トピックス

Ⅰ 自然のシグナルをいち早く捉え、迅速にお伝えするために

トピックスⅠ-1 平成28年(2016年)熊本地震

(1)発生した地震の概要(平成28年4月27日までの状況)

 平成28年4月14日21時26分、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード6.5(暫定値)の地震が 発生し、熊本県益城町で最大震度7、玉名市、西原村、宇城市、熊本市で震度6弱を観測したほか、九州地方から中部地方の一部にかけて震度5強~1を観測しました。また、4月16日01時25分、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.3(暫定値)の地震が発生し、熊本県益城町及び西原村で最大震度7、南阿蘇村、菊池市、宇土市、大津町、嘉島町、宇城市、合志市、熊本市で震度6強を観測したほか、九州地方から東北地方の一部にかけて震度6弱~1を観測しました。これらの地震の発震機構はいずれも概ね南北方向に張力軸をもつ横ずれ断層型で、活断層である断層帯・布田川ふたがわ断層帯で発生したものとされました(政府の地震調査委員会の評価(4月15日、17日公表)による)。その後、強い揺れを伴う地震の発生は熊本地方にとどまらず、阿蘇地方、大分県中部地方でも発生しました。

 このように、今回の地震は、内陸でマグニチュード6.5という大きな地震の後、同じ地域でマグニチュード7.3というさらに大きな地震が発生したこと、また、地震の活動域が熊本地方から大分県中部地方にかけての広範囲に及ぶことなどの特徴がありました。気象庁はこれら一連の地震を「平成28年(2016年)熊本地震」(英語名:The 2016Kumamoto Earthquake)と命名しました。

 これらの地震により、死者49人、全壊家屋1,750棟などの甚大な被害を生じました(平成28年4月27日08時00分現在、政府の非常災害対策本部による)。

平成28年(2016年)熊本地震(4月14日21時26分及び4月16日01時25分の地震)の震度分布

熊本県から大分県にかけての地震活動の状況 主な地震の地震回数比較

(2)気象庁の対応

 気象庁は、4月14日21時26分の地震発生直後から適時に緊急地震速報や地震情報等を発表するとともに、地震が発生した4月14日以降、気象庁本庁で記者会見等を繰り返し実施し、今後の地震活動や降雨に伴う土砂災害等への注意を呼びかけました。さらに、気象庁ホームページ内に特設ページ「平成28年(2016年)熊本地震の関連情報」を開設し、地震情報や地震に関する報道発表資料のほか、気象警報・注意報、天気予報、雨の状況などの気象関連の情報へのリンクも掲載するなど、情報提供体制を強化しました。加えて、現地での関係機関の災害応急活動等を支援するため、政府現地対策本部や熊本県災害対策本部に参画し、地震活動や気象状況に関する情報提供を行いました。

 また、この地震により震度7~6弱が観測された地域を中心に、地震動による被害状況や震度観測施設の状況の確認及び臨時の震度計設置等のため、気象庁本庁、気象研究所及び福岡管内の気象台から気象庁機動調査班(JMA-MOT)を派遣しました。この調査の中で、オンラインで収集できなかった自治体が設置した震度計の残存データを解析することにより、4月16日01時25分の地震の最大震度が7であることを確認しました。

気象庁本庁での記者会見

トピックスⅠ-2 火山の観測監視体制の充実と情報の改善

 平成26年(2014年)9月27日の御嶽山の噴火では、死者・行方不明者が63名に上るなど大きな人的被害が発生しました。この災害を受けて、火山噴火予知連絡会の下に設置された「火山観測体制等に関する検討会」及び「火山情報の提供に関する検討会」において、活火山の観測体制の強化及び火山活動に関する情報提供のあり方が検討され、平成26年11月に緊急提言が、平成27年3月26日には最終報告がそれぞれの検討会から出されました。

※火山噴火予知連絡会:火山噴火予知計画(文部省測地学審議会の建議)により、関係機関の研究及び業務に関する成果及び情報の交換、火山現象についての総合的判断を行うこと等を目的として、昭和49年6月に設置(委員:学識経験者及び関係機関、事務局:気象庁)

 気象庁では、緊急提言や最終報告に基づき、現在、火山観測監視体制の強化や火山情報の改善等を進めています。

最終報告の主なポイント

(1)火山観測監視体制の強化

 「火山観測体制等に関する検討会」の緊急提言では、水蒸気噴火の兆候把握に役立つ山頂付近での観測体制について、火口付近への観測施設の増強及び水蒸気噴火の兆候をより早期に把握できる手法の開発が必要であることが指摘されました。

 これを踏まえ、気象庁では、以下のように全国規模で火山観測体制の強化を進めています。

ア.火口付近への観測施設の増強

 平成26年9月の御嶽山の噴火のような水蒸気噴火は、噴火前の予兆(以下「先行現象」という)の規模は小さく、その現象がみられる場所も火口に近い場所に限られます。このことを踏まえ、火口付近の熱や噴気の状態変化、火山体内の火山ガスや熱水の流動等による山体の変化を捉え、水蒸気噴火の先行現象を検知するため、現在、常時観測を行っている47火山及び今後常時観測火山に追加すべきとされた3火山(ウ.参照)を加えた計50火山のうち、活動が活発で火口付近に近づくことが困難な桜島、口永良部島を除く全国48の火山の火口付近に、熱映像カメラや火口カメラ、傾斜計、広帯域地震計を設置する観測施設の増強を行っています。

