予報が難しい現象について (台風による暴風と大雨、高潮)

 正確な予測が困難な気象現象で、社会的影響のあった事例等について、予測の難しさなど、予測技術の現状に関する解説を掲載しています。

台風による暴風と大雨、高潮について

【台風の予報に関わる解説】

台風には個性がある

 台風の一般的な構造については、気象庁ホームページの「台風について」に解説があります。この解説にある通り、台風に伴う雲域や風の分布の基本的な構造は共通していますが、台風一つ一つに個性があり、その大きさや強さ・進路・雨雲や風の分布やその推移は台風によって異なっています。例えば、「台風について」の「台風に伴う風の特性」にある通り、標準的な台風では中心付近が最も風の強い領域となります。しかし、中心付近よりもある程度離れたところで、気圧の傾きが大きくなり、風が最も強くなる台風も存在します。
 このような違いが生じる主な要因として、台風が発生し移動する周辺の大気や海洋などの環境がそれぞれ異なることが考えられます。

台風の進路・強度予報の誤差について

 現在、気象庁では台風の120時間先までの進路予報(予報円の中心と半径)と強度予報(中心気圧、最大風速、最大瞬間風速、暴風警戒域)を行っています。
 気象庁ホームページの「台風進路予報(中心位置の予報)の年平均誤差の推移」によると、長期的にみれば台風進路予報の精度は着実に向上していますが、2017年の時点でも、平均誤差は24時間後で約80km、48時間後で約150kmあります。この誤差を東京からの距離に例えると、80kmは箱根町付近、150kmは静岡市付近に相当します。台風の中心が東京、箱根、静岡のどこを通るかで、それぞれの場所で風や雨の様子が全く違うものになることは想像できると思います。台風による暴風や大雨を適切に予測するためには台風の正確な進路予報は不可欠です。
 特に、台風を移動させる上空の風が弱い場合や、風の予想が安定していない場合には、進路予報が難しくなります。このようなときは台風が複雑な経路をたどったり、進路予報が大きく変わる場合もあり、台風の予報円(70%の確率で台風の中心が入ると予想される円)が大きくなります。
 また、気象庁ホームページの「台風強度予報(中心気圧・最大風速の予報)の年平均誤差の推移」によると、進路予報と同様に、台風の強度の予報精度もまだ十分ではありません。台風は、水蒸気が凝結して雲粒になるときに放出される熱をエネルギーにしており、一般的には台風の進路にあたる海洋の表層水温が高ければ水蒸気が豊富に補給され発達します。しかし、台風の発達の仕組みは複雑で、特に急発達の予想は現在の技術ではまだ困難です。

台風に伴う大雨について

 台風の接近・通過に伴う大雨はいくつかのステージに分けられます。

①地形性降水、前線活動の活発化
 台風が離れていても、台風の周辺に存在する豊富な水蒸気が日本付近に運ばれる影響で、風が吹き付ける方向にあたる山の斜面では上昇気流が発生し、長い時間降水が続きます。上空に寒気が入っている場合など大気の状態が不安定な場合は、雨雲が発達して大雨となることがあります。
 また、前線が日本付近に停滞している場合は、台風周辺の水蒸気が前線に向かって吹き込み続けることで前線の活動が活発となり、前線付近では台風が近づく前から大雨となります。

②台風の周囲の降水
 台風が近づいてくると、台風の外側おおよそ200~600kmのところにある帯状の降雨帯(外側降雨帯、アウターバンド)がかかり、断続的に激しい雨が降ったり、ときには竜巻が発生することもあります。また、この時点では吹き付ける風も強まっているため地形性降水も強まります。
 さらに、台風が過ぎ去った後も外側降雨帯がかかり大雨となる場合があります。平成26年7月9日には大型で強い台風第8号が沖縄地方を北上した後、沖縄本島に外側降雨帯がしばらくかかって短時間に記録的な大雨となり、大雨特別警報が発表されました。

③台風本体の降水
 台風の中心付近では、垂直に発達した積乱雲が眼の周りを壁のように取り巻いており、そこでは猛烈な暴風雨となっています。また、眼の壁のすぐ外側は濃密な積乱雲が占めています(内側降雨帯、インナーバンド)。このため、台風の中心が近づくと、非常に激しい雨が連続的に降るようになり、1時間に80ミリ以上の猛烈な雨が降る場合もあります。

 ②と③の降水の予想は、台風の進路予報に大きく依存します。台風の進路が少し違うだけで、台風を取り巻く雨雲が別の場所にかかり、大雨の地域が変わる場合があります。
 なお、②と③の降水を引き起こす台風の構造については気象庁ホームページの「台風に伴う雨の特性」も参照してください。

