っていなかったエーロゾル、オゾン、陸域生態系及び海洋生物の効果を表現するモデルを組み合わせた地球システムモデルを開発しました。このモデルを用いた温暖化予測実験の結果や、海洋観測データを同化した10~30年先の近未来予測の結果は、IPCC第5次評価報告書に貢献しました。また、アジアをはじめとした地域的な気候表現をさらに高精度にするモデル開発を進めており、温暖化への中期的な適応策策定や立案に貢献します。  さらに、日本域の詳細な温暖化予測を可能とする高解像度の地域気候モデルを開発し、温暖化予測を通じて、我が国の地球温暖化対策に貢献します。 2章 新しい観測・予測技術 1節 流域雨量指数の計算手法  気象庁は、洪水警報・注意報の精度向上を図るため、発表基準に用いている流域雨量指数を改善(高解像 度・高頻度化し、対象河川を拡大)します。この改善に伴い、従来は雨量の基準を用いて洪水警報・注意報の発表判断を行ってきた長さ15km未満の河川も含めた全国の約2万河川について、流域雨量指数の値が数時間以内に洪水警報・注意報の基準に到達するかどうかで洪水警報・注意報の発表判断を行う方法に変更します(平成29年度出水期より)。ここでは、流域雨量指数の計算手法について説明します。  流域雨量指数とは、河川の上流域に降った雨により、下流の対象地点でどれだけ洪水危険度が高まるかを把握するための指標です。河川流域を1km四方の格子に分け、これまでに降った雨量(解析雨量)と今後降ると予想される雨量(降水短時間予報等)を用いて、①雨水が地表面や地中を通って河川に流れ出る量(流出量)と②河川に沿って流れ下る量(流下量)を計算し、それを指数化しています。  ①の流出量の推定にはタンクモデルという手法を用いています。タンクモデルは、複数に連ねたタンクによって、雨水の地中への浸透や河川への流出の様子を模式化したものです。浸透や流出は「地表面の被覆状態(自然の土の状態か、アスファルトに覆われているか)」や「雨水の浸み込みやすさに関わる地質」に大きく左右されることから、都市用と非都市用の性質が異なるタンクモデル(非都市用は地質に応じた5種類の流出特性の異なるモデル)を土地利用に応じて使い分けています。①の流出量は、当該格子を流れる河川の流下量に足し合わせます。そして、1km格子内の河川流路をさらに6分割し、運動方程式(勾配が大きく水深が深いほど流れが速くなることを表すマニングの平均流速公式)と連続の式(水量の保存則)を用いて②の流下量を計算します。また、河川が合流する格子ではそれぞれの流下量を足し合わせて合流後の流下量とします。  こうして計算される流下量(立方メートル/秒)の平方根をとった値を、当該河川の対象地点での流域雨量指数としています。 2節 全球アンサンブル予報システムの運用開始  数値予報では、大気状態(気温・風・水蒸気など)の時間変化を物理法則に基づいて計算し、将来の大気の状態を予測します。その計算を開始する大気状態の出発点(初期値)は、実際の大気の状態を、様々な観測データを利用してコンピュータ上に可能な限り正確に再現したものです。しかし、実際の大気状態と初期値との間には誤差があり、その誤差は予測時間と共に拡大します。このような性質を考慮し、初期値等にわずかな「ずれ」を与えたときに予測結果が当初の予想からどれだけ異なってくるかを見ることで、予測の信頼度を把握することができます。このように、わずかに異なる初期値等を用いて複数の予測を行うことを「アンサンブル予報」といい、それぞれの計算結果の平均やばらつきの程度といった情報を利用して、発生する可能性がある現象やその発生の確率を予測することができます。  気象庁では平成29年3月から、台風の確率予測情報、週間天気予報、異常天候早期警戒情報及び1か月予報の基礎資料作成に用いる数値予報システムとして、「全球アンサンブル予報システム」の運用を開始しました。このシステムは、上記の各基礎資料の作成に用いていた従来の個別のシステムを統合したものであり、初期値における「ずれ」の推定手法高度化や数値予報の計算手法の改良等により予測精度の向上を図っています。その一例として図に平成28年台風第18号の進路予測を示します。新しいシステム(左図)は従来のシステム(右図)と比べ、予測のばらつきの範囲の中に実際の進路を捕らえることができています。 3節 フェーズドアレイレーダーを用いた研究開発  局地的大雨や集中豪雨、竜巻等突風による相次ぐ気象災害の発生を受けて、国を挙げた防災・減災のための取り組みが進められています。この一環として、気象研究所では最新鋭の気象観測装置であるフェーズドアレイレーダー(PAR)※を用いた研究に取り組んでいます。PARは気象災害をもたらす大気現象をすばやく立体的に観測することが可能であり、新しい防災気象情報への応用が期待されます。 ※Phased-Array Radar 位相配列レーダー:平面上に小型アンテナを複数配列し、それぞれの電波の発射タイミングの制御により、アンテナの上下方向の機械的な首振り機構を省略したレーダー (1)PARとは  360度の全方位を立体的に観測するのに要する時間について、アンテナの角度を上下に変える必要がある従来のレーダーでは5~10分かかっていたところ、電子スキャンという手法を用いるPARではわずか30秒に短縮できます。そのため、短時間に次々と変化する大気現象を、初めて立体的に連続的に捉えることが可能になりました。気象研究所(茨城県つくば市)では、平成27年 (2015年)より同構内でPARを用いた試験観測を行っており、これまでに局地的大雨や線状降水帯、ダウンバーストと呼ばれる突風、台風といったさまざまな現象を捉えました。 (2)平成28年台風第9号の観測  平成28年(2016年)8月22日12時半頃に千葉県館山市付近に上陸した台風第9号は、15時過ぎに茨城県つくば市付近を通過しました。そのため、気象研究所のPARを用いて、地表面から高度約16キロメートルの雲頂に至るまでの台風の立体的な振る舞いを捉えることに成功しました。 ア.台風中心部の立体的な構造  右図はPARで観測された台風中心部の構造です。複数のらせん状の降水帯(スパイラルバンド)が中心部を取り巻く様子がよく分かります。回転する強い気流領域が台風の中心に向かって収縮しながら近づいていくと同時に、中心に最も近いスパイラルバンドでは、対流活動が急速に発達することが明らかになりました。このような立体構造の変化を詳しく解析することにより、台風全体の動力源として働く、中心部のメカニズムの理解に役立てる予定です。 イ.台風から地表面にもたらされる激しい風  台風の接近や通過に伴って地表面には激しい風がもたらされます。PARの観測によって、地表付近に発生する筋状や渦状の強い気流構造が捉えられました。下図(右)は、台風の中心から約150キロメートルの距離に位置する降水帯の観測結果です。降水帯の内部には、地表から高度約2.7キロメートルまでひと続きに存在する、直径2~4キロメートルの小さな渦が埋め込まれている様子が明らかになりました。このような渦はしばしば竜巻を伴いますが、そのメカニズムは分かっていません。今後の詳しい解析により、台風に伴って発生する突風現象の理解が進むと考えられます。 (3)今後の研究開発  最新鋭の気象観測装置であるPARを用いて大気現象の科学的な理解を深め、防災・減災に役立てるためには、さまざまな観点から研究開発を進めることが必要です。気象研究所では、PARが取得する膨大な観測データから、気象災害を引き起こす恐れのある積乱雲を正確に識別する技術や、他のさまざまな気象データと組み合わせて気象現象を直前に予測する技術の研究を進めています。これらの取り組みを通して、より正確で迅速な、未来の防災気象情報の確立を目指します。 3章 地震・津波、火山に関する技術開発 1節 地震災害軽減のための技術開発  気象研究所では、将来、巨大地震が発生すると懸念されている南海トラフ沿いについて、深部低周波地震、ゆっくりすべり(図)など様々な現象に対する検知・解析能力を高めるための研究を行っています。また、大地震が発生した際に、その地震が想定されていたものか早期に判定し、的確な災害対策に貢献する研究を行っています。  気象庁では緊急地震速報を、地震の発生位置と規模(マグニチュード)を推定し、それに基づいて各地の震度を予測する方法で運用しています。気象研究所では、緊急地震速報をより早く、より正確に発表するための新しい手法として、地震の揺れが伝わってくる様子(揺れの分布)からまだ揺れていない場所での揺れを予測する方法を開発しています。さらに、高層ビルが大きく揺れる原因となる長周期の地震動にも対応できるよう研究を行っています。 2節 津波警報・注意報の発表・解除に関する技術開発  東北地方太平洋沖地震による津波観測データの解析により、GPS 波浪計や、更に沖合に設置している海底津波計の観測データが、沿岸に到来する津波を精度よく予測する上で極めて重要であることが確認され、沖合津波観測網の拡充が進められてきました。気象研究所では、津波警報更新の精度向上を図るために、沖合でいち早く観測された津波波形データを使って沿岸に押し寄せる津波を即座に精度よく予測するための手法を開発しています(図)。  また、日本から遠く離れた外国で発生した津波(遠地津波)に関する大津波警報・津波警報及び注意報を適切なタイミングで解除するため、津波の減衰過程の研究にも取り組んでいます。 3節 新しい火山監視手法の開発  気象研究所では、火山活動の監視・予測手法を高度化するために、鹿児島県の桜島周辺に気象レーダー網を展開し、平成28年3月から噴煙のレーダー観測を行っています。  この噴煙観測に用いるレーダーは二種類あります。ひとつはXバンドMP(マルチパラメーター)レーダーで、その名の通り、多くの種類の観測データを得ることができるレーダーです。噴煙を観測して得られたデータを解析することで、噴煙内部の火山灰(礫)の形や大きさに関する情報を得ることが期待されています。もうひとつはKuバンド高速スキャンレーダーで、噴煙全体の立体的な構造を約1分毎に得ることができます。気象研究所ではこのレーダーを用いて、世界で初めて、噴煙の立体構造を約1分毎に得ることに成功しました。  気象研究所ではこれらのレーダーで得られたデータを用いて、噴煙を監視する方法の開発や降灰予報の精度をさらに高めるための研究に取り組んでいます。 4章 大学や研究機関と連携した研究・技術開発  数値予報モデルをはじめとした気象や海洋、地震・火山・津波の監視・予測の技術を向上させるためには、各分野の最先端の知見や研究成果を活用することが必要です。このため気象庁は、国内の大学や研究機関はもとより、諸外国の気象機関などと情報交換や意見交換を行い、研究・技術開発を進めています。  国内の大学や研究機関とは、気象や海洋、地震・火山・津波のそれぞれの分野で合計140余りの共同研究を実施しています。いくつかの共同研究の成果は気象庁で活用されており、例えば、緊急地震速報の実用化も共同研究の成果のひとつです。  気象の分野については、日本気象学会との間で「気象研究コンソーシアム」という研究の枠組みを設けています。「気象研究コンソーシアム」は、気象庁の数値予報による解析・予測データや気象衛星による観測データ等を研究者に提供することにより、大学や研究機関における気象研究を促進し、それにより、わが国における気象研究の発展、気象研究分野の人材育成及び気象予測技術の改善を図ろうとするものです。この枠組みのもとで、40余りの研究課題が取り組まれており、気象・気候の予測技術の開発や、現象の解明のための研究が行われています。平成29年5月の気象学会春季大会では、専門分科会「気象庁データを利用した気象研究の現状と展望」を開催し、数値予報の出力データを利用した研究、気象衛星ひまわり8号データなど新しい観測データを用いた研究などについて議論し、気象庁データが拓く新しい気象研究について展望しました。  数値予報モデル開発に関しては、気象予測や数値シミュレーションのための数値予報モデルを利用する研究者に、気象庁が実際の予報に用いているモデルを貸与し、数値予報技術を用いた研究を促進しています。