多様な観測機器による多角的な火山の監視

イ.御嶽山の火山活動の推移を把握するための観測強化

 また、御嶽山については、マグマの関与が間接的である水蒸気噴火からマグマが直接関与する噴火への移行といった、今後の火山活動への変化をより確実に把握し、迅速かつ的確に火山情報を発表する必要があることから、地震計や空振計、傾斜計、GNSSなどの観測施設を増強するとともに、水蒸気噴火の先行現象を把握するための、地磁気観測装置や火山ガス観測装置も設置することとしています。

 なお、このような観測強化は、御嶽山以外の水蒸気噴火の可能性がある火山についても順次整備を進めています。

ウ.常時観測火山の見直し

 常時観測火山は、平成21年(2009年)に開催された火山噴火予知連絡会「火山活動評価検討会」において、今後100年程度の中長期的な噴火の可能性及び社会的影響を踏まえ選定されているものであり、現在は47火山が対象となっています。平成26年11月に出された「火山観測体制等に関する検討会」の緊急提言 では、平成21年の選定以降、顕著な異常現象が見られた以下の火山について、常時観測火山への追加を 検討すべきとされました。

 これを受けて、現在、気象庁では、これらの火山の常時監視を行うため、地震計や空振計、傾斜計、GNSS及び遠望カメラの整備を進めています。


(2)組織・人員等の強化

 気象庁では、火山の観測監視や火山活動評価、情報発表等の業務を実施する体制の強化を図るため、平成28年4月から新たに、本庁に「火山監視・警報センター」を、また、札幌、仙台、福岡各管区気象台に「地域火山監視・警報センター」を設置しました。さらに本庁には、全国の機動観測を指示・統括する「火山機動観測管理官」を設置しました。これらに加えて、平成28年度中には、専門的な知識を有する予報官、火山活動評価官等を増員します。

 また、火山の評価能力の向上、人材の育成も重要です。このため、気象庁職員に対する火山に関する研修の充実・強化に取り組んでいます。さらに、本年4月から我が国を代表する火山の専門家を気象庁参与に任命し、気象庁における火山活動評価や人材育成に参画していただいています。

(3)火山情報の改善

 「火山情報の提供に関する検討会」において、地元関係機関や一般の人々が行動に結びつけることができるよう、わかりやすく火山情報を提供していくべきと指摘されたことを踏まえ、以下のとおり火山情報について見直しを行いました。

ア.「臨時」と明記した「火山の状況に関する解説情報」の発表

 火山活動に変化があった場合に発表する「火山の状況に関する解説情報」について、火山活動のリスクの高まりが伝わるよう、「臨時」の発表であることを明記するとともに、その内容も火山活動の状況だけでなく、気象庁の対応状況や防災上の警戒事項等についてもわかりやすい表現で記載することとしました(平成27年5月18日から実施)。

イ.噴火警戒レベル1及び噴火予報におけるキーワード「平常」の変更

 噴火警戒レベル1及び噴火予報におけるキーワード「平常」の表現について、活火山であることを適切に理解できるよう、「活火山であることに留意」と表現を改めました(同上)。

ウ.「噴火速報」の発表

 登山中の方や周辺に住んでいる方に、火山が噴火したことをいち早く伝え、山頂付近にいる方は例えばシェルターや岩陰に身を隠す、中腹付近にいる方は例えば急いで山を下りて山から離れるなどの身を守る行動を取っていただくために、噴火速報を平成27年8月4日から発表しています。

火山の状況に関する解説情報の書式

 この噴火速報は、遠望カメラ、地震計、空振計等で噴火を確知することができる常時観測火山を対象に発表します。また、噴火速報は、初めて若しくは一定期間以上の間をあけて噴火した場合、又は継続的に噴火している火山でそれまでの規模を上回る噴火を確認した場合に発表します。また、視界不良により遠望カメラで噴火が確認できない場合でも、地震計や空振計のデータで噴火を推定できる場合は「噴火したもよう」として発表します。一方で、表に示すとおり、噴火が発生しても噴火速報を発表しない場合がありますのでご留意ください。

図図

 噴火速報は気象庁ホームページのほか、テレビやラジオ、スマートフォンアプリ等を通じて携帯端末などで知ることができます。スマートフォンアプリ等で噴火速報を提供している事業者については、気象庁ホームページに記載していますので、ご参照ください。

図図

 噴火速報の説明:http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/kaisetsu/funkasokuho/funkasokuho_toha.html

 気象庁は、今後とも火山の状況の迅速・的確な観測・監視に努めるとともに、地元の火山防災協議会等と密接に連携しながら、正確でわかりやすい情報提供を行っていきます。


コラム

■気象庁と阿蘇火山博物館との連携

(公財)阿蘇火山博物館 館長

池辺 伸一郎

図図

 阿蘇火山博物館は、昭和57年に民間の博物館として草千里に設立され、平成16年からは、財団法人として運営しています。博物館では、開館以来中岳第一火口の2ヶ所にビデオカメラを設置し、火口内の生中継映像を館内において展示してきました。また、その映像は当初から熊本のテレビ局各社にニュース素材として、平成7年からは防災上の観点から気象庁への配信を続けています。

