はじめに 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では、1万6千人近くの 方々がお亡くなりになられ、また、未だ行方不明の方々も3千人を超え、戦後最悪の大災害となりました。ここに改めて犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。昨年は、東北地方太平洋沖地震とそれに伴う巨大津波を始めとして、台風第12号による暴風・大雨、新潟・福島豪雨といった甚大な被害をもたらす自然災害が続きました。気象庁では、これらの災害において住民の避難行動に警報等の防災情報が果たした役割について検証を行いました。その結果、防災情報により自治体等の防災担当者や住民に、災害の危機感を伝えることの重要性を改めて強く認識したところです。これを踏まえ気象庁としては、防災情報の内容や活用方法をより深く理解していただくための取り組みを進めて行きたいと考えています。本年の「気象業務はいま2012」では、特集1「命を守るための避難と防災情報」として、昨年の災害事例の検証結果とともに、避難の判断に活用できる防災情報を災害別に紹介しております。防災情報の中でも津波警報については、東北地方太平洋沖地震に伴う巨大津波による被害を教訓としまして、当時発表した津波警報の内容およびタイミング等を検証し、津波監視・予測技術も含め、津波警報をどのように改善するべきかについて検討を進めてきました。改善内容については、早期に反映させるよう準備を進めております。特集2では、この検討の経緯と具体的な改善策について紹介いたします。このほか、第1部として、防災情報をはじめとする各種情報について解説するとともに、気象・海洋や地震・火山などの監視・予測、技術開発といった気象庁の取り組みを、また第2部として、昨年の気象災害や地震、火山活動、異常気象などを紹介しています。本書を通じて、国民の皆様が、気象庁の発表する情報に対する関心と理解を深めていただき、自然災害への備えなどに活用いただくことを願っております。 平成24年6月1日 気象庁長官 羽鳥 光彦 特集1 命を守るための避難と防災情報 平成23年は、東日本大震災や台風・集中豪雨による災害など、自然災害により甚大な被害が発生し、多くの人命が失われました。このような災害において、気象庁の発表する防災情報が、市町村の避難勧告等の判断や住民の自主的な安全確保行動に結びついた事例があった一方で、適切な避難行動に結びつかなかった事例もあり、今後取組むべき多くの課題が明らかになりました。本特集では、まず第1節で平成23年の災害に見る避難行動と課題を示し、第2節で命を守るための避難行動の判断を支援する防災情報について紹介します。第3節では自然災害から身を守るための主体的な姿勢を紹介します。 1 地震・平成23年の災害に見る避難行動と課題 (1)東日本大震災における津波からの避難行動と課題  平成23年3月11日に発生した「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」とそれにより発生した巨大津波は、日本各地に甚大な被害をもたらし、一度の災害としては戦後最大の人命が失われました。今回の震災では、これまで取られてきた地震・津波対策における様々な課題が明らかになり、震災後多くの防災関係機関で改善策が検討されてきました。気象庁においても、地震発生直後に発表した津波警報・津波情報における津波の高さの予想が実際の津波の高さを大きく下回ったことが、住民等の避難行動を鈍らせた一因となったことなどから、津波警報・津波情報の発表内容や発表方法について有識者や防災関係機関等からなる検討会等を開催し、改善策をとりまとめました(特集2参照)。 ○津波避難時の危険な行動  内閣府・消防庁・気象庁が共同で行った沿岸地域の住民に対する聞き取り調査の結果では、地震の揺れが収まった直後に避難をしなかった人の多くが、その理由として「家族を探しにいったり、迎えにいったりしたから」「自宅に戻ったから」(右ページの図赤線囲い)としています。家族を助けに行く、避難に必要な物を準備するという当然の行動も、津波災害では命の危険につながります。また理由として「過去の地震でも津波が来なかったから」「津波のことは考えつかなかったから」(赤の破線囲い)とした人も多くいました。しかし、日本は周囲を海に囲まれた地震国で常に津波の危険に晒されています。また、それぞれの地域では、甚大な被害をもたらすような津波災害は数十年、数百年に一度の出来事であるため、津波災害の発生間隔に比べて短期間の個人の経験に基づいた判断が極めて危険であることも知っておかなければなりません。同調査結果では、津波警報等を見聞きしていないケース、情報がないため避難が遅れたケースもありました。今後の津波対策においては、津波警報を正しく活用し、また入手が間に合わない場合にも命を守って頂くために、「強い揺れを感じた場合には自らの判断で避難する」ことが基本であることを、防災教育、防災訓練などを通じて国民の皆様に十分理解して頂けるようさらに重点的に取り組む必要があります。 ○津波てんでんこ  度々津波の被害を受けてきた三陸地方では、「津波てんでんこ(大きな地震が来たら、肉親にも構わずに各自てんでんばらばらに一人で高台へ逃げろ、自分の命は自分で守れ)」という伝承により、津波来襲時には家族を助けに行ったり物を取りに行って避難が遅れ命を落としてはいけない、ということを伝えて来ました。これは、他人を無視した自分本位の行動ではありません。それぞれが正しい判断で避難できること、つまりお互いの信頼を前提に、肉親を探しに行ったりせずに各自が真っ先に避難せよ、という教えです。今回の震災でも家族の教えに従って迅速に避難したり、てんでんこの教えを守って親子がそれぞれ別々に避難行動をとり助かった事例もありました。こうした避難行動には、津波災害では家族の安否を確認する間にも命の危険が迫ることを理解し、いざという時にそれぞれが命を守るにはどう行動すれば良いのか、事前に十分に話し合って準備しておくことが必要です。 ○周囲の避難・声かけの効果  震災後の聞き取り調査の結果には、震災前からの取り組みの効果を実証していると言えるものもありました。避難した人達の意見は、地震発生後に避難したきっかけとして、「大きな揺れから津波が来ると思ったから」の次に多いものは「家族または近所の人が避難しようと言ったから」でした。福島県では「家族または近所の人が避難しようといったから」「近所の人が避難しようといったから」を合わせると避難したきっかけの5割を超えています(下図赤線囲い)。つまり、地震の大きな揺れや津波警報の発表では避難の判断に至らなかった人でも、家族の誘いや近所の人が避難する姿によって避難を開始したのです。人間の集団心理には周囲の行動に合わせようとするものがあると言われますが、このように、津波避難時に自ら率先して避難・声かけを近隣住民に見せることで地域住民の避難を促す役目( =率先避難者) を作る取り組みも一部の地域では行われていました。この取り組みは震災後多くの地域に広がっています。 ○津波から身の安全を守るために 津波から身を安全に守るためには、気象庁が発表する津波警報や津波注意報の内容などを理解した上で利用することも大変重要です。津波注意報は海水浴や磯釣り、海中での作業、養殖施設など、海域に対して注意を呼びかけるものですが、津波警報が発表された場合は陸域への浸水のおそれがあり、沿岸の住民等は直ちに高台等安全な場所へ避難する必要があります。また、日本では津波の発生源が沿岸の近くに迫っており、地震発生後数分程度で津波が来襲するおそれがありますが、津波警報の発表には少なくとも数分を要するため、津波警報の伝達が津波の来襲に間に合わないこともあります。このため沿岸では、強い揺れ(震度4程度以上)や、弱くても長い時間ゆっくりとした揺れを感じたときは、津波警報の発表を待たずに直ちに安全な場所に避難する必要があります。避難にあたっては、地方自治体が作成するハザードマップなどが有効ですが、発生する津波は想定を超える場合があることも考慮し、既定の想定にとらわれず少しでも高いところへ、高いところがなければ少しでも沿岸から遠くへ逃げるよう、最善を尽くすことが重要です。 ○津波警報発表の考え方  津波警報は、避難行動に十分な時間がとれるよう迅速に発表する必要があります。そのため、地震発生直後の限られたデータによる規模推定やその他の不確定要素を考慮し科学的にあり得る最大の危険度を伝える内容で発表しますが、その結果として実際の津波より大きめの予測となる場合があります。大きめの予測だった津波警報の体験にとらわれ住民の避難行動が鈍ったと考えられる事例が過去にもありましたが、津波の来襲時には、津波を見てから避難を判断したのでは命を守れません。津波警報が発表された場合は津波が来襲する可能性が高いこと、津波は目に見えてからでは避難が間に合わないことを十分理解して確実に避難行動を取ることが重要です。 ○津波は第2、第3波と襲ってくる  さらに津波は、「いったん引いた後も第2波、第3波と襲ってくる」、「第1波が最大波とは限らない」、「第1波が到達してから最大波がくるまでに数時間以上かかる場合もある」など、警報が発表されている間は必ず避難行動を継続する必要があります。東北地方太平洋沖地震では、第1波、第2波では被害がなく、地震発生から2時間以上経って襲った第3波によって大きな被害が生じた地域もありました。当初観測された津波の高さが小さいからといって油断せず、津波警報・注意報の解除まで気を緩めないことが大切です。また、気象庁では順次情報を更新していきますので、避難先において最新の情報を把握することも重要です。気象庁は地震・津波による減災に向け、津波警報も含めた地震・津波に関する広報周知活動について、国の防災関係機関、地方自治体、教育関係機関、報道機関等と連携してこれまで以上に組織的に取り組んで参ります。 コラム ■津波の高さには、種類があるみたいなので教えてください  気象庁が津波情報で発表する津波の高さは、津波がなかったと仮定した時の潮位(平常潮位)と津波により実際に上昇した潮位との差です。(図の@)津波が陸上に来襲した場合、後日に津波の現地調査が各機関で行われることがありますが、調査方法により「津波の高さ」の定義が異なります。建造物等の痕跡と平常潮位との高さの差を痕跡高(こんせきこう、図のA)、陸地に駆け上がり最も奥地まではい上がった地点と平常潮位との高さの差を遡上高(そじょうこう、図のB)と言います。また、建物等の痕跡と地表面との高さの差を浸水深(しんすいしん、図のC)と言います。なお、津波の遡上する高さは湾の形などの地形や津波の周期などの要因により、海岸線における津波の高さの2〜4倍になることがあります。 (2)平成23年台風第12号に見る避難行動と課題  平成23年台風第12号により、紀伊半島の広い範囲で総降水量が1000ミリを超えるなど記録的な大雨となりました。奈良県上北山村上北山では、72時間降水量が1652.5ミリとなり1975年の観測開始以来のこれまでの最大値945ミリを大きく上回りました。また、台風が遠ざかりつつあった9月4日未明には紀伊半島の南東部で1時間に120ミリ前後の猛烈な雨が降りました。この大雨により紀伊半島南部を中心に河川の氾濫や深層崩壊等の大規模な土砂災害が発生し、奈良、和歌山、三重の三県で死者・行方不明者84名、住家の全半壊3248棟、床上浸水3393棟(平成23年12月15日現在消防庁資料)など甚大な被害となりました。気象庁では、内閣府や消防庁、国土交通省等と合同で台風第12号による人的被害の大きかった奈良県及び和歌山県のいくつかの市町村に対して、避難勧告等の判断や住民への情報伝達等について聞き取り調査を行いました。調査からは、経験したことのない大雨に対する市町村の防災対応や住民の避難行動の難しさや、気象台の発表した防災情報が利用者である市町村の担当者や住民に危機感を十分に伝えきれていなかった、という課題が浮かび上がってきました。 ○避難勧告等の判断・伝達はどのように行われたか  市町村では9月1日〜 2日の比較的早い段階で、警報等の防災情報やダムの放流連絡を受けて、防災行政無線等で住民に自主的な避難を繰り返し呼びかけました。また、防災情報や水位等に基づいて定められた判断基準により避難勧告を発令した地域もありました。しかし、災害が多発し始めた3日夕方以降は災害現場への対応等に忙殺されて気象状況や気象情報を確認する余裕が無くなったとのことでした。中山間地域では安全な避難場所や避難経路の確保が難しく、夜間や雨が強まってからの避難はかえって危険という判断から、避難勧告等の発令を見送った市町村もありました。また、県や気象台では市町村の避難勧告等の判断を支援する目的で、警報等の防災情報に加えて土壌雨量指数や流域雨量指数を活用したメッシュ形式の情報やスネークライン図等を提供していますが、これらの情報については「雨量や水位の方が状況を理解しやすい」、「5km メッシュの情報では避難勧告を発令する地域を絞れない」等の意見が聞かれ、情報の意味や活用方法について十分に普及できていないことが分かりました。 ○住民はどのような避難行動をとったのか  ダムの近くや谷沿いに住む住民は、ダムの放流量によって川の水位がどの程度上昇するのかを経験的に理解しており、多くの住民は市町村からの放流の連絡や避難の呼びかけに応じて自主的に避難しました。しかし、対岸の大規模な土砂崩れで発生した大量の土砂と水により住宅が押し流されるなど、これまで安全と思われていた場所で被害に遭われた方もいました。山沿いの集落では、自宅裏の石垣から濁った水が流れているのを見て避難し、土砂崩れから危うく難を逃れた方がいました。一方で、すでに記録的な大雨となっている中、さらに夜間に短時間の猛烈な雨に見舞われ、避難に必要な時間を十分に確保できなかった方もいます。 質問箱 ■「土壌雨量指数とは?」  大雨によって発生する土砂災害(土石流・がけ崩れなど)は、斜面の土壌中に含まれる水分量が多いほど発生の可能性が高くなります。土壌雨量指数は降った雨から土壌中の水分量を推定することで、土砂災害の危険度を示す指標です ■「流域雨量指数とは?」  降った雨は地中に浸み込んだり地表面を伝ったりしながら河川に流出し、下流へと流れていきます。流域雨量指数は河川の流域に降った雨の量や流域の形状などを考慮して、市町村などの対象区域における洪水の危険度を表したものです。 ■「スネークライン図とは?」  気象庁では、土壌雨量指数に加え60分間積算雨量で土砂災害の発生の危険性を判断しています。刻々と変化するこれらの状態を一定時間毎につないだ線をスネークラインといいます。前ページの図のように、時間とともに変化する線の動きが蛇に似ていることから、このように呼ばれています。スネークラインが、あらかじめ設定した基準線(「土砂災害発生危険基準線:CL」といいます。CLは、Critical Lineの略です。)を超えると、土砂災害の危険性が非常に高まっていることを示します。 ○防災情報で気象台の危機感は十分に伝わったか  気象台では災害が多発する1日以上前から大雨・洪水警報や土砂災害警戒情報を発表し、これらを補足する府県気象情報では「総降水量が1000 ミリを超えている」「予想される24時間降水量は多いところでさらに700 ミリ」「72時間降水量がこれまでの極値を更新した」「最大限の警戒が必要」などの表現で刻々と変化する状況を伝え警戒を呼びかけました。市町村はこれらの情報を受けて危機感を強めていました。しかし、経験したことのない大雨の中「雨量の実況や予想だけでは今後どのような状況になるのかをイメージすることは難しかった」、「今後、多いところでさらに700 ミリという雨量予想が必ずしも自らの町のこととして受け止められなかった」、「雨が小康状態となり台風が遠ざかりつつあったので、このまま雨が弱まるのではと思った」などの声も聞かれました。防災情報の内容や伝え方に課題があったと考えられます。 ○経験したことのない大雨から身を守るために  雨の特性は地域によって大きく異なります。下の図は1991年〜 2010 年の20 年間における解析雨量の48時間積算の最大値分布を表しています。台風などによる大雨の期間を48時間と仮定すると、下の図はそれぞれの地域において過去20 年間に経験したことのない降水量の目安を示していると言えます。紀伊半島南部では48時間に800 ミリ前後の降水量は経験の範囲となりますが、台風第12号では多いところで約1600 ミリでしたので、雨の多い紀伊半島の方々にとってもまさに経験したことのない雨だったことがわかります。「想定外だった」「これまで経験したことが無かった」「まさかこんな事になるとは思わなかった」という言葉は、これまで多くの被災地で耳にしていますが、今回の聞き取り調査でも同様に聞かれました。気象災害から命を守るには事前の避難行動が何よりも大切です。経験や想定のみに頼らない避難行動に結びつけるために、今起こっている、または今から起ころうとしている現象が、地域にとって如何に稀で危険な状況にあるのか、気象や河川、土砂災害に関わる専門家が抱いた危機感を、市町村や住民との間でこれまで以上に共有することが重要です。気象庁では、より分かりやすい防災情報の提供と、気象現象や防災情報に関する普及・啓発について関係機関と連携して取り組んでいきます。 (3)平成23年7月新潟・福島豪雨に見る避難の呼びかけ  平成23年7月28日から30 日にかけて新潟県及び福島県会津で記録的な大雨となり、新潟県と福島県では死者・行方不明者6人、住家の床上浸水1,213棟、崖崩れ31か所などの被害が発生しました(平成23年12月16日現在消防庁資料)。気象庁ではこの大雨を「平成23年7月新潟・福島豪雨」と命名しました(大雨等の詳細はトピックス参照)。新潟県では16市町が、のべ45万人に対して避難勧告等を発令し(新潟県「第6回豪雨災害対策本部会議資料」による)、福島県では8市町が、のべ7 千人に対して避難勧告等を発令(消防庁「平成23年7月新潟・福島豪雨(第10 報)」による)しました。気象庁では、避難勧告等を発令した新潟県及び福島県内の市町に対して避難勧告等の判断や住民への情報伝達等についての聞き取り調査を行いました。新潟県内では、聞き取り調査を行ったいずれの市も、土砂災害警戒情報が発表された場合や河川の水位が一定の高さまで上昇した場合など、避難勧告等の具体的な判断基準を定めていました。住民に対してもその判断基準を示すとともに、早めの避難と場合によっては建物の2階以上への避難が安全であることを周知していました。今回の豪雨に際しても、これらの基準に応じて、早めに避難勧告等を発令していました。避難勧告等の情報は、防災行政無線による放送のほか、広報車、サイレン、町内会長への電話、消防団・自主防災組織等による呼びかけ、住民へのメール、NTTドコモのエリアメール、市のホームページ、緊急告知エフエムラジオ、ケーブルテレビ、各報道機関への周知など、複数の手段により住民に伝達されました。その際、自宅の2階への避難も呼びかけられていました。新潟県がこの豪雨災害の検証のために平成23年秋に実施した住民アンケート調査「豪雨災害時の避難行動に関する県民意識・実態調査報告書」によれば、平成23年7月新潟・福島豪雨に際して避難した住民の約1割が、自宅等のその時居た建物の2階以上に避難したとのことです。また聞き取り調査を行った福島県のある町は、避難勧告等の具体的な判断基準は定めていませんが、今回の豪雨に際して町職員、区長、消防団などが河川水位等の現場確認を行い、これらの情報をもとに避難勧告等を発令していました。町からの避難勧告等の情報は防災行政無線で放送されたほか区長や消防団等が戸別に避難誘導を行い、これらの結果ほとんどの住民が避難しました。また別の町では、もし避難勧告等の発令がなくても住民が早期に自主的に避難することが大切だとしており、今回の豪雨でも95世帯が自主的に避難しました。 コラム ■安全確保行動  津波や風水害などの災害による人的被害に遭わないためには「早めの避難」が重要です。ここでいう「避難」とは「人的被害を避けるために他の場所へ移動すること」を指しますが、一口に「避難」といっても、災害の種類や切迫性など、置かれた状況によってとるべき行動は異なります。国の中央防災会議の「災害時の避難に関する専門調査会」では、災害時の避難などの安全確保行動について、いくつかのパターンに分けて検討が行われました。 ■災害の種類・規模、災害発生時の状況はさまざま  災害の種類や規模、それぞれの人が置かれた状況などは、以下のように分類することができます。それぞれの状況に合った安全確保行動をとることが重要です。 ■安全確保行動の分類  災害の発生が予測される場合にとるべき安全確保行動は、以下のような分類ができます。このうち、待避、垂直移動、水平移動(一時的)は命を守るための緊急的な避難行動(Evacuation)であり、水平移動(長期的)は一定期間仮の生活をおくる避難行動(Sheltering)として整理されています。ただし、「待避」、「垂直移動」については、緊急時・切迫時に行われる次善の策である場合が多いことに留意が必要です。 ■状況に応じた安全確保行動を  今は雨が降っていなくても今後大雨による被害が予測される場合には、できるだけ危険から遠ざかるよう、被害が及ばない避難所や知人宅に事前に避難するのが安全です。特に、大雨が降り続くと雨量基準の超過や土砂崩れの発生等により道路が通行止めになり、安全な避難所に避難できない状況に陥る可能性があることに留意する必要があります。一方、大雨が降っており道路に水が流れている場合などは、避難所まで徒歩で避難することは大きな危険を伴います。自宅の浸水が切迫した状況にある場合、雨の中を無理に避難所まで避難するよりも、近隣の頑丈な建物の2階以上(それも難しい場合は自宅の2階以上)に避難する方が相対的に安全である場合があります。また、急斜面に隣接した住宅にいて土砂災害の危険がある場合は、次善の策として、同様に近隣の頑丈な建物の2階以上(それも難しい場合は、自宅の2 階以上や斜面から離れた部屋)に避難することで、被災のリスクを減らすことができます。地震の発生等により津波の襲来が予測される場合は、海から離れたできるだけ標高の高い地点まで避難する必要がありますが、平地にいて津波の到達まで時間的猶予が無い場合は、周辺のできるだけ高い建物に逃げ込み少しでも被災のリスクを減らすことを考える必要があります。また、地震により建物が被災し損壊を受けた場合、その後の余震で倒壊する可能性があり、その建物にそのまま留まることは危険です。安全のため、頑丈な建物に避難するようにしてください。このように、災害の切迫性などの状況によって、命を守るために取るべき避難行動が異なることから、身の回りに起こっている状況に留意し、その時点で最も安全な行動は何かを考える必要があります。特に、災害発生まで時間的な余裕がある場合には、命を守る最善の方法は、切迫した状況になる前に少しでも早く、より安全な場所に避難することです。気象庁が発表する警報・注意報などの防災情報や、災害の前兆現象に注意し、少しでも被災のリスクを減らすために早めの避難を心掛けましょう。 コラム ■災害の種類に応じた避難行動  地震は、突然激しい揺れに襲われ、この瞬間に多くの被害が一度に発生します。一方、大雨による水害や土砂災害は徐々に状況が悪化しますので、河川の氾濫や土砂災害が発生するまでは、基本的に、人的被害は発生しません。このように、地震、津波、火山、大雨、高潮等による災害から命を守るためには、これらの災害をもたらす現象の時間的な特徴に応じた避難行動をとることが大切です。 ■地震から命を守る  地震の揺れから身を守るためには、家屋の耐震化や家具の固定などの事前の備えが何より重要です。そして、地震の揺れを感じたら、頭を保護し丈夫な机の下に避難する、ブロック塀の倒壊や建物からの落下物に注意するなど、身の安全を確保するための最善を尽くします。緊急地震速報を見聞きしたときも同じです。 ■津波から命を守る  津波から命を守るためには迅速な避難が大切です。沿岸部で地震の強い揺れを感じたり、長い時間ゆっくりとした揺れを感じたときは、津波警報などの発表を待たず、すぐに高台などのより高いところに避難します。また、地震の揺れを感じていなくても津波警報が発表されたら、ただちに安全な場所に避難します。(詳しくは次のページの質問箱を参照) ■火山噴火から命を守る  火山噴火から身を守るためには、噴火発生から短時間で襲来し生命に対する危険度が高い「大きな噴石」、「火砕流」、「融雪型火山泥流」といった火山現象に遭わないようにすることが重要です。これらの現象に対する「警戒が必要な範囲」を示した噴火警報や噴火警戒レベルが発表された場合は、これらの情報を活用して、安全なエリアまで直ちに避難します。また、噴火発生時の風下側ではこぶし大の噴石が遠方まで風に流されて落下してくる可能性があるため、風下側で噴火に気付いたら建物や頑丈な屋根の下に退避します。 ■大雨による災害から命を守る 地震と違い、大雨による水害や土砂災害の危険度は徐々に高まってきます。河川の水位は目で見ることができますが、上流での大雨による増水は実感しづらく、猛烈な雨によって一気に増水する場合もあります。土砂災害はその危険度の高まりを災害発生前に目で確認することが難しいです。また、激しい雨の中や夜間では避難所へ移動することがより困難になります。このため、大雨警報、洪水警報、土砂災害警戒情報、指定河川洪水予報などを活用し、水害や土砂災害が発生する前に避難すること、川や崖などの危険な場所に近付かないことが大切です。状況によっては次善の策として安全な建物に留まることや屋内の2階以上に移動することも有効です。 ■高潮による災害から命を守る 台風や発達した低気圧の接近、上陸に伴って短時間のうちに急激に潮位が上昇し、海水が海岸堤防等を超えると一気に浸水します。高波が加わるとさらに浸水の危険が増します。台風が接近すると、暴風、激しい雨、波しぶきなどで避難所へ移動することが困難になりますので、台風情報や高潮警報などを確認し、安全に行動できるうちに避難することが大切です。 質問箱 ■津波から身を守るにはどうすればよいの?  津波は、主に地震により発生し、海底の岩盤がずれることにより周辺の海水全体が急激に持ち上がったり下がったりし、大きな波となって周囲に伝わっていく現象です。津波は波長(波の山から山、または谷から谷の長さ)が数十キロメートルから数百キロメートルという巨大な水の塊として押し寄せてきます。津波が沿岸に押し寄せると、波と言うよりも激しい流れとなって、岸から遠く離れた内陸まで一気に浸水し陸上の建物などを破壊します。その進む速さは例えればオリンピックの陸上短距離選手並みです。津波を見てから走って逃げたのでは間に合いません。いったん津波に呑み込まれてしまうと、その水流で身動きがとれず、海中に引きずり込まれたり、破壊された家屋などの漂流物にぶつかったりして命を落としてしまいます。 津波から身を守るには  津波警報の発表や避難の放送等があったら、直ちに高台や避難ビルなど安全な場所に避難して下さい。津波警報を発表するよりも早く津波が到達する場合や、停電等により警報が伝わらない場合も考えられます。沿岸部で強い揺れを感じたり、長い時間ゆっくりとした揺れを感じたら、自ら避難し避難先で情報を入手して下さい。揺れを感じなくても、はるか遠い場所で発生した津波が日本に到達する場合もあります。津波警報が発表されたら避難して下さい。津波は川を上し浸水する場合がありますので、川沿いの避難は大変危険です。津波注意報が発表されたときは、居住区では避難の必要がありませんが、海に入っての作業や、海水浴、磯釣り等は危険です。直ちに港、海岸、河口から離れて下さい。津波は繰り返し襲い、最初に到達してから数時間後に最大波が襲ってくる場合があので、ラジオ、広報車などにより正しい情報を入手して、警報が解除されるまで避難を続けて下さい。いざというときに落ち着いて迅速に避難できるように、高台や避難ビルなどの避難場所の位置と安全な避難経路について、予め確認しておいて下さい。避難経路については、地震の揺れによる家屋の倒壊等で通れないことがありますので、複数の避難経路を確認しておいて下さい。 2 避難の判断を支援する防災情報 (1)地震  地震が発生した際に、どこがどのくらい揺れるのかが事前に分かれば、たとえ短い時間でも身を守るなどの危険回避行動を取ることができます。このような自主的な防災行動のため、震源に近い観測点で得られた観測データを用いて、これから強く揺れることを素早く知らせる「緊急地震速報」を発表しています。緊急地震速報では、伝わるのが早く揺れの弱い地震波(P波)と、伝わるのが遅く揺れの強い地震波(S波)の速度の差を利用し、弱い揺れの段階で得られた観測データを用いて、地震が起きた場所(震源)や地震の規模(マグニチュード)を推測し、各地の揺れの強さ(震度)を予想します。特に震度5弱以上の強い揺れが予想される場合には、緊急地震速報(警報)として、テレビやラジオ、携帯電話、市町村の防災無線等で、震度4以上の揺れが予想される地域名等を広く国民に向けて発表しています。緊急地震速報が発表されてから、実際に強い揺れが到達するまでは、数秒から数十秒しかありません。この短い間に、揺れによる被害を回避するには、机の下に隠れるなどの「身を守る行動」をあわてずに行うことが必要です。地震はいつ発生するか分かりませんので、緊急地震速報を見聞きした際にどのような行動を取るのか、様々な場所をイメージしてあらかじめ行動を決め、実際に行動して体験しておくことが大切です。なお、震源に近い場所では、緊急地震速報が強い揺れの到達に間に合わないことがありますので、緊急地震速報が発表されていなくても、揺れを感じた時は、身を守る行動を取って下さい。また、地震による揺れの強かった地域では、家屋の倒壊などの危険性が高まっているおそれがあります。避難の判断が必要となる場合もありますので、揺れが収まった後、震度の情報なども参考にして下さい。 (2)津波  気象庁は、津波による災害の発生が予想される場合に、地震が発生してから約3分を目標として、全国66区域に分けられた津波予報区に対して津波警報・注意報を発表します。津波警報は陸域に対する警戒の呼びかけです。津波警報が発表された場合、直ちに高台や避難ビルなどの安全な場所に避難してください。また、沿岸近くで大きな地震が発生した場合、津波警報が間にあわない場合がありますので、海岸付近で強い揺れを感じたときや、弱い揺れであっても長い時間ゆっくりとした揺れを感じた時は、自ら判断して直ちに安全な場所へ避難してください。津波注意報は海の中や海岸付近にいる人達への注意の呼びかけです。津波注意報が発表された場合、陸域では避難の必要はありませんが、海からあがり海岸から離れてください。海外で地震が発生した場合、日本では揺れを感じなくても、津波が発生し日本に被害をもたらす場合もあります。この場合も津波警報・注意報を発表しますので、必ず安全な場所へ避難してください。津波は繰り返し襲い、最初に到達してから数時間後に最大波が襲ってくる場合があるので、津波警報が解除されるまで避難を続けてください。