特集  交通政策審議会気象分科会提言を受けた今後の取組~「新たなステージ」に対応した防災気象情報と観測・予測技術のあり方~ 1 はじめに  我が国では、近年、集中豪雨や台風等による被害が相次いで発生しています。その中で、平成26年8月20日には、広島県広島市において積乱雲が次々と発生し、複数の積乱雲が連なる線状降水帯が停滞して集中豪雨となり、この雨による土砂災害で死者75名の人的被害が発生しました。また、平成27年9月にも関東地方及び東北地方で集中豪雨となり、5日間で9月の通常の降水量の2倍を超える記録的な大雨となったところがありました。  このように、1時間降水量が50ミリ以上の非常に激しい雨が各地で頻発するなど、この数年雨の降り方が局地化、集中化、激甚化しています。この状況を「新たなステージ」と捉えて、国土交通省は平成27年1月に『新たなステージに対応した防災・減災のあり方』をとりまとめました。これを受けて、交通政策審議会気象分科会では、気象庁がこのような状況において防災・減災のために取り組むべき事項について審議を行い、同年7月に気象庁への提言として「『新たなステージ』に対応した防災気象情報と観測・予測技術のあり方 」をとりまとめました(以下「提言」という)。  気象庁は、この提言を受けて、防災気象情報の改善や観測・予測技術の向上に取り組むとともに、自治体への支援や住民の安全確保行動のための普及啓発の取組を進めていくこととしています。ここでは提言の内容と気象庁の取組について紹介します。 2 防災気象情報の更なる活用に向けた取組 (1)防災気象情報に関する現状と課題 ア.集中豪雨による災害への対応  提言では、平成26年8月20日に広島市で土砂災害が発生した際に発表した一連の防災気象情報について以下の4つの課題が挙げられています。 【課題1】 夜間の避難を回避するため、確度が高くなくとも警報級の現象になる可能性があることなど、早い段階から一段高い呼びかけの実施ができないか。 【課題2】 実況情報をより迅速に発表していくことができないか。 【課題3】 避難勧告等の対象範囲の判断を支援するため、メッシュ情報の充実や利活用の促進が必要ではないか。 【課題4】 今後予想される雨量等の推移や危険度を、より分かりやすく、より確実に提供できないか。 イ.台風などによる災害への対応  さらに、提言には、広範囲に甚大な災害をもたらす台風などに対する課題も挙げられています。 【課題5】 台風等を想定したタイムラインによる防災対応を支援するため、数日先までの予測に関する防災気象情報の提供の強化が必要ではないか。  (参考)タイムライン(時系列の防災行動計画)とは、台風などによる甚大な被害を回避するためには、事前の住民の広域避難や救助等の備えを充実することが望ましく、この事前の対応を円滑に行うため、行政機関等の関係者間で「いつ」「誰が」「何をするか」を時間軸に沿って整理したしたものです。タイムラインでは、台風が来る数日前からの対応が決められるため、その対応を支援できるよう、数日先までの予測をより充実させた防災気象情報の提供が重要になります。 (2)防災気象情報のあり方  提言は、防災気象情報の改善に向けた2つの基本的方向性   ①社会に大きな影響を与える現象について、可能性が高くなくとも発生のおそれを積極的に伝えていく   ②危険度やその切迫度を認識しやすくなるよう、さらに分かりやすく提供していく を示したうえで、上記(1)で示した課題1~5への対応策の実施を求めています。 【対応策1】翌朝までの「警報級の現象になる可能性」の提供  極めて大きな被害をもたらす集中豪雨などは社会的な影響が大きいことから、集中豪雨が発生する可能性が高くない場合も含めて、夜間から早朝における発生のおそれを「高」や「中」といった確度で、夕方の時点で発表することを求めています。 【対応策2】実況情報の提供の迅速化  住民の命を守る行動をいち早く促すため、記録的短時間大雨情報の発表を迅速化することを求めています。 【対応策3】メッシュ情報の充実、利活用促進  気象庁は現在、降水や土砂災害発生危険度等のメッシュ情報を提供していますが、気象庁ホームページ上でこれらを表示する際に、道路、河川、鉄道などの情報を重ねて分かりやすくすることや、メッシュ情報の種類をさらに増やすこと、また、メッシュ情報と土砂災害警戒区域等の危険箇所を重ね合わせる利用法を気象庁から市町村に紹介するなどの利活用の促進を求めています。 【対応策4】雨量等や危険度の推移を時系列で、危険度を色分けして分かりやすく提供  現在、警報などの防災気象情報は主に文章で発表していますが、これに加えて、注意報クラスや警報クラスの雨になる時間帯を表形式で視覚的に分かりやすい形で提供することを求めています。 【対応策5】数日先までの「警報級の現象になる可能性」の提供  現在、数日先までの防災気象情報として、5日先までの台風進路予報、台風の暴風域に入る確率、週間天気予報などを発表していますが、雨について数日先までの危険度を知らせる情報は十分ではありません。タイムラインによる防災対応を支援するため、対応策1で求められている「警報級の現象になる可能性」を、数日先の雨などについても提供していくことを求めています。 3 「新たなステージ」に対応した防災気象情報の具体的な改善内容  以下では、交通政策審議会気象分科会の提言を受けて気象庁が進める、「新たなステージ」に対応した防災気象情報の改善について紹介します。 (1)翌日までの「警報級の可能性」の提供[平成29年度~]  警報級の現象は、ひとたび起これば社会的に大きな影響を与えることから、たとえ可能性が高くないと予想される状況であっても、警報級の現象の発生のおそれを「警報級の可能性」として[高][中]といった2段階の確度で提供していきます。この情報は、定時の天気予報の発表(毎日05時、11時、17時)に合わせて、天気予報の対象地域と同じ発表単位(○○県南部など)で発表します。  これにより、例えば、夕方17時の天気予報の発表に合わせて、翌朝までの「警報級の可能性」が確認できるようになりますので、市町村など防災関係機関において、対応が困難な夜間から早朝の避難の可能性を考慮した通常より一段高い体制確保などの判断に用いることができます。 (2)実況情報の提供の迅速化[平成28年度~]  気象庁では、現在の降雨がその地域にとって災害の発生につながるような稀にしか観測されない雨量に なっていることを、危機感を持って伝えるために「記録的短時間大雨情報」を発表しています。この情報は 現在30分間隔で雨量算出処理を行っています。これを、速報性を重視して10分間隔とし、さらに、算出の所要時間も10分間短縮することで、記録的短時間大雨情報をこれまでより最大で30分早く発表いたします。  これにより、土砂災害や浸水害について、大雨注意報・警報などで段階的に報じられる危険度の高まりに加えて、実際に記録的な大雨が降り、状況がさらに悪化したという実況をいち早く伝えることが可能となります。危険な状況であることを1分でも早く伝えることで、危険箇所等にお住まいの方が、緊急に避難場所や安全な場所に移動する、それが困難な場合には、頑丈な建物の2階以上の少しでも安全な部屋等へ退避(垂直避難)するなど、安全確保行動をより迅速にとることができるようになります。なお、速報性を重視する分、算出に用いる地上の雨量データ数が限定されるなどの技術的課題があります。迅速化とともに、精度が確保されるよう慎重に検討・確認を行っています。 (3)メッシュ情報の充実・利活用促進  気象庁では、危険度の高まりを伝える「気象警報」等を受けた市町村職員や住民が、危険度の高まっている地域を「警報等を補足するメッシュ情報」により把握できる仕組みを推進することで、市町村長の避難勧告等の判断の支援や住民の主体的避難の促進を図っていきます。特に、土砂災害のメッシュ情報については、市町村等が公表しているハザードマップなどで示された警戒区域等と重ね合わせることで、避難勧告等の発令区域の絞り込みなどに活用する考え方が、「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」(内閣府)により示されています。気象庁が発表する「土砂災害警戒判定メッシュ情報」等についても、関係機関と連携・協力して、そのような活用を推進しています。 ア.土砂災害警戒判定メッシュ情報の分かりやすい表示[平成28年度~]  大雨警報(土砂災害)等を補足するメッシュ情報(土砂災害警戒判定メッシュ情報)について、危険度の高 まっている区域が分かりやすく伝わるよう、メッシュ情報に道路・鉄道・河川等の身近な地理情報を重ねて表示するよう改善します。これにより、自分のいる場所の危険度が分かりやすくなりますので、自らの地域に土砂災害による命の危険が切迫していることを、これまで以上に自分のこととして捉えられるようになります。 イ.大雨警報(浸水害)・洪水警報を補足するメッシュ情報の提供[平成29年度~]  大雨警報(土砂災害)の発表基準に、災害発生との相関の高い指数「土壌雨量指数」を用いている(P50参照)のと同様に、大雨警報(浸水害)についても、地形、土地利用など、その土地がもつ雨水のたまりやすさの特徴を考慮して、降った雨による浸水害発生の危険度の高まりを表現した指数「浸水雨量指数」の開発を進めており、この指数を発表基準に導入することで大雨警報(浸水害)の適中率の改善を図っていきます(P124参照)。  また、洪水警報については現在でも、河川の上流で降った雨による洪水危険度の高まりを示す指数「流域雨量指数」を発表基準に用いていますが、危険度の高まりをよりきめ細かく計算して精度向上を図るため、「流域雨量指数」の計算格子を現行の5kmメッシュから1kmメッシュに細かくします。さらに、計算格子を細かくするのに合わせ、現行の「流域雨量指数」が長さ15km以上の河川(約4千河川)に限定して計算しているものを、小河川も含めた全国の河川(約2万河川)を対象として計算するように対象河川を拡大します。これらの改善を実施することで、洪水警報の適中率の改善を図っていく予定です。  さらに、「浸水雨量指数」及び「流域雨量指数」を活用して、災害発生の危険度分布を地図上に図示した 「大雨警報(浸水害)・洪水警報を補足するメッシュ情報」の提供を計画しています。このメッシュ情報により、大雨警報(浸水害)や洪水警報が発表されたときに、警戒が呼びかけられている市町村内で、実際に災害発生の危険度が高まっている地域が分かりやすく表示され、自らの地域に迫る危険の詳細を把握できるようになることが期待できます。 (4)時系列で危険度を色分けした分かりやすい表示(気象警報・注意報発表時)[平成29年度~]  気象庁では、これまで、気象警報・注意報の内容は文章形式での表示を行ってきましたが、利用者が危険度や切迫度を即座に認識しづらいことなどが課題でした。これに対処するため、警報等の文中に記載してきた事項(注意警戒が必要な現象や期間、現象がピークになる時間帯、雨量や潮位などの予想最大値など)について、どの程度の強度(危険度)の現象がどのくらい先の時間帯(切迫度)に発現すると予想されるかを分かりやすく伝えられるよう、視覚的に把握しやすい時系列の表形式で、危険度を色分けして表示する改善を行う計画です(従来の文章形式による表示も継続します。)。また、警報への切り替えに言及した注意報について、通常の注意報と視覚的に区別できる表示に改善します。  これにより、気象警報・注意報で発表する危険度や切迫度が視覚的に分かるようになり、自らの地域に迫る危険の詳細を素早く把握できるようになります。 (5)数日先までの「警報級の可能性」の提供[平成29年度~]  台風等を想定したタイムラインによる防災対応を支援するため、(1)で記載した「警報級の可能性」を数日先の雨などについても提供していきます。この情報は、明後日から5日先までを対象とし、週間天気予報の発表(毎日11時、17時)に合わせて、週間天気予報の対象地域と同じ発表単位(○○県など)で発表します。  この情報を活用することで、市町村等の防災機関や公共交通機関などで、より早い段階から計画的に対応等の判断を行うことができるようになります。 コラム ■気象キャスターとしてできること 交通政策審議会気象分科会臨時委員(NPO法人気象キャスターネットワーク代表) 藤森 涼子  今年度の気象分科会で臨時委員を務めさせて頂きました。分科会の委員は2度目となりますが、特に今回は特別な思いでお引き受け致しました。審議は「新たなステージに対応した防災気象情報と観測・予測技術のあり方」。平成26年の広島の土砂災害がきっかけとなってこのようなテーマとなったからです。  私は広島の災害が発生した夜、民放のニュース専門チャンネルで生放送を担当していました。放送前にデータを確認した際、広島に小さいけれど発達した雷雲の塊を発見して、急遽放送のメニューを変更し、広島の雷雲の解説を中心に放送しました。通常は全国の予報を伝えていますので、全国のことを網羅するように解説しているのですが、そのときは広島のレーダーが非常に目立ったので、そこを中心とした解説にしたのです。広島のあの日は湿った空気が入りやすく大気の状態が非常に不安定で、大雨が降りやすいということは気象予報士として理解していましたし、予報や情報も確認し、放送では実況を中心に解説をしました。放送後も規模は小さいけれど尋常では無い位密集した雷雲がどうも気になり、帰宅途中、広島の友人の気象キャスターに直接連絡し状況を確認しました。「さっきまですごい雷雨だったけど、今、ちょうど収まってきた」という話だったので、それならよかったと会話を終え帰宅し、そのまま就寝。そして翌日起きてニュースを見て衝撃を受けました。しばらく声も出ないほどのショックでした。ですから広島の災害については、遠い広島の地で起きたことでも、私にとっては自分の身近で起きた非常に身近なショッキングな出来事だったのです。今も私は、私が放送していた時点で何ができたのかを自問自答しながら気象情報を担当しています。  私が代表を務めているNPO法人気象キャスターネットワークでは、全国各地のキャスターがそれぞれの地域で防災の出前授業やイベントを行い防災知識の普及啓発活動を行っています。この活動は気象災害の軽減に今すぐ直結するような活動ではないかもしれません。「ペットボトルで雲を作ったり、雨粒の形を知ったところで自然災害で亡くなる人の数は変わらないのでは?」と言われたこともあります。ただ、身近で気象災害が起こりそうなとき逃げるきっかけとなるのは「いつもとは違う、何か違う」という危機意識ではないでしょうか?「いつもと違う」という事を感じるには、「いつも」の状況を知っておくことが必要です。そして私達の防災教育はその「いつも」を知るきっかけになると思っています。危機意識を持ってもらうための本当に小さな「種まき」ですが。  そして、今回の提言をきっかけに気象庁の防災情報は変わります。この情報をわかりやすく伝えるのも気象キャスターの役目です。  「防災教育」と「正しくわかりやすく伝えること」気象キャスターだから出来ることをこれからも私達の使命として気象災害の軽減に向けて取り組んで行きたいと思います。 コラム ■様々な防災教育プログラムを活用した安全知識の普及啓発の展開  気象庁は、気象情報や自然現象から、住民が自らの判断で状況に応じた的確な行動をとることのできるような防災意識の醸成を目指し、安全知識の普及啓発に重点的に取り組んでいます。  それらの取組の一つとして、気象庁では、「気象庁ワークショップ『経験したことのない大雨 その時どうする?』」という防災教育プログラムを開発・公開しています。このプログラムは、グループワークを通して、自らの問題として日頃からの備えや適時適切な防災気象情報の入手とその情報を活用した安全行動を事前にシミュレートする能動的な学習方法であり、平成27年度は全国で109件実施されました。  一例を挙げますと、宮崎地方気象台と宮崎県教育庁が連携し、学校安全指導者研修会(宮崎県教育庁主催)において宮崎県内の公立学校(小・中・高・支援学校等)422名の教員に、気象庁ワークショップを実施していただきました。この経験を通して、教員自身が災害から身を守る知識を習得していただくだけでなく、教育現場においてこのプログラムを実践していただき、児童・生徒にも災害から身を守る知識を習得してもらえるよう、教員が安全知識の普及啓発の担い手として活躍してもらうことを期待しています。このワークショップでは活発なディスカッションが行われ、大盛況のうちに終えることが出来ました。実施後のアンケートで「気象庁ワークショップを防災学習に取り入れたいか?」と尋ねたところ、「何らかの形で取り入れたい」と回答した割合が4分の3に上りました。  この他、全国各地の児童・生徒にもワークショップを体験していただいており、災害が意外に身近で起きるものであること、いつかは起こる自然災害に対する備えが必要なことを感じていただいています。  このワークショップ以外にも各地の気象台では、地域の実情やニーズに応じて、学校教育現場で使用する副読本や指導案の作成支援の他、教材等を作成・公開し、それらの普及を図っているところもあります。  今後も様々な関係機関と連携・協力しながら、これらのツールを活用するなど、様々なアプローチで安全知識の普及啓発に取り組みます。 4 気象観測・予測技術向上に向けた取組  気象庁は、最新の科学技術を取り入れつつ、防災気象情報を作成・提供していますが、防災気象情報には、分かりやすく、迅速かつ高い精度が求められます。この要請に応えていくためには、観測予測技術の向上が不可欠であり、中長期的な視点を持って継続的に取り組む必要があります。  提言は、大きな気象災害をもたらす要因となっている「積乱雲」、「集中豪雨」、「台風」について、それぞれに関する観測・予測技術の現状と課題を確認したうえで、最適な観測手段と技術向上に向けて取り組むべき方向性を示しています。加えて、関係機関との連携促進、スーパーコンピュータシステムや通信ネットワークなど気象庁の業務基盤の維持・機能向上、研究・開発に携わる人材の育成・強化についても、研究からその成果の実用化までを担う気象庁の総合力を発揮しつつ取り組むべき、としています。 (1)積乱雲 ア.気象観測・予測技術の現状、課題と方向性  気象庁は、全国に20基整備されている気象レーダー等により、積乱雲や、積乱雲により発生する大雨、雷の状況を5分間隔で監視しています。また、平成27年7月7日より「ひまわり8号」の運用を開始しました。ひまわり8号は、7号と比較して、観測の空間分解能が2倍になり、観測する画像の種類が5種類から16種類に増加したほか、日本付近を2.5分毎に観測できるようになるなど、大幅に観測機能が向上しました。これにより、発達中の積乱雲を従来よりも詳細に監視できるようになりました。図に示す2.5分毎の観測画像を見ると、積乱雲が発達する様子がよくわかります。  一方、現在の予測技術では、局地的な大雨をもたらす積乱雲が県内のどこかで発達しやすい気象状況になることは数日前から予測することができますが、1つ1つの積乱雲がいつ、どこの市町村で発達するかを数時間前に予測することは困難です。また、積乱雲により発生する竜巻などの突風は極めて狭い範囲で発生するため、今の気象庁の観測機器や技術では監視することが困難な状況です。  提言は、これら現象の把握が難しい竜巻や突風をもたらす積乱雲に関する取り組みの方向性として、新しい気象衛星ひまわり8号の高頻度・高解像度の観測データを十分に活用して、積乱雲が急速に発達する状況を監視する技術などを向上させていくことが必要としています。また、近年、技術開発が進んでいる二重偏波レーダー(降水粒子の状態がより正確に把握でき、降水強度の観測の向上が可能となるもの)や気象研究所において利用研究が進められているフェーズドアレイレーダー(高速・高解像度な三次元観測が可能となるもの)といった次世代の気象レーダーについて全国に展開できるよう技術開発に取り組むとともに、次世代気象レーダーを活用した1時間先までの予測(各種ナウキャスト)の技術の高度化も進める必要があるとしています。 イ.気象観測技術向上の取組  気象研究所は、局地的大雨や竜巻などの激しい大気現象について、現象の理解と防災情報の高度化を目的とし、平成27年7月にフェーズドアレイレーダーの研究運用を開始しました。従来のレーダーでは、360度の空間を立体的に観測するために、アンテナの角度を上下に変える必要があり、5~10分の時間がかかっていました。一方、フェーズドアレイレーダーは電子スキャンという手法を用いることで、わずか30秒で隙間なく観測することができます。そのため、短時間に次々と変化する現象を、初めて立体的に連続的に捉えることが可能になりました。右図は気象研究所のフェーズドアレイレーダー(茨城県つくば市)による激しい雷を伴った成熟期の積乱雲の内部の観測例です。30秒間隔のアニメーションで見ると、地上から高さ3~8kmにある降水のかたまり(降水コア)が西風に運ばれながら落下するとともに、低層の東風による向かい風を受けて大きく湾曲し、上部が前方にせり出す構造へと変形する様子がとらえられています。この低層の向かい風によって地上への雨滴の落下が遅れ、その結果として、つくば市で急激な強雨が観測されました。このレーダーの高速スキャン機能を用いて、上空から落下する降水コアを時々刻々と追跡することによって局地的大雨を短時間予測するといった新しい防災技術への応用が大いに期待されます。 (2)集中豪雨 ア.気象観測・予測技術の現状、課題と方向性  集中豪雨は、積乱雲が次々と発生・発達を繰り返すことにより、総雨量が百~数百ミリに達する大雨となり、土砂災害や家屋浸水等の重大な災害を引き起こします。現在、積乱雲の状況は、気象レーダーや気象衛星などにより監視をしています。そして、これらの観測データを活用して、数値予報により雨などを予測しています。近年の数値予報技術の向上により、低気圧や前線、ある程度規模の大きい線状降水帯に伴って、どの地方で集中豪雨が発生しやすい気象状況になるかを数日前に予測できるようになってきましたが、集中豪雨をもたらす線状降水帯のメカニズムは十分に解明されていないため、集中豪雨がいつ、どこで発生し、どのくらいの雨量になるかを精度よく予測することは困難な状況です。  提言は、集中豪雨に関する取り組みの方向性として、集中豪雨をもたらす線状降水帯のメカニズムを解明するため、その形成に大きく関係している水蒸気の監視技術を高度化するとともに、数値予報の高度化に着実に取り組む必要があるとしています。 イ.気象観測・予測技術向上の取組  気象研究所は、水蒸気の監視技術に関する研究を行っています。具体的には、GPS等測位衛星を利用して、海上の水蒸気量を高い精度で捉える方法、ビル等の固定物で反射された気象ドップラーレーダーの電波の位相情報※1を利用して都市域の水蒸気量を高い精度で捉える方法、ライダー※2を利用して水蒸気の鉛直分布量を連続的に把握する方法について研究を進めています(「気象業務はいま2015」第1部第2章第2節「2.新しい観測・予測技術」を参照)。これらの新しい観測技術を将来実用化することによって、気象災害をもたらす集中豪雨の予測精度が向上するものと期待されています。 ※1 位相情報:水蒸気の量などにより電波の速度が変化する原理を利用する情報。 ※2 ライダー:レーザー光を利用した測定装置。 コラム ■平成27年9月関東・東北豪雨における線状降水帯の発生  平成27年9月9日から11日にかけて、関東地方から東北地方の広い範囲にもたらされた大雨は、台風第18号の東側に存在していたアウターレインバンド※1から変化した、幅100~200kmの南北に伸びた降雨域の中で発生した、多数の線状降水帯(幅20~30km、長さ50~100km)によって引き起こされました。 気象研究所での調査の結果、これらの線状降水帯が発生した主な要因として、 ① 大気下層に湿った空気が持続的に流れ込んでいたこと ② 上空に強い南風が存在していたこと ③ ②の強風域に伴う上昇気流によって上空の空気も湿っていたこと であることが分かりました。この期間、日本海及び太平洋に、台風第18号とその台風から 変わった温帯低気圧や、台風第17号が存在しており、大気下層では大量の水蒸気が南東から 流入し続けていました。そして上空では、西日本に、南北に伸びるように存在した気圧の谷の東側で強い南風が卓越し、その強風域に伴う上昇気流によって上空の空気が湿っていました。これらの条件が継続したことにより、多数の線状降水帯が発生し、大雨をもたらしたと考えられます。  これらのことから、大気中の水蒸気分布を監視し、特に下層の湿った空気の流入をいち早く捉えることで、このようなメカニズムで発生する大雨の予測精度向上が期待できます。 ※1 アウターレインバンド:台風中心から200km~600km外側にある降水帯のこと。  次に、気象庁が取り組む数値予報の高度化について紹介します。数値予報とは、スーパーコンピュータ等で、大気状態(気温・風・水蒸気など)の時間変化を物理法則に基づいて計算し、将来の大気状態を予測する技術です(第2部第1章参照)。スーパーコンピュータ上で計算を開始する大気状態の出発点(初期値)は実際の大気状態と誤差があり、その誤差は予測時間とともに増大します。このような性質を利用して、初期値をわずかにずらした複数の初期状態から同時に計算を行い、この複数の計算結果から最も起こりやすい現象や現象の起きる確度を予測します。これをアンサンブル予報技術といいます。  この技術はすでに規模の大きな現象に関する予測(台風予報や週間天気予報、季節予報等)に導入されていますが、これを集中豪雨等の局地的な現象に関する予測にも導入する計画です。具体的には、日本付近を水平格子間隔5kmできめ細かな計算を行うメソモデルを基にしたメソアンサンブル予報システムの運用開始を目指します。  図は開発中のメソアンサンブル予報システムによる予測結果の例です。少しずつ条件を変えた10通りの初期値から計算した結果を示しています。従来の単一の計算では難しかった降水分布の予測について、10個の計算を行うことでより実況に近い分布(上段一番左、下段中央など)も予測されていることがわかります。  アンサンブル予報技術の導入により、可能性のある複数通りの予測を想定できることで、予測される状況の幅や信頼度の把握が可能となります。これにより、確度の高低に応じた適切な防災気象情報の発表や、可能性が低くても警報級の現象になる可能性があることをより客観的に言及できるようになります。これら防災気象情報の高度化に向けて、メソアンサンブル予報システムの開発や予測資料の有効な活用技術の開発をそれぞれ進めています。 (3)台風 ア.気象観測・予測技術の現状、課題と方向性  台風は、それ自身によって、また梅雨前線など他の現象との相互作用によって、暴風や大雨、高波や高潮、土砂災害、洪水など様々な災害を引き起こします。このため、的確に防災対応を行うためには、正確な台風の進路と強さの予測、さらに関連して生じる様々な現象の的確な予測が必要です。気象庁の台風の予測精度は世界的にも高いレベルにありますが、1日で数十ヘクトパスカルも中心気圧が低下するような、急発達する台風のメカニズムは十分に解明されておらず、中心気圧の予測が特に課題となっています。また、タイムライン(時系列の防災行動計画)に沿った早めの防災活動を支援していくためには、台風に伴う大雨、暴風、高波、高潮などの顕著現象を数日前から精度よく予測することが求められますが、予測時間が長くなるほど予測精度が低下してしまうことが課題です。  提言は、台風に関する取り組みの方向性として、台風の中心気圧や最大風速などの予測の延長と進路予報の精度向上に取り組む必要があるとしています。また、雨量の予測を延長するための技術開発や、台風による高潮発生の可能性を地域毎に確率的に評価する手法を開発すべきであるとしています。 イ.予測技術向上の取組  気象庁は、台風の強度予報技術の向上のために、数値予報モデル等の改善・開発に取り組みつつ、海面水温など台風の発達に影響する環境場をふまえて予測する手法を開発して、平成30年の台風シーズンから台風の強度予報を5日先まで延長することを目指します。また、台風の進路予報についても、数値予報モデル等の改善とその効果的な活用を通して、一層の精度向上に取り組みます。  これらに加えて、台風に伴う大雨や高潮等による被害軽減のために、降水量の予測精度を向上させ、降水量の予測を現在の24時間先(または48時間先)から2~3日先まで延長できるよう、数値予報を中心とした技術改善を進めていきます。また、高潮情報の改善として、アンサンブル数値予報を活用し、台風の進路・強度予報の不確実性を踏まえて、高潮の発生を確率的に予測するなど情報の高度化を図ります。 5 おわりに  気象庁は、自然現象を常に監視・予測し、的確な防災気象情報を提供することによって自然災害の軽減、国民生活の向上、交通安全の確保、産業の発展などを実現することを任務としています。これらの実現には、気象庁が発表する情報が国民、市町村、や都道府県等の利用者のもとに届き、的確に使っていただくことが必要です。  気象庁では、提言を受け、防災気象情報の改善と観測・予測技術の向上を進めるとともに、防災気象情報の利活用の促進や安全確保行動に資する普及・啓発活動に取り組んでまいります。 コラム ■より良い防災気象情報の提供に向けての期待 交通政策審議会気象分科会長(東京大学大気海洋研究所教授) 新野 宏  最近5年間を振り返って見ると、平成23年の新潟・福島豪雨や台風12号による紀伊半島の豪雨、平成24年の九州北部豪雨、平成25年の台風26号に伴う伊豆大島の土砂災害、平成26年の広島の土砂災害、平成27年の関東・東北豪雨による鬼怒川等の氾濫、と毎年大きな豪雨災害が起きています。これら個々の豪雨を直接地球温暖化と関連付けて議論することは科学的には難しいですが、過去数十年から100年の間に強い降水の頻度が緩やかに増えてきたことは観測データからも示されています。今後の防災は、従来の降水特性に基づいて作られた河川の堤防などのハード面に頼るだけでなく、ソフト面でも可能な限りの対策を取っていく必要があります。  後者で重要な役割を果たすのが、防災気象情報を提供する気象庁です。平成27年7月に出された交通政策審議会気象分科会の提言では、現在の技術レベルにおける工夫で比較的短期間に実現できる防災気象情報の改善と、長期的な防災気象情報の改善に寄与する観測・予測技術の開発についての方向性が示されました。  一口に豪雨と言っても、そのしくみは多様で、充分前から比較的精度良く予測されるものから、直前まで予測が難しいものまで様々です。しかし、最近の一連の豪雨災害で明らかになってきたことは、たとえ防災気象情報が適切に発表されていても、必ずしも有効に活用されず、人的災害が防げなかった事例が少なからずあることです。提言では、社会的影響の大きな現象に対しては可能性が高くなくとも発生の恐れを積極的に伝えること、危険度や切迫度が認識しやすい情報提供を行うことの必要性が指摘されています。  提言を受けて、気象庁ではよりわかりやすく、きめ細かな情報の表示や、迅速な情報提供など様々な改善を実施しつつありますが、重要なのは、これらの改善された情報を地方自治体や一般市民にいかに有効に活用してもらうかです。気象庁でも、地方気象台を中心に、地方自治体等と協力して、普及啓発の努力をしていますが、なお一層の努力が必要です。特に、災害はいつどこで出会うかによって身を守るための対策が異なるので、日頃から一般市民1人1人が、自分のいる場所の「災害に対する脆弱さ」を認識し、現象が起きたときに適切な対応ができる姿勢を身につけてもらうための支援が肝要です。