 そういった中、平成26年8月以降、中岳の活動活発化により噴火警戒レベルが2に引き上げられました。博物館としては、気象庁や京都大学火山研究センター、熊本大学などと緊密に連絡を取り合い、防災情報の発信に努めてきました。気象庁からは、より新しい火山情報の提供、現地観測時の噴出物資料の提供などを受けながら、当館での調査研究、展示等に活用させていただきました。さらには、1Fフリースペースでは、気象庁からの噴火警報や解説情報を随時掲示しています。気象庁からは、館内に設けた「気象庁情報コーナー」に火山観測や気象に関するパンフレットを逐次補充していただいています。

 このように、火山防災に関して、気象庁との連携によって、博物館としてはより新しい情報の入手と発信ができ、また気象庁としては博物館を使って、より多くの方への情報発信ができているのではないかと感じています。

 一方、平成27年9月14日に中岳において小規模なマグマ水蒸気噴火が発生しました。その際、私は所用で外出中でしたが、気象庁からの噴火速報が地元の防災情報システムを通して、スマートフォンに入ってきました。実際の噴火から5分程度が経過していましたが、この情報は大変有用でした。噴火に関する情報を一刻も早く一般に知らせることは極めて重要なことです。噴火と速報とのタイムラグが小さいに越したことはありませんが、それは今後改善できていくものと考えられますので、気象庁からの重要な情報発信に向け、さらなる進化を期待したいと考えます。


トピックスⅠ-3 口永良部島の噴火と気象庁の対応

(1)5月29日の噴火までの対応

 口永良部島では、平成26年(2014年)8月に新岳火口で噴火が発生して以降活発な火山活動が継続し、平成27年3月24日以降夜間に高感度カメラで火映が観測され始め、3月25日には熱異常域での温度上昇や新たな熱異常域が確認されました。

口永良部島 噴煙の状況

 気象庁では、火山活動の状況について最新の状況をお伝えし、的確な避難行動を支援するため、平成26年8月の噴火以降、気象庁機動調査班(JMA-MOT)を随時派遣し、また、火映が観測された平成27年3月以降は口永良部島に職員を常駐させ、火山ガスの観測や熱映像観測等の現地調査を行うとともに、住民への説明会を実施するなどの対応を行いました。

 5月23日には島内で発生する地震としては比較的規模の大きな地震(マグニチュード2.3)が発生し、屋久島町口永良部島公民館で震度3を観測したことから、現地の常駐職員は地元自治体や住民への説明を密にし、噴火の際の避難行動等の確認を行っていました。そして、5月29日09時59分、新岳火口において爆発的噴火が発生しました。噴煙は火口縁上9,000メートル以上に上がり、火砕流が新岳の北西側(向江浜地区)で海岸まで達しました。気象庁では、同日10時07分に噴火警報を発表し、噴火警戒レベルを3(入山規制)から5(避難)に引き上げるとともに、10時34分に火山現象に関する海上警報を発表しました。噴火警戒レベルが5になったのは、平成19年に噴火警戒レベルの運用を開始して以来全国で初めてです。これにより屋久島町は、口永良部島全島に対し避難指示を発令し、島内住民及び滞在者は全員島外に避難しました。

気象庁職員による住民説明会の様子

(2)その後の対応

 この噴火以降も、気象庁では、地元自治体や口永良部島の防災対応を支援するため、住民の帰島までの間は屋久島に職員を常駐させ、臨時の地震計や簡易遠望カメラ、空振計を口永良部島に設置するなどの観測体制の強化を行うとともに、火山活動や気象に関する解説を行うほか、地元自治体と連携し、住民の一時帰島にあたっての火山防災対応上の支援を行いました(コラム参照)。また、気象庁ホームページ内には特設ページ「口永良部島噴火の関連情報」を開設し、最新の火山の状況に関する解説情報や降灰予報、火山活動解説資料などの火山関連の情報とともに、気象警報・注意報、天気予報、雨の状況などの気象関連の情報へのリンクも掲載するなど、情報提供体制の強化を図りました。

 その後、噴火は6月18日から19日にかけて3回発生し、火山性地震は、8月上旬までは時々多くなりました が、その後少なくなりました。また、9月には、新岳火口付近の熱異常域の温度の低下が認められたこと から、気象庁では、火山活動の状況を踏まえ、10月21日18時00分、5月29日と同程度の噴火が発生する可能性は低くなっているとして、噴火警報を切り替え、警戒の必要な範囲を新岳火口から概ね2キロメートルの範囲及び西側については概ね2.5キロメートルの範囲としました(噴火警戒レベル5(避難)は継続)。これを受け、屋久島町はライフラインの復旧等を行い、12月25日、一部地域を除いて避難指示を解除し、住民は順次帰島を開始しました。


コラム

■口永良部島の噴火

口永良部島

貴舩 庄二

図図

 平成27年5月29日の口永良部島新岳噴火では全島避難となり、私たち島民は半年以上にわたって避難生活を送ることになりました。この間私たちは数回の一時帰島を果して、つくづく島は無人化してはならぬと痛感しておりました。気象庁による数度の住民説明会で、5月の噴火前は火山活動に対しての意識が高まり、全島避難後は島民皆帰島を胸に心踊る想いで聞いておりました。