台風に伴う高潮について

 台風の接近に伴って高潮が発生することがあります。気象庁ホームページの「台風に伴う高潮」にある通り、月や太陽の引力による海面の高さ(潮位)は前もって計算(天文潮位)できます。台風が接近すると、台風に伴う暴風による「吹き寄せ効果」と気圧低下による「吸い上げ効果」により、天文潮位より海面が高くなることがあり、高潮が発生します。
 一般的に、「吹き寄せ効果」の方が「吸い上げ効果」より潮位を上昇させます。また、「吹き寄せ効果」が顕著となるには、海岸や湾に向かう風向が持続し、沖から沿岸まで暴風となる必要があります。台風の構造として、台風中心の眼の内部では風が弱く、眼の周辺で最も風が強くなります。また台風の中心付近が通過すると風向が大きく変化するため、台風の中心付近が通過する海岸では「吹き寄せ効果」は顕著となりにくく、台風の中心からある程度離れた湾や海岸において顕著な高潮が発生しやすくなります。
 このように、台風の進路のわずかな違いで、「吹き寄せ効果」と「吸い上げ効果」による潮位の上昇は大きく変化するため、台風に伴う高潮の予想は誤差が大きくなりやすい特性があります。

平成30年台風第13号における暴風と大雨の予報が過大となった事例

(概要)平成30年台風第13号による、関東地方における暴風と大雨の予報が、実際より過大となった主な要因は次の通りです。

  • 台風の進路が予報円中心のわずかに東よりの進路をとり、上陸しなかったこと。
  • 台風に伴う雲域が極端に中心の東側に偏在していたこと。
  • 台風周辺の暴風が中心より東側に偏っていたこと。

 ここでは、台風による暴風や大雨の予報が大きく外れた例として、平成30年台風第13号を取り上げます。平成30年(2018年)8月3日に南鳥島近海で発生した台風第13号は、北北西に進み、8日夜から9日昼頃にかけて関東地方の沿岸の海上をゆっくり北上しました。

平成30年台風第13号の経路図

第1図 平成30年台風第13号の経路図

 8月6日15時解析による予報では、台風は48時間後の8日15時には東経140度付近に達し、中心気圧970hPa、最大風速35m/sで、その後関東地方を北上する予報でした(第2図左)。翌日の予報では、中心気圧や最大風速の予報は同じですが、台風はやや東側を進む予報に変わり、千葉県外房沿岸から茨城県沿岸を進む予想になりました(第2図右)。いずれも関東地方付近をゆっくり北上する予想です。

平成30年台風第13号の進路予報図

第2図 平成30年台風第13号の進路予報(左:8月6日15時解析、右:8月7日15時解析)

 6日の進路予報によると、関東地方では台風接近前から長時間、東寄りの湿った風が吹きつけ、山沿いの降水量がかなり多くなると予想されました。上陸する可能性も高く、台風の最大風速の風がそのまま関東地方で吹くことが予想されました。一方、翌日7日の進路予報では台風がやや東寄りを進む予想に変ったため、前日の予想に比べ東風の吹きつける時間が短くなることから関東地方山沿いの地形性降水は弱まりましたが、逆に沿岸部では台風本体の発達した雨雲による非常に激しい雨や猛烈な雨が降る可能性が高まりました。また、台風が予報円の西寄りを進んだ場合は上陸も考えられ、広い範囲で大雨や暴風のおそれがありました。
 このため、7日夕方時点の予想では、9日18時までの24時間降水量は、関東地方の多いところで300から400ミリ、8日の最大風速は、関東地方の海上で35メートル(最大瞬間風速50メートル)、関東甲信地方の陸上25メートル(最大瞬間風速35メートル)と発表しました。8日夕方時点の予想でも、同じ期間の24時間降水量は300ミリ、最大風速は同じ内容で発表しています。
 しかし、実況では予想したほどの大雨や暴風とはならず、解析雨量の24時間積算は多いところで100ミリ、観測された最大風速、最大瞬間風速はそれぞれ20メートル(銚子9日07:11)、27.5メートル(銚子9日07:24)でした。

  • 関東地方で大雨にならなかった理由

 前述の通り関東地方では大雨を予想しましたが、台風が当初の予想よりやや東寄りを進み、上陸しなかったことから、発達した雨雲が陸上にかからず、大雨とはなりませんでした。
 第3図は9日6時のレーダー降水強度の画像です。台風の中心は銚子市付近にありますが、台風に伴う発達した雨雲は中心から東側の海上に存在し、陸上には発達した雨雲がほとんどかかりませんでした。台風を取り巻く雨雲の形状は一つ一つの台風によって個性があり、この台風では雨雲が極端に中心の東側に偏在していました。台風を取り巻く雨雲は刻々と変化することもあり、この分布を正しく予測することは現在の技術でも難しい場合があります。
 台風が上陸・通過する可能性が十分ある中で、台風の進路予報に幅があることを考慮すると、台風が上陸しないことのみを想定して雨量を少なく予想するのは、防災上の観点から困難な事例でした。