地方自治体による土砂災害警戒区域等の指定や公開は必ずしも順調に進んではいませんが、近年は国の内外からの旅行者も増えていることから、地方自治体では現時点で把握している土砂災害の危険性のある地域を、気象庁の提供するメッシュ情報(雨量や土壌の状態を1~5キロメートル四方の領域(メッシュ)として地図上に表示する情報)に一足早く組み合わせてメッシュ情報として発表できるように工夫し、誰にでも迅速な対応ができるように活用してほしいものです。  一方、将来に向けて、より正確で不確定性の少ない防災気象情報を出していく努力も必要です。多くの先進国では、防災機関と大学・研究機関の密接な協力のもとに、より精度の高い観測手法や数値天気予報モデルの開発が進められています。気象庁はこれまで、技術官庁としての実力を発揮して自前で観測手法や数値天気予報モデルの開発を行い、優れた気象業務を展開してきました。しかし、世界でしのぎを削る最先端の競争を勝ち抜くためには、防災気象の分野においても、大学・研究機関と密接な協力体制を構築し、総力を挙げて研究・開発を行って行くことが不可欠と思われます。気象庁でも、この点を認識し、数値予報研究開発プラットフォームや気象研究コンソーシアムなどの仕組みを設けてはいますが、モデルやデータの相互利用や人材の交流は必ずしも充分に進んでいるとは言えません。世界との競争を勝ち抜くという大きな視野を持って、様々な工夫をして実効的な協力体制を充実していくことが大切です。  観測面では、高時間・空間解像度の観測を行う静止気象衛星「ひまわり8号」、全国に配備されているドップラーレーダーや羽田・関西空港に配備された二重偏波ドップラーレーダー、気象研究所に導入されたフェーズドアレイドップラーレーダー、多様な水蒸気観測機器などのデータを、現象のメカニズム解明や数値天気予報の精度向上にどう活かして行くかの研究開発が必要だと思います。  また、予報面では、数値天気予報モデルの高解像度によって必要になる様々な物理過程のモデル要素の開発、新しい観測機器のデータを使って数値天気予報モデルの初期値を高精度化するデータ同化手法の研究、大気運動のカオス性に根ざした予測の不確定性を評価するアンサンブル予報手法の開発が重要です。  集中豪雨や竜巻は、数値天気予報モデルの精度がいかに向上しても、大気固有の性質として、初期値の僅かな違いによって予報結果が大きくばらつくため、将来的にもその予報は「何月何日何時からの6時間に150mm以上の降水が30%の確率で起きると予測されるのはこの地域です」と地図上に表示するような形にならざるをえないと思われます。降水確率予報の導入から36年が経った今、多くの人がTPOに応じて、傘を持つかどうか日々判断して利用していますが、確率的な防災気象情報についても、地方自治体や一般市民がそれぞれの場所・状況に応じて最適の対応ができるように、防災情報の専門家とも協力して支援する取り組みが必要になります。また、台風の場合は、進路の少しの違いで高潮・暴風・大雨などの被害の想定が大きく異なります。数日後の予報は確率的にしか与えられないでしょうが、非常に強い台風が首都圏や大都市圏に近づき大きな災害が予測される際には、多数の市民の避難も含め、どのような防災気象情報の発表のタイムラインを作成するか、政府・地方自治体とより突っ込んだ検討を進めておくべきでしょう。今後の気象庁の取り組みに期待したいと思います。 トピックス Ⅰ 自然のシグナルをいち早く捉え、迅速にお伝えするために トピックスⅠー1 平成28年(2016年)熊本地震 (1)発生した地震の概要(平成28年4月27日までの状況)  平成28年4月14日21時26分、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード6.5(暫定値)の地震が 発生し、熊本県益城町で最大震度7、玉名市、西原村、宇城市、熊本市で震度6弱を観測したほか、九州地方から中部地方の一部にかけて震度5強~1を観測しました。また、4月16日01時25分、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.3(暫定値)の地震が発生し、熊本県益城町及び西原村で最大震度7、南阿蘇村、菊池市、宇土市、大津町、嘉島町、宇城市、合志市、熊本市で震度6強を観測したほか、九州地方から東北地方の一部にかけて震度6弱~1を観測しました。これらの地震の発震機構はいずれも概ね南北方向に張力軸をもつ横ずれ断層型で、活断層である日奈久断層帯・布田川断層帯で発生したものとされました(政府の地震調査委員会の評価(4月15日、17日公表)による)。その後、強い揺れを伴う地震の発生は熊本地方にとどまらず、阿蘇地方、大分県中部地方でも発生しました。  このように、今回の地震は、内陸でマグニチュード6.5という大きな地震の後、同じ地域でマグニチュード7.3というさらに大きな地震が発生したこと、また、地震の活動域が熊本地方から大分県中部地方にかけての広範囲に及ぶことなどの特徴がありました。気象庁はこれら一連の地震を「平成28年(2016年)熊本地震」(英語名:The 2016Kumamoto Earthquake)と命名しました。  これらの地震により、死者49人、全壊家屋1,750棟などの甚大な被害を生じました(平成28年4月27日08時00分現在、政府の非常災害対策本部による)。 (2)気象庁の対応  気象庁は、4月14日21時26分の地震発生直後から適時に緊急地震速報や地震情報等を発表するとともに、地震が発生した4月14日以降、気象庁本庁で記者会見等を繰り返し実施し、今後の地震活動や降雨に伴う土砂災害等への注意を呼びかけました。さらに、気象庁ホームページ内に特設ページ「平成28年(2016年)熊本地震の関連情報」を開設し、地震情報や地震に関する報道発表資料のほか、気象警報・注意報、天気予報、雨の状況などの気象関連の情報へのリンクも掲載するなど、情報提供体制を強化しました。加えて、現地での関係機関の災害応急活動等を支援するため、政府現地対策本部や熊本県災害対策本部に参画し、地震活動や気象状況に関する情報提供を行いました。  また、この地震により震度7~6弱が観測された地域を中心に、地震動による被害状況や震度観測施設の状況の確認及び臨時の震度計設置等のため、気象庁本庁、気象研究所及び福岡管内の気象台から気象庁機動調査班(JMA-MOT)を派遣しました。この調査の中で、オンラインで収集できなかった自治体が設置した震度計の残存データを解析することにより、4月16日01時25分の地震の最大震度が7であることを確認しました。 トピックスⅠー2 火山の観測監視体制の充実と情報の改善  平成26年(2014年)9月27日の御嶽山の噴火では、死者・行方不明者が63名に上るなど大きな人的被害が発生しました。この災害を受けて、火山噴火予知連絡会※の下に設置された「火山観測体制等に関する検討会」及び「火山情報の提供に関する検討会」において、活火山の観測体制の強化及び火山活動に関する情報提供のあり方が検討され、平成26年11月に緊急提言が、平成27年3月26日には最終報告がそれぞれの検討会から出されました。 ※火山噴火予知連絡会:火山噴火予知計画(文部省測地学審議会の建議)により、関係機関の研究及び業務に関する成果及び情報の交換、火山現象についての総合的判断を行うこと等を目的として、昭和49年6月に設置(委員:学識経験者及び関係機関、事務局:気象庁)  気象庁では、緊急提言や最終報告に基づき、現在、火山観測監視体制の強化や火山情報の改善等を進めています。 (1)火山観測監視体制の強化  「火山観測体制等に関する検討会」の緊急提言では、水蒸気噴火の兆候把握に役立つ山頂付近での観測体制について、火口付近への観測施設の増強及び水蒸気噴火の兆候をより早期に把握できる手法の開発が必要であることが指摘されました。  これを踏まえ、気象庁では、以下のように全国規模で火山観測体制の強化を進めています。 ア.火口付近への観測施設の増強  平成26年9月の御嶽山の噴火のような水蒸気噴火は、噴火前の予兆(以下「先行現象」という)の規模は小さく、その現象がみられる場所も火口に近い場所に限られます。このことを踏まえ、火口付近の熱や噴気の状態変化、火山体内の火山ガスや熱水の流動等による山体の変化を捉え、水蒸気噴火の先行現象を検知するため、現在、常時観測を行っている47火山及び今後常時観測火山に追加すべきとされた3火山(ウ.参照)を加えた計50火山のうち、活動が活発で火口付近に近づくことが困難な桜島、口永良部島を除く全国48の火山の火口付近に、熱映像カメラや火口カメラ、傾斜計、広帯域地震計を設置する観測施設の増強を行っています。 イ.御嶽山の火山活動の推移を把握するための観測強化  また、御嶽山については、マグマの関与が間接的である水蒸気噴火からマグマが直接関与する噴火への移行といった、今後の火山活動への変化をより確実に把握し、迅速かつ的確に火山情報を発表する必要があることから、地震計や空振計、傾斜計、GNSSなどの観測施設を増強するとともに、水蒸気噴火の先行現象を把握するための、地磁気観測装置や火山ガス観測装置も設置することとしています。  なお、このような観測強化は、御嶽山以外の水蒸気噴火の可能性がある火山についても順次整備を進めています。 ウ.常時観測火山の見直し  常時観測火山は、平成21年(2009年)に開催された火山噴火予知連絡会「火山活動評価検討会」において、今後100年程度の中長期的な噴火の可能性及び社会的影響を踏まえ選定されているものであり、現在は47火山が対象となっています。平成26年11月に出された「火山観測体制等に関する検討会」の緊急提言 では、平成21年の選定以降、顕著な異常現象が見られた以下の火山について、常時観測火山への追加を 検討すべきとされました。  これを受けて、現在、気象庁では、これらの火山の常時監視を行うため、地震計や空振計、傾斜計、GNSS及び遠望カメラの整備を進めています。 (2)組織・人員等の強化  気象庁では、火山の観測監視や火山活動評価、情報発表等の業務を実施する体制の強化を図るため、平成28年4月から新たに、本庁に「火山監視・警報センター」を、また、札幌、仙台、福岡各管区気象台に「地域火山監視・警報センター」を設置しました。さらに本庁には、全国の機動観測を指示・統括する「火山機動観測管理官」を設置しました。これらに加えて、平成28年度中には、専門的な知識を有する予報官、火山活動評価官等を増員します。  また、火山の評価能力の向上、人材の育成も重要です。このため、気象庁職員に対する火山に関する研修の充実・強化に取り組んでいます。さらに、本年4月から我が国を代表する火山の専門家を気象庁参与に任命し、気象庁における火山活動評価や人材育成に参画していただいています。 (3)火山情報の改善  「火山情報の提供に関する検討会」において、地元関係機関や一般の人々が行動に結びつけることができるよう、わかりやすく火山情報を提供していくべきと指摘されたことを踏まえ、以下のとおり火山情報について見直しを行いました。 ア.「臨時」と明記した「火山の状況に関する解説情報」の発表  火山活動に変化があった場合に発表する「火山の状況に関する解説情報」について、火山活動のリスクの高まりが伝わるよう、「臨時」の発表であることを明記するとともに、その内容も火山活動の状況だけでなく、気象庁の対応状況や防災上の警戒事項等についてもわかりやすい表現で記載することとしました(平成27年5月18日から実施)。 イ.噴火警戒レベル1及び噴火予報におけるキーワード「平常」の変更  噴火警戒レベル1及び噴火予報におけるキーワード「平常」の表現について、活火山であることを適切に理解できるよう、「活火山であることに留意」と表現を改めました(同上)。 ウ.「噴火速報」の発表  登山中の方や周辺に住んでいる方に、火山が噴火したことをいち早く伝え、山頂付近にいる方は例えばシェルターや岩陰に身を隠す、中腹付近にいる方は例えば急いで山を下りて山から離れるなどの身を守る行動を取っていただくために、噴火速報を平成27年8月4日から発表しています。  この噴火速報は、遠望カメラ、地震計、空振計等で噴火を確知することができる常時観測火山を対象に発表します。また、噴火速報は、初めて若しくは一定期間以上の間をあけて噴火した場合、又は継続的に噴火している火山でそれまでの規模を上回る噴火を確認した場合に発表します。また、視界不良により遠望カメラで噴火が確認できない場合でも、地震計や空振計のデータで噴火を推定できる場合は「噴火したもよう」として発表します。一方で、表に示すとおり、噴火が発生しても噴火速報を発表しない場合がありますのでご留意ください。  噴火速報は気象庁ホームページのほか、テレビやラジオ、スマートフォンアプリ等を通じて携帯端末などで知ることができます。スマートフォンアプリ等で噴火速報を提供している事業者については、気象庁ホームページに記載していますので、ご参照ください。  噴火速報の説明:http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/kaisetsu/funkasokuho/funkasokuho_toha.html  気象庁は、今後とも火山の状況の迅速・的確な観測・監視に努めるとともに、地元の火山防災協議会等と密接に連携しながら、正確でわかりやすい情報提供を行っていきます。 コラム ■気象庁と阿蘇火山博物館との連携 (公財)阿蘇火山博物館 館長 池辺 伸一郎  阿蘇火山博物館は、昭和57年に民間の博物館として草千里に設立され、平成16年からは、財団法人として運営しています。博物館では、開館以来中岳第一火口の2ヶ所にビデオカメラを設置し、火口内の生中継映像を館内において展示してきました。また、その映像は当初から熊本のテレビ局各社にニュース素材として、平成7年からは防災上の観点から気象庁への配信を続けています。  そういった中、平成26年8月以降、中岳の活動活発化により噴火警戒レベルが2に引き上げられました。博物館としては、気象庁や京都大学火山研究センター、熊本大学などと緊密に連絡を取り合い、防災情報の発信に努めてきました。気象庁からは、より新しい火山情報の提供、現地観測時の噴出物資料の提供などを受けながら、当館での調査研究、展示等に活用させていただきました。さらには、1Fフリースペースでは、気象庁からの噴火警報や解説情報を随時掲示しています。気象庁からは、館内に設けた「気象庁情報コーナー」に火山観測や気象に関するパンフレットを逐次補充していただいています。  このように、火山防災に関して、気象庁との連携によって、博物館としてはより新しい情報の入手と発信ができ、また気象庁としては博物館を使って、より多くの方への情報発信ができているのではないかと感じています。  一方、平成27年9月14日に中岳において小規模なマグマ水蒸気噴火が発生しました。その際、私は所用で外出中でしたが、気象庁からの噴火速報が地元の防災情報システムを通して、スマートフォンに入ってきました。実際の噴火から5分程度が経過していましたが、この情報は大変有用でした。噴火に関する情報を一刻も早く一般に知らせることは極めて重要なことです。噴火と速報とのタイムラグが小さいに越したことはありませんが、それは今後改善できていくものと考えられますので、気象庁からの重要な情報発信に向け、さらなる進化を期待したいと考えます。 トピックスⅠー3 口永良部島の噴火と気象庁の対応 (1)5月29日の噴火までの対応  口永良部島では、平成26年(2014年)8月に新岳火口で噴火が発生して以降活発な火山活動が継続し、平成27年3月24日以降夜間に高感度カメラで火映が観測され始め、3月25日には熱異常域での温度上昇や新たな熱異常域が確認されました。  気象庁では、火山活動の状況について最新の状況をお伝えし、的確な避難行動を支援するため、平成26年8月の噴火以降、気象庁機動調査班(JMA-MOT)を随時派遣し、また、火映が観測された平成27年3月以降は口永良部島に職員を常駐させ、火山ガスの観測や熱映像観測等の現地調査を行うとともに、住民への説明会を実施するなどの対応を行いました。  5月23日には島内で発生する地震としては比較的規模の大きな地震(マグニチュード2.3)が発生し、屋久島町口永良部島公民館で震度3を観測したことから、現地の常駐職員は地元自治体や住民への説明を密にし、噴火の際の避難行動等の確認を行っていました。そして、5月29日09時59分、新岳火口において爆発的噴火が発生しました。噴煙は火口縁上9,000メートル以上に上がり、火砕流が新岳の北西側(向江浜地区)で海岸まで達しました。気象庁では、同日10時07分に噴火警報を発表し、噴火警戒レベルを3(入山規制)から5(避難)に引き上げるとともに、10時34分に火山現象に関する海上警報を発表しました。噴火警戒レベルが5になったのは、平成19年に噴火警戒レベルの運用を開始して以来全国で初めてです。これにより屋久島町は、口永良部島全島に対し避難指示を発令し、島内住民及び滞在者は全員島外に避難しました。 (2)その後の対応  この噴火以降も、気象庁では、地元自治体や口永良部島の防災対応を支援するため、住民の帰島までの間は屋久島に職員を常駐させ、臨時の地震計や簡易遠望カメラ、空振計を口永良部島に設置するなどの観測体制の強化を行うとともに、火山活動や気象に関する解説を行うほか、地元自治体と連携し、住民の一時帰島にあたっての火山防災対応上の支援を行いました(コラム参照)。また、気象庁ホームページ内には特設ページ「口永良部島噴火の関連情報」を開設し、最新の火山の状況に関する解説情報や降灰予報、火山活動解説資料などの火山関連の情報とともに、気象警報・注意報、天気予報、雨の状況などの気象関連の情報へのリンクも掲載するなど、情報提供体制の強化を図りました。  その後、噴火は6月18日から19日にかけて3回発生し、火山性地震は、8月上旬までは時々多くなりました が、その後少なくなりました。また、9月には、新岳火口付近の熱異常域の温度の低下が認められたこと から、気象庁では、火山活動の状況を踏まえ、10月21日18時00分、5月29日と同程度の噴火が発生する可能性は低くなっているとして、噴火警報を切り替え、警戒の必要な範囲を新岳火口から概ね2キロメートルの範囲及び西側については概ね2.5キロメートルの範囲としました(噴火警戒レベル5(避難)は継続)。これを受け、屋久島町はライフラインの復旧等を行い、12月25日、一部地域を除いて避難指示を解除し、住民は順次帰島を開始しました。 コラム ■口永良部島の噴火 口永良部島 貴舩 庄二  平成27年5月29日の口永良部島新岳噴火では全島避難となり、私たち島民は半年以上にわたって避難生活を送ることになりました。この間私たちは数回の一時帰島を果して、つくづく島は無人化してはならぬと痛感しておりました。気象庁による数度の住民説明会で、5月の噴火前は火山活動に対しての意識が高まり、全島避難後は島民皆帰島を胸に心踊る想いで聞いておりました。  平成27年12月25日に避難指示が一部解除され、私たち家族を含め島民は新年をこの口永良部島で無事迎えることができました。未だ島の前田・寝待両地区では避難指示が続いておりますが、早く明るい見通しが付くことを皆願っています。  火山島に暮す私たちは、気象庁の方々と深く接し、頼り、感謝しております。島の火山活動に変化がありましたら、その都度町の行政や私たち島民にお知らせ願えれば幸いです。  これからの島作り、どうか皆様ご声援下さい。 トピックスⅠー4 緊急速報メールによる特別警報の配信 (1)特別警報の概要  気象庁では、重大な災害が起こるおそれが著しく大きい場合に「特別警報」を発表します。平成27年は、「平成27年9月関東・東北豪雨」に伴い、栃木県、茨城県、宮城県にそれぞれ大雨特別警報を発表しました。また、特別警報は、火山活動についても設定しています。火山の活動により、住民の避難が必要な場合やその準備が必要な場合が、これに該当します。5月29日の口永良部島噴火に伴う噴火警報(噴火警戒レベル5(避難))及び8月15日の桜島に対する噴火警報(噴火警戒レベル4(避難準備))は、特別警報に該当するものとして発表しています。  特別警報を発表する場合は、既に災害が発生していたとしてもおかしくない状況であり、気象庁では多様な手段により特別警報を迅速に伝達いたします。 (2)緊急速報メールと特別警報の配信開始  「緊急速報メール」は、携帯電話事業者(NTTドコモ、KDDI・沖縄セルラー(au)、ソフトバンク)が無料で提供するサービスで、国や地方公共団体による災害・避難情報等が、対象エリア内の携帯電話に一斉配信されます。このように、個々の携帯電話ユーザーに直接配信されるため、緊急速報メールは緊急性が極めて高い特別警報の伝達に有効な手段の一つとなります。  そこで気象庁では、従来から配信対象となっていた緊急地震速報(警報)及び大津波警報・津波警報に加えて、「気象等(大雨、暴風、高潮、波浪、暴風雪、大雪)に関する特別警報」及び「噴火に関する特別警報(噴火警戒レベルを運用している火山では噴火警戒レベル4以上に対応する噴火警報、噴火警戒レベルを運用していない火山では「噴火警報(居住地域)」)」を発表した場合に、これらを緊急速報メールで配信することとし、平成27年11月19日から運用を開始しました。これにより、気象庁の発表するすべての特別警報が緊急速報メールで配信されることとなりました。 (3)特別警報を見聞きしたら…  特別警報を見聞きした際には、落ち着いて、テレビ、ラジオ、自治体等の情報を確認して、それが出来ない場合は周囲の状況から判断し、速やかに身の安全を確保いただくことが重要です。また、気象庁では、気象情報、注意報、警報など段階的に防災気象情報を発表していますので、特別警報の発表を待つことなく、早め早めの警戒や防災対応を心がけていただくようお願いします。気象庁では、特別警報を地域住民等の方々の適切な防災行動につなげていただけるよう、引き続き様々な機会を捉えて周知・啓発に努めてまいります。 【緊急速報メールの配信に関する気象庁ホームページ】 http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/tokubetsu-keiho/kinsoku.html トピックスⅠー5 平成27年9月関東・東北豪雨 (1)豪雨を発生させた気象状況  平成27年(2015年)9月7日21時に沖ノ鳥島の東の海上で発生した台風第18号は、9日9時半頃に愛知県西尾市付近に上陸し、同日15時に日本海で温帯低気圧に変わった後は動きが遅くなり、11日にかけて日本海をゆっくりと北上しました。  当時、日本列島は台風、台風から変わった低気圧及び前線の影響により、西日本から北日本にかけての広い範囲で大雨となりました。特に9月9日から11日にかけては、はじめは台風第18号から変わった低気圧に流れ込む南よりの風、後には台風第17号の周辺からの南東風が主体となり、湿った空気が流れ込み続けたため、多数の線状降水帯が次々と発生しました。そのため、関東地方と東北地方では記録的な大雨となり、9月7日から11日までの5日間の総降水量は、関東地方で600ミリ、東北地方で500ミリを超え、9月の月降水量の平年値の2倍を超えたところもありました。 (2)気象庁の対応  各地の気象台では、各種警報や土砂災害警戒情報、指定河川洪水予報等を発表して、厳重な警戒を呼びかけたほか、自治体へ直接電話連絡(ホットライン)し、気象状況を解説するとともに災害発生に関する危機感を伝えました。  さらに、9月10日には栃木県と茨城県に、9月11日には宮城県に大雨特別警報を発表し、気象庁本庁及び各地の気象台で記者会見を行うなど、最大級の警戒を呼びかけました。また、県災害対策本部へ職員を派遣して、気象解説等を実施するとともに、災害復旧活動を支援するために被災した県に災害時気象支援資料を提供するなど、関係機関への支援を行いました。  この大雨により、土砂災害、浸水害、河川の氾濫等が発生し、宮城県、茨城県及び栃木県で死者8名の人的被害となったほか、関東地方や東北地方を中心に損壊家屋4,000棟以上、浸水家屋12,000棟以上の住家被害が発生しました。また、ライフライン、公共施設、農地等への被害及び交通障害が発生しました(被害状況は、内閣府の情報(「平成27年9月関東・東北豪雨による被害状況等について」平成27年10月5日現在)、国土交通省の情報(「台風第18号及び第17号による大雨(平成27年9月関東・東北豪雨)等に係る被害状況等について」平成27年10月1日現在)による)。気象庁は、この9月9日から11日にかけて関東地方及び東北地方で発生した大雨について、「平成27年9月関東・東北豪雨」と命名しました。  気象庁では、今後とも、適時的確な気象情報の提供、自治体を支援する取組を進めてまいります。 トピックスⅠー6 静止気象衛星「ひまわり8号」の運用開始  気象庁は、平成27年7月7日から、静止気象衛星「ひまわり8号」による観測を開始しました。  ひまわり8号は世界最先端の観測機能を有する静止気象衛星で、7号では30分ごとだった全球の観測が10分ごととなり、さらに日本域や台風付近などの領域を2.5分ごとに観測できるようになりました。また、観測の分解能が2倍に向上するとともに、画像の種類は5種類から16種類に増加しました。  これにより、3種類の可視画像を合成することで、右図のようなカラー画像を作成できるようになりました。さらに、画像の合成・加工により火山灰や黄砂、海氷などの現象を明瞭に判別できるようになりました。  以下では、ひまわり8号による主な観測事例を紹介します。なお、ひまわり8号のサンプル画像(運用開始前の画像 も含む)は、気象庁のホームページで公開しています(http://www.jma-net.go.jp/sat/data/web89/himawari8_sample_data.html)。 (1)平成27年台風第21号の目  平成27年9月22日に日本の南海上で発生した台風第21号は、猛烈な強さで先島諸島近海を北西に進み、沖縄県与那国町では9月28日15時41分に全国の観測史上歴代4位となる毎秒81.1mの最大瞬間風速を観測しました。  右図は、この記録を観測する直前(15時40分)の可視画像です。台風の目の中で渦を巻く雲や台風の目を取り巻く積乱雲の様子がよくわかります。さらに、2.5分ごとの観測から、これら雲の変化が克明に捉えられるようになりました。 (2)桜島の噴火に伴う火山灰  火山灰は、上空の風で遠くまで運ばれて地上に降り積もり、交通網などに大きな被害を及ぼすことがあります。また、航空機の視界不良やエンジントラブルを引き起こす原因ともなります。火山灰の広がりを監視することはそれらの被害を防止・軽減する観点からとても重要です。  右図は、桜島の噴火に伴う火山灰の様子を捉えた合成画像です。図中のピンク色で示されている領域は、この噴火により噴出した火山灰を示しています。火山から噴出した火山灰が、北西からの風に乗って広がっている様子がわかります。 (3)黄海上を飛来する黄砂  黄砂が飛来すると、洗濯物や車が汚れるといった一般生活への影響があるほか、濃度が高くなると交通障害の原因となる場合があります。このようなことから、黄砂は社会的に関心が高い現象です。  ひまわり8号では、黄砂と雲では反射される光の強さが波長によって異なるという性質を利用し、可視と近赤外線の3種類の画像を合成することにより、黄砂を目立たせて表示することができます。  右図は、黄砂が茶色、雲が白や水色、植生が緑、海が濃い青に見えるように合成した画像です。黄海上を黄砂が飛来している様子がはっきりとわかります。 (4)オホーツク海の海氷  海氷は、水産物や漁業施設に被害を及ぼすほか、船舶の航行の妨げになることもあり、時には船舶が海氷に閉じ込められて海難事故につながることもあります。このような被害を防止・軽減する観点から、海氷の分布を監視することは重要です。  ひまわり8号では、雲と氷とでは反射する光の強さが波長によって異なるという性質を利用すると、可視と近赤外線の3種類の画像を合成することにより、雲が白、氷が水色になるように表示することができます。  右図は、オホーツク海の海氷を捉えた合成画像です。北海道の沿岸にも海氷が分布している様子がよくわかります。 トピックスⅠー7 日本版改良藤田スケールの策定と運用開始  竜巻等の突風は、現象の規模が小さく継続時間も短いため、気象レーダーや地上気象観測ではその特徴を捉えることが困難です。このため、気象庁では、突風による災害が発生した場合には、気象庁機動調査班(JMA-MOT)による現地調査を行い、突風をもたらした現象の種類や突風の強さ(風速)等を評定し公表しています。  突風をもたらした現象については、被害の痕跡から推定される風向や被害域の形状、聞き取り内容や現象の映像等から竜巻やダウンバーストといった現象を特定しています。  突風の強さについては、これまでは1970年代に米国シカゴ大学の藤田哲也博士により考案された「藤田スケール(Fスケール)」を用いて評定を行ってきました。藤田スケールは、突風による被害の状況から風速をF0からF5の6段階で大まかに推定するもので、その簡便性から世界中で活用されてきました。しかし、日本の建築物等の被害に対応していないこと、評定に用いることのできる被害の指標が9種類と限られていること、風速推定の幅が大きいこと等の課題がありました。  気象庁では、平成24年(2012年)5月に茨城県つくば市等で発生した甚大な竜巻被害を契機に、竜巻等突風の強さをより的確に把握するため、「竜巻等突風の強さの評定に関する検討会」(会長:田村幸雄東京工芸大学名誉教授)による検討を行い、平成27年(2015年)12月に、従来の藤田スケールを最新の風工学の知見を基に改良した「日本版改良藤田スケール(JEFスケール)」を策定しました。これにより、日本の建築物等の被害状況から突風の強さをより精度良く評定することが可能となります。平成28年(2016年)4月からの突風調査では、JEFスケールを用いて突風の強さの評定を実施しています。 コラム ■日本版改良藤田スケールへの期待 竜巻等突風の強さの評定に関する検討会会長 (東京工芸大学名誉教授) 田村 幸雄  日本の建物の材料や構法等に合った竜巻風速評価スケールができました。従来の藤田スケールは、1970年頃の米国の建築物などに対応して作られた物差しで、日本にとっては歪んだ物差しでした。これが真っ直ぐな物差しになったということです。また、従来は10種類に満たない被害指標に基づいて毎秒20メートルくらいの幅で大まかに風速を推定していましたが、日本版改良藤田スケールでは、30種類の被害指標に基づき毎秒5メートル単位で推定することが可能となりました。つまり、“真っ直ぐで細かい目盛り”の物差しができ、より精度の高い風速推定が可能となったというわけです。  平成17年(2005年)12月に山形県庄内町、翌年9月に宮崎県延岡市、同年11月に北海道佐呂間町、平成24年(2012年)5月に茨城県常総市からつくば市で竜巻等突風による甚大な災害が発生し、竜巻が社会の関心事となり、スマートフォンの普及等とも相まって竜巻の映像がテレビなどで度々報道され、一般にも馴染み深いものとなりました。更には、地球温暖化、気候変動等の影響から、将来、日本でも強い竜巻が増えるのではないかとの懸念もあり、より世間の関心が高まっています。  