 平成27年12月25日に避難指示が一部解除され、私たち家族を含め島民は新年をこの口永良部島で無事迎えることができました。未だ島の前田・寝待両地区では避難指示が続いておりますが、早く明るい見通しが付くことを皆願っています。

 火山島に暮す私たちは、気象庁の方々と深く接し、頼り、感謝しております。島の火山活動に変化がありましたら、その都度町の行政や私たち島民にお知らせ願えれば幸いです。

 これからの島作り、どうか皆様ご声援下さい。


トピックスⅠ-4 緊急速報メールによる特別警報の配信

(1)特別警報の概要

 気象庁では、重大な災害が起こるおそれが著しく大きい場合に「特別警報」を発表します。平成27年は、「平成27年9月関東・東北豪雨」に伴い、栃木県、茨城県、宮城県にそれぞれ大雨特別警報を発表しました。また、特別警報は、火山活動についても設定しています。火山の活動により、住民の避難が必要な場合やその準備が必要な場合が、これに該当します。5月29日の口永良部島噴火に伴う噴火警報(噴火警戒レベル5(避難))及び8月15日の桜島に対する噴火警報(噴火警戒レベル4(避難準備))は、特別警報に該当するものとして発表しています。

 特別警報を発表する場合は、既に災害が発生していたとしてもおかしくない状況であり、気象庁では多様な手段により特別警報を迅速に伝達いたします。

配信イメージ

(2)緊急速報メールと特別警報の配信開始

 「緊急速報メール」は、携帯電話事業者(NTTドコモ、KDDI・沖縄セルラー(au)、ソフトバンク)が無料で提供するサービスで、国や地方公共団体による災害・避難情報等が、対象エリア内の携帯電話に一斉配信されます。このように、個々の携帯電話ユーザーに直接配信されるため、緊急速報メールは緊急性が極めて高い特別警報の伝達に有効な手段の一つとなります。

 そこで気象庁では、従来から配信対象となっていた緊急地震速報(警報)及び大津波警報・津波警報に加えて、「気象等(大雨、暴風、高潮、波浪、暴風雪、大雪)に関する特別警報」及び「噴火に関する特別警報(噴火警戒レベルを運用している火山では噴火警戒レベル4以上に対応する噴火警報、噴火警戒レベルを運用していない火山では「噴火警報(居住地域)」)」を発表した場合に、これらを緊急速報メールで配信することとし、平成27年11月19日から運用を開始しました。これにより、気象庁の発表するすべての特別警報が緊急速報メールで配信されることとなりました。

図図

(3)特別警報を見聞きしたら…

 特別警報を見聞きした際には、落ち着いて、テレビ、ラジオ、自治体等の情報を確認して、それが出来ない場合は周囲の状況から判断し、速やかに身の安全を確保いただくことが重要です。また、気象庁では、気象情報、注意報、警報など段階的に防災気象情報を発表していますので、特別警報の発表を待つことなく、早め早めの警戒や防災対応を心がけていただくようお願いします。気象庁では、特別警報を地域住民等の方々の適切な防災行動につなげていただけるよう、引き続き様々な機会を捉えて周知・啓発に努めてまいります。

【緊急速報メールの配信に関する気象庁ホームページ】

http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/tokubetsu-keiho/kinsoku.html


トピックスⅠ-5 平成27年9月関東・東北豪雨

(1)豪雨を発生させた気象状況

 平成27年(2015年)9月7日21時に沖ノ鳥島の東の海上で発生した台風第18号は、9日9時半頃に愛知県西尾市付近に上陸し、同日15時に日本海で温帯低気圧に変わった後は動きが遅くなり、11日にかけて日本海をゆっくりと北上しました。

 当時、日本列島は台風、台風から変わった低気圧及び前線の影響により、西日本から北日本にかけての広い範囲で大雨となりました。特に9月9日から11日にかけては、はじめは台風第18号から変わった低気圧に流れ込む南よりの風、後には台風第17号の周辺からの南東風が主体となり、湿った空気が流れ込み続けたため、多数の線状降水帯が次々と発生しました。そのため、関東地方と東北地方では記録的な大雨となり、9月7日から11日までの5日間の総降水量は、関東地方で600ミリ、東北地方で500ミリを超え、9月の月降水量の平年値の2倍を超えたところもありました。

(2)気象庁の対応

 各地の気象台では、各種警報や土砂災害警戒情報、指定河川洪水予報等を発表して、厳重な警戒を呼びかけたほか、自治体へ直接電話連絡(ホットライン)し、気象状況を解説するとともに災害発生に関する危機感を伝えました。

 さらに、9月10日には栃木県と茨城県に、9月11日には宮城県に大雨特別警報を発表し、気象庁本庁及び各地の気象台で記者会見を行うなど、最大級の警戒を呼びかけました。また、県災害対策本部へ職員を派遣して、気象解説等を実施するとともに、災害復旧活動を支援するために被災した県に災害時気象支援資料を提供するなど、関係機関への支援を行いました。