なお、津波警報は、最新の分析結果や新たな観測データの入手等により、更新される場合がありますので、避難先など安全を確保したうえでラジオなどにより最新の情報を入手してください。 (3)火山噴火  火山噴火に伴って防災対策上重要な様々な火山現象が発生します。 ・大きな噴石 爆発的な噴火により吹き飛ばされた岩石等が落ちてくる現象です。概ね50 センチメートル以上の大きな噴石は風の影響をほとんど受けずに火口から四方に飛散し、数十秒程度の短時間で落下し、建物の屋根を打ち破るほどの破壊力を持っています。 ・火砕流 高温の火砕物(火山灰、軽石等)と高温のガスが一体となって猛スピードで山腹を駆け下る現象です。温度が数百度、最大時速100 キロメートル以上にも達し、その通過域では焼失・破壊など壊滅的な被害が生じます。火砕流の先端や周辺は火山灰を含む高温・高速の気流となっていて、この部分を火砕サージといい、火砕流本体よりも広範囲かつ猛スピードで広がります。 ・融雪型火山泥流 噴火時に発生した火砕流等が積雪を溶かし、大量の水と土砂が一体となって高速で流れ下る現象です。積雪の状況によっては沢沿いを中心に火砕流などよりもはるかに遠くまで一気に流下し、大規模な災害を引き起こしやすい現象です。時速60 キロメートルを超えることもあり、破壊力が大きく通過域では壊滅的な被害が生じます。  これら3つの火山現象は、噴火発生から短時間で襲来して生命に危険を及ぼすことが特徴で、現象の発生を確認してから避難を開始するのでは間に合わないため、事前に安全なところまで避難しておくことが必要です。このため、気象庁は、火山活動の監視・評価の結果に基づき、これらの火山現象に対する警戒が必要な範囲(生命に危険が及ぶ、以下「警戒が必要な範囲」)を明示して避難を促すための噴火警報を発表しています。噴火警報は「警戒が必要な範囲」に居住地域が含まれる場合は「噴火警報(居住地域)」、含まれない場合は「噴火警報(火口周辺)」(略称は火口周辺警報)という名称で発表されます。さらに、火山の地元の都道府県・市町村・気象台・砂防部局・火山専門家等から構成される「火山防災協議会」において登山者や住民の避難について共同検討が進められていて、避難のタイミングと避難対象地域の検討結果が市町村の地域防災計画に反映された29火山(平成24年4月現在)では、必要な防災行動を5段階(平常、火口周辺規制、入山規制、避難準備、避難)で示した「噴火警戒レベル」が提供されています。なお、噴火発生時の風下側では、こぶし大の噴石が10 キロメートル以上遠方まで10 分程度で風に流されて降下してくる場合があるため、屋内に退避するなど注意が必要です。 (4)大雨による土砂災害、浸水害、洪水  大雨によってもたらされる主な災害には、土砂災害、浸水害、洪水害があります。  土砂災害は予測の難しい災害ですが、発生しやすい地域はある程度特定することが出来ます。まずは、住んでいる場所が土砂災害危険箇所かどうかを確認しておきます。そして、大雨時の土砂災害に対する避難の判断には「大雨警報(土砂災害)」と「土砂災害警戒情報」を活用してください。(次ページ表参照)短時間に大雨が降ると側溝や下水道だけでは雨水を流しきれなくなり地面に水が溜まります。地下空間が水没する、道路が冠水し車が立ち往生するなどの事態にもなりかねません。このような浸水害に対する避難の判断には、短時間強雨が予想される場合に発表する「大雨警報(浸水害)」を活用してください。洪水害は、大雨により河川が氾濫して起こる災害です。洪水害に対する避難の判断には、不特定の河川の増水による災害に対して発表する「洪水警報」と特定の河川を対象とした「指定河川洪水予報」を活用してください。  なお、数年に一度程度しか発生しないような記録的な1時間雨量を観測又は解析した場合には「記録的短時間大雨情報」を発表します。自分の地域や隣接地域が明示されていたら、大雨による重大な災害がすでに発生している又は切迫している事態だと捉え、自分の身を守ることを第一に行動してください。大雨警報、洪水警報、土砂災害警戒情報は市町村ごと(東京都の特別区は区ごと、また、一部では市町村を分割)に、指定河川洪水予報は河川ごとに発表します。これら防災情報の種類ごとに、市町村や住民に期待する主な防災対応や防災行動は、下の表のようになります。 市町村では、これらの防災情報のほか、気象庁から「防災情報提供システム」を通して防災機関に提供している土砂災害警戒判定メッシュ情報、流域雨量指数などのより詳細な情報も参考にしながら、避難勧告等の発令を検討してください。住民の皆さんも、自分の地域にこれらの防災情報が発表されているときには、レーダー・降水ナウキャスト等で雨の強さ、雨雲の広がり、移動方向などを自ら確認するとともに、地元の気象台が発表する気象情報なども確認してください。 気象庁「防災情報提供システム」では防災機関の防災対応の判断を支援する様々なコンテンツを提供しています。特に、土砂災害警戒判定メッシュ情報と規格化版流域雨量指数は、5キロメートル四方ごとの災害の危険度を表しており、市町村の避難勧告等の判断を支援しています。 (5)高潮  高潮は、台風や発達した低気圧などに伴い、気圧が下がり海面が吸い上げられる効果と風により海水が海岸に吹き寄せられる効果のために、海面が異常に上昇する現象です。海岸堤防等を越える高潮が発生し市街地等が浸水する前に、避難する必要があります。高潮による浸水害に対する避難の判断には、「高潮警報」を活用してください。台風による高潮の場合、台風の接近とともに風雨が強まり避難が困難になることから、早めに避難を完了しておく必要があるため、「台風予報」や「台風の暴風域に入る確率」も利用します。より早期に避難の判断をするには、当該市町村に対する「高潮注意報」の本文の中で高潮警報の可能性に言及しているかどうかを確認してください。市町村は、暴風域に入る前に住民の避難が完了できるように避難勧告等を検討します。住民は決して海岸や河口付近には近づかないようにし、市町村からの避難の情報に注意してください。 (6)積乱雲がもたらす竜巻などの激しい現象  発達した積乱雲によってもたらされる主な災害としては、竜巻などの激しい突風、落雷、局地的大雨によるものがあります。竜巻などの激しい突風、落雷、局地的な大雨のように狭い範囲に発生する激しい気象現象の発生を正確に予測することは技術的に難しいため、天気予報を確認した上で、最新の予測情報や積乱雲の近づく兆しに注意を払い、一人ひとりが身を守る行動をとることが重要です。 ア.事前に天気予報や雷注意報を確認する  屋外活動前には、天気予報で「大気の状態が不安定」「雷」「急な強い雨」などのキーワードの有無を確認します。また、出かける先の市町村に「雷注意報」が出ているかどうかも確認します。 イ.ナウキャストで最新の状況を確認する  屋外で活動するときは、「竜巻発生確度ナウキャスト」「雷ナウキャスト」「降水ナウキャスト」で最新の状況を確認します。ナウキャスト(nowcast)とは、今(now)と予報(forecast)を組み合わせた言葉です。直近の気象の変化傾向に基づき1 時間程度先までのきめ細かな予測を、短い時間間隔で行い、常時更新して発表する予報をいいます。 ・竜巻発生確度ナウキャスト  発生確度1や2は、竜巻などの激しい突風が今にも発生しやすい気象状況になっていることを表します。発生確度1や2が予想された場合は、周辺の気象状況の変化を注意深く監視し、積乱雲が近づく兆しがあれば、頑丈な建物の中へ避難して下さい。 ・雷ナウキャスト  活動度2〜4は、既に雷雲が発生しており、いつ落雷があってもおかしくない状況です。これらが予想された場合は、直ちに建物や自動車の中など安全な場所へ避難して下さい。 ・降水ナウキャスト  渓流や親水公園などでは、積乱雲による局地的な大雨が降ると降った雨が一気に流れ込むため、十数分で甚大な被害が発生することがあります。行動の節目には、降水ナウキャストにより雨の状況を確認して下さい。 ウ.積乱雲が近づく兆し  竜巻などの激しい突風や落雷、局地的な大雨をもたらす積乱雲が間近に近づいている場合には、以下のような状況になります。このような積乱雲が近づく兆しを感じたら、直ちに、建物内へ避難して下さい。 ・真黒な雲が近付き、周囲が急に暗くなる ・雷鳴が聞こえたり、電光が見えたりする ・ヒヤッとした冷たい風が吹き出す ・大粒の雨や「ひょう」が降り出す (7)自分の命を守るための防災情報  気象庁が発表する防災情報は、情報毎に、対象とする災害、情報名称、予報区域等が異なります。また、住んでいる場所に起こり得る災害の種類や大きさ、自分のおかれている状況によっても、必要となる防災情報は違ってきます。自分の命は自分で守るという観点で、自分にとって重要な防災情報は何かということを事前に把握しておくことが大切です。ここでは、静岡県富士市を例に、対象とする災害別に活用する情報と発表区域等の名称を解説します。 (8)住民一人ひとりが入手できる防災情報  気象庁が発表する様々な防災情報は、テレビ、ラジオなどによる放送のほか、市町村の防災行政無線等を通じて住民に伝えられます。また、最近ではインターネットや携帯電話等の普及によって、一人ひとりが必要な防災情報を適時に入手できるようになっています。情報が発表されると直ぐに知らせてくれる「プッシュ型」の情報提供サービスとしては、緊急地震速報、津波警報などを一斉に同報配信する携帯電話の「エリアメール、緊急速報メール」や、自治体や民間会社などによるメール配信、FAX 配信のサービスがあります。また、必要な時に情報を取得できる「プル型」の情報提供サービスには、気象庁や国土交通省防災情報提供センター、自治体、民間会社などのホームページなどがあります。近年普及が進んでいるスマートフォンでも、簡単に情報を得られるアプリケーションが増えてきています。これらの方法で入手できる防災情報を災害時に上手に使うことのできるよう、情報の持つ意味や入手方法などについて一人ひとりが日頃から理解しておくことが大切です。 コラム ■災害情報を活かすことの難しさ  群馬大学大学院 広域首都圏防災研究センター長 片田敏孝教授津波警報や様々な気象情報などの災害情報は、予測技術や観測技術の向上によって、その精度や地域解像度が近年急速に高まっています。しかし、災害情報の高度化が防災の向上に直結するのかと言えば必ずしもそうではありません。災害情報が防災においてもたらす効果は、住民自身が災害情報を活かして適切な行動を取った結果として現れるものであり、どれだけ住民が災害情報を活かすかが大きな鍵となります。しかし、災害情報の多くは住民からみればリスク情報を意味します。つまり、端的に言うと、『あなたの命が危ない』という情報です。元来この種の情報について、人はなかなか上手く活用できないことが知られています。まずその基本的な理由として知られているのが、「正常化の偏見」です。津波警報や避難勧告といった身に危険が迫っていることを知らせる情報を得たとしても、まさか自分の身にそんな事態が差し迫っているとは考えない、考えたくないものです。火災報知器が鳴り響く状況を想像して下さい。そのけたたましいベルの音は、火災を知らせていることは誰もが知っています。しかし、その時、自分が火災のなかにあって、まさに死と直面しているとは誰もが考えません。そして、多少の不安を感じつつも、「多分誤報だろう」、「前も誤報だった」、「みんなも逃げていない」などと、不安とは裏腹に避難していない自分を正当化します。ここにおいて住民の意識は、避難しない意思決定をしている訳ではなく、避難する意思決定をしていないだけで、結果として避難しない状態を継続することになるのです。災害情報が上手く活用されない理由には、このような災害心理学的な人の情報理解特性に加えて、もう一つ大きな理由があります。災害対策基本法制定以降に形作られたわが国の防災体制のなかで、住民に自分の命を守ることへの主体性が著しく欠落している問題です。わが国の防災体制は、国民の命を守る責務を行政に課すことに基本が置かれ、阪神淡路大震災や東日本大震災という特例を除けば、毎年の災害犠牲者数は著しく低下しました。そこにおいて災害情報の高度化が果たした役割も極めて大きいものでした。しかし、その一方で、住民に「自分は守られる対象」という意識が強く形成され、災害情報についても、危ない時には行政が避難勧告等で教えてくれるといった意識が根強くなりました。こうした行政に依存する意識、情報に依存する意識が過剰に高まる中で、情報待ちの姿勢が避難を阻害するといった新たな危険が目立つようになりました。いくら災害情報が高度化しようとも、相手は自然であり、全ての住民に最適な行動を指南し得るほどの情報精度は確保できませんし、情報の解像度も情報伝達の手段も確保できるものではありません。そして、こうした依存の大きさが、現実とのギャップの中で、住民からみた「空振り感」を常態化させることになり、結果として災害情報の高度化とは裏腹に、住民からみた情報信頼度の低下と災害時の情報無視へとつながってしまっているのが現状です。災害情報は高度化する一方で、それを活かす住民の主体的な姿勢を醸成しなければ、真に防災に役立つものとはならないのではないでしょうか。 3 自然災害から身を守るために ○豊かな自然と多発する自然災害  日本列島は、北半球中緯度のユーラシア大陸東岸に位置し、4つの海(日本海、太平洋、東シナ海、オホーツク海)に囲まれています。日本周辺の地殻を見ると、4つのプレート(ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレート)の境界に位置しています。また、アジアモンスーンの影響を受ける湿潤な気候で、陸地の7割以上を山地が占めており、山地から一気に流れ下る河川は急峻なV字谷を形成します。このような地理的な環境から、日本は自然の恩恵を受けると同時に、世界的に見ても地震、津波、火山、台風、大雨・集中豪雨、大雪、暴風雪など、自然災害の多い地域となっています。私たちの先人は自然と共生しつつも、自然災害との闘いの歴史を繰り返してきたと言っても良いでしょう。 ○ハード防災とソフト防災  自然災害から国民の命や財産を守るため、河川堤防や治水ダム、砂防堰堤、防潮堤などハード面の整備が行われてきています。また、国や自治体から発表される防災情報(気象警報や津波警報、指定河川洪水予報、自治体の避難勧告など)の改善というソフト面の対策も行われてきました。例えば、気象庁が近年実施した取り組みには、市町村の行う避難勧告等の判断や住民の自主的な避難行動を支援できるよう市町村ごとに気象警報を発表したり、火山毎に避難の段階と対応させた噴火警報を発表したり、その他にも津波警報の改善、緊急震度速報や竜巻注意情報の開始などがあります。このようにハード・ソフト両面の防災対策を進めてきていますが、激しい自然現象は毎年のように発生し、甚大な被害をもたらしています。平成23年は、東日本大震災(平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震)や台風第12 号・15号、平成23年7月新潟・福島豪雨など、自然災害の激烈さ・過酷さをまざまざと見せつけられた年でした。私たちは、日本という自然豊かな国に住んでその恵みを享受する一方で、激しい自然現象にも対峙しなければなりません。これまでに経験したことが無いような過酷な自然災害が起こったとしても、それもまた自然の一部であり、自分の身近でも起こる可能性があるということを認識する必要があります。 ○自然災害に向き合う姿勢〜「まさか」を「いつかは」に〜  自然災害に対しては、ハード面の防災対策だけでは限界があり、防災情報というソフト面の対策においても激しい自然現象やそれに伴う災害の予測には限界があって万全なものではありません。国や自治体によるハード・ソフト両面の防災対策「公助」だけで住民の命や財産を守ることは困難であり、住民や自主防災組織を中心とした「自助」「共助」による減災・防災が不可欠であることが明らかとなっています。「自助」「共助」を促進する上で、自然現象や災害、防災情報に関するより深い理解が住民にまで広く普及していることは大切なことですが、明日にも起こるかもしれない自然災害から命を守るには、住民自らの自然災害に向き合う謙虚な姿勢こそが重要です。東日本大震災の際、日頃からの訓練や学習の中で身につけたその姿勢によって多くの子供たちが助かった事例 は* 、私たちに貴重な教訓を示してくれています。防災のための設備(ハード)にも防災情報(ソフト)にも限界があることを理解した上で、自然を侮ることなく、自然災害が自分の町でも起こる可能性があるということを認識し、自分の命・家族の命は自らが守るという意識・姿勢が大切です。「まさか、こんなことが起きるとは思わなかった」ではなく、「いつかはこんなことが起きるかもしれないと思っていた」と言える心構えです。地震、津波や台風、洪水などで自分や家族、住家や町が被害に遭うかもしれないと感じた時には、危険を避けるため早めに身の安全を図りましょう。早めの「避難」行動が何よりも大切で、もし結果的に大きな災害にならなかったとしても「たいしたことが無くてよかった」と思える意識が、自分や家族の命、さらに回りの人たちの命を守ることにつながります。  気象庁は、災害をもたらす自然現象について、それを見逃すことなく確実に監視し、より適確な情報を迅速に伝えられるよう、観測技術や予測技術の向上、防災情報の改善に努めて参ります。同時に、自然災害から命を守るための姿勢・意識・知識の大切さを国民の皆さんに理解していただけるよう、関係機関と力を合わせ普及活動に取り組んで参ります。 コラム ■災害に対する高い耐障害性を有する観測網の構築に向けた取り組み  気象庁では、様々な情報作成のための基盤となる気象観測網について、東北地方太平洋沖地震での経験を踏まえて、電源や回線の強化などにより災害への耐障害性を高めるとともに、巨大地震でも振り切れない広帯域強震計の付設や、被災した観測施設の復旧や被災地の観測網の強化が直ちに行えるように機動型津波観測装置や可搬型のアメダスなどを整備など、災害対応能力の一層の強化を図っています。 1.地震観測施設の強化  東北地方太平洋沖地震では長時間の停電で地震計・震度計の予備電源が持ちこたえられず、通信回線網も機能が停止しました。このため東北地方を中心に一時、地震波形や震度が観測できない状態となり、緊急地震速報の精度の低下や、余震による震度を十分に把握できない状況が生じました。このような長時間のデータ欠落を避けるため、地震計・震度計ともに予備電源で72時間稼働できるようにするとともに、衛星通信を用いたバックアップ回線を増強しました。また新たに地震計を50 か所に設置している他、今後既設の80か所に巨大地震でも振り切れない広帯域強震計を付設するなど、災害時の対応能力強化を図っています。 2.津波・潮位観測施設の強化  気象庁は、津波や潮位の監視のため、全国の沿岸に観測施設を設置しています。東北地方太平洋沖地震に伴う津波により、施設自体が被害を受けたのをはじめ、電話回線の不通や長期にわたる停電などにより、多くの観測施設の観測データが入手できない状態となりました。今回の津波による観測施設の被害を教訓として、回線障害に対応する衛星回線を用いたバックアップ回線の整備、長期間の停電に対応できる非常用電源の長時間化、観測装置を収納している筐体を強化するなど、観測施設自体の機能強化を行っています。また、仮に観測施設が被害を受けた場合にも、迅速に津波・潮位監視を再開させ、欠測期間を最小限に抑えることができるよう、太陽電池パネルや衛星携帯電話回線を使用する機動型津波観測装置を本庁と管区・沖縄気象台に整備します。 3.離島に設置している気象観測所の電源強化  地震、津波等により停電が発生した場合、離島においては渡島に時間を要することから復旧が遅れ、観測データに長期の欠測が生じる可能性があります。今後、発生が想定されている東海・東南海・南海地震などの大地震による長期間の停電に備え、離島に設置された気象観測所の電源を強化し、災害時においても安定した観測データを提供できるよう観測施設の信頼性の向上を図ります。 4.気象レーダーのドップラー化と通信機能の強化  気象庁の全国20 か所の気象レーダーは、平成18年の東京レーダーを皮切りに順次、きめ細かい降水の監視・予測に非常に有効なドップラーレーダーへの更新を進めています。平成23年度には秋田のドップラー化を実施しました。平成24年度末までに残る3か所(長野・静岡・名瀬)の気象レーダーのドップラー化を行い全国のドップラーレーダー観測網が完成する予定です。これにより、大雨、突風等に対する監視能力を強化し、災害の防止・軽減を図ります。  また、種子島や名瀬(奄美大島)、石垣島の離島のレーダーは、土砂災害などで通信が途絶えると、復旧作業に時間を要し長期間の観測停止となる恐れがありました。このため、従来の地上回線に加えて、衛星を利用したバックアップ用の通信回線を新たに整備します。また、名瀬のレーダー塔は、ドップラー化にあわせて建て替えて、耐震性能を強化します。レーダー塔の耐震性能の強化や通信機能強化により、災害時においても高い耐障害性を有する気象レーダー観測網の構築を図ります 5.ウィンドプロファイラの増設  気象庁は平成13年に25か所、平成15年に6か所のウィンドプロファイラの運用を開始しました。ウィンドプロファイラは、豪雨などの局地的な気象災害の要因である「湿った(湿度が高い)空気」の流れを観測することにより、数時間先の大雨の予測の精度向上に大きく寄与しています。  東北地方太平洋沖地震により、地盤の弱くなっている被災地域周辺では、大雨による土砂災害が発生しやすい状況となりました。被災地における大雨の監視・予測を強化するため、仙台市、会津若松市の2か所にウィンドプロファイラを新設し、平成24年3月から運用を開始しました。 特集2 津波警報改善に向けた取り組み 1 津波警報等の課題と改善に向けた検討  気象庁は、平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震による津波被害の甚大さに鑑み、当時発表した津波警報の内容及びタイミング等を検証し、人命を守る防災情報としての津波警報を今後どのように改善すべきかについて検討するため、有識者及び関係防災機関等からなる「東北地方太平洋沖地震による津波被害を踏まえた津波警報改善に向けた勉強会」を、平成23年6月から9月にかけて3回開催しました。  勉強会では、津波警報等の課題について以下のとおり4つに整理しました。 @地震発生3分後に発表した津波警報の第1報において推定した地震規模(マグニチュード7.9)が過小評価(最終的には9.0 と推定)となり、この地震規模を基に予測した津波の高さも実際に観測された津波の高さを大きく下回るものとなりました。当初推定した地震の震源及び規模は、想定されていた宮城県沖地震の海溝寄りの連動型(マグニチュード8.0)とほぼ一致し、地震波形記録に長周期成分の卓越等が見られなかったことから、推定した地震規模の評価が過小である可能性を認識することができませんでした。このため、マグニチュードが8を超えるような巨大地震について、迅速にその規模を推定する手法を導入し第1報に活用することが課題。 A地震規模を過小評価した中で岩手県、福島県に発表した「予想される津波の高さ3メートル」が、過去の経験等から防潮堤を越えることはないと思ったなど、避難の遅れに繋がった例があったと考えられました。このため、津波警報の第1報における予想される津波の高さの発表のあり方が課題。 B地震発生約15分後に計算されるモーメントマグニチュード(Mw)が、大きな揺れによって国内に配置していたほぼ全ての広帯域地震計の測定範囲を超えたため計算できず、津波警報更新の続報が迅速に発表できませんでした。また、GPS 波浪計のデータに基づき地震発生から28分後に津波警報の更新(宮城県10 メートル以上、岩手県・福島県6メートル)を行いましたが、より沖合に設置しているケーブル式海底水圧計(津波計)のデータを津波警報の更新に反映させる方法が不十分でした。このため、津波警報更新の続報において、津波の高さをより確度をもって予想するため、モーメントマグニチュード(Mw)を迅速に求められるよう大きな揺れでも振り切れない広帯域地震計の活用とともに、沖合における津波観測の強化とその利用技術の開発が課題。 C津波情報で発表した津波の観測結果「第1波0.2メートル」等を見聞きし、今回の津波はたいしたことはないと思ったなど、避難の遅れや中断に繋がった例があったと考えられました。このため、津波の観測情報における伝え方、情報文のあり方が課題。また、地震発生直後の停電等により津波警報更新の続報や津波の観測情報が住民等へ十分に伝わっていなかったこと等が明らかになりました。同勉強会における指摘や提言、さらには一般からいただいた意見を踏まえ、平成23年9月12日に@、B等の主として技術的課題に対する改善策を「東北地方太平洋沖地震による津波被害を踏まえた津波警報の改善の方向性について」(以下、「津波警報改善の方向性について」)としてとりまとめました。さらに、「津波警報改善の方向性について」において、別途検討することとしたA、C等の、津波警報等での津波の高さ予想の区分や情報文での具体的な伝え方等について、「津波警報の発表基準等と情報文のあり方に関する検討会」を、平成23年12月から平成24年1月にかけて3回開催し、具体的な改善内容について検討を行いました。同検討会における議論等を踏まえ、具体的な改善内容を提言案としてまとめ、平成23年12月に公表し、改善内容に対する意見を広く国民等から募集しました。その後、頂いた意見等を踏まえ、津波警報等の具体的な改善についての提言がとりまとめられ、平成24年2月7日に公表しました。  気象庁では、地震の規模を示すマグニチュードの計算方式として、気象庁マグニチュード(Mj)と、モーメントマグニチュード(Mw)のふたつの方式を使用しています。気象庁マグニチュード(Mj)は、周期5秒程度までの強い揺れを観測する強震計で記録された地震波形の最大振幅の値を用いて計算する方式で、地震発生から3分程度で計算可能という点から速報性に優れています。しかし、マグニチュード8を超える巨大地震の場合、より長い周期の地震波は大きくなりますが、周期5秒程度までの地震波の大きさはほとんど変わらないため、気象庁マグニチュード(Mj)では地震本来の規模に比べて小さく見積もられ、正確に規模を推定できません。一方、モーメントマグニチュード(Mw)は、地震による断層運動の大きさを的確に表すもので、広帯域地震計(より長周期の地震波も観測可能)により記録された周期数十秒以上の非常に周期の長い地震波も含めて解析し計算することから、巨大地震についても正確な規模の推定が可能であり、なおかつ地震の発震機構(逆断層か横ずれ断層かなど)も同時に推定可能という利点があります。しかし、10 分程度の地震波形データを処理する必要があるため、モーメントマグニチュード(Mw)の推定には地震発生から15分程度を要します。 2 津波警報等の具体的な改善  津波警報の第1報は、避難に要する時間をできるだけ確保できるよう、地震発生後3分程度以内の発表を目指す従来の方針は堅持するとともに、津波の波源(海底の地殻変動)の推定に不確定要素がある場合は、安全サイドに立った津波の推定に基づいて津波警報を発表し、その後、得られる地震・津波データや解析結果に基づき、より確度の高い警報に切り替えることを基本方針とし、改善策の検討を行いました。また、停電や回線障害により第1報が届かない可能性も考慮することとしました。 (1)技術的な改善  津波警報第1報発表の迅速性を確保するため、地震規模の推定は3分程度で計算可能な気象庁マグニチュード(Mj)を用いることを基本としますが、マグニチュード8 を超えるような巨大地震や津波地震の場合には、その規模を3分程度で正確に算出することは技術的に困難です。そのような場合にも過小評価とならない措置が必要です。このため、推定した気象庁マグニチュード(Mj)の過小評価の可能性を速やかに認識できる監視・判定手法を導入し、過小評価の可能性がある場合には、地震が発生した海域で想定される最大マグニチュードを適用、ないしは同手法で得られるマグニチュードの概算値を用いて、安全サイドに立った津波警報の第1報を発表します。その後、最新の地震・津波の観測データが明らかになり次第、高さ予測についてより確度の高い津波警報に更新します。具体的には、津波警報の迅速かつ適切な更新に必要なモーメントマグニチュード(Mw)を15分程度で迅速かつ安定的に求めるため、大きな揺れでも振り切れない広帯域地震計を新たに整備し活用する計画です。また、モーメントマグニチュード(Mw)の迅速な推定以外の解析手法について更に技術開発を進めます。また、気象庁では、平成24年3月現在、全国で15台のGPS波浪計(国土交通省港湾局)と35台のケーブル式海底水圧計(気象庁、(独)防災科学技術研究所、東京大学地震研究所、(独)海洋研究開発機構)を津波監視に活用しており、GPS波浪計については、東北地方太平洋沖地震において津波警報の更新に重要な役割を果たしました。  平成24年3月には、GPS波浪計に加えて、ケーブル式海底水圧計についても、経験則に基づいた簡便な手法による津波警報への活用を開始しました。今後、海底津波計(ブイ式)をケーブル式海底水圧計よりさらに沖合に設置するとともに、更なる沖合津波観測のデータ利用技術の開発等を進めます。 (2)津波警報及び情報文等の改善 ○津波警報等の発表基準と津波の高さ予想の区分  津波の高さと被害との関係の調査結果から、津波警報等の発表基準を改めて精査し、陸域への浸水被害が生じる下限の1メートルを津波警報(津波)の、木造家屋の流失・全壊率が急増する3メートル(浸水深2メートルに対応)を津波警報(大津波)の、おのおの発表基準とします(現行どおり)。また、津波の高さ予想の区分については、現在0.5、1、2、3、4、6、8メートル、10メートル以上の8段階としていますが、津波警報基準や津波予測の誤差、とりうる防災対応の段階等を踏まえて1、3、5、10メートル、10メートル超の5段階とし、情報で発表する予想される津波の高さは、簡潔で単一の数値とし、危機感を喚起するため、高さ予想の区分の幅の高い値とします。また、地震規模の過小評価の可能性を検知し、当該海域で想定される最大のマグニチュードを適用するなどして津波警報の第1報を発表する場合は、地震規模推定の不確定性が大きいと考えられることから、予想される津波の高さを、数値ではなく「巨大」など定性的表現で発表することにより、通常の地震とは異なる非常事態であることを伝えることとします。なお、地震発生約15分後には、モーメントマグニチュード(Mw)による確度の高い津波の予測や津波の観測結果に基づいて津波警報の更新を行いますが、この場合の予想される津波の高さは数値で発表します。津波警報は、津波警報(大津波)、津波警報(津波)と分類していますが、一般に広く用いられている「大津波警報」、「津波警報」を同義のものとし、警報や情報文中においても「大津波警報」、「津波警報」を用いることとします。 ○津波到達予想時刻の発表  津波の到達予想時刻については、予報区の中で最も早く津波が到達する地点及び予報区内の代表的な津波観測地点等への到達予想時刻を発表します。ただし、津波の到達時刻は同じ予報区内でも数十分程度から1時間以上違うことがあるため、このような津波の特徴を明示して伝えることとします。  また、高い津波が直ちに襲ってくる恐れがあるなど、切迫度がわかるよう情報文にフラグ(識別符)を付加し、全国全ての内容を伝える場合において優先すべき内容がわかるようにします。 ○津波観測データの発表  津波は何度も繰り返し来襲しますが、第1波が最大になるとは限らず、第2波、第3 波など後続波がより大きくなることが多いという性質があります。その性質の周知が必ずしも十分でない状態で、津波の第1波の小さな観測値を発表した場合、今回の津波は小さいものとの誤解を与える恐れがあります。一方、津波が観測されたという事実を伝えることも重要と考えられることから、津波の第1波については、到達した時刻と押し・引きのみ発表し、最大波については、観測された津波の高さの値が、予想される津波の高さ区分よりも十分小さい場合は、「観測中」と定性的表現で発表することとします。なお、観測した津波の高さを数値で発表する基準は表2のとおりで、既に最大波が観測されたと誤解を与えないよう「これまでの最大波」と表現することとします。 ○沖合の津波観測データの発表  東北地方太平洋沖地震では、大津波が沿岸に到達する前にGPS 波浪計により津波の到達を検知し、津波警報の更新に活用されるなど、沖合での津波観測の有効性が実証されました。沖合の津波観測データは、現在、沿岸の観測データと合わせて発表していますが、これまでの観測情報とは別に新設し、沖合で津波をいち早く検知し、沿岸に顕著な津波が押し寄せる恐れが認められた場合には、直ちに発表することとします。また、GPS 波浪計より更に沖合に設置している海底水圧計(津波計)の観測データも活用することとします。気象庁では、津波の実況をさらに早い段階で把握するため、東北地方の太平洋側沖合に海底津波計(ブイ式)を平成24年度中に整備する計画です。津波の高さは、水深の深い沖合では低くても、水深の浅い沿岸に近づくほどその高さは高くなることから、沖合で観測された津波が沿岸に到達した場合の推定される高さも合わせて発表しています。沿岸で推定される津波の高さの値が、予想されている津波の高さ区分より小さい場合も、避難を妨げることがないよう沿岸の津波観測に関する情報と同様に、表のとおり発表基準を設け、基準に達しない場合は、沿岸で推定される津波の高さは「推定中」と定性的表現で発表します。なお、発表している予想される津波の高さ区分より、沿岸で推定される津波の高さが高い場合は、津波警報の更新発表を優先します。 ○その他の改善  地震発生約1分半後に、震度3以上を観測した地域名と地震の揺れの発現時刻について、震度速報を発表していますが、この情報文において津波発生の恐れについて伝えることとします。また、繰り返し来襲する津波の実況や推移をわかりやすく伝え、避難の徹底又は津波警報等の解除に向けた準備的な情報として伝えるため、新たに図情報を活用することについて検討を進めます。 3 今後の取り組み  津波警報等の改善内容については、今後、気象庁のシステム改修を行うとともに、情報を利用する防災関係機関や報道関係機関におけるシステム改修の計画等を踏まえ、早期に運用を開始するように準備を進めています。また、津波避難においては、津波警報と避難指示等の防災対応、避難行動との関係を整理するとともに、情報伝達手段、ハザードマップや防災教育等の津波防災対策との連携が重要であり、中央防災会議「災害時の避難に関する専門調査会」において議論される内容等を十分に踏まえつつ、より一層の津波警報の改善に取り組むほか、大学、研究機関等と連携して、津波監視・予測技術の開発に積極的に取り組みます。 トピックス 1 「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」の余震活動と情報提供  平成23年3月11日14時46分、三陸沖を震源とする「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」(マグニチュード9.0、最大震度7)が発生しました。この地震の後、多数の余震が、岩手県沖から茨城県沖の北北東−南南西方向に延びる長さ約500 キロメートル、幅約200 キロメートルの領域で発生しています。本震の発生直後にはマグニチュード7を越える余震が立て続けに発生したほか、4月7日の余震(マグニチュード7.2)で、最大震度6強の強い揺れとなり、7月10 日の余震(マグニチュード7.3)では津波を観測しました。  東北地方太平洋沖地震の直後から6月にかけて、余震活動域から離れた長野県北部〜新潟県中越地方、静岡県東部、秋田県内陸北部、茨城県南部、長野県中部でも最大震度5強以上の地震が発生しました。また、焼岳や箱根山など東日本のいくつかの火山の周辺において地震活動が一時的に活発となりました。気象庁は、大きな地震が発生し、その余震で被害が発生する恐れがある場合に、余震発生確率を含めた余震の見通しについての情報を発表することにしています。東北地方太平洋沖地震の際も、余震の見通しの発表を3月13日から始めました。13 日の見通しでは、マグニチュード7(最大震度5強)以上の余震が向こう3日間に発生する確率は70%でした。余震活動が次第に低下したことに伴い、4月21日には発生確率は10%まで低下しました。その後は、発生確率が10%未満となったので、余震発生確率の発表を終了し、余震の発生状況や防災上の留意事項などのお知らせを定期的に行っています。東北地方太平洋沖地震の発生から1年3ヶ月あまりが経ち、余震も減ってきました。しかし、通常の状態に戻るまでには年単位の時間がかかると思われ、今後もまれに大きな余震が発生するおそれがあります。 コラム ■余震の見通しの情報(余震発生確率)について  余震には、@その発生数は本震直後に多く、時間とともに少なくなっていく、A規模が大きい地震の数は少なく、規模が小さい地震の数は多いという、二つの性質があります。この二つの性質に基づいて、今後、発生する余震の数とその中に含まれる大きな余震の数を推定して余震発生確率を計算します。この余震発生確率は10%単位の数値で発表されます。例えば、「今後3日以内に、マグニチュード7.0以上の余震が発生する確率は、20%」といった情報の場合、同様の地震活動が10回起こった場合、そのうち2回の事例でこのような余震が発生するということを示しています。東北地方太平洋側の海域での過去40年間(1971年〜2010年)の発生状況をもとにすると、3日間にマグニチュード7.0以上の地震が発生する確率は0.2%であり、20%というのは通常の100倍と非常に高い確率です。 ■大潮の期間の浸水予測マップ  平成23年東北地方太平洋沖地震により、東北地方の太平洋沿岸地域は大きく地盤が沈下しました。これに伴い、海岸近くの地域では、広い範囲で大潮の満潮時を中心に浸水や冠水の被害が発生するようになりました。このため、気象庁では、大潮の満潮時の天文潮位と国土地理院が作成した地震後の陸地の標高値を比較して、大潮の満潮時に浸水する可能性のある地域とその日時、最大の浸水深を図で示した「大潮の期間の浸水予測マップ」を作成しています。浸水予測マップは、被災地域の自治体等に提供され、住民の生活や、復興・復旧活動に活用されています。 2 長周期地震動に関する情報のあり方検討会について  平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震では、震源域から700 キロメートルも離れ、最大震度が3の大阪市内の超高層ビルの高層階で、立っていられないほどの揺れとなりました。また、平成15年(2003年)十勝沖地震では、北海道苫小牧市で、石油タンク内の油が大きく揺れるスロッシングによって石油タンクの破損が生じタンク火災が発生しました。これらは大地震に伴って発生した長周期地震動による影響と考えられます。  日本では1980 年代以降、都市部で高層ビルが増加しており、長周期地震動によって影響を受ける人口も年々増加しています。このため、気象庁では、長周期地震動に対する防災情報の提供が必要と考え、防災情報としての役割、内容、発表のタイミング等の検討を行うとともに、学識経験者や関係府省庁からなる「長周期地震動に関する情報のあり方検討会」を設置しました。気象庁では、東北地方太平洋沖地震において長周期地震動によって揺れが大きくなった高層ビル上層階の人やビル管理者へヒアリング調査等を行い、その結果、地表で観測された震度では、ビルの中における人の行動の困難さなどが理解しにくく、また、下層階の人が上層階の揺れの大きさを認識するのが難しい、ということが明らかになりました。このため、検討会では、長周期地震動に関する情報は、一般の方やビル管理者、防災関係機関等で共通に利用できる情報として、固有周期が1〜 2秒から7〜 8秒程度の間の高層ビルを対象とし、高層ビル内の揺れの大きさなどをイメージしやすいよう、地域単位で高層ビル等が大きく揺れている可能性があることを迅速かつ簡潔に伝える情報と、観測された地震動を、時間をかけて分析した上で観測地点毎の揺れの状況等の詳細な情報の提供等、段階的な発表が必要であるとされています。気象庁では、検討会の議論を踏まえ、「長周期地震動に関する情報」の発表開始に向け、準備を進めています。 質問箱 ■「 長周期地震動って何?」  波の山から次の山までの時間間隔を周期といいます。地震動には、短い周期の波によるガタガタとした揺れと、長い周期の波が伝わって生じるゆっくり繰り返す揺れとが、同時に混ざっています。このゆっくり繰り返す揺れを長周期地震動と呼びます。長周期地震動はマグニチュードが大きい地震ほど大きくなります。高層ビルや、石油タンク、長大橋梁等の長大構造物は、周期数秒から十数秒の固有周期(構造物が揺れやすい特有の周期)を有するため、大地震に伴って発生する長周期地震動によって大きな揺れを生ずることがあります。 3 伊豆東部火山群における「地震活動の予測情報」と「噴火警戒レベル」  伊豆半島の東部から沖合にかけて、大室山をはじめとする多数の小型の火山が分布しています(伊豆東部火山群)。これらの火山は単成火山と呼ばれ、噴火の度に別の場所に新たな火口を生じて噴火するという特徴があります。1978年以降、伊東市の沿岸から沖合にかけての領域では群発的な地震活動が49回発生しており、繰り返しマグマの上昇が起こっていると考えられます。このうち、1989年7月には、直接的な被害はありませんでしたが、伊東市沖約3キロメートルの海底(手石海丘) で有史以来初めての噴火が発生しましたこれらの地震・火山活動への防災対策に役立ててもらうため、平成23年3月末伊豆東部火山群における「地震活動の予測情報」と「噴火警戒レベル」の運用を開始しました。前者は、地下のマグマの上昇に関連して地殻変動や地震等の観測データに異常な変化が現れ、活発な地震活動の発生が予測された場合に、最大地震の規模と震度、震度1以上となる地震の回数、活動期間の見通しを「伊豆東部の地震活動に関する情報」でお知らせします。後者は、低周波地震や火山性微動の観測結果に基づきマグマの上昇が噴火に結びつく可能性があると判断した場合に、防災対応(避難、避難準備等)を示して発表する情報です。噴火する場所を特定できない伊豆東部火山群では「地震活動が発生している範囲(火口が出現する可能性が高い範囲)から周辺概ね2キロメートルの範囲」に対して噴火警報で警戒(避難、避難準備等)を呼びかけます。現在、伊東市や気象庁をはじめとする防災関係機関で構成される伊豆東部火山群防災協議会(会長:伊東市長)において、具体的で実践的な避難計画の策定に向けて共同で、検討を進めています。協議会の関係機関が顔の見える関係を構築した上で、避難計画に基づく防災対応のイメージを共有し、住民避難等を的確に支援する態勢を構築して、噴火災害の軽減を目指しています。 コラム ■伊豆東部火山群防災対策のこれから 〜地元・伊東市の立場から〜  予測情報及び噴火警戒レベルの運用が開始され、当市にとって防災対応が行い易くなりました。引き続き、これら情報を発表するタイミングや内容等について、さらなる共同検討をお願いしたいと思います。今後は、伊豆東部火山群防災協議会において避難計画などを共同で策定していくことになりますが、迅速・的確な防災対応を行うには、平常時から関係機関や識者の方々との“顔の見える関係"を築くことが重要です。この火山防災協議会を始め、訓練、フィールドワークなどを通じ交流を深めていきたいと思います。(伊東市企画部危機対策課 鈴木課長補佐) 3 平成23年(2011年)の風水害 (1)平成23年(2011年)7月新潟・福島豪雨  7月27日から30 日にかけて、新潟県と福島県会津を中心に大雨となりました。特に、28日から30 日は、前線が朝鮮半島から北陸地方を通って関東の東にかけて停滞し、前線に向かって暖かく非常に湿った空気が流れ込み、大気の状態が不安定となって、新潟県と福島県会津を中心に「平成16年7月新潟・福島豪雨」を上回る記録的な大雨となりました。この大雨により、新潟県、福島県において死者が4名、行方不明者が2名となりました。また、新潟県、福島県では各地で堤防の決壊や河川のはん濫により住家や農地が浸水したほか、土砂災害による住家や道路の被害も多数発生しました。その他、停電、断水が発生し、線路の流失など、交通機関にも大きな影響が出ました。この7月27日から30 日にかけて災害をもたらした大雨について、気象庁は「平成23年7月新潟・福島豪雨」と命名しました。 ○「平成16年7月新潟・福島豪雨」との比較  「平成16年7月新潟・福島豪雨」における強雨期間は約9時間で、総降水量は最大で300 ミリを超える程度でしたが、今回は9時間の降水量が解析雨量によれば最大で500 ミリ(アメダスでも360.5ミリを観測)を超え、さらに大雨が長時間続いたため、7月28日から30 日の3日間の解析雨量による総降水量は1000 ミリに達したところがあり、雨量で比較すると、平成16年の豪雨を上回りました。一方、被害を比べると、住家被害数が13,875棟から10,132棟、死者・行方不明者数が16名から6名になるなど、物的被害、人的被害とも少なくなりました。  平成16年の大雨で決壊した河川の堤防などの設備の強化による耐災害性の向上に加え、自治体においては、あらかじめ避難勧告等の判断基準を定め、住民に対しては避難の方法をあらかじめ周知するなど対策をとっており、当日は早めに避難勧告等を発令し、情報を防災行政無線による放送、広報車、メール、ラジオなど様々な手段を用いて住民に伝達していました。また、気象情報文中で「平成16年の新潟・福島豪雨に匹敵する大雨」といった過去の災害を引用して注意喚起を行ったことで、情報を受けた報道機関などによって今回の大雨が大きく取り上げられ、住民により具体的に危機感が伝わりました。このような日頃からの備えと当日の対応が、被害軽減につながったと考えられます。 (2)平成23年(2011年)台風第12号 ア.台風第12号の状況  大型の台風第12号は、ゆっくりと北上しました。このため、西日本から北日本にかけて長時間にわたって台風周辺の非常に湿った空気が流れ込み、紀伊半島の山沿いを中心に広い範囲で記録的な大雨となりました。8月30 日から9月5日までの総降水量は広い範囲で1000ミリを超え、多いところでは年降水量平年値の6割に達し、紀伊半島の一部の地域では解析雨量で2000 ミリを超えました。奈良県・和歌山県を中心に広い範囲で浸水や土砂災害が発生し、全国で94名が死者・行方不明者となりました。 イ.ゆっくり進み、大きな被害をもたらした台風第12号  台風第12号は、自転車より遅い平均時速10 キロメートル以下で、29日から9月3 日の間、約1,000 キロメートルを6日間かけてゆっくりと北上しました。台風第12号がゆっくりと進んだ理由は、日本付近では通常は偏西風の影響により足早に通り過ぎるのに対し、偏西風が弱い状態が続いたためと考えられます。 ウ.土砂の大規模崩壊とその後の対応  記録的な大雨により、奈良県、和歌山県内に大規模な土砂災害が発生しました。災害が発生した周辺の市町村では、渓流や斜面に残った崩壊残土が、その後のわずかな降雨によって流出するなどの土砂災害が発生しやすい状態であったことから、これらの市町村を対象として発表する大雨警報・注意報の発表基準を通常基準より引き下げた暫定基準を設けて9月8日より運用し、その後の雨に備えました。また、流出した土砂により河川がせき止められる河道閉塞が生じたため、国土交通省近畿地方整備局では仮排水路工事などの緊急工事を行うなど対策を急ぎました。  気象庁では、このような対策が円滑に実施できるよう、被災地域の作業等を支援するための気象資料を作成し、同整備局の災害対策本部へ提供するとともに、職員を派遣しました。 エ.台風第12号により被災したアメダスの復旧対応  台風第12号では、通信回線の途絶や観測機器の冠水等のため、紀伊半島南部において複数のアメダスが障害となりました。気象庁は、直ちに職員を現地に派遣し、発災4日後には和歌山県の本宮(ほんぐう)及び奈良県の風屋(かぜや)の観測所に可搬型の観測機器や通信機器を臨時に設置するなど早急な復旧に努めました。 (3)平成23年(2011年)台風第15号 ア.台風第15号の状況  南大東島の西海上にしばらく留まり、湿った空気が長時間にわたって本州に流れ込んだことと、東海地方に上陸後も強い勢力を保ちながら北東に進んだことにより、西日本から北日本にかけての広い範囲で、暴風や記録的な大雨となりました。各地で浸水や交通障害などが生じ、宮城県、静岡県、愛知県などで死者18名、行方不明者1名の大きな被害をもたらしました。 イ.静岡県浜松市付近に上陸後も強い勢力を保った台風第15号  9月21日14時頃に静岡県浜松市付近に上陸した台風第15号は、その後しばらく強い勢力を保ちつつ北東へ進みました。静岡県内は台風の直撃を受け、20 日から降り続いた雨が、21日の朝から強まりだし、夕方にかけて1時間あたり50 ミリを超える非常に激しい雨に見舞われました。  東京都内では、21日未明からやや強い雨が続いたのち次第に雨が弱まる一方で、昼前から風が強まりました。江戸川区のアメダス「江戸川臨海」では18時25分に平均風速が毎秒30.5メートルと観測史上最大値を更新するなど、都内各地において夕方にかけて暴風のピークとなりました。このため、首都圏を走る鉄道や道路は、風の強まりだした14時ごろから運行遅延や通行止めが生じ、15時には多くの鉄道が運行停止状態となりました。この影響は21時ごろまで続き、首都圏では帰宅するタイミングと重なったこともあり、大量の帰宅困難者が発生し、社会的な影響度の大きい台風となりました。 ウ.台風情報を利用することで  東京都内では14時すぎには風速毎秒15メートルを超える強風が、17時すぎには風速毎秒25メートルを超える暴風が吹き始めました。テレビやインターネットから入手できる台風情報では、台風の進路、強風圏・暴風圏に入るタイミングを知ることができます。暴風雨に巻き込まれずに安全に帰宅するためには、台風情報を活用して早めに対策をとることが効果的です。 コラム ■スーパーコンピュータシステムの更新  風や気温などの大気の時間変化をコンピュータで計算して将来の天気を予測する方法が数値予報です。気象庁は、昭和34年(1959年)にわが国の官公庁として初めて科学計算用の大型コンピュータを導入し、その後、数値予報技術とコンピュータ技術の進歩にあわせて計算機を更新し、9代目となるスーパーコンピュータシステムを平成24年(2012年)6月より運用する予定です。新しいスーパーコンピュータの計算能力は、現在の約30倍、これは一秒間に8百兆回の四則演算を行う能力に相当し、局地的大雨などの短時間強雨等に対する防災気象情報の高度化や、長期的な気候予測の精度向上に役立てられるほか、気象衛星データ処理もあわせて行う計画です。防災機関として24時間365日の連続稼働が求められることから、計算機には無停電電源装置による停電対策、建屋には積層ゴムによる横免震と上下免震装置による地震対策などの防災対策を施しています。 4 平成23年(2011年)の顕著な火山活動 (1)桜島の火山活動  平成18年(2006年)6月に噴火活動を再開した桜島南岳東斜面の昭和火口では、平成21年(2009年)に入り次第に噴火活動が活発化しました。平成23年(2011年)に入っても、5月に昭和火口の火口底で溶岩が初めて観測されるなど活発な噴火活動が継続し、南岳山頂火口の噴火回数を含めた年間噴火回数は1355回( 平成22年、1026回) でそのうち爆発的噴火の回数は996回(同、896回)に達しました。桜島では、大きな噴石及び火砕流に対する警戒が必要な範囲を「火口から概ね2キロメートル」とする噴火警戒レベル3( 入山規制) を継続しました。爆発的噴火に伴い、大きな噴石が3合目(昭和火口から1300 〜 1800 メートル)まで達する噴火は、10 月に4回、11月に2回、12月に7回発生しました。火砕流は7回発生しましたが、いずれも小規模なものでした。南岳山頂火口では、平成21年(2009年)10 月3日以来の爆発的噴火が、2月7日に2回発生しました。桜島の北にある姶良( あいら) カルデラ(鹿児島湾奥部)の地下深部では、マグマの蓄積が長期にわたり継続していることが、国土地理院の地殻変動連続観測で捉えられています。そこから桜島直下へのマグマ供給量の増加が、現在の噴火の多い状態をもたらしていると推定され、今後、更に火山活動が活発化する可能性も考えられますので、活動の推移に注意する必要があります。 (2)霧島山(新燃岳)の火山活動と気象庁の対応 ア.火山活動と警報発表の推移  霧島山(新燃岳)では、平成23年1月26日、多量の噴出物を放出する連続的な噴火が発生し次第に噴火の規模も大きくなったことから、気象庁は、噴石に対して警戒が必要な範囲をそれまでの「火口から概ね1キロメートル」から「火口から概ね2キロメートル」に拡大する旨の噴火警報を発表し、噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から3(入山規制)に引き上げました。さらに、人工衛星による観測結果から、28 日に確認された火口内の数十メートルの溶岩が30 日には火口内をほぼ満たしていることが分かり、爆発的噴火によってこの溶岩が噴出した場合に発生する火砕流の影響範囲を踏まえて、同日、警戒が必要な範囲を「火口から概ね3キロメートル」に拡大、2月1日に発生した爆発的噴火によって大きな噴石が火口から約3.2キロメートルの地点まで飛散したことから警戒が必要な範囲を「火口から概ね4キロメートル」の範囲に拡大しました(いずれも噴火警戒レベル3(入山規制)が継続)。その後、噴火は時々発生したものの、規模は小さくなり発生頻度も少なくなったことから、3月22日、警戒が必要な範囲を「火口から概ね3キロメートル」の範囲に縮小しています。 イ.噴火時等の避難に係る対応  政府は、1月26日以降の噴火活動を受けて2月7日、噴火活動がさらに活発化した場合に備え、内閣府・消防庁・国交省・気象庁等の関係府省庁職員により組織された「霧島山( 新燃岳) 噴火に関する政府支援チーム」を宮崎県庁に派遣し、平成20 年に関係府省庁によってとりまとめられた「噴火時等の避難に係る火山防災体制の指針」に基づき、地元の関係機関(県、市町、気象台、砂防部局、火山専門家等)が火山防災について共同で検討する火山防災協議会(霧島火山防災連絡会コアメンバー会議)を再構築した上で、住民の避難計画の策定支援を行うこととしました。火山防災協議会においては、地元の気象台は、市町が避難計画を策定するために必要な「噴火シナリオ」(噴火に伴う現象と影響範囲の推移について時間的に順を追って説明したもの)を示し、噴火警戒レベル4(避難準備)及び5(避難)の噴火警報が発表されるような噴火活動の詳細について具体的な解説を行い、関係機関の理解を得ました。さらに、既存のハザードマップに表示された危険区域を噴火警戒レベル4(避難準備)及び5(避難)での警戒が必要な範囲(避難対象地域)とすることを関係機関が合意した上で、地元の市町(霧島市及び高原町)が中心となって避難計画の共同検討が進められました。霧島山(新燃岳)の火山防災に限らず、気象庁及び地元の気象台は、防災基本計画に基づき、火山防災協議会の枠組みを活用して、関係機関が登山者や住民の避難(噴火警戒レベルや避難計画)について平常時から共同で検討し、防災対応のイメージを確実に共有することで噴火時等の対応をより円滑に実施できる体制を推進しています。 ウ.新燃岳噴火に伴う降灰による土石流の対応  一般的に、噴火によって噴出された火山灰等の堆積により、少量の降雨でも土石流が発生する危険性が高まることが知られています。また、こうした土石流は、谷沿いに遠方まで到達し、道路、家屋、農耕地などに大きな被害を与えます。このようなことから、鹿児島地方気象台と宮崎地方気象台は、降灰による土石流対策のために、噴火後の1月29日から、鹿児島県霧島市、宮崎県都城市、高原町、小林市、えびの市を対象に1日2回、霧島山(新燃岳)周辺の気象予測等を明記した災害時支援資料の発表を開始しました。さらに、大雨注意報・警報発表時には、防災上の注意警戒事項に「霧島山(新燃岳)周辺では、土石流や泥流に注意してください」を明記し、より一層の注意を促すこととしました。また、降雨時には、鹿児島県霧島市、宮崎県都城市高原町へ電話による気象状況の解説を行い、特に都城市と高原町へは「出張解説」を実施するなど、市町の行う防災対応を支援しました。  国土交通省が実施した緊急調査の結果、降灰により土石流のおそれが高まっている土石流危険渓流が抽出され、避難の参考となる雨量基準が1時間雨量4ミリと示されたことを受けて、都城市や高原町の避難勧告の判断に利用していただくよう、2 月4日より、1時間4ミリ以上の雨の期間を示した「霧島山(新燃岳)周辺の雨に関する宮崎県気象情報」(以下「霧島山に関する府県気象情報」という)を発表しました。2月7日より、政府支援チームに職員を派遣し、土石流に対する避難計画や土石流対策のため、「霧島山(新燃岳)噴火の降灰による土砂災害に関する避難計画策定に際しての具体的な考え方(最終案)」を3月10 日のコアメンバー会議で示し了承されました。この考え方は、都城市や高原町の避難計画策定に有効に活用されました。また、5月1日に土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律の一部を改正する法律が施行され、国土交通省は、国土交通省や宮崎県の緊急調査の結果から、「土砂災害緊急情報[霧島山(新燃岳)]」を発表して土砂災害が想定される区域や基準の見直しを行い、これに伴い都城市や高原町では避難勧告の基準の見直しが行われ、宮崎地方気象台では市町や県、関係機関と連携しつつ「霧島山に関する府県気象情報」の内容を適宜見直しました。このように、気象庁は、国の関係機関、県、市町と連携して霧島山(新燃岳)の噴火に伴う土石流災害の防止に向けた対応を行っています。その他、霧島山(新燃岳)の噴火活動に伴い、降水による泥流や土石流の発生に備え、2月22日に宮崎県の高原町及び山田町、並びに鹿児島県の牧園町の3か所に臨時雨量観測所を設置し、雨量観測体制を強化しました。 コラム ■火山防災体制の構築について  各火山では、「防災基本計画」及び「噴火時等の避難に係る火山防災体制の指針」に基づき、都道府県(防災部局)による総合調整のもとで、「火山防災協議会」(都道府県、市町村、気象台、砂防部局、火山専門家等で構成される避難計画の共同検討体制)の設置が進められています。火山防災協議会の目的は、平常時から、噴火時等の登山者や住民の避難について、避難時期(いつ)、避難対象地域(どこから)、避難先(どこへ)、避難経路・手段(どのように)をまとめた「具体的で実践的な避難計画」の策定に向けた共同検討の推進であり、前提となる「噴火シナリオ」「火山ハザードマップ」「噴火警戒レベル」の共同検討もこれに含まれます。検討結果は、「火山防災マップ」や「防災訓練」を通じて住民等に周知されます。火山防災協議会における避難計画の共同検討を通じて、関係者間でいわゆる「顔の見える関係」を構築し、「防災対応の具体的なイメージ・認識を共有」することで、噴火時等の関係者の連携による入山規制や住民避難の円滑な実施に確実を期しています。 5 気候変動や異常気象に対応するための気候情報の利活用の推進  水資源管理、農林水産業、流通・小売業、健康、エネルギーなど、国内外の多くの社会経済分野では、大雨、洪水、干ばつ、熱波あるいは寒波などの気候変動や異常気象による影響を受けています。また、地球温暖化の進行により、極端な高温や大雨の頻度が増加する可能性が高いと予測されており、気候変動や異常気象による影響の増大が懸念されています。特に途上国は気候変動や異常気象に対して脆弱でありその影響は一層大きいですが、近年、社会、経済のグローバル化の進展に伴い、途上国の気候リスクが我が国に及ぶことも多くなっています。平成23年のタイにおける洪水により日系企業の現地工場の操業が停止するなど、我が国の社会経済活動に多くの影響が発生したことは記憶に新しいところです。このような情勢のもと、交通政策審議会気象分科会では、気候変動や異常気象による影響を受ける分野が損失や被害を回避・軽減するために必要な、気候情報とその利活用のあり方について、平成23年1月から審議を開始し、平成24年2月に、気象庁への提言として取りまとめました。  気象庁では、本提言を受け、季節予報などの気候情報を社会・経済活動においてより活用いただけるよう、利用者との対話を進め、関係機関とも連携・協力してその活用策の創出とその普及を進めていくこととしています。また、平成23年のタイで発生した洪水のような事例も踏まえ、世界の異常気象に関する情報提供を充実させるとともに、途上国を中心として国際支援についても強化することとしています。 提言の骨子 1. 気候変動や異常気象による影響に対して、気候情報を利用した対応策を普及させるため、気候情報の作成者と利用者側が協力しその成功事例を創出する仕組みを構築する。 ●気象庁は気候情報の作成者と利用者側が対話する場を設ける。両者はそれぞれの知見を出し合い、利用分野における気候変動や異常気象による影響の可能性などについての認識を共有し、気候情報を利用した対応策の実施可能性を検討する。 ●両者は、気候情報を利用して気候変動や異常気象の影響に対応する手法の確立に向けて共同開発を行い、成功事例を創出する。 ●他の分野への普及につなげるため、共同開発した成功事例については、具体的な技術情報を含め公表する。浸水したタイの工業団地 2. 