とは言え、個々の建築物が竜巻に遭遇する確率は4万年に1度程度と極めて低く、大きな被害をもたらす強い竜巻となると数十万年に1度程度でしかありません。しかし、市町村規模で考えると100年に1度程度となり、都市防災の対象としては考える必要があります。また、年間数個の竜巻が鉄道線路を横切っており、事故防止の対象にもすべきです。更には、平成23年(2011年)の東日本大震災以来、原子力発電所のような被害後の社会的インパクトが極めて大きい高重要度施設等については、竜巻のような極端な事象についても対策を検討する必要性が認識されてきました。なお、人命保護の観点からは、ハードだけでなくソフト面での対策が必要であることは言うまでもありません。  これらハード、ソフトの対策を適切に行うには、どの程度の風速の竜巻がどの程度の頻度で発生するのか、竜巻内で風速がどのように分布しているのか等の情報が必要です。今後、日本版改良藤田スケールが活用され、竜巻等突風の精度良い情報の蓄積に貢献し、防災に役立てられることを期待します。  また、世界的にも竜巻等突風に対する関心は高く、日本版改良藤田スケールは、日本の風工学の最先端の知見に基づく優れたものであり、世界共通の竜巻スケールの構築にも貢献できるものと確信します。今後、利用される中で課題も出て来るでしょうし、建築物の構工法等も変化して行きます。日本版改良藤田スケールの有効利用とともに、継続的な改良が強く望まれるところです。 トピックスⅠー8 緊急地震速報・津波警報の多言語辞書  気象庁は、日本に滞在している外国人の方々に緊急地震速報と津波警報を有効に活用していただくために、内閣府、観光庁と連携して「緊急地震速報・津波警報の多言語辞書」を作成しました。   気象庁では、様々な防災情報を発表していますが、その中でも特に「緊急地震速報」と「津波警報」は迅速な対応行動が必要な情報です。一秒の行動の遅れが命の危険に関わるかもしれません。これらの情報では、情報の意味やどのように行動したら良いのかを周囲の人に尋ねたり、インターネットで翻訳するような時間もありません。そのため、緊急地震速報と津波警報は様々なメディアで多言語によって伝えられる必要があります。  一方、防災情報は、メディアやアプリ毎に異なる表現を使うと利用者が混乱するおそれがあります。そこで、様々なメディアで同じ表現が使用できるよう、気象庁が用いている防災情報の日本語の表現の対訳を辞書として整理し、これらの情報の多言語による提供を後押しすることが重要だと考えました。  なお、辞書の作成にあたっては、地震や津波は日本を訪れる多くの外国人にとって未知の体験であり、まったく馴染みがないものだと考え、次の3つのことに注意を払いました。  まず、できるだけ多くの人に届けるために、日本への訪問者数と滞在者数を参考に作成する6つの言語を選択しました。次に、単に単語を翻訳しても学術用語のような馴染みのない用語では、直感的に判断できないため、単なる直訳とならないように注意しました。そして、緊急地震速報や津波警報を受け取ったときにどのような行動をとれば良いかも掲載しました。  多言語辞書は、作成後すぐに携帯電話やスマートフォンのアプリなどで活用いただきました。その後もWebサービスや自治体の広報誌、デパートでの館内放送などで、広く活用していただいています。今後も、多言語辞書をできるだけ広く活用していただき、ひとりでも多くの方が地震や津波の被害から逃れられるよう、引き続き、気象庁でも辞書の活用を働きかけていきます。 コラム ■エリアメールでの多言語辞書の活用について  NTTドコモでは、2007年12月から緊急速報「エリアメール」を提供しており、現在では携帯電話に大きな音で災害情報をお知らせするサービスとして認知いただき、多くの方に利用されています。  2013年末時点で日本国内に約206万人の在留外国人が在住されており、今後も日本に住む外国人の増加が見込まれている中、日本語だけの配信では理解できないとの声をたくさん頂くようになりました。このような背景から気象庁様作成の「緊急地震速報・津波警報の多言語辞書」の表現を利用し、2015年4月にエリアメールアプリの多言語化を実現しました。AndroidOSの言語設定が外国語のとき、エリアメールを英語、中国語、韓国語、ポルトガル語、スペイン語の5か国語で受信できます。例えば英語設定の場合は、緊急地震速報の着信音はブザー音の後に「Earthquake!」と鳴動し、メッセージは多言語辞書を利用した英語文を表示します。また、同じく多言語辞書に記載されているやさしい日本語表現を利用し、2015年9月にエリアメールアプリのやさしい日本語対応も実現しました。これにより、5か国語で対応しきれない言語を利用する外国人にもわかりやすい表現で災害情報をお伝えできるようになりました。今後は、自治体が配信する災害・避難情報について多言語に翻訳することや、外国人や障がいを持つ方にも災害情報をより解りやすくお伝えできるよう検討を進めてまいります。  これからも、外国人の方、障がいを持つ方にも安心して暮らせる社会の実現に向け取り組んでまいります。(NTTドコモ) Ⅱ 長期の監視から地球の今を知り、将来に備えるために トピックスⅡ-1 平成27年(2015年)に発達したエルニーニョ現象と世界・日本の天候への影響  気象庁では、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけての海面水温が平年より高く(低く)なる「エルニーニョ(ラニーニャ)現象」の監視と予測を行っています。平成26年(2014年)夏に発生したエルニーニョ現象は、平成27年(2015年)春以降さらに発達しました。気象庁がエルニーニョ現象の監視に使用している東部太平洋赤道域の「エルニーニョ監視海域」(第4部2章6節 参照)における海面水温の基準値(前年までの30年平均値)との差は、平成27年(2015年)12月に+3.0℃を記録しました。この値は、昭和24年(1949年)以降のエルニーニョ現象発生期間中の最大値としては、平成9年~平成10年(1997年~1998年)、昭和57年~58年(1982年~1983年)のエルニーニョ現象(それぞれ、+3.6℃、+3.3℃)に次ぐ記録であり、平成9年~平成10年(1997年~1998年)のエルニーニョ現象以来18年ぶりの強いエルニーニョ現象になったと言えます。  この発達したエルニーニョ現象は世界の天候にも影響を与えました。平成27年(2015年)は、アジア南部や南米北部などで、高温・少雨の異常気象が発生しました(第4部第2章(2)参照)。また、平成27年(2015年)夏季における西日本の低温や平成27/28年(2015/16年)冬季における東日本以西の高温・多雨など、日本の天候にもエルニーニョ現象が影響しました(第4部第2章(1)参照)。  ところで、平成27年(2015年)の世界の年平均気温は、統計を開始した明治24年(1891年)以降の最高記録を更新しました(第4部第2章3節参照)。世界の平均気温は、その長期的な上昇には二酸化炭素などの温室効果ガスの増加に伴う地球温暖化の影響が考えられますが、数年~数十年程度の時間規模で繰り返される自然変動の影響も受けて変動しています。平成27年(2015年)の年平均気温の記録更新には、平成26年(2014年)夏に発生したエルニーニョ現象が平成27年(2015年)春以降にさらに発達したことが影響したと考えられます。 トピックスⅡ-2 東経137度に沿った海洋観測50年  気象庁では、海洋の長期的な変動をとらえ気候変動との関係等を調べるために、北西太平洋域に観測定線を設け、2隻の海洋気象観測船によって海洋観測を実施しています。気象庁の最も代表的な観測定線である東経137度線(以下、137度線)の海洋観測は、昭和42年(1967年)冬季に、「政府間海洋学委員会(IOC)」の公式計画として、黒潮を含んだ西太平洋の海洋循環を調査するため日本が中核となって計画した「黒潮およびその隣接海域の共同調査」への参加として開始されました。この137度線の海洋観測は、今年で50年を迎える、世界に例をみない、日本を代表する測線です(図)。この測線は、できるだけ大規模な現象の一般的変動を調べるため、島や海山などの局所的影響が少なく、北太平洋を代表する黒潮や北赤道海流等の海流系を具合良く横断するものとして選定されたもので、志摩半島沖の北緯34度からニューギニア島沖の南緯1度までの約3900kmに及ぶものでした(昭和62年(1987年)以降、北緯3度までとなっています)。平成元年(1989年)までは、ナンセン採水器と転倒温度計(写真左)を、それ以降は、電気伝導度水温水深計と多筒採水器(写真右)を導入し、現在も続く水温、塩分、溶存酸素、栄養塩やクロロフィルaといった項目について、観測を行っています。また、昭和50年代後半(1980年代)になると、社会的な動向を反映し、地球温暖化の原因とされる温室効果ガスの観測として、洋上大気と表面海水中の二酸化炭素の観測を開始し、これらについても30年分以上のデータが蓄積されています。さらに、炭素循環の解明のため、海水中の二酸化炭素関連物質の観測も行っています。  この137度線の観測開始から50年を経た今、137度線の観測データは国内外の多くの研究者に利用され、北西太平洋の海洋構造や気候変動に関連する長期変動について多くの知見が得られており、その成果は「気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書(平成25年(2013年))」にも引用されています。  近年、気候変動に係わる海洋の微小な変動を検知し、長期変動・変化の実態とメカニズム解明や、地球温暖化の将来予測モデルの不確実性を低減するための検証データとして、137度線のような定線観測の重要性はいよいよ増しています。このため気象庁は、今後も137度線の観測を海洋観測の中心として継続していきます。 コラム ■東経137度定線観測は貴重な財産であり未来への贈りもの 東北大学 大学院理学研究科 地球物理学専攻 教授 須賀 利雄  海が気候や生態系の維持に本質的な役割を担っていて、その変化を的確に把握することが人類の生存にとってきわめて重要だろうという認識が、1980年代には世界で広く共有されるようになりました。しかし、そもそも海のどこで起こっているどんな変化が重要な意味をもつのか、それが十分にわかっていたわけではなく、広大な海の監視は大きな挑戦でした。まずは現状を正確に知るために、世界の大洋を縦横に走る数十の測線に沿う、約10年がかりの「一斉観測」が国際協力の下で実施されたのは1990年代のことです。コスト面から考えて、おそらく今後これに匹敵する観測が行われることはないでしょう。その後は、選定された一部の測線を約十年ごとに再観測する体制が作られ、維持されています。  東経137度定線観測の創始者である増澤譲太郎氏の言葉を借りれば、「できるだけ大規模な現象の一般的な変動を調べる」ことを目的に、「日本の守備範囲として少なくとも北太平洋西部において、海況の常時把握に役立つ観測体制を確立する」ために気象庁がこの観測を開始したのは1967年です。それが、いかに先見性に優れ、使命感に満ちたものだったかは、上述の世界の動きをみればおわかりいただけるでしょう。もちろん、この定線は国際一斉観測にも、その後の再観測にも測線として選定され、気象庁が通常の観測を強化してこれを実施してきました。  実は、東経137度定線には個人的に特別な思い入れがあります。大学院の修士課程時代に、観測の開始から20年近く経ったこの定線のデータを活用して、北西太平洋に広く厚く分布する“亜熱帯モード水”と呼ばれる水塊の研究に没頭しました。これほど広範囲で、同じ場所の同じ深さを、1年の同じ時期に毎年繰り返し測ったデータだからこそ見えてきた亜熱帯モード水の「息づかい」に魅せられ、海洋研究の虜になったのでした。この定線と出会っていなければ、こうして研究者の道に進むことはなかったとさえ思います。当時、地道な観測を長年続けてこられた現場の方々や、厳しい予算状況のなか観測継続のために尽力された方々に大いに感謝したものですが、観測開始から50年を迎えた今、その思いは強まるばかりです。この場をお借りして、心よりの謝意、そして敬意と祝意を表させていただきます。  さて、自動観測ロボットの登場や衛星観測の発達により、海洋観測網は充実してきました。しかし、物理・化学・生物に関する諸量が複雑に絡み合う海の変化に対するわれわれの理解は、まだけっして十分とはいえません。気候や生態系にとって重要であるにもかかわらず見逃している変化もあるはずです。今後、新たな変化の兆候に気づいたとき、その意味を正しく理解するために、世界にも類のない長期定線観測はきっと役立つものと確信しています。その意味で、東経137度定線観測は先人から受け継いだ貴重な財産であると同時に現世代から未来への贈りものといえるでしょう。 第1部 気象業務の現状と今後 1章 国民の安全・安心を支える気象情報 1節 気象の監視・予測 (1)気象の警報、予報などの発表 ア.特別警報・警報・注意報などの防災気象情報  気象庁は、大雨や暴風などによって発生する災害の防止・軽減のため、特別警報・警報・注意報などの防災気象情報を発表しています。さらに、情報の内容や発表タイミングの改善に向け、常に防災関係機関や報道機関との間で調整を行い、効果的な防災活動の支援を行っています。 ○防災気象情報の種類と発表の流れ  都道府県や市町村等の自治体や国の防災関係機関が適切な防災対応をとることができるよう、また、住民の自主避難の判断に資するよう、発生のおそれがある気象災害の重大さや可能性に応じて特別警報・警報・注意報を発表します。また、災害に結びつくような激しい現象の発生する1日~数日前から気象情報を発表し、警報等の対象となる現象の経過、予想、防災上の留意点などを解説します。このように気象等の状況に応じて各防災気象情報は段階的に発表されます。特別警報・警報・注意報及び気象情報には、以下のようなものがあります。  気象警報・注意報は、災害に結びつくような激しい現象が発生する概ね3~6時間前に発表を、そのうち短時間の強い雨に伴う大雨警報・注意報及び洪水警報・注意報については概ね2~3時間前に発表をすることとしています。また、夜間・早朝に警報発表の可能性がある場合には、夕方に注意報を発表し、警報を発表する可能性のある時間帯をその注意報の発表文中に、例えば「明け方までに警報に切り替える可能性がある」などと明示しています。なお、こうした猶予時間(リードタイム)は、警報・注意報が防災機関や住民に伝わり安全確保行動がとられるまでにかかる時間を考慮して設けていますが、現象の予想が難しい場合には、リードタイムを確保できない場合もあります。  危険度の高まりに応じて段階的に発表される防災気象情報と、市町村などの防災機関の対応例や住民の皆さんにとっていただきたい安全確保行動の概要を、大雨による土砂災害を例に上の図のようにまとめました。  大雨や暴風等による激しい現象による気象災害から身を守るためには、日頃から自分の身のまわりにどのような危険(土砂災害や浸水害等)があるのかをハザードマップ等で事前に確認し、段階的に発表される防災気象情報を活用して、早め早めの避難行動をとっていただくことが重要です。 ○気象等の特別警報・警報・注意報 ・気象等の特別警報・警報・注意報の種類  現在、気象等に関する特別警報は6種類、警報は7種類、注意報は16種類あります。  警報や注意報では、予想される気象状況や警戒すべき事項などを簡潔に記述しており、注意・警戒が必要な現象の開始・終了の時間帯、ピークの時間帯、雨量や潮位などの予想最大値を箇条書きで記述しています。特に大雨特別警報や大雨警報では、主に警戒を要する災害が標題からわかるよう「大雨特別警報(土砂災害)」、「大雨警報(浸水害)」のように発表しています。また、注意報から警報に切り替える可能性が高いときには、前もって注意報の中で「○○(いつ)までに××警報に切り替える可能性がある」と明示しています。 ・警報等の発表区域と発表基準  特別警報・警報・注意報は、市町村長が行う避難勧告や住民が行う自主避難の判断を支援するため、市町村ごとに発表しています。過去に発生した災害とそのときの雨量や潮位等の関係を調べた上で、あらかじめ基準を定めて発表しています。そのうち、特別警報の基準は、数十年に一度という極めて希で異常な現象を対象としています。  また、大規模な地震の発生により地盤が脆弱となっている可能性の高い地域や、火山噴火により火山灰が堆積した地域、大雨等により大規模な土砂災害が発生した地域の周辺では、降雨に伴う災害が通常よりも起きやすくなりますので、都道府県などと協議の上で、大雨警報などの発表基準を暫定的に引き下げて運用することがあります。近年の例では、平成27年7月13日の大分県南部の地震等により、一部の市町村では大雨警報・注意報の基準を引き下げて運用しました。 ○大雨による土砂災害に関する防災気象情報  大雨時に注意・警戒が必要な土砂災害については、危険度の高まりを迅速に伝える「大雨警報」や「土砂災害警戒情報」等を発表しています。また、それらを受けた市町村職員や住民が、自らの地域に迫る危険の詳細を把握できるよう、大雨警報等を補足する「土砂災害警戒判定メッシュ情報」を提供しています。これらの情報と自治体の公表しているハザードマップとを合わせて、命を守るための避難行動等に関する主体的な判断に活用してください。 ・土砂災害警戒情報  土砂災害警戒情報は、大雨警報(土砂災害)が発表されている状況で、土砂災害発生の危険度がさらに高まったときに、市町村長による避難勧告等の災害応急対応に活用いただけるよう、また、住民の自主避難の参考となるよう、対象となる市町村を特定して警戒を呼びかける防災情報で、都道府県と気象庁が共同で発表しています。大雨に伴って発生する土砂災害には、現在降っている雨だけでなく、これまでに降った雨による土壌中の水分量が深く関係しており、土砂災害警戒情報、大雨警報(土砂災害)及び大雨注意報を発表する判断基準には、降った雨による土壌中の水分量を示す「土壌雨量指数」を用いています。大雨によって土壌雨量指数等が土砂災害警戒情報の基準を超えると、過去の土砂災害発生時に匹敵する極めて危険な状況になったことを意味します。そこで、土砂災害警戒情報は、情報が発表され防災機関や住民に伝わり避難行動がとられるまでにかかる時間を確保するよう、2時間先までの降雨による土壌雨量指数等の予想を用いて発表の判断をしています。 ・土砂災害警戒判定メッシュ情報  土砂災害警戒判定メッシュ情報は、土砂災害警戒情報や大雨警報(土砂災害)等を補足する情報です。5キロメートル四方の領域(メッシュ)ごとに、土砂災害発生の危険度を5段階に判定した結果を色分けして表示しています。避難にかかる時間を考慮して、危険度の判定には2時間先までの土壌雨量指数等の予想を用いています。土砂災害警戒情報や大雨警報(土砂災害)が発表されたときには、土砂災害警戒判定メッシュ情報を確認することにより、対象市町村内で土砂災害発生の危険度が高まっている詳細な領域を把握することができます。周囲の状況や雨の降り方にも注意し、自治体からの避難に関する情報がなくても、危険を感じたら躊躇することなく自主避難することが大切です。  土砂災害は、建物に壊滅的な被害をもたらし一瞬のうちに尊い人命を奪ってしまう恐ろしい災害です。急傾斜地や渓流の付近など、土砂災害によって生命や身体に危害を及ぼすおそれがあると認められる場所は、都道府県によって土砂災害危険箇所や土砂災害警戒区域等に指定されています。これらの区域等にお住まいの方は、自治体からの避難に関する情報に留意するとともに、土砂災害警戒情報や大雨警報(土砂災害)の発表状況に注意することが必要です。また、土砂災害警戒判定メッシュ情報において大雨警報や土砂災害警戒情報の基準に到達しているなど、土砂災害発生の危険度が高まっている領域にお住まいの方は、土砂災害危険箇所・土砂災害警戒区域等の外の少しでも安全な場所への早めの避難が重要です。 ○洪水害に関する防災気象情報  大雨や融雪によって起こる不特定の河川の増水による災害に対して、洪水警報・注意報を発表して警戒・注意を呼びかけます。また、防災上重要な河川については、増水や氾濫などに対する水防活動の判断や住民の避難行動の参考となるように、洪水の予報を発表します。これを「指定河川洪水予報」と呼んでいます。 ・指定河川洪水予報  指定河川洪水予報は、あらかじめ指定した河川について、区間を決めて水位または流量を示して行う洪水の予報です。国が管理する河川は国土交通省水管理・国土保全局と気象庁が、都道府県が管理する河川は都道府県と気象庁が、共同で指定河川洪水予報を発表しています。  気象庁は気象(降雨、融雪など)の予測、国土交通省や都道府県は水文状況(河川の水位または流量)の予測を担当して、緊密な連携のもとで洪水予報を行っています。洪水予報の標題は、洪水の危険度の高い順からそれぞれ「氾濫発生情報」「氾濫危険情報」「氾濫警戒情報」「氾濫注意情報」を河川名の後につなげたものです。また、洪水の危険度と水位を対応させて数値化した水位危険度レベルを情報に記載するなど、わかりやすい情報を目指しています。 ○高潮警報・暴風警報等  台風や低気圧等による異常な海面の上昇により高潮による災害の起こるおそれがあると予想したときには、対象となる市町村を特定して高潮警報等(特別警報・警報・注意報)を発表しています。高潮警報等では、市町村長による避難勧告の発令範囲の判断に資するよう、予想される最高潮位(高潮の高さ)の標高を明示しています。  高潮災害で生命に危険が及ぶ範囲は高潮の高さによって大きく異なります。自治体のハザードマップなどで潮位(標高)に応じた浸水範囲など危険な箇所をあらかじめご確認ください。高潮の浸水想定区域にお住まいの方は、台風や低気圧等の接近が予想されているときには、自治体からの避難に関する情報とともに高潮警報及び暴風警報等の発表に注意し、高潮警報等に記載された予想最高潮位(高潮の高さ)を自主避難の参考にしてください。また、夕方に発表中の高潮注意報に明け方までに警報発表の可能性があると記載されている場合には、高潮注意報に記載された予想最高潮位(高潮の高さ)を確認の上で早めの避難を検討することが重要です。  ただし、高潮災害が起こるような台風等の接近時には、潮位の上昇よりも先に暴風が吹き始め、屋外への立ち退き避難が困難となりますので、高潮警報を待つことなく、暴風警報が発表されたときに、高潮災害から命を守るために必要な避難行動を開始していただくことが重要です。なお、暴風警報は、暴風が吹き始める数時間前に、予想される期間を明示して発表しています。水害の浸水想定区域や土砂災害警戒区域等にお住まいの方も、暴風で外出が困難となる前に、暴風警報を活用して早めの避難を心がけてください。 ○台風情報  台風がいつ頃どこに接近するかをお知らせするのが「台風情報」です。この情報は、様々な防災対策に利用できるよう、台風が我が国に近づくにつれてきめ細かく頻繁に発表します。  気象庁は台風を常時監視しており、通常は3時間ごとに台風の中心位置、進行方向と速度、大きさ、強さの実況と最大3日先までの予報を、観測時刻の約50分後に発表します。予報では、台風の中心が70%の確率で進む範囲(予報円)と、台風の中心が予報円内に進んだ場合に暴風域(平均風速が毎秒25メートル以上の領域)に入るおそれのある範囲(暴風警戒域)を示します。更に、3日先以降も台風であると予想される場合には5日先までの進路予報を6時間ごとに行い、観測時刻から約90分後に発表します。  台風の勢力を示す目安として、風速をもとにして台風の「大きさ」と「強さ」を表現します。「大きさ」は平均風速が毎秒15メートル以上の強風の範囲(強風域)、「強さ」は最大風速を基準にしてそれぞれ表現を使い分けています。  台風が我が国に近づき、被害のおそれが出てきた場合には、上記の情報に加えて、台風の実況と1時間後の推定値を1時間ごとに、24時間先までの3時間刻みの予報を3時間ごとに発表します。また、72時間先までの「暴風域に入る確率」を各地域の時間変化のグラフ(3時間刻み)と日本周辺の分布図で示して6時間ごとに発表します。 ○(全般・地方・府県)気象情報  低気圧や前線などの災害に結びつくような激しい気象現象について、現象の経過、予想、防災上の留意点などを「気象情報」(「大雨に関する気象情報」など)として発表します。これらの情報では、図表を用いて最も注意すべき点を分かりやすく示す図形式での発表も行っています。また、少雨、高温、低温や日照不足など、長期間にわたり社会的に大きな影響を及ぼす天候の状況についても「気象情報」(「高温に関する気象情報」など)として発表します。 ○記録的短時間大雨情報  現在の降雨がその地域にとって希な激しい現象であることを周知するため、数年に一度しか発生しないような短時間の大雨を観測した場合に「記録的短時間大雨情報」を府県気象情報として発表します。この情報が発表されたときは、お住まいの地域で、あるいは、近くで災害の発生につながるような猛烈な雨が降っていることを意味しています。地元自治体の発令する避難に関する情報に留意し、早めの避難を心がけてください。 ○雨の実況と予測情報(解析雨量、降水短時間予報、高解像度降水ナウキャスト)  「解析雨量」は、雨量分布を把握できるように、気象レーダー観測で得られた雨の分布を、アメダスなどの雨量計で観測された実際の雨量で補正し、1時間雨量の分布を1キロメートル四方の細かさで解析し、30分間隔で発表します。  「降水短時間予報」は、目先数時間に予想される雨量分布を把握できるように解析雨量をもとに、雨域の移動、地形による雨雲の発達・衰弱や数値予報の予測雨量などを考慮して、6時間先までの各1時間雨量を1キロメートル四方の細かさで予測し、30分間隔で発表します。  さらに、極めて短時間に変化する雨にも対応するため、より即時的にきめ細かな予測情報を提供するのが「高解像度降水ナウキャスト」です。5分ごとの降水量と降水の強さの分布を250m四方の細かさ(30分先まで。35分から60分先までは1km四方単位)で予測するもので、情報は5分間隔で更新されます。また、30分後までの「強い降水域」や、竜巻・落雷の危険が高まっている「竜巻発生確度2又は雷活動度4」の領域を1枚の画像に重ねて表示することができます。さらに、スマートフォンからアクセスした場合は、自動的にスマートフォン用ページが表示され、GPS機能によりボタン1つで現在地を中心とした表示ができます。高解像度降水ナウキャストの解析・予測には全国20カ所の気象ドップラーレーダーのデータに加え、気象庁・国土交通省・地方自治体が保有する全国約10,000カ所の雨量計の観測データ、ウィンドプロファイラやラジオゾンデの高層観測データ、国土交通省XRAIN(XバンドMPレーダネットワーク)のデータも活用しています。また、最新の技術を用いて降水域の内部を立体的に解析することにより精度向上を図っています。 ○積乱雲に伴う激しい気象現象に関する情報 ・竜巻発生確度ナウキャストと竜巻注意情報  積乱雲に伴う竜巻などの激しい突風から身の安全を確保していただくための気象情報として、「竜巻発生確度ナウキャスト」及び「竜巻注意情報」を発表しています。「竜巻発生確度ナウキャスト」は、気象ドップラーレーダーの観測などを基に、竜巻などの激しい突風が発生する可能性の程度を10キロメートル格子単位で解析し、その1時間後(10~60分先)までの予測を行うもので、10分ごとに発表します。「竜巻発生確度ナウキャスト」を利用することにより、竜巻などが発生する可能性の高い地域や刻々と変わる状況を詳細に把握することができます。  「竜巻注意情報」は、竜巻発生確度ナウキャストで発生確度2が現れた地域(概ね県単位)に発表しているほか、目撃情報が得られて竜巻の継続や新たな竜巻の発生するおそれが高い状態が続くと判断した場合にも発表しています。竜巻注意情報が発表されたときには、情報の発表から1時間程度は竜巻などの激しい突風に対する注意が必要です。 ・雷ナウキャスト  落雷による被害を防ぐための気象情報として、「雷ナウキャスト」を発表しています。「雷ナウキャスト」は、雷監視システムによる雷放電の検知及びレーダー観測などを基に、雷の激しさや雷の可能性を1キロメートル格子単位で解析し、その1時間後(10分~60分先)までの予測を行うもので、10分ごとに発表します。雷の 激しさや雷の発生可能性は、活動度1~4で表します。このうち活動度2~4となったときには、既に積乱 雲が発達しており、いつ落雷があってもおかしくない状況です。屋外にいる人は建物の中に移動するなど安全の確保に努めてください。 ○防災気象情報の伝達と自治体支援の取組  気象庁が発表する特別警報・警報・注意報などの防災気象情報は、テレビ・ラジオ等の報道機関や気象庁ホームページなどを通じて住民に提供しているほか、都道府県や消防庁などを通じて自治体などの防災機関に伝達しています。大雨などによる被害の軽減のためには、防災気象情報が自治体などの関係機関に迅速かつ確実に伝わることはもとより、情報の受け手がその意味を正しく理解し、避難勧告等の発令を適時・的確に判断するなど、適切な防災対応につなげることが非常に重要です。  各地の気象台では、自治体が防災に関する計画や避難勧告等の発令基準を定める際に、防災気象情報の活用方法について個別にアドバイスを行ったり、自治体などの防災担当者に対する説明会や研修などで情報の活用について積極的に説明を行っています。また、大雨や台風の接近等により災害の発生が危惧される場合には、自治体などの防災関係機関に対して気象状況の事前説明や、事態の推移によっては自治体の災害対策本部に気象台から直接的に出向いて説明したり、直接的な電話によるホットライン等で気象状況や今後の見通しを積極的に伝えるなど、気象台が持つ危機感を共有することで、適切な防災対策をとっていただけるよう支援しています。 コラム ■住民の安全確保行動への防災気象情報の活用  気象災害から命を守るためには、住民の一人ひとりが、ハザードマップやお住まいの地域で過去に発生した災害の記録を参考に、それぞれの地域にどのような危険の可能性があり、命を守るためにはどのような避難行動をとる必要があるのか、日頃からしっかり認識しておくことが大切です。その上で、報道・ホームページ・自治体等を通じて提供される防災気象情報を活用していただくとともに、自治体が発令する避難勧告等に留意しつつ主体的な避難行動をとるよう心がけてください。ここでは、土砂災害と高潮災害に関する防災気象情報の活用方法について、昨年の事例を参照しながら、国の防災基本計画に新たに記述された考え方を踏まえて具体的に解説します。 (1)土砂災害から命を守った住民の主体的避難(栃木県日光市芹沢地区の事例)  平成27年関東・東北豪雨で日光市芹沢地区は、平成27年9月10日01時頃より連続して発生した土石流により、国道121号に通じる市道が分断されて一部住民(14戸25名)が孤立状態となり、家屋の全壊5戸、半壊2戸などの被害(国土交通省調べ)がありましたが、地元の駐在所の警察官と住民が協力して、周辺の状況を速やかに把握し、主体的に避難行動を起こしたことが功を奏して、一人の犠牲者も出しませんでした。 急傾斜地や渓流の付近などでは、大雨によりがけ崩れや土石流などの土砂災害が発生しやすくなり、ときに生命に危険が及ぶ状況となります。こうした土砂災害によって生命に危険が及ぶおそれが認められる場所は、都道府県が土砂災害警戒区域等に指定し、市町村がハザードマップで公表しています。