また、「気象庁数値モデル研究会」を開催し、大学や研究機関の研究者との交流を図っています。平成28年5月には「アンサンブル予報の発展と展望」をテーマとした第9回気象庁数値モデル研究会を、日本気象学会・メソ気象研究連絡会及び観測システム予測可能性研究連絡会と合同で実施しました。  気候の分野では、猛暑や豪雪等の社会・経済に大きな影響を与える異常気象が発生した場合に、その発生要因について最新の科学的知見に基づく分析結果を発表するため、大学や研究機関の専門家と連携して分析を行う「異常気象分析検討会」を設置しています。平成26年9月には平成26年8月の不順な天候について検討会で分析し、見解をまとめたほか、北日本太平洋側で記録的な多雨となった平成28年8月には、その要因について検討会の協力を得て気象庁で分析を行い、報道発表しました。 第3部 気象業務の国際協力と世界への貢献  「大気には国境がない」と言われるように、大気現象は国境に関係なく動いています。精度の良い天気予報とそれに基づく的確な警報・注意報の発表のためには、世界の気象観測データや技術情報の相互交換が不可欠です。気象分野のみならず、気候や海洋、地震・津波、火山分野においても、国境を超えて影響する気候変動や自然災害等への対応のためには国際協力が重要です。このため、気象庁は、世界気象機関(WMO)等の国際機関を中心として世界各国の関連機関と連携しているほか、近隣諸国との協力関係を構築しています。 1章 世界気象機関(WMO)を通じた世界への貢献  WMOは、世界の気象業務の調和的発展を目標として設立された国際連合の専門機関の一つです。世界気象会議(全構成員が出席)を4年毎に開催し、向こう4年間の予算や事業計画を審議するほか、執行理事会(世界気象会議で選出された37名が出席)を毎年開催し、事業計画実施の調整・管理に関する検討を行っています。我が国は昭和28年(1953年)の加盟以来、アジア地区における気象情報サービスの要として中心的な役割を果たしてきており、歴代気象庁長官は執行理事としてWMOの運営に参画しています。国際的なセンター業務を数多く担当するほか、気象庁の多くの専門家が専門委員会や地区協会の活動に貢献しています。  世界の国々が効率的な気象業務を行うためには、統一された方法による大気や海洋の観測、データの迅速な交換、高度なデータ処理に基づく気象情報の作成・提供が必要です。  例えば、気象庁はアジア地区を担当する地区測器センターに指名されており、各国の観測データの品質が保たれるよう、基準となる気象測器の管理や、気象測器の比較校正の支援及び保守等の指導を行っています。この活動は、各国における観測技術の向上に寄与するだけでなく、品質の良い観測データを得ることによって、気象庁が行う天気予報等の精度向上につながるものです。  観測データ等を国際的に迅速に交換するためには、全世界的な気象通信ネットワークも不可欠です。気象庁は、全球情報システムセンター(GISC)として観測データ等の効率的な国際交換・提供に貢献しているほか、地区通信センターとして特に東アジア地域におけるデータ交換の中継を担っています(第1部1章4節「気象庁の基盤情報システムとインターネットを通じた情報発信」参照)。  こうして収集した世界の観測データ等を活用して気象庁が作成したプロダクトは、再び気象通信ネットワークを通じて各国に提供され、各国が行う気象予測や防災活動のために利用されています。気象庁が、北西太平洋域の熱帯低気圧に関する地区特別気象センター(RSMC東京)として提供する情報もその一つです。責任領域内の熱帯低気圧について、解析や予報、予報の根拠、数値予測の情報等をリアルタイムに提供することで、同領域内の各国が行う解析・予報を支援しています。また、国際的なセミナーや研修を実施することにより、熱帯低気圧の監視や解析・予報に係る技術協力、技術移転にも寄与しています。  このように、WMOの枠組みの下で行う国際協力は、世界の観測データ等を確実に入手して精度の良い天気予報等を行い、我が国の防災に資すると同時に、開発途上国等の気象業務サービスの向上を支援することによって、海外で活動する日系企業や在外邦人の安全確保にも貢献しています。 2章 国連教育科学文化機関(UNESCO)を通じた世界への貢献  UNESCO政府間海洋学委員会(IOC)は、世界気象機関(WMO)とも協力し、各国の海洋に関する科学計画の調整を行っています。気象庁は、海洋・津波分野での技術的貢献をしています。 (1)北東アジア地域海洋観測システム地域リアルタイムデータベース  日・中・韓・露が協力し、北東アジア域の海洋、海上気象データの収集、解析、提供を行っています。 (2)津波の警報に関する国際協力  北西太平洋における地震を監視し、津波を発生させるおそれのある大きな地震が発生すると、地震や津波に関する情報を速やかに周辺各国に通知するとともに、各国からの情報を収集して国内の津波防災情報に役立てています。 3章 国際民間航空機関(ICAO)を通じた世界への貢献  ICAOは国連の専門機関の一つであり、国際民間航空業務の健全な発達のために設立されました。気象庁 は、ICAOが主催する航空気象に関する会合に積極的に参加し、航空気象業務の国際的な統一基準の策定や高度化に向けた検討に参画しています。また、ICAO の指定を受けて、東京航空路火山灰情報センター、熱帯低気圧情報センター等の国際的なセンター業務を担当し、世界の航空機の安全運航に貢献しています。 4章 国際的な技術開発・研究計画との連携  気象業務の充実・改善のためには、数値予報モデルの開発・改良に代表される技術開発が不可欠です。気象庁は、各国と協力して様々な国際的な研究計画を進めています。  地球温暖化問題については、昭和63年(1988年)に設立された「気候変動に関する政府間パネル (IPCC)」の活動に対し、気候モデルによる地球温暖化予測をはじめとする研究成果が評価報告書に盛り込まれる等、積極的に貢献しています。 5章 開発途上国への人材育成支援・技術協力について  気象庁は、開発途上国の気象機関等に対し、WMOや政府開発援助、二国間協力等の枠組みを通じて専門家の派遣や研修等を実施しており、気象、海洋、地震・火山などの様々な分野における人材育成支援・技術協力を行っています。  国際協力機構(JICA)とともに実施する研修のうち、集団研修「気象業務能力向上」コースにおいては、昭和48年度から平成28年度までに計75か国333名が気象庁での約3か月の研修に参加しました。研修員の多くは、帰国後、母国の気象業務の発展に主導的な役割を果たしています。  また、気象庁異常気象情報センターはWMO地区気候センターとして、アジア太平洋地域における気候関連業務に関する技術協力を行うとともに、気候情報に関する研修セミナーの開催を通じて人材育成支援を行っています。 コラム ■“ひまわり”がつなぐ各国気象機関との交流  平成27年7月7日に運用を開始した世界最先端の静止気象衛星「ひまわり8号」の観測データは、日本国内に限らず、海外の多くの国・地域で利用されています。とりわけ各国の気象機関にとっては、台風や局地的な大雨、火山灰等の監視・予測に気象衛星の画像が欠かせないものですが、世界で気象衛星を運用する国は限られることから、その観測データを世界各国に共有することは、気象衛星を運用する国の重要な役割でもあります。  「ひまわり8号」や「9号」は、これまでの静止気象衛星と比べて観測する頻度も画像の種類も大幅に増加し、それと同時に、観測データ量は「7号」のときの50倍以上と膨大なものになりました。これらのデータを各国の気象機関に共有するため、「ひまわり8号」からは、「ひまわりクラウド」と「ひまわりキャスト」と称する2つのデータ提供サービスを開始しました。インターネットクラウドサービスを利用する「ひまわりクラウド」は、膨大な量のデータを一元的に提供できます。一方、通信衛星を利用する「ひまわりキャスト」は、衛星画像の解像度を下げて配信しているものの、比較的安価な受信システムを導入することで安定的なデータ受信を確保できるという大きな利点があり、特にインターネット環境の脆弱な開発途上国や島嶼国においては「ひまわりキャスト」の利用が不可欠なものとなっています。  そこで、気象庁は、そのような地域の気象機関においても「ひまわり8号」のデータ利用を円滑に開始してもらうことを目的に、世界気象機関(WMO)や国際協力機構(JICA)の支援によって 「ひまわりキャスト」の受信システムが整備されるよう両機関と技術的な協力等を行ってきました。この結果、現時点(平成29年1月末)までに計18か国が支援を受けて受信システムを設置しています。今後更に2か国にも受信システムが設置される予定です。  これらの支援によって設置されたシステムで受信する「ひまわり」の画像を、より効果的に利用して気象現象等を監視・予測し、防災活動に役立ててもらえるよう、設置が完了した気象機関には順次気象庁の専門家を派遣して研修を行ってきました。研修では、様々な種類の画像の特徴と利用方法、衛星画像等表示解析ソフトウェアの使い方、実例を用いた衛星画像解析など、時間の許す限り講義や実習を行いました。こうした研修はどの気象機関からも歓迎され、「また研修に来てほしい」との要望も沢山寄せられました。  気象庁では、利用者との交流を大事にしながら、引き続き「ひまわり」のデータを活用してもらえるよう継続して支援していきます。また、これを機に訪問した多くの気象機関とは、今後も、気象衛星分野に限らず、台風予報や航空、気候、海洋等の様々な分野で協力関係を強化していきたいと考えています。 第4部 最近の気象・地震・火山・地球環境の状況 1章 気象災害、台風など 1節  平成28年(2016年)のまとめ  平成28年は、気象庁の統計開始(1951年)以来初めて、北海道へ3つの台風が上陸し、また、東北太平洋側へも台風が上陸しました。これらの影響で、北日本では記録的な大雨となりました。その後、9月には台風第16号が強い勢力で鹿児島県大隅半島に上陸して東に進んだ影響で東日本から西日本にかけて大雨や暴風となりました。  また、6月上旬から7月中旬にかけて、梅雨前線が沖縄・奄美から本州付近に停滞した影響で、西日本を中心に大雨になりました。 2節 平成28年(2016年)の主な気象災害 ・平成28年台風第7号・第9号・第10号・第11号及び前線による8月16日から8月31日にかけての大雨及び暴風  平成28年8月16日から8月31日にかけて、台風第7号、第11号、第9号、第10号が相次いで上陸し、東日本から北日本を中心に大雨や暴風となりました。  8月16日から8月17日にかけては、台風第7号が関東地方から東北地方の太平洋沿岸を北へ進み、北海道襟裳岬付近に上陸し、オホーツク海で温帯低気圧に変わりました。  8月21日には、台風第11号が三陸沖を北へ進み、北海道釧路市付近に上陸しました。また、8月21日から8月23日にかけては、台風第9号が伊豆諸島近海を北へ進み、千葉県館山市付近に上陸した後、北海道日高地方に再上陸しました。(北海道に年間2個、再上陸も含めて3個の台風が上陸したのは1951年の統計開始以来、ともに初めてです。)  8月21日に四国の南海上で発生した台風第10号は、8月30日に岩手県大船渡市付近に上陸し、8月31日に日本海で温帯低気圧に変わりました。(東北太平洋側への台風上陸は1951年の統計開始以来、初めてです。)また、8月17日から8月23日にかけて北日本に、8月26日から8月27日にかけては本州付近に前線が停滞しました。また、8月22日には千葉県及び東北地方で、竜巻等の突風が発生しました。  これらの影響で、東日本から北日本を中心に大雨や暴風となり、河川の氾濫、浸水害、土砂災害等が発生し、甚大な被害となりました。  特に、8月20日頃から8月23日頃にかけての台風第11号、第9号及び前線等による大雨では北海道や神奈川県で死者計2名、8月26日頃から8月31日頃にかけての台風第10号、前線及び低気圧等による大雨では北海道や岩手県で死者計22名の人的被害が生じたほか、住家被害、ライフライン、公共施設、農地等への被害及び交通障害が発生しました。