平成27年9月7日から11日の総降水量分布図 茨城県常総市の浸水被害(提供:国土交通省関東地方整備局)

 この大雨により、土砂災害、浸水害、河川の氾濫等が発生し、宮城県、茨城県及び栃木県で死者8名の人的被害となったほか、関東地方や東北地方を中心に損壊家屋4,000棟以上、浸水家屋12,000棟以上の住家被害が発生しました。また、ライフライン、公共施設、農地等への被害及び交通障害が発生しました(被害状況は、内閣府の情報(「平成27年9月関東・東北豪雨による被害状況等について」平成27年10月5日現在)、国土交通省の情報(「台風第18号及び第17号による大雨(平成27年9月関東・東北豪雨)等に係る被害状況等について」平成27年10月1日現在)による)。気象庁は、この9月9日から11日にかけて関東地方及び東北地方で発生した大雨について、「平成27年9月関東・東北豪雨」と命名しました。

 気象庁では、今後とも、適時的確な気象情報の提供、自治体を支援する取組を進めてまいります。

記者会見で雨への最大級の警戒を呼びか 県災害対策本部への気象台職員の派遣


茨城県常総市を対象とした警報等の発表状況と同県下妻市の雨の状況

トピックスⅠ-6 静止気象衛星「ひまわり8号」の運用開始

 気象庁は、平成27年7月7日から、静止気象衛星「ひまわり8号」による観測を開始しました。

 ひまわり8号は世界最先端の観測機能を有する静止気象衛星で、7号では30分ごとだった全球の観測が10分ごととなり、さらに日本域や台風付近などの領域を2.5分ごとに観測できるようになりました。また、観測の分解能が2倍に向上するとともに、画像の種類は5種類から16種類に増加しました。

 これにより、3種類の可視画像を合成することで、右図のようなカラー画像を作成できるようになりました。さらに、画像の合成・加工により火山灰や黄砂、海氷などの現象を明瞭に判別できるようになりました。

 以下では、ひまわり8号による主な観測事例を紹介します。なお、ひまわり8号のサンプル画像(運用開始前の画像 も含む)は、気象庁のホームページで公開しています(http://www.jma-net.go.jp/sat/data/web89/himawari8_sample_data.html)。

「ひまわり8号」の運用開始時のカラー画像

(1)平成27年台風第21号の目

 平成27年9月22日に日本の南海上で発生した台風第21号は、猛烈な強さで先島諸島近海を北西に進み、沖縄県与那国町では9月28日15時41分に全国の観測史上歴代4位となる毎秒81.1mの最大瞬間風速を観測しました。

 右図は、この記録を観測する直前(15時40分)の可視画像です。台風の目の中で渦を巻く雲や台風の目を取り巻く積乱雲の様子がよくわかります。さらに、2.5分ごとの観測から、これら雲の変化が克明に捉えられるようになりました。

平成27年台風第21号の目

(2)桜島の噴火に伴う火山灰

 火山灰は、上空の風で遠くまで運ばれて地上に降り積もり、交通網などに大きな被害を及ぼすことがあります。また、航空機の視界不良やエンジントラブルを引き起こす原因ともなります。火山灰の広がりを監視することはそれらの被害を防止・軽減する観点からとても重要です。

 右図は、桜島の噴火に伴う火山灰の様子を捉えた合成画像です。図中のピンク色で示されている領域は、この噴火により噴出した火山灰を示しています。火山から噴出した火山灰が、北西からの風に乗って広がっている様子がわかります。

桜島噴火に伴う火山灰の様子

(3)黄海上を飛来する黄砂

 黄砂が飛来すると、洗濯物や車が汚れるといった一般生活への影響があるほか、濃度が高くなると交通障害の原因となる場合があります。このようなことから、黄砂は社会的に関心が高い現象です。

 ひまわり8号では、黄砂と雲では反射される光の強さが波長によって異なるという性質を利用し、可視と近赤外線の3種類の画像を合成することにより、黄砂を目立たせて表示することができます。

 右図は、黄砂が茶色、雲が白や水色、植生が緑、海が濃い青に見えるように合成した画像です。黄海上を黄砂が飛来している様子がはっきりとわかります。

黄海上を飛来する黄砂

(4)オホーツク海の海氷

 海氷は、水産物や漁業施設に被害を及ぼすほか、船舶の航行の妨げになることもあり、時には船舶が海氷に閉じ込められて海難事故につながることもあります。このような被害を防止・軽減する観点から、海氷の分布を監視することは重要です。

 ひまわり8号では、雲と氷とでは反射する光の強さが波長によって異なるという性質を利用すると、可視と近赤外線の3種類の画像を合成することにより、雲が白、氷が水色になるように表示することができます。

 右図は、オホーツク海の海氷を捉えた合成画像です。北海道の沿岸にも海氷が分布している様子がよくわかります。

オホーツク海の海氷

トピックスⅠ-7 日本版改良藤田スケールの策定と運用開始

 竜巻等の突風は、現象の規模が小さく継続時間も短いため、気象レーダーや地上気象観測ではその特徴を捉えることが困難です。このため、気象庁では、突風による災害が発生した場合には、気象庁機動調査班(JMA-MOT)による現地調査を行い、突風をもたらした現象の種類や突風の強さ(風速)等を評定し公表しています。

