第2部 気象業務を高度化するための研究・技術開発

1章 大気・海洋に関する数値予報技術

1節 数値予報とは

 数値予報とは、計算機(コンピュータ)を用いて地球大気や海洋・陸地の状態の変化を数値シミュレーションによって予測するものです。具体的には、最初に地球大気や海洋・陸地を細かい格子に分割し、世界中から送られてくる観測データに基づき、それぞれの格子に、ある時刻の気温、風などの気象要素や海面水温・地面温度などの値を割り当てます。次に、こうして求めた「今」の状態から、物理学や化学の法則に基づいてそれぞれの値の時間変化を計算することで「将来」の状態を予測します。この計算に用いるコンピュータプログラムを「数値予報モデル」と呼んでいます。

数値予報のイメージ

 数値予報を日々の予報作業で利用するためには、複雑かつ膨大な計算を短時間に行う必要があることから、高速なコンピュータ(スーパーコンピュータ)を活用しています。気象庁は昭和34年(1959年)にわが国の官公庁として初めて科学計算用の大型コンピュータを導入し、数値予報業務を開始しました。その後、数値予報技術や気象学などの進歩とコンピュータの技術革新によって高精度できめ細かな予報が可能となり、今日では数値予報は気象業務の基盤となっています。


2節 数値予報モデルの現状

(1)全球モデル、メソモデル、局地モデル

 気象庁では予測対象にあわせて複数の数値予報モデルを運用しています。「全球モデル」は、地球全体を対象領域として大気の状態を予測する数値予報モデルで、明後日までの府県天気予報、台風予報、週間天気予報や1か月予報、航空機や船舶向けなどの予報に利用しています。「メソモデル」及び「局地モデル」は、全球モデルより計算を行う格子を細かくし、日本周辺を対象として大雨や暴風などの災害をもたらす現象の予測を行う数値予報モデルで、警報・注意報など防災気象情報や、飛行場予報・悪天予想図など航空機の安全運航のための気象情報の作成などに利用しています。

全球モデル、メソモデル、局地モデル

(2)季節予報モデルと長期再解析

 1か月を超える時間スケールの予報では、大気の変動と海洋の変動は互いの影響を強く受けます。このため、3か月予報、暖候期予報、寒候期予報やエルニーニョ現象を予測する「季節予報モデル」には、大気と海洋の変動を一体として予測する大気海洋結合モデルを使用しています。

 また、異常気象の分析を含めた気候の監視や季節予報をより的確に行うためには、過去の気候も出来るだけ正確に把握しておく必要があります。このため、過去数十年にわたって蓄積した観測データを、最新の数値予報技術により分析する「長期再解析」にて過去の気候データを作成し、気候の監視や季節予報に活用しています。長期再解析JRA-55では昭和33年(1958年)以降の気候データを作成し、平成26年(2014年)から利用しています。


(3)海に関する数値モデル

 海洋の様々な現象を把握・予測するために、「波浪モデル」、「高潮モデル」、「海況モデル」、「海氷モデル」といった各種のモデルが使われています。「波浪モデル」は、海上の風の予測値を用いて、海上における波の発達・減衰やうねりの伝播などを予測し、高波時に発表される波浪警報・ 注意報や、毎日の波浪予報、船舶向けの波浪図などに利用しています。「高潮モデル」は、台風の接近時などに海面気圧の変化と海上の風の予測値から潮位の上昇量を予測し、高潮災害が危惧される場合に、高潮警報・注意報が発表されます。「海況モデル」は、黒潮や親潮等の日本周辺の海流や海水温の状態を予測し、 海面水温・海流1か月予報の発表、また水産業等でも使用されています。「海氷モデル」は、オホーツク海南部の1週間先までの海氷密接度の分布を予測して海氷予報や船舶向けの海氷予想図に利用し、海氷の範囲等を発表しています。


(4)物質輸送モデル

 大気中の物質の変化や移動などを数式で表した物質輸送モデルを用いて地球環境や気候に影響する二酸化炭素、黄砂、紫外線などの監視と予測を行っています。「二酸化炭素輸送モデル」は、二酸化炭素の世界の大気中の分布状況を図示する情報の作成に利用されています。「黄砂予測モデル」は、大陸などでの黄砂の舞い上がり、風による移動、雨などによる地上への降下を考慮して、大気中の黄砂の量や分布を予測し、黄砂情報の作成に利用しています。「化学輸送モデル」は、オゾンやその変化にかかわる物質の風による移動、地上への降下、化学物質や光による反応を通じた変化などを考慮して、上空や地上付近のオゾン濃度を予測し、紫外線情報や(全般)スモッグ気象情報の作成に利用しています。