各分野の利用者が気候情報を用いて、気候変動や異常気象による影響を定性的あるいは定量的に分析・評価することなどがより容易になるように、気候情報の利便性の向上を図る。 ●気候変動や異常気象による影響の分析・評価において基盤的なデータとなる平年値や前年比などの気候データベースやその利用環境を拡充する。 ●気候変動や異常気象による影響への対応策における、気候情報の利用形態の多様性を踏まえ、利用者側から見て活用しやすい予測情報を提供できるようにする。具体的には、  気温などの予測の各々の値に対して、その起こりやすさを記述する確率分布の情報を充実  利用者のニーズの高い予測要素の提供について、その可能性を調査検討し具体化  季節予報の予報期間の延長などに向け技術開発を進め具体化を検討 ●季節予報の確率表現や予測モデルの特性などの解説を充実する。 ●季節予報などの予測精度向上の技術開発を推進する。 3. 海外で発生する気候変動や異常気象による影響に対して、海外の異常気象などに関する情報の国内への発信を充実するとともに、気候変動や異常気象に脆弱なアジア太平洋地域の国々への国際貢献を推進する。 ●日本経済に影響を与える海外の異常気象について、国内向けの情報提供を充実する。 ●アジア太平洋地域の国々における気候情報を利用した対応策を支援する。  域内の異常気象に関する情報の共有を充実  気候に関する解析ツールの利用方法の助言を強化  気候情報の活用方法に関する技術移転などを充実  国内外の防災関係機関などと連携しハード対策とソフト対策が一体となった防災パッケージ として支援 ■交通政策審議会気象分科会の提言に寄せて  独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構東北農業研究センター  気象災害リスク低減プロジェクト  プロジェクトリーダー 菅野洋光  農業にとって気象が重要であることは、過去も現在も、そして未来も変わることはありません。いかに科学が進歩しても、気象要素が作物にとっての適正な範囲を大きく逸脱すれば、人間にはもはやなすすべはありません。しかしながら、事前にある程度天候変動を予測できれば、予防的な被害軽減策をとることが出来ます。例えば、イネの場合は、水田に水を深く張って幼穂を低温から守るとか、肥料を多めに与えて高温による品質低下を防ぐなどです。ただし、どちらの場合も、生育が阻害されて有効分けつ数が減ってしまう、高温にならなかった場合は食味が落ちてしまうなどのマイナス面があり、平年並みの天候では実施せず、信頼できる予報に基づいて行うことが必要です。そこで、農研機構は気象庁と共同研究を締結し、気候データを農業現場で活用する技術開発に着手しています。東北農業研究センターでは、2週間先のアンサンブル気温予測データの利活用について、岩手県立大学とも共同して情報発信を行い、有効な配信方法等について検討を行っています。このほか、東北農業研究センターでは、Googleマップによる気象予測データを用いた水稲栽培管理警戒情報システムから、水稲生育予測、低温障害・高温障害予測、イネいもち病発生予測、イネ紋ガレ病発生予測などの情報を発信しています。ユーザーは自分の圃場位置や品種を任意で登録でき、個々の移植日や気象経過に応じた生育ステージ予測とそれにもとづいた警戒警報を受け取ることが出来ます。パーソナルコンピューターの他に、携帯電話でも警戒情報メールを受け取ることが出来ます。ユーザーIDを登録することで、情報の使用状況や要望等を効率よく取得することができ、システムの発展に寄与しています。現在は東北地方限定で運用していますが、農研機構第3期中期計画では、このシステムを全国版に展開する予定で、気象庁とも共同研究体制をさらに深化させていきたいと考えています。  今回の提言では、特に、気温などの予測の各々の値に対して、その起こりやすさを記述する確率分布の情報を充実させるところに期待しています。水稲の高温による品質低下が、より計画的な肥培管理により低減できる可能性があるからです。また、湿度については、病虫害の予測に重要な気象要素ですので、何らかの形で予測モデルに使わせていただけることを希望します。日本は山がちで地形も複雑なため、1キロメートルメッシュが農業モデルにとって汎用的なサイズになります。数値予報データを1キロメートルサイズまでダウンスケールするのは簡単ではないと思いますが、是非そのような形で気候データをご提供いただき、農業のリスク管理に使わせていただければと考えております。 6 海外の異常気象について国内外に情報を提供  〜タイの洪水の概要とアジア太平洋気候センターの活動〜  タイをはじめとするインドシナ半島の各地では、平成23年夏の雨季を通じて平年の約1.2〜 1.8倍の多雨となりました。これにより、チャオプラヤ川やメコン川の流域では長期間にわたる洪水被害が発生し、日系企業が多く入る工業団地や世界遺産のアユタヤ遺跡も浸水被害を受けました。気象庁では、今回の大雨の状況とその要因に関する情報を国内向けに発表するとともに、海外向けには英文資料をアジア太平洋気候センター※のホームページで公表しました。この資料は世界気象機関(WMO)のウェブサイトにも掲載され、広く周知されました。同センターでは、気候資料の提供や研修等による人材育成を通して、各国が適切な気候情報を作成し、異常気象に伴う災害の被害軽減などに気候情報が活用されることを目指しており、この洪水に際しても、関係国気象機関に、多雨の背景となったアジアモンスーンの活動状況などさらに詳しい資料の提供やその作成方法の紹介などを行い、各国の気候業務の支援に努めました。 コラム ■全球情報システムセンター及びデータ収集プロダクトセンターの運用開始  世界気象機関(WMO)では、各国の気象機関の気象観測データや気象予測資料などを効果的に国際交換するため、従来のデータ交換に用いられてきた全球通信システム(Global TelecommunicationSystem:GTS)に加えインターネット等を用いて登録した利用者が必要なデータを簡単に検索し、取得できるようWMO情報システム(WMO Information System:WIS)という世界的な情報通信の枠組みを作りました。WISにおける国際協力の役割には、世界の気象通信網の管理と交換するデータの管理を行う全球情報システムセンター(Global Information System Centre:GISC) 及び気象の各種データの収集と作成を行うデータ収集プロダクトセンター(Data Collection or Production Centres:DCPC)という種類があります。気象庁は、GISC及び8ヶ所のDCPCの運用を2011年8月から開始し、積極的なデータ交換及びデータ提供を進めています。 7 第2回アジア・オセアニア気象衛星利用者会議  気象衛星は、大気や陸面の変動を、地球規模の広範囲でとらえることができます。このため、災害対策に欠かせない台風、集中豪雨等の監視や地球温暖化をはじめとした地球環境の監視において重要な役割を担っています。現在、我が国の「ひまわり8・9号」をはじめとして、各国の気象衛星運用機関において新たな衛星の打ち上げが予定されており、国内外の気象機関や研究機関において気象衛星の観測データ利用技術を高度化するための研究開発が進められています。気象庁は、気象衛星の観測データに関する利用技術、研究成果等の情報交換を通じて、アジア・オセアニア地域各国の気象・防災業務を向上させることを目的として、平成23年12月6 日(火)〜 12月9日(金)に「第2回アジア・オセアニア気象衛星利用者会議」を、世界気象機関(WMO)、地球観測に関する政府間会合(GEO)、中国、韓国、オーストラリアの気象機関との共催で開催し、18の国と地域から160 名の方が参加されました。会議では、気象衛星の将来計画、防災への利用、気候変動監視への利用など8つのセッションに分かれて、日中韓及び米国、欧州、ロシアの気象衛星運用機関並びにアジア・オセアニア地域の気象衛星の利用者(主に各国の気象機関・研究機関・大学)から様々な発表がなされ、衛星観測データの利用技術に関する活発な議論・交流が行われました。会議の発表資料は、気象庁気象衛星センターの英語版ホームページに掲載しています。(https://mscweb.kishou.go.jp/second/index.htm)気象庁は、1977年にアジア・オセアニア地域で初めて気象衛星「ひまわり」を打ち上げ、三十余年にわたって安定的に運用しています。得られた衛星データは、WMO の世界気象監視(WWW)計画の一環として関係各国に提供しており、台風など気象現象の監視を通じて、当該地域の気象災害の防止・軽減に貢献してきました。  気象庁は、引き続き気象衛星の安定的な運用を行い、アジア・オセアニア地域各国の気象機関に対し、より精度の高い観測データを提供するとともに、会議の成果を活用しつつ各国の気象機関と協調して気象衛星観測データの利用技術の向上を図り、気象災害の防止・軽減や気候変動の監視等に貢献していきます。 第1部 気象業務の現状と今後  気象庁は、気象・海洋や地震・火山などの自然現象を常に監視・予測し、的確な気象情報を提供することによって、自然災害の軽減、国民生活の向上、交通安全の確保、産業の発展などを実現することを任務としています。このため、気象庁は、常に最新の科学技術を駆使して気象業務の技術基盤を確立し、利用目的に応じた分かりやすい気象情報の作成・提供に努めています。また、世界的に先進的な気象機関として、世界各国の気象業務の発展に貢献するため、気象業務に関する国際協力も行っています。  この第1部では、気象庁のこれらの取り組みの現状と今後についてお伝えします。 一章 国民の安全・安心を支える気象情報 1気象の監視・予測 (1)気象の警報、予報などの発表 ア. 警報・注意報などの防災気象情報  気象庁は、大雨や暴風、高波などによって発生する災害の防止・軽減を目指し、警報や注意報などの防災気象情報を発表しています。さらに、情報の内容や発表タイミングの改善にむけ常に防災関係機関や報道機関との間で調整を行い、効果的な防災活動の支援を行っています。 ◯防災気象情報の種類と発表の流れ  都道府県や市町村等の自治体や国の防災関係機関が適切な防災対応を取れるよう、また、住民の自主避難等の判断に資するよう、発生するおそれがある気象災害の種類や程度に応じて警報・注意報を発表します。また、顕著な現象の発生する1日ないし数日前から気象情報を発表し、現象の予想や観測データについても随時、気象情報を発表して、気象状況を解説します。警報・注意報及びそれらを補完する気象情報には、以下のようなものがあります。 ○警報・注意報 ・警報・注意報の種類  現在、警報は7種類、注意報は16種類あり、発表されることの多い時期で分けると、概ね次のようになります。 ・警報・注意報の年間を通じた発表回数の割合  なお、春は3月〜 5月、夏は6月〜 8月、秋は9月〜 11月、冬は12月〜 2月としています。 ・警報・注意報の発表区域と発表基準  警報や注意報は、市町村長が行う避難勧告等の防災対応の判断や住民の自主的な避難行動をよりきめ細かく支援するため、市町村ごとに発表しています。また、災害の特性は地域によって異なるため、警報・注意報のそれぞれの種類や対象区域ごとに災害と雨量などの関係に基づき発表基準を定めています。大規模な地震の発生により地盤が脆弱となっている可能性の高い地域や、火山噴火により火山灰が堆積した地域、大雨等により大規模な土砂災害が発生した地域の周辺では、降雨に伴う災害が通常よりも起きやすくなりますので、都道府県などと調整の上、大雨警報などの発表基準を暫定的に引き下げて運用することがあります。平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震により、東北地方から関東甲信地方にかけての多くの市町村で大雨警報・注意報の基準を引き下げて運用しました。 ・大雨に関する警報・注意報の特徴  大雨に伴い警戒が必要な土砂災害や浸水害、洪水害に対し、大雨や洪水の警報・注意報を発表します。大雨警報は、主に警戒を要する災害が標題からわかるよう「大雨警報(土砂災害)」、「大雨警報(浸水害)」として発表しています。警報や注意報では、解除・継続を含む発表状況や警戒すべき事項、予想される気象状況に関する量的な予報事項などを簡潔に記述しています。特に、予想される気象状況については、現象の開始時刻、終了時刻、ピーク時刻、最大値などを箇条書きで記述しています。注意報から警報に切り替える可能性が高いときには、前もって注意報の中で、「○○(いつ)までに××警報に切り替える可能性がある」と明示しています。 ○土砂災害警戒情報  気象庁は、土砂災害から生命、財産を守るために、土砂災害の危険度が高まっていることを市町村や住民に知らせる情報として、対象となる市町村を特定して都道府県と共同で土砂災害警戒情報を発表しています。土砂災害警戒情報は大雨警報(土砂災害)が発表されている状況でさらに危険度が高まった時に発表する情報で、市町村長が行う避難勧告等の防災対応の判断や、住民の自主的な避難行動の判断などの参考としていただくことを目的としています。 ○指定河川洪水予報  防災上重要な河川について、河川の増水やはん濫に対する水防活動の判断や住民の避難行動の参考となるように、国が管理する河川は国土交通省水管理・国土保全局と気象庁が、都道府県が管理する河川は都道府県と気象庁が、共同して指定河川洪水予報を発表しています。気象庁は気象(降雨、融雪など)の予測、水管理・国土保全局や都道府県は水文状況(河川の水位または流量)の予測を担当して、緊密な連携のもとで洪水予報を行っています。洪水予報の標題は、洪水の危険度の高い順からそれぞれ「はん濫発生情報」「はん濫危険情報」「はん濫警戒情報」「はん濫注意情報」を河川名の後に付加したものです。また、洪水の危険度と水位を対応させて数値化した水位危険度レベルを情報に記載するなど、わかりやすい情報を目指しています。 コラム ■指定河川洪水予報とその改善  気象庁と国土交通省水管理・国土保全局では、有識者会議の提言を受けて、洪水予報文をよりわかりやすく・使いやすくなるよう改善します。従来は文字情報のみの予報文として発表していましたが、表やグラフなどを用いるようにします(右上図)。この改善を、平成25年度末までに実施する計画です。具体的に情報がどのように改善されるのか平成23年(2011年)9月20〜21日の台風第15号接近に伴う大雨の際に、名古屋地方気象台と国土交通省庄内川河川事務所が共同で発表した庄内川の洪水予報の場合を例に紹介します。当日の洪水予報の発表状況は下の表のとおりです。このうち、9月20日13時05分に発表した「庄内川はん濫危険情報」(第5号)(右下図)を新しい洪水予報文にすると右上図のようになります。見出しを太字とし、水位観測所ごとの危険度を明示するとともに、雨量情報は表を、水位情報はグラフを用い、従来の文字情報のみの予報文よりも分かりやすくなっています。 ○台風情報  台風がいつ頃どこに接近するかをお知らせするのが「台風情報」です。この情報は、様々な防災対策に利用できるよう、台風が我が国に近づくにつれてきめ細かく頻繁に発表します。気象庁は台風を常時監視しており、通常は3時間ごとに台風の中心位置、進行方向と速度、大きさ、強さの実況と最大3日先までの予報を、観測時刻の約50 分後に発表します。予報では、台風の中心が70% の確率で進む範囲(予報円)と、台風の中心が予報円内に進んだ場合に暴風域(平均風速が毎秒25メートル以上の領域)に入るおそれのある範囲(暴風警戒域)を示します。更に、3日先以降も台風であると予  想される場合には5日先までの進路予報を6時間ごとに行い、観測時刻から約90 分後に発表します。台風の勢力を示す目安として、風速をもとにして台風の「大きさ」と「強さ」を表現します。「大きさ」は平均風速が毎秒15メートル以上の強風の範囲(強風域)、「強さ」は最大風速を基準にして表現を使い分けています。台風が我が国に近づき、被害のおそれが出てきた場合には、上記の情報に加えて、台風の実況と1時間後の推定値を1時間ごとに、24時間先までの3時間刻みの予報を3時間ごとに発表します。また、「暴風域に入る確率」を各地域の時間変化のグラフ(72時間先まで3時間刻み)と日本周辺の分布図で示して6時間ごとに発表します。 ○(全般・地方・府県)気象情報  低気圧や前線などの災害をもたらす原因となる気象の状況と今後の推移、雨・風などの観測の実況と今後の見通し、防災活動上の留意事項などを「気象情報」(「大雨に関する気象情報」など)として発表します。これらの情報では、図表を用いて最も注意すべき点をわかりやすく示す図形式での発表も行っています。また、少雨、高温、低温や日照不足など、長期間にわたり社会的に大きな影響を及ぼす天候の状況についても気象情報(「高温に関する気象情報」など)を発表します。 ○記録的短時間大雨情報  現在の降雨がその地域にとってまれな激しい現象であることを周知するため、数年に一度の猛烈な雨を観測・解析した場合に「記録的短時間大雨情報」を府県気象情報として発表します。 ○雨の実況と予測情報(解析雨量、降水短時間予報、降水ナウキャスト)  「解析雨量」は、雨量分布を把握できるように、気象レーダー観測で得られた雨の分布を、アメダスなどの雨量計で観測された実際の雨量で補正し、1時間雨量の分布を1キロメートル四方の細かさで解析します。30 分間隔で発表します。  「降水短時間予報」は、目先数時間に予想される雨量分布を把握できるように解析雨量をもとに、雨域の移動、地形による雨雲の発達・衰弱や数値予報の予測雨量などを考慮して、6時間先までの各1時間雨量を1キロメートル四方の細かさで予測し、30 分間隔で発表します。さらに、極めて短時間に変化する雨にも対応するため、より即時的にきめ細かな予測情報を提供するのが「降水ナウキャスト」です。気象レーダー観測と同じ5分間隔で、1時間先までの5分ごとの降水強度を、1キロメートル四方の細かさで予測し、発表します。 ○積乱雲に伴う激しい気象現象に関する情報 ・竜巻発生確度ナウキャストと竜巻注意情報  積乱雲に伴う竜巻などの激しい突風から身の安全を確保していただくための気象情報として、「竜巻発生確度ナウキャスト」及び「竜巻注意情報」を発表しています。「竜巻発生確度ナウキャスト」は、気象ドップラーレーダーの観測などを基に、竜巻などの激しい突風が発生する可能性の程度を10 キロメートル格子単位で解析し、その1時間後(10 〜 60 分先)までの予測を行うもので、10 分ごとに発表します。「竜巻発生確度ナウキャスト」を利用することにより、竜巻が発生する可能性の高い地域や刻々と変わる状況の変化を詳細に把握することができます。竜巻発生確度ナウキャストで発生確度2が現れた県などには「竜巻注意情報」を発表します。この段階では既に竜巻が発生しやすい状況ですので、情報の発表から1 時間程度は竜巻などの激しい突風に対する注意が必要です。 ・雷ナウキャスト  落雷による被害を防ぐための気象情報として、「雷ナウキャスト」を発表しています。「雷ナウキャスト」は、雷監視システムによる雷放電の検知及びレーダー観測などを基に、雷の激しさや雷の可能性を1キロメートル格子単位で解析し、その1 時間後(10 分〜 60 分先)までの予測を行うもので、10 分ごとに発表します。雷の激しさや雷の発生可能性は、活動度1〜 4で表します。このうち活動度2〜 4となったときには、既に積乱雲が発達しており、いつ落雷があってもおかしくない状況です。直ちに建物の中など安全な場所への避難が必要です。 イ.天気予報、週間天気予報、季節予報  天気は、日々の生活と密接にかかわっています。例えば、今日は傘を持って行った方がよいかとか、週末に予定している旅行はどんな服装をすればよいかといった時に、天気予報や週間天気予報等を上手に使っていただくと便利です。 ○天気予報  今日から明後日までの天気予報には、「府県天気予報」、「地方天気分布予報」、「地域時系列予報」の三つの種類があります。「府県天気予報」は一日の天気をおおまかに把握するのに適しています。「地方天気分布予報」は、天気などの面的な分布が一目でわかるので、例えば府県天気予報で「曇り時々雨」となっていた場合、雨がどの地域でいつごろ降るのかといったことを把握するのに適しています。「地域時系列予報」は、ある地域の天気や気温、風の時間ごとの移り変わりを知るのに便利な予報です。 ○週間天気予報  週間天気予報は、発表日の翌日から一週間先までの毎日の天気、最高・最低気温、降水確率を、1日2回、11時と17時に発表しています。週間天気予報のような先の予報になると、今日や明日の予報に比べて予報を適中させることが難しくなります。このため週間天気予報では、天気については信頼度を、気温については予測範囲をあわせて示しています。信頼度は、3日目以降の降水の有無について、「予報が適中しやすい」ことと「予報が変わりにくい」ことを表し、予報の確度が高いほうから順にA、B、Cの3段階で表現します。気温の予測範囲は、「24℃〜 27℃」のように予想される気温の範囲を示しており、実際の気温がこの気温の範囲に入る確率はおよそ80%です。これらの情報によって、例えば同じ晴れ時々曇りという予報でも、どれくらいの確度の予報かを知ることができます。 ○季節予報  季節予報には、予報期間別に、2週間程度先までを予測する異常天候早期警戒情報、1か月先まで予測する1か月予報、3か月先までを予測する3か月予報、6か月先までを予報する暖・寒候期予報があり、それぞれの期間について、平均的な気温や降水量などを、予報区単位で予報しています。平均的な気温や降水量などは、3 つの階級(「低い(少ない)」、「平年並」、「高い(多い)」)に分け、それぞれの階級が出現する可能性を確率で表現しています。なお、「異常天候早期警戒情報」は、2週間程度先までの7日間平均気温が平年からの隔たりが大きくなる可能性が高いと予測した場合に発表されます。それぞれの予報の内容と発表日時は表のとおりです。また地方季節予報で用いる予報区分は図の通りです。 ウ.船舶の安全などのための情報  船舶の運航には、台風や発達中の低気圧などによる荒天時の安全性のほか、海上輸送における経済性や定時性などの確保が求められます。このため、日本近海や外洋を航行する船舶向けに、海上における風向・風速、波の高さ、海面水温、海流などの予報や強風・濃霧・着氷などの警報を、通信衛星(インマルサット)による衛星放送、ナブテックス無線放送、NHK ラジオ(漁業気象通報)などにより提供しています。 ○日本近海に関する情報  日本の沿岸から300 海里(およそ560 キロメートル)以内を12に分けた海域ごとに、低気圧などに関する情報とともに、天気や風向・風速、波の高さなどの予報、強風・濃霧・着氷などの警報を提供しています。これらの予報や警報などは、地方海上予報や地方海上警報として、ナブテックス無線放送(英文・和文放送)によって日本近海を航行する船舶に提供しています。ナブテックス無線放送では、これらの予報や警報に加えて、津波や火山現象に関する予報や警報も提供しています。主に日本近海で操業する漁船向けには、漁業気象通報として、台風、高・低気圧、前線などの実況と予想、陸上や海上における気象の実況情報を、NHK ラジオを通じて提供しています。また、漁業無線気象通報として、天気概況や気象の実況情報、海上予報・警報などを、漁業用海岸局を通じて提供しています。さらに、海上の警報の内容も記述された実況天気図や、海上の悪天(強風・濃霧・海氷・着氷)の予想も記述された予想天気図(海上悪天24時間予想図、同48時間予想図)、台風(120時間先までの進路予報及び72時間先までの強度予報)、波浪、海面水温、海流、海氷などの実況や予想などの図情報を、短波による気象庁気象無線模写通報(JMH)により提供しています。 ○外洋に関する情報  「1974年の海上における人命の安全のための国際条約」(SOLAS 条約)に基づき、気象庁の責任分担海域である北西太平洋(概ね赤道から北緯60 度、東経100 度から180 度に囲まれる海域)を対象に、緯度・経度で地域を明示して、低気圧や台風に関する情報とともに海上の強風・暴風や濃霧の警報を、通信衛星(インマルサット)を介して、セーフティネット気象予報警報(無線英文放送)として船舶関係者向けに提供しています。 エ.その他の情報 ○鉄道の安全運行、電力の安定供給などに寄与するための情報提供気象庁は、鉄道の安全な運行や電力の安定供給に寄与するため、鉄道及び電力関係機関への情報提供を行っています。また、火災の発生しやすい気象状況になった場合、都道府県に対して火災気象通報を実施しています。 ○光化学スモッグなどの被害軽減に寄与するための情報提供  晴れて日射が強く、風が弱いなど、当日又は翌日に光化学スモッグなどが発生しやすい気象状況が予測される場合に、大気汚染に関する気象状況を都道府県に通報し、広く一般にスモッグ気象情報や翌日を対象とした全般スモッグ気象情報を発表しています。また、環境省と共同で光化学スモッグに関連する情報をホームページで提供しています。 ○熱中症についての注意喚起の実施  一般的な注意事項として熱中症も含めた高温時における健康管理への注意を呼びかけることを目的として、高温注意情報、異常天候早期警戒情報や日々の天気概況、気象情報の中でも、熱中症への注意の呼びかけを盛り込んで発表しています。 コラム ■高温注意情報  広く節電の取り組みがなされる中で、よりきめ細やかに、また、熱中症への注意を呼びかけるため平成23年夏から「高温注意情報」の発表を開始しました。高温注意情報は、各予報区内翌日または当日に最高気温がおおむね35℃以上になることが予想される場合に、情報文の中に各地の最高気温や気温が高くなる時間帯を示しながら、具体的な対策を含めて注意を呼びかけるものです。また、主な地点の気温予測グラフを気象庁ホームページに掲載し、気温の推移や30℃以上になる期間をわかりやすく示しています。 ■航空機による海氷観測  気象庁では、オホーツク海の海氷分布の把握に、衛星、航空機、船舶、沿岸からの目視観測などから得られた資料を利用しています。この中でも、特に陸上自衛隊、海上自衛隊や海上保安庁のご協力のもと得られた航空機による海氷観測結果は、衛星では得ることのできない雲の下の海氷分布まで詳細かつ広範囲に把握することができるため、海氷情報の作成に極めて重要です。気象庁では、これらの観測結果をもとに冬季のオホーツク海の海氷の分布状況を常時把握して、地方海氷情報などでお知らせしています。航空機からの海氷観測の様子について海上自衛隊第2航空群第2航空隊の堀2等海尉にお尋ねしました。 ■海上自衛隊第2航空群第2航空隊 堀 尚史 2等海尉より  現在、私は青森県にある海上自衛隊八戸航空基地でP−3Cという航空機の操縦士をしており、日々、日本周辺海域の警戒監視(パトロール)にあたっています。海氷観測飛行は昭和34年1月を最初に、現在まで1千回を越える実績があります。過去40 年のデータからは、地球温暖化のためか全般的に海氷面積は徐々に減少傾向にあるようです。海氷はその純白の輝きにより観光名物になったりする反面、漁船などの海難事故の原因にもなります。このため、私たちは安全な船舶航行の一助となるべく、風の強い日も雪の降る日も観測飛行を行っています。 (2)気象の観測・監視と情報の発表 ア.アメダス(地域気象観測網)  気象台や測候所では気圧、気温、湿度、風向・風速、降水量、日照時間などの地上気象観測を行っています。これらの気象官署を含めた全国各地の約1,300 か所で、自動観測を行うアメダス(地域気象観測システム)として、降水量を観測しています。このうち約840 か所では、降水量に加えて、気温、風向・風速、日照時間の観測を、また、豪雪地帯などの約310 か所では積雪の深さの観測を行っています。 イ.レーダー気象観測  全国20 か所の気象レーダーによって降水の観測を行い、大雨の状況の監視、的確な大雨警報などの気象情報の発表に利用しています。気象レーダーは、パラボラアンテナから電波を発射し、雨などによって反射された電波を受信することにより、どの位置にどの程度の強さの降水があるかを把握することができます。各地のレーダーの観測結果を組み合わせることにより、日本の陸域とその近海において東西南北1キロメートル四方ごとの降水の分布と強さを観測しています。平成21年7月1 日から局地的大雨を早期に把握できるよう、気象レーダーの観測間隔を従来の10 分毎から5分毎に変更し監視機能を強化しました。また、降水の分布と強さに加え、電波のドップラー効果を利用して風で流される雨粒や雪の動きを観測できるドップラー機能を17か所に備え(平成24年4月現在、平成24年度末までに20 か所すべてドップラー化を予定:特集コラム参照)、集中豪雨や竜巻などの突風をもたらす積乱雲内部の高度15キロメートルまでの詳細な風の分布の把握を行っています。 ウ.高層気象観測  低気圧などの大気の諸現象は、主に、地上から十数キロメートル上空までの対流圏において発生しています。また、その上にある成層圏において発生する現象も、気象現象に大きく関連しています。気象庁では、これら上空の気象現象を捉えるため、全国16地点で毎日決まった時刻(日本標準時09時、21時)に「ラジオゾンデ」という観測機器を気球に吊るして飛揚させ、地上から約30 キロメートル上空までの気圧(高度)、気温、湿度及び風について観測しています。高層気象観測資料は、天気予報のほかに航空機の運航管理などにも利用されています。また、近年は、地球温暖化をはじめとした気候問題への関心が高まり、高層気象観測の観測資料は対流圏や成層圏の気温変化の監視など気候分野においても重要な役割を果たしています。 エ.ウィンドプロファイラ観測  ウィンドプロファイラは地上から上空に向けて電波を発射し、気流の乱れや雨粒によって散乱してはね返ってきた電波を受信し、ドップラー効果を利用して上空の風向・風速を10 分毎に300 メートルの高度間隔で連続して観測します。気象条件によって観測データが得られる高度は変動しますが、晴天時には3〜6キロメートル、曇天時や降雨時には7〜9キロメートル程度までの上空の風向・風速が観測できます。全国33か所のウィンドプロファイラで上空の風を連続的に観測し、豪雨や豪雪などの局地的な気象災害の要因である「湿った空気(湿度が高い空気)」の流れを観測することにより、数時間先の大雨の予測の精度向上に大きく寄与しています。また台風や前線に伴う強風などの監視にも役立てられています。観測データから鉛直方向の風の変化(鉛直シアー)を知ることもできます。鉛直方向に風が大きく変化している所では乱気流が発生する可能性があるため、この情報を航空関係者に提供し、航空機の安全な運航に役立てています。 コラム ■GPS から水蒸気の量を求める  カーナビなどで利用されているGPS(全球測位システム)衛星から出される電波は、地上のGPS受信装置に到達するまでの時間が、大気中に含まれる水蒸気の量が多くなると遅れるという性質があります。