(※) ※大雨や暴風による被害状況は以下のとりまとめによる。 ・内閣府  平成28年台風第7号による被害状況等について(平成28年11月16日現在)  平成28年台風第11号及び第9号による被害状況等について(平成28年11月16日現在)  平成28年台風10号による被害状況等について(平成28年11月16日現在) ・国土交通省  台風第7号による被害状況等について(平成28年11月16日現在)  8月20日から続く大雨等による被害状況等について(平成28年11月16日現在)  台風第10号による被害状況等について(平成28年11月16日現在) ・平成28年台風第16号及び前線による9月17日から9月20日にかけての大雨及び暴風  平成28年台風第16号は、9月17日に沖縄県与那国島付近を北上した後に東シナ海を北東へ進み、9月20日0時過ぎに強い勢力で鹿児島県大隅半島に上陸しました。その後、台風は四国沖を北東へ進み、9月20日13時半頃に和歌山県田辺市付近に再上陸し、更に17時過ぎに愛知県常滑市付近に再上陸した後、21時に東海道沖で温帯低気圧となりました。  台風第16号や台風から変わった温帯低気圧、日本付近に停滞した前線の影響で、西日本の太平洋側を中心に猛烈な雨を観測し、9月17日から9月20日にかけての降水量は多い所で600ミリを超えるなど、南西諸島から東日本にかけての広い範囲で大雨となったほか、南西諸島や九州南部を中心に暴風となりました。また、9月19日には宮崎県で、9月20日には三重県で、竜巻等の突風が発生しました。  大雨により土砂災害や浸水害等が発生して甚大な被害となり、住家被害、ライフライン、公共施設、農地等への被害及び交通障害が発生しました。(※) ※大雨や暴風による被害状況は以下のとりまとめによる。 ・内閣府  平成28年(2016年)台風第16号による被害状況等について(平成28年11月16日現在) ・国土交通省  台風第16号による被害状況等について(平成28年11月16日現在) 3節 平成28年(2016年)の台風  平成28年(2016年)の台風の発生数は平年並の26個(平年25.6個)でした。台風第1号の発生は7月3日で、台風の統計を開始した1951年以降、1998年の7月9日に次いで2番目に遅くなりましたが、7月以降は平年よりも多くの台風が発生し、年間の発生数としては平年並となりました。  日本への接近数は平年並の11個(平年11.4個)でした。上陸数は、第7号、第8号、第10号、第11号、第12号、第16号の6個(平年値2.7個)で、統計開始以降、2004年の10個に次いで1990年、1993年と並んで2番目に多くなりました。 2章 天候、異常気象など 1節 日本の天候  平成28年(2016年)は、北日本の秋を除き、全国的に高温傾向が続きました。年平均気温は東・西日本、沖縄・奄美でかなり高く、北日本で高くなりました。東日本では、平年差+1.0℃と1946年の統計開始以降で2004年と並び、最も高くなりました。  各地域それぞれに降水量がかなり多くなる季節があり、西日本と沖縄・奄美では、2015/16年冬に低気圧の影響を受けやすく、降水量がかなり多くなりました。北日本では、8月に台風第7号、第11号、第9号、第10号が相次いで上陸し、大雨や暴風になったことなどから、夏の降水量がかなり多くなりました。西日本では、秋に低気圧や前線、台風の影響を受け、降水量がかなり多くなりました。これらの影響で、年降水量は、北日本太平洋側、西日本、沖縄・奄美でかなり多く、北日本日本海側で多くなりました。東日本は平年並でした。  日照時間は、春はほぼ全国的に多くなりましたが、秋は西日本中心にほぼ全国的に少なくなりました。年間日照時間は、西日本では少なくなりましたが、北日本と東日本日本海側では多くなりました。東日本太平洋側と沖縄・奄美は平年並でした。 平成28年(2016年)の各季節の特徴は以下のとおりです。 ① 冬(平成27年12月~平成28年2月)は、強い寒気の南下は一時的で、冬型の気圧配置は長続きしな かったため、全国的に気温が高く暖冬となりました。特に、東・西日本の冬の平均気温はかなり高くなりました。日本海側の冬の降雪量は、ほぼ全国的に少なくなりましたが、1月下旬の強い寒気の影響で、九州北部地方ではかなり多くなりました。低気圧や前線の影響で、全国的に降水量が多く、西日本と沖縄・奄美ではかなり多くなりました。特に沖縄・奄美では、冬の降水量が平年比188%となり、1947年の統計開始以降で最も多くなりました。 ② 春(3~5月)は、日本の南と日本の東で高気圧が強く、南から暖かい空気が流れ込んだため、春の平均気温は全国的にかなり高くなりました。春の降水量は、4月に低気圧や前線の影響を受けやすかった西日本太平洋側と沖縄・奄美では多くなりました。一方、3月と5月に移動性高気圧に覆われて晴れる日が多かった北日本太平洋側では少なく、東日本日本海側ではかなり少なくなりました。また、春の日照時間 は、東日本日本海側ではかなり多く、北・西日本で多くなりました。 ③ 夏(6~8月)は、日本付近は暖かい空気に覆われやすく、全国的に夏の平均気温は高くなりました。 特に、沖縄・奄美では、日照時間が多く強い日射を受けて、夏の平均気温は平年差+1.1℃と1946年の統計開始以降、最も高くなりました。北日本では、6月は低気圧の影響を受けやすく、8月は台風が相次いで接近・上陸したほか前線や湿った気流の影響を受けやすかったことから、夏の降水量がかなり多くなりました。特に、北日本太平洋側では平年比163%となり、1946年の統計開始以降最も多くなりました。台風は、第7号、第11号、第9号が相次いで北海道に上陸し、第10号が岩手県に上陸しました。台風の影響で、東日本から北日本を中心に、大雨や暴風となり、特に北海道と岩手県では記録的な大雨となり、河川の氾濫、浸水害、土砂災害などが発生しました。夏をとおして、平均的には日本付近は高気圧に覆われやすかったため、夏の日照時間は、ほぼ全国的に多くなりました。 ④ 秋(9~11月)は、西日本と沖縄・奄美では寒気の影響が弱く、南から暖かい空気が流れ込んだため、秋の平均気温はかなり高くなりました。沖縄・奄美では平年差+1.3℃、西日本では平年差+1.2℃となり、統計を開始した1946年以降で最も高い記録となりました。一方、北日本では9月は高温となりましたが、10月からは断続的に大陸からの強い寒気が流れ込んだため、秋の平均気温は2002年以来14年ぶりに低くなりました。全国的に低気圧や前線の影響で、秋の日照時間が少なく、特に、西日本日本海側では平年比74%、西日本太平洋側では平年比82%となり、いずれも1946年の統計開始以降で最も少なくなりました。西日本では、台風の影響もあり、秋の降水量はかなり多く、西日本日本海側では平年比173%となり、1946年の統計開始年以降で最も多くなりました。 2節 世界の主な異常気象  平成28年(2016年)は、世界の広い範囲で異常高温となる月が多く、特に低緯度域ではほぼ年間を通じて異常高温が持続しました(図中④⑤⑧⑫⑮⑯⑰⑱⑲㉑㉒㉔㉕㉖㉗㉘㉚)。ノルウェー北部のスバールバル諸島では2月の月平均気温が-5.6℃(平年差+8.0℃)、サウジアラビア西部のメッカでは3月の月平均気温 が31.5℃(平年差+4.1℃)、ブラジル東部のバラドコルダでは2~8月の7か月平均気温が28.1℃(平年差+2.3℃)でした。  フランス南西部からスペイン北東部で7~8、10、12月に、ブラジル東部で2~5月に異常少雨となりました (図中⑭㉕)。フランスの7~8月の2か月降水量は1959年以降で最も少なく(フランス気象局)、フランス南西部のグールドンでは7~8月の2か月降水量が13mm(平年比10%)でした。ブラジル東部のビトリアダコンキスタでは2~5月の4か月降水量が32mm(平年比9%)でした。  ヨーロッパ南東部で2~3、5~6、10月に、米国中西部から南部で3~4、7~8月に、オーストラリア南東部で1、6、9月に異常多雨となりました(図中⑬⑳㉙)。ルーマニアのブカレストでは10月の月降水量が128mm (平年比259%)、米国テキサス州サンアントニオでは4月の月降水量が157mm(平年比295%)でした。オーストラリアの6月の月降水量は、1900年以降で2番目に多く(オーストラリア気象局)、キャンベラでは6月の月降水量が144mm(平年比333%)でした。  中国では、4~7月に南東部から南部を中心にたびたび大雨に見舞われ、長江流域の大雨等の影響により、合計で490人以上が死亡したと伝えられました(図中③)。ハイチ及び米国南東部では、10月に発生したハリケーン「MATTHEW」により大きな被害が発生し、ハイチで540人以上(国連人道問題調整事務所)、米国南東部で40人以上(米国政府)が死亡したと伝えられました(図中㉓)。  なお、災害の記述は、米国国際開発庁海外災害援助局とルーベンカトリック大学災害疫学研究所(ベル ギー)が共同で運用する災害データベース(EM-DAT)や各国の政府機関、国連機関の発表等に基づき、人的被害や経済的損失の大きさ、地理的広がりを考慮して取り上げています。 3節 平均気温  平成28年(2016年)の世界の年平均気温の昭和56年(1981年)~平成22年(2010年)の30年平均を基準とした偏差(図の注参照)は+0.45℃(20 世紀平均を基準とした偏差は+0.81℃)で、明治24年(1891年)以降最も高い値となり、3年連続で最高値を更新しました。世界の年平均気温は、長期的には100年当たり約0.72℃の割合で上昇しており、特に1990年代半ば以降、高温となる年が頻出しています。  平成28年(2016年)の日本の年平均気温の昭和56年(1981年)~平成22年(2010年)の30年平均を基準とした偏差は+0.88℃(20世紀平均を基準とした偏差は+1.48℃)で、明治31年(1898年)以降、最も高い値となりました。日本の年平均気温は、長期的には100年当たり約1.19℃の割合で上昇しており、特に1990年代以降、高温となる年が頻出しています。 4節 大気中の二酸化炭素  二酸化炭素は、人為起源の温室効果ガスの中で地球温暖化に最も大きな影響を与えます。大気中の二酸化炭素の濃度は、工業化(18世紀後半)以前の過去約2000年間は280ppm程度でしたが、その後の産業活動などによる化石燃料の消費や森林破壊などの人間活動に伴って、世界的に増加の一途をたどっています。平成27年(2015年)の二酸化炭素の世界平均濃度は400.0ppmでこれまでの最高値を更新し、平成17年(2005年)から平成27年(2015年)までの10年間で、世界平均濃度は1年あたり約2.1ppm増加しています。緯度帯別の二酸化炭素月平均濃度の経年変化を見ると、北半球の中・高緯度帯の方が南半球よりも大きな季節変動をしており、また年平均濃度も高くなっています。これは、二酸化炭素の吸収源(森林など)・放出源(化石燃料消費など)のどちらも北半球に多く存在するためです。 5節 温室効果ガスとしてのハロカーボン類  塩素などを含む炭素化合物の総称であるハロカーボン類は、強い温室効果を持ち、冷媒や溶剤として20世紀中頃から大量に生産・消費されてきました。大気中の濃度はとても低いものの、物質によっては同濃度の二酸化炭素の数千倍を超える温室効果をもたらします。その中でも、オゾン層破壊物質でもあるクロロフルオロカーボン類(いわゆるフロン類: CFC-11,CFC-12,CFC-113)、四塩化炭素(CCl4)、トリクロロエタン(CH3CCl3)は、1987年に採択されたモントリオール議定書による生産等の規制の効果により、大気中の濃度は近年減少傾向にあります。  一方で、代替フロンとして使用が増加しているハイドロクロロフルオロカーボン類(HCFCs)やハイドロフルオロカーボン類(HFCs)は、今のところ量は少ないものの急速に増えつつあります。 