気象庁で運用している数値予報モデル(平成30年3月現在)

CSVファイル[3KB]


コラム

■エ-ロゾルの再解析データセット(JRAero)を開発

 エーロゾル(大気中の微小な塵等の大気浮遊粒子)は、地球の放射収支や雲・降水過程に影響することによって気候変動や天候に大きな影響を与えるほか、呼吸器疾患などの健康へのリスクも議論されています。エーロゾルのこのような影響を精度良く評価するためには、その時間・空間的な分布を正確に再現する必要があります。しかしながら、エーロゾルは発生源が多岐にわたることや、その濃度分布変動の大きさなどから、これまで正確なエーロゾル分布の再現は困難でした。気象研究所と九州大学は、気象庁の黄砂予測などに用いられている全球エーロゾルモデル(MASINGAR)に、新たなデータ同化手法を開発・導入しました。これにより、衛星観測から得られたデータを組み込むことできるようになり、高精度かつ欠損のない過去5年分のエーロゾル再解析データセット(JRAero)を作成しました(右図)。下図は東南アジア森林火災の例です。衛星データを取り込むことで、従来のモデルでのシミュレーション結果より火災起源エーロゾルを詳細に再現することに成功しました。

エーロゾル再解析データセットの概要

 JRAeroには、黄砂やPM2.5等の地上付近重量濃度、エーロゾルの光学的厚さ(大気の濁り具合で値が大きいほどエーロゾルが多いことを示す)、地上・海上への沈着量分布などが含まれています。JRAeroは、気候・天候影響への定量的な評価、疫学研究を通じた健康影響調査、海洋生物循環に代表される生態影響の評価など、エーロゾルに関する様々な研究に広く活用され、各分野の問題点の解決とフィードバックによりJRAeroの精度向上をもたらすことが期待されます。また、本研究で開発したデータ同化技術は、気象庁が行う黄砂予測にも今後適用される予定であり、視程の悪化による交通機関への影響や、洗濯物や車の汚れなど、日々の生活に影響を与える黄砂の予測精度向上が期待されます。

JRAeroが捉えた平成27年(2015年)10月のインドネシア森林火災起源のエーロゾル濃度分布

3節 数値予報の技術開発と精度向上

 防災気象情報の的確な提供や天気予報の精度向上のためには、その基盤となる数値予報技術の向上が不可欠です。数値予報は、コンピュータの性能向上を背景に、数値予報モデルの開発改良によってたゆまぬ進歩を遂げてきました。気象庁では、最新の科学技術を取り入れ、数値予報のさらなる精度向上を図る取組を続けています。

 その一つは、規模の小さい現象を予測するためにモデルの計算を行う格子の間隔を細かくすること(高解像度化)と、下図に示すような大気、海洋、陸地で発生する様々な過程をより正確に再現する改良です。高解像度化によって計算量が大きく増えるため計算に要する時間が長くなりますが、その一方で、防災気象情報や天気予報で計算結果を用いるためには、所定の時間内に計算を終了させる必要があります。このため、膨大な計算を高速化する方法や、様々な過程を精度良くかつ効率的に計算する方法の開発に取り組んでいます。更には、これらの過程はお互いに影響を及ぼし合っているため、それぞれの過程自体を精度良く扱うだけでなく、それらの相互作用についても考慮し、数値予報モデル全体として予測精度を向上させるための取組みも行っています。

大気中の現象を支配する主な過程と相互作用

 さらに、世界中から様々な観測データを集めて「今」の大気の状態を精度よく数値予報モデルに取り込むためのデータ同化技術の高度化も併せて行っています。特に、ひまわりをはじめとする気象観測衛星や地球観測衛星などの人工衛星、航空機、ウィンドプロファイラ、ドップラーレーダーなどから刻々と送られてくるデータをより有効に利用する手法の開発・改良に重点的に取り組んでいます。

4節 地球温暖化予測

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、5~7年おきに、気候変動に関する3つの作業部会(1:自然科学的根拠、2:影響・適応・脆弱性、3:緩和)で、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行い、その結果を評価報告書としてとりまとめています。これらの報告書は、国内外の地球温暖化対策に科学的根拠を与える重要な資料となっており、平成25~26年(2013~2014年)に最新であるIPCC第5次評価報告書が公表されました。次の第6次評価サイクルでは、ホーセン・リー議長をはじめとする新体制の下、各作業部会の報告書のアウトラインや執筆者が決定し、平成33~34年(2021~2022年)の報告書公表に向けて現在活動中です。世界の研究機関ではこのIPCCの活動にとって必要な地球温暖化予測の情報を提供するために、最新の気候モデルによる予測実験を実施しています。