受信した複数のGPS衛星の電波の遅れを組み合わせることによって、GPS受信装置の真上にある水蒸気の総量(可降水量)を得ることができます。  気象庁では、国土地理院が全国約1200地点で運用している電子基準点(GPSからの電波を連続的に観測する施設)の観測データから可降水量を算出しています。可降水量を数値予報モデルに活用することにより、降水予報精度の向上に役立っています。 オ.静止気象衛星観測  わが国は現在まで約30 年にわたって静止気象衛星「ひまわり」による気象観測を行ってきました。静止気象衛星の最大の利点は、地球上を常時観測できるという点です。東経140 度付近の赤道上空約35,800 キロメートルの静止軌道にあって地球の自転周期に合わせて周回することにより、日本を含む東アジア・西太平洋地域の広い範囲を24時間常時観測することができます。特に観測地点が少ない洋上の台風の発生・発達の監視に不可欠の観測手段です。  気象庁では、次期衛星として「ひまわり8号・9号」をそれぞれ2014年、2016年に打ち上げることを計画しています。次期衛星は、現在の30 分毎の観測を10 分毎に行い、観測画像の種類も5種類から16種類に増やすなど観測機能を大幅に向上させることにより、台風、局地的豪雨や雷、突風をもたらす積乱雲の状況をより詳細に早期に捉えることができると期待されています。気象庁では、次期衛星で得られた観測データの利活用技術についても開発を進めているところです(第1部第2章「気象業務を高度化するための研究開発」参照)。 ○幅広い分野での利用  「ひまわり」が観測するデータは、台風の監視以外にも、集中豪雨等の監視、数値予報の初期値への利用、航空機や船舶の安全運航に資する情報の作成、気候・地球環境の監視、火山灰や黄砂の監視などに幅広く利用されています。また、アジア・太平洋を中心とした世界各国の気象機関でも利用されています。また、「ひまわり」にはデータを中継する通信機能もあり、国内外の船舶や離島などに設置された観測装置の気象観測データ、国内主要地点の震度データ・潮位(津波)データなどの収集に活用されています。 カ. 潮位・波浪観測  気象庁では、高潮、副振動、異常潮位及び高波等による沿岸の施設等への被害の防止・軽減のため、全国各地で潮位(潮汐)と波浪の観測を行っています。潮位の観測は検潮所や津波観測点、波浪の観測は沿岸波浪計、ブイ、観測船を使用して行っています。また、他機関の観測データも活用してきめ細かい実況の監視に努めています。一方、スーパーコンピュータを用いた高潮モデルや波浪モデルにより、それぞれ潮位や波浪の予測値を計算しています。これらの資料と実況監視データを用いて、各地の気象台では、高潮警報・高潮注意報、波浪警報・波浪注意報、気象情報や潮位情報を発表し、沿岸域での浸水等の被害や船舶の安全航行に対する注意・警戒を呼び掛けています。 質問箱 ■ 海の波(波浪)について教えて!  海の上では、風が吹くと波が立ち始めます。風が吹き続けると波は次第に高くなっていきますが、このように風によって生じる波を「風浪」といいます。また、風の吹かない海域まで伝わるか、風が弱まった場合や風向が急に変化して、風から直接作られなくなった波を「うねり」といいます。「風浪」と「うねり」をまとめて「波浪」と呼んでいます。気象庁では、波の高さなどを「有義波」という統計的な値で代表させて情報を発表していますが、実際の波浪には様々な波高、周期の波が存在しています。タイミングによっては思いがけない大波が出現する場合があり、「一発大波」、「巨大波」等と呼ばれることがあります。確率としては数千波に一波、数万波に一波の現象としても、しけ(時化)が長びけばそれだけ巨大波出現の危険性も増すことになりますので、十分な注意が必要です。また、幾つかの方向から波浪が集まった時に、波頂のとがった巨大波が出来ることがあります。このような波を「三角波」と呼び、船舶にとっては転覆の危険が増すので、注意が必要な波の一つです。うねりは風浪に比べて波長が長いという特徴があります。沿岸部では、波長の長い波ほど防波堤を超えやすいほか、海岸構造物等へのダメージも与えやすくなります。釣り人が、波長の長いうねりによってさらわれる事故が起こる場合があります。富山湾特有のうねり性の高波として有名な「寄り回り波」は、低気圧などの暴風によって日本海北部に発生した風浪が伝播して「うねり」となって富山湾に侵入するものです。寄り回り波は、海岸で局所的に急に高くなることがあり、また、風や波が比較的静かになったころに不意に打ち寄せることがあるため古来より多くの被害が発生しました。このほか特徴のある波として、波浪が進む向きと反対向きの強い海流や潮流があると、「しお波」が発生します。「しお波」は、波浪と海流や潮流との相互作用により、波高が増大し、波の形が険しくなります。 (3)異常気象などの監視・予測 ア.異常気象の監視  異常気象とは、一般に過去に経験した現象から大きく外れた現象で、人が一生の間にまれにしか経験しないような気象現象をいいます。大雨や強風などの激しい数時間の気象から数か月も続く干ばつ、冷夏などの気候の異常も含まれます。気象庁では、原則として「ある場所(地域)・ある時期(週、月、季節)において30 年間に1回以下の頻度で発生する現象」を異常気象としています。  気象庁では、世界中から収集した観測データ等をもとに、わが国や世界各地で発生する異常気象を監視して、極端な高温・低温や大雨・少雨などが観測された地域や気象災害について、週ごとや月ごと、季節ごとに取りまとめて発表しています。また、顕著な現象、社会的な影響が大きいと思われる現象については、随時かつ速やかに、よりくわしい情報を発表しています。  2011年のインドシナ半島では、夏のモンスーンの雨季にあたる6〜9月に平年より雨の多い状況が続き、この時期以降、チャオプラヤ川やメコン川の流域では、洪水による大きな被害が発生しました。この洪水をもたらした降雨は、平年よりも活発な夏のアジアモンスーンによってもたらされました。 イ.エルニーニョ・ラニーニャ現象の監視と予測  エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の中央部から南米ペルー沿岸にかけての広い海域で、海面水温が平年より高い状態が、数年おきに半年から一年半程度続く現象です。一方、同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続く現象をラニーニャ現象と呼びます。エルニーニョ現象やラニーニャ現象が発生すると、日本を含む世界の様々な地域で多雨・少雨・高温・低温など、通常とは異なる天候が現れやすくなります。また、西太平洋熱帯域やインド洋熱帯域の海面水温の状態が日本や世界の天候に影響を与えていることが、近年明らかになってきました。  気象庁では、エルニーニョ・ラニーニャ現象や、西太平洋熱帯域・インド洋熱帯域の海洋変動に関する最新の状況と6か月先までの見通しを、「エルニーニョ監視速報」として毎月10 日頃に発表しています。 (4)気象庁の基盤情報システムとインターネットを通じた情報発信  気象庁では、国内外の関係機関から気象などの観測データを収集し、これを解析、予測することで、警報・注意報などの防災気象情報を作成し、防災関係機関や報道機関を通して広く国民に伝達しています。観測データの収集や情報伝達、解析や予測には気象資料総合処理システム(COSMETS)を使用しています。気象資料総合処理システムは解析や予測を担うスーパーコンピュータシステムと通信機能を担う気象情報伝送処理システムの2つのシステムで構成されています。スーパーコンピュータシステムは、世界各地の観測データ、気象衛星(ひまわり)の観測データなどを使って気圧や気温など大気の状態を詳しく解析し、さらに解析結果から物理法則に基づくモデル計算により大気の今後の変化を予測します。気象情報伝送処理システムは、最新の地上・高層気象観測や気象レーダー観測のデータ、沿岸波浪計や潮位計、船舶などによる海洋観測のデータ、震度観測データなどのほか、都道府県などが行う雨量観測や震度観測などのデータを収集しています。また、世界の気象機関が協力して運用する全球通信システム(GTS)の通信中枢として関係国と観測データの交換を行っています。これらの観測データ、解析・予測の情報、地震・津波や火山に関する情報は、国内の気象官署や防災関係機関、外国の気象機関などに提供するとともに、民間気象業務支援センターを通じて民間の気象事業者や報道機関などに提供しています。各気象台との情報伝達経路となる国内の基盤通信網を2重化していることに加え、2つのセンターシステムは相互バックアップ機能を有しており、大規模災害時にも安定して各種観測データの収集や予報、防災情報などの伝達を継続できるように信頼性の向上を図っています。 ○気象庁ホームページ  気象庁ホームページ(http://www.jma.go.jp/jma/index.html)では、気象庁の組織や制度の概要、広報誌などの行政情報をはじめ、気象の知識などの情報を提供するとともに、天気予報や気象警報・注意報、地震、津波などの防災情報を掲載しています。平成23年は、1日当たり約1,000 万ページビューのアクセスがありました。また、過去の気象データを検索できるページや、過去の地震データを検索できる「震度データベース検索」なども公開しており、過去データの検索サイトとしても充実してきております。さらに、顕著な災害の発生時には、地震の回数・今後の見通しや雨の状況・今後の見通しなどの情報をはじめ、被災地の気象警報・注意報、天気予報などへのリンクを一元的にまとめ、被災者・復旧担当者支援のための情報として、気象庁ホームページに特設ページを解説し掲載しています。 ○防災情報提供センター  国土交通省では、気象庁を含む省内各部局等が保有する様々な防災情報を集約し、インターネットを通じてワンストップで国民の皆様へ提供するため「防災情報提供センター」を開設しており、気象庁が運営を担当しています。同センターホームページ(http://www.mlit.go.jp/saigai/bosaijoho/)からは、気象庁、国土交通省等が観測した雨量情報が一覧できる「リアルタイム雨量」、気象庁、国土交通省のレーダーを統合した「リアルタイムレーダー」をはじめ、災害対応の情報や河川、道路、気象、地震、火山、海洋などの各種の防災に関する情報を容易に入手することができます。また、携帯端末向けホームページ(http://www.mlit.go.jp/saigai/bosaijoho/i-index.html) も開設しており、各種気象情報の他、津波警報や潮位情報等を提供しています。 2地震・津波と火山に関する情報 (1)地震・津波に関する情報の発表と伝達  地震による災害には、主に、地震時の揺れ(地震動)によるものと、地震に伴って発生する津波によるものとがあります。これらの災害を軽減するため、気象庁は、地震と津波を24時間体制で監視し、その発生時には、予測や観測結果の情報を迅速に発表します。地震発生直後の地震及び津波の情報は、防災関係機関の初動対応などに活用されています。 ア.地震に関する情報 地震の監視  気象庁は、全国200 か所以上に設置した地震計や、(独)防災科学技術研究所等の関係機関の地震計のデータを集約して、地震の発生を24時間体制で監視しています。また、地面の揺れの強さを測る震度計を全国約620 か所に設置し、地震発生時には、これらの震度計及び地方公共団体や(独)防災科学技術研究所が設置した震度計のデータを集約(全国で合計約4300 か所)しています。気象庁は、これらのデータを基に、地震発生時には次の情報を発表します。 緊急地震速報(地震動警報・地震動予報)  緊急地震速報は、地震の発生直後に、震源に近い地震計でとらえた観測データを解析して震源や地震の規模(マグニチュード)を直ちに推定し、これに基づいて各地での主要動の到達時刻や震度を予測し、可能な限り素早く知らせる地震動の予報及び警報のことです。強い揺れの前に、自らの身を守ったり、列車のスピードを落としたり、あるいは工場等で機械制御を行ったりして、被害の軽減を図ります。震度5 弱以上の揺れを予測した際には、震度4以上の揺れが予想される地域に対し、緊急地震速報(警報)を発表し、テレビ・ラジオ・携帯電話等を通じてお知らせします。また、民間の予報業務許可事業者は専用端末等を開発し音声や文字等で緊急地震速報(予報)を知らせるサービスを行っています。観測した結果を整理した情報気象庁は、観測した地震波形などのデータから推定した震源の位置、マグニチュードや観測した震度(揺れの強さ)などの情報を迅速に発表しています。地震発生の約1分半後には、震度3以上が観測されている地域を示す「震度速報」を、その後、震源の位置や震度3以上を観測した市町村名など、観測データの収集にあわせて詳細な情報を発表します。震度の情報はテレビやラジオなどで報道される他、防災関係機関の初動対応の基準や災害応急対策の基準として活用されています。 イ.津波に関する情報 津波の監視  気象庁では、津波が伴う可能性のある規模の大きな地震が発生した場合には、津波の状況を監視しています。気象庁は、全国約80 か所に津波観測施設を設置しているほか、沖合での津波を観測するため国土交通省港湾局が整備したGPS波浪計も利用するなど、関係機関が設置している観測施設からのデータも活用し、全国約220 か所で津波の監視を行っています。気象庁では、地震計のデータやこれらの津波の監視に用いているデータを基に、地震により日本沿岸に津波が到達するおそれがある場合や、津波を観測した場合には、次の情報を発表します。 津波警報・津波注意報、津波予報、津波情報  地震と同時に発生する地殻変動によって海底面が大きく持ち上がったり下がったりすると、津波が発生します。気象庁は、海域で規模の大きな地震が発生し、陸域へ浸水するなど重大な災害が起こるおそれのある津波が予想される場合には津波警報(高さ1メートル以上)を、より甚大な災害となるおそれがある場合は津波警報(大津波)(高さ3メートル以上)を、高さ0.5メートル程度で海の中や海岸、河口付近で災害の起こるおそれのある津波が予想される場合には津波注意報を発表します。津波警報・注意報を発表した場合、津波の到達予想時刻・予想される津波の高さに関する情報なども発表します。さらに、沿岸で津波を観測した場合には、第一波の到着時刻、最大の高さなど、観測状況を発表します。また、地震発生後、津波が予想されなかったり、予想されても災害が起こるおそれがない0.2メートル未満の高さの場合には、津波予報(若干の海面変動)を発表します。 ウ.地震調査研究の推進とその成果の気象業務への活用  「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」(阪神・淡路大震災)を契機に制定された地震防災対策特別措置法(平成7年法律第111号)により、政府の特別の機関として地震調査研究推進本部が設置されました。気象庁では、この地震調査研究推進本部が策定した「地震に関する基盤的調査観測計画」に基づいて、平成9年より大学や(独) 防災科学技術研究所などの関係機関の地震観測データの提供を受けています。これらのデータをもとに、気象庁では文部科学省と協力して、我が国やその周辺で発生する地震活動の把握に努めています。気象庁に関係機関のデータを集めて処理したことにより、小さい地震の震源も求まるようになり、詳細な地震活動の把握が可能となりました。気象庁では、これらの結果を地震情報に活用するとともに、地震調査研究を推進するため、地震活動の評価を行っている地震調査研究推進本部地震調査委員会や、大学など関係機関へ提供しています。 質問箱 ○地震は予知できるの?  地震の予知とは、地震の発生時期、場所、大きさ(マグニチュード)を地震の発生前に科学的な根拠に基づき予測することです。現在の地震学では、地震予知は実用段階ではなく研究段階のものと考えられています。その中で、東海地震については、現在日本で唯一、短期直前予知ができる可能性がある地震と考えられます。その根拠としては、@予想震源域の周辺に精度の高い観測網が整備されていること、A科学的に根拠のある前兆現象(前兆すべり)を伴う可能性があると考えられること、さらに、B捉えられた異常な現象が前兆現象(前兆すべり)であるか否かを科学的に判断するための基準があることの3つが挙げられます。ただし、東海地震についても発生日時を指定した予知を行うことはできませんし、前兆現象である前兆すべりが急激に進んだ場合や小さい場合には短期直前予知ができない場合があります。「○月×日に大地震が起こる」という話を耳にすることがありますが、発生日時を指定した情報は根拠のない話ですのでご注意ください。 ○前兆すべりとは?  東海地震はプレート(地球表面を覆う厚さ数十〜百キロメートル程度の岩石の層)同士の境界で起こる地震です。プレート境界の一部は普段は強くくっついています。東海地震の前にはこの領域の一部が少しずつすべり始め、最終的に急激に大きくずれて強い揺れを発生させ東海地震になると考えられています。この少しずつすべり始める現象が前兆すべりです。前兆すべりを捉えようと、ひずみ計等の観測測器を東海地域に展開し、気象庁において24時間監視しています。 エ.東海地域の地震・地殻変動の監視と情報提供  東海地震は、駿河湾から静岡県の内陸部を震源域とし、いつ発生してもおかしくないと考えられている大規模な地震で、現在、科学的な直前予知の可能性がある地震と考えられています。気象庁は、東海地震の発生を予知し、国民の防災・減災行動に役立てるため、関係機関の協力を得て、東海地域とその周辺に展開された地震計やひずみ計などのデータを収集し、地震の前兆現象となる地震と地殻変動を24時間体制で監視しています。東海地震の予知は「前兆すべり(プレスリップ)」に伴う地盤の伸び縮み(地殻変動) をひずみ計などで捉えることで行います。観測データに異常が現れた場合、気象庁は、地震等の専門家から構成される地震防災対策強化地域判定会(判定会)を開催し、東海地震に結びつくかどうかを「東海地震に関連する情報」で発表します。防災機関等はこの情報内容に応じた段階的な防災対応をとります。ただし、前兆すべりが小さい場合など、必ずしも前兆現象を捉えることができず、上記の情報を発表できないまま東海地震が発生することもありえます。 (2)火山の監視と防災情報 ア.火山の監視 @ 110活火山と火山監視・情報センター  我が国には110 の活火山があります。気象庁では、このうち火山噴火予知連絡会(後述)によって選定された47火山については、関係機関の協力も得ながら、地震計、地形の変化を観測する傾斜計(用語集参照)、遠望カメラ及びGPS 観測装置などによる常時観測体制を整備しており、気象庁本庁(東京)及び札幌・仙台・福岡の各管区気象台に設置された火山監視・情報センターにおいて24時間体制で火山活動を監視しています。また、各センターの火山機動観測班が、その他の火山を含めて現地に出向き計画的に調査観測を行っており、火山活動に高まりが見られた場合には、必要に応じて現象をより詳細に把握するために機動的に観測体制を強化します。 コラム ■110活火山と47常時観測火山  活火山は「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山」と定義され、この定義に基づき、火山噴火予知連絡会において110の活火山が選定されています。さらに、今後100年程度以内に噴火が発生する可能性及び社会的影響を踏まえ、火山防災のために「監視・観測体制の充実等が必要な火山」として47火山が火山噴火予知連絡会によって選定されました。これら47火山に対し、気象庁では、観測施設を整備し、大学等関係機関の協力も得て火山活動を24時間体制で常時観測・監視しています。また、これら47の常時観測火山以外の活火山も含む全国110の活火山を対象として火山機動観測班による計画的な調査観測を行っており、必要に応じて火山活動をより詳細に把握するために観測体制を強化しています。このような観測の成果に基づき、気象庁では噴火警報・噴火予報や火山活動解説資料等を発表しています。 A火山活動を捉えるための観測網  火山噴火による被害を最小限に食い止めるためには、火山活動を正確に把握し、活動の異常をいち早く検知することが必要です。気象庁では、関係機関の協力を得ながら、火山周辺に配置した地震計、傾斜計、空振計、GPS観測装置及び遠望カメラ(右図)による観測データ等をもとに、気象庁本庁(東京)及び札幌・仙台・福岡の各管区気象台に設置した「火山監視・情報センター」において全国の活火山の活動を監視し、観測・監視の結果に基づき、噴火警報等を迅速に発表しています。地震計は火山体内部で発生する微小な地震を、傾斜計は火山周辺で発生するごく微小な傾斜変形をとらえるものです。空振計は、火山の爆発的噴火などで生じる空気の振動をとらえるもので、天候不良等により遠望カメラで火山の状況を監視できない場合でも、噴火発生とその規模をいち早く検知するためのものです。GPS 観測装置は、他の複数のGPS と組み合わせることで火山周辺の地殻の変形を検出することができ、地下深部のマグマの挙動を推定し、噴火の前兆をいち早くとらえるた  めの重要な手段となります。また、星明かりの下でも観測ができる高感度の遠望カメラを設置しています。 新たな火山観測施設の整備  平成21年2月、火山噴火予知連絡会は、今後100 年程度以内に噴火が発生する可能性及び社会的影響を踏まえ、火山防災に生かすために監視・観測体制の充実等が必要な火山として、47火山を選定しました。これを受け、気象庁は、これら47火山すべてに新たな観測施設(地震計、傾斜計、空振計、GPS観測装置及び遠望カメラ)を整備しました。新たに整備した地震計・傾斜計は、一部の観測点を除き、地上の雑音を避けるため深さ約100 メートルの孔井の底に設置し、高感度な観測が可能となりました。新たに整備された観測施設も活用し、気象庁は、火山噴火予知連絡会によって選定された47火山全ての火山活動を24時間体制で常時観測・監視しており、観測結果に基づき、噴火警報・噴火予報や火山活動解説資料等の発表を行っています。 火山機動観測  気象庁では、噴火時等には必要に応じて火山機動観測班を派遣して観測を行い、火山活動の正確な把握に努めています。また、24時間体制で常時観測・監視を行っている47火山以外の活火山も含め、火山機動観測班が平常時から計画的に現地に赴き、臨時のGPS 観測、熱やガスなど現地での各種観測、ヘリコプター(関係機関協力)による上空からの観測等を実施し、継続的な火山活動把握に努めています。 イ.噴火警報・噴火予報  気象庁は全国110 の活火山を対象として、観測結果に基づき、噴火警報・噴火予報を発表しています。噴火警報は、噴火に伴って発生し生命に危険を及ぼす火山現象(大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流等、噴火発生から短時間で居住地域に到達し、避難までの時間的猶予がほとんどない火山現象)の発生やその拡大が予想される場合に、警戒が必要な範囲(影響範囲)を付して発表します。警戒が必要な範囲に居住地域が含まれる場合は「噴火警報(居住地域)」、含まれない場合は「噴火警報(火口周辺)」(略称は「火口周辺警報」)として発表し、海底火山については「噴火警報(周辺海域)」として発表します。これらの噴火警報は、都道府県等の関係機関に通知されると直ちに住民等に周知されるとともに、必要な防災対応がとられます。噴火警報を解除する場合等には「噴火予報」を発表します。 ウ.噴火警戒レベル  噴火警戒レベルは、火山活動の状況に応じて必要となる具体的な防災対応を「平常」、「火口周辺規制」、「入山規制」、「避難準備」、「避難」の5段階に区分することで、住民や登山者等が噴火時等にとるべき防災行動を分かりやすく示した指標です。噴火警戒レベルは、「防災基本計画」と「噴火時等の避難に係る火山防災体制の指針」に基づき、各火山の地元の都道府県等が設置する火山防災協議会(都道府県、市町村、気象台、砂防部局、火山専門家等で構成)において防災対応(避難指示・避難勧告、避難準備情報、道路規制等)について共同で検討を行い、関係する市町村の地域防災計画等に、噴火警戒レベルに応じた防災対応やその対象範囲などが定められた火山に導入されています。噴火警戒レベルを導入した火山では、地元の火山防災協議会における共同検討を通じて合意された基準に基づいて、気象庁は噴火警戒レベルを付して噴火警報・噴火予報を発表しています。特にレベルを引き上げる噴火警報の発表時には、地元の市町村が迅速かつ確実に避難勧告等の対応をとることができ、噴火災害の軽減につながることが期待されます。噴火警戒レベルは、「火山防災のために監視・観測体制の充実等が必要な火山」として火山噴火予知連絡会によって選定された47火山のうち29火山で提供されています。今後、このほかの火山も含め、地元の火山防災協議会における避難計画の共同検討を通じて、噴火警戒レベルの導入や改善を関係機関と共同で進めていきます。 エ.その他の火山現象に関する予報  噴火警報・噴火予報で扱う火山現象以外にも、火山現象に関する予報として降灰予報と火山ガス予報を発表しています。 オ.火山現象に関する情報  上記の警報・予報のほか、火山現象に関する情報を発表することにより、火山活動の状況等を周知しています。 カ.火山噴火予知連絡会  気象庁は、学識経験者や関係機関の専門家からなる火山噴火予知連絡会の事務局を担当しています。定例・臨時に開催される連絡会では、火山活動に関する総合的な評価が行われます。気象庁は、その評価結果を噴火警報等の発表に活用しています。 3 地球環境に関する情報 (1)地球温暖化問題への対応 ア.気温や海面水位の監視と地球温暖化に伴う気候などの将来予測  気象庁では、気温や海面水位の長期的な変化傾向を監視して、地球温暖化の現状に関する情報を提供しています。また、将来の気候を数値モデルによって予測し、地球温暖化に伴う気候の変化に関する情報を提供しています。世界の平均気温については、全世界の千数百か所の観測所における観測データや海面水温データを収集して、長期的な変化傾向を監視しています。また、日本国内の気象庁の観測点のうち、都市化の影響が少なく、特定の地域に偏らないように選定された17か所の観測データをもとに、日本の年平均気温の長期的な変化傾向を監視しています。さらに、海面水位については、潮位や地盤変動の観測から得られたデータに加え、海洋気象観測船で観測した水温・塩分のデータや、人工衛星から観測された海面高度データをもとに、海洋の数値モデルも活用して海面水位の変動の実態を分析して、地球温暖化による海面水位の上昇について情報を発表する計画です。気候変化の予測については、今後の世界の社会・経済の動向に関する想定から算出した温室効果ガス排出量の将来変化シナリオに基づいて、日本周辺の気候をきめ細かくシミュレーションできる気候モデルを用い、21世紀末頃における我が国の気温や降水量などの変化を計算しています。得られた予測結果は、「地球温暖化予測情報」として発表し、地球温暖化による影響の評価や適応策の検討に活用されています。気象庁は、これらの業務を通じて、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が平成25〜 26年(2013〜 14年)に公表予定の第5次評価報告書にも貢献していく予定です。 コラム ■海洋気象観測船による二酸化炭素等の高精度・高密度観測  気象庁では、2隻の海洋気象観測船(凌風丸、啓風丸)を用いて、北西太平洋における海洋の二酸化炭素吸収量・蓄積量などの観測を行っております。海洋は、地球温暖化の原因のひとつである二酸化炭素の最大の吸収源であり、地球温暖化の進行に大きく影響しています。今後、二酸化炭素吸収能力が弱まると、二酸化炭素が大気中に残る量が増え、地球温暖化が加速してしまう懸念があります。そのため、海洋の二酸化炭素の吸収能力を監視することが大変重要になっています。海洋の二酸化炭素の観測については、「国際海洋炭素調整計画」(IOCCP)と呼ばれる、国際的な連携のもとで、海面から海底までの高精度・高密度の観測網を構築する計画があります。気象庁はこの計画に参加し、平成22年から海洋気象観測船に搭載されている海中の化学物質の分析装置や様々な深さの海水を採取するための採水器を高度化して、北西太平洋で高精度・高密度の観測を行っています。この海洋観測結果を活用した海洋の二酸化炭素に関する解析結果は、気象庁ホームページの「海洋の健康診断表」に掲載されています。 (2)環境気象情報の発表  気象庁では、オゾン層保護に資するための情報のほか、黄砂や紫外線対策に役立つ  情報の提供を行っています。 ア. オゾン層・紫外線の監視と予測  気象庁は、自ら実施している国内及び南極昭和基地のオゾン層・紫外線の観測結果に加え、収集した地球観測衛星のデータ等も利用して、オゾン層破壊の実態を調査解析しています。これらの観測・解析の成果は、オゾンや紫外線の長期変化傾向などの調査結果も含め気象庁ホームページで公表しており、オゾン層保護対策などの資料として活用されています。また、毎日の生活の中での紫外線対策を効果的に行えるように、有害紫外線の人体への影響度を示す指標であるUVインデックスを用いた紫外線の翌日までの予測情報を気象庁ホームページで毎日発表しています。 コラム ■日本最東端の観測所 〜南鳥島気象観測所〜  南鳥島は東京より南東へ約1,862キロメートル、珊瑚礁でできた小さな島です。北緯24度17分、東経153度59分に位置するこの島は日本の最東端として知られています。島はほぼ正三角形で、その一辺の長さはおよそ2キロメートル、標高は最高地点でも約9メートルしかありません。この島に気象庁は南鳥島気象観測所を設置しています。島に常駐しているのは、気象庁職員の他に、海上自衛隊と国土交通省関東地方整備局東京港湾事務所の職員だけです。南鳥島気象観測所では、気温、気圧、風向風速などの気象観測に加え、人為起源の汚染物質の排出源が少ない優れた観測環境であることを活かして、二酸化炭素やメタン等の温室効果ガスの観測を行っています。ここで得られたデータから、温室効果ガスの濃度が地球規模で年々増加していることが明らかになっています。この他にも、オゾン層や日射・放射の観測等、地球環境に関する様々な観測を行っています。また、南米チリ沖等、日本から遠く離れた太平洋で発生した地震に伴う津波を日本沿岸に到達する前に捕らえるため、津波の観測を行っています。  南鳥島気象観測所では、2〜3か月で職員を交替させながら、毎日、観測を行っています。これからも本土から遠く離れた太平洋より、地球を見守り続けます。 イ. 黄砂の監視と予測  黄砂は、ユーラシア大陸の黄土高原やゴビ砂漠などで風によって上空高く舞い上がった無数の細かな砂じんが上空の風に乗って日本へ飛来する現象で、春に多く見られます。黄砂が飛来すると、洗濯物や車が汚れるといった一般生活への影響があるほか、濃度が高くなるとまれに交通障害の原因となる場合があります。  