日光市芹沢地区で土石流の被害があった場所も、土砂災害警戒区域に指定されていました。  当時の土砂災害警戒判定メッシュ情報を見ると、すでに災害前日の9日20時30分の時点で、芹沢地区では土砂災害警戒区域等において、いつ土砂災害が発生してもおかしくない非常に危険な状況(薄い紫色のメッシュ)となっていました。  土砂災害警戒区域等にお住まいの方は、危険度の高まりを伝える警報等と、警報等を補足する土砂災害警戒判定メッシュ情報を一体的に活用することで、危険度の高まっている地域を迅速に把握し、土砂災害警戒区域等の外の少しでも安全な場所への早めの避難行動をとることが、命を守るためには大変重要です。 (2)高潮警報等の予想最高潮位を活用した避難勧告・指示の発令(北海道根室市の事例)  高潮災害で生命に危険が及ぶ範囲は、高潮の高さによって大きく異なります。気象庁では、高潮災害の危険度の高まりを高潮警報等で伝えるとともに、避難範囲や避難場所を判断する際の参考になるよう、予想最高潮位(高潮の高さ)を高潮警報等の中で明示しています。  平成27年10月8日、北海道の東海上を台風第23号及び台風から変わった低気圧が北上したことに伴い、根室地方の沿岸では顕著な高潮(浸水高の標高1.5m~1.7m:釧路地方気象台・札幌管区気象台による現地調査報告)が発生し、市街地において建物の浸水などの被害がありました。  この高潮に対して、釧路地方気象台は、発生前日の7日16時37分に、高潮警報への切り替えに言及した高潮注意報(予想最高潮位1.7メートル)を発表しました。これを受け、根室市では18時00分に高潮による被害が想定されるオホーツク海側沿岸地域(2253世帯)に避難準備情報を発令しています。翌日8日には、気象台が03時26分に高潮注意報を高潮警報(予想最高潮位2.0メートル)に切り替えたことを踏まえ、根室市では06時45分に避難準備情報を避難勧告に切り替えました。さらに11時00分には、避難勧告を発令中の沿岸地域のうち、特に危険な、高潮警報の予想最高潮位に相当する標高2メートル程度の低地(約180世帯)を対象とした避難指示が発令され、特に強く避難が呼びかけられました。このように、根室市では、平成26年12月17日の高潮災害の経験も踏まえ、気象台と連携して、特に危険度が高まっていると判断される区域の住民に対して早めの避難行動を呼びかける等、適切な対応がとられました。  高潮災害から命を守るためには、暴風で屋外に避難できなくなる前に、予想最高潮位に応じた浸水想定区域の外へ避難する必要があります。高潮の浸水想定区域にお住まいの方は、自治体のハザードマップなどで潮位に応じた浸水想定区域など危険な箇所をあらかじめご確認いただき、台風等の接近時に暴風警報又は高潮警報が発表されたときには、警報等に記載されている予想最高潮位を確認して、暴風で避難できなくなる前に速やかな避難行動を心がけてください。 コラム ■竜巻注意情報をこれまでより細かい地域に注意を呼びかけるように改善します  竜巻注意情報は、積乱雲の下で発生する竜巻やダウンバーストなどの激しい突風がまさに発生しやすい大気状態になった際に注意を呼びかける情報で、雷注意報を補足する情報として、予報精度を考慮して各地の気象台等が担当地域(概ね一つの県)を対象に発表しています。  平成25年9月2日に埼玉県及び千葉県で発生した竜巻被害を受けて同年12月に関係省庁で開催された「竜巻等突風対策局長級会議」では、市町村や住民からの声として「竜巻注意情報の発表対象がやや広域であり、住民への防災対応がとりづらい」、「自らの身に危険が迫っていることを認識しづらい」といった課題が指摘されました。  この課題を改善するために、気象庁で予報精度向上のための技術開発を進めてきた結果、現在の予報精度を維持しつつ発表対象地域を限定できる目途が立ったことから、平成28年度中に、概ね一つの県から、天気予報を発表している単位と同じく各都道府県をいくつかに分けた地域(○○県南部等)(以下、一次細分区域という)ごとに発表するよう改善します。併せて、竜巻注意情報が発表されている地域が一目で分るように、気象庁ホームページで警報・注意報と同様に地図を色分けして表示します。  これまでの激しい突風の危険性の判断は、数値予報資料による大気状態の解析結果と全国で20箇所に配置した気象庁のドップラーレーダー(250mメッシュ、5分毎観測)で観測される積乱雲の回転(メソサイクロン)の検出結果等を総合的に調べて判定していますが、今後は、新たに国土交通省のXバンドMPレーダ(XRAIN)(250mメッシュ、1分毎観測)の観測成果を活用することで、気象庁のドップラーレーダーから離れた場所でのメソサイクロンの検出能力の向上が期待できます。また、竜巻等の突風が発生しやすい大気状態に関する最新の知見を加え、一次細分区域ごとの発表でも予報精度を維持できるよう開発を進めてきました。  これまで概ね一つの県に発表していた竜巻注意情報を、竜巻の危険が真に切迫している一次細分区域ごとに絞り込んで発表することで、より危機感のあるものとして受け止めていただけるようになることが期待されます。  竜巻注意情報が発表された地域では、竜巻発生確度ナウキャスト(竜巻等の発生しやすさを10km 四方単位の地図形式で提供)で確認するとともに、周囲の空の様子に注意し、「空が急に真っ暗になる」、「大粒の雨やひょうが降り出す」、「雷鳴が聞こえる」など発達した積乱雲が近づく兆候が確認された場合には、頑丈な建物に避難するなど身の安全を確保する行動をとってください。 (2)天気予報、週間天気予報、季節予報  天気は、日々の生活と密接にかかわっています。例えば、今日は傘を持って行った方がよいかとか、週末に予定している旅行はどんな服装をすればよいかといった時に、天気予報が役に立ちます。 ア.天気予報  天気予報には、「府県天気予報」、「地方天気分布予報」、「地域時系列予報」の三つの種類があります。「府県天気予報」は、今日から明後日までの一日ごとの天気をおおまかに把握するのに適しています。「地方天気分布予報」は、天気などの面的な分布が一目でわかるので、例えば府県天気予報で「曇り時々雨」となっていた場合、雨がどの地域でいつごろ降るのかといったことを把握するのに適しています。「地域時系列予報」は、ある地域の天気や気温、風の時間ごとの移り変わりを知るのに便利な予報です。 イ.週間天気予報  週間天気予報は、発表日の翌日から1週間先までの毎日の天気、最高・最低気温、降水確率を、1日2回、11時と17時に発表しています。週間天気予報では、今日や明日の予報に比べてさらに先を予報するので予報を適中させることが難しくなります。このため天気については信頼度を、気温については予測範囲をあわせて示しています。信頼度は、3日目以降の降水の有無について、「予報が適中しやすい」ことと「予報が変わりにくい」ことを表し、予報の確度が高いほうから順にA、B、Cの3段階で表現します。気温の予測範囲は、「24℃~27℃」のように予想される気温の範囲を示しており、実際の気温がこの気温の範囲に入る確率はおよそ80%です。これらの情報によって、例えば同じ晴れ時々曇りという予報でも、どれくらいの確度の予報かを知ることができます。 ウ.季節予報  季節予報には、予報期間別に、2週間程度先までを予報する異常天候早期警戒情報、1か月先までを予報する1か月予報、3か月先までを予報する3か月予報、6か月先までを予報する暖候期予報・寒候期予報があり、それぞれの期間について、平均的な気温や降水量などを、予報区単位で予報しています。平均的な気温や降水量などは、3つの階級(「低い(少ない)」、「平年並」、「高い(多い)」)に分け、それぞれの階級が出現する可能性を確率で表現しています。「異常天候早期警戒情報」については、2週間程度先までの7日間平均気温や7日間降雪量が平年から大きく隔たる可能性が高いと予測した場合に発表します。それぞれの予報の内容と発表日時は表のとおりです。また、地方季節予報で用いる予報区分は図のとおりです。 (3)船舶の安全などのための情報  船舶の運航には、台風や発達中の低気圧などによる荒天時の安全性のほか、海上輸送における経済性や定時性などの確保が求められます。  このため、日本近海や外洋を航行する船舶向けに、海上における風向・風速、波の高さ、海面水温、海流などの予報や強風・濃霧・着氷などの警報を、通信衛星(インマルサット)による衛星放送、ナブテックス無線放送、NHKラジオ(漁業気象通報)などにより提供しています。さらに、平成27年(2015年)3月から、気象現象の空間的な分布や推移を分かりやすく示した、図形式の地方海上分布予報を提供しています。 ア.日本近海に関する情報  日本の沿岸から300海里(およそ560キロメートル)以内を12に分けた海域ごとに、低気圧などに関する情報とともに、天気や風向・風速、波の高さなどの予報、強風・濃霧・着氷などの警報を発表しています。これらの予報や警報などは、地方海上予報や地方海上警報として、ナブテックス無線放送(英文・和文放送)によって日本近海を航行する船舶に提供しています。ナブテックス無線放送では、これらの予報や警報に加えて、津波や火山現象に関する予報や警報も提供しています。  主に日本近海で操業する漁船向けには、台風、高・低気圧、前線などの実況と予想、陸上や海上における気象の実況情報を、漁業気象通報としてNHKラジオを通じて提供しています。また、天気概況や気象の実況情報、海上予報・警報などを、漁業無線気象通報として漁業用海岸局を通じて提供しています。  また、地方海上予報・警報の内容の詳細なイメージを補足する情報として24時間先までの風、波、視程(霧)、着氷の分布予想を図形式にした地方海上分布予報を気象庁ホームページに掲載しています。  さらに、海上の警報の内容も記述した実況天気図や、海上の悪天(強風・濃霧・海氷・着氷)の予想も記述した予想天気図(海上悪天24時間予想図、同48時間予想図)、台風(120時間先までの進路予報及び72時間先までの強度予報)、波浪、海面水温、海流、海氷などの実況や予想などの図情報を、短波放送による気象庁気象無線模写通報(JMH)により提供しています。 イ.外洋に関する情報  「1974年の海上における人命の安全のための国際条約」(SOLAS条約)に基づき、気象庁の責任分担海域である北西太平洋(概ね赤道から北緯60度、東経100度から180度に囲まれる海域)を対象に、緯度・経度で地域を明示して、低気圧や台風に関する情報とともに海上の強風・暴風や濃霧の警報を、通信衛星(インマルサット)を介して、セーフティネット気象予報警報(無線英文放送)として船舶関係者向けに提供しています。 (4)その他の情報 ア.光化学スモッグなどの被害軽減に寄与するための情報提供  気象庁は、晴れて日射が強く、風が弱いなど、光化学スモッグなどの大気汚染に関連する気象状況を都道府県に通報するとともに、光化学スモッグが発生しやすい気象状況が予想される場合には「スモッグ気象情報」や翌日を対象とした「全般スモッグ気象情報」を広く一般に発表しています。また、環境省と共同で光化学スモッグに関連する情報をホームページで提供しています。 イ.熱中症についての注意喚起  一般的な注意事項として熱中症も含めた高温時における健康管理への注意を呼びかけることを目的として、高温注意情報、異常天候早期警戒情報や日々の天気概況、気象情報の中でも、熱中症への注意の呼びかけを盛り込んで発表しています。  平成27年度からは、高温注意情報(概ね35℃以上※の高温が予想される場合)の発表を5時頃から17時頃の間に随時発表するように、又、高温注意情報を発表した場合だけでなく概ね真夏日(最高気温30℃以上)が予想される場合にも日々の天気概況で注意を呼びかけるよう改善を図りました。  地方別、都道府県別の高温注意情報の発表状況、内容、気温予想グラフは気象庁ホームページで確認できます(http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kurashi/netsu.html)。また、テレビ等の報道機関や関係機関を通じて伝えられますので、暑さを避け、水分をこまめに補給するなど、特に健康管理に十分気をつけてください。 ※ 一部の地域では35℃以外を用いています。 2節 気象の観測・監視と情報の発表 (1)地上気象観測  気象台や測候所、特別地域気象観測所では気圧、気温、湿度、風向・風速、降水量、日照時間などの地上気象観測を行っています。また、集中豪雨等の局地的な気象の把握を目的として、これらの気象官署を含めた全国各地の約1,300か所で、自動観測を行うアメダス(地域気象観測システム)により、降水量などを観測しています。このうち約840か所では、降水量に加えて、気温、風向・風速、日照時間を、また、豪雪地帯などの約320か所では積雪の深さを観測しています。 (2)レーダー気象観測  全国20か所に設置した気象レーダーにより降水の観測を行っています。気象レーダーは、パラボラアンテナから電波を発射し、雨などによって反射された電波を受信することにより、どの位置にどの程度の強さの降水があるかを把握することができます。各レーダーの観測結果を組み合わせることにより、日本の陸域とその近海における降水の分布と強さを5分ごとに観測しています。また、電波のドップラー効果を利用して、風で流される雨粒や雪の動きを観測できる機能も備えており、集中豪雨や竜巻などの突風をもたらす積乱雲内部の詳細な風の分布の把握を行っています。観測成果は、気象庁ホームページ等で提供される他、天気予報や大雨警報などの気象情報の発表に利用しています。 (3)高層気象観測 ア.ラジオゾンデ観測  天気に影響する低気圧や高気圧などの予測を精度よく行うためには、これらの動きに大きく関連している上空の大気の観測が必要になります。このため、全国16地点で毎日決まった時刻(日本標準時09時、21時)に「ラジオゾンデ」という観測機器を気球に吊るして飛揚させ、地上から約30キロメートル上空までの気圧(高度)、気温、湿度及び風を観測しています。  ラジオゾンデの観測資料は、天気予報のほかに航空機の運航管理などにも利用されています。また、近年は、地球温暖化をはじめとした気候問題への関心が高まり、対流圏や成層圏の気温変化の監視など気候分野においても重要な役割を果たしています。 イ.ウィンドプロファイラ観測  ウィンドプロファイラは地上から上空に向けて電波を発射し、気流の乱れや雨粒によって散乱されて戻ってきた電波を受信し、ドップラー効果を利用して上空の風向・風速を300メートルの高度間隔で10分毎に観測します。気象条件によって観測データが得られる高度は変動しますが、最大12キロメートル程度までの上空の風向・風速が観測できます。全国33か所に設置したウィンドプロファイラの観測データは、実況監視や数値予報に利用され、大雨や突風等の解析や予測に必要不可欠なものとなっています。 コラム ■可搬型の気象観測機器を用いた臨時アメダスの設置~平成27年9月関東・東北豪雨で被災した茨城県常総市への設置等~  気象庁では、被災地における気象観測体制を迅速に強化し、災害発生後における二次災害防止等に資するため、可搬型の気象観測機器を整備しています。実際に大きな災害が発生した場合などには、この観測機器を用いて、臨時の気象観測所(臨時アメダス)を設置し、観測データをホームページ等により提供しています。  これまでに設置した臨時アメダスの例としては、 ・ 平成23年東北地方太平洋沖地震に伴い、岩手、宮城、福島、茨城県の10箇所 ・ 平成25年台風第26号の大雨による土砂災害に伴い、伊豆大島の2箇所 などがあります。また、火山周辺のアメダスについては、火山活動が活発化した場合に観測機器の保守が困難になることから、当該地域の観測体制を維持するため、火山から少し離れた場所に臨時アメダスを設置することもあります。例えば、 ・ 御嶽山の噴火に伴い、平成26年10月に御嶽山近辺に、 ・ 阿蘇山の火山活動の活発化に伴い、平成27年1月に阿蘇山近辺に、 それぞれ臨時アメダスを設置しました。  平成27年9月関東・東北豪雨の際には、台風第18号から変わった低気圧に向かって南方から流れ込んだ湿った空気の影響で大雨となり、茨城県常総市では甚大な被害が発生しました。このことを受け、当該地域の気象観測体制を強化するため、同年9月18日に可搬型の気象観測機器を常総市に設置し、臨時アメダス「常総」として気温、降水量及び風向風速の観測を開始しました。 (4)静止気象衛星観測  気象庁は、現在まで35年以上にわたって、静止気象衛星「ひまわり」による観測を続けてきました。平成27年(2015年)7月7日には、「ひまわり7号」に替わって「ひまわり8号」による観測を開始しています。 (トピックスⅠ-6「静止気象衛星「ひまわり8号」の運用開始」参照)。  静止気象衛星の最大の利点は、同じ地域を常に観測できるという点です。東経140度付近の赤道上空約35,800キロメートルの静止軌道上にあることで、地球の自転周期に合わせて周回することとなり、日本を含む東アジア・西太平洋地域の広い範囲を、24時間常時観測することができます。また、観測地点が少ない海上の台風を監視するためには、静止気象衛星は不可欠な観測手段となっています。  同じ地域を常に観測できる「ひまわり」の利点を活かして、連続した衛星画像から雲の移動を解析することにより、上空の風(風向・風速)を算出できます。この風の分布は、気象の観測所が存在しない地域や海上においても算出可能なため、数値予報における重要なデータとなっています。ひまわり8号では、短い時間間隔で高い分解能の画像を撮影でき、画像の種類も増えたため、この観測データを活用することで、従来より高い頻度、高い密度、多様な高度、高い精度で上空の風を算出できるようになります(下図)。  このほかにも、「ひまわり」の観測データは、上空の黄砂や火山灰の監視、海面水温の算出や流氷の監視などに幅広く利用されています。さらに、この観測データは、日本のみならずアジア・太平洋を中心とした世界各国でも利用されています。  また、「ひまわり」にはデータを中継する通信機能もあり、国内外の離島などに設置された観測装置の気象データや潮位(津波)データ、国内主要地点の震度データなどの収集に活用されています。 (5)潮位・波浪観測  気象庁では、高潮・副振動・異常潮位・高波等による沿岸の施設等への被害の防止・軽減のため、全国各地で潮位(潮汐)と波浪の観測を行っています。潮位の観測は検潮所や津波観測点の観測装置、波浪の観測は沿岸波浪計、ブイ、観測船を使用して行っています。また、他機関の観測データも活用してきめ細かい実況の監視に努めています。  一方、スーパーコンピュータを用いた高潮モデルや波浪モデルにより、それぞれ潮位や波浪の予測値を計算しています。これらの資料と実況監視データを用いて、各地の気象台では、高潮特別警報・高潮警報・高潮注意報、波浪特別警報・波浪警報・波浪注意報、気象情報や潮位情報を発表し、沿岸域での浸水等の被害や船舶の海難事故に対する注意・警戒を呼びかけています。 3節 異常気象などの監視・予測 (1)異常気象の監視  気象庁では、原則として「ある場所(地域)・ある時期(週、月、季節等)において30年間に1回以下の頻度で発生する現象」を異常気象としています。  気象庁では、世界中から収集した観測データ等をもとに、我が国や世界各地で発生する異常気象を監視して、極端な高温・低温や大雨・少雨などが観測された地域や気象災害について、週ごとや月ごと、季節ごとにとりまとめて発表しています。また、社会的に大きな影響をもたらす異常気象が発生した場合は、特徴と要因、見通しをまとめた情報を随時発表し、気象庁ホームページでも公表しています。例えば、平成27年(2015年)は、米国南西部の少雨やインドの熱波に関する情報等を発表しました。  さらに、我が国への影響が大きな異常気象が発生した場合は、異常気象分析検討会(写真)を開催し、大学・研究機関等の第一線の研究者の協力を得て最新の科学的知見に基づいた分析を行い、異常気象の発生要因等に関する見解を迅速に発表します。最近では、平成25年(2013年)夏の日本の極端な天候や平成26年(2014年)8月の不順な天候に関して異常気象分析検討会を開催し、分析結果を発表しています。 (2)エルニーニョ/ラニーニャ現象等の監視と予測  エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の中央部から南米ペルー沿岸にかけての広い海域で、海面水温が平年より高くなり半年から一年半程度続く現象で、数年おきに発生します。一方、同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続く現象をラニーニャ現象と呼びます。エルニーニョ現象やラニーニャ現象が発生すると、日本を含む世界の様々な地域で多雨・少雨・高温・低温など、通常とは異なる天候が現れやすくなります。また、西太平洋熱帯域やインド洋熱帯域の海面水温の状態が日本や世界の天候に影響を与えていることが、近年明らかになってきました。  気象庁では、エルニーニョ/ラニーニャ現象、西太平洋熱帯域とインド洋熱帯域における海洋変動に関する最新の状況と6か月先までの見通しを、「エルニーニョ監視速報」として毎月10日頃に発表しています。 4節 気象庁の基盤情報システムとインターネットを通じた情報発信  気象庁では、国内外の関係機関から気象などの観測データを収集し、これを解析、予測することで、特別警報・警報・注意報などの防災気象情報を作成し、防災関係機関や報道機関を通して広く国民に伝達しています。観測データの収集や情報伝達、解析や予測には気象資料総合処理システム(COSMETS)を使用しています。気象資料総合処理システムは解析や予測を担うスーパーコンピュータシステムと通信機能を担う気象情報伝送処理システムの2つのシステムで構成されています。スーパーコンピュータシステムは、世界各地の観測データ、気象衛星(ひまわり)の観測データなどを使って気圧や気温など大気の状態を詳しく解析し、さらに解析結果から物理法則に基づくモデル計算により大気の今後の変化を予測します。気象情報伝送処理システムは、最新の地上・高層気象観測や気象レーダー観測のデータ、沿岸波浪計や潮位計、船舶などによる海洋観測のデータ、震度観測データなどのほか、都道府県などが行う雨量観測や震度観測などのデータを収集しています。また、世界の気象機関が協力して運用する全球通信システム(GTS)の通信中枢として関係国と観測データの交換を行っています。これらの観測データ、解析・予測の情報、地震・津波や火山に関する情報を、国内の気象官署や防災関係機関、外国の気象機関などに提供するとともに、民間気象業務支援センターを通じて民間の気象事業者や報道機関などに提供しています。各気象台との情報伝達経路となる国内の基盤通信網を2重化していることに加え、東日本と西日本にそれぞれ中枢を持つ気象情報伝送処理システムは相互バックアップ機能を有しており、大規模災害時にも安定して各種観測データの収集や予報、防災情報などの伝達を継続できるように信頼性の向上を図っています。 (1)WMO情報システム(WIS)  WMO情報システム(WIS:WMO Information System)は、気象に関するデータやプロダクトなどの情報を国際的に効率よく交換・提供するために、WMOが新たに構築した基盤情報網です。従来のGTSに各種気象情報を統合し、統一された情報カタログを整備することで検索やアクセスが容易になり、気象情報の有効活用が図られています。  WISは、中核となる全球情報システムセンター(GISC:Global Information System Centre)、各種気象情報を提供するデータ収集作成センター(DCPC:Data Collection or Production Centre)、各国気象局など(NC:National Centre)から構成されます。  世界中のデータやカタログの管理・交換を行うGISCは、気象庁を含め世界に15か所配置され、責任地域を分担してWMO各地区をカバーしています。気象庁は、このGISCと8つのDCPCの運用を、世界に先駆けて平成23年(2011年)8月から開始しました。  気象庁は第Ⅱ地区のカンボジア、タイ、ベトナム、ミャンマー、ラオスおよび第Ⅴ地区ながら台風などで連携の強いフィリピンをGISC東京の責任域国とし、WISに関する技術支援を積極的に行い、国際貢献と我が国の国際的プレゼンスの向上を図っています。 (2)気象庁ホームページ  気象庁ホームページでは、大雨、地震・津波、火山噴火等に関する防災情報を掲載しています。掲載している防災情報には、警報・注意報や予報等を文字や表で伝えるものに加え、降水の実況と短時間予報を好みの範囲で表示させることが出来る高解像度降水ナウキャストといった図情報も豊富にあります。また、これらの防災情報の解説や効果的な利用方法も合わせて掲載しています。台風が接近している時などは、気象庁ホームページへのアクセスが急増し、1日で5,000万ページビューを超えることもあります。 (3)防災情報提供センター  国土交通省は、省内の各部局等が保有する様々な防災情報を集約して、インターネットを通じて国民の皆様へ一元的に提供するため、「防災情報提供センター」というウェブサイト(http://www.mlit.go.jp/saigai/bosaijoho/) を運用しており、その運営は気象庁が担当しています。  このウェブサイトからは、国土交通省の各部局等や都道府県などの雨量情報を一覧できる「リアルタイム雨量」や国土交通省内の各レーダーそれぞれの長所を生かして統合した「リアルタイムレーダー」をはじめ、河川、道路、気象、地震、火山、海洋などの各種の災害・防災情報を容易に入手することができます。  また、携帯端末向けのホームページ(http://www.mlit.go.jp/saigai/bosaijoho/i-index.html)では、屋外などパソコンが使えないような場所でも、気象警報、竜巻や降水のナウキャスト情報などの気象情報のほか、津波警報や潮位情報等の防災情報を入手できるようにしています。 第2章 地震・津波と火山に関する情報 1節 地震・津波に関する情報の発表・伝達及び利活用  地震による災害には、主に地震の揺れ(地震動)によるものと、地震に伴って発生する津波によるものとがあります。これらの災害を軽減するため、気象庁は、地震と津波を24時間体制で監視し、その発生時には、予測や観測結果の情報を迅速に発表します。地震発生直後の地震及び津波の情報は、防災関係機関の初動対応などに活用されています。 (1)地震に関する情報  気象庁は、全国約300か所に設置した地震計や国立研究開発法人防災科学技術研究所や大学の地震計のデータを集約して、地震の発生を24時間体制で監視しています。また、地面の揺れの強さ(震度)を測る震度計を全国約670か所に設置し、地震発生時には、これらの震度計及び地方公共団体や国立研究開発法人防災科学技術研究所が設置した震度計のデータを集約(全国で合計約4,400か所)しています。気象庁は、これらのデータを基に地震発生時には次の情報を発表しています。 ア.緊急地震速報(地震動特別警報・地震動警報・地震動予報)  緊急地震速報は、地震の発生直後に震源に近い地震計で捉えた観測データを解析して、震源や地震の規模(マグニチュード)を直ちに推定し、これに基づいて各地での主要動の到達時刻や震度を予測し、可能な限り素早く知らせる情報です。この情報により、強い揺れの前に、自らの身を守ったり、列車のスピードを落としたり、工場等で機械制御を行ったりして、被害の軽減が図られています。気象庁は、最大震度5弱以上の揺れを予想した際には、震度4以上の揺れが予想される地域に対し、地震動特別警報(震度6弱以上の揺れが予想される場合)・地震動警報に相当する緊急地震速報(警報)を発表し、強い揺れに警戒する必要があることをテレビ・ラジオ・携帯電話等を通じてお知らせします。また、マグニチュードが3.5以上又は最大予測震度が3以上である場合等には、緊急地震速報(予報)を発表します。民間の予報業務許可事業者は、緊急地震速報(予報)の震源やマグニチュードを用いて、特定の地点の主要動の到達時刻や震度を予報し、ユーザーに対して専用端末等を通じ、音声や文字等で知らせたり、機械を制御する信号を発したりする個別のサービスを行っています。 イ.観測した結果を整理した情報  気象庁は、観測した地震波形などのデータから推定した震源の位置、マグニチュードや観測した震度などの情報を迅速に発表しています。地震発生の約1分半後に震度3以上が観測されている地域をお知らせする「震度速報」のほか、震源の位置や震度3以上を観測した市町村名などをお知らせする「震源・震度に関する情報」など、観測データを基に順次詳細な情報を発表します。震度の情報はテレビやラジオなどで報道されるだけでなく、防災関係機関の初動対応や災害応急対策の基準としての役割があります。そのため、地面の揺れを的確に観測できるよう検定に合格した震度計を使用し、設置方法等にも基準を設けています。また、地方公共団体の震度計についても同様の基準を満たすよう、地方気象台が技術的なアドバイスを行っています。さらに、高層ビル等における地震後の防災対応等に資するため、観測された長周期地震動階級などをお知らせする「長周期地震動に関する観測情報」を、気象庁ホームページで平成25年3月から試行的に提供しています。 (2)津波に関する情報  気象庁は、地震により発生した津波が日本沿岸に到達するおそれがある場合には津波警報等を発表するとともに、津波の到達予想時刻や予想される津波の高さを津波情報として発表します。また、気象庁や関係機関が沿岸及び沖合に設置した約230か所の観測施設のデータを活用して津波を監視し、津波が観測されるとその観測結果を津波情報として発表します。沖合の津波観測施設としては、ケーブル式海底津波計やGPS波浪計を活用しています。 ①津波警報・注意報、津波予報、津波情報  海域で規模の大きな地震が発生し、地震と同時に発生する地殻変動によって海底面が大きく持ち上がったり下がったりすると、津波が発生します。気象庁は、陸域へ浸水するなど重大な災害が起こるおそれのある津波が予想される場合には「津波警報」(高さ1~3メートル)を、より甚大な災害となるおそれがある場合は特別警報に位置付けられている「大津波警報」(高さ3メートル超)を、海の中や海岸、河口付近で災害の起こるおそれのある津波が予想される場合には「津波注意報」(高さ0.2~1メートル)をそれぞれの津波予報区に発表します。なお、地震発生後、津波が予想されるものの災害が起こるおそれがない0.2メートル未満の高さの場合には、「津波予報」(若干の海面変動)を発表します。  ただし、マグニチュード8を超えるような巨大地震が発生した場合は、地震発生から数分程度では地震の規模を精度よく求めることができないため、その海域における最大級の津波を想定して津波警報の第1報を発表します。このとき、非常事態であることを簡潔に伝えるため、予想される津波の高さを「巨大」(大津波警報の場合)、「高い」(津波警報の場合)という言葉で発表します。このような表現を用いた場合でも、地震発生から15分ほどで精度よく地震の規模を把握し、それに基づき津波警報を更新し、予想される津波の高さを数値で発表しなおします。  津波警報等の発表後、沖合で津波を観測した場合には、間もなく沿岸に津波が到達する可能性が高いことから、その観測点における第一波の到達時刻、最大の高さなどの観測値に加え、その観測値から推定される沿岸での津波の到達時刻や高さの予想を津波情報(沖合の津波観測に関する情報)で発表します。  