 突風をもたらした現象については、被害の痕跡から推定される風向や被害域の形状、聞き取り内容や現象の映像等から竜巻やダウンバーストといった現象を特定しています。

JMA-MOT による突風調査の様子

 突風の強さについては、これまでは1970年代に米国シカゴ大学の藤田哲也博士により考案された「藤田スケール(Fスケール)」を用いて評定を行ってきました。藤田スケールは、突風による被害の状況から風速をF0からF5の6段階で大まかに推定するもので、その簡便性から世界中で活用されてきました。しかし、日本の建築物等の被害に対応していないこと、評定に用いることのできる被害の指標が9種類と限られていること、風速推定の幅が大きいこと等の課題がありました。

 気象庁では、平成24年(2012年)5月に茨城県つくば市等で発生した甚大な竜巻被害を契機に、竜巻等突風の強さをより的確に把握するため、「竜巻等突風の強さの評定に関する検討会」(会長:田村幸雄東京工芸大学名誉教授)による検討を行い、平成27年(2015年)12月に、従来の藤田スケールを最新の風工学の知見を基に改良した「日本版改良藤田スケール(JEFスケール)」を策定しました。これにより、日本の建築物等の被害状況から突風の強さをより精度良く評定することが可能となります。平成28年(2016年)4月からの突風調査では、JEFスケールを用いて突風の強さの評定を実施しています。

日本版改良藤田スケール 日本版改良藤田スケールの特長

コラム

■日本版改良藤田スケールへの期待

竜巻等突風の強さの評定に関する検討会会長 (東京工芸大学名誉教授)

田村 幸雄

図図

 日本の建物の材料や構法等に合った竜巻風速評価スケールができました。従来の藤田スケールは、1970年頃の米国の建築物などに対応して作られた物差しで、日本にとっては歪んだ物差しでした。これが真っ直ぐな物差しになったということです。また、従来は10種類に満たない被害指標に基づいて毎秒20メートルくらいの幅で大まかに風速を推定していましたが、日本版改良藤田スケールでは、30種類の被害指標に基づき毎秒5メートル単位で推定することが可能となりました。つまり、“真っ直ぐで細かい目盛り”の物差しができ、より精度の高い風速推定が可能となったというわけです。

 平成17年(2005年)12月に山形県庄内町、翌年9月に宮崎県延岡市、同年11月に北海道佐呂間町、平成24年(2012年)5月に茨城県常総市からつくば市で竜巻等突風による甚大な災害が発生し、竜巻が社会の関心事となり、スマートフォンの普及等とも相まって竜巻の映像がテレビなどで度々報道され、一般にも馴染み深いものとなりました。更には、地球温暖化、気候変動等の影響から、将来、日本でも強い竜巻が増えるのではないかとの懸念もあり、より世間の関心が高まっています。

 とは言え、個々の建築物が竜巻に遭遇する確率は4万年に1度程度と極めて低く、大きな被害をもたらす強い竜巻となると数十万年に1度程度でしかありません。しかし、市町村規模で考えると100年に1度程度となり、都市防災の対象としては考える必要があります。また、年間数個の竜巻が鉄道線路を横切っており、事故防止の対象にもすべきです。更には、平成23年(2011年)の東日本大震災以来、原子力発電所のような被害後の社会的インパクトが極めて大きい高重要度施設等については、竜巻のような極端な事象についても対策を検討する必要性が認識されてきました。なお、人命保護の観点からは、ハードだけでなくソフト面での対策が必要であることは言うまでもありません。

 これらハード、ソフトの対策を適切に行うには、どの程度の風速の竜巻がどの程度の頻度で発生するのか、竜巻内で風速がどのように分布しているのか等の情報が必要です。今後、日本版改良藤田スケールが活用され、竜巻等突風の精度良い情報の蓄積に貢献し、防災に役立てられることを期待します。

 また、世界的にも竜巻等突風に対する関心は高く、日本版改良藤田スケールは、日本の風工学の最先端の知見に基づく優れたものであり、世界共通の竜巻スケールの構築にも貢献できるものと確信します。今後、利用される中で課題も出て来るでしょうし、建築物の構工法等も変化して行きます。日本版改良藤田スケールの有効利用とともに、継続的な改良が強く望まれるところです。

「竜巻等突風の強さの評定に関する検討会」

トピックスⅠ-8 緊急地震速報・津波警報の多言語辞書

 気象庁は、日本に滞在している外国人の方々に緊急地震速報と津波警報を有効に活用していただくために、内閣府、観光庁と連携して「緊急地震速報・津波警報の多言語辞書」を作成しました。 

 気象庁では、様々な防災情報を発表していますが、その中でも特に「緊急地震速報」と「津波警報」は迅速な対応行動が必要な情報です。一秒の行動の遅れが命の危険に関わるかもしれません。これらの情報では、情報の意味やどのように行動したら良いのかを周囲の人に尋ねたり、インターネットで翻訳するような時間もありません。そのため、緊急地震速報と津波警報は様々なメディアで多言語によって伝えられる必要があります。