8月9日6時の関東地方付近におけるレーダー降水強度

第3図 8月9日6時の関東地方付近におけるレーダー降水強度

  • 関東地方で風が強くならなかった理由

 予想した段階では、台風が関東地方に上陸するおそれも十分あったことから、関東地方の最大風速は海上で35メートル(最大瞬間風速50メートル)、陸上で上陸直前の台風の最大風速である25メートル(最大瞬間風速35メートル)を予想しましたが、関東地方の陸上では予想したほどの暴風は観測されませんでした。
 陸上で暴風が観測されなかった理由として、まずは台風が予報円のやや東寄りの進路をとって上陸しなかったことが挙げられます。一般に台風周辺における風速は進行方向の右半円で強くなります(「台風に伴う風の特性」参照)ので、北上する台風では中心より東側で風が強くなります。これに加えて、台風第13号は関東地方に接近した際には、台風の東側に高気圧があったために、気圧の傾きが台風の東側が西側より大きくなり、台風周辺の暴風が中心より東側に偏りました。さらに、台風が接近する前にオホーツク海の高気圧からの冷たい空気が関東地方に流れ込んでいたため、台風が関東地方に接近しても台風に伴う強風が地表面付近の冷気の上を吹き、地上では風が強まりませんでした(第4図参照)。このようなことが原因で、台風の中心が関東地方にかなり接近したにもかかわらず、予想したほどの暴風は吹きませんでした。
 数値予報モデルでは、オホーツク海の高気圧から流れ込む地上付近の薄い冷気を初期値に正しく反映させることが困難な場合があり、予測でも十分表現できない場合があります。また、台風が上陸・通過する可能性が十分ある中で、台風の進路予報に幅があることを考慮すると、台風が上陸しないことのみを想定して最大風速を予想するのは、防災上の観点から困難な事例でした。

暖かい風が乗り上げる概念図

第4図 関東地方の地表付近に冷気がある場合に暖かい風が上空に乗り上げる概念図

平成30年台風第24号における高潮による潮位の予報が過大となった事例

(概要)平成30年台風第24号による、東海地方における高潮による潮位の予想が、実際より過大となった主な要因は次の通りです。

  • 台風の中心は予想よりやや南の進路を通過したこと。
  • 進路のずれにより、伊勢湾の沿岸部を中心に予想ほどの暴風が吹かなかったため、「吹き寄せ効果」が効かず、名古屋港の潮位が予想よりも低かった。

 「台風には個性がある」「台風に伴う高潮」のとおり、台風の進路のわずかな違いで、「吹き寄せ効果」と「吸い上げ効果」による潮位の上昇は大きく変化するため、台風に伴う高潮の予想は誤差が大きくなりやすい特性があります。ここでは、台風による高潮の予報が大きく外れた例として、平成30年台風第24号を取り上げます。
 平成30年(2018年)9月22日にマリアナ諸島近海で発生した台風第24号は、沖縄・奄美近海を通って、九州と四国の南岸を進み、大型で強い勢力で30日20時頃に和歌山県に上陸しました。その後、紀伊半島、東日本、東北を縦断しました。(第5図)

平成30年台風第24号の経路図

第5図 平成30年台風第24号の経路図

 第6図に、9月30日9時の進路予報と台風の実際の進路(速報)を示します。台風第24号は、強い勢力を維持して伊勢湾の北を通過することが予想されました。このため、伊勢湾や三河湾では南よりの猛烈な風が吹く可能性が高く、ちょうどその頃に満潮時刻となることから、29日夕方の気象情報では記録的な高潮のおそれがあると警戒を呼びかけました。30日17時には予想される最高潮位を伊勢湾台風接近時の最高潮位を上回る4.1メートルとして気象情報を発表しました。
 しかし実際には、台風は愛知県通過時に強い勢力を保っていましたが、台風の中心が予想より南の伊勢湾に近い名古屋市の沿岸を通過しました。台風は中心にごく近い所では風が弱いことから、台風の中心からやや離れたセントレアにあるアメダスでは約30メートルの暴風を観測しました(第7図)が、台風の中心に近かった沿岸部を中心に当初の予想ほどの暴風が吹きませんでした。このため「吹き寄せ効果」が効かず、名古屋港の最高潮位は2.2メートルで、予想よりも2m近く下がりました(第8図)。
 高潮を正確に予想するためには台風の進路や中心付近の気圧の変化、周りの風の細かな変化を精度よく予想することが重要です。台風第24号については、台風の進路予報と実際の進路のずれは予報円の範囲内ではありましたが、そのずれによって結果的には予想が過大となりました。

9月30日9時の進路予報の予報円と台風の実際の進路(速報)

第6図 9月30日9時の進路予報の予報円と台風の実際の進路(速報)。円は進路予報の予報円を示し、その中心を結ぶ予想進路を一点鎖線で示す。実際の進路(速報)は、青実線で示す。(国土地理院の電子地形図(タイル)に予報円などを追記して掲載)

愛知県西部付近のアメダスの風観測

第7図 愛知県西部付近のアメダスの風観測(9月30日23時)。×は台風中心のおおよその位置、長い矢羽は5m/s、短い矢羽は2m/sを示す。

名古屋の潮位観測の時系列図

第8図 名古屋の潮位観測の時系列図