また、沿岸で津波を観測した場合には、観測した事実を速やかに知らせるため、第一波の到達時刻、最大の高さなどの観測値を津波情報(津波観測に関する情報)で発表します。 (3)地震・津波に関する地方公共団体との協力 ア.地震・津波災害発生時の地方公共団体への協力  日本は世界でも有数の地震大国であり、日本周辺で発生する地震は年間約10万回、震度1以上の地震は、約2,000回発生しています。そのうち、地方公共団体が防災対応をとる目安となる震度4以上の地震は、年間およそ30~60回ほど発生しています。  地方公共団体では、地震や津波の発生により被害が予想される場合や被害が発生した場合には、住民の避難対策や救助救出といった災害応急対策を行い、同時に災害対策本部等を立ち上げて緊急輸送路の確保やライフラインを復旧させる等の災害復旧・復興を速やかに講じることが求められています。これらの災害応急対策や災害復旧・復興を迅速かつ的確に検討・実施するためには、地震・津波の発生状況や今後の見通し等を迅速かつ的確に把握する必要があります。  このことから気象庁では、地震発生後、速やかに地震や津波の情報を発表するほか、最大震度が4以上の地震が発生した場合あるいは津波注意報以上を発表した場合には、地震や津波警報等の概要、震度分布図や推計震度分布図等、全体の把握に役立つ図表を取りまとめて、地震発生から30分程度で地方公共団体に提供しています。  さらに最大震度が5弱以上あるいは津波注意報以上を発表した場合等では、地方公共団体の災害対策本部等で災害復旧・復興対策を検討する可能性が高まることから、地震や津波のより詳しい状況等を取りまとめ、地震発生から1~2時間後を目途に地方公共団体に提供しています。また、状況によっては、ホットラインの利用や災害対策本部等への気象庁職員の派遣により、地域特性や今後の見通し、警戒すべき事項等の詳しい解説を行っています。  なお、地震や津波の詳しい状況等を取りまとめた資料は、気象庁の記者会見の資料としても公表しており、報道機関や気象庁HP等を通じて住民の方々にもお伝えしています。 イ.平時における地域防災力の向上の取組 ○防災知識の普及啓発  地震や津波は突発的に発生することから、被害の防止・軽減を図るためには住民自身が自分の身を守り、地域住民で助け合うことが大変重要となります。気象庁では、地方公共団体等と連携した住民に対する防災知識の普及啓発に積極的に取り組んでおり、これらを通じた自助・共助の高まりによって地域防災力の向上を図っています。平成27年度には、大田区や日本赤十字社、内閣府との共催により、首都直下地震への備えを呼びかける体験型の防災啓発イベントを実施しました(P116コラム参照)。このように防災関係機関と連携して地震・津波災害の理解と平時からの備えについて考える防災講演会や防災イベントは、全国各地で実施しています。  また、緊急地震速報の訓練を全国的に推進するための取り組みを連携して実施したり、地方公共団体が実施する防災訓練について訓練が実践的な内容となるよう企画段階から参加協力するとともに、リアリティーのある地震・津波の想定資料の提供や実効性のある訓練内容を提案する等、地方公共団体と連携した取り組みを通じて地域防災力の向上に取り組んでいます。 ○防災気象情報の利活用促進  地方公共団体の防災担当者が、気象庁が発表する地震・津波等の情報や地域災害の特性等を理解しておくことは、災害時の被害想定や災害応急対策を効果的に検討、実施する上で重要です。このため、気象庁では地方公共団体の防災担当者を対象として、各種情報や地域特性を知っていただくための勉強会の実施、地震の活動状況を定期的に提供、解説する等を通じて、地震・津波情報等の効果的な利活用促進を図っています。 コラム ■平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震から5年を迎えて  国内観測史上最大規模(M9.0)を記録し、巨大な津波と未曾有の被害をもたらした平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の発生から、平成28年3月11日で5年が経過しました。  この地震の発生直後から極めて活発な余震活動がみられ、翌4月にかけて最大震度6強~5弱の地震35回を含め、震度1以上の余震を4,618回観測しました。その後も沿岸部を中心に余震活動の活発な状態が続き、気象庁は強い揺れなどへの注意を呼びかけてきていますが、時間の経過とともに活動は次第に低下してきています。震度1以上の余震は、本震発生4年後からの1年間で620回と、本震直後の1年間(8,112回)の約13分の1となりました が、それでも本震発生以前(年平均306回)の約2倍であり、依然活発な状態です。余震には、本震から時間が経過するにつれて回数の減少がゆるやかになる性質があり、今後は徐々に長い期間をかけて本震発生前の活動レベルに戻っていくと考えられます。もともと、東北地方の太平洋側沖合は日本付近で最も地震活動が活発な海域のひとつであり、引き続き日頃からの地震への備えが大切です。気象庁は、今後も全国の地震・津波を監視して適切な情報発表に努めるとともに、津波警報や緊急地震速報の精度向上などにも取り組んでいきます。 コラム ■沖合の津波観測データの活用について  沖合で津波や波浪の観測を行うための観測施設として、海底津波計※1やGPS波浪計※2があります。沖合の観測データについては、沿岸に到達する前に津波を観測できる可能性があり、防災上の効果が高いことから、気象庁では、これらのデータを津波警報・注意報の更新や「沖合の津波観測に関する情報」(平成25年3月運用開始)に活用しています。  さらに、関係機関により広域に多数の海底津波計※3の整備が進められています。気象庁では、これら沖合の津波観測データを「沖合の津波観測に関する情報」の迅速な発表に活用するほか、沖合の観測データを用いる新しい津波予測手法法(tFISH)※4に取り込む計画です。tFISHを活用することにより、津波警報・注意報の迅速・適切な更新に貢献することが期待されます。 ※1 気象庁、海洋研究開発機構、防災科学技術研究所、東京大学地震研究所により設置 ※2 国土交通省港湾局により設置 ※3 海洋研究開発機構により整備され防災科学技術研究所に移管された地震・津波観測監視システム(DONET)及び防災科学技術研究所により整備されている日本海溝海底地震津波観測網(S-net) ※4 気象研究所が開発した、津波波形逆解析による波源推定を活用した津波即時予測アルゴリズム(tsunami Forecasting based on Inversion for initial sea-Surface Height) コラム ■平成27年(2015年)5月30日の小笠原諸島西方沖の地震について  平成27年(2015年)5月30日20時23分に、小笠原諸島西方沖の深さ682キロメートルでM8.1の地震が発生しました。この地震により、東京都小笠原村(母島)と神奈川県二宮町で震度5強、埼玉県鴻巣市、春日部市、宮代町で震度5弱を観測しました。  今回の地震は、とても震源が深く規模の大きな地震でした。深さについては、これまで気象庁が地震観測を行ってきた中で、最も深い682キロメートルで発生しました。一般に、深い場所で地震が発生すると、広範囲で震度が観測されます。今回の地震では、明治17年(1884年)の震度観測開始後で初めて日本全域、47都道府県全てで震度1以上を観測しました。ちなみに、平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震であっても宮崎県や沖縄県では震度1以上を観測していません。  小笠原諸島では、東から太平洋プレートが沈み込んでおり、それに沿って地震が発生しています。今回の地震は、この地域では、これまで地震の発生が見られない深さで発生しました。また、世界的に見ても、M8前後の巨大地震が600キロメートルより深い場所で発生した例はあまりありません。今回の地震は、とても珍しい地震と言えます。 (4)東海地域の地震・地殻変動の監視と情報提供  東海地震は、駿河湾から静岡県の内陸部を震源域とする大規模な地震で、現在、日本で唯一科学的な直前予知の可能性がある地震と考えられています。東海地震は陸側のプレート(地球表面を覆う厚さ数十~百キロメートル程度の岩石の層)とフィリピン海プレートの境界で起こる地震です。プレート境界には普段は強くくっついている領域(固着域)があります。東海地震の前にはこの固着域の一部が少しずつすべり始め、最終的に固着域全体が急激に大きくずれることで、強い揺れを発生させる東海地震になると考えられています。この少しずつすべり始める現象を「前兆すべり(プレスリップ)」といいます。東海地震の予知は、この前兆すべりに伴う地盤の伸び縮み(地殻変動)を捉えることで行います。気象庁は、東海地震の発生を予知し、国民の防災・減災行動に役立てるため、関係機関の協力を得て、東海地域とその周辺に展開された地震計やひずみ計などのデータを収集し、この地域の地震と地殻変動を24時間体制で監視しています。  気象庁は、観測データに異常が現れた場合、地震学等の専門家から構成される地震防災対策強化地域判定会を開催し、東海地震に結びつくかどうかを3段階からなる「東海地震に関連する情報」で発表します。防災機関等はこの情報内容に応じた段階的な防災対応をとります。  ただし、前兆すべりの規模が小さい場合などには、前兆現象を捉えることができず、上記の情報を発表できないまま東海地震が発生する場合もあります。 (5)地震調査研究の推進とその成果の気象業務への活用  「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」(阪神・淡路大震災)を契機に制定された地震防災対策特別措置法(平成7年法律第111号)により、地震に関する調査研究を一元的に推進するため、政府の特別の機関として地震調査研究推進本部(通称:地震本部)が設置されました。  また、同法に基づき、気象庁は、文部科学省と協力して、平成9年より地域地震情報センターとして大学や国立研究開発法人防災科学技術研究所などの関係機関からの地震観測データを収集・処理しています。  これらの収集・処理されたデータは、地震本部の下に設置されている地震調査委員会で行われる各種の地震活動評価や、大学など関係機関での地震調査研究に活用されるだけでなく、気象庁の地震情報等の防災気象業務にも活用され、多方面で防災・減災に役立てられています。 2節 火山の監視と防災情報 (1)火山の監視 ア.110活火山と火山監視・警報センター  我が国には火山噴火予知連絡会により選定された110の活火山があります。気象庁では、本庁(東京)に設置された「火山監視・警報センター」及び札幌・仙台・福岡の各管区気象台に設置された「地域火山監視・警報センター」(両者をまとめ、以下「火山監視・警報センター」という。)において、これらの活火山の火山活動を監視しています。110の活火山のうち、今後100年程度の期間の噴火の可能性及び社会的影響を踏まえ「火山防災のために監視・観測体制の充実等の必要がある火山」として平成21年6月に火山噴火予知連絡会によって選定された47火山については、噴火の前兆を捉えて噴火警報等を的確に発表するために、観測施設(地震計、傾斜計、空振計、GNSS観測装置及び遠望カメラ)を整備し、関係機関(大学等研究機関や自治体・防災機関等)からのデータ提供も受け、火山活動を24時間体制で常時観測・監視しています。また、平成26年11月には、常時観測・監視の対象とすべき火山が新たに3火山追加され(八甲田山、十和田、弥陀ヶ原)、観測施設の整備を進めています。  また、50火山以外の火山も含めて、火山監視・警報センターが火山機動観測として現地に出向き計画的に現地調査を行っており、火山活動に高まりが見られた場合には、必要に応じて現象をより詳細に把握するため観測体制を強化します。例えば、平成27年5月29日に噴火警戒レベル5(避難)の噴火警報を発表した口永良部島では、噴火による噴石で観測施設が使用できなくなったため、現地に臨時の地震計などを設置しました。  火山監視・警報センターは、全国の活火山について、観測・監視の成果に基づき、火山活動の評価を行い、噴火発生が予想された場合には「警戒が必要な範囲」(この範囲に入った場合には生命に危険が及ぶ)を明示して噴火警報を発表しています。 イ.火山活動を捉えるための観測網  火山噴火の前には、マグマや高温高圧の水蒸気が地表付近まで上昇するため、普段は見られない様々な現象(地震の群発、火山性微動の発生、地殻変動、噴気温度の上昇、噴煙や火山ガスの増加など)が起きます。  こうした現象は先行現象と呼ばれ、高感度の観測機器を用いて火山現象に応じた適切な監視・観測をすることで捉えることができる場合があります。 ○震動観測(地震計による火山性地震や火山性微動の観測)  震動観測は、地震計により、火山体内部で発生する微小な地震(火山性地震や火山性微動)を捉えるものです。マグマの移動や、それに伴う岩石の破壊、マグマに溶け込んでいる気体の発泡などにより発生すると考えられています。 ○空振観測(空振計による音波観測)  空振観測は、火山の爆発的噴火などで生じる空気の振動をとらえるものです。天候不良等により遠望カメラで火山の状況を監視できない場合でも、地震計による地震記録や空振計による空振記録等より、噴火の発生と規模をいち早く検知することができます。 ○地殻変動観測(傾斜計、GNSS等による地殻変動観測)  地殻変動観測は、地下のマグマの活動等に伴って生じる地盤の傾斜変化や山体の膨張・収縮を観測するものです。傾斜計では火山周辺で発生するごく微小な傾斜変化をとらえることができます。また、GNSS観測装置では、複数のGNSS観測装置を組み合わせることで2点間の距離の伸縮を計測することから火山周辺の地殻の変形を検出することができます。いずれも地下のマグマ溜まりの膨張や収縮を知り、火山活動を評価するための重要な手段となります。 ○遠望観測(遠望カメラ等による観測)  遠望観測は、定まった地点から火山を遠望し、噴煙の高さ、色、噴出物(火山灰、噴石など)、火映などの発光現象等を観測するものです。気象庁では、星明かりの下でも観測ができる高感度の遠望カメラを設置しています。 ウ.現地調査  気象庁では、火山活動に変化がある場合は、現地に機動観測班を派遣し、火山機動観測を行うことにより、火山活動の正確な把握に努めています。また、全国の110の活火山について、平常時から計画的に現地に 赴き、臨時のGNSS観測、熱や火山ガスなど陸上からの観測やヘリコプターによる上空からの観測等を実施 し、継続的な火山活動の把握・評価に努めています。 ○熱観測  赤外熱映像装置を用いて火口周辺の地表面温度分布を観測することにより、温度の高まりなど熱活動の状態を把握します。 ○上空からの観測  関係機関の協力により、ヘリコプター等を用いてカメラや赤外熱映像装置により、地上からでは近づけない火口内の様子(温度分布や噴煙の状況)や噴出物分布を上空から詳しく調査・把握し、火山活動の評価に活用します。 ○火山ガス観測  火口から放出される火山ガスには、水蒸気、二酸化炭素、二酸化硫黄、硫化水素など様々な成分が含まれています。気象庁では、小型紫外線スペクトロメータ(COMPUSS)という装置を用いて火山ガス(二酸化硫黄)の放出量を観測し、火山活動の評価に活用します。 ○噴出物調査  噴火が発生した場合には、噴火の規模や特徴等を把握するため、大学等研究機関と協力して降灰や噴出物の調査を行い、火山活動の評価に活用します。 (2)災害を引き起こす主な火山現象  火山は時として大きな災害を引き起こします。災害の要因となる主な火山現象には、大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流、溶岩流、小さな噴石・火山灰、土石流、火山ガス等があります。特に、大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流は、噴火に伴って発生し、避難までの時間的猶予がほとんどなく、生命に対する危険性が高いため、防災対策上重要度の高い火山現象として位置付けられており、噴火警報や避難計画を活用した事前の避難が必要です。 ・大きな噴石 爆発的な噴火によって火口から吹き飛ばされる大きな岩石等(概ね50センチメートル以上の岩石)は、風の影響を受けずに弾道を描いて飛散して短時間で落下し、建物の屋根を打ち破るほどの破壊力を持っています。大きな噴石による被害は火口周辺の概ね2~4キロメートル以内に限られますが、過去、登山者等が死傷する災害が発生しており、噴火警報等を活用した事前の入山規制や避難が必要です。 ・火砕流 高温の火山灰や岩塊、空気や水蒸気が一体となって急速に山体を流下する現象です。規模の大きな噴煙柱や溶岩ドームの崩壊などにより発生します。大規模な場合は地形の起伏にかかわらず広範囲に広がり、通過域を焼失させる極めて恐ろしい火山現象です。流下速度は時速数十から百数十キロメートル、温度は数百℃にも達します。火砕流から身を守ることは不可能で、噴火警報等を活用した事前の避難が必要です。 ・融雪型火山泥流 積雪期の火山において噴火に伴う火砕流等の熱によって斜面の雪が融かされて大量の水が発生し、周辺の土砂や岩石を巻き込みながら高速で流下する現象です。流下速度は時速60キロメートルを超えることもあり、谷筋や沢沿いをはるか遠方まで一気に流下し、大規模な災害を引き起こしやすい火山現象です。積雪期の噴火時等には融雪型火山泥流の発生を確認する前にあらかじめ避難が必要です。 ・溶岩流 マグマが火口から噴出して高温の液体のまま地表を流れ下るものです。地形や溶岩の温度・組成にもよりますが、流下速度は比較的遅く基本的に徒歩による避難が可能です。 ・小さな噴石・火山灰 噴火により噴出した小さな固形物で、粒径が小さいほど遠くまで風に流されて降下します。小さな噴石は10キロメートル以上遠方まで運ばれ降下する場合もありますが、噴出してから地面に降下するまでに数分~十数分かかることから、火山の風下側で爆発的噴火に気付いたら屋内等に退避することで身を守れます。火山灰は、時には数十から数百キロメートル以上運ばれて広域に降下・堆積し、農作物の被害、交通障害、家屋倒壊、航空機のエンジントラブルなど広く社会生活に深刻な影響を及ぼします。 ・火山ガス 火山地域ではマグマに溶けている水蒸気や二酸化炭素、二酸化硫黄、硫化水素等の様々な成分が気体となって放出されます。ガスの成分によっては人体に悪影響を及ぼし、死亡事故も発生しています。 (3)噴火警報と噴火予報  気象庁は、噴火災害軽減のため、全国110の活火山を対象として、観測・監視・評価の結果に基づき噴火警報を発表しています。噴火警報は、噴火に伴って発生し生命に危険を及ぼす火山現象(大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流等、発生から短時間で火口周辺や居住地域に到達し、避難までの時間的猶予がほとんどない現象)の発生やその危険が及ぶ範囲の拡大が予想される場合に、「警戒が必要な範囲」(生命に危険を及ぼす範囲)を明示して発表します。  例えば、「警戒が必要な範囲」が火口周辺に限られる場合は「噴火警報(火口周辺)」、「警戒が必要な 範囲」が居住地域まで及ぶ場合は「噴火警報(居住地域)」として発表し、海底火山については「噴火警報 (周辺海域)」として発表します。  これらの噴火警報は、気象庁ホームページで掲載するほか、報道機関、都道府県等の関係機関を通じて住民等に直ちに周知されます。  噴火警報を解除する場合等には「噴火予報」を発表します。なお、火山の噴火についても「警戒が必要な 範囲」が居住地域まで及ぶ場合に発表する「噴火警報(居住地域)」を特別警報として位置付けています。 (4)噴火警戒レベル ア.噴火警戒レベルの考え方  噴火警戒レベルは、内閣府が平成18年から開催した「火山情報等に対応した火山防災対策検討会」の報告に基づき、火山活動の状況に応じた「警戒が必要な範囲」と防災機関や住民等の「とるべき防災対応」を5段階に区分した指標で、平成19年12月から運用が開始されたものです。地元の自治体や関係機関で構成される火山防災協議会で火山活動に応じた「とるべき防災対応」が定められた火山で運用が開始され、市町 村・都道府県の「地域防災計画」にも定められます。  噴火警戒レベルは、噴火警報・噴火予報の発表に合わせて、市町村等の防災機関では、合意された範囲に対して迅速に入山規制や避難勧告等の防災対応をとることができ、噴火災害の軽減につながることが期待されます。 イ.噴火警戒レベルの設定と改善  平成27年12月に施行された活動火山対策特別措置法の一部改正により、全ての常時監視火山の周辺地域では、火山防災協議会の設置が義務付けられました。平成28年4月現在、34火山で噴火警戒レベルの運用が行われていますが、気象庁では、地元自治体等での火山防災の進捗と活性化に向けた取り組みを踏まえ、具体的な避難計画の策定を通じて、噴火警戒レベルの設定と改善を地元の火山防災協議会と共同で進めていきます。これにより、火山噴火等に対して、地元自治体や住民があらかじめ合意された基準に沿って円滑に防災行動を取れるようになることが期待されます。 (5)降灰と火山ガスの予報  噴火警報等で扱う火山現象以外にも、火山現象に関する予報として降灰予報と火山ガス予報を発表しています。 (6)火山現象に関する情報  噴火警報や上記の予報のほか、火山現象に関する情報を発表することにより、火山活動の状況等をお知らせしています。 (7)火山噴火予知連絡会  火山噴火予知連絡会は、「火山噴火予知計画」(文部省測地学審議会(現文部科学省科学技術・学術審議会測地学分科会)の建議)の一環として計画を円滑に推進するため、昭和49年に発足した組織です。連絡会は、火山噴火予知に関する研究成果や情報の交換や、各火山の観測資料を検討して火山活動についての総合的判断、噴火予知に関する研究及び観測体制を整備するための検討を行っています。  連絡会は、学識経験者や関係機関の専門家から構成され、事務局は気象庁が担当しています。  定例会を年3回開催し、全国の火山活動について総合的に検討を行うほか、火山噴火などの異常時には、気象庁長官の招集による幹事会や臨時部会を開催し、火山活動の総合判断を行うほか、火山の活動評価に関する資料の収集・解析を行うため、機動的な総合観測班を設置し現地に派遣します。 コラム ■ジオパークと火山防災  浅間山や桜島など日本の活火山の多くは、美しい景観と温泉の湧く観光地になっています。しかし、もし噴火が起これば大きな災害になることもあります。火山と共生するためには、温泉などの恩恵と噴火による災害との二面性があることを理解して、災害リスクが含まれている認識を持つことが大切です。ジオパークは、自然の恩恵と災害の二面性を実感しながら効果的に防災を学べるところです。火山活動によって形成された地形・地質の観光ポイントを科学・防災知識の普及啓発に活用しているからです。  ジオパークでは、溶岩地形などを物語にして科学・防災を効果的に学べるように工夫しています。例えば、伊豆大島三原山のゴジラ岩は3つの物語を持っています。1.「観光の物語」ゴジラ岩は昭和61年の噴火で三原山火口から生まれ、映画にもなりました。2.「科学の物語」流動性の高い玄武岩溶岩は流れていくうちに表面が先に固まって様々な珍しい形を作ります。3.「防災の物語」溶岩流は全てを焼き尽くしますが、流れる速さは遅いので、歩いて逃れることができます。  このような物語をガイドが観光客などに現地で語ることで、楽しみながら、噴火災害のリスクと身を守る方法を理解することができます。ガイドは語りの基礎となる科学・防災を学ぶために、気象庁職員などからガイド講習を受けたり、気象庁職員との合同登山に参加したりしています。そうして身に付けた火山防災の知識を基に、平常時には防災知識の普及啓発を行い、異常時には観光客の安全確保を行います。  ジオパークを活用した防災知識の普及啓発は、気象庁と地域の観光事業者団体や教育関係・防災関係機関が連携して行う新しい効果的な手法です。平成27年9月の阿蘇山噴火時には、こうした平常時の連携が迅速な避難行動や観光客への情報提供に繫がりました。平成28年1月現在、日本には伊豆大島や阿蘇山など39地域のジオパークがあり、気象庁では地元自治体との連携・協力を行っています。 3章 地球環境に関する情報 1節 地球温暖化問題への対応 (1)気温や海面水位の監視と地球温暖化に伴う気候などの将来予測  気象庁では、気温や海面水位の長期的な変化傾向を監視して、地球温暖化の現状に関する情報を提供しています。また、将来の気候を数値モデルによって予測し、地球温暖化に伴う気候の変化に関する予測情報を提供しています。  世界の平均気温については、全世界の千数百か所の観測所における観測データや海面水温データを収集して、長期的な変化傾向を監視しています。また、日本国内の気象庁の観測点のうち、都市化の影響が少なく、特定の地域に偏らないように選定した15か所の観測データをもとに、日本の年平均気温の長期的な変化傾向を監視しています。  さらに、海面水位については、潮位や地盤変動の観測から得られたデータに加え、海洋気象観測船で観測した水温・塩分のデータや、人工衛星から観測された海面高度データをもとに、海洋の数値モデルも活用して海面水位の変動の実態を分析して、地球温暖化による海面水位の上昇について情報を発表する計画です。  気候変化の予測については、今後の世界の社会・経済の動向に関する想定から算出した温室効果ガス排出量の将来変化シナリオに基づいて、日本周辺の気候をきめ細かくシミュレーションできる気候モデルを用い、21世紀末頃における我が国の気温や降水量などの変化を計算しています。得られた予測結果は、地球温暖化予測情報として作成しており、平成25年(2013年)3月に「地球温暖化予測情報第8巻」を発表しました。  気象庁は、これらの業務を通じて、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が平成25~26年(2013~14年)に公表した第5次評価報告書にも貢献しています。 2節 海洋の監視と診断 (1)海洋の監視  地球表面の7割を占める海洋は、人間の社会経済活動に伴い排出される二酸化炭素の約3分の1を吸収するとともに、大量の熱や二酸化炭素を蓄えています。そのため、海洋は大気中の二酸化炭素濃度の増加や、それにより引き起こされる地球温暖化の進行など地球環境や気候変動に大きな影響を及ぼしています。また、海洋の二酸化炭素濃度が増加することで海洋の酸性化が進み、海洋の生態系への影響、ひいては水産業等の経済活動への大きな影響が懸念されています。  気象庁は、世界気象機関(WMO)やユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等による国際的な協力体制の下、海洋の二酸化炭素を吸収量や気候変動に与える影響を調べるため、日本周辺海域及び北西太平洋で海洋気象観測船や中層フロート等によって海洋の観測を実施しています。  海洋気象観測船は、北西太平洋全体の主要な海流を横切るように設定された観測線に沿って、海面から海底までの海流や水温、塩分、二酸化炭素等の温室効果ガスや化学物質(酸素、栄養塩(植物プランクトンが育つための栄養となるリン酸塩、硝酸塩、ケイ酸塩等))の高精度な観測を実施しています。  中層フロートは、海面から深さ2,000メートル付近までの水温・塩分の鉛直分布を自動的に観測する機器です。WMO、IOCや各国の関係機関の連携により、中層フロートを全世界の海洋に常時約3,000台稼働させ、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視するとともに、地球温暖化をはじめとする気候変動の実況把握とその予測精度向上を目指す「アルゴ計画」が推進されており、気象庁は、文部科学省などの関係省庁と連携して中層フロートによる観測を実施しています。 (2)海洋の健康診断表  気象庁では、海洋気象観測船等による観測データに加え、地球観測衛星等の観測データを収集し、それらを基に解析した結果を、「海洋の健康診断表」(http://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/shindan/index.html)として、気象庁ホームページで公表しています。この中で、地球温暖化に伴う海洋の変化や、海域ごとの海水温、海面水位、海流、海氷、海洋汚染の状態、変動の要因及び今後の推移の見通しについて、グラフや分布図を用いてわかりやすく解説しています。平成27年度には、北西太平洋域の海洋内部の水素イオン濃度指数(pH)の長期変化傾向に関する情報提供を開始しました。 3節 環境気象情報の発表 (1)オゾン層・紫外線の監視と予測  気象庁は、自ら実施している国内及び南極昭和基地のオゾン層・紫外線の観測結果に加え、収集した地球観測衛星のデータ等も利用して、オゾン層破壊の実態を調査解析しています。これらの観測・解析の成果は、オゾン層や紫外線の長期変化傾向などの調査結果も含め気象庁ホームページで公表しており、オゾン層保護対策などの資料として活用されています。  また、毎日の生活の中で紫外線対策を効果的に行えるように、翌日までの紫外線の強さを予測し、有害紫外線の人体への影響度を示す指標であるUVインデックスを気象庁ホームページで毎日発表しています。 (2)黄砂の監視と予測  黄砂は、ユーラシア大陸の黄土高原やゴビ砂漠などで風によって上空高く舞い上がった無数の細かな砂じんが、上空の風に乗って日本へ飛来する現象で、春に多く見られます。黄砂が飛来すると、洗濯物や車が汚れるといった一般生活への影響があるほか、濃度が高くなるとまれに交通障害の原因となる場合があります。  気象庁では、黄砂が日本の広域にわたって観測され、その状態が継続すると予測される場合には「黄砂に関する気象情報」を発表して注意を呼びかけています。また、気象庁ホームページには毎日の黄砂の観測・予測結果を掲載しています。加えて、環境省と共同で「黄砂情報提供ホームページ」(http://www.data.jma.go.jp/gmd/env/kosateikyou/kosa.html)を運用し、黄砂に関する観測や予測の情報を簡単に取得できるようにしています。 (3)ヒートアイランド現象の監視・実態把握  都市化の進んでいる東京や大阪などの大都市圏では、都市の中心部の気温が周辺の郊外部に比べて高くなっており、「ヒートアイランド現象」と呼ばれています。都市化の進展に伴って、ヒートアイランド現象は顕著になりつつあり、熱中症等の健康への被害や、感染症を媒介する蚊の越冬といった生態系の変化が懸念されています。  気象庁では、都市気候モデルを用いたシミュレーションによって、水平距離2キロメートルごとの気温や風の分布の解析を行っています。解析の成果は、最高・最低気温や熱帯夜日数の観測値の経年変化などとともに、「ヒートアイランド監視報告」として平成16年度(2004年度)から公表しています。平成27年度(2015年度)は、関東、東海、近畿地方の三大都市圏を対象に、8月のヒートアイランド現象による平均気温上昇量が年によって変動することや統計的な夏と冬の違い等を示しました。 