 気象研究所では、大気モデルと海洋モデルを結合した気候モデルに、エーロゾル、オゾンや炭素の循環を表現するモデルを組み合わせた地球システムモデルを開発しています。IPCC第6次評価報告書に向けてモデルの改良を終え、過去から現在に至る歴史再現実験や21世紀末までの将来予測実験を開始しています。

 また、アジアをはじめとした地域的な気候表現をさらに高精度化したモデル実験をもとに、台風の発生頻度や降水現象の将来変化などの研究を進めて、アジア各国の研究者による地球温暖化研究に貢献します。さらに、日本域の詳細な地球温暖化予測を可能とする高解像度の地域気候モデルを開発し、温暖化に伴う地域気候の将来変化を予測することにより、我が国の政府機関や地方公共団体などによる温暖化への適応策策定や立案に貢献していきます。


コラム

■地球温暖化により猛烈な台風が増える?内陸の豪雪が増える?

 将来のさらなる地球温暖化に備えるための適応策を考えるうえで、気候変動の予測結果にどのくらい信頼性があるのかを知ることが必要です。しかし、台風や豪雪などの発生頻度の低い事象(極端事象)の将来予測は、シミュレーションの年数の少なさから、その信頼性は十分とは言えませんでした。

 気象研究所を含む多数の国内研究機関が実施した大規模(約5000年分)のシミュレーションによりd4PDF(database for Policy Decision making for Future climate change)と呼ばれるデータベースが完成し、極端事象の将来予測について信頼性の高い結果を得ることができました。d4PDFは、将来の高潮や洪水に対する防災研究、農業や自然環境への影響評価研究等、様々な極端事象の将来変化を解明する研究に活用されています。ここでは、地球温暖化が最悪のシナリオで進行した場合の、21世紀末における台風と日本の豪雪の変化について紹介します。

 まず、台風に関しては、全世界での発生数は現在よりも減るものの、個々の台風は強まることと、日本の南海上からハワイ周辺およびメキシコの西海上にかけて、猛烈な台風は現在よりも高い頻度で現れる可能性が高いことが分かりました(次頁上図)。海面水温の上昇や大気中の水蒸気量の増加、大気循環の変化などがこれらの変化に影響していると考えられています。

 次に降雪に関しては、ひと冬を通した総降雪量は、北海道内陸部の一部を除いて全国的に減少します(次頁下図左)。一方、10年に1度の頻度で発生する強い日降雪(豪雪)は、本州や北海道の内陸部で増加する結果が得られました(次頁下図右)。21世紀末においても冬季の気温が0℃を下回るこれらの地域では、地球温暖化に伴う大気中の水蒸気の増加などの理由で、現在は稀にしか発生しない豪雪がより高頻度で発生する可能性が高いと考えられます。

 今回の台風や日本の豪雪についての将来の見通しが、国民生活の安全性を高める施策決定に役立つことが期待されます。

21世紀末の地球温暖化に伴う猛烈な台風の変化

21世紀末の総降雪量の変化と10年に1度の日降雪量の変化

2章 新しい観測・予測技術

1節 スーパーコンピュータシステムの更新

 気象庁では、より高精度の気象予測を行うために、第10世代となるスーパーコンピュータシステムを2018年6月から運用します。このスーパーコンピュータは、気象計算のプログラムを従来に比べて10倍の速度で処理できるようになります。1959年に運用を開始した初代スーパーコンピュータと比較すると1兆倍以上の理論演算性能(18PFLOPS※1)をもち、一般的なパソコン(100GFLOPS※2)を約18万台合わせた性能に相当します。

第10世代スーパーコンピュータシステム

 気象庁では、この計算能力を利用して、数値予報や衛星データ処理を引き続き実施するとともに、以下に記す大雨や台風の予測技術の向上に向けた改良を行うことを計画しています。

※1 PFLOPS:1秒間に1000兆回演算が出来る性能  ※2 GFLOPS:1秒間に10億回演算が出来る性能


(1)降水短時間予報の15時間先までの延長

 気象庁では、6時間先までの1時間降水量を約1キロメートル四方で予測する「降水短時間予報」を提供しています。平成30年6月からは、従来の予測に加えて、7時間先から15時間先までの1時間降水量の予測を、約5キロメートル四方で提供開始する予定です。