6節 海面水温  平成28年(2016年)の世界の年平均海面水温の平年差(昭和56年(1981年)~平成22年(2010年)までの30 年平均値からの差)は+0.33℃で、統計を開始した明治24年(1891年)以降、最も高い値となりました。世界の年平均海面水温は、数年から数十年に及ぶ時間スケールの海洋・大気の変動や地球温暖化等の影響が重なりながら変化していますが、長期的には100 年あたり0.53℃の割合で上昇しています。数年から数十年の時間スケールでは、1970年代半ばから2000 年前後にかけて顕著な上昇が見られた後、2010年代前半までは停滞していましたが、平成28年(2016年)は、平成26年(2014年)と平成27年(2015年)に続いて3年連続で統計開始以降の最高記録を更新しました。  平成26年(2014年)の夏に発生したエルニーニョ現象は、平成27年(2015年)11~12月に最盛期となり、平成28年(2016年)春に終息しました。世界の年平均海面水温の平年差の最高記録更新には、この平成26年(2014年)から平成28年(2016年)にかけて発生したエルニーニョ現象も影響したと考えられます。  平成28年の日本近海の海面水温は、オホーツク海南部、千島近海を除いて概ね平年より高く、釧路沖では10月まで平年より かなり高くなっていました。常磐沖では5月まで平年より低くなっていました。5~6月はオホーツク海南部、千島近海で平年より低くなっていました。8月は日本海、東シナ海、沖縄の南、四国沖、沖縄の東で平年よりかなり高く、関東南東方、父島近海、南鳥島近海では平年より低くなっていました。10~12月は東シナ海南部、沖縄の南で平年よりかなり高くなっていました。11~12月は、北海道西方、オホーツク海南部、千島近海で平年より低くなっていました。 7節 海洋中の二酸化炭素  海洋は、人間活動により放出された二酸化炭素の約3分の1を吸収していると見積もられており、地球温暖化の進行を緩和しています。気象庁の海洋気象観測船「凌風丸」と「啓風丸」は、昭和59年(1984年)から30年以上にわたって北西太平洋で表面海水中と大気中の二酸化炭素濃度を観測しています。東経137度線に沿った日本の南から赤道域までの海域においては、毎年冬季(1~2月)に表面海水中の二酸化炭素濃度が大気中の濃度より低いことが観測されており、海洋が大気中の二酸化炭素を吸収しています。また、北緯7度から33度で平均した二酸化炭素濃度は、昭和59年(1984年)から平成28年(2016年)まででみて、大気中で1年に1.8ppm、表面海水中で1年に1.7ppmの割合で増加しています。 8節 オホーツク海の海氷  平成28年(2016年)から平成29年(2017年)のオホーツク海の海氷域面積は、平成28年12月から平成29年1月上旬までを除き、平年並か平年より小さく推移し、シーズンの最大海氷域面積は93.57万平方キロメートルで平年の80%でした。  一方、オホーツク海南部では、海氷域は1月半ばまでは平年より早く南下しました。網走の流氷初日(海岸から流氷が観測された最初の日)は平年より10日遅い1月31日、網走の流氷接岸初日は平年と同じ2月2日でした。稚内の流氷初日は平年より19日早い1月25日、流氷終日は平年より45日早い1月26日でした。網走の海明け(海氷の占める割合が5割以下になり船舶の航行が可能になった最初の日)は平年より14日早い3月6日、流氷終日は平年より13日遅い4月24日でした。なお、釧路では3月22日に9年ぶりに流氷初日を観測しました。これは平年より22日遅く、昭和21年(1946年)の統計開始から、流氷初日を観測した中で最も遅い記録でした。  オホーツク海の海氷域面積は年ごとに大きく変動していますが、最大海氷域面積は昭和46年(1971年)の統計開始以来、10年当たり6.7万平方キロメートル(オホーツク海の全面積の4.3%に相当)の割合で減少しています。 3章 地震活動 1節 日本及びその周辺の地震活動  平成28年(2016年)に震度5弱以上を観測した地震は33回(平成27年は10回)、震度1以上を観測した地震は6,587回(平成27年は1,842回)でした。「平成28年(2016年)熊本地震」をはじめ、国内で被害を伴った地震は7※1回(平成26年は6回)でした。また、日本及びその周辺で発生した地震でマグニチュード6.0以上の地震は27回(平成27年は18回)でした。  主な地震活動は下図及び次ページの表のとおりです。 ※1 4月14日以降に、熊本県から大分県にかけて発生した一連の地震活動(「平成28年(2016年)熊本地震」)により生じた被害については1回として扱った。 2節 世界の地震活動  平成28年(2016年)に発生したマグニチュード7.0以上または死者(行方不明者を含む)を伴った地震は28回(平成27年は27回)でした。また、マグニチュード8.0以上の地震はありません(平成27年は2回)でした。最も規模の大きかった地震は、12月17日にパプアニューギニア、ニューアイルランドで発生したMw7.9の地震でした。海外の地震により日本で津波を観測した地震はありませんでした。 主な地震活動は表のとおりです。 4章 火山活動  平成28年(2016年)の日本の主な火山活動は以下のとおりです。そのほかの最新の火山活動のとりまとめについては、気象庁ホームページに掲載している火山活動解説資料をご覧ください(http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/monthly_v-act_doc/monthly_vact.htmまたは、「気象庁火山活動解説資料」を検索)。 ○雌阿寒岳(北海道)  雌阿寒岳では、ポンマチネシリ96-1火口の噴煙量が平成27年6月頃からやや多くなっていましたが、平成28年5月頃から低下しています。6月及び9月に実施した現地調査では、ポンマチネシリ96-1火口の噴煙は、平成27年11月の調査と比較して勢いが低下しており、また、平成27年に拡大がみられたポンマチネシリ第3火口及び第4火口の地熱域は消散していることを確認しました。地震活動は、ポンマチネシリ火口付近の浅い所を震源とする火山性地震が5月から6月にかけて一時的にやや増加しましたが、それ以外の期間は低調に経過しました。GNSS観測では、浅部の膨張は収縮に転じている可能性があり、やや深部の膨張は停滞した可能性があります。 ○十勝岳(北海道)  十勝岳では、ここ数年、山体浅部の膨張や大正火口の噴煙量増加および地震増加、火山性微動の発生、発光現象などが観測されており、火山活動に高まりがみられています。62-2火口周辺では、引き続き熱活動が活発な状態が継続しています。地震活動は、62-2火口付近のごく浅い所(海抜0km以浅)を震源とする火山性地震が一時的にやや増加する日がありましたが、1日あたり概ね10回以下と低調に経過しました。GNSS連続及び繰り返し観測では、平成18年以降、62-2火口直下浅部の膨張を示すと考えられる変動が引き続き認められています。 ○倶多楽(北海道)  倶多楽では、2月4日18時から6日にかけて倶多楽の西側を震源とする地震が増加しました。地震増加時にその他の観測データに特段の変化はなく、それ以外の期間については、地震活動は低調に経過しました。 また、倶多楽では、11月5日から大正地獄において小規模な熱湯噴出が発生しました。11月6日及び7日に実施した現地調査では、大正地獄で熱湯の噴出が断続的に発生しており、一時的に高さが最大6~7mまで上がっているのを確認し、また、大正地獄周辺約30mの範囲には噴出に伴うと考えられる泥が飛散した痕跡を確認しました。11月15日まで断続的に小規模な熱湯噴出が発生しましたが、11月16日以降収まり、その後は12 月19日に一時的にみられたのみでした。 ○吾妻山(福島県)  吾妻山では、3月から4月にかけて火山性地震が多い状態となりましたが、そのほかの期間、地震活動は低調に経過しました。5月及び7月の現地調査では、大穴火口北西で新たに複数の弱い噴気や地温の高い領域を確認しましたが、9月及び10月の調査では特段の変化は認められませんでした。地殻変動観測では、一切経山付近の緩やかな収縮または停滞の傾向で経過しました。これらのことから、吾妻山では大穴火口周辺に影響を及ぼす噴火の兆候は認められなくなったと判断し、10月18日15時00分に噴火予報を発表し、噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。その後、大穴火口付近の熱活動は継続していますが、地震活動は低調に経過し、地殻変動にも特段の変化はみられていません。 ○草津白根山(群馬県)  草津白根山では、火山性地震が概ね少ない状態で経過しました。地殻変動観測によると、平成26年4月頃から湯釜付近の膨張を示す変動が認められていましたが、平成27年11月頃より停滞しています。湯釜火口の北から北東内壁及び水釜火口の北から北東側にかけての斜面での熱活動や、北側噴気地帯での活発な噴気活動が継続しており、東京工業大学によると、北側噴気地帯のガス組成と湯釜湖水の化学成分には火山活動の活発化を示す変化が引き続きみられています。これらのことから、草津白根山では、噴火警戒レベル2(火口周辺規制)を継続しました。 ○浅間山(長野県、群馬県)  浅間山では、平成27年6月19日を最後に、噴火は観測されていません。山頂火口からの噴煙は白色で、火口縁上概ね500m以下で経過しました。山頂火口で、夜間に高感度の監視カメラで観測できる程度の微弱な火映が1月及び6月以降時々観測されました。5月23日(群馬県の協力による)、5月31日(陸上自衛隊東部方面航空隊の協力による)の上空からの観測では、これまでの観測と比較して、火口内の地形に大きな変化はありませんでしたが、火口底中央部の火孔付近の高温領域が縮小しているのが認められました。山頂火口からの火山ガス(二酸化硫黄)の放出量は、1月は1日あたり700~900トンとやや多い状態で、その後減少しましたが、12月16日には1,000トンと再び多い状態となりました。山頂火口直下のごく浅い所を震源とする体に感じない火山性地震は、概ねやや多い状態で経過しました。これらのことから、浅間山では、噴火警戒レベル2(火口周辺規制)を継続しました。 ○新潟焼山(新潟県、長野県)  新潟焼山では、平成27年夏頃から山頂部東側斜面の噴煙がやや高く上がる傾向が認められ、平成27年12月からは噴煙量も多くなっていました。GNSS連続観測では、平成28年1月頃から新潟焼山を南北に挟む基線で伸びがみられました。新潟県及び新潟県警察の協力により実施した上空からの観測、並びに高谷池 ヒュッテ及び妙高火山研究所からの通報によると、4月15日と5月6日に、山頂東側斜面の噴気孔の近傍にわずかな降灰を、また、7月21日には山頂から南南東およそ1.5km付近でわずかな火山灰が堆積しているのを確認しました。5月1日以降、振幅の小さな火山性地震がやや増加し、5月4日以降は低周波地震も時々発生しました。山頂の北4kmに設置しているカラサワ観測点の傾斜計では、地震の増加に先行して、4月30日頃から5月1日頃にかけて山頂方向上がりの変化がみられました。秋以降、噴煙高度は低下していますが、平成27年夏以前と比べてやや高い状態が続いています。火山性地震は次第に減少しています。GNSSによる地殻変動観測では、夏以降は停滞傾向が認められています。 ○御嶽山(岐阜県、長野県)  御嶽山では、平成26年10月以降噴火の発生はなく、火山活動は緩やかに低下していますが、火口列からの噴煙活動や地震活動が続いています。噴煙活動は、緩やかに低下しているものの、平成26年8月以前の状況には戻っていません。山頂直下付近の地震活動も継続しています。5月19日、9月27日、10月10日、11月19日に振幅が小さく、継続時間の短い火山性微動を観測しました。そのうち9月27日の火山性微動では、微動に伴って、山頂方向上がりのわずかな傾斜変化が観測されました。