コラム ■海洋内部も酸性化が進行しています  海洋は、人間活動により排出された二酸化炭素を吸収することで、地球温暖化の進行を抑制する働きをしています。しかし、二酸化炭素を吸収・蓄積してきたことで、世界的に海洋酸性化(=水素イオン濃度指数(pH)が低下)が進行しています。海洋酸性化の進行は、海洋の生態系に大きな影響を与える可能性があり、水産業や海洋観光産業などの経済活動へ打撃を与えるおそれもあります。また、海洋酸性化によって海洋が大気中の二酸化炭素を吸収する能力が低下する可能性が指摘されており、大気中に残る二酸化炭素の割合が増えるため、地球温暖化が加速することが懸念されています。  気象庁ではこれまで、東経137度及び太平洋域の海面における海洋酸性化に関する情報を提供してきました。今回、当庁による観測データに加え、国際的な観測データも取り入れ、1990年代以降の東経137度線及び東経165度線に沿った海洋内部でのpHの長期変化傾向を解析しました(図)。その結果、いずれの観測線においても、深さ約150~800mにおける海洋内部のpHは、10年あたり0.001~0.031低下しており、海洋内部でも酸性化が進行していることが分かりました。また、両測線とも、北緯15度以北の北部ほどpHの低下速度が早い傾向がみられました。  今回の解析結果をもとに、平成27年(2015年)11月に、東経137度線及び東経165度線に沿った海洋内部の酸性化に関する定期的な情報提供を気象庁ホームページ「海洋の健康診断表」を通じて開始しました。  http://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/shindan/a_3/pHin/pH-in.html コラム ■2015年の南極オゾンホールが第4位の規模に  南極上空のオゾンホールは、フロン等のオゾン層破壊物質によるオゾン破壊が最も顕著に現れている現象であり世界的なオゾン層破壊の指標となっています。  平成27年(2015年)の南極上空のオゾンホールは、例年ならば縮小し始める9月中旬以降も拡大し続け、10月9日に2015年の最大面積である2,780万平方キロメートル(南極大陸の約2倍)となり、衛星観測を開始した1979年以降で第4位の大きさとなりました。オゾンホールが南極大陸の約2倍の面積まで拡大したのは、9年ぶりのことです。また、この面積は10月としてはこれまでで最大となりました。  南極上空の成層圏では気温が-78℃以下になると極域成層圏雲と呼ばれる雲が発生し、この雲の表面でフロン等のオゾン層破壊物質から変化した塩素分子等が太陽光で分解され、オゾン層を破壊します。  2015年は、赤道付近で作られたオゾンの南極上空への流入が妨げられる気象条件となったこと、南極上空の成層圏においてオゾン層の破壊を促進する-78℃以下の低温域が例年より広く長期間存在したことがオゾンホールの拡大につながったと見られます。  世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)の報告によると、大気中のオゾン層破壊物質は穏やかに減少しており(第4部2章「天候、異常気象など」参照)、オゾンホールは長期的には縮小していくと予測されています。しかし、オゾンホールの生成・発達は、成層圏の気象条件の影響を受けるため、今後も2015年のような大規模なオゾンホールが発生することが考えられ、今後も引き続きオゾン層の監視を行うことが必要です。 4章 航空の安全などのための情報  航空機の運航においては、空港での離着陸時を含めて気象の影響を常に受けているため、その安全性、快適性、定時性及び経済性の確保には、気象情報が重要な役割を担っています。気象庁は、国際民間航空機関(ICAO)や世界気象機関(WMO)が定める国際的な統一基準に基づいて国際航空のための気象業務を行うとともに、国内航空のための独自の気象業務も実施しています。  航空機が出発する前に立てる飛行計画では、目的空港の天候から空中での待機や代替空港への着陸の可能性を判断し、燃料の搭載量を決定します。また、上空の風の予想や悪天の予想図から、飛行中乱気流による揺れの少ない高度や場所、燃料が節約できる高度や航空路、到着予定時刻などを決定します。気象庁が提供する各種情報がこうした判断に使われています。 1節 空港の気象状況等に関する情報  航空機の離着陸には、風や視程(見通せる距離)、積乱雲(雷雲)などの気象状況が大きく影響します。気象庁では、全国81空港において、1時間又は30分ごとに定時観測を行い、また気象状況を監視し、それらの情報を管制塔にいる航空管制官や航空会社の運航管理者・パイロットをはじめとする航空関係者へ迅速に通報しています。  東京や成田などの国内の主要な9空港では、空港気象ドップラーレーダーにより、雷雨の時などに発生する大気下層の風の急変域(ウィンドシアー)を監視しています。  また、東京・成田・関西の各国際空港においては空港気象ドップラーライダーを設置して、降水を伴わない場合の低層のウィンドシアーや、離着陸時に影響する建物・地形による滑走路付近の風の乱れを観測しています。これらにより、離着陸する航空機の安全に影響する低層のウィンドシアーが観測された場合は、ウィンドシアー情報として直ちに管制官を通じてパイロットへ伝達されます。  さらに、雷監視システムにより雷が発する電波を受信し、その位置、発生時刻などの情報を作成し、航空会社などに直ちに提供しています。 2節 空港の予報・警報に関する情報  航空機の飛行計画を立てる際、出発前に、出発地の空港、目的地の空港、そして天候不良など何らかの理由で目的地の空港に着陸できない場合の代替空港の気象情報が必要となります。このため気象庁は、空港の風や雲の量・高さ、視程(見通せる距離)、天気などの詳細な予報(飛行場予報)を30時間先まで、国際定期便などが運航している37空港に対して発表しています。飛行場予報は、国内外の航空会社の運航管理者・パイロットをはじめとする航空関係者へ提供し、運航計画などに利用されています。また、飛行場予報を発表している空港において、強風や大雪などにより地上の航空機や空港施設及び業務に悪影響を及ぼすおそれがある場合、「飛行場警報」を適宜発表し、航空関係者に対して警戒を促しています。  このほか、航空管制官やパイロットなどの航空関係者に対して、各空港や航空路上の気象状況や今後の予想について解説などを行っています。 3節 上空の気象状況に関する情報 (1)空域の気象情報  飛行中の乱気流や火山灰との遭遇、機体への落雷や着氷の発生は、航空機の運航の安全性と快適性に大きく影響します。気象庁は、このような大気現象について日本や北西太平洋上空の監視を行い、雷電、台風、乱気流、着氷及び火山の噴煙に関する観測・予測情報を「シグメット情報」として随時発表しています。また、約6時間先のジェット気流の位置や悪天域を図によって示した「国内悪天予想図」や、悪天の実況を解説した「国内悪天解析図」を提供して、運航計画の支援を行っています。  さらに、平成26年(2014年)から、小型機の安全と効率的な運航の支援を主な目的として、下層空域の悪天を対象とした「下層悪天予想図」の提供を行っています。 (2)航空路火山灰情報  火山灰は、航空機のエンジンに吸い込まれるとエンジンが停止したり、機体前面に衝突すると操縦席の風防ガラスが擦りガラス状になり視界が利かなくなったり、飛行場に堆積すると離着陸ができなくなったりするなど、航空機への影響は多岐にわたります。このため航空機の安全な運航を確保するうえで、火山灰の情報は大変重要です。  気象庁は国際民間航空機関(ICAO)からの指定を受けて、東京航空路火山灰情報センター(東京VAAC)を運営しています。同センターでは、東アジア及び北西太平洋における火山噴煙の状況を監視し、火山灰の分布に関する観測・予測情報(航空路火山灰情報)を国内外の航空関係者に提供しています。 4節 より精度の高い予測を目指して  東京国際空港では平成22年(2010年)に新滑走路の供用が、また、平成23年(2011年)には国際定期便の運航がそれぞれ開始され、首都圏空域における航空交通量はますます増加しています。このような状況下で、もし東京国際空港が強い横風や雷雨などの悪天によって着陸ができなくなるような気象状態となった場合、たちまち多数の航空機が空中で待機することとなり、航空機の流れを円滑に保つことが極めて困難になることが予想されます。このため気象庁は、東京国際空港などの飛行場予報の精度向上を図るべく、飛行場の予報に適した緻密な数値予報モデル(局地モデル)の開発に平成20年度から取り組み、平成24年度(2012年度)からは首都圏空域を対象により詳細な気象情報の提供を開始しました。この技術開発の成果等を踏まえ、さらに平成28年(2016年)からは対象を全国の主要空港を中心とした空域に拡大しました。今後も、航空機の安全で効率的な運航により役立つよう、航空気象情報の更なる高度化を図ります。 5節 航空関係者に利用される航空気象情報  気象庁は、空港内などで業務を行っている航空関係者に対して、空港の気象観測の結果や予報、上空の風や気温、悪天の予想図などの気象情報を提供しています。空港の観測値や予報などの航空気象情報は、国内外の航空関係者に提供しているほか、主要な空港や空域の気象情報は、飛行中の航空機に対して、短波放送や国土交通省航空局の無線通信(対空通信)などを通じて提供しています。また、日本の空の交通を計画的に管理する業務を行っている航空局航空交通管理センター(福岡市)では、管制官と同じ運用室で、気象庁の航空交通気象センターの予報官が、管制官などに対して航空交通管理のために必要な気象情報の提供や解説を行っています。さらに、平成26年(2014年)から、航空交通気象センター首都圏班を東京国際空港内に設置し、過密化する首都圏周辺の空域に関する詳細な気象情報の提供を行っています。 6節 ISO9001品質マネジメントシステムの導入  航空気象業務は、国際民間航空機関(ICAO)や世界気象機関(WMO)による国際的な要求事項や利用者からの要求事項を満たした気象観測や予報などを行う必要があります。このため、気象庁では航空気象部門にISO9001に基づく品質マネジメントシステムを導入して、航空気象情報の適時適切な提供を継続するとともに、利用者の満足度向上を目指した活動を行っています。 民間の気象事業  気象等の現象は、交通、電力、農業、食品や衣料品販売等様々な産業に影響を与え、国民の生活に密接にかかわっており、国民及び産業界には気象情報に対する幅広いニーズが存在しています。このような個々のニーズに応えるため、気象サービスを提供する民間の事業者(以下、民間気象事業者)が活躍しています。また、近年では、高速インターネットやスマートフォンをはじめとする携帯端末の普及等、情報通信技術の目覚ましい発展と相まって、多くの国民が、情報を一方的に受けるだけでなく、自らの判断で必要とする情報を入手できるようになってきました。このようなICTの進展に伴い、国民及び産業界のニーズは、今後、より多様化・個別化することが見込まれることから、民間気象事業者の役割はますます重要になっています。  ここでは、民間気象事業者による適切な気象サービスの提供を支える、予報業務の許可制度や気象予報士制度について解説するとともに、民間気象事業者の活動を支援するために気象庁が行なっている取り組みについて紹介します。 1節 予報業務の許可制度  民間気象事業者のサービスは、創意工夫により様々な取り組みがなされていますが、サービスを利用する国民の側からみると、その精度や提供主体の技術力について判断することは困難です。このため、民間気象事業者が、気象や波浪、地震・火山等の現象の予報業務を行おうとする場合には、警報等の防災気象情報との整合性や、国民の期待する「正確な気象情報の提供」を確保できるよう、気象庁長官の許可が必要です。  なお、地震動と火山現象、津波の予報業務を行うときは、技術上の基準に適合した手法で現象の予想を行うことを義務づけることにより、予報の一定の技術水準を担保しています。 2節 気象予報士制度  予報の精度は、現象の予想をどのような方法で行うかに左右されます。気象や波浪等の現象の予想には、数値予報資料の解釈など高度な技術を要することから、民間気象事業者が気象などの予報業務を行う際には気象予報士に現象の予想を行わせることが義務付けられており、これにより民間が行う予報の一定の技術水準を担保しています。国家資格である気象予報士になるためには、業務に必要な知識及び技能について試験を行う気象予報士試験に合格し、気象庁長官の登録を受ける必要があります。気象予報士には平成28年4月1日現在、9,568人が登録されています。また、気象予報士は、民間気象事業者が行う予報業務の中核となる技術者としてだけでなく、報道等を通じた解説や防災関係者・一般住民を対象とした講演会等、様々な場面で防災知識の普及・啓発にも貢献しています。 3節 民間気象事業者等に対する支援  気象庁は、自らが保有する観測・解析・予報等の成果及びこれらの作成過程で得られる数値予報資料や解説資料等の気象情報を、民間気象業務支援センターを通じて民間気象事業者等へ提供しています。これら、気象庁の保有する気象情報は、民間気象事業者が行なう予報業務の基礎資料となる他、個別企業や個人のニーズに対応した情報に加工されることによって、産業界の多様な活動や社会サービスの基盤として活用されています。また、数値予報等、気象庁による予測技術の高度化に伴い、民間気象事業者の技術の高度化も益々必要となっていることから、気象庁では、民間気象事業者を対象に最新の技術や気象情報について解説する講習会の開催の他、民間気象業務支援センターや(一社)日本気象予報士会が行う講習会等への講師派遣などの協力・支援を行っています。 6章 住民への安全知識の普及啓発に関する取組 1節 地域防災力アップ支援プロジェクト  気象庁では、これまでも住民等を対象とした出前講座や講演会、リーフレットやDVDの作成・配布など、様々な普及啓発活動に取り組んできました。平成23年3月の東日本大震災などの近年の災害をきっかけとして、住民等への自助・共助意識の啓発や防災教育の重要性が政府の有識者会議などで報告されています。このことを踏まえ気象庁では、様々な機関と連携・協力しながら、安全知識の理解や気象情報の利活用をより効果的に推進するための様々な取り組みを「地域防災力アップ支援プロジェクト」として進めています。  気象庁では、今後も関係機関と連携しながら、気象や地震などの自然現象に対して住民自らの判断で的確な防災行動がとれるような風土・文化が醸成されることを目指して、安全知識の普及啓発に取り組んでいきます。 2節 より効果的な取組への発展に向けて  気象庁では、「地域防災力アップ支援プロジェクト」として全国の気象台で進めている数ある取り組みの中で、多くの官署で参考となる取り組みについて発表し、防災・教育・報道・広報の各専門家から助言や講評などをいただくための「ミーティング」を平成24年度から実施しており、平成27年度は平成28年2月22日に開催しました。  【専門家(五十音順、敬称略)】   報道分野 時事通信社 解説委員 中川 和之   広報分野 (株)電通PR コミュニケーションデザイン局        エグゼクティブ・アドバイザー 花上 憲司   防災分野 神戸学院大学現代社会学部 客員教授 松山 雅洋   教育分野 東京都板橋区教育委員会安全教育専門員/鎌倉女子大学 講師 矢崎 良明  ミーティングでは「現場教員との協働による実践型防災教育プログラムの開発」「広域機関と連携した地域防災力の向上」「参加型の手法を活用した防災啓発活動の実践と普及」など8事例について、取り組みを実施している気象台から概要、工夫した点などのアピールポイント、成果や課題、今後の展開などについて発表を行いました。  専門家からは、「全国展開が期待できる取り組みもあれば、ユニークな取り組みもあり、全体的に取り組みのレベルが上がってきている」、「ミーティングを活用した取り組みの評価・改善を行っており、取り組みが年々充実してきている」といった評価のほか、「良いコンテンツなどは多くの人が使えるように普及に取り組んでほしい」、「地域のオリジナリティを加味することでより効果的な取り組みへの発展が期待できる」など多くの助言をいただきました。これら助言を踏まえ、今後のより効果的な取り組みへの発展や新たな展開に繫げていきます。 3節 関係機関と連携・協力した普及啓発の取組  気象庁と日本赤十字社は、相互に協力してそれぞれが行う防災教育をはじめとする安全知識の普及啓発を一層充実し、継続的な活動とするため、平成26年3月に「防災教育の普及等の協力に関する協定」を締結しています。これにより気象庁と日本赤十字社との連携だけでなく、全国の気象台と日本赤十字社の各都道府県支部が連携して様々な普及啓発活動を行っています。  また、平成22年度に日本気象予報士会との連携事業「防災プロジェクト」を立ち上げ、日本気象予報士会が出前講座等で使用する資料の作成支援や資料作成の基礎となる気象庁の最新技術や取り組みについて情報提供を行い、日本気象予報士会の普及啓発活動を支援しています。 4節 気象庁ワークショップ 「経験したことのない大雨 その時どうする?」  災害から身を守るためには、気象台から発表する警報や注意報等といった防災情報のタイミングや意味等を体系的に理解し、積極的に入手して利活用することが必要です。また、自宅周辺にある危険箇所の有無や住居の構造、家族構成等によっても必要な対応が異なるため、それぞれの状況に応じて、災害から身を守るための行動のシミュレーションを事前に行うことが有効です。  このため気象庁では、グループワーク等のコミュニケーションを活用し、深い理解を導くための能動的な学習プログラム「気象庁ワークショップ『経験したことのない大雨 その時どうする?』」(以下ワークショップ)を開発し、これを用いた普及啓発活動を全国の気象台で実施しています。  このワークショップでは、参加者は大雨による災害の種類と危険性、気象台から発表される防災情報の意味や発表のタイミング、入手方法、身近に潜む危険を知ることの大切さなどの安全知識のレクチャーを受けた後、数人のグループに分かれ仮想の街で大雨が降り続く中、気象台が発表する防災情報を活用してグループ毎に違う状況(周辺地形、住居構造、家族構成等)に応じた安全行動についてシミュレートし、話し合ってまとめます。  平成27年度は、各地の気象台のほか、学校や大学、日本赤十字社・日本気象予報士会等の団体等によって自主的に開催され、全国で109回のワークショップが開催されました。参加者から「災害が起こる前に適切な知識を身につけることが大事だと感じた」、「防災対応について他の人の様々な意見や考え方を聞くことが出来て参考になった」などの感想が聞かれ、アンケート結果からはワークショップに参加する前後で安全知識や防災対応力が向上するなど効果が認められています。  このワークショップの運営マニュアルやワークショップで使用する資料一式は気象庁ホームページでも公開されており、自由にご利用いただけます。(http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jma-ws/) コラム ■関係機関と連携した普及啓発活動 首都直下地震防災啓発イベント「いまこそ知りたい私たちに必要なソナエ」  気象庁では、東日本大震災から5年の節目にあたり、過去の大災害の教訓を忘れずに今後の大地震や津波への備えにつなげていくため、「首都直下地震への備え」をメインテーマとした防災体験イベントを日本赤十字社、内閣府、大田区の共催により開催しました。  本イベントでは、防災・復興の主体的な担い手として期待されている女性に、災害時の男女ニーズの違いや女性が果たす役割の大きさが分かる内容を盛り込み、会場は子連れでも参加しやすい環境を整えることにも配慮しました。  当日は、朝から春一番が吹き荒れるあいにくの天気でしたが、朝早くから多くの方々にご来場いただきました。気象庁の防災イベントでは参加率が低かった女性や子育て世代の方々に多数ご参加いただけたことは、本イベントの大きな成果でもあります。会場内は、展示ブース、ステージとワークショップの3つに分かれており、ステージでは30分ほどのミニトークショーで「避難所での心理」や「心と体を癒すハンドマッサージ法」「首都直下地震とその備え」「東日本大震災、阪神・淡路大震災からの教訓」等、防災への取り組みや備えについて、女性の視点を随所に盛り込んだお話しをしていただき、男性からも「目からウロコが落ちた」といった感想もいただきました。展示ブースやワークショップでは、耐震固定や防災備蓄品、トイレが使えない時の対処法、非常食の美味しい調理法など、震災時の身近で切実な問題への対処方法について、沢山の方が興味を持たれて熱心に話を聴いていました。また、イベント会場を華やかに彩る三角旗は、未来の防災の担い手である大田区の東蒲・南蒲小学校の全児童が、地震津波の防災標語を考えて、一人ひとり思いを込めて旗に書いたものです。  気象庁では、今後も日本赤十字社をはじめとする防災関係機関と幅広く連携して、様々な視点から住民の方々の防災意識の高揚と防災知識の普及啓発に取り組んでいきたいと考えています。 コラム ■気象庁ワークショップ「経験したことのない大雨 その時どうする?」 福岡アメリカンセンターでの英語版気象庁ワークショップ「英語で防災!」 在福岡アメリカ領事館広報部 福岡アメリカンセンター カグノ 麻衣子  去年の7月に気象予報士の方から福岡アメリカンセンターで大雨防災ワークショップを開催したいとの打診を受けました。私どもアメリカ領事館の広報部が常々行っているイベントは、日本人を対象としたアメリカの文化を紹介したり、英語教育を促進したりするものが多く迷っていたところ、相談した広報担当領事の最初の反応は「防災は大変重要です!アメリカ市民サービス課と協力して行いましょう」でした。管轄地域に住むアメリカ人の安全を守ることは、アメリカ領事館の重要な責務だからです。しかし、領事の了解を得たものの、どうアメリカ市民や外国人への防災啓発と、日本人対象の英語プログラムを一つのプログラムにしていくか悩みました。  気象予報士から最初にお話をいただいて少し経った秋口に、東北・関東地方の豪雨が発生し鬼怒川の堤防が決壊、日本語でコミュニケーションがとれない外国人が災害弱者であるという記事が新聞にも載り、ますます領事の関心が高まりました。そこで考え付いたのが、今回のワークショップの目的を英語を使って外国人に正しい防災の知識を提供するのみならず、日本人の皆様に、グローバル言語である英語で防災に関する知識やボキャブラリーを学ぶことによって、災害時に支援を必要とする外国人を救うことができるということを考えてもらう、とすることでした。  11月19日のワークショップ当日は、地元の中・高で教える外国語指導助手や大学に通う留学生が参加し、大雨や防災についての知識を英語で学びました。また外国人と一緒のグループで学んだ日本人の参加者は、外国人でも出身地や文化によって防災に対する知識や態度が違うこと、また困ったときに助けを求めるのを躊躇する外国人が身近にいることを知ることができました。  今後も防災に関わる政府や地域の機関と連携し、管轄地域のアメリカ人への防災啓蒙活動と、外国人を助けるべく英語を使った防災知識の普及も続けていけたらと思っております。 第2部 気象業務を高度化するための研究・技術開発 1章 大気・海洋に関する数値予報技術 1節 数値予報とは  警報・注意報や各種の天気予報では、目先の大気の状態から明日・明後日、さらに先の大気の状態を予測しています。大気や海洋の現象は物理や化学の法則に基づいて起こっていますので、この法則を用いて「今」の大気などの状態から「将来」を数値的に予測することが原理的には可能です。この手法は「数値予報」と呼ばれ、気象庁の予報業務の根幹をなす技術となっています。数値予報は、大気や海洋・地表面での様々な振る舞いを物理や化学の法則で表現したコンピュータプログラム(数値予報モデル)の開発・改良により予測精度の向上が図られてきました。また、数値予報モデルを予報業務に使うには、膨大な計算を短時間に処理する必要があり、このため気象庁では昭和34年(1959年)に、我が国の官公庁として初めて科学計算用のスーパーコンピュータを導入し、以来、常に世界最高レベルのコンピュータに更新しています。数値予報モデルは、予測する期間の長さや対象領域などに応じて様々な種類がありますが、いずれも、大気や海洋を水平方向・鉛直方向に格子状に区切り、それぞれの格子での気温や風、湿度などの将来の状況を予測します。 2節 数値予報モデルの現状 (1)全球モデル、メソモデル、局地モデル  気象庁では予測対象にあわせて複数の数値予報モデルを運用しています。「全球モデル」は、地球全体を対象領域として大気の状態を予測する数値予報モデルで、府県天気予報(明後日までの予報)、週間天気予報や1か月予報、航空路や海上予報など地球上の広い領域を対象とする予報に利用しています。一般に予測時間が長くなるとともに誤差が大きくなりますので、週間天気予報や1か月予報では、「アンサンブル予報」という複数の予報計算を行う手法で確率による予報なども行っています。「メソモデル」は、日本周辺を対象として大雨や暴風などの災害をもたらす積乱雲の集団などの現象の予測を行う数値予報モデルで、警報・注意報など防災気象情報の作成、飛行場予報などに利用しています。メソモデルでは、全球モデルより計算を行う格子を細かくし、積乱雲の集団に伴う上昇気流や、水蒸気の凝結、雨や雪・あられなど降水粒子の発生・落下など雲の中で発生する現象を精密に取り扱っています。そして「局地モデル」では、メソモデルよりも格子をさらに細かくすることで、地形をよりきめ細かく取り扱うことや、個々の積乱雲を表現することも可能となり、風や気温、及び積乱雲に伴う雷や短時間の強い雨などの予測精度を向上させています。局地モデルは、航空機の安全運航のための気象情報や防災気象情報の作成に利用されています。 (2)季節予報モデルと長期再解析  1か月を超える時間スケールでは、大気の変動はエルニーニョ/ラニーニャ現象のような海洋の変動の影響を強く受け、逆に海洋の変動は大気の影響を受けます。このため、3か月予報、暖候期予報、寒候期予報やエルニーニョ現象の予測には、大気と海洋を一体として予測する大気海洋結合モデルを使用しています。  異常気象の分析を含めた気候の監視や季節予報を的確に行うためには、過去の気候を出来るだけ正確に把握しておく必要があります。この目的で、過去数十年にわたって蓄積した観測データを、最新の数値予報技術を用いて解析し直す「長期再解析」により、過去の気候を再現する高精度の気候データを作成し、気候の監視や季節予報に活用しています。平成18年に完了した長期再解析JRA-25(1979年以降の解析)に替わるものとして、その後の新たな技術を取り込み、1958年にまでさかのぼって計算を行う長期再解析JRA-55を新たに作成し、平成26年から利用しています。 (3)海に関する数値モデル  気象庁では海洋の様々な現象を予測するために、「波浪モデル」、「高潮モデル」、「海況モデル」及び「海氷モデル」を運用しています。  「波浪モデル」は、海上の風の予測値を用いて、海上の様々な場所での波の発達・減衰やうねりの伝播などを予測し、高波時に発表される波浪警報・注意報や、波浪予報などに利用しています。「高潮モデル」は、台風などによる海面気圧と海上の風の予測値から潮位の上昇量を予測し、この結果をもとに浸水災害がおこるおそれのある場合に、高潮警報・注意報を発表しています。「海況モデル」は、黒潮や親潮に代表される日本周辺の海流や海水温の状態を予測し、海面水温・海流1か月予報に使用しています。「海氷モデル」は、オホーツク海南部の1週間先までの海氷密接度の分布を予測し、海氷予報や船舶向けの海氷予想図に利用しています。 (4)物質輸送モデル  気象庁では、大気中の物質の挙動を数式化した物質輸送モデルを用いて地球環境や気候に影響する黄砂、オゾン、二酸化炭素などの監視と予測を行っています。「黄砂予測モデル」は、黄砂発生域での黄砂の舞い上がり、風による輸送・拡散、雨などによる地上への降下を考慮して、大気中の黄砂の量や分布を予測し、黄砂情報に利用しています。「化学輸送モデル」は、オゾンやその生成・消滅にかかわる物質の風による輸送・拡散、雨などによる地上への降下、化学反応や光化学反応による生成・変質・消滅などの過程を考慮して、成層圏及び対流圏のオゾン濃度を予測し、紫外線情報・全般スモッグ気象情報に利用しています。また、東アジア対象の「領域大気汚染気象予測モデル」をスモッグ気象情報に、「二酸化炭素輸送モデル」を過去30年間の大気中の二酸化炭素分布情報の作成に利用しています。 3節 数値予報の技術開発と精度向上  防災気象情報や天気予報の精度を高めるためには、その基盤となる数値予報技術の向上が不可欠です。  数値予報は、1で述べたスーパーコンピュータの性能向上を背景に、数値予報モデルの開発改良によってたゆまぬ進歩を遂げてきました。下図は、全球モデルの予測誤差(北半球5日予測の精度)の経年変化です。数値予報モデルの予測誤差は3分の2に減少するなど、この20年間で予測精度は大きく向上していることがわかります。この間、モデルの分解能の向上や物理過程の改良、初期値を作成する技術の改善、気象衛星などによる新たな観測データの利用開始など、多くの技術の進展がありました。気象庁では、最新の科学技術を取り入れ、数値予報のさらなる精度向上を図る取組を続けています。  その一つは、規模の小さい大気現象を予測するために計算を行う格子の間隔を細かくすること(高解像度化)です。格子の間隔を細かくすると計算量が大きく増えるため計算に要する時間が長くなりますが、その一方で、防災気象情報や天気予報で計算結果を用いるためには、所定の時間内に計算を終了させる必要があります。このため、膨大な数の格子での計算を高速化する方法や大気中の雨や雲の状態を精度良くかつ効率的に計算する方法の開発に取り組んでいます。  また、数か月以上先の予測には、大気だけでなく海洋の影響が大きくなることから、大気と海洋を同時に取り扱う数値予報モデルの開発・改良を進めています。  さらに、世界中から様々な観測データを集めて「今」の大気の状態を精度よくコンピュータの中に再現するための技術(これを「データ同化技術」と言います。用語集参照)の開発も併せて行っています。特に、ひまわりをはじめとする気象観測衛星や地球観測衛星などの人工衛星、航空機、ウィンドプロファイラ、ドップラーレーダーなどから刻々と送られてくるデータをより有効に利用する手法の開発・改良に重点的に取り組んでいます。 4節 地球温暖化予測  気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、平成25~26年(2013~2014年)に、三つの作業部会報告書及び統合報告書からなる第5次評価報告書を順次公表しました。この評価報告書は、地球温暖化に関する最新の知見が取りまとめられており、国内外の地球温暖化対策に科学的根拠を与える重要な資料となっています。現在は、ホーセン・リー新IPCC議長をはじめとする新たな体制の下、第6次評価報告書作成に向けた検討が行われています。  気象研究所では、最新の大気モデルと海洋モデルを結合して新たに開発した気候モデルに、これまでの気候モデルで扱ってこなかったエーロゾル、オゾン、陸域生態系及び海洋生物の効果を表現するモデルを組み合わせた地球システムモデルを開発しました。