気象庁では、黄砂が日本の広域に渡って観測され、その状態が継続すると予測される場合には「黄砂に関する気象情報」を発表して注意を呼びかけています。また、気象庁ホームページには毎日の黄砂の観測・予測結果を掲載しています。なお、環境省と共同で「黄砂情報提供ホームページ」を運用し、黄砂に関する観測から予測まで即時的な情報を簡単に取得できるようにしています。 ウ.ヒートアイランド現象の監視・実態把握  都市化の進んでいる東京や大阪などの大都市圏を中心に、都市の中心部の気温が周辺の郊外部に比べて高くなる「ヒートアイランド現象」が生じています。ヒートアイランド現象による大都市圏での夏季の著しい高温は、熱中症の増加や光化学オキシダント生成の助長などを通じて人々の健康への被害を増大させるほか、局地的豪雨の発生との関連性が懸念されています。  気象庁では、都市気候モデルを用いたシミュレーションによって、水平距離4キロメートルごとの気温や風の分布の解析を行っています。解析の成果は、最高・最低気温や熱帯夜日数の観測値の経年変化などとともに、「ヒートアイランド監視報告」として平成16年度(2004年度)から公表しています。これまでに、関東、東海、近畿地方の三大都市圏及び九州北部地方、北海道石狩地方を対象として都市化の影響による気温上昇の様子や気温分布に大きな影響を与える都市上空の風の鉛直構造などを示しました。 (3)海洋の監視と診断 ア. 海洋の監視  地球表面の7割を占める海洋は、人間の社会経済活動に伴い排出される二酸化炭素の約3分の1を吸収するとともに、大量の熱や二酸化炭素を蓄えています。そのため、海洋は大気中の二酸化炭素濃度の増加や、それにより引き起こされる地球温暖化の進行など地球環境や気候変動に大きな影響を及ぼしています。  気象庁は、世界気象機関(WMO)やユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等による国際的な協力体制の下、海洋がどれだけの二酸化炭素を吸収しているか、気候変動にどれだけ影響を与えているかを調べるため、日本周辺海域及び北西太平洋で海洋気象観測船や中層フロートなどによって海洋の観測を実施しています。また、これらの観測データに加えて国際的な海洋観測網で得られたデータも活用して、地球温暖化に関わる海洋の状況を監視しています。海洋気象観測船は、北西太平洋全体の主要な海流を横切るように設定された観測線に沿って、海面から海底までの海流や水温、塩分、二酸化炭素などの温室効果ガスや関連する化学物質(酸素、栄養塩(植物プランクトンが育つための栄養となるリン酸塩、硝酸塩、ケイ酸塩など))の高精度な観測を実施しています。  中層フロートは、海面から深さ2000 メートル付近までの水温・塩分の鉛直分布を自動的に観測する機器です。WMO、IOC や各国の関係機関の連携により、中層フロートを全世界の海洋に常時約3,000 台稼働させ、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視するとともに、地球温暖化をはじめとする気候変動の実況把握とその予測精度向上を目指す「アルゴ計画」が推進されており、気象庁は、文部科学省などの関係省庁と連携して中層フロートによる観測を実施しています。 イ. 海洋の健康診断表  気象庁では、海洋気象観測船等による観測データに加え、地球観測衛星等の観測データを収集し、それらを基に解析した結果を、「海洋の健康診断表」として定期的に気象庁ホームページで発表しています。この中では、地球温暖化に伴う海洋の変化や、海域ごとの海水温、海面水位、海流、海氷、海洋汚染の状態、変動の要因、今後の推移の見通しについて、グラフや分布図を用いてわかりやすく解説しています。平成23年度には、表層水温の長期変化傾向(全球平均)をはじめ、「地球温暖化に関わる海洋の長期変化」の診断を拡充しました。 4 航空の安全などのための情報  航空機の運航においては、空港での離着陸時を含めて気象の影響を常に受けているため、その安全性、快適性、定時性及び経済性の確保には、気象情報が重要な役割を担っています。気象庁は、国際民間航空機関(ICAO)や世界気象機関(WMO)が定める国際的な統一基準に基づいて国際航空のための気象業務を行うとともに、国内航空のための独自の気象業務も実施しています。  例えば、出発空港から目的空港への飛行計画を立てるとき、目的空港の天候から、空中での待機や代替空港への着陸の可能性を判断し、搭載する燃料を決定します。また、上空の風の予想や悪天の予想図から、飛行中乱気流による揺れの少ない高度や場所、燃料が節約できる高度や航空路、到着予定時刻などを決定します。 (1)空港の気象状況に関する情報  航空機の離着陸には、風や視程(見通せる距離)、積乱雲(雷雲)などの気象状況が大きく影響します。気象庁では、全国81空港において、1時間又は30 分ごとに定時観測を行い、また気象状況を監視し、それらの情報を管制塔にいる航空管制官や航空会社の運航管理者・パイロットをはじめとする航空関係者へ迅速に通報しています。東京や成田などの国内の主要な9空港では、空港気象ドップラーレーダーにより、雷雨の時などに発生する大気下層の風の急変域(ウィンドシアー) や降水域を観測しています。また、東京・成田・関西の各国際空港においては空港気象ドップラーライダーを設置して、降水を伴わない場合の低層のウィンドシアーや、離着陸時に影響する建物・地形による滑走路付近の風の乱れを観測しています。これらにより、離着陸する航空機の安全に影響する低層のウィンドシアーが観測された場合は、ウィンドシアー情報として直ちに管制官を通じてパイロットへ伝達されます。 (2)空港の予報・警報に関する情報  航空機の飛行計画を立てる際、出発前に、出発地の空港、目的地の空港、そして天候不良など何らかの理由で目的地の空港に着陸できない場合の代替空港の気象情報が必要となります。このため気象庁は、空港の風や雲の量・高さ、視程(見通せる距離)、天気などの詳細な予報(飛行場予報)を27時間先まで、国際定期便などが運航している36空港に対して発表しています。飛行場予報は、国内外の航空会社の運航管理者・パイロットをはじめとする航空関係者へ提供し、運航計画などに利用されています。また、飛行場予報を発表している空港に対しては、強風や大雪などにより地上の航空機や空港施設及び業務に悪影響を及ぼすおそれがある場合、「飛行場警報」を適宜発表し、航空関係者に対して警戒を促しています。このほか、各空港では、航空管制官やパイロットなどの航空関係者に対して、気象状況や今後の予想について口頭で解説などを行っています。 (3)上空の気象状況に関する情報  飛行中の乱気流や火山灰との遭遇、機体への落雷や着氷の発生は、航空機の運航の安全性と快適性に大きく影響します。気象庁は、このような大気現象について日本や北西太平洋上空の監視を行い、雷電、台風、乱気流、着氷及び火山の噴煙に関する観測・予測情報を「シグメット情報」として随時発表しています。また、約6時間先のジェット気流の位置や悪天域を図によって示した「国内悪天予想図」や、悪天の実況を解説した「国内悪天解析図」を定期的に提供して、運航計画の支援を行っています。平成22年(2010 年)4月、アイスランドにある火山が噴火し、その火山灰がヨーロッパ各地に広がることが予想されたことから、約1週間にわたって航空機の飛行が制限され、約10 万便の航空機が欠航しました。日本は世界有数の火山国であり、桜島など、空港の近くに活発に活動する火山が存在する例もあります。そのため、航空機の安全な運航を確保するうえで、火山の情報は大変重要です。気象庁は国際民間航空機関(ICAO)からの指定を受けて、東京航空路火山灰情報センター(VAAC)を運営しています。同センターでは、東アジア及び北西太平洋における火山噴煙の状況を監視し、火山灰の分布に関する観測・予測情報(航空路火山灰情報)を国内外の航空関係者に提供しています。 (4)航空関係者に利用される航空気象情報  気象庁は、空港内などで業務を行っている航空関係者に対して、飛行場の気象観測の結果や予報、上空の風や気温、悪天の予想図などの気象情報を提供しています。空港の観測値や予報などの航空気象情報は、国内外の航空関係者に提供しているほか、主要な空港や空域の気象情報は、飛行中の航空機に対して、短波放送や国土交通省航空局の無線通信(対空通信)などを通じて提供しています。また、日本の空の交通を計画的に管理する業務を行っている航空局航空交通管理センター(福岡市)では、管制官と同じ運用室で、気象庁の航空交通気象センターの予報官が、管制官などに対して航空交通管理のために必要な気象情報の提供や解説を行っています。 (5)より精度の高い予測を目指して  東京国際空港では、平成22年(2010 年)に新滑走路の供用及び国際定期便の運航がそれぞれ開始され、首都圏空域における航空機の交通量は、ますます増加しています。ひとたび東京国際空港が強風や雷雨などによって着陸ができなくなるような気象状態となった場合、多数の航空機が空中で待機することとなり、日本全体の航空機の運航に影響を及ぼすため、航空関係者からは、これまで以上に詳細で精度の高い気象情報が必要とされています。このため気象庁は、平成20 年度から首都圏空域など交通量が過密な空域の気象情報のさらなる高度化を図る目的で、より緻密な数値予報モデル(第2章参照)の開発に取り組んできました。この技術開発の成果を、平成24年から運用を開始する航空気象予報用スーパーコンピュータに取り込み、飛行場や進入経路上の風や気温、降水なの予測精度向上を目指します。 (6)ISO9001品質マネジメントシステムの導入  航空気象業務は、国際民間航空機関(ICAO)や世界気象機関(WMO)による国際的な要求事項や利用者からの要求事項を満たした気象観測や予報などを行う必要があります。このため、気象庁では平成22年4月から航空気象部門にISO9001に基づく品質マネジメントシステムを導入して、航空気象情報の適時適切な提供を継続するとともに、利用者の満足度向上を目指した活動を行っています。 5 民間の気象事業  気象等の現象は、交通、食品、衣料等様々な産業に影響を与え、国民の生活に密接にかかわっています。一方、インターネット、デジタル放送、携帯端末、高速通信回線等、情報通信技術の目覚ましい発展と相まって、多くの国民が、既製品的な情報を一方的に受けるだけでなく、自らの判断で必要とする情報を取捨選択できる環境が整ってきました。国民のニーズは、今後、より多様化・個別化することが見込まれることから、民間気象事業者による、最新の情報通信技術を活用した幅広いニーズに対応した気象サービスの提供が欠かせません。  気象庁は、国民が安心して民間気象事業者の予報を利用できるよう予報業務の許可制度、気象予報士制度を設けるとともに、このような民間気象事業者の活動を支えるため、受益者負担の原則の下、民間気象業務支援センターを通じて、気象庁が保有する情報の提供及び支援を行っています。 ○予報業務の許可制度  民間気象事業者のサービスは、創意工夫により様々な取り組みがなされていますが、サービスを利用する国民の側からみると、その精度や提供主体の技術力について判断することは困難です。このため、気象庁では、民間気象事業者が、気象や波浪、地震・火山等の現象を予報する場合には、警報等の防災気象情報との整合性や、国民の期待する「正確な気象情報の提供」を確保できるよう、あらかじめ気象庁長官がその者の予報業務に必要な要員(気象予報士等)及び施設等が備わっていることを確認する「予報業務許可制度」を設けています。 ○気象予報士制度  予報の精度は、現象の予想をどのような方法で行うかに左右されます。気象や波浪等の現象の予想には、数値予報資料の解釈など高度な技能を要することから、民間気象事業者が気象などの予報を行う際には気象予報士に予測を行わせることを義務付けており、これにより予測の精度を担保しています。気象予報士は、予測資料や観測の成果を適切に利用し、現象の予想を的確に行う技術があると気象庁長官が認める国家資格で、平成24年4月1日現在、8,422人が登録されています。また、気象予報士は、民間気象事業者が行う予報業務の中核的となる技術者だけでなく、報道等を通じた解説や防災関係者・一般住民を対象とした講演会等、様々な場面で防災知識の普及・啓発に貢献しています。なお、地震動と火山現象の予想には、気象予報士ではなく、気象庁長官の定める技術基準を満たすことで、民間気象事業者が行う予報の精度を担保しています。 ○民間事業者等に対する支援  気象庁が保有する観測・解析・予報等の成果及びこれらの作成過程で得られる数値予報資料や解説資料等の気象情報を、受益者負担の原則の下、民間気象業務支援センターを通じて民間事業者等へ提供しています。これら、気象庁の保有する気象情報は、民間事業者における多様な活動の基盤となっています。また、数値予報等、気象庁による予測技術の高度化に伴い、予報業務を行う民間気象事業者の技術基盤の確保と高度化が益々必要となっていることから、気象庁では、予報業務を行う民間気象事業者を対象とした講習会を開催する他、民間気象業務支援センターや?日本気象予報士会が行う講習会等に講師を派遣するなど必要な協力と支援を行っています。 2章 気象業務を高度化するための研究開発 1 大気・海洋に関する数値予報技術 (1)数値予報とは  警報・注意報や各種の天気予報では、明日・明後日やさらに先の大気の状態を予測する必要があります。大気や海洋の現象は物理や化学の法則に基づいて起きていますので、この法則を用いて「今」の大気などの状態から「将来」を予測することが原理的には可能です。この手法は「数値予報」と呼ばれ、気象庁の予報業務の根幹をなす技術となっています。数値予報は、大気や海洋の様々な振る舞いを物理や化学の法則で表現したコンピュータのプログラムを必要とします。このプログラムを「数値予報モデル」といい、予測の精度を向上させるため常に開発や改良が進められてきました。また、数値予報モデルを予報業務に使うには、膨大な計算を短時間に処理する必要があり、このため気象庁では昭和34年(1959年)に我が国の官公庁として初めて科学計算用のコンピュータを導入し、以来、常に世界最高レベルのコンピュータに更新しています。数値予報モデルは、予測する期間の長さや対象領域などに応じて様々な種類がありますが、いずれも、大気や海洋を水平方向・鉛直方向に格子状に区切り、それぞれの格子での気温や風、湿度などの将来の状況を予測します。 (2)数値予報の技術開発と精度向上  高い精度の防災気象情報や天気予報をきめ細かく作成するためには、その基礎となる数値予報の精度向上が不可欠です。細かい現象の予測には、計算を行う格子の間隔(分解能)を細かくすることが必要です。このため、膨大な数の格子での計算を高速化する方法や、大気中の雨や雲の状態をより精度良く予測する計算方法などの開発に取り組んでいます。また、数か月以上先の予測には、大気だけでなく海洋の影響が大きくなることから、大気と海洋を同時に取り扱う数値予報モデルが必要となります。さらに、世界中から様々な観測データを集めて「今」の大気の状態を精度よく解析するための技術(これを「データ同化技術」と言います。用語集参照。)の開発も併せて行っています。特に、人工衛星、航空機、ウィンドプロファイラ、ドップラーレーダーなどから刻々と送られてくる観測時刻の異なるデータをより有効に利用する手法(これを「4次元変分法」と言います。用語集参照。)の開発改良に重点的に取り組んでいます。スーパーコンピュータの性能向上や数値予報モデルの開発改良が進み、数値予報は目覚ましい進歩を遂げてきました。図に過去17年間の数値予報モデル(全球モデル:後述)の予報誤差(北半球5日予報の精度)の変化を示します。この間、モデルの分解能の向上や物理過程の改良、4次元変分法の導入などデータ同化技術の改善、新たな観測データの利用開始など、多くの技術の進展がありました。その結果、数値予報の誤差が3分の2に減少するなど、飛躍的に精度が向上しました。 (3)数値予報モデルの現状 ○全球モデルとメソモデル  気象庁で運用している数値予報モデルにはいくつかありますが、このうち主なものとして「全球モデル」と「メソモデル」があります。「全球モデル」は、地球全体を対象領域として大気の状態を予測する数値予報モデルです。気象庁では、全球モデルを、短期予報(明日・明後日の予報)、週間天気予報や季節予報、航空路や海上予報など地球上の広い領域を対象とする予報に利用しています。週間天気予報や季節予報では、予測時間が長くなるとともに誤差が大きくなります。このため、「アンサンブル予報」という手法を使用し、確率による予報などを行っています。一方、「メソモデル」は、日本周辺を対象として大雨や暴風などの災害をもたらす現象など(高低気圧や梅雨前線など、天気図上で解析される数千キロメートル規模の現象より小さく、竜巻など局所現象(数キロメートル以下)より大きいスケールが「メソスケール」と呼ばれています。)の予測を行う数値予報モデルで、警報・注意報など防災気象情報の作成や降水短時間予報、飛行場予報などに利用しています。メソモデルでは、計算を行う格子を細かくし、積乱雲に伴う上昇気流や、水蒸気の凝結、雨や雪・あられなど降水粒子の発生・落下など雲の中で発生する現象を精密に取り扱っています。 ○季節予報モデル  1か月予報や異常天候早期警戒情報には、気象庁全球大気モデルをもとにした数値予報モデルが使用されています。一方、1か月を超える時間スケールでは、大気の変動はエルニーニョ・ラニーニャ現象のような海洋変動の影響を強く受け、逆に海洋の変動は大気の影響を受けます。このため、両者を適切に予測する必要があり、3か月予報、暖・寒候期予報やエルニーニョ予測には、大気と海洋を一体として予測する大気海洋結合モデルが使用されています。 ○波浪モデルと高潮モデル  「波浪モデル」は、海上風の予測値を入力して、海上の様々な場所で波の発達・減衰やうねりの伝播などを予測します。予測結果は、高波時に発表される波浪警報・注意報や、波浪予報などに利用されています。「高潮モデル」は、台風などによる海面気圧と海上風の予測値を入力し、海面水位の上昇量を予測します。この予測結果をもとに浸水災害が起こるおそれのある場合に、高潮警報・注意報を発表しています。 ○物質輸送モデル  気象庁では、大気中の物資の挙動を数式化した物質輸送モデルを用いて地球環境や気候に影響する二酸化炭素、黄砂、オゾンなどの監視と予測を行っています。「黄砂予測モデル」では、黄砂発生域での黄砂の舞い上がり、風による輸送・拡散、雨などによる地上への降下を考慮しています。また、「化学輸送モデル」では、オゾンやその生成・消滅にかかわる物質の風による輸送・拡散、雨などによる地上への降下、化学反応や光化学反応による生成・変質・消滅などの過程を考慮しています。予測結果は、黄砂情報や紫外線情報及び全般スモッグ気象情報に利用されています。 (4)地球温暖化予測の研究開発  現在、平成25〜 26年(2013〜 14年)に公表予定のIPCC 第5次評価報告書に向けて、地球温暖化予測実験や、予測の不確実性の低減、その要因の理解をめざした研究が世界中で行われています。気象研究所でも、最新の大気モデルと海洋モデルを結合して新たに開発した気候モデルに、これまでの気候モデルで扱ってこなかったエーロゾル、オゾン、陸域生態系及び海洋生物の効果を表現するモデルを組み合わせた地球システムモデルを開発しました。このモデルを用いた温暖化予測実験の結果や、海洋観測データを同化した10 〜 30 年先の近未来予測により、IPCC 第5次評価報告書に貢献します。特に近未来予測は、自然変動も含む十年規模変動を表現できることから、温暖化への中期的な適応策に資することが期待されます。さらに、日本の詳細な温暖化予測を可能とする高解像度の地域気候モデルを開発し、温暖化予測を通じて我が国の温暖化対策への貢献が期待されています。 2 これからの観測・予測技術 (1)C バンド固体素子二重偏波ドップラー気象レーダー  気象研究所は、2008年に世界に先駆けてC バンド(5ギガヘルツ帯)の固体素子二重偏波ドップラー気象レーダーを導入し、次世代のレーダー観測の基盤技術のひとつとして、ハード面およびソフト面から将来の運用に向けた研究を実施しています。このレーダーの大きな特徴は、電波送信部に、従来のマグネトロンやクライストロンといった真空管の代わりに半導体(固体素子)を採用したことです。これにより、従来型レーダーに比べ、狭帯域化(電波の有効利用に貢献)など、より効率的な観測が可能となります。また、従来型レーダーに比べて送信出力が1/100 程度と小さい代わりに約100 倍の長さのパルス波を発射することにより、同等以上の感度で観測を行うことができます。もう1つの特徴は、従来の水平偏波に加え、垂直偏波の2つの電波を発射・受信する二重偏波機能を持っていることです。これにより、非降水エコー(地形、虫など) の判別とその除去、レーダー反射強度の降雨による減衰の補正、雨滴の粒径分布を考慮した降水強度の推定が可能となります。この機能は、降水強度やドップラー速度の精度向上、降水の有無を判別する能力の向上に大いに役立つと期待されています。 (2)今後の数値予報技術  よりきめ細かい気象情報を提供するために、数値予報モデルの解像度をさらに高める必要があります。このため気象庁では、航空機の安全運航や気象災害の防止に役立てることを目的として、水平分解能2キロメートルの数値予報モデル「局地モデル」の開発に取り組んでいます。2キロメートルメッシュでは、日本のきめ細かい地形を表現することができ、それにともなう風や気温、降水等の予測精度向上が期待されます(下図)。平成23年9月20 日、台風第15号が発達しながら九州の南海上を北東に進む際に、暖湿な空気が流れ込んだ近畿・東海地方で大雨となった予測例を図に示します。兵庫県南部を中心とした近畿地方の西部と愛知県・岐阜県を中心とした東海地方の広い範囲に、複数の線状の強い降水域が観測されました。水平分解能5キロメートルのメソモデルよりも、水平分解能2キロメートルの局地モデルの方が、より実際に近い降水を予測していることがわかります。今後とも、予測の精度を改善すべく、新しい数値予報技術の研究開発を続けていきます。 (3)次期静止衛星のための技術開発  気象庁は、現行の静止気象衛星「ひまわり7号」の後継機として、静止地球環境観測衛星「ひまわり8号」を平成26年に、「ひまわり9号」を平成28年にそれぞれ打ち上げ、「ひまわり8号」を平成27年から運用を開始する予定です。「ひまわり8 号、9号」に搭載する高機能のカメラは、大気や地表面から放出される様々な波長の光を捉えることができ、観測で得られる画像の種類が大幅に増えます。また、全球を10 分ごと、日本周辺画像を2.5分ごとの高頻度で観測を行うことができ、画像の解像度も現在と比べて、可視は1キロメートルから0.5キロメートル、赤外は4 キロメートルから2キロメートルと向上します。この高機能のカメラが捉えた画像からは、これまでよりも多くかつ詳細な観測情報が得られ、その利用に向けた技術開発を進めています。  高頻度かつ高解像度で画像を取得することにより、台風や低気圧・前線等の気象現象をより詳細に把握することができます。特に、急激に発達して局地的豪雨や雷、突風をもたらす積乱雲を発達段階で捉えることが可能となることが期待され、それを早期検知する試みを行っています。また、様々な波長の光を観測することで得られた画像を利用することにより、雲をより詳細に分類することが可能となり、台風の解析精度の向上が期待できるほか、これまでよりも正確に推定した大気中の水蒸気量を数値予報に利用することで予報精度の向上が期待されます。また、黄砂や火山灰などのエーロゾルの分布や高度をより正確に算出できることが見込まれ、その技術開発に取り組んでいます。これら技術開発には、地球の陸、海、雲などから衛星に届く可視光線や赤外線の量をシミュレーション計算する放射伝達モデルが欠かせません。気象庁は、最新の放射伝達モデルの利用について開発を進めています。図は、東京大学が開発した放射伝達モデルを利用してシミュレーション計算を試み作成した「ひまわり8号、9号」の擬似観測画像です。「ひまわり8号、9号」は、光の3原色(赤・緑・青)をそれぞれ観測することができ、それら観測画像を合成することでカラーの観測画像が得られます。図の擬似観測画像では、雲は高度や密度に応じて白から灰色に写り、地表面はアジア大陸南東沿岸部の森林が緑に大陸内部の砂漠が茶色に表現されています。このように気象庁は、大学・研究機関から助言・協力を得つつ、「ひまわり8号、9号」の画像を気象の実況監視、数値予報への利用、気候・環境の監視等で利用するための技術開発を進めています。 (4)大雨予測技術の確立に向けて  防災気象情報の作成や降水短時間予報に利用されているメソモデルでも大雨の発生場所や時間、降水量を的確に予測できない場合が少なくありません。平成23年7月新潟・福島豪雨の事例を次ページに示します。観測された降水量分布(左上)と比較すると、前日17時の天気予報発表時に利用できるメソモデルの予測結果(左下)でも観測に近い降水量を予測していますが、毎時50 ミリ以上の降水の範囲が実況より狭く予測されるなど、前日の時点で的確な防災気象情報を発表するには十分ではありませんでした。このため、数値予報の結果だけでなく観測データも用いて、より的確な大雨に関する気象情報の発表や、迅速な大雨注意報・警報の発表に役立つ大雨予測技術の確立に向けた調査研究を行っています。例えば、大雨の発生時には大量の水蒸気が供給されることから、下層の水蒸気流入量に着目して量的な予測をするなど、大雨に関する気象情報をより的確に発表するための取り組みを開始しています。 3 地震・津波、火山に関する技術開発 (1)地震災害軽減のための技術開発  規模の大きな地震の場合には震源も大きな広がりをもっています。図は東北地方太平洋沖地震の地震断層におけるすべり量(どれだけずれたか)の分布を推定したものです。このように気象研究所では、発生した地震がどのような地震であったかを解析する研究や、津波の予測や被害状況の速やかな把握に結びつけるため、大きな地震の規模や震源域の広がりをより早期に推定するための技術開発を行っています。また、地震の発生をいち早く検知し、強い揺れが到達する前にお知らせする緊急地震速報を、より早く、より正確にするための技術開発を行っています。東北地方太平洋沖地震後の余震活動では、実際よりも大きな震度を予測することがありましたが、この様な過大な速報を少なくするよう研究開発を行っています。 (2)津波警報・注意報の発表・解除に関する技術開発  津波警報・注意報の発表や解除の精度を向上させるためには、津波の発生源をより精度よく推定するとともに、津波が時間とともに広がり、やがて減衰する様子を詳細に把握することが必要です。また、東北地方太平洋沖地震による津波の観測では、GPS 波浪計や、さらに沖合の海底津波計のデータは、沿岸での津波の到来を予測する上で極めて重要であることが確認されました。これらを踏まえ気象研究所では、津波が発生するメカニズムの調査や津波の伝播・減衰に関する研究に加え、沖合の観測波形データに基づいた数値計算により、沿岸における津波の波高分布を予測するシステムの開発も重点的に行っています。 (3)火山灰の監視・予測のための技術開発  平成23年1月26日から本格的に始まった霧島山新燃岳の噴火では、火山灰を含む噴煙が1万メートル近い高さにまで噴き上げられ、火口の南東側にあたる宮崎県および太平洋に2日間以上にわたって火山灰を降らせました。このような火山噴火による火山灰は、航空機の運航に支障を与える他、健康や農業、交通など私たちの生活に影響を及ぼすことがあります。火山灰による災害を軽減するために、気象研究所では、火山灰雲の高さや広がりを正確に捉える技術や、火山灰の拡散を精度よく予測する技術の開発を行っています。新燃岳の噴火では、噴き上げられた噴煙の様子が気象衛星ひまわりで観測された他、種子島及び福岡の気象レーダーや鹿児島空港の気象レーダーでも捉えられました。それらのデータをもとに詳細な解析を行ったところ、噴煙の広がりや噴煙の高さが時々刻々と変化していく様子が示されました。このような長時間にわたってレーダーで観測された噴煙の解析が行われた例は世界的にもほとんどなく、レーダーによる噴煙の検知力を評価する上で、とても貴重な観測となりました。また、数値予報を応用した火山灰拡散モデルの改良も進められています。新燃岳噴火の際は、北西からの強い季節風によって風向・風速が時間や高さで変化していたため、火山灰の拡散予測をする上では難しい気象条件でした。しかし、このような条件下でも、現在研究開発中の最新の火山灰拡散モデルと、気象レーダー観測によるその時々の噴煙の高さを用いることで、各地の降灰量をうまく推定できることが分かりました。今後も引き続き、気象衛星やレーダーを活用した噴煙監視方法や火山灰拡散モデルの改良を進めることで、降灰の範囲のみを予報している現在の降灰予報に、降灰量についての予報を加えることを目指しています。 4 開かれた研究体制  数値予報モデルの予測精度を向上させるためには、最先端の知見や研究成果を活用することが必要です。このため気象庁は、国内の大学や研究機関はもとより諸外国の気象機関などと情報交換や意見交換を重ねて技術開発に努めています。中でも全球モデルは、天気予報や季節予報だけでなく、気候予測や地球温暖化研究など幅広く用いられていることから、モデルの開発や性能評価を天気予報と気候予測の両方の立場から取り組む「シームレス化」が世界の流れとなっています。また、モデル開発はスーパーコンピュータや計算科学の進展と表裏一体であり、日本のみならず世界のスーパーコンピュータの開発には、必ずと言ってよいほど気象モデルの開発プロジェクトが関係しています。数値予報の精度向上のためには、衛星観測等を含む観測システムネットワークによって予測精度をどの程度向上できるかを見極めることが重要です。このため、世界中の数値予報機関と衛星運用機関との連携が深められており、気象庁もこれらの連携活動に積極的に参加しています。気象庁では、気象研究の発展と気象研究分野の人材育成を進めるため、大学等の研究機関と約90件の共同研究を実施しているほか、日本気象学会との間で「気象研究コンソーシアム」という研究の枠組みを設けています。「気象研究コンソーシアム」では、気象庁が研究者に提供した予測データや気象衛星データで、突風や豪雨、雪氷災害の予測、熱帯気象、大気中の粒子や微量ガス成分の気候への影響等の研究が行われ、その成果は、気象庁が発表する予報や黄砂・紫外線情報等の精度向上に活用されています。また地震・津波分野においても、共同研究の成果が、緊急地震速報の実用化等として結実しています。 コラム ■開発途上国の防災気象業務改善のための技術協力  気象庁は、開発途上国における防災気象業務を改善することを目的として世界気象機関(WMO)が推進する「荒天予報実証プロジェクト(SWFDP)」に参画しています。