 これにより、夜間から明け方にかけての台風等による大雨の予報を前日夕方の時点で降水量分布図として提供できるようになります。ただし、急に発達する積乱雲など現象の予想が難しい場合もありますので留意してください。

延長した予測の例(平成29年(2017年)9月18日3時の予測)

(2)台風強度予報の5日先までの延長

 気象庁では、より早い段階での防災対応に資するため、現在3日先まで発表している台風の強度予報(中心気圧、最大風速、最大瞬間風速、暴風警戒域の予報)を平成30年度末までに5日先まで延長する予定です。これにより、例えば4日先や5日先に台風が日本へ接近することが予想される場合、台風の接近が見込まれる地域では、台風の強さの情報もあわせて参照することで、より早い段階から効果的な防災対応が可能となります。

台風5日強度予報の気象庁ホームページの表示イメージ

(3)メソアンサンブル予報システムの導入

 数値予報では、実際の大気の状態を、様々な観測データを利用してコンピュータ上に可能な限り正確に再現し、これを出発点(初期値)として将来の大気の状態を予測します。しかし、実際の大気状態と初期値との間には誤差があり、その誤差は予測時間と共に増大します。このような性質があることから、初期値等にわずかな「ずれ」を与えて複数の予報をしたときに結果が互いにどれだけ異なってくるかを見ることで、予測の信頼度を推定しようとする手法を「アンサンブル予報」といいます。

 メソアンサンブル予報システムは、メソモデルで行うアンサンブル予報のシステムです。これにより、例えば大雨や暴風など災害をもたらす激しい気象現象が発生する可能性について、一つのメソモデルの予測結果では把握できなくても、複数の予測結果を用いることによって、早い段階で把握することができるようになります。また、これまでは予測が困難であった、可能性の低い激しい気象現象を想定できるようになります。

 気象庁では、平成31年6月を目途に本システムの運用を開始する予定です。

メソアンサンブル予報システムのイメージ

2節 鉄道の安全運行のための突風探知アルゴリズムの開発

 竜巻等突風は破壊的な力を伴うため、被災前に対策を取ることは重要な課題です。例えば鉄道に対しても災害や輸送障害をもたらす可能性があり、突風に対する的確な情報の提供が求められています。しかし、突風は小規模で短時間に生じるため、それらを的確に捉え、予告的な情報を提供することには、大きな技術的困難がありました。

 気象研究所は、突風そのものをリアルタイムかつ直接的に把握し、それに基づいた情報提供をすることにより、突風災害の防止及びその軽減に大きく寄与することを目指し、広範囲の風を面的にかつ短い時間間隔で連続的に計測することが可能な小型ドップラーレーダーによる突風探知アルゴリズムを東日本旅客鉄道株式会社と共同で開発しました。このアルゴリズムは概ね、突風をもたらす可能性のある渦のパターンを探知、探知された渦を時間的に追跡して渦の強さと移動速度を算出、探知された渦がもたらすと考えられる最大風速と予測進路を算出、で構成されます。

 本アルゴリズムは、突風が線路を通過する前に列車を運行停止させるための情報として、平成29年(2017年)12月19日から、東日本旅客鉄道株式会社により山形県庄内地域を対象とした運転規制に活用されています。今後は冬季日本海側の突風だけではなく、様々な地域や季節の竜巻に広く適用できるより高い汎用性を目指します。

突風探知アルゴリズムの動作例

 また、今回開発した突風探知アルゴリズムは、将来型気象レーダーとして期待されているフェーズドアレイレーダー※の観測データを用いる高度なアルゴリズムに発展させる計画です。これらアルゴリズムの汎用化や発展は、鉄道のみならず、突風の影響を受けやすい様々な産業での実用化につながるものと期待されます。さらに本アルゴリズム開発を通じて得られた、突風に関する学術的知見やレーダーデータ処理に関わるノウハウを活用することにより、気象庁の竜巻等突風に関する監視予測技術及び防災気象情報の高度化への寄与も期待されます。

※フェーズドアレイレーダー:超高速3次元スキャンレーダー。従来のレーダーで機械的に行ってきたアンテナの上下方向のスキャンを電子的に行うことで、最短10秒で全天3次元観測が可能とした気象レーダー。