このモデルを用いた温暖化予測実験の結果や、海洋観測データを同化した10~30年先の近未来予測の結果は、IPCC第5次評価報告書に貢献しました。また、アジアをはじめとした地域的な気候表現をさらに高精度にするモデル開発を進めており、温暖化への中期的な適応策策定や立案に貢献します。  さらに、日本域の詳細な温暖化予測を可能とする高解像度の地域気候モデルを開発し、温暖化予測を通じて、我が国の地球温暖化対策に貢献します。 新しい観測・予測技術 1節 静止気象衛星「ひまわり8号」の観測データの数値予報への利用  平成26年10月7日に打ち上げられた静止気象衛星ひまわり8号は、平成27年7月7日に運用を開始し、従来よりも高分解能な衛星画像が日本のみならず世界中に配信され始めました。数値予報では、赤外画像から得られる晴天域での仮想的な温度(以下、「晴天輝度温度」という。)、及び、連続した複数の衛星画像から雲の移動を見積もることで算出される上空の風向・風速(以下、「大気追跡風」という。)を利用します。  「ひまわり7号」から「ひまわり8号」になり観測する画像の種類が増え、晴天判別の手法や大気追跡風の算出手法を改善したことで、利用できる晴天輝度温度データや大気追跡風データが大幅に増えました。数値予報では、入手した観測データの品質管理を行い、適切な観測データのみを利用して、数値予報モデルの計算を開始する際の大気状態(以下、「初期値」という。)を作成していますが、「ひまわり8号」においても晴天輝度温度データや大気追跡風データをより効果的に利用するための品質管理手法を最適に見直しました。これらの改善により、ひまわり7号で利用していたデータよりも多くのデータを抽出し利用することができるようになりました。この結果、初期値の精度が改善し、数値予報の予測精度向上が図られます。 2節 大雨警報等の精度向上を目的とした「浸水雨量指数」の開発  短時間強雨等により雨水の排水が追いつかず、低地等に水がたまることなどによって浸水害の危険度が高まると予想されるとき、気象庁は、市町村を対象として大雨警報(浸水害)・大雨注意報(以下、大雨警報等)を発表し、警戒・注意を呼びかけています。大雨警報等の精度向上を目的に、降った雨による浸水害発生の危険度の高まりを表現する指数「浸水雨量指数」を開発し、平成29年度からの導入を予定しています。 (1)浸水雨量指数とは  降った雨が地中に浸み込みやすい山地や水はけのよい傾斜地では、雨水がたまりにくいという特徴があります。一方、地表面の多くがアスファルトで覆われる都市部などでは、雨水が地中に浸み込みにくくたまりやすいという特徴があります。地形、土地利用など、その土地がもつ雨水のたまりやすさの特徴を考慮して、降った雨による浸水害発生の危険度の高まりを数値で表現したものが「浸水雨量指数」です。 (2)浸水雨量指数の大雨警報等の発表基準への導入  平成29年度から、現在の雨量基準に代えて浸水雨量指数を大雨警報等の発表基準として、導入する予定です。これにより、それぞれの土地がもつ雨水のたまりやすさを反映することができ、大雨警報等の対象とすべき市町村をより適切に特定・発表することができるようになります。  なお、浸水雨量指数による大雨警報等の発表基準には、過去の浸水害発生の状況と当時の浸水雨量指数から、浸水害発生のおそれがある浸水雨量指数の値をあらかじめ設定します。 (3)大雨警報(浸水害)を補足するメッシュ情報  浸水雨量指数の大雨警報等への導入に合わせて、浸水害発生の危険度分布を表すメッシュ情報を提供する予定です。このメッシュ情報は、地表面を1キロメートル四方の格子(メッシュ)に区切り、各メッシュの大雨警報等発表基準への到達状況を色分けして表示するもので、実際に浸水害の危険度が高まっている詳細な地域を視覚的に把握することができます。大雨警報等が発表されたときには、このメッシュ情報をご確認いただき、安全確保行動の判断などに活用いただくことを目指しています。 3節 「推計気象分布」の開発  気象庁では、アメダスや気象レーダー、気象衛星「ひまわり」の観測データをあわせて活用することにより、実況の気温と天気の詳細な分布を推定する技術を開発しました。この技術を用いて、平成28年3月から、気象庁ホームページ等において、毎正時における天気と気温の実況を1kmメッシュで推定した「推計気象分布」の提供を開始しています。  推計気象分布を用いることにより、日本全国の知りたい場所の気温及び天気の最新の分布を、詳細かつ簡便に知ることができます。 (1)気温  気象庁では、全国のアメダスのうち約840か所で気温を観測しています。気温と標高には、標高が高くなると気温が低くなるという関係があることから、アメダスの「点」のデータと標高の「面」のデータを組み合わせることにより、実況の気温の分布を面的に推定することが可能になります。  右図は、このようにして得られた関東甲信地方における気温分布の例です。太平洋側の伊豆半島や房総半島などでは気温が高い一方、秩父や北関東といった標高が高い地域では気温が低い様子がよく分かります。この気温の推定には1kmメッシュの標高データが用いられています。 (2)天気  気象庁では、気象衛星「ひまわり」により雲を、また気象レーダーにより降水を観測しています。これらを利用すれば、雲の有無と降水の有無を面的に捉えることができます。一方、降水が雨か雪かは、これらのデータのみからは判別できません。そこで、上記の気温の推定結果も利用して、雨と雪を判別する手法を導入しました。これによって、天気を晴、曇、雨、雨又は雪、雪の5種類に分類し、面的に推定することが可能となります。  右図は、九州地方南部における天気分布の例です。大分県や宮崎県沿岸部は晴れていますが、冬型の気圧配置となっており、標高差の小さい種子島はほぼ全島で雨になっている一方、屋久島では標高が高くなるにつれて雪に変わっている様子がよく分かります。 4節 ひまわり8号データを用いた黄砂予測の高度化  平成27年7月7日に運用開始したひまわり8号は、ひわまり7号では1つだった可視光の観測バンドが3つに増え、下図(左上)のようなカラーの可視画像で黄砂が飛来する様子を鮮明に捉えられるようになりました。また、従来の極軌道衛星による観測に比べ、エーロゾル(黄砂等の大気浮遊粒子状物質)の観測能力も大きく向上し、格段に広い視野と短い時間間隔でエーロゾル光学的厚さ※1等を推定することができるようになりました。  エーロゾルの光学的厚さ等のデータから、数値モデルを介してエーロゾルの濃度を予測することができるため、気象研究所は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の地球観測研究センター(EORC)および国立環境研究所と共同で、ひまわり8号の観測データを用いたエーロゾル予測システムの開発を進めています。  平成27年4月16日に発生した黄砂についてエーロゾルの分布及び濃度について予測したところ、試験運用中のひまわり8号の観測データを使用しなかった場合、中国の内陸部ではエーロゾルの量が過大に、日本の南側では過小に予測されていましたが、ひまわり8号の観測データを使用した場合は、シミュレーションの精度が大きく改善していました。  今後は、さらなる予測精度の向上を進め、黄砂の現業予測などに応用していく予定です。また、ひまわり8号による観測データは、黄砂だけでなく森林火災起源の煙、火山の噴煙、越境大気汚染等大気環境の監視・予測・理解の促進に大きく貢献することが期待されており、これらについての取組を進めていきます。 ※1 エーロゾル光学的厚さ:エーロゾル粒子によって大気がどのくらい濁っているかを示す量。 3章 地震・津波、火山に関する技術開発 1節 地震災害軽減のための技術開発  現在、気象庁では緊急地震速報を、地震の発生位置と規模(マグニチュード)を推定し、それに基づいて各地の震度を予測する方法で運用しています。気象研究所では、緊急地震速報をより早く、より正確に発表するための新しい手法として、地震の揺れが伝わってくる様子(揺れの分布)からまだ揺れていない場所での揺れを予測する方法を開発しています。さらに、高層ビルが大きく揺れる原因となる長周期の地震動にも対応できるよう研究を行っています。  また、地震の規模などを大地震発生直後にできるだけ正確に把握するため、震度分布などから地震の規模や震源域の広がりを推定する手法や、地震データと地殻変動データを組み合わせて地震の規模、断層面の向きやすべり量を推定する手法の開発を行っています。 2節 津波警報・注意報の発表・解除に関する技術開発  東北地方太平洋沖地震による津波観測データの解析により、GPS波浪計や、更に沖合に設置している海底津波計の観測データが、沿岸に到来する津波を精度よく予測する上で極めて重要であることが確認され、沖合津波観測網の拡充が進められてきました。気象研究所では、津波警報の更新の精度の向上を図るために、沖合でいち早く観測された津波波形データを使って沿岸に押し寄せる津波を即座に精度よく予測するための手法の開発を行っています。  また、日本から遠く離れた外国で発生した津波(遠地津波)に関する大津波警報・津波警報及び注意報を適切なタイミングで解除するため、津波の減衰過程の研究にも取り組んでいます。 3節 火山の監視・予測のための技術開発  気象研究所では、火山活動の監視・予測手法を高度化するために、マグマの動きなど、地中における火山活動に関する研究と、噴火に伴う降灰など、噴出物に関係する火山現象の研究を行っています。  平成27年(2015年)5月29日の口永良部島の噴火で、気象庁は初めて噴火警戒レベル5(避難)の噴火警報を発表しました。この時、噴き上げられた噴煙の様子が種子島レーダーなど、3台の気象レーダーによって捉えられました。これら気象レーダーのデータをもとに解析を行ったところ、噴煙の広がりや高さが時々刻々と変化していく状況を把握することができ、レーダーによる噴煙の検知の可能性が改めて示されました。  また、火山灰や小さな噴石(火山礫)の分布を、数値予報モデルを応用して予測する手法の改良も進めています。平成23年(2011年)1月の新燃岳噴火の事例では、北西からの強い季節風に伴い寒気が流れ込む状況で、風向・風速が時間や高さによって変化していたため、拡散予測が難しい気象条件でした。しかし、このような条件下でも、現在開発中の最新の拡散モデルと、気象レーダーによる時々刻々変化する噴煙の高さの観測データを用いることで、各地の降灰量を精度よく推定できることが分かりました。  気象研究所では、今後も引き続き、気象衛星やレーダーを活用した噴煙監視方法や火山灰・火山礫の拡散モデルの改良を進めることで、平成27年(2015年)3月から運用開始した新しい降灰予報(これまでの降灰の範囲の予報に、降灰量の予報を追加したもの)の精度をさらに高めるための研究に取り組んでいきます。 4章 大学や研究機関と連携した研究・技術開発  数値予報モデルをはじめとした気象や海洋、地震・火山・津波の監視・予測の技術を向上させるためには、各分野の最先端の知見や研究成果を活用することが必要です。このため気象庁は、国内の大学や研究機関はもとより、諸外国の気象機関などと情報交換や意見交換を行い、研究・技術開発を進めています。  国内の大学や研究機関とは、気象や海洋、地震・火山・津波のそれぞれの分野で合計140余りの共同研究を実施しています。いくつかの共同研究の成果は気象庁で活用されており、例えば、緊急地震速報の実用化も共同研究の成果のひとつです。  気象の分野については、日本気象学会との間で「気象研究コンソーシアム」という研究の枠組みを設けています。「気象研究コンソーシアム」は、気象庁の予測データや気象衛星データを研究者に提供することにより、大学や研究機関における気象研究を促進し、それにより、わが国における気象研究の発展、気象研究分野の人材育成及び気象予測技術の改善を図ろうとするものです。平成27年度には、研究者からの要望に基き、気象衛星「ひまわり8号」のプロダクトである大気追跡風と高分解能雲情報データの提供を開始しました。この枠組みのもとで、40余りの研究課題が取り組まれており、気象・気候の予測技術の開発や、現象の解明のための研究が行われています。  数値予報モデル開発に関しては、気象予測や数値シミュレーションのための数値予報モデルを利用する研究者に、気象庁が実際の予報に用いているモデルを貸与し、数値予報技術を用いた研究を促進しています。また、 「気象庁数値モデル研究会」を開催し、大学や研究機関の研究者との交流を図っています。平成28年5月 には「アンサンブル予報の発展と展望」をテーマとした第9回気象庁数値モデル研究会を、日本気象学会・メソ気象研究連絡会及び観測システム予測可能性研究連絡会と合同で実施します。  気候の分野では、猛暑や豪雪等の社会・経済に大きな影響を与える異常気象が発生した場合に、その発生要因について最新の科学的知見に基づく分析結果を発表するため、大学や研究機関の専門家と連携して分析を行う「異常気象分析検討会」を設置しています。前回は「平成26年8月豪雨」が発生するなど西日本を中心に記録的な多雨・寡照となった平成26年8月の不順な天候について、検討会でその要因を分析し、見解をまとめました。 第3部 気象業務の国際協力と世界への貢献  「Weather knows no national boundaries(気象は国境を知らない)」と言われるように、大気現象は国境に関係なく動いています。精度の良い天気予報とそれに基づく的確な警報・注意報の発表のためには、世界の気象観測データや技術情報の相互交換が不可欠です。気象分野のみならず、気候や海洋、地震・津波、火山分野においても、国境を超えて影響する気候変動や自然災害等への対応のためには国際協力が重要です。このため、気象庁は、世界気象機関(WMO)等の国際機関を中心として世界各国の関連機関と連携しているほか、近隣諸国との協力関係を構築しています。 1章 世界気象機関(WMO)を通じた世界への貢献 WMOは、世界の気象業務の調和的発展を目標として設立された国際連合の専門機関の一つです。世界気象会議(全構成員が出席)を4年毎に開催し、向こう4年間の予算や事業計画を審議するほか、執行理事会(世界気象会議で選出された37名が出席)において事業計画実施の調整・管理に関する検討を毎年行っています。我が国は昭和28年(1953年)の加盟以来、アジア地区における気象情報サービスの要として中心的な役割を果たしてきており、歴代気象庁長官は執行理事としてWMOの運営に参画しています。国際的なセンター業務を数多く担当するほか、気象庁の多くの専門家が専門委員会や地区協会の活動に貢献しています。  世界の国々が効率的な気象業務を行うためには、統一された方法による大気や海洋の観測、データの迅速な交換、高度なデータ処理に基づく気象情報の作成・提供が必要です。  例えば、気象庁はアジア地区を担当する地区測器センターに指名されており、各国の観測データの品質が保たれるよう、基準となる気象測器の管理や、気象測器の比較校正の支援及び保守等の指導を行っています。この活動は、各国における観測技術の向上に寄与するだけでなく、品質の良い観測データを得ることによって、気象庁が行う天気予報等の精度向上につながるものです。  観測データ等を国際的に迅速に交換するためには、全世界的な気象通信ネットワークも不可欠です。気象庁は、全球情報システムセンター(GISC)として観測データ等の効率的な国際交換・提供に貢献しているほか、地区通信センターとして特に東アジア地域におけるデータ交換の中継を担っています(第1部第1章第4節「気象庁の基盤情報システムとインターネットを通じた情報発信(77ページ)」参照)。  こうして収集した世界の観測データ等を活用して気象庁が作成したプロダクトについては、気象通信システム等を通じて各国に提供し、各国が行う気象予測や防災活動を支援しています。気象庁が担う、北西太平洋域の熱帯低気圧に関する地区特別気象センター(RSMC)としての活動もその一つです。責任領域内の熱帯低気圧について、解析や予報、予報の根拠、数値予測の情報等をリアルタイムに提供することで、同領域内の各国が行う解析・予報を支援しています。また、国際的なセミナーや研修を実施することにより、熱帯低気圧の監視や解析・予報に係る技術協力、技術移転に寄与しています。  このように、WMOの枠組みの下で行う国際協力は、世界の観測データ等を確実に入手して精度の良い天気予報等を行い、我が国の防災に資すると同時に、開発途上国等の気象業務サービスの向上を支援することによって、海外で活動する日系企業や在外邦人の安全確保にも貢献しています。 コラム ■WMO温室効果ガス世界資料センター ~気象庁の25年間にわたる国際貢献~  新聞やテレビで時折ニュースになる大気中の温室効果ガス(二酸化炭素やメタン)の世界平均の濃度は誰が調べているのでしょうか?実は日本の気象庁で行っています。  世界気象機関(WMO)は、各国の協力のもと世界の温室効果ガスなどを監視する目的で全球大気監視(GAW)計画を実施しており、例年11月頃に世界中のGAWに参加する観測所での前年の温室効果ガス観測データの動向をとりまとめたWMO温室効果ガス年報を公表しています。この年報に掲載される世界平均濃度などの値は、日本の気象庁が運営する温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)が計算しています。このWDCGGは、WMOの要請に基づいて、平成2年(1990年)に気象庁が設立しました。WDCGGは、GAWに参加する世界中の観測所から提出される温室効果ガス観測データを収集・解析・公開する国際的なデータセンターであり、WMO温室効果ガス年報の発行にも協力しています。WDCGGは平成27年(2015年)に設立から25周年を迎えました。  一方、気象庁では大気及び海水中の精密な温室効果ガス濃度の観測を、日本を含む北西太平洋域の陸上、海上、上空で立体的に行っています。世界の温室効果ガスは年々増加しており、これらの観測網のうち国内3つの陸上の観測地点における二酸化炭素濃度の平成26年(2014年)の年平均値は、岩手県大船渡市綾里と、沖縄県の与那国島の2つで初めて400ppm(0.04%)を超えました。気象庁はこのように自ら行う観測を通じてGAWによる地球環境の監視に貢献しています。  世界各国からWDCGGに報告されるデータの種類や量は年々拡大しており、船舶や航空機からのデータも報告されています。これらのデータを解析することで世界平均の温室効果ガス濃度やその増加率などが得られ、精度も年々向上しています。GAW計画のもとでWDCGGが収集して解析した情報は、関係する国際機関・各国政府機関や研究機関等に広く提供され、環境に関する政策決定や地球環境問題に関する科学的な理解を深めるために有効に利用されています。 2章 国連教育科学文化機関(UNESCO)を通じた世界への貢献  UNESCO政府間海洋学委員会(IOC)は、世界気象機関(WMO)とも協力し、各国の海洋に関する科学計画の調整を行っています。気象庁は、海洋・津波分野での技術的貢献をしています。 (1)北東アジア地域海洋観測システム地域リアルタイムデータベース  日・中・韓・露が協力し、北東アジア域の海洋、海上気象データの収集、解析、提供を行っています。 (2)津波の警報に関する国際協力  北西太平洋における地震を監視し、津波を発生させるおそれのある大きな地震が発生すると、地震や津波に関する情報を速やかに周辺各国に通知するとともに、各国からの情報を収集して国内の津波防災情報に役立てています。 3章 国際民間航空機関(ICAO)を通じた世界への貢献  ICAOは国連の専門機関の一つであり、国際民間航空の健全な発達のために設立されました。気象庁は、ICAOが主催する航空気象に関する会合に積極的に参加し、航空気象業務の国際的な統一基準の策定や高度化に向けた検討に参画しています。また、ICAOの指定を受けて、東京航空路火山灰情報センター、熱帯低気圧情報センター等の国際的なセンター業務を担当し、世界の航空機の安全運航に貢献しています。 4章 国際的な技術開発・研究計画との連携  気象業務の充実・改善のためには、数値予報モデルの開発・改良に代表される技術開発が不可欠です。気象庁は、各国と協力して様々な国際的な研究計画を進めています。  とりわけ地球温暖化問題については、昭和63年(1988年)に設立された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の活動に対し、気候モデルによる地球温暖化予測をはじめとする研究成果が評価報告書に盛り込まれる等、積極的に貢献しています。 5章 開発途上国への人材育成支援・技術協力について  気象庁は、開発途上国の気象機関等に対し、WMOや政府開発援助、二国間協力等の枠組みを通じて専門家の派遣や研修等を実施しており、気象、海洋、地震・火山などの様々な分野における人材育成支援・技術協力を行っています。  国際協力機構(JICA)とともに実施する研修のうち、集団研修「気象業務能力向上」コースにおいては、昭和48年度から平成27年度までに計75か国325名が気象庁での約3か月の研修に参加しました。研修員の多くは、帰国後、母国の気象業務の発展に主導的な役割を果たしています。 コラム ■気象レーダー分野における国際的な連携の推進  気象レーダーは、雨雲の様子を広範囲・高頻度・高解像度に観測することができ、集中豪雨や局地的大雨など、災害をもたらす激しい降水現象の監視に有効です。  近年、気象レーダー分野では技術の進展が進んでいます。気象レーダーでは電波を発射して、遠方の雨雲から反射してくる電波を受信・解析することにより、降水の強さや移動速度を観測します。発射する電波の生成に、これまでの真空管技術に代わり、半導体を用いることができるようになりました。これにより高価な消耗品の購入・交換が不要になると同時に、一部の半導体が機能を失っても観測を継続でき、使用する電波の帯域を狭めることで電波の有効利用にも貢献します。また、水平方向と垂直方向の2つの振動方向の電波を同時に発射・受信し、それぞれの特性の違いを利用して高精度の降雨強度や雲中の降水粒子の形状を求めることができる、二重偏波というレーダー技術も実用化されました。  気象庁は、平成27年度末から、東京国際空港(羽田空港)、関西国際空港に、半導体を用いた二重偏波機能をもつ空港気象レーダーを整備し、航空気象業務に役立てています。  一方、海外に目を向けると、主に開発途上国では、複数の気象レーダーの観測データを重ね合わせて広範囲の気象現象を監視する技術や、観測異常値(ノイズ等)を除去する技術に対するニーズが高まっています。気象庁は、気象レーダーの長年の運用実績と多くの知見を持つことから、東南アジア諸国を中心に気象レーダー分野の技術協力を進めています。平成27年(2015年)11月には、マレーシアで開催された技術会合に、気象庁の気象レーダー関連技術の専門家4名を派遣しました。また12月には、タイ気象局に専門家2名を派遣して、技術指導を行いました。  また、我が国の気象レーダーのさらなる高度利用を検討するため、先進的な技術を有する他の先進国との技術交流も行っています。平成27年(2015年)3月にはドイツ気象局からリモートセンシング技術(気象レーダーなど、遠隔で気象の状態を監視する技術)の専門家2名を招聘しました。同年11月には気象庁の専門家2名をドイツに派遣し、二重偏波機能を先行して導入しているドイツ気象局の利用実態等を学んできました。  気象庁では、気象レーダー分野の国際協力を進めることにより、国内の気象レーダーによる観測データのさらなる有効活用、プロダクトの高度化等を進める一方で、外国の気象機関の豪雨監視能力を高めることにより、海外で活動する日系企業や在外邦人の安全確保にも貢献していきます。 第4部 最近の気象・地震・火山・地球環境の状況 気象災害、台風など 1節 平成27年(2015年)のまとめ  平成27年(2015年)は、6月から7月上旬にかけて、梅雨前線が南西諸島や九州付近に停滞した影響で、熊本県や九州南部・奄美地方を中心に大雨による被害が発生しました。その後7月下旬にかけて、台風第9号、台風第11号、台風第12号や梅雨前線の影響で、各地で大雨や暴風となりました。また、9月には、台風第18号等の影響で各地で大雨となり、特に9月9日から11日にかけては、台風第18号から変わった低気圧や台風第17号の影響で、関東地方や東北地方で「平成27年9月関東・東北豪雨」と命名した豪雨が発生しました。 2節 平成27年(2015年)の主な気象災害 (1)梅雨前線及び台風第9号・第11号・第12号による6月2日から7月26日にかけての大雨  6月2日から7月26日にかけて、日本付近に停滞する梅雨前線の活動が断続的に活発となりました。また、この間、7月9日から10日にかけて、台風第9号が沖縄地方に接近したほか、7月16日から17日にかけて台風第11号が、7月23日から26日にかけて台風第12号が日本に接近し上陸しました。  台風や前線、暖かく湿った空気の影響で、全国各地で大雨となりました。6月2日から7月26日にかけての総降水量は、宮崎県えびの市えびので2524.5ミリ、鹿児島県鹿屋市吉ケ別府で2351.5ミリ、鹿児島県十島村中之島で2299.5ミリとなるなど、九州南部・奄美地方で総降水量2000ミリを超えました。6月と7月の月別降水量平年値の合計との比較では、鹿児島県伊仙町伊仙で3倍を超えたのをはじめ、鹿児島県を中心に多くの地点で2倍を超え、記録的な大雨となりました。最大1時間降水量は、鹿児島県伊仙町伊仙で114.5ミリ、鹿児島県和泊町沖永良部で101.0ミリとなるなど、九州南部・奄美地方、四国地方及び東北北部で、1時間に80ミリ以上の猛烈な雨を観測したところがありました。また、今期間の大雨により、統計期間が10年以上の観測点のうち、最大1時間降水量について15地点、最大3時間降水量について14地点、最大24時間降水量について12地点、最大48時間降水量について7地点、最大72時間降水量について8地点で、統計開始以来の1位の値を更新しました。  また、7月9日から10日にかけては、台風第9号が沖縄地方に接近し、沖縄県南城市糸数で33.0メートル、鹿児島県与論町与論島で23.3メートルの最大風速を観測するなど、沖縄・奄美で猛烈な風や非常に強い風を観測しました。7月16日から17日にかけては、台風第11号が、西日本に接近して上陸し、高知県高知市室戸岬で33.9メートル、和歌山県白浜町南紀白浜で25.5メートルの最大風速を観測するなど、四国地方や近畿地方で猛烈な風や非常に強い風を観測しました。7月23日から25日にかけては、台風第12号が沖縄・奄美に接近し、26日には九州の西海上を北上しました。このため、沖縄県南大東村南大東で31.7メートル、鹿児島県奄美市笠利で31.6メートルの最大風速を観測するなど、大東島地方や奄美地方で猛烈な風を観測しました。  この大雨や暴風等により、土砂災害、浸水害、河川の氾濫等が発生し、甚大な被害となりました。梅雨前線による6月の大雨では、九州を中心に土砂災害や浸水害が相次ぎました。また、台風第11号の影響で、西日本や東日本で土砂災害や河川の氾濫が相次ぎ、兵庫県や埼玉県で死者計2名の人的被害や住家被害が生じたほか、ライフライン、公共施設、農地等への被害及び交通障害が発生しました。さらに、台風第12号の影響で、鹿児島県を中心に浸水害等が発生しました。(※) ※梅雨前線、台風第11号、台風第12号による被害状況は以下のとりまとめによる。 ・内閣府  6月10日から続く梅雨前線等による被害状況等について(平成27年6月12日現在)  平成27年台風第11号による大雨等に係る被害状況等について(平成27年9月4日現在)  平成27年台風第12号による大雨等に係る被害状況等について(平成27年7月27日現在) ・国土交通省  6月10日から続く梅雨前線等による被害状況等について(平成27年6月12日現在)  6月24日から続く梅雨前線による被害状況等について(平成27年6月29日現在)  台風第11号による大雨等に係る被害状況等について(平成27年7月24日現在)  台風第12号による大雨等に係る被害状況等について(平成27年7月27日現在) ・消防庁  6月10日から続く梅雨前線等による被害状況等について(平成27年6月16日現在) (2)平成27年9月関東・東北豪雨及び台風第18号による大雨  9月7日21時に沖ノ鳥島の東の海上で発生した台風第18号は、日本の南海上を北上して東海沖へ進み、9日09時過ぎに愛知県渥美半島を通過した後、同日09時半頃に愛知県西尾市付近に上陸しました。その後、台風は引き続き北上して日本海に進み、同日15時に能登沖で温帯低気圧に変わりました。  台風第18号や前線の影響で、西日本から北日本にかけての広い範囲で大雨となり、特に9月9日から11日にかけては、台風第18号から変わった低気圧に流れ込む南よりの風、後には台風第17号の周辺からの南東風が主体となり、湿った空気が流れ込み続けた影響で、多数の線状降水帯が次々と発生し、関東地方と東北地方では記録的な大雨となりました。  9月7日から9月11日までに観測された総降水量は、栃木県日光市今市で647.5ミリ、宮城県丸森町筆甫で536.0ミリを観測するなど、関東地方で600ミリ、東北地方で500ミリを超え、9月の月降水量平年値の2倍を超える大雨となったところがありました。特に、9月10日から11日にかけて、栃木県日光市今市や茨城県古河市古河、宮城県仙台市泉区泉ケ岳など関東地方や東北地方では、統計期間が10年以上の観測地点のうち16地点で、最大24時間降水量が観測史上1位の値を更新しました。  また、台風第18号が接近し上陸した影響で、9月8日から9日にかけて、東日本や北日本を中心に最大風速15メートルを超える強い風を観測し、伊豆諸島や北海道地方では最大風速20メートルを超える非常に強い風を観測したところがありました。10日から11日にかけては台風第18号から変わった温帯低気圧が日本海にとどまり、一方、台風第17号が日本の東海上を北上した影響で、北日本の一部で非常に強い風を観測しました。  この大雨や暴風等により、土砂災害、浸水、河川の氾濫等が発生し、宮城県、茨城県及び栃木県で死者8名の人的被害となったほか、関東地方や東北地方を中心に損壊家屋4,000棟以上、浸水家屋12,000棟以上の住家被害が生じました。また、ライフライン、公共施設、農地等への被害及び交通障害が発生しました。(被害状況は、平成27年10月5日現在の内閣府の情報及び平成27年10月1日現在の国土交通省の情報による。)  気象庁は、9月9日から11日にかけて関東地方及び東北地方で発生し甚大な被害をもたらした大雨について、「平成27年9月関東・東北豪雨」と命名しました。 3節 平成27年(2015年)の台風  平成27年(2015年)の台風の発生数は平年並の27個(平年25.6個)でした。日本への接近数は平年より多い14個(平年11.4個)でした。上陸は、第11号、第12号、第15号、第18号の4個(平年値2.7個)と平年を上回りました。  今年の台風発生位置の平均経度は東経149.7度と、台風の統計を開始した1951年以降、最も東となり(平年値は東経136.7度)、また平均緯度は北緯13.4度と、平年より南となりました。 