SWFDPでは、アンサンブル予報など先進国が持つ高度な技術を活用し、開発途上国の気象機関に、台風・大雨等の現象を予測するための数値予報プロダクトを提供します。また、気象機関のみならず、防災機関やメディア等のユーザーも情報を防災対応に適切に活用できるように、気象機関とユーザーの連携強化にも取り組んでいます。具体的には、気象庁を含む先進的な数値予報センターが数値予報プロダクトを提供し、地域(南太平洋諸島、東南アジア、ベンガル湾など)の中枢を担うセンターが、地域的な特性を加味して荒天予報に関する解説資料を作成し、域内各国の気象機関に提供します。各国気象機関はこれらの情報を利用して高精度で早期の警報・注意報発表に取り組み、これらの情報を防災活動に活用します。SWFDPでは、開発途上国側の負担を軽減するため、基本的にウェブブラウザで閲覧できる画像の形で情報を提供する、情報をホームページに集約するなどの配慮がされています。また、プロダクトの利用方法やユーザーとの関係強化に関する研修を毎年実施し、開発途上国に寄り添った支援を行います。  気象庁は、南太平洋諸島や東南アジア、ベンガル湾でのSWFDPに参加し、全球モデルや週間アンサンブル予報による台風の予測情報、静止気象衛星などのプロダクトを提供するほか、これらの情報作成に必要な技術開発に取り組んでいます。特に、東南アジアSWFDP(対象国はカンボジア、タイ、ベトナム、ラオス)の実施計画策定に際しては、気象庁は多くの技術協力を行っています。 3章 気象業務の国際協力と世界への貢献  日々の天気予報や警報・注意報の的確な発表のためには、全世界の気象観測データや技術情報の相互交換など国際的な協力が不可欠です。我が国の気象庁を含む世界各国の気象機関は、世界気象機関(WMO)等の国際機関を中心とした連携体制や、近隣諸国との協力関係を構築しています。 1 世界気象機関(WMO)を通じた世界への貢献  WMOは、世界中の気象等の観測とデータの収集、配布を促進し、また気象や気候の情報を改善させることなどを任務として活動している国際連合の専門機関です。気象庁は、WMO と協力して、国際会議開催やWMO 事務局への専門家の派遣、国際的なセンター業務を担当するなど、活発に活動しています 2 国連教育科学文化機関(UNESCO)を通じた世界への貢献  UNESCO政府間海洋学委員会(IOC)は、世界気象機関(WMO)とも協力し、各国の海洋に関する科学計画の調整を行っています。気象庁は、海洋・津波分野での技術的貢献をしています。 ○北東アジア地域海洋観測システム地域リアルタイムデータベース  日・中・韓・露が協力し、北東アジア域の海洋、海上気象データの収集、解析、提供を行っています。 ○津波の警報に関する国際協力  北西太平洋で発生した地震によって起きた津波情報を各国に提供する(左図)とともに、各国からの情報を収集して国内の津波防災情報に役立てています(右図)。 3 国際民間航空機関(ICAO)を通じた世界への貢献 ICAOは国連の専門機関の一つであり、国際民間航空の健全な発達のために設立されました。気象庁は、ICAOが主催する航空気象に関する会合に積極的に参加し、航空気象業務の国際的な統一基準の策定や高度化に向けた検討に参画しています。また、ICAO の指定を受けて、東京航空路火山灰情報センター及び熱帯低気圧情報センター等の国際的なセンター業務を担当し、世界の航空機の安全運航に貢献しています。 4 国際的な技術開発・研究計画への貢献 気象業務の充実・改善のためには、数値予報モデルの開発・改良に代表される技術開発が不可欠です。我が国は、各国と協力して様々な国際的な研究計画を進めています。とりわけ地球温暖化問題については、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の活動に対し、昭和63年(1988年)の設立以来、気候モデルによる地球温暖化予測結果の提供に加えて、気象研究所の研究者が評価報告書の執筆者として参加する等、積極的に貢献しています。 5 人材育成支援・技術協力について  開発途上国の気象機関の技術向上への支援は、その国の防災活動の強化につながる重要な活動であるとともに、日本国内の予報を良くしていくためにも重要です。気象庁は、途上国の国家気象機関の職員を対象に、気象業務の改善のための集団研修を国際協力機構(JICA)とともに30 年以上にわたり実施してきました。研修生の多くは現在、世界各国の気象機関において指導的な立場で活躍しています。また、WMO や各国個別の要請に応じて、気象等の観測、解析、予報に関する分野で専門家の派遣や研修員の受け入れを行っています。 第2部 最近の気象・地震・火山・地球環境の状況 1.気象災害、台風など ○平成23年(2011年)のまとめ  平成23年(2011年)は、7月下旬には、台風第6号の影響で四国地方および近畿地方で大雨となったほか、7月下旬から8月上旬にかけて停滞前線の影響で新潟県および福島県では気象庁が「平成23年7月新潟・福島豪雨」と命名した集中豪雨が発生しました。また、8月下旬から9月上旬にかけて、台風第12号により紀伊半島を中心に記録的な大雨となったほか、9月中旬から下旬にかけて、台風第15号の影響で全国各地で暴風・大雨となりました。 ○平成23年の主な気象災害 ・台風第6号による暴風・大雨  7月11日21時に南鳥島の南海上で発生した熱帯低気圧は、西へ進み、12日9時に台風第6号となりました。台風は西へ進んだ後北西に向きを変え、15日21時には沖ノ鳥島の東海上で超大型で非常に強い勢力となりました。その後、台風は北に向きを変え、17日から19日にかけて日本の南を四国沖へと北上しました。19日夜には進路を東寄りに変えて、大型で強い勢力を保ったまま19日23時頃に徳島県南部に上陸しました。その後東に進んだ台風は、20 日10 時前に和歌山県潮岬付近を通過し、進路を南東へ変え、21日には八丈島の南海上に進みました。22日には進路を再び北寄りに変え、24日21時に日本の東で温帯低気圧に変わりました。  台風第6号の接近・上陸により、四国地方から関東地方にかけての太平洋側を中心に大雨となり、降り始めからの総降水量が7月の月降水量平年値を超える記録的な大雨となったところがありました。また、西日本から北日本の太平洋沿岸では平均風速毎秒20 メートルを超える暴風となり、西日本から東日本にかけての太平洋側で猛烈なしけとなりました。今回の台風により、三重県、高知県で死者2名、奈良県で行方不明者1名となり(被害状況は、平成23年8月18日内閣府まとめによる)、家屋損壊や浸水、土砂災害、交通障害、電力障害等が発生しました。 ・平成23年7月新潟・福島豪雨  7月27日から30 日にかけて、新潟県と福島県会津を中心に大雨となりました。特に、28日から30 日にかけては、前線が朝鮮半島から北陸地方を通って関東の東にかけて停滞し、前線に向かって暖かく非常に湿った空気が流れ込み、大気の状態が不安定となって、新潟県と福島県会津を中心に「平成16年7月新潟・福島豪雨」を上回る記録的な大雨となりました。この期間の降水量は、福島県会津の多いところで700 ミリ、新潟県の多いところで600 ミリを超え、7月の月降水量平年値の2倍以上となりました。この大雨により、新潟県で死者4名・行方不明者1名、福島県で行方不明者1名となりました(被害状況は、平成23年12月28日内閣府まとめによる)また、新潟県、福島県では各地で堤防の決壊や河川のはん濫による住家の浸水・農地の冠水が発生したほか、土砂災害による住家や道路の被害も多数発生しました。その他、停電、断水が発生し、交通機関にも大きな影響が出ました。この7月27日から30 日にかけて災害をもたらした大雨について、気象庁は「平成23年7月新潟・福島豪雨」と命名しました。 ・台風第12号による暴風・大雨  8月25日9時にマリアナ諸島の西海上で発生した大型の台風第12号は、発達しながらゆっくりとした速さで北上し、29日21時には中心気圧が970 ヘクトパスカル、最大風速が25メートルとなりました。台風は30 日に小笠原諸島付近で進路を北西に変えた後、9月2日に四国地方に接近、3日10 時頃に高知県東部に上陸、18時過ぎに岡山県南部に再上陸しました。その後、4日未明に山陰沖に進み、5日15時に日本海中部で温帯低気圧に変わりました。台風が大型でさらに動きが遅かったため、長時間にわたって台風周辺の非常に湿った空気が流れ込み、西日本から北日本にかけて、山沿いを中心に広い範囲で記録的な大雨となりました。8月30 日から9 月5日までの総降水量は、紀伊半島を中心に広い範囲で1000 ミリを超え、多いところでは年降水量平年値の6割に達し、紀伊半島の一部の地域では解析雨量で2000 ミリを超えました。また、西日本の太平洋側を中心に平均風速20 メートルを超える非常に強い風が吹き、海上では波の高さが6メートルを超える大しけとなり、沿岸では高潮となりました。この台風により、和歌山県で死者52名、行方不明者5名となったのをはじめ、全国で死者78名、行方不明者16名となりました(被害状況は、平成23年12月28日内閣府まとめによる)。四国から北海道にかけての広い範囲で床上・床下浸水などの住家被害、田畑の冠水などの農林水産業への被害、鉄道の運休などの交通障害が発生しました。特に、和歌山県や奈良県では豪雨に伴う山崩れにより河道閉塞(天然ダム)が生じたため、警戒区域が設定され住民の立ち入りが規制されました。 ・台風第15号による暴風・大雨  9月13日15時に沖ノ鳥島の北東海上で発生した台風第15号は、進路を西北西に変えた後、南大東島付近で反時計回りに円を描くように進んだ後北東へ進み、20 日21時には大型で非常に強い台風となりました。台風は、速度を速めつつ四国の南海上から紀伊半島に接近した後、21日14時頃に静岡県浜松市付近に上陸し、強い勢力を保ったまま東海地方から関東地方、そして東北地方を北東に進みました。その後台風は、21日夜遅くに福島県沖に進み、22日朝に北海道の南東海上に進み、同日15時に千島近海で温帯低気圧となりました。台風が、南大東島の西海上にしばらく留まり、湿った空気が長時間にわたって本州に流れ込んだことと、上陸後も強い勢力を保ちながら北東に進んだことにより、西日本から北日本にかけての広い範囲で、暴風や記録的な大雨となりました。9月15日から9月22日の総降水量は、宮崎県美郷町神門(ミカド)で1128.0 ミリとなるなど、九州や四国の一部で1000 ミリを超え、多くの地点で総降水量が9月の降水量平年値の2倍を超えました。風については、東京都江戸川区江戸川臨海(エドガワリンカイ)で最大風速が毎秒30.5メートルとなり、統計開始以来の観測史上1位を更新するなど、各地で暴風を観測しました。また、統計期間が10 年以上の観測地点のうち、最大72時間降水量で全国1,289地点中36地点、最大風速で全国921地点中20 地点が統計開始以来の観測史上1位を更新しました。この台風により、全国で死者18名、行方不明者1名となりました(被害状況は、平成23年12月28日内閣府まとめによる)。また、沖縄地方から北海道地方の広い範囲で住家損壊、土砂災害、浸水害等が発生し、農業・林業・水産業被害や停電被害、鉄道の運休、航空機・フェリーの欠航等による交通障害が発生しました。 ○平成23年(2011年)の台風  平成23年(2011年)の台風の発生数は21個(平年25.6個)で、台風の統計を開始した昭和26年(1951年)以降では平成15年(2003年)等と並び4番目に少ない数でした。特に、10 月以降は平成22年(2010年)と並び最も少ない2個(平年7.1個)しか台風が発生しませんでした。日本への上陸は、台風第6号、第12号、第15号の3個(平年2.7個)で平年並でしたが、各地で大きな被害が発生しました。 2 天候、異常気象など ○日本の天候  平成23年(2011年)は全国的に5月までは寒気の影響を受けやすく低温となることが多かった一方、6月から11月にかけては偏西風が平年よりも北寄りに流れて高温となることが多かったため、年平均気温は沖縄・奄美を除き平年並となりました。年降水量は北・東日本太平洋側、沖縄・奄美を除いて多く、低気圧や前線の影響を受けやすかった北日本日本海側ではかなり多くなりました。平成23年7月新潟・福島豪雨や、台風第12号と台風第15号による記録的な大雨により、甚大な災害が発生しました。平成23年(2011年)の各季節、梅雨、台風の特徴は以下のとおりです。 @冬(平成22年12月〜平成23年2月)は、冬型の気圧配置が長続きした気温の低い時期と、寒気の影響が弱く気温の高い時期との対照が全国的に明瞭でした。12月終わりから1月末にかけては、日本付近に強い寒気が断続的に流れ込んだため全国的に気温が低く、アメダスを含む22地点で積雪の深さが観測史上1位を更新するなど、日本海側の広い範囲で降雪量が多くなりました。 A春は、前半は西日本、後半は北日本を中心に寒気の影響を受け、かなりの低温となった時期もあったため、平均気温は全国的に低く、特に西日本、沖縄・奄美ではかなり低くなりました。また、後半を中心に日本海を通る低気圧や前線の影響を受けることが多かったため、北・東日本日本海側では春の降水量がかなり多くなりました。 B夏の平均気温は全国的に高くなりましたが、太平洋高気圧が強まって気温がかなり高くなる時期と、太平洋高気圧が弱まって気温が低くなる時期もあるなど、気温の変動が全国的に大きい夏でした。梅雨のない北海道地方を除き、梅雨入りは東北・北陸地方以外の地方でかなり早く、梅雨明けは奄美・九州南部・九州北部・四国地方以外の地方でかなり早くなりました。7月終わりには、平成23年7月新潟・福島豪雨により、新潟県と福島県会津では記録的な大雨が降って甚大な災害が発生しました。 C秋は偏西風が平年よりも北寄りに流れて暖かい空気に覆われることが多かったため、平均気温は全国的に高く、特に東・西日本、沖縄・奄美ではかなり高くなりました。台風や低気圧などの影響により秋の降水量は全国的に多く、北日本日本海側、西日本太平洋側ではかなり多くなりました。8月終わりから9月には台風第12 号と台風第15号による記録的な大雨により甚大な災害が発生しました。秋の日照時間は、期間を通じて湿った気流の影響を受けやすかった沖縄・奄美ではかなり少なく、統計を開始した1946年以降最も少ない値となりました(平年比:79%)米国南部〜メキシコ北部では、長期にわたり異常高温(3〜 9月)、異常少雨(1〜 11月)となりました(図中I、J)。米国海洋大気庁によると、米国南部のテキサス州などで1895年以降で最も暑い夏になりました。また、メキシコ北部で11月に深刻な干ばつが発生し、約250 万人もの飲み水に影響を及ぼしました。ブラジル南東部では1 月に大雨で800 人以上(図中K)、パキスタン南部では8〜 9月に多雨(図中C)で480 人以上、フィリピンでは12月に台風第21号(図中B)の影響で1,200 人以上が死亡するなど、各地で気象災害が発生しました。インドシナ半島では雨季を通じて雨が多く、7〜 12月に洪水が発生し(図中A)、タイでは700 人以上、カンボジアでは240 人以上、ベトナムでは40 人以上が死亡しました。また、アフリカ東部では1〜 9月に干ばつが発生し(図中E)、この60 年で最悪の干ばつで1千万人以上が影響を受けました(災害の記述は、米国国際開発庁海外災害援助局とルーベンカトリック大学災害疫学研究所(ベルギー)の災害データベース(EM-DAT)や国連機関(OCHA、IRIN)、各国の政府機関の発表等に基づいています)。 ○平均気温  平成23年(2011年)の世界の年平均気温(陸域における地表付近の気温と海面水温の平均)の1981〜 2010 年平均を基準とした偏差(図の注参照)は+0.07℃(20 世紀平均を基準とした偏差は+0.44℃)で、明治24年(1891年)以降、12番目に高い値となりました。世界の年平均気温は、長期的には100 年当たり約0.68℃の割合で上昇しており、特に1990 年代半ば以降、高温となる年が頻出しています。平成23 年の日本の年平均気温の1981〜 2010 年平均を基準とした偏差は+ 0.15℃(20 世紀平均を基準とした偏差は+0.75℃)で、明治31年(1898年)以降、17番目に高い値となりました。日本の年平均気温は、長期的には100 年当たり約1.15℃の割合で上昇しており、特に1990 年代以降、高温となる年が頻出しています ○海面水温  平成23年(2011年)の世界の年平均海面水温の平年差( 昭和56年(1981年)〜平成22年(2010年)までの30 年平均値からの差) は+0.04℃で、統計を開始した明治24年(1891年)以降では、平成19年(2007年)と並んで11番目に高い値となりました。世界の年平均海面水温は、数年から数十年に及ぶ時間スケールの海洋・大気の変動や地球温暖化等の影響が重なりながら変化していますが、長期的には100 年あたり0.51℃の割合で上昇しており、特に1990 年代後半からは高温となる年が頻出しています。平成22年(2010 年)夏に発生したラニーニャ現象は、平成23年(2011年)春に終息し、太平洋赤道域の中部から東部にかけてのエルニーニョ監視海域の海面水温は、夏には基準値に近い値になりました。同海域の海面水温は、秋に再び基準値より低くなり(ラニーニャ現象の傾向)、冬にかけてその状態が続きました。  日本近海では、平成23年(2011年)の前半(1月から6月)の海面水温は、全般に平年より低い状態が続いていました。しかし、7月から8月になると平年より低い海域は縮小して、平年より高い海域がみられるようになりました。その後、9月には日本の東の海域を中心に平年より高くなり、11月には日本海、東シナ海や日本の南の海域を中心に平年より高くなるなど、9月から12月にかけての海面水温は全般に平年並か平年より高い状態となりました。 ○オホーツク海の海氷  オホーツク海の海氷域面積は、平成23年(2011年)12月から平成24年(2012年)3月までは平年並で推移しました。シーズンの最大海氷域面積は112.26万平方キロメートルで平年の96%でした。流氷の日本への接近時期は概ね平年並で、網走の流氷初日(海岸から流氷が観測された最初の日)は平年より4日早い1月17日、稚内の流氷初日は平年より14日遅い2月27日でした。また、網走の海明け(海氷の占める割合が5割以下になり船舶の航行が可能になった最初の日)は平年より9日遅い3月29日で、流氷終日(海岸から流氷が観測された最後の日)は平年より5日遅い4月16日でした。なお、釧路では流氷は観測されませんでした。オホーツク海の海氷域面積は年ごとに大きく変動していますが、最大海氷域面積は昭和46年(1971年)の統計開始以来、緩やかに減少しており、10 年当たり5.8万平方キロメートル(オホーツク海の全面積の3.7%に相当)減少しています。 3 地震活動 ○日本およびその周辺の地震活動  平成23年(2011年)に震度5弱以上を観測した地震は68回(平成22年は5回)、震度1 以上を観測した地震は9,723回(平成22年は1,313回)でした。国内で被害を伴った地震は28回(海外で発生した地震による津波の被害も含む、平成22年は11回)でした。また、日本及びその周辺で発生した地震でマグニチュード6.0以上の地震は116回(平成22年は18回)でした。主な地震活動は下図及び次ページの表のとおりです。 4 火山活動  平成23年(2011年)の日本の主な火山活動は以下のとおりです。 ○吾妻山(山形県・福島県)  大穴火口の噴気活動はやや高い状態が継続し、同火口では、夜間に明るく見える現象を観測しました。火山性地震は前半やや多い状況で、後半は少ない状況で経過し、火山性微動は5回発生しました。 ○日光白根山(群馬県・栃木県)  3月11日に発生した「東北地方太平洋沖地震」以降、日光白根山周辺では地震活動が活発な状況となっていましたが、その後、地震活動は低下しました。 ○草津白根山(群馬県・長野県)  火山性微動の発生や振幅の小さな火山性地震の一時的な増加が繰り返しありましたが、火山活動に特段の変化はありませんでした。地殻変動には特段の変化はみられませんでしたが、湯釜火口内の北壁等では引き続き熱活動がみられています。 ○焼岳(岐阜県・長野県)  3月11日に発生した「東北地方太平洋沖地震」以降、焼岳周辺では地震活動が活発な状況となっていましたが、その後、地震活動は低下しました。 ○富士山(静岡県・山梨県)  3月15日22時31分に発生した静岡県東部(富士山の南部付近)を震源とするマグニチュード6.4の地震以降、地震活動が活発な状況となっていましたが、その後、地震活動は低下してきています。 ○三宅島(東京都)  2011年には、噴火は発生しませんでした。山頂火口からの二酸化硫黄放出量は、1日当たり500 〜1,100トンと、やや多量〜多量の火山ガス放出が継続しています。 ○硫黄島(東京都)  地震活動は2011年2月末頃から比較的活発な状態が続いています。国土地理院の地殻変動観測結果では、2006年8月に始まった島全体の隆起を示す地殻変動は、2011年1月末頃から隆起速度が増加していましたが、同年12月下旬頃から隆起傾向はやや鈍化しています。また、島の南部で大きな南向きの変動がみられます。 ○福徳岡ノ場(東京都)  海上保安庁海洋情報部、第三管区海上保安本部、海上自衛隊及び気象庁による上空からの観測では、福徳岡ノ場付近の海面には火山活動によるとみられる変色水が時々確認されました。 ○阿蘇山(熊本県)  中岳第一火口では、5月15日以降ごく小規模な噴火が断続的に発生し、6月9日まで継続しました。火山性地震及び孤立型微動は少ない状態で経過しました。 ○霧島山(宮崎県・鹿児島県)  1月19日に小規模なマグマ水蒸気爆発が発生しました。1月26日には本格的なマグマ噴火が始まり、多量の火山灰や軽石を放出しました。1月27日には爆発的噴火が発生し、1月28日には火口内に溶岩が出現しているのが確認されました。その後も爆発的な噴火が繰り返され、3月1日までに13回発生しました。噴火は、2月9日から断続的となり、次第に頻度が低下し、9月8日以降発生していません。詳しくは「トピックス」をご覧ください。 ○桜島(鹿児島県)  2011年には爆発的噴火が996回発生し、大きな噴石が3合目まで達する等活発な噴火活動が継続しました。また、火砕流は、7回発生しました。詳しくは「トピックス」をご覧ください。 ○薩摩硫黄島(鹿児島県)  噴煙活動はやや高い状態が続いていますが、火山性地震は少ない状態で経過しました。 ○口永良部島(鹿児島県)  火山性地震は、少ない状態が続いていましたが、11月30日頃からやや多い状態となり、12月11日からはさらに増加しました。12月26日以降、火山性地震は減少しましたが、その後もやや多い状態が続きました。 ○諏訪之瀬島(鹿児島県)  御おたけ岳火口では、爆発的噴火を含む噴火が断続的に発生し、噴火活動は活発な状態で経過しました。火山性地震及び火山性微動は消長を繰り返しながらやや多い状態で経過していましたが9月中旬以降は少ない状態で経過しました。 5 温室効果ガス、黄砂、紫外線など  気象庁は二酸化炭素等温室効果ガスの観測を行うとともに、世界気象機関(WMO) 温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)を運営し、世界中で観測された温室効果ガスの観測データを収集・解析しています。地球温暖化のスピードは、大気に含まれる温室効果ガスの濃度によって左右されます。また、同じ濃度でも温室効果ガスの種類によってその効果は異なります。このため、温室効果ガスの削減策等、適切な対策を取るためには地球温暖化の原因となる様々な温室効果ガスを観測して、その収支を正確に把握し循環メカニズムを解明するための解析・研究を行うことが不可欠となっています。 ○大気中の二酸化炭素  二酸化炭素は、各種の温室効果ガスの中で地球温暖化に最も大きな影響を与えます。大気中の二酸化炭素の濃度は、産業革命(18世紀後半)以前の過去約2000年間は280ppm 程度でしたが、その後の産業活動などによる化石燃料の消費や森林破壊などの人間活動に伴って、その濃度は世界的に増加の一途をたどっています。年々の増加量には変動があるものの、世界平均の二酸化炭素濃度は平成12年(2000年)から平成22年(2010年)までの10年間で1年あたり約2.0ppm 増加しています。平成22年(2010年)の世界平均の二酸化炭素濃度は389.0ppmでした。緯度帯別の二酸化炭素平均濃度の経年変化を見ると、相対的に北半球の中・高緯度帯では大きな季節変動を伴い年平均濃度が高く、南半球では季節変動が小さく年平均濃度も低くなっています。これは、二酸化炭素の吸収源(森林など)・放出源(化石燃料消費など)ともに北半球に多く存在するためです。冷媒や溶剤として20世紀中盤に大量に生産・消費されたハロカーボン類は強い温室効果を持っています。そのうちクロロフルオロカーボン類(CFCs、いわゆるフロン)はオゾン層破壊の性質も合わせ持っており、国際条約(「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」)により規制されていて現在は生産されていません。綾里(岩手県)をはじめ世界各地の観測結果からは、規制の成果が見られ、大気中の濃度は近年ほぼ横ばいかゆるやかに減少しています。大気中のフロン濃度の低下は地球温暖化を抑制する効果もあります。 ○海洋中の二酸化炭素  海洋は、人間活動により放出された二酸化炭素の約3分の1を吸収していると見積もられており、地球温暖化の進行を緩和しています。気象庁の海洋気象観測船「凌風丸」と「啓風丸」は、昭和59年(1984年)から25年以上にわたって北西太平洋で表面海水中と大気中の二酸化炭素濃度を観測しています。東経137度線に沿った日本の南から赤道域までの海域においては、毎年冬季(1〜 2月)に表面海水中の二酸化炭素濃度が大気中の濃度より低いことが観測されており、海洋が大気中の二酸化炭素を吸収しています。また、北緯7度から33度で平均した二酸化炭素濃度は、昭和59年(1984年) から平成23年(2011年)までの27年間に、大気中で1年に1.8ppm、表面海水中で1年に1.6ppmの割合で増加しています。 ○黄砂  気象庁では、国内61か所(平成24年4月1日現在)の気象台や測候所で、職員が目視により大気現象として黄砂を観測しています。統計を開始した昭和42年(1967年)から平成23年(2011年)までに黄砂観測日数が最も多かったのは、平成14年(2002年)の47日です。平成23年(2011年)の黄砂観測日数は14日(平年は24.2日)でした。平成12年(2000年)以降は、黄砂観測日数が30日を超える年が多くなっていますが、年々変動が大きく、長期的な傾向は必ずしも明瞭ではありません。黄砂の日本への飛来は例年2月〜5月に集中しています。この時期は、@黄砂発生源となっている地域で、砂を覆う積雪がなくなる一方、まだ植物が芽吹いていないため乾燥した裸地となっており、砂じんが舞い上がりやすい状態であること、A砂を舞い上げ、運ぶ強風の原因となる低気圧が通ることが多い季節であることから黄砂が多く飛来します。この時期以外にも、黄砂発生源が乾燥していて上空の風が日本へ向いて吹いているなどの条件が揃えば日本に黄砂が飛来します。平成23年は5月に2度(5月1日〜 5日、13日〜 14日)広範囲で黄砂現象が観測されたため、5月の黄砂観測のべ日数が過去最多となりました。 ○オゾン層・紫外線  成層圏のオゾン量は1980年代を中心に札幌、つくばで減少が進みましたが、1990年代半ば以降、那覇も含め緩やかな増加傾向がみられます。南極域では、1980年代初め頃からオゾンホールが観測されています。平成23年(2011年)のオゾンホールは、8月に発生した後、9月12日にこの年の最大面積となる2,550万平方キロメートル(南極大陸の面積の約1.8倍)にまで広がり、12月に入って消滅しました。大規模なオゾンホールの発生は、毎年継続しています。国内の紫外線量は、札幌とつくばでは紫外線観測を開始した1990年代はじめから緩やかな増加傾向がみられます。一般にオゾン量が減少すると地表に到達する紫外線が増加しますが、この期間、国内ではオゾン量の減少は観測されていません。紫外線を散乱・吸収する大気中の微粒子の減少や天候の変化(雲量の減少)などが紫外線量の増加の原因と考えられています。 用語集 C CLIPS(Climate Information and Prediction Services)  気候情報・予測サービス計画。世界気象機関(WMO)の世界気候計画(WCP)の事業計画の一つで、過去の気候資料や気候実況監視情報、気候予測情報を社会・経済の各分野で有効利用し、社会・経済・環境保護等の活動に資することを目指しているもの。 COSMETS(Computer System for Meteorological Services)  気象資料総合処理システム。国内外の気象などの観測データを集信し、大気の状態を解析・予測し、その結果を国内外に配信する総合的な電子計算機システム。気象資料の編集・中継などの通信処理、端末でのデータ利用のための業務処理をするための気象情報伝送処理システム(アデス)と、解析・予測をするためのスーパーコンピュータシステムから構成されている。 E EPOS(Earthquake Phenomena Observation System)  地震活動等総合監視システム。気象庁本庁及び大阪管区気象台において日本全国における地震や津波の観測データをリアルタイムで監視し、緊急地震速報、津波警報・注意報や地震・津波に関する情報等を防災機関、報道機関等に迅速に提供するシステム。気象庁本庁では、東海・南関東地域の地殻変動観測データの監視も行っている。 G GAW(Global Atmosphere Watch)  全球大気監視。温室効果ガス、オゾン層、エーロゾル、酸性雨など地球環境に関わる大気成分について、地球規模で高精度に観測し、科学的な情報を提供することを目的に、世界気象機関(WMO)が平成元年(1989年)に開始した国際観測計画。 GCOS(Global Climate Observing System)  全球気候観測システム。気候系の監視、気候変動の検出や影響評価等の実施に必要な気候関連データや情報を収集し、幅広く利用できるようにするため、様々な観測システムやネットワークを国際的に調整するシステムとして1992年に設立された。世界気象機関(WMO)、国連教育科学文化機関(UNESCO)政府間海洋学委員会(IOC)、国連環境計画(UNEP)、国際科学会議(ICSU)が共同支援機関である。 GDPFS(Global Data Processing and Forecasting System)  全球データ処理・予報システム。