 一方、防災情報は、メディアやアプリ毎に異なる表現を使うと利用者が混乱するおそれがあります。そこで、様々なメディアで同じ表現が使用できるよう、気象庁が用いている防災情報の日本語の表現の対訳を辞書として整理し、これらの情報の多言語による提供を後押しすることが重要だと考えました。

 なお、辞書の作成にあたっては、地震や津波は日本を訪れる多くの外国人にとって未知の体験であり、まったく馴染みがないものだと考え、次の3つのことに注意を払いました。

 まず、できるだけ多くの人に届けるために、日本への訪問者数と滞在者数を参考に作成する6つの言語を選択しました。次に、単に単語を翻訳しても学術用語のような馴染みのない用語では、直感的に判断できないため、単なる直訳とならないように注意しました。そして、緊急地震速報や津波警報を受け取ったときにどのような行動をとれば良いかも掲載しました。

活用されるための工夫

 多言語辞書は、作成後すぐに携帯電話やスマートフォンのアプリなどで活用いただきました。その後もWebサービスや自治体の広報誌、デパートでの館内放送などで、広く活用していただいています。今後も、多言語辞書をできるだけ広く活用していただき、ひとりでも多くの方が地震や津波の被害から逃れられるよう、引き続き、気象庁でも辞書の活用を働きかけていきます。


コラム

■エリアメールでの多言語辞書の活用について

 NTTドコモでは、2007年12月から緊急速報「エリアメール」を提供しており、現在では携帯電話に大きな音で災害情報をお知らせするサービスとして認知いただき、多くの方に利用されています。

 2013年末時点で日本国内に約206万人の在留外国人が在住されており、今後も日本に住む外国人の増加が見込まれている中、日本語だけの配信では理解できないとの声をたくさん頂くようになりました。このような背景から気象庁様作成の「緊急地震速報・津波警報の多言語辞書」の表現を利用し、2015年4月にエリアメールアプリの多言語化を実現しました。AndroidOSの言語設定が外国語のとき、エリアメールを英語、中国語、韓国語、ポルトガル語、スペイン語の5か国語で受信できます。例えば英語設定の場合は、緊急地震速報の着信音はブザー音の後に「Earthquake!」と鳴動し、メッセージは多言語辞書を利用した英語文を表示します。また、同じく多言語辞書に記載されているやさしい日本語表現を利用し、2015年9月にエリアメールアプリのやさしい日本語対応も実現しました。これにより、5か国語で対応しきれない言語を利用する外国人にもわかりやすい表現で災害情報をお伝えできるようになりました。今後は、自治体が配信する災害・避難情報について多言語に翻訳することや、外国人や障がいを持つ方にも災害情報をより解りやすくお伝えできるよう検討を進めてまいります。

 これからも、外国人の方、障がいを持つ方にも安心して暮らせる社会の実現に向け取り組んでまいります。(NTTドコモ)

エリアメール提供イメージ画像

Ⅱ 長期の監視から地球の今を知り、将来に備えるために

トピックスⅡ-1 平成27年(2015年)に発達したエルニーニョ現象と世界・日本の天候への影響

 気象庁では、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけての海面水温が平年より高く(低く)なる「エルニーニョ(ラニーニャ)現象」の監視と予測を行っています。平成26年(2014年)夏に発生したエルニーニョ現象は、平成27年(2015年)春以降さらに発達しました。気象庁がエルニーニョ現象の監視に使用している東部太平洋赤道域の「エルニーニョ監視海域」(第4部2章6節参照)における海面水温の基準値(前年までの30年平均値)との差は、平成27年(2015年)12月に+3.0℃を記録しました。この値は、昭和24年(1949年)以降のエルニーニョ現象発生期間中の最大値としては、平成9年~平成10年(1997年~1998年)、昭和57年~58年(1982年~1983年)のエルニーニョ現象(それぞれ、+3.6℃、+3.3℃)に次ぐ記録であり、平成9年~平成10年(1997年~1998年)のエルニーニョ現象以来18年ぶりの強いエルニーニョ現象になったと言えます。

エルニーニョ現象の実況と予測

CSVファイル[1KB]

 この発達したエルニーニョ現象は世界の天候にも影響を与えました。平成27年(2015年)は、アジア南部や南米北部などで、高温・少雨の異常気象が発生しました(第4部第2章(2)参照)。また、平成27年(2015年)夏季における西日本の低温や平成27/28年(2015/16年)冬季における東日本以西の高温・多雨など、日本の天候にもエルニーニョ現象が影響しました(第4部第2章(1)参照)。

 ところで、平成27年(2015年)の世界の年平均気温は、統計を開始した明治24年(1891年)以降の最高記録を更新しました(第4部第2章3節参照)。世界の平均気温は、その長期的な上昇には二酸化炭素などの温室効果ガスの増加に伴う地球温暖化の影響が考えられますが、数年~数十年程度の時間規模で繰り返される自然変動の影響も受けて変動しています。平成27年(2015年)の年平均気温の記録更新には、平成26年(2014年)夏に発生したエルニーニョ現象が平成27年(2015年)春以降にさらに発達したことが影響したと考えられます。