これらのことから、御嶽山では、噴火警戒レベル2(火口周辺規制)を継続しました。 ○西之島(東京都)  西之島では、平成25年11月以降続いていた噴火や溶岩の流出は、平成27年11月下旬以降はいずれも確認されていません。平成27年12月以降は地表面温度が低下した状態が継続しています。平成28年5月頃から地殻変動観測で火口周辺の沈降と考えられる変動がみられており、6月には火山ガスの放出量の低下も確認されました。 このように、火山活動に明らかな低下が認められ、島内の広い範囲で警戒が必要な噴火が発生する可能性は低下したと考えられたことから、8月17日15時00分に火口周辺警報(入山危険)を火口周辺警報(火口周辺危険)に引き下げ、警戒が必要な範囲を火口から概ね1.5kmから概ね500mに縮小し、併せて火山現象に関する海上警報を解除しました。9月以降の海上保安庁による観測では、第7火口及び付近からの噴気放出等は確認されていません。 ○硫黄島(東京都)  硫黄島では、11月3日から4日にかけて、一時的に火山性地震が増加しました。これに伴い、GNSS連続観測で島の南部が膨張源とみられる地殻変動が観測されました。GNSS連続観測によると、地殻変動は長期的に隆起・停滞を繰り返しています。国立研究開発法人防災科学技術研究所によると、8月31日から9月1日の間に、阿蘇台陥没孔でごく小規模な噴火が発生したと推定されます。10月及び12月に阿蘇台陥没孔西の海岸(沈船陥没孔付近)から概ね30m以下の噴気が上がっているのが確認されました。 ○阿蘇山(熊本県)  阿蘇山の中岳第一火口では、2月17日、18日、3月4日、4月16日、5月1日、10月7日に噴火が発生し、10月8日01時46分には爆発的噴火が発生しました。10月7日21時52分の噴火では、火口から西側700mの中岳西山腹観測点で最大振幅118μm/sの火山性微動を観測し、火口から南西側1.2kmの古坊中観測点で27Paの空振を観測しました。その後、翌8日01時46分に爆発的噴火が発生し、中岳西山腹観測点で最大振幅1,870μm/sの爆発地震を観測、南阿蘇村中松で震度2を観測しました。また、古坊中観測点で189Paの空振を観測しました。気象衛星ひまわり8号による観測では、8日の爆発的噴火で海抜高度11,000mの噴煙が解析されました。この噴火により、01時55分に火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から3(入山規制)に引き上げました。同日実施した現地調査及び電話による聞き取り調査では、阿蘇山の北東側で降灰の量が3,800g/㎡に達する等の多量の降灰となったほか、熊本県、大分県、愛媛県、香川県、岡山県で降灰を確認しました。また、中岳第一火口から北東側約4kmの国立阿蘇青少年交流の家で長径7cmの小さな噴石を確認したほか、北東側約20kmの大分県竹田市でも直径数mmの小さな噴石を確認しました。熊本大学教育学部、京都大学火山研究センター、産業技術総合研究所及び気象庁が実施した調査では、8日の爆発的噴火に伴う噴出物の総量は60~65万トン程度と見積もられています。 ○霧島山(新燃岳)(宮崎県、鹿児島県)  新燃岳では、噴火は発生しませんでしたが、白色の噴煙を時々観測しました。また、火山性地震は1月から7月にかけてやや増加しました。地震回数は750回で、前年(平成27年:529回)よりやや増加しました。震源は、主に新燃岳付近のごく浅い海抜下2kmに分布しました。GNSS連続観測によると、新燃岳の北西数㎞の地下深くにあると考えられるマグマだまりの膨張を示す地殻変動は、平成25年12月頃から伸びの傾向が見られていましたが、平成27年1月頃から停滞しています。また、新燃岳周辺の一部の基線では、5月頃からわずかに伸びの傾向がみられていましたが、10月頃から停滞しています。これらのことから、霧島山(新燃岳)では、噴火警戒レベル2(火口周辺規制)を継続しました。 ○霧島山(えびの高原(硫黄山)周辺)(宮崎県、鹿児島県)  えびの高原(硫黄山)周辺では、2月28日、えびの高原(硫黄山)周辺の浅いところを震源とする火山性地震が53回発生したことから、火山活動が活発化し、小規模な噴火が発生する可能性が高いと判断し、11時00分に火口周辺警報(火口周辺危険)を発表しました。2月29日以降、火山性地震は少ない状態で経過し、噴気の状態にも特段の変化は認められなかったことから、火山活動は低下し、硫黄山周辺に影響を及ぼす噴火の兆候は認められなくなったと判断して、3月29日10時00分に噴火予報を発表し、火口周辺警報(火口周辺危険)を解除しました。12月12日、えびの高原(硫黄山)周辺の浅いところを震源とする火山性地震が70回発生し、火山性微動や山体の隆起を示す傾斜変動が観測されました。これらのことから、火山活動が高まり、小規模な噴火が発生する可能性があると判断して、11時40分に火口周辺警報(噴火警戒レベル2)を発表しました。同日以降、火口周辺では噴気の量がやや多くなり、噴気活動が活発な状態となりました。 ○桜島(鹿児島県)  桜島の昭和火口では、2月から7月までは活発な噴火活動がみられましたが、8月以降は活動が低下しました。7月27日以降は昭和火口及び南岳山頂火口ともに小規模以上の噴火は観測されていません。平成28年の噴火回数は142回(2015年:1250回)で、そのうち爆発的噴火の回数は47回(平成27年:737回)と前年に比べ減少しました。2月5日18時56分には昭和火口で爆発的噴火が発生し、弾道を描いて飛散する大きな噴石が3合目まで達するとともに、噴煙の高さは火口縁上 2,200mまで上がりました。この爆発的噴火により、同日、19時13分に火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベル2(火口周辺規制)から3(入山規制)へ引き上げました。また、7月26日00時02分の爆発的噴火では、噴煙が火口縁上5,000mまで上がり、桜島島内の西側から南西側でやや多量の降灰(1平方メートル当たりの最大で334g)が観測されたほか、鹿児島市から日置市にかけての広い範囲で降灰を確認しました。南岳山頂火口では、3月から6月にかけて小規模な噴火が 時々発生しました。噴火の回数は3月6回、4月1回、5月3回、6月1回でした。このうち、噴煙の高さが最も高かったのは、5月13日16時38分の噴火で、噴煙は3,700mまで上がりました。桜島島内の傾斜計、伸縮計による観測では、平成27年8月の急激な変動以降、顕著な山体膨張を示す地殻変動はみられていません。GNSS連続観測では、姶良カルデラ(鹿児島湾奥部)の地下のマグマだまりの膨張が続いており、平成27年1月頃から地殻変動の膨張速度がやや増大しています。島内では、平成27年8月の急激な山体膨張の変動以降、山体の収縮傾向がみられていましたが、平成28年1月頃から停滞しています。 ○口永良部島(鹿児島県)  口永良部島では、平成27年6月19日のごく小規模な噴火の後、噴火は観測されていません。新岳火口の噴煙活動には特段の変化はなく、白色の噴煙が火口縁上200~400mの高さ(最高高度は1,000m)で経過しました。現地調査では、火口周辺の地形や噴気等の状況に変化は認められていません。3月11日(陸上自衛隊第8師団と鹿児島県の協力による)、5月26日及び31日(海上自衛隊第1航空群の協力による)の上空からの観測では、新岳火口の火口底からわずかに噴気が上がっているのを確認し、火口西側の割れ目付近からも噴気が上がっているのを確認しましたが、平成27年11月3日の観測と比較すると、新岳火口及び火口周辺の形状や噴煙の状況に特段の変化は認められませんでした。火山性地震は、概ね少ない状態で経過しましたが、11月頃からやや増加しました。年回数は435回と前年(1,490回)より減少しました。GNSS連続観測では、火口を挟む基線で平成28年1月頃から縮みの傾向が認められており、平成27年5月の噴火前から続いていた新岳の膨張状態が収縮に転じていました。期間中に東京大学大学院理学系研究科、京都大学防災研究所、産業技術総合研究所、屋久島町及び気象庁が実施した観測では、火山ガス(二酸化硫黄)の放出量は、1日あたり50~500トンと平成27年5月の噴火前後より大幅に減少した値で経過していましたが、平成26年8月3日の噴火前よりは多い状態が続いています。これらのことから、口永良部島では、噴火警戒レベル3(入山規制)を継続しました。 ○諏訪之瀬島(鹿児島県)  諏訪之瀬島の御岳火口では、噴火が時々発生しました。そのうち爆発的噴火は77回で、活発な火山活動が継続しました(平成27年:107回)。これらの爆発的噴火に伴い、監視カメラで火口付近に飛散する噴石を時々確認しました。噴火に伴う灰白色の噴煙は、概ね火口縁上1,000m以下で経過しました。8月1日7時44分に発生した噴火では、15時00分に灰白色の噴煙が火口縁上2,700mまで上がり(前年の最高1,700m)、平成15年の観測開始以降の最高となりました。ほぼ年間を通して夜間に高感度の監視カメラで火映を観測しました。十島村役場諏訪之瀬島出張所によると、御岳の南南西約4kmの集落や切石港(御岳の南約3.5km)で降灰を確認した日数は20日(平成27年:9日)でした。5月26日及び31日の上空からの観測(海上自衛隊第1航空群の協力による)では、31 日に御岳火口内からは白色噴煙が火口縁上400m上がっているのを確認しました。これらのことから、諏訪之瀬島では、噴火警戒レベル2(火口周辺規制)を継続しました。 5章 黄砂、紫外線など 1節 黄砂  気象庁では、国内59か所(平成29年(2017年)3月31日現在)の気象台や測候所で、職員が目視により大気現象として黄砂を観測しています。統計を開始した昭和42年(1967年)から平成28年(2016年)までに黄砂観測日数が最も多かったのは、平成14年(2002年)の47日です。平成28年(2016年)の黄砂観測日数は11日(平年は24.2日)でした。黄砂観測日数は、昭和42年(1967年)から平成28年(2016年)の統計期間では増加傾向が見られますが、年ごとの変動が大きく、長期的な変化傾向を確実に捉えるには今後の観測データの蓄積が必要です。  日本への黄砂の飛来は、例年3月~5月に集中しています。この時期は、①黄砂発生源となっている地域で砂を覆う積雪がなくなる一方、まだ植物が芽吹いていないため乾燥した裸地となっており、砂じんが舞い上がりやすい状態であること、②砂を舞い上げ、運ぶ強風の原因となる低気圧が通る頻度の高い季節であることから、黄砂が多く飛来します。この時期以外にも、黄砂発生源が乾燥していて上空の風が日本へ向いて吹いているなどの条件がそろえば、日本に黄砂が飛来します。  平成28年(2016年)の月別黄砂観測日数は、4月は平年と同じでしたが、その他の月は平年を下回りました。 2節 オゾン層・紫外線  国内のオゾン全量は、1980年代を中心に札幌、つくばで減少が進みましたが、1990年代半ば以降、国内では緩やかな増加傾向がみられます(第1部3章3節「環境気象情報の発表」参照)。また、南極域では1980年代初め頃からオゾンホールが観測されており、平成28年(2016年)のオゾンホールは、9月28日にこの年の最大面積である2,270万平方キロメートル(南極大陸の面積の約1.6倍)まで発達し、11月中旬に消滅しました。オゾンホールの最大面積は、最近10年間の平均値と同程度であり、依然として規模の大きい状態が続いています。  国内の紅斑(こうはん)紫外線量は、観測を開始した1990年代はじめから緩やかな増加傾向がみられます。一般に、上空のオゾン量の減少に伴って地表に到達する紫外線は増加しますが、この期間、国内ではオゾン量の減少は観測されていません。紫外線を散乱・吸収する大気中の微粒子の減少や天候の変化(雲量の減少)などが紅斑紫外線量の増加の原因と考えられています。 3節 日射と赤外放射  気象庁では、日射と赤外放射について地球環境や気候への影響を把握するため国内5地点(札幌、つくば、福岡、南鳥島、石垣島)で精密な日射放射観測を行い、全天日射、直達日射、散乱日射および下向き赤外放射の経年変化を監視しています。  