2章 天候、異常気象など 1節 日本の天候  平成27年(2015年)は、夏から秋の一時期を除き、全国的に高温傾向が続きました。3月は北日本で、5月は北・東日本で、6月と11月は沖縄・奄美で、12月は東日本で記録的な高温となりました。夏から秋にかけては西日本中心に低温の時期があり、西日本では2年連続の冷夏となりました。年平均気温は、全国的に高く、北日本と沖縄・奄美ではかなり高くなりました。  北・東日本では、8月中旬~9月上旬など日照時間の少ない時期もありましたが、春の後半や秋の中頃に高気圧に覆われ日照時間がかなり多くなりました。このため年間日照時間は北日本と東日本日本海側で多くなりました。年降水量は、梅雨前線の影響を受けにくく夏の降水量がかなり少なかった東日本日本海側では少なくなりましたが、9月に、関東地方や東北地方で記録的な大雨(「平成27年9月関東・東北豪雨」)があった東日本太平洋側では多くなりました。  西日本では、夏に太平洋高気圧の張り出しが弱く、太平洋側を中心に前線や台風、湿った気流の影響を受けやすかったことや4月と11月に前線や低気圧の影響で記録的な寡照となったことなどから、年降水量は多く、西日本太平洋側ではかなり多くなりました。また、年間日照時間は少なくなりました。  沖縄・奄美は、年降水量、年間日照時間ともに平年並でした。 平成27年(2015年)の各季節の特徴は以下のとおりです。 ① 冬(平成26年12月~平成27年2月)は、12月は全国的に強い寒気が南下したため低温となりましたが、1月以降は沖縄・奄美で低温の時期があったほかは、北日本中心に高温傾向となり、冬の平均気温は、北日本で高く、東日本以西では低くなりました。冬の日本海側の降雪量は少なく、北日本日本海側ではかなり少なくなりましたが、北陸以北の本州の山沿いでは、低気圧の発達に伴って冬型の気圧配置が強まったことから、平年を上回りました。また、北海道を中心に暴風雪となる日がたびたびありました。 ② 春は、北・東日本中心に高気圧に覆われ晴れの日が多く、春の日照時間はかなり多くなりました。ただし、4月は上旬を中心に東・西日本太平洋側では前線や低気圧の影響を受けやすく顕著な寡照となりました。また、低気圧が日本の北を通ることが多く、南から暖かい空気が入りやすかったため、春の平均気温は北日本で記録的な高温となるなど全国的に高温となりました。 ③ 夏は、西日本では前線や台風、南からの湿った気流の影響を受けやすかったため、太平洋側を中心に降水量が多く、日照時間が少なくなりました。このため、夏の平均気温は低く、2年連続の冷夏となりました。沖縄・奄美でも多雨・寡照となりましたが、6月が記録的な高温だったため、夏の平均気温はかなり高くなりました。北・東日本では、7月中旬から8月上旬にかけて、太平洋高気圧に覆われ顕著な高温となり、北日本では夏の平均気温が高くなりました。また、東日本日本海側では梅雨前線の影響を受けにくく、夏の降水量がかなり少なくなりました。8月中旬以降は、太平洋高気圧の本州付近への張り出しが弱く、全国的に前線や台風、湿った気流の影響を受け、曇りや雨の日が多く、不順な天候となりました。 ④ 秋は、北日本から西日本では、8月から引き続き9月上旬は不順な天候となりました。関東地方や東北地方では、台風第18号の上陸、通過や台風第17号の接近の影響で、長時間にわたり湿った気流が入り込んだため、記録的な大雨となり、河川の氾濫など甚大な災害が発生しました(平成27年9月関東・東北豪雨)。9月中旬から10月下旬にかけては、大陸の高気圧に覆われ晴れて、気温は低温傾向となり、日照時間はかなり多くなりました。11月は一転して前線や低気圧の影響を受けやすく、南から暖かい空気が入りやすかったため、気温がかなり高くなり、太平洋側や西日本で日照時間がかなり少なくなりました。沖縄・奄美では、11月は記録的な高温になったことなどから、秋の平均気温はかなり高く、また台風第21号の接近により暴風になったほかは秋を通じて低気圧や台風等の影響を受けにくく、少雨傾向が続いたため、秋の降水量はかなり少なくなりました。 2節 世界の主な異常気象  平成27年(2015年)は、北緯30度から南緯30度の低緯度域を中心に、多くの地域で異常高温が頻繁に観測されました(図中①③④⑦⑩⑪⑫⑭⑰⑲⑳㉒㉓)。インド南部のハイデラーバードでは7~12月の6か月平均気温が27.4℃(平年差+2.2℃)、ブラジル東部のモンテスクラロスでは9~12月の4か月平均気温が28.0℃(平年差+3.7℃)でした。  インドネシア西部及びその周辺と南米北部では異常少雨の月が多く見られました(図中④⑲)。インドネシア中部のバンジャルマシン(ボルネオ島)では9~11月の3か月降水量が113mm(平年比19%)、南米北部コロンビアのバランキジャでは5~9月の5か月降水量が127mm(平年比21%)でした。一方、米国南部からメキシコ中部、パラグアイ及びその周辺では異常多雨の月が多く見られました(図中⑯㉑)。米国のテキサス州コーパスクリスティでは2~5月の4か月降水量が718mm(平年比345%)、パラグアイ中部のコンセプシオンでは11~12月の2か月降水量が803mm(平年比251%)でした。  インドで5月に、パキスタンで6月に熱波による大きな被害が発生し、死者がそれぞれ2,300人、1,200人を超えました(図中⑥⑧)。インドでは、夏のモンスーン期間である6~9月のほか11~12月にも大雨による被害が発生し(同⑥)、それぞれの期間の死者の合計は850人以上、400人以上となりました。また、米国カリフォルニア州では引き続き干ばつによる森林火災の被害などが伝えられました(同⑮)。カリフォルニア州ロサンゼルスの2015年の年降水量は153mm(平年比48%)でした(年降水量は2013年95mm(平年比30%)、2014年213mm(平年比66%))。  (※)災害の記述は、米国国際開発庁海外災害援助局とルーベンカトリック大学災害疫学研究所(ベルギー)が共同で運用する災害データベース(EM-DAT)や各国の政府機関、国連機関の発表等に基づいています。 3節 平均気温  平成27年(2015年)の世界の年平均気温の昭和56年(1981年)~平成22年(2010年)の30年平均を基準とした偏差(図の注参照)は+0.42℃(20世紀平均を基準とした偏差は+0.78℃)で、明治24年(1891年)以降、最も高い値となりました。世界の年平均気温は、長期的には100年当たり約0.71℃の割合で上昇しており、特に1990年代半ば以降、高温となる年が頻出しています。  平成27年の日本の年平均気温の昭和56年(1981年)~平成22年(2010年)の30年平均を基準とした偏差は+0.69℃(20世紀平均を基準とした偏差は+1.23℃)で、明治31年(1898年)以降、4番目に高い値となりました。日本の年平均気温は、長期的には100年当たり約1.16℃の割合で上昇しており、特に1990年代以降、高温となる年が頻出しています。 4節 大気中の二酸化炭素  二酸化炭素は、人為起源の温室効果ガスの中で地球温暖化に最も大きな影響を与えます。大気中の二酸化炭素の濃度は、工業化(18世紀後半)以前の過去約2000年間は278ppm程度でしたが、その後の産業活動などによる化石燃料の消費や森林破壊などの人間活動に伴って、世界的に増加の一途をたどっています。平成26年(2014年)の二酸化炭素の世界平均濃度は397.7ppmでこれまでの最高値を更新し、平成16年(2004年)から平成26年(2014年)までの10年間で、世界平均濃度は1年あたり約2.1ppm増加しています。緯度帯別の二酸化炭素月平均濃度の経年変化を見ると、北半球の中・高緯度帯の方が南半球よりも大きな季節変動をしており、また年平均濃度も高くなっています。これは、二酸化炭素の吸収源(森林など)・放出源(化石燃料消費など)のどちらも北半球に多く存在するためです。  気象庁は二酸化炭素をはじめとする様々な温室効果ガスの濃度を観測するとともに、世界気象機関(WMO) 温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)を運営し、世界中で観測された温室効果ガスのデータを収集・解析しています。 5節 温室効果ガスとしてのハロカーボン類  塩素などを含む炭素化合物の総称であるハロカーボン類は、強い温室効果を持ち、冷媒や溶剤として20世紀中頃から大量に生産・消費されてきました。大気中の濃度はとても低いものの、物質によっては同濃度の二酸化炭素の数千倍を超える温室効果をもたらします。その中でも、オゾン層破壊物質でもあるクロロフルオロカーボン類(いわゆるフロン類:CFC-11,CFC-12,CFC-113)、四塩化炭素(CCl4)、トリクロロエタン(CH3CCl3)は、1987年に採択されたモントリオール議定書による生産等の規制の効果により、大気中の濃度は近年減少傾向にあります。  一方で、代替フロンとして使用が増加しているハイドロクロロフルオロカーボン類(HCFCs)やハイドロフルオロカーボン類(HFCs)は、今のところ量は少ないものの急速に増えつつあります。 6節 海面水温  平成27年(2015年)の世界の年平均海面水温の平年差(昭和56年(1981年)~平成22年(2010年)までの30年平均値からの差)は+0.30℃で、統計を開始した明治24年(1891年)以降、最も高い値となりました。世界の年平均海面水温は、数年から数十年に及ぶ時間スケールの海洋・大気の変動や地球温暖化等の影響が重なりながら変化していますが、長期的には100年あたり0.52℃の割合で上昇しています。数年から数十年の時間スケールでは、1970年代半ばから2000年前後にかけて顕著な上昇が見られた後、近年は停滞しています。2014年に続いて2015年にも統計開始以降最も高い値となったことから、近年の停滞が終息するかどうか注目されています。  平成23年(2011年)春にラニーニャ現象が終息した後、エルニーニョ現象もラニーニャ現象も発生しない状態が続いていましたが、平成26年(2014年)の夏に発生したエルニーニョ現象が2015年も継続し、特に春以降の発達が顕著となりました。世界の年平均海面水温の平年差の最高記録更新には、このエルニーニョ現象の発生、発達も寄与していたと考えられます。  日本近海の海面水温は、 1~2月は東海沖で、2~3月は沖縄の南で平年よりかなり低くなりました。3~5月は日本の東から南の広い範囲で平年より低く、4~5月の北緯35度以南では平年よりかなり低い海域が広がりました。6~7月は北緯28~33度で平年より低く、日本海、日本の東では高くなりました。8月は、父島近海、南鳥島近海、北海道東方で平年よりかなり高く、東シナ海北部では平年より低くなりました。9月は東海沖、関東南東方では平年より低く、北緯30度以南では平年よりかなり高くなりましたが、10月には北緯35度以南の広い範囲で平年よりかなり低くなりました。 7節 海洋中の二酸化炭素  海洋は、人間活動により放出された二酸化炭素の約3分の1を吸収していると見積もられており、地球温暖化の進行を緩和しています。気象庁の海洋気象観測船「凌風丸」と「啓風丸」は、昭和59年(1984年)から30年以上にわたって北西太平洋で表面海水中と大気中の二酸化炭素濃度を観測しています。東経137度線に沿った日本の南から赤道域までの海域においては、毎年冬季(1~2月)に表面海水中の二酸化炭素濃度が大気中の濃度より低いことが観測されており、海洋が大気中の二酸化炭素を吸収しています。また、北緯7度から33度で平均した二酸化炭素濃度は、昭和59年(1984年)から平成27年(2015年)まででみて、表面海水中で1年に1.6ppm、大気中で1年に1.8ppmの割合で増加しています。 8節 オホーツク海の海氷  オホーツク海の海氷域面積は、平成27年(2015年)12月から平成28年(2016年)3月まで平年並か平年より小さく推移し、シーズンの最大海氷域面積は116.48万平方キロメートルで平年と同じでした。  一方、オホーツク海南部では海氷域は平年並に南下しましたが、網走の流氷初日(海岸から流氷が観測された最初の日)は平年より7日遅い1月28日、網走の流氷接岸初日は平年より20日遅い2月22日で、昭和34年(1959年)の統計開始か ら流氷接岸初日を観測した中で最も遅い日となりました。稚内で流氷を観測したのは3月4日のみで、平年より19日遅い流氷初日、平年より8日早い流氷終日でした。網走の海明け(海氷の占める割合が5割以下になり船舶の航行が可能になった最初の日)は平年より20日早い2月28日、流氷終日は平年より24日早い3月18日でした。なお、釧路では流氷が観測されませんでした。  オホーツク海の海氷域面積は年ごとに大きく変動していますが、最大海氷域面積は昭和46年(1971年)の統計開始以来、10年当たり7.1万平方キロメートル(オホーツク海の全面積の4.5%に相当)の割合で減少しています。 3章 地震活動 1節 日本及びその周辺の地震活動  平成27年(2015年)に震度5弱以上を観測した地震は10回(平成26年は9回)、震度1以上を観測した地震は1,842回(平成26年は2,052回)でした。5月30日に発生した小笠原諸島西方沖の地震をはじめ、国内で被害を伴った地震は6回(平成26年は7回)でした。また、日本及びその周辺で発生した地震でマグニチュード6.0以上の地震は18回(平成26年は15回)でした。  主な地震活動は下図及び次ページの表のとおりです。 2節 世界の地震活動  平成27年(2015年)に発生したマグニチュード7.0以上または死者(行方不明者を含む)を伴った地震は27回(平成26年は26回)でした。また、マグニチュード8.0以上の地震は2回(平成26年は1回)でした。最も規模の大きかった地震は、9月17日にチリ中部沿岸で発生したMw8.3の地震でした。海外の地震により日本で津波を観測したのはこの1回でした。  主な地震活動は表のとおりです。 4章 火山活動  平成27年(2015年)の日本の主な火山活動は以下のとおりです。そのほかの最新の火山活動のとりまとめについては、気象庁ホームページに掲載している火山活動解説資料をご覧ください(http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/monthly_v-act_doc/monthly_vact.htmまたは、「気象庁火山活動解説資料」を検索)。 ○雌阿寒岳(北海道)  雌阿寒岳では、ポンマチネシリ火口付近の浅い所を震源とする微小な火山性地震が度々増加し、火山活動に高まりがみられていました。上空からの観測(国土交通省北海道開発局の協力による)や現地調査でポンマチネシリ第3・第4火口で地熱域が拡大し、96-1火口の噴煙の勢いが増大しているのが認められたことなどから、7月28日16時00分に火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベルを1(活火山であることに留意)から2(火口周辺規制)に引き上げました。その後、火山性地震は8月に入り徐々に減少し、また、11月の現地調査では、地熱域のさらなる拡大等は観測されず、過去の活動と比較して熱活動の高まりは小規模なものに留まっていたことから、11月13日14時00分に噴火予報を発表し、噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。 ○十勝岳(北海道)  十勝岳では、ここ数年、山体浅部の膨張や大正火口の噴煙量増加及び地震増加、火山性微動の発生、発光現象などが観測されており、火山活動に高まりがみられていました。平成26年11月頃から12月頃にかけて、山体浅部の膨張によるとみられる地殻変動の変化率や常時微動の振幅レベルの増大などがみられ、ごく小規模な水蒸気噴火の発生する可能性が高まりましたが、その後、これらの活動は低下する傾向がみられ、平成27年2月24日18時00分に噴火予報を発表し、噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(平常※)に引き下げました。 ○蔵王山(宮城県、山形県)  蔵王山では、4月7日以降、御釜付近が震源と推定される微小な火山性地震が増加し、火山性微動が発生するなど火山活動が活発となり、4月13日13時30分に火口周辺警報を発表し、噴火予報(平常※)から火口周辺警報(火口周辺危険)に引き上げました。その後、5月下旬以降、地震は少ない状態で経過し、現地調査や上空からの観測等では、御釜周辺と丸山沢噴気地熱地帯をはじめ想定火口域(馬の背カルデラ)内に特段の変化は確認されていないことから、6月16日09時00分に噴火予報を発表し、火口周辺警報(火口周辺危険)から噴火予報(活火山であることに留意)に引き下げました。 ○吾妻山(福島県)  吾妻山では、大穴火口の噴気活動は引き続きやや活発な状態で経過しました。1月と3月の上空からの観測(陸上自衛隊及び福島県の協力による)では、大穴火口外で地熱域が拡大しており、現地調査でも大穴火口内及びその周辺で地熱域を引き続き確認し、一切経山西側の登山道沿いで弱い噴気を観測しました。火山性微動は3回発生し、火山性地震は、増減を繰り返しながらやや多い状態で経過していましたが、10月以降は少ない状態で経過しました。浄土平の傾斜計では、6月頃まで西側(火口方向側)上がりの変動で推移し7月頃から停滞していましたが、9月後半から西側下がりの傾向となり、また、GNSS連続観測では、一切経山付近の膨張を示す緩やかな変化がみられていましたが、6月頃から停滞しました。これらのことから、平成26年12月以降、噴火警戒レベル2を継続しました。 ○草津白根山(群馬県)  草津白根山では、平成26年4月頃から湯釜付近の膨張を示す地殻変動が認められていました。この地殻変動は、平成27年4月頃より鈍化しましたが、湯釜火口内北東部や北壁及び水釜火口の北から北東側にかけての斜面で熱活動の活発な状態が継続しており、東京工業大学によると北側噴気地帯のガス組成及び湯釜湖水の化学成分にも火山活動の活発化を示す変化が継続しました。これらのことから、平成26年6月以降、噴火警戒レベル2を継続しました。 ○浅間山(長野県、群馬県)  浅間山では、火口直下のごく浅い所を震源とする体に感じない火山性地震が平成26年頃から長期的に増加傾向となっており、4月頃からさらに増加しました。また、火山ガス(二酸化硫黄)の放出量は、6月8日の観測で1日あたり500トンから、11日の観測で1,700トンと急増したことから、同日15時30分に火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベルを1(活火山であることに留意)から2(火口周辺規制)に引き上げました。  その後、6月16日及び19日に山頂火口でごく小規模な噴火が発生しました。浅間山で噴火が発生したのは、平成21年5月27日以来です。  噴煙量は6月以降増加しています。また、山頂火口では、6月以降夜間に高感度カメラで確認できる程度の微弱な火映を時々観測しました。  山頂火口からの火山ガス(二酸化硫黄)の放出量は、6月25日の観測では1日あたり5,600トン(平成14年7月4日の観測開始以降、最高値)とさらに増加し、その後も1日あたり概ね1,000トン~2,000トンと引き続き多い状態で経過しましたが、12月には一日あたり600トン~900トンに減少しました。 ○御嶽山(岐阜県、長野県)  平成26年9月27日に噴火した御嶽山では、直ちに火口周辺警報を発表し噴火警戒レベル3に引き上げました。その後、火山活動は次第に低下し、平成26年9月27日と同程度の噴火の可能性は低下していると考えられることから、平成27年1月19日17時00分に噴火警戒レベル3(入山規制)を継続しつつ、警戒の必要な範囲を山頂火口から概ね4キロメートルから概ね3キロメートルに縮小しました。その後、3月31日10時00分に警戒の必要な範囲を火口から概ね3キロメートルから概ね2キロメートル及び南西側のみ2.5キロメートルに更に縮小しました。その後、6月26日17時00分には、噴火警戒レベルを3(入山規制)から2(火口周辺規制)に引き下げ、警戒の必要な範囲を火口から概ね1キロメートルとしました。 ○箱根山(神奈川県、静岡県)  箱根山では、4月26日以降、地震回数が増加し、4月下旬頃からは火山活動に関連するとみられる地殻変動も観測されました。5月3日からは大涌谷温泉供給施設の蒸気の噴出量が増大し、5月5日には箱根町湯本で震度1を観測する地震が3回発生しました。このように火山活動が活発になったことから、5月6日06時00分に火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベルを1(平常※)から2(火口周辺規制)に引き上げました。その後も火山性地震の多い状態が継続しました。  6月29日07時32分には傾斜変動を伴う継続時間約5分間の火山性微動を観測した後、火山性地震が増加し、同日、神奈川県温泉地学研究所及び気象庁の機動観測班が行った現地調査では、大涌谷の噴気の増加と新たな噴気孔を確認しました。30日には、大涌谷で29日に確認した新たな噴気孔の周囲において、火山灰等の噴出物の堆積による盛り上がりを確認し、また、ロープウェイ大涌谷駅付近で降灰を確認したことから、大涌谷でごく小規模な噴火が発生したと判断しました。この噴火の発生を受け、同日12時30分、大涌谷周辺の想定火口域から700メートル程度の範囲を警戒が必要な範囲とする火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から3(入山規制)へ引き上げました。また、6月29日16時から7月1日にかけて、断続的に空振を観測し、空振が多発する前後で火口の生成や拡大が認められ、降灰も確認したことなどから、ごく小規模な噴火が断続的に発生していたものと考えられます。  その後、噴火はみられず、火山性地震は少ない状態で経過し、火山性微動も6月29日の発生以降は観測されず、また、GNSS観測等により山体膨張が停止したものと考えられたことから、9月11日14時00分に火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベルを3(入山規制)から2(火口周辺規制)に引き下げました。  以降も火山性地震の活動は低下傾向が継続し、4月下旬以前の状態となったことから、11月20日14時00分に火口周辺警報を解除し、噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から1(活火山であることに留意)に引き下げました。 ○西之島(東京都)  平成25年11月20日に海上自衛隊と海上保安庁により噴火が確認された西之島では、噴火及び溶岩の流出が継続し、新たに形成された陸地の拡大を確認しました。  その後も噴火活動が継続し、西之島周辺の海底で噴火が発生する可能性も引き続き考えられたことから、平成27年2月24日18時00分に火口周辺警報(入山危険)及び火山現象に関する海上警報を切り替え、西之島周辺での警戒が必要な範囲を島の中心から概ね4キロメートルとしました。  それ以降も活発な噴火活動を確認していましたが、12月22日に海上保安庁が実施した上空からの観測では、調査中(13時45分~14時45分)に第7火口及びその他の場所からの噴火は観測されず、新たな溶岩流は認められませんでした。 ○硫黄島(東京都)  8月7日に島北部の北の鼻の海岸付近で断続的にごく小規模な噴火が発生しました。また、島北西部の井戸ヶ浜では、5月22日、24日及び6月20日に最大100~200メートルの水蒸気の噴出を観測しました。  GNSS観測によると、地殻変動は隆起・停滞を繰り返しており、平成26年以降は、島の北部ほど隆起が大きい状態が継続しています。地震活動は、概ね低調に経過しました。 ○阿蘇山(熊本県)  平成26年11月25日に始まった連続的なマグマ噴火は、平成27年5月21日まで断続的に続きました。その後、8月8日から時々ごく小規模な噴火が発生していました。  その後、9月14日09時43分に火砕流を伴う噴火が発生しました。この噴火では、灰色の噴煙が火口縁上2,000メートルまで上がり北西方向へ流れ、また、噴火に伴い小規模な火砕流が火口周辺に流下し、弾道を描いて飛散する大きな噴石が火口周辺に飛散するのを確認しました。そのため直ちに噴火速報を発表するととも に、火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)からレベル3(入山規制)に引き上げました。  9月14日の噴火以降、10月23日まで噴火が継続しましたが、その後、噴火は発生しておらず、火山性微動の振幅は概ね小さな状態となり、火山ガス(二酸化硫黄)の放出量も10月下旬にはやや減少傾向がみられたことから、11月24日14時00分に火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベルを3(入山規制)から2(火口周辺規制)に引き下げました。  その後、12月7日に、ごく小規模な噴火が発生した他、12月25日にも噴火が発生したものとみられます。 ○霧島山(新燃岳)(宮崎県、鹿児島県)  新燃岳では、火山性地震が3月から5月と10月、12月にやや増加しましたが、噴火はありませんでした。GNSS連続観測によると、新燃岳の北西数キロメートルの地下深くにあると考えられるマグマだまりの膨張を示す地殻変動は、平成25年12月頃から伸びの傾向がみられていましたが、平成27年1月頃から停滞しました。また、新燃岳周辺の一部の基線では、5月頃からわずかに伸びの傾向がみられていましたが、10月頃から停滞しました。 ○霧島山(えびの高原(硫黄山)周辺)(宮崎県、鹿児島県)  平成25年12月頃から火山性地震の多い状態が続いていましたが、平成27年4月頃から少ない状態となり、5月1日10時00分に噴火予報を発表し、火口周辺警報(火口周辺危険)から噴火予報(平常※)に引き下げました。  7月以降は、火山性地震が時々増加し、振幅の小さな火山性微動が時々発生しました。12月14日以降の現地調査では、硫黄山火口内の南西側で弱い噴気と硫化水素臭を確認しました。また、赤外熱映像装置による観測では、噴気を確認した付近で熱異常域を確認し、12月21日及び28日に実施した現地調査では、熱異常域がわずかに拡大しているのを確認しました。 ○桜島(鹿児島県)  桜島の昭和火口では、6月までは活発な噴火活動がみられましたが、7月以降は活動が低下していましたが、8月15日07時頃から、島内を震源とする地震が多発し、桜島島内に設置している傾斜計及び伸縮計では山体膨張を示す急激な地殻変動が観測されました。そのため、同日10時15分に噴火警報(居住地域)を 発表し、噴火警戒レベルを3(入山規制)から4(避難準備)に引き上げました。その後、火山性地震は16日以降急激に減少し、傾斜計や衛星による地殻変動の観測結果で17日以降に地盤の隆起はみられず、南岳の地下に貫入したマグマの浅部への上昇は停止したものと考えられたことから、9月1日16時00分に火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベルを3(入山規制)に引き下げました。  その後、噴火は11月2日のごく小規模な噴火以降は発生せず、また、10月以降、火山性地震及び火山性微動は少ない状態が続き、山体の膨張を示す地殻変動もみられず、火山ガス(二酸化硫黄)の放出量も1日あたり100トン以下と少なくなったことから、11月25日11時00分に火口周辺警報を発表し、噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)に引き下げました。 ○口永良部島(鹿児島県)  ⇒トピックスを参照ください。 ○諏訪之瀬島(鹿児島県)  御岳火口では、噴火が繰り返し発生しており、爆発的噴火は107回で、前年(平成26年:49回)と比べて増加しました。4月11日10時16分に発生した爆発的噴火では、灰白色の噴煙が最高で火口縁上1,700 メートルまで上がりました。  (※平成27年5月から噴火予報におけるキーワードをこれまでの「平常」から「活火山であることに留意」に変更しました(トピックス参照)) 5章 黄砂、紫外線など 1節 黄砂  気象庁では、国内60か所(平成28年(2016年)3月31日現在)の気象台や測候所で、職員が目視により大気現象として黄砂を観測しています。統計を開始した昭和42年(1967年)から平成27年(2015年)までに黄砂観測日数が最も多かったのは、平成14年(2002年)の47日です。平成27年(2015年)の黄砂観測日数は18日(平年は24.2日)でした。黄砂観測日数は、昭和42年(1967年)から平成27年(2015年)の統計期間では増加傾向が見られます。しかしながら、年ごとの変動が大きいことから、長期的な変化傾向を確実に捉えるには今後の観測データの蓄積が必要です。  日本への黄砂の飛来は、例年3月~5月に集中しています。この時期は、①黄砂発生源となっている地域で砂を覆う積雪がなくなる一方、まだ植物が芽吹いていないため乾燥した裸地となっており、砂じんが舞い上がりやすい状態であること、②砂を舞い上げ、運ぶ強風の原因となる低気圧が通る頻度の高い季節であること、から黄砂が多く飛来します。この時期以外にも、黄砂発生源が乾燥していて上空の風が日本へ向いて吹いているなどの条件がそろえば、日本に黄砂が飛来します。  平成27年(2015年)の月別黄砂観測日数は、3月から5月にかけては平年を下回りましたが、2月と6月は平年を上回りました。 2節 オゾン層・紫外線  国内のオゾン全量は、1980年代を中心に札幌、つくばで減少が進みましたが、1990年代半ば以降、国内では緩やかな増加傾向がみられます(第1部3章3節「環境気象情報の発表」参照)。また、南極域では1980年代初め頃からオゾンホールが観測されており、平成27年(2015年)のオゾンホールは、10月9日にこの年の最大面積である2,780万平方キロメートル(南極大陸の面積の約2倍)まで発達し、12月下旬に消滅しました。この面積は、衛星観測を開始した1979年以降で第4位の規模の大きさです(コラム「2015年の南極オゾンホールが第4位の規模に」参照)。  国内の紅斑(こうはん)紫外線量は、観測を開始した1990年代はじめから緩やかな増加傾向がみられます。一般に、上空のオゾン量の減少に伴って地表に到達する紫外線は増加しますが、この期間、国内ではオゾン量の減少は観測されていません。紫外線を散乱・吸収する大気中の微粒子の減少や天候の変化(雲量の減少)などが紅斑紫外線量の増加の原因と考えられています。 3節 日射と赤外放射  気象庁では、日射と赤外放射について地球環境や気候への影響を把握するため国内5地点(札幌、つくば、福岡、南鳥島、石垣島)で精密な日射放射観測を行い、全天日射、直達日射、散乱日射および下向き赤外放射の経年変化を監視しています。  世界の多くの地域における全天日射量は、1960年頃から1980年代後半まで減少し、1980年代後半から2000年頃まで急激に増加し、その後は大きな変化が見られないという傾向が報告されています。  日本における変化傾向(国内5地点平均)を見ると、1970年代後半から1990年頃にかけて急激に減少し、1990年頃から2000年代初めにかけては急激に増加しました。その後は、大きな変化は見られません。これは、世界的な変化傾向とほぼ整合しています。