トピックスⅡ-2 東経137度に沿った海洋観測50年

 気象庁では、海洋の長期的な変動をとらえ気候変動との関係等を調べるために、北西太平洋域に観測定線を設け、2隻の海洋気象観測船によって海洋観測を実施しています。気象庁の最も代表的な観測定線である東経137度線(以下、137度線)の海洋観測は、昭和42年(1967年)冬季に、「政府間海洋学委員会(IOC)」の公式計画として、黒潮を含んだ西太平洋の海洋循環を調査するため日本が中核となって計画した「黒潮およびその隣接海域の共同調査」への参加として開始されました。この137度線の海洋観測は、今年で50年を迎える、世界に例をみない、日本を代表する測線です(図)。この測線は、できるだけ大規模な現象の一般的変動を調べるため、島や海山などの局所的影響が少なく、北太平洋を代表する黒潮や北赤道海流等の海流系を具合良く横断するものとして選定されたもので、志摩半島沖の北緯34度からニューギニア島沖の南緯1度までの約3900kmに及ぶものでした(昭和62年(1987年)以降、北緯3度までとなっています)。平成元年(1989年)までは、ナンセン採水器と転倒温度計(写真左)を、それ以降は、電気伝導度水温水深計と多筒採水器(写真右)を導入し、現在も続く水温、塩分、溶存酸素、栄養塩やクロロフィルaといった項目について、観測を行っています。また、昭和50年代後半(1980年代)になると、社会的な動向を反映し、地球温暖化の原因とされる温室効果ガスの観測として、洋上大気と表面海水中の二酸化炭素の観測を開始し、これらについても30年分以上のデータが蓄積されています。さらに、炭素循環の解明のため、海水中の二酸化炭素関連物質の観測も行っています。

海洋気象観測船 東経137度線の観測点

 この137度線の観測開始から50年を経た今、137度線の観測データは国内外の多くの研究者に利用され、北西太平洋の海洋構造や気候変動に関連する長期変動について多くの知見が得られており、その成果は「気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書(平成25年(2013年))」にも引用されています。

 近年、気候変動に係わる海洋の微小な変動を検知し、長期変動・変化の実態とメカニズム解明や、地球温暖化の将来予測モデルの不確実性を低減するための検証データとして、137度線のような定線観測の重要性はいよいよ増しています。このため気象庁は、今後も137度線の観測を海洋観測の中心として継続していきます。

主要な観測測器(左:平成元年以前、右:平成2年以降)

コラム

■東経137度定線観測は貴重な財産であり未来への贈りもの

東北大学 大学院理学研究科 地球物理学専攻 教授

須賀 利雄

図図

 海が気候や生態系の維持に本質的な役割を担っていて、その変化を的確に把握することが人類の生存にとってきわめて重要だろうという認識が、1980年代には世界で広く共有されるようになりました。しかし、そもそも海のどこで起こっているどんな変化が重要な意味をもつのか、それが十分にわかっていたわけではなく、広大な海の監視は大きな挑戦でした。まずは現状を正確に知るために、世界の大洋を縦横に走る数十の測線に沿う、約10年がかりの「一斉観測」が国際協力の下で実施されたのは1990年代のことです。コスト面から考えて、おそらく今後これに匹敵する観測が行われることはないでしょう。その後は、選定された一部の測線を約十年ごとに再観測する体制が作られ、維持されています。

 東経137度定線観測の創始者である増澤譲太郎氏の言葉を借りれば、「できるだけ大規模な現象の一般的な変動を調べる」ことを目的に、「日本の守備範囲として少なくとも北太平洋西部において、海況の常時把握に役立つ観測体制を確立する」ために気象庁がこの観測を開始したのは1967年です。それが、いかに先見性に優れ、使命感に満ちたものだったかは、上述の世界の動きをみればおわかりいただけるでしょう。もちろん、この定線は国際一斉観測にも、その後の再観測にも測線として選定され、気象庁が通常の観測を強化してこれを実施してきました。

 実は、東経137度定線には個人的に特別な思い入れがあります。大学院の修士課程時代に、観測の開始から20年近く経ったこの定線のデータを活用して、北西太平洋に広く厚く分布する“亜熱帯モード水”と呼ばれる水塊の研究に没頭しました。これほど広範囲で、同じ場所の同じ深さを、1年の同じ時期に毎年繰り返し測ったデータだからこそ見えてきた亜熱帯モード水の「息づかい」に魅せられ、海洋研究の虜になったのでした。この定線と出会っていなければ、こうして研究者の道に進むことはなかったとさえ思います。当時、地道な観測を長年続けてこられた現場の方々や、厳しい予算状況のなか観測継続のために尽力された方々に大いに感謝したものですが、観測開始から50年を迎えた今、その思いは強まるばかりです。この場をお借りして、心よりの謝意、そして敬意と祝意を表させていただきます。

 さて、自動観測ロボットの登場や衛星観測の発達により、海洋観測網は充実してきました。しかし、物理・化学・生物に関する諸量が複雑に絡み合う海の変化に対するわれわれの理解は、まだけっして十分とはいえません。気候や生態系にとって重要であるにもかかわらず見逃している変化もあるはずです。今後、新たな変化の兆候に気づいたとき、その意味を正しく理解するために、世界にも類のない長期定線観測はきっと役立つものと確信しています。その意味で、東経137度定線観測は先人から受け継いだ貴重な財産であると同時に現世代から未来への贈りものといえるでしょう。

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