世界の多くの地域における全天日射量は、1960年頃から1980年代後半まで減少し、1980年代後半から2000年頃まで急激に増加し、その後は大きな変化が見られないという傾向が報告されています。  日本における変化傾向(国内5地点平均)を見ると、1970年代後半から1990年頃にかけて急激に減少し、1990年頃から2000年代初めにかけて急激に増加し、その後は大きな変化は見られません。これは、世界的な変化傾向とほぼ整合しています。 全国気象官署等一覧 (平成29年4月1日現在) 用語集 CLIPS(Climate Information and Prediction Services)  気候情報・予測サービス計画。世界気象機関(WMO)の世界気候計画(WCP)の事業計画の一つで、過去の気候資料や気候実況監視情報、気候予測情報を社会・経済の各分野で有効利用し、社会・経済・環境保護等の活動に資することを目指しているもの。 COSMETS(Computer System for Meteorological Services)  気象資料総合処理システム。国内外の気象などの観測データを集信し、大気の状態を解析・予測し、その結果を国内外に配信する総合的な電子計算機システム。気象資料の編集・中継などの通信処理、端末でのデータ利用のための業務処理をするための気象情報伝送処理システム(アデス)と、解析・予測をするためのスーパーコンピュータシステムから構成されている。 DCPC(Data Collection or Production Centre)  データ収集作成センター。WMO情報システム(WIS)において、気象に関する各種データの収集や資料の作成を行う。 EPOS(Earthquake Phenomena Observation System)  地震活動等総合監視システム。気象庁本庁及び大阪管区気象台において日本全国における地震や津波の観測データをリアルタイムで監視し、緊急地震速報、津波警報・注意報、東海地震に関連する情報や地震・津波に関する情報等を防災機関、報道機関等に迅速に発表するシステム。気象庁本庁では、東海・南関東地域の地殻変動観測データの監視も行っている。 GAW(Global Atmosphere Watch)  全球大気監視。温室効果ガス、オゾン層、エーロゾル、酸性雨など地球環境に関わる大気成分について、地球規模で高精度に観測し、科学的な情報を提供することを目的に、世界気象機関(WMO)が平成元年(1989年)に開始した国際観測計画。 GCOS(Global Climate Observing System)  全球気候観測システム。気候系の監視、気候変動の検出や影響評価等の実施に必要な気候関連データや情報を収集し、幅広く利用できるようにするため、様々な観測システムやネットワークを国際的に調整するシステムとして1992年に設立された。世界気象機関(WMO)、国連教育科学文化機関(UNESCO)政府間海洋学委員会(IOC)、国連環境計画(UNEP)、国際科学会議(ICSU)が共同支援機関である。 GDPFS(Global Data Processing and Forecasting System)  全球データ処理・予報システム。世界気象機関(WMO)の世界気象監視(WWW)計画の下で、WMO加盟国の利用に供するために気象の解析、予報資料を作成する体制。 GEOSS(Global Earth Observation System of Systems)  全球地球観測システム。50以上の国並びに欧州委員会・世界気象機関(WMO)・国連教育科学文化機関及び国連環境計画等の40以上の国際機関が参加する、人工衛星観測と地上気象観測を組み合わせた複数の観測システムからなる地球観測のためのシステム。気象・気候分野のみならず、生物多様性の保護、持続可能な土地利用管理、エネルギー資源開発等といった成果をも目的としている。 GFCS(Global Framework for Climate Services)  気候サービスのための世界的枠組み。気候変動への適応策をはじめとするあらゆるレベルの政策や意思決定に気候情報を活用し社会が気候リスク(気候によって影響を受ける可能性)を適切に管理し対応できるようにすることを目指す枠組み。世界気象機関(WMO)等が推進している。 GISC(Global Information System Centre)  全球情報システムセンター。WMO情報システム(WIS)において世界の気象通信網の中核をなし、気象に関する各種データの交換や資料の管理を行う。気象庁はWMOからの指名を受け、世界に先駆けて平成23年8月から運用を開始した。 GNSS(Global Navigation Satellite System(s))  GPS(GPSの項を参照)をはじめとする衛星測位システム全般を示す呼称。 GOOS(Global Ocean Observing System)  全球海洋観測システム。全世界の海洋の環境や変動を監視してその予測を可能にするための長期的で系統的な海洋観測システムを構築する国際的な計画。国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間海洋学委員会(IOC)、世界気象機関(WMO)などが共同で推進している。 GOS(Global Observing System)  全球観測システム。世界気象機関(WMO)の世界気象監視(WWW)計画の下で展開されている地球規模の観測網。地上気象観測所、高層気象観測所、船舶、ブイ、航空機、気象衛星などから構成される。 GPS(Global Positioning System)  全地球測位システム。人工衛星を用いて位置を決定するシステムで、一般にはカーナビゲーションシステムへの利用でなじみ深い。高い精度での位置決定が可能なGPSを用いることにより、地震あるいは火山現象などに伴う地殻変動の観測やラジオゾンデによる高層観測に利用している。また、大気中の水蒸気により電波の遅延が生じることを利用して、このシステムから得られる水蒸気に関する情報を数値予報に活用している。 GPV(Grid Point Value:格子点値)  数値予報の計算結果を、大気中の仮想的な東西・南北・高さで表した座標(立体的な格子)に割り当てた、気温、気圧、風等の大気状態(物理量)。コンピュータで気象状態の画像表示や応用処理に適したデータの形態である。数値予報の計算もこのような立体的な格子上で物理量の予測を行う。 GTS(Global Telecommunication System)  全球通信システム。世界気象機関(WMO)の世界気象監視(WWW)計画の下で、気象資料の国際的な交換、配信を行うために構築された全世界的な気象通信ネットワーク。 ICAO(International Civil Aviation Organization)  国際民間航空機関。昭和19年(1944年)の国際民間航空条約(シカゴ条約)に基づいて設立された、民間航空に関する国際連合の専門機関の一つ。 ICG/PTWS (Intergovernmental Coordination Group for the Pacific Tsunami Warning and Mitigation System)  太平洋津波警戒・減災システムのための政府間調整グループ。昭和35年のチリ地震により発生した津波が太平洋全域に甚大な被害を与えたことを契機として、太平洋において発生する地震や津波に関する情報を各国が交換・共有することにより太平洋諸国の津波防災体制を強化することを目的として設立された、IOC(次項参照)の下部組織のひとつ。昭和40年に太平洋津波警報組織国際調整グループ(ICG/ITSU)として設立され、平成17年10月に現在の名称へ変更された。平成28年12月現在、太平洋周辺の46の国又は地域が参加している。 IOC(Intergovernmental Oceanographic Commission)  政府間海洋学委員会。昭和35年(1960年)、国連教育科学文化機関(ユネスコ)内に設立された機関。海洋と沿岸域の性質と資源に関する知識を深め、その知識を加盟国における海洋環境の管理と持続可能な開発、保護及び政策決定プロセスに適用するために、国際協力を推進し、関連の研究やサービス及び能力開発のプログラムを調整している。 IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)  気候変動に関する政府間パネル。世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により、昭和63年(1988年)に設立された。各国の科学者や専門家で組織され、気候変動の(1)自然科学的根拠、(2)脆弱性・影響・適応策、(3)緩和策の評価を行い、報告書をとりまとめている。その報告書の内容は、地球温暖化に関する条約交渉の際などに、共通認識の情報として取り扱われている。 LIDEN(Lightning Detection Network System)  雷監視システム。雷により発生する電波を受信し、その位置、発生時刻等の情報を作成するシステム。 NEAR-GOOS (North-East Asian Regional Global Ocean Observing System)  北東アジア地域海洋観測システム。全球海洋観測システム(GOOS)の北東アジア地域プロジェクトであり、参加各国が行った海洋観測のデータなどを即時的に国際交換するためのデータベースを運用している。日本、中国、韓国、ロシアが参加している。 WINDAS(Wind Profiler Network and Data Acquisition System)  局地的気象監視システム。全国33か所に設置した無人のウィンドプロファイラ観測局とこれを制御しデータを自動的に収集する中央監視局で構成するシステム。 WIS (WMO Information System)  WMO情報システム。従来の全球通信システム(GTS)による即時性・確実性が必要なデータ交換の効率化を進めるのに加え、各国国家センターに対して各種資料を効率良く検索・取得できるようにするために統一した情報カタログを整備・提供する統合気象情報通信網。中核をなす全球情報システムセンター(GISC)、データ収集作成センター(DCPC)、各国国家センター(NC)から構成される。 WMO(World Meteorological Organization)  世界気象機関。世界の気象事業の調和的発展を目標とした国際計画の推進・調整を行うため、昭和25年(1950年)に世界気象機関条約に基づいて設立され、翌昭和26年(1951年)に国際連合の専門機関となった。平成27年(2015年)4月1日現在、185か国と6領域が構成員として加盟している(日本は昭和28年(1953年)に加盟)。事務局本部はスイスのジュネーブに置かれている。 WWW(World Weather Watch(Programme))  世界気象監視。世界気象機関(WMO)の中核をなす計画であり、世界各国において気象業務の遂行のため必要となる気象データ・プロダクトを的確に入手できることを目的とする。全世界的な気象観測網(全球観測システム:GOS)、通信網(全球通信システム:GTS)、データ処理システム(全球データ処理・予報システム:GDPFS)の整備強化がこの計画の根幹となっている。 アデス  気象庁本庁及び大阪管区気象台に設置された気象情報伝送処理システム。気象資料の編集・中継などの通信処理、端末でのデータ利用のための業務処理を行っている。 アメダス(AMeDAS:Automated Meteorological Data Acquisition System)  全国約1,300か所に設置した無人の観測所で、気温や降水量などを自動的に観測するシステム。