3節 水中グライダーによる高解像度海洋観測技術の開発

 気象研究所では、大気中の二酸化炭素濃度に大きな影響を及ぼす海の物質循環の実態を明らかにするために、水中グライダー(以下、グライダー)による海洋観測を開始しました。グライダーは、海面から水深1000メートル付近まで、潜航と浮上を数時間おきに繰り返しながら、海中を時速1キロメートルほどの速さでゆっくり進み、水温、塩分、酸素、植物プランクトン(クロロフィル)などのデータを何か月にも亘って高い分解能で取得できる自律航行型の水中ロボットです。海面に浮上した時に、船や陸との間で衛星電話回線を利用して双方向に通信し、グライダーの進路や潜航深度を変更したり、グライダーから最新の観測データを受信することもできます。グライダーは、これらの優れた特長によって、水温分布などをモニターしつつ、観測したい海域に向けて自動航行しながら観測することができます。

気象庁海洋気象観測船「凌風丸」からの水中グライダーの投入作業

 こうした特長のおかげで、グライダーによる観測は、自動観測装置として世界的に展開されている中層フロートでは困難な、海の内部の熱や二酸化炭素の輸送に重要な働きがあると考えられる数十キロメートルから数百キロメートルの渦の構造の観測に有効です。春から夏にかけて植物プランクトンが増殖し、光合成によって酸素が増えてゆく様子なども、海流で遠くに流されることなく、詳しく調べることができます。

水中グライダーで観測した海洋渦とその周辺の酸素飽和度の分布

 気象研究所では、グライダーによる観測技術を確立することで、さまざまな要素の正確な観測データを得られる観測船や、中層フロート等の観測ネットワークなどと合わせて、海の内部の調査を進めていきます。これにより、海の内部の水温、塩分だけでなく、中層フロートでは観測できなかった酸素などの構造も詳しく把握し、気候変動予測に利用する地球システムモデルの検証に役立つ物理現象や物質循環の理解などに役立てることを目指しています。


3章 地震・津波、火山に関する技術開発

1節 地震災害軽減のための技術開発

 気象研究所では、将来、巨大地震が発生すると懸念されている南海トラフ周辺の、プレート境界における深部低周波地震やゆっくりしたすべり(ゆっくりすべり)(図)などの様々な現象に対する検知・解析能力を高めるための研究を行っています。また、大地震が発生した際に、その地震の規模やすべり範囲を早期に推定することにより、的確な災害対策に貢献する研究を行っています。

 気象研究所では、緊急地震速報をより早く、より正確に発表するための新しい手法として、地震の揺れが伝わってくる様子(揺れの分布)からまだ揺れていない場所での揺れを予測する方法の更なる高度化を進めています。さらに、高層ビルが大きく揺れる原因となる長周期の地震動にも対応できるよう研究を行っています。

GNSS座標データから推定された南海トラフ沿いのゆっくりすべりの時間・空間分布

2節 津波災害軽減のための技術開発

 気象研究所では、津波警報等更新の精度向上を図るために、沖合でいち早く観測された津波波形データを使って沿岸に押し寄せる津波を即座に精度よく予測するための手法の開発や、日本から遠く離れた外国で発生した津波(遠地津波)に対する津波警報等を適切なタイミングで解除するための津波の減衰過程の研究に取り組んでいます。また、過去には、明治三陸地震津波に代表されるような津波地震や、山体崩壊で岩石のなだれが海へ突入したことによる津波により、甚大な被害が発生しました。このような、通常の地震に伴う津波とは異なる現象に関する解析や対策についてシミュレーションも用いて(図)研究を行っています。

山体崩壊による津波の数値計算例

3節 火山の監視・予測のための技術開発

 気象研究所では、火山活動の監視・予測技術の高度化のために、気象レーダーを用いた噴火による噴煙の観測技術の開発を進めています。平成28年(2016年)10月8日の阿蘇山の噴火では、噴き上げられた噴煙は高度10キロメートル以上まで到達し、広範囲に降灰や降礫(こうれき)が観測されました。

 噴火発生時、この噴煙は気象庁の気象レーダーによって捉えられ、噴煙が周囲の風に流され四国上空を通過する様子が確認されました。この噴火事例では、気象レーダーによって噴煙の流される方向や高さを把握することができ、噴煙の検知の可能性が改めて示されました。