世界気象機関(WMO)の世界気象監視(WWW)計画の下で、WMO加盟国の利用に供するために気象の解析、予報資料を作成する体制。 GEOSS(Global Earth Observation System of Systems)  全球地球観測システム。50以上の国並びに欧州委員会・世界気象機関(WMO)・国連教育科学文化機関及び国連環境計画等の40以上の国際機関が参加する、人工衛星観測と地上気象観測を組み合わせた複数の観測システムからなる地球観測のためのシステム。気象・気候分野のみならず、生物多様性の保護、持続可能な土地利用管理、エネルギー資源開発等といった成果をも目的としている。 GOOS(Global Ocean Observing System)  全球海洋観測システム。全世界の海洋の環境や変動を監視してその予測を可能にするための長期的で系統的な海洋観測システムを構築する国際的な計画。国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間海洋学委員会(IOC)、世界気象機関(WMO)などが共同で推進している。 GOS(Global Observing System)  全球観測システム。世界気象機関(WMO)の世界気象監視(WWW)計画の下で展開されている地球規模の観測網。地上気象観測所、高層気象観測所、船舶、ブイ、航空機、気象衛星などから構成される。 GPS(Global Positioning System)  全地球測位システム。人工衛星を用いて位置を決定するシステムで、一般にはカーナビゲーションシステムへの利用でなじみ深い。高い精度での位置決定が可能なGPSを用いることにより、地震あるいは火山現象などに伴う地殻変動の観測やラジオゾンデによる高層観測に利用することが可能である。また、最近では、水蒸気により電波の遅延が生じることを利用して、このシステムから大気中の水蒸気分布を推定することも行われている。 GPV (Grid Point Value:格子点値)  数値予報の計算結果を、大気中の仮想的な東西・南北・高さで表した座標(立体的な格子)に割り当てた、気温、気圧、風等の大気状態(物理量)。コンピュータで気象状態の画像表示や応用処理に適したデータの形態である。数値予報の計算もこのような立体的な格子上で物理量の予測を行う。 GTS(Global Telecommunication System)  全球通信システム。世界気象機関(WMO)の世界気象監視(WWW)計画の下で、気象資料の国際的な交換、配信を行うために構築された全世界的な気象通信ネットワーク。 I ICAO(International Civil Aviation Organization)  国際民間航空機関。昭和19年(1944年)の国際民間航空条約(シカゴ条約)に基づいて設立された、民間航空に関する国際連合の専門機関の一つ。 ICG/PTWS (Intergovernmental Coordination Group for the Pacific Tsunami Warning and Mitigation System)  太平洋津波警戒・減災システムのための政府間調整グループ。昭和35年のチリ地震により発生した津波が太平洋全域に甚大な被害を与えたことを契機として、太平洋において発生する地震や津波に関する情報を各国が交換・共有することにより太平洋諸国の津波防災体制を強化することを目的として設立された、IOC(次項参照)の下部組織のひとつ。昭和40年に太平洋津波警報組織国際調整グループ(ICG/ITSU)として設立され、平成17年10月に現在の名称へ変更された。太平洋周辺の45の国又は地域が参加している(平成23年10月現在のIOC資料による)。 IOC(Intergovernmental Oceanographic Commission)  政府間海洋学委員会。昭和35年(1960年)、国連教育科学文化機関(ユネスコ)内に設立された機関。海洋と沿岸域の性質と資源に関する知識を深め、その知識を加盟国における海洋環境の管理と持続可能な開発、保護及び政策決定プロセスに適用するために、国際協力を推進し、関連の研究やサービス及び能力開発のプログラムを調整している。 IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)  気候変動に関する政府間パネル。世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により、昭和63年(1988年)に設立された。各国の科学者や専門家で組織され、気候変動の(1)自然科学的根拠、(2)脆弱性・影響・適応策、(3)緩和策の評価を行い、報告書をとりまとめている。その報告書の内容は、地球温暖化に関する条約交渉の際などに、共通認識の情報として取り扱われている。 L LIDEN(Lightning Detection Network System)  雷監視システム。雷により発生する電波を受信し、その位置、発生時刻等の情報を作成するシステム。 N NEAR-GOOS(North-East Asian Regional Global Ocean Observing System)  北東アジア地域海洋観測システム。全球海洋観測システム(GOOS)の北東アジア地域プロジェクトであり、参加各国が行った海洋観測のデータなどを即時的に国際交換するためのデータベースを運用している。日本、中国、韓国、ロシアが参加している。 W WINDAS(Wind Profiler Network and Data Acquisition System)  局地的気象監視システム。全国33か所に設置した無人のウィンドプロファイラ観測局とこれを制御しデータを自動的に収集する中央監視局で構成するシステム。 WMO(World Meteorological Organization)  世界気象機関。世界の気象事業の調和的発展を目標とした国際計画の推進・調整を行うため、昭和25年(1950年)に世界気象機関条約に基づいて設立され、翌昭和26年(1951年)に国際連合の専門機関となった。平成23年(2011年)9月30日現在、183か国と6領域が構成員として加盟している(日本は昭和28年(1953年)に加盟)。事務局本部はスイスのジュネーブに置かれている。 WWW(World Weather Watch(Programme))  世界気象監視計画。世界気象機関(WMO)の中核をなす計画であり、世界各国において気象業務の遂行のため必要となる気象データ・プロダクトを的確に入手できることを目的とする。全世界的な気象観測網(全球観測システム:GOS)、通信網(全球通信システム:GTS)、データ処理システム(全球データ処理・予報システム:GDPFS)の整備強化がこの計画の根幹となっている。 ア アジア太平洋気候センター  アジア太平洋地域の各国気象機関に対し、基盤的な気候情報の提供や気候予測に関する技術移転を行うことを目的として、平成14年(2002年)4月に気象庁内に設置されたセンター。これらの活動を通じて、同地域内において異常気象による災害の軽減や、農業をはじめとする各種産業の振興に、気候情報が有効に利用されることを目指している。 アデス  気象庁本庁及び大阪管区気象台に設置された気象情報伝送処理システム。気象資料の編集・中継などの通信処理、端末でのデータ利用のための業務処理を行っている。アメダス(AMeDAS:Automated Meteorological Data Acquisition System)全国約1,300か所に設置した無人の観測所で、気温や降水量などを自動的に観測するシステム。アメダスはこのシステム(地域気象観測システム)の英語名の頭字語である。 アルゴ計画  世界気象機関(WMO)及び国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間海洋学委員会(IOC)などの協力の下、国際的な枠組みにより、世界の海洋を常時観測するシステムとして中層フロート(チの項を参照)を全世界の海洋に約3,000台投入して、気候に大きく影響する海洋の状況をリアルタイムに把握することを目的として実施されている。アルゴとは、ギリシャ神話に出てくる船の名前(Argo)にちなんだもの。 アンサンブル手法  初期値に含まれる誤差や数値予報モデルが完全ではないことにより生じる、予測結果の不確実性に関する情報を、多数の予測計算から抽出する方法。初期値の誤差を考慮する手法を「初期値アンサンブル手法」、数値予報モデルの不完全性を考慮する手法を「モデルアンサンブル手法」と呼ぶ。気象庁では初期値アンサンブル手法とモデルアンサンブル手法の両方を用いている。 イ 異常潮位  高潮や津波とは異なり、比較的長期間(1週間から3か月程度)継続して、潮位が平常より数十センチメートル程度高く(もしくは低く)なる現象。原因は、気圧配置・海水温・海流の変動など多岐にわたり、これらが複合して発生すると考えられている。 ウ ウィンドシアー(wind shear)  大気中の2地点で風の強さや向きが異なる状態のことで、風の空間的な急変域をいう。航空機の飛行に大きな影響を与える場合があり、航空路や空港での観測や予測が重要とされている。 ウィンドプロファイラ(wind profiler)  電波を地上から上空に向けて発射し、主に乱流に起因する空気屈折率の不均一によって後方に散乱された電波を受信し、処理することにより、観測点上空の風向・風速を測定するレーダー。 エ エーロゾル(aerosol)  大気中に浮遊している固体あるいは液体の微粒子。地表や海洋から舞い上がるものや、工業活動によって排出される煤煙などがある。太陽光の吸収・散乱や雲の生成などに影響する。 エルニーニョ現象(El Nin〜o)  南米のペルー沖から中部太平洋赤道域にかけて、2〜7年おきに海面水温が平年に比べて1〜2℃、時には2〜5℃も高くなり、半年〜1年半程度継続する現象。これに伴って世界各地で異常気象が発生する可能性が高い。 オ オゾンホール(ozone hole)  フロンガスなどのオゾン層破壊物質の排出により、1980年代初めから南極域で春季にあたる9、10月頃を中心に成層圏のオゾン量の顕著な減少が観測されるようになり、この現象は、南極大陸を中心にオゾン層に穴のあいたような状態となることからオゾンホールと呼ばれている。 温室効果ガス  地表面から放出される赤外線を吸収して大気を暖める効果(温室効果)をもつ気体(ガス)の総称。水蒸気、二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素などがある。このうち、水蒸気を除くガスは人間活動に伴って増加しており、地球温暖化の原因物質として知られている。 海溝型地震  太平洋側の千島海溝や日本海溝、南海トラフ等では、海洋のプレートが陸のプレートの下に沈み込んでいる。陸のプレートが海洋プレートに引きずり込まれることにより、プレート境界には徐々にひずみが蓄積していく。これが限界に達すると、プレート境界が急激にずれて地震が発生する。これら海溝に近いところで発生する地震を海溝型地震と呼ぶ。 カ 解析雨量  アメダスや自治体等の雨量計による正確な雨量観測と気象レーダーによる広範囲にわたる面的な雨の分布・強さの観測とのそれぞれの長所を組み合わせて、より精度が高い、面的な雨量を1キロメートル格子で解析したもの。 海流  海洋のほぼ決まった場所をほぼ定常的に流れる大規模な流れ。代表的なものに日本の南岸を流れる黒潮や北大西洋のメキシコ湾流がある。 火砕流  高温の火山灰や岩塊や気体が一体となって急速に山体を流下する現象。火砕流の速度は時速数十キロメートルからときには百キロメートル以上に達し、温度は数百℃ に達することもある。大規模な場合は地形の起伏に関わらず広範に広がり、埋没・破壊・焼失などの被害を引き起す。火砕流が発生してからの避難は困難なため、事前の避難が必要である。 火山ガス  火山活動に伴い火口等から噴出する気体。噴火前になると、マグマの上昇に伴い噴出量の増加等が観測されることがある。火山ガスには人体に有害なものがあるが、それらは空気より重いため凹地に溜まりやすく、中には無色無臭のものもあり危険に気づきにくいこともあるので注意が必要である。高濃度の火山ガスを吸い込むと死に至ることもある。 火山性微動  マグマの活動に起因する連続した地面の震動であり、火山活動が活発化した時や火山が噴火した際に多く観測される。 火山噴火予知連絡会  火山噴火予知計画(昭和48年文部省測地学審議会(現文部科学省科学技術・学術審議会測地学分科会)建議)により、関係機関の研究及び業務に関する成果及び情報の交換、火山現象についての総合的判断を行うこと等を目的として、昭和49年に設置された。この連絡会は、学識経験者及び関係機関の専門家から構成されており、気象庁が事務局を担当している。 火山礫(れき)  噴火によって噴出される噴石や火山灰などの固形状の物質は大きさによって分類されており、そのうちの一つ。直径が2〜 64ミリメートルのものを指す。なお、直径が64ミリメートルより大きいものを「火山岩塊」、2ミリメートルより小さいものを「火山灰」と呼んでいる。 ガストフロント  積雲や積乱雲から吹き出した冷気の先端と周囲の空気との境界を指し、前線状の構造を持つ。降水域から周囲に広がることが多く、数10キロメートルあるいはそれ以上離れた地点まで進行する場合がある。地上では、突風と風向の急変、気温の急下降と気圧の急上昇が観測される。 活火山  火山噴火予知連絡会では、平成15年(2003年)に活火山を「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山」と定義した。現在、日本には110の活火山がある。 キ 気候モデル  気候を形成する大気、海洋、陸面などの諸因子を数値モデル化し(それぞれ大気大循環モデル、海洋大循環モデル、陸面モデルという。)、これらを組み合わせコンピュータで計算して気候を予測する数値予報モデル。 緊急地震速報  地震波には、比較的早く到達するP波(初期微動)と、遅れて到着し主要な破壊現象を引き起こすS 波(主要動)がある。緊急地震速報とは、震源近傍の観測点のP波の観測データを処理することにより、震源からある程度離れた地域においてS波が到達する前に、地震の発生、震源の速報、主要動の到達時刻、その予測される震度などについて被害の軽減・防止を目的として可能な限り即時的に発表する情報のこと。 ク 空振  爆発により発生する空気の振動現象。火山の噴火、火砕流の流下などに伴い発生する。 クロロフルオロカーボン類(chlorofluorocarbons)  塩素、フッ素、炭素からなる化合物で、オゾン破壊の程度の高い物質。代表的なものとしてCFC-11、CFC-12などがある。フロンともいう。 コ 黄砂  アジア域の砂漠地帯(ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠)や黄土高原などから舞い上げられた砂塵が、上空の強い風によって東方へ輸送され、徐々に降下する現象。日本における黄砂現象は、春先から初夏にかけて観測されることが多く、空が黄褐色に煙ることにより、一般にもよく知られた現象である。現象が著しいときは、視程の悪化により交通機関へ影響を与える場合がある。 シ 自己浮上式海底地震計  海底に設置する地震計で、記録装置とともに船舶などから投下し海底に沈めて、一定期間の観測終了後に海面上に浮上させ回収する方式のもの。データを記録できる期間は数か月程度で、継続的な監視のための常時観測には向かないが、ケーブル式海底地震計より安価で、機動的な調査のための観測に用いられる。 地震計 地震動を計測する機器。複数の観測点における、地震波が到達した時刻や地震波の振幅などから、地震の発生場所、深さ、規模(マグニチュード)が推定できる。 地震動  地震波が地表に到達したときの地面の揺れ。 地震波  地下で生じる岩盤の破壊は、ある面(断層)を境に互いがずれるように起こる。これを断層運動といい、それに伴い地震波が生じる。地震波は、地球の内部を伝わる縦波(P波)と横波(S波)、地球の表面に沿って伝わる波(表面波)に大別できる。 地震防災対策強化地域判定会  地震防災対策強化地域*に係る大規模な地震**の発生のおそれの有無につき判定するために組織され、学識経験者(現在は6名)から構成される。気象庁は、東海地域の観測データに基準以上の異常が現れた場合、同会を開催し、委員の意見を踏まえ、「東海地震注意情報」を発表する。さらに異常な観測データが前兆すべりによるものと判定され、東海地震の発生のおそれがあると認めた場合に、気象庁長官はその旨を内閣総理大臣に報告する。報告を受けた内閣総理大臣は閣議に諮った後「警戒宣言」を発令する。(東海地震に関連する情報発表の流れについては121ページの図参照)*:大規模地震対策特別措置法の規定に基づき内閣総理大臣が指定する。**:現在は東海地震を対象としている。 震源  断層運動の際に、岩石の破壊(ずれ)が始まり地震波を発生させた最初の地点。震源域は、断層運動により地震波を発生させた領域全体を指し、断層運動によって生じた岩石の破壊面とほぼ同じである。震源域の長さ(差し渡し)は、マグニチュード7の地震で数十キロメートル程度、マグニチュード8では100キロメートルを超えることがある。 震度  地震動の強さを表す尺度であり、地表での揺れの程度を意味する。震度は揺れの強い方から「7」、「6強」、「6弱」、「5強」、「5弱」、「4」、「3」、「2」、「1」、「0」の10段階の階級で表現する。一般に、地震の震源域に近い場所ほど震度は大きく、またマグニチュードが大きい地震のときほど、各地の震度は大きくなる。 震度計  地震動を計測し、観測地点における震度(計測震度)を自動的に算出する機器。計測震度の算出には、計測した地震動の加速度の振幅や周期等を用いる。 ス スーパーコンピュータシステム  数値予報モデル等による解析・予測および静止気象衛星(ひまわり)に代表される衛星データ処理に用いるスーパーコンピュータを中核としたシステム。 水蒸気爆発  マグマから伝わった熱により火山体内の地下水が加熱され生じた高圧の水蒸気によって起こる噴火である。 数値予報  物理の法則に基づき、将来の気温、気圧、風などの大気や海洋の状態を数値として予測する技術。この計算には、膨大な演算処理が必要であるため、スーパーコンピュータが使われる。計算に用いられるプログラムを数値予報モデルと呼ぶ。 セ 静止気象衛星  赤道上空約35,800キロメートルの高さにあって、地球の自転と同一周期で地球を周回しながら、常に地球上の同じ場所の気象観測を行う衛星。我が国の「ひまわり」のほか、米国のGOES、欧州のMETEOSAT などが運用されている。 静止地球環境観測衛星(Himawari)  ひまわり7号の後継となる静止気象衛星で、「ひまわり」8号及び9号を指す。従来の「ひまわり」という和名の愛称を受け継ぎ、8号及び9号から英名も「Himawari-8」「Himawari-9」とした。「ひまわり」8号及び9号の気象観測機能は、「ひまわり」6号及び7号と比べ、画像分解能が向上、観測間隔が短縮、画像の種類が増加し、防災のための監視機能を強化すると共に、気候変動や地球環境の監視機能も強化する。8号は平成26年(2014年)に、9号は平成28年(2016年)に打ち上げ、2機あわせて14年間の観測を行う予定。 成層圏  対流圏と中間圏の間にある大気圏。昭和36年(1961年)に世界気象機関(WMO)は、「対流圏界面(高さ6〜18キロメートル)と成層圏界面(50〜55キロメートル)との間にあり、一般に気温が高さとともに高くなる領域」と定義した。 世界気象機関  →WMO( World Meteorological Organization)参照。 前兆すべり 地震は、まずゆっくりとしたすべりで始まり、やがて急激な断層運動となり、地震発生に至ると考えられている。この地震発生の前段階における断層のゆっくりした動きを前兆すべり(プレスリップ)と呼ぶ。 タ 台風  北西太平洋または南シナ海に存在する熱帯低気圧のうち、最大風速がおよそ毎秒17メートル以上のもの。 ダウンバースト  積雲や積乱雲から生じる強い下降気流を指し、地面に衝突し周囲に吹き出す突風を生じる。地上では、発散性の突風のほか強雨・雹とともに露点温度の下降を伴うことがある。被害域は円または楕円状となることが多い。また、強い低層ウィンドシアーを起こす現象の一つであり、航空機の離着陸に大きな影響を与える。周囲への吹き出しが4キロメートル未満のものをマイクロバースト、4キロメートル以上のものをマクロバーストとも呼ぶ。 高潮  台風や発達した低気圧などに伴う気圧降下による海面の吸い上げ効果と風による海水の吹き寄せ効果のため、海面が異常に上昇する現象。 竜巻  積雲や積乱雲に伴って発生する鉛直軸を持つ激しい渦巻きで、漏斗状または柱状の雲や、陸上では巻き上がる砂塵、海上では水柱を伴うことがある。地上では、収束性や回転性を持つ突風や気圧降下が観測され、被害域は帯状・線状となることが多い。 チ 中層フロート(アルゴフロート)  海面から深さ2,000メートルまでの間を自動的に浮き沈みしながら水温・塩分を観測し、そのデータを人工衛星経由にて通報する観測機器。アルゴ計画(アの項を参照)において主要な観測機器として用いられている。中層フロートから通報されたデータは、直ちに気象データ交換のための全球通信システム(GTS)を通じて国際的に交換され、海水温予測やエルニーニョ現象の監視・予測などの気象・海洋業務に利用されている。 潮位  基準面から測った海面の高さで、波浪など短周期の変動を除去したもの。 ツ 津波  海底下の浅いところで大きな地震が起きると、海底が持ち上がったり下がったりする。その結果、周辺の広い範囲にある海水全体が短時間に急激に持ち上がったり下がったりし、それにより発生した海面の変動が波として周囲に広がっていく現象。津波が陸地に近づき水深が浅くなると、速度は遅くなるとともに、津波の高さは急速に高くなる。 津波地震早期検知網  津波の発生の有無を即座に判定するための地震観測網。各観測点からの地震波形データは本庁、各管区気象台および沖縄気象台に伝送され、地震の位置・規模を迅速に推定することにより津波の有無の判定を行っている。 テ データ同化技術  気象台などが行う地上気象観測や高層気象観測のように、ある決まった時刻に行われる観測に加えて、衛星観測のように特に観測時刻が定まっていない観測など、様々な観測データを数値予報の「初期値」(予測計算を開始する時刻の気温や風速などの大気の状態を表す物理的な数値)として活用するための手法。 ト 東海地震  過去の大規模な地震の発生間隔などから、駿河湾から静岡県の内陸部のフィリピン海プレートと陸のプレートの境界を震源域として、いつ発生してもおかしくないと考えられているマグニチュード8クラスの海溝型地震で、現在日本で唯一、防災対策に結びつけられる短期直前予知の可能性がある地震。 東南海地震及び南海地震  過去の大規模な地震の発生間隔などから、紀伊半島沖から四国沖付近のフィリピン海プレートと陸のプレートの境界を震源域として、今世紀前半にも発生する可能性が高いとされるマグニチュード8を超える海溝型地震。 ネ 熱帯低気圧  熱帯又は亜熱帯地方に発生する低気圧のうち、最大風速がおよそ毎秒17メートル未満で台風に満たないもの。台風も含めて熱帯、亜熱帯地方に発生する低気圧の総称として用いることもある。 ハ ハザードマップ(hazard map)  ある災害に対する危険な地区が記入されている地図。火山噴火、地すべり、山崩れ、洪水、高潮、土石流、なだれなどの現象に対して、それぞれ作成されている。 波浪  海面の波のうち、風によって引き起こされるものの総称。その場所で吹いている風によって起った「風浪」と、他の場所で風によって生じた波がその場所まで伝わって来た「うねり」がある。 ヒ ひずみ計  地下の岩盤の伸び・縮みを非常に高感度で観測する装置。気象庁では、東海地震の短期的な前兆と考えられる地殻変動を捉えることを目的として、地下数百メートル程度の深さに円筒形のセンサーを埋設し、周囲の岩盤から受ける力によって変形する様子を極めて高い精度で検出し、監視している。センサーには、変形による体積の変化を測定する体積ひずみ計と、水平面内の方位ごとの変形の量も測定できる多成分ひずみ計がある。 非静力学モデル  低気圧や前線などの気象現象を予測するための数値予報モデルでは、大気の鉛直方向の運動を水平の気流の流れから間接的に求めているが、メソモデル(メの項を参照)が扱う気象現象では鉛直方向の大気の運動が相対的に大きくなってくる。このため、鉛直の大気の運動(上昇気流・下降気流)を直接計算する必要があり、この計算を取り入れた数値予報モデルを「非静力学モデル」という。 ヒートアイランド(heat island)  人工的な熱の排出や、人工的な地表面及び建築物の増加により、都市の気温が周囲よりも高い状態になる現象。等温線が都市を丸く取り囲んで、気温分布が島のような形になることから、このように呼ばれる。 フ 藤田スケール  藤田スケールとは、竜巻やダウンバーストなどの風速を、建物などの被害状況から簡便に推定するために、シカゴ大学の藤田哲也により昭和46年(1971年)に考案された風速の尺度。竜巻やダウンバーストなどは現象が局地的なため、風速計で風速を観測できることがほとんどないことから、このような現象における強い風を推測する尺度として世界的に用いられている。藤田スケールは「Fスケール」とも呼ばれ、F0からF5の6段階に区分されている。過去に日本で発生した竜巻のうちで最もFスケールの大きかったものはF3。 プレート  地球表面を覆う厚さ数10キロメートルから100キロメートル程度の固い岩石の層。地球表面は大小合わせて十数枚のプレートで覆われており、日本周辺は、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレート、ユーラシアプレートの4枚のプレートが接する境界に位置している。 プレートテクトニクス(plate tectonics)  地震活動、火山活動、地殻変動などの地球表面の地学現象を、地球表面を覆っている複数のプレートの相対的な運動から生じるものとして統一的に説明・解明する学説。 噴火警戒レベル  火山の噴火時等にとるべき防災対応を踏まえ、火山活動の状況を5段階に区分したもので、噴火警報等で発表する。平成19年12月1日から導入し、平成24年4月現在29火山で運用している。 噴火警報等  火山現象に関する警報及び予報。噴火警報は噴火に伴って生命に危険のおよぶ火山現象の発生が予想される場合に発表される。対象地域(警戒が必要な範囲)に居住地域が含まれる場合は「噴火警報(居住地域)」、含まれない場合は「噴火警報(火口周辺)」として発表する。 噴石  噴火に伴って火口から噴出する石は、その大きさや形状等により「火山岩塊」、「火山れき」、「火山弾」等に区分される。気象庁では、防災情報で住民等に伝える際には、これらを総称して「噴石」という用語を用いている。噴石は、時には火口から数キロメートル程度まで飛散することがあり、落下の衝撃で人が死傷したり、家屋・車・道路などが被害を受けることがある。 マ マグニチュード(magnitude)  地震(断層運動)の規模の尺度。一般にMという記号で表され、観測された地震波をもとに算出される。Mの値が1大きくなると地震のエネルギーは約30倍になる。 ミ 民間気象業務支援センター  気象庁は、予報業務許可事業者その他民間における気象業務の健全な発達を支援し及び産業、交通その他の社会活動における気象情報の利用促進を図るため、「民間気象業務支援センター」を指定できることになっている。平成24年4月1日現在、(一財)気象業務支援センターが気象庁長官よりその指定を受けている。 メ メソモデル(メソ数値予報モデル、meso-scale numerical weather prediction model)  低気圧や梅雨前線などの大規模な現象に伴い、大雨などをもたらす数十キロメートル程度の空間規模の気象現象(メソ気象現象)の予測を目的とした、水平分解能が数キロメートル〜10キロメートルの数値予報モデル。 ユ 有害紫外線  紫外線の中でも特に、波長280〜315ナノメートル(注)の紫外線(B領域紫外線、UV-B)は、オゾンによる吸収が大きいことからオゾン層の破壊の影響を最も強く受け、かつ、生物にとって有害であることから、一般に有害紫外線と呼ばれている。オゾン層破壊に伴い、地上に到達する有害紫外線量の増加による皮膚がん、白内障など健康被害の増加が懸念されている。注:1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1(10億分の1メートル) ヨ 余震  比較的大きな地震(本震)が発生した後、その近くで続発するより小さな地震。震源が浅い大きな地震は、ほとんどの場合、余震を伴う。余震の数は本震直後に多く、時間とともに次第に少なくなる。大きな余震による揺れは、場所によっては本震の揺れと同じ程度になることがある。壊れかけた家や崖などに注意する必要がある。 4次元変分法  数値予報モデルが短時間(例えば3時間程度)に予測する、風、気温、降水量などの様々な物理量と、地上の様々な場所や時刻に実際に観測される物理量との差が最小になるようにするデータ同化技術。空間(3次元)の観測値の分布に加えて、時間的な分布も考慮されることから4次元と称される。 ラ ライダー (lidar : Light Detection and Ranging)、ドップラーライダー  レーザー光の短いパルスを大気中に発射し、雲、エーロゾル、大気分子からの散乱光を受信することによりそれらの濃度の高度分布を遠隔測定する装置のことをいう。レーザーレーダーとも呼ばれる。また、ドップラー効果を利用して上空の風の情報を得る機能を備えた装置をドップラーライダーという。 ラジオゾンデ(radiosonde)  センサーと無線発信器を一体とした気象測器のこと。水素又はヘリウムを詰めた気球に吊して上空に飛揚し、気圧・気温・湿度・風など大気の状態の測定に使用する。 ラニーニャ現象(La Nin〜a)  エルニーニョ現象(エの項を参照)とは逆に、南米のペルー沖から中部太平洋赤道域にかけて海面水温が平年より低くなり、半年〜1年半程度継続する現象。これに伴って世界各地で異常気象が発生する可能性が高い。 レ レーダー(radar:Radio Detection and Ranging)、ドップラーレーダー  パルス状の電波を大気中に発射し、雨粒や雪からの反射波を受信することにより降水の水平分布や高度などを遠隔測定する装置のことをいう。また、降水の分布や強さなどの観測に加え、電波のドップラー効果を利用して上空の風の情報を得る機能を備えたレーダーをドップラーレーダーという。