アメダスはこのシステム(地域気象観測システム)の英語名の頭字語である。 アルゴ計画  世界気象機関(WMO)及び国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間海洋学委員会(IOC)などの協力の下、国際的な枠組みにより、世界の海洋を常時観測するシステムとして中層フロート(チの項を参照)を全世界の海洋に約3,000台投入して、気候に大きく影響する海洋の状況をリアルタイムに把握することを目的として実施されている。アルゴとは、ギリシャ神話に出てくる船の名前(Argo)にちなんだもの。 アンサンブル手法  初期値に含まれる誤差や数値予報モデルが完全ではないことにより生じる、予測結果の不確実性に関する情報を、多数の予測計算から抽出する方法。初期値の誤差を考慮する手法を「初期値アンサンブル手法」、数値予報モデルの不完全性を考慮する手法を「モデルアンサンブル手法」と呼ぶ。気象庁では初期値アンサンブル手法とモデルアンサンブル手法の両方を用いている。 異常潮位  高潮や津波とは異なり、比較的長期間(1週間から3か月程度)継続して、潮位が平常より数十センチメートル程度高く(もしくは低く)なる現象。原因は、気圧配置・海水温・海流の変動など多岐にわたり、これらが複合して発生すると考えられている。 ウィンドシアー(wind shear)  大気中の2地点で風の強さや向きが異なる状態のことで、風の空間的な急変域をいう。航空機の飛行に大きな影響を与える場合があり、航空路や空港での観測や予測が重要とされている。 ウィンドプロファイラ(wind profiler)  電波を地上から上空に向けて発射し、主に乱流に起因する空気屈折率の不均一によって後方に散乱された電波を受信し、処理することにより、観測点上空の風向・風速を測定するレーダー。 エーロゾル(aerosol)  大気中に浮遊している固体あるいは液体の微粒子。地表や海洋から舞い上がるものや、工業活動によって排出される煤煙などがある。太陽光の吸収・散乱や雲の生成などに影響する。 エルニーニョ現象  太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象で、数年おきに発生する。ひとたびエルニーニョ現象が発生すると、日本を含め世界中で異常な天候が起こると考えられている。 オゾンホール(ozone hole)  フロンガスなどのオゾン層破壊物質の排出により、1980年代初めから南極域で春季にあたる9、10月頃を中心に成層圏のオゾン量の顕著な減少が観測されるようになり、この現象は、南極大陸を中心にオゾン層に穴のあいたような状態となることからオゾンホールと呼ばれている。 温室効果ガス  地表面から放出される赤外線を吸収して大気を暖める効果(温室効果)をもつ気体(ガス)の総称。水蒸気、二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素などがある。このうち、水蒸気を除くガスは人間活動に伴って増加しており、地球温暖化の原因物質として知られている。 海溝型地震  太平洋側の千島海溝や日本海溝、南海トラフ等では、海洋のプレートが陸のプレートの下に沈み込んでいる。陸のプレートが海洋プレートに引きずり込まれることにより、プレート境界には徐々にひずみが蓄積していく。これが限界に達すると、プレート境界が急激にずれて地震が発生する。これら海溝に近いところで発生する地震を海溝型地震と呼ぶ。 解析雨量  アメダスや自治体等の雨量計による正確な雨量観測と気象レーダーによる広範囲にわたる面的な雨の分布・強さの観測とのそれぞれの長所を組み合わせて、より精度が高い、面的な雨量を1キロメートル格子で解析したもの。 海流  海洋のほぼ決まった場所をほぼ定常的に流れる大規模な流れ。代表的なものに日本の南岸を流れる黒潮や北大西洋のメキシコ湾流がある。 火砕流  火山灰や岩塊、空気や水蒸気が一体となって急速に山体を流下する現象。火砕流の速度は時速数十キロメートルからときには百キロメートル以上に達し、温度は数百℃に達することもある。大規模な場合は地形の起伏に関わらず広範に広がり、埋没・破壊・焼失などの被害を引き起す。火砕流が発生してからの避難は困難なため、事前の避難が必要である。 火山ガス  火山活動に伴い火口等から噴出する気体。噴火前になると、マグマの上昇に伴い噴出量の増加等が観測されることがある。火山ガスには人体に有害なものがあるが、それらは空気より重いため凹地に溜まりやすく、中には無色無臭のものもあり危険に気づきにくいこともあるので注意が必要である。高濃度の火山ガスを吸い込むと死に至ることもある。 火山性微動  マグマの活動に起因する連続した地面の震動であり、火山活動が活発化した時や火山が噴火した際に多く観測される。 火山噴火予知連絡会  火山噴火予知計画(昭和48年文部省測地学審議会(現文部科学省科学技術・学術審議会測地学分科会)建議)により、関係機関の研究及び業務に関する成果及び情報の交換、火山現象についての総合的判断を行うこと等を目的として、昭和49年に設置された。この連絡会は、学識経験者及び関係機関の専門家から構成されており、気象庁が事務局を担当している。 火山礫(れき)  噴火によって噴出される噴石や火山灰などの固形状の物質は大きさによって分類されており、そのうちの一つ。直径が2~64ミリメートルのものを指す。なお、直径が64ミリメートルより大きいものを「火山岩塊」、2ミリメートルより小さいものを「火山灰」と呼んでいる。 ガストフロント  積雲や積乱雲から吹き出した冷気の先端と周囲の空気との境界を指し、前線状の構造を持つ。降水域から周囲に広がることが多く、数10キロメートルあるいはそれ以上離れた地点まで進行する場合がある。地上では、突風と風向の急変、気温の急下降と気圧の急上昇が観測される。 活火山  火山噴火予知連絡会では、平成15年(2003年)に活火山を「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山」と定義した。現在、日本には110の活火山がある。 気候モデル  気候を形成する大気、海洋、陸面などの諸因子を数値モデル化し(それぞれ大気大循環モデル、海洋大循環モデル、陸面モデルという)、これらを組み合わせコンピュータで計算して気候を予測する数値予報モデル。 緊急地震速報  地震波には、比較的早く到達するP波(初期微動)と、遅れて到着し主要な破壊現象を引き起こすS波(主要動)がある。緊急地震速報とは、震源近傍の観測点のP波の観測データを処理することにより、震源からある程度離れた地域においてS波が到達する前に、地震の発生、震源の速報、主要動の到達時刻、その予測される震度などについて被害の軽減・防止を目的として可能な限り即時的に発表する情報のこと。 空振  爆発により発生する空気の振動現象。火山の噴火、火砕流の流下などに伴い発生する。 クロロフルオロカーボン類(chlorofluorocarbons)  塩素、フッ素、炭素からなる化合物で、オゾン破壊の程度の高い物質。代表的なものとしてCFC-11、CFC-12などがある。フロンともいう。 傾斜計  地盤の傾きを測定する機器で、地震や火山活動に伴う地殻変動の監視に用いる。 黄砂  アジア域の砂漠地帯(ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠)や黄土高原などから舞い上げられた砂塵が、上空の強い風によって東方へ輸送され、徐々に降下する現象。日本における黄砂現象は、春先から初夏にかけて観測されることが多く、空が黄褐色に煙ることにより、一般にもよく知られた現象である。現象が著しいときは、視程の悪化により交通機関へ影響を与える場合がある。 自己浮上式海底地震計  海底に設置する地震計で、記録装置とともに船舶などから投下し海底に沈めて、一定期間の観測終了後に海面上に浮上させ回収する方式のもの。データを記録できる期間は数か月程度で、継続的な監視のための常時観測には向かないが、ケーブル式海底地震計より安価で、機動的な調査のための観測に用いられる。 地震計  地震動を計測する機器。複数の観測点における、地震波が到達した時刻や地震波の振幅などから、地震の発生場所、深さ、規模(マグニチュード)が推定できる。 地震動  地震波が地表に到達したときの地面の揺れ。 地震波  地下で生じる岩盤の破壊は、ある面(断層)を境に互いがずれるように起こる。これを断層運動といい、それに伴い地震波が生じる。地震波は、地球の内部を伝わる縦波(P波)と横波(S波)、地球の表面に沿って伝わる波(表面波)に大別できる。 地震防災対策強化地域判定会  地震防災対策強化地域*に係る大規模な地震**の発生のおそれの有無につき判定するために組織され、学識経験者(現在は6名)から構成される。気象庁は、東海地域の観測データに基準以上の異常が現れた場合、同会を開催し、委員の意見を踏まえ、「東海地震注意情報」を発表する。さらに異常な観測データが前兆すべりによるものと判定され、東海地震の発生のおそれがあると認めた場合に、気象庁長官はその旨を内閣総理大臣に報告する。報告を受けた内閣総理大臣は閣議に諮った後「警戒宣言」を発令する。(東海地震に関連する情報発表の流れについては89ページの図参照)  *:大規模地震対策特別措置法の規定に基づき内閣総理大臣が指定する。  **:現在は東海地震を対象としている。 震源  断層運動の際に、岩石の破壊(ずれ)が始まり地震波を発生させた最初の地点。震源域は、断層運動により地震波を発生させた領域全体を指し、断層運動によって生じた岩石の破壊面とほぼ同じである。震源域の長さ(差し渡し)は、マグニチュード7の地震で数十キロメートル程度、マグニチュード8では100キロメートルを超えることがある。 震度  地震動の強さを表す尺度であり、地表での揺れの程度を意味する。震度は揺れの強い方から「7」、「6強」、「6弱」、「5強」、「5弱」、「4」、「3」、「2」、「1」、「0」の10段階の階級で表現する。一般に、地震の震源域に近い場所ほど震度は大きく、またマグニチュードが大きい地震のときほど、各地の震度は大きくなる。 震度計  地震動を計測し、観測地点における震度(計測震度)を自動的に算出する機器。計測震度の算出には、計測した地震動の加速度の振幅や周期等を用いる。 深部低周波地震(微動)  深さ約30km~40kmで発生する、周波数の低い(周期の長い)波が卓越する地震のことを言う(P波やS波が明瞭でなく震動が継続するものは「深部低周波微動」と呼ばれる)。長野県南部~日向灘にかけてのプレート境界では、深部低周波地震(微動)が見られる。 スーパーコンピュータシステム  数値予報モデル等による解析・予測および静止気象衛星(ひまわり)に代表される衛星データ処理に用いるスーパーコンピュータを中核としたシステム。 水蒸気爆発  マグマから伝わった熱により火山体内の地下水が加熱され生じた高圧の水蒸気によって起こる噴火である。 数値予報  物理の法則に基づき、将来の気温、気圧、風などの大気や海洋の状態を数値として予測する技術。この計算には、膨大な演算処理が必要であるため、スーパーコンピュータが使われる。計算に用いられるプログラムを数値予報モデルと呼ぶ。 静止気象衛星  赤道上空約35,800キロメートルの高さにあって、地球の自転と同一周期で地球を周回しながら、常に地球上の同じ場所の気象観測を行う衛星。我が国の「ひまわり」のほか、米国のGOES、欧州のMETEOSATなどが運用されている。 静止気象衛星「ひまわり」(Himawari)  気象庁の運用する静止気象衛星「ひまわり」8号及び9号を指す。従来の「ひまわり」という和名の愛称を受け継ぎ、8号及び9号から英名も「Himawari-8」「Himawari-9」とした。「ひまわり」8号及び9号の気象観測機能は、「ひまわり」6号及び7号と比べ、画像分解能が向上、観測間隔が短縮、画像の種類が増加し、防災のための監視機能を強化すると共に、気候変動や地球環境の監視機能も強化する。