 また、気象研究所では、噴火による火山灰(礫)の拡散予測のための数値予報モデル(拡散モデル)の開発・改良も進めています。この予測では、日々の天気予報等のために数値予報モデルで計算されている結果を用いて、火山灰(礫)がどのように風で流されるかをスーパーコンピュータを用いて計算します。上述の阿蘇山の噴火の事例では、深夜の噴火であり、また気象条件も悪く噴煙の様子をカメラ等では捉えることができず、火山灰(礫)の拡散予測が困難な事例でしたが、気象レーダー観測の結果を用いると、火山灰(礫)が上空の風によって流される様子を精度良く再現することができました(右図)。

気象レーダーによって捉えられた阿蘇山からの噴煙の火山灰(礫)の動向

 気象研究所では、今後も引き続き、レーダーを活用した噴煙監視技術や火山灰・火山礫の拡散モデルの開発・改良を進め、降灰の予測や大気中の火山灰の予測の精度をさらに高めるための研究に取り組んでいきます。


4章 大学や研究機関と連携した研究・技術開発

 数値予報モデルをはじめとした気象や海洋、地震・火山・津波の監視・予測の技術を向上させるためには、各分野の最先端の知見や研究成果を活用することが必要です。このため気象庁は、国内の大学・研究機関や、諸外国の気象機関などとも情報や意見の交換を行いながら研究・技術開発を進めています。

 国内の大学や研究機関とは、気象や海洋、地震・火山・津波のそれぞれの分野で合計160余りの共同研究を実施しています。いくつかの共同研究の成果は気象庁で活用されており、例えば、緊急地震速報の実用化も共同研究の成果のひとつです。

 気象の分野の研究に関しては、日本気象学会との間で「気象研究コンソーシアム」という研究の枠組みを設けて、気象研究の発展、気象研究分野の人材育成及び気象業務の予測精度の向上を図っています(コラム「気象研究コンソーシアム」参照)。数値予報モデル開発に関しては、気象予測や数値シミュレーションのための数値予報モデルを利用する研究者に、気象庁が実際の予報に用いているモデルを貸与し、数値予報技術を用いた研究を促進しています。また、「気象庁数値モデル研究会」を開催し、大学や研究機関の研究者との交流を図っています。平成29年5月には「数値モデルによる積乱雲とその効果の表現」をテーマとした第10回気象庁数値モデル研究会を、日本気象学会とメソ気象研究連絡会の合同で実施しました。更に、平成29年からは大学等研究機関の専門家による「数値予報モデル開発懇談会」を開催し(7月・12月)、一層の連携強化を図っています(トピックスⅣ-1「オールジャパンでの数値予報モデル開発」参照)。

 気候の分野では、猛暑や豪雪等の社会・経済に大きな影響を与える異常気象が発生した場合に、その発生要因について最新の科学的知見に基づく分析結果を発表するため、大学や研究機関の専門家と連携して分析を行う「異常気象分析検討会」を運営しています。平成30年3月には、強い寒気の影響で低温や大雪となった平成30年冬の天候について、検討会でその要因を分析し、見解を報道発表しました。


コラム

■気象研究コンソーシアム

 近年の気象研究において、様々な観測データの数値予報モデルへの利用や、アンサンブル手法による予測可能性など、高度にシステム化された研究が行われるようになりました。更なる気象学の発展のためには、大学、国立研究開発法人などの各研究機関と気象現業システムを持つ気象庁が連携して研究を進めていくことが不可欠です。

気象庁が推進する数値予報モデル開発における大学等研究機関との連携

 このような背景のもと、我が国における気象研究の発展、大学等における気象研究分野の人材育成及び気象庁の気象業務の予測精度の向上を目的とし、気象庁と公益社団法人日本気象学会との枠組みである気象研究コンソーシアムを実施しています。本コンソーシアム参加メンバーには、気象庁の数値予報による解析・予測データや気象衛星による観測に基づくデータ等を提供しています。現在、気象・気候分野における予測技術の開発や、現象の解明のための約50の研究課題が行われ、気象庁の業務の改善に反映されて国民の皆様により精度の高い気象情報を届けることや、気象学の将来を担う最先端の研究・業務に精通した人材を育成することが期待されています。

 平成29年5月の気象学会春季大会では、専門分科会「気象庁データを利用した気象研究の現状と展望」を開催し、特に現業数値予報の現状と今後、諸外国におけるデータの利活用、オープンデータなど幅広く議論し、気象庁データが拓く新しい気象研究について展望しました。

 更に、数値予報モデル開発における大学等研究機関との連携でも、気象研究コンソーシアムが期待されています(トピックスⅣ-1「オールジャパンでの数値予報モデル開発」参照)。

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