8号を平成26年(2014年)に、9号を平成28年(2016年)に打ち上げ、2機あわせて15年間の観測を行う。 成層圏  対流圏と中間圏の間にある大気圏。昭和36年(1961年)に世界気象機関(WMO)は、「対流圏界面(高さ6~18キロメートル)と成層圏界面(50~55キロメートル)との間にあり、一般に気温が高さとともに高くなる領域」と定義した。 世界気象機関  →WMO(World Meteorological Organization)参照 前兆すべり  地震は、まずゆっくりとしたすべりで始まり、やがて急激な断層運動となり、地震発生に至ると考えられている。この地震発生の前段階における断層のゆっくりした動きを前兆すべり(プレスリップ)と呼ぶ。 台風  北西太平洋または南シナ海に存在する熱帯低気圧のうち、最大風速がおよそ毎秒17メートル以上のもの。 ダウンバースト  積雲や積乱雲から生じる強い下降気流を指し、地面に衝突し周囲に吹き出す突風を生じる。地上では、発散性の突風のほか強雨・雹とともに露点温度の下降を伴うことがある。被害域は円または楕円状となることが多い。また、強い低層ウィンドシアーを起こす現象の一つであり、航空機の離着陸に大きな影響を与える。周囲への吹き出しが4キロメートル未満のものをマイクロバースト、4キロメートル以上のものをマクロバーストとも呼ぶ。 高潮  台風や発達した低気圧などに伴う気圧降下による海面の吸い上げ効果と風による海水の吹き寄せ効果のため、海面が異常に上昇する現象。 竜巻  積雲や積乱雲に伴って発生する鉛直軸を持つ激しい渦巻きで、漏斗状または柱状の雲や、陸上では巻き上がる砂塵、海上では水柱を伴うことがある。地上では、収束性や回転性を持つ突風や気圧降下が観測され、被害域は帯状・線状となることが多い。 中層フロート(アルゴフロート)  海面から深さ2,000メートルまでの間を自動的に浮き沈みしながら水温・塩分を観測し、そのデータを人工衛星経由にて通報する観測機器。アルゴ計画(アの項を参照)において主要な観測機器として用いられている。中層フロートから通報されたデータは、直ちに気象データ交換のための全球通信システム(GTS)を通じて国際的に交換され、海水温予測やエルニーニョ現象の監視・予測などの気象・海洋業務に利用されている。 潮位  基準面から測った海面の高さで、波浪など短周期の変動を除去したもの。 長周期地震動  大きな地震が発生したときに生じる、周期が長い揺れ。長周期地震動により、高層ビルは大きく長時間揺れ続ける。また、長周期地震動は遠くまで伝わりやすい性質があり、地震が発生した場所から数百km離れたところでも大きく長く揺れることがある。長周期地震動による大きな揺れにより、家具類が倒れたり・落ちたりする危険に加え、大きく移動したりする危険がある。 長周期地震動階級  長周期地震動の揺れの大きさの指標で、高層ビルの高層階における人の行動の困難さの程度や家具類等の移動・転倒などの被害の程度から区分したもの。揺れの大きい方から「階級4」、「階級3」、「階級2」、「階級1」の4段階で表現する。 津波  海底下の浅いところで大きな地震が起きると、海底が持ち上がったり下がったりする。その結果、周辺の広い範囲にある海水全体が短時間に急激に持ち上がったり下がったりし、それにより発生した海面の変動が波として周囲に広がっていく現象。津波が陸地に近づき水深が浅くなると、速度は遅くなるとともに、津波の高さは急速に高くなる。 津波地震早期検知網  津波の発生の有無を即座に判定するための地震観測網。各観測点からの地震波形データは本庁、各管区気象台および沖縄気象台に伝送され、地震の位置・規模を迅速に推定することにより津波の有無の判定を行っている。 データ同化技術  気象台などが行う地上気象観測や高層気象観測のように、ある決まった時刻に行われる観測に加えて、衛星観測のように特に観測時刻が定まっていない観測など、様々な観測データを数値予報の「初期値」(予測計算を開始する時刻の気温や風速などの大気の状態を表す物理的な数値)として活用するための手法。 東海地震  過去の大規模な地震の発生間隔などから、駿河湾から静岡県の内陸部のフィリピン海プレートと陸のプレートの境界を震源域として、いつ発生してもおかしくないと考えられているマグニチュード8クラスの海溝型地震で、現在日本で唯一、防災対策に結びつけられる短期直前予知の可能性がある地震。 東南海地震及び南海地震  過去の大規模な地震の発生間隔などから、紀伊半島沖から四国沖付近のフィリピン海プレートと陸のプレートの境界を震源域として、今世紀前半にも発生する可能性が高いとされるマグニチュード8を超える海溝型地震。 熱帯低気圧  熱帯又は亜熱帯地方に発生する低気圧のうち、最大風速がおよそ毎秒17メートル未満で台風に満たないもの。台風も含めて熱帯、亜熱帯地方に発生する低気圧の総称として用いることもある。 ハザードマップ(hazard map)  ある災害に対する危険な地区が記入されている地図。火山噴火、地すべり、山崩れ、洪水、高潮、土石流、なだれなどの現象に対して、それぞれ作成されている。 波浪  海面の波のうち、風によって引き起こされるものの総称。その場所で吹いている風によって起った「風浪」と、他の場所で風によって生じた波がその場所まで伝わって来た「うねり」がある。 ひずみ計  地下の岩盤の伸び・縮みを非常に高感度で観測する装置。気象庁では、東海地震の短期的な前兆と考えられる地殻変動を捉えることを目的として、地下数百メートル程度の深さに円筒形のセンサーを埋設し、周囲の岩盤から受ける力によって変形する様子を極めて高い精度で検出し、監視している。センサーには、変形による体積の変化を測定する体積ひずみ計と、水平面内の方位ごとの変形の量も測定できる多成分ひずみ計がある。 ヒートアイランド現象(heat island phenomenon)  人工的な熱の排出や、人工的な地表面及び建築物の増加により、都市の気温が周囲よりも高い状態になる現象。等温線が都市を丸く取り囲んで、気温分布が島のような形になることから、このように呼ばれる。 藤田スケール  藤田スケールとは、竜巻やダウンバーストなどの風速を、建物などの被害状況から簡便に推定するために、シカゴ大学の藤田哲也により昭和46年(1971年)に考案された風速の尺度。竜巻やダウンバーストなどは現象が局地的なため、風速計で風速を観測できることがほとんどないことから、このような現象における強い風を推測する尺度として世界的に用いられている。藤田スケールは「Fスケール」とも呼ばれ、F0からF5の6段階に区分されている。過去に日本で発生した竜巻のうちで最もFスケールの大きかったものはF3。 プレート  地球表面を覆う厚さ数10キロメートルから100キロメートル程度の固い岩石の層。地球表面は大小合わせて十数枚のプレートで覆われており、日本周辺は、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレート、ユーラシアプレートの4枚のプレートが接する境界に位置している。 プレートテクトニクス(plate tectonics)  地震活動、火山活動、地殻変動などの地球表面の地学現象を、地球表面を覆っている複数のプレートの相対的な運動から生じるものとして統一的に説明・解明する学説。 噴火警戒レベル  火山活動の状況に応じた「警戒が必要な範囲」(生命に危険を及ぼす範囲)と、防災機関や住民等の「とるべき防災対応」を5段階に区分した指標で、噴火警報、噴火予報で発表する。各火山の地元都道府県等が設置する火山防災協議会で共同検討を行い、火山活動の状況に応じた避難開始時期・対象地域が設定された火山で運用を開始している。平成19年12月1日から順次運用を開始。 噴火警報  火山現象に関する警報。噴火に伴って、生命に危険を及ぼす火山現象(大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流等の避難に時間的猶予がほとんどない現象)の発生やその危険が及ぶ範囲の拡大が予想される場合に、「警戒が必要な範囲」を明示して発表する。 噴石  噴火に伴って火口から噴出する石は、その大きさや形状等により「火山岩塊」、「火山れき」、「火山弾」等に区分される。気象庁では、防災情報で住民等に伝える際には、これらを総称して「噴石」という用語を用いている。噴石は、時には火口から数キロメートル程度まで飛散することがあり、落下の衝撃で人が死傷したり、家屋・車・道路などが被害を受けることがある。 マグニチュード(magnitude)  地震(断層運動)の規模の尺度。一般にMという記号で表され、観測された地震波をもとに算出される。Mの値が1大きくなると地震のエネルギーは約30倍になる。 民間気象業務支援センター  気象庁は、予報業務許可事業者その他民間における気象業務の健全な発達を支援し及び産業、交通その他の社会活動における気象情報の利用促進を図るため、「民間気象業務支援センター」を指定できることになっている。現在、(一財)気象業務支援センターが気象庁長官よりその指定を受けている。 有害紫外線  紫外線の中でも特に、波長280~315ナノメートル*の紫外線(B領域紫外線、UV-B)は、オゾンによる吸収が大きいことからオゾン層の破壊の影響を最も強く受け、かつ、生物にとって有害であることから、一般に有害紫外線と呼ばれている。オゾン層破壊に伴い、地上に到達する有害紫外線量の増加による皮膚がん、白内障など健康被害の増加が懸念されている。  *:1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1(10億分の1メートル) 余震  比較的大きな地震(本震)が発生した後、その近くで続発するより小さな地震。震源が浅い大きな地震は、ほとんどの場合、余震を伴う。余震の数は本震直後に多く、時間とともに次第に少なくなる。大きな余震による揺れは、場所によっては本震の揺れと同じ程度になることがある。壊れかけた家や崖などに注意する必要がある。なお、気象庁では、さらに規模の大きな地震についての注意を怠ることのないよう、防災上の呼びかけにおいては「余震」ではなく「地震」という言葉を使用する。 4次元変分法  数値予報モデルが短時間(例えば3時間程度)に予測する、風、気温、降水量などの様々な物理量と、地上の様々な場所や時刻に実際に観測される物理量との差が最小になるようにするデータ同化技術。空間(3次元)の観測値の分布に加えて、時間的な分布も考慮されることから4次元と称される。 ライダー(lidar : Light Detection and Ranging)、ドップラーライダー  レーザー光の短いパルスを大気中に発射し、雲、エーロゾル、大気分子からの散乱光を受信することによりそれらの濃度の高度分布を遠隔測定する装置のことをいう。レーザーレーダーとも呼ばれる。また、ドップラー効果を利用して上空の風の情報を得る機能を備えた装置をドップラーライダーという。 ラジオゾンデ(radiosonde)  センサーと無線発信器を一体とした気象測器のこと。水素又はヘリウムを詰めた気球に吊して上空に飛揚し、気圧・気温・湿度・風など大気の状態の測定に使用する。 ラニーニャ現象  エルニーニョ現象(エの項を参照)とは逆に、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より低くなり、その状態が1年程度続く現象で、数年おきに発生する。ひとたびラニーニャ現象が発生すると、日本を含め世界中で異常な天候が起こると考えられている。 レーダー(radar:Radio Detection and Ranging)、ドップラーレーダー  パルス状の電波を大気中に発射し、雨粒や雪からの反射波を受信することにより降水の水平分布や高度などを遠隔測定する装置のことをいう。また、降水の分布や強さなどの観測に加え、電波のドップ ラー効果を利用して上空の風の情報